2018年1月29日月曜日

営業秘密の有用性に「予想外に優れた作用効果」を必要とする裁判所の判断について

営業秘密の有用性、特に技術情報に係る有用性の判断において、裁判所が「予想外に優れた作用効果」は無いとして当該技術情報の有用性を否定する判断を行う場合があることを過去のブログ記事で紹介しています。

参考ブログ記事
営業秘密の有用性判断の主体は?特許の進歩性判断との対比
営業秘密の有用性判断の主体は?続き
営業秘密の有用性に関して、種々の文献の記載
営業秘密の有用性判断の分類

上記「営業秘密の有用性に関して、種々の文献の記載」で挙げた文献のうち、<小野昌延, 松村信夫 著,新・不正競争防止法概説〔第2版〕>には、「「それぞれが公知か又は有用性を欠く情報を単に寄せ集めただけのものであり、これらの情報が組み合わせられることにより予想外の特別に優れた作用効果を奏するとは認められない」として、有用性を否定した判決も存在する(大阪地判平成20年11月4日判時2041号132頁〔融雪板構造事件〕)。ただ、このような情報まで有用性がないとして営業秘密として保護を否定してよいかは問題である。」と記載されていたり、<TMI総合法律事務所 編,Q&A営業秘密をめぐる実務論点>には「上記大阪地判平成20・11・4は、組み合わせにより「選択発明と同視し得る新規な技術的知見」や「予想外の特別に優れた作用効果」というやや高いハードルを課しているようにも見受けられる。」と記載されているように、有用性の判断として「優れた作用効果」を求める裁判所の判断に疑義を有しているような文献もあります。

さらに、田村義之 著, 不正競争法概説〔第2版〕に「秘密管理体制を突破しようとする者はその秘密に価値があると信じているがためにそのような行為に及ぶのである。いずれにせよ秘密管理網を突破する行為が奨励されてしかるべきではないのであるから、このような行為が行われているのに、それほど有用な情報ではないという理由で、法的保護を否定する必要はないであろう。」と記載されており、私としては田村先生の考えが最も納得できます。



ここで、営業秘密は、秘密管理性、有用性、非公知性を要件としており、この3要件をみたした情報を法的な保護の対象に値するとしています。
そして、有用性の判断として、犯罪の手口や脱税の方法、反社会的な行為と等は、公序良俗に反する内容の情報は法的な保護の対象に値しないとして、有用性、すなわち営業秘密性は認められません。
また、取締役のゴシップや不祥事等のスキャンダル等も経済的な価値が無いとして有用性が認められません。
これらは当然のことと思われますが、もし、このような情報も有用性を認めてしまうと、公序良俗に反する情報や経済的な価値が無い情報を漏えいさせた人等に対して、民事的な責任だけでなく、刑事的な責任を負わせる可能性があり、そのようなことは甚だ不当であるからと考えられます。

次に、技術情報に係る営業秘密の有用性について「優れた作用効果」を求めた裁判所は、なぜこのような結論に至ったのかを考えてみました。まず、「優れた作用効果」は何と比較してのことなのでしょうか?それは、既に公知となっている技術情報との比較でしょう。

すなわち、公知の技術情報に対して優れた作用効果が無い情報は、経済的な価値が無いと裁判所は判断しているわけです。
そして、もし、優れた作用効果がない情報にも有用性を認めてしまうと、それを漏えいさせた人等に対して、民事的な責任や刑事的な責任を負わせることになり、そのようなことは甚だ不当である、との考えが裁判所にはあるのではないかと想像します。

さらに、公知の技術情報に比較して「優れた作用効果」の無い技術情報は、そもそも本来何人も使用可能な情報であるとも考えられます。
そうであるにもかかわらず、ある企業がこの情報を秘密として管理し、それを持ち出した人に法的な責任を負わせることは不当であるとも考えられます。そもそも自由に使えるはず情報のはずですから。
このように考えると、技術情報に係る営業秘密の有用性に「優れた作用効果」を求めることも多少は納得できる気がします。

私は、上述のように田村先生の見解が一番納得できるのですが、やはり、近年、営業秘密の漏えいに関する刑事罰も重くなり、さらに、損害賠償や差し止め等が企業活動や個人に与える影響を考えると、技術情報に係る営業秘密に対してはある程度の「優れた作用効果」がその要件に含まれるという裁判所の判断は継続されるのではないかと思います。

そうであるならば、技術情報を営業秘密として管理する企業は、そのような判断がなされることを考慮して、どのような技術情報を営業秘密とするのかを判断するべきかと思います。
また、このような判断を行うことにより、企業は、真に営業秘密として管理するべき技術情報を見出すことができるのではないでしょうか?

