2018年8月13日月曜日

技術情報の複数の管理手法

技術情報の管理、あまり使われない表現かもしれませんが、私は理想的には下記3つの手法を技術情報の管理と考えます。

①特許化
②秘匿化
③放置管理

なお、放置管理とは、特許化、秘匿化の何れも選択されなかった技術情報をその後、その技術内容及び放置管理に至った経緯を含めて確認できるように管理”をすることです。放置管理は、文字通り何ら管理しないというものではありません。
また、さらに細分化すると「権利化を伴わない公知化」というものもあるかと思います。例えば自社の技術力アピールのためにホームページ上で技術情報を公開するといったものです。しかしながらこのような手法を選択する場合は少ないと思いますので割愛します。

そして、上記①~③は同列のものであり、例えば特許化ありきで特許化しないから②又は③というものではないと考えます。

しかしながら、実際には多くの企業は「①特許化」を視点において技術情報の管理を行っているのではないでしょうか。この理由の一つとしては、技術者や事業部等又は知財部に出願件数のノルマを課す等することで、技術開発を促すことにもあるかと思われ、さらに特許出願件数を安定して行うためにも大変有効な手段かと思います。

また、特許出願は技術情報の管理という視点からすると、企業にとってとても容易な手法であるとも思えます。
特許出願後は審査請求、中間処理、特許査定後は年金の支払い、これらは所定のコストさえ支払えば代理させている特許事務所が管理してくれ、逐次クライアント企業に報告してくれます。
このように技術情報を特許化することは、企業にとって独占排他権を得るというメリットの他に技術情報の管理が容易であるというメリットも大きいかと思います。


しかしながら、技術情報の特許化は公開という多大なるリスクがあります。すなわち、特許出願は公報によって全て公開されます。
このため、他社の公報から技術情報を知得し、自社の技術とすることが行われています。
これは他社の特許権を実施しない限り違法なことではありません。
このため、侵害の特定が困難な技術、例えば一般には公にならない工場等でのみしか実施しない技術情報等は特許出願を行わないという選択、すなわち秘匿化が広く取られています。

では、このような企業が秘匿した技術情報はどのように管理されているのでしょうか?
例えば、営業秘密の三要件を満たすように管理されているでしょうか?
それとも、だれでもアクセス可能なサーバ上のフォルダ又はキャビネットの中、さらには従業員が使用しているパソコンの中に保存されたままとなっているのではないでしょうか?
技術情報の特許出願ありきの考えではこのような管理に陥り、万が一の場合に法的に争っても負ける事態となりかねないと思われます。

さらに、特許出願しないさらに自社実施もしない技術は、誰も管理せずに放置されたままとなるでしょう。このようなことは企業が労力とコストをかけたに技術もかかわらず、忘れ去られることになり得ます。

以上のようなことが特許出願ありきの技術情報管理で陥るかもしれない事態です。すなわち、特許化ありきの管理では、特許出願しない技術情報に対する意識が非常に低くなってしまうため、秘匿化、放置管理に対する対応が不十分なものになります。

一方で、①特許出願と②秘匿化、③放置管理を同列に考えることでこのような事態を防げるかもしれません。
すなわち、技術情報を特許化ありきではなく、秘匿化と放置管理もその管理手法の一つとして積極的に“活用”することです。

このためには、秘匿化と放置管理の手法を企業ごとに確立する必要があります。
秘匿化であるならば、まず秘密管理性ですが、どのように秘密管理を実行するのか?これは情報の種類によっても異なるかもしれません。工場等で使用している技術情報もあるでしょう。製品に用いられている技術情報もあるでしょう。色々な人が日々の業務で使用している技術情報もあるでしょう。

