2018年4月7日土曜日

「イノベーション創出のための兼業・副業解禁」は営業秘密の観点から大丈夫なのだろうか?

従業員の副業を認める企業が増えているようです。
これに伴い企業側は従業員が副業を行うことに対するリターンとして、当該従業員の能力向上を期待している側面もあるようですね。
参考ニュース:「「副業」相次ぎ解禁 ユニ・チャームなど 人材獲得、流出防止へ」(SankeiBiz)

しかしながら、副業解禁にはリスクもあることは周知であり、その一つとして秘密情報(営業秘密)の流出があります。そして、自社の秘密情報の流出リスクがあるということは、当然、他社からの秘密情報の流入リスクが存在します。

・参考過去ブログ:モデル就業規則の見直し 副業容認と営業秘密

ここで、上記ニュースで紹介されているコニカミノルタの「『会社にイノベーション(革新)をもたらす』ことを条件」という内容が気になり、検索したところ、コニカミノルタのホームページに該当する記載を見つけました。

・コニカミノルタリリース:イノベーション創出のための兼業・副業解禁、ジョブ・リターン制度導入


コニカミノルタのリリースの内容は、上記ニュースの内容と同様ですが下記のような文言が・・・
それは「兼業・副業先の経験を通して得た知見や技術を活かして、コニカミノルタのイノベーション創出の起点となることが期待されます。」(下線は筆者による)です。
「兼業・副業先の経験を通して得た知見や技術」とは何を指し示すのでしょうか?
この表現には、兼業・副業先の秘密情報(営業秘密)も含まれかねないと思います。当然、コニカミノルタとしては、そのような意図はないでしょうが。

しかしながら、私は、社会人の秘密情報、特に営業秘密に対するリテラシーは相当に低いと感じています。特に営業秘密の流入リスクについては、企業のトップですら認識が薄いかと思います。
そして上記のような期待を負って兼業・副業が認められた従業員は、イノベーションの創出の起点となる仕事を会社側にフィードバックできないと、プレッシャーを感じることになるかもしれません。その結果、当該従業員は、企業に対して何らかのフィードバックを与えるために、兼業・副業先が保有している情報、もしかすると営業秘密を持ち出すことになるかもしれません。
その結果、他社の営業秘密が自社に流入する可能性が有ります。

このような他社の営業秘密の流入を防止するためには、兼業・副業を認める従業員に対して、営業秘密に関する十分な教育を行い、営業秘密の不法な持ち出しの違法性を理解してもらわなければなりません。
すなわち、「兼業・副業先の経験を通して得た知見や技術」であって「イノベーション創出の起点」できるものは、副業・兼業先が保有している秘密情報ではなくて、「他の企業に勤務していても得られたであろう一般的知識や技能」の範囲のものでなければならず、それを従業員は理解する必要があります。

また、兼業・副業を認める従業員がイノベーション創出の起点となるような新しいアイデアを創出した場合には、当該企業は、相当の注意が必要になります。すなわち、そのアイデアが兼業・副業先の営業秘密等を開示・使用したものでないことの確証を得なければなりません。
これは難しいかもしれません。当該従業員のアイデアが、例え自社で知られていなくても、既に公知の情報によるものであれば他社の営業秘密でないという確証が得られるでしょう。しかしながら、当該従業員オリジナルのアイデアとのように説明され、実際に公知となっていないもの、かつ兼業・副業先の事業内容に含まれるようなアイデアであれば相当気を付ける必要があるかと思います。

もし、兼業・副業先の営業秘密等が自社で不正に開示・使用された場合には、当該従業員及び企業は民事的責任や刑事的責任を負う可能性が有ります。

このようなことを考えると、企業が従業員に副業を認める場合には、他社の秘密情報が流入するリスクを生じさせるような条件を設定することは慎重になるべきかと思いますが、副業を認めている企業においてこのような懸念をどのようにして解消しているのか知りたいところです。

http://www.営業秘密ラボ.com/
弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年4月5日木曜日

ー判例から考えるー どのような技術情報を営業秘密とできるのか?

本ブログでも度々書いていますが、営業秘密(不正競争防止法2条6項)はそれが何であるか明確に特定される必要があります。
もし、営業秘密が特定されていないと訴訟を提起しても、裁判所において秘密管理性、有用性、及び非公知性の判断がなされないまま棄却されてしまします。
当然のことかと思われますが、このような判決は相当数存在します。
そもそも、技術情報が特定できなければ、それを秘密管理することもできないはずです。

営業秘密とされる情報は、どのような情報であればよいのでしょうか?
技術情報は例えば、生産方法、設計図、実験データ等が営業秘密となり得、営業情報は例えば、顧客名簿、販売マニュアル、仕入れ先リスト等が営業秘密となり得ます。

なお、技術者が雇用中に習得したものの、他の企業に勤務していても得られたであろう一般的知識や技能は、従業員の職業選択の自由を不当に制限することにもなり得ることから営業秘密とはなり得ません。

そして、営業秘密とされた情報は、一般的に、デジタルデータや紙媒体等に化体されるかと思われます。


では、営業秘密として特定される情報はデジタルデータや紙媒体でなければならないのでしょうか?決してそのようなことはなく、営業秘密とされる情報が化体したものとして、デジタルデータや紙媒体以外の物も裁判所は認めています。

例えば、生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決)では、コエンザイムQ10の生産菌に対して、それ自体が原告において秘密として管理されていた原告のコエンザイムQ10の製造に有用な技術上の情報であって、公然と知られていないものと認められるから、原告が保有する「営業秘密」に当たるものと認められると判断しています。
また、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)では、婦人靴の木型(本件オリジナル木型)に化体された靴の設計情報(形状・寸法)が営業秘密として認められています。

