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2024年2月28日水曜日

回転寿司チェーン店事件のはま寿司及び元部長に対する刑事事件判決

かっぱ寿司の前社長が前職であるはま寿司の営業秘密を不正に持ち出した事件について、カッパ社及びその社員(元商品部長)も刑事告訴されていましたが、これに対して地裁判決が先日ありました。


カッパ社に対しては罰金3000万円、元商品部長に対しては懲役2年6月(執行猶予4年)、罰金100万円という判決となっています。前社長に対しては、既に判決が出ており、懲役3年(執行猶予4年)、罰金200万円です。前社長の刑事罰は確定しているようですが、カッパ社と元商品部長に関しては控訴するかもしれません。

なお、転職者の前職企業の営業秘密が持ち込まれて使用等した企業(被告企業)に刑事罰が適用された事件は過去にもありました(自動包装機械事件)。この自動包装機械事件では、被告企業は1400万円の罰金刑となっています。


一方で、転職者の前職企業の営業秘密が持ち込まれた被告企業の社員が刑事罰を受けた事件は、私が知る限り初めての事件です。
本事件では、元商品部長が被告となっており、この元商品部長は、はま寿司から転職してきた前社長の指示に従い、はま寿司の営業秘密を使用等したとのことです。
確かに、元商品部長は、はま寿司の営業秘密であることを知って不正使用したのでしょうから刑事罰の対象となるでしょう。しかしながら、元商品部長は前社長の指示で不正使用を行っており、これを拒むと社内での立場が悪くなることは想像に難くはありません。そうすると、元商品部長による営業秘密の不正使用の是非について考えさせられます。

そもそも社員がこのような事態に陥ることは、企業として絶対に防がないといけないことだと思います。その意味でも、元商品部長が営業秘密の不正使用を行うという選択をしたことに対して、カッパ社にも責任があると思えます。

今後、転職はより一般的になり、他社の営業秘密が自社へ不正に持ち込まれる可能性は益々高くなります。
そして、転職者が上司となる可能性もあり、本事件のように上司が前職企業の営業秘密を持ち込む可能性もあるでしょう。また、転職してきた部下や同僚となった者が前職企業の営業秘密を不正に持ち込む可能性もあるでしょう。仮に、転職者によって開示された営業秘密を社員がそれと知って不正使用すると、本事件のようにこの社員が刑事責任を負うこととなります。

このような事態を防ぐためにも、企業は転職者を介した他社の営業秘密の流入を食い止め、仮に他社の営業秘密が流入したとしても社員がそれを使用しないようにしなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年6月19日月曜日

営業秘密侵害はどこから刑事的責任を負うのか。

前回のブログでは、営業秘密に関する民事的責任として、営業秘密を不正に持ち出しただけでは使用や開示を行わないと損害賠償責任は負わない可能性が高いものの、当該営業秘密の使用や開示をしてはならないという差止請求の対象になる可能性があることを書きました。

では、営業秘密に関する刑事的責任はどうでしょうか。民事的責任と同様に使用や開示を行わない限り責任は生じないのでしょうか。
ここで、には営業秘密の刑事的責任について規定されてる不正競争防止法第21条1項1号~4号は以下の通りです。
第二十一条 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、詐欺等行為(人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為をいう。次号において同じ。)又は管理侵害行為(財物の窃取、施設への侵入、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の営業秘密保有者の管理を害する行為をいう。次号において同じ。)により、営業秘密を取得した者
二 詐欺等行為又は管理侵害行為により取得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、使用し、又は開示した者
三 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得した者
イ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。
ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
ハ 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
四 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、その営業秘密の管理に係る任務に背いて前号イからハまでに掲げる方法により領得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、使用し、又は開示した者
・・・
不競法第21条3項,4項は、正当に営業秘密を示された者(企業から業務遂行のために営業秘密を渡された者)が営業秘密侵害罪に問われる場合が規定されています。すなわち、この規定は、転職者が前職企業の営業秘密を持ち出した場合に適用される可能性があります。
具体的には、3項には不正の利益を得る目的や損害を与える目的(図利加害目的)で営業秘密を領得した場合が営業秘密侵害罪であるとされ、その領得には横領や複製の作成、消去したように見せる、ことであると規定されています。
また、4項には領得した営業秘密を図利加害目的的で使用又は開示することが、営業秘密侵害罪であると規定されています。

このように、営業秘密の刑事的責任では図利加害目的のある「領得」と「使用又は開示」とが明確に分かれており、営業秘密保有者に図利加害目的で領得(持ち出)しただけでも刑事罰を受ける可能性があります。


実際にこのような事例は多々あり、最高裁まで争った事件(最高裁平成30年12月3日 事件番号:平30(あ)582号)もあります。この事件は、日産の元従業員が他の自動車メーカーへ転職するにあたって、日産の営業秘密を持ち出した事件であり、他の自動車メーカーへの当該営業秘密の開示は認められなかった事件です。
具体的には、被告人は、転職が決まった後に多量の営業秘密(データファイル)を私物のハードディスクに複製しています。この行為について、裁判所は以下のように判断し、「不正の利益を得る目的」があったとして、懲役1年(執行猶予3年)の刑となっています。
❝・・・被告人は,勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に,勤務先の営業秘密である前記1の各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ,当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく,その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば,当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから,被告人には法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。❞
このように、転職前に正当な目的無く営業秘密を持ち出すと転職先で開示又は使用するという図利加害目的である判断され、刑事罰を受ける可能性があります。

さらに、不正競争防止法第21条1項7号には下記のように、不正に開示された営業秘密を他者が使用又は開示することが営業秘密侵害であると規定されています。
七 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、第二号若しくは前三号の罪又は第三項第二号の罪(第二号及び前三号の罪に当たる開示に係る部分に限る。)に当たる開示によって営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示した者
すなわち、営業秘密を前職企業から不正に持ち出した転職者(転入者)が、前職企業等の他社の営業秘密を転職先で開示し、この情報が他社の営業秘密であるとの認識のもとで転職先企業の従業員が使用等すると、当該従業員も刑事罰を受ける可能性があります。

この7号が適用された事件としては、東京高裁令和 4年2月17日(事件番号:令3(う)1407号)があります。この事件は、a社の取締役であった被告人Y1がa社の営業秘密である測定治具等の設計図面を領得して、中国会社の代表者である被告人Y2に開示して被告人Y2はこれを使用したというものです。
判決は、被告人Y2が懲役1年及び罰金60万円、被告人Y1が懲役1年4か月及び罰金80万円となっており、共に執行猶予はありません。

このように、営業秘密を領得しただけでも刑事罰が課される可能性があり、さらに、領得した者から開示された営業秘密を使用等した者も刑事罰を受ける可能性があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年5月30日火曜日

判例紹介:有用性は誰にとって有用なのか

営業秘密の三要件として秘密管理性、有用性、非公知性があります。この有用性について、誰にとって有用であるかを争った裁判例(5G情報漏洩事件(東京地裁令和4年12月9日 事件番号:令3(特わ)129号))を紹介します。
本事件は、刑事事件であり、被告がA社から転職するにあたり、A社の営業秘密を不正に持ち出して同業他社であるB社に就職したというものであり、被告は懲役2年(執行猶予4年)及び罰金100万円となっています。なお、被告が持ち出した営業秘密である本件ファイル①は下記のものです。
❝本件ファイル①は、全国各地約16万箇所のAの基地局の位置情報(緯度・経度)、各基地局で使用されている周波数帯、各基地局に至る回線の種別及び回線の月額料金等の情報、マイグレーションに関する検討結果のほか、4Gから5Gへの切り換えに係る対応を計画していた基地局の情報を一覧表形式で取りまとめたエクセルファイル❞
上記営業秘密に対して弁護人は、下記のようにして本件ファイル①の有用性を否定しています。
❝弁護人は、携帯電話事業者が抱える事情等は様々で、これを反映して各社が整備しているネットワークの構成や無線機器等も異なり、5G化対応に係る計画も異なることから、他社がAの基地局や周波数帯に係る情報及び5G化に係る情報を流用して自社の通信サービスを向上させることはできないこと、Aのマイグレーションの検討状況は、Aのネットワーク構成や契約状況を前提とするもので、他社の事業活動に何ら役立つものではないことなどから、本件ファイル①に含まれる情報は他社には利用価値がなく、有用性は認められないなどと主張する。❞
すなわち、弁護人は、本件ファイル①は被告の元勤務先であるA社の事業活動でしか役立たないものであるから、有用性はないと主張しています。


これに対して、裁判所は下記のように判断しています。
❝しかし、当該情報が、営業秘密保有企業の事業活動に使用・利用されているのであれば、基本的に営業秘密としての保護の必要性を肯定でき、当該情報が反社会的な行為に係る情報であり保護の相当性を欠くような場合でない限り、有用性の要件は充足されるものと考えられるのであって、この点は当該情報を取得した者がそれを有効に活用できるかどうかにより左右されない。その意味で、本件ファイル①の有用性に関し、それに含まれる情報が他の携帯電話事業者の事業活動に役立つものではないことを理由に有用性を否定する弁護人の主張には、当を得ないものがある。❞
このような裁判所の判断は当然のものでしょう。特に❝当該情報を取得した者がそれを有効に活用できるかどうかにより左右されない。❞という点に言及した判断は今までには無かったと思われます。なお、本事件は、他の営業秘密もありますが、これに対しても同様の判断がなされています。

本事件と同様の主張をした被告が事件として、宅配ボックス事件((横浜地裁令和3年7月7日判決 事件番号:平30(わ)1931号 ・ 平31(わ)57号))があります。
この事件は、原告が被告から宅配ボックスの開発・製造の委託を受けたものの、被告が本件新製品の製造を原告に発注するのを取りやめ、原告の営業秘密である本件データを使用して被告製品を製造・譲渡したというものであり、原告が勝訴しています。

宅配ボックス事件において、被告は❝本件データは,本来であれば被告製品の基となることが予定されていたものであるから,原告の事業活動において有用な情報であるとはいえない❞とのように主張しました。これに対して、裁判所は被告の主張を認めずに、当該営業秘密の有用性を認める判断を行いました。

