2018年3月29日木曜日

秘密とする技術情報の管理はどこの部署が行うべき?

近年、営業秘密等の秘密情報の管理規定(秘密管理規定)を設けている企業も増えてきているようです。まさに、今現在、秘密管理規定の作成作業を行っている企業もあるかと思います。

さて、秘密管理する技術情報はどこの部署がその管理を行うべきでしょうか?
これは非常に大きな問題かと思います。
そして、裁判で営業秘密と認められるように秘密情報を管理することは非常に手間がかかることだと思います。
なお、営業秘密の管理について重要な事の一つに、営業秘密の非公知性の判断基準時は当該情報の秘密管理の開始時ではなく、損害賠償請求に関しては不正行為が行われた時点であり、差し止め請求に関しては裁判における口頭弁論終結時である、ということがあります。

ここで、顧客情報等の営業情報は、取引先等に開示する場合はほとんどなく、また、他社が同様の情報を有していても自ら公開する可能性は低いと考えられ、秘密管理を行っていればその後、非公知性を失う可能性は低いかと思います。

一方で、技術情報に関しては、営業情報とは事情が異なります。技術情報は特許公報等で新たに公知となる情報が時と共に増加しますし、自社製品を販売した場合に自社製品がリバースエンジニアリングされることで非公知性が失われる可能性もあります。
すなわち、技術情報を営業秘密として管理する場合は、理想的には常に非公知性を失っていないかの検証を行う必要があります。これを怠ったり、既に非公知性が失われた情報であるにも関わらず、当該情報の漏えい等を主張して裁判を提起しても、勝てずに無駄なコストと労力を費やすことになり兼ねません。

また、非公知性を有する情報に公知の情報が混在して秘密管理されていると、下記参考過去ブログに記載したように、非公知性を有する情報もその営業秘密性が認められない可能性もあります。
このため、秘密管理した後に非公知性が失われた技術情報に関しては、積極的に秘密管理から除外する必要があるとも考えられます。

参考過去ブログ:技術情報を営業秘密とする場合に留意したい秘密管理措置

さらに、技術情報を営業秘密とする場合、本ブログで何度も記事にしているようにその有用性の判断は公知の技術を基準として判断される場合が多々あります。


ここまで書くと、お分かりかと思いますが、私としては技術情報を営業秘密として管理する場合には、特許等を扱う知財部が主体的に行うことが好ましいと考えます。営業秘密を法務部等の非技術系の部署で管理する企業もあるかと思いますが、上述のような技術情報の非公知性や有用性の判断を法務部で行うことは難しいのではないでしょうか?
特に、発明発掘の時点で、特許出願を行わずに営業秘密とすることが選択された技術情報に関しては、知財部以外で管理することは当該技術情報の文書化も含め、難しいのではないでしょうか。
一方で、営業情報等の非技術系の情報は、法務部で管理することが適していると考えます。営業情報までも知財部で管理することは、一般的な知財部の役割からして少々違うのかなと思います。

とはいいつつも、営業秘密は実際のビジネスで使われる場面が多いでしょう。
顧客情報はまさにその典型でしょう。そうすると、この顧客情報は例えば営業部でも管理され、営業部員にもアクセス権限が与えられ、閲覧だけでなく更新や追加も当然に行われることになります。
また、技術情報に関しては、開発や製造部門で使用するだけでなく、営業部門でも使用するかもしれません。営業部門で使用する場合とは、例えば、顧客に対して自社製品等の優位性を説明するために営業秘密としている技術情報を守秘義務契約を締結したうえで伝える可能性が考えられます。

そうすると、営業秘密はそれを使用する部門でも管理されることになり、法務部や知財部は管理対象の営業秘密について、どの部署がどのような情報を保持し、それに対するアクセスや使用の状態等を包括的に管理するということになるのでしょうか。

さらに、従業員が退職する際には、営業秘密が持ち出されていないかのチェックを早期に行う必要があります。これは、人事部やシステム管理部が主体的に行うことになるのでしょう。営業秘密の管理部門は、必要に応じて退職者のアクセス権限の有無を上記チェックを行う部門に知らせる必要があるかと思います。

このように、営業秘密の管理部門は、他の部門との横断的な協力関係がないと営業秘密を適切に管理することは難しいとも思われます。
さらに、技術情報に関しては、上述したように秘密管理を開始した後に非公知性が失われる可能性があります。非公知性を失った技術情報をそのまま秘密管理していると、秘密管理の形骸化をまねき、秘密管理している他の情報の営業秘密性に影響を与えるかもしれません。
このため、特に技術情報に関してはこのような認識を持ち、かつ対応できる部署が主体的にその管理を行うべきではないでしょうか?

