2017年12月8日金曜日

タイムスタンプの導入施策から考えるルール作り

近年、特許における先使用権や営業秘密に対する日付証明のためにタイムスタンプの導入が進められています。

技術情報を営業秘密とすることと、先使用権は関連していると考えられています。
技術を営業秘密とすると、当然、特許出願を行わないのですから、自社で営業秘密とした技術が他社によって特許権として取得される可能性があります。
そして営業秘密とした技術を自社実施した結果、この他社から特許権の侵害といわれる可能性があり、実際に侵害行為に該当するのであれば、その抗弁として先使用権の主張を行うことが考えられます。

ここで、過去のブログ記事「タイムスタンプを使う目的 」でも書いたように、個人的には、先使用権の日付証明のためにタイムスタンプを用いることは、その手間や管理コストを考えると費用対効果的にどうなのか?とも思っていたりもします。

上記のことは私個人の考えであり、必ずしも正しいとは思っていません。
今後、先使用権が争点になるような特許権侵害訴訟等において、タイムスタンプの有効性が認められたらこの考えを180°改めることになりますし、できるのであれば、タイムスタンプによる日付証明は行ったほうが良いでしょう。



とはいうものの、私はタイムスタンプの導入サービスを行っている企業のセミナーに何度か行っています。

そのセミナーで、「タイムスタンプを導入しようとした場合に実際にタイムスタンプを押す作業を行うことになる現場の方々からの反発は無いか?」という質問をしたことがあります。
その答えは、予想通り反発があるそうです。そして、その反発に対しては「説明」して納得してもらうこととのことでした。

そりゃ、毎回書類にタイムスタンプを押すことになる特に技術系の方は面倒ですよね。
作成した書類等をタイムスタンプを押すための所定のフォルダに入れるだけかもしれませんが、それを毎回行う、そして行ったか否かの確認も行う、会社によってはタイムスタンプを押した書類の報告も行う?
そもそもタイムスタンプを押すタイミングは何時?どの書類にタイムスタンプを押すの?タイムスタンプを押す場合に上長の許可が必要?報告が必要?
導入する方は良いかもしれませんが、実際に作業を行う方は大変。
新たなルールに則って新たな作業を進めなければなりません。
しかも、「先使用権」という聞き慣れない、意味も良く分からないことのために??

ここで、営業秘密についてある企業の方とお話しさせていただいたときに、営業秘密の視点での情報管理等についてその方が「新たなルール作りが必要だね」との趣旨をおっしゃいました。
このとき、私は「新たなルール」という意識はなかったんですね。

我々のような知財を仕事にしている者にとっては、営業秘密に関する施策やタイムスタンプに関する施策は「新たなルール」という意識は低いかもしれません。どちらかというと実施して当然のこととも思えます。
しかしながら、知財に詳しくない従業員の方にとっては、自分の業績として認められるようなことでもなく、事務仕事が増えるだけ。面白いことでもありません。
特に、知財に関しては中間部門であり、会社にとっても直接的には利益を生み出し難いものですしね。

タイムスタンプの導入や営業秘密に関する施策等、新たなルールを作る場合に、それを従業員の皆さんにあまり意識させずに実現する良い方法があればいいのですが・・・。

2017年12月6日水曜日

営業秘密の要件まとめ

営業秘密の3要件(秘密管理性、有用性、非公知性)のまとめページを作りました。

営業秘密管理指針に沿ってまとめたものであり、個人的見解については記載していません。

経営情報であるならば、秘密管理性を満たしていれば、営業秘密の要件を満たすことは比較的簡単かと思います。

技術情報はどうでしょうか?
秘密管理性を満たしたとしても、有用性や非公知性で争いになるかもしれません。
さらに、技術情報の場合は、その帰属についても争いになる可能性が有るかと思います。


2017年12月4日月曜日

厚生労働省「派遣元事業者のための就業規則の作成の ポイント」から気づくこと

就業規則について調べていたら、下記のような
派遣元事業者のための就業規則の作成の ポイント - 厚生労働省
というものを見つけました。
これには、「守秘義務、機密情報保持」という項目があり、詳しく解説されています。

ここで、ベネッセの事件のように、派遣社員が営業秘密を漏えいさせたことがあります。
派遣先企業は、このようなことを防止するためにも派遣社員との間で守秘義務契約等を結ぼうとすることがあります。
しかしながら、上記資料の18ページに「機密情報保持契約は、基本的に、派遣先と派遣元事業者の間、及び派遣元事業者と 派遣労働者の間で取り交わされるものです。」とあるように、基本的に派遣先と派遣社員との間で交わされるものではないようです。

