ラベル 判例 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 判例 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年7月22日月曜日

判例紹介:法的に保護されるノウハウとは?

ノウハウを法的に保護するためには、ノウハウが営業秘密であるとして不正競争防止法による保護を受けることが考えられます。しかしながら、ノウハウを営業秘密というためには、ノウハウを情報として特定したうえで、当該情報が秘密管理性、有用性、及び非公知性の三要件を有していることが必要です。
しかしながら、情報が三要件、特に秘密管理性を有していないとしてその営業秘密性を否定されることが多々あります。そうすると、営業秘密と認められなかったノウハウ(情報)は法的保護を受けることができないのでしょうか。

そこで法的保護を受けることができるノウハウについて示した裁判例(東京地裁令和 4年5月31日判決、事件番号:令元(ワ)12715号)を紹介します。
本事件は、ソフトウェア等のテスト業務を専門に行う原告会社の元従業員である被告Aによって、テスト業務に使用するテスト設計書の電子ファイル(本件ファイル1、2)が被告Aの転職先である被告会社に無断で持ち出され、被告会社において使用されたとのように、原告会社が主張したものです。
原告は、被告らに幾つかの請求を行っていますが、そのうちの一つとして、「原告のノウハウを侵害したことを理由とする共同不法行為による損害賠償請求」が含まれています。

なお、当事者に争いのない事実から分かるように、被告Aは少なくとも本件ファイル1について実際に転職先である被告会社に持ち出し、それを使用したようです。
(4) 被告Aによる本件ファイル1の持ち出し等
被告Aは、平成30年6月頃、原告から貸与されていた業務用パソコンを使用して、本件ファイル1の電子データをチャットツールの自身のアカウントにアップロードして保存した。そして、被告モリカトロンに入社した後、私用パソコンを使用して、上記アカウントから同電子データをダウンロードして同パソコンに保存し、自身のUSBメモリスティックを介して被告モリカトロンの業務用パソコン及びローカル・エリア・ネットワークに保存した。さらに、被告モリカトロンの社内研修で使用するために、本件ファイル1を加工修正して研修資料(以下「本件研修資料」という。)を作成し、被告モリカトロンの従業員7名が出席した被告モリカトロンの社内研修(以下「本件研修」という。)において、同研修資料を用いて指導を行った。(甲6、弁論の全趣旨)
そして、裁判所は以下のように原告が主張するノウハウである本件各ファイルは著作物又は営業秘密でもないと判断しています。しかしながら、裁判所は、著作物又は営業秘密でなくても本件各ファイルの利用行為が不法行為と解する余地もあるとしています。
本件各ファイルは、下記7に記載のとおり、著作権法2条1項1号所定の「著作物」に該当せず、また、下記8に記載のとおり、不正競争防止法2条6項所定の「営業秘密」にも該当しないものである。しかして、本件各ファイルの利用行為は、著作権法や不正競争防止法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(最高裁平成23年12月8日第一小法廷判決・民集65巻9号3275頁参照)。
もっとも、これを前提としても、原告の主張は、被告らによる本件各ファイルの利用行為が、自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業の自由を侵害するものであるとして、前記特段の事情が存在する旨をいうものと解する余地がある。

この「自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害する態様」で使用されていたか否かについて、裁判所は以下のよう判断しています。
(3) 上記認定事実によれば、本件ファイル1は、テスト業務で確認すべき事項や確認結果を記載するために使用されるテスト設計書のひな型であることが認められ、具体的なテスト業務を想定したテスト観点やテスト結果等は記載されておらず、それらを記入すべき枠としての表が記載されているものに過ぎない。加えて、本件研修資料が具体的にどのような資料であったのかについては証拠上明らかでないが、本件研修資料は、少なくとも、被告Aが本件ファイル1を加工修正して作成したものであって、本件研修や被告モリカトロンにおけるテスト業務において本件ファイル1がそのまま使用されたものではない。これらの事情を考慮すれば、被告らの行為が、具体的、客観的見地からみて、直ちに自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するものであるとまではいえない。
また、本件ファイル2は、テスト設計書のひな型の一部であるところ、原告の主張によれば、原告は、テスト業務に使用するテスト項目を●(省略)●本件ファイル2に係る●(省略)●ものであるという。しかして、これを前提としても、本件ファイル2は、●(省略)●が記載されたもので、原告が整理したテスト項目のわずかな一部分を記載したものに過ぎないということになる。また、前提事実によれば、テスト業務は、ゲームソフト等のソフトウェアが仕様どおりに動作するかを確認してプログラムの不具合の有無を検出することを内容とするものであるため、そこで確認すべき事項は、ソフトウェアの仕様として明示的に記載されている事項か、当該ソフトウェアが当然有すべき性能に係る事項に限定されると考えられる。このようなテスト業務の性質にも照らして検討すると、上記認定のような本件ファイル2自体が、客観的,具体的見地からみて、原告独自のテスト観点等を記載したものとして、著作権法や不正競争防止法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を有するとまではいいがたく、被告らの行為が、自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するものであるとはいえない。
このように、本件ファイル1には原告が実施したテスト観点やテスト結果は記載されておらず、単なる枠であり、被告Aはそれを加工修正したものであり、本件ファイル1をそのまま使用していないために原告の営業を妨害するものではないと裁判所は判断しています。そもそも、本件ファイル1はその著作物性が否定され、かつ原告独自の情報も含まれていないのであれば、それを加工修正しても原告の営業を妨害とは考え難いでしょう。
本件ファイル2は「原告が整理したテスト項目のわずかな一部分を記載したものに過ぎない」として、法的に保護された利益を有するとは言えないとしています。そもそも、本件ファイル2については使用したか否かも判然としません。
このように、本事件では、原告の本件各ファイルを持ち出して使用した被告の行為は「自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するものであるとまではいえない。」と判断されています。

このように、営業秘密や著作権等の法的保護を受けることができない情報に対して、法的な保護を受けると裁判所が認める可能性は低いように思えます。
しかしながら、特に営業秘密については、秘密管理性がその要件として重要なファクターとなっており、有用性及び非公知性を満たしているにもかかわらず、秘密管理性を満たしていないとして営業秘密性が否定される場合は少なからずあります。そして、企業が保有している情報のうち、有用性及び非公知性を満たしている情報の全てを秘密管理することは現実的に不可能です。
具体的には、開発途中の技術に係る情報や完成に近い発明等は、有用性及び非公知性を有している場合が多々あるかと思います。このような情報は、技術や発明が完成した後に秘密管理される場合がほとんどです。そして秘密管理されていない情報を不正に持ち出したとしても、営業秘密侵害にはなりません。
しかしながら、このような情報が不正に持ち出されて使用され、その行為が「自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するもの」であれば法的保護を受けることができるかもしれません。
また、顧客情報が不正に持ち出されて使用された場合でも、秘密管理性が否定され営業秘密としての保護が受けられない場合が多々あります。しかしながら、秘密管理されていない顧客情報を不正に使用する行為は「自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害する」行為の典型例となるのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年6月26日水曜日

判例紹介:転職者が前職企業の営業秘密を持ち込むルートの一例

転職者が前職企業の営業秘密を不正に持ち込むことは、転職時にのみ行われるものではありませんし、介在する人物が複数人の場合もあります。
今回はそのような営業秘密の不正な持ち込みのルートに関する事例(東京地裁令和5年1月27日 事件番号:令元(ワ)20604号)を紹介します。

この事件は、戸建て住宅の建築業を行うアキュラホーム(原告会社)の元従業員2人(被告A、被告B)が、建築工事業等を行うアイ工務店(被告会社)に転職したものです。この転職に伴い、アキュラホームのシステムに関するデータ(本件検討資料、本件AQS関連ファイル)が漏洩したと原告会社は主張しています。なお、本事件は知財高裁に控訴されたものの判決が確定しているようです。

時系列としては以下となっています。
・被告Bは、平成26年8月31日に原告会社を退職し、同年9月1日に被告会社に入社し、被告会社のシステム開発を担当。被告会社の基幹システムを独自開発を開始。
 被告Bは、被告Aに対して、原告会社で使用していたシステムに関する資料(設計建設業務支援システム操作マニュアル)を送付するように依頼。
・被告Aは、平成26年9月8日、被告Bに対して、原告会社が作成した「設計建設業務支援システム操作マニュアル」の電子データを添付したメールを送信。
・被告Aは、平成26年9月23日、被告Bに対して、被告Bのメールに返信する形式で「これですね。」とのみ本文に記載して、本件検討資料が添付されたメールを送信
・被告Aは、平成27年4月30日、原告会社に対して同年6月30日をもって退職する旨の退職願を提出。
・被告Aは、平成27年5月1日、原告会社のファイルサーバにアクセスし、本件AQS関連ファイルを複製。
・被告Aは、平成27年6月30日に原告会社を退職し、同年7月1日に被告会社に入社。被告Bと被告Aの2人でシステム開発を行う。

このように、被告Bは、被告会社への転職時には原告会社の情報は持ち出していなかったようです。しかしながら、被告会社に転職してすぐに被告Aにデータの持ち出しを依頼し、被告Aは依頼に従い原告会社に在職中に被告Bに渡しています。さらに、被告Aは被告会社に転職する際にもデータを持ち出しています。

このように転職者が前職の同僚又は部下等に依頼して前職の営業秘密を入手することは少なからず起きています。そして、多くの場合、このようなことが違法であるという認識もありません。本事件では、証人Cの証言として下記があります。この証言のように、被告Aは前職の原告会社のシステムを参考にして被告会社のシステムを作成したとのようなことを原告従業員Cに話しています。被告Aに違法性の認識があれば、下記のようなことを原告従業員に話すことはないでしょう。
被告Aは、その後、原告従業員のCとインターネットを通じてメッセージ交換ができるアプリケーションでやり取りをした。被告Aは、その中で、Cから、被告Aが働いている会社を尋ねられて被告会社だと回答し、誰の誘いかと尋ねられると、被告Bだと回答した。その後、被告Aから、「システムはアキュラのシステムをブラッシュアップして開発している」「さすがBさん、いい形でできていたよ」と送信し、これに対してCは、「そりゃそうでしょ。そこは疑う余地なし。」と返信し、これに対して被告Aは「あんなパッケージとは格が違う」と送信し、Cが「手組?」と返信すると、被告Aは、「手組よ」「インフラが凄くて」「VPNなし」「ネット通販でPC買ってる」その他、被告会社におけるシステムの環境やその管理の貧弱さを列挙していく内容を送信した。(甲20、証人C)

また、原告会社は、被告A,Bの行為をどのようにして知ることができたのでしょうか。これに関して原告会社は下記のように説明しています。
原告では、被告会社に原告の従業員を80名以上引き抜かれたこと、被告会社が使用している帳票類が原告のものに類似していることを覚知したことから、情報漏洩の可能性を考慮して平成28年8月頃から、退職者も含めた内部調査を行った。その結果、被告A及び被告Bによる平成26年9月頃の情報漏洩を疑わせるメールが存在することが発覚した。そのため、原告では、平成26年9月頃のメールを保全する必要が生じ、不正競争行為が行われたと考えられる時期のメールの保管期間を延長するために、572万8800円を支出した。また、原告は、被告A及び被告Bが原告において利用していたパソコンのフォレンジック調査を外部業者に委託し、そのために20万3200円を支出した。
このように、近年では、メールやサーバへのアクセス履歴等のデータのやり取りの情報は記録されています。このため、過去のメールやアクセス履歴等から営業秘密の不正な持ち出しが発覚することがほとんどであると思います。
本事件は、令和元年7月31日に訴訟が提起されています。被告A,Bが原告会社のデータを持ち出してから4年近く経過してからの提起であるため、被告A,Bは自身は行ったことは既に忘れてしまっていたのではないでしょうか。

なお、本事件は、原告会社の本件検討資料の営業秘密性は認められたものの、本件AQS関連ファイルの秘密管理性がないとして当該ファイルの営業秘密性は認められませんでした。
そして、本件検討資料を取得してこれを使用したことについて、原告が被告会社から受けるべき金銭の額は100万円が相当であるとされ、さらに、電子メールの保全や調査の費用に44万2750円、弁護士費用として15万円が認められ、計159万2750円が原告会社の損害とされ、被告A,B及び被告会社が連帯して支払え、等の判決となっています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年6月18日火曜日

判例紹介:営業秘密を不正に持ち出した転職者個人が負う賠償額

今回紹介する裁判例(東京地裁令和6年4月25日 事件番号:令5(ワ)70462号)は、転職時に営業秘密を不正に持ち出した事例であり、転職者個人が賠償額についてです。

転職者である被告は、平成28年3月に原告に入社し、原告において営業推進部長等の役職を務めていました。しかしながら、令和5年4月30日付けで、「機密情報を複製して社外に持ち出し、意図的に外部に流出させ、その行為が就業規則第42 条(機密保持)に抵触している」ことを処分理由として、原告から懲戒解雇されています。被告は原告から懲戒解雇されているので、おそらく退職金も支払われていないと思います。
なお、原告は、化粧品、健康食品、医薬部外品、日用品雑貨の企画、製造、販売等の事業を営み、米国で酸素系漂白剤「オキシクリーン」ブランドの商品(本件商品)等の製造販売を行うC&D社との間で、日本における本件商品の販売に関する販売代理店契約を結んでいます。

そして、被告は、原告の営業秘密である本件情報(本件商品の原価)を使用してプレゼンテーション資料を令和5年2月25日に作成し、26 日にAREEN 社のB氏に対し送付しました。被告は本件情報に対するアクセス権を有しており、被告は転職先としてAREEN社の内定を得ました。