2018年1月25日木曜日

INPITの支援事例を参考に考える営業秘密ビジネスモデル

先日、INPITの知的財産相談・支援ポータルサイトの営業秘密・知財戦略において、支援事例が紹介されました。
HP:営業秘密・知財戦略 支援事例のご紹介

上記紹介では、10社ほどの支援事例の内容が簡単に紹介されています。
詳細については上記HPをご覧いただきたいのですが、大まかにまとめると支援の流れは以下のようなものでしょうか。

1.営業秘密の概要を説明するセミナー
2.企業内の経営層(担当者)と意見交換
3.問題点の洗い出し
4.営業秘密管理ルールの策定
5.実行

本支援事例は、INPITの知的財産相談・支援ポータルサイトへ相談を寄こした企業に対するものですから支援、すなわち営業秘密に関するコンサルティングを行うことまでが決定済みの案件かと思います。

しかしながら、ビジネスとなると「1.営業秘密の概要を説明するセミナー」を行ったとしても、その後に至るかどうかは分かりません。

となると、「1.営業秘密の概要を説明するセミナー」でどのような内容を話すべきかが重要かと思います。それでは、「1.営業秘密の概要を説明するセミナー」として何を話すのか? それは、依頼者の担当部署によって変わるかと思います。

例えば、弁理士のいるような知財部の方が依頼者であれば、より専門的な話、特許との違いの再確認や判例を交えたような説明をする方が良いかもしれません。また、営業秘密についてほとんど知識がないものの漠然とした危機感をお持ちの方、例えば経営層や経営層に近い方に対しては、より基礎的な説明を行うべきでしょうか。 さらに、営業部門の方からの依頼もあるかもしれません。そのような場合には、営業活動における意図しない営業秘密の漏えいや取引企業を介して知ってしまった他社の営業秘密への対応等を交えて説明をすることが喜ばれるかもしれません。


次の「2.企業内の経営層(担当者)と意見交換」、「3.問題点の洗い出し」については、並行して行われる作業かもしれません。

その企業にとって、どのような情報を営業秘密として管理するべきなのか?、既にある程度の営業秘密管理がなされている場合には不十分な点は何か?等を聞き出すかと思います。当然、意見交換の際には問題点の洗い出しを意識する必要があるかと思います。
このとき、聞き漏らしがないように予めチェックシートを用いると良いのではないでしょうか?支援事例では、具体的にどのような作業を行っていたのかが気になります。

また、「1.営業秘密の概要を説明するセミナー」、「2.企業内の経営層(担当者)と意見交換」、「3.問題点の洗い出し」は同日に行うことが好ましいかもしれません。
別の日に行うのであれば、「1.営業秘密の概要を説明するセミナー」を行うときに、「2.企業内の経営層(担当者)と意見交換」や「3.問題点の洗い出し」も行うことを前提とすることが好ましいでしょう、可能ならばですが。
企業によっては、取り敢えず営業秘密に関する知見を得たいという目的で「1.営業秘密の概要を説明するセミナー」だけを依頼する場合もあるかと思います。
もしそのようなご依頼だけでも、私としてはうれしいのですが、営業秘密に関するビジネスとしてはその後につながるほうがより好ましいですよね。

次の「4.営業秘密管理ルールの策定」、これは理想論過ぎてもいけませんよね。
依頼者側が”うーん”と唸ってしまい、コンサル側はシドロモドロになってしまったら最悪です。
依頼企業において、できること・できないことを明確にするべきかと思います。人員や予算の関係、さらにはその業界や対顧客との関係等でできないこともあるでしょう。
できない理由は「2.企業内の経営層(担当者)と意見交換」や「3.問題点の洗い出し」で出てくるかと思います。

また、状況によってはルール策定に関して複数年計画を立てても良いかもしれません。
営業秘密管理ルールの策定は依頼企業によっては今までなかった概念を導入することになるかもしれませんし、営業秘密の概念の浸透に時間がかかるかもしれません。
そのような場合、色々なことを行う必要があるかと思われ、1年程度では実現できないかと思います。依頼企業の人員にも限りがありますし。
そうであるならば、1年目は必須の作業、例えば情報の秘密管理から行い、2年目以降に秘密管理規定の作成や修行規則の改定、管理システムの導入等を行うといった、複数年計画を立てる必要があるでしょう。

「5.実行」、これは依頼企業に行って頂くわけでしょうが、可能ならば外部監査のようにコンサル側が進捗状況等を確認しても良いかもしれません。当然、「4.営業秘密管理ルールの策定」は実行可能なものを策定しなければならず、絵に描いた餅とならないようにするべきでしょう。

