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2021年4月13日火曜日

アサヒビールの生ジョッキ缶から考える知財戦略(1)

先日、アサヒビールから缶ビールでありながら、サーバーから注いだ生ビールのように泡立つ生ジョッキ缶が販売されました。
アサヒビールは特許出願も行ったとのこともあり、このビールを購入しました。私は家で酒類を飲まないのですが、開封直後の泡立ちはインパクトがあり、直感的に面白い商品だなと思いました(ビールは妻が飲みました)。


実際に、この生ジョッキ缶は注文が想定を上回り出荷を一時停止するほどの反響があったようです。このため、他のビールメーカーもこのような泡立ちの良い缶ビールの製造販売に追従する可能性があるのではないでしょうか。

そこで、このブログで提案している「知財戦略カスケードダウンと三方一選択」にアサヒビールが公開している生ジョッキ缶の技術内容を当てはめ、この生ジョッキ缶に対する知財戦略を数回に分けて考えてみたいと思います。

なお、このブログにおける見解は筆者個人の見解であり、アサヒビールとは何も関係ありません。従ってアサヒビールが「知財戦略カスケードダウンと三方一選択」を行ったものではありません。

参考:報道
参考:アサヒビール


<1.知財戦略カスケードダウンと三方一選択>

まず、知財戦略カスケードダウンと三方一選択について簡単に説明します。
三方一選択は、発明に対して権利化(特許出願等)、秘匿化、又は自由技術化を事業に基づいて選択することをいいます。


知財戦略カスケードダウンは、事業を「事業目的」、「事業戦略」、「事業戦術」に段階的に考えます。そして知財における目的を事業戦術に基づいて決定し、知財戦略を知財目的に基づいて決定し、知財戦術を知財戦略に基づいて決定します。
知財戦略では、事業に使用する技術要素群(関連する複数の発明)毎に、知財目的に基づいて権利化、秘匿化、又は自由技術化を選択します(三方一選択)。
また、一つの技術要素群に含まれる発明であっても、知財戦略で決定した選択が合わない発明もあります。そこで、知財戦術では、個々の発明毎に権利化、秘匿化、又は自由技術化を選択します。このようなカスケードダウンによって、発明毎に事業に基づいた三方一選択が行われます。

これが、知財戦略カスケードダウンと三方一選択の概要です。なお、この考え方の重要な点は、知財の大目的として「事業により得られる利益の最大化、又は企業価値の向上」があります。このため、知財戦略カスケードダウンと三方一選択には、単に発明届出が提出されたや、出願件数ノルマ達成のための特許出願等の「理由のない」権利化業務は含まれません。


<2.生ジョッキ缶に関する技術と想像される特許出願の内容>

アサヒビールは、生ジョッキ缶におけるビールを泡立たせる技術について既に多くを開示しています。そして、この技術は特許出願中とのことですので、明細書でも当業者が実施可能な程度に泡立たせる技術が開示されることとなります。なお、今現在、本出願の特許公開公報は発行されいないようなので、以下で説明する特許出願の内容はアサヒビールが現状で開示している技術情報に基づいて筆者が想像したものです。

下記は、アサヒビールの経営方針(p.6~p.7)から分かる生ジョッキ缶の技術内容です。
1.フルオープン缶
2.缶の内面にカルデラ状の凹凸
3.炭酸ガス圧が通常缶よりも高く、サーバーと同等の圧力

このうち、フルオープン缶は「食品缶詰等では採用実績はあるが、飲料缶では初採用」とのことです。
また、グラス等の内面の凹凸により泡立ちの程度が変わることは周知のようです。さらに炭酸ガス圧によっても泡立ちの程度が変わることも周知のようです。
このように、1~3の一つずつを取ってみるとさほど新しいことなないようにも思えます。

しかしながら、特許権を取得するためには、新規性・進歩性が必要です。
では、何が新しいのか?
1~3(又は1と2)の技術を組み合わせて缶ビールに適用し、開封直後のビールの泡立ちが良いという効果が得られたということでしょう。なお、今までのビール缶では、泡立ちの良さよりも開封したときにビールの泡が缶からこぼれないようにすることが念頭に置かれていたとのことです。

一方で経験上、1~3の構成だけでは特許権を取得することは難しいように思えます。
特許権を取得するためには、おそらく、缶内面の凹凸の表面粗さの数値(下限値~上限値)、炭酸ガス圧力の数値(下限値~上限値)を請求項に入れる必要があるでしょう。
いわゆる数値限定により、特許権が取得できると思われます。そして、この数値範囲は特許出願の明細書に記載されていることでしょう。

なお、この生ジョッキ缶に用いられている技術要素として不明なことは、凹凸を形成するための塗料の成分です。アルミに焼き付け処理を行うことによってビールに融解しない塗料のようですが、その成分はなにであるかは経営方針にも記載されていません。
この塗料の成分は、特許明細書にも記載されていない可能性が考えられます。
その理由は、缶の内面に凹凸が形成されていれば、泡立ちを実現できるためであり、例えば、アルミの表面加工により凹凸が実現できるかもしれません。すなわち、塗料による凹凸形成は、凹凸を形成するための複数の手段のうちの一つに過ぎないように思えます。そうであれば、わざわざ特許明細書に塗料の成分を記載する必要はないようにも思えます。


<3.特許権で技術を守れるのか?>

上記のように、特許権を取得するためには数値限定が必要に思えます。
数値限定は、その数値範囲が特許権に係る技術的範囲となります。このため、特許請求の範囲で示される数値範囲に含まれない形で他社が生ジョッキ缶を模倣した場合には、特許権の侵害にはなりません。

このことから、特許権を取得する数値範囲、特に缶内面の表面粗さの数値範囲が重要になるかと思います。もし、消費者に対して訴求力のある泡立ちを実現するための表面粗さの全域を特許権でカバーできれば、他社は生ジョッキ缶を模倣することが難しくなるかもしれません。

一方で、多少泡立ちの度合いは小さいものの製品として許容できる範囲を特許権でカバーできなければ、他社は特許権でカバーされていない技術的範囲で製品を製造販売する可能性もあるでしょう。もしそうなれば、特許権では生ジョッキ缶の技術を十分には守れないこととなります。

以下、次回に続きます。

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2021年2月28日日曜日

「知的財産に関する新型コロナウイルス感染症対策支援宣言」のいま

知的財産関連のコロナ対策として「知的財産に関する新型コロナウイルス感染症対策支援宣言」があります。

今現在(2021/2/28)において、宣言者数(企業)は101に達し、対象特許数は927,897とのことです。
企業等が何時この宣言を行ったのかに興味が有ったので、これをグラフにしたものが下記です。
なお、この宣言には、権利不行使の範囲を制限することもできるので、制限なし(赤色)、制限あり(青色)で分けました。
制限なしで宣言を行った企業は50社であり、制限ありで宣言を行った企業は51社であるように、制限ありの方が多くなっています。

グラフから分かるように、宣言が始まった当初は制限なしで宣言を行う企業が多かったものの、日数が経つと制限ありを選択する企業が多くなり、最近では制限ありで宣言を行う企業しかありません。
なぜこのような傾向にあるのかは、それぞれの企業によって考え方等があるでしょうから何とも言えませんが、面白い傾向であるかと思います。


では、この宣言を行った企業の技術を他社が使った事例はあるのでしょうか。
私が知る限り、日産が宣言に基づいて他社に対して無償で利用許諾を行っています。

宣言に基づいて利用許諾したというニュースは、ライセンサーとライセンシーの二者による合意が必要でしょうから、実際には利用許諾したものの、一方が合意しなかったためにニュースになっていないものもあるかと思います。
また、許諾したものの、未だ製品化に至っていないためにニュースになっていないものもあるかと思います。

とはいえ、現に少なくとも1つはこの宣言に基づく無償許諾による製品化が行われたということは、この宣言の目的を少なからず果たしていると思います。
また、コロナウイルスの終息は未だ見えていない現状では、宣言に基づく利用許諾を希望する企業も増えるかもしれません。そうすると、この宣言の有効性がより明確になるかもしれません。

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2021年2月15日月曜日

<特許出願件数の月別平均から考える特許出願の弊害>

下の図は特許出願件数の2014年~2019年の月別平均です。
2020年の月別出願件数も特許庁から発表されていますが、コロナの影響が大きいのでコロナの影響のない2019年以前の数年間の月別出願件数を平均しています。


3月の出願件数が他の月に比べて多く、次に9月、12月の順となっています。
この理由は、特許業界の人ならすぐにわかるかと思います。
3月は年度末、9月は半期末、12月は年末、これらの月末までに発明者や開発部が出願件数のノルマを達成しないといけないタイミングです。

さらに、下記の図は各月の出願件数を中央値で割った値です。
ノルマが課されていないであろう実用新案登録出願を特許出願と共に示しています。


上記図から3月、9月、12月の特許出願件数が他の月に比べて多いことがよくわかります。特に3月は中央値の1.6倍以上となっています。
一方、実用新案に関しては3月の出願件数が多いようですが、6月や7月も同様に多いように、突出して出願件数が多い月はなく、中央値に対して±10%の範囲でばらついているように思えます。このことから、やはり実用新案に関してはノルマがあるから出願するという知財活動の意識は低いように思えます。

ノルマがあるから特許出願件数が期末に多くなることはこのようなグラフを示すまでもなく、知財業界では当たり前という認識でしょう。
しかしながら、ノルマを解消するための特許出願はいわゆる戦略的な出願ではなく、結果的に、自社で開発した技術情報を不必要に公開することとなる出願も多く含まれていると考えられます。

すなわち、本来であれば秘匿化した方が良い技術情報まで、ノルマ達成という知財戦略にとって本質的でない理由で特許出願し、その技術を公開しているのではないでしょうか。
このような出願は、わざわざ自社でコストをかけて、他者に技術情報を教えることとなり、自社にとってメリットよりもデメリットが大きい出願となる可能性があります。

