2017年7月31日月曜日

データ利活用の促進に向けた不競法改正案

このブログでは、営業秘密と共にデータの利活用についても追いかけようと思っています。
以前に、このブログではこれに関するものとして下記にの記事を載せています。
ビッグデータと営業秘密
第四次産業革命を視野に入れた不正競争防止法に関する検討
やはり、ビッグデータや第四次産業革命に興味があるせいか、本ブログでもアクセス数の多い記事です(本ブログの全アクセス数はまだまだ少ないですが・・・)。

そして、経済産業省において「産業構造審議会 知的財産分科会 不正競争防止小委員会(第1回)」なるものが開催され、7月27日付けで経済産業省のホームページに資料が開示されています。
この委員会は、「資料4-1 不正競争防止小委員会の設置について」に「営業秘密の保護・活用に関する小委員会」を廃止 し、知的財産分科会の下に新たに設置されたものとあります。
そして、この小委員会の目的は、法改正に向けた詳細な制度設計を進めることにあり、下記の点を検討事項として挙げています。
(1)データの不正取得等の禁止
(2)データに施される暗号化技術等の保護強化
(3)技術的な営業秘密の保護のための政令整備(政令事項)


ここで、どのような侵害事例を対象としているのかが、参考資料 データ侵害の事例(データ利活用 ヒアリング調査)にまとめられています。
この侵害事例を参照すると、所謂ビッグデータのみを対象としているわけではないようです。

そして、「行為規制の前提となるデータの要件」が「資料7 データ利活用の促進に向けた制度について(行為規制の前提となるデータの要件に係る検討)」で検討されています。
 この要件として管理、有用性、投資、オープンデータ、データ量等が検討されています。
このデータの要件は、営業秘密の3要件(秘密管理性、有用性、非公知性)のように程対象となるデータがなんであるかを定めるものであるので、最も注視するべきことだと思われます。

今後も、このデータ保護に関する不競法改正案について追いかけてみようと思います。

2017年7月27日木曜日

タイムスタンプを使う目的

最近タイムスタンプの利用促進が図られているようです。
INPITでもタイムスタンプ保管サービスが開始されています。

タイムスタンプの活用事例として度々挙げられていることは、「先使用権の確保」です。
これについて、私は「先使用権の確保」を目的としたタイムスタンプの利用には少々懐疑的です。
当然、これを目的としてタイムスタンプを利用する企業はあるとは思いますが、多数派になるでしょうか?

そもそも、先使用権の主張はタイムスタンプが開発される前から行われ、タイムスタンプを用いなくても認められています。
より具体的には、先使用権は「その発明である事業をしている者又はその事業の準備をしている者」に認められるものです。すなわち、既に事業を行っていたり、その準備を行っているので、社内外でこれに関して日付のある書類等が多くあるはずです。
そのような書類が先使用権を主張するための証拠となり得るわけで、そのような書類に新たにタイムスタンプを押す作業を行うことで、裁判において先使用権が更に認められやすくなるのでしょうか?
しかも、他社に特許権の侵害だと訴訟を提起され、かつ先使用権の主張を行う、という実際には可能性がとても低いであろうレアケースに対応するために、コストや手間をかけて、膨大な書類にタイムスタンプを押すことの費用対効果は如何ほどでしょうか?
そこまでするのであれば、自社が実施し他社に特許を取られたら困る技術を積極的に特許出願する方が、他社特許の侵害回避に対する費用対効果が高いとも思えます。

実際、タイムスタンプではないですが、先使用権を主張する証拠になり得るものを予め準備し、公証役場で確定日付を押してもらう作業を行うケースもあるようですが、結局、どの技術が特許権の侵害とされるか予想困難であり、ほとんど意味をなさないようです。

また、タイムスタンプを押すことでそのデータがその後改竄されていないことも証明できますが、裁判において、被告(侵害者)が提出した証拠が改竄されていることを主張立証する立場にある者は原告(特許権者)です。先使用権を主張する被告(侵害者)が証拠の改竄を行っていなければ、タイムスタンプを押していようが押していまいが、当然、その事実は変わらないはずであり、もし原告が証拠の改竄を主張したとしてもそれは言いがかりであり、裁判所は認めないでしょう。

ちなみに、「タイムスタンプ 先使用権 特許」で判例検索を行いましたが、この検索結果は「1件」であり、しかも商標に関するものでした。すなわち、先使用権の主張においてタイムスタンプを利用した証拠が提出された事件は確認できませんでした。




では、営業秘密の管理にタイムスタンプを利用できる場面はないでしょうか。
INPITのホームページにも営業秘密の管理にタイムスタンプを利用する事例が挙げられていますが、より具体的な場面を考えてみたいと思います。

例えば、新規の事業を行う場合等であって、その事業に関する経験等を有する転職者を新たに採用すると、この転職者から意図せずに他社(転職者の元勤務先)の営業秘密が流入し、自社の情報と混ざる、所謂コンタミが生じる可能性があります。
コンタミが生じると、最悪の場合、自社が有する情報が独自の情報なのか他社の営業秘密なのか判別が困難になるかもしれません。

このようなことを防止するために、タイムスタンプが有効ではないかと考えます。
例えば、新規事業に関する資料等に常にタイムスタンプを押していれば、それが作成された時期が客観的に証明できます。そして、転職者がたとえ他社の営業秘密を持ち込んだとしても、転職者が来る前から他社の営業秘密と同じ情報を既に自社が有していれば、タイムスタンプによって証明が容易になると考えられます。

