2018年2月12日月曜日

技術情報を営業秘密とする場合に留意したい秘密管理措置

企業が保有している技術情報は、顧客情報等の営業情報に比べて特許公開公報やその他の文献等によって公知となっているものも多いです。
また、技術情報に関しては、その保有企業が営業目的や顧客サービスのために自ら公知とすることもあるでしょう。
そのような技術情報を営業秘密として管理する場合に留意すべきことを示唆している事件があります。

その事件は、接触角計算プログラム事件 (知財高裁平成28年4月27日,一審:東京地裁平成26年4月24日判決等)です。この事件は、控訴され、知財高裁でも判断されている数少ない事件であり、重要であると思われます。

接触角計算プログラム事件は、控訴人Xが被控訴人の営業秘密である原告プログラムのソースコード(原告ソースコード)や原告アルゴリズムを控訴人ニックに不正に開示し、控訴人ニックがこれを不正に取得したことは、不正競争防止法2条1項7号及び8号に該当する行為であると原告(被控訴人)が主張しているものです。

そして、被控訴人が営業秘密と主張する原告アルゴリズムは、表紙中央部に「CONFIDENTIAL」と大きく印字され,各ページの上部欄外に「【社外秘】」と小さく印字された本件ハンドブックに記載されています。
これにより、一見、原告アルゴリズムは秘密管理性を有していると思われます。


しかしながら、裁判所は原告アルゴリズムに対して以下のようにしてその秘密管理性を否定しています。
「本件ハンドブックは,被控訴人の研究開発部開発課が,営業担当者向けに,顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため,携帯用として作成したものであること,接触角の解析方法として,θ/2法や接線法は,公知の原理であるところ,被控訴人においては,画像処理パラメータを公開することにより,試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っていたことが認められ,これらの事実に照らせば,プログラムのソースコードの記述を離れた原告アルゴリズム自体が,被控訴人において,秘密として管理されていたものということはできない。」なお、上記画像処理パラメータは、本件ハンドブックに記載されている内容のようです。

また、一審判決でも裁判所は「原告アルゴリズムについては,本件ハンドブックにおいて,どの部分が秘密であるかを具体的に特定しない態様で記載されていたことなどからして,営業担当者が,営業活動に際して,本件ハンドブックのどの部分の記載内容が秘密であるかを認識することが困難であったと考えられるのであって,このことからしても,秘密として管理されていたと認めることはできない。」とも判断しています。

すなわち、裁判所は、本件ハンドブックに被控訴人の秘密管理意思を示す表記があるが、本件ハンドブックには公知の原理や被控訴人が自ら公知とした情報が含まれていることから、原告アルゴリズムが秘密管理の対象であるとは容易に認識できないために、原告アルゴリズムに対する秘密管理性を認めていないと解されます。
このことは、経済産業省発行の営業秘密管理指針でいうところの秘密管理措置の「形骸化」であるとも考えられます。

この判決から秘密管理に対する重要な知見が得られます。
それは、営業秘密とする情報を含む文書等に対して、漫然と秘密管理措置を行ったとしても、当該情報に対する秘密管理措置とは認められない可能性があるということです。
明確にどの部分が営業秘密であるかを容易に認識できるように管理する必要があるでしょう。
また、それまで営業秘密であった情報が公知となった場合には、適宜、当該情報に対する秘密管理措置を解除することによって、現在、営業秘密とする情報と公知情報とを明確に区別する必要もあるかと思います。

ちなみに、本事件は、原告ソースコードに関しては営業秘密性が裁判所によって認められ、原告(被控訴人)の請求が認められています。

2018年2月8日木曜日

秘密情報を持ち出して転職しようとする従業員を懲戒解雇にすることは適切なのか?

近年、従業員が所属企業に対して退職の意思を伝えた後に、所属企業がこの従業員のパソコン等のアクセスログを調べて、営業秘密等の情報を持ち出していないかをチェックすることが行われています。

