ラベル 論文・資料 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 論文・資料 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年4月4日日曜日

IPA発表の「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020」と警察庁発表の資料

先日、IPA(情報処理推進機構)から「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020」が発表されました。この前回の調査は2017年に発表されたものであり、3年を経て新たに発表されたものです。

この調査で私が気にしているものは営業秘密の漏えいルートに関するアンケートです。
2020の実態調査では下記のような結果となっており、IPAでは「情報漏えいルートでは「誤操作、誤認等」が21.2%と前回調査に比べ約半減。その一方で「中途退職者」による漏えいは前回より増加し36.3%と最多(報告書P28)。 」とのように述べています。


「「誤操作、誤認等」が21.2%と前回調査に比べ約半減。」とありますが、私はちょっと違うのではないかと思います。
この「誤操作、誤認等」に対応する前回調査のアンケート項目は「現職従業員等のミスによる漏えい」です。そして今回調査では「現職従業員等のルール不徹底による漏えい」がアンケート項目に新設されました。
すなわち、前回調査のアンケート項目「現職従業員等のミスによる漏えい」が「誤操作、誤認等」と「ルール不徹底」の2つに分かれたのではないでしょうか?この2つの割合いを合算すると40.7%であり、前回調査の「ミスによる漏えい」43.8%とほぼ同じであす。

一方で、IPAが述べているように、中途退職者による漏えいは前回が28.6%であったものが今回は36.3%とのように増加しています。これは実際に中途退職者による漏えいがそのものが増加したのか、企業側の認識が高まったのかは判然としません。しかしながら、数値としては増加していることは事実です。

さらに注目したい結果は、国内の取引先や共同研究先を経由した(第三者への)漏えい」が前回の11.4%から2.7%へ大幅に減少したということです。
これに関連して、近年、大企業等が優越的地位を利用して中小企業等の知的財産の開示を強要するといったことに対する懸念を経済産業省や公正取引委員会が示し、報告書を作成したり、最近では「スタートアップとの事業連携に関する指針」を発表したりしています。
「国内の取引先や共同研究先を経由した(第三者への)漏えい」の減少は、こういった行政の活動の結果として表れているのではないかと思います。

また、「契約満了後又は中途退職した契約社員等による漏えい」も前回の4.8%から1.8%へ大幅に減少しています。契約社員等には企業が直接雇用した人の他に派遣社員も含まれるのではないかと思います。減少の理由は、契約社員等に与えるアクセス権限を減らしたことが考えられます。また、派遣社員に対しては、派遣会社による派遣先企業の営業秘密漏えい防止等の教育活動があるのかもしれません。

次に、警察庁生活安全局から「令和2年における生活経済事犯の検挙状況等について」が発表されました。
これによると、営業秘密侵害事犯の検挙事件数の推移は下記のとおりであり、絶対数としては少ないものの増加傾向にあります。
また、相談受理件数の推移は前年に比べて減少しています。



相談受理件数が減少している理由は分かりませんが、営業秘密の漏えいそのものが減少しているとは思えませんので、企業側が相談を行うことを躊躇するような理由があるのかもしれません。
企業にとっては、営業秘密の漏えいを刑事告訴することについてメリットがないと考え、警察対応等で本来の業務が滞ると考える場合もあるでしょうし、刑事告訴により広く報道がされる可能性もあり、それを良しとしない考えもあるでしょう。
一方で、刑事告訴することにより、警察が証拠収集をするので、民事訴訟において警察が収集した証拠を使用するという考えもあります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2020年6月25日木曜日

特許庁発表の「経営戦略を成功に導く知財戦略【実践事例集】」

先日、特許庁から「経営戦略を成功に導く知財戦略【実践事例集】」が発表されました。
200ページ近い中々のボリュームで、国内外の大手企業の知財戦略が紹介されています。

その中で、当然、営業秘密やノウハウに触れた内容もあります。
医薬品等のメーカーであるSanofi S.A.では、特許出願による公知化リスクを強く意識しており、特に製造工程に関わる発明の営業秘密化の判断を積極的に行っているようです。
さらに医薬品の製造工程は、その認可機関への申請時に書類として記載・提出されるために秘匿性が失われるので、どの時点まで秘匿化するのか、どの時点で特許出願するのかも協議しています。
特に、特許出願の時期については、早すぎると製品化後の存続期間が短くなるため、投資回収が十分にできないという状況になってしまうために、特許出願を急ぎすぎないようにしているとのこと。当然、この特許出願を行うまでは、その発明は営業秘密として扱われるのでしょう。

