2018年8月5日日曜日

中国における営業秘密の流出

JETROの最近の記事(2018年6月26日)で「営業秘密の流出が多発、管理体制の整備を(中国)」というものがありました。
この記事では、営業秘密を保護するための措置として、(1)物理的管理体制(2)人的管理体制の整備、(3)(技術情報の場合)先使用権(後述)立証のための証拠保全、が必要であると述べられています。
詳細は上記記事をご覧ください。

ところで中国では、特許出願件数は日本の数倍、知財関連の訴訟の数も日本とは比較にならないほど多くいようです。
中国の技術レベルや特許出願のレベルは低いという考えをお持ちの方もいるようですが、決してそのようなことは無いと思います。中国の技術開発能力は現在発展中であり、玉石混合でしょう。
現に中国には、世界的な企業も多数あり、当然、高度な技術開発もなされています。
そして、知財に関しては、上記のように日本とは比較になら倍ほどの特許出願件数や訴訟件数があります。すなわち、中国は、日本の数十倍の速さで知財関連の経験を積んでおり、早晩特許においても日本を脅かす存在になることは確実視されています。


このような中国の現状において、当然、営業秘密の漏えいに関する事件等も多いかと思います。

ここで、中国における情報の秘匿については、現状では日本とは考え方が大きく異なる可能性があります。
例えば、日本の裁判例ですが、平成30年1月15日知財高裁判決の光配向装置事件において、被控訴人(一審の被告)は次のように主張しています。
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当時,一般的に,中国や台湾のメーカーから,競業他社の仕様書などを示されることは特に珍しいことではなかったことや,被控訴人においても,競業他社に知られたくないノウハウなど営業秘密として保護すべき情報はなるべく文書に記載しないようにしていたことからも,被控訴人は,本件各文書には重要な秘密情報は記載されていると認識しなかった。
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上記の当時とは、平成27年頃のことのようであり、特段過去のことではありません。
なお本事件は、控訴人の主張は認められず棄却となっています。

参考過去ブログ
他社が秘密としている技術情報を入手した場合について(不競法2条1項8号)

上記裁判例における「一般的に,中国や台湾のメーカーから,競業他社の仕様書などを示されることは特に珍しいことではなかった」との被控訴人の主張は、本事件で裁判所が特段言及しなかったものの、日本と中国や台湾との商慣習が異なるという点で留意すべきことかと思います。すなわち、秘密情報の取り扱いに対する意識が日本と他国とでは異なる可能性があるということです。

私はある企業の方から「中国では中国共産党がメール等を監視しているため秘密を守ろうとすることに対する意識が低い」ということも聞いたことがあります。
従って、他国で自社の営業秘密を開示する場合は、その国の商慣習も理解したうえで、開示する必要があるかと思います。
情報を秘密にするという意識が低い国では、営業秘密の開示は相当に注意する方が良いでしょうし、可能な限り開示しないという方針を取った方が良いでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年8月3日金曜日

論文「営業秘密の経済学 序論」

営業秘密に関する近年の論文で面白いものを見つけました。
「営業秘密の経済学 序論」です。
inpitのホームページから閲覧することができます。

この論文は、営業秘密と特許との差を分かりやすく説明されているもので、それらの経済的な効果も過去の研究結果を踏まえて説明されています。
営業秘密と特許との法的な違いよりも、経済的な違いをざっくりと理解する上で非常に参考になります。
また、「序論」とのことですので、これから「営業秘密の経済学」について引き続き発表されるのかと思います。続きが楽しみな論文です。

ここで、営業秘密化と特許化とを選択する上でのキーワードは、「公開」と「リバースエンジニアリング」でしょうか、本論文でもこれらの言葉が複数回表れています。
より具体的には、特許化は「公開」により技術が知られるリスクがあります。特許出願が特許査定を得るれないと、単に技術を公開しただけになります(公開によるメリットがあるとも考えられますが)。
一方、営業秘密化は、当然、特許のような公開制度はありませんが、自社製品の「リバースエンジニアリング」によって他者に当該技術が知られた場合に法的措置を取れないリスクがあります。

特許については、公開リスクや独占排他権の優位性等が広く理解されています。一方、営業秘密については、秘匿化の利点は理解されても、リバースエンジニアリングのリスクだけでなく。秘密管理性、有用性、非公知性の詳細についてまでは多くの方は理解されていないと思います。

