2019年7月25日木曜日

プログラムのリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の主張

技術情報を営業秘密とした場合において、製品をリバースエンジニアリングすることによって当該営業秘密の非公知性は喪失すると判断される可能性があります。
なお、リバースエンジニアリングによる非公知性の喪失が主張された裁判例としては、機械構造や合金の組成等があります。

プログラム(ソースコード)を営業秘密とした場合におけるその非公知性の判断において、プログラムのリバースエンジニアリングによって非公知性が喪失する可能性は多いにあると思いますが、そのような主張を被告が行った裁判例は私が知る限りありません。

ここで、プログラムは、下記のように著作権によっても保護されるものであり、営業秘密の侵害訴訟において著作権侵害の主張もされる場合があります。

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著作権法第2条第1項12の2
プログラム 電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう。
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このため、プログラムについてリバースエンジニアリングによる非公知性の喪失の主張が行われない理由の一つとして、当該プログラムに対してリバースエンジニアリングが可能であるとして営業秘密とは認められないと裁判所が判断したとしても、著作権侵害に該当する可能性が高くなるためではないかと考えられます。

すなわち、被告側が原告のプログラムはリバースエンジニアリングによって公知となっていると主張すると、原告側によってリバースエンジニアリングによって当該プログラムの内容を被告が知ったことにより、これに依拠して当該プログラムを被告が複製等したのではないかと主張される可能性があるかと思います。

また、製品によっては、購入者によるプログラムのリバースエンジニアリングを禁止する旨を契約により求める場合もあります。
このような場合において、もし、被告がリバースエンジニアリングによる非公知性喪失を主張した場合には、契約不履行に該当する可能性が考えられます。
なお、このような契約は、当該プログラムの秘密管理性に対して認められやすくなる影響を与えるのではないかと考えます。

このように、営業秘密侵害事件において、プログラムのリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の主張は他の不法行為を自認しかねない可能性を含み得るために、被告としては行い難いのではないかと考えます。
果たして、この考えが正しいのか知るためにも、プログラムのリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の主張を行った裁判例が表れて欲しいのですが・・・。


弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年7月18日木曜日

寄稿した論考が今月のパテント誌に掲載されています。

今月のパテント誌(vol.72 2019年7月号)に、私が寄稿した論考「プログラムの営業秘密性に対する裁判所の判断」が掲載されています。

このブログでも、幾つか記事にしていた内容も踏まえて、プログラムの営業秘密性についてまとめています。

少々かいつまんで紹介しますと、プログラム(ソースコード)は裁判において秘密管理性が認められ易いようです。
また、ソースコードは、著作物でもあります。
このため、ソースコードの不正使用は、営業秘密侵害と共に著作権侵害に基づいて提起される可能性もあります。このような場合、各々の侵害判断は同じ基準ではなく、営業秘密侵害のようがより広い概念として判断される可能性があります。

今後、プログラムの重要性は益々高まる一方で、プログラムとしてはアルゴリズムを特許化できてもソースコードは特許化が難しいので、ソースコードは営業秘密として守る必要があります。
そうした場合に、ソースコードの秘匿化の考え方の一助になればと思います。

なお、パテント誌の記事は、一月ほどでpdf化されて公開されるので、そうなった場合に本ブログでもリンクを掲載しますので、パテント誌が手元にない方はそちらをご覧ください。



弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年7月12日金曜日

ー判例紹介ー 営業秘密の知得ルートと不法行為との関係

前回紹介したニット製品事件(大阪地裁平成30年6月21日判決(平30(ネ)1745号))の続きです。前回は、営業秘密ではないとされた情報を他者が使用した場合に、一般不法行為と判断され得るかについて述べましたが、今回は営業秘密の知得ルートについてです。

なお、本事件は、ニット製品の卸売業者である原告会社がニット製品の製造販売業者である被告に対し訴訟を提起した事件(本訴事件)の反訴事件です。このため、被告が営業秘密の保有者であり、原告が被告の営業秘密を使用したとされる立場にあります。
そして、本事件は、被告から開示されたニット製品の製造方法(被告の営業秘密)を、原告が利用して下請けにニット製品を製造させたことが不正行為であると被告が主張しています。

ここで、被告が営業秘密であると主張する本件製造方法の情報は、下記①~③に大別できると裁判所は判断しています。
①使用する抄繊糸に関する情報
②編み方・洗い方・染め方といった具体的な製造工程に関する情報
③製造された製品の取扱方法に関する情報

