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2021年9月5日日曜日

自社製品のリバースエンジニアリングによって喪失される営業秘密としての非公知性

情報が営業秘密として認められるためには秘密管理性、有用性、非公知性の3要件が全て認められなければなりません。特に技術情報を営業秘密として管理する場合には、留意するべき点がいくつかあります。自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性が失われる場合があるということもこの留意点の一つです。

すなわち、技術情報を営業秘密として管理していたものの、この技術情報が使用された自社製品が販売され、リバースエンジニアリングによってこの技術情報の非公知性が喪失し、営業秘密として認められなくなる可能性があります。なお、非公知性の判断の基準時は、情報を営業秘密管理したときではなく、不正行為がおこなわれたときです。このため、上記のような技術情報を営業秘密として管理していても、非公知性が失われた後に持ち出された場合には営業秘密侵害とはなりません。

では、どのようなリバースエンジニアリングによって非公知性が失われたとされる技術情報にはどのようなものがあるのでしょうか?下記の表は、そのような裁判例の一覧です。


ここで、リバースエンジニアリングによっても公知性が失われないとする判断基準は、セラミックコンデンサー事件において「専門家により,多額の費用をかけ,長期間にわたって分析することが必要である」と判示されており、他の裁判でもこの基準が用いられています。

すなわち、下記3つの要件が判断基準とされています。
①特殊な技術を要するかどうか(特殊技術基準)
②相当な期間が必要かどうか(相当期間基準)
③誰でも容易に知ることができるかどうか(情報取得容易性基準)

そして、上記一覧から分かるように、機械系に関する技術情報はリバースエンジニアリングによって公知となったとされる可能性が高いかと思います。
この理由は、当該製品を寸法を測定することにより、技術情報を容易に知り得る場合が多いためです。しかしながら、セラミックコンデンサー事件や半導体封止機械事件では、営業秘密としている図面等の情報量が多く、それをリバースエンエンジニアリングで知り得ることは上記3つの要件を満たさないため、非公知性は喪失していないと判断されました。

また、化学系に関してはあまり裁判例も多くありませんが、日本ペイントデータ流出事件と錫合金組成事件が参考になるでしょう。この2つの事件は、日本ペイントデータ流出事件が非公知、錫合金組成事件が公知とのように真逆の判断となっています。
この理由には、日本ペイントデータ流出事件ではリバースエンジニアリングされる技術情報が塗料を構成する原料及び配合量、より具体的には塗料を構成する樹脂や顔料の原料や配合量であり、この情報をリバースエンジニアリングにより知り得ることはやはり難しい一方、錫合金組成事件では錫器の製造に使用する合金の組成がリバースエンジニアリングされる技術情報であることから、比較的容易に知り得るという判断のようです。
なお、これらの事件では、リバースエンジニアリングに用いられる技術としてXRD(広角X線回析法)やICP発光分光分析法といったような、一見すると特殊な技術が用いられていると思われます。しかしながら、これらの技術は当該分野では一般的な分析技術であり、”特殊”という位置付けではないでしょう。そのように考えると、特殊技術基準はリバースエンジニアリングの対象となる技術情報毎に異なると思われます。すなわち、特殊技術水準は、リバースエンジニアリングの対象となる技術情報において”特殊”であるか否かで判断されると考えられるでしょう。

技術情報を営業秘密管理するか否かは上記のことを考慮するべきであり、自社製品のリバースエンジニアリングによって容易に知り得る技術情報はそもそも営業秘密となり得ないことを正しく認識しなければなりません。したがって、このような技術情報は営業秘密管理を視野に入れずに特許出願してもよいし、自社製品が販売されるまでは営業秘密管理する一方で、販売される直前に特許出願又は実用新案出願することもよいでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年12月13日日曜日

判例紹介:特許権ラインセンスと共に開示した技術情報について

今回は、特許権を他社にライセンスすると共に当該特許権に係る製品を製造するために開示した技術情報の取り扱いについての裁判例(大阪地裁令和1年10月3日判決(平成28年(ワ)3928号))です。

被告は、原告のトランスに係る特許権のライセンス(本件各基本契約)をノウハウ(本件技術情報)の開示と共に受けました。そして、被告は、特許権が消滅したため本件各基本契約は終了し、本件技術情報にはWBトランスを分解すれば誰でも知り得る情報しか含まれておらず、すでに公知であることを理由にロイヤルティの支払を拒む旨を原告に通告しました。

これに対して原告は、被告らは本件技術情報に対するロイヤルティの支払義務を負っているのに、ロイヤルティの支払を予め拒絶しているとして催告を経ず、被告らの債務不履行を理由に本件各基本契約を解除した旨を主張し、ランニングロイヤルティの不払いその他本件各基本契約の債務不履行があったと主張しています。

具体的には原告は、本件技術情報である技術資料中に、トランスの製作品を用いて計測した実測値が記載されており、「WBトランスの設計作業において,最低限,①一次巻数,②二次巻数(一次巻数に特定の数値を乗じた数値),③一次巻線径,④二次巻線径を算出する必要があるところ,これらは,原告から開示された数値(本件技術資料中,電気設計一覧表及び電気設計書に記載。)がなければ被告らにおいて算出することができない」と主張しました。


これに対して裁判所は、以下のように判断しました。
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本件技術資料中の電気設計一覧表及び電気設計書において開示された数値は,試作品における実測値にすぎず,被告らにおいても,独自に計測・算出したり,製造元に問い合わせて確認したり,WBトランスの完成品を用いて測定したりすることが可能であったものであるから,原告からの開示がなければWBトランスの設計・製造が不可能であったものとはいえない。
・・・
コイルボビン及びWBトランスの外径寸法や重量は,パンフレットを参照したり,WBトランスの完成品を測定したりすることにより容易に得られる値である(甲57,乙3)。
巻線計画等についても,原告から開示された数値によらなくても,被告らにおいて,使用するコイルボビンの凹状溝の幅と,選択した銅線の径から巻数を算出し,上記のとおり算出された一次巻数及び二次巻数まで,整列巻で巻き回していくことは可能であると考えられる。
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そして、裁判所は以下のように「まとめ」ています。
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(イ) ・・・、本件技術情報の開示を受けなければWBトランスを製造することができないといった事情までは認められず,本件技術情報がWBトランスの製造に必須であることを前提に,本件各基本契約の性質を考えることはできない。
(ウ) また,本件技術情報に記載された数値は,物理的に測定したり,計算によって求めることができるものと考えられるから,WBトランスが市場に出回り,リバースエンジニアリングを行って計測等ができるようになった段階で,公知になるといわざるを得ない。
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このように、裁判所は、特許権のライセンスと共に原告から被告に開示された技術情報は、既に公知である又は製品をリバースエンジニアリングによって知り得る情報であるとして、その営業秘密性を認めず、これにより原告の主張を認めませんでした。

一方で、裁判所は下記のようなことも述べています。
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本件各特許権の明細書等を参照し,流通に置かれたWBトランスに対するリバースエンジニアリングを行ってもなお解明することができず,原告よりその開示を受けない限り,WBトランスの製造はできないというようなノウハウが,本件技術情報に含まれていると認めるべき証拠は提出されていない。
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すなわち、製品のリバースエンジニアリングによってもノウハウが非公知性を喪失せず、当該ノウハウを用いないと製造できないようなノウハウは、特許権が消滅しても保護の対象となり、ロイヤリティの対象となる、ということでしょう。

一般的に、特許権をライセンスする際には、当該特許権に係る製品の製造のためのノウハウも開示することが多いかと思います。
その際、ライセンシーは、開示されたノウハウが一体どのような性質の情報であるのか?もしかしたら、特許権が消滅した後でも、ライセンサーがノウハウに対して継続的にロイヤリティーの支払いを求める可能性が有る情報であるか否かを見極める必要があるかと思います。

また、ライセンサーも同様です。自身が開示するノウハウがどのような性質のものであるかを見極めなければならないでしう。さらに、特許出願の明細書に記載の内容も重要です。特許性が有りそうだからとして、本来開示する必要がない情報(例えば従属項となるような情報)までも開示するよりも、営業秘密として管理する方がよい場合もあるでしょう。技術情報を特許出願をすると公開されるので、再び秘匿化はできません。この認識は強く持つ必要があるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年9月20日日曜日