まさに、このような知財戦略は、発明の秘匿化と特許化とを意識した教科書的な手法と言えるでしょう。しかしながら、ここまで秘匿化と特許化とを意識している企業は、製薬メーカー以外には多くないのかもしれません。

また、ブリヂストンでは、バリューチェーンで蓄積されているナリッジやノウハウを抽出して、開示リスト等で可視化しているようです。
これは、なかなか大変なことであろうと思います。
私は、特許出願のメリットの一つに、その管理のし易さがあると思っています。すなわち、J-Platpatによって特許出願を行政が管理してくれいているというメリットです。これにより、たとえ、自社での特許の管理体制が甘くても、自社がどのような発明を特許出願しているのかインターネットで分かり、そのステイタスもほぼリアルタイムで分かります。さらに、自社の外国出願ですらEspacenetで分かってしまいます。

一方、ノウハウ管理は、なかなか大変だと思います。当たり前ですが、行政がノウハウ管理してくれるわけもなく、自社で管理しなければなりません。そして、企業規模が大きくなればなるほど、ノウハウの量も多くなり、それを分類し、アクセス権限も設定し、システム上で閲覧可能とすることは手間と資金を必要とするでしょう。
発明(技術)の営業秘密化は、特許出願よりもコスト削減につながるというような話も聞きますが私は決してそんなことはなく、企業規模が大きくなるほど、システム構築等の手間と費用を考慮すると、営業秘密化の方がコストを要するのではないかとさえ思います。


また、本田技研は、ノウハウの技術流出を防止するために、知財部門がノウハウ管理を行っているようです。これは、ライセンスを意識してとのこと。
実は、知財部門がノウハウを管理している企業は多くないように思います。では、どこでノウハウを管理しているかというと、例えば技術開発部等という企業も多いのではないでしょうか。
そして、知財部では技術開発部が一体どのようなノウハウを秘密として管理しているのかを把握していないという企業もあるかと思います。企業規模が大きくなると、異なる技術開発部で同様の研究開発を行っている場合もあります。そのような場合に、技術開発部ごとにノウハウ管理をし、それを知財部が把握していないと、同様の技術についてある技術開発部では秘匿化している一方、他の技術開発部では特許化すなわち公知化しているという事態に陥りかねません。
そのような事態を避けるためにも、やはり秘匿化するノウハウは技術開発部で管理すると共に知財部でも集約して管理することがベストでしょう。

このように、この事例集はいろいろ参考になることが多く書かれていると思います。
最近、特許化と秘匿化との両輪による知財戦略(知財戦術)はどのようなものか?と考えていたりもするので、しっかり読み込んでみたいですね。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年6月11日木曜日

各国の特許出願件数の推移、果たして日本は本当にダメなのか?

近年、中国の技術力は明らかに高まっていることは、誰しもが認識していることです。
そして、昨年は、中国のPCT出願件数が米国を向いて世界一になったことが話題になりました。一方で、日本は中国にPCT出願件数で負け、世界3位に転落し、技術力も低下している、とのようにネガティブな捉えられ方をしています。
果たして、それは本当なのでしょうか?

まず、図1は、国別の国内特許出願件数です。いわゆる5庁である米国、欧州、日本、韓国、中国における国内特許出願件数を比較しています。

図1

皆さんご存じのように、中国の特許出願件数が著しく増加しています。
ただし、これは中国政府等による手厚い助成の効果もあり、特許出願される技術の内容はまさに玉石混合でしょう。とはいえ、中国の技術力の高まりを否定できるものではありません。


図2は、米国、日本、韓国、欧州における出願件数の増減が分かり易いように、図1から中国を除いたものです。

図2

2010年を基準とすると、米国、韓国は増加傾向にあり、欧州も微増です。一方、他国とは異なり日本だけが出願件数が減少傾向にあります。これだけを見ると、日本は特許出願できるレベルでの技術開発力が低下しているとも考えられるでしょう。

次に図3は、PCT出願件数の各国推移です。

図3
資料:GLOBAL NOTE 出典:WIPO

PCT出願件数も中国の増加が著しく、2017年には日本を抜き、2019年には世界一位となっています。なお、中国では、PCT出願にも助成がありますので、それを考慮に入れる必要はあるかと思いますが。
しかしながら、国内特許出願とは違い、日本もPCT出願は増加傾向にあります。韓国も増加傾向です。一方、米国は、2010年を基準とすると、増加していますが近年では横ばいです。2019年に韓国に追いつかれたドイツは横ばいです。

