2022年1月4日火曜日

CPコードとQRコードから考える知財戦略(その1)

QRコードよりも前にCPコードという2次元コードが日本で開発され、これに関連する特許権も取得されていました。QRコードの特許出願は1994年ですが、CPコードは1987年です。CPコードの概要はウィキペディアに記載されており、QRコードと同様に四角形状の表示エリヤに白と黒との2値信号マークが記録されており、このCPコードを読取装置で読み取るものです。

参考

CPコードは、QRコードと同様にCPコードそのもの(識別コード紙)と読取装置(識別コード読取装置)の特許権が取得されています。おそらく、CPコードの基本特許は下記の2つかと思います。ちなみに、特許第2533439の識別コード紙は株式会社デンソーによって異議申立がされており、複数回の補正が行われて維持決定がされています。なお、CPコードに関すると思われる特許出願は、20年以上前に出願されており、それらの特許権は既に消滅しています。

<CPコード> 
【特許番号】第2533439号
【発明の名称】識別コ―ド紙
【分割の表示】特願昭62-173352の分割
【出願日】昭和62年(1987)7月11日
【請求項1】(訂正後)四角形状の表示エリヤに、N個(N≧8)の単位データエリアを形成し、各単位データエリアに2値信号マークを記録して表示エリヤ全体で2N個の情報を記録する識別コード紙において、
X軸基線と該X軸基線の一端である原点にその一端が連続するY軸基線とを設け、前記X軸基線と前記Y軸基線を二辺とする直角四辺形により前記表示エリヤの範囲を区画し、
前記表示エリヤの外側で、かつ前記原点の対角位置に所定の辺長さを有する直角四辺形状の補助マークを設けるとともに、前記X軸基線の他端に前記補助マークの辺に近似する長さの延長X軸基線を、前記Y軸基線の他端に前記補助マークの辺に近似する長さの延長Y軸基線をそれぞれ付加し、前記補助マークのそれぞれの辺と前記延長X軸基線および前記延長Y軸基線とによりその範囲が区画される補助表示エリヤを前記表示エリヤに隣接して設けたことを特徴とする識別コード紙。
<読取装置>
【公告番号】特公平8-21054
【発明の名称】識別コード読取装置
【出願日】昭和62年(1987)9月17日
【特許請求の範囲】
【請求項1】四角形状の表示エリヤを有し該表示エリヤが2n〔n≧4〕個に分割されて単位データエリヤが形成され該単位データエリヤに2値信号マークが記録されている識別コード紙を情報記録媒体として使用し、該識別コード紙に記録されている2値信号マークをセンサーで判読しマイコンで演算処理し出力装置で識別コードの内容を表示する識別コード読取装置において;
識別コード紙は、その四角形状の表示エリヤの隣接する二辺を特定するためのX軸基線とY軸基線とを有するものを使用し、
識別コード紙に記録されている前記X軸基線とY軸基線とを検出して表示エリヤの位置および範囲を決定して表示エリヤを特定するための、表示エリヤ決定手段11と、
前記表示エリヤ決定手段11により決定された表示エリヤを2n〔n≧4〕個に分割するための小区分決定手段12と;
各小区分に記録されている2値コードマークによる検出信号が設定値の範囲内で存在するか否かを判別する2値信号有無判別手段14と;
を含むことを特徴とする識別コード読取装置。

CPコードの特許出願人は主に帝菱産業株式会社(その後倒産)であり、発明者である吉田博一氏が設立した日本IDテック株式会社(その後倒産)が事業展開していたようです。なお、帝菱産業株式会社が倒産後には、株式会社システムステージが引き継ぎ特許権者となったようです。
CPコードに関して知り得る資料は少ないのですが、ウィキペディアの記事を信じると、国内だけでなく海外でもその技術開発が行われ、当時は注目された技術だったようです。株式会社システムステージのホームページによると"通産省よりCPコードによる特定新規事業実施計画について特定新規事業としての認定を受ける。"ともあります。