日本の技術系の企業、特に大企業はこのような出願を以前から現在に至るまで行い続けています。果たして、このような特許出願のやり方が正しいのか、非常に疑問に思います。

では、どうするのか?
やはり、特許出願件数のノルマはやめるべきではないかと思います。特許事務所はこのノルマが有るので期末は忙しくなり、売り上げも伸びるのですが。
しかしながら、ノルマによって上述のように技術を公開するというデメリットが大きい特許出願が生じてしまいます。
このため、ノルマを撤廃し、秘匿化する技術を選択してそのような技術は特許出願しないという選択を行うべきでしょう。
一方で、特許出願は発明者に対する評価対象という側面もあり、特許出願のノルマがなくなれば、発明者は評価を得る機会を失うという懸念もあります。
このため、発明を秘匿化した場合であっても、特許出願と同様の評価を与えるという社内制度の創設が必要でしょう。

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2020年12月13日日曜日

判例紹介:特許権ラインセンスと共に開示した技術情報について

今回は、特許権を他社にライセンスすると共に当該特許権に係る製品を製造するために開示した技術情報の取り扱いについての裁判例(大阪地裁令和1年10月3日判決(平成28年(ワ)3928号))です。

被告は、原告のトランスに係る特許権のライセンス(本件各基本契約)をノウハウ(本件技術情報)の開示と共に受けました。そして、被告は、特許権が消滅したため本件各基本契約は終了し、本件技術情報にはWBトランスを分解すれば誰でも知り得る情報しか含まれておらず、すでに公知であることを理由にロイヤルティの支払を拒む旨を原告に通告しました。

これに対して原告は、被告らは本件技術情報に対するロイヤルティの支払義務を負っているのに、ロイヤルティの支払を予め拒絶しているとして催告を経ず、被告らの債務不履行を理由に本件各基本契約を解除した旨を主張し、ランニングロイヤルティの不払いその他本件各基本契約の債務不履行があったと主張しています。

具体的には原告は、本件技術情報である技術資料中に、トランスの製作品を用いて計測した実測値が記載されており、「WBトランスの設計作業において,最低限,①一次巻数,②二次巻数(一次巻数に特定の数値を乗じた数値),③一次巻線径,④二次巻線径を算出する必要があるところ,これらは,原告から開示された数値(本件技術資料中,電気設計一覧表及び電気設計書に記載。)がなければ被告らにおいて算出することができない」と主張しました。


これに対して裁判所は、以下のように判断しました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本件技術資料中の電気設計一覧表及び電気設計書において開示された数値は,試作品における実測値にすぎず,被告らにおいても,独自に計測・算出したり,製造元に問い合わせて確認したり,WBトランスの完成品を用いて測定したりすることが可能であったものであるから,原告からの開示がなければWBトランスの設計・製造が不可能であったものとはいえない。
・・・
コイルボビン及びWBトランスの外径寸法や重量は,パンフレットを参照したり,WBトランスの完成品を測定したりすることにより容易に得られる値である(甲57,乙3)。
巻線計画等についても,原告から開示された数値によらなくても,被告らにおいて,使用するコイルボビンの凹状溝の幅と,選択した銅線の径から巻数を算出し,上記のとおり算出された一次巻数及び二次巻数まで,整列巻で巻き回していくことは可能であると考えられる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そして、裁判所は以下のように「まとめ」ています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(イ) ・・・、本件技術情報の開示を受けなければWBトランスを製造することができないといった事情までは認められず,本件技術情報がWBトランスの製造に必須であることを前提に,本件各基本契約の性質を考えることはできない。
(ウ) また,本件技術情報に記載された数値は,物理的に測定したり,計算によって求めることができるものと考えられるから,WBトランスが市場に出回り,リバースエンジニアリングを行って計測等ができるようになった段階で,公知になるといわざるを得ない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

このように、裁判所は、特許権のライセンスと共に原告から被告に開示された技術情報は、既に公知である又は製品をリバースエンジニアリングによって知り得る情報であるとして、その営業秘密性を認めず、これにより原告の主張を認めませんでした。

一方で、裁判所は下記のようなことも述べています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本件各特許権の明細書等を参照し,流通に置かれたWBトランスに対するリバースエンジニアリングを行ってもなお解明することができず,原告よりその開示を受けない限り,WBトランスの製造はできないというようなノウハウが,本件技術情報に含まれていると認めるべき証拠は提出されていない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

すなわち、製品のリバースエンジニアリングによってもノウハウが非公知性を喪失せず、当該ノウハウを用いないと製造できないようなノウハウは、特許権が消滅しても保護の対象となり、ロイヤリティの対象となる、ということでしょう。

一般的に、特許権をライセンスする際には、当該特許権に係る製品の製造のためのノウハウも開示することが多いかと思います。
その際、ライセンシーは、開示されたノウハウが一体どのような性質の情報であるのか?もしかしたら、特許権が消滅した後でも、ライセンサーがノウハウに対して継続的にロイヤリティーの支払いを求める可能性が有る情報であるか否かを見極める必要があるかと思います。

また、ライセンサーも同様です。自身が開示するノウハウがどのような性質のものであるかを見極めなければならないでしう。さらに、特許出願の明細書に記載の内容も重要です。特許性が有りそうだからとして、本来開示する必要がない情報(例えば従属項となるような情報)までも開示するよりも、営業秘密として管理する方がよい場合もあるでしょう。技術情報を特許出願をすると公開されるので、再び秘匿化はできません。この認識は強く持つ必要があるかと思います。

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2020年12月6日日曜日

知財戦略カスケードダウン(他社の製品群・特許群を意識した知財戦術)

前回のブログ「知財戦略から知財戦術へ 三方一選択と知財戦略カスケードダウン」では、下記の知財戦略カスケードダウンを提案しました。



この知財戦略カスケードダウンには、さらに下記図のように他社の事業(製品群・特許群)の動向も加味することが考えられます。


この図では、他社の事業(製品群・特許群)の動向は知財戦術に加味されています。
なぜ知財戦略には加味されないのか?
知財戦略は、自社の事業を念頭に置き、他社の事業を念頭に置かないためです。もし、自社の事業と共に他社の事業をも知財戦略に加味すると、知財戦略そのものが発散し、自社の事業に適した知財戦略を構築することが難しくなるかと思います。
また、自社の事業戦略・戦術は他社の事業を少なからず意識しているものです。このため、知財戦略を構築する際には、あらためて他社の事業を加味する必要はないとも考えられます。

では、なぜ知財戦術に他社の事業(製品群・特許群)を加味するのでしょうか?
それは、知財戦術において、発明毎の三方一選択のうち、特許化を選択する場合の判断材料にするためです。
知財戦略において、秘匿化を主軸としたクローズ戦略を選択したとしても、全ての発明を秘匿化することは、いわゆる”特許戦争”において攻撃に使用する”弾”が少なくなる可能性があります。

例えば、秘匿化を主軸としたクローズ戦略(知財戦略)において、知財戦術ではコア技術を抽出して秘匿する一方、コア技術には該当しない発明(非コア技術)に対しては秘匿化又は権利化を検討します。
もし、非コア技術が、自社の事業で使用する発明であり、リバースエンジニアリングによっても他社が理解し難いものであれば、秘匿化することになるでしょう。

一方、開発の段階では、自社で使用する可能性が低い非コア技術も生まれます。このような非コア技術は、秘匿化してもよいのですが、他社の事業の動向を考慮して他社も使用する可能性があると判断したならば特許化します。その理由は、他社とのクロスライセン
スに用いるという目的のためです。このような特許化により、特許戦争で使用可能な”弾”をある程度確保します。

上記は、知財戦術で行う三方一選択の一例ですが、一番重要なことは秘匿化、特許化、公知技術化の何れを選択する場合でも明確な”目的”が必要であるということです。
特に特許化又は公知技術化を選択する場合には、その“目的”に留意する必要があると考えます。その理由は、特許化と公知技術化は技術を公開する行為であり、一度公開した技術は秘匿化することはできない不可逆的な行為であり、後戻りできないためです。

現状の特許出願には、発明者に対するノルマに代表されるように、事業の利益の最大化や企業価値の向上といった目的とは離れた基準で行われるものが少なからずあるかと思います。
ノルマを達成するための特許出願は、発明者の知財マインドを向上させるためには有効かと思います。しかしながら、インターネットや機械翻訳等の発達に伴い特許公開公報等からより容易に他社の技術を知り得ることができるようになった現在において、事業の利益の最大化や企業価値の向上といった目的のない技術の公開が果たして適切であるかは再考する必要があるかと思います。

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2020年8月14日金曜日

秘密特許制度の創設と中国による知財取得

先日、日本の特許法に秘密特許制度を加える法改正案の報道がありました。
知財業界では話題になっています。
過去には日本の特許法にも秘密特許制度はありましたが、戦後になくなっています。

秘密特許制度に関して、最近の報道では下記のものがあり、概略はこの報道で分かるかと思います。

まあ、このブログでも述べているように、特許出願は必ず公開されるものですので、軍事技術の公開リスクを秘密特許で特許で軽減しようというものです。他社(他国)の公開公報を閲覧して新たな技術を学ぶこと、これは中国に限らず日本企業等どこでもやっており、違法でも何でもありません。
ただ、日本の多くの企業は軍事技術の開発も行っており、軍事技術に関する特許出願も多数行われています。このような特許出願は、当然、技術的に新しいものですので、換言すると他国は最先端の軍事技術をしかも無料で学べることになります。
このような背景があるにもかかわらず、日本は今まで何もしないという、平和で素晴らしい国でした。すごく今更感のある動きですが、今後も何もしないというよりもましでしょう。