2018年3月26日月曜日

技術情報を取引先へ開示する場合の注意事項

技術系の企業において、自社独自の技術情報を取引先へ開示する場合は多々あるかと思います。この取引先とは、顧客企業であったり、下請け企業であったり、協力企業であったり様々でしょう。
そして、自社独自の技術情報を取引先へ開示することによって、当該技術情報が取引先から他社へ流出したり、取引先で許可なく使用されたりするリスクがあります。自社独自の技術情報を取引先へ開示する企業は、このようなリスクを回避するために、予め特許出願等を行うことで当該自社技術を守ったりします。

しかしながら、特許出願しても権利化が困難な技術やそもそも公開したくない技術は、特許出願を行うことなく、取引先へ開示されたりします。その際には、取引先との間で秘密保持契約を締結する場合が多いでしょう。

しかしながら、秘密保持契約を締結して安心できるわけでは全くありません。たとえ、秘密保持契約を締結したとしても、当該技術情報が取引先から漏えいすることは多々あります。
前回のブログで紹介した営業秘密使用差止等請求事件(東京地裁平成29年7月12日判決、知財高裁平成30年1月15日)もそのような事例の一つです。

参考過去ブログ:
他社が秘密としている技術情報を入手した場合について(不競法2条1項8号)
不競法2条1項8号に関する興味深い判例



個人的には、上記判決は非常に重要だと思っています。
まず、この判決で驚いたことは、「本件各文書のConfidentialの記載のみをもって,被控訴人において,本件各文書の取得に当たって,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務があったとまではいえない」という裁判所の判断です。この判断は、表現は異なるものの、地裁の判断を支持したものです。
すなわち、通常の営業活動で「マル秘」マーク等の秘密管理意思を伺わせるような記載がある他社の情報を取得したとしても、それだけをもってして取得企業は「重大な過失」を犯したことにはならないようです。

このことは、営業秘密保有企業にとっては当惑することかと思います。
何せ、上記判決に係る事件では、営業秘密とする各文書の開示先である取引会社と秘密保持契約を交わした上に、各文書に「Confidential」との記載をしているわけです。このため、原告企業は、当該文書を取得した他社(被告企業)が当該文書を不正開示行為されたものである考えることは当然であるとも思えます。
しかしながら、裁判所は「Confidential」との記載のみでは、当該文書を取得した他社は、その取得に「重大な過失」は無いとの判断です。

では、営業秘密保有企業は、どうすればよいのでしょうか?
営業秘密の開示先企業と秘密保持契約を交わしたところで、当該契約が守られる確証はありません。もし、当該営業秘密が開示先企業から漏えいしたとしても、現実的には、契約不履行を追及することは難しいかもしれません。特に、開示先企業が営業秘密保有企業の顧客である場合はなおさらです。

ここで、裁判所は「本件各文書のConfidentialの記載のみをもって」と述べています。では、「のみ」ではなかったらどうでしょうか?
例えば、「Confidential」と共に、「本文書は●●年●●月に秘密保持契約を締結したうえで、A社からB社へ開示された文書です。」とのような注意記載がされていたらどうでしょうか?
流石に、このような他社の文書を取得した企業は、上記判決でいうような「不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務がある」と言えるのではないでしょうか?
裏を返すと、ここまでの記載をしないと、営業秘密を取得した他社に対して「重大な過失」を問えないかもしれません。

しかしながら、このような注意記載をしたとしても、当該営業秘密を漏えいさせる者が当該記載を削除して、他社へ漏えいする可能性も考えられます。例えば、当該注意記載を余白部分に行った場合は、デジタルデータを加工することによって簡単に当該注意記載を消すことが可能かと思います。注意記載がない営業秘密を取得した他社は、やはり「重大な過失」はないとなるでしょう。

そのようなことを防ぐために、文書の内容に重なるように「透かし」によって上記注意記載を行い、当該記載を悪意を持って消去できないようにするべきではないでしょうか。
当該注意記載と文書の内容とが重なっていると、当該注意記載を消そうとする場合には、文書の内容の一部も消してしまう可能性が高いかと思います。また、文書の内容の一部を消さないように、当該注意記載を消すことはそれなりの手間がかかるでしょう。
本判決が出た以上、このような対応を行わないと営業秘密を取得した他社に対して、「重大な過失」を問えない可能性が高いかと思われます。

