2021年8月16日月曜日

特許の宣伝広告機能

製品の売り文句として、特許取得、特許出願中、実用新案登録、・・・とのようなものを度々見かけます。多くの人は漠然と”特許=何だかすごい”という印象を持っているので、特許取得といったことがやはり宣伝広告として一定の機能を有しているのでしょう。
しかしながら、このような売り文句が一体どの程度売り上げに貢献できているのかは特許業界からはさっぱりわかりません。

ここで、本ブログではアサヒビールの生ジョッキ缶に関して幾つか記事を書いており、このアクセス数が非常に多くなっています。しかも、知財戦略と題してることからも、専門的な記事であることが分かるにもかかわらずです。

このうち、特にアサヒビールの生ジョッキ缶から考える知財戦略(1)については、今まで書いた他の記事に対して圧倒的に多いアクセス数となっています。

下記はアサヒビールの生ジョッキ缶から考える知財戦略(1)のアクセス数のグラフです。そもそも、本ブログは、一日のアクセス数が平均すると数十程度ですので、一つの記事で一日のアクセス数が500近くになることは過去にありません。


なお、赤丸で示した部分は、生ジョッキ缶の販売休止や再販等の報道が行われたときであり、生ジョッキ缶の報道に合わせてこの記事へのアクセス数が増加していることがわかります。

この記事への流入元はグーグル等による検索からだと思われます。”生ジョッキ 特許”とのようなキーワードで検索するとトップの方に本記事が現れます。実際、この記事を書いた後から、グーグル検索からのアクセス数が増加しています。
すなわち、消費者の一部には、アサヒビールの生ジョッキ缶に特許技術が用いられているという印象が強く根付いているのではないでしょうか。そのうちの一部の人が販売停止や再販といってニュースに触れると、検索しているのだと思います。
この記事に多くのアクセスがあった理由は、アサヒビールが生ジョッキ缶の販売当初に特許出願していると説明し、このことを報じている報道がいくつもあったからだと思います。このため、消費者のうち、少なくない人たちが生ジョッキ缶の特許に興味を持ち、検索によりこの記事を目にしたのでしょう。
このことは、特許が生ジョッキ缶に対する宣伝広告機能を発揮したということになると思います。

では、どのような商品でも”特許”が宣伝広告機能を発揮できるのでしょうか?
必ずしもそうではなく、生ジョッキ缶という商品と特許という宣伝文句は親和性が高く、特許が宣伝広告機能を発揮し易かったのではないでしょうか。
その理由は、生ジョッキ缶が缶ビールでありながら今までにないような泡立ちを生じさせるという、見た目に強いインパクトを与える商品であり、これを生じさせるためには何らかの技術的な背景があることを誰もが容易に想起できるためでしょう。
そのような商品に”特許”という技術的要素を感じさせるキーワードが与えられると、消費者は生ジョッキ缶という商品に対する興味がさらに引き立てられるのではないでしょうか?
このように、商品の特徴の見た目のインパクトとそれを実現させるための技術に特許が用いられる、という商品と特許との組み合わせが分かり易いと特許が宣伝広告機能を発揮し易いと思います。

さらに、知財に詳しくない人であっても、特許は独占的なものであり、他者がそれを使ってはいかないという認識を漠然とながら持っているでしょう。
そうすると今後、生ジョッキ缶と同様な商品を他社が販売すると、それはアサヒビールの模倣品であるという心象を持つ消費者も多く、そのような心象を消費者に持たれてしまうと、他社の製品の売り上げには影響がでるでしょう。その結果、アサヒビールの製品の売り上げは保たれるという構図ができるかもしれません。
このような消費者への心象形成が成功すると、特許というキーワードは、単なる宣伝広告機能以上の効果を与えることができるかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年8月9日月曜日