このように、5G情報漏洩事件では、営業秘密保有企業の事業活動でしか用いないので有用性はない、と主張した一方で、宅配ボックス事件では、被告企業の事業活動でしか用いないので有用性はない、と主張したことになり、夫々の被告は同様の主張を異なる視点から行っているものの、裁判所はこれらの主張を認めませんでした。
したがって、営業秘密とされる情報の有用性を否定するために、当該情報が特定の企業でのみ使用されるといった主張を行っても、その主張が認められる可能性は相当に低いと思われます。そもそも、営業秘密を不正に持ち出した者は、当該情報が有用であると認識しているので持ち出しているのでしょうから、このような主張が認めらないことは当然とも思えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年5月17日水曜日

営業秘密の流入リスク(知財リスク)

営業秘密の不正な持ち出し(不正流出)は以前からありましたが、近年それが転職に伴うものであることが多くなるにつれて、企業の関心度も高まっているように思えます。

企業における営業秘密の不正流出に対する対策としては以下のようなものがあるでしょう。
このような措置のうち、複数を行っている企業は多いかと思います。
 ①就業規則への秘密保持条項の規定
 ②就業規則とは別に秘密管理規定の策定
 ③営業秘密に関する研修
 ④アクセス権限管理
 ⑤アクセス履歴
 ⑥転職者への秘密保持誓約
しかしながら、上記のような対策を行っても、前職企業の営業秘密を持ち出す転職者は存在します。このような転職者が営業秘密を持ち出す理由は、ただ一つ、転職先企業で開示・使用するためです。

ところで、転職者から前職企業の営業秘密を開示された企業は、その営業秘密を自由に使用してもよいのでしょうか。当然、そのようなわけはありません。
例えば、営業秘密の不正競争を規定した不正競争防止法2条1項8号では以下のようにして、転職者等によって不正に持ち出された営業秘密であることを知って、他者(転職先企業等)が使用等することが不正であると規定しています。
"不正競争防止法2条1項8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為"
また、刑事罰が規定されている不競法21条1項7号にも、同様の規定があります。

すなわち、転職者が前職企業から持ち出した営業秘密を転職先企業で開示し、転職先企業が当該営業秘密を使用すると、転職先企業やその従業員等が民事的責任、刑事的責任を負う可能性が有ります。より具体的には、民事的責任としては損害賠償及び差し止め等であり、刑事的責任としては罰金や従業員には懲役刑の可能性もあります。

以下の表は、日本企業間の転職に伴う営業秘密の流入事例です。


この表のように、既に億単位の損害賠償になった事例もあり、営業秘密の流入は特許権等の侵害と同様に知財リスクと考える必要があると思われます。実際に、転職者からの営業秘密の流入をリスクとして捉え、それを使用しないという正しい選択を行っている企業もあります。

なお、他社の営業秘密を侵害してしまった場合には、当然、その営業秘密の使用等の停止も求められます。ここで、特許権であれば、特許権の存続期間が終了した後には、元侵害者であったとしても当該特許権に係る技術の自由な実施が可能となります。

一方で、営業秘密には存続期間という概念がありません。したがって、営業秘密の侵害者は、その営業秘密の使用停止が何時まで続くのかはわかりません。すなわち、他社の営業秘密を用いて製造した製品等の製造販売は何時まで続くのかが不明確です。営業秘密はその情報が公知になれば、営業秘密ではなくなるため、公知になるまで待つしかなく、実質的に永久に当該製品の製造販売ができないかもしれません。
また、特許権はその技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められるため、その外縁が明確です。しかしながら、営業秘密の技術的範囲の外縁はどうでしょうか。例えば、侵害した営業秘密に非公知の新たな技術的な課題も含まれていたら、この課題を解決するための技術手段の開発もできないかもしれません。
このように、営業秘密の侵害によって営業秘密の使用停止となった場合には、停止となる期間や技術的範囲が良く分からず、侵害企業は過剰な対応を取らざる負えなくなるかもしれません。

さらに、特許権侵害とは異なり、営業秘密の侵害は刑事罰となる可能性があります。このため、侵害企業に罰金が科される可能性があります。
さらに、加害企業の従業員(営業秘密を持ち込んだ転職者とな異なる従業員)が刑事罰を受ける可能性すらあります。例えば、不正に持ち込まれた営業秘密をそれが他社の営業秘密と知って使用等した従業員が特定されれば、当該従業員は刑事罰を受けるかもしれません。
このように従業員が最悪の事態となることを防止するためにも、営業秘密の流入は避けなければなりません。

そこで、他社の営業秘密の不正流入を防止するためには、以下の措置が考えられます。
 ①自社への転職者に対する注意喚起
 (前職企業の営業秘密を持ち込んではいけないことを転職者に説明)
 ②社員研修
 (不正流入が疑われる他社の営業秘密の不使用を周知)
 ③社内相談制度
 (営業秘密の不正流入疑いを認知した場合に相談)
 ④知財活動を介した不正流入検知
 (新規開発技術の開発経緯から営業秘密の不正流入を検知)

以上のように、転職者による営業秘密の不正流出とセットで不正流入が生じる可能性があります。この不正入流を防止することは知財リスクの観点から非常に重要なことです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年3月28日火曜日

営業秘密刑事事件数の推移

先日、警察庁生活安全局から「令和4年における生活経済事犯の検挙状況等について」が公表されました。

これによると、営業秘密侵害事犯の検挙事件数は昨年度29件であり、他の事件に比べると数は少ないものの、過去最多であり下記グラフのように右肩上がりに増加しています。
これは、転職等による人材流動が増加していることに伴うと考えられますが、企業も営業秘密の不正な持ち出しは犯罪であるという認識が高まり、不正な持ち出しを監視するシステム構築が進み、不正な持ち出しの発見が多くなっていると想像されます。



営業秘密の侵害事件が報道されると、被害企業の情報管理体制等を問題視する傾向があるように思えますが、それは間違いと考えています。当然、営業秘密の不正な持ち出しが全く無いことが理想ですが、それでも持ち出す人は必ず存在します。これに対して、情報管理体制が適切であるからこそ、営業秘密の不正な持ち出しを発見できているとも考えられるためです。

一番良くないことは、営業秘密の不正な持ち出しを発見する体制が整っておらず、営業秘密を持ち出されているにもかかわらず、それを発見できないことです。そのような企業は、「自社からの営業秘密の流出はない」とのような誤った認識を持つことになります。

また、下記は主な営業秘密流出事件の判決の一覧です。

一昔前は、顧客情報等の販売を目的とした営業秘密の流出が多かったようにも思えます。典型例としては、携帯電話の加入者情報でしょう。近年では、このような販売等を目的とした営業秘密の流出少なくなっているようです。この理由は、販売目的とした営業秘密の流出は、直接的な金銭の授受があるため、犯罪意識を高く感じるためかもしれません。

一方で、近年では上記のように転職先で開示・使用することを目的とした営業秘密の流出が多くなっています。これには、直接的な金銭の授受は発生しませんし、場合によっては自分が作成した、自分が業務に用いていた、という意識があり、モラルとしては良くないけれど犯罪ではない、という誤った認識があるのかもしれません。

さらに、転職時の流出ということもあいまって、近年では技術情報の流出も多くなっているようにも思えます。これは知財の観点からすると、転職者が前職企業の技術情報を持ち込んだ結果、違法に流入した他社技術と自社技術とが混在する可能性があります。もし、このような状況に陥って他社の営業秘密侵害となり、差し止めとなると特許権の侵害よりも困ったことになります。
特許権の侵害でしたら、当該特許の存続期間が経過するとそれまで侵害であっても、その後は自由に実施できます。しかしながら、営業秘密には存続期間の概念がありません。そうすると、差し止めの状態が何時まで続くのか分かりません。
このような、営業秘密の流入リスクは、今後顕在化してくるでしょう。そうならないためにも、営業秘密の流出・流入には細心の注意を払う必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年3月12日日曜日

日本ペイントデータ流出事件の民事訴訟(和解)

日本ペイントの元執行役員が菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの営業秘密を持ち出して菊水化学で開示・使用した事件があり、日本ペイントは元執行役員を刑事告訴し、菊水化学と元執行役員に対して民事訴訟を起こしていました。
先日、この民事訴訟について、日本ペイントと菊水化学との間で和解が成立したとのことです。これに関する費用として、和解金を含む訴訟費用3億7200万円(372 百万円)が菊水化学の特別損失として計上されています。
なお、刑事事件の被告である日本ペイント元執行役員は、持ち出したデータの営業秘密性を高裁まで争いましたが、懲役2年6月、執行猶予3年、罰金120万円の判決となっています。

<参考ニュース>
・菊水化学工業、日本ペイントHDと訴訟和解 特損3億円(日本経済新聞)
<参考ページ>
日本ペイントデータ流出事件(過去の営業秘密流出事件)

日本ペイントと菊水化学との民事訴訟において、どの様な主張が行われたのかは当然分かりませんが、刑事事件の結果もあるので、菊水化学が日本ペイントから持ち出されたデータの営業秘密性を否定することは難しいでしょう。
また、日本ペイントは、菊水化学による不正競争防止法2条1項8号違反を主張したのではないかと思います。
不正競争防止法2条1項8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
上記8号に照らし合わせると、菊水化学が「営業秘密不正開示行為であることを知って」日本ペイントの営業秘密を使用等したとは思えないので、菊水化学が「重大な過失」を有していたか否かが争点になったのかと想像されます。


ここで、この事件の経緯は刑事事件判決(名古屋地裁令和2年3月27日 平28(わ)471号 ・ 平28(わ)662号)によると、以下の通りです。なお、下記の被告人は、日本ペイントの元取締役です。

