2020年10月25日日曜日

情報の集合体に対する有用性判断

既知の情報は、営業秘密で言うところの非公知性を喪失しているため、営業秘密としては認められません。
一方で、既知の情報であってもそれが多数の集合体であれば、その集合体には非公知性と共に有用性が認められ営業秘密としての保護を受けられる可能性が有ります。その典型例が顧客情報でしょう。

しかしながら、分類、区別、加工等が行われていない単なる情報の集合体に対しては、営業秘密で言うところの有用性が認められない可能性が有ります。
例えば、東京地裁平成27年10月22日判決(平26(ワ)6372号)では、名刺帳の営業秘密性について、裁判所は以下のように判断しています。なお、本事件では、原告会社の元従業員が被告であり、この名刺帳を不正に持ち出したと原告会社は主張しています。

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本件名刺帳に収納された2639枚の名刺を集合体としてみた場合には非公知性を認める余地があるとしても,本件名刺帳は,上記認定事実によれば,被告Aが入手した名刺を会社別に分類して収納したにとどまるのであって,当該会社と原告の間の取引の有無による区別もなく,取引内容ないし今後の取引見込み等に関する記載もなく,また,古い名刺も含まれ,情報の更新もされていないものと解される(甲16参照)。これに加え,原告においては顧客リストが本件名刺帳とは別途作成されていたというのであるから,原告がその事業活動に有用な顧客に関する営業上の情報として管理していたのは上記顧客リストであったというべきである。そうすると,名刺帳について顧客名簿に類するような有用性を認め得る場合があるとしても,本件名刺帳については,有用性があると認めることはできない。
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このように裁判所は、情報の集合体には非公知性が認められるとしても、事業活動に利用可能な程度まで名刺を区別していたり、情報の追加や更新等がなされていなければ、有用性は認められないと判断しているようです。
一方で、原告会社が別途作成及び管理していた顧客リストについては、その有用性を認めていますが、被告はこの顧客リストは持ち出しておりません。


ちなみに、名刺そのものは一般的に入手が難しいものであり、そのものが非公知性を有しているとも考えられます。しかしながら、この裁判例では名刺の営業秘密性についても以下のように判断し、その営業秘密性を否定しています。

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原告は,本件名刺帳に収納された名刺に記載された情報が原告の営業秘密に当たる旨主張するが,名刺は他人に対して氏名,会社名,所属部署,連絡先等を知らせることを目的として交付されるものであるから,その性質上,これに記載された情報が非公知であると認めることはできない。
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以上のように、単なる情報の集合体であって、そのままでは利用価値がないようなものは、営業秘密としての有用性が認められない可能性が有ります。

では、技術情報でもある実験結果の生データはどうなるのでしょうか?
一般的に生データを処理することで実験結果が判断されます。すなわち、生データそのものだけでは、例えば不要なデータが含まれている等して実験結果を判断することができない場合があり、事業活動に有用とは言えないかもしれません。
また、ビッグデータと呼ばれる情報はどうなのでしょうか?
たとえば、多数の自動車の走行履歴は、それから分類や区別等の処理が行われることで、事業活動に有用なデータが抽出されるものでしょう。

このように、多数の情報の集合体であっても、処理(加工)後では事業活動に有用と判断されても、処理(加工)前では事業に有用でないと判断されてしまう余地があるようにも思えます。
しかしながら、処理(加工)前の情報の集合体であれば、それを処理(加工)することで有用な情報にすることができます。そうであれば、情報の集合体であって非公知であれば、その有用性が認められてもよい気がします。

結局、当該情報の集合体がどのようなものなのか、どのような利用価値があるのかによって、すなわちケースバイケースで判断が変わるとは思いますが、今後、このようなことが争われる可能性もあるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年10月19日月曜日

刑事事件:導電性微粒子情報流出事件

先週報道された積水化学工業の元従業員が営業秘密(スマートフォンのタッチパネルに用いられる導電性微粒子の製造工程に関する技術情報)を中国企業に流出させ刑事告訴された事件についてです。

この事件で話題になったことは、元従業員が積水化学に在職中にSNSを通じて中国企業と通じ、情報を流出させていたということです。ちなみに、このSNSはLinkedInとのことです(SankeiBiz 迫る中国の産業スパイ 手段は多様化、取引先装いSNSで接触か)。
また、元従業員は、情報流出が発覚した後に解雇されており、中国企業(営業秘密の柳州先企業であるかは不明)に転職したようです。

上記報道によると「元社員も「潮社側から何か情報を引き出せないか」などと考えて、」とあり、また、NHKの報道(情報漏えい疑いで書類送検)によると「自分の研究が評価されていなかった。情報を渡す代わりに中国の会社の情報を入手して新たな製品を開発し、上司や会社を見返したかった」と供述しているようです。
このように元従業員は、営業秘密を中国企業へ提供する替わりに、この中国企業が有する情報を取得することが目的だったようです。

この目的は、2重の危険性を有しています。一つは、自社の営業秘密を他社に流出させることであり、もう一つは、他社の営業秘密を自社に流入させることです。
今回の事件は、元従業員は中国企業から情報を取得することはできなかったようですが、もし、元従業員が中国企業から情報を取得し、それを積水化学内で使用等していたら面倒なことになったかもしれません。