判例紹介:日本ペイントデータ流出事件の刑事事件判決 -リバースエンジニアリングー

日本ペイントデータ流出事件の刑事事件判決(名古屋地裁令和2年3月27日 平28(わ)471号 ・ 平28(わ)662号)の続きです。この事件において日本ペイントの営業秘密を持ち出したとされた被告人は、一審地裁判決では懲役2年6月(執行猶予3年)及び罰金120万円となっています。

この事件は、塗料の製造販売等を目的とする当時の日本ペイント株式会社(判決文ではa社)の子会社であるb株式会社の汎用技術部部長等として、被告人が商品開発等の業務に従事していました。そして、被告人は、a社の競合他社である菊水化学工業株式会社(判決文ではc社)にa社の営業秘密を漏えいし、自身もc社の取締役に就任したというものです。なお、被告人は、a社の元執行役員でもあったようです。

本事件において検察官は、本件情報(塗料の原料及び配合量)は塗料製造において重要な漏洩の許されない非公開情報として管理されており、リバースエンジニアリングや特許公報等によっても本件各塗料の具体的な配合情報は特定できないので、本件情報には非公知性が認められる旨主張しました。
一方で、弁護人(被告)は、リバースエンジニアリングにより本件各塗料と同程度の品質が再現できる程度に配合情報を分析できる等を主張し、本件情報には非公知性が認められないと反論しました。

この結論としては、裁判所は本件情報の非公知性を認めています。
理由は以下の通りです。なお、塗料の分析は被告人の転職先であるc社がd社に依頼して行っています。すなわち、c社は原告である検察に対して協力的であったことがうかがわれます。
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塗料を各種の方法で分析すると,塗料を構成する樹脂がどのようなもので構成されているか,塗料を構成する顔料にどのような金属が入っているかなどは分析できるものの,塗料を構成する具体的な原料及び配合量まで特定することは困難である。c社が株式会社d(以下「d社」という。)に対して依頼したc社の塗料「●●」の分析結果をみても,XRD(広角X線回析法)によって明らかになったのは,塗料に含まれる無機成分とその定量値であり,STEM(走査透過電子顕微鏡法)-EDX(エネルギー分散型X線分光法)によって明らかになったのは,塗料中の無機成分の粒子を構成する金属の種類や粒子の大きさであって,これらの結果から塗料の原料及び配合量を具体的に特定することはできない。また,d社が行ったその他の検査,IR(赤外分光光度計による分析),熱分解GC/MS測定及び固体NMR測定によって明らかになったのは,塗料に含まれる樹脂成分を構成するモノマー及びその構成比であり,塗料に含まれる樹脂について,その原料及び配合量が具体的に特定された訳ではない。
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これに対して弁護人は、本件各塗料の配合情報はリバースエンジニアリングによって多額の費用や長時間を要することなく特定が可能であると主張しました。この主張は、営業秘密における非公知性がリバースエンジニアリングによって喪失したか否かの判断基準となっており、当然の主張でしょう。
しかしながら、裁判所は以下のように弁護人の主張を認めませんでした。なお、下記に登場するEはb社の代表取締役であり、Fはc社の元従業員です。
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塗料の分析は,専門的知見を有する者が,相当高額の専門機器を用いて初めて行えるものであり,実際に,c社では,100万円の費用を掛けてd社に分析を依頼している。Fの証言によると,c社では,STEM-EDXの測定や固体NMR測定等においてd社と同レベルの分析は行えないことが認められる上,EとFの証言によると,d社の分析では,樹脂の構成や顔料の成分とその定量値は明らかになったものの,具体的な原料やその配合量までは特定できなかったと認められる。また,d社はXRDの報告書を作成するのに1か月以上の期間を要している。そうすると,リバースエンジニアリングによって本件各塗料の配合情報について具体的な原料やその配合量まで特定することは,不可能とまでは断定できないにしても,そのためには相当高額の費用と相当な期間をかけることが必要であると認められる。したがって,リバースエンジニアリングによっても容易に本件情報を知ることができるとはいえず,本件情報の非公知性は失われない。
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なお、上記に対して弁護人は、塗料の分析に100万円程度の費用を掛けたとしても、a社のような大手の塗料メーカーにとってはそれほど高額ではないとも主張しています。
この主張について、私もリバースエンジニアリングの費用が高額か否かは、リバースエンジニアリングを行う企業規模によってその基準が変わる可能性が有るのではないかとも思っていました。なおa社は、ウィキペディアによると資本金7億3900万円であり、2019年の売上高は646億4400万円であり、100万円の費用は大したことはないとも思えます。

これに対して裁判所は以下のように判断しています。
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本件各塗料の配合情報を特定することが容易かどうかの判断は,c社がd社に支払った費用の金額だけで決まるものではなく,前記のとおり必要な分析に要する費用や期間,労力などを総合的に考慮して判断されるべきである。この点をEらの証言やd社の分析結果等を踏まえて検討すると,前記のとおり,本件情報は容易に知ることができるものとはいえない。
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このように、リバースエンジニアリングが容易であるか否かは実際に支払った費用のみで決まるのではなく、総合的に判断されるものと裁判所は判示しました。
なお上記のように証人の証言でも「樹脂の構成や顔料の成分とその定量値は明らかになったものの、具体的な原料やその配合量までは特定できなかった。」とあります。すなわち、本事件ではリバースエンジニアリングによって塗料の情報の一部は明らかになっておらず、リバースエンジニアリングによる分析結果に基づいて原料や配合量を特定することは不可能ではないとしても、さらなる費用と期間を要することが示唆されています。

物質の組成等を営業秘密とした場合における過去の裁判例としては、錫合金組成事件がありました。この事件では、錫合金の組成がリバースエンジニアリングによって特定できるとしてその非公知性が認められませんでした。
一方で今回の事件では、塗料の組成等がリバースエンジニアリングよっても特定できず、非公知性が認められるというものです。
錫合金は無機材料、塗料は有機材料という違いがあり、リバースエンジニアリングよる組成等の特定の困難さも異なるでしょう。この二つの裁判例から、物質の組成を営業秘密とする場合のリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の判断基準がある程度明確になってきたかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年8月30日日曜日

自社技術の公知性管理

自社技術の公知性管理、分かるような分からないタイトルです。
何を言いたいかといいますと、自社技術は何が公知となっているか、換言すると営業秘密でいうところの非公知性を保っている自社技術は何かを正確に把握することです。

案外これを正確に把握している企業は多くはないのでしょうか?
その理由は、自社製品のリバースエンジニアリングによって、自社技術の何が公知となっているかを判断することは難しいと思われるからです。

ここで、特許出願を行う場合、製品化により新規性が失われるので製品化の前に特許出願を行うことが一般的です。そして、特許出願から一年半後に特許公開公報という形で特許出願に係る技術情報は公知となので、特許出願では自社技術の何が公知となっているかは一目瞭然です。

では、営業秘密として管理されている技術情報はどうでしょうか?
営業秘密として管理している技術情報が公知となったか否かも、主に当該技術情報を用いた製品の販売の有無に依存します。このため、自社製品のリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の判断基準の理解が必要不可欠となります。


この技術情報の非公知性判断を誤ると、既に公知となっている技術情報であるにもかかわらず、そのような技術情報を秘密であると扱い、その後の判断を誤る可能性が有ります。

例えば、秘密保持契約を締結して他社に開示した技術情報(ノウハウ)です。既に非公知性を失っているにも関わらず、非公知性を有していると誤って判断して開示し、当該技術情報を当該他社が目的外利用したとして裁判を提起した挙句に敗訴してしまうとか・・・。

また、逆の場合もあるでしょう。
本来、営業秘密としての非公知性を喪失していないにもかかわらず、自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性を喪失していると誤った判断を行い、秘密保持契約を締結しないままに当該技術情報を開示してしまうとか・・・。

私は2年前に「リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断と自社製品の営業秘密管理の考察」という形で、リバースエンジニアリングによる非公知性喪失をまとめました。そこで分かったきたことは、機械構造に関する技術情報は自社製品のリバースエンジニアリングにより非公知性が喪失していると判断され易いことです。その理由は「計測すれば比較的簡易にわかる」とうことです。