また、上記のような注意記載がなされた他社の文書等を取得した企業は、「不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務がある」ということになります。
もし、この「注意義務」を果たさない場合、当該企業は不正競争防止法2条1項8号違反で責任を問われる可能性が生じます。
従って、もし、上記注意記載のような表記のある他社の文書等を第三者から開示された場合、当該文書の取得をその場で断って取得しない等の対応が必要になるかと思います。

一方で、秘密管理意思を示すような記載すらない他社の情報については、それが重要な情報であっても、その取得は不正競争防止法2条1項8号でいうところの重大な過失があったと判断される可能性は低いかと思います。

このように、不正競争防止法2条1項8号における「重大な過失」について、今回の判決で指針のようなものは得られたかと思いますが、営業秘密の保有者の立場、他社の営業秘密の取得者の立場から考えさせられることが多々あるかと思います。

2018年3月23日金曜日

他社が秘密としている技術情報を入手した場合について(不競法2条1項8号)

企業活動を行っていると、他社が秘密としている可能性のある情報を手に入れる場合があります。
そして、手に入れた他社の情報が営業秘密である場合、不正競争防止法2条1項8号違反となり、不正行為となる可能性があります。

---------------------------------------------------------------------------------
不正競争防止法2条1項8号
その営業秘密について不正開示行為(・・・)であること若しくはその営業秘密について不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
---------------------------------------------------------------------------------

実際に、不競法2条1項8号違反となる場合は、例えば他社からの転職者が転職企業で当該他社の営業秘密を開示し、当該転職企業が当該営業秘密を使用する場合です。

私は他社の営業秘密の流入は、他社の特許権の実施と同様に十分に注意を要することだと考えています。もし、流入した他社の営業秘密を使用等すると、不競法2条1項8号違反となり、損害賠償や使用の差し止めとなる可能性があるためです。

ところが、企業は、転職者による他社の営業秘密の持ち込みだけでなく、通常の企業活動によっても他社の営業秘密と思われる情報を入手する場合があります。
そのような事例を争った判例が、東京地裁平成29年7月12日判決の営業秘密使用差止等請求事件です。

参考過去ブログ:不競法2条1項8号に関する興味深い判例

本事件は、原告が台湾企業及び中国企業に対して「CONFIDENTIAL」との記載がある本件文書を秘密保持契約を締結して開示したにもかかわらず、被告が何らかの方法で当該本件文書を入手し、特許権侵害訴訟の証拠として提出したので、被告による本件文書の取得・使用は不競法2条1項8号違反であると原告が主張したものです。すなわち、本事件は、不競法2条1項7号違反等は伴わずに、不競法2条1項8号違反単独で争われています。
そして、本事件は、地裁判決において被告の行為は不競法2条1項8号違反ではないと裁判所によって判断されました。地裁判決の詳細は、上記過去ブログをご覧ください。


その後、原告が控訴することで本事件は知財高裁で争われ、その判決が平成30年1月15日になされました。結論から述べると、知財高裁でも一審が支持され、控訴人(一審原告)の敗訴となっております。

以下が知財高裁判決で私が重要と考える内容です。
知財高裁判決では、不競法2条1項8号における「重大な過失」を下記のように定義しています。
「不競法2条1項8号所定の「重大な過失」とは,取引上要求される注意義務を尽くせば,容易に不正開示行為等が判明するにもかかわらず,その義務に違反する場合をいうものと解すべきである。」

そして、上記「注意義務」について本知財高裁判決では、「被控訴人が,本件情報の記載された本件各文書を取得するに当たって,本件各文書の内容がそれを被控訴人が自社の製品に取り入れるなどした場合に控訴人に深刻な不利益を生じさせるようなものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務が発生することを根拠付ける要素の1つとなり得る。これに対し,本件各文書が通常の営業活動の中で取得されたものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務の発生を妨げる事実に該当すると解される。」(下線は筆者による)と述べています。

すなわち、秘密情報の保持企業を秘密保持企業とし、当該秘密情報を取得した企業を取得企業とすると、以下のようなことになると考えられます。
1.秘密情報の内容が、当該秘密情報の取得企業が自社の製品に取り入れるなどした場合に秘密保持企業に深刻な不利益を生じさせるようなものであることは、取得企業に対して不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務が発生する。
2.秘密情報が取得企業の通常の営業活動の中で取得されたものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務の発生を妨げる。

