2018年7月19日木曜日

ー判例紹介ー ストロープワッフル事件 その2 ビジネスモデルを営業秘密とすること

前回の「-判例紹介- ストロープワッフル事件 その1」の続きです。
今回の記事は少々長いと思われる方もいらっしょあるかもしれませんが、この裁判例は「知的財産とは何か?」そのようなことを考えさせられる判例かと思われます。

この事件(東京地裁平成25年3月25日判決)において、原告は「被告らにおいて,オランダの伝統菓子であるストロープワッフルに関して原告らの考案したビジネスモデル等の営業上のノウハウを無断で使用して上記ワッフルの販売等をし,これにより原告らに損害を与えた」と主張しています。
確かに、前回のブログでも経緯を記載したように、被告は原告のビジネスモデルを参考にしてストロープワッフルの実演販売を開始したと思われます。


今回のブログでは本事件における裁判所の判断を具体的に説明します。

上記原告の主張に対して裁判所は、原告会社が提案したビジネスモデルに対して一定の独自性を認めました。
そのうえで、裁判所は「本件ノウハウ等については,被告らとの関係において,原告らの主張するようなビジネスモデル等としての権利性を認めることはできない。」と判断しています。


具体的には、裁判所はまず「原告らの主張するビジネスモデルは,オランダで昔から受け継がれているストロープワッフルの屋台,店頭での製造販売方法であること,オランダ本場のストロープワッフルを焼きたてで提供するという販売形態自体も,平成21年4月当時,既に神戸在住のオランダ人が店舗を構えて行っていたことがうかがわれるところであって,生地,シロップ等の原材料の取扱方法,使用量等についても,オランダにおける伝統的な製法に基づくものといわざるを得ないものであり,」とのように本件ノウハウの非公知性を否定しています。


裁判所はこれに続いて「また,被告P2及び被告P3が,平成21年8月頃,オランダに現地調査に行った際にも,一定のノウハウを習得していることが認められる。」とのように認定し、「そうすると,オランダで一般的に行われている製造・販売方法について,日本において事業として展開することに一定の独自性があるとしても,ビジネスとしてのアイデアの域を超えるものではなく,それ自体が類似の製造・販売方法を実施することを許さないような形態のものであるとはいい難い。」と判断しています。


さらに裁判所は「原告らは,被告P2及び被告P3との提携のための協議を打ち切った後,他の会社等との間でストロープワッフルの実演販売についての協議を行ったものの,合意に至って事業が展開されるには至らなかったことが認められるところであり,被告P2も原告らのビジネスモデルについて,実現可能性に疑問を呈していること(乙3,被告P2本人)などに照らすと,ビジネスモデルとして有効性があると認めるに足りないといわざるを得ず,本件ノウハウ等に従うことによって均質な製造販売と収益性のある店舗の開設及び運営が可能となるとする原告らの主張も採用することができない。」と判断しています。

この裁判所の判断は、営業秘密の有用性の判断に該当するかと思われます。そして、この裁判所の判断で興味深いところは、上記下線のように“原告主張の本件ノウハウはビジネスモデルとして有効ではない”と認定しているところです。
営業秘密の有用性の判断(本事件では本件ノウハウを営業秘密とは明言していません。)として、このように“ビジネスとしての成否”を基準とした判断は多くないと思われます。

このように、裁判所は、原告主張の本件ノウハウについて一定の独自性を認めましたが、有用性及び非公知性は認めていないと解されます。
すなわち、本件ノウハウは独自なものではあるが、知的財産として保護するには相当ではないと判断していると思われます。
これは知的財産を考えるうえで、重要なことでしょう。「独自のアイデア≠保護価値のあるもの」ではないということです。
「独自のアイデア=保護価値のあるもの」とするためには、独自のアイデアにさらに“何か”を付加しなければなりません。その判断基準が不正競争防止法の営業秘密では有用性及び非公知性であり、特許では新規性及び進歩性になります。

ちなみに、特許においてもビジネスでの成功は進歩性の判断に影響を及ぼします。
具体的には、特許・実用新案審査基準の第2節進歩性の末尾に以下の基準が記載されているように、商業的成功を進歩性を肯定する事情としています。