そして、実際に営業秘密の持ち出しが確認された場合には、就業規則等に基づいて懲戒解雇とする場合があります。

アルミナ繊維営業秘密事件(大阪地裁平成29年10月19日判決)もそのような事例です。
この判決文には、被告である原告の元従業員が懲戒解雇となるまでの経緯が以下のように記されています。
「(ア)被告は,平成25年5月22日,原告に対し,同年6月末をもって退職したい旨の意向を伝えるとともに,同月12日から同月28日までの有給休暇の取得を申し出た。
(イ)原告は,同年5月23日,被告の退職後の予定を聴取するため,被告と面談の機会を持った。その当時,原告は,被告が双和化成を含む原告の競業会社に転職することを危惧し,退職後の予定を被告に問いただしたりしていたが,被告は,退職後はしばらく無職ですごす予定であるなどと回答した。
(ウ)原告は,同年6月4日,原告訴訟代理人の土門高志弁護士の立合の上で,再度,被告に退職後に競業会社に転職する可能性も含めて,その予定を聴取した。また,同弁護士においては,被告に対し,競業避止義務等を内容とする誓約書に改めて署名するよう説得したが,被告は署名しなかった。
(エ)原告は,同月10日,被告に対し,さらに面談の機会を求め,その面談において,被告の退職申出の後,原告において進めていた調査により,被告が同年5月4日に本件外付けHDDを,被告業務用端末PCに接続したことが判明していることを指摘した。被告は,原告から疑われている作業は,原告退職のための整理作業であるとの説明をしていたが,原告から指摘された本件外付けHDDを接続した事実については知らないと答えた。
(オ)原告は,以上の経緯を踏まえ,被告による電子データの複製・持出行為等を理由として,同年6月29日付で被告を懲戒解雇処分とし,退職金も一切支給しなかった。

この事件では、結局、被告は原告の競合他社である双和化成に転職し、判決では原告の主張が認められ、被告に対する損害賠償請求が認められています。

アルミナ繊維営業秘密事件の他にも、刑事告訴に至った<日産モーターショー情報流出事件>も同様のようです。報道によると日産の元従業員は、退職を日産に告げた後に、日産の調査で営業秘密の持ち出しが確認され、懲戒解雇にされましたが、中国の自動車メーカーに転職しました。
参考:過去の営業秘密流出事件


上記事件だけでなく、営業秘密の持ち出しを理由に従業員を懲戒解雇し、その後に競合他社に転職された事例は実際には少なからずあるかと思います。
そして、上記事件のように、従業員は懲戒解雇されたとしても、結局、営業秘密を持ち出して競合他社に転職してしまいます。

いや、懲戒解雇されたことにより、所属企業に対する負い目が無くなるでしょうし、会社員が懲戒解雇されるということは非常に重いことであるため、事情を分かっているであろう競合他社以外に行く当てはなくなるかと思います。このため、懲戒解雇された元従業員は、確実に営業秘密を持ち出して競合他社へ転職するでしょう。

ここで、アルミナ繊維営業秘密事件において、原告は被告に対して、競合他社である双和化成に転職されることを危惧して、被告と複数回の面談を行っています。このことを鑑みると、被告は原告企業にとって優秀な人材であったのでしょう。
さらに、 判決文には「被告は,現在,原告と競合する双和化成の施設内で勤務しており,14畳程度の研究スペースを,賃料をまったく負担せずに無償で使用できるという利益提供を受けている」とあります。すなわち、双和化成も被告を厚遇しているようであり(他にも厚遇していると思われる記載があります。)、被告は転職先にとっても相当に優秀な人物なのでしょう。

また、日産モーターショー情報流出事件における日産元従業員は名前で検索すると、インタビュー記事のウェブサイトがあるほどの人物だったようです。

だからこそ、就業している企業の営業秘密へのアクセス権をも有し、厚遇を受けての他社への転職も可能なのだと思います。

では、このような従業員に対して、秘密情報を持ち出していることを理由に懲戒解雇するという判断は適切だったのでしょうか?
上述したように、懲戒解雇すると、ほぼ確実に自社の営業秘密を持って、競合他社に転職すると考えられます。このように営業秘密を既に持ち出し、かつ転職先を決めている従業員に対して、営業秘密を持ち出したことを理由とした懲戒解雇はこの営業秘密の漏えいの防止にはならないと考えられます。

では、営業秘密を既に持ち出し、かつ転職先を決めている従業員に対して、企業はどうすればよいのか?非常に難しいですね。

可能ならば、転職を思いとどまらせることでしょうか。転職の理由を解消させることで、転職を思いとどまるかもしれません。
考えられることは、待遇の向上でしょう。優秀な人材を引き留めるためには重要かと思います。
しかし、営業秘密の持ち出しを“人質”にして待遇向上の交渉が行われることは、企業としては不本意かとも思います。もし、それで待遇が向上し、それが社内に広まった場合には、他の従業員も同じことをしかねません。