そして図4は、2010年を基準としたPCT出願増加率です。増加率が著しい中国は除いています。

図4

図4からは、韓国の増加率が増加が顕著に表れ、2019年には2010年の2倍となっています。しかしながら、日本の増加率も高く、2019年には2010年の1.6倍を超えています。一方、米国は2019年では2010年の1.3倍ですが、ここ5年は横ばいです。
このペースでPCT出願件数が推移すると、数年後には日本は米国を抜くことになります。韓国のPCT出願件数は2019年において日本の半分以下なので、この増加率が続いたとしても日本を抜くにはしばらく時間がかかりそうです。

ここで、PCT出願は、この後、複数国に移行するものであり、国内出願だけを行う場合に比べて数倍の資金が必要となります。このため、各企業は、PCT出願を行うか否かを精査します。すなわち、一般的に、PCT出願される発明はより進歩性(技術レベル)の高い、又は他国へのビジネス展開も視野に入れた重要な発明といえるでしょう。そうすると、国内出願に比べて、PCT出願件数は各国の技術力をより表しているとも考えられます。

そして、上述のようなPCT出願件数の推移からすると、日本は決して技術力が低下しているとは言えないでしょう。逆に日本の技術力は、益々上昇しているとも考えられるのではないでしょうか。
今後、中国における特許出願の助成が縮小又は終了となると、中国の特許出願件数は国内出願と共にPCT出願も減少するでしょうから、もしかすると、近い将来にはPCT出願件数は日本が世界一になるかもしれません。

このように、PCT特許出願件数の見方を少し変えただけで、日本の技術力が低下していることはなく、逆に上昇し続けており、世界一が視野に入っているレベルにあるとも言えます。

また、他国と日本の異なる点は、日本は国内特許出願件数が減少し続けているという点です。日本企業によるPCT出願は、そのほとんどが日本の国内特許出願を基礎としていることを鑑みると(近年は直接PCT出願する企業も増えていますが多数ではないでしょう)、PCT出願件数も減少傾向となるとも思われますが、そうはなっていません。もし、日本の国内特許出願件数が減少していなければ、今頃、既に日本がPCT出願件数で世界一となっているかもしれません。

日本の国内特許出願件数の減少は、企業が発明の進歩性の判断を厳しく行っていることと、秘匿化が進んでいることにあると思います。技術の秘匿化は、特許のように公開されるものではないため、企業が優れた技術を秘匿化していれば、他社に追いつかれる要素が減り、当該企業の優位性を保ち続ける可能性がります。それが端的に表れている技術分野が、材料系なのでしょう。そのような選択を行っている企業が日本には多いのかもしれません。

そして、日本企業の国内特許出願件数が減少している一方、PCT出願が増加しているという他国にない特徴を鑑みると、日本企業は他国に比較して技術の特許化と秘匿化とをメリハリを利かせて積極的に選択している可能性が有るのではないかとすら思います。当然、企業が秘匿化している技術内容や数は分かりようがありませんので、多分にバイアスがかかった考えではありますが・・・。

以上のように、PCT出願件数からは、中国の技術力上昇は認められるとしても、日本の技術力が低下しているとは言い難いでしょう。逆に、日本の技術力の上昇度合いは、米国と比べて相対的に高いともいえるのではないでしょうか。
とはいえ、特許出願件数は国の技術力を示す指標の一つでしかなく、秘匿化している技術を反映している指標でもありません。また、技術分野毎に状況は異なっているでしょう。そうすると、特許出願件数だけで日本の技術力を推し量ろうとすること自体にさほど意味がないとも思えますし、そもそも特許出願件数を増やすことを目的とすることにも意味のあるものとは思えません。

さらに特許出願件数が企業の収益力を示しているものでもなく、巷で日本の技術力が低下していると言わしめる理由は別にあるのでしょう。個人的には、日本は技術力が低下していることもなければ、ダメになったわけでもなく、伸びしろが小さくなり高止まりしているのではないかと思いますが。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年5月1日金曜日

営業秘密侵害の検挙件数統計データ

警察庁生活安全局 生活経済対策管理官から「令和元年における生活経済事犯の検挙状況等について」が今年の3月に発表されていましたので、その中から営業秘密に関連するものを紹介します。

この営業秘密侵害事犯の検挙事件数の推移のグラフから分かるように、営業秘密に関する刑事事件は、統計を取り始めた平成25年から右肩上がりとなっています。

令和元年では平成25年に比べて4倍になっていますが、これは昨今の人材の流動化に伴い、営業秘密侵害が増えた可能性もあるかと思いますが、民事訴訟件数がこれほどの増加率ではないように思えますので、被害企業が積極的に刑事事件化を選択しているということではないでしょうか。