本事件は、上告の有無は今のところ不明ですが、これが確定するとこの知財高裁の判決は「重大な過失」に対する重要な規範になり得るかと思います。

さらに、本知財高裁判決において裁判所は「被控訴人が,本件各文書を取得するに当たり,本件各文書のConfidentialの記載以外に,本件各文書の保有者から,本件情報を秘密情報として扱うように指示されたり,秘密保持契約の締結を求められたり,あるいは,報酬や利益と引換えに本件各文書を得たなど,本件情報が秘密情報であることを疑うべき事実があったことを認めるに足りる証拠はない。そうすると,本件各文書のConfidentialの記載のみをもって,被控訴人において,本件各文書の取得に当たって,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務があったとまではいえない」とも述べています。

すなわち、取得した他社の秘密情報に「Confidential」の記載があったとしても、それのみをもって、取得企業に当該秘密情報が不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き、取引上の注意義務を生じさせるものではない、と本知財高裁判決では判示されています。
この判断は、営業秘密が漏えいした企業にとって、相当厳しいものだと思えます。

さらに、上記「2.」に関して控訴人(原告)は、「被控訴人が本件各文書の入手ルートを明らかにできないと主張していることから,本件各文書が通常の営業活動によって取得されたものではないことは明らかである」とも主張しています。
これに対して、裁判所は「被控訴人が本件各文書の入手ルートを明らかにしないことをもって,本件各文書が通常の営業活動によって取得されたものではないことが推認されるとはいえない。」と判断しています。
このことは、他社の営業秘密を何らかの方法で取得した被告企業は、裁判においてその入手ルートを開示して積極的に当該営業秘密の取得が通常の営業活動によるものであることを主張立証する必要はないようです。当然ですが、入手ルートが通常の営業活動でないことは、原告側が立証しなければならず、このことは原告にとって非常に困難な事ではないでしょうか。

ちなみに、本知財高裁判決では、上記「1.」に関して「短尺ランプの本数については,仮に一定の有用性が認められるとしても,被控訴人に知られてしまうだけで控訴人が深刻な不利益を被る情報とまではいえず,控訴人の主張は採用できない。」と判断し、「1.」に関する注意義務の発生を認めていません。


以上のことから、本知財高裁判決をかみ砕くと、他社の秘密情報を取得した企業は、たとえ当該情報に秘密管理を示す簡便なマークが記されていても、当該秘密情報を自社が使用することで他社に深刻な不利益を生じさせないし、当該秘密情報が通常の営業活動で取得されたものであれば、「重大な過失により知らないで営業秘密を取得」したことにはならない、ということかと思われます。


本判決によって、他社の秘密情報を取得した企業にとっては、不競法2条1項8号の適用範囲がより明確になり、他社の秘密情報を取得が違法行為であるか否かの判断が行い易くなるかと思われます。
一方で、通常の営業活動によって営業秘密が他社に渡ってしまった場合、当該営業秘密の保持企業は、当該他社に対して不競法2条1項8号単独で違法行為であると主張しても、そのための要件が厳しく、違法行為の主張が認められ難いとも思えます。

2018年3月19日月曜日

他社の特許出願に対する情報提供について

たまには弁理士らしい話題を。
しかし、営業秘密とまでいかなくても、企業が秘密にしたい情報に関することも少々絡んでいます。

特許出願の制度として、他者の特許出願に係る発明が新規性・進歩性を有していないなどについての情報を特許庁へ提供する、いわゆる「情報提供」があります。
特許庁のホームページを参照すると、情報提供件数は年間7千件前後で推移しており、情報提供を受けた案件の73%において、情報提供された文献等を拒絶理由通知中で引用文献等として利用しているとのことです。
また、情報提供は匿名で行うことができるので、特許出願人は誰が情報提供を行ったのか分かりません。
このように、情報提供を行う者(企業)にとって、匿名で他社の特許出願が権利化されることを阻止することができるので、メリットが大きいかと思えます。

しかし、私の経験からすると、情報提供は、情報提供を行う企業にとってやはりリスクを負うものであると考えます。
情報提供を行う企業は、なぜ情報提供を行うのでしょうか?その理由は、情報提供の対象とする特許出願を権利化させたくないためです。
では、なぜ権利化させたくないのでしょうか?その理由の一つは、自社でも同様の技術を実施したい、若しくは既に実施しており、もし、当該特許出願が権利化された場合、自社によるこの実施が侵害になる可能性が高いというものがあります。

ということは、情報提供をされた特許出願の出願人は、自身の特許出願を意識している他社の存在を知ることになり、さらに、意識している理由として他社が当該特許出願に係る技術(発明)を実施予定又は既に実施していると推測することになります。

このような自社が他社の特許を侵害する可能性がある技術を実施又は実施する可能性があることは、他社に知られたくない秘密情報ではないでしょうか?




