2021年3月14日日曜日

営業秘密侵害における民事訴訟の損害賠償額

営業秘密を侵害した個人は、刑事責任や民事責任を負うことになります。
刑事責任は、侵害者が刑事罰を受けることになります。
下記が過去にあった刑事罰の一例です。
営業秘密の侵害では、そのほとんどの懲役刑に執行猶予がついています。
しかしながら、中には執行猶予がない懲役刑が課される場合もあります。


上記のように刑事責任は懲役刑や罰金刑が課される可能性が有ります。
一方、民事責任はどのようなものでしょうか?
民事責任は、当該侵害によって営業秘密の保有者(保有企業)に与えた損害の賠償や、持ち出した営業秘密の使用又は開示をしてはならないという差し止め、持ち出した営業秘密の廃棄等です。このうち、個人が現実に負うものは損害賠償でしょう。

では、損害賠償はどのくらいになる場合があるのでしょうか?
それはケースバイケースですが、中には相当高額になる場合もあります。
その理由は、営業秘密が不正使用されたことにより、当該営業秘密の保有企業が受ける損害が莫大なものになる場合があるからです。
以下に、個人が負った損害額のいくつかを紹介します。

(1)500万円 
アルミナ繊維事件
大阪地裁平成29年10月19日判決(平成27年(ワ)第4169号)

本事件は、原告企業の元従業員であった被告が原告企業の営業秘密であるアルミナ繊維に関する技術情報等を持ち出し、これを転職先の競業会社で開示又は使用するおそれがあるとして原告企業が訴訟を提起したものです。
本事件では、原告企業は営業秘密の使用等による損害を主張していませんが、弁護士費用等として1200万円を損害額として主張し、このうち500万円の損害が認められました。


(2)1815万円(被告会社と被告個人とでの連帯)
リフォーム事業情報流出事件
大阪地裁令和2年10月1日判決(平成28年(ワ)4029号)

本事件は、家電小売り業の原告の元従業員(被告個人)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である被告会社へ持ち出したというものです。
損害額の内訳は、営業秘密の使用が1500万円、本事件に関する調査に関する外部委託費用が150万円、弁護士費用が165万円、合計で1815万円です。被告会社と被告個人との連帯で支払い義務がありますので、半額ずつ支払うのでしょうか。
なお、本事件は元従業員に対して刑事告訴もされており、この被告個人は上記一覧表のように有罪判決(懲役2年 執行猶予3年 罰金100万円)となっています。また、被告個人は刑事事件の起訴時において無職となっており、起訴時には既に被告会社には在籍していなかったようです。


(3)2239万6000円 
生産菌製造ノウハウ事件
東京地裁平成22年4月28日判決(平成18年(ワ)第29160号)

本事件は、原告が保有する営業秘密である本件生産菌(コエンザイムQ10)を被告が退職時に持ち出したというものです。なお、被告は、原告企業を退職後に、被告企業(被告が設立)の代表取締役となっています。
上記金額は、原告企業の就業規則に「会社は,退職者が在職中に行った背信行為が発覚した場合,あるいは退職者が退職後に会社の機密漏洩等の背信行為を行った場合,すでに支給した退職金・退職年金を返還させ,以後の退職年金の不支給または減額の措置をとることができる。」と規定されていることを根拠としています。
すなわち、被告による営業秘密の持ち出し等が原告に対する背信行為であり、退職金の一部の返還義務があるとされました。
そして、原告は、被告に対して退職金として2495万1148円(原告拠出分2239万6000円及び被告C積立分255万5148円)を支給したことから、被告は、原告拠出分2239万6000円の返還義務が生じ、退職金のほとんどを失うことになりました。


(4)10億2300万円 新日鉄営業秘密流出事件
知財高裁令和2年1月31日判決(令和元年(ネ)10044号)

本事件は、新日鉄が保有する電磁鋼板の技術情報を韓国のPOSCOに不正に開示したとして、新日鉄の元従業員に対して新日鉄が民事訴訟を提起したものです。
本事件に関連して新日鉄とPOSCOとの間で和解が成立しており、和解金が300億円とも言われています。この和解金からして、新日鉄が負った損害は莫大な金額であったのでしょう。
当然、その責任は営業秘密を持ち出した個人にもあります。電磁鋼板の営業秘密を持ち出した元従業員は複数いたようであり、その多くは新日鉄との間で和解を成立させて判決にまで至っていなかったようですが、本事件では判決にまで至り、地裁でも10億円、高裁でも10億円の損害額を被告個人が負うことになりました。

営業秘密の不正な持ち出しは、転職時や起業時に生じ易く、営業秘密の不正な持ち出しが違法であることを認識していないと行ってしまう可能性が有ります。
このため、営業秘密の不正な持ち出し、使用、開示は、上記のように刑事責任や民事責任を負う可能性が有ることを認識する必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年3月8日月曜日

ソフトバンク顧客情報流出事件

ソフトバンクの携帯電話販売代理店から顧客情報が流出し、この販売代理店の経営者が逮捕されたとの報道がありました。

・顧客情報漏洩の疑い、元ソフトバンク代理店社長を逮捕(朝日新聞)
・顧客情報不正持ち出し ソフトバンク元代理店経営者逮捕 ペイペイの不正引き出し事件に悪用か(産経新聞)
・顧客情報6千件複製疑い 元携帯販売会社の男逮捕(日本経済新聞)
・顧客情報6千件超複製疑い 元携帯販売会社の男逮捕(共同通信)
・ソフトバンク代理店元社長を逮捕 顧客情報持ち出し容疑(毎日新聞)