また、この秘密特許の動きと共に、機密情報を取り扱うための信用保証制度の創設の動きもあります。

これらの動きは、中国を強く意識しているものであり、現在のトランプ政権化における中国に対する知財保護に呼応するものなのでしょう。



ところで、中国には「国家情報法」という法律があることを皆さんはご存じでしょうか?
これは、2017年に制定されたものであり、第7条には「いかなる組織及び個人も、法に基づき国の情報活動に協力し、国の情報活動に関する秘密を守る義務を有し、国は、情報活動に協力した組織及び個人を保護する。」とあります。

要するに、中国共産党の指示に応じて、中国企業及び中国人は情報活動を行わなければならない、という法律のようです。これは、中国国外の中国企業及び中国人にも適用されるという中国以外の諸外国の理解のようです(中国企業であるファーウェイは否定しています)。

このような中国の法律もあり、米トランプ政権は中国に対して強い危機感を持っているのでしょう。
特にファーウェイは5Gの通信機器で世界を席巻しようとしています。そして、ファーウェイは自社の通信機器を介して情報の取得が可能であると考えられます。このことは国の安全保障に関する問題でもあり、だからこそ、米トランプ政権はファーウェイ排除を行っています。単に経済的な問題ではありません。ちなみに、日本はファーウェイの通信機器は導入しないようです。

このように、世界は中国を中心とした情報戦争が既に起こっているといえるでしょう。
そのような中での秘密特許制度の法改正であり、人ごとではなく日本企業もその真っただ中にあるといえるでしょう。
なお、日本では不正競争防止法によって営業秘密が規定されています。
実質的に不正競争防止法における営業秘密に関する規定が、日本企業に対するスパイ活動を規制する法律となっており、最近では、ソフトバンクに対するロシア元外交官によるスパイ活動に適用されました。
しかしながら、営業秘密は秘密管理性、有用性、非公知性を満たさなければならず、そのハードルは高いものとなっています。特に、技術情報は、有用性及び非公知性の判断のハードルも比較的高いといえるでしょう。そのような営業秘密の規定で、スパイ活動を防止できるのかという点は甚だ疑問に思います。

また、秘密特許の話に戻りますが、これに反対する団体が存在します。1988年という古い決議ですが、日本学術会議から下記のような決議がなされています。

この日本学術会議は内閣府の特別の機関であり、日本学術会議の資料を見ると、技術の軍事転用と絡めて米国の秘密特許に度々触れています。
特許法等の知的財産に関する法律は、国会等で深く議論されることなく、改正に至っているという個人的な印象ですが、この秘密特許制度に関しては反対論者がある程度出てくるかもしれませんね。

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2020年6月25日木曜日

特許庁発表の「経営戦略を成功に導く知財戦略【実践事例集】」

先日、特許庁から「経営戦略を成功に導く知財戦略【実践事例集】」が発表されました。
200ページ近い中々のボリュームで、国内外の大手企業の知財戦略が紹介されています。

その中で、当然、営業秘密やノウハウに触れた内容もあります。
医薬品等のメーカーであるSanofi S.A.では、特許出願による公知化リスクを強く意識しており、特に製造工程に関わる発明の営業秘密化の判断を積極的に行っているようです。
さらに医薬品の製造工程は、その認可機関への申請時に書類として記載・提出されるために秘匿性が失われるので、どの時点まで秘匿化するのか、どの時点で特許出願するのかも協議しています。
特に、特許出願の時期については、早すぎると製品化後の存続期間が短くなるため、投資回収が十分にできないという状況になってしまうために、特許出願を急ぎすぎないようにしているとのこと。当然、この特許出願を行うまでは、その発明は営業秘密として扱われるのでしょう。

まさに、このような知財戦略は、発明の秘匿化と特許化とを意識した教科書的な手法と言えるでしょう。しかしながら、ここまで秘匿化と特許化とを意識している企業は、製薬メーカー以外には多くないのかもしれません。

また、ブリヂストンでは、バリューチェーンで蓄積されているナリッジやノウハウを抽出して、開示リスト等で可視化しているようです。
これは、なかなか大変なことであろうと思います。
私は、特許出願のメリットの一つに、その管理のし易さがあると思っています。すなわち、J-Platpatによって特許出願を行政が管理してくれいているというメリットです。これにより、たとえ、自社での特許の管理体制が甘くても、自社がどのような発明を特許出願しているのかインターネットで分かり、そのステイタスもほぼリアルタイムで分かります。さらに、自社の外国出願ですらEspacenetで分かってしまいます。

一方、ノウハウ管理は、なかなか大変だと思います。当たり前ですが、行政がノウハウ管理してくれるわけもなく、自社で管理しなければなりません。そして、企業規模が大きくなればなるほど、ノウハウの量も多くなり、それを分類し、アクセス権限も設定し、システム上で閲覧可能とすることは手間と資金を必要とするでしょう。
発明(技術)の営業秘密化は、特許出願よりもコスト削減につながるというような話も聞きますが私は決してそんなことはなく、企業規模が大きくなるほど、システム構築等の手間と費用を考慮すると、営業秘密化の方がコストを要するのではないかとさえ思います。


また、本田技研は、ノウハウの技術流出を防止するために、知財部門がノウハウ管理を行っているようです。これは、ライセンスを意識してとのこと。
実は、知財部門がノウハウを管理している企業は多くないように思います。では、どこでノウハウを管理しているかというと、例えば技術開発部等という企業も多いのではないでしょうか。
そして、知財部では技術開発部が一体どのようなノウハウを秘密として管理しているのかを把握していないという企業もあるかと思います。企業規模が大きくなると、異なる技術開発部で同様の研究開発を行っている場合もあります。そのような場合に、技術開発部ごとにノウハウ管理をし、それを知財部が把握していないと、同様の技術についてある技術開発部では秘匿化している一方、他の技術開発部では特許化すなわち公知化しているという事態に陥りかねません。
そのような事態を避けるためにも、やはり秘匿化するノウハウは技術開発部で管理すると共に知財部でも集約して管理することがベストでしょう。

このように、この事例集はいろいろ参考になることが多く書かれていると思います。
最近、特許化と秘匿化との両輪による知財戦略(知財戦術)はどのようなものか?と考えていたりもするので、しっかり読み込んでみたいですね。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年6月11日木曜日

各国の特許出願件数の推移、果たして日本は本当にダメなのか?

近年、中国の技術力は明らかに高まっていることは、誰しもが認識していることです。
そして、昨年は、中国のPCT出願件数が米国を向いて世界一になったことが話題になりました。一方で、日本は中国にPCT出願件数で負け、世界3位に転落し、技術力も低下している、とのようにネガティブな捉えられ方をしています。
果たして、それは本当なのでしょうか?

まず、図1は、国別の国内特許出願件数です。いわゆる5庁である米国、欧州、日本、韓国、中国における国内特許出願件数を比較しています。

図1

皆さんご存じのように、中国の特許出願件数が著しく増加しています。
ただし、これは中国政府等による手厚い助成の効果もあり、特許出願される技術の内容はまさに玉石混合でしょう。とはいえ、中国の技術力の高まりを否定できるものではありません。


図2は、米国、日本、韓国、欧州における出願件数の増減が分かり易いように、図1から中国を除いたものです。

図2

2010年を基準とすると、米国、韓国は増加傾向にあり、欧州も微増です。一方、他国とは異なり日本だけが出願件数が減少傾向にあります。これだけを見ると、日本は特許出願できるレベルでの技術開発力が低下しているとも考えられるでしょう。

次に図3は、PCT出願件数の各国推移です。

図3
資料:GLOBAL NOTE 出典:WIPO

PCT出願件数も中国の増加が著しく、2017年には日本を抜き、2019年には世界一位となっています。なお、中国では、PCT出願にも助成がありますので、それを考慮に入れる必要はあるかと思いますが。
しかしながら、国内特許出願とは違い、日本もPCT出願は増加傾向にあります。韓国も増加傾向です。一方、米国は、2010年を基準とすると、増加していますが近年では横ばいです。2019年に韓国に追いつかれたドイツは横ばいです。

そして図4は、2010年を基準としたPCT出願増加率です。増加率が著しい中国は除いています。

図4

図4からは、韓国の増加率が増加が顕著に表れ、2019年には2010年の2倍となっています。しかしながら、日本の増加率も高く、2019年には2010年の1.6倍を超えています。一方、米国は2019年では2010年の1.3倍ですが、ここ5年は横ばいです。
このペースでPCT出願件数が推移すると、数年後には日本は米国を抜くことになります。韓国のPCT出願件数は2019年において日本の半分以下なので、この増加率が続いたとしても日本を抜くにはしばらく時間がかかりそうです。

ここで、PCT出願は、この後、複数国に移行するものであり、国内出願だけを行う場合に比べて数倍の資金が必要となります。このため、各企業は、PCT出願を行うか否かを精査します。すなわち、一般的に、PCT出願される発明はより進歩性(技術レベル)の高い、又は他国へのビジネス展開も視野に入れた重要な発明といえるでしょう。そうすると、国内出願に比べて、PCT出願件数は各国の技術力をより表しているとも考えられます。

そして、上述のようなPCT出願件数の推移からすると、日本は決して技術力が低下しているとは言えないでしょう。逆に日本の技術力は、益々上昇しているとも考えられるのではないでしょうか。
今後、中国における特許出願の助成が縮小又は終了となると、中国の特許出願件数は国内出願と共にPCT出願も減少するでしょうから、もしかすると、近い将来にはPCT出願件数は日本が世界一になるかもしれません。

このように、PCT特許出願件数の見方を少し変えただけで、日本の技術力が低下していることはなく、逆に上昇し続けており、世界一が視野に入っているレベルにあるとも言えます。

また、他国と日本の異なる点は、日本は国内特許出願件数が減少し続けているという点です。日本企業によるPCT出願は、そのほとんどが日本の国内特許出願を基礎としていることを鑑みると(近年は直接PCT出願する企業も増えていますが多数ではないでしょう)、PCT出願件数も減少傾向となるとも思われますが、そうはなっていません。もし、日本の国内特許出願件数が減少していなければ、今頃、既に日本がPCT出願件数で世界一となっているかもしれません。