(1) 被告人は、昭和53年にa社(日本ペイント)に入社し、平成22年3月にa社を退職し、同年4月に同社の子会社であるb社に転籍。
(2) 被告人は、平成25年2月12日に辞表を提出し、同年3月15日に同社を退職。
(3) 被告人は、b社に在籍中、同社本社内において,システムにアクセスして本件情報が記載された商品設計書を取得し、これを基に本件各塗料の原料及び配合量の情報についての完成配合表①、完成配合表②を作成。
(4)  被告人は、平成25年2月にc社(菊水化学)から同社の取締役への就任の打診を受け、同年4月にc社に入社して同年6月に同社の取締役に就任。
(5)  被告人は、同年4月頃にc社において、完成配合表①を基に作成した推奨配合表①をc社の従業員Aらに手渡す。
(6)  被告人は、同年8月2日に完成配合表②を基に作成した推奨配合表②を添付した電子メールをc社の従業員Bに送信。
(7)  c社は、被告人により開示された情報を用いて塗料X、塗料Yをそれぞれ開発製造して販売。

上記経緯から、菊水化学へ転職してきた日本ペイントの元取締役は、転職後に時間を置かず推奨配合表を菊水化学の従業員らに渡しています。元取締役は、菊水化学において取締役という役職でもあり、自身が短期間に菊水化学内で研究開発を行って、菊水化学での業務として推奨配合表を作成したとは考えられません。
そうすると、菊水化学は、この推奨配合表が日本ペイントから持ち出された情報に基づいて作成されたのではないか、ということを想像できるのではないでしょうか。そうであれば、菊水化学に重過失が有ったと考えられるのかと思います(営業秘密侵害においてどのような場合に「重過失」となるのか判例が少ないため、定かではありません。)。
おそらく、このようなやり取りがあり、その結果、菊水化学が金銭を日本ペイントに支払うという和解が成立したのではないかと思います。

菊水化学は、訴訟費用として和解金を含む3億7200万円を計上しています。訴訟費用とありますが、おそらくこの金額のほとんど、すなわち3億円以上が和解金かと思われます。
これにより、菊水化学は、2022 年4月1日~2023 年3月 31 日における個別業績予想を583百万円かた395百万円に下方修正していることから、上記和解金が菊水化学の業績に少なからず影響を与えていることが分かります。また、菊水化学は、和解金の支払いだけでなく、推奨配合表等の廃棄等も行っているかと思います。
なお、菊水化学は、当該推奨配合表を用いたと思われる製品の製造販売を2017年3月の段階で停止しているようです。

このように、本事件は、営業秘密の流入リスクが顕在化した例といえるでしょう。
ここで、気になることがあります。
このような他社の営業秘密の流入に対する影響はいつまで続くのかということです。
特許権であれば、特許権の存続期間が過ぎると誰でも当該特許権に係る発明を実施可能となります。しかしながら、営業秘密には存続期間という概念はありません。

日本ペイントから持ち出されたデータは非常に有益なものなのでしょう。だからこそ、日本ペイントの元取締役は菊水化学への転職時に持ち出し、菊水化学も使用したのだと思われます。このため、菊水化学は同様の製品を再び製造販売したいと思うかもしれません。これが仮に特許権の侵害であれば、当該特許権の存続期間の経過後であれば、侵害した製品と同様の製品を製造販売しても問題はありません。
一方で営業秘密に関しても、流入した他社の営業秘密を使用せずに独自に開発すれば問題はありません。しかしながら、他社の営業秘密が自社に流入した場合には、当該他社の営業秘密を使用していないことを証明可能とする必要があるでしょう。
そのためには、まず、他社の営業秘密を使用した製品を製造した技術者を同様の製品の開発に携わらないようにするべきでしょう。当該技術者が当該他社の営業秘密を記憶している可能性があるからです。
そして、当該他社の営業秘密を使用せずに製品の開発を行ったことを証明できる各種データや資料を会社が存続している限り、残す必要があるかもしれません。
さらに、そもそも、同様の製品を製造販売するきっかけが当該他社の営業秘密とは無関係であることの証明も必要かもしれません。特許権の侵害は、特許請求の範囲で判断することができます。しかしながら、営業秘密の使用は、営業秘密から得られる情報そのものだけなのでしょうか。仮に、流入した営業秘密が、非公知の技術的な課題を解消するためのものである場合には、当該課題も営業秘密と捉えることができるかもしれません。流入した営業秘密に新たな課題を示す内容が明確に含まれていたらなおのことです。

このようなことを考えると、他社の営業秘密が流入した場合、その後に当該他社の営業秘密の使用を疑われそうな製品を開発することに躊躇することになります。その結果、自社はビジネスチャンスを失うことになるかもしれません。
営業秘密には存続期間の概念がないこと、営業秘密の使用の範囲が良く分からない、もしかすると非常に広い範囲なのかもしれない、とのようなことを考慮すると、営業秘密侵害は特許権侵害よりもその影響は大きいのかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年2月28日火曜日

かっぱ寿司営業秘密事件について

はま寿司の元取締役から転職したかっぱ寿司の元社長が、はま寿司の取引情報等の営業秘密を不正に持ち出して、かっぱ寿司で開示、使用したとして不正競争防止法違反(営業秘密侵害)で逮捕された事件について、初公判が始まっています。

この事件は、かっぱ寿司の元社長の公判と、かっぱ寿司の運営会社であるカッパ・クリエイト社及びかっぱ寿司の元商品部長との公判は分けて行われているようです。公判では、かっぱ寿司の元社長は営業秘密侵害について認めている一方で、運営会社及び商品部長は無罪を主張しているとのことです。

ここで、報道では有名企業の社長が取締役であった前職ライバル企業から営業秘密を不正に持ち出したとして、大きく報道されています。しかしながら、取締役等の役職者が営業秘密を不正に持ち出し、他社に転職したり、独立することはさほど珍しくはありません。従業員に比べて役職者は、営業秘密に対するアクセス権限も多く有しているでしょうし、転職先等で成果を挙げることに対するプレッシャーはより大きいでしょうから、役職者ほど営業秘密を不正に持ち出す可能性が高いことは容易に想像できます。

一方で、本事件で特徴的なことは、営業秘密の開示先企業及びその従業員(元商品部長)も罪に問われていることにあります。開示先企業が罪に問われることは、今回が初めてではありませんが、多くはありません。(過去には2000万円の罰金を科された企業もあります。)
また、開示先企業の従業員(元商品部長)が逮捕されることは過去にありましたが、私の知る限り不起訴となっています。仮に、開示先企業の従業員が有罪となれば、初めてのことかもしれません。


しかしながら、この元部長に関しては非常に気の毒に思います。元部長は、公判において 元社長からの指示であったと証言しているようで、これは偽らざる本心でしょう。
元社長からはま寿司の情報を渡され、この情報に基づいて資料を作成するように指示された場合、元部長はこれを断れるでしょうか。断るとしたら、「元社長の行為は営業秘密侵害であり、刑事告訴の対象となる。」とのように元部長は元社長に進言しなければなりません。果たして、不正競争防止法に詳しくないであろう人が、それを言えるでしょうか。また、言った場合にどのようになるでしょうか。このようなことを部下に言われたら、結果を早期に出したい元社長は不愉快に感じ、元部長を退職に追い込んだかもしれません。すくなくとも、元社長との関係性は悪化することが想像されます。
すなわち、起訴された元部長は実質的に選択肢が無かったとも思われます。仮に、元社長がかっぱ寿司に転職して来なければ、この元部長は逮捕・起訴されることもなく、今も何事もなくかっぱ寿司で働いていたことでしょう。

このようなことは、誰の身にも生じる可能性が有ります。すなわち、上司がライバル企業から転職してきて、このライバル企業の情報を渡された部下となる可能性が誰にでも有るということです。上司の指示通りにライバル企業の情報に基づいて仕事を行うと、営業秘密侵害罪で逮捕される可能性が有ります。一方、上司の指示を断ると、最悪、退職に追い込まれるかもしれません。このような部下は、どちらを選択しても悪い方にしか進めません。

このような事態を防ぐことができるのは、やはり自身が所属する企業しかありません。すなわち、転職してきた者に対して、前職企業等の営業秘密を持ち込ませないということです。これに対しては、例えば、入社時に営業秘密の不正な持ち込みは刑事罰又は民事的責任を負うことを説明しつつ、誓約書にサインを求めることが考えられます。
しかしながら、それでも営業秘密を持ち込む者がいるかもしれません。そのために、従業員自身が営業秘密の不正使用は違法であることを正しく認識し、仮に他社の営業秘密の持ち込みを発見した場合には、法務部門やコンプライアンス部門に報告し、当該営業秘密の使用を防止する枠組みを作るべきでしょう。
これにより、もし、ライバル企業から転職したきた上司が部下にライバル企業の営業秘密を開示した場合には、当該部下が法務部門等に報告することで、当該部下が営業秘密侵害となるような行為を行うことを未然に防止できます。

また、このような報告を受けた法務部門は、当該営業秘密が持ち出された事実を転職者の元所属先企業に報告すべきでしょう。これは、結果的に、自社が当該営業秘密を不正使用していないという主張をし易くなり、自社が刑事及び民事的責任を負うことの防止となり、自社を守ることになります。

営業秘密に対して、自社の営業秘密の漏えい対策を行う企業は多くありますが、他社から自社に営業秘密が持込まれることへの対策を行っている企業は多くないように思えます。
しかしながら、かっぱ寿司のような事態が生じている現在、営業秘密の不正な持ち込みに対する対応を行わないと、自社の従業員が不幸にも逮捕されたり、自社そのものが責任を問われる可能性が生じる可能性が有ります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年4月14日木曜日

最近の営業秘密に関する刑事事件もろもろ

今回は、最近の営業秘密に関する刑事事件に関して三つほど雑多に記します。

1.令和3年の営業秘密侵害事犯の件数

先日、警察庁生活安全局生活経済対策管理官から「令和3年における生活経済事犯の検挙状況等について」が公開されました。
これによると令和3年の営業秘密侵害事犯の検挙件数は23件であり、令和2年の22件から微増となっています。また、検挙人員が49人と検挙件数に比べて増加の度合いが高いように思えますが、複数人による犯行が増えているということでしょうか?



