2020年7月17日金曜日

ソフトバンクスパイ事件の判決

先週、ソフトバンクスパイ事件(刑事事件)の一審判決が言い渡されました。
犯人である元従業員は懲役2年、執行猶予4年、罰金100万円となりました。
控訴する可能性もあるでしょうが、もし控訴しても判決は大きく変わらないと思います。

ところで、この判決は、過去の刑事事件の判決と比べても、重くもなく軽くもなく、というところでしょうか。
報道等の扱いは、ロシアの元外交官が関与しており、まさにスパイ事件の様相を有する特殊性から他の営業秘密事件に比べても多かった事件ですが、例えば、同様に報道が多かったベネッセ個人情報流出事件に比べると軽い判決かと思います。
この違いは、やはり持ち出された営業秘密の内容によるものでしょう。
ソフトバンクスパイ事件では、通信設備に関する情報が持ち出されているものの、おそらく、ソフトバンクは実質的な損害を受けていないのではないでしょうか。一方で、ベネッセの事件では、その対応費用も含めてベネッセの収益に大きな影響を与えました。



なお、今回の事件では、営業秘密の持ち出し方法についても裁判で明らかになったようです。
その持ち出し方法とは、営業秘密を表示させたモニタをデジタルカメラで撮影するという方法のようです。確かに、この方法では、当該情報をUSBに出力したり、印刷、又はメール送信ということはないので、アクセスログしか残りません。このため、営業秘密の持ち出しが発覚し難いこととなるでしょう。

また、元従業員は報酬として1回あたり20万円を受け取っていたようです。
この元従業員は、在職中はモバイルIT推進本部の統括部長という地位にあったことを鑑みると、全く割に合わない行為だったことは明らかでしょう。

さらに、この事件の特徴は、営業秘密を受け取った人物は特定されているものの、在日ロシア通商代表部の元外交官であり、この人物は既に出国し、再入国することもないであろうことから、不起訴となっている点でしょう。
営業秘密は外国人の手に渡ることも多々あるかと思いますが、その場合、犯人の逮捕には限界があり、かつ、持ち出された情報が他国で開示、使用される場合にはそれを止める手立てが実質的に存在しません。
このことは、企業として十分に認識するべきではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年7月3日金曜日

知的財産で社会貢献 新型コロナウイルスのまん延終結に向けて

知的財産に関する新型コロナウイルス感染症対策支援宣言」に関連した話題です。


昨日、キャノンが自社で使用するために開発したファン付きバイザーを発表しました。


このファン付きバイザーに関して「キヤノンが発起人として参画する「COVID対策支援宣言書」の対象となります。」とあります。
すなわち、キャノンから発表されたファン付きバイザーと全く同じものを、新型コロナウイルス感染症のまん延終結を目的として製造・販売しても、キャノンはその行為に対して権利行使を行わない、ということになります。

これは、面白い取り組みだと思いました。
「COVID対策支援宣言」に参画する企業は増えていますが、果たして、これを利用して製品の製造・販売等を行う企業がどのくらいあるのか私は少々懐疑的でした。
その理由の一つが、「新型コロナウイルス感染症のまん延終結を唯一の目的とした行為」の範囲が非常に狭い範囲であると捉えられかねないと感じたからです。

「新型コロナウイルス感染症のまん延終結を唯一の目的とした行為」との制限は、裏を返すと「新型コロナウイルス感染症のまん延終結」とは関連しない場合には、権利者から権利行使される可能性があるということです。
例えば、マスクはどうでしょう。マスクは、「新型コロナウイルス感染症のまん延終結」に寄与するでしょうが、例えば他の感染症を防ぐ目的でも着用されますし、花粉症の人も着用します。そうすると、マスクの製造販売は、「新型コロナウイルス感染症のまん延終結を唯一の目的とした行為」には含まれないようにも思えます(実際は現況を鑑みるとマスクの製造販売は唯一の目的に含まれると思いますが)。
また、肺の画像診断はどうでしょう。これも、「新型コロナウイルス感染症のまん延終結」に寄与するでしょうが、例えば肺がん検査等他の疾病の検査にも使用できる可能性が考えられます。そうすると、肺の画像診断に用いる製品の製造販売は、「新型コロナウイルス感染症のまん延終結を唯一の目的とした行為」には含まれないようにも思えます。
このように考えると「新型コロナウイルス感染症のまん延終結を唯一の目的とした行為」を確実に満たす行為は、新型コロナウイルスのワクチンや治療薬のみと解釈され得るかもしれません。


このように、「新型コロナウイルス感染症のまん延終結を唯一の目的とした行為」の解釈にリスクを伴うと考える企業は、この宣言を行った企業の権利を使用することを躊躇すると思います。
一方、今回のキャノンの発表はこのようなリスクを気にかける必要がなくなるでしょう。
このキャノンが発表したファン付きバイザーと全く同じものを製造販売してもキャノンから権利侵害を問われる可能性が相当低いと思われるからです。

このようなキャノンの行為を鑑みると、宣言を行た企業は、自社で開発した「新型コロナウイルス」対策の装置や方法等を公開し、宣言していることを担保として第三者に対して権利行使を行わないことを明確にすることで、より「新型コロナウイルス感染症のまん延終結」に寄与できるのではないかと思います。

そしてこのような行為は、まさに知的財産を用いた企業による社会貢献とも言え、企業イメージのアップにも繋がるとも思えます。
従来から企業による社会貢献は行われてきましたが、企業の社会貢献と知的財産はリンクして考えられなかったと思います。しかしながら、「知的財産に関する新型コロナウイルス感染症対策支援宣言」はまさに知的財産と社会貢献とをリンクさせたものでしょう。

