2019年6月27日木曜日

続報のない営業秘密侵害事件

営業秘密侵害事件(民事事件や刑事事件)は多く報道されますが、続報がない事件もあります。
訴訟や公判が進行しているものの、報道がないために知ることができないのか、訴訟や公判が全く進行していないのか?和解又は不起訴になったために、報道されることもなく終結しているのか?
民事事件は、判決が出ているものに関しては、判例データベースで検索すると結果を知ることができますが、刑事事件は基本的には報道でしかわかりません。

今回はそのような事件のうち、日本ペイントデータ流出事件を取り上げます。
この事件は、刑事事件と民事事件、両方で争われています。

参考:過去の営業秘密流出事件

本事件は、日本ペイントの元執行役員が菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの営業秘密を持ち出し、菊水化学で開示・使用したとする事件であす。日本ペイントはこの元執行役員を刑事告訴(2016年)し、菊水化学と元執行役員に対して民事訴訟を提起(2017年)しています。
刑事事件としては、第1回公判が2018年12月に開かれ、被告である元日本ペイントの役員は、持ち出した情報は営業秘密に該当しないとして無罪を主張しているようです。

この事件は初公判から半年経過しますが、その後の公判がどのようになっているか報道もなく不明です。なお、被告は、持ち出した情報は特許公報等に記載されている内容であるため、非公知性がないと主張しているようなので、持ち出した情報が非公知性を満たしているかの判断に時間を要しているのでしょうか?
もし、そうだとすると、刑事事件において純粋な技術論(塗料に関する技術)が交わされることになるかと思うのですが、果たしてどうなるのでしょうか?


一方、民事事件についても、特に報道はありません。刑事事件の結果待ちでしょうか?
民事事件では、刑事事件の証拠資料を用いることも可能なようですので、刑事事件で被告が有罪となった場合には民事事件でも原告が有利になるでしょう。

ところで、菊水化学は日本ペイントの営業秘密の不正使用を否定しているもの、報道によると「事件を受け、菊水化学は住宅向け塗料など一部製品については昨年3月から販売を中止している。」(Sankei Biz 2017.7.15「日本ペイントが菊水化学を提訴」)とあります。

このことは、営業秘密の流入リスクを端的に表しています。
すなわち、自社への転職者が前職企業の営業秘密を持ち込んだ場合、当該営業秘密を使用した製品を自社で製造販売すると、前職企業から営業秘密の不正使用との疑いをかけられた場合に、当該製品の製造販売を中止する必要性に迫られる可能性があります。

多くの企業は、自社の営業秘密が他社に流出することを危惧しますが、このように他社の営業秘密が自社に流入するリスクも危惧する必要があります。

なお、もう一件、今後の経緯が非常に気になる刑事事件があるのですが、それはまた次の機会に。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年6月20日木曜日

製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為

先日、公正取引委員会から「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」が公表されました。

・製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書の公表について(公正取引委員会)

これには、・ノウハウの開示を強要される ・名ばかりの共同研究を強いられる ・特許出願に干渉される ・知的財産権の無償譲渡を強要される 等の事例が報告されています。
具体的には、「(令和元年6月14日)製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書(概要)」において以下のような事例が挙げられています。

・1「片務的なNDA」
実例1:相手方の秘密は厳守する一方、自社の秘密は守られないという片務的なNDA契約を締結させられる。
・2「ノウハウの開示強要」
実例2:営業秘密のレシピを「商品カルテ」に記載させられた挙げ句に模倣品を製造され、取引を停止される。
 ・3「買いたたき」
実例3:金型設計図面等込みの発注になったにもかかわらず、対価は従来どおりに据え置かれる。
 ・4「技術指導の強要」
実例4:競合他社の工員に対して自 社の熟練工による技術指導 を無償で実施させられる。
・5「名ばかりの共同研究」
実例5:ほとんど自社で研究するのに、成果は取引先だけに無償で帰属するという名ばかりの共同研究開発契約を押し付けられる。
 ・6「出願に干渉」
実例6:取引と関係のない自社だけで生み出した発明等を出願する場合でも、内容を事前報告させられ、修正指示に応じさせられる 。
 ・7「知財の無償譲渡等」
実例7:特許権の1/2を無償譲渡させられる。
実例8:一方的に無償ライセンスさせられる。

ここで、-6「出願に干渉」ー以外は、営業秘密の不正使用とも考えられる行為が含まれるかと思います。裏を返すと、優越的地位の濫用行為は特許権(特許出願)等の権利取得に関するものよりも、より実態の見えにくい「ノウハウ」に対して行われ易いとも考えられます。


ここで、不正競争防止法2条1項4号では、以下のように規定されています。

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不正競争防止法2条1項4号
窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下「不正取得行為」という。)又は不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
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上記条文で気になるところは「窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段」ですが、この解釈について経済産業省 知的財産政策室編「逐条解説 不正競争防止法 平成30年11月29日施行版」の84ページに以下の様に記載されています。

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「窃取,詐欺,強迫その他の不正の手段」の「窃取」「詐欺」「強迫」は、不正 の手段の例示として挙げたものであり、「その他の不正の手段」とは、窃盗罪や詐欺罪等の刑罰法規に該当するような行為だけでなく、社会通念上、これと同等の違法性を有すると判断される公序良俗に反する手段を用いる場合もこれに 含まれると解される。
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上記下線で示されるように「窃取,詐欺,強迫その他の不正の手段」は刑罰法規に該当する行為だけが当てはまるわけではありません。
想像するに、例えば、取引会社が下請け会社に取り引き停止をチラつかせて、下請け会社に営業秘密を無理矢理に開示させることも含まれる可能性があるのではないでしょうか?
そうすると、この取引会社は独占禁止法だけでなく、不正競争防止法違反も問われることになるかと思います。