また、合金の組成に関しても分析により非公知性が喪失していると判断された裁判例がありました。しかしながら、物質の組成に関する裁判所の非公知性判断は未だ多くはありません。このため、どのような物質の組成が製品化のリバースエンジニアリングにより非公知性を喪失するか否かは、裁判所の判断からは一律には分かりません。
そうすると、やはり自社でその判断を行う必要があるでしょう。少ない裁判例を拠り所とするものの、当該物質に対する分析手法を理解し、その分析手法によって非公知性を喪失しているといえるか否かを判断する必要があるでしょう。

そして、その結果に応じて当該技術情報を営業秘密として管理するか否か?それとも製品化の前に特許出願をするのか?あるいは、敢えて自由技術化して他社の使用を促して市場拡大を目指すのか?何が適切な技術情報管理であるか考えどころです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年7月25日木曜日

プログラムのリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の主張

技術情報を営業秘密とした場合において、製品をリバースエンジニアリングすることによって当該営業秘密の非公知性は喪失すると判断される可能性があります。
なお、リバースエンジニアリングによる非公知性の喪失が主張された裁判例としては、機械構造や合金の組成等があります。

プログラム(ソースコード)を営業秘密とした場合におけるその非公知性の判断において、プログラムのリバースエンジニアリングによって非公知性が喪失する可能性は多いにあると思いますが、そのような主張を被告が行った裁判例は私が知る限りありません。

ここで、プログラムは、下記のように著作権によっても保護されるものであり、営業秘密の侵害訴訟において著作権侵害の主張もされる場合があります。

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著作権法第2条第1項12の2
プログラム 電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう。
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このため、プログラムについてリバースエンジニアリングによる非公知性の喪失の主張が行われない理由の一つとして、当該プログラムに対してリバースエンジニアリングが可能であるとして営業秘密とは認められないと裁判所が判断したとしても、著作権侵害に該当する可能性が高くなるためではないかと考えられます。

すなわち、被告側が原告のプログラムはリバースエンジニアリングによって公知となっていると主張すると、原告側によってリバースエンジニアリングによって当該プログラムの内容を被告が知ったことにより、これに依拠して当該プログラムを被告が複製等したのではないかと主張される可能性があるかと思います。

また、製品によっては、購入者によるプログラムのリバースエンジニアリングを禁止する旨を契約により求める場合もあります。
このような場合において、もし、被告がリバースエンジニアリングによる非公知性喪失を主張した場合には、契約不履行に該当する可能性が考えられます。
なお、このような契約は、当該プログラムの秘密管理性に対して認められやすくなる影響を与えるのではないかと考えます。

このように、営業秘密侵害事件において、プログラムのリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の主張は他の不法行為を自認しかねない可能性を含み得るために、被告としては行い難いのではないかと考えます。
果たして、この考えが正しいのか知るためにも、プログラムのリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の主張を行った裁判例が表れて欲しいのですが・・・。


弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年2月7日木曜日

営業秘密管理指針の改訂版が公開されました。リバースエンジニアリングの視点から

営業秘密管理指針が本年度の不正競争防止法のデータ利活用に関する改正を受けて改訂され、それが先月、経済産業省のホームページで公開されました。

営業秘密管理指針(最終改訂:平成31年1月23日)

改訂個所はあまり多くありませんが今回の改訂では非公知性の説明に、自社製品のリバースエンジニアリングによる非公知性喪失に関する記載が裁判例と共に追加されています。

自社製品のリバースエンジニアリングによる非公知性喪失は、技術情報を営業秘密理とするうえで非常に重要な事項であると私自身も考えており、このことが営業秘密管理指針に追加されたことは好ましいことだと思います。

しかしながら、個人的にはもう少し記載内容を充実させてもよかったかもしれません。
技術情報を営業秘密として管理するか否かの判断は、この自社製品のリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の可能性の有無が重要な判断材料となるためです。
もし、自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性が喪失する技術情報であれば、当該技術情報を秘密管理していても、裁判において営業秘密とは認められません。



このような技術情報をどのように“知財”として管理するのか?

裁判所が営業秘密として認めないからと言って、当該技術情報の秘密管理に意味がないわけではありません。
秘密管理している技術情報であれば、たとえ営業秘密と認められなくても、企業の意に反して当該技術情報を漏えいさせた従業員や取引会社等に対して、秘密保持義務違反の民事責任を問うことが可能かもしれません。

また、当該技術情報に対して特許、実用新案、又は意匠といった権利取得を行うという選択肢もあります。
営業秘密とすることを検討している場合には、公開を前提とした上記出願は行わないという決定を一旦したのかと思いますが、自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性が喪失するのであれば、権利取得のための出願も再考する必要があるでしょう。

自社製品のリバースエンジニアリングによる非公知性の喪失について詳しく知りたい方は、私の下記寄稿をご参考にしてください。
知財管理誌への寄稿は近年の判例をまとめたものであり、詳しく解説していますが、少々長くなっています。一方、弁理士会のコラムは、これを短くしたものであり、知財管理誌に比べて読みやすいかと思います。

「リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断と自社製品の営業秘密管理の考察」知財管理誌
「自社製品に対するリバースエンジニアリングと営業秘密との関係 」弁理士会ホームページ  営業秘密に関するコラム

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年12月13日木曜日

弁理士会ホームページにコラムが掲載されました。

弁理士会のホームページには「営業秘密に関するコラム」があります。
ここで、私の記事「自社製品に対するリバースエンジニアリングと営業秘密との関係 」が掲載されました。

このリバースエンジニアリングによる技術情報の公知化は、本ブログでも度々取り上げていますが、 私が参加している弁理士会の技術保護テキスト作成委員会の活動として執筆したものです。

技術情報を秘匿化又は特許化するときの判断基準の一つとして、自社製品のリバースエンジニアリングによる当該技術情報が公知性がありますが、この記事では、どのような技術情報がリバースエンジニアリングによって非公知と判断されるのかを裁判例を挙げて検討しています。

ちなみに、近々、営業秘密管理指針が一部改訂されます。現在、パブリックコメントの募集中です。
この改訂は本年度の不競法の改正に伴うものですが、「4.非公知性の考え方」に、リバースエンジニアリングによる技術情報の公知化についても「公開情報や一般に入手可能な商品等から容易に推測・分析されない」とのように裁判例も挙げて追加されています。
これにより、リバースエンジニアリングと営業秘密との関係が再認識及び広く知られるようになるかと思います。

ご興味のある方は、ぜひご覧ください。




弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年12月5日水曜日

営業秘密について非常に参考になる論文

営業秘密について非常に参考になる論文がありました。
インターネットでも公開されているものですので、興味のある方はぜひご覧ください。
シリーズとなっていますが、夫々のページ数も多くないものの営業秘密、特に技術情報の営業秘密についての考え方がわかるかと思います。

トレードシークレット(営業秘密)の有効な保護と活用のための戦略①
トレードシークレット(営業秘密)の有効な保護と活用のための戦略②
トレードシークレット(営業秘密)―機密保持契約のリスクと活用法
営業秘密を有効に保護するための NDAの特殊条項の戦略的活用法

なお、これらの論文は、2003年、2004年に執筆されたものであり、営業秘密に関連するものとしては古いものになるかと思います。
しかしながら、リバースエンジニアリングと営業秘密の関係、また他社の営業秘密が自社技術と混ざり合うコンタミネーションにも触れられており、営業秘密に関する実務的な留意点が一通り記載されており、ほとんど古さを感じさせません。

ここで、コンタミネーションに関しては、意識が低い企業がほとんどかと思います。
しかしながら、オープンイノベーションが広がりつつある昨今、このコンタミに係るリスクは認識する必要があります。
この認識が低いと、他社から情報の開示を受けたものの協力関係には至らず、当該情報に関する分野のビジネスを自社独自で始めたところ、当該他社から訴訟を提起されるというような事態に陥る可能性があります。
このような事態を割く得るために、情報を他社に開示する側は、協力関係が築けない場合も意識しつつ、段階的な情報開示を行い、情報を他社から開示される側も、必要以上の情報を取得しないように意識するべきかと思います。