このうち、①使用する抄繊糸に関する情報は、さらに下記のように細分化できると判断されています。
・「1 原糸」の「(1)メーカー」,「(2)商品名」,「(3)性能」
・「2 組成内容等」
・「3 撚糸」の「(1)撚糸企業」, 「(2)撚糸方法」,「(3)撚糸構成」
・「4 効果」

そして、裁判所は「1原糸」の「(3) 性能」、「2組成内容等」(原糸を除く)及び「4 効果」の情報について、被告が製造した和紙混ニット製品の商品下げ札に表示されている組成内容及び性能であるとして、非公知性を欠くと判断しました。
また、「3撚糸」の「(2) 撚糸方法」及び「(3) 撚糸構成」の情報のうち、「(2) 撚糸方法」の情報について、裁判所は、一般的な撚糸の方法であるところ、撚糸企業において被告が製造した和紙混ニット製品を分析すれば、その製品が「(2) 撚糸方法」の撚糸方法により、「(3) 撚糸構成」の撚糸構成をとったものであることが判明すると認められる(証人被告専務41ページ)ため、非公知性を欠くと判断しました。

次に、「1原糸」の「(1) メーカー」及び「(2) 商品名」並びに「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」の情報についてです。
まず、当事者間に争いのない事実として、下記①、②があります。
①原告会社が下請けに製造させた和紙混ニット製品には、同情報のうち「1原糸」の「(1) メーカー」製の「(2) 商品名」のものを用いて「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」が撚糸したものが使用されていること。
②和紙糸を調達したのが、被告が上記和紙糸を開発する際に「1原糸」の「(1) メーカー」製の「(2) 商品名」の存在を教えたP4が取締役を務めるイシハラであること。

また、イシハラのP4は、和紙糸が「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」が撚糸したものであるという情報も知っていたと認められ、原告会社が下請けに製造させた和紙混ニット製品に用いた糸はイシハラに調達を依頼したものであると認められています。

このような事実から裁判所は下記のように判断しました。
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原告会社が下請けに製造させた和紙混ニット製品に,イシハラが調達した「1原糸」の「(1) メーカー」製の「(2) 商品名」のものを用いて「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」が撚糸したものが使用されているからといって,原告会社において,被告から示された上記情報が使用されたとは認められない。したがって,仮に,上記情報に営業秘密該当性が認められたとしても,その不正使用行為があったとは認められない。
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本事件の原告会社、被告、イシハラ、原告会社の下請けにおける情報や和紙糸の流れを図案化すると下記のようになります。
図のように、イシハラから原告会社と被告とに同じ情報が渡されています。そして、原告会社は、和紙糸をイシハラを通じて下請けに供給し、この和紙糸を使用して下請けにニット製品を製造させています。
従って、被告が営業秘密と主張する情報は、原告会社も被告以外から知得しており、このことをもって裁判所は「原告会社において,被告から示された上記情報が使用されたとは認められない。」と判断しています。

以上のことから、他者の営業秘密を当該他社から開示されたとしても、別のルートで同じ情報を知得した場合には、当該情報を使用しても不競法違反とはならないという理解になるでしょう。

ここで、本事件では営業秘密を被告から原告企業へ開示するにあたり、秘密保持契約(NDA)を締結していた事実は認められませんでした。

営業秘密を他者に開示する場合には秘密保持契約は必須ですが、秘密保持契約は何のために行うのでしょうか?
当然、その目的は、営業秘密を第三者に開示したり、目的外使用を防ぐことにありますが、秘密保持の対象が何であるかを明確にすることで、事後の紛争を回避することにあるかと思います。

ここで、一般的な秘密保持契約では、秘密保持の対象外として下記のような条項を設けるかと思います。

① 開示を受けたときに既に保有していた情報
② 開示を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報
③ 開示を受けた後、相手方から開示を受けた情報に関係なく独自に取得し、又は創出した 情報
④ 開示を受けたときに既に公知であった情報
⑤ 開示を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報

参考:秘密情報の保護ハンドブック 参考資料2 各種契約書等の参考例

本事件では、被告が営業秘密であると主張する情報を、被告も原告会社も同一人物(同一会社)から取得していたようですので、上記例外の①又は②、③に該当するのではないでしょうか?
もし、適切な秘密保持契約を互いに締結していたならば、当該営業秘密が秘密保持の対象外であることが互いに理解でき、不要の争い(訴訟)を避けれたのではないかと思います。
弁理士による営業秘密関連情報の発信