さらに「新型コロナウイルス感染症のまん延終結」に限らず、企業は衛生面を考慮した技術開発を数多く行っており、その中には、自社の利益には直結しない技術開発もあるでしょう。例えば、食品製造業における自社の工場内の衛生状態を良好とするためのシステムもそうです。このようなシステムも特許権が取得されている場合があるものの、このシステムを他社に販売等せずに自社の工場でしか使用せず、休眠状態の場合も多いでしょう。
このような特許も積極的に権利不行使宣言を行うことで、自由に他社が使用し、社会全体としての衛生状態の向上に寄与し、社会貢献に繋がるでしょう。また、特許出願していない上記のような自社開発技術を公開し、他社による自由な使用を促してもいいでしょう。
今回のキャノンのファン付きバイザーも自社の従業員が使用することを目的としたものであり、他社がそれを製造販売してもキャノンの利益を損なうものではなく、これが広く使用されると、「新型コロナウイルス感染症のまん延終結」に寄与することになります。

もしかすると、キャノンの今回の発表に感化されて、同様に技術を開示する企業が続くかもしれません。そうすると、社会貢献による企業のイメージアップに知的財産を使用するという知財戦略もあり得ると考えます。

7月13日追記
三井住友建設が自社で開発した飛沫抑制と熱中症対策のためのフェイスカバリングを公開しました。
今後、新型コロナウィルス感染症防止を目的として、自社開発の技術を積極的に公開する流れが生じることが考えられます。

7月20日追記
ワキプリントピアが日産自動車監修によるライセンス商品として「歴代GT-R抗菌マスクケース」および「NISSANパイクカー抗菌マスクケース」を発売。日産による「知的財産に関する新型コロナウイルス感染症対策支援宣言」に基づく、ライセンス商品。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年6月25日木曜日

特許庁発表の「経営戦略を成功に導く知財戦略【実践事例集】」

先日、特許庁から「経営戦略を成功に導く知財戦略【実践事例集】」が発表されました。
200ページ近い中々のボリュームで、国内外の大手企業の知財戦略が紹介されています。

その中で、当然、営業秘密やノウハウに触れた内容もあります。
医薬品等のメーカーであるSanofi S.A.では、特許出願による公知化リスクを強く意識しており、特に製造工程に関わる発明の営業秘密化の判断を積極的に行っているようです。
さらに医薬品の製造工程は、その認可機関への申請時に書類として記載・提出されるために秘匿性が失われるので、どの時点まで秘匿化するのか、どの時点で特許出願するのかも協議しています。
特に、特許出願の時期については、早すぎると製品化後の存続期間が短くなるため、投資回収が十分にできないという状況になってしまうために、特許出願を急ぎすぎないようにしているとのこと。当然、この特許出願を行うまでは、その発明は営業秘密として扱われるのでしょう。

まさに、このような知財戦略は、発明の秘匿化と特許化とを意識した教科書的な手法と言えるでしょう。しかしながら、ここまで秘匿化と特許化とを意識している企業は、製薬メーカー以外には多くないのかもしれません。

また、ブリヂストンでは、バリューチェーンで蓄積されているナリッジやノウハウを抽出して、開示リスト等で可視化しているようです。
これは、なかなか大変なことであろうと思います。
私は、特許出願のメリットの一つに、その管理のし易さがあると思っています。すなわち、J-Platpatによって特許出願を行政が管理してくれいているというメリットです。これにより、たとえ、自社での特許の管理体制が甘くても、自社がどのような発明を特許出願しているのかインターネットで分かり、そのステイタスもほぼリアルタイムで分かります。さらに、自社の外国出願ですらEspacenetで分かってしまいます。

一方、ノウハウ管理は、なかなか大変だと思います。当たり前ですが、行政がノウハウ管理してくれるわけもなく、自社で管理しなければなりません。そして、企業規模が大きくなればなるほど、ノウハウの量も多くなり、それを分類し、アクセス権限も設定し、システム上で閲覧可能とすることは手間と資金を必要とするでしょう。
発明(技術)の営業秘密化は、特許出願よりもコスト削減につながるというような話も聞きますが私は決してそんなことはなく、企業規模が大きくなるほど、システム構築等の手間と費用を考慮すると、営業秘密化の方がコストを要するのではないかとさえ思います。


また、本田技研は、ノウハウの技術流出を防止するために、知財部門がノウハウ管理を行っているようです。これは、ライセンスを意識してとのこと。
実は、知財部門がノウハウを管理している企業は多くないように思います。では、どこでノウハウを管理しているかというと、例えば技術開発部等という企業も多いのではないでしょうか。
そして、知財部では技術開発部が一体どのようなノウハウを秘密として管理しているのかを把握していないという企業もあるかと思います。企業規模が大きくなると、異なる技術開発部で同様の研究開発を行っている場合もあります。そのような場合に、技術開発部ごとにノウハウ管理をし、それを知財部が把握していないと、同様の技術についてある技術開発部では秘匿化している一方、他の技術開発部では特許化すなわち公知化しているという事態に陥りかねません。
そのような事態を避けるためにも、やはり秘匿化するノウハウは技術開発部で管理すると共に知財部でも集約して管理することがベストでしょう。

このように、この事例集はいろいろ参考になることが多く書かれていると思います。
最近、特許化と秘匿化との両輪による知財戦略(知財戦術)はどのようなものか?と考えていたりもするので、しっかり読み込んでみたいですね。

弁理士による営業秘密関連情報の発信