日本の国内特許出願件数の減少は、企業が発明の進歩性の判断を厳しく行っていることと、秘匿化が進んでいることにあると思います。技術の秘匿化は、特許のように公開されるものではないため、企業が優れた技術を秘匿化していれば、他社に追いつかれる要素が減り、当該企業の優位性を保ち続ける可能性がります。それが端的に表れている技術分野が、材料系なのでしょう。そのような選択を行っている企業が日本には多いのかもしれません。

そして、日本企業の国内特許出願件数が減少している一方、PCT出願が増加しているという他国にない特徴を鑑みると、日本企業は他国に比較して技術の特許化と秘匿化とをメリハリを利かせて積極的に選択している可能性が有るのではないかとすら思います。当然、企業が秘匿化している技術内容や数は分かりようがありませんので、多分にバイアスがかかった考えではありますが・・・。

以上のように、PCT出願件数からは、中国の技術力上昇は認められるとしても、日本の技術力が低下しているとは言い難いでしょう。逆に、日本の技術力の上昇度合いは、米国と比べて相対的に高いともいえるのではないでしょうか。
とはいえ、特許出願件数は国の技術力を示す指標の一つでしかなく、秘匿化している技術を反映している指標でもありません。また、技術分野毎に状況は異なっているでしょう。そうすると、特許出願件数だけで日本の技術力を推し量ろうとすること自体にさほど意味がないとも思えますし、そもそも特許出願件数を増やすことを目的とすることにも意味のあるものとは思えません。

さらに特許出願件数が企業の収益力を示しているものでもなく、巷で日本の技術力が低下していると言わしめる理由は別にあるのでしょう。個人的には、日本は技術力が低下していることもなければ、ダメになったわけでもなく、伸びしろが小さくなり高止まりしているのではないかと思いますが。

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2020年6月5日金曜日

「知的財産に関する新型コロナウイルス感染症対策支援宣言」純粋に知財の視点からどうなのか?

コロナ対策の一つとして「知的財産に関する新型コロナウイルス感染症対策支援宣言」に賛同した企業が続々と現れています。
この宣言の趣旨は「我々は、新型コロナウイルス感染症の診断、予防、封じ込めおよび治療をはじめとする、新型コロナウイルス感染症のまん延終結を唯一の目的とした行為に対しては、一切の対価や補償を求めることなく、我々が保有する特許権・実用新案権・意匠権・著作権の権利行使を一定期間行なわないことを宣言します。」というものであり、他社の特許権が製品開発の障壁ともなり得ることを鑑みると、非常に理解できるものです。

一方で「新型コロナウイルス感染症のまん延終結を唯一の目的とした行為」を宣言の対象としているものの、自社が保有する特許権等の独占排他権を放棄する行為であり、宣言を行った企業に相当高いリスクを生じさせる行為であると考えられます。
そもそも「まん延終結を唯一の目的とした行為」が一体どのような行為であるのかも明確ではありません。この行為は必ずしも、非営利行為というわけではないでしょうし、多額の利益を得るような行為も含まれるのでしょう。
また、宣言の終了を世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルス感染症まん延の終結宣言を行う日までとしていますが、これも何時なのかはわかりません。最悪、終結宣言が行われないかもしれません。そうすると、文言上、権利不行使は未来永劫となってしまいます。

すなわち、自社の特許権によって実施できなかった技術を導入した製品を他社が製造販売できることとなり、それによって当該他社が利益を上げることを容認することとなります(後述するように宣言には権利不行使の範囲を制限することも可能です)。
その結果、他社が大きな利益を得、ブランド価値を高め、自社の強力な競合他社に成長する可能性もあるでしょう。
また、コロナ対策を純粋にビジネスチャンスと捉えた場合、他社への特許権の不行使により、そのビジネスチャンスを逃す又は利益の最大化に失する可能性もあり得ます。


そういう懸念もあるためでしょう、この宣言は無条件に権利行使を行わないというものではなく、宣言者の意思により権利不行使の範囲も制限することができます。

このホームページでは、「COVID対策宣言書の対象範囲、期間その他に一切の制限を設けていない宣言者」と「権利不行使の範囲を制限した宣言者」とを明確に分けて記載しており、その宣言の内容、すなわち権利不行使の範囲を第三者が確認できるようになっています。
なお、6月3日に確認したところ「COVID対策宣言書の対象範囲、期間その他に一切の制限を設けていない宣言者」は45社であり、「権利不行使の範囲を制限した宣言者」は29社であり、制限を設けない宣言者の方が多くなっています。

ここで、権利不行使の範囲の制限にはどのようなものがあるのかを確認しました。下記はそのなかの一例です。

1.権利を実施するものは通知、同意を必要とする。
2.権限の対象を非営利目的のみとする。
3.適用範囲を日本とする。
4.宣言の終了時期をまん延終結前に定める。
5.適用外とする技術分野を定める。
6.自社の単独所有の権利に限定する。
7.権利を実施するものは権利を使用した製品の販売実績を開示する。
8.著作権は適用外とする

やはり、通知や同意を必要とするという制限を設けている宣言者が多く見られました。最低限このような制限を設ける必要はあるのではないでしょうか。この制限により、権利不行使の対象を権利者が有効的にコントロールすることが可能となるので当然でしょう。
また、宣言の終了時期を制限として定めた宣言者も多数でした。

さらに、単独所有の権利に限定するという制限を設けている宣言者も複数ありました。特許出願は共同出願も多数存在するため、このような制限も必要でしょう。その一方で、実施許諾をしている権利を権利不行使の範囲外とするとのような制限を設けたものはありませんでした。何ら制限を設けなかった宣言者は、共願案件や実施許諾をした権利も保有しているでしょうから、共願者や許諾者には何か説明をしているのでしょうか?

そして、このような宣言内容であるため、当然賛同しない企業もあります。
特に、製薬メーカーは宣言者にいないようです。コロナワクチンや治療薬等を先に開発できれば、大きな利益を得る可能性があるため企業としては当然の判断でしょう。コロナワクチン等の開発製造は、明らかに「新型コロナウイルス感染症のまん延終結を唯一の目的とした行為」でしょうから、この宣言を行うことは大きなビジネスチャンスを失う可能性がありますから。

この宣言において、多くの企業が何ら制限を設けていないことには驚きました。
制限を設けていない企業は、宣言を行っても自社の利益に与える影響は微々たるものであるという判断なのでしょう。それとも、単に知財(特に特許権)というものを重要視していないのでしょうか?もしかしたら、公報等で開示している知財は自社の強みではなく、秘匿化している知財こそ強みであり、それは守られているという判断もあるのかもしれません。

この宣言を行うか否か、宣言に制限を設けるか否か、これは企業における知財に対する深い判断(無意識の判断もあるでしょう)があると思います。この宣言から、各企業が知財をどのように考えているのかの一端を垣間見れる気がします。

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2020年4月24日金曜日

特許-研究開発費の推移グラフ(更新)

このブログの統計資料として挙げている日本国内の特許ー研究開発費の推移グラフの令和元年(2019年)の特許出願件数について更新しました。

皆さんご存じの通り、日本国内の特許出願件数は右肩下がりです。
令和元年の出願件数は、は前年(平成30年、2018年)よりも約6、000件少ない、約308、000件でした。
そして、コロナウィルスの影響により、年間の日本特許出願件数が30万件を下回ることも確定でしょう。

コロナウィルスによる経済的な打撃はリーマンショック以上といわれています。
特許出願件数に与えるリーマンショックの影響は、平成20年と平成21年の差から分かります。平成20年には391、000件であった出願件数が、平成21年では約349,000件まで減少しています。約11%の減少です。

コロナウィルスによる経済活動の縮小が何時まで続くかは誰にもわかりませんが、リーマンショックによる減少幅を参考にすると、今年は270,000件程度まで国内の特許出願件数が減少するかもしれませんね。

当然、日本の企業等における研究開発費も減少するでしょう。
しかしながら、今年又は来年にはコロナウィルスも撃退され、景気も回復し、企業の研究開発費も上昇に転じるでしょう。
ところが、リーマンショック以降を見ると、研究開発費は戻ったにもかかわらず、特許出願件数は戻るどころか右肩下がりです。
この理由は、特に大企業においてリーマンショックによるコスト削減の一環として特許出願数の削減が行われたわけですが、結局、特許出願は“コスト”の側面が大きく、目に見えるリターンが得られ難いため、リーマンショック前の出願件数に戻すという意識が全体として働かなかったのではないかと思います。
すなわち、特許出願を多量に行っていた企業の一部は、リーマンショックによって特許出願というコストの削減に成功したとも思えます。
これと同じことが再び起こるかもしれません。つまり、コロナウィルス撃退後も特許出願件数は上昇せずに、右肩下がりを続けるということです。

特許出願を行わないとすると、どうしても技術情報の秘匿化に進むのではないかと思ってしまいます。一方で、どのような技術を特許出願とするのかという選択も重要となるでしょう。すなわち、特許出願と秘匿化との正しい選択がより求められるのではないでしょうか?もしかしたら、コロナウィルスを切っ掛けにそのような考えが急激に進むかもしれません。


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2020年3月13日金曜日

日本の特許出願件数と日本の技術力

最近、日本経済新聞の「特許ウォーズ」というサイトを知りました。
近年、注目されている技術分野における各国の特許出願動向等の統計資料等が含まれています。 この統計資料から私が思うところを書こうかと。
ただ、ここは営業秘密のブログであり、下記の私の考えには「バイアス」がかかっていると思いますので、そこをご理解ください。