―――――――――――――――――――――
審査官は、商業的成功、長い間その実現が望まれていたこと等の事情を、進歩性が肯定される方向に働く事情があることを推認するのに役立つ二次的な指標として参酌することができる。ただし、審査官は、出願人の主張、立証 により、この事情が請求項に係る発明の技術的特徴に基づくものであり、販売技術、宣伝等、それ以外の原因に基づくものではないとの心証を得た場合に限って、この参酌をすることができる。
―――――――――――――――――――――

さらに、原告会社は、被告会社等との間で本件ノウハウ等に関する秘密保持の合意が成立したとも主張しました。
これに対して裁判所は「原告P1が,プランタン銀座との交渉において,プランタン銀座の担当者に対して本件機密保持同意書を交付し,原告会社が提案した情報はいずれも原告会社の機密情報であり,原告会社の同意なく使用してはならないこと等を説明したこと,その際,被告P2及び被告P3も同席していたことが認められるものの,原告P1が,被告アチムないし被告P3,被告P2との協議の中で,同被告らに対して本件機密保持同意書を交付ないし説明したことや,同被告らがこれを了承したことを認めるに足りる証拠はなく,原告会社と同被告らとの間で,上記合意が成立したと認めることはできない。」と判断し、原告が主張する被告との秘密保持の合意、すなわち秘密管理性も否定しました。

ここで、重要と思われることは、取引において秘密保持はその対象者と確実に合意しなければならないということです。
確かに被告は、プランタン銀座の担当者と原告との間で交わされた秘密保持合意の場に同席したのであるから、被告も本件ノウハウに対する原告の秘密管理意思を認識し得たとも考えられます。
一方で、原告はプランタン銀座との間で秘密保持合意を行ったにもかかわらず、被告との間では秘密保持合意を行いませんでした。そうすると、原告は、被告に対しては本件ノウハウを秘密とする意思はなかったとも考えられます。
このような曖昧な状態を回避するためにも、秘密保持契約はその対象者との間で確実に行う必要があります。

以上のように、本事件はビジネスモデルを営業秘密管理する場合における秘密管理性、有用性、非公知性の判断について色々参考になる事件かと思います。

なお、このようなビジネスモデルを特許等で守ることができないかを弁理士としては考えたいところです。
しかしながら、製造方法については裁判所が「生地,シロップ等の原材料の取扱方法,使用量等についても,オランダにおける伝統的な製法に基づくものといわざるを得ない」と判断しています。このことから、当該製造方法は特許でいうところの新規性・進歩性が無いと考えられ、製造方法の特許化は難しいと考えられます。

そうすると、ストローブワッフルの実演販売に用いるマークを作り、当該マークを商標登録することでブランドとして当該ビジネスを守ることも検討する余地があるかと思います。しかしながら、そもそも本事件では判決文を読む限り、原告のビジネスモデルが有効でないようですので、ブランド化云々以前の問題であるとも思えます。

思うに、原告はストローブワッフルの実演販売に係るビジネスモデルを被告に開示したタイミングが早すぎたのではないでしょうか?
どの様な経緯で原告と被告とがビジネス提携契約の交渉に至ったのか不明ですが、原告はストローブワッフルの実演販売に係るビジネスモデルを構築し、当該ビジネスモデルにある程度の目途が立った時点で被告と交渉し、秘密保持契約を締結するべきだったのではないかと思います。
それにより、例え被告が当該ビジネスモデルと同様の事業を勝手に行ったとしても、当該ビジネスモデルが営業秘密として認められた可能性があったのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月17日火曜日

研修スライドの一部を公開しました。

「営業秘密研修のご依頼」のページに私が過去に行った研修のスライドの一部を公開しました。

内容は技術情報を営業秘密とする場合の留意点に関するものです。研修の対象者は、弁理士や企業の知財部を想定したものです

公開したスライドは、技術情報を特許出願せずに営業秘密管理する場合に知っておくべき事項を裁判例に基づいて紹介しているものですが、このような事項を認識して技術情報を営業秘密管理している企業はどの程度あるでしょうか?