このようなことから、CPコードは当時普及していたバーコードに比べてより多くの情報量を扱える識別コードとして高いポテンシャルを有しており、広く普及していたら後発であるQRコードは現在のようには普及していなかった可能もあるでしょう。
しかし、残念ながらCPコードは広く普及していません。現在CPコードを取り扱っている企業をインターネットでざっと調べたところ、株式会社システムステージともう一社であり、東芝テック株式会社製のラベルプリンタの対応する二次元コードにCPコードが含まれているものの、知名度も普及率も低い二次元コードといえるでしょう。

なぜQRコードとCPコードとでは、このように普及に大きな違いが出たのでしょうか?QRコードはデンソーという一部上場の大企業が事業展開した一方、CPコードは小規模な企業(いまでいうベンチャー企業?)が事業展開しており、企業規模が普及の違いに大きく影響したことは否めません。
また、QRコードもCPコードも共にコードと読取装置とのように2つの態様で特許権を取得し、他者にライセンスしましたが、そのライセンスのやり方が違っていたようです。このような知財戦略の違いも普及に影響を与えたと考えられます。



QRコードに関しては、コードを無償ライセンスすることで広く利用可能とし、読取装置に関しては有償ライセンスする一方で、画像認識技術は秘匿化することで自社(デンソー)製の読取装置と他社製の読取装置とを差別化し、読取装置から収益を得るという戦略を取りました。

一方でCPコードに関しては、”江藤学 著「規格に組み込まれた特許の役割」国際ビジネス研究学会年報2008年”に記載されているように有償ライセンスとしていたようです。
❝これに対し、世界で最初に開発された二次元コードである日本のID テック社のCP CODEは、日米欧の特許を押さえた上で有償ライセンスとして事業展開を図ったため、これが普及の足かせとなり、普及が進まなかった。❞
上記論文では、CPコードは有償ライセンスが普及の足かせとなったと結論付けています。そこで、有償ライセンスがCPコードの普及に適さなかった理由について検討します。

まず、CPコードについて知財戦略カスケードダウンに当てはめます。
CPコードの事業について資料が少ないために想像の部分が多くなりますが、実際に実行した特許権の有償ライセンスを知財戦術とし、この知財戦術に至るために逆算的に知財戦略→知財目的=事業戦術→事業戦略→事業目的を考えました。
<事業目的>
  CPコードの普及。
<事業戦略>
  自社だけでは市場を形成できないため、他社に市場参入を促して市場の拡大。
<事業戦術> 
 (1)他社へのライセンスにより収益を得る。
 (2)自社でのCPコード生成サービス、読取装置の製造販売。

<知財目的>
  他社へライセンスし、ライセンスしていない者を市場から排除。
<知財戦略>
  CPコードと読取装置の特許出願。
<知財戦術>
  CPコードと読取装置の特許権を他社に有償ライセンス。

CPコードの事業目的を”CPコードの普及”としています。やはり、新たに利用される2次元コードとなるためには、多くの人(企業)にCPコードを利用して貰う必要があるでしょう。そして、権利者の企業規模が大きくないため、事業戦略は他社にもCPコードの市場参入を促すというものであり、これを実行するための事業戦術は他社へのライセンスであり、このライセンスにより収益も得るとしています。この事業戦術を実現するために、コード及び読取装置に関する特許権を取得し、特許権に基づく有償ライセンスを他社に許諾します。

QRコードの成功という一種の正解を鑑みると、上述のようにCPコードの有償ライセンスが適切ではなかったという結論になるのですが、なぜ有償ライセンスが適切ではなかったのでしょうか?そして、適切でなかったのであれば、どうするべきだったのでしょうか?
次回では、それを知財視点から検討します。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年12月22日水曜日