また、営業秘密侵害事犯に関する相談受理件数は60件であり、令和2年の37件から増加しています。

2.刑事事件における刑罰

下記表は今までの刑事事件における刑事罰の一覧です。この表は、筆者が作成したものであり、実際に判決がなされた刑事事件の一部です。
近年は中国企業等の海外への技術情報に関する営業秘密漏えいが増加傾向にあり、その被害は甚大となる可能性もあります。このことからも、平成27年の不正競争防止法改正において、日本国外において使用する目的で不正取得した者等に対してより刑事罰を重くする海外重罰の規定(不競法第21条第3項「十年以下の懲役若しくは三千万円以下の罰金」)が新たに追加されました。

上記法改正の後にも、海外(中国企業)への営業秘密の漏えい事件があり、NISSHAスマホ技術漏洩事件が執行猶予無しの懲役2年の刑事罰が科されているものの、海外への営業秘密の漏えいに関して懲役刑が長くなったり、罰金刑が重くなったりしている様子はないように思えます。
そもそも、日本国内での営業秘密の漏えいの刑事罰も「五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金」とあるものの、実際の刑事罰のほとんどが執行猶予付きの懲役刑であり、罰金も数十万円程度であることを鑑みると、海外懲罰の規定ができたからといって、その影響はあまりないと思われます。


3.愛知製鋼磁気センサ事件 無罪判決

長年判決がなされなかった愛知製鋼磁気センサ事件について無罪判決が確定しました。


逮捕が2017年2月なので無罪となるまで5年以上の月日が経過しています。
営業秘密に関する刑事事件では、その多くが逮捕から判決まで1年前後を要しているので、この期間だけでも本事件は他の事件とは様相が異なることが分かります。
判決文を確認するまでは、具体的にどのような理由で無罪となったかは定かではありませんが、検察側が控訴することなく無罪確定となっていることからも、検察側の主張が相当無理筋であったのでしょう。

ここで、愛知製鋼は被告となった本蔵氏(マグネデザイン社)の磁気センサ(GSRセンサ)に関する特許権に対して特許無効審判(無効2020-800007、他1件)を起こしています。その結果、愛知製鋼の無効主張は認められませんでした。
また、上記無効審判の審決において、請求人である愛知製鋼の主張に対して下記(下線は筆者による)のように「常識外れ」、「無視」、「曲解」等の文言を用いて相当厳しい指摘がなされています。
❝(2) 無効理由1-2について
請求人は、請求項1の「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」との記載について、「磁化変化」だけを純粋に検出したコイル電圧は、「磁化変化」に起因する電圧だけを含むと理解されるし、それ以外の意味に理解することはできないものであり、「磁化変化」に起因する電圧と、熱雑音に起因する電圧とは異なるものであるから、「磁化変化」に起因する電圧だけを含むコイル電圧は、熱雑音に起因する電圧を含まないと理解するし、それ以外の趣旨に理解することはできない、と主張する。
請求人の上記主張は、熱力学・統計力学を無視した主張であり、理科系の素養を有する当業者にはおよそあり得ない、常識外れの主張というほかなく、全く採用することができない。そもそも「熱雑音」とは、物質内の電子の不規則な熱振動によって生じる雑音をいうところ、これは絶対零度という極限状態(T→0)に冷却しない限り完全に排除することができないものである。このような極限状態に該当しない環境において使用される本件発明の「磁気センサ」について、「コイル電圧は、熱雑音に起因する電圧を含まないと理解するし、それ以外の趣旨に理解することはできない」、と主張するのは、大きな誤りである。
 なお、当審は、請求人がこのような技術常識に反する主張を堂々としていることを大変遺憾に思うと同時に、当該主張をしたことの事実は、請求人の主張するその他の内容の信用度が著しく低いことの証左となることを指摘する。
 他方、被請求人の「検出コイルは、コイルコアの磁性材料の磁化の変化だけを信号として検出するが、この時コイル出力には熱雑音などの雑音がノイズとして必ず含まれる。熱雑音を含まない回路は存在しない。コイルが、信号として磁化変化のみを検出するという表現と、出力電圧にノイズとして、熱雑音が含まれることは矛盾することではない。」という反論は、熱力学・統計力学を含む物理学からの視点からみて正当な主張である。❞
❝ したがって、GSR現象を生じさせるためには、基本的にパルス周波数のみによることは明らかであるから、「パルス周波数以外の条件をどのように変化させればパルス周波数をGHzオーダーに高めることによってGSR現象が生じるか、どういう場合にGSR現象が起き、どういう場合にGSR現象が起きないかを、当業者は理解困難である」との請求人の主張は、GSR現象がパルス周波数を本質的な発生条件とすることを無視したものであり失当であって、理由がない。

❝ また、そもそも請求人が主張するように、「90度磁壁の移動による磁化回転」によって誘起される電圧の影響を完全にキャンセルする手段又は方法が不明なのであれば、そのような技術常識を踏まえた当業者が請求項1を読んだ場合に、「誘起される電圧の影響を完全にキャンセルする」、すなわち厳密な意味で当該磁化変化のみを取り出す発明が記載されているなどと誤解しないのであって、実質的に当該磁化変化のみを取り出す(もっぱら当該磁化変化を取り出す)発明が記載されていると直ちに理解することができるから、請求人の主張は、結局のところ技術常識に反した曲解に基づくものである。

 ❝ したがって、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、評価すれば、特許請求の範囲の記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確ではないことはもとより明らかであるばかりでなく、請求人の主張は、技術常識や日本語の一般的な意味を無視し、記載が不明瞭であるという結論にただただ導かんとすることのみを目的として、記載中の取るに足らぬ曖昧さを曲解、拡大しているものであって、到底これを支持することはできない。

ここで、審決では愛知製鋼の主張を上記のように「常識外れ」、「無視」、「曲解」とのように指摘していることからも、愛知製鋼は、GSRセンサに関する当該特許技術を理解できていないのかもしれません。であるからこそ、愛知製鋼は、自社の技術情報を本蔵氏が不正に持ち出したと認識したのかもしれません。

そうすると、営業秘密の刑事事件について気がかりとなることがあります。技術情報に関する営業秘密について、警察及び検察が正しく理解することができるのか、ということです。例えば、営業秘密が図面等のその技術内容が比較的分かり易い情報であれば、その秘密管理性、有用性、及び非公知性、並びに不正開示の有無等は比較的容易にかつ客観的に判断可能でしょう。しかしながら、今回の事件のように、営業秘密が”発明”であり、その発明をホワイトボードを用いて口頭で第三者に説明(講演)した、とのような場合はどうでしょうか。しかも、理解が困難な技術であればどうでしょう?
営業秘密とする技術情報が特定されていれば、その秘密管理性は客観的に判断可能でしょうが、有用性や非公知性はどうでしょうか。また、口頭での説明内容が当該技術情報と同一であるか否かの判断を、日頃高度な技術に触れていないであろう警察や検察が正確にできるのでしょうか。

上記の判断は、警察及び検察において客観的に行われなければならないものの、どうしても営業秘密が持ち出されたとする企業側の主張や認識がベースにならざる負えないかと思います。もし、企業側の技術的な主張や認識が誤っていたり、企業側の都合がよい解釈の元に成り立っていれば、警察や検察は技術論として企業側の主張等が誤っていると反論できるのでしょうか。警察や検察が企業側に言いくるめられてしまう可能性もあるのではないでしょうか。

営業秘密侵害は、技術情報が含まれる場合も多く、高度な技術的理解を必要とする場合もあるでしょう。場合によっては、争点が技術論に終始する可能性が有るかもしれません。捜査する側はこのような場合にも対応できる体制が必要なのでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年12月22日水曜日

窃盗罪と営業秘密不正取得の違い

窃盗罪と営業秘密不正取得とは、どのように違うのでしょうか。まず、窃盗罪は刑法235条において下記のように規定されています。
第235条
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
誰でも容易に理解できる内容であり、他人の財物を窃取したら刑事罰の対象となります。
しかしながら、営業秘密の不正取得は窃盗罪の対象にならない場合がほとんどです。その場合とは、営業秘密である情報(紙媒体、デジタルデータ)をコピーしたり、デジタルデータをメール等で送信したりする場合です。このような場合は、他人の財物である営業秘密はその他人の元にそのままあるので、窃取したことにはなりません。

ここで、不正競争防止法における営業秘密に関する規定の変遷について簡単に説明します。
営業秘密に係る不正行為については、平成2年法改正により初めて民事的保護が規定されました。その後、平成15年法改正によって営業秘密の刑事的保護が規定され、平成17年法改正によって営業秘密の刑事的保護が強化されました。その後、複数回の法改正によって、刑罰が引き上げられる等の営業秘密の保護強化がなされました。
このように、営業秘密は民事的な保護が不正競争防止法において平成2年に規定され、刑事的保護に至っては平成15年法改正によって初めて規定されました。このように、営業秘密は、特許権等の他の知的財産権に関する規定に比べて、近年になってようやく保護規定が整備されています。

なお、平成15年の法改正前は、営業秘密それ自体を直接保護する刑事規定は存在しておらず、営業秘密の不正取得及び開示等については、窃盗・業務上横領・背任等の規定が適用されていました。すなわち、営業秘密の不正取得は、窃盗等の規定では対応できないため、不正競争防止法において新たに規定されたものです。

営業秘密の不正取得に対する刑罰は不正競争防止法の第21条において下記のように規定されています。
第21条 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、詐欺等行為(人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為をいう。次号において同じ。)又は管理侵害行為(財物の窃取、施設への侵入、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の営業秘密保有者の管理を害する行為をいう。次号において同じ。)により、営業秘密を取得した者
二 詐欺等行為又は管理侵害行為により取得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、使用し、又は開示した者
三 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得した者
 イ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。
 ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
 ハ 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
・・・

