2025年10月19日日曜日

自社製品の市場、自社の立ち位置、技術内容等に応じた特許化又は秘匿化の選択

自社技術を特許出願する目的として、主に二つがあると考えます。
一つは、市場を独占する目的、もう一つは他社製品との差別化を行う目的です。

市場を独占するのであれば、自社のみで需要を賄う必要があります。独占を意識できる市場は新規な市場の場合が多く、新規な市場に適合する技術は特許権しかも、誰もが実施する可能性のある基本特許を取得できる可能性があります。

ここで、当該市場へ参入する企業が自社だけであり、自社の規模が当該市場に比べて十分に大きい、又は自社の規模は大きくないけれど当該市場が小さく需要を賄えるのであれば、自社だけで市場を独占することも可能でしょう。
一方で、当該市場に魅力を感じる他社が存在する場合には特許権により排除することも考えられますが、当該特許権の技術範囲に含まれない異なる技術で当該市場に参入する可能性もあります。
これはある意味で好ましいことでもあり、他社が市場に参入する余地があれば、供給よりも需要が大きいので市場そのものがより大きくなる可能性があります。そうすると、自社のシェアは小さくなるものの、市場が大きくなることで自社の売り上げは大きくなる可能性があります。

しかしながら、自社の特許権の技術範囲に含まれない技術を他社が実施することで市場が大きくなると、自社の特許権はあまり意味をなさない可能性があります。仮に、他社の技術が自社の技術よりも優れていた場合には、自社が当該市場からの撤退という事態になるかもしれません。


では、特許の視点からはどのような対応が考えられるでしょうか。
自社が当該市場に適合した基本特許を有しているのであれば、この基本特許を他社にライセンスして実施してもらうことが考えられます。ライセンスは有償よりも無償の方が参入企業が多くなるので好ましいでしょう。これにより、他社の技術が台頭する可能性が低くなり、かつ自社開発の技術が当該市場で主流となり得るので、自社は技術的優位に立てる可能性が高いでしょう。

無償ライセンスであるならば、特許を取得する必要が無いと考えるかもしません。しかしながら、仮に無償ライセンスを受けた他社が自社に対して他社特許権の行使を行った場合には、この無償ライセンスした特許権に基づいて権利行使を行うことができます(予めそのような契約にします。)。いわば、この無償ライセンスは半強制的なクロスライセンスでもあります。
また、市場が幾つかの分野に細分化でき、自社だけでは全ての分野への参照が難しい場合もあるでしょう。そのような場合には、分野毎、換言すると当該技術の用途毎に特許権を取得します。当該技術に新規性・進歩性があれば用途毎の特許を取得することは難しくありません。そして、自社が実施しない分野(用途)に対しては、他社に対して有償ライセンスを行います。

このようにして、新規な市場において自社技術を広め、他社参入を促すことでより市場を大きくすることも考えられます。また、市場に広まる技術は、自社技術であるため、自社が技術的に優位となる可能性が高く、常に他社製品よりも優れた製品を出すことも可能となりやすいでしょう。

しかしながら、このようになると市場の独占ではないので、自社製品は他社製品との差別化を行う必要があります。

自社が開発した差別化技術が自社製品の外観やUIから容易に判別できる場合には、特許を取得した方がよいでしょう。差別化技術の権利化には、特許だけでなく、実用新案や意匠も有効な場合があります。また、自社製品のリバースエンジニアリングによって容易に知得できる差別化技術も権利化が好ましいかと思います。

一方で、差別化技術が自社製品から知得される可能性が低いのであれば、ノウハウ(営業秘密)とすることも考慮する必要があるでしょう。秘匿化できる差別化技術を特許出願すると、当該差別化技術を他社が認識し、特許権の技術範囲に含まれない類似技術を実施する可能性があるためです。そうなった場合、自社の差別化技術によって他社製品との差別化ができなくなる可能性があります。