また、秘匿化された技術情報が他社により公知となったか否かの確認もするべきかもしれません。公知となった技術情報を何時までも秘密管理していると、秘密管理の形骸化を招き、他の技術情報の秘密管理性に影響を与えるかもしれません。
さらに、放置管理するのであれば、放置管理された情報をどこの部署が管理するのか?知財部なのか?技術開発を行った事業部なのか?というようにルールを決めなくてはなりません。
このようなことを企業は管理の手間を考慮しつつ決定する必要があるかと思います。直感的に特許化の方が管理が容易ですね。

また、①~③のうちどの管理手法を取るかという点に関しては、例えば技術情報の公開可否を最初の基準として検討し、公開可能であれば特許化又は放置管理の何れかとのように考えることもできるでしょう。公開不可の判断ならば秘匿化です。公開可能でありかつ独占排他権を得たいのであれば、特許化です。
また、秘匿化の判断には特にリバースエンジニアリングによる公知化の可能性を考慮しなければなりません。当該技術情報を製品に用いる場合、この製品をリバースエンジニアリングすることで容易に知ることができれば営業秘密でいうところの非公知性を満たしません。
そうであるならば、秘匿化よりも特許化の方がよいとの判断もあり得ます。また、製品化までは秘匿化し、製品が市場にでると同時に特許出願を行うという選択もあり得ます。
さらに、秘匿化、放置管理については、例えば半年ごとに当該技術情報の価値を考慮し、特許化の判断を行うという作業もあるでしょう。

以上、色々書き並べましたが、技術情報に対する管理として①特許化、②秘匿化、③放置管理をを同列に考えることで、知財活動がより充実したものになるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年8月9日木曜日

ノウハウ、言葉の定義

過去のブログ記事でも書いたように、「営業秘密」という文言は不正競争防止法第2条第6項で法的に定義があります。
すなわち、秘密管理性、有用性、非公知性の三要件を全て満たす情報が営業秘密となります。
しかしながら、似たような言葉で、ノウハウ、企業秘密、秘密情報等は法的な定義がありません。このため、その解釈は人それぞれかと思います。

参考過去ブログ記事
どの様な情報が秘匿化できるノウハウとなり得るのか?
ノウハウと特許との関係を図案化

以前のブログで私はノウハウや営業秘密の関係を下記図1のように考えていることを述べました。
企業が有するノウハウの一部が営業秘密という考えです。ノウハウの中には、秘密管理性等の上記三要件を満たさない情報もあり得ると考えたためです。


図1

しかしながら、ノウハウについて上記図のような考えが特に一般的といえるものではないようですね。

ノウハウとは下記図2のように営業秘密のさらに下位概念に当たるという考えがあることを、先日ある企業の知財部の方とお話して認識しました。

図2

上記図のようなノウハウと営業秘密との関係では、ノウハウは営業秘密の一部であり、実際に事業に使用され、利益に貢献するものという考えです。確かに、営業秘密の中には、事業に使用していないものや利益に貢献しないものも含まれる可能性があります。
このような考えでは、ノウハウは営業秘密の一部となりますし、ノウハウの定義は図2のほうが一般的なのかもしれません。
図1と図2どちらの解釈が一般的なのでしょうか?非常に知りたいところです。

ノウハウの一般的な認識を知りたいのは当然なのですが、この記事で一番言いたいことは、言葉の定義に対しては共通認識を持つべき、という当たり前のことです。
定義が明確でない言葉は、人それぞれの解釈があって当然です。
今回のようにノウハウの定義は図1又は図2の何れの解釈でも正解だと思います。
法的な定義の無い言葉ですから。
しかしながら、少なくとも同じ企業内において、言葉の定義に対して共通認識を持たないと、議論が噛み合わなかったり、誤解を生じたりします。

特に、秘匿するノウハウに関しては今後、特許と同様に発明者にインセンティブを与える企業が多くなるでしょうし、このような制度の検討を開始している企業もあるでしょう。
この際、初めに言葉の定義を明確にすることが肝要かと思います。

なお、営業秘密は法的にその定義が定められています。そして、三要件の解釈も裁判例から明確になりつつあります。すなわち、営業秘密は、一般的な共通認識を得やすい言葉です。
そこで、各企業は、営業秘密という言葉の意味を基準として、ノウハウ等、法的に定義が定められていない他の言葉の定義を定めては如何でしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年8月6日月曜日