例えば、転職の際に営業秘密を持ち出した元従業員に民事訴訟を提起したとしても、その立証が大変であったり、実質的な損害が生じていなかったりすると損害額が低額であり、民事訴訟を行う金銭的なメリットは低いと判断される可能性もあるかと思います。
そうすると、民事訴訟を起こすメリットは差し止めとなりますが、実際には警告書を転職先企業に送付すれば、多くの場合は民事訴訟を提起するまでもなく転職先は使用しないでしょう。
しかしながら、それだけでは営業秘密侵害の抑止効果としては薄いかもしれないので、刑事事件化して抑止効果を高めようとする企業もあるかと思います。

一方で、このグラフは検挙件数であるため、起訴に至った件数は分かりません。まれに不起訴となった事件が報道される場合がありますが、多くの事件は不起訴となった場合にはそのことが報道されていないようです。
今後、起訴された件数や、不起訴となった理由も知ることができればと思います(不起訴理由を知ることは相当困難なようですが)。

上のグラフは、営業秘密侵害事犯の相談受理件数の推移です。
平成29年が突出していますが、こちらも、基本的に右肩上がりです。
相談件数の約半分が検挙に至っているという感じでしょうか?

こちらの表からは、具体的な検挙人員や検挙法人数が分かります。
ここで、検挙法人数は平成27,28年では各々4法人ですが、他の年は0です。
これは、民事訴訟においては多くの場合、元従業員の転職先企業も被告となっていることを鑑みると、少ない数かと思います。
営業秘密の被害企業にとっても、他の法人に対して刑事責任までも問うということは、心理的負担が大きいということでしょうか。

なお、検挙事件件数は近年20件前後のようですが、実際に報道されている件数は、この半分から1/3以下のように思えます。
このため、意識して報道を確認しないと、営業秘密の刑事事件について起きていることも知られないかもしれません。実際、弁理士であっても、営業秘密侵害が刑事事件になっていることを知らない人もいるようです。

しかしながら、営業秘密侵害事件の検挙件数は確実に増えており、その多くの人は普通に会社勤めをしていた人たちでしょうから、自身の人生を誤らないためにも、営業秘密の漏えいは刑事事件ともなり得る行為であることを全員が知るべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年3月13日金曜日

日本の特許出願件数と日本の技術力

最近、日本経済新聞の「特許ウォーズ」というサイトを知りました。
近年、注目されている技術分野における各国の特許出願動向等の統計資料等が含まれています。 この統計資料から私が思うところを書こうかと。
ただ、ここは営業秘密のブログであり、下記の私の考えには「バイアス」がかかっていると思いますので、そこをご理解ください。

まず、このサイトでは、近年、中国の特許出願件数が増加し、今後成長が期待される技術分野において特許出願件数が世界一であることを示しています。一方、日本は特許出願件数において中国に負けているという感じです。

このことは、特段新しいことでもなく、知財業界の人間ならば誰もが認識していることでしょう。
また、中国における特許出願件数の増加の要因の一つとして、国や地方政府による手厚い支援が挙げられます。このこともよく知られたことです。このため、中国の特許出願件数が非常に多くなったからといって、それと同等に中国の技術力が優れているかというと疑義があります。中国における支援制度が終わった後に、特許出願件数の推移が本来の中国の姿でしょう。

参考:中国における政府による知的財産に関する各種優遇・支援制度
   (新興国等知財情報データバンク)

ここで、このサイトでは特許の質として「質ランキング上位10社の国別数」も評価しています。この評価基準の妥当性は置いておいて、中国は特許出願件数が多い一方で他の国に比べて質が低くなっています。
私も中国のとある中小企業の公開公報にざっと目を通したことがあります。中国語は分からないので、図面を見たり、翻訳ソフトで実施形態の記載内容の概要を確認したのですが、新規性・進歩性を判断よりも、技術内容の説明が不明瞭あるとも思えました。一方で全てがその程度で有るはずがないので、中国の特許出願はまさに玉石混合なのでしょう。

参考:中国における特許補助政策と特許の質

とはいえ、中国は多くの特許出願と共に多くの侵害訴訟を行うことにより、日本の数倍から数十倍のスピードで経験を積むことになります。その結果、早晩、日本企業が中国企業に特許権侵害等で訴訟を提起される可能性が相当高くなるとは言われています。


一方、日本の特許出願件数は減少傾向にあります。
この理由は、企業の特許出願に対する予算削減や、それに伴う企業内で進歩性の判断を厳密に行うことによる出願の絞り込み、さらに、公開リスクを懸念することによる積極的な秘匿化の推進等が考えられます。日本企業の技術力低下というような理由は私自身は認識できていません。中国や他の新興国等の技術力と日本の技術力との差が縮まっていることは確実でしょうが。