特に、オープンイノベーションの場合には協力関係を構築する可能性のある他社と自社で同様の秘匿技術を有している可能性があります。このような場合において協力関係に至らなかった結果、上記のような訴訟等に発展するかもしれません。このような事態を避けるためにも、自社が他社から情報開示を受ける場合、その内容を精査すると共に自社も同様の技術を有している場合にはそのことを他社に開示する等も必要かと思います。
そのようなこともこの論文には記載されています。


さらに、営業秘密を意識したNDAについて記載されている論文は、オープンイノベーションとも絡んで特に意義のあるものでしょう。

特に論文「営業秘密を有効に保護するための NDAの特殊条項の戦略的活用法 」のまとめには「通り一遍のNDAの雛型をすべての案件に使用するのでは不十分である。」との記載があります。
裁判例を読んでいても原告と被告との間で締結されているNDAは、ほぼ“雛型”のままであろうと思われるものが多くあります。そして、例えば、NDAで秘密保持の対象とする情報が何であるかをより明確にすれば訴訟に至らなかったのではないか、すなわち、被告が当該営業秘密の使用等を行わなたかった可能性もあるのではないかと思われる事件もあります。
逆に雛型にとどまらず、案件ごとに適切なNDAを締結していれば、秘密保持の対象がより明確になり訴訟に至るような事態になりにくいのか漏れません。
訴訟となれば、原告、被告共に良いことはありません。訴訟による費用や労力を要することになり、実際にはどちらが勝とうとどちらにもメリットと呼べるものは生じない場合がほとんどでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年4月11日水曜日

ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合におけるリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の判断

技術情報を営業秘密とする場合に留意する必要がある事項として、自社製品がリバースエンジニアリングされることで、当該営業秘密の非公知性が失われる場合があることです。

営業秘密における非公知性の判断時は、損害賠償請求については不正行為が行われた時点であり、差止請求については口頭弁論終結時です。このため、技術情報を営業秘密として管理しても、その後、当該技術情報を使用した自社製品が販売等され、当該自社製品がリバースエンジニアリングされることで非公知性が失われる可能性が生じます。このようなことは、出願時を新規性の判断時期とする特許とは大きな違いです。

下記表は、私が調べたリバースエンジニアリングによって非公知性が失われたか否かの判断がなされた判例の一覧です。下記判例の中には”リバースエンジニアリング”という文言が判決文の中には表れていないものの、実質的にリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無の判断を行ったと考えられる判例が含まれています。


上記表から分かるように、近年においてリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無が判断された判決が増えています。

なお、リバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無については、被告がリバースエンジニアリングによって原告が主張する営業秘密の非公知性が失われているとの主張が行われたときにのみ裁判所が判断します。従って、近年において被告によるこのような主張が増加していることになります。

ここで、リバースエンジニアリングによって当該技術情報を取得可能であれば、全て非公知性を失うかというとそういうわけではありません。セラミックコンデンサー事件では「専門家により、多額の費用をかけ、長期間にわたって分析することが必要」なものはリバースエンジニアリングが可能であったとしても非公知性は失われないとしています。

一方、光通風雨戸事件は、一審ではリバースエンジニアリングによっても非公知性は失われていないとされたものの、二審では覆り、非公知性が失われたと判断されました。具体的には、二審において裁判所は「本件情報1に係る図面(甲15〔1〕~〔8〕の8枚)は,光通風雨戸のスラットA及びB,上下レール枠,下レール枠,縦枠並びにカマチAないしCの各部材の形状について0.1ミリ単位でその寸法を特定するなどしたものであり,なるほどそれ自体精密なものではあるが,これは,ノギスなどの一般的な技術的手段を用いれば光通風雨戸の製品自体から再製することが容易なものである。」や「一般的な技術的手段を用いれば光通風雨戸の製品自体から再製することが容易なもの」とし、非公知性を失っていると判断しています。

上記二つの判例は、リバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無において代表的なものです。

そして、これらの判断基準からすると、リバースエンジニアリングによって非公知性が失われていると判断され易いものは、表からも分かるように機械構造のような測定が可能なもののようです。

このように、技術情報について営業秘密とする場合には、当該技術情報が使用された自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性が失われるか否かについて留意する必要があるかと思います。

http://www.営業秘密ラボ.com/
弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年4月5日木曜日

ー判例から考えるー どのような技術情報を営業秘密とできるのか?

本ブログでも度々書いていますが、営業秘密(不正競争防止法2条6項)はそれが何であるか明確に特定される必要があります。
もし、営業秘密が特定されていないと訴訟を提起しても、裁判所において秘密管理性、有用性、及び非公知性の判断がなされないまま棄却されてしまします。
当然のことかと思われますが、このような判決は相当数存在します。
そもそも、技術情報が特定できなければ、それを秘密管理することもできないはずです。

営業秘密とされる情報は、どのような情報であればよいのでしょうか?
技術情報は例えば、生産方法、設計図、実験データ等が営業秘密となり得、営業情報は例えば、顧客名簿、販売マニュアル、仕入れ先リスト等が営業秘密となり得ます。

なお、技術者が雇用中に習得したものの、他の企業に勤務していても得られたであろう一般的知識や技能は、従業員の職業選択の自由を不当に制限することにもなり得ることから営業秘密とはなり得ません。

そして、営業秘密とされた情報は、一般的に、デジタルデータや紙媒体等に化体されるかと思われます。


では、営業秘密として特定される情報はデジタルデータや紙媒体でなければならないのでしょうか?決してそのようなことはなく、営業秘密とされる情報が化体したものとして、デジタルデータや紙媒体以外の物も裁判所は認めています。

例えば、生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決)では、コエンザイムQ10の生産菌に対して、それ自体が原告において秘密として管理されていた原告のコエンザイムQ10の製造に有用な技術上の情報であって、公然と知られていないものと認められるから、原告が保有する「営業秘密」に当たるものと認められると判断しています。
また、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)では、婦人靴の木型(本件オリジナル木型)に化体された靴の設計情報(形状・寸法)が営業秘密として認められています。

このように、特に技術情報に関しては、紙媒体やデジタルデータだけでなく、具体的な“物”を営業秘密としてもよいのです。

しかしながら、どのような情報を営業秘密として管理するかの選択は非常に重要です。

ここで、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)で裁判所は「原告らは,本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても,特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから,本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし,その場合には,営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではないから,原告らの上記主張は採用できない(なお,前記のとおり原告らは,本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。」(下線は筆者による)と判断しています。

錫合金組成事件では、錫合金(本件合金)の成分及び配合比率が営業秘密であると原告は主張していました。しかしながら、本件合金の成分及び配合比率は本件合金を使用した錫製品からリバースエンジニアリング可能であり、これにより非公知性を失っていると裁判所は判断しています。
すなわち、リバースエンジニアリングによって公知となる情報を秘密管理しても、営業秘密としては認められません。
そして、裁判所は「営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではない」との述べています。このことからすると、もし、製造方法を営業秘密としていたら、原告は勝訴した可能性もあったのではないでしょうか?ちなみに、本判決文では、原告が製造方法は営業秘密として主張していない、との文言が念を押すように複数個所に見られます。

特許出願では技術を多面的に見て様々な態様での特許取得を目指します。技術情報を営業秘密とする場合も同様であり、技術を多面的に見てどのような態様の技術情報を営業秘密として管理するのかを判断する必要があります。その判断を誤ると、裁判において勝てる営業秘密とはなり得ません。

また、リバースエンジニアリングによって公知となる技術は、営業秘密となり得ません。
であるならば、そのような技術を守りたいのであれば特許出願や意匠出願を行うべきでしょう。

http://www.営業秘密ラボ.com/
弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年3月29日木曜日

秘密とする技術情報の管理はどこの部署が行うべき?