PwC Japan の「経済犯罪実態調査2018 日本分析版」

PwC Japanから「経済犯罪実態調査2018 日本分析版」が発表されました。

営業秘密の不正な漏えいも経済犯罪の一つであり、この調査では“営業秘密”との文言はないものの、20ページに以下のような記述があります。

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知的財産(IP)の盗難については、世界全体の結果である12%と比べると日本では顕著に多いという結果になった。これは日本企業の知的財産(IP)の重要性に対する認識が低く、従業員が企業のネットワーク外のパソコンへ情報を共有するなど情報管理が適切でないことや、そもそも知的財産(IP)を含めた情報セキュ リティシステム全般が脆弱であることが要因であると考えられる。
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この調査は、主として外部からの攻撃による経済犯罪に対する調査の様ですが、確かに日本企業は知的財産の重要性に対する認識が低いように感じます。
近年では、企業における知財部の重要性の認識も高いものの、一昔前は知財部自体を重要視していなかった企業も多かったようです。
そもそも日本企業は、終身雇用が前提でしたので、知的財産に代表されるような自社の情報の漏えいはあまり問題視されていなかったのでしょう。また、古き良き日本の風潮なのかもしれませんが、お互い様とのような感じで、特許権の侵害そのものにある意味の寛容さを有していたようにも思えます。
その延長線上で、外部からの攻撃に対する認識も低いのかもしれません。

また、前回のブログ記事「論文「営業秘密の経済学 序論」」でも紹介したように、日本企業は発明の特許化が前提となっていることも裏を返せば、知的財産の重要性に対する認識の低さの表れなのかもしれません。
すなわち、知的財産について深く考えずに、特許化しておけばそれで良し、というような考えです。
また、自社にはわざわざ秘匿する技術は何もないと言っていしまう人や、営業秘密の漏えいに対する問題意識があまりにも低い人達も存在します。
現に、私が行く先々で営業秘密のお話をしても、刑事罰を受けた人が存在することすら知らない人がほとんどです。

知的財産を守る手段は、特許だけではありませんし、知的財産は特許だけでもありません。顧客情報や取引先の情報、新規なビジネスモデルのアイデアも知的財産です。

企業は改めて自社の知的財産は何か?、それの漏えいリスクは?、それを守るためにはどのような手段があるのか?、こういったことを考える必要があるのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年8月5日日曜日

中国における営業秘密の流出

JETROの最近の記事(2018年6月26日)で「営業秘密の流出が多発、管理体制の整備を(中国)」というものがありました。
この記事では、営業秘密を保護するための措置として、(1)物理的管理体制(2)人的管理体制の整備、(3)(技術情報の場合)先使用権(後述)立証のための証拠保全、が必要であると述べられています。
詳細は上記記事をご覧ください。

ところで中国では、特許出願件数は日本の数倍、知財関連の訴訟の数も日本とは比較にならないほど多くいようです。
中国の技術レベルや特許出願のレベルは低いという考えをお持ちの方もいるようですが、決してそのようなことは無いと思います。中国の技術開発能力は現在発展中であり、玉石混合でしょう。
現に中国には、世界的な企業も多数あり、当然、高度な技術開発もなされています。
そして、知財に関しては、上記のように日本とは比較になら倍ほどの特許出願件数や訴訟件数があります。すなわち、中国は、日本の数十倍の速さで知財関連の経験を積んでおり、早晩特許においても日本を脅かす存在になることは確実視されています。