参考:特許と営業秘密の違い


そして、本論文では「西村(2010)は、日本の企業が発明を特許化するか企業秘密とするか、という点についての実証分析をおこない、日本の企業はこの選択を戦略的におこなっているのではなく、基本的には特許化することを前提に研究開発を行い、特許化するのにうまく適合しないような発明については例外的に企業秘密として秘匿している、としている。」とも述べています(10頁左欄)

確かに、私も特許業界に10年以上おりますが、そのような印象を強く持ちます。
より具体的には、研究開発者や事業部ごとに年間の出願件数のノルマを与えている会社が多いかと思います。これは、発明は特許出願ありきという知財活動になりがちであり、秘匿化についてはほとんど考慮に入れられないと思われます。

私は、発明に対する管理方法として、特許化と営業秘密化は同等のもの、換言すると、両輪であり、特許と営業秘密との違いを十分に理解したうえで、技術情報の管理として経済的にベストである方を選択する、これが理想とする知財管理の一つではないかと思います?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月26日木曜日

韓国における営業秘密に対するタイムスタンプ利用

2010年の情報と少々古い情報ですが、韓国のKIM&CHANG法律事務所のNEWS LETTERに「韓国特許庁 営業秘密原本証明サービス導入」という記事を見つけました。
この記事には下記のような説明があります。

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これは「タイムスタンプ(time stamp)」という電子的技術を利用するもので、サ ービスを利用しようとする個人や企業は自主的にプログラムを利用して証明を受けたい電子文書から電子指紋(hash code)を抽出して、特許情報院へオンラインで提出する。特許情報院は提出された電子指紋に該当するタイムスタンプを発給し、後日検証が必要な場合、特許情報院が保存している電子指紋と発給されたタイムスタンプの比較によってその生成時点と原本かどうかを確認することになっている。
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韓国のこの営業秘密現本証明サービスは、要するに日本のタイムスタンプ保管サービスと同様のサービスのようです。
しかしながら、日本のタイムスタンプサービスは2017年3月開始ですから、韓国のサービスはそれよりも6年半ほど早いことになります。
また、韓国のサービスは同様のサービスでありながら、「営業秘密」を前面に持ち出していることが特徴的だと思います。韓国は営業秘密の漏えいに対して問題意識が高いようですので、その影響なのでしょうか。


さらに、韓国の「営業秘密原本証明サービス」に関する記事をJETROでも見つけました。


この記事によると、「企業の営業秘密を保護するために2010年11月に導入した営業秘密の原本証明サービスを1年9ヵ月間129社が利用し、累積登録件数が1万件を超えた」とのことです。サービスに対する需要が相当あったようです。
2年弱で累積登録件数が1万件超とのことですので、今現在では登録件数は数万件でしょうか。

さらに、上記記事には「個人や中小企業などでは、技術移転や取引を始める前に、起こり得る紛争に備えた安全措置としても活発にサービスを利用している。」ともあります。
起こり得る紛争とは、技術情報を他社(韓国では大企業でしょうか。)に開示した場合に、開示先に当該技術情報を不正に使用されることを指し示しているのだと思います。

このような場合、技術情報の開示元企業が自身が当該技術情報の保有を開始した時期をタイムスタンプで証明することにより、開示先企業が開示元企業からの情報開示後に当該技術情報を使用した可能性を主張できることになるかと思います。
一方、開示先企業がこれに対抗するためには、自身が当該技術情報を情報開示前から保有していたことを主張する必要があります。この主張のためにもタイムスタンプは利用できるでしょう。
また、他社に自社の技術情報を開示した後に、当該他社に当該技術情報に係る特許権を取得された場合であっても、まずは先使用権主張のための証拠にも用いることができます。先使用権を有していれば他社に特許権を取得されても、制限はあるものの当該技術情報の自社実施が可能となります。

このようなタイムスタンプを用いた営業秘密管理は、特別なことではなく、当然どの企業でも簡単にできます。
営業秘密管理には、何時からその情報を保有していたのかという証明のために、日付の特定も重要かと思います。特に他社に自社の技術情報を開示する場合や他社の技術情報の開示を受ける場合には、タイムスタンプを利用することを検討されては如何でしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信