裁判所は原告の本件情報の営業秘密性を認め、下記のように被告による本件使用行為及び本件開示行為について「不正の利益を得る目的」であると判断しています。
・・・本件プレゼン資料の作成及び開示の時点で被告がAREEN 社の内定を得ていなかった場合、同資料の内容に鑑みると、その作成等は被告の転職活動を有利に進めるために行われたものと理解される。他方、仮に被告が本件プレゼン資料の作成当時既にAREEN 社の内定を得ていたとしても、その時点では被告はいまだ原告の従業員であり、AREEN 社の被告に対する評価を更に高めることにより一層有利な条件で転職することを目的として、本件プレゼン資料の作成等が行われたものとみるのが相当である。
そうすると、本件使用行為及び本件開示行為について、被告は、少なくとも自己の転職活動を有利に進めることを目的としていたものといえることから、「不正の利益を得る目的」を有していたと認められる。これに反する被告の主張は採用できない。

また、裁判所は、被告による本件取得行為に係る故意も認め、その損害額について以下のように判断しています。
(1) 証拠(掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告の不正競争により、被告が取得した情報の解析のため、被告のUSB メモリのデータ復旧作業を実施し、その費用として合計24 万2000 円(税込)を支払ったこと(甲40)、C&D社に対し、本件に関する事実経緯及び再発防止策等についての報告を行ったこと(甲16)、本件に関し、弁護士に対し、合計2200 万円(内訳は事実関係の調査費用につき400 万円、警察署相談対応につき100 万円、訴訟対応につき1500 万円及び消費税200 万円)の支払を約し、令和5 年11 月末日までに合計1927 万3650 円を支払ったこと(甲41~43)が認められる。
また、C&D社に対する上記報告に伴い、原告は、C&D社との関係で、製品の原価情報という取引上重要な情報の管理体制等につき疑念を抱かせることとなり、その信用が損なわれたものとみるのが相当である。
(2) 上記認定事実を踏まえつつ、本件事案の性質・内容・緊急性、調査の経過、民事訴訟対応につき訴訟代理人弁護士に委任せざるを得なかったことその他本件に表れた一切の事情に鑑みれば、弁護士費用相当損害を含め合計300 万円(うち、信用毀損に係る損害額は100 万円)をもって、本件不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。これに反する原告の主張は採用できない。
本事件は、被告が原告の営業秘密を使用して作成した資料を第三者に送付したものの、それによる損害は認めていません。一方で、被告の行為に対する対応費用として1927 万3650 円を支払ったことは認めています。そして、最終的に裁判所は、原告の損害額として弁護士費用を含めた300万円を認めました。
すなわち、被告は原告の営業秘密を不正使用したことによって、懲戒解雇されたうえで、300万円を原告に支払う事態となりました。

他に被告が原告会社の営業秘密を不正に持ち出して転職したとして、原告会社が被告に損害賠償を求めた事件として、アルミナ繊維事件(大阪地裁平成29年10月19日判決 事件番号:平成27年(ワ)第4169号、大阪高裁平成30年5月11日 事件番号:平29(ネ)2772号)があります。この事件では、原告会社が被告に対して損害賠償として弁護士費用1,200万円を請求し、判決では弁護士費用相当の損害額として500万円が認められています。なお、アルミナ繊維事件でも、被告は原告会社を懲戒解雇となっており、退職金が支給されておりません。

また、原告が保有する営業秘密である本件生産菌(コエンザイムQ10)を被告が退職時に持ち出して、被告が設立した企業の代表取締役となった生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決 事件番号:平成18年(ワ)第29160号)では、被告による営業秘密の持ち出し等が原告の就業規則に記載されている原告に対する背信行為であるとして、裁判所が被告に対して原告拠出の退職金の一部(2239万6000円)の返還義務があるとしています。

このように、営業秘密の不正な持ち出したが発覚した場合には、懲戒解雇となって退職金が不支給となり、さらに数百万円の損害賠償を負う可能性や、退職金が支給されてもその後に返還義務を負う可能性があります。
このような可能性を考えると、転職時に営業秘密を不正に持ち出すことは、金銭的なリスクも相当高く、通常の転職によりこれを超えるリターンがあるとは考え難いので、”賢い”行為であるとは思えません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年3月31日日曜日

判例紹介:営業秘密の特定について

本ブログでは、営業秘密の特定について度々述べています。
訴訟において営業秘密の特定ができていないと、秘密管理性、有用性、非公知性についても裁判所は判断できないことになります。このため、営業秘密侵害を主張する場合には、営業秘密であるとする情報の特定が第一に重要となります。

今回紹介する裁判例(東京地裁令和6年2月19日判決、事件番号:令4(ワ)70057号)は、「服のパターン」が営業秘密であると原告が主張した事件です。被告は、原告の元従業員であり、原告を退職後にSNSを利用して被告製品を含む被告の製品やその展覧会の宣伝等をしています。

本事件では、原告は営業秘密とする服のパターンとして、原告の製品の品名、品番等を示しています。このような原告による営業秘密の特定に対して、裁判所は以下のように判断しています。
原告は、一般的に服のパターンがアパレル事業において重要な情報である旨を主張するものの、本件パターンについては、別紙営業秘密目録各記載のとおり、原告の製品の品名、品番等を摘示するにとどまり、本件パターンそのものの具体的な内容、形状等については具体的に主張せず、これに関する証拠も提出しない。このため、本件パターンに係る情報の具体的な内容等は不明というほかなく、そうである以上、これが、事業活動において有用性のある技術上又は営業上の情報であるとも、公然と知られていない情報であるともいえない。

原告と原告の元従業員であった被告との間では、「原告の製品の品名、品番等」でもお互いに服のパターンを認識できるのではないかと思います。しかしながら、裁判所は「原告の製品の品名、品番等」では服のパターンを認識することはできません。

なぜ、営業秘密の特定が必要なのかということを考えると、営業秘密の特定がなされていないと秘密管理性、有用性、非公知性の判断を客観的に行うことができないためです。
特に服のパターンは、所謂図面のようなものであるため技術情報とも言えます。このため、公知の情報との対比によって有用性及び非公知性を判断する必要もあります。そうすると、服のパターンが特定できなければ、公知の情報との対比は全くできません。

さらに、被告は「そもそも、服のパターンは縫製を解けば再現することができることから、非公知性の要件を充足しない。」とも主張しています。これは、原告が主張する服のパターンを用いて製造販売された服をリバースエンジニアリングすることで、当該服のパターンと同じ情報が容易に得られれば、当該服のパターンは既に公知になっている、という主張です。営業秘密の特定ができないと、このような被告の主張に反論することもなく、訴訟が棄却されます。

以上のように、自身が主張する営業秘密を特定しなければ、営業秘密侵害は100%認められることはありません。なお、本事件では「原告の製品の品名、品番等」は特定できるので、これに対応する「服のパターン」の特定は容易であると思えるのですが・・・。なぜ、その「服のパターン」を裁判において示さなかったのかはわかりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年11月20日月曜日

判例紹介:クレープミックス液の配合比率の有用性

顧客情報や取引先情報、経営情報等の営業情報は、一般的に何らかの雑誌等に記載されるものではなく非公知の場合が多いため、有用性も認められ易い情報です。
一方、営業秘密とする技術情報の有用性判断は、個人的には難しいところもあると思っています。様々な技術情報は、技術雑誌、特許文献、インターネットの情報等にも記載されており、それとの対比によって判断されるものであるためです。

今回紹介する東京地判平成14年10月1日判決(事件番号:平成13(ワ)7445)では、クレープミックス液の配合等の有用性について争われています。
本事件において原告は、原告が使用するマニュアルの部分に記載されたクレープミックス液の材料及び配合比率は原告の「営業秘密」に該当するところ、被告Aが原告会社在職当時に原告から示された上記営業秘密を、不正の利益を得る目的で被告ライトクロスの主宰するフランチャイズチェーンにおいてマニュアルに記載して使用していると主張しています。

そして、原告は営業秘密とする情報の内容を下記のように主張しています。
クレープミックス液の材料及びその配合割合(すなわち原告配合)そのものが原告の営業秘密であり、とりわけ粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccである点、牛乳と水を1対1の割合で配合した点、及び、調味料としてリキュールを配合した点などが他に見られない特徴である

なお、この配合による効果として「独自の質感、食感、味わいを出しつつ、焼き上がったクレープが冷めても美味しさが失われることなく、また、冷めてから折り曲げてもクレープパテが切れることなく中に具を包むことを可能にしている」 を原告は主張しています。

これに対して裁判所は、上記情報の営業秘密性について以下のように判断しています。
原告提出の証拠(甲3ないし25)によっても、クレープミックス液の主たる材料として、ミックス粉、卵、牛乳ないし水(あるいはその両方)を用いることは公知であると認められる上に、原告が原告配合の特徴であると主張する上記の諸点も、同配合が営業秘密であることを根拠付けるものと認めるには足りない。すなわち、〈1〉粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccである点、〈2〉牛乳と水の配合割合が1対1である点、及び、〈3〉調味料としてリキュールを配合した点については、本件で提出された全証拠によっても、これらの点がクレープの品質を有意に向上させることの個別の立証がされていないばかりか、これら諸点を兼ね備えることで、クレープの品質が有意に向上することの立証もされていない。

より具体的には、裁判所は下記のように判断しています。
〈1〉の点について:このような配合割合は、一般にホットケーキより薄目で、食感がクレープに比較的近いと思われるパンケーキにおいては珍しくない。
〈2〉の点について:原告は、この配合割合が製造コストを一定の線に保ちつつ、冷めても味の落ちない食感の良いクレープを製造するために最適な配合である旨主張するものの、牛乳と水を1対1の割合で混ぜたからといって、それがクレープの品質にとって、どのように、どの程度有用であるのかは、証拠上一切明らかでない。
〈3〉の点について:ケーキ等の焼き菓子類の原料に香料としてリキュール類を加えることがあることは、料理法として広く知られたものである。リキュールを特定の種類のものに限定しておらず、1キログラムの粉に対してキャップ1/2程度の量のリキュールを加えるとすることについては、これが原告配合における独創であり、また、当該配合比率をとることによって、できあがったクレープの食感ないし風味にどのような効果を生ずるものかは、証拠上全く明らかではない。

さらに、〈1〉、〈2〉については、下記のようにも判断されています。
上記〈1〉、〈2〉の点については、むしろ証拠(乙9、乙16の2、乙17の2、乙22、乙23及び乙28)に照らせば、被告が主張するとおり、焼き上がったクレープの品質は、主としてミックス粉自体の成分・配合によって決定されるものであって、粉に対する水分(牛乳及び水)の量や、牛乳と水の配合割合も、個別の粉の成分との関係を離れて一般的に成立するような普遍的なレシピが存在し得るものではないと認められる。すなわち、乙17(日清製粉(株)首都圏営業部作成の平成13年6月20日付け比較検査結果報告書)によれば、異なる4種類の粉(ミックス粉3種類、小麦粉1種類)を用いて、いずれも原告配合に従ってクレープを製造したところ、粘度を示すcps値(水をゼロとして、数値が高いほど、粘度が強いことを示す。)がすべて異なり、食感、風味、焼色もすべて異なったことが認められる。
本事件では、原告が営業秘密であると主張している情報について、主として、その効果が明らかでないとしてその有用性が認められていないと考えられます。確かに、原告が主張している情報は、一般的なレシピの範囲を超えるものでは無いように思えます。
さらに、営業秘密とする情報の特定も十分ではないようにも思えます。例えば、ミックス粉の種類、リキュールの種類が特定されていません。もしかすると、ミックス粉やリキュールの種類を適切に特定すると、原告の主張する効果が表れて営業秘密として認められたのかもしれません。
このように、技術情報を営業秘密として管理するのであれば、その効果が発揮される程度に技術情報を特定する必要があります。そうしないと、営業秘密としての有用性が認められル可能性は低いと思われますし、公知の情報との差異も認められ難いでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年10月30日月曜日

公知の情報の組み合わせの営業秘密性

営業秘密は、秘密管理性、有用性、及び非公知性の三要件を全て満たした情報であり、たとえ秘密管理性を満たした情報であっても、公知の情報は営業秘密とはなり得ません。一方で、複数の公知の情報の組み合わせの非公知性が認められて営業秘密となり得るかは、裁判所の判断が分かれる可能性がありそうです。

まずは、塗料配合情報流出事件の刑事事件判決(名古屋地裁令和2年3月27日、事件番号:平28(わ)471号 ・ 平28(わ)662号)での裁判所の判断です。この事件は、塗料の製造販売等を目的とする当時の日本ペイント株式会社の子会社の汎用技術部部長等として、被告人が商品開発等の業務に従事していました。そして、被告人は、日本ペイント社の競合他社である菊水化学工業株式会社に営業秘密(塗料の原料の配合)を漏えいし、自身も同社の取締役に就任したというものです。この被告人は、懲役2年6月(執行猶予3年)及び罰金120万円となっています。

本事件において被告人の弁護人は、「本件各塗料の原料の情報は特許公報等の刊行物から容易に推測が可能であるので,非公知性が失われている」と主張しました。
しかしながら、裁判所は、下記のように弁護人の主張を認めませんでした。
・・・本件各塗料の配合情報に含まれる原料は,特許公報等の刊行物に掲載されているものの,一つの刊行物に配合情報としてその全てが掲載されているわけではなく,関連する多数の刊行物を検索した上,複数の刊行物の情報を組み合わせて初めて本件各塗料の配合情報に含まれる原料を推測することができるにすぎない。また,刊行物に掲載されている複数の原料のうちどの原料が本件各塗料の配合情報を構成するかを推測することには相応の困難がある。そうすると,特許公報等の刊行物の情報から本件各塗料に含まれる原料を全て特定することは不可能でないにしても相当な労力と時間を要するといえる。したがって,特許公報等の刊行物に本件各塗料の原料の情報が記載されているからといって,本件配合情報の非公知性は失われない。

