2018年11月27日火曜日

特許出願等を伴わない知財戦略を感じさせる2つの記事

非常に興味深い2つの記事がありました。
「"見て盗まれる技術は技術じゃない"の真意」プレジデントオンライン
「日立製作所笠戸事業所の大谷時博氏に黄綬褒章 熟練工の技、機械で」産経新聞

プレジデントオンラインの記事は、福井県鯖江市のメガネフレームメーカーの記事です。私の父の実家が鯖江市なので少々親近感があります。また、近年、中国等の海外製の影響によって鯖江市のメガネフレームの生産量が減少しているということも聞いたことがありました。このような状況は鯖江市のメガネフレームだけでなく、日本の製造業において少なからずある問題かと思います。

西村金属ホームページ
ペーパーグラスホームページ

このメーカーは、「設備は会社の機密情報」というそれまでの会社の考えを覆し、新しい社長が「HPには設備に加えて、同社が加工できる技術を大量に書き込み、検索エンジンで上位に来る」ようにした結果、メガネ以外の受注の増大に成功したというものです。

このように、ビジネス環境や今後のビジネス戦略に応じて、企業として秘匿化する情報、公開する情報を選択することが重要だと思いますし、これは特許出願等を伴わない知財戦略に当たるかと思います。
ここで、営業秘密は非公知性が要件の一つですので、一度公開すると基本的には非公知性が失われるため、営業秘密としての保護を受けることができなくなるでしょう。しかしながら、そこに捉われ過ぎて公開すべき情報を公開せずにビジネスチャンスを失うことになると本末転倒でしょう。


一方で、産経新聞の記事は、職人の技能を機械化したというものです。
これに関して、職人の技能は企業秘密でしょうか?もし、その技能が文章化や図案化により他者に認識可能なようにできないものであれば、少なくとも不競法でいうところの営業秘密として扱えないでしょう。すなわち、その技能が、訓練によって培われた職人の感覚に依存する部分が大きく、その職人が所属企業から退職すると失われるようなものは、実質的に企業が管理できていないものは、秘密管理もできないので営業秘密とはなり得ないかと思います。
このような職人の技能は、承継も難しく、しばらく前から日本の製造業で課題となっています。

産経新聞の記事における日立製作所では、その技能の機械化に成功し、その手法は企業秘密(営業秘密)としているようです。
これは、職人に帰属していた技能を、会社に帰属可能な知的財産にしたといえるのではないでしょうか。さらに機械化によって、製品の製造スピードも向上したようですので、まさに一石二鳥でしょう。

ここで、プレジデントンラインの記事には、新しい社長の言葉として「見て盗まれる技術など技術じゃない。大事なのは言語化できないノウハウであって、それは決してウェブには載らない。西村金属には他社には盗めないノウハウがある」とあります。この記事だけでは、その真意は十分には分かりませんが、確かに上述のように言語化が難しいノウハウ、すなわち、一部の職人にしかできない技術等はそれに含まれるでしょう。
しかしながら、産経新聞の記事にあるようにその中には言語化(機械化)が可能なノウハウがあるかと思います。
そして、それを企業の知的財産として認識し、管理・使用することが肝要かと思います。

さらに、弁理士は知的財産の専門家であると共に、技術を言語化する技能を有しています。弁理士自身が特許等の代理人という狭いビジネス領域に捉われなければ、このようなことを新たなビジネスチャンスにもできるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年11月21日水曜日

営業秘密侵害罪と司法取引

先日、日産のカルロス・ゴーン会長が逮捕されるという非常に大きなニュースがあり、その余波?で本ブログの記事「日産 営業秘密流出で取引先の元従業員を書類送検」へのアクセス数がいつもより増えているようです。増えているといっても若干ですが。おそらく、日産、逮捕等を含むキーワード検索で引っかかるのでしょう。

ところで、今回のゴーン氏の逮捕において司法取引もあったそうです。
日本における司法取引は三菱日立パワーシステムズ(MHPS)に続いて2回目です。
1回目、2回目共に企業が絡む事件であることが少々興味深いですね。
特にMHPSの事件は、外国公務員への贈賄という不正競争防止法違反に関するものでした。
そして、司法取引によって罪を逃れた側が、MHPSであったことからも物議を呼びました。

ここで、司法取引について少々調べてみました。
司法取引は事訴訟法第350条の2で規定されているようです。
そして、司法取引が可能な罪は、何でも良いのではなく、特定の罪だけのようです。
その罪は「刑事訴訟法第三百五十条の二第二項第三号の罪を定める政令」でも別途定められています。

この政令を確認すると、不正競争防止法だけでなく、特許法、実用新案法、意匠法、商標法、著作権法といった知的財産の侵害の罪に対しても司法取引が可能なようです。
とはいっても、特に特許法、実用新案法は侵害罪が適用される可能性は非常に低いかと思いますが。

また、不正競争防止法が含まれているため、当然、営業秘密侵害罪も司法取引の対象となり、営業秘密侵害罪については今後、司法取引が適用されることが十分に考えられるかと思います。
例えば、転職者が前職の営業秘密を持ち出し、転職先企業も転職者の前職企業の営業秘密であることを理解して営業秘密を使用した場合でしょうか。
なお、日本の司法取引では、「他人の刑事事件」についてのみ司法取引ができるため、自分の罪に対しては司法取引ができないとのことです。
したがって、上記の例では、転職者が転職先企業の犯罪(営業秘密侵害)を明らかにする、又は転職先企業が転職者の犯罪を明らかにする、という司法取引になるのでしょう。

例えば、下記刑事事件一覧では、自動包装機械事件がその対象になり得たかもしれません。この事件では、被告企業に転職してきた被告4名と共に被告企業も刑事罰を受けています。なお、司法取引は、平成28年6月から導入されているので、この事件が明るみに出たときには司法取引をおこなうことはできませんでした。