このように、日本の特許出願の減少は、技術力の低下というよりも、企業自身の選択の結果であり、特許出願件数の減少だけで何か良い悪いを語れるものではないと、私は考えます。
さらにいうと、日本の特許出願件数と企業の収益も相関が低いとも思います。実際、特許出願件数は、2000年代は今よりも多いものの、日本の景気は良くありませんでした。

また、特許権は、当該技術分野における基礎技術に関する権利の方が当然強い権利となります。このため、いくら特許権を多く所有している企業であっても、基礎技術に関する特許権を他社に押さえられていれば自社の特許権に係る技術を自由に実施できない可能性もあります。
このため、本当に特許の良し悪しで技術力を語るのであれば、特許出願件数ではなく、実際に取得された特許権の内容、上記のような「質」で語る必要があります。しかしながら、これは当該技術分野に精通し、かつ特許請求の範囲等を読む能力を必要とするので、簡単ではなく、“国”として語れるものでもないはずです。

以上のようなことから、特許出願件数で“国”の技術力を判断することは、話のネタとしては面白いかもしれませんが、あまり意味のないことだと考えます。
特に秘匿化された技術については、外部からは判断できかねます。例えば、最近韓国との関係で話題に上がった日本の高純度フッ化水素の製造技術等は、秘匿化されたノウハウ、すなわち、特許出願されていない技術が使われており、製造技術の模倣が難しく、本当の意味で強い技術といえます。

このようなことを考えると、特許出願されていない技術は何かということを精査したほうがいいかもしれません。特許出願されていない技術でありながら、当該技術を使用したと思われる製品を製造している企業や国は、模倣が難しい技術を実質的に独占していることになります。

一方、特許出願されている技術であれば、完全ではないものの他者による実施(模倣)が可能です。特にネットワークや機械翻訳も発達している現在において、特許情報においても国や言語の垣根は低くなっています。
これが特許出願による公開リスクです。さらに、たとえ特許権を取得したとしても基本的に出願から20年経過後は、特許権が消滅するので誰でも自由に実施可能となります。出願から製品化まで数年を必要とすると、特許による市場の独占は十数年でしょう。また、基礎技術の特許を取得したとしても、製品化される頃には特許権の存続期間が十年を切っているかもしれません。そう考えると、特許権の存続期間20年は案外短いかもしれません。これが顕著に表れている技術分野が製薬関係でしょう。

他方で技術の秘匿化は、公開リスクがないので、うまくいけば半永久的に独占状態を保てます。しかしながら、技術を秘匿化しても、後発の他社によって当該技術の特許権を取得されると侵害となり、先使用権の主張が認められないと実施を継続できないというリスクもあります。

秘匿化と特許化のバランスをうまくとりながら、自社の技術を守ることが、ネットワークが発達した昨今では重要であると考えます。言うのは易しですが・・・。

なお、このサイトの資料で気になるものもあります。
それは、「主要国の科学技術費推移」です。ここ十数年で中国は言うまでもなく、アメリカや韓国、ドイツも増加傾向にあるにもかかわらず、日本は微増です。以前は主要な工業国の一つであったイギリスはほとんど変化がありません。

日本は、バブル景気のときには、潤沢な資金により様々な研究開発を行っていました。現在、多くのノーベル賞を日本人が得ているのもバブルの遺産ともいわれています。
やはり、技術開発と資金には強い相関関係があると思えます。その資金が他国と比較して多くなかったり、増加率が小さかったりすると、その技術力の差は縮まるのではないでしょうか。
さらなる日本の技術力アップのためには、特許出願云々よりも根っこの“資金”これではないでしょうか?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年2月22日土曜日

知財管理誌に論文が掲載されました。

知財管理誌の2020年2月号に私が寄稿した論文「技術情報が有する効果に基づく裁判所の営業秘密性判断」が掲載されました。

リンク:知財管理 2020年2月号 目次

この内容は、このブログでも度々書いていた、技術情報に優れた効果等がないとして営業秘密としての有用性(非公知性)が認められなかった裁判例等をまとめたものです。
このことは、特許の進歩性と類似する考えであり、まさに弁理士の得意分野に直結するかと思います。

一方で、営業秘密は経済的な効果もその有用性として当然に認められ得ます。そうすると、技術情報の有用性を主張するパターンとしては、技術的な効果と経済的な効果の2種類が想定されます。
では、裁判においてはどのような技術情報に対して、どちらの効果を主張するべきでしょうか。また、どのような効果を主張するかを想定することで、技術情報をどのように特定するかも変わってくるかもしれません。
そのようなことを下記の図を用いて説明しています。