色々雑多に

今回は営業秘密について雑多に書こうかと思います。

(1)大阪発明協会での講演が終了しました。
8/6(金)に大阪発明協会での「技術情報を営業秘密として守るための事例研究と知財戦略」と題したオンラインによる講演を行いました。参加していただいた方々、3時間の長い時間でしたがありがとうございました。
大阪発明協会での講演は去年に引き続き2回目です。毎年このような機会を頂けることは非常にうれしいです。
今年は知財戦略カスケードダウンについてもお話しさせていただきました。来年はもしコロナが収束傾向にありオフラインでの公演が可能ならば、知財戦略に絡んだ課題・ディスカッションを参加者の方々に行ってもらえればと思っていたりもします。

(2)平成27年の法改正による追加された海外重罰の影響?
営業秘密に関する刑事事件について、もしかしたら厳罰化の傾向にあるのかもしれません。
営業秘密侵害事件のほとんどは、被告に対して執行猶予が付きます(営業秘密を用いた詐欺事件等は別ですが)。
しかしながら、下記表のように東芝半導体製造技術漏洩事件やベネッセ個人情報流出事件のように営業秘密保有企業の損害が莫大となった場合には執行猶予がつかない実刑判決となった例もあります。
ところが、富士精工営業秘密流出事件やNISSHAスマホ情報漏洩事件は、東芝やベネッセほどの損害が出ていないにも関わらず、執行猶予がつかない実刑判決となっています。この理由はもしかしたら、営業秘密の漏えい先が海外(中国)だからかもしれません。
平成27年の不正競争防止法改正では、海外へ営業秘密を漏えいした場合には罰金が三千万円以下(国内ならば二千万円)とする海外重罰の規定が新たに設けられました(法人は10億円)。下記表から分かるように、この三千万円や10億円といった高額な罰金となった例はありません。
一方で、平成27年以降、上述のように、海外へ営業秘密を漏えいさせた場合に執行猶予がつかない実刑判決となる例が2つほどあります。執行猶予が使いない判決が共に中国への流出であったことは偶然でしょうか?これは、海外重罰の規定が設けられた影響なのかもしれません。
ちなみに、8月18日には積水化学の元社員が中国企業に営業秘密を漏えいした事件の地裁判決が言い渡されます。検察は懲役2年を求刑していますが、果たして執行猶予は付くのでしょうか?


(3)営業秘密の民事訴訟で初めて最高裁まで争われた?
今まで、営業秘密の民事訴訟で最高裁まで争った裁判はなかったのですが、最近になって最高裁まで争った裁判「令和2年11月19日 最高裁第一小法廷 令2(オ)923号」がありました。なお、この判決は、上告棄却となっています。
この判決における営業秘密は技術情報であり、被告会社による営業秘密不正利用及び営業誹謗行為によって原告製品の売り上げ減少したとして、個人の被告と被告会社が連帯して3億2560万円の損害賠償が認定されています。
一審判決は本ブログでも紹介しています。

(4)データ管理の再委託先である中国企業からの情報漏えい
先日、村田製作所から委託を受けた日本IBMの再委託先の中国法人社員によって村田製作所の情報が持ち出されたとの報道がありました。このような懸念は以前からあり、それが現実のものとして表面化したということでしょう。

海外企業にデータ管理を委託又は再委託している企業も少なからずあることでしょう。そういった企業にとっては気になるニュースかと思います。
また、中国法人の社員が漏えいさせたようであり、おそらく情報漏えいは中国国内で行われたのでしょう。この事件について、村田製作所は刑事又は民事で事件化するとの報道は見受けられませんが、もし営業秘密侵害で事件化しようとしたら、日本の不競法は適用できず、中国の法律が適用されるのでしょう。
大企業にとっては海外で訴訟することはさほどハードルは高くないかもしれませんが、中小企業であったらどうでしょうか?費用対効果を考えると、難しいかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年8月1日日曜日

発明を営業秘密として特定する方法

発明を営業秘密とする場合には、当該発明の特定が必要です。例えば、図面やプログラムのソースコードは、多くはデジタルデータとして記述されているので、あらためて特定に関して意識する必要が無いかもしれません。
しかしながら、発明は技術思想であるため、何らかの形で第三者に理解できるように特定しないといけないでしょう。そもそも、発明を特定しないと秘密管理性、有用性、非公知性も客観的に判断することができません。なお、営業秘密が特定されていないとして棄却(原告敗訴)となった判例には例えば以下のようなものがあります(❝ ❞内は裁判所の判断です)。