このため、この資料では、派遣元事業者の就業規則における守秘義務等の例として、以下のように記されています。

(守秘義務)
第○条 派遣スタッフは、業務上知り得た秘密を他に漏らしてはならない。また、雇用契約終了後についても同様とする。

(機密情報保持)
第○条 派遣スタッフは、会社及び派遣先事業者等に関する情報の管理に十分注意を払うとともに、自らの業務に関係のない情報を不当に取得してはならない。
2 派遣スタッフは、退職に際して、自らが管理していた会社及び派遣先事業者等に関 するデータ・情報書類等を速やかに返却しなければならない。

(守秘義務)
第○条 派遣スタッフは、業務上知り得た情報や、取引先、顧客その他の関係者、会社・ 派遣先の役員・従業員等の個人情報を正当な理由なく開示したり、利用目的を超えて取扱い、又は、漏洩してはならない。会社を退職した場合においても同様とする。
2 派遣スタッフは、会社の定めた規則を遵守しなければならない。
3 会社は、必要に応じて、会社の機密情報にかかる秘密保持に関する誓約書を提出させることがある。
4 会社の業務の範囲に属する事項について、著作・講演・執筆などを行う場合は、あ らかじめ会社の許可を受けなければならない。
5 会社の機密情報とは次のものをいう。
1)会社が業務上保有している顧客の個人情報(メールアドレス、氏名、住所、電話番号等)
2)会社の取引先に関する情報(取引先会社名、住所、担当者名、取引商品等)
3)会社の企画及び商品内容に関する情報(進行中の企画内容、システムの仕様等)
4)会社の財務及び人事に関する情報
5)会社との事業提携に関する情報(提携先会社名、住所、条件等)
6)子会社及び関連会社に関する上記各号の事項  
7)その他、会社が機密保持を必要として指定した情報


ここで、前回のブログ「モデル就業規則の見直し 副業容認と営業秘密 」でも紹介した厚生労働省:モデル就業規則には、機密情報(秘密情報、営業秘密)に関する規定として、「懲戒事由」に「 正当な理由なく会社の業務上重要な秘密を外部に漏洩して会社に損害を与え、又は業務の正常な運営を阻害したとき。」と記載されているだけであり、この派遣元事業者のための就業規則の作成の ポイントほど詳しくは記載されていません。
この違いは、この2つの就業規則を作った担当者の違いもあるのでしょうが、派遣社員が派遣先の機密情報を取り扱う可能性を考え、より詳細に作り込まれていると考えられます。

しかしながら、会社の機密情報(営業秘密)を漏えいしてはいけないことは、派遣社員であろうと従業員であろうと同じです。
そのため、派遣元事業者のための就業規則の作成の ポイントにおける守秘義務、機密情報保持の項目は、派遣事業者でない企業の就業規則においても非常に参考になるものではないでしょうか?

また、「弊社には秘密にする情報はないですよ。」と考えている方も居るかと思います。
果たしてそうでしょうか?上記例示のように、秘密情報と考え得るべき情報は種々あるかと思います。

私は秘密情報が全くない企業は存在し得ないと考えます。就業規則を見直すことによって、自社の秘密情報が何であるかを考えるきっかけにもなるのではないでしょうか。

2017年12月1日金曜日

モデル就業規則の見直し 副業容認と営業秘密

先日、厚生労働省がモデル就業規則を見直すとの報道がありました。
副業を容認するように就業規則を見直すというものです。
厚生労働省:第4回柔軟な働き方に関する検討会
副業・兼業の推進に関するガイドライン骨子(案)

ところで、私は、モデル就業規則というものがあることを初めて知りました。
多くの中小企業がこのモデル就業規則を参考に、自社の就業規則を定めているようで、モデル就業規則の見直しは影響が大きいようです。
厚生労働省:モデル就業規則について

ここで、副業・兼業の推進に関するガイドライン骨子(案) には、副業の容認に関して、労働者や企業に対するメリット・留意点として下記のように記載されています。

【労働者】
メリット:
① 離職せずとも別の仕事に就くことが可能となり、労働者が主体的にキャリアを 形成することができる。
② 本業の安定した所得を活かして、自分がやりたいことに挑戦でき、自己実現を 追求することができる。
③ 所得が増加する。
④ 働きながら、将来の起業・転職に向けた準備ができる。
留意点:
① 就業時間が長くなる可能性があるため、労働者自身による就業時間や健康の管 理も一定程度必要である。
② 職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務を意識することが必要である。