一方で、東京地裁平成30年3月29日判決(事件番号:平成26年(ワ)29490号)の高性能多核種除去設備事件では、裁判所は一見、日本ペイントデータ流出事件とは逆の判断をしているように思えます。
上記各情報は,汚染水処理における各種の考慮要素に関わるものであって,汚染水処理において,当然に各情報を組み合わせて使用するものであり,それらを組み合わせて使用することに困難があるとは認められない。また,上記各情報を組み合わせたことによって,組合せによって予測される効果を超える効果が出る場合には,その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない情報であるとされることがあるとしても,上記各情報の組合せについて上記のような効果を認めるに足りる証拠はない。したがって,これらの情報を組み合せた情報が公然と知られていなかった情報であるとはいえない。
また、AI技術を用いた自動会話プログラムをまとめた情報を営業秘密とした東京地裁令和4年8月9日判決(事件番号:令3(ワ)9317号))でも、当該情報に対して「平成29年前後の公知の情報を寄せ集めたものにすぎず、AIに関する初歩的な情報にすぎないものであり、そもそも秘密情報として管理されるべきものではなかったことが認められる。」と裁判所によって判断されています。
この事件は、原告によって控訴(知財高裁令和5年2月21日(事件番号:令4(ネ)10088号)されていますが、下記のように控訴審ではより明確に非公知性が否定されています。
(8) 原判決30頁の17行目の「本件データの」から同頁21行目の「られる。」までを「本件データは、AIについての特段の知識を有していなかったAが、インターネット上に公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めて作成したものであって、その内容はAIに関する公知かつ初歩的な情報であるから、不正競争防止法2条6項の「公然と知られていないもの」に当たらない。」と改め、その末尾で改行する。
以上のように、複数の公知の情報の組み合わせの非公知性が認められるか否かは裁判所の判断が分かれるているようにも思えます。より具体的には、非公知性が認められる場合とは、高性能多核種除去設備事件で示されているように「その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない」場合と考えられます。

ここで、塗料配合情報流出事件では「複数の刊行物の情報を組み合わせて初めて本件各塗料の配合情報に含まれる原料を推測することができるにすぎない。」として配合情報の非公知性を認めていますが、仮に、このような配合情報に非公知性がないとすると、物の配合情報はほとんどが営業秘密ではなくなってしまい、企業にとって不合理な不合理な判断となり得るでしょう。
一方で、労力と時間を要せずにインターネットの検索や文献調査等によって集めた情報は、誰でも取得できるものと言え、そのような情報にまで営業秘密としての保護価値を与えてしまうことも適切ではないと思えます。
そうすると、上記のように「その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない」ことを非公知性の判断基準とすることは妥当であると思われます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年9月14日木曜日

判例紹介:営業秘密としての技術情報の特定(認められない例)

技術情報を営業秘密として特定するためには、図や表、プログラム、特許請求の範囲と同様の記載、とのように様々な形態があり得ます。しかしながら、特定は形態でもよいわけではなく、やはり営業秘密とする技術情報の内容が客観的に判断可能な形態で特定する必要があります。

ここで、技術情報の特定が認められなかった裁判例として大阪地裁令和5年7月3日判決(事件番号:令2(ワ)12387号)があります。
この事件では、UCN(波長が600オングストロームより長い、極端に低いエネルギーの中性子であって、その低いエネルギー故に容器の中に閉じ込められる性質を有するもの(Ultra Cold Neutron))に関する装置を、原告が営業秘密と主張しています。

本事件において、まず原告は以下のように営業秘密の特定について述べています。
❝本件は、本件情報が化体した本件物件につき、その使用、開示の差止め等を求める事案であり、本件物件が社会通念上他の有体物から識別できる程度に特定できていればよく、必ずしも、営業秘密に当たる技術上の情報そのものの記載まで求められるものではない。原告らは、別紙物件目録において、社会通念上他の有体物から識別できる程度にまで本件物件を特定している。❞
そして、原告は営業秘密を下記のように主張しています。
❝本件情報の具体的内容は、本件物件の外部形状、内部構造及びその機能を発揮させるため組み上げられた各部の装置や機器(以下「構成部品」という。)を含む仕組み自体であり、形状及び構造にあっては、本件物件全体及び各構成部品の形状、寸法、加工及び組立てに関する情報である❞

このような原告の主張(営業秘密とする技術情報の特定)に対して、裁判所は以下のように判断し、原告の主張を認めませんでした。
❝しかし、かかる記述は情報の属性を極めて抽象的に述べたものにすぎず、具体的な技術思想や技術的意義を含む情報の具体的内容を読み解くことは全く不可能であり、ひいては公知の情報との対比(有用性、非公知性)や、管理態様(秘密管理性)を観念することができず、営業秘密の要件を備えるかどうかを判断することができない。
したがって、原告らの主張によってはそもそも本件情報が営業秘密に当たるとすることはできず、その主張は失当に帰する。原告らは先例からこのような特定で十分であるとするが、上記のとおり、営業秘密に該当するかどうかの判断ができない以上、原告らの主張は採用することができない。❞
ここで、客観的に特定できる技術情報がどのようなものであるかが上記で示されていると思います。
すなわち、「具体的な技術思想や技術的意義を含む情報の具体的内容を読み解くことが可能」なように技術情報を特定する必要はあります。
たとえば、図面やソースコード、材料の配合比率等は、具体的な内容を読み解くことができる典型でしょう。しかしながら、技術情報を上位概念にするほど、抽象的となり、具体的な内容を読み取くことができないものになり可能性があります。

そして、具体的な内容を読み解くことを必要とする理由は、「公知の情報との対比(有用性、非公知性)」、「管理態様(秘密管理性)を観念する」ことを可能とするためです。
すなわち、営業秘密の三要件を判断可能な程度に技術情報は特定されないといけません。そして、本事件のように営業秘密の特定ができていないとして、原告敗訴となる事例が少なからずあり、秘匿化する情報の特定は何より大事です。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年8月29日火曜日

判例紹介:情報を持ち出さない旨の合意の解釈

前回のブログで紹介した事件(東京地裁令和4年8月9日(事件番号:令3(ワ)9317号))、知財高裁令和5年2月21日(事件番号:令4(ネ)10088号))続きです。

この事件は、原告の従業員であって後に被告会社に移籍したBが原告在籍中に本件データのファイルのスライドの一部を作成し、Bが被告会社に移籍した後、被告ら作成データのファイルのスライドの一部を作成し、被告Aに対して被告ら作成データを含むファイルを電子メールで送信したというものです。なお、被告Aは原告の元代表取締役であり、代表取締役を辞任した後に被告会社を設立しています。
本事件の結論は、原告が主張する情報は営業秘密ではないと地裁によって判断され、原告の主張は全て棄却され、知財高裁でも覆ることはありませんでした。

今回は、本事件において原告と被告との間で締結していた合意書についてです。
本事件では、原告の元代表取締役である被告Aは、原告会社に在籍している時に下記5項を含む合意書を原告Cとの間で締結していました。この合意書において乙は被告Aであり、甲が原告Cとなります。
❝5.乙はGSPの資産(ソフトウェアを含む)、顧客リスト、その他営業上・経営上の資産、情報を持ち出さないこと。❞
上記5項の合意があると、被告Aが原告の情報に基づく作成データを入手したことは5項違反のようにも思えます。


しかしながら、裁判所は、この5項について❝本件合意書5項にいう「情報」とは、本件経過及び当事者双方の合理的意思を踏まえると(原告C21頁)、営業秘密又はこれに準ずる情報をいうものと解するのが相当である。❞とし、以下のように被告の5項違反を否定しています。
❝本件データは営業秘密に該当するものではなく、本件データと実質的に同一である被告ら作成データも営業秘密に該当するものとはいえず、その内容に照らし、有用性が極めて低い情報であるといえる。そして、上記認定事実によれば、その他の情報についても、単なる電子メールのやり取りにとどまるものなど、その内容に照らし、被告ら作成データと同様に原告の営業秘密又はこれに準ずるものに該当することを認めるに足りない。のみならず、被告Aが原告から情報(甲5の1ないし6の情報)を取得したとしても、上記情報の性質や内容等に照らし、これによって原告に損害が生じたことを認めるに足りず、これを裏付ける的確な証拠もない。
以上の諸事情を総合すれば、被告Aが指示して原告から情報(甲5の1ないし6の情報)を取得したとしても、当該情報が営業秘密又はこれに準ずる情報に当たらないから、本件合意書5項に違反すると認めることはできない。❞
このような裁判所の判断に対して、知財高裁において原告は以下のように主張しました。
❝原判決は、同項の「情報」について「営業秘密又はこれに準ずる情報」を意味するものと限定的に解釈したが、これを裏付ける証拠のうち、「営業秘密又はこれに準ずる情報」という具体的な表現が出てくるのは、原審における控訴人代表者Bに対する裁判長からの誘導的かつ抽象的な補充尋問のみであることからして、上記限定解釈は根拠を欠く。❞
すなわち、原告は5項でいうところの「情報」は営業秘密に限らず、自社で作成等された全ての情報を含むものであると、との主張を行っているのでしょう。
これに対して知財高裁は、下記のように原告の主張を認めませんでした。なお、下記のBは原告(控訴人)の代表者です。
❝原審の控訴人代表者尋問におけるやりとりをみると、Bが、5項の「情報」について「経営上有益なもの」を持ち出さないという趣旨である旨述べたことを踏まえて、原審裁判長が、「要するに営業秘密又はそれに準ずるような情報という趣旨」かを確認したところ、Bが「おっしゃるとおり」と回答したのであるから、B自身が「経営上有益なもの」に限定する意思を有していたのであり、原審裁判長による誘導などされていない。❞
ここで、原告の主張するように5項の「情報」が「営業秘密又はこれに準ずる情報」に限定解釈されなかったどうなったのでしょうか?被告Aが原告から情報を取得したのであれば、被告Aは当然に5項違反となり得るかと思います。そうすると、当該情報は、営業秘密ではないため差し止めは認められずとも、損害賠償は認められるのでしょうか。
しかしながら、裁判官は一審において❝被告Aが原告から情報(甲5の1ないし6の情報)を取得したとしても、上記情報の性質や内容等に照らし、これによって原告に損害が生じたことを認めるに足りず、これを裏付ける的確な証拠もない。❞とも認定しています。そうすると、当該「情報」が営業秘密であるなしにかかわらず、原告の損害は認められないことになるのでしょうか。

上記5項のような情報管理の規定において「情報」はできるだけ広い概念として定義される場合もあるかと思います。そうすることで、自社から持ち出された情報が秘密管理性を満たさず営業秘密でなくとも、持ち出した者に対して損害賠償が可能なようにも思えます。
しかしながら、そのように「情報」を定義しても本事件の裁判所の判断を鑑みると、当該情報に有用性や非公知性がないとしたら、自社に損害はない、すなわち当該情報には保護する価値がないと判断される可能性が高いのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年7月11日火曜日

不競法2条1項8号における「取得」や「使用」とは?その2

前回のブログでは、どのようか行為が不競法2条1項8号違反(営業秘密の転得者による不正取得・使用等)となるのかについて、大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)を参考にして考えました。今回はその続きです。

本事件は、家電小売り業のエディオン(原告)の元従業員(被告P1)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である上新電機(被告会社)へ持ち出した事件の民事訴訟です。この事件は刑事事件にもなっており、この元従業員は有罪判決となっています。
本事件では、被告が原告から持ち出した営業秘密は複数あり、それぞれについて被告による不正な開示・使用(不競法2条1項7号違反)、被告会社による不正な開示・使用(不競法2条1項8号違反)が裁判所によって判断されています。

前回のブログでは、不競法2条1項8号違反における「取得」について述べましたが、今回は「使用」についてです。
まず、工料表の価格と思われる資料1-5に対して、下記のようにして裁判所は、被告P1については不競法2条1項7号が認められる、と裁判所は判断しています。
❝被告P1は,P3に対し,「EDION 工料表」及び「エディオンの内装リフォーム価格表」を送付したことが認められる。P3は,被告会社ビジネス開発大阪営業所長であったところ,同営業所はパッケージリフォーム商品の工事見積りを担当する部署であること(甲81の2)を踏まえると,被告P1は,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発に当たり,原告の工事料金を意識して積極的に活用していたことがうかがわれる。このことと,被告P1がP3に対して送付した「EDION 工料表」は資料1-5であること(被告P1本人)に鑑みると,被告P1が被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等に当たりこれを参考としていたことが合理的に推認される。❞
そして、裁判所は、下記のようにして、被告会社は資料1-5の情報につき被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等に当たってこれを使用していたと判断しています。
❝被告P1は,P3に対し,工事費売価は「EDION 工料表の価格」で設定してあるとしつつ,工事費原価は仮の数値を入れているとしてP3による設定を求めている(甲86の1)。また,別の機会に,P3は,「エディオンの内装リフォーム価格用」記載の価格での運用を求める被告P1に対し,「内装工事の工事価格は,柔軟に変更してまいります。」と回答している。こうした被告P1とP3のやり取りからは,両者(スマートライフ推進部とビジネス開発大阪営業所)のやり取りを通じて被告会社のパッケージリフォーム商品の工事価格が決定されていたことがうかがわれる。
そうすると,資料1-5の情報につき,被告会社は,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等に当たってこれを使用していたものといえる。また,上記メールのやり取りの内容から,被告P1の示す工料表が原告のものであることはP3も当然に認識し得ることに鑑みると,被告会社は,被告P1の開示した資料1-5の情報が原告の営業秘密であることを知り又は重大な過失によりこれを知らないで取得し,使用したものと認められる。
このように、被告会社は、資料1-5に対して分かりやすい態様で不正使用を行っていたようです。