近年、営業秘密等の秘密情報の管理規定(秘密管理規定)を設けている企業も増えてきているようです。まさに、今現在、秘密管理規定の作成作業を行っている企業もあるかと思います。

さて、秘密管理する技術情報はどこの部署がその管理を行うべきでしょうか?
これは非常に大きな問題かと思います。
そして、裁判で営業秘密と認められるように秘密情報を管理することは非常に手間がかかることだと思います。
なお、営業秘密の管理について重要な事の一つに、営業秘密の非公知性の判断基準時は当該情報の秘密管理の開始時ではなく、損害賠償請求に関しては不正行為が行われた時点であり、差し止め請求に関しては裁判における口頭弁論終結時である、ということがあります。

ここで、顧客情報等の営業情報は、取引先等に開示する場合はほとんどなく、また、他社が同様の情報を有していても自ら公開する可能性は低いと考えられ、秘密管理を行っていればその後、非公知性を失う可能性は低いかと思います。

一方で、技術情報に関しては、営業情報とは事情が異なります。技術情報は特許公報等で新たに公知となる情報が時と共に増加しますし、自社製品を販売した場合に自社製品がリバースエンジニアリングされることで非公知性が失われる可能性もあります。
すなわち、技術情報を営業秘密として管理する場合は、理想的には常に非公知性を失っていないかの検証を行う必要があります。これを怠ったり、既に非公知性が失われた情報であるにも関わらず、当該情報の漏えい等を主張して裁判を提起しても、勝てずに無駄なコストと労力を費やすことになり兼ねません。

また、非公知性を有する情報に公知の情報が混在して秘密管理されていると、下記参考過去ブログに記載したように、非公知性を有する情報もその営業秘密性が認められない可能性もあります。
このため、秘密管理した後に非公知性が失われた技術情報に関しては、積極的に秘密管理から除外する必要があるとも考えられます。

参考過去ブログ:技術情報を営業秘密とする場合に留意したい秘密管理措置

さらに、技術情報を営業秘密とする場合、本ブログで何度も記事にしているようにその有用性の判断は公知の技術を基準として判断される場合が多々あります。


ここまで書くと、お分かりかと思いますが、私としては技術情報を営業秘密として管理する場合には、特許等を扱う知財部が主体的に行うことが好ましいと考えます。営業秘密を法務部等の非技術系の部署で管理する企業もあるかと思いますが、上述のような技術情報の非公知性や有用性の判断を法務部で行うことは難しいのではないでしょうか?
特に、発明発掘の時点で、特許出願を行わずに営業秘密とすることが選択された技術情報に関しては、知財部以外で管理することは当該技術情報の文書化も含め、難しいのではないでしょうか。
一方で、営業情報等の非技術系の情報は、法務部で管理することが適していると考えます。営業情報までも知財部で管理することは、一般的な知財部の役割からして少々違うのかなと思います。

とはいいつつも、営業秘密は実際のビジネスで使われる場面が多いでしょう。
顧客情報はまさにその典型でしょう。そうすると、この顧客情報は例えば営業部でも管理され、営業部員にもアクセス権限が与えられ、閲覧だけでなく更新や追加も当然に行われることになります。
また、技術情報に関しては、開発や製造部門で使用するだけでなく、営業部門でも使用するかもしれません。営業部門で使用する場合とは、例えば、顧客に対して自社製品等の優位性を説明するために営業秘密としている技術情報を守秘義務契約を締結したうえで伝える可能性が考えられます。

そうすると、営業秘密はそれを使用する部門でも管理されることになり、法務部や知財部は管理対象の営業秘密について、どの部署がどのような情報を保持し、それに対するアクセスや使用の状態等を包括的に管理するということになるのでしょうか。

さらに、従業員が退職する際には、営業秘密が持ち出されていないかのチェックを早期に行う必要があります。これは、人事部やシステム管理部が主体的に行うことになるのでしょう。営業秘密の管理部門は、必要に応じて退職者のアクセス権限の有無を上記チェックを行う部門に知らせる必要があるかと思います。

このように、営業秘密の管理部門は、他の部門との横断的な協力関係がないと営業秘密を適切に管理することは難しいとも思われます。
さらに、技術情報に関しては、上述したように秘密管理を開始した後に非公知性が失われる可能性があります。非公知性を失った技術情報をそのまま秘密管理していると、秘密管理の形骸化をまねき、秘密管理している他の情報の営業秘密性に影響を与えるかもしれません。
このため、特に技術情報に関してはこのような認識を持ち、かつ対応できる部署が主体的にその管理を行うべきではないでしょうか?

2018年2月26日月曜日

技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3

前回のブログ記事に引き続き「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例を紹介します。
3件目は錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)です。

この事件では、被告らはかつて原告会社の従業員であり、被告らは原告に勤務していた平成22年10月頃から大阪市に工房を設置し、「P10」との名称を使用するなどして錫製品の製造販売等を行い、原告会社を退職した後も錫製品の製造販売等をしているというものです。
原告は、原告らが開発した錫合金(本件合金)の組成が営業秘密に該当すると主張しています。

なお、この事件は、有用性についてだけでなく、リバースエンジニアリングやどのような技術情報を営業秘密として管理するべきか、ということについて知見を与えてくれる事件であり、非常に参考になる事件であると私は考えています。

そして、本事件において原告は以下のように有用性を主張しています。
「従前,錫製品には鉛が含まれていたが,食品,添加物等の規格基準が改正され,容器等の鉛の含有量を●(省略)●未満にしなければならないと変更されたため,鉛レス合金を開発する必要が生じた。そこで,原告会社の昭和56年以降の基礎研究に基づき,原告組合は,平成19年以降,鉛レス合金の開発を行った。合金は,温度,成分の割合等によって液体,固体の状態が異なり,温度,割合,状態の関係を一つずつ実験する必要があり,・・・,●(省略)●から成る鉛レスの本件合金を開発した。
このようにして開発された本件合金を使用すると,鉛の含有率が●(省略)●以下であっても,錫の切削性が失われず,加工,鋳造が容易になり,従来と同じく伝統的な技術による加工が可能となるから,本件合金は,特殊な伝統技術を用いた錫器製造の根幹をなす。
したがって,本件合金は,錫器の製造に有用な技術上の情報に当たる。 」


一方、裁判所は、以下のようにして本件合金の有用性を否定しています。
「原告らは,本件合金を使用すると,鉛の含有率が●(省略)●以下であっても,錫の切削性が失われず,加工,鋳造が容易になる旨主張する。
しかし,本件合金がそのような効果を有することを認めるに足りる証拠はない。
原告らは,本件合金の開発経緯について,多くのテストと会議を重ねたとして鉛レス地金開発事業地金研究会議の議事録(甲8)及びそのテスト結果の一部(甲34)を提出し,また,多額の開発資金を投じた証拠(甲5,6,24)を提出する。しかし,証拠として提出された上記議事録では,テスト結果の部分は開示されておらず,また,上記テスト結果の一部(甲34)のみでは,地金テストの結果が持つ意味は明らかでなく,多額の投下資金を投じたからといって直ちに本件合金に上記の効果があると認めることもできない。原告製品が本件合金を用いて製造されているとしても,そのことから直ちに別紙記載の一定の成分組成と一定の配合範囲から成る本件合金が原告ら主張の効果を有すると認めることもできない。
また,原告ら代表者は,陳述書(甲20)において,本件合金の有用性を説明するが,本件合金がその説明に係る効果を有することは,客観的に確認されるべきものであり,関係者の陳述のみによって直ちにそれを認めることはできない。
結局,原告らは,本件合金の技術上の有用性について,これを認めるに足りる証拠を提出していないといわざるを得ず,本件合金について営業秘密としての有用性を認めることはできない。 」
すなわち、本判決では、原告が営業秘密であると主張する本件合金の効果は、原告の主観だけでは認められず、客観的に確認できなければならないとされています。

しかし、この判決で疑問に思うことは、客観的に確認できる効果とは何でしょうか?
例えば、顧客情報であっても、その顧客情報を他社が用いたとしても新たな顧客獲得ができない可能性もあるかと思います。そのような場合は、有用性が認められるような効果が無いとも判断され可能かとも思いますが、顧客情報に関しては秘密管理性、非公知性が認められれば、有用性も必然的に認められるようです。(本判決では、リバースエンジニアリングによって公知性が失われているとして、本件合金の非公知性も認められていません。)
そうすると、技術情報と営業情報とでその判断に差があるようにも思えてしまいます。
また、技術者が主観的に効果があると考えるものの、客観的にはその効果が未だ認められていない未完成の技術は、その有用性が認められず、営業秘密とされないのでしょうか?