【企業】
メリット:
① 労働者が社内では得られない知識・スキルを獲得することができる。
② 優秀な人材の獲得・流出の防止ができ、競争力が向上する。
③ 労働者が社外から新たな知識・情報や人脈を入れることで、事業機会の拡大に つながる。
留意点:
① 必要な就業時間の把握・管理や健康管理への対応、労働者の職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務をどう確保するかという懸念への対応が必要である。

上記のうち、【労働者】及び【企業】の何れにとっても、留意点に「秘密保持義務」や「競業避止義務」が含まれています。
これらを留意点としている理由は、自社の秘密情報が副業先に流出すること等を懸念してのことであることは明白です。


ここで、副業容認において、自社の秘密情報が流出することを懸念することは当然のことですが、逆に副業先の秘密情報が流入することも懸念する必要があるかと思います。

これは、転職者から前職企業の秘密情報が転職先企業に流入することと同様のことかと思いますが、違う点は、自社の秘密情報が副業先に流出することと同時に副業先の秘密情報が自社に流入することです。

容易に想像できることかと思いますが、秘密情報を副業先に流出させる人は、そもそも情報の取り扱いを軽んじている可能性が高く、秘密情報の副業先への流出と同時に副業先の秘密情報を自社に流入させる可能性もあります。もしかすると、気を利かせて?さらに言うなれば、本人は善意のつもりで両方の会社に敢えて情報を流出・流入させる可能性があります。

他社の営業秘密が流入すると、過去のブログ記事「営業秘密の流入リスク」でも述べたように、営業秘密の不正使用等が疑われる可能性があります。また、自社の情報と他社の情報が混在し、分離できない事態に陥るととてもやっかいです。

さらに、現役従業員を介した副業先への情報の流出、副業先からの情報の流入が一度生じると、その従業員は自社で就労し続けているため、この情報流出・流入が継続して、リアルタイムで行われ続ける可能性が有ります。
これは、転職者を介した情報流出・流入とは異なる状態です。転職者を介した情報流出・流入は、過去の情報が流出・流入するものであり、リアルタイムの情報ではありません。そういう意味では、リアルタイムの情報よりもその価値は劣るとも言えます。
しかしながら、現役従業員を介した情報流出・流入は、リアルタイムの情報であるため、その価値はより高いものとなり、自社に与える影響は相対的に大きくなると思われます。

ここで、モデル就業規則の「(懲戒の事由)第62条」には、「2 労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。」において「⑭正当な理由なく会社の業務上重要な秘密を外部に漏洩して会社に損害を与え、又は業務の正常な運営を阻害したとき」とあります。
この条項は、当然、副業容認した場合にも適用されるかと思いますが、さらに、副業による他社の秘密情報の流入懸念があることを鑑みると、新たな規則として「正当な理由なく他社の業務上重要な秘密を会社に流入させて会社に損害を与え、又は業務の正常な運営を阻害したとき」とのように、副業先の秘密情報を自社に流入させることを禁止する規則を設けるべきかと思います。
なお、会社側は就業規則にこのような規則を設けたことで満足するのではなく、特に副業を行う従業員に副業先への秘密情報の流出禁止と共に、副業先の秘密情報の流入禁止を十分に説明する必要があるかと思います。

モデル就業規則の見直しによって作成される新たなモデル就業規則では、「秘密保持義務」に対して、どのような規定がなされるのか、それともこの点に関しては何ら変わらないのか、とても興味があるところです。

2017年11月29日水曜日

営業秘密の有用性判断の主体は?続き

前回のブログの続きです。
営業秘密の有用性判断の主体は誰なのかを中心に考えます。

そもそも、このことを考えている理由は、営業秘密であっても技術情報は経営情報に比べてその有用性が認められ難いのではないか?という疑問から生じています。

例えば、経営情報の一つである顧客リストは、商業的にも重要であることは直感的に想起されるため、その有用性を否定することは相当難しいと考えられます。

一方、技術情報は、特許公報を含む公知公用の技術が溢れていますので、これらの公知情報に基づいて、特許の進歩性判断のように、その有用性を否定するロジックを客観的に組み立て易いとも考えられます。そして、裁判所の判断においても、「設計的事項」であるとしたり、従来に比べて「格別」や「特段」の作用効果が認められないために、その有用性を否定する判決(下記判決)が出ています。