現実的な方法として考えられることは、営業秘密の漏えいは法的責任を負うことの説明かと思います。
離職者に対して営業秘密の持ち出しは、民事的責任だけでなく、刑事的責任も負う可能性があることを十分に説明することです。

この説明においては、上述のアルミナ繊維営業秘密事件、日産モーターショー情報流出事件等の事例を挙げて、弁護士等の専門家同席のうえで実際に民事訴訟、刑事告訴の準備があることを説明しては如何でしょうか。
上記事件において各企業がそこまでの説明を行ったかは不明ですが、このような説明を受けると、多くの人は営業秘密の持ち出しに尻込みするかと思います。

しかしながら、営業秘密が実際に持ち出されてしまったら、民事訴訟を行おうが刑事告訴しようが、持ち出された企業側の負けではないでしょうか?
本来、秘密にしたい情報が流出したわけであり、その事実は覆らないのですから・・・。

2018年2月5日月曜日

自社の営業秘密が漏えいした場合の当該情報の行き先

営業秘密の侵害は刑事罰があり、実際に執行猶予無しの懲役刑も科されています。
執行猶予無しの懲役刑となった事件は、私の知る限り2つの事件です。
一つは、東芝の半導体製造技術が韓国SKハイニックスに漏えいした事件であり、懲役5年が科されています。
もう一つは、ベネッセの個人情報を流出させた事件であり、懲役2年6カ月が科されています。

ここで、一審で執行猶予無しの懲役1年6カ月とされた事件があります。高裁で執行猶予4年、懲役2年となりましたが。
一見、一審で執行猶予無しの実刑とは他の営業秘密漏えい事件に比べて、重い判決だと思います。
しかしながら、この事件は中々の犯罪っぷりです。

この事件は、信用金庫の女性従業員のが同金庫が保有する営業秘密である同金庫の顧客情報を、交際していた男に渡し、その見返りに現金や宝飾品を受け取っていたようです。
しかも、その男は詐欺グループであり、実際にこの顧客情報が詐欺事件に使用されていたようです。


同様に、銀行の顧客情報が犯罪集団を漏えいした事件としては、<佐川銀行営業秘密流出事件>があります。
この事件も、銀行の従業員が犯罪グループに顧客情報を漏えいさせています。
参考:過去の営業秘密流出事件

ここで、一言で営業秘密の漏えい事件といっても、色々なパターンがあるようです。
そのパターンとは、例えば、顧客情報等を名簿業者や他の企業に流出させるパターン、技術情報を転職等により他社に流出させるパターン、さらには、上記事件のように顧客情報等を犯罪者に流出させるパターン等です。

なお、近年における刑事事件の動向を鑑みると、転売を目的とした顧客情報の漏えいよりも転職等による技術情報の漏えいの方が事件としては多いようです。
そして、営業秘密の種類によっては、漏洩した場合におけるその影響が全く異なるかと思います。

例えば、技術情報に関しては、損害を被るのは自社である場合がほとんどでしょう。他社から開示され、自社で秘匿義務を負った情報等でない限り、第三者に影響を与える場合は低いかと思います。また、流出した技術情報が他の犯罪に使用される可能性はほとんどないかと思います。

一方、顧客情報が流出した場合には、自社の顧客に被害が及ぶことも想定しなければならないでしょう。当該顧客にダイレクトメールが送られるぐらいであるならば、実害はないでしょうが、メール詐欺のターゲットにされることも多々あるかと思います。

さらに、銀行の顧客情報ともなれば、その顧客が高額預金者であるならば窃盗等に使用される可能性もあります。
万が一、そのような犯罪に使用されたとしたら、漏えい元の企業はその犯罪に対しても社会的責任を問われる可能性があるかもしれません。

従って、営業秘密を保有している企業は、当該営業秘密が漏えいした場合に、どこにどのような影響を与えるのかを明確に認識するべきかと思います。
そして、営業秘密の漏えいが犯罪であること共に、その影響を従業員にも周知するべきでしょう。

ちなみに、上記信用銀行の事件は、<知多信用金庫顧客情報流出事件(2016年)> として過去の営業秘密流出事件のページに追加しました。

2018年2月1日木曜日

不正アクセスって多いんですね。

企業等に対する不正アクセスによる顧客情報、個人情報の流出が普通のニュースになっている今日この頃です。

近年の大きな事件では、ベネッセの個人情報流出事件。
これは、不正競争防止法21条1項3号ロ、4号の刑事罰が適用され、東京高裁で懲役2年6カ月、罰金300万円が確定しています。
あれほど、大きな事件でしたが、その後、犯人に対する罰則がどの程度であったのかは、皆さんあまり知らないようです。
まあ、事件発生が2014年7月、刑が確定したのが2017年3月ですから、多くの人の関心も薄れるでしょう。