このようなことを考えると、技術情報を営業秘密とした場合に、その有用性に客観的な効果を求めることに疑問を感じますが、本事件のように客観的な効果を求める判決が出ていることは留意すべきかと思います。
すなわち、技術情報を営業秘密として管理する場合には、その効果を客観的に説明可能なようにするべきかと思います。

特に、化学系の技術情報に関しては、その内容から当業者が当然に認識し得る作用効果が分からない技術も多いかと思います。そうであるならば、化学系の技術情報の管理において、裁判において作用効果を認めさせるためのデータ等も管理すべきかと思います。
しかしながら、そこまですると、技術情報の営業秘密管理が特許出願と同様の視点で行う必要が生じ、果たしてそれが法が求める「営業秘密」としての管理であるのか、少々疑問が生じてきます。

2018年1月19日金曜日

営業秘密の非公知性と特許の新規性との違い

営業秘密の3要件のうちの一つである非公知性、これは秘密管理性と比べてもあまり議論がなされていないかと思います。
特に、営業秘密が経営情報である場合、例えば顧客情報等は議論するまでもなく非公知性の要件を満たす可能性が高いからでしょう。

一方、営業秘密が技術情報の場合はどうでしょうか?
特許公報やその他の文献等で様々な技術情報が公知となっており、企業が秘密管理している技術情報であっても非公知性を満たさない可能性が有ります。
特に、秘密管理している技術情報が、上位概念のものである場合にはなおさらです。

ここで、営業秘密管理指針における非公知性の説明を紹介します。
営業秘密管理指針では「「非公知性」が認められるためには、一般的には知られておらず、又は容易に知ることができないことが必要である。 」とされています。

また、営業秘密管理指針では、特許の新規性との違いとして「営業秘密における非公知性要件は、発明の新規性の判断における「公然知られた発明」(特許法第29条)の解釈と一致するわけではない。特許法 の解釈では、特定の者しか当該情報を知らない場合であっても当該者に守秘義務がない場合は特許法上の公知となりうるが、営業秘密における非公 知性では、特定の者が事実上秘密を維持していれば、なお非公知と考える ことができる場合がある。」としています。

さらに、営業秘密管理指針では「当該情報が実は外国の刊行物に過去に記載されていたような状況 であっても、当該情報の管理地においてその事実が知られておらず、その 取得に時間的・資金的に相当のコストを要する場合には、非公知性はなお認められうる。」とも記載されています。

以上のように営業秘密管理指針の記載からは、営業秘密の非公知性は特許の新規性に比べて判断要件が若干緩いとも考えられます。

しかしながら、営業秘密の非公知性と特許の新規性とにおいて根本的な違いがあります。
それは、その判断基準時です。

特許の新規性は特許法第29条第1項第1号にあるように「特許出願時」が新規性の判断基準時になります。すなわち、特許出願後に公知となった情報に基づいて、特許出願に係る発明が拒絶されることはありません。

では、営業秘密の非公知性に関してはどうでしょうか?
営業秘密の3要件は、不正競争防止法第2条第6項に規定されていますが、その判断基準時は特に定められておりません。
では、非公知性の判断基準時は何時なのでしょうか?
当該情報の秘密管理を開始した時でしょうか。

ここで、経済産業省知的財産政策室 編著「逐条解説 不正競争防止法 平成15年改訂版」の31ページには、「「公然と知られていない」状態の判断時点は、損害賠償請求については、不正行為が行われた時点である。しかし、差止請求については、・・・口頭弁論終結時に非公知性が失われていれば認められない」との記載があります。
すなわち、営業秘密の非公知性の判断基準時は、当該情報の秘密管理を開始した時ではなく、秘密管理を開始した後でも当該情報と同じ情報が公になれば、当該情報は非公知性を失うことになります。これは、特許の新規性とは全く異なる判断基準です。
このことは、特許を主として業務を行っている方は気を付ける必要があるかと思います。


具体的には何に気を付けるか、ということですが、特に自社製品です。
すなわち、過去のブログでも記載していますが、自社製品をリバースエンジニアリングすることで当該情報を取得可能な場合には、非公知性が失われることになります。

過去のブログ記事
営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング-
営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング- その2

ここで、リバースエンジニアリングが可能なものであれば、どのような製品でも非公知性が失われるわけではなく、「一般的な技術的手段を用いれば容易に製品自体から得られるような情報」は非公知性を失った情報であるようです。

例えば、機械構造等がそれにあたるかと思います。

このリバースエンジニアリングによって非公知性を失う可能性を考えると、そもそも営業秘密として管理することに適さない技術情報が存在することになります。

すなわち、自社製品を販売することによって得られる上述のような「一般的な技術的手段を用いれば容易に製品自体から得られるような情報」は営業秘密として管理しても、リバースエンジニアリングによって非公知性を失っていると裁判で判断される可能性があります。
現代では、例えば3Dスキャンが可能となり、また様々な分析手法が広く行われています。このため、自社の技術情報を営業秘密として管理するのであれば、自社製品が販売されることによって当該技術情報の非公知性が失われる可能性について検討する必要があります。

すなわち、自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性が失われる技術情報に関しては、特許権や意匠権等の取得を検討するべきでしょう。また、そのような権利取得が難しい技術であるならば、製品のブランド力をより向上させる等の知財戦略を行ってもよいかと思います。

このように、開発した技術について、公開されることを理由に特許出願を行わないとの判断を行ったとしても、自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性を失うようであれば、特許出願等の他の知財戦略を練る判断があって然るべきだと考えます。


2017年12月21日木曜日

営業秘密と秘密保持契約(秘密保持義務)その1

自社の営業秘密を他社に開示する場合、当然、秘密保持契約を結ぶことになるかと思います。
ここで、自社が営業秘密であると考える情報をどこまで秘密保持契約で守ることができるのでしょうか?さらに、秘密保持契約を結んだとしても、当該他社の経済活動をどこまで制限できるのでしょうか?
すなわち、秘密保持契約はどこまで有効なのでしょうか?最近よく分からなくなります。
ちなみに、私は秘密保持契約に関する業務の経験はないので、教科書的な知識しか持ち合わせておりません。実務経験に乏しいため分からないのかもしれませんが・・・。

関連するブログ記事:営業秘密と共に秘密保持義務も認められなかった事例

今回は、上記ブログ記事でも紹介した判例(攪拌造粒機事件:大阪地裁平成24年12月6日判決)をもとに秘密保持契約(秘密保持義務)について考えてみました。

この事件は、以下のような経緯がある事件です。なお、下線は私が付したものです。

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原告は、昭和54年ころから、被告に対し、原告が開発し、現在も製造、販売を続けている攪拌造粒機の主要部分(容器、蓋、メインブレード、クロススクリュー及びそれらの周辺装置)の製作を委託し、このような原告製品の製作委託関係は長らく続き、平成16年7月1日以降は本件基本契約下で継続していたが、平成21年8月31日をもって原告と被告との取引関係は終了した。
被告は、原告製品の製作を委託されていた期間中、原告が作成した原告製品に係る設計図面(以下「原告製品図面」という。)の開示を受け、これに基づいて原告製品を製造していた。
その後、被告は、平成21年9月30日、フロイント産業株式会社(以下「フロイント」という。)から、攪拌造粒機の製造委託を受けた。被告は、この製造委託のもと、別紙物件目録1記載の攪拌造粒機(以下「被告製品」という。)のうち、GM-MULTI(10/25/50)及びGM-10の試作品を製作してフロイントに納品し、フロイントは、平成22年6月30日から同年7月2日まで東京ビックサイトで開催された展示会において、上記試作品を出展した。
被告は、その後、フロイントからの委託を受けて被告製品を製造することとなったが、答弁書作成時(平成23年5月10日)までの間、フロイントは、平成23年4月に被告から納入を受けたGM-25を1台販売したのみである。
---------------------------------------------------------------------------------