また、「5.実行」には営業秘密管理について従業員に周知する作業が入っているかと思います。
私は何度か本ブログでも書いているように(当然とも考えられますが)、営業秘密の漏えい防止には従業員への教育が欠かせないと考えています。
いかに素晴らしい営業秘密管理のルールやシステムを作ったとしても、営業秘密に対するアクセス権限を有している人が漏洩させることがあれば意味はありません。
このため、アクセス権限を有していたとしても、その営業秘密は会社のものであることや、営業秘密の漏えいが執行猶予無しの実刑にもなり得る重罪であることを全従業員に認識してもらう必要があります。

さらに、上記支援事例において気になることは、秘密管理する情報に対するアドバイスです。
以前のブログでも述べているように、特に技術情報に関しては、裁判所において有用性や非公知性の要件を満たさないと判断される場合があります。すなわち、営業秘密とすることに適さない技術情報があります。

参考ブログ記事
営業秘密の3要件:有用性 -特許との関係-
営業秘密の非公知性と特許の新規性との違い

このような説明はなされているのでしょうか?
とは言っても、有用性や非公知性の判断は終局的には裁判でなされるものであるため、企業側が必要と思うのであればどのような情報でも営業秘密として管理するべきだと思います。
しかしながら、可能性としては説明するべきかと思いますし、そのような説明をすることで特許や意匠等の権利取得という選択も検討の俎上にあがるかと思います。

ここで私が重要と考えることは、入り口が営業秘密のコンサルティングだとしても、技術情報に関しては営業秘密とすることが前提ではなく特許等の権利取得も含め、その技術情報に適した管理手法の提案だと思います。
そして、弁理士だからこそ、営業秘密化と特許出願等を含めた情報管理の方策を立てることができるのではないかと考えます。

2018年1月22日月曜日

ブログ記事100件記念

このブログ記事でちょうど100件目です。
だからというわけではありませんが、今まで無かったブログのプロフィールに私の似顔絵の画像を追加しました。

もともとは、私が所属する弁理士同友会の公報に載せるためのイラストなのですが、本ブログにも使用してい良いとの許諾を頂けたので、ブログ記事100件目のタイミングで使わせた頂きます。

イラストの作成は、株式会社クリオの松本直子弁理士によるものです。
大変ありがとうございます。


今回で100件目の記事になりますが、定期的にブログを更新し続けて良かったことの第一としては自分の勉強になることですね。
営業秘密について何かをしようと思っても、日々の業務がありますので思っているだけでは何も進みませんし、営業秘密について自分の考えを文章にすることで、さらに考えも深まります。
営業秘密は色々な点で議論すべきことがあるかと思いますが、未だ十分に議論がされているとは言い難いです。判例も多くありませんので当然かと思います。
また、このためか裁判所の判断についてもその妥当性に疑問を感じることがあります。

一方で、企業は情報を積極的に秘匿化していますし、増々その傾向は高まるかと思います。そして、秘匿化した情報が漏えいすると、その被害額が高額になる場合もあります。
特に技術情報に関しては、特許出願件数が減少傾向にあるということは、必然的に秘匿化される情報も多くなっていると思われます。

このため、秘匿化している技術情報が真に営業秘密となり得るものなのかを企業は検討することの必要性が高まるのではないでしょうか?
具体的には、営業秘密の有用性については、格段の作用効果の有無について、また、非公知性についてはリバースエンジニアリングとの関係についてが議論となるかと思います。
さらに、今後は、営業秘密の帰属についても議論になるかもしれません。

そして、営業秘密となり得る要件を正しく理解することで、営業秘密として管理するべき情報もより精査されるでしょう。
そのためにも、営業秘密に関する研究、主に判例研究となるかと思いますが、それが必要になり、誰かがやらないといけないことかと思います。


2018年1月19日金曜日

営業秘密の非公知性と特許の新規性との違い

営業秘密の3要件のうちの一つである非公知性、これは秘密管理性と比べてもあまり議論がなされていないかと思います。
特に、営業秘密が経営情報である場合、例えば顧客情報等は議論するまでもなく非公知性の要件を満たす可能性が高いからでしょう。

一方、営業秘密が技術情報の場合はどうでしょうか?
特許公報やその他の文献等で様々な技術情報が公知となっており、企業が秘密管理している技術情報であっても非公知性を満たさない可能性が有ります。
特に、秘密管理している技術情報が、上位概念のものである場合にはなおさらです。

ここで、営業秘密管理指針における非公知性の説明を紹介します。
営業秘密管理指針では「「非公知性」が認められるためには、一般的には知られておらず、又は容易に知ることができないことが必要である。 」とされています。

また、営業秘密管理指針では、特許の新規性との違いとして「営業秘密における非公知性要件は、発明の新規性の判断における「公然知られた発明」(特許法第29条)の解釈と一致するわけではない。特許法 の解釈では、特定の者しか当該情報を知らない場合であっても当該者に守秘義務がない場合は特許法上の公知となりうるが、営業秘密における非公 知性では、特定の者が事実上秘密を維持していれば、なお非公知と考える ことができる場合がある。」としています。