なお、この論文のpdfは、約一月後に日本知的財産協会のホームページで公開されます。しかしながら、協会の会員にならないとホームページからダウンロードすることができません。そこで、このブログでも一月後にpdfをダウンロードできるようにします。

また、本号では、粕川先生による「中国タイムスタンプの状況と日本国内の証拠確保について」との論文も掲載されています。
タイムスタンプは、自社で何時から開発を行っていたのか、また、先使用権の主張の準備等において利用している企業も多くあるようです。
そして、中国でも技術開発等を行ったり、中国国内で営業秘密管理を行う場合もあるでしょう。この論文によって中国におけるタイムスタンプの現状を知ることができるのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年12月5日水曜日

営業秘密について非常に参考になる論文

営業秘密について非常に参考になる論文がありました。
インターネットでも公開されているものですので、興味のある方はぜひご覧ください。
シリーズとなっていますが、夫々のページ数も多くないものの営業秘密、特に技術情報の営業秘密についての考え方がわかるかと思います。

トレードシークレット(営業秘密)の有効な保護と活用のための戦略①
トレードシークレット(営業秘密)の有効な保護と活用のための戦略②
トレードシークレット(営業秘密)―機密保持契約のリスクと活用法
営業秘密を有効に保護するための NDAの特殊条項の戦略的活用法

なお、これらの論文は、2003年、2004年に執筆されたものであり、営業秘密に関連するものとしては古いものになるかと思います。
しかしながら、リバースエンジニアリングと営業秘密の関係、また他社の営業秘密が自社技術と混ざり合うコンタミネーションにも触れられており、営業秘密に関する実務的な留意点が一通り記載されており、ほとんど古さを感じさせません。

ここで、コンタミネーションに関しては、意識が低い企業がほとんどかと思います。
しかしながら、オープンイノベーションが広がりつつある昨今、このコンタミに係るリスクは認識する必要があります。
この認識が低いと、他社から情報の開示を受けたものの協力関係には至らず、当該情報に関する分野のビジネスを自社独自で始めたところ、当該他社から訴訟を提起されるというような事態に陥る可能性があります。
このような事態を割く得るために、情報を他社に開示する側は、協力関係が築けない場合も意識しつつ、段階的な情報開示を行い、情報を他社から開示される側も、必要以上の情報を取得しないように意識するべきかと思います。

特に、オープンイノベーションの場合には協力関係を構築する可能性のある他社と自社で同様の秘匿技術を有している可能性があります。このような場合において協力関係に至らなかった結果、上記のような訴訟等に発展するかもしれません。このような事態を避けるためにも、自社が他社から情報開示を受ける場合、その内容を精査すると共に自社も同様の技術を有している場合にはそのことを他社に開示する等も必要かと思います。
そのようなこともこの論文には記載されています。


さらに、営業秘密を意識したNDAについて記載されている論文は、オープンイノベーションとも絡んで特に意義のあるものでしょう。

特に論文「営業秘密を有効に保護するための NDAの特殊条項の戦略的活用法 」のまとめには「通り一遍のNDAの雛型をすべての案件に使用するのでは不十分である。」との記載があります。
裁判例を読んでいても原告と被告との間で締結されているNDAは、ほぼ“雛型”のままであろうと思われるものが多くあります。そして、例えば、NDAで秘密保持の対象とする情報が何であるかをより明確にすれば訴訟に至らなかったのではないか、すなわち、被告が当該営業秘密の使用等を行わなたかった可能性もあるのではないかと思われる事件もあります。
逆に雛型にとどまらず、案件ごとに適切なNDAを締結していれば、秘密保持の対象がより明確になり訴訟に至るような事態になりにくいのか漏れません。
訴訟となれば、原告、被告共に良いことはありません。訴訟による費用や労力を要することになり、実際にはどちらが勝とうとどちらにもメリットと呼べるものは生じない場合がほとんどでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年9月12日水曜日

論文「サービス産業のイノベーションと特許・営業秘密」

サービス産業のイノベーションと特許・営業秘密」という2014年4月の論文を見つけました。 独立行政法人 経済産業研究所の「ディスカッション・ペーパー(日本語) 2014年度」で公開されています。

この論文は、サービス産業のイノベーションの実態、イノベーションに対する特許及び営業秘密の役割について、製造業と比較した結果が論じられており、複数の視点から、サービス業と製造業とにおける特許や営業秘密の保有に関する数値を表にして示しています。