要するに、原告は被告に攪拌造粒機の主要部分の製造を委託していたが、原告と被告との取引関係が終了した後、被告は独自に攪拌造粒機の製造・販売を開始し、原告にとって競合他社になったようです。
このことは原告にとってみたら、被告に攪拌造粒機の製造を長年委託し、その製造ノウハウを被告が得た後に被告が競合他社になったのですから、釈然としない思いはあるでしょう。気持ちはわかりますし、このような事例は多々あることかと思います。

なお、上記「本件基本契約」には、以下のような秘密保持の条項があります。
---------------------------------------------------------------------------------
「第35条(秘密保持)
1)乙は,この基本契約ならびに個別契約の遂行上知り得た甲の技術上および業務上の秘密(以下,機密事項という。)を第三者に開示し,または漏洩してはならない。但し,次の各号のいずれかに該当するものは,この限りではない。
〔1〕乙が甲から開示を受けた際,既に乙が自ら所有していたもの。
〔2〕乙が甲から開示を受けた際,既に公知公用であったもの
〔3〕乙が甲から開示を受けた後に,甲乙それぞれの責によらないで公知または公用になったもの。
〔4〕乙が正当な権限を有する第三者から秘密保持の義務を伴わず入手したもの。
乙は,機密事項を甲より見積作成・委託・注文を受けた本業務遂行の目的のみに使用し,これ以外の目的には一切使用しない
(略)
乙は機密事項‥(略)‥を厳に秘密に保持し,本業務の遂行中はもとより,その完成後も甲の文章による承諾を得た者以外には,一切これを提供あるいは開示しない。
---------------------------------------------------------------------------------

ちなみに、この事件は、不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為だけでなく、被告製品又はその構成部品を製造,販売することに対する特許権侵害、原告製品図面に係る複製権又は翻案権の侵害でも訴えていますが、その全てが認められていません。


本事件に対する裁判所による営業秘密性の判断ですが、裁判所は、まず、非公知性を判断しています。

すなわち、原告は、原告製品図面に記載された原告主張ノウハウが、営業秘密に該当する旨主張しました。
しかし、裁判所は、「原告主張ノウハウは、別紙ノウハウ一覧表記載のとおり、いずれも原告製品の形状・寸法・構造に関する事項で、原告製品の現物から実測可能なものばかりである。そして、このような形状・寸法・構造を備えた原告製品は、被告がフロイントから攪拌造粒機の製造委託を受けた平成21年9月30日よりも前から、顧客に特段の守秘義務を課すことなく、長期間にわたって販売されており,さらには中古市場でも流通している(乙3,乙5の1~3,乙7)。そのため,原告主張ノウハウは,被告がフロイントからの製造委託を受ける前から,いずれも公然と知られていたというべきであり、「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)には該当しないといえる。」 とし、非公知性を否定しています。
ちなみに、裁判所は「原告主張ノウハウは、いずれも原告製品の形状・寸法・構造に帰するものばかりであり、それらを知るために特別の技術等が必要とされるわけでもないのであるから、原告製品が守秘義務を課すことなく顧客に販売され、市場に流通したことをもって、公知になったと見るほかない。」とも言及しています。
このように、裁判所は、原告製品は所謂リバースエンジニアリンが可能であることを理由に、原告製品図面を営業秘密とは認めないことになりました。

では、秘密保持義務違反はどうでしょうか?

これについて、裁判所は以下のようにして秘密保持義務違反を否定しています。
本条における秘密保持義務の対象については、公知のものが明示で除外されている(本件基本契約35条1項〔2〕及び〔3〕)。そして、被告は、原告の「技術上および業務上の秘密」(本件基本契約35条1項本文)について秘密保持義務を負うと規定されているが,その文言に加え、被告の負う秘密保持義務が本件基本契約期間中のみならず、契約終了後5年間継続すること(本件基本契約47条2項)に照らせば、原告が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様、原告が秘密管理しており、かつ、生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である。 このように本件基本契約上の秘密保持義務についても、非公知で有用性のある情報のみが対象といえるため、前記4で論じたことがそのまま当てはまるところ、被告に上記秘密保持義務違反は認められないというべきであり、原告の上記主張は採用できない。」と判断しています。
すなわち、裁判所は、本事件において「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」と判断しているようです。


ここで、私が疑問に思うことは、秘密保持義務の対象は「非公知で有用性のある情報のみ」であるため、原告製品が守秘義務を課すことなく顧客に販売されていることを理由として、原告製品図面は秘密保持義務の対象ですらない、と裁判所が判断していることです。

すなわち、顧客に守秘義務を課すことなく流通させた製品の図面に記載されたノウハウは、営業秘密性がないどころか、秘密保持義務の対象にすらならない可能性があるということでしょうか?(本事件では営業秘密を図面であると主張せずに、図面に記載されたノウハウとしていることが少々気に掛かりますが・・・。)
また、その製品が中古市場で流通するようなものであるならば、たとえ顧客に守秘義務を課したとしてもやはり非公知性は失われることになるので、守秘義務にどこまで意味があるものか分かりません。守秘義務を課した顧客が製品を中古市場に売ったとして、顧客に対して守秘義務違反をどこまで追求できるでしょうか?

このように、上記事件から読み取れる私の解釈が正しければ、 リバースエンジニアリングが可能な機械部品のような製品の図面(図面に記載されたノウハウ)はそもそも秘密として守れない可能性が高いということでしょうか?なんだか釈然としません。

確かに、リバースエンジニアリングが可能であることを理由に営業秘密としての非公知性が否定された判決はこの事件の他にもありますが、秘密保持義務の対象にすらならないとする裁判所の判断は果たして正しいのでしょうか?

このような裁判所の判断が趨勢であるならば、製品の製造委託のために他社へ図面を開示する場合にその図面に対する秘密保持契約を結んだとしても、市場に流通している製品であるならば、その秘密保持契約は意味をなさず、当該他社はその図面を用いて自由に当該製品を自由に製造販売することができる可能性があるということでしょうか?


そもそも、裁判所による「原告が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様、原告が秘密管理しており、かつ、生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である。」との判断、すなわち、「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」との判断は妥当なものなのでしょうか?

一般的に、不正競争防止法で定義されている営業秘密は、法的な定義のない機密事項や企業秘密といったものに比べて狭い概念のものです。
この原告は、被告との間で秘密保持契約を結ぶにあたり、その対象が「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」のものという認識があったのでしょうか?おそらくそこまでの認識はなかったと思います。また、被告も同様ではないでしょうか?
そうであるならば、裁判所は、秘密保持義務の対象を「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」のものよりも広く解釈し、そのうえで、被告の行為が秘密保持義務違反であったか否かを判断しても良かったのではないかと思います。

とはいうものの、秘密保持の条項(上記「第35条」)を素直に解釈すると、「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」との裁判所の判断も当然のこととも思われます。

では、どうすればいいのでしょうか?

2017年11月8日水曜日

営業秘密とする技術と特許出願する技術との線引き

技術情報を営業秘密として管理するか、又は特許出願とするかで悩む場合があるかもしれません。
では、どのような基準で技術情報を営業秘密とするか特許とするかを分けるべきでしょうか?