なお、秘匿化できる技術は製品の製造方法等の工場内でしか実施しないような技術です。このような技術は、自社で特許権を取得しても他社の侵害を容易に発見できず、自社の技術漏えいとなるだけの可能性も高いでしょう。また、自社製品で使用されている複雑な処理内容等も他社の侵害発見が容易ではない場合があるので、特許権を有効に利用できないかもしれません。

一方で、差別化技術を秘匿化した場合、他社が同じ技術を実施していてもそれが他社が独自に開発した技術であれば、何ら権利行使はできません。また、他社が当該差別化技術を独自開発して権利化してしまったら、実質的に他社特許の権利侵害になります。この場合、自社は先使用権を有しているでしょうし、やはり他社も自社による権利侵害を認識できないでしょうが、万が一のことを考えると気持ちのいいものではありません。

このように、自社開発技術の特許出願又は秘匿化は、自社製品の市場、自社の立ち位置、技術内容等に基づいて選択する必要があります。そして、この選択の目的は、自社利益の最大化にあります。
この視点が欠落すると、単に意味もなく特許出願又は秘匿化するだけであり、その結果、自社に損害を与える可能性すらあると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年10月13日月曜日

リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断と特許の新規性判断

販売されている自社製品のリバースエンジニアリングによってその技術内容が公知となることはよく知られていることです。
リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断については、下記にまとめています。

結論からすると「専門家により、多額の費用をかけ、長期間にわたって分析することが必要」とする場合には、リバースエンジニアリングが可能であっても営業秘密としての非公知性は喪失していないとされます。すなわち、「専門家によらず、多額の費用をかけず、長期間にわたらない分析」によるリバーズエンジニアリングで得られた技術情報は非公知性を喪失していることとなります。

一方、特許の新規性判断はどうでしょうか?
特許出願前に販売された自社製品に特許に係る発明を用いていた場合には、「公知」(特許法第29条第1項第1号)又は「公然実施」(特許法第29条第1項第2号)に該当する可能性があります。特許に係る発明が自社製品の外観から容易にわかる場合には、当然、公知又は公然実施になるかと思います。
しかしながら、自社製品を分解、分析等しなければ知り得ない技術は、公知又は公然実施となるのでしょうか?

ここで、特許権侵害による差止等請求事件である東京地裁令和3年10月29日判決(事件番号:平31(ワ)7038号 ・ 平31(ワ)9618号)において、裁判所は以下のように述べています。なお、このような裁判所の見解は、他の裁判例でも示されています。
法29条1項2号にいう「公然実施」とは,発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいい,本件各発明のような物の発明の場合には,商品が不特定多数の者に販売され,かつ,当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん,外部からそれを知ることができなくても,当業者がその商品を通常の方法で分解,分析することによって知ることができる場合も公然実施となると解するのが相当である。
このように、特許に係る発明が、特許出願前に販売された製品をリバースエンジニアリングすることで知り得る場合には「公然実施」に該当し、審査で拒絶されたり無効とされると考えられます。
なお、本事件に係る特許権(特許第5697067号)の特許請求の範囲は以下のようなものです。
【請求項1】
  菱面晶系黒鉛層(3R)と六方晶系黒鉛層(2H)とを有し、前記菱面晶系黒鉛層(3R)と前記六方晶系黒鉛層(2H)とのX線回折法による次の(式1)により定義される割合Rate(3R)が31%以上であることを特徴とするグラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材。
  Rate(3R)=P3/(P3+P4)×100・・・・(式1)
  ここで、
      P3は菱面晶系黒鉛層(3R)のX線回折法による(101)面のピーク強度
      P4は六方晶系黒鉛層(2H)のX線回折法による(101)面のピーク強度
である。
この発明に対して裁判所は以下のように判断しています。
・・・本件特許出願前から,被告伊藤は,本件発明1の技術的範囲に属する被告製品A1ないし3及び本件各発明の技術的範囲に属する被告製品A4ないし11を,被告西村は,本件各発明の技術的範囲に属する被告製品B1及び本件発明1の技術的範囲に属する被告製品B2を,日本黒鉛らは,本件各発明の技術的範囲に属する日本黒鉛製品1ないし3並びに本件発明1の技術的範囲に属する日本黒鉛製品4及び5を,中越黒鉛は,本件発明1の技術的範囲に属する中越黒鉛製品1及び2並びに本件各発明の技術的範囲に属する中越黒鉛製品3をそれぞれ製造販売していたものである。
そして,前記2(1)イのとおり,本件特許出願当時,当業者は,物質の結晶構造を解明するためにX線回折法による測定をし,これにより得られた回折プロファイルを解析することによって,ピークの面積(積分強度)を算出することは可能であったから,上記製品を購入した当業者は,これを分析及び解析することにより,本件各発明の内容を知ることができたと認めるのが相当である。したがって,本件各発明は,その特許出願前に日本国内において公然実施をされたものであるから,本件各特許は,法104条の3,29条1項2号により,いずれも無効というべきである。
このように本事件では、製品をリバースエンジニアリングすることによって発明の内容を知ることができたとして、本件特許が無効とされています。このリバースエンジニアリングはX線回折により行われるものであり、当然、商品を外部から観察しただけで知り得るものではありません。
このような判断は、上記note記事等における錫合金組成事件の非公知性判断と同様でしょう。