上記は一部であり、第九項まで続きます。一見して、営業秘密不正取得で刑事告訴するには面倒な印象があります。しかしながら、営業秘密の不正取得者と営業秘密保有者との関係性から、どの項を適用すればよいのか自ずと明確になるでしょう。


営業秘密について厄介な事項は、下記の不正競争防止法2条6項に規定されているる秘密管理性、有用性、非公知性(営業秘密の3要件)の認定です。

2条6項
この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
この3要件を全て満たさない情報は営業秘密と認定はされません。特に、裁判において秘密管理性を満たしていないとしてその営業秘密性が否定される場合が多数あります。このため、自社の情報が持ち出されたとしても、当該情報が秘密管理性の要件を満たしていない場合には営業秘密の不正取得で刑事又は民事で訴えることができません。

一方で、持ち出された情報がデジタルデータ等ではなく紙媒体のような”物品”の場合には、上記3要件の判断が不要な窃盗罪が適用できます。実際に下記ニュースにあるように最近でも顧客情報の持ち出しに対して窃盗罪で逮捕された事例があります。

上記事件では、元社員が顧客リスト(おそらく紙媒体)の窃盗したとあり、この顧客リストは一般的には営業秘密であるのだと思います。しかしながら、三要件を満たす必要がある営業秘密不正取得で刑事告訴するよりも、より立証が容易な窃盗罪で刑事告訴したのだと思います。

ここで、窃盗罪の刑事罰は”10年以下の懲役又は50万円以下の罰金”です。一方で、営業秘密不正取得は、”十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金”です。この2つは、懲役刑の上限は同じですが、罰金刑の上限は大きな差があります。
営業秘密不正取得では、多くの場合、懲役刑には執行猶予が付きますが、罰金は数十万円から200万円ぐらいとなります。すなわち、営業秘密不正取得によって刑事罰を受けると窃盗罪の罰金の上限を超える罰金刑が課される可能性が高いことになります。このため、営業秘密不正取得として刑事告訴されるよりも、窃盗罪で刑事告訴される方が被告人にとっては自ずと刑が軽くなり、ラッキーということになります。
このような状況は果たして良いのかという疑問が少なからず生じます。

なお、顧客情報等の営業情報は、その秘密管理性が認められると有用性及び非公知性も認められる可能性が高いです。その理由は、顧客情報は一般的に公開するものではないためです。
一方で、技術情報に関してはその秘密管理性が認められたとしても、有用性や非公知性は認められない可能性があります。この理由は、非常に多数の技術情報が特許公開公報等や論文等で既に公開されており、既知の技術情報に基づいて秘匿化している技術情報の有用性や非公知性が否定される可能性があるためです。
このように、技術情報は営業情報に比べて、営業秘密性のハードルがより高くなります。

以上のことからも、不正競争防止法で規定されている営業秘密をより使い易くするためには、この営業秘密の3要件の認定ハードルをより低くする必要があるのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年3月22日月曜日

スマホ技術を転職先の中国企業へ漏えい、懲役2年の実刑判決。厳罰化の流れ?

先日、NISSHAの元従業員が転職先の中国企業へスマホ技術を漏えいした刑事事件の地裁判決が出ました。 

この判決は少々驚きでもあり、営業秘密の漏えい事件において厳罰化の流れを感じさせます。

下記の一覧表のように、営業秘密漏えいの刑事事件において執行猶予なしの懲役刑は3件(東芝半導体製造技術漏洩事件、ベネッセ個人情報流出事件、富士精工営業秘密流出事件)です。実際には、あと数件懲役刑となった例が有りますが、それらは顧客情報を持ち出し、詐欺等の他の犯罪にも利用したものであり、転職時等に持ち出した事件とは少々異なると考えています。


3件のうち、東芝半導体製造技術漏洩事件とベネッセ個人情報流出事件は、被害企業に与えた損害がとても大きかったために執行猶予がない懲役刑となったと思います。

また、富士精工営業秘密流出事件では、中国人技術者が中国企業への転職に伴い、富士精工の営業秘密を持ち出したという事件です。この事件では、当該営業秘密が中国企業で使用され、富士精工に損害を与えたという事実までは確認できていないようですが、実刑となっています。
この事件において裁判官は、「転職に有利と、私利私欲で経営の根幹にかかわるデータを不正に領得(りょうとく)。刑事責任は相当に重い」、「日本の技術が国際競争にさらされ、違法な海外流出を防ぐ意味でデータ保護の必要性は高い。アジア諸国の技術的台頭を背景に法改正された経緯に鑑みると、実刑はやむをえない」とのことです(2019年6月6日 朝日新聞「企業秘密の製品データ複製の罪 中国籍元社員に実刑判決」)。

そして、今回の事件では、中国企業へ営業秘密を漏えいしたものの、富士精工営業秘密流出事件と同様に被害企業に多大な損害を与えたということは報道からは伺えません。

これら4つの事件から、実刑となる可能性がある営業秘密の漏えい事件は、被害企業に多大な損害を与える場合と、外国へ技術情報を漏えいした場合と思われます。
特に外国への漏えいについては、平成27年の不正競争防止法改正において海外重罰が加えられたこと、また、昨今の海外への情報流出の懸念が影響しているのだと思います。

また、実刑判決となった4件の営業秘密漏えい事件のうち、3件が技術情報の漏えい事件です。これは、顧客情報よりも技術情報の方が、被害企業に与える損害が大きくなる可能性が高いためであると思われます。そして、外国企業において、日本企業の営業秘密としては顧客情報よりも技術情報の方が重要ということもあるでしょう。

今回の判決は、日本の”知的財産”である技術情報の海外流出に対する危機意識を裁判所も共有しているということなのでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年1月23日土曜日

<蓮舫議員による施政方針演説のツイッター投稿>

立憲民主党の蓮舫議員が、菅義偉首相による施政方針演説の前に既に配布されていた原稿をツイッターに投稿しました。このニュースを目にしたとき、すごく驚きました。現職議員がこのようなことをするなんて。
野党といえども国家機密を知る可能性のある国会議員であり、過去には政権の中枢にいた政治家が情報管理を行わないどころか、本来公開するべきでない情報を自ら公開することはあってはならないことだと思います。


ところで、蓮舫議員の行為は不法行為になるのでしょうか?
上記報道によると、蓮舫議員は当該原稿に関して「内閣総務官室に確認、取り扱いに関するしばり(制限)は特段なく、便宜上配布するとのこと」 とツイッターに投稿したようです。
この投稿の真意は、自身に当該原稿に対する秘密保持義務がないことを主張しているのだと思います。
一方で、加藤官房長官は「『国会での審議に資するため、事前に与野党、各会派に(原稿を)配布している』とも語り、事前に演説内容を公開することは想定していないと説明した。」とのことなので、政府としては当該原稿は秘密にするべきものとの認識だったのでしょう。

ここで、営業秘密における秘密管理性は、当該情報に接した者が容易に秘密であると認識できるような態様で管理されている必要があります。例えば、原稿に㊙マークが付されていたり、原稿の配布時に秘密保持義務を課すということが必要となりますが、報道から察するに当該原稿にはそのような表記等はなかったようです。
また、営業秘密は事業活動に有用でなければなりません、政治家の活動は「事業活動」ではないとも思え、そうであるならば施政方針演説の原稿自体、事業活動に有用な情報とは言えないでしょう。
以上のように、蓮舫議員の行為は営業秘密の不正開示等にはあたらないと思われます。


ところが、蓮舫議員と同様の行為をおこない、書類送検されて罰金刑になった刑事事件が有ります。それは下記の事件です。
・過去の営業秘密流出事件 <日産新車ツイッター投稿事件> 

この事件は、日産の取引会社社員が発表前の新型車リーフを写真撮影してツィッターに投稿したものです。投稿した内容は当然異なりますが、蓮舫議員の行為と同様と言えるでしょう。当該取引会社社員は、日産から刑事告訴され、営業秘密侵害と営業秘密侵害と偽計業務妨害により書類送検されました。

しかしながら、営業秘密侵害は不起訴です。不起訴の理由は明らかではないものの、想像するに、当該社員は単に新型車の写真をツイッターに投稿しただけであって、そこには営業秘密侵害(不競法2条1項7号)の要件である不正の利益を得る目的等が無かったためではないかと思われます。
一方で、上記事件では、偽計業務妨害は罰金50万円の有罪判決となっています。すなわち、企業の秘密情報をツイッターに投稿すると、偽計業務妨害という犯罪になる可能性があります。
私は弁理士であり、刑法に詳しくはないので深入りするとボロが出るのですが、ここでも施政方針演説が果たして「業務」であるのか議論になりそうな気がします。ここら辺の判断は、立憲民主党の党首が弁護士のようなので立憲民主党内部で容易に判断できるでしょう。

とはいえ、上記の事件のように、民間企業の未発表の情報をツイッターに投稿することで刑事罰を負う可能性が有るようです。そうすると、蓮舫議員の行為も民間であれば刑事罰を受ける可能性のある行為であり、ツイッターから削除や政府への謝罪によってなかったことにしてよいのでしょうか?