窃盗罪と営業秘密不正取得の違い

窃盗罪と営業秘密不正取得とは、どのように違うのでしょうか。まず、窃盗罪は刑法235条において下記のように規定されています。
第235条
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
誰でも容易に理解できる内容であり、他人の財物を窃取したら刑事罰の対象となります。
しかしながら、営業秘密の不正取得は窃盗罪の対象にならない場合がほとんどです。その場合とは、営業秘密である情報(紙媒体、デジタルデータ)をコピーしたり、デジタルデータをメール等で送信したりする場合です。このような場合は、他人の財物である営業秘密はその他人の元にそのままあるので、窃取したことにはなりません。

ここで、不正競争防止法における営業秘密に関する規定の変遷について簡単に説明します。
営業秘密に係る不正行為については、平成2年法改正により初めて民事的保護が規定されました。その後、平成15年法改正によって営業秘密の刑事的保護が規定され、平成17年法改正によって営業秘密の刑事的保護が強化されました。その後、複数回の法改正によって、刑罰が引き上げられる等の営業秘密の保護強化がなされました。
このように、営業秘密は民事的な保護が不正競争防止法において平成2年に規定され、刑事的保護に至っては平成15年法改正によって初めて規定されました。このように、営業秘密は、特許権等の他の知的財産権に関する規定に比べて、近年になってようやく保護規定が整備されています。

なお、平成15年の法改正前は、営業秘密それ自体を直接保護する刑事規定は存在しておらず、営業秘密の不正取得及び開示等については、窃盗・業務上横領・背任等の規定が適用されていました。すなわち、営業秘密の不正取得は、窃盗等の規定では対応できないため、不正競争防止法において新たに規定されたものです。

営業秘密の不正取得に対する刑罰は不正競争防止法の第21条において下記のように規定されています。
第21条 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、詐欺等行為(人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為をいう。次号において同じ。)又は管理侵害行為(財物の窃取、施設への侵入、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の営業秘密保有者の管理を害する行為をいう。次号において同じ。)により、営業秘密を取得した者
二 詐欺等行為又は管理侵害行為により取得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、使用し、又は開示した者
三 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得した者
 イ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。
 ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
 ハ 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
・・・

上記は一部であり、第九項まで続きます。一見して、営業秘密不正取得で刑事告訴するには面倒な印象があります。しかしながら、営業秘密の不正取得者と営業秘密保有者との関係性から、どの項を適用すればよいのか自ずと明確になるでしょう。


営業秘密について厄介な事項は、下記の不正競争防止法2条6項に規定されているる秘密管理性、有用性、非公知性(営業秘密の3要件)の認定です。

2条6項
この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
この3要件を全て満たさない情報は営業秘密と認定はされません。特に、裁判において秘密管理性を満たしていないとしてその営業秘密性が否定される場合が多数あります。このため、自社の情報が持ち出されたとしても、当該情報が秘密管理性の要件を満たしていない場合には営業秘密の不正取得で刑事又は民事で訴えることができません。

一方で、持ち出された情報がデジタルデータ等ではなく紙媒体のような”物品”の場合には、上記3要件の判断が不要な窃盗罪が適用できます。実際に下記ニュースにあるように最近でも顧客情報の持ち出しに対して窃盗罪で逮捕された事例があります。

上記事件では、元社員が顧客リスト(おそらく紙媒体)の窃盗したとあり、この顧客リストは一般的には営業秘密であるのだと思います。しかしながら、三要件を満たす必要がある営業秘密不正取得で刑事告訴するよりも、より立証が容易な窃盗罪で刑事告訴したのだと思います。

ここで、窃盗罪の刑事罰は”10年以下の懲役又は50万円以下の罰金”です。一方で、営業秘密不正取得は、”十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金”です。この2つは、懲役刑の上限は同じですが、罰金刑の上限は大きな差があります。
営業秘密不正取得では、多くの場合、懲役刑には執行猶予が付きますが、罰金は数十万円から200万円ぐらいとなります。すなわち、営業秘密不正取得によって刑事罰を受けると窃盗罪の罰金の上限を超える罰金刑が課される可能性が高いことになります。このため、営業秘密不正取得として刑事告訴されるよりも、窃盗罪で刑事告訴される方が被告人にとっては自ずと刑が軽くなり、ラッキーということになります。
このような状況は果たして良いのかという疑問が少なからず生じます。