そして、情報提供を受けた特許出願人が行うことの一つとして、分割出願を行う可能性があります。当該特許出願が特許査定となっても、分割出願を行うことにより、当該特許出願に基づく異なる特許の取得を試みることになります。

こうなると、情報提供を行った企業は、当該分割出願に対しても情報提供を行う必要性に迫られるのではないでしょうか?そして、情報提供がされた場合、当該分割出願の出願人は、自社の特許出願を非常に意識している他社の存在の認識をさらに強く持つことになります。
そして、分割出願に対しても情報提供がされた場合には、当該分割出願の出願人はさらに分割出願をする可能性が高いでしょう。情報提供がされた出願人は、分割出願を行うことへの抵抗は小さいかと思います。逆に、自身の特許出願から複数の特許、しかも他社に対して抑制力となり得る可能性が高い特許を取得する機会となるので、喜んで分割出願を行う可能性が高いかと思います。
もし、自社の特許出願に対して情報提供を受けても何もしていなかった企業は、ぜひ分割出願を行うことをお勧めします。一方、私がお勧めしないことは、情報提供に対して上申書を提出することです。上申書の提出により、その後、禁反言の証拠にされる可能性や他社に特許取得を阻むヒントを与える可能性があるからです。もし、情報提供が行われても、それを審査官が採用しなかったら無意味ですし・・・。

これに対して、情報提供を行った企業は、分割出願の度に情報提供を行うのでしょうか?おそらく、どこかの時点であきらめる可能性が高いかと思いますが、場合によっては情報提供すべき資料の中に、通常では入手し難いような情報、例えばその情報を入手し得る企業を強く示唆する情報、換言すると、情報提供を行った企業を想起させるような情報を出してしまう可能性があります。
こうなってしまうと、特許出願人は、情報提供を行った企業を予測することになり、侵害されているか否かを調査し易くなります。

このような事態、すなわち分割出願によって他社に取得されたくない特許が複数取得される事態や、情報提供を自社が行ったことを想起される事態に陥らないように、情報提供を行う際には十分気を付ける必要があります。

ちなみに、分割出願を行わせないためには、情報提供ではなく特許査定後の異議申し立てにより特許取得を阻止する方が良いのではないかと思います。異議申し立ては匿名ですし、異議申し立て後には分割出願ができないためです。しかしながら、異議申し立てが認められない場合には、無効審判しか手立てがないというリスクも生じ得ますので、どのような制度を用いて他社の特許取得を阻むかは判断が難しいと思います。

2018年3月15日木曜日

技術情報を営業秘密とした場合の有用性判断 まとめ

過去数回にわたって、技術情報を営業秘密とした場合における裁判所の有用性判断についての判例を紹介しました。
今回は現時点でのまとめを。

過去のブログ記事
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その1
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その2
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その4
・技術情報を営業秘密とした場合に有用性が有るとされた判例


まず、有用性の判断について、田村義之 著, 不正競争法概説〔第2版〕(2003 有斐閣)には「秘密管理体制を突破しようとする者はその秘密に価値があると信じているがためにそのような行為に及ぶのである。いずれにせよ秘密管理網を突破する行為が奨励されてしかるべきではないのであるから、このような行為が行われているのに、それほど有用な情報ではないという理由で、法的保護を否定する必要はないであろう。」と記載されており、私はこの田村先生の考えが最も納得できます。

しかしながら、この書籍は2003年に発行のものであり、営業秘密に関する書籍としては少々古く、その後、裁判によって有用性の判断が幾つもなされています。
そして、上記ブログ記事で紹介したように、技術情報を営業秘密とした場合には「優れた作用効果」が無い等のように、あたかも特許の進歩性と同様の判断がなされていると思われる判決もあります。

すなわち、裁判における有用性の判断としては、「それほど有用な情報ではないという理由で、法的保護を否定する必要はないであろう。」ということはなく、特に技術情報に関しては作用効果を奏するものでなければ、有用性が認められない可能性があります。