このように、営業秘密侵害罪に対しても司法取引が可能となっています。
このため、転職に伴う営業秘密の持ち出し及び転職先での開示・使用が刑事事件化した場合、転職者又は転職先企業が司法取引に応じる可能性があります。
すなわち、転職に伴う営業秘密侵害に関して、転職者と転職先企業とがお互いがお互いを守る可能性は低いのではないでしょうか。そして何れか一方のみが罪に問われる可能性もあるということは知識として知っておいてもいいかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年11月14日水曜日

ー判例紹介ー 被告の記憶に残る顧客情報の不正使用を認めた裁判例

被告の記憶に残る原告の顧客情報の不正使用を認めた裁判例を紹介します。
これは、大阪地裁平成30年3月15日判決(平27(ワ)11753号)です。

この事件は、採尿器具を販売している会社である原告が、原告の元代表取締役である被告P1及び被告P1が関与して採尿器具の販売を始めた被告旭電機化成株式会社に対し、原告の顧客情報の不正使用等に基づいて当該顧客情報を使用した営業活動の差し止め・損害賠償請求等を求めたものです。
なお、被告P1は、原告の設立当初からその代表取締役の地位にありましたが、平成25年2月の株主総会で退任しています。

そして、本事件において、裁判所は原告主張の顧客情報に対する秘密管理性、有用性、非公知性を認め、裁判所は被告による当該顧客情報の不正使用等の判断を行いました。

ここで、原告は、原告の得意先番号82及び207、得意先番号3及びその販売先である得意先番号3-1、得意先番号45、得意先番号239及び245-4への営業活動が被告P1による顧客情報の不正使用によるものであると主張しました。
これに対して被告は、原告の代表取締役を退任するに際し,原告の顧客情報が記録された記憶媒体又はこれを印字した紙媒体を持ち出しておらず、尿検査を実施している病院等や医療器具卸業者等をインターネットでピックアップした上で顧客獲得のために網羅的な営業活動を行っており、原告の顧客情報を使用して営業活動をしたわけではない、と主張しています。


そして、裁判所は顧客情報の使用についてまず以下のように示しています。
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被告P1は原告の代表取締役であり,自ら営業も担当していたから,少なくとも主要な顧客についての情報の概要は記憶していたと推認される。そして,被告P1との関係では,このような記憶情報についても秘密管理性があると認められることは前記のとおりであり,また,それらの情報は,被告P1が原告の業務を遂行する過程で接したものであるから,原告から「示された」ものであると認めるのが相当である。したがって,被告P1が,記憶中の原告の顧客情報を不正目的で開示し,又は使用した場合には,営業秘密の不正開示・不正使用を構成するというべきである。しかし同時に,被告P1が,原告の顧客との様々な関係から,原告の顧客であることを離れた個人的な情報としても当該顧客の情報を保有している場合があり得るのであって,そのような個人的な情報を使用した場合まで,営業秘密の不正開示・不正使用ということはできない。また,被告らが原告の顧客に対して営業活動をしたとしても,網羅的な営業方法の結果,その対象者の中に原告の顧客が含まれていたにすぎない場合には,やはり営業秘密の不正開示・不正使用ということはできない。
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上記のように、裁判所は顧客情報の不正使用の判断基準として以下の①~③のことを示していると解されます。
①記憶の中の顧客情報も当該顧客情報が営業秘密であれば、それを不正目的で開示、使用した場合は不競法違反になる。
②原告の顧客であることを離れた個人的な情報として当該顧客の情報を保有している場合には、このような個人的な情報の使用は不競法違反とならない。
③網羅的な営業方法の結果、その中に原告の顧客が含まれていたにすぎない場合は、不競法違反とはならない。

そして裁判所は、被告P1による原告の顧客情報が記録された記憶媒体又はこれを印字した紙媒体を不正開示ないし不正使用したとは認められないとしたものの、被告P1の記憶に残る原告の顧客情報の開示及び使用の可能性について判断を行っています。
具体的に裁判所は「被告らが営業対象としたと原告が主張する個々の顧客ごとに,被告P1の記憶に残る原告の顧客情報を開示及び使用したことによるものであるといえるのか,そうではなく,被告らが主張するような網羅的な営業活動の結果によるものであるとか,被告P1と原告の従前の顧客との間の個人的な関係等によるものであるなどといえるのかを個別に判断する必要がある。」とし、被告による営業活動に対して原告の顧客情報の不正使用があったか否かを、被告の営業先毎に個別に判断しています。

なお、原告は、被告による顧客情報の不正使用として、原告製品であるピー・ポールⅡの使用や販売を把握した上で被告が顧客に対して営業活動を行っていたと主張しています。
従って裁判所は、原告の商品であるピー・ポールⅡを使用していることを把握せずに、被告が営業活動を行った営業先に対しては、網羅的な営業活動又は個人的な繋がりによる営業活動であり、原告の顧客情報を使用していない営業活動であると判断しています。
この結果、裁判所は、得意先番号82及び207について原告の顧客名簿に関する不正開示行為及び不正使用行為に該当すると認めました。

このように、本判決は、被告の記憶に残る営業秘密である顧客情報の不正使用を認めたものです。
記憶に残る営業秘密の不正使用はその立証が非常に困難かと思います。しかし、本判決では、被告との個人的な繋がりによる顧客の情報、網羅的な営業活動によりたまたま混入した顧客の情報を原告主張の営業秘密の不正使用から排除し、そのうえで残った顧客の情報を原告の営業秘密の不正使用であるとした裁判所が判断したものであり、そのアプローチが非常に面白いものだと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信