まず、このサイトでは、近年、中国の特許出願件数が増加し、今後成長が期待される技術分野において特許出願件数が世界一であることを示しています。一方、日本は特許出願件数において中国に負けているという感じです。

このことは、特段新しいことでもなく、知財業界の人間ならば誰もが認識していることでしょう。
また、中国における特許出願件数の増加の要因の一つとして、国や地方政府による手厚い支援が挙げられます。このこともよく知られたことです。このため、中国の特許出願件数が非常に多くなったからといって、それと同等に中国の技術力が優れているかというと疑義があります。中国における支援制度が終わった後に、特許出願件数の推移が本来の中国の姿でしょう。

参考:中国における政府による知的財産に関する各種優遇・支援制度
   (新興国等知財情報データバンク)

ここで、このサイトでは特許の質として「質ランキング上位10社の国別数」も評価しています。この評価基準の妥当性は置いておいて、中国は特許出願件数が多い一方で他の国に比べて質が低くなっています。
私も中国のとある中小企業の公開公報にざっと目を通したことがあります。中国語は分からないので、図面を見たり、翻訳ソフトで実施形態の記載内容の概要を確認したのですが、新規性・進歩性を判断よりも、技術内容の説明が不明瞭あるとも思えました。一方で全てがその程度で有るはずがないので、中国の特許出願はまさに玉石混合なのでしょう。

参考:中国における特許補助政策と特許の質

とはいえ、中国は多くの特許出願と共に多くの侵害訴訟を行うことにより、日本の数倍から数十倍のスピードで経験を積むことになります。その結果、早晩、日本企業が中国企業に特許権侵害等で訴訟を提起される可能性が相当高くなるとは言われています。


一方、日本の特許出願件数は減少傾向にあります。
この理由は、企業の特許出願に対する予算削減や、それに伴う企業内で進歩性の判断を厳密に行うことによる出願の絞り込み、さらに、公開リスクを懸念することによる積極的な秘匿化の推進等が考えられます。日本企業の技術力低下というような理由は私自身は認識できていません。中国や他の新興国等の技術力と日本の技術力との差が縮まっていることは確実でしょうが。

このように、日本の特許出願の減少は、技術力の低下というよりも、企業自身の選択の結果であり、特許出願件数の減少だけで何か良い悪いを語れるものではないと、私は考えます。
さらにいうと、日本の特許出願件数と企業の収益も相関が低いとも思います。実際、特許出願件数は、2000年代は今よりも多いものの、日本の景気は良くありませんでした。

また、特許権は、当該技術分野における基礎技術に関する権利の方が当然強い権利となります。このため、いくら特許権を多く所有している企業であっても、基礎技術に関する特許権を他社に押さえられていれば自社の特許権に係る技術を自由に実施できない可能性もあります。
このため、本当に特許の良し悪しで技術力を語るのであれば、特許出願件数ではなく、実際に取得された特許権の内容、上記のような「質」で語る必要があります。しかしながら、これは当該技術分野に精通し、かつ特許請求の範囲等を読む能力を必要とするので、簡単ではなく、“国”として語れるものでもないはずです。

以上のようなことから、特許出願件数で“国”の技術力を判断することは、話のネタとしては面白いかもしれませんが、あまり意味のないことだと考えます。
特に秘匿化された技術については、外部からは判断できかねます。例えば、最近韓国との関係で話題に上がった日本の高純度フッ化水素の製造技術等は、秘匿化されたノウハウ、すなわち、特許出願されていない技術が使われており、製造技術の模倣が難しく、本当の意味で強い技術といえます。

このようなことを考えると、特許出願されていない技術は何かということを精査したほうがいいかもしれません。特許出願されていない技術でありながら、当該技術を使用したと思われる製品を製造している企業や国は、模倣が難しい技術を実質的に独占していることになります。

一方、特許出願されている技術であれば、完全ではないものの他者による実施(模倣)が可能です。特にネットワークや機械翻訳も発達している現在において、特許情報においても国や言語の垣根は低くなっています。
これが特許出願による公開リスクです。さらに、たとえ特許権を取得したとしても基本的に出願から20年経過後は、特許権が消滅するので誰でも自由に実施可能となります。出願から製品化まで数年を必要とすると、特許による市場の独占は十数年でしょう。また、基礎技術の特許を取得したとしても、製品化される頃には特許権の存続期間が十年を切っているかもしれません。そう考えると、特許権の存続期間20年は案外短いかもしれません。これが顕著に表れている技術分野が製薬関係でしょう。

他方で技術の秘匿化は、公開リスクがないので、うまくいけば半永久的に独占状態を保てます。しかしながら、技術を秘匿化しても、後発の他社によって当該技術の特許権を取得されると侵害となり、先使用権の主張が認められないと実施を継続できないというリスクもあります。

秘匿化と特許化のバランスをうまくとりながら、自社の技術を守ることが、ネットワークが発達した昨今では重要であると考えます。言うのは易しですが・・・。

なお、このサイトの資料で気になるものもあります。
それは、「主要国の科学技術費推移」です。ここ十数年で中国は言うまでもなく、アメリカや韓国、ドイツも増加傾向にあるにもかかわらず、日本は微増です。以前は主要な工業国の一つであったイギリスはほとんど変化がありません。

日本は、バブル景気のときには、潤沢な資金により様々な研究開発を行っていました。現在、多くのノーベル賞を日本人が得ているのもバブルの遺産ともいわれています。
やはり、技術開発と資金には強い相関関係があると思えます。その資金が他国と比較して多くなかったり、増加率が小さかったりすると、その技術力の差は縮まるのではないでしょうか。
さらなる日本の技術力アップのためには、特許出願云々よりも根っこの“資金”これではないでしょうか?

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2020年3月7日土曜日

特許出願&営業秘密化フロー

発明の特許出願と営業秘密化とを組み合わせたフローを考えました。
とはいえ、このようなことは知財部の方々が通常業務として考えていることと変わりはないかとも思います。


発明の営業秘密化を検討するうえで、特徴的な部分は破線で囲まれたステップと考えます。
発明を公開しないと判断した場合であっても、今一度、発明の実施形態を検討します。
そして、発明を実施した自社製品をリバースエンジニアリングすることで公知化されるか否かを検討します。
すなわち、発明を秘匿化しようと一旦判断しても、公知化される発明を秘匿化してもそれは営業秘密としての要件を満たさない可能性があるので、やはり特許化を検討しましょう、ということです。
このとき、リバースエンジニアリングによって公知と判断される実施状態とはどのようなものであるかを十分に理解しなければなりません。

しかしながら、特許出願するということは、特許公報によって積極的な公開にもなります。すなわち、競合他社は自社製品をリバースエンジニアリングすることなく、自社の発明を知る可能性があります。
このような公開リスクを避けるために、発明を秘匿化するという判断も当然あります。しかしながら、この場合は、秘匿化したとしてもその営業秘密としての非公知性は認められない可能性は認識するべきでしょう。

また、発明の公開(公知化)を許容できるのであれば、特許出願を検討するべきでしょう。
特許出願を行うにあたっては、進歩性の有無を事前にある程度は検討します。
ここで、営業秘密とは関係ありませんが、進歩性が低そうであり、発明が機械構造等であるならば、積極的に実用新案出願も検討したらいかがでしょうか。
実用新案を嫌う会社や弁理士は少なからず居ます。
しかしながら、私の経験上、実用新案であれば特許では権利化できない技術、すなわち特許の審査において設計変更と判断されるような技術であっても、実用新案技術評価書では新規性・進歩性ありと判断される可能性があります。
そのため、他社による特許取得を阻害する目的の出願であれば、特許出願ではなく実用新案出願を行い、実用新案で権利化してもよいのではないかと思います。

なお、発明を営業秘密化する場合には、その対象を特許出願と同様のレベルで特定することが必要と考えます。すなわち、発明とその効果をセットにして考え、当該効果を生じさせることが当業者によって理解できるレベルで発明の構成を特定します。これにより、営業秘密でいうところの有用性(技術的な有用性)があることを明確にします。

このフローは、上述のように、既にどこでも行っているものかと思いますが、このようにフローとすることで特許出願に対するリスクや秘匿化に対するリスク等も少なからず明確にできると思います。
今後、このフローを叩き台にして、フローの改善ができればよいのですが。

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2020年2月7日金曜日

技術情報の営業秘密保護のために知財部と特許事務所ができること。

技術情報を営業秘密として積極的に保護するのであれば、企業における知財部の役割は大きなものになるかと思います。

もし、知財部が特許出願のみを業務範囲とするのであれば、開発側から出てきた発明届けを確認し、場合によっては簡単に先行技術調査を行い、それを発明者にフィードバックして発明届けをブラッシュアップするでしょう。
その次には、特許事務所に明細書作成依頼を出し、発明者と特許事務所との打ち合わせをセッティングし、その後、特許事務所から出された明細書を確認・修正し、特許事務所に対して特許庁への出願依頼を行うという工程を行うでしょう。その後、PCT出願や中間処理の対応等もあります。
こられの工程は、自社における事業戦略等に基づくものであり、この他にも他社の出願動向や他社による侵害調査等も行うかと思います。

ここで、多くの企業の知財部において、各仕事の起点は開発側からの発明届けである場合が多いのではないでしょうか。
しかし、技術情報を営業秘密として保護する場合には、それでは遅い可能性があります。

営業秘密について企業の方と話をすると、少なからずの方から発明者の頭の中にある非公知の情報はどうなるのか?や開発途中の情報、まとまっていない情報はどうなるのか?といった質問や疑問を受けます。

発明者の頭の中にある非公知の情報は、所属企業に開示されていないので企業の営業秘密には当然なり得ません。
また、開発途中の情報やまとまっていない情報は、企業に開示されているものの、情報として特定が不十分であり、秘密管理されていなければ営業秘密とはなり得ません(営業秘密の要件を満たさないものの企業秘密としての民事的保護は受けられる可能性はあると思いますが。)。