この中で興味深かった比較は、特許、営業秘密の所有の有無と各イノベーションの関係を比較した結果(表5)です。

この比較の説明(8ページ)を引用すると「例外なく特許や営業秘密を持つ企業ほどイノベーションを行っている傾向がある。特に、新製品・新サービスの開発、既存製品・サービスの高度化・改善で特許や営業秘密の有無による差が大きい。新業種・新業態進出と特許所有とはサービス企業でのみ有意な関係があるが、産業を問わず営業秘密を持つ企業は新業種・新業態への進出を行う傾向がある。生産・流通方法の革新(プロセス・イノベーション)は、特許の所有とは関係ないが、製造業では営業秘密とかなり強い関連が観察される。」とのことです。


このような「特許や営業秘密を持つ企業ほどイノベーションを行っている傾向がある。」ということは、知財業界にいる人間であれば直感的に認識しているかと思います。このような認識が、具体的な数値で示されることは非常に有意義であると思います。 裏を返すと、イノベーションを行いた企業は、特許や営業秘密とすることができるような“何か”を意識するべきであり、それができない企業はイノベーションを起こし難いとも言えるかもしれません。

ただ、新業種・新業態進出に関しては、特許や営業秘密の所有とイノベーションとの関係は薄いようです。これはこれで面白いと感じました。
特許や営業秘密は、その対象が明確に特定されなければなりません。思うに新業種・新業態とは、まずは漠然としたアイデアなのではないでしょうか?そうであるならば、新業種・新業態のアイデアは特許や営業秘密といった“モノ”としては認識し難いでしょう。特に、特許に関しては技術的な要素が必要ですから、よりその傾向が強いかと思います。
しかしながら、新業種・新業態のアイデアがより明確になりその内容が特定できるようになると特許や営業秘密といった“モノ”になり、それがさらに新製品・新サービスの開発・改善にも至るのではないでしょうか。

また、 本論文では「生産・流通方法の革新(プロセス・イノベーション)は、特許の所有とは関係ないが、製造業では営業秘密とかなり強い関連が観察される。」と記されています。
これは、まさに企業の特許戦略を示していると思います。
生産方法は、主に企業の工場内等、外部からは認識し難い場所で使用される技術です。このため生産方法に関する特許を取得しても、侵害者はその工場内で特許に係る発明を実施することになるため、特許権者は侵害者を発見し難いということになります。
そうであれば、特許出願しても技術を他者に公開するだけになるかもしれません。そこで生産方法は特許出願をせずに秘匿化、すなわち営業秘密化するという知財戦略が多くの企業でなされています。
表5では、このような生産方法に対する企業の知財戦略を示すとも思われる結果が数値として表れており、非常に興味深いです。

また、自社のみで行い難いイノベーションを他社の協力も得て実行する、所謂オープンイノベーションの必要性も表5は示しているかもしれません。
上述のように、表5ではイノベーションを起こすには特許や営業秘密の保有が重要になることが示されています。すなわち、自社で特許や営業秘密を有していなければ、イノベーションを起こせる可能性が相対的に低くなります。
そこで、自社が起こしたいイノベーションに関する特許や営業秘密を保有している他企業の力を借りることで、自社のみでは起こせないイノベーションを起こせる可能性が高まることを表5は示しているとも思えます。

さらに、本論文ではイノベーションは下記の4つに分類できることが示されています。
1.プロダクト・イノベーション(新製品・新サービス)
2.プロセス・イノベーション(製品・サービスの生産・流通方法)
3.業務・組織イノベーション
4.マーケティング・イノベーション

営業秘密に関しては、技術情報と営業情報に分類されますが、上記のような4つに分類してもよいのではないでしょうか。すなわち、プロダクト情報、プロセス情報、業務・組織情報、マーケティング情報です。
私は常々、営業秘密を技術情報と営業情報とに分類することは難しいと思っていました。これは不正競争防止法2条6項にそのような定義されているためであり、このように技術情報と営業情報とに分類しないと法的保護を受けられないものではありません。
そこで、営業秘密をプロダクト情報、プロセス情報、業務・組織情報、マーケティング情報、とのように分けて考えるほうが、何を営業秘密とするかもイメージが持ちやすく、また、自社が保有している営業秘密の分類もし易いのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年8月6日月曜日