技術情報を営業秘密管理する場合には、特許出願を行う場合とは異なる認識が必要であると考えられます。
このブログをいつも読んでくださっている方は、これらのことについて何となく認識してらっしゃるかと思いますが、知財を仕事としている人たちでも多くの人は明確には認識していない方が大多数かと思います。

そして、上記認識の無いまま、技術情報を営業秘密管理しても万が一、当該営業秘密を持ち出され、提訴したとしても勝てない事態に陥るかもしれません。

興味がある方はご参考までにご覧になってください。


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月12日木曜日

ー判例紹介ー ストロープワッフル事件 その1 ビジネスモデルを営業秘密とすること

今回はビジネスモデルに関する営業秘密の判例について紹介します。

この事件は、東京地裁平成25年3月25日判決の事件であり、原告は「被告らにおいて,オランダの伝統菓子であるストロープワッフルに関して原告らの考案したビジネスモデル等の営業上のノウハウを無断で使用して上記ワッフルの販売等をし,これにより原告らに損害を与えた」と主張したものです。

この事件は、上述のように新規なビジネスモデルを他者に開示したことによって生じた事件であり、この他者が当該ビジネスモデルと同様のビジネスを始めました。
このような事件は、多々ありそうな事件であり、また、どのような理由でどのような判決となるのか興味深いものだと思います。

事件の経緯は大まかには下記のとおりです。
①原告会社は、オランダの伝統的な焼き菓子であるストロープワッフル(薄地の2枚のワッフルの間にシロップを挟んだもの)を日本で販売することを企画。
②原告会社は、平成21年3月25日、被告会社Aとの間でフランチャイズシステムにより、ストロープワッフルの実演販売等を行う店舗を展開することを内容とするスイーツビジネス提携契約(以下「本件契約」という。)に関する協議を開始。
③原告会社は、同年7月6日、被告会社Aに対して本件契約に関する協議を終了する旨通知。
④被告会社O(平成21年8月20日設立)は、同年9月頃、株式会社Iとの間でストロープワッフルの販売に関する契約を締結。同年9月30日から同年11月3日まで、株式会社Iの新宿本店にストロープワッフルの実演販売を行う店舗を設置してその販売を行った。その後、被告Oは、ストロープワッフルの実演販売を行う店舗を設置してその販売を行った。

被告会社Oは、オランダのスイーツ輸入、製造、販売等を目的として、被告会社Aの代表取締役であった被告P3が代表取締役となって設立した会社です。

上記①から④の経緯からすると、被告会社は原告会社のストロープワッフルに関する本件ノウハウを知ったうえで、ストロープワッフルの製造販売を開始したと考えられます。
これは、原告にとってみると本件ノウハウの不正使用であると考えても当然かと思います。


ここで、裁判所の判断について先に結論を書きます。
なお、本事件は、原告も本事件のノウハウを営業秘密と明言していないせいか、裁判所も営業秘密の3要件(秘密管理性、有用性、非公知性)とは明示して判断を行っていませんが、実質的には3要件の判断をしていると思われます。

まず、裁判所は、原告会社が提案したビジネスモデルに対して一定の独自性を認めました。

しかし、裁判所は「ビジネスとしてのアイデアの域を超えるものではなく、それ自体が類似の製造・販売方法を実施することを許さないような形態のものであるとはいい難い」と判断しました。これは営業秘密でいうところの非公知性又は有用性の判断かと思われます。

また、裁判所は、被告の主張等を勘案して、ビジネスモデルとして有効性があると認めるに足りないと判断しています。これは営業秘密でいうところの有用性の判断かと思われます。

さらに、原告会社は、平成21年3月頃から、被告会社A、被告P2及び被告P3に対し、日本での事業展開に必要なストロープワッフルに関する全ての情報を説明し、その際に機密情報を開示し、使用を試み,利益を享受しないことに同意する旨の機密保持同意書(以下「本件機密保持同意書」という。)を示したと主張しました。
これに対し裁判所は、原告会社と被告会社A等との間における機密保持の同意についても認めませんでした。これは営業秘密でいうところの秘密管理性の判断かと思います。

このように、原告会社の主張はすべて認められなかったのですが、裁判所におけるこれらの判断は営業秘密と判断されるビジネスモデルを営業秘密として管理するにあたり基準となり得るものかもしれません。
裁判所の判断の具体的な内容は次回に。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月8日日曜日

営業秘密研修のご依頼

今回、新たに「営業秘密研修のご依頼」のページを作りました。
上のページ一覧の「営業秘密研修のご依頼」又は右横のバーナーからご覧ください。

営業秘密と一言で言っても、秘密管理性、有用性、非公知性の三要件をすべて満たさなければならず考慮すべきことは多々あります。

特に、技術情報を営業秘密として管理する場合には、有用性や非公知性の判断に技術情報特有のものがあり、適切に営業秘密管理しているつもりでも、万が一のときに足元をすくわれるかもしれません。