ここで、技術情報を営業秘密とした場合に有用性が否定されるパターンは、複数あると思われます。

〇パターン1
発熱セメント体事件(大阪地裁平成20年11月4日判決)における「本件情報1は,炭素を均一に混合するという点を除いて,乙23公報により平成15年10月当時において既に公知であったものであり,炭素を均一に混合するという点についても,有用な技術情報とはいい難いことからすれば,不正競争防止法2条6項にいう「事業活動に有用な技術上の情報であって,公然と知られていないもの」ということはできず,同項にいう「営業秘密」に該当するとは認められない」との判断や、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)「原告アルゴリズムの内容の多くは,一般に知られた方法やそれに基づき容易に想起し得るもの,あるいは,格別の技術的な意義を有するとはいえない情報から構成されているといわざるを得ない」との判断のように、特許公報等の公知の技術情報と比較してその有用性を否定するパターンです。
まさに、特許における進歩性の判断と同様の判断基準との考えられます。
なお、このパターンは、営業秘密の非公知性の判断とされる場合もあるようです。

〇パターン2
営業秘密と主張する技術情報の特定が不十分である場合には有用性が認められにくいとも思われます。当たり前かもしれませんが・・・。
例えば、小型USBフラッシュメモリ事件(知財高裁平成23年11月28日判決)では「控訴人が提供したとするLEDの搭載の可否,搭載位置,光線の方向及びLEDの実装に関する情報は,被控訴人から提案された選択肢及び条件を満たすために適宜控訴人において部品や搭載位置を選択したものであって,その内容は,当業者が通常の創意工夫の範囲内で検討する設計的事項にすぎないものと認められる」(下線は筆者による。)と裁判所は判断すると共に、「「そうした寸法・形状での小型化を達成する部品配列・回路構成等との関係でもそれら各要素が両立する事実及びその方法を伝える情報として,全てが組み合わさ」った情報とはどのような情報なのか不明であり,営業秘密としての特定性を欠くといわざるを得ない。」とも述べています。

また、発熱セメント体事件でも、「乙23発明において,セメントに炭素を混合することが開示されている以上,炭素を混合するに当たり,偏りのないよう均一に混合するというのは,当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項にすぎない。また,上記相違点に係る情報には炭素を均一に混合するための特別な方法が具体的に開示されているわけでもない。したがって,単に均一に混合するという上記相違点に係る情報は,それだけでは到底技術的に有用な情報とは認め難い。」と判断されています。

さらに、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)では「原告ら代表者は,陳述書(甲20)において,本件合金の有用性を説明するが,本件合金がその説明に係る効果を有することは,客観的に確認されるべきものであり,関係者の陳述のみによって直ちにそれを認めることはできない。」と判断されています。このように、裁判所は 営業秘密とする技術情報の効果は客観的に確認されるべきものであるとしています。

このパターン2は、営業秘密とする技術が上位概念である場合に、生じやすいかもしれません。また、特定が比較的難しい化学系の技術の場合にも生じやすいかもしれません。


一方で、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)における原告ソースコード、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)における靴の木型、PCプラント事件(知財高裁平成23年9月27日判決)や半導体封止機械装置事件(福岡地裁平成14年12月24日判決)のように特定の装置の図面のように、営業秘密とする技術情報が明確に特定できている場合はその有用性が認められ易いとも思われます。

以上のことから、技術情報を営業秘密とする場合の有用性に関する留意事項は、「公知技術に比べて優れた作用効果を客観的に確認できる程度に明確となるように、営業秘密とする技術情報を特定する。」ということでしょうか。
これは当たり前のこととも思われますが、実際には有用性が認められない判決が多数あるので、このことを意識しなければ裁判で勝てる営業秘密管理とはならないのかと思います。

ここで、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)で裁判所は「原告らは,本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても,特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから,本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし,その場合には,営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではないから,原告らの上記主張は採用できない(なお,前記のとおり原告らは,本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。」と判断しています。
上記下線は、営業秘密として特定される技術情報に対して、非常に重要な示唆であると思われます。営業秘密とする技術情報の特定が誤っていたら、本来、不正競争防止法で守られるべき情報が守られないことになります。
従って、どの技術情報を営業秘密として管理し、その技術情報は客観的に作用効果を確認できるものであるかを十分に検討する必要があるかと思います。