PwC Japan の「経済犯罪実態調査2018 日本分析版」

PwC Japanから「経済犯罪実態調査2018 日本分析版」が発表されました。

営業秘密の不正な漏えいも経済犯罪の一つであり、この調査では“営業秘密”との文言はないものの、20ページに以下のような記述があります。

---------------------------------------------------------------
知的財産(IP)の盗難については、世界全体の結果である12%と比べると日本では顕著に多いという結果になった。これは日本企業の知的財産(IP)の重要性に対する認識が低く、従業員が企業のネットワーク外のパソコンへ情報を共有するなど情報管理が適切でないことや、そもそも知的財産(IP)を含めた情報セキュ リティシステム全般が脆弱であることが要因であると考えられる。
---------------------------------------------------------------


この調査は、主として外部からの攻撃による経済犯罪に対する調査の様ですが、確かに日本企業は知的財産の重要性に対する認識が低いように感じます。
近年では、企業における知財部の重要性の認識も高いものの、一昔前は知財部自体を重要視していなかった企業も多かったようです。
そもそも日本企業は、終身雇用が前提でしたので、知的財産に代表されるような自社の情報の漏えいはあまり問題視されていなかったのでしょう。また、古き良き日本の風潮なのかもしれませんが、お互い様とのような感じで、特許権の侵害そのものにある意味の寛容さを有していたようにも思えます。
その延長線上で、外部からの攻撃に対する認識も低いのかもしれません。

また、前回のブログ記事「論文「営業秘密の経済学 序論」」でも紹介したように、日本企業は発明の特許化が前提となっていることも裏を返せば、知的財産の重要性に対する認識の低さの表れなのかもしれません。
すなわち、知的財産について深く考えずに、特許化しておけばそれで良し、というような考えです。
また、自社にはわざわざ秘匿する技術は何もないと言っていしまう人や、営業秘密の漏えいに対する問題意識があまりにも低い人達も存在します。
現に、私が行く先々で営業秘密のお話をしても、刑事罰を受けた人が存在することすら知らない人がほとんどです。

知的財産を守る手段は、特許だけではありませんし、知的財産は特許だけでもありません。顧客情報や取引先の情報、新規なビジネスモデルのアイデアも知的財産です。

企業は改めて自社の知的財産は何か?、それの漏えいリスクは?、それを守るためにはどのような手段があるのか?、こういったことを考える必要があるのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年8月3日金曜日

論文「営業秘密の経済学 序論」

営業秘密に関する近年の論文で面白いものを見つけました。
「営業秘密の経済学 序論」です。
inpitのホームページから閲覧することができます。

この論文は、営業秘密と特許との差を分かりやすく説明されているもので、それらの経済的な効果も過去の研究結果を踏まえて説明されています。
営業秘密と特許との法的な違いよりも、経済的な違いをざっくりと理解する上で非常に参考になります。
また、「序論」とのことですので、これから「営業秘密の経済学」について引き続き発表されるのかと思います。続きが楽しみな論文です。

ここで、営業秘密化と特許化とを選択する上でのキーワードは、「公開」と「リバースエンジニアリング」でしょうか、本論文でもこれらの言葉が複数回表れています。
より具体的には、特許化は「公開」により技術が知られるリスクがあります。特許出願が特許査定を得るれないと、単に技術を公開しただけになります(公開によるメリットがあるとも考えられますが)。
一方、営業秘密化は、当然、特許のような公開制度はありませんが、自社製品の「リバースエンジニアリング」によって他者に当該技術が知られた場合に法的措置を取れないリスクがあります。

特許については、公開リスクや独占排他権の優位性等が広く理解されています。一方、営業秘密については、秘匿化の利点は理解されても、リバースエンジニアリングのリスクだけでなく。秘密管理性、有用性、非公知性の詳細についてまでは多くの方は理解されていないと思います。

参考:特許と営業秘密の違い


そして、本論文では「西村(2010)は、日本の企業が発明を特許化するか企業秘密とするか、という点についての実証分析をおこない、日本の企業はこの選択を戦略的におこなっているのではなく、基本的には特許化することを前提に研究開発を行い、特許化するのにうまく適合しないような発明については例外的に企業秘密として秘匿している、としている。」とも述べています(10頁左欄)

確かに、私も特許業界に10年以上おりますが、そのような印象を強く持ちます。
より具体的には、研究開発者や事業部ごとに年間の出願件数のノルマを与えている会社が多いかと思います。これは、発明は特許出願ありきという知財活動になりがちであり、秘匿化についてはほとんど考慮に入れられないと思われます。

私は、発明に対する管理方法として、特許化と営業秘密化は同等のもの、換言すると、両輪であり、特許と営業秘密との違いを十分に理解したうえで、技術情報の管理として経済的にベストである方を選択する、これが理想とする知財管理の一つではないかと思います?

弁理士による営業秘密関連情報の発信