そうすると、そのような情報を営業秘密とする作業はやはり知財の専門家である知財部ではないでしょうか。知財部の方が、開発部門や発明者と密に交流し、現状の開発状況や今後の開発予定等を聞き出し、必要であれば内容を特定して秘密管理の対象とするべきでしょう。このためには、知財部と開発側との間で、定期的に密なやり取りが必要でしょうし、そもそも営業秘密も知的財産であるという意識を持ち、そのために必要な知識も身につける必要があるかと思います。



では、特許事務所は何ができるでしょうか。特許事務所は、主に企業から特許出願を行うことが決定された技術を聞き、それを明細書に仕上げていきます。
この時点で、既に特許出願が前提となっているので、営業秘密云々の話ではありません。場合によっては、特許事務所に渡された情報であっても、開示する必要がない情報であれば、ノウハウということで明細書に記載しないようにしましょう、とのような相談をクライアント企業とは行いますが。

そこで、特許事務所はより上流工程、発明発掘の段階から関わることができるのではないでしょうか。すなわち、新規な技術(発明)に対して特許出願をするか否かの判断から関わるということです。
より具体的には、特許出願ありきという考えを持たずに、当該技術に関する事業内容や製品化の状態を考慮すると共に、リバースエンジニアリングが営業秘密の非公知性に与える影響や、営業秘密における有用性の判断等を行いつつ、当該技術を特許出願をするべきか秘匿化するべきかを専門的な知見から助言することができると考えます。
また、秘匿化する技術(発明)に対しては、当該技術を秘密管理できるように明細書に近い形で文章化する作業の要否もここで判断できるでしょう。

とは言いながら、このようなことは多かれ少なかれ、既存の知財部や特許事務所でも行っていることでしょう。しかしながら、営業秘密の知的財産という意識を持ち、特許出願を前提とした知財管理に偏らず、特許出願と秘匿化を両輪とした知財管理を積極的に行うべきかと思います。特に、特許事務所は特許出願等の代理人を行うビジネスモデルなので、そのビジネスモデルに加えて、技術情報の秘匿化も収益をもたらすビジネスにできればと思っています。

なお、企業によっては、特許出願に関する規定はあるものの、発明を秘匿化する際の規定がない企業もあるかとも思います。このような企業では、同じ発明であっても特許出願した場合は評価されても、秘匿化された場合は評価され難いかもしれません。
そのような評価であればどうしても発明は特許出願ありきという判断に偏りがちになるかと思います。
このため、発明を積極的に秘匿化する場合には、秘匿化した場合であっても発明者に特許出願と同等の評価がなされるような規定の整備が重要になるかと思います。

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2019年12月20日金曜日

工場見学と営業秘密における非公知性喪失について

取引会社の社員や消費者を対象に工場見学を行う企業もあるかと思います。
工場内で営業秘密に係る技術を実施していた場合に工場見学が行われると、当該技術の非公知性は失われるのでしょうか?

このような場合の参考になる裁判例が、フッ素樹脂ライニング事件 (大阪地裁平成10年12月22日判決 平成五年(ワ)第八三一四号)です。

この事件は、フッ素樹脂シートライニングを行うためのホットガンのノズルの形状が営業秘密(本件ノウハウ)であると原告が主張しているものです。被告は原告の元従業員等であり、原告企業を貸借後に同業他社である被告企業を設立したり、当該被告企業に就職しています。

そして、被告らは、原告においてはノズルを作業員各自が管理し、作業が終了していても特に定められた保管場所に収納していたわけではなく、しかも、当該ノズルを使用して原告工場内あるいは納品先で作業をする際、工場見学者や納品先社員が作業を見学し、ノズルを間近に見たりすることもできたと主張し、本件ノウハウの非公知性を否定しています。

しかしながら、裁判所は以下のように判断して、本件ノウハウの非公知性を認めています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 
原告はノズルの保管ロッカーを定めていたし、溶接作業を原告工場の見学者や納品先の社員に見せていたとしても、ノズル自体さほど大きいものではないのであるから、これら部外者においては、市販品を加工していること自体は理解できても、具体的にどの部分にどのような加工をしたかを知ることは困難であったと推認される。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
要するに、工場見学が行われたとしても、見学者が具体的に知ることができないノウハウ(情報)は非公知性は保たれていると判断されるかと思います。

一方で、生春巻き製造機事件(知財高裁平成30年11月2日判決平成30年(ネ)第1317号 大阪地裁平成30年4月24日判決平成29年(ワ)第1443号)のように、工場見学において製造方法を説明したり、写真撮影を許可した挙句に、見学者との間で秘密保持契約を結ばない場合には、当然、工場見学で積極的に公開したノウハウは非公知性を喪失することとなります。

フッ素樹脂ライニング事件で判示されているように、工場見学により必ずしも営業秘密でいうところの非公知性を失わないとしても、やはり、部外者に対して何を開示するかは慎重になるべきでしょう。
多くの企業が工場見学に対する対応は行っているかと思いますが、必要に応じて、見学者に見せない場所や工程を定めたり、秘密保持契約(誓約)にサインを求めたりすることは当然行うべきです。


ちなみに、特許法における新規性が喪失する場合には公然実施をされた発明が含まれます(特許法29条1項2号)。
ここで、公然実施について審査基準には下記のようにあります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「公然実施をされた発明」とは、その内容が公然知られる状況(注 1)又は公然知られるおそれのある状況 (注 2)で実施をされた発明を意味する(注 3)。
(注 1)「公然知られる状況」とは、例えば、工場であるものの製造状況を不特定の者に見学させた場合において、その製造状況を見れば当業者がその発明の内容を容易に知ることができるような状況をいう。
(注 2)「公然知られるおそれのある状況」とは、例えば、工場であるものの製造状況を不特定の者に見学させた場合において、その製造状況を見た場合に製造工程の一部については装置の外部を見てもその内容を知ることができないものであり、しかも、その部分を知らなければその発明全体を知ることはできない状況で、見学者がその装置の内部を見ること、又は内部について工場の人に説明してもらうことが可能な状況(工場で拒否しない)をいう。
 (注 3)その発明が実施をされたことにより公然知られた事実がある場合は、第29条第1項第1号の「公然知られた発明」に該当するから、同第2号の規定は発明が実施をされたことにより公然知られた事実が認められない場合でも、その実施が公然なされた場合を規定していると解される。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この審査基準の記載を参照すると、工場見学において特許法の新規性が喪失する場合と、工場見学において営業秘密の非公知性が喪失する場合とでは、特許法の新規性喪失の方がより厳しい判断基準(上記(注2))となっているように思えます。

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2019年11月21日木曜日

ー判例紹介ー 特許権のライセンスとノウハウ開示

特許権者が他者に実施許諾する場合、当該特許公報に記載の内容だけでは実施が難しい場合には、実施に必要なノウハウもライセンシーに開示します。
実施許諾した特許権が存続期間満了等により消滅した場合には、ライセンス契約も終了するわけですが、開示したノウハウはどうなるのでしょうか?

そのようなことを争った事件が、大阪地裁令和元年10月3日判決(平28(ワ)3928号9)です。

本事件は、川鉄電設(訴外)が被告らと締結したトランス事業に係る特許権のライセンスに関する基本契約についての契約上の地位を川鉄電設から原告が承継しました。そして、原告は、被告らの債務不履行を理由に本件各基本契約を解除したとして、被告らに対して各基本契約解除前に発生していたロイヤルティ支払義務の履行と、被告らが各基本契約の解除後においても原告から被告らに対して開示した本件技術情報を使用して変圧器を製造、販売していることは不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為に当たるとして、被告らの製品の製造、販売の差止め及び廃棄を求めたものです。

本事件において原告は「本件各特許権はその内容が公知になったとしても,それだけでは実用に耐えるトランスを設計・製造することができない「ノウハウの主要部以外の部分」を特許化したものであり、本件各基本契約は特許化されずに秘匿された、トランスを設計・製造するために必須のノウハウを対象とするノウハウ実施許諾契約である。」と主張しています。
そのうえで、原告は「本件各基本契約はノウハウライセンス契約であり,ランニングロイヤルティ等はノウハウの使用許諾の対価であって,本件各特許権の消滅によっては影響されない。」と主張しました。

これに対して、裁判所は「本件各基本契約の中心となるのは本件各特許権の実施許諾であり、本件技術情報の提供はこれに付随するものというべきであるから,ランニングロイヤルティの支払も本件各特許権の実施許諾に対する対価と位置づけられるべきであり、これを本件技術情報の提供に対する対価と考えることはできない。」とのように判断しました。
そして、裁判所は「被告らの原告に対する本件各基本契約に基づくロイヤルティの支払義務は,本件各特許権が消滅した平成27年3月31日をもって消滅したと解すべきであり,同年4月1日以降に被告らがWBトランスを製造,販売したことに対するランニングロイヤルティの支払請求は,理由がないというべきである。」と判断しました。


なお、上記のような結論が得られているものの、本件各基本契約には、被告らの債務不履行による解約の場合を含め、契約終了後は本件技術情報を使用してはならず、WBトランスを製造、販売してはならない旨の条項が存在することもあり、裁判所は「被告らがWBトランスを製造,販売することは不正競争行為に当たるか。」についても判断しています。

これに対して、裁判所は、本件技術情報は一定の有用性を有していると認めているものの(秘密管理性については、明示するまでもなく当該基本契約に基づいて認められると思われます。)、非公知性について「本件技術情報のうち,川鉄電設及び原告が作成したパンフレット(甲57,乙3)に記載されている数値は,当初から営業秘密性がないものと認められるし,既に検討したとおり,被告らが製造したWBトランスが市場に出回った後は,リバースエンジニアリングにより取得し得る数値については,公知になったというべきである。」として認めておりません。

これをもって裁判所は「本件技術情報は,前記パンフレットの記載により,あるいは被告らがWBトランスを製造,販売したことによって公知となっており,営業秘密性は失われているというべきであるから,本件基本契約が終了(原告の主張では平成27年11月26日)した後にWBトランスを製造,販売することが,営業秘密の使用にあたるとする原告の主張は採用できず,不正競争行為に当たるとしてその差止め等を求める原告の請求は理由がない。」と判断しました。

このような裁判所の判断は、妥当なものであると考えられます。
すなわち、特許権をライセンスすると共にノウハウも開示する場合には、ノウハウに対して秘密保持義務を課したとしても特許権の消滅に伴い、当該ノウハウも自由に使用可能となる可能性を考慮する必要があるでしょう。
特に、当該ノウハウを使用した製品がリバースエンジニアリングされることによって、当該ノウハウの非公知性が失われるような可能性がある場合には要注意です。


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年11月8日金曜日

ノウハウ(営業秘密)に対する企業の対価支払いとその帰属について。

営業秘密を規定している不正競争防止法には特許法第35条のような規定はありません。
そうであるならば、ノウハウを創作した発明者に対して企業は対価を支払わなくてもよいのでしょうか?