なお、顧客情報等の営業情報は、その秘密管理性が認められると有用性及び非公知性も認められる可能性が高いです。その理由は、顧客情報は一般的に公開するものではないためです。
一方で、技術情報に関してはその秘密管理性が認められたとしても、有用性や非公知性は認められない可能性があります。この理由は、非常に多数の技術情報が特許公開公報等や論文等で既に公開されており、既知の技術情報に基づいて秘匿化している技術情報の有用性や非公知性が否定される可能性があるためです。
このように、技術情報は営業情報に比べて、営業秘密性のハードルがより高くなります。

以上のことからも、不正競争防止法で規定されている営業秘密をより使い易くするためには、この営業秘密の3要件の認定ハードルをより低くする必要があるのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年12月12日日曜日

発明の経済的効果 発明の普及と発明による他社との差別化

新規な発明を行うと、それをどのように管理(知的財産管理)するのかを選択する必要があります。知的財産管理としては、自由技術化、特許化(権利化)、又は秘匿化の何れしかないでしょう。
ここで、知的財産管理は、発明の独占度のコントロールであるとも考えられます。それを示した図が下記です。


この図にあるように、秘匿化は発明を公開しないので発明を自社で実質的に独占する行為であり(排他権はない)、発明の独占度は100%となります。秘匿化した発明を相手方と秘密保持契約を締結してライセンスすることもできますが、自社による独占度は高い状態が保たれます。
また、特許化は特許権者が絶対的独占権を有します。絶対的独占権とは、客観的内容を同じくするものに対して排他的に支配できる権利です(特許庁ホームページ)。特許権は、他社へのライセンスの有無により、この絶対的独占権をコントロールすることが可能です。例えば、ライセンスを一切しないのであれば独占度は100%です。一方で、ライセンスを無償で誰にでも行うとすれば独占度は0%です。なお、特許権は、基本的に、出願から20年後に誰でも実施可能な自由技術となります。
自由技術化は、何らかの形で発明を公開し、誰もが自由に実施可能とするものであり、独占度は0%です。

ここで、発明の経済的効果として、事業利益の視点からは以下の2つを挙げることができるでしょう。
①製品をより魅力的なものとし、市場を大きくすること。
②他社製品と差別化すること。
この2つを発明の普及貢献度と他社に対する差別化貢献度とのように考え、上記図に当てはめると以下のように考えることができるでしょう。


まずは、発明の普及貢献度について考えます。
秘匿化は発明を公開しない行為なので、その発明の存在そのものが知られることはありません。このため、秘匿化によってその発明が普及することは考え難く、秘匿化による発明の普及貢献度は低くなります。
特許化は発明が公開されるので、発明の内容は万人が知るところとなるものの、特許化された発明はライセンスされない限り他社は実施できません。このため特許化は他者にライセンスをしないと発明の普及貢献度は低いようにも思えます。しかしながら、発明を特許出願すると公開されるので、その内容は万人が知るところとなり、改良発明を行なったり、当該発明の権利範囲に含まれない別の発明を行う者もいるでしょう。そうすると、発明を特許出願するだけで、ある程度高い普及貢献度を有していると思われます。また、特許化しても、特許権者が誰にでも無償ライセンスをすることでも、当該発明の普及貢献度は高くなります。
自由技術化は、誰もが自由に実施可能であるため、発明の普及貢献度は当然高くなります。

