2020年1月3日金曜日

あけましておめでとうございます。今年の予定

あけましておめでとうございます。
今年は近いうちに、雑誌に寄稿した論文が新たに掲載される予定です。内容は有用性についてです。

その次としては、すでにブログでときどき書いていますが、営業秘密の帰属についてまとめてみたいと思います。
営業秘密の帰属は、会社員の転職がますます多くなる昨今、議論される可能性が高くなるかと思っています。

営業秘密、特に技術情報に係る営業秘密について、秘密管理性、非公知性、有用性をそれなりにまとめたつもりです。
そのうえで、営業秘密の帰属についてまとめることで、技術情報に係る営業秘密について一通りを論じることになるのではないでしょうか。

そして、その次は、今までの論文やブログで書いた内容を書籍化しようかなと思っています。今年はこの書籍化に向けて動いてみるつもりです。さて、どうなるでしょう?


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年12月29日日曜日

営業秘密の帰属に対する行政の考え

営業秘密の帰属に対する行政の考えを窺える書籍や資料は複数有ります。

そのうち、最も古い書籍は、1990年発行の「通商産業省(現経済産業省)知的財産政策室監修 営業秘密ー逐条解説 改正不正競争防止法ー」かと思います。1990年(平成2年)から不正競争防止法において営業秘密の民事的保護が規定されましたのでは、この書籍は、営業秘密の立法者の考えそのものとも言えるかと思います。

まず、本書の87ページの”一「保有者ヨリ示サレタル営業秘密」”には「本号は本源的保有者から営業秘密を示された者の不正行為を規定したものであり、本源的保有者自身の行為は本号の対象とはならない。」とし、「例えば企業に所属する従業員が職務上営業秘密を開発した場合に、当該営業秘密の本源的保有者は企業と従業員のいずれにかるのか、即ちいずれに帰属するのかという点が問題となる。」とのように帰属について問題提起しています。

そして、これに対して本書では「個々の営業秘密の性格、当該営業秘密の作成に際しての発案者や従業員の貢献度等、作成がなされる状況に応じてその帰属を判断することになるものと考えられる。」とし、下記のように例示しています。

「例えば企業Aで働く従業員Bが自ら営業秘密を開発しそれがBに帰属する場合にはAから示された営業秘密ではないため、Bが転職して競業企業Cにおいて当該営業秘密を使用したり開示したりする場合であっても、本号に掲げる不正行為には該当しない。・・・契約によってBからAに帰属を移した営業秘密をBが転職して競業企業Cにおいて利用したり開示したりする行為は、本号の適用を受けないとしても債務不履行責任を負うことは当然である。」(下線は筆者による。)

すなわち、本書では、営業秘密が従業員Bに帰属する場合には当該営業秘密を他社等に開示しても不競法2条1項7号違反にはならない、一方で、帰属を企業に移していたら債務不履行となる、と解釈しているようです。

なお、本書の93ページの注意書き(4)には「営業秘密の帰属については、①企画、発案したのは誰か、②営業秘密作成の際の資金、資材の提供者は誰か、③営業秘密作成の際の当該従業員の貢献度等の要因を勘案しながら、判断することが適切であると考えられる。」とありますが、具体的にこれらの要因をどのように勘案するかの記載はありません。


次に、挙げる書籍は、1991年発行の通商産業省知的財産政策室監 「営業秘密ガイドライン」です。これは、上記「逐条解説」から1年後に発行されています。
この27ページには、質問事例として「得意先を開拓した営業担当者が転職した後に前のお客のところへ営業に行ってもよいか」というものがあげられており、これに対して下記のように回答されています。
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もし、あなたの顧客開拓が前の会社の具体的な指示で、担当範囲を決めて行われたようなものであるならば、その顧客のリストは、会社のものとなり、会社から「示された」営業秘密になるかもしれません。この場合は、そのリストを会社が秘密として管理していれば、本法の対象となるかもしれせん。
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また、本書の69、70、83、84ページには、「逐条解説」と同様に帰属が問題となることが記載されると共に、その判断として「逐条解説」の93ページの注意書きにある3つの要因があげられているものの、「逐条解説」に記載されていたような、営業秘密が従業員に帰属する場合の事例の記載はありません。
すなわち、「ガイドライン」では「逐条解説」に比べて、営業秘密が従業員帰属となる可能性についてトーンダウンしているようにも思えます。

さらに、近年になって公表された経済産業省経済産業政策局 知的財産政策室 編著の発行2003年1月30日(2011年12月1日改訂)「営業秘密管理指針」(旧営業秘密管理指針)の15ページには、以下のようにあります。


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営業秘密の管理主体は、事業者であることが前提である(第2 条第1 項第7 号)ため、その情報の創作者が誰であるかを問わず、事業者が当該情報を秘密として管理している場合には「営業秘密」になる可能性がある。
・・・
c) 従業者等が、在職中に創作した情報であっても、その情報を事業者が営業秘密として管理している場合には、その不正な使用行為又は開示行為は処罰や差止めの対象となり得る
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上記c)は、逐条解説に記載されていたような、営業秘密が従業員帰属となる可能性を真っ向から否定すると思われる解説です。