先日は、580億円分もの仮想通貨が不正アクセスにより流出した事件が起き話題になっています。
その他にも、不正アクセス等のキーワードでニュースをチェックすると、大小様々な不正アクセスや個人情報の流出に関する事件が起きていることに驚かされます。
感覚的には、国内だけでも毎週のように何かしらの不正アクセスに関するニュースがあります。水面下では、この何倍もの不正アクセスが各企業で頻発してるんでしょうね。

ちなみに、外部からの不正アクセスによって営業秘密を不正取得すると、不競法第2条第1項第4号違反になりますし、刑事罰でも罰せられる可能性が高いかと思います。


ところで、不正アクセスがこれだけ多いと、不正アクセスを防止するためのセキュリティサービスも多くあるようです。
「不正アクセス」でニュースをチェックすると、セキュリィティサービスに関するニュースも多数ヒットします。
不正アクセス対策は、多くの企業で行う必要があることなので、当然市場も大きいでしょう。

ここで、不正アクセス対策のニュースを見ていると、新しい対策のアイデアを各企業が公開し、そのアイデアを製品に導入して販売しています。
不正アクセス対策の製品では、このアイデアであるアルゴリズムが肝であり、その優秀さをアピールする必要があるかと思います。

不正アクセス対策の製品は導入されているアルゴリズムを公知にしないと、実質的に製品のアピールにならず、製品を販売できないのではないかと思います。
そう、このようなアルゴリズムは、おそらくブラックボックス=非公知とすることができないかと思います。

おっ、営業秘密っぽい話になってきましたよ。
もう、不正アクセスの話はほとんど関係ありません。

上述のように不正アクセス対策の様な事業は、営業活動のためにアルゴリズムをある程度公開しないといけないかと思います。そうであるならば、このアルゴリズムを秘密管理したとしても、非公知性を失っているので営業秘密とはならない可能性が高いと思います(公開の程度にもよると思いますが)。

もし、営業活動で公開するアルゴリズムを知的財産として守りたいのであれば、特許権の取得を検討するべきかと思います。営業活動を開始する前に、アルゴリズムを特許出願するのです。
営業活動でアルゴリズムを自ら公開するので、特許公報で公開されても実害はないかと思います(公開の程度にもよると思いますが)。
可能ならば、営業活動を行う前に特許権を取得し、優れた技術をアピールすることも良いでしょう。

一方、営業活動のためにアルゴリズムを公開したとしても、プログラム(ソースコード)までは公開しないかと思います。
また、ソースコードそのもので特許権を取得してもその権利範囲は非常に狭いものとなる可能性が高いため、ソースコードを特許出願をしても他社に当該ソースコードを開示するデメリットの方が大きくなるので、一般的にソースコードで特許出願することは適切ではないかと思います。
そうであるならば、ソースコードを秘密管理することは必要な措置かと思います。

すなわち、営業活動のためにアルゴリズムを公開するような事業において、アルゴリズムは営業秘密とせずに特許権の取得を目指し、ソースコードは営業活動で公開することもせずに営業秘密として管理するという方策が考えられます。

このように、事業活動に応じて特許出願するのか、営業秘密として管理するのかが決定されるかと思います。例えば、アルゴリズムを営業活動等で公開する必要が無い場合には、特許出願せずに営業秘密として管理してもいいでしょう。
このような判断は、特に企業の知財部で行われるのでしょう。

そう、知財部の方は技術情報に対して特許出願ありき、又は営業秘密管理ありきではなく、どのような管理が適切であるかを十分に検討する必要があります。
すでに上記のような判断は、漠然とかもしれませんが、どこの知財部でも行われているかと思います。しかしながら、営業秘密管理しようとしても有用性・非公知性の観点から、営業秘密管理がそぐわない技術情報もあります。
無意味となりかねない営業秘密管理を行わないためにも、特に企業の知財部の方々は営業秘密についての理解を深める必要があるかと思います。

2018年1月29日月曜日

営業秘密の有用性に「予想外に優れた作用効果」を必要とする裁判所の判断について

営業秘密の有用性、特に技術情報に係る有用性の判断において、裁判所が「予想外に優れた作用効果」は無いとして当該技術情報の有用性を否定する判断を行う場合があることを過去のブログ記事で紹介しています。