・大阪地裁平成20年11月4日判決 発熱セメント体事件
・知財高裁平成23年11月28日(一審:東京地裁平成23年3月2日判決)小型USBフラッシュメモリ事件
・大阪地裁平成28年7月21日判決 錫合金組成事件


もし、このような裁判所の判断が一般的になってしまうと、秘密管理している技術情報が漏洩され、他社に使用されたとしても、場合によってはその技術情報の有用性が簡単に否定され、被害企業が救済されないことが多発していまうのではないかと危惧します。

このため、前回のブログでは、秘密管理されている情報に関しては、その保有者が有用性が有ると考えるからこそ秘密管理しているのであるから、技術情報や経営情報にかかわらず、基本的にその有用性を認めるべきではないか、すなわち、営業秘密の有用性の判断主体は営業秘密の保有者とすべきではないかと述べました。
しかしながら、営業秘密の不正取得や不正使用等が民事的・刑事的責任を課すものであることからも、営業秘密の保有者の主張に沿って無尽蔵に有用性を認めることには無理があるように思えます。

そこで、有用性を認めるべきではない例外もあるでしょうから、その例外について以下では考えてみようと思います。


まず、公序良俗に反する情報は、全部改定された営業秘密管理指針の「有用性の考え方」に記されているように、有用性がないと考えられます。これは当然のことでしょうから、反論の余地はないかと思います。営業秘密の有用性が公序良俗に反するか否かの判断主体は、営業秘密の保有者ではなく、当然、第3者であると思います。

ー営業秘密管理指針 「有用性の考え方」ー
「(1)「有用性」の要件は、公序良俗に反する内容の情報(脱税や有害物質の垂 れ流し等の反社会的な情報)など、秘密として法律上保護されることに正 当な利益が乏しい情報を営業秘密の範囲から除外した上で、広い意味で商業的価値が認められる情報を保護することに主眼がある。 」

では、保有者が営業秘密としていた情報の理解が間違っており、保有者があると思っていた効果効能が全く無い場合にはどう考えるべきでしょうか?

技術情報ならば、例えば、技術的な理解が間違っているために、その技術を実施しても明らかに当初期待していたような効果が得られない技術情報や、永久機関等のそもそもあり得ない技術情報等がそれに該当すると考えられます。
なお、全部改定された営業秘密管理指針でも「ネガティブ・インフォメ ーション(ある方法を試みてその方法が役立たないという失敗の知識・情報)」はその有用性があるとされており、そのような技術情報とここでいう有用性が認められない技術情報は分けて考える必要があるかと思います。
さらに、経営情報(顧客情報)ならば、女性用化粧品に対して男性の情報しかない顧客リスト等でしょうか?(男性が女性に化粧品をプレゼントすることは当然考えられるので有用性が有るともいえる気がしますが・・・。)

第三者の立場からすると、このような情報には有用性がないと考えられます。その理由は、このような情報には、商業的価値がないと考えられるからです。さらにいうなれば、商業的価値がない情報は、漏洩したとしても、営業秘密の保有者に損害が発生することはないでしょう。

すなわち、秘密管理されている情報であっても、客観的に判断して明らかに商業的価値がない場合には、その有用性を認めないと考えられ、この「明らかに商業的価値がない」ことの判断主体は第3者とするべきではないでしょうか。

このように、第三者によって「明らかに商業的価値がない」と判断される情報は、有用性がないとする一方、「明らかに商業的価値がない」とされず、その情報の保有者が有用性あると主張している情報は、裁判所でも有用性を認めてはどうでしょうか?

これにより、技術情報の有用性の判断において、その「作用効果」が判断基準とされず、商業的価値の有無が判断基準となるかと思います。商業的価値には、直接及び間接的なものも含み、金銭的な価値だけでなく、企業イメージの向上等も含まれると考えます。
換言すると、情報に商業的価値があるからこそ、その情報の保有者は秘密管理するのではないでしょうか。
また、情報の商業的価値を有用性の判断基準とすることで、技術情報の有用性判断に技術論が介在する余地が小さくなり、技術情報も経営情報と同様の判断が可能になるのではないでしょうか?

今のところ、私はこのように考えますが、今後の判決や私の営業秘密の理解が進むことによって変わるかもしれません。また、営業秘密が技術情報である場合の有用性判断は、弁理士との親和性も高いかと思うので、今後も検討を続けたいと思います。そもそも、営業秘密における有用性の判断に関しては、検討している人がほとんどいませんしね。