さらに、政治家によるこのような行為があると、国の情報管理も疑わしくなります。
すなわち、政府が国会議員に配布する文書の中には、国家機密に類するものも含まれる場合があるでしょう。そのような場合、配布された文書に対して「取り扱いに関するしばり(制限)は特段なく、便宜上配布する」とのような認識を政治家が有していると、今回のように、本来開示してはいけない人物や他国に当該文書を開示する恐れが高いと思います。

ちなみに、民間企業ではこのような不祥事が起きると、再発防止策等を考え、ホームページ等で公開する場合があるのですが、蓮舫議員によるツイッターへの投稿からしばらく経過していますが、このブログを書いている時点では立憲民主党のホームページにはそのような公開は見当たりません。

また、政府与党としても、今までは野党を含め、各議員の”常識”を信用して文書の配布等の情報開示を行っていたのでしょうが、それは崩壊したと考えるべきでしょう。このため、配布資料が秘密保持の対象であるか否かを吟味して、㊙マークをつけたり、面倒でも開示先の議員との間で秘密保持契約を締結する必要があるのではないでしょうか。

近年、情報自体が国家の資産とも考えられ久しいです。
そのような現状において、日本の政治家がこのような状況ではどうしようもありませんね。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年7月17日金曜日

ソフトバンクスパイ事件の判決

先週、ソフトバンクスパイ事件(刑事事件)の一審判決が言い渡されました。
犯人である元従業員は懲役2年、執行猶予4年、罰金100万円となりました。
控訴する可能性もあるでしょうが、もし控訴しても判決は大きく変わらないと思います。

ところで、この判決は、過去の刑事事件の判決と比べても、重くもなく軽くもなく、というところでしょうか。
報道等の扱いは、ロシアの元外交官が関与しており、まさにスパイ事件の様相を有する特殊性から他の営業秘密事件に比べても多かった事件ですが、例えば、同様に報道が多かったベネッセ個人情報流出事件に比べると軽い判決かと思います。
この違いは、やはり持ち出された営業秘密の内容によるものでしょう。
ソフトバンクスパイ事件では、通信設備に関する情報が持ち出されているものの、おそらく、ソフトバンクは実質的な損害を受けていないのではないでしょうか。一方で、ベネッセの事件では、その対応費用も含めてベネッセの収益に大きな影響を与えました。



なお、今回の事件では、営業秘密の持ち出し方法についても裁判で明らかになったようです。
その持ち出し方法とは、営業秘密を表示させたモニタをデジタルカメラで撮影するという方法のようです。確かに、この方法では、当該情報をUSBに出力したり、印刷、又はメール送信ということはないので、アクセスログしか残りません。このため、営業秘密の持ち出しが発覚し難いこととなるでしょう。

また、元従業員は報酬として1回あたり20万円を受け取っていたようです。
この元従業員は、在職中はモバイルIT推進本部の統括部長という地位にあったことを鑑みると、全く割に合わない行為だったことは明らかでしょう。

さらに、この事件の特徴は、営業秘密を受け取った人物は特定されているものの、在日ロシア通商代表部の元外交官であり、この人物は既に出国し、再入国することもないであろうことから、不起訴となっている点でしょう。
営業秘密は外国人の手に渡ることも多々あるかと思いますが、その場合、犯人の逮捕には限界があり、かつ、持ち出された情報が他国で開示、使用される場合にはそれを止める手立てが実質的に存在しません。
このことは、企業として十分に認識するべきではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年4月3日金曜日

日本ペイントデータ流出事件(刑事事件)の地裁判決

以前から気になっていた事件である日本ペイントデータ流出事件の地裁判決がでました。
判決では、被告に対して懲役2年6月、執行猶予3年、罰金120万円の有罪判決でした。被告側は控訴するとのことですので、これで確定ではありません。


本事件は、日本ペイントの元執行役員が菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの塗料の原料や配合等を示す情報を持ち出し、菊水化学で開示・使用したとする事件です。日本ペイントはこの元執行役員を刑事告訴(2016年)し、菊水化学と元執行役員に対して民事訴訟を提起(2017年)しています。

この刑事事件では、被告である元執行役員は、無罪を争っていました。報道からは、おそらく秘密管理性、有用性、非公知性の全てを争っていたと思われます。また、菊水化学も被告側の立場にたっていたようです。民事訴訟でも争っているので、当然のことかと思います。


ここで、秘密管理性の有無については判断が比較的容易かと思われ、起訴されているのでこれを被告側が覆すことは難しいのではないかと思います。

一方、有用性と非公知性はどうでしょうか。これらは完全に技術論になるかと思います。
この点、毎日新聞の上記記事では裁判所が「特許公報や分析で原料や配合量を特定することは容易ではない」と判断したとあります。
また、同様に日経新聞の上記記事では「弁護側はこれまでの公判で、データが特許公報に記載されている公知の事実だったと主張。」や「検察側は「特許公報を読んでも具体的な配合の情報までは特定できない」と反論。」とあります。
被告は特許公報等によって有用性や非公知性を否定する主張を行ったようです。

ここで、営業秘密の刑事事件において、技術情報を営業秘密とした場合の有用性や非公知性を本格的に争った事件はこれ以外にないかもしれません。そういった意味でもこの判決には非常に興味があります。
果たして、裁判所の判断に民事事件とは異なる部分があるのか否か、また、被告側はどのような論理展開を行ったのか等、参考になることは多いかと思います。

特に、特許公報に基づいて被告側はその営業秘密性を否定しています。民事事件でも特許公報に基づいて営業秘密性を否定する主張はさほど多くはありません。

また、毎日新聞の記事では、「特許公報や分析」で原料や配合量を特定することは容易ではないとあります。この点に関して、日経新聞では裁判所の判断が多少詳細に「特許公報などから原料をすべて特定するには相当な労力と時間が必要」とのように記載されています。この日経新聞の記事からすると、被告は原告製品のリバースエンジニアリングによってその非公知性を否定したのかもしれません。もしそうだとすると、用いた分析方法についても被告側は主張しているはずです。

本事件の判決文が公開されれば被告側がどのような主張を行い、それに対して検察がどのような反論を行い、裁判所がどのように判断したかは判決文を見るまで詳細には分かりません。
刑事事件の判決文は、営業秘密侵害事件であっても公開されないものもあるようです。
しかしながら、本事件は今後も非常に参考になる判決であろうと思われますので、ぜひ公開されてほしいところです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年2月29日土曜日

パチンコ出玉情報漏えい事件

先日、パチンコチェーン店の元従業員がパチンコの出玉情報を不正に入手して4人の客に漏洩したとして、逮捕・略式起訴され罰金50万円となった刑事事件が報道されました。なお、4人の客は不起訴となっています。

・パチンコ出玉情報を客に教える 元店長に罰金50万円(日テレNEWS24)
・パチンコ出玉情報を客に教える 元店長に罰金50万円(北日本放送)
・ノースランド、パチスロ設定漏洩の元店長を懲戒解雇(P-WORLD)
・設定情報を不正取得、パチンコ店の元店長ら5人逮捕(チューリップテレビ)
・パチンコ情報、不正流出 容疑で元店長ら5人逮捕 県警 /富山(毎日新聞)

私はパチンコをやらないので出玉情報そのものを知らないのですが、出玉情報とは報道によると「高い確率で玉が出る配置図」とのことです。
確かに、その配置図を入手できればパチンコで勝つ可能性が高くなりそうであり、一般的には秘密にしたい情報だとも思えます。ただ、この出玉情報を公開しているパチンコ店もあるようです。公開の目的はやはり集客なのでしょう。

このような出玉情報は、有用性と非公知性は一般的に満たしていると思われ、罰金刑となっているので当然、当該出玉情報は秘密管理されていた情報となります。

そして、パチンコ店の店長であった元従業員は、サーバーへアクセスして出玉情報を取得したとのことです。元従業員は店長であったので当然、アクセス権限を有していたことでしょう。また、一部報道によると、元従業員は3年前から出玉情報を不正取得し、その被害額は数千万円にもなるようです。


ここで、本事件の教訓は、営業秘密性を満たした情報はそれを不正取得等された場合に法的措置をとることができるのであって、漏洩防止そのものには直結しないということです。
本事件は、パチンコ店の店長が情報漏洩を行っています。一般的に、店長は情報漏洩を防止する立場にいるはずです。しかしながら、このように所属企業の管理職が情報漏洩を行う場合が多々あります。であれば、企業は、そのようなことも想定して営業秘密管理をしないといけないのでしょう。

とはいえ、それは非常に難しいですよね。
店長が出玉情報を取得(確認)することは当然ですし、それを例えばプリントアウトすることもさほど不自然ではないでしょう。プリントアウト不可なら、人目を避けて出玉情報を表示している画面をカメラ撮影することもできるでしょう。
また、サーバーでアクセス管理したとしても、日常業務で出玉情報にアクセスするでしょうから不正検知に役立たないかもしれません。

本事件は、損害額が数千万円の可能性があるようですので、高確率に設定されているパチンコ台で不自然なほど多くの出玉数があり、それに企業側が気が付いて店長による情報漏洩に辿り着いたのではないでしょうか?

では、どうするべきだったのでしょうか?
パチンコ店におけるパチンコ台の管理や設定方法を私は理解していないので勝手な想像ですが、出玉情報を店舗で管理する必要があったのか?もし、かならずしも店舗で管理する必要がないのであれば、本部で管理することもできたのではないか?
店舗での管理が必要な場合には、出玉情報を閲覧する場合には必ず2人以上で閲覧するというルールを設ける、というようなことも考えられるのではないでしょうか?
しかしながら、このような管理は、作業効率が悪く非現実的かもしれません。

とはいえ、営業秘密が漏洩した場合における損害を考えた場合には、そのような管理も必要なのかもしれません。
このような実際の事件を検討することで、自社の営業秘密管理が果たして適切であるのかを見直すきっかけになると思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年6月20日木曜日

製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為

先日、公正取引委員会から「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」が公表されました。

・製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書の公表について(公正取引委員会)

これには、・ノウハウの開示を強要される ・名ばかりの共同研究を強いられる ・特許出願に干渉される ・知的財産権の無償譲渡を強要される 等の事例が報告されています。
具体的には、「(令和元年6月14日)製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書(概要)」において以下のような事例が挙げられています。

・1「片務的なNDA」
実例1:相手方の秘密は厳守する一方、自社の秘密は守られないという片務的なNDA契約を締結させられる。
・2「ノウハウの開示強要」
実例2:営業秘密のレシピを「商品カルテ」に記載させられた挙げ句に模倣品を製造され、取引を停止される。
 ・3「買いたたき」
実例3:金型設計図面等込みの発注になったにもかかわらず、対価は従来どおりに据え置かれる。
 ・4「技術指導の強要」
実例4:競合他社の工員に対して自 社の熟練工による技術指導 を無償で実施させられる。
・5「名ばかりの共同研究」
実例5:ほとんど自社で研究するのに、成果は取引先だけに無償で帰属するという名ばかりの共同研究開発契約を押し付けられる。
 ・6「出願に干渉」
実例6:取引と関係のない自社だけで生み出した発明等を出願する場合でも、内容を事前報告させられ、修正指示に応じさせられる 。
 ・7「知財の無償譲渡等」
実例7:特許権の1/2を無償譲渡させられる。
実例8:一方的に無償ライセンスさせられる。