このような中国の現状において、当然、営業秘密の漏えいに関する事件等も多いかと思います。

ここで、中国における情報の秘匿については、現状では日本とは考え方が大きく異なる可能性があります。
例えば、日本の裁判例ですが、平成30年1月15日知財高裁判決の光配向装置事件において、被控訴人(一審の被告)は次のように主張しています。
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当時,一般的に,中国や台湾のメーカーから,競業他社の仕様書などを示されることは特に珍しいことではなかったことや,被控訴人においても,競業他社に知られたくないノウハウなど営業秘密として保護すべき情報はなるべく文書に記載しないようにしていたことからも,被控訴人は,本件各文書には重要な秘密情報は記載されていると認識しなかった。
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上記の当時とは、平成27年頃のことのようであり、特段過去のことではありません。
なお本事件は、控訴人の主張は認められず棄却となっています。

参考過去ブログ
他社が秘密としている技術情報を入手した場合について(不競法2条1項8号)

上記裁判例における「一般的に,中国や台湾のメーカーから,競業他社の仕様書などを示されることは特に珍しいことではなかった」との被控訴人の主張は、本事件で裁判所が特段言及しなかったものの、日本と中国や台湾との商慣習が異なるという点で留意すべきことかと思います。すなわち、秘密情報の取り扱いに対する意識が日本と他国とでは異なる可能性があるということです。

私はある企業の方から「中国では中国共産党がメール等を監視しているため秘密を守ろうとすることに対する意識が低い」ということも聞いたことがあります。
従って、他国で自社の営業秘密を開示する場合は、その国の商慣習も理解したうえで、開示する必要があるかと思います。
情報を秘密にするという意識が低い国では、営業秘密の開示は相当に注意する方が良いでしょうし、可能な限り開示しないという方針を取った方が良いでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年8月3日金曜日

論文「営業秘密の経済学 序論」

営業秘密に関する近年の論文で面白いものを見つけました。
「営業秘密の経済学 序論」です。
inpitのホームページから閲覧することができます。

この論文は、営業秘密と特許との差を分かりやすく説明されているもので、それらの経済的な効果も過去の研究結果を踏まえて説明されています。
営業秘密と特許との法的な違いよりも、経済的な違いをざっくりと理解する上で非常に参考になります。
また、「序論」とのことですので、これから「営業秘密の経済学」について引き続き発表されるのかと思います。続きが楽しみな論文です。

ここで、営業秘密化と特許化とを選択する上でのキーワードは、「公開」と「リバースエンジニアリング」でしょうか、本論文でもこれらの言葉が複数回表れています。
より具体的には、特許化は「公開」により技術が知られるリスクがあります。特許出願が特許査定を得るれないと、単に技術を公開しただけになります(公開によるメリットがあるとも考えられますが)。
一方、営業秘密化は、当然、特許のような公開制度はありませんが、自社製品の「リバースエンジニアリング」によって他者に当該技術が知られた場合に法的措置を取れないリスクがあります。

特許については、公開リスクや独占排他権の優位性等が広く理解されています。一方、営業秘密については、秘匿化の利点は理解されても、リバースエンジニアリングのリスクだけでなく。秘密管理性、有用性、非公知性の詳細についてまでは多くの方は理解されていないと思います。

参考:特許と営業秘密の違い


そして、本論文では「西村(2010)は、日本の企業が発明を特許化するか企業秘密とするか、という点についての実証分析をおこない、日本の企業はこの選択を戦略的におこなっているのではなく、基本的には特許化することを前提に研究開発を行い、特許化するのにうまく適合しないような発明については例外的に企業秘密として秘匿している、としている。」とも述べています(10頁左欄)

確かに、私も特許業界に10年以上おりますが、そのような印象を強く持ちます。
より具体的には、研究開発者や事業部ごとに年間の出願件数のノルマを与えている会社が多いかと思います。これは、発明は特許出願ありきという知財活動になりがちであり、秘匿化についてはほとんど考慮に入れられないと思われます。

私は、発明に対する管理方法として、特許化と営業秘密化は同等のもの、換言すると、両輪であり、特許と営業秘密との違いを十分に理解したうえで、技術情報の管理として経済的にベストである方を選択する、これが理想とする知財管理の一つではないかと思います?

弁理士による営業秘密関連情報の発信