これに対する答えの参考となる裁判例として、知財高裁平成27年7月30日判決(平成26年(ネ)第10126号)があります。
この裁判例は、特許庁の「特許法第35条第6項の指針(ガイドライン)」における「指針に関するQ&A」のQ21でも紹介されています。
この判決では、下記のように判示されています。
---------------------------
 (2)  独占的利益の有無について
使用者等は,職務発明について無償の法定通常実施権を有するから(特許法35条1項),相当対価の算定の基礎となる使用者等が受けるべき利益の額は,特許権を受ける権利を承継したことにより,他者を排除し,使用者等のみが当該特許権に係る発明を実施できるという利益,すなわち,独占的利益の額である。この独占的利益は,法律上のものに限らず,事実上のものも含まれるから,発明が特許権として成立しておらず,営業秘密又はノウハウとして保持されている場合であっても,生じ得る。
---------------------------

この裁判例では、特許を受ける権利を企業が承継したのであれば、特許権を取得せず、営業秘密又はノウハウとして企業が保有した場合でも、発明者に対して対価を与えるべきであると解釈できます。上記「指針に関するQ&A」でもそのように回答しています。

なお、本件は、被控訴人の従業者であった控訴人が被控訴人に対し、職務発明である証券取引所コンピュータに対する電子注文の際の伝送レイテンシ(遅延時間)を縮小する方法等に関する発明(本件発明)について特許を受ける権利を被控訴人に承継させたことにつき,特許法35条3項に基づき,相当対価の請求等を行った者ですが、被控訴人が本件発明を実施していないとして、控訴人の請求は棄却されています。


一方で、企業が特許出願する意図が全くない発明に対しては発明者に対価を支払う必要はあるのでしょうか?
すなわち、当初から秘匿化が前提であり企業は特許を受ける権利の承継も不要と考えている場合や、そもそも今まで特許出願を行ったこともほとんどなく、特許権の取得という意識が皆無に等しい企業は、当該発明をした発明者には対価等を与えなくてもよいのでしょうか?

特許法35条は、特許を前提とした職務発明規定であり、秘匿化を前提とした職務発明規定ではありませんし、特許法35条を不正競争防止法で規定されている営業秘密に援用するというような条文もありません。
そうすると、上述のような秘匿化が前提の発明をした発明者に対して対価等を与えるとする規定は現状では存在しないでしょう。

一方で、特許法35条3項は、職務発明について契約等により使用者等(企業等)に特許を受ける権利を取得させることが定められているときには、その特許を受ける権利は使用者等に帰属することが規定されています。しかしながら、この規定は、特許を受ける権利を企業等に帰属させる規定であり、営業秘密やノウハウを企業等に帰属させる規定ではありません。

そして、不正競争防止法2条1項7号は下記のように規定しています。
---------------------------
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
---------------------------
ここで、事業者(企業)そのものは発明を行わず、発明は従業員等である発明者が行うため、発明は発明者から事業者に示されるものです。そのように発明という情報の流れを理解した上で、上記7号を素直に解釈すると、発明者と事業者との関係では、当該発明者は事業者から営業秘密とする発明は示されません。
であるならば、当該発明者が、自身が行った発明を例えば転職先等で開示等しても、不正競争防止法2条1項7号違反にはなりません。

さらに、発明者に対して事業者が発明に対する対価も支払わず、発明者との間で発明に対する秘密保持契約も結んでいない状態で、発明者が転職先に発明を開示し、この転職先が当該発明を使用等した場合には転職先は不正競争防止法2条1項8号違反となるのでしょうか?

すなわち、事業者が発明者に対価も支払わず、秘密保持契約も結んでいないと状況において、当該事業者と共に当該発明者もその発明の正当な保有者とも考えられるかと思います。そうすると、当該発明者による転職先への発明の開示は正当な行為であるため、この発明を転職先が使用等しても、不正競争防止法2条1項8号違反にはならない可能性があるのではないでしょうか? 


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年5月6日月曜日

営業秘密侵害訴訟の流れ

営業秘密侵害訴訟も特許権侵害訴訟と同様に特有の流れがあります。

まず特許権侵害訴訟の主な流れは以下のようでしょうか。侵害論で被告による原告の特許権侵害が認められない場合には損害論に至ることはありません。なお、損害賠償を請求せずに、差し止めだけを請求する場合には損害論はありません。
1.侵害論
 ・文言侵害(請求項の各構成要件に対するイ号製品の充足判断)
 ・均等侵害(文言侵害でない場合に)
2.損害論
 ・イ号製品の侵害が認められた場合

営業秘密侵害訴訟の場合は下記のようになります。
営業秘密侵害訴訟でも下記1~4まで段階的に判断され、裁断所によって全てが認められなければ原告勝訴には至りません。
1.営業秘密とする情報の特定
2.営業秘密の三要件(秘密管理性、有用性、非公知性)の判断
3.被告による営業秘密の不正使用
4.損害論


特許権侵害訴訟では、原告(特許権者)の権利範囲が訴訟を行う段階で既に明確である一方、営業秘密侵害訴訟では原告(営業秘密保持者)が主張する営業秘密が未だ明確ではありません。このため、営業秘密侵害訴訟では「1.営業秘密とする情報の特定」と「2.営業秘密の三要件の判断」とがまず判断されます。
営業秘密侵害訴訟ではこのハードルが高いといわれています。
特に三要件の秘密管理性が認められ難いと考えられていますが、裏を返すと原告が本来秘密としなければならない情報を適切に管理できていないということになります。

また、原告が営業秘密であると主張する情報が明確に特定できないことにより、裁判において三要件の判断すら行われない場合も散見されます。この場合は、原告ですら自身が秘密にしたい情報が何であるかが明確でないことになります。

このように、営業秘密侵害訴訟において原告は自身が営業秘密と主張する情報を明確にし、その情報は三要件全てを満たす必要があります。

そして、営業秘密侵害訴訟では「3.被告による営業秘密の不正使用」が認められなければなりません。これも特許権侵害にはありません。特許権侵害では、第三者が正当な理由なく他者の特許権を実施した場合にはそれだけで不法行為となるためです。
すなわち、原告主張の情報が営業秘密であると裁判所によって認められても、当該営業秘密が被告によって不正使用されていなければ原告の主張は認められません。なお、営業秘密の不正使用が認められない場合とは、被告が正当な権利を有して原告の営業秘密を使用している場合や、そもそも被告が原告の営業秘密を使用していない場合があります。

これら1~3が認められてやっと損害論となります。損害論に至っても、原告側に損害が発生していない場合には損害額はゼロとなりますし、低額の損害しか認められない場合もあります。

このように、営業秘密侵害訴訟では特許権侵害訴訟に比べて原告主張が認められるためのハードルが多いようにも思えます。一方で、特許権に関しては大前提として特許出願をして審査を経て特許権を取得するというハードルがありますが、営業秘密侵害訴訟では上記「1」と「2」が特許権における審査と同様であるとも考えれられます。

以上のように、営業秘密を管理する場合には、訴訟の流れを意識することも重要かと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2018年12月5日水曜日

営業秘密について非常に参考になる論文

営業秘密について非常に参考になる論文がありました。
インターネットでも公開されているものですので、興味のある方はぜひご覧ください。
シリーズとなっていますが、夫々のページ数も多くないものの営業秘密、特に技術情報の営業秘密についての考え方がわかるかと思います。

トレードシークレット(営業秘密)の有効な保護と活用のための戦略①
トレードシークレット(営業秘密)の有効な保護と活用のための戦略②
トレードシークレット(営業秘密)―機密保持契約のリスクと活用法
営業秘密を有効に保護するための NDAの特殊条項の戦略的活用法

なお、これらの論文は、2003年、2004年に執筆されたものであり、営業秘密に関連するものとしては古いものになるかと思います。
しかしながら、リバースエンジニアリングと営業秘密の関係、また他社の営業秘密が自社技術と混ざり合うコンタミネーションにも触れられており、営業秘密に関する実務的な留意点が一通り記載されており、ほとんど古さを感じさせません。

ここで、コンタミネーションに関しては、意識が低い企業がほとんどかと思います。
しかしながら、オープンイノベーションが広がりつつある昨今、このコンタミに係るリスクは認識する必要があります。
この認識が低いと、他社から情報の開示を受けたものの協力関係には至らず、当該情報に関する分野のビジネスを自社独自で始めたところ、当該他社から訴訟を提起されるというような事態に陥る可能性があります。
このような事態を割く得るために、情報を他社に開示する側は、協力関係が築けない場合も意識しつつ、段階的な情報開示を行い、情報を他社から開示される側も、必要以上の情報を取得しないように意識するべきかと思います。