次に、システムの情報である資料3-1~3-9についてです。
まず、原告は、リフォーム事業において「House System Operation Reform Program」システム(HORPシステム)を使用し、被告会社はリフォーム事業において「Joshinreform Unify Management Program」システム(JUMPシステム)を使用しています。
そして、資料3-1~3-9は被告P1が取得していると裁判所は認め、以下のことから、被告P1は被告会社にこれらの情報を開示したと判断しています。
❝また,市販のリフォーム事業向け案件管理システムが建築業者等向けであるのに対し,HORPシステムの情報は,原告と同じく家電量販店としてリフォーム事業を展開する被告会社にとって,自社のシステム開発に当たり参考となるといえる。
さらに,被告P1は,転職後に転職先でリフォーム事業に使用する意図で原告データサーバ上の情報を取得したと見られることに鑑みると,被告P1がHORPシステムに関する知識経験を有することを踏まえても,手持ちのHORPシステムに関する資料をJUMPシステムの開発に当たり開発関係者に開示しない理由はない。現に,平成26年4月頃,被告P1は,P4に対し,HORPシステムの業務全体フロー(甲82)を示し,JUMPシステムの業務全体フロー(別紙6)を作成させているし,他の原告のリフォーム事業に関する資料を被告会社従業員に示すなどしている。しかも,被告P1は,取引先に対するメール(甲25)において,「100満ボルト,エディオンにて試行錯誤しながら辿り着いた一つのビジネスモデルを,今回は更にグレードアップさせ,スピードアップさせて最短でカタチにしてゆきます。」,「HORPシステムと同じ考えの基,それ以上のオペレーションシステムの開発…等ご協力いただく内容が沢山あります」などと,HORPシステムと同様のシステムの開発に強い意欲を示していた。
こうした事情等に鑑みると,被告P1は,被告会社スマートライフ推進部でJUMP システムの開発に当たる中心的メンバーであるP4に対し,資料3-1~3-9を示し,JUMPシステム開発の参考に供したことが合理的に推認される。
そして、裁判所は、以下の理由から、被告P1から開示された資料3-1~3-9を被告会社は使用したと判断しています。
❝JUMPシステム開発の打合せの過程で被告会社からファンテックに対しHORP関連情報その他原告のHORPシステムに関する具体的な資料ないし情報が提供されたことがないこと,JUMPシステムの開発がそれ以前の被告会社のリフォーム事業の業務フローをおおむね踏襲しつつ,一元的な業務管理及び作業手順の標準化等の観点からリフォーム事業に特化した案件管理システムの開発として進められたものと見られること,作業の組織化,情報共有,進捗管理,顧客情報管理といったシステム導入効果は,市販のリフォーム事業向け案件管理システムでもうたわれていたこと,具体的な入力項目や操作方法といった詳細な事項は,既存のシステムとの連携や,社内の関連部署やメーカー,工事業者等の取引先との連携に関する従前の運用方法からの連続性等を考慮しなければならず,事業者ごとに異なり得ることなどに鑑みると,P4等被告会社の関係者が参考としたのは,資料3-1~3-9の各情報のうち,家電量販店としてリフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分が中心であったものと推察される。
上記で特徴的だと感じることは、被告会社のJUMPシステムの開発を委託していたシステム開発業者であるファンテックに原告のHORPシステムの関連情報が提供されていないにも関わらず、被告会社は「家電量販店としてリフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」を参考にしたと推察して、資料3-1~3-9を被告会社が使用したと裁判所が判断したことです。

ここで、特許権侵害においては、他者の特許権に係る請求項の構成要件を全て充足する態様で実施しなければ、基本的には侵害となりません。一方で、営業秘密侵害は、上記のように、他者の営業秘密を全て充足するような使用態様でなくても、参考にするだけでも侵害とみなされます。しかも、本事件では「システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」を参考にしただけでも営業秘密の使用と判断されています。
すなわち、本事件を鑑みると、営業秘密の使用とみなされる範囲は特許権と比較してとても広い可能性があります。従って、万が一、自社に他社の営業秘密が不正に流入したとしても、当該営業秘密を決して参考程度にでも閲覧することなく、さらには自社内で拡散することがないようにしなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年7月4日火曜日

不競法2条1項8号における「取得」や「使用」とは?その1

不正競争防止法第2条1項8号は下記のように規定されており、例えば、自社への転職者(転入者)が前職企業の営業秘密を自社で開示して、それを自社で使用した場合に不正競争防止法違反であるとして適用されます。
不正競争防止法第2条1項8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
では、具体的にどのような行為がこの不競法2条1項8号違反となるのでしょうか。これについて、大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)を参考にして考えます。
本事件は、家電小売り業のエディオン(原告)の元従業員(被告P1)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である上新電機(被告会社)へ持ち出した事件の民事訴訟です。この事件は刑事事件にもなっており、この元従業員は有罪判決となっています。
本事件は、被告が原告から持ち出した営業秘密は複数あり、それぞれについて被告による不正な開示・使用(不競法2条1項7号違反)、被告会社による不正な開示・使用(不競法2条1項8号違反)が裁判所によって判断されています。

まず、原告の営業秘密である資料1-1について、以下のように被告P1の不正使用・開示行為があったと裁判所は判断しています。なお、資料1-1の内容は閲覧制限により具体的にはわかりませんが、原告の標準構成明細というものに含まれる情報であると思われます。また、下記P4は原告の従業員です。
❝(ア) 前記(1)ウ(エ)のとおり,被告P1は,被告会社において,パッケージリフォーム商品の商品開発や仕入交渉等を単独で担当するとともに,原告の標準構成明細を使用して本件比較表及びこれに添付された標準構成明細を作成し,これをP4等に示した。また,被告P1は,原告の標準構成明細の書式を使用して被告会社の標準構成明細のテンプレート(別紙2「営業秘密目録」資料1-1-2)を作成した(前記ウ(オ))。当該テンプレートは,原告の標準構成明細の書式とかなりの程度類似する上,その備考欄上部の記載は,これが原告の標準構成明細の書式をもとに作成されたことをうかがわせる。
被告P1も,当該テンプレート作成に当たり表としては原告の標準構成明細を使用したことを認めている(被告P1本人)。
これらの事情に加え,被告P1がP1HDD に原告の標準構成明細のデータを保存していること(前記ア(イ))に鑑みると,被告P1は,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発に当たり,その仕入価格,粗利率,粗利金額の設定のため原告の標準構成明細記載の原告の仕入価格等の情報を参考にしていたことが合理的に推認される。また,被告P1は,被告会社の標準構成明細の書式作成に当たり,原告の標準構成明細の書式を使用したことが認められる。・・・
以上より,被告P1による資料1-1の情報の使用及び同情報に基づき作成された資料1-1-2の情報の使用は,不正競争(不競法2条1項7号)に当たる。❞

そして、被告会社に対して、裁判所は下記のように資料1-1の情報について、被告会社は営業秘密不正開示行為があることを知り又は少なくとも重大な過失によって知らずに取得したと認めました。
❝(イ) 前記(1)ウ(エ)及び(1)エのとおり,被告会社共有フォルダ内に原告の標準構成明細のデータが保存されており,同フォルダを通じてP4及びP8がこれに含まれるデータを業務上使用する USBメモリに保存している。しかも,そのフォルダ名から,当該データが,本来は被告会社にあるはずのない原告のデータであることは容易に理解し得る。
これらの事情を総合的に考慮すると,被告会社は,資料1-1の情報につき,営業秘密不正開示行為があることを知り又は少なくとも重大な過失によって知らずに,これを取得したものと認められる。すなわち,被告会社による資料1-1の情報の取得は,不正競争(不競法2条1項8号)に当たる。❞
なお、前記(1)ウ(エ)及び(1)エは、下記です。
❝(1)  関連する事実
・・・
ウ 被告P1の被告会社入社と被告会社のJUMPシステム開発等
・・・
 (エ)被告P1は,被告会社入社後,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発及び仕入交渉等を単独で担当するようになった。・・・
被告P1は,その頃,本件比較表を,当時パッケージリフォーム商品の仕入を担当していたP4を含む被告会社従業員に示した上で,被告会社の粗利額,粗利率が低いことについて厳しい口調で叱責した。その際,P4は,被告P1からそのデータをもらい受け,業務上使用する資料等を記録する自己のUSB メモリに保存した。また,本件比較表及び関連資料である上記標準構成明細のデータ(「JE構成明細比較.xls」)は,被告会社共有フォルダの「Edion」フォルダ内に保存されたことにより,被告会社スマートライフ推進部所属の従業員であれば閲覧可能な状態に置かれた。
・・・
エ 被告会社共有フォルダに保存されたデータ
被告会社共有フォルダには,「Edion」という名称のフォルダが存在する。同フォルダには,「(旧)商品作り」,「1P1」,「110218 エディオン様マスター」等のフォルダが存在する。このうち,「(旧)商品作り」には,「J-E 構成明細比較.xls」のファイルがあるほか,標準構成明細,プランニングチェックシート等のデータが保存されている。
スマートライフ推進部の従業員は,上記「Edion」フォルダの存在を認識しており,同フォルダ内のデータを閲覧するのみならず,前記のとおり,P4やP8は,同フォルダ内のデータを自己が使用するUSB メモリに保存していた。❞
すなわち、原告の営業秘密を被告P1から受け取った被告会社従業員P4やP8が「Edion」という名称のフォルダを作成し、そこに原告であるエディオンの営業秘密を保存したという行為に対して、被告会社は不競法2条1項8号違反であると判断されたことになります。

確かに、不競法2条1項8号には「取得」も不競法違反として含まれています。このため、転入者が転職先企業において前職の営業秘密を開示した段階で、当該転職先企業はこの営業秘密を否が応でも取得したこととになり、不競法違反の可能性が生じます。これは転職先企業において非常に厳しい状況であり、このような状況に陥ることは避けなければなりません。

さらに、被告は、原告の標準構成明細の書式を使用して被告会社の標準構成明細のテンプレートである資料1-1-2を作成して、被告会社従業員P3にメールしています。しかしながら、これについて裁判所は、下記のように被告会社の不競法違反に認めていません。
❝他方,被告P1は,被告会社において,その在籍中は被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等を単独で担当していたものであり,その際に使用する標準構成明細も,原告の標準構成明細のデータ及び原告在籍中の被告P1の経験に基づき,他の被告会社従業員の関与のないままに作成されたものとうかがわれる。そうすると,被告会社における標準構成明細(甲86,87)について,被告会社が,被告P1の営業秘密不正開示行為により作成されたものと知っていたこと又は知らないことにつき重大な過失があると認めるに足りる証拠はない。
したがって,資料1-1-2の情報については,被告会社の行為は,不正競争(2条1項8号)に当たらない。これに反する原告の主張は採用できない。❞
資料1-1-2について、被告会社の不競法違反が否定された要因として「被告P1以外の被告会社従業員の関与がなく、原告の営業秘密を使用したこと被告会社が知ることもできなかった」ことにあるのでしょう。すなわち、すでに被告会社従業員であるものの転入者である被告P1が独自に作成した資料を被告会社で開示しても、被告会社は不競法違反にならないようです。
従って、本事件において、仮に被告P1が原告の営業秘密である情報1-1を被告会社で開示することなく、自身が独自に資料1-1-2を作成して、それを被告会社が使用しても被告会社は不競法違反にならないと思われます(原告から被告会社へ警告等がされた後も使用し続けたら、不競法2条1項8号違反となる可能性はあると思います)。

次回につづきます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年5月30日火曜日

判例紹介:有用性は誰にとって有用なのか

営業秘密の三要件として秘密管理性、有用性、非公知性があります。この有用性について、誰にとって有用であるかを争った裁判例(5G情報漏洩事件(東京地裁令和4年12月9日 事件番号:令3(特わ)129号))を紹介します。
本事件は、刑事事件であり、被告がA社から転職するにあたり、A社の営業秘密を不正に持ち出して同業他社であるB社に就職したというものであり、被告は懲役2年(執行猶予4年)及び罰金100万円となっています。なお、被告が持ち出した営業秘密である本件ファイル①は下記のものです。
❝本件ファイル①は、全国各地約16万箇所のAの基地局の位置情報(緯度・経度)、各基地局で使用されている周波数帯、各基地局に至る回線の種別及び回線の月額料金等の情報、マイグレーションに関する検討結果のほか、4Gから5Gへの切り換えに係る対応を計画していた基地局の情報を一覧表形式で取りまとめたエクセルファイル❞
上記営業秘密に対して弁護人は、下記のようにして本件ファイル①の有用性を否定しています。
❝弁護人は、携帯電話事業者が抱える事情等は様々で、これを反映して各社が整備しているネットワークの構成や無線機器等も異なり、5G化対応に係る計画も異なることから、他社がAの基地局や周波数帯に係る情報及び5G化に係る情報を流用して自社の通信サービスを向上させることはできないこと、Aのマイグレーションの検討状況は、Aのネットワーク構成や契約状況を前提とするもので、他社の事業活動に何ら役立つものではないことなどから、本件ファイル①に含まれる情報は他社には利用価値がなく、有用性は認められないなどと主張する。❞
すなわち、弁護人は、本件ファイル①は被告の元勤務先であるA社の事業活動でしか役立たないものであるから、有用性はないと主張しています。