ここで、-6「出願に干渉」ー以外は、営業秘密の不正使用とも考えられる行為が含まれるかと思います。裏を返すと、優越的地位の濫用行為は特許権(特許出願)等の権利取得に関するものよりも、より実態の見えにくい「ノウハウ」に対して行われ易いとも考えられます。


ここで、不正競争防止法2条1項4号では、以下のように規定されています。

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不正競争防止法2条1項4号
窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下「不正取得行為」という。)又は不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
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上記条文で気になるところは「窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段」ですが、この解釈について経済産業省 知的財産政策室編「逐条解説 不正競争防止法 平成30年11月29日施行版」の84ページに以下の様に記載されています。

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「窃取,詐欺,強迫その他の不正の手段」の「窃取」「詐欺」「強迫」は、不正 の手段の例示として挙げたものであり、「その他の不正の手段」とは、窃盗罪や詐欺罪等の刑罰法規に該当するような行為だけでなく、社会通念上、これと同等の違法性を有すると判断される公序良俗に反する手段を用いる場合もこれに 含まれると解される。
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上記下線で示されるように「窃取,詐欺,強迫その他の不正の手段」は刑罰法規に該当する行為だけが当てはまるわけではありません。
想像するに、例えば、取引会社が下請け会社に取り引き停止をチラつかせて、下請け会社に営業秘密を無理矢理に開示させることも含まれる可能性があるのではないでしょうか?
そうすると、この取引会社は独占禁止法だけでなく、不正競争防止法違反も問われることになるかと思います。

さらに、不正競争防止法違反における営業秘密領得の恐ろしいところは、営業秘密を不正に取得した取引先企業だけでなく、これに関与した取引先企業の従業員も責任を問われる可能性があると言うことです。
具体的には、上記のように取引会社が不正の手段によって下請け会社の営業秘密を取得した場合には、その営業秘密の取得に関与した取引会社の従業員が刑事告訴される可能性があります。
実際に、上司の命令に従い業務として行った行為が営業秘密領得に当たるとして書類送検された事例があります。

参考ブログ記事:営業秘密の不正取得を上司から指示された事件

このように、もしかしたら今までは“許されること”であった下請け会社に対する行為が今後は犯罪として扱われるかもしれません。そして、そのこと、具体的には営業秘密の不正取得は犯罪であることを明確に認識し、もし業務命令としてそのような行為を指示された場合にはハッキリと拒絶する必要があります。そうしないと、犯罪者になるかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年6月14日金曜日

NISSHAスマホ操作技術漏えい事件について

先日 、NISSHA元社員がタッチセンサー技術などに関する情報を中国の転職先企業である精密機器会社に漏えいする目的で持ち出したとして、不正競争防止法違反(営業秘密領得)で逮捕されたとの報道がありました。

・当社元社員の逮捕(営業秘密を不正に領得)について(NISSHA株式会社)
・技術情報不正持ち出し疑い NISSHA元社員逮捕(日本経済新聞)
・技術情報不正持ち出し疑い、京都(REUTERS)
・スマホ操作技術、中国企業に漏えい疑い 部品メーカー元社員逮捕(京都新聞)
・技術情報を中国に持ち出し 容疑で電子部品メーカー元社員を逮捕(産経新聞) 

上記日経新聞の記事によると、元社員は「複製したことは間違いないが、不正な利益を得たり、国外で使用したりする目的はなかった」とのように容疑を一部否認しているようです。なお、営業秘密領得では、営業秘密を保有者から示された者(例えばアクセス権限のある者等)は、当該営業秘密を単に持ち出すだけでは罪にはならず、不正の利益を得る目的等がなければ罪にはなりません(不正競争防止法21条1項3号)。

このような否認はよくあるのですが、不正競争防止法違反の刑事裁判において認められるのでしょうか?

ここで、不正競争防止法違反(営業秘密領得)の平成30年12月3日最高裁判決(事件番号 平30(あ)582号)において興味深い判断がなされています。
この刑事事件は、日産自動車の元社員がいすゞ自動車に転職するにあたり、日産自動車の営業秘密を持ち出したとして刑事告訴された事件であり、最高裁判決によって懲役1年執行猶予3年が確定しています。

ここで、被告は、下記のような主張をしています。
・営業秘密であるデータファイルの複製の作成は、業務関係データの整理や記念写真(宴会写真)の回収を目的としたものであって、いずれも被告人に転職先等で直接的又は間接的に参考にするなどといった目的はなかった。
・不正競争防止法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があるというためには、正当な目的・事情がないことに加え、当罰性の高い目的が認定されなければならず、情報を転職先等で直接的又は間接的に参考にするなどという曖昧な目的はこれに当たらない。


これに対して最高裁は以下のように判断しています。
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被告人は,勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に,勤務先の営業秘密である前記1の各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ,当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく,その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば,当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから,被告人には法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。
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上記のような「合理的に推認できる」と至った理由は、以下のようなものです。

・データファイルの複製の作成について、被告人は、業務関係データの整理を目的としていた旨をいうが、被告人が複製した各データファイルを用いて業務を遂行した事実はない上、会社パソコンの社外利用等の許可を受けて、自宅に会社パソコンを持ち帰った被告人が、業務遂行のためにあえて会社パソコンから私物のハードディスクや私物パソコンに各データファイルを複製する必要性も合理性も見いだせない。
・複製したフォルダの中に「宴会写真」フォルダ在中の写真等、記念写真となり得る画像データが含まれているものの、その数は全体の中ではごく一部で、自動車の商品企画等に関するデータファイルの数が相当多数を占める上、被告人は2日前にも同じフォルダの複製を試みるなど、フォルダ全体の複製にこだわり、記念写真となり得る画像データを選別しようとしていないことに照らし、複製の作成が記念写真の回収のみを目的としたものとみることはできない。

このように、被告が、不正の利益を得る目的が無いと主張するには、他の合理的な目的を説明し、それが認められる必要があります。よくある主張は“勉強用”なのですが、例えば数百、数千のデータファイルを“勉強用”に持ち出すことは合理的でないと思えます。
さらに、下記報道によると、被告は疑惑発覚後にハードディスクを破壊したようですので、これは「不正の利益を得る目的」であったことと判断される可能性が高いかと思います。

・スマートフォンの技術情報を中国に持ち出した男、証拠のハードディスクを破壊か(MBS)

このように、転職時等に前職企業から多量のデータを取得して持ち出す行為は、不正の利益を得る行為でないとする合理的な理由がない限り、営業秘密領得であるとして不正競争防止法違反で刑事罰を受ける可能性が高い行為であると考えられるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年6月9日日曜日

富士精工営業秘密流出事件の判決

先日、富士精工の営業秘密を漏えいさせたとして、不正競争防止法違反の刑事事件の被告である中国人に対する一審判決が出ました。

・営業秘密持ち出し中国人実刑判決(NHK NEWS WEB)
・データをメモリーに… 工具メーカーの営業秘密持ち出しの男に実刑判決 名古屋地裁(メーテレ)
・メーカーから営業秘密のデータ不正に持ち出す 中国人の男に実刑判決「転職活動という身勝手な理由」(東海テレビニュース)
・メーカーから営業秘密のデータ不正に持ち出す 中国人の男に実刑判決「転職活動という身勝手な理由」(FNN PRIME)

判決は、懲役1年2カ月・罰金30万円というものです。執行猶予はついていません。


まだ、一審判決であり、控訴するでしょうから確定判決はどうなるか分かりませんが、執行猶予がつかない実刑判決は不正競争防止法違反の営業秘密侵害事件では重い判決ではないかと思います。

私が知る限り、一審判決で施行猶予なしの実刑判決となった事件はこれを含めて4件です。そのうち2つは東芝半導体製造方法流出事件(確定判決 懲役5年)、ベネッセ顧客情報流出事件(確定判決 懲役2年6ヶ月)です。

もう一つは、信用金庫の元従業員が顧客情報を漏えいした事件(信用金庫顧客情報流出事件 名古屋地裁平成28年7月19日刑事第1部判決)です。この事件は、当時、ほとんど報道されていなかったようですが、名古屋地裁の一審判決ではを懲役1年6月及び罰金150万円とされています。
なお、この事件は控訴されており、執行猶予4年となっています。そして、執行猶予となった理由は以下のようなもののようです。

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被告人は,原判決後,弁護人を通じて同信用金庫との間で被害弁償の交渉をさらに継続し,同信用金庫側から,被害金の一部として合意成立後2週間以内に被告人が800万円を支払うこと,今後更に生じた損害についても被告人が支払義務を負うことなどを内容とする合意書案を提示され,これに応じる意向を示しており,既に上記金額を自ら準備して弁護人に預けていることが認められる。前記の保護法益にも鑑みれば,原審において準備されていた金額を相当上回る金額が,同信用金庫に対して支払われることがほぼ確実な状況に至っていることは,本件の量刑に少なからず影響を与えるものといえる。・・・その他,被告人が,実刑を科された原判決後,直接同信用金庫に謝罪に赴き,その場で被害状況の説明を受けて,自らの罪の深さを一層実感したなどと述べて反省を深めていることも認められる。原判決時までに明らかになった事情に,これら事情をも併せ考慮すると,原判決が懲役刑について実刑とした点は,現時点では重過ぎるに至ったと考えられ,被告人に対して,相応の刑期の懲役刑を言い渡すと共に,刑の執行猶予を付して社会内で更生する機会を与えるのが相当である
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このように、信用金庫顧客情報流出事件では、一審判決後に被害金の一部を被告人が支払う等したことが、執行猶予が付いた理由のようです。もし、被告人に資力がなく、被害金を弁済できなかった場合には執行猶予が付かなかったのかもしれません。