さらに、不正競争防止法違反における営業秘密領得の恐ろしいところは、営業秘密を不正に取得した取引先企業だけでなく、これに関与した取引先企業の従業員も責任を問われる可能性があると言うことです。
具体的には、上記のように取引会社が不正の手段によって下請け会社の営業秘密を取得した場合には、その営業秘密の取得に関与した取引会社の従業員が刑事告訴される可能性があります。
実際に、上司の命令に従い業務として行った行為が営業秘密領得に当たるとして書類送検された事例があります。

参考ブログ記事:営業秘密の不正取得を上司から指示された事件

このように、もしかしたら今までは“許されること”であった下請け会社に対する行為が今後は犯罪として扱われるかもしれません。そして、そのこと、具体的には営業秘密の不正取得は犯罪であることを明確に認識し、もし業務命令としてそのような行為を指示された場合にはハッキリと拒絶する必要があります。そうしないと、犯罪者になるかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年6月14日金曜日

NISSHAスマホ操作技術漏えい事件について

先日 、NISSHA元社員がタッチセンサー技術などに関する情報を中国の転職先企業である精密機器会社に漏えいする目的で持ち出したとして、不正競争防止法違反(営業秘密領得)で逮捕されたとの報道がありました。

・当社元社員の逮捕(営業秘密を不正に領得)について(NISSHA株式会社)
・技術情報不正持ち出し疑い NISSHA元社員逮捕(日本経済新聞)
・技術情報不正持ち出し疑い、京都(REUTERS)
・スマホ操作技術、中国企業に漏えい疑い 部品メーカー元社員逮捕(京都新聞)
・技術情報を中国に持ち出し 容疑で電子部品メーカー元社員を逮捕(産経新聞) 

上記日経新聞の記事によると、元社員は「複製したことは間違いないが、不正な利益を得たり、国外で使用したりする目的はなかった」とのように容疑を一部否認しているようです。なお、営業秘密領得では、営業秘密を保有者から示された者(例えばアクセス権限のある者等)は、当該営業秘密を単に持ち出すだけでは罪にはならず、不正の利益を得る目的等がなければ罪にはなりません(不正競争防止法21条1項3号)。

このような否認はよくあるのですが、不正競争防止法違反の刑事裁判において認められるのでしょうか?

ここで、不正競争防止法違反(営業秘密領得)の平成30年12月3日最高裁判決(事件番号 平30(あ)582号)において興味深い判断がなされています。
この刑事事件は、日産自動車の元社員がいすゞ自動車に転職するにあたり、日産自動車の営業秘密を持ち出したとして刑事告訴された事件であり、最高裁判決によって懲役1年執行猶予3年が確定しています。

ここで、被告は、下記のような主張をしています。
・営業秘密であるデータファイルの複製の作成は、業務関係データの整理や記念写真(宴会写真)の回収を目的としたものであって、いずれも被告人に転職先等で直接的又は間接的に参考にするなどといった目的はなかった。
・不正競争防止法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があるというためには、正当な目的・事情がないことに加え、当罰性の高い目的が認定されなければならず、情報を転職先等で直接的又は間接的に参考にするなどという曖昧な目的はこれに当たらない。


これに対して最高裁は以下のように判断しています。
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被告人は,勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に,勤務先の営業秘密である前記1の各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ,当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく,その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば,当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから,被告人には法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。
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上記のような「合理的に推認できる」と至った理由は、以下のようなものです。

・データファイルの複製の作成について、被告人は、業務関係データの整理を目的としていた旨をいうが、被告人が複製した各データファイルを用いて業務を遂行した事実はない上、会社パソコンの社外利用等の許可を受けて、自宅に会社パソコンを持ち帰った被告人が、業務遂行のためにあえて会社パソコンから私物のハードディスクや私物パソコンに各データファイルを複製する必要性も合理性も見いだせない。
・複製したフォルダの中に「宴会写真」フォルダ在中の写真等、記念写真となり得る画像データが含まれているものの、その数は全体の中ではごく一部で、自動車の商品企画等に関するデータファイルの数が相当多数を占める上、被告人は2日前にも同じフォルダの複製を試みるなど、フォルダ全体の複製にこだわり、記念写真となり得る画像データを選別しようとしていないことに照らし、複製の作成が記念写真の回収のみを目的としたものとみることはできない。

このように、被告が、不正の利益を得る目的が無いと主張するには、他の合理的な目的を説明し、それが認められる必要があります。よくある主張は“勉強用”なのですが、例えば数百、数千のデータファイルを“勉強用”に持ち出すことは合理的でないと思えます。
さらに、下記報道によると、被告は疑惑発覚後にハードディスクを破壊したようですので、これは「不正の利益を得る目的」であったことと判断される可能性が高いかと思います。

・スマートフォンの技術情報を中国に持ち出した男、証拠のハードディスクを破壊か(MBS)

このように、転職時等に前職企業から多量のデータを取得して持ち出す行為は、不正の利益を得る行為でないとする合理的な理由がない限り、営業秘密領得であるとして不正競争防止法違反で刑事罰を受ける可能性が高い行為であると考えられるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信