次に、他社に対する差別化貢献度はどうでしょうか。これは発明の普及度貢献度と真逆になると考えられます。
発明を自由技術化すると当該発明は誰もが自由に実施できるため、他社に対する差別化貢献度は当然低くなります。
特許化した技術は、上記のように、有償又は無償のライセンスの有無により、差別化貢献度をコントロールできるでしょう。すなわち、特許権を誰にでも無償ライセンスをしたら差別化貢献度は低くなる一方、誰にもライセンスしなければ差別化貢献度は高くなります。
そして、秘匿化した技術は他社が実施できません。このため、秘匿化した技術は、差別化貢献度は最も高くなると考えられます。秘匿化した発明をライセンスしたとしても、当該発明は公開されないので、ライセンスした場合でも差別化貢献度は高いままでしょう。

このように、発明の自由技術化、特許化、又は秘匿化によって、当該発明の独占度は異なり、これに伴い、発明の普及貢献度、他社に対する差別化貢献度も異なります。そして、発明の独占度と差別化貢献度は正の相関がある一方、発明の独占度と普及貢献度は負の相関があり、発明の普及貢献度と差別化貢献度とはトレードオフの関係があるでしょう。

ここで、特許化は、秘匿化と自由技術化に比べて、ライセンスの有無によってその独占度をコントロールし易いという特徴があります。上述のように、ライセンスしなければ独占度は100%であり、誰にでも無償でライセンスすれば独占度は0%です。これは、秘匿化及び自由技術化にはない特徴であり、メリットといえるでしょう。一方で自由技術化は他者へのライセンスという概念が当てはまりません。このため、自由技術化は実質的に独占度は0%であり、これを選択すると独占度のコントロールは不可能となります。秘匿化は他者へのライセンスが可能ですが、ライセンスしても発明そのものは秘匿化されたままですので独占度は高い状態であり、誰にでも無償でライセンスするという概念もありえないでしょう。

以上のように、発明を用いた製品をより多く販売するために市場を大きくしたいと考えた場合、当該発明を自由技術化したり、特許権を取得したとしても他者にライセンスすることで、当該発明を他社にも実施してもらうことが考えられます。これは当該発明が魅力的なものであれば、市場拡大の効果はより大きくなるでしょう。
しかしながら、発明を自由技術化等するだけでは、自社製品は他社製品と差別化し難く、自社製品の売り上げが伸びない、とのような事態に陥る可能性があります。そのリスクを考えると、発明を秘匿化又は権利化しても他者にライセンス化せず、自社だけで発明を実施することが考えられます。これにより、消費者に対して自社製品を購入する動機付けとなります。ところが、自社だけによる発明の実施では、市場が大きくならずに売り上げが伸びない可能性があります。当該発明が今までにないような新たな市場を生み出すものであり、自社がその市場を十分に成長させるほどの規模(実力)がない場合には、良い製品であるものの、思ったほど売り上げが伸びない、となるかもしれません。

このため、発明に対して、秘匿化、権利化、又は自由技術化を選択する場合には、上記のような市場予測(事業予測)を立て、当該発明の経済的効果を何とするかを明確にするべきでしょう。経済的効果とは、当該発明を普及させて市場規模を大きくするのか、他社製品との差別化に用いるのかということです。
市場に投入する製品に用いられる発明は、ほとんどの場合において一つではなく、複数の発明が用いられます。このため、発明毎の経済的効果を見極め、その経済的効果を発揮するように発明毎に秘匿化、特許化、自由技術化を選択するべきです。
すなわち、例えば、ある発明は自由技術化又は権利化しても広くライセンスする、として発明を普及させて市場を拡大させるという経済的効果を発揮させることを目的とし、他の発明では秘匿化又は権利化してもライセンスしない、として他社製品との差別化という発明の経済的効果を発揮させることを目的とするのです。
このように、製品に用いられる複数の発明を適切に知的財産管理することで、市場を拡大しつつ、製品を他社と差別化して自社製品の利益を最大化することが最も好ましい知財戦略と言えるでしょう。

参照:江藤 学 著 標準化ビジネス戦略大全 p.317
❝秘匿化、特許化、開放化を活用して、技術の独占度をコントロールし、その製品から得られる利益を最大化する事がビジネスの基本である。❞

弁理士による営業秘密関連情報の発信