営業秘密に関する知見は裁判例や専門書籍から得ることができますが、日々の仕事をこなしながら裁判例や専門書籍を読み、理解することは大変です。
しかも、それを他の従業員の方々に伝えるとなると・・・。

これから、営業秘密の管理体制を構築したい、管理体制を見直したい、従業員の方々に営業秘密の理解を深めてもらい不要なトラブルを未然に防ぎたい、といった企業様向けの研修です。

なお、研修に限らず、営業秘密管理についてお困りの場合は、お気軽にご相談ください。
私もまだまだ勉強中ですが、一助となればと思います。


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月5日木曜日

パテント誌に寄稿した論考が弁理士会のホームページで公開されました。

パテント誌に寄稿して今年の4月号に掲載された私の論考が弁理士会のホームページで公開されました。
興味のある方はご覧ください。

弁理士会ホームページ:月刊パテント2018年5月号
掲載された論考:技術情報に係る営業秘密に対する秘密管理性の認定について 


弁理士による営業秘密関連情報の発信

日経新聞社、社員の賃金データと読者情報の漏えいで元社員を刑事告訴

先日、日本経済新聞社が、全社員三千人分の賃金データと34万人分の読者情報を漏えいさせたとして元社員を刑事告訴したとの報道がありました。

報道によると、賃金データは月刊誌を発行する団体に郵送され、この団体が運営するブログに一部が掲載されていたとのこと。そして、元社員は、「働き方改革と言いながらサービス残業をやらせているのはおかしいと思って送った」(参照:日経が元社員を告訴 社員3千人分の賃金データ漏洩容疑(朝日新聞))と証言しているようです。なお、日本経済新聞社は残業代を支払っているとのことです。

この元社員の言い分からすると、もしかするとこ行為は内部告発の一種ではないかとも思えます。
では、内部告発のために企業の営業秘密を漏えいさせることは違法なのでしょうか?


まず、営業秘密の漏えいが刑事罰の対象となるためには「不正の利益を得る目的、又はその保有者にそんがいを加える目的」すなわち図利加害目的の要件が満たされなければなりません。

これに対して、逐条解説 不正競争防止法(商事法務,2016年)の221ページには「図利加害目的にあたらないもの」として「公益の実現を図る目的で、事業者の不正情報を内部告発する行為」が挙げられており、この理由として「内部告発の対象となる事業者の不正な情報は、「営業秘密」としての法的保護の対象とならない上、内部告発は社会公共の利益の増進という公益を図ることを意図するものであるから、このような場合には図利加害目的には当たらないからである。」とあります。

このように、企業の不正を暴く内部告発のために営業秘密を漏えいさせることは図利加害目的ではないため、刑事罰の対象にならないと考えられます。

では、今回の事件はどうなのでしょうか?
元社員の言うように、違法なサービス残業を告発するためであれば、労働基準監督署に告発するべきでしょう。なぜ、月刊誌を発行する団体に送ったのでしょうか?送り先が違うことは新聞社に勤めていなくても分かりそうなものです。
また、元社員は、全社員の賃金データと共に34万人分の読者情報も持ち出していたようです。内部告発のためならば、この読者情報は持ち出す必要が無いはずです。
このようなことから、元社員の行為は内部告発ではなく、図利加害目的を有する営業秘密の漏えいと考えられ、刑事告訴に至ったのだと考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月2日月曜日

日本の特許出願件数と企業の研究開発費の推移

技術情報の秘密管理の重要性を説明するうえで、私がよく使っているグラフが日本の特許出願件数と企業の研究開発費の推移です。

特許出願件数はピーク時の2/3近くまで下がっている一方で、研究開発費はそのような傾向を示していません。このことから、秘匿化されている技術は、特許出願件数のピーク時に比べ相対的に多くなっているという予測に用いています。

このグラフを更新しましたので、ブログでも紹介しようかと。
新たに追加したデータは、2017年度の日本国内の特許出願件数と2016年の日本企業の研究開発費の値です。

特許出願件数は、リーマンショックを機に右肩下がりでしたが、ここ近年では下げ止まってきているかと思います。これは特許事務所としては良い傾向です。

一方、日本企業の研究開発費は、リーマンショック後から回復しましたが、近年では下げ基調です。まあ、下げ基調だからと言って、営業秘密の重要性が変わるわけではありませんが。

弁理士による営業秘密関連情報の発信