特に、オープンイノベーションの場合には協力関係を構築する可能性のある他社と自社で同様の秘匿技術を有している可能性があります。このような場合において協力関係に至らなかった結果、上記のような訴訟等に発展するかもしれません。このような事態を避けるためにも、自社が他社から情報開示を受ける場合、その内容を精査すると共に自社も同様の技術を有している場合にはそのことを他社に開示する等も必要かと思います。
そのようなこともこの論文には記載されています。


さらに、営業秘密を意識したNDAについて記載されている論文は、オープンイノベーションとも絡んで特に意義のあるものでしょう。

特に論文「営業秘密を有効に保護するための NDAの特殊条項の戦略的活用法 」のまとめには「通り一遍のNDAの雛型をすべての案件に使用するのでは不十分である。」との記載があります。
裁判例を読んでいても原告と被告との間で締結されているNDAは、ほぼ“雛型”のままであろうと思われるものが多くあります。そして、例えば、NDAで秘密保持の対象とする情報が何であるかをより明確にすれば訴訟に至らなかったのではないか、すなわち、被告が当該営業秘密の使用等を行わなたかった可能性もあるのではないかと思われる事件もあります。
逆に雛型にとどまらず、案件ごとに適切なNDAを締結していれば、秘密保持の対象がより明確になり訴訟に至るような事態になりにくいのか漏れません。
訴訟となれば、原告、被告共に良いことはありません。訴訟による費用や労力を要することになり、実際にはどちらが勝とうとどちらにもメリットと呼べるものは生じない場合がほとんどでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年3月19日月曜日

他社の特許出願に対する情報提供について

たまには弁理士らしい話題を。
しかし、営業秘密とまでいかなくても、企業が秘密にしたい情報に関することも少々絡んでいます。

特許出願の制度として、他者の特許出願に係る発明が新規性・進歩性を有していないなどについての情報を特許庁へ提供する、いわゆる「情報提供」があります。
特許庁のホームページを参照すると、情報提供件数は年間7千件前後で推移しており、情報提供を受けた案件の73%において、情報提供された文献等を拒絶理由通知中で引用文献等として利用しているとのことです。
また、情報提供は匿名で行うことができるので、特許出願人は誰が情報提供を行ったのか分かりません。
このように、情報提供を行う者(企業)にとって、匿名で他社の特許出願が権利化されることを阻止することができるので、メリットが大きいかと思えます。

しかし、私の経験からすると、情報提供は、情報提供を行う企業にとってやはりリスクを負うものであると考えます。
情報提供を行う企業は、なぜ情報提供を行うのでしょうか?その理由は、情報提供の対象とする特許出願を権利化させたくないためです。
では、なぜ権利化させたくないのでしょうか?その理由の一つは、自社でも同様の技術を実施したい、若しくは既に実施しており、もし、当該特許出願が権利化された場合、自社によるこの実施が侵害になる可能性が高いというものがあります。

ということは、情報提供をされた特許出願の出願人は、自身の特許出願を意識している他社の存在を知ることになり、さらに、意識している理由として他社が当該特許出願に係る技術(発明)を実施予定又は既に実施していると推測することになります。

このような自社が他社の特許を侵害する可能性がある技術を実施又は実施する可能性があることは、他社に知られたくない秘密情報ではないでしょうか?




そして、情報提供を受けた特許出願人が行うことの一つとして、分割出願を行う可能性があります。当該特許出願が特許査定となっても、分割出願を行うことにより、当該特許出願に基づく異なる特許の取得を試みることになります。

こうなると、情報提供を行った企業は、当該分割出願に対しても情報提供を行う必要性に迫られるのではないでしょうか?そして、情報提供がされた場合、当該分割出願の出願人は、自社の特許出願を非常に意識している他社の存在の認識をさらに強く持つことになります。
そして、分割出願に対しても情報提供がされた場合には、当該分割出願の出願人はさらに分割出願をする可能性が高いでしょう。情報提供がされた出願人は、分割出願を行うことへの抵抗は小さいかと思います。逆に、自身の特許出願から複数の特許、しかも他社に対して抑制力となり得る可能性が高い特許を取得する機会となるので、喜んで分割出願を行う可能性が高いかと思います。
もし、自社の特許出願に対して情報提供を受けても何もしていなかった企業は、ぜひ分割出願を行うことをお勧めします。一方、私がお勧めしないことは、情報提供に対して上申書を提出することです。上申書の提出により、その後、禁反言の証拠にされる可能性や他社に特許取得を阻むヒントを与える可能性があるからです。もし、情報提供が行われても、それを審査官が採用しなかったら無意味ですし・・・。

これに対して、情報提供を行った企業は、分割出願の度に情報提供を行うのでしょうか?おそらく、どこかの時点であきらめる可能性が高いかと思いますが、場合によっては情報提供すべき資料の中に、通常では入手し難いような情報、例えばその情報を入手し得る企業を強く示唆する情報、換言すると、情報提供を行った企業を想起させるような情報を出してしまう可能性があります。
こうなってしまうと、特許出願人は、情報提供を行った企業を予測することになり、侵害されているか否かを調査し易くなります。

このような事態、すなわち分割出願によって他社に取得されたくない特許が複数取得される事態や、情報提供を自社が行ったことを想起される事態に陥らないように、情報提供を行う際には十分気を付ける必要があります。

ちなみに、分割出願を行わせないためには、情報提供ではなく特許査定後の異議申し立てにより特許取得を阻止する方が良いのではないかと思います。異議申し立ては匿名ですし、異議申し立て後には分割出願ができないためです。しかしながら、異議申し立てが認められない場合には、無効審判しか手立てがないというリスクも生じ得ますので、どのような制度を用いて他社の特許取得を阻むかは判断が難しいと思います。

2017年11月8日水曜日

営業秘密とする技術と特許出願する技術との線引き

技術情報を営業秘密として管理するか、又は特許出願とするかで悩む場合があるかもしれません。
では、どのような基準で技術情報を営業秘密とするか特許とするかを分けるべきでしょうか?

判断基準の一つは、その技術を公知とするべきか否かであると思います。
非公知とするのであれば営業秘密とし、公知となっても良いのであれば特許出願も視野に入れることができます。
最近流行りの「オープン&クローズ戦略」に通じる考えですね。

ここで、営業秘密として管理することが難しい技術があります。
それは、消費者(顧客)が視認できる製品の外形や機械構造等の製品化すると必然的に公知となってしまう技術(技術思想)です。
これらは、市場に製品が出ると同時に公知となってしまうので、営業秘密の3要件のうち、「非公知性」を満たさなくなります。
非公知性を満たさなくなる技術は、営業秘密として管理するのではなく、特許出願(実用新案出願又は意匠出願)することを検討するべきかと思います。
一方で、製品が市場に出る前であれば公知となっていないので、その技術は営業秘密として管理可能ですし、特許出願等を行うのであれば営業秘密として秘密管理するべきものです。



なお、製品の外形等でも、その図面は営業秘密とできるのではないかと思います。
図面そのものは、非公知であり有用性を有していると考えられるためです。
しかしながら、判例では容易にリバースエンジニアリングできる技術は、非公知性を有しないとされています。

非公知性とリバースエンジニアリングとの関係については、下記ブログ記事や私の論文でまとめていますので、ご興味があれば見てください。
下記の記事等にも記載していますが、営業秘密における非公知性とリバースエンジニアリングとの関係は未だ判例が少ないため、明確でないように思えます。

・過去ブログ記事「営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング-
・過去ブログ記事「営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング- その2
・パテント誌論文「営業秘密における有用性と非公知性について

また、特許で言うところの進歩性が認められ難い技術情報は、営業秘密として管理すべきかと思います。
例えば、工場の生産ラインの構成、食品や化学製品等の原料配合、プログラムのソース等、設計事項とされる技術であるものの、他社に知られたくない技術が営業秘密として管理する技術になるのではないでしょうか。

さらに、特許出願明細書に記載しなかった数値等、特許出願に関するヒアリングを弁理士と行った際に、「これはノウハウでしょうから明細書に記載するのはやめましょう。」とされた技術も営業秘密として管理するべきかと思います。

特に、特許技術に関連する技術情報(ノウハウ)は、ライセンスを意識するのであれば営業秘密として管理することは重要かと思います。
特許権と共にその技術をより確実に実施するためのノウハウも一緒にライセンスすることは一般的ですから。

また、特許は、存続期間が出願日から20年です。
この20年という期間は、長いようで短い気もします。この20年を過ぎると特許権は消滅し、その技術は誰でも使える技術となります。
特許出願と製品販売が同時にできている場合は少ないと思います。
例えば、特許出願から2~3年後に製品販売、略それと同時に特許権の取得。
その製品の市場優位性が分かるのにさらに1~2年とすると、特許権を取得していることによる利益は15年、審査の長期化等が生じるとそれよりも短いかもしれません。
その特許権が基礎技術に近いものであるならば、その技術を使った製品販売まで相当の時間を要するかもしれません。

一方、技術を営業秘密として適切に管理すると、独占排他権は半永久的に独占できるかもしれません。
例えば、コカ・コーラの製法やケンタッキーフライドチキンの製法等がとても分かりやすい典型例でしょうか。
このように、技術を営業秘密とするか特許出願するかの判断は、企業の事業スパンも考慮に入れるべきかと思います。

あまりまとまっていない気もしますが、技術情報を営業秘密とするか特許出願するかは、非常に難しい判断かもしれません。
この判断としてよくない判断は、営業秘密管理や特許出願を目的が明確でないまま漫然と行うことでしょうか。

私は知財業界においてこのような漫然とした判断が多々あるように感じます。
何のために特許出願を行うのか?自社実施のため?、他社排除のため?、社員のモチベーションアップのため?
営業秘密管理や特許出願はコストもかかり、マンパワーも要します。
営業秘密管理、特許出願の何れを選択する場合でも、最も重要なことはその“目的”は何かということではないでしょうか?