このように、新規事業の立ち上げ、これに伴う転職者の雇用、このような場合にタイムスタンプを利用することで、他社から営業秘密の流入や使用を疑われても対応できる可能性が拡がると考えます。
すなわち、「新規事業の立ち上げ+転職者の雇用」というようなケースの場合に、社内資料にタイムスタンプを押すわけです。このようなケースはさほど多くないとも思いますので、タイムスタンプを押す労力やコストもさほど高くならないのではないでしょうか。

2017年7月24日月曜日

営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング- その2

前回のブログで紹介した光通風雨戸事件、攪拌造粒裝置事件からは、例え、原告が製品の形状・寸法・構造等を積極的に公知としていなくても、それらが特別の技術等が必要とせず一般的に用いられる容易な技術的手段を用いれば製品自体から得られるような情報であれば、営業秘密としての非公知性を失っていると裁判所は判断しています。

ここで、ノギスや定規等の一般的に多くの人が用いる測定器具を用いることで得られる情報であれば、全て公知技術となるのでしょうか。例えば、自動車は多くの機械部品が用いられており、それは自動車を分解し、時間と手間をかければ一般的な測定器具を用いることで、詳細な寸法を知り得ると思われます。
この点に関して、セラミックコンデンサー事件では、リバースエンジニアリングによって電子データに近い情報を得ることができたとしても、「専門家により、多額の費用をかけ、長期間にわたって分析することが必要であるものと推認される」ものは非公知性を失っていないとしています。このことから、一般的な測定器具によって知り得る情報であっても、時間と手間がかかるようなということは、多額の費用をかけ、長期間にわたって分析することが必要であると推認されるため、非公知性が認められるとも考えられます。




一方で、錫合金組成事件において裁判所は、「鉛フリーの錫合金については、・・・、錫合金を製造する事業者においては、錫合金で使用されている添加成分についておおよその見当を付けることができるといえる。」とまず認定し、そのうえで、ICP発光分光分析法は安価であるとして、リバースエンジニアリングにより原告が有する情報は非公知性を欠くとしています。これについて、錫合金で使用されている添加成分の見当を付けることができる者は明らかに「専門家」とも考えられます。

また、錫合金組成事件において裁判所は「ICP発光分光分析法は、製造・生産の高度化や管理、環境の保全、食の品質管理など日々の生活に密接に関連する分野において、高度な研究活動から日々の検査分析まで幅広いレベルで用いられている。これらを支える測定装置の進歩も著しく、マニュアルに従って分析条件を設定し、試料をセットしてパソコンから測定を開始させれば、数分で分析結果が表示される。」と認定しています。
さらに、本事件において裁判所は、ICP発光分光分析法について「ICP(Inductively Coupled Plasma、誘導結合プラズマ)発光分光分析法(ICP-AES)は、アルゴンガスのICPを光源とする発光分析法である。試料の溶液を霧状にした分析試料に外部からプラズマのエネルギーを与えると、試料に含まれる成分元素(原子)が励起され、励起された原子が低いエネルギー準位に戻る時に元素固有の波長の光を放出し、この放出される発光線(スペクトル線)を測定する。具体的には、発光線の位置(波長)から成分元素の種類を判定し(定性分析)、その強度から各元素の含有量を求める(定量分析)。分析装置には、1元素ずつの測定になるが分解能が高いシーケンシャル型と、分解能は劣るが、多元素同時測定が可能であるマルチチャンネル型があり、目的によって使い分けられる。・・・」と説明しています。
果たして、この説明でICP発光分光分析法を理解できる者がどれほどいるでしょうか。この程度の説明でICP発光分光分析法を理解できるものは、例えばこれに関する専門技術等を学んだ者でなければ理解できないと思われます。すなわち、このような理解を要するICP発光分光分析法は「特別な技術」とも考えられます。

また、錫合金組成事件では「定量分析は、そうした定性分析によって検出された元素のみを対象に行えば足りるから、原告らが主張するように、100余りの元素の全てを定量分析する必要があるとはいえず、むしろ比較的安価に組成を特定することができるというべきである。」と判断しているものの、果たして実際には裁判所の判断のように組成を特定できるのでしょうか。
実際に行った分析が想定した結果とならないことも多々あり、裁判所の判断のとおり、安価に組成を特定ることができるのか甚だ疑問です。

さらに、ICP発光分光分析の費用も「比較的安価」であるとしているが、安価の基準は何でしょうか。被告は「調査費用は十数万円から高くても20万円程度」と主張しています、「20万円」以下であれば安価なのでしょうか。このように、錫合金組成事件におけるリバースエンジニアリングに基づく非公知性に対する裁判所の判断には多くの疑義を感じます。

なお、光通風雨戸事件におけるリバースエンジニアリングは、光通風雨戸の各部材の寸法を測定することであるため、確かに一般的な技術的手段を用いて容易に取得できる情報できるものであり、光通風雨戸が市場に流通することで非公知性を失うという裁判所の判断は妥当であると思われます。一方で、攪拌造粒裝置事件における原告製品である「攪拌造粒」の形状・寸法・構造は本当に一般的な技術手段を用いて容易に取得できる情報なのでしょうか。攪拌造粒裝置事件に係る判決文を読んでみても、その点が判然としないように思えます。

以上のように、リバースエンジニアリングによって技術情報の非公知性が失われたか否かの判断基準は未だ明確になっていないように思えます。
しかしながら、技術情報に関しては、今後、訴訟において被告がリバースエンジニアリングによって非公知性が失われているとの主張を行うこと可能性が高いことが想定されます。このため、企業としては、リバースエンジニアリングによって非公知性が失われる可能性を十分検討したうえで、技術情報を営業秘密とするか否かを判断する必要があると思われます。