これに対して、裁判所は下記のように判断しています。
❝しかし、当該情報が、営業秘密保有企業の事業活動に使用・利用されているのであれば、基本的に営業秘密としての保護の必要性を肯定でき、当該情報が反社会的な行為に係る情報であり保護の相当性を欠くような場合でない限り、有用性の要件は充足されるものと考えられるのであって、この点は当該情報を取得した者がそれを有効に活用できるかどうかにより左右されない。その意味で、本件ファイル①の有用性に関し、それに含まれる情報が他の携帯電話事業者の事業活動に役立つものではないことを理由に有用性を否定する弁護人の主張には、当を得ないものがある。❞
このような裁判所の判断は当然のものでしょう。特に❝当該情報を取得した者がそれを有効に活用できるかどうかにより左右されない。❞という点に言及した判断は今までには無かったと思われます。なお、本事件は、他の営業秘密もありますが、これに対しても同様の判断がなされています。

本事件と同様の主張をした被告が事件として、宅配ボックス事件((横浜地裁令和3年7月7日判決 事件番号:平30(わ)1931号 ・ 平31(わ)57号))があります。
この事件は、原告が被告から宅配ボックスの開発・製造の委託を受けたものの、被告が本件新製品の製造を原告に発注するのを取りやめ、原告の営業秘密である本件データを使用して被告製品を製造・譲渡したというものであり、原告が勝訴しています。

宅配ボックス事件において、被告は❝本件データは,本来であれば被告製品の基となることが予定されていたものであるから,原告の事業活動において有用な情報であるとはいえない❞とのように主張しました。これに対して、裁判所は被告の主張を認めずに、当該営業秘密の有用性を認める判断を行いました。

このように、5G情報漏洩事件では、営業秘密保有企業の事業活動でしか用いないので有用性はない、と主張した一方で、宅配ボックス事件では、被告企業の事業活動でしか用いないので有用性はない、と主張したことになり、夫々の被告は同様の主張を異なる視点から行っているものの、裁判所はこれらの主張を認めませんでした。
したがって、営業秘密とされる情報の有用性を否定するために、当該情報が特定の企業でのみ使用されるといった主張を行っても、その主張が認められる可能性は相当に低いと思われます。そもそも、営業秘密を不正に持ち出した者は、当該情報が有用であると認識しているので持ち出しているのでしょうから、このような主張が認めらないことは当然とも思えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年5月7日日曜日

判例紹介:営業秘密の非公知性

営業秘密は秘密管理性、有用性、非公知性の三要件をすべて満たした情報ですが、裁判において非公知性が否定されることでその営業秘密性が否定される例はあまり多くありません。
今回紹介する裁判例(大阪地裁令和5年2月13日判決 事件番号:令3(ワ)6381号 ・ 令4(ワ)1721号)は、営業秘密の非公知性が否定されたものです。

本事件の原告は、有料職業紹介事業等を目的とする株式会社です。また被告は、医療及びヘルスケア関連人材の派遣、採用支援、評価、教育、研修等を目的とする株式会社です。
そして本事件では、被告が行った告知行為等が原告の営業上の信用を害するとして、原告が被告に対して、不競法2条1項21号違反を理由に提訴したものであり、この反訴として、被告が原告に対して営業秘密侵害を主張しました。このため、本事件では、営業秘密であると主張する情報の保有者は被告となります。
なお、本事件の判決としては、原告、被告両方の主張は棄却されています。

被告が営業秘密であると主張する情報は下記の5つです。

・情報①:被告の取引先医療機関の名称、その担当者及び部署名。
具体的には、被告の取引先医療機関である特定の病院が大阪府の病院を指すこと、同病院の担当者の実名、同病院の担当部署が総務・経理課であること
・情報②:特定の医療機関の手術状況。
具体的には、ある特定の整形外科・外科病院の金曜日案件(金曜日における人材紹介案件)において過去に複数の症例(一度の人材紹介で複数の手術を担当することとなる場合)があったこと
・情報③:特定の医療機関と被告との契約状況及び契約内容。
具体的には、被告とある特定の病院との間に契約関係があること、当該契約がプレミアムプラン(上位顧客向けの料金プラン)であること
・情報④:被告における契約の仕組みに関する情報。
具体的には、被告が提供する人材紹介サービスにおいて、連続した手術に関する人材募集をする場合に、1件目9時、2件目オンコールというように、時間指定で、オンコールの選択ができること
・情報⑤:紹介することを避けるべき医師に関する特定の医療機関の情報。
具体的には、ある特定の病院に紹介することを避けるべき医師4人の実名

これらの情報に対して、営業秘密の侵害者とされる原告は❝本件情報は、いずれも対象医療機関に対して直接確認すれば得られる情報であって、少なくとも非公知性の要件を欠いていることは明らかである。したがって、本件情報はいずれも営業秘密に当たらない。❞と主張しています。

原告による「営業秘密不正取得行為」に対して被告は、下記のように主張しています。なお、P1は、原告の取締役であり、P4は被告の従業員です。
❝P1は、日中の昼間の勤務時間中で、P4が被告の事業場において営業秘密に容易にアクセスすることができる状況下において、行動を監督する者がいない時間を狙って、同人に対し、スマートフォンという個人的な連絡ツールを用いて連絡をとることで、密かに本件情報を取得した。P4が、部外者であるP1に対し本件情報を提供する行為は、被告の就業規則に違反する行為であるところ、被告の元従業員であるP1は、そのことを容易に認識し得た。このような行為は、正常な経済活動を大きく逸脱した公序良俗に反するものであることは明らかである。したがって、本件取得等行為は、営業秘密不正取得行為に当たる。❞
これに対して、原告は、❝メッセージのやり取りという、一般に用いられるコミュニケーション手段を用いて、相手に対し平穏な形で質問を行って事実を確認する行為は、不正な手段とはいえない。❞として営業秘密不正取得行為を否認しています。
すなわち、原告は、被告が営業秘密であると主張する情報①~⑤を取得したことについては否認していないようです。

これら情報①~⑤の非公知性判断において、まず裁判所は営業秘密でいうところの非公知性である「公然と知られていない」状態を❝営業秘密保有者の管理下以外では一般的に入手することができない状態❞と定義しています。

そして裁判所は、情報①(被告の取引先医療機関の名称、その担当者及び部署名)、情報②(特定の医療機関の手術状況)、情報⑤(紹介することを避けるべき医師に関する特定の医療機関の情報)に対して❝主として特定の医療機関が保有する情報を被告が入手して管理しているにすぎないもの❞としてその非公知性を認めませんでした。

情報①,②,⑤に対する裁判所の判断は、上記の原告による❝本件情報は、いずれも対象医療機関に対して直接確認すれば得られる情報❞との主張を認めたようにも思えます。しかしながら、判決文には、実際に原告が対象医療機関に直接確認したとのような記載はなく、情報①~⑤が対象医療機関に確認すれば得られる情報であるかは実際には分からないように思えます。

営業秘密に関する幾つかの判決では、このように、当該情報が公知であるか否かが実際に確認されなくても、公知であるという蓋然性が高いと判断した場合には、当該情報が公知であると判断されています(例えば、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)。
上記錫合金組成事件では、錫合金の組成が営業秘密と主張される情報であったため、リバースエンジニアリングすれば誰もがその組成を知ることができるでしょう。このため、この組成の非公知性は認められませんでした。
一方、本事件の情報①,②,⑤は、特定の医療機関も保有しているとしても、この医療機関が誰にでも当該情報を開示しなければ公知と言えないようにも思えます。特に、情報⑤(紹介することを避けるべき医師に関する特定の医療機関の情報)は誰にでも開示してもらえるのでしょうか。


さらに、裁判所は、情報③(特定の医療機関と被告との契約状況及び契約内容),④(被告における契約の仕組みに関する情報)に対して❝その性質上、契約の相手方に対し開示されることが予定された情報であって、被告の管理下のみに属する情報ではなく、被告が、契約の相手方との間で、当該情報についての秘密保持契約等を締結するなどして、その開示等を禁止していたことをうかがわせる証拠もない。❞としてその非公知性を認めませんでした。

この情報③,④の契約内容に関する情報に対して、裁判所は契約の相手方との間で秘密保持契約等を締結しておらず、契約の内容は当該相手方も管理しているのでこの契約内容は公知である、とのように判断していることになるかと思います。
一般的には、他社との契約内容は公知としない情報であるかと思います。とはいえ、契約当事者の少なくとも一方が当該契約内容を公知にして欲しくない場合には、当該契約に対しても相手方に秘密保持義務を課すことをします。このため、秘密保持義務を課すことなく締結した契約内容は何れか又は両方の契約当事者から開示される可能性はあるとも言えるでしょう。

ここで、営業秘密に関する裁判において、他社に開示した情報は当該他社との間で秘密保持契約等を締結しないとその秘密管理性はほぼ認められません。そうすると、他社との間で締結した契約内容も当該契約に対して秘密保持契約を締結しないと、営業秘密でいうところの秘密ではなく、当該契約内容は他社の管理下にもあるため公知であるとの判断になるということでしょう。
しかしながら、他社との契約内容を無関係な第三者に開示する企業等は実際には略存在しないと思います。もしかすると、被告と契約を締結した相手方は、被告との間で秘密保持契約を締結していないものの当該契約内容を自社内では秘密管理しているかもしれません。仮にそうであれば、当該契約内容は被告が自ら開示しない限り、公知とはならないとも思えます。
それにもかかわらず、当該契約が秘密保持契約無しに締結されたという理由で、実際に公知となったか否かにかかわらず、当該契約内容が公知であるとする裁判所の判断はやはり疑問に感じます。

なお、被告は、当該情報の秘密管理性及び有用性については以下のように主張しています。
❝ (1) 秘密管理性が認められること
 本件情報は、「アネナビ管理画面」というシステムに保存されていたところ、同システムへのアクセス権限が与えられていたのは、被告の全従業員約621名のうちP4を含むわずか十数名程度に限られており、それらの限られた従業員にはID及びパスワードが発行され、当該ID等がなければ同システムにアクセスできない仕組みになっていた。
  (2) 有用性が認められること
 本件情報は、被告の顧客奪取に繋がる情報(情報①、③、④)、対象の医療機関に対して先回りをした営業をすることが可能となる情報(情報②)、顧客のニーズに合ったサービスを提供することが可能となる情報(情報⑤)である。❞
これに対して原告は下記のように反論しているものの、実質的に非公知性についての反論であり、秘密管理性、有用性について反論はしていないと思われます。
❝本件情報は、いずれも対象医療機関に対して直接確認すれば得られる情報であって、少なくとも非公知性の要件を欠いていることは明らかである。したがって、本件情報はいずれも営業秘密に当たらない。❞
そして、裁判所は、当該情報の秘密管理性及び有用性について下記のように判断しています。
❝ (2) 以上から、本件情報は、非公知性を欠く上、秘密管理性や有用性についても的確な立証を欠くから、「営業秘密」に当たらず、これを前提とする被告の主張は理由がない。❞
本事件におけるこのような裁判所の判断は妥当でしょうか?
被告人は、秘密管理性についてID及びパスワード管理されているシステムによって本件情報の管理を行っていると主張しています。このような秘密管理の態様は一般的とも思われ、被告人の秘密管理性を否定し得る証拠が無ければ(原告は秘密管理性を否定する主張は実質行なっていません。)、本件情報に対する秘密管理性は認められてもよいかと個人的には思います。
また、有用性についても裁判所は❝的確な立証を欠く❞と認定していますが、逆に、本件情報についてどのような立証を行なえば❝適格❞なのでしょうか?
一見すると、本事件の被告による有用性の主張は簡素なものですが、営業秘密性が認められた他の裁判例における営業秘密保有者の有用性の主張と比較しても、妥当なものだと思います。

このように、本事件の裁判所の判断は疑問を感じるものでした。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年4月18日火曜日

判例紹介:特許に包含される技術情報の秘密管理

ある技術の特許が取得されると特許公報が発行されます。第三者はこの特許公報を参照して当該特許に係る技術を知ることができます。しかしながら、特許公報に記載内容だけでは、当該技術を再現することは難しい場合が多々あり、特許公報に記載されていないノウハウが必要だったりもします。そのようなノウハウも重要であるにもかかわらず、ノウハウが適切に秘密管理されていない場合は多々あると思います。
今回はそのようなことに関連した裁判例(大阪地裁令和5年1月26日 事件番号:令2(ワ)8168号)を紹介します。

本事件は、原告が美容院、ビューティーサロン、エステティックサロンの経営等を会社であり、被告(P1~P3の3名)はこの会社の元従業員であり、まつ毛エクステンションの施術担当者であったものの、原告会社を退職後にまつ毛のエクステンションの施術を行う店舗を開業しました。