一方で、「認識」可能性の観点から「公然実施」による無効理由を否定した裁判例もあります。例えば、知財高裁令和4年8月23日判決(事件番号:令3(行ケ)10137号)は、展示会で展示されたことが公然実施に該当するとした無効審判の審決取消訴訟であり、結論からすると特許権は無効とならずに維持されてます。
この特許権の特許請求の範囲は以下です。
【請求項1】
走行機体の後部に装着され、耕うんロータを回転させながら前記走行機体の前進走行に伴って進行して圃場を耕うんする作業機において、
前記作業機は前記走行機体と接続されるフレームと、
前記フレームの後方に設けられ、前記フレームに固定された第1の支点を中心にして下降及び跳ね上げ回動可能であり、その重心が前記第1の支点よりも後方にあるエプロンと、
前記フレームに固定された第2の支点と前記エプロンに固定された第3の支点との間に設けられ、前記第2の支点と前記第3の支点との距離を変化させる力を作用させることによって前記エプロンを跳ね上げる方向に力を作用させる、ガススプリングを含むアシスト機構とを具備し、
前記アシスト機構は、さらに、前記ガススプリングがその中に位置する同一軸上で移動可能な第1の筒状部材と第2の筒状部材とを有し、
前記第1の筒状部材には前記第2の支点と前記ガススプリングの一端とが接続され、前記第2の筒状部材には前記ガススプリングの他端が接続され、
前記第2の筒状部材に設けられた第1の突部が前記第3の支点を回動中心とする第2の突部に接触して前記第3の支点と前記第2の支点との距離を縮める方向に変化することにより、前記エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少し、
前記ガススプリングは、前記エプロンが下降した地点において収縮するように構成される
ことを特徴とする作業機。
本事件では、「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少する」という構成が展示会において、不特定の者によって技術的に理解される状況(少なくともそのおそれのある状況)で実施されていたか否かが争点となっています。

これに対して裁判所は以下のように判断しています。
・・・本件展示会において、見学者が、エプロンを跳ね上げるのに要する力が、本件発明の構成要件Gに記載された技術的思想の内容であるエプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少することを認識することが可能であったとは認められないから、本件展示会において、検甲1により、本件発明の構成要件Gに係る構成が公然実施されていたと認めることはできず、本件発明が本件優先日前に検甲1により公然実施されていたとは認められない。
このように、特許請求の範囲の「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少する」という構成を、展示会において不特定のものが「認識できない」として、裁判所は特許権を維持するという判断を行っています。

さらに、本事件において裁判所は「そして、発明の内容を知り得るといえるためには、当業者が発明の技術的思想の内容を認識することが可能であるばかりでなく、その認識できた技術的思想を再現できることを要するというべきである。」とも述べています。
このように、公然実施を認定するためには、実施された製品から特許請求の範囲に記載の構成を「認識」できることを必要とするようです。このことはAIPPI(2016)Voi.61 No11の「公然実施に基づく新規性・進歩性判断」や特許庁発行の「審判実務者研究会報告書2024」の「公然実施発明と進歩性の判断」でも述べられています。