そして、平成27年1月28日発行(最終改訂:平成31年1月23日) の「営業秘密管理指針」には、営業秘密の帰属についての記載がなくなりました。なお、経済産業省経済産業政策局 知的財産政策室 編著 第3版 2018年9月1日 「秘密情報の保護ハンドブック ~企業価値向上に向けて~ 」にも営業秘密の帰属に関する解説はないようです。

このように、営業秘密の帰属に関する行政の考えは、以下のように変化しています。

1.営業秘密の帰属の問題提起:発明は従業員帰属とする説
2.営業秘密の帰属の問題提起をしつつ、発明を従業員帰属とする説はなくなり、従業員が作成した顧客リストであってもそれを会社帰属とする説
3.営業秘密の帰属の問題提起もなく、営業秘密は会社帰属とする説
4.営業秘密の帰属について解説なし

このように行政の考えは変化しており、営業秘密の帰属について一貫した考えは示されていません。


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年12月20日金曜日

工場見学と営業秘密における非公知性喪失について

取引会社の社員や消費者を対象に工場見学を行う企業もあるかと思います。
工場内で営業秘密に係る技術を実施していた場合に工場見学が行われると、当該技術の非公知性は失われるのでしょうか?

このような場合の参考になる裁判例が、フッ素樹脂ライニング事件 (大阪地裁平成10年12月22日判決 平成五年(ワ)第八三一四号)です。

この事件は、フッ素樹脂シートライニングを行うためのホットガンのノズルの形状が営業秘密(本件ノウハウ)であると原告が主張しているものです。被告は原告の元従業員等であり、原告企業を貸借後に同業他社である被告企業を設立したり、当該被告企業に就職しています。

そして、被告らは、原告においてはノズルを作業員各自が管理し、作業が終了していても特に定められた保管場所に収納していたわけではなく、しかも、当該ノズルを使用して原告工場内あるいは納品先で作業をする際、工場見学者や納品先社員が作業を見学し、ノズルを間近に見たりすることもできたと主張し、本件ノウハウの非公知性を否定しています。

しかしながら、裁判所は以下のように判断して、本件ノウハウの非公知性を認めています。
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原告はノズルの保管ロッカーを定めていたし、溶接作業を原告工場の見学者や納品先の社員に見せていたとしても、ノズル自体さほど大きいものではないのであるから、これら部外者においては、市販品を加工していること自体は理解できても、具体的にどの部分にどのような加工をしたかを知ることは困難であったと推認される。
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要するに、工場見学が行われたとしても、見学者が具体的に知ることができないノウハウ(情報)は非公知性は保たれていると判断されるかと思います。

一方で、生春巻き製造機事件(知財高裁平成30年11月2日判決平成30年(ネ)第1317号 大阪地裁平成30年4月24日判決平成29年(ワ)第1443号)のように、工場見学において製造方法を説明したり、写真撮影を許可した挙句に、見学者との間で秘密保持契約を結ばない場合には、当然、工場見学で積極的に公開したノウハウは非公知性を喪失することとなります。

フッ素樹脂ライニング事件で判示されているように、工場見学により必ずしも営業秘密でいうところの非公知性を失わないとしても、やはり、部外者に対して何を開示するかは慎重になるべきでしょう。
多くの企業が工場見学に対する対応は行っているかと思いますが、必要に応じて、見学者に見せない場所や工程を定めたり、秘密保持契約(誓約)にサインを求めたりすることは当然行うべきです。


ちなみに、特許法における新規性が喪失する場合には公然実施をされた発明が含まれます(特許法29条1項2号)。
ここで、公然実施について審査基準には下記のようにあります。

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「公然実施をされた発明」とは、その内容が公然知られる状況(注 1)又は公然知られるおそれのある状況 (注 2)で実施をされた発明を意味する(注 3)。
(注 1)「公然知られる状況」とは、例えば、工場であるものの製造状況を不特定の者に見学させた場合において、その製造状況を見れば当業者がその発明の内容を容易に知ることができるような状況をいう。
(注 2)「公然知られるおそれのある状況」とは、例えば、工場であるものの製造状況を不特定の者に見学させた場合において、その製造状況を見た場合に製造工程の一部については装置の外部を見てもその内容を知ることができないものであり、しかも、その部分を知らなければその発明全体を知ることはできない状況で、見学者がその装置の内部を見ること、又は内部について工場の人に説明してもらうことが可能な状況(工場で拒否しない)をいう。
 (注 3)その発明が実施をされたことにより公然知られた事実がある場合は、第29条第1項第1号の「公然知られた発明」に該当するから、同第2号の規定は発明が実施をされたことにより公然知られた事実が認められない場合でも、その実施が公然なされた場合を規定していると解される。
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この審査基準の記載を参照すると、工場見学において特許法の新規性が喪失する場合と、工場見学において営業秘密の非公知性が喪失する場合とでは、特許法の新規性喪失の方がより厳しい判断基準(上記(注2))となっているように思えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信