また、原告は、原告所属のP7が発明した「ロングキープラッシュ」というまつ毛エクステンションの装着方法を主力商品としており、P7は発明の名称を「まつ毛エクステンション人工毛の装着方法」とする特許出願(特願2019-123)を行い、この特許出願は権利化されており(特許第6957040号)、現在も権利は存続しています。
なお、当該特許権の請求項1は下記の通りであり、従属項として請求項2~6があります。
❝【請求項1】
  二本又は三本のエクステンション用人工毛と一本の支持用人工毛を用意する第一のステップと、
  前記二本又は三本のエクステンション用人工毛のうちの第一のエクステンション用人工毛の付け根に球状に接着剤を付ける第二のステップと、
  前記第一のエクステンション用人工毛の付け根をまつ毛の上方からまつ毛の付け根の左右いずれか寄りに固定する第三のステップと、
  前記二本又は三本のエクステンション用人工毛のうちの第二のエクステンション用人工毛の付け根を前記まつ毛の上方から前記第一のエクステンション用人工毛が固定されていない左右いずれか寄りに固定する第四のステップと、
  前記一本の支持用人工毛の付け根に球状に接着剤を付ける第五のステップと、
  前記第一のエクステンション用人工毛と前記第二のエクステンション用人工毛が固定された前記まつ毛の上方から、前記まつ毛の付け根に一回接着剤を付ける第六のステップと、
  前記まつ毛の略真下に前記一本の支持用人工毛を回り込ませ、前記支持用人工毛の水平面との角度を前記まつ毛の水平面との角度に略一致させた状態にて、前記まつ毛の下方から前記まつ毛の付け根のみに前記支持用人工毛の付け根のみを固定する第七のステップ
を含む、まつ毛エクステンション人工毛の装着方法。❞
裁判所は、この特許(本件特許情報)を❝主に美容目的でまつ毛のボリューム感を増大させ目を大きく見せるためにまつ毛に装着されるまつ毛エクステンション人工毛の装着方法であって、人工毛を装着する位置や順序(請求項1~4)、使用する人工毛の形状(請求項2)、接着剤の付け方(請求項1、2、5、6)などの情報からなる。❞と認定しています。

そして、P7及び原告と被告らは下記のような秘密保持契約を結んでいました(甲がP7及び原告であり、乙が被告です。)。
❝第1条(定義)
 「本件の商標・特許」とは、本件製品の名称及び施術に関して、甲が所有している次の商標及びこれについての特許技術をいう
 登録商標
 【ロングキープラッシュ/Longer Keep Lash】
 役務の区分
 第3類及び第44類に属する
 第2条(使用の範囲)
 ●乙は甲の指定業務以外で、本件の商標・特許の使用は一切できないものとする
 ●乙は甲の承諾なくして、退社後も本件の商標・特許について、【入社時の機密事項承諾書・私は、貴社就業規則および秘密管理規程に従い、業務上の機密は在職中は勿論退職後といえども一切漏洩いたしません】に基づく技術漏洩を一切禁止する❞

ここで、本件秘密保持契約上の債務不履行について、被告は被告店舗において「ロングキープラッシュ」とは異なる「バインドラッシュ」というまつ毛エクステンションの装着方法を実施しており、これは本件特許情報とは異なる装着方法である、として認められませんでした。
なお、本件特許情報の装着方法である「ロングキープラッシュ」は、地まつ毛の上部に2本又は3本の断面が扁平で付け根に凹みのある人工毛(フラットラッシュ)を装着し、地まつ毛の下部に1本のフラットラッシュを装着する装着方法とのことです。
一方、「バインドラッシュ」は、「ロングキープラッシュ」において使用するものとは形状の異なるフラットラッシュ1本を装着し、地まつ毛の下部にフラットラッシュ1本を装着して地まつ毛を挟んで固定する装着方法とのことです。


次に、原告が営業秘密であると主張する情報(本件手技情報)は、下記の通りです。
❝本件手技情報は、本件特許情報を実施するために必要とされる手技であり、使用する人工毛の形状、接着剤の付け方及び人工毛を装着する位置や順序に係る情報である。❞
また、本件特許情報と本件手技情報とが異なる点は、下記であり、本件手技情報は本件特許情報に包含される関係にあるとされています。
①本件特許情報では接着剤を「球状に付ける」とされているところ、本件手技情報では「球状にすくい」とされる。
②人工毛(フラットラッシュ)2本で地まつ毛を挟み込む手技(本件付加情報)については、本件特許情報にはなく、本件手技情報のみにある。

原告は被告らの原告在職中、本件特許情報を利用した「ロングキープラッシュ」と称するまつ毛エクステンションの装着方法をまつ毛エクステンションの施術を担当する従業員に教示し、原告の経営する各店舗において一般顧客に対し施術をする際に利用していたものの、原告は被告らに対し、本件手技情報のうち本件付加情報を教示したことはなかった、とのことです。

そして、原告は、このような手技の秘密管理性について下記のように、手技に関して文章化は行っていないものの、講習によりマスターさせて非公開としていたと主張しています。
❝原告は、原告所属のP7が発明した「ロングキープラッシュ」という名称の長持ちするまつ毛エクステンションを主力商品としており、本件特許出願以前から「ロングキープラッシュ」を営業秘密と指定し、従業員との間で秘密保持契約を締結してきた。
「ロングキープラッシュ」の技術は、本件特許出願において文書化されているものだけで習得できるものではなく、実際に施術できるようになるためには、原告において講習を受けて手技をマスターしなければならないが、その手技は非公開である。❞
上記原告の主張に対して裁判所は下記のように判断しています。
❝本件では、本件秘密保持等契約書以外に営業秘密を具体的に明示した文書はなく、原告が被告らに対し「ロングキープラッシュ」の施術方法を教示するに際して本件特許出願の願書や明細書その他の添付書類等を示しておらず、まつ毛エクステンションの装着方法に関して具体的にいかなる範囲が秘密とされるのかを明らかにした書面もない。しかも、「ロングキープラッシュ」は、被告らの原告在職当時、原告の各店舗において、不特定多数人に対して何らの制限もなく公然と施術されていた。また、まつ毛エクステンションの業界においては、まつ毛エクステンションの装着方法が全て秘密にされるわけではなく、新規の装着方法であっても、公開され、他のアイリストに教授されることもあり、装着方法を秘密とするか否かや装着方法のうち具体的にどこまで秘密にするかは、自明なものではない。
そうすると、本件秘密保持等契約書に規定された「特許技術」以外の本件特許情報及び本件手技情報は、原告において適切に秘密として管理されていたとはいえず、秘密として管理されているとは認識できない状態であったといわざるを得ない。また、原告は、被告らに対し、「ロングキープラッシュ」を教示したのであって、本件特許出願に係る願書等を示したわけではないから、本件秘密保持等契約書の「特許技術」は、その文言どおり、「ロングキープラッシュ」についての本件特許情報、すなわち、本件特許情報のうち、地まつ毛の上部に2本又は3本のフラットラッシュを装着し、地まつ毛の下部に1本のフラットラッシュを装着する実施例に係る情報を意味するものと解される。
そして、当該情報は、不特定多数の顧客に対して公然と施術される装着方法であり、施術を受ければ視覚的に認識できるものであるから、やはり秘密として管理されていたとはいえず、秘密として管理されているとは認識できない状態であったということになり、結局、本件秘密保持等契約書上の「特許技術」も、不正競争防止法上の営業秘密とはいえない。❞

また、文書化されていない非公開の手技について、それを含めて営業秘密と指定し、秘密保持契約を締結したので秘密管理性があるとの原告の主張に対しては、裁判所は下記のようにして認めませんでした。
❝原告の主張する文書化されていない非公開の手技については何ら具体的な主張立証がなく、前記イのとおり、本件秘密保持等契約書の対象は、本件特許情報のうち、地まつ毛の上部に2本又は3本のフラットラッシュを装着し、地まつ毛の下部に1本のフラットラッシュを装着する実施例に係る情報であって、文書化されていない非公開の手技や本件付加情報は含まれないから、採用できない。❞
結局のところ裁判所は、原告が主張する非公開の手技等は、文章化もされていないし、それが秘密であることを従業員に認識させていなかった、ということで手技等の技術の秘密管理性を認めなかったことになります。また、特許権についても、被告は特許権の技術的範囲に含まれない技術を実施したのであるから、秘密保持契約の債務不履行にはならないとされています。

この裁判例における手技のように、自社開発技術について文章化等せずに従業員に実施させる一方、当該技術は秘密であるとの認識を持っている会社は多いと思います。
しかしながら、本ブログでも度々述べているように、文章化等しなければ秘密として管理もできず、裁判において秘密管理性が認められることは無いと考えられます。
このように、営業秘密とする情報は、営業情報や技術情報にかかわらず、文章化、リスト化、その他の手法によって従業員が認識できる形とし、それを秘密管理する必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年2月19日日曜日

訴訟で提出した営業秘密は不正行為となるのか?

訴訟において原告又は被告が相手方の営業秘密を証拠等として提出する場合があるかもしれません。このような行為は不正競争行為となるのでしょうか。

今回紹介する裁判例(東京地裁令和4年3月25日判決 事件番号:令3(ワ)11861号)は、別件訴訟において、被告が原告との打合せに際して提供を受けた書類を書証(別件書証)として提出した行為が、不正競争防止法上の不正競争行為等であるとして原告が訴訟を提起したものです。
別件書証には、新規開業資金シミュレーションと題する書面(本件シミュレーション)が含まれていました。そして、原告は別件訴訟において、本件シミュレーションの部分に記載された情報が不正競争防止法上の営業秘密に該当するとして、上記部分につき民事訴訟法92条1項の閲覧等制限の申立てを行っていました。
なお、別件訴訟は、原告が被告に対して解決金として70万円を支払う内容の調停が成立しています。

本件訴訟において原告は、下記①~⑤の不正行為であると主張していますが、結論からすると、裁判所はすべて認めませんでした。
①不正競争防止法上の営業秘密の不正な開示
②個人情報保護法上の目的外使用
③第三者提供の制限違反
④プライバシーの侵害
⑤本件業務委託上の守秘義務違反


まず、「①不正競争防止法上の営業秘密の不正な開示」について裁判所は下記のように判断しています。
❝ (1) 前記1(1)のとおり、別件訴訟においては、被告が委託業務を完了したか否かに関わる事情として、被告が原告に対して電気容量増設の必要性について説明したか否か等の当事者双方のやり取りの状況が問題とされていたところ、被告は、原告との一連のやり取りの経緯について主張した上で、原告から電気容量につき情報提供を受けた内容を含むものとして別件書証を提出したものと認められる(提出行為1)。そして、当事者双方のやり取りについて正確性を担保しつつ主張立証する観点からすると、被告が原告から情報提供を受けた内容に関する書証を提出することは、別件訴訟における訴訟活動として一定の必要性や合理性を有するものと認められる。
 (2) 原告は、提出行為1について、不正競争防止法上の営業秘密の不正な開示に当たると主張する。
 しかし、仮に別件書証に含まれる本件シミュレーションが不正競争防止法上の営業秘密に該当したとしても、上記(1)のとおり、提出行為1は、別件訴訟の追行のために行われたものであって、訴訟活動として一定の必要性や合理性が認められるから、被告に不正の利益を得る目的や原告に損害を加える目的があったとは認められない。
したがって、提出行為1が不正競争防止法上の営業秘密の不正な開示に当たるということはできない。❞

上記②,④,⑤についても、裁判所は同様に「別件訴訟の追行のために行われたものである」や「本件訴訟における訴訟活動として一定の必要性や合理性を有するもの」として不正開示を認めませんでした。

なお「③第三者提供の制限違反」について、原告は「被告が提出行為1に際して閲覧等制限の申立てをすべきであったのに、これを行わなかったことが被告の業務上の過失に当たる」とも主張しています。
これについて裁判所は、閲覧制限は、当事者の申立てにより裁判所が決定をすることができるとされるにとどまっており、攻撃防御方法の提出者が閲覧等制限の申立てをすべき義務を負うと解することはできない、として原告の主張を認めませんでした。

以上のような裁判所の判断は、当然かと思います。仮に、訴訟において相手方の営業秘密とされる情報を提出したことが「不正」となると、訴訟そのものを断念しなければならない可能性が生じます。

なお、過去の裁判例では、特許侵害訴訟で原告が提出した証拠(被告の営業秘密)について、原告による当該証拠の入手が「重大な過失」があったとして、特許侵害訴訟の被告が原告となり、特許侵害訴訟の原告を被告として営業秘密の不正取得であるとして提訴したものがありました(知財高裁平成30年1月15日判決 平成29年(ネ)第10076号)。
しかしながら、この訴訟において、原告は特許侵害訴訟で原告の営業秘密を開示した被告の行為に対して「不正な開示」とは主張していません。やはり、この原告も被告が特許侵害訴訟で原告の営業秘密を開示した行為は、不正な行為でないと考えていたからでしょう。

このように、他社の営業秘密であっても、それが自社(自身)の訴訟の追行のために行われたものである場合には、営業秘密の不正開示等とはならない可能性が高いと考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年12月19日月曜日

判例紹介:ノウハウの対価請求権

前回のブログでは、ノウハウの保護について判断した裁判例(東京地裁令和3年12月7日判決 事件番号:平30(ワ)38505号・令2(ワ)27948号)を紹介しました。この裁判例によると、ノウハウが法的な保護を受けるためには、有用性や非公知性を有していなければならないとのことでした。

今回は、ノウハウの対価請求に関する裁判例(知財高裁令和3年5月31日判決 事件番号:令2(ネ)10048号)を紹介します。
本事件は、一審被告会社(被控訴人)の従業員である一審原告(控訴人)が、下記①と②についの特許を受ける権利(①について、原告は共同発明者4人のうちの1人であるため、4分の1の持分、②については全部)を被告会社に承継させたと主張して、その対価を請求した者です。
①被控訴人の特許となっているもの(競争ゲームのベット制御方法に関するもの)
②被控訴人の特許となっていないもの(競争ゲームに関するノウハウ)
なお、①については、原審で17万0625円の請求が認容されたものの、②については請求が棄却されています。