このような「認識」や「再現性」を敢えて、リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断に当てはめると、製品をリバースエンジニアリングすることができても「専門家により,多額の費用をかけ,長期間にわたって分析することが必要」な技術情報は、「認識」が難しく、また「再現性」が低い技術情報ともいえるのではないでしょうか。
このように考えると、リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断と特許の新規性判断は、同様であるようにも思えます。

とはいえ、営業秘密と特許とは、秘匿化と公開を伴う権利化とのように根本的に異なるもの(法律)であり、同様に考えることはできない、又は同様に考える必要はないのかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年9月29日月曜日

営業秘密を保有する事業者の秘密管理意思について

裁判における秘密管理性の認定では、営業秘密を保有する事業者の「秘密管理意思」が従業員等に示される必要があるともされています。
例えば、経済産業省が発行している営業秘密管理指針(最終改訂:令和7年3月31日)では以下のように述べられています。この記載からは、秘密管理意思を従業員等に認識させるために、営業秘密とする情報に秘密管理措置を行うということが理解できるかと思います。
秘密管理性要件が満たされるためには、営業秘密保有企業の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要がある。具体的に必要な秘密管理措置の内容・程度は、企業の規模、業態、従業員等の職務、情報の性質その他の事情の如何によって異なるものであり、企業における営業秘密の管理単位(本指針17頁参照)における従業員等がそれを一般的に、かつ容易に認識できる程度のものである必要がある。
下記グラフは、裁判の判決文において「秘密管理意思」との文言が用いられた回数を示したものです。このグラフから、裁判において「秘密管理意思」の認定は主に近年(2019年以降)になった行われたものであるようです。


この理由はなぜでしょうか。
ここで、営業秘密管理指針は平成27年(2015年)に全部改定されており、全部改定される前の営業秘密管理指針(平成23年12月1日改訂)における秘密管理性には以下のことが記載されています。
「秘密管理性」が認められるためには、その情報を客観的に秘密として管理していると認識できる状態にあることが必要である。
具体的には、①情報にアクセスできる者を特定すること、②情報にアクセスした者が、それを秘密であると認識できること、の二つが要件となる。
このように全部改定前の営業秘密管理指針における秘密管理性の説明では、営業秘密保有者の「秘密管理意思」とのような文言で説明されておらず、「①情報にアクセスできる者を特定すること」、「②情報にアクセスした者が、それを秘密であると認識できること」の要件を満たした場合に秘密管理性が認められるとのような見解が記されています。
一方で、全部改定された営業秘密管理指針では、上記のように、秘密管理性を認定するための特定の要件を必要とせず、上記のような「秘密管理意思」との文言を用いることで、秘密管理性はより広く認められるとのような見解が示されています。
おそらく近年の裁判所の判断は、このような営業秘密管理指針の見解の影響を受けて、営業秘密保有者の「秘密管理意思」が従業員等に示されていることを秘密管理性の要件としていると考えられます。

また、「秘密管理措置」の文言も平成27年(2015年)の全部改定から用いられた文言です。これも裁判の判決文において用いられた回数を調べたところ、やはり2015年以降に多用されるようになっています。


このように、近年の裁判所の判断は、秘密管理意思を従業員等に認識させるために秘密管理措置が必要であるとしているものの、特定の秘密管理措置を必要としているわけではありません。あくまで、秘密管理措置は営業秘密保有者の秘密管理意思を従業員等に認識させることができればよい、ということになります。
秘密管理意思を認識させることができれば、秘密管理措置は口頭で伝えるということでもよいことになるかと思いますし、もっと漠然とした秘密管理措置でもよいのではないかと思います。
秘密管理性の認定は、秘密管理措置の内容が重要なのではなく、従業員等に秘密管理意思を認識させることができているか否かであり、より広範囲で認めるべきであると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信