実際に持ち出しが行われた時期は2015年11月~18年2月(日本経済新聞)とあるので、楽天に技術情報が漏えいした時期とは異なり、さらにソフトバンクが被害者の立場なのですが、どうしてもソフトバンクから営業秘密が漏えいしたというあまりよくないと思える印象を与えます。

また、技術情報であれば被害者は漏えい元企業だけですが、顧客情報の漏えいとなればその顧客も被害者の立場となります。 今回の事件では、当該顧客情報が電子決済サービスであるPayPayやドコモ口座の不正引き出しに使用されていたようです。

そして、ソフトバンクによる管理体制はどのようになっていたのか?という疑問も一般的には生じるでしょう。
これに関して、営業秘密侵害で逮捕できたということは、秘密管理性、すなわち当該情報に対する秘密管理意思を容易に認識できるような態様で管理されていたということになります。すなわち、ソフトバンクは顧客情報を営業秘密として適切に秘密管理しており、容疑者は当該顧客情報が営業秘密であることを認識していたと思われます。


さらに「稲葉容疑者の会社はソフトバンクの2次代理店で、顧客が携帯電話を契約する際に個人情報を入力するタブレット端末から印字した書類を従業員らが複製や撮影していたという。調べに対して『法に触れるとは思わなかった。従業員が(営業に)使っていることは知っていたが指示はしていない』と供述している。(毎日新聞 2021/3/3)」ともあり、さらに、「ソフトバンクによると、不正取得されたのは15~18年に稲葉容疑者が関わった代理店で携帯電話サービスなどを契約した顧客の氏名や住所、生年月日、料金支払い用の口座番号など、業務システム以外で顧客情報を記録することは社内ルールで禁じていたが、順守されていなかった。(日本経済新聞 2021/3/3)」ともあります。

上記の報道では、容疑者の代理店では、ソフトバンクによる社内ルールを守るという意識は薄く、それゆえに営業秘密の不正な持ち出しが犯罪行為という認識が欠落していたのではないでしょうか。

では、ソフトバンクはどうすればよかったのでしょうか?
営業秘密の漏えいが犯罪行為であり、ソフトバンクの社内ルールを順守することを徹底的に教育することは当然ですが、そもそも2次代理店を使うということがどうなのでしょうか?

顧客情報というソフトバンクにとっても非常に重要な情報を2次代理店に開示していることがそもそも情報漏えい防止の視点からは適切でないとも思えます。
1次代理店ならまだしも、2次代理店等になるとソフトバンクの影響力が当然弱まるでしょう。そして、顧客情報を扱う代理店(人員)が多くなるほど漏えいリスクは当然高くなります。
さらに、今回の営業秘密漏えいを犯した容疑者は2次代理店の経営者本人です。営業秘密の開示先は信用できる人又は企業でなくてはなりません。にもかかわらず、どのような経緯で、そのような経営者と代理店契約を行い、顧客情報を開示したのか?

10年以上前は携帯電話の販売店から顧客情報が漏えいした事件は複数ありました。しかしながら、近年では携帯電話の販売店からの顧客情報の漏えい事件は報道がありません。実際本ブログでも2017年10月ごろから営業秘密に関する報道の記録を取っていますが、そこにも携帯電話の販売店からの顧客情報漏えいに関する事件はありません。


携帯電話の販売店からの顧客情報漏えい事件がなくなった理由は、徹底的な秘密管理の成果であると聞いています。例えば、店舗内で勤務中は私物の携帯電話の持ち込みは一切禁止であり、持ち込みが発覚すると持ち込んだ者は解雇する場合もあったようです。そのような厳しい態度により、代理店からの顧客情報の漏えい事件が減少したのでしょう。
そのような業界でありながら、なぜ再び代理店からの顧客情報の漏えい事件が起きてしまったのでしょうか?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2021年2月28日日曜日

「知的財産に関する新型コロナウイルス感染症対策支援宣言」のいま

知的財産関連のコロナ対策として「知的財産に関する新型コロナウイルス感染症対策支援宣言」があります。

今現在(2021/2/28)において、宣言者数(企業)は101に達し、対象特許数は927,897とのことです。
企業等が何時この宣言を行ったのかに興味が有ったので、これをグラフにしたものが下記です。
なお、この宣言には、権利不行使の範囲を制限することもできるので、制限なし(赤色)、制限あり(青色)で分けました。
制限なしで宣言を行った企業は50社であり、制限ありで宣言を行った企業は51社であるように、制限ありの方が多くなっています。

グラフから分かるように、宣言が始まった当初は制限なしで宣言を行う企業が多かったものの、日数が経つと制限ありを選択する企業が多くなり、最近では制限ありで宣言を行う企業しかありません。
なぜこのような傾向にあるのかは、それぞれの企業によって考え方等があるでしょうから何とも言えませんが、面白い傾向であるかと思います。


では、この宣言を行った企業の技術を他社が使った事例はあるのでしょうか。
私が知る限り、日産が宣言に基づいて他社に対して無償で利用許諾を行っています。

宣言に基づいて利用許諾したというニュースは、ライセンサーとライセンシーの二者による合意が必要でしょうから、実際には利用許諾したものの、一方が合意しなかったためにニュースになっていないものもあるかと思います。
また、許諾したものの、未だ製品化に至っていないためにニュースになっていないものもあるかと思います。

とはいえ、現に少なくとも1つはこの宣言に基づく無償許諾による製品化が行われたということは、この宣言の目的を少なからず果たしていると思います。
また、コロナウイルスの終息は未だ見えていない現状では、宣言に基づく利用許諾を希望する企業も増えるかもしれません。そうすると、この宣言の有効性がより明確になるかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信