ちなみに、被告会社は、下記のように本件ノウハウの特許性を含む価値を否定しています。
❝本件ノウハウは,発明とはいい難い。仮に,本件ノウハウが発明に当たるとしても,対価請求権が認められるためには,特許を受ける権利として新規性及び進歩性等を含めた特許性を備えるものでなければならないが,本件ノウハウは,このような特許性が肯定されるようなものではなく,ノウハウとして秘匿すべき何らの価値もない。❞
次に本事件に対する裁判所の判断です。まず裁判所は、ノウハウの対価請求に対して以下のように、特許性を有する発明出なければノウハウに対して対価を請求できない、としています。
❝本件ノウハウは,特許登録がされていない職務発明として主張されているものであるところ,特許性を有する発明でなければ,これを実施することによって独占の利益が生じたものということはできず,特許法35条3項に基づく相当の対価を請求することはできないと解される。❞

そこで裁判所は本件ノウハウの特許性を判断するために、まず本件ノウハウの特徴を下記のように①から④に分けました。
・特徴① プレイヤー馬について、能力値とは別に、一定の割合でメダル数と相互に換算される活力値と呼ばれる指標を導入。
・特徴② 馬主ゲームにおいて、レースに出走するための消費活力値とレース結果に応じて増加する増加活力値の期待値とを等しくすることにより、馬主ゲームにおける馬ごとのメダル獲得の期待値の不公平さが生じないようにする。
・特徴③ 同じレースに複数のプレイヤー馬が出走する場合もあるので、プレイヤー馬の能力値が当初は未確定であることから、各プレイヤー馬の増加活力値,消費活力値及び能力値について、一旦暫定値を用いて計算して必要に応じて数値を再調整。
・特徴④ 活力値は、メダルとして目に見える賞金や出走料とは異なり、プレイヤーに認識されない形で増減され、次回以降の競馬ゲームに影響を与えるように導入することで、ゲーム性を醸成させる。

そして裁判所は、上記特徴①~④について以下のように、特許性はないと判断しました。
・特徴① 活力値の導入は完全確率抽選方式の下で予想ゲームと馬主ゲームとを組み合わせた競馬ゲームを設計する場合において、必然的に必要となる指標を導入したものにすぎない。
・特徴② 期待値の調整は完全確率抽選方式の下で予想ゲームに馬主ゲームを組み合わせる場合において、前記の課題を解決するために当然に採られ得る手段である。
・特徴③ 活力値の計算方法は複数の未確定の数値を基に確定的な数値を算出しようとする場合の計算方法として、通常よく採られる方法を超えるものではない。
・特徴④ 本件ノウハウの特許性を根拠付ける事情には当たらない。

このように、裁判所は、本件ノウハウは特許性がないとして、その対価請求も認めませんでした。この判断は、前回のブログで紹介した裁判例と同様の判断であると思われます。

しかしながら、上記特徴④は発明の効果を示していると思われるものの、上記特徴①~③の組み合わせは、本当に特許性がないのでしょうか。
特徴①~③の構成要件を一つの組み合わせとして特許出願すると、経験的には特許庁の審査では進歩性が認められ特許査定となる可能性もあるように思えます。
このため、仮に本件ノウハウが特許出願され、特許査定となっていたならば、原告(控訴人)は被告会社の社内規定に沿って裁判を行うことなく何らかの対価が得られていた可能性があったようにも思われます。
すなわち、従業員は自身の発明から対価を得るためには、当該発明をダメ元でも会社に特許出願してもらうという傾向になり得るでしょう。
もし、そうような傾向が強くなると、発明は特許出願して欲しいという開発側の圧力が強くなり、本来特許出願すべきでない発明も特許出願することとなり、企業は適切な知財戦略が構築できなくなるかもしれません。
そのような事態に陥らないためにも、新たな技術を開発した従業員に対しては、特許出願の有無に関係なく、十分な評価を行う体制が必要となるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年10月31日月曜日

判例紹介:見積書の営業秘密性

一般的に見積書は同業他社に知られたくない情報と考えられ、不必要に第三者に開示したりするものではありません。では、見積書というだけで、その営業秘密性は認められるのでしょうか。

これに関して争われた民事事件として、大阪高裁令和4年9月30日判決(令4(ネ)574号)があります。この事件は下記ブログ記事で紹介した事件の控訴審であり、一審では原告敗訴となっており、控訴審でもそれが維持されています。

本事件は、元従業員である被告P1(被控訴人P1)が不正の手段により原告(控訴人)が営業秘密と主張する見積情報を取得し、被告P1が代表者である被告会社に開示し、被告会社がこれを使用したことが不競法違反に当たる、とのように原告が主張したものです。
しかしながら、裁判所は、見積情報の営業秘密性を認めず、さらに被告P1による見積情報の不正取得や使用、開示行為も認めませんでした。

そして控訴人である原告は、控訴審において当該見積情報(本件見積書)の秘密管理性を下記のように主張しました。
❝被控訴人P1 は、競業会社である被控訴人会社の代表者であって、本件見積書に記載された本件顧客情報及び本件価格情報が控訴人からすれば他社に知られてはならない秘密であることは同業者として十分に知っていたから、それだけで営業秘密であることが客観的に認識可能であったといえるのであり、上記各情報は控訴人の営業秘密に該当する。❞



確かに、見積書には顧客情報や価格情報が含まれており、見積書は他社に知られたくなく、秘密にするべき情報と考えることが一般的と言えるでしょう。しかしながら、裁判所は以下のように本件見積書の営業秘密性を否定しました。
❝しかし、例として対象工事1、3についてみると、これらに関しては、控訴人が本件見積書1、3を提出した元請業者が建物建築工事を受注できないことが確定し、控訴人も同各見積書に基づいては型枠工事を受注できないことが確定した後に、被控訴人会社が同型枠工事に係る見積書を作成したことが問題とされているところ、本件見積書1、3は、競争入札に参加予定の元請業者が入札額を算出するに当たり参考にするために下請業者に作成提出させたものにすぎず、必ずしも被控訴人会社の受注に直結するものではない(補正の上引用した原判決第2の2(3)ウ)。そして、具体的工事を対象として作成される見積書は、その性質上、契約締結に至らなかった場合、そのままでは他に流用できないものであるから、これらの点も併せ考えると、控訴人においては、契約締結に至るか否かを問わず、見積書全般につき、その見積書に記載されている顧客情報及び価格情報について、一律に、営業秘密に該当することが従業員である被控訴人P1 において客観的に認識可能であったとは認められない。❞
少々分かり難いかと思いますが、見積書を取引先に提出したものの受注に至らなかった場合には、当該見積書は他に使用できるものではないから、当該見積書というだけで(㊙マーク等の秘密管理無く)、客観的に秘密であると認識できるものではない、という裁判所の判断だと思います。すなわち、受注に至らなかった見積書は相対的に価値が低い(有用性が低い?)情報であるため、それだけでは秘密であるとは認識できない、ということでしょうか。
そうすると、受注に至った見積書は(価値が高いため?)、それだけで秘密管理性が認められるということになるのでしょうか。また、受注に至るか否か分からない、顧客が判断中の見積書はどうなのでしょうか。

このように、一般的には秘密だと思われる情報であっても、秘密であることを認識可能なように管理していないとして、その秘密管理性が否定され、営業秘密ではないと裁判所に判断される場合があります。一般的に秘密と考えられる情報としては、例えば、顧客情報がありますが、顧客情報に対しても秘密管理性が否定された裁判例が多々あります。
このように営業秘密性が否定されるリスクを避けるためにも、秘密としたい情報は一般論に頼らずに、確実に秘密管理する必要があります。

なお、本控訴審でも被告による当該見積書の不正使用や開示は認めていませんので、当該見積書の営業秘密性が認められたとしても、最終的な結論は変わらないでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年9月26日月曜日

判例紹介:新規製品の開発・製造委託の取りやめ 宅配ボックス事件(有用性)

前回の判例紹介の続きです(東京地裁令和4年1月28日判決 事件番号:平30(ワ)33583号)。
この事件は、原告が被告から宅配ボックスの開発・製造の委託を受けたものの、被告が本件新製品の製造を原告に発注するのを取りやめ、原告の営業秘密である本件データを使用して被告製品を製造・譲渡したというものです。
この事件は、被告は原告の営業秘密である本件データを不正に使用したとして、原告による差し止めや損害賠償請求が認められました。

前回は本件データの秘密管理性についてでしたが、今回は有用性と非公知性についてです。
まず、本件データの有用性について、裁判所は下記のようにして認めており、この判断は至極妥当であると考えられます。
❝本件データは,前記(1)のとおり,本件新製品の最終試作品の製作のために原告が作成した3Dデータであり,3次元の空間における部品の構造(部品の長さ,形状,厚みなどの全ての構造)が詳細に記録され,本件データがあれば本件新製品の試作品を容易に製造することができるものであるから,原告の事業活動において有用な情報であり,有用性が認められる。❞
一方で、被告は❝本件データは,本来であれば被告製品の基となることが予定されていたものであるから,原告の事業活動において有用な情報であるとはいえない❞とのように主張したようです。しかしながら、裁判所は、以下のようにして被告の主張を認めませんでした。
❝本件データについて,被告製品の製造以外に用いることができないといった事情はうかがわれないから,被告製品の基となることが予定されていたことをもって原告の事業活動における有用性が否定されるとはいえない。❞
この裁判所の判断からすると、本件データが被告製品の製造にのみ用いるものであれば、有用性が否定されるとも解釈できます。1つの企業でしか用いることができないデータが存在するのか分かりませんが、そのようなデータは有用性が認められないということでしょうか。そのような理由で有用性が否定され得るのか、少々疑問に感じます。


また、被告は❝本件データの内容に技術的な特殊性及び革新性はなく,公知情報の組合せであって,予想外の特別に優れた作用効果を奏するものでもない❞とも主張したようです。しかしながら、これについても裁判所は、以下のようにして被告の主張を認めませんでした。
❝本件データは,具体的な試作品の作成が可能な程度に部品の構造や寸法が詳細に記録されたものであり,単にコンテナボックスに化粧板を取り付けることを記載したものではないから,本件データが公知情報の組合せにすぎないとはいえない。❞
この裁判所の判断も妥当なものと思われます。
しかしながら、上記判断では、本件データは❝部品の構造や寸法が詳細に記録されたもの❞であるから有用性を認めるとしており、仮に本件データが❝単にコンテナボックスに化粧板を取り付けることを記載したもの❞であれば有用性は認められないとも解釈できます。このことは、営業秘密が有用性を満たすか否かの判断において重要なことを示唆していると思われます。
すなわち、他の裁判例でもあったように、特許で言うところの進歩性が低い情報については有用性が認められない可能性を示唆しています。なお、原告は、被告の主張に対して❝有用性と特許制度における進歩性の概念とを混同したものであって,失当である❞とも主張しましたが、この原告の主張に対して裁判所は何ら述べていません。
また、被告の上記主張は非公知性としても述べられていますが、非公知性としても同様の判断で裁判所は被告の主張を認めませんでした。

さらに、被告は❝本件データには原告と被告が共同作成したものといえ,被告のアイデアが多分に含まれているから,原告にとっての有用性は非常に低い❞とも主張しました。これについても裁判所は、以下のようにして被告の主張を認めませんでした。
❝本件新製品の仕様等について原告と被告は打合せを繰り返したが,弁論の全趣旨によれば,本件データの作成自体は原告が単独で行ったものと認められるから,この点も本件データの有用性を否定するものとはいえない。❞
このように裁判所は、❝本件データの作成自体は原告が単独で行ったもの❞であるとして、被告の主張を認めませんでしたが、この判断はどうでしょうか。仮に、本件データを原告が被告と共に作成しても本件データの有用性は否定されないと思います。

なお、被告は❝本件データは樹脂製品及び宅配ボックスについての知識経験を豊富に有する被告の助言・監修の下で作成されたものであるから,原告と被告が共同作成したものといえ,被告のアイデアが多分に含まれている。❞とも主張しています。これに対して、原告は❝本件データの作成過程において,原告が被告の意向を踏まえてデータを作成することがあったとしても,その意向は抽象的な要望やアイデアにすぎなかった。❞とのように反論しているものの、本件データに被告のアイデアが含まれていることは否定していません。

このようなことから、被告は本件データを共同作成したことを有用性の有無で争うのではなく、本件データは原告と被告とが共同作成したものであるから、本件データの保有者には被告も含まれることで主張した方が良かったように思えます(この主張が認められる可能性は低いかもしれませんが)。もし、この主張が認められたら、本件データは原告と被告とが共同で保有しているので、被告も使用可能であり、被告による営業秘密侵害にはならない可能性があるのではないでしょうか。

ここで、発明については「具体的着想を示さず単に通常のテーマを与えた者又は発明の過程において単に一般的な助言・指導を与えた者」は発明者とはなりません。すなわち、原告と被告の共同作成を発明に当てはめると、被告が原告に抽象的なアイデアを与えただけでは発明者とはなり得ないでしょう。一方で、「提供した着想が新しい場合は、着想(提供)者は発明者」とされます。もし、被告が原告に与えたアイデアが新しい着想である場合には、被告は発明者となり得、当該発明に対して特許を受ける権利を有することとなります。

特許と営業秘密とを同様に考えることは必ずしも適切ではないと思います。しかしながら、原告が作成した本件データが、仮に被告が独自に着想した新規(非公知)のアイデアに基づいて図面とされているものであれば、本件データは被告のアイデア無くして作成できたものではありません。そうであれば、被告も本件データの保有者という主張も議論の余地があるのではないかと思います。
なお、仮に被告が本件データの保有者であると認められ、被告の営業秘密侵害が否定されたとしても、被告は原告に対して少なくとも本件データの作成費用の支払い義務はあるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年9月18日日曜日