さらに、営業秘密管理指針では「当該情報が実は外国の刊行物に過去に記載されていたような状況 であっても、当該情報の管理地においてその事実が知られておらず、その 取得に時間的・資金的に相当のコストを要する場合には、非公知性はなお認められうる。」とも記載されています。

以上のように営業秘密管理指針の記載からは、営業秘密の非公知性は特許の新規性に比べて判断要件が若干緩いとも考えられます。

しかしながら、営業秘密の非公知性と特許の新規性とにおいて根本的な違いがあります。
それは、その判断基準時です。

特許の新規性は特許法第29条第1項第1号にあるように「特許出願時」が新規性の判断基準時になります。すなわち、特許出願後に公知となった情報に基づいて、特許出願に係る発明が拒絶されることはありません。

では、営業秘密の非公知性に関してはどうでしょうか?
営業秘密の3要件は、不正競争防止法第2条第6項に規定されていますが、その判断基準時は特に定められておりません。
では、非公知性の判断基準時は何時なのでしょうか?
当該情報の秘密管理を開始した時でしょうか。

ここで、経済産業省知的財産政策室 編著「逐条解説 不正競争防止法 平成15年改訂版」の31ページには、「「公然と知られていない」状態の判断時点は、損害賠償請求については、不正行為が行われた時点である。しかし、差止請求については、・・・口頭弁論終結時に非公知性が失われていれば認められない」との記載があります。
すなわち、営業秘密の非公知性の判断基準時は、当該情報の秘密管理を開始した時ではなく、秘密管理を開始した後でも当該情報と同じ情報が公になれば、当該情報は非公知性を失うことになります。これは、特許の新規性とは全く異なる判断基準です。
このことは、特許を主として業務を行っている方は気を付ける必要があるかと思います。


具体的には何に気を付けるか、ということですが、特に自社製品です。
すなわち、過去のブログでも記載していますが、自社製品をリバースエンジニアリングすることで当該情報を取得可能な場合には、非公知性が失われることになります。

過去のブログ記事
営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング-
営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング- その2

ここで、リバースエンジニアリングが可能なものであれば、どのような製品でも非公知性が失われるわけではなく、「一般的な技術的手段を用いれば容易に製品自体から得られるような情報」は非公知性を失った情報であるようです。

例えば、機械構造等がそれにあたるかと思います。

このリバースエンジニアリングによって非公知性を失う可能性を考えると、そもそも営業秘密として管理することに適さない技術情報が存在することになります。

すなわち、自社製品を販売することによって得られる上述のような「一般的な技術的手段を用いれば容易に製品自体から得られるような情報」は営業秘密として管理しても、リバースエンジニアリングによって非公知性を失っていると裁判で判断される可能性があります。
現代では、例えば3Dスキャンが可能となり、また様々な分析手法が広く行われています。このため、自社の技術情報を営業秘密として管理するのであれば、自社製品が販売されることによって当該技術情報の非公知性が失われる可能性について検討する必要があります。

すなわち、自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性が失われる技術情報に関しては、特許権や意匠権等の取得を検討するべきでしょう。また、そのような権利取得が難しい技術であるならば、製品のブランド力をより向上させる等の知財戦略を行ってもよいかと思います。

このように、開発した技術について、公開されることを理由に特許出願を行わないとの判断を行ったとしても、自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性を失うようであれば、特許出願等の他の知財戦略を練る判断があって然るべきだと考えます。


2018年1月17日水曜日

営業秘密関連ニュース一覧のページを追加


営業秘密関連ニュース」というページを作成・追加しました。
営業秘密に関連するニュースを見つけるたびに更新している本ブログのトップページの「営業秘密関連ニュース」から削除した過去のニュースの一覧です。

去年の10月からのニュースなので、数は多くないものの、営業秘密に関連すると思われるニュースを見つけるたびに増えるはずです。
単にニュース報道の見出しに、当該サイトをリンクしているだけのものですが、年月を経てニュースの数が増えてくれば、営業秘密に関連して過去にどのような頻度でどのような事件が起きたかを把握できるかもしれません。
古い記事になるとリンク先が削除されているかもしれませんが、見出しだけでもニュースを把握できるかと思います。
そして、話題性の高そうな事件が「過去の営業秘密流出事件」に昇格するかと思います。

ちなみに、リンクしているニュースは、私がキーワード検索により見つけて、営業秘密に関連していると思われるものを任意にピックアップしているものです。
また、このニュースは、事件だけでなく、行政の動向などもピックアップしていくので、

営業秘密関連ニュースを記録し続けることで、営業秘密に関する社会全体の変化が見えるかもしれません。