参考ブログ記事
営業秘密の有用性判断の主体は?特許の進歩性判断との対比
営業秘密の有用性判断の主体は?続き
営業秘密の有用性に関して、種々の文献の記載
営業秘密の有用性判断の分類

上記「営業秘密の有用性に関して、種々の文献の記載」で挙げた文献のうち、<小野昌延, 松村信夫 著,新・不正競争防止法概説〔第2版〕>には、「「それぞれが公知か又は有用性を欠く情報を単に寄せ集めただけのものであり、これらの情報が組み合わせられることにより予想外の特別に優れた作用効果を奏するとは認められない」として、有用性を否定した判決も存在する(大阪地判平成20年11月4日判時2041号132頁〔融雪板構造事件〕)。ただ、このような情報まで有用性がないとして営業秘密として保護を否定してよいかは問題である。」と記載されていたり、<TMI総合法律事務所 編,Q&A営業秘密をめぐる実務論点>には「上記大阪地判平成20・11・4は、組み合わせにより「選択発明と同視し得る新規な技術的知見」や「予想外の特別に優れた作用効果」というやや高いハードルを課しているようにも見受けられる。」と記載されているように、有用性の判断として「優れた作用効果」を求める裁判所の判断に疑義を有しているような文献もあります。

さらに、田村義之 著, 不正競争法概説〔第2版〕に「秘密管理体制を突破しようとする者はその秘密に価値があると信じているがためにそのような行為に及ぶのである。いずれにせよ秘密管理網を突破する行為が奨励されてしかるべきではないのであるから、このような行為が行われているのに、それほど有用な情報ではないという理由で、法的保護を否定する必要はないであろう。」と記載されており、私としては田村先生の考えが最も納得できます。



ここで、営業秘密は、秘密管理性、有用性、非公知性を要件としており、この3要件をみたした情報を法的な保護の対象に値するとしています。
そして、有用性の判断として、犯罪の手口や脱税の方法、反社会的な行為と等は、公序良俗に反する内容の情報は法的な保護の対象に値しないとして、有用性、すなわち営業秘密性は認められません。
また、取締役のゴシップや不祥事等のスキャンダル等も経済的な価値が無いとして有用性が認められません。
これらは当然のことと思われますが、もし、このような情報も有用性を認めてしまうと、公序良俗に反する情報や経済的な価値が無い情報を漏えいさせた人等に対して、民事的な責任だけでなく、刑事的な責任を負わせる可能性があり、そのようなことは甚だ不当であるからと考えられます。

次に、技術情報に係る営業秘密の有用性について「優れた作用効果」を求めた裁判所は、なぜこのような結論に至ったのかを考えてみました。まず、「優れた作用効果」は何と比較してのことなのでしょうか?それは、既に公知となっている技術情報との比較でしょう。

すなわち、公知の技術情報に対して優れた作用効果が無い情報は、経済的な価値が無いと裁判所は判断しているわけです。
そして、もし、優れた作用効果がない情報にも有用性を認めてしまうと、それを漏えいさせた人等に対して、民事的な責任や刑事的な責任を負わせることになり、そのようなことは甚だ不当である、との考えが裁判所にはあるのではないかと想像します。

さらに、公知の技術情報に比較して「優れた作用効果」の無い技術情報は、そもそも本来何人も使用可能な情報であるとも考えられます。
そうであるにもかかわらず、ある企業がこの情報を秘密として管理し、それを持ち出した人に法的な責任を負わせることは不当であるとも考えられます。そもそも自由に使えるはず情報のはずですから。
このように考えると、技術情報に係る営業秘密の有用性に「優れた作用効果」を求めることも多少は納得できる気がします。

私は、上述のように田村先生の見解が一番納得できるのですが、やはり、近年、営業秘密の漏えいに関する刑事罰も重くなり、さらに、損害賠償や差し止め等が企業活動や個人に与える影響を考えると、技術情報に係る営業秘密に対してはある程度の「優れた作用効果」がその要件に含まれるという裁判所の判断は継続されるのではないかと思います。

そうであるならば、技術情報を営業秘密として管理する企業は、そのような判断がなされることを考慮して、どのような技術情報を営業秘密とするのかを判断するべきかと思います。
また、このような判断を行うことにより、企業は、真に営業秘密として管理するべき技術情報を見出すことができるのではないでしょうか?