判例紹介:新規製品の開発・製造委託の取りやめ 宅配ボックス事件(秘密管理性)

自社製品の開発・製造を他社に委託することは一般的に行われていることです。しかしながら、実際に製造・販売までに至らず、途中で取りやめになることも少なからずあるでしょう。
今回紹介する判例(東京地裁令和4年1月28日判決 事件番号:平30(ワ)33583号)は、そのような事例についてのものです。

本事件の概要は以下の通りです。
①平成29年5月8日頃に原告が被告から、被告が販売する樹脂製の新規の宅配ボックスの開発・供給の引き合いを受ける。
②初回ミーティング後に、本件新製品の企画が外部漏洩するおそれを極力なくすため、被告は原告に対して機密保持契約の締結を提案し、平成29年5月19日までにその契約書の雛形を電子メールに添付して送信した。その後、被告は被告の押印済みの機密保持契約書を原告に2部郵送し、原告の押印済みのものを1部返送するように依頼した。原告は、原告の押印済みの同年6月20日付けの機密保持契約書を1部保持している。
③平成29年9月4日に原告の従業員Aは、Mタイプの製品に係るCADシステムのデータである本件データ1を、同月7日にSタイプの製品に係るCADシステムのデータである本件データ2を、それぞれ被告の従業員Bに電子メールで送信した。
④平成29年7月から9月初めにかけて、被告作成のモックアップの試験が行われ、原告と被告との間で、納期、コスト、仕様等の点で意見の食い違いがあり、仕様変更を含めた本件新製品の製造に関する打合せが繰り返し行われた。
⑤平成29年9月18日に、原告は本件新製品の製造費用についての同月14日付けの見積書を電子メールに添付して送信した。原告と被告とは、本件新製品の組立てに要する費用を原告が負担するか否か等の条件面での意見が一致せず、被告は本件新製品の製造を原告に発注するのを取りやめることとし、原告と被告との間での本件新製品の開発プロジェクトは同月中に終了することとなった。
⑥平成29年10月9日に、原告は本件プロジェクトが終了したことを受けて、被告に対し,本件新製品の「設計費・機会損失額」として合計1699万2800円の支払を求める旨の見積書を電子メールに添付して送信するものの、「設計費・機会損失額」の支払義務の有無及び額については合意に至らなかった。
⑦少なくとも平成30年7月25日頃から令和2年3月末までの間、被告は、被告製品を製造し、被告製品の譲渡を行った。

以上のような経緯があり、原告の営業秘密である本件データ1,2を使用して被告が被告製品を生産、譲渡及び譲渡のための展示を行ったことは、不正競争に該当するとして、原告が被告に対して差し止めや損害賠償を求めました。
この事件の結論からすると、被告による被告製品の生産等は、原告の営業秘密である本件データ1,2を不正に使用したとして、原告による差し止めや損害賠償請求(610万1962円)が認められました。


次に、本件データに対する秘密管理性、有用性、非公知性に対する裁判所の判断についてです。本事件は原告の勝訴となっているので、当然、これらはすべて裁判所によって認められています。

秘密管理性について、裁判所は「原告内部における秘密管理の状況」、「被告との関係における秘密管理の状況」という2つの視点から判断しています。

「原告内部における秘密管理の状況」について、裁判所は下記のことから本件データの秘密管理性を認めています。
①従業員に対して就業規則によって機密保持義務を課していた。
②技術的アクセス制限を含む社内ネットワークを構築していた。
③技術情報をサーバ上の所定のフォルダに保存し、アクセス制限を設けていた。
④本件データも技術部用のフォルダに保管されていた。

次に「被告との関係における秘密管理の状況」についてです。
ここで、本件データに対する「被告との関係における秘密管理」に対して、被告は2つの主張を行ったようです。
①被告は、原告から押印済みの本件機密保持契約書の返送を受けなかったとして、本件機密保持契約は締結されていないと主張。
②本件データには、これが営業秘密であることの記載や閲覧のためのパスワードの設定はされておらず、また、本件データを送付した電子メールの本文にも本件データが営業秘密である旨の記載はされていなかった。

①の機密保持契約についてですが、裁判所は以下のようにして原告と被告との間で機密保持契約は成立していたと判断しています。
❝本件プロジェクトが終了するまでに,被告から原告に対して本件機密保持契約書の返送がないと指摘したり,原告が被告に本件機密保持契約の締結に応じないとの態度をとったりしたとの事実を認めるに足りる証拠はない。したがって,本件機密保持契約は,遅くとも原告が保管する本件機密保持契約書(甲4)の作成日である平成29年6月20日頃までには成立していたものと認めるのが相当である。❞
②については、本件データには確かに営業秘密であることを示す措置は直接的に行われていませんでした。しかしながら、裁判所は、下記のように、原告と被告との間における本件データの秘密管理性を認めています。
❝原告と被告との間でやりとりされた本件新製品に関する企画書,図面,見積書等には秘密である旨が明示されているものとないものがあったところ,前記イ(ウ)のとおり,原告が被告に対して送付したモックアップ用の別の3Dデータについて,秘密である旨の表示がなくても,これを受領した被告従業員が秘密であることを前提とした行動を取っていたものである。そうすると,前記イ(エ)のとおり,本件データの送付の際にこれが秘密である旨が明示されていなかったことを考慮しても,本件データを受領した被告において,本件データが秘密として管理されていることは容易に認識可能であったというべきである。
なお、上記の「秘密である旨の表示がなくても,これを受領した被告従業員が秘密であることを前提とした行動を取っていた」とは、以下のような行動です。
3Dデータの送信の際に原告はこれらのデータが秘密である旨の表示はしていなかったが,同月27日に送信されたデータを受領した被告従業員Cは,同月29日,原告従業員のAに対し,「頂きました図面データですが,先日のお打ち合わせの際にご説明させて頂きましたIOT化に向け,センサーの組み込みや通信機器の設置場所の検討にあたり,パートナーに共有させて頂いても宜しいでしょうか?/先方とはNDAを締結済みです。」と尋ねる電子メールを送信した(甲6,8,13,乙20,21)。❞
すなわち、秘密であることの表示がない3Dデータに対して、被告従業員Cはそれが秘密であるとの認識のもとにパートナーと共有しているのであるから、この3Dデータと直接的に関係のある本件データに対しても秘密であることは認識できていた、とのように裁判所は判断しています。

営業秘密とする情報に秘密管理性を求める理由は、当該情報の保有者に無断で当該情報を持ち出したり、使用等すると不正競争行為となる、ということを当該情報に触れた者に予測させるためです。
そのように考えると、たとえ、本件データに直接的に秘密である旨の表示が無くても、原告から被告への本件データを送信前後における他のデータの秘密管理の状態を考慮して総合的に判断することは妥当であると思われます。
また、新規製品の開発・製造の委託においては、様々なデータが取引先との間で行われます。その場合に、一部のデータに対して秘密である旨の表示やパスワード管理等が不十分だからとして、当該データの秘密管理性が否定されてしまうと、それは営業秘密の保有者にとって不合理であるといえるでしょう。
とはいえ、やはり、このようなトラブルを未然に防止するためにも、自社の営業秘密を他社に開示する場合には、その秘密管理性が保たれるように十分な注意が必要です。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年4月4日月曜日

判例紹介:治具図面漏洩事件(刑事事件)有用性

前回紹介した治具図面漏洩事件における有用性に対する裁判所の判断です。
本事件では、被告人が有罪となっているので、当該営業秘密の有用性についても裁判所は認めていますが、これに対して裁判所は有用性について少々突っ込んだ判断をしているとも思えます。

まず、本事件における営業秘密の有用性について、裁判所は以下のように事実認定をしています。
❝本件治具による研磨後のMTフェルールの測定方法は,・・・いったん本件治具に測定の基準となる設定をしてしまえば,後は,特段の技術も要さず,当該MTフェルールを本件治具の挿入穴に挿入するだけで,当該MTフェルールが長短一定の範囲内の長さであることを正確に測定することができ,その所要時間は,a社で従来行われていた工場顕微鏡による測定よりも大幅に短いものであったことが認められる。そして,本件治具を製造するための材料費が比較的廉価であった・・・
また,当該MTフェルールの長さを計測する方法としては,市販されているマイクロメータやノギスを用いる方法もあるが,それらによって,本件治具を使用した測定ほどに,特段の技術も要さず,短時間で正確に所期の測定ができるとは考え難い。また,MTフェルールを傷付けないための・・・ニゲアナのような特徴は,マイクロメータやノギスには見られない利点といえる。
そして,本件治具図面は,以上のような利点のある本件治具に係る設計情報を図面化したものであり,設計図面という性質上,本件治具をそのまま複数製造したり,改良を加えて製造したりすることを容易にする効用も有していたといえる。❞
これに対して、被告人の弁護人は、「予想外の特別に優れた作用効果」を生じさせないとしてその有用性を否定する主張を行いました。
技術情報を営業秘密とした場合に、当該営業秘密の有用性又は非公知性に「予想外の特別に優れた作用効果」を必要とする裁判例は幾つもあります。このため、適否は別として、弁護人がこのような主張をすることは当然でしょう。


これに対して裁判所は、下記のように有用性には「予想外の特別に優れた作用効果」は必要ないと判断しています。
❝不正競争防止法が営業秘密を保護する趣旨は,不正な競争を防止し,競争秩序を維持するため,正当に保有する情報によって占め得る競争上の有利な地位を保護することにあり,進歩性のある特別な情報を保護することにあるとはいえないから,当該情報が有用な技術上の情報といえるためには,必ずしもそれが「予想外の特別に優れた作用効果」を生じさせるものである必要はないというべきである❞
「予想外の特別に優れた作用効果」とは特許における進歩性の判断と同様とも思える判断であり、私個人としてもこのような判断が営業秘密に必要であるかは大変疑問に思っていました。この疑問に思う理由と同様のことを、上記記載の後に裁判所は下記のように判決文で述べています。
❝(そもそも何をもって「予想外」「特別に優れた」というのかが曖昧であり,その意味内容によっては,不正競争防止法が所期する営業秘密保護の範囲を不当に制限する可能性がある❞
今まで営業秘密の有用性に対して「予想外の特別に優れた作用効果」は必要であると判断された裁判例が多数ありますが、上記のようにその判断基準は曖昧であり、未だ明確な判断基準を示した裁判例はないと思います。なお、感覚的には有用性における「予想外の特別に優れた作用効果」が必要とした裁判例では、特許の進歩性と同様の判断基準としたようにも思えますが、それを明示した裁判例はありません。
また、特許と実用新案では要求される進歩性の程度が異なります。もし、営業秘密における有用性の判断基準が特許の進歩性と同様であると考えると、実用新案の進歩性の判断基準と異なる理由が必要でしょう。また、もしかしたら、営業秘密の有用性の判断基準は特許又は実用新案の進歩性の判断基準と異なるのかもしれません。
一方で、本事件における裁判所の判断のように不正競争防止法が営業秘密を保護する趣旨が「不正な競争を防止し,競争秩序を維持するため,正当に保有する情報によって占め得る競争上の有利な地位を保護すること」と考えると、やはり有用性の判断に「予想外の特別に優れた作用効果」は必要でないとすることが妥当であると思えます。


とはいえ、裁判所は、上記の後に下記のようにも述べています。これは、営業秘密の有用性に対して「予想外の特別に優れた作用効果」は不要であるとの立場であっても、本事件の営業秘密は「予想外の特別に優れた作用効果」を有しているとの認識であることを念のために明示したと思えます。
❝反面,後記(3)アのとおり,本件治具以外にこれと同じ性能を持ったMTフェルール用測定治具が実用品として存在しないことに照らせば,本件治具図面を「予想外」の情報と見る余地があろうし,前記アの利点に照らせば,本件治具図面を「特別に優れた」情報と見る余地もあろう)。❞
このように、本事件において、裁判所は今までの主流とも思える有用性に「予想外の特別に優れた作用効果」を必要とする判断を否定したことは、注目に値すると思えます。
すなわち、現時点において裁判所の判断として、有用性に「予想外の特別に優れた作用効果」を必要とする見解と、必要としない見解の2つがあることになります。今後、どちらの見解が主流となり得るのかは営業秘密の有用性判断において重要となるでしょう。

また、有用性について弁護人は、❝「限界ゲージ」という治具が本件治具よりも優れているから,本件治具図面は,有用性の要件を充たしていない❞とも主張しています。この主張はいささか苦し紛れとも思えますが、裁判所は下記のように判断しています。
❝ここで問題とされている「有用性」とは,本件治具図面という情報を保有する者と保有しない者との間で優位性の差異を生じさせ得る相対的な「有用性」を意味すると解されるから,他に機能等において優れた治具が存在するからといって,本件治具図面の有用性が直ちに失われるというものではない。❞
上記❝情報を保有する者と保有しない者との間で優位性の差異を生じさせ得る相対的な「有用性」を意味する❞とのような見解は、まさにその通りであると思います。たとえ、優れた他の情報が公知となっているからと言って、当該営業秘密の有用性が否定されるという絶対的なものではなく、上記のような相対的なものとして有用性は判断されるべきでしょう。

本事件は、刑事事件の地裁判決ではありますが、上記のように、今後の有用性の判断に何かしら影響を与えるかもしれない判断がなされている点において、非常に気になる判例でした。

弁理士による営業秘密関連情報の発信