このように、特に技術情報に関しては、紙媒体やデジタルデータだけでなく、具体的な“物”を営業秘密としてもよいのです。

しかしながら、どのような情報を営業秘密として管理するかの選択は非常に重要です。

ここで、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)で裁判所は「原告らは,本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても,特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから,本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし,その場合には,営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではないから,原告らの上記主張は採用できない(なお,前記のとおり原告らは,本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。」(下線は筆者による)と判断しています。

錫合金組成事件では、錫合金(本件合金)の成分及び配合比率が営業秘密であると原告は主張していました。しかしながら、本件合金の成分及び配合比率は本件合金を使用した錫製品からリバースエンジニアリング可能であり、これにより非公知性を失っていると裁判所は判断しています。
すなわち、リバースエンジニアリングによって公知となる情報を秘密管理しても、営業秘密としては認められません。
そして、裁判所は「営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではない」との述べています。このことからすると、もし、製造方法を営業秘密としていたら、原告は勝訴した可能性もあったのではないでしょうか?ちなみに、本判決文では、原告が製造方法は営業秘密として主張していない、との文言が念を押すように複数個所に見られます。

特許出願では技術を多面的に見て様々な態様での特許取得を目指します。技術情報を営業秘密とする場合も同様であり、技術を多面的に見てどのような態様の技術情報を営業秘密として管理するのかを判断する必要があります。その判断を誤ると、裁判において勝てる営業秘密とはなり得ません。

また、リバースエンジニアリングによって公知となる技術は、営業秘密となり得ません。
であるならば、そのような技術を守りたいのであれば特許出願や意匠出願を行うべきでしょう。

http://www.営業秘密ラボ.com/
弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年4月2日月曜日

技術情報や顧客情報等の情報漏えいに関する保険

世の中、色々な保険がありますね。
グーグルやヤフーで「営業秘密」で検索しているせいでしょうが、ブラウザに営業秘密に関する広告が表示されることがあります。
昨今、顧客情報等の漏えいは当たり前のように起こっていますから、このような保険もあって当然かと思います。

その保険は三井住友海上の「サイバープロテクター」というものです。
なお、このブログで当該保険をお勧めするわけではありません。
この保険の特徴には「外部起因・内部起因の事故を幅広くカバー サイバー攻撃のほか、使用人の犯罪リスクまでカバーします。」とあります。
さらに、代理店のホームページを見ると「個人情報のみならず、企業秘密となっている生産方法等、公然と知られていない特定の事業者に関する情報の漏えいも対象となります。」ともあり、技術情報が漏えいした場合も保険の対象になるようですね。

保険料例」を見ると、損害賠償等の支払限度額が高いのか安いのか、これで十分なのかよく分かりません。損害額はケースバイケースでしょうから、何とも判断付きかねますよね。ちなみに、ベネッセの事件では顧客への補償だけで200億円を要したようです。ところで、三井住友海上も過去に顧客情報の漏えいがあったようです。

気になることは、この保険は情報漏えいの”被害企業”に対応したものであること。情報漏えいの“加害企業”に対応したものではないことです。

情報漏えいについては、転職者が前職企業の営業秘密を持ち出し、転職先企業で使用することが十分に考えられます。転職先企業において、転職者に対して前職企業の営業秘密等の使用を禁ずる教育を行ったとしても、転職者によっては成果を早く出すために前職企業の営業秘密を持ち出して使用する人も居るかもしれません。
その結果、転職者を受け入れた自社が前職企業に訴えられる可能性もあります。もし、転職者が持ち込んだ営業秘密を自社の製品に使用した場合には、当該製品の製造販売を停止する事態に陥る可能性もあります。
このように、意図せずに加害企業となっています可能性もあるため、”加害企業”を救済する保険があってもよいかと思いますが、今のところ需要が無いのでしょうね。


また、特許関係でも既に保険が販売されています。
例えば特許庁のホームページでは「海外知財訴訟費用保険 加入受付中!」と題して情報提供を行っています。
これは海外での知財訴訟リスクに対応したもののようですが、少し調べると国内の知財訴訟リスクに対応した保険である「国内知財訴訟費用保険」を損保ジャパン日本興亜で販売しています。

ここで、これらの知財訴訟リスクの保険は、上記情報漏えいの保険との大きな相違点があります。知財訴訟リスクの保険は、侵害者側、すなわち“加害企業”に対応したものであるということです。

面白いですね。
特許も営業秘密も共には知的財産のはずですが、一方は被害企業を救済するための保険、他方は加害企業を救済するための保険、救済される立場が逆です。

まあ、顧客情報等に関しては不正アクセス等による漏えいが多いため、“被害”に合う場合が想定し易いためかとも思われますが、上述のようにリスクという点では自社に営業秘密が流入して“加害企業”となるリスクもあります。特に技術情報に関しては、転職者からの流入だけでなく取引先からの開示もあります。取引先から開示された営業秘密は、自社で自由に使ってよいものではなく、不正に使用するとその責任を問われます。

しかしながら、営業秘密の流入リスクに関する認識は企業に十分浸透していないようです。その証拠に「営業秘密 流入」でネット検索をすると、このブログの記事がトップに現れます。このブログのアクセス数を考えると、如何に営業秘密の流入リスクの認識が薄いかを想像できます。

他方で、特許に関しては他社の特許権を侵害するリスクが説明するまでもなく広く認識されています。であるからこそ、上述のような保険に対するニーズが存在します。もし、営業秘密の流入に関する保険が販売されるようになれば、営業秘密の流入リスクが企業に深く浸透したことの証となるのではないでしょうか。