ここで、富士精工営業秘密流出事件では、上記FNN PRIME等の報道によると判決では「転職活動という身勝手な理由で、USBメモリも見つかっておらず情報が流出している可能性がある。」と指摘されたようです。

執行猶予がつかなかった理由は、USBメモリが見つかっていないことにあるのかもしれません。上記指摘にもあるようにUSBメモリが見つかっていないことは、営業秘密が流出して他社に使用され、その結果、富士精工が多大なる損害を被る可能性があると考えられます(USBメモリが見つかったとしてもコピーされていれば他社使用の可能性は残ると思いますが。)。

もし、一審判決で執行猶予がつかなかった理由がそうであれば、被告が控訴してもUSBメモリが見つからないことには、一審判決が覆らないのかもしれません。 なお、刑事事件では、営業秘密をコピーしたハードディスクを没収とする判決もでているものがあり、このような判断は営業秘密の流出事件としては当然のこととも思われます。

さらに、昨今、営業秘密の重要性がさらに認識されており、平成27年に不正競争防止法において刑事罰も改正されたことに鑑み、厳罰化の流れが生じ始めているのかもしれません。

なお、この富士精工営業秘密流出事件は、被告が逮捕されたときにはネット記事で多くの報道がなされたと思いますが、本判決の記事は逮捕時に比べて少ない気がします。
営業秘密の侵害は、国籍にかかわらず日本において転職する際に十分に気を付ける必要があります。営業秘密に対する知識が不十分であり、転職時における自身の行動によっては誰もが犯罪者になり、刑務所に行く可能性があることなのですが・・・。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2018年9月30日日曜日

日産新車ツイッター投稿事件 ー営業秘密侵害は不起訴処分ー

不起訴処分となった営業秘密侵害事件がまた報道されました。
これは、日産の取引会社社員が発表前に日産の工場内で発表前の新車を写真撮影し、ツィッターに投稿し、営業秘密侵害と偽計業務妨害により取引会社社員が書類送検された事件です。

本事件では、営業秘密侵害については不起訴処分となったものの、偽計業務妨害は罰金50万円となりました。

参考ブログページ:過去の営業秘密流出事件

この事件も不起訴となった営業秘密侵害に関しては、その理由は発表されていません。
さすがに、ツイッターに新車の画像を投稿した程度では、不競法における刑事罰の規定(21条)にある「不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的」という要件は満たさないと判断されたのでしょうか。


一方で、偽計業務妨害については認められました。
私は全く詳しくないのですが、偽計業務妨害とはウィキペディアによると刑法233条の「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の業務を妨害すること」とのことです。

ここで、新車の外観、すなわちデザインも知的財産であり、未だ外部に知られていないデザインの漏えいが偽計業務妨害罪になるということは、今までにはなかったのではないでしょうか。
そういった意味で、本事件は非常に興味深いものです。

また、発表前の情報(企業が秘匿している情報)を知り得た者がツィッター等に投稿するようなことは、今後も発生する可能性が非常に高いかと思います。
そのような事件が発生した場合、本事件のように偽計業務妨害で発表者を刑事告訴する企業も再び現れるのではないでしょうか。

なお、発表前の新車の外観をツィッターに投稿することは、「虚偽の風説の流布」にあたるのでしょうか?それとも、「偽計を用い」ることになるのでしょうか?その解釈を正しく理解したいです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年9月24日月曜日

京セラ子会社営業秘密持出し事件 ー不起訴処分ー

今年(2018年)に発生した京セラ子会社営業秘密持出し事件について、書類送検されていた京セラ元子会社の元従業員が不起訴処分となったようです。
この事件は、京セラ子会社の元従業員(元部長)が退職時に病院経営の手法等に関する営業秘密を持ち出して一部を転職先に渡し、この元従業員は書類送検されたというものです。

参考ブログページ:過去の営業秘密流出事件

ここで、営業秘密侵害で刑事告訴や書類送検となった事件について、“不起訴処分”の事実が報道されることは珍しいと思います。いままでも不起訴処分となった事件はいくつもあるかと思いますが、このようにその事実が報道されたということはあまり記憶にありません。私のブログで記録している限り、エディオン営業秘密流出事件(2015年)において上新電機が不起訴処分となった報道ぐらいです。

また、今回の事件で不起訴処分となった理由は発表されていません。
持ち出した情報の一部を転職先に持ち出したものの、京セラ子会社にとって実害はなかったとか、元従業員が京セラ子会社に対して何らかの補償をしたのでしょうか?


なお、本事件で少々気になることは、元従業員が「府警によると、容疑を認め、『自分が作ったデータなので持ち出してもいいと思った』などと話しているという。」という内容です。(参照:産経WEST記事
被疑者側の供述としてこのような供述を度々見かけます。

営業秘密侵害において、刑事事件だけでなく民事事件でもこのような供述は非常に重要かと思います。
私も本ブログで何度か述べているように、営業秘密の帰属に関する争点が生じることになるからです。

参考ブログ記事:営業秘密の帰属、営業秘密の民事的保護が定められた当時の逐条解説

上記ブログ記事では、民事について述べていますが、罰則を定めた不競法第21条にも「営業秘密を保有者から示された者であって、」という文言が条文中にあります。
このため、本事件の元従業員が供述しているように、持ち出したデータが「自分が作ったデータ」であるならばこの元従業員は「営業秘密を保有者から示された者」ではないという解釈ができます。
そのように解釈したならば、たとえ被疑者が当該データを持ち出したとしても刑事罰の対象とはならないでしょう。

本事件において検察官がどのように判断して、今回の事件を不起訴処分としたかは分かりません。もし、上記のように元従業員が「営業秘密を保有者から示された者」ではないと検察官が判断したのであれば、営業秘密侵害において非常に参考となる判断です。

なお、不起訴処分の理由について開示請求ができるのか調べたところ、下記のような法務所の説明を見つけました。
法務省HP:不起訴事件記録の開示について
ここを参考するかぎり、第三者が不起訴処分の理由の開示請求をすることはできないようですね。

ただ、上述したように営業秘密侵害の刑事事件において、被疑者が「営業秘密を保有者から示された者」、すなわち営業秘密の帰属についてが争点となりそうな供述をしている例が過去にいくつかあります。
このため、「営業秘密を保有者から示された者」に係る法的解釈について統一的な見解が早急に示されるべきではないかと思います。
それにより、企業側も対策を立てることができますし、不要な刑事告訴だけでなく民事訴訟も回避できるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年5月14日月曜日

OSG営業秘密流出事件判決

先日OSG営業秘密流出事件の刑事事件一審判決が出ました。
被告に対する刑事罰は、懲役2年(執行猶予4年)、罰金50万円というものです。
報道では弁護側は控訴しない方針とあるので、これで確定かと思われます。

なお、本事件は工具メーカーであるOSGの元従業員が、製品である工業用タップの図面データを不正に持ち出し、元同僚かつ競合他社の中国人に渡したというものであり、2017年の10月19日に逮捕されています。

このように本事件は、外国人に営業秘密を渡したものであり、平成27年改正により設けられた海外懲罰規定である不正競争防止法第21条第3項第二号にも該当するものと思われます。

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不正競争防止法第21条
3 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは三千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 日本国外において使用する目的で、第一項第一号又は第三号の罪を犯した者
二 相手方に日本国外において第一項第二号又は第四号から第八号までの罪に当たる使用をする目的があることの情を知って、これらの罪に当たる開示をした者
三 日本国内において事業を行う保有者の営業秘密について、日本国外において第一項第二号又は第四号から第八号までの罪に当たる使用をした者
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ちなみに、経済産業省 知的財産政策室 編 逐条解説 不正競争防止法(2016年)によると、2号の要件は「相手方の日本国外使用目的の未必的な認識で足り、また、相手方が実際に日本国外での使用に至らずとも本罪は成立し得る。」とのことです。
そして、21条3項に該当すると十年以下の懲役もしくは三千前円以下の罰金、又はこれの併科であるので、最大では相当重い刑になるでしょう。

しかしながら、本事件は、懲役2年(執行猶予4年)、罰金50万円でした。思ったほど重くないどころか、過去の刑事罰と比較しても軽い方ではないでしょうか。このような判決となった理由の一つに、被害企業に「実質的な被害が無かった」というものがあるようですが、営業秘密の漏えいが海外で使用されることは考慮されていないようです。

参考過去ブログ記事:過去の営業秘密流出事件 (主な刑事罰一覧有り)

そもそも、営業秘密侵害罪で実際に課される刑事罰はさほど重くないのかもしれません(他の刑事事件を詳しくは知らないので勝手な印象です。)。
執行猶予が付かなかった事件も、ベネッセ個人情報流出事件や東芝半導体製造技術事件だけのようですし、それぞれ懲役2年6カ月罰金300万円、懲役5年罰金300万円であり、法定刑の最大に達するものでもありません。

ベネッセの事件では、被告は多くの国民に影響を与え(我が家の情報も漏れました。)、ベネッセはその対策に200憶円以上を要し、決算でも赤字に転落していますが、この事件でさえ、法定刑の最大の半分にも至りません。
また、東芝の事件は、半導体製造技術に関する技術情報が韓国企業であるSKハイニックスに漏えいされたものであり、民事訴訟で和解金330億円にも達しており、この金額からして東芝に相当大きな損害を与えたものですが、これも法定刑の最大にも至っておりません(東芝の事件は法改正前なので21条3項の適用はありません)。

では、ベネッセや東芝の事件よりも重い刑事罰が科される、すなわち法定刑の最大にまで至るような事件は一体どのような事件なのでしょうか?そして、ベネッセや湯治場の事件ですら、上記のような刑事罰しか科されていない現状において、より刑事罰の重い海外懲罰規定は現実的に意味を成すのでしょうか?
重罰を科せば良いというわけではないかと思いますが、27年法改正で21条3項を新たに規定した趣旨からすると、少々考えさせられる事件です。

http://www.営業秘密ラボ.com/
弁理士による営業秘密関連情報の発信