もし、このようなことが起きると、積水化学自体が不正競争防止法2条1項8号又は9号違反となる可能性が有るからです。2条1項8号又は9号は、他社の営業秘密について不正開示行為があったことを知って又は重大な過失により知らないで使用等する行為であり、主に営業秘密が流入した企業等がその対象となります。


しばらく前は、他社が保有する情報を取得することは”良し”とされていたかもしれません。
実際、不正競争防止法で営業秘密侵害が規定されたのは、平成2年であり、このときは刑事罰は導入されていません。刑事罰が規定されたのはさらに近年の平成15年です。
このため、営業秘密の侵害によって刑事罰を受ける可能性を認識していない会社員も多くいるでしょう。もし、そのような人が上司であったら、未だに他社の営業秘密を取得することを“良し”と考え、そのような指示を部下に与えている人がいるかもしれません。

しかしながら、他社の営業秘密を取得し、それを自社で開示や使用することは営業秘密侵害となるため、結果的に自社に損害を与える可能性が有ります。
このような事実を企業も従業員も認識し、誤った行動をとらないようにしなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年10月11日日曜日

秘密保持契約を締結して営業秘密を開示する場合

昨日は無事、大阪発明協会主催の研修「技術情報を営業秘密として守るための 実務と事例研究」を終えることができました。
参加してくださった皆様ありがとうございました。

この研修でも説明したのですが、秘密保持契約を締結して秘匿化情報を取引先に開示したものの、裁判所においてこの秘匿化情報は営業秘密ではないと判断された裁判例がいくつかあります。

参考ブログ:

昨今、オープンイノベーションの広がりもあり、秘密保持契約の重要性はますます高まるでしょう。
そして、秘密保持契約を締結して秘匿化情報を開示することは、相手方が当該情報を目的外使用等した場合に不正競争防止法違反と秘密保持義務違反の2つで責任を負わせることができます。

すなわち、秘匿化情報が営業秘密と認められれば、相手方は不競法違反と共に秘密保持義務違反となり、たとえ、秘匿化情報が営業秘密と認められなくても、秘密保持義務違反となる可能性が有ります。
ここで、「可能性が有る」としている理由は、当該秘匿化情報が営業秘密と認められない場合には同時に当該秘匿化情報が秘密保持義務の対象ではないとして秘密保持義務違反にもならない場合が有るためです。



具体的には、秘匿化情報がすでに公知の情報となっていた場合です。例えば、秘密保持契約を締結して開示した秘匿化情報を使用した製品が販売され、この製品をリバースエンジニアリングすることで当該秘匿化情報が公知となった場合や、秘密保持契約を締結する前に既に秘匿化情報が公知となっている場合です。
一般的な秘密保持契約では、例外規定として、公知となった情報等は秘密保持義務の対象としないことが規定されていますので、上記のような秘匿化情報は公知であるため秘密保持の対象とはみなされないことになります。

従って、秘密保持契約を締結して秘匿化情報を相手方に開示する場合には、当該秘匿化情報が真に営業秘密足り得るか否かを正しく判断する必要があります。この判断を間違えると、相手方との間で不要な争いが生じる可能性が有ります。

しかしながら、自社製品のリバースエンジニアリングによって公知となる可能性が有る場合には、当該自社製品のリバースエンジニアリングを禁止する等を含む守秘義務契約を製品の販売先と締結することで非公知性を保つことができるかもしれません。このような守秘義務契約は、当該製品の販売先がが不特定の消費者である場合には難しいでしょうが、販売先が限られた企業等であれば可能かと思います。

例えば、攪拌造粒装置事件(大阪地裁平成24年12月6日判決 平成23年(ワ)第2283号)では、原告製品がリバースエンジニアリング可能であるとして、原告主張のノウハウの非公知性は喪失していると裁判所は判断しています。
その理由として「原告主張ノウハウは,いずれも原告製品の形状・寸法・構造に関する事項で,原告製品の現物から実測可能なものばかりである。そして,原告製品は,被告がフロイントから攪拌造粒機の製造委託を受けたときよりも前から,顧客に特段の守秘義務を課すことなく,長期間にわたって販売されており,さらには中古市場でも流通している。」や「原告主張ノウハウは,いずれも原告製品の形状・寸法・構造に帰するものばかりであり,それらを知るために特別の技術等が必要とされるわけでもないのであるから,原告製品が守秘義務を課すことなく顧客に販売され,市場に流通したことをもって,公知になったと見るほかない。」とのように、「顧客に守秘義務を課すことなく製品を販売」していることを挙げています。
とすれば、「顧客に守秘義務を課して製品を販売」した場合には、たとえ製品をリバースエンジニアリングすることでノウハウを知り得るとしても、営業秘密で言うところの非公知性は保たれていると判断される可能性が有るかと思います。

以上のように、秘密保持契約を締結したからといって安心できるものではありません。秘密保持の対象としたつもりの情報が真にその対象となり得るのかを、契約締結前に十分に検討する必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信