(1)セルフィール事件 
  (大阪地裁令和2年3月26日判決 平30(ワ)6183号等)  
❝本件特許の特許公報記載のものを除くセルフィールの成分,成分の含有割合及びそのバランスであると主張するものの,その具体的内容は明らかにしない。この程度の特定では,当該情報の有用性その他「営業秘密」の要件の有無や,当該情報と原告が取得等したとされる情報との同一性等を判断することは不可能又は著しく困難である。❞
(2)小型USBフラッシュメモリ事件
  (知財高裁平成23年11月28日判決 平成23年(ネ)第10033号)
❝そうした寸法・形状での小型化を達成する部品配列・回路構成等との関係でもそれら各要素が両立する事実及びその方法を伝える情報として、全てが組み合わさった情報とはどのような情報なのか不明であり、営業秘密としての特定性を欠くといわざるを得ない。❞
(3)錫合金組成事件
  (大阪地裁平成28年7月21日判決 平成26年(ワ)第11151号等)
❝原告らは、本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても、特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから、本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし、その場合には、営業秘密として保護されるべきは製造方法であって、容易に分析できる合金組成ではないから、原告らの上記主張は採用できない(なお、前記のとおり原告らは、本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。❞
上記(1)、(2)の事件は、原告が営業秘密であると主張する技術情報が何であるかが特定されていないと裁判所に判断された事件です。
一方で(3)の事件は原告が主張する技術的な効果は、原告が主張する技術情報では得られない効果であり、当該効果を主張するのであれば異なる技術情報(製造方法)を営業秘密として特定するべきであったと裁判所に判断されたものです。すなわち、原告は営業秘密として主張する技術情報を間違っており、本来守るべき技術情報を適切に特定できなかったことを示しています。


では、どのような方法で営業秘密を特定することが好ましいのでしょうか?
不正競争防止法では、営業秘密の特定方法については言及されていません。基本的には第三者(従業員等)が営業秘密であることを認識できるように特定できれば、どのような方法で特定されてもよいと思います。

しかしながら、発明を特定するのであれば、特許でいうところの請求の範囲と同じような形態で特定することが好ましいでしょう。その理由は、現在に至るまで発明を客観的に理解する方法として膨大な知見が得られている方法であり、また、特許侵害の裁判においてもその解釈手法は確立されているためです。
❝そこで、秘密保持契約締結前に自社が保有していた秘密情報のうち特に重要なものだけでも秘密保持契約の別紙において明確に定めておくことが考えられる。 これにより、自社の重要な情報を確実に秘密情報として特定できるとともに、上記リスクを回避することができる。なお、秘密保持契約の別紙において定義をする際には、弁理士に対して、特許請求の範囲を記載する要領で作成を依頼することも考えられよう。
なお、特許請求の範囲と同様の形態で営業秘密とする発明を特定するのであれば、上位概念から下位概念へ段階的に発明を特定することになります。
段階的な発明の特定は、単に営業秘密を特定するだけでなく、発明の重要度を関連付けることができるでしょう。すなわち、上位概念よりも下位概念の方が発明としてより具体的、換言すると実際に製品化する形態に近くなり、第三者による模倣がより容易になるでしょう。
そうであれば、例えば下記のように、営業活動等において先方に開示可能なランク付けにそのまま適用できるかと思います。
・項目1(請求項1)は顧客候補には開示可能。
・項目2(請求項2)は秘密保持契約締結後に開示可能。
・項目3(請求項3)は顧客にも開示不可。
これにより、顧客に開示してもよい技術情報、顧客であっても開示してはいけない技術情報が明確になり、技術情報の不要な開示を防止できるかと思います。

以上のように、発明を営業秘密として特定するためには、特許請求の範囲と同様に特定することが最も好ましいと思います。また、このことを弁理士の業務として広めることによって、弁理士の仕事の幅が確実に広がることになるでしょう。そのためには、弁理士も営業秘密に浮いてより深い理解が必要かと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信