判断基準の一つは、その技術を公知とするべきか否かであると思います。
非公知とするのであれば営業秘密とし、公知となっても良いのであれば特許出願も視野に入れることができます。
最近流行りの「オープン&クローズ戦略」に通じる考えですね。

ここで、営業秘密として管理することが難しい技術があります。
それは、消費者(顧客)が視認できる製品の外形や機械構造等の製品化すると必然的に公知となってしまう技術(技術思想)です。
これらは、市場に製品が出ると同時に公知となってしまうので、営業秘密の3要件のうち、「非公知性」を満たさなくなります。
非公知性を満たさなくなる技術は、営業秘密として管理するのではなく、特許出願(実用新案出願又は意匠出願)することを検討するべきかと思います。
一方で、製品が市場に出る前であれば公知となっていないので、その技術は営業秘密として管理可能ですし、特許出願等を行うのであれば営業秘密として秘密管理するべきものです。



なお、製品の外形等でも、その図面は営業秘密とできるのではないかと思います。
図面そのものは、非公知であり有用性を有していると考えられるためです。
しかしながら、判例では容易にリバースエンジニアリングできる技術は、非公知性を有しないとされています。

非公知性とリバースエンジニアリングとの関係については、下記ブログ記事や私の論文でまとめていますので、ご興味があれば見てください。
下記の記事等にも記載していますが、営業秘密における非公知性とリバースエンジニアリングとの関係は未だ判例が少ないため、明確でないように思えます。

・過去ブログ記事「営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング-
・過去ブログ記事「営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング- その2
・パテント誌論文「営業秘密における有用性と非公知性について

また、特許で言うところの進歩性が認められ難い技術情報は、営業秘密として管理すべきかと思います。
例えば、工場の生産ラインの構成、食品や化学製品等の原料配合、プログラムのソース等、設計事項とされる技術であるものの、他社に知られたくない技術が営業秘密として管理する技術になるのではないでしょうか。

さらに、特許出願明細書に記載しなかった数値等、特許出願に関するヒアリングを弁理士と行った際に、「これはノウハウでしょうから明細書に記載するのはやめましょう。」とされた技術も営業秘密として管理するべきかと思います。

特に、特許技術に関連する技術情報(ノウハウ)は、ライセンスを意識するのであれば営業秘密として管理することは重要かと思います。
特許権と共にその技術をより確実に実施するためのノウハウも一緒にライセンスすることは一般的ですから。

また、特許は、存続期間が出願日から20年です。
この20年という期間は、長いようで短い気もします。この20年を過ぎると特許権は消滅し、その技術は誰でも使える技術となります。
特許出願と製品販売が同時にできている場合は少ないと思います。
例えば、特許出願から2~3年後に製品販売、略それと同時に特許権の取得。
その製品の市場優位性が分かるのにさらに1~2年とすると、特許権を取得していることによる利益は15年、審査の長期化等が生じるとそれよりも短いかもしれません。
その特許権が基礎技術に近いものであるならば、その技術を使った製品販売まで相当の時間を要するかもしれません。

一方、技術を営業秘密として適切に管理すると、独占排他権は半永久的に独占できるかもしれません。
例えば、コカ・コーラの製法やケンタッキーフライドチキンの製法等がとても分かりやすい典型例でしょうか。
このように、技術を営業秘密とするか特許出願するかの判断は、企業の事業スパンも考慮に入れるべきかと思います。

あまりまとまっていない気もしますが、技術情報を営業秘密とするか特許出願するかは、非常に難しい判断かもしれません。
この判断としてよくない判断は、営業秘密管理や特許出願を目的が明確でないまま漫然と行うことでしょうか。

私は知財業界においてこのような漫然とした判断が多々あるように感じます。
何のために特許出願を行うのか?自社実施のため?、他社排除のため?、社員のモチベーションアップのため?
営業秘密管理や特許出願はコストもかかり、マンパワーも要します。
営業秘密管理、特許出願の何れを選択する場合でも、最も重要なことはその“目的”は何かということではないでしょうか?

2017年7月24日月曜日

営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング- その2

前回のブログで紹介した光通風雨戸事件、攪拌造粒裝置事件からは、例え、原告が製品の形状・寸法・構造等を積極的に公知としていなくても、それらが特別の技術等が必要とせず一般的に用いられる容易な技術的手段を用いれば製品自体から得られるような情報であれば、営業秘密としての非公知性を失っていると裁判所は判断しています。

ここで、ノギスや定規等の一般的に多くの人が用いる測定器具を用いることで得られる情報であれば、全て公知技術となるのでしょうか。例えば、自動車は多くの機械部品が用いられており、それは自動車を分解し、時間と手間をかければ一般的な測定器具を用いることで、詳細な寸法を知り得ると思われます。
この点に関して、セラミックコンデンサー事件では、リバースエンジニアリングによって電子データに近い情報を得ることができたとしても、「専門家により、多額の費用をかけ、長期間にわたって分析することが必要であるものと推認される」ものは非公知性を失っていないとしています。このことから、一般的な測定器具によって知り得る情報であっても、時間と手間がかかるようなということは、多額の費用をかけ、長期間にわたって分析することが必要であると推認されるため、非公知性が認められるとも考えられます。




一方で、錫合金組成事件において裁判所は、「鉛フリーの錫合金については、・・・、錫合金を製造する事業者においては、錫合金で使用されている添加成分についておおよその見当を付けることができるといえる。」とまず認定し、そのうえで、ICP発光分光分析法は安価であるとして、リバースエンジニアリングにより原告が有する情報は非公知性を欠くとしています。これについて、錫合金で使用されている添加成分の見当を付けることができる者は明らかに「専門家」とも考えられます。

また、錫合金組成事件において裁判所は「ICP発光分光分析法は、製造・生産の高度化や管理、環境の保全、食の品質管理など日々の生活に密接に関連する分野において、高度な研究活動から日々の検査分析まで幅広いレベルで用いられている。これらを支える測定装置の進歩も著しく、マニュアルに従って分析条件を設定し、試料をセットしてパソコンから測定を開始させれば、数分で分析結果が表示される。」と認定しています。
さらに、本事件において裁判所は、ICP発光分光分析法について「ICP(Inductively Coupled Plasma、誘導結合プラズマ)発光分光分析法(ICP-AES)は、アルゴンガスのICPを光源とする発光分析法である。試料の溶液を霧状にした分析試料に外部からプラズマのエネルギーを与えると、試料に含まれる成分元素(原子)が励起され、励起された原子が低いエネルギー準位に戻る時に元素固有の波長の光を放出し、この放出される発光線(スペクトル線)を測定する。具体的には、発光線の位置(波長)から成分元素の種類を判定し(定性分析)、その強度から各元素の含有量を求める(定量分析)。分析装置には、1元素ずつの測定になるが分解能が高いシーケンシャル型と、分解能は劣るが、多元素同時測定が可能であるマルチチャンネル型があり、目的によって使い分けられる。・・・」と説明しています。
果たして、この説明でICP発光分光分析法を理解できる者がどれほどいるでしょうか。この程度の説明でICP発光分光分析法を理解できるものは、例えばこれに関する専門技術等を学んだ者でなければ理解できないと思われます。すなわち、このような理解を要するICP発光分光分析法は「特別な技術」とも考えられます。

また、錫合金組成事件では「定量分析は、そうした定性分析によって検出された元素のみを対象に行えば足りるから、原告らが主張するように、100余りの元素の全てを定量分析する必要があるとはいえず、むしろ比較的安価に組成を特定することができるというべきである。」と判断しているものの、果たして実際には裁判所の判断のように組成を特定できるのでしょうか。
実際に行った分析が想定した結果とならないことも多々あり、裁判所の判断のとおり、安価に組成を特定ることができるのか甚だ疑問です。

さらに、ICP発光分光分析の費用も「比較的安価」であるとしているが、安価の基準は何でしょうか。被告は「調査費用は十数万円から高くても20万円程度」と主張しています、「20万円」以下であれば安価なのでしょうか。このように、錫合金組成事件におけるリバースエンジニアリングに基づく非公知性に対する裁判所の判断には多くの疑義を感じます。

なお、光通風雨戸事件におけるリバースエンジニアリングは、光通風雨戸の各部材の寸法を測定することであるため、確かに一般的な技術的手段を用いて容易に取得できる情報できるものであり、光通風雨戸が市場に流通することで非公知性を失うという裁判所の判断は妥当であると思われます。一方で、攪拌造粒裝置事件における原告製品である「攪拌造粒」の形状・寸法・構造は本当に一般的な技術手段を用いて容易に取得できる情報なのでしょうか。攪拌造粒裝置事件に係る判決文を読んでみても、その点が判然としないように思えます。

以上のように、リバースエンジニアリングによって技術情報の非公知性が失われたか否かの判断基準は未だ明確になっていないように思えます。
しかしながら、技術情報に関しては、今後、訴訟において被告がリバースエンジニアリングによって非公知性が失われているとの主張を行うこと可能性が高いことが想定されます。このため、企業としては、リバースエンジニアリングによって非公知性が失われる可能性を十分検討したうえで、技術情報を営業秘密とするか否かを判断する必要があると思われます。

2017年7月21日金曜日

営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング-

最後に、営業秘密の3要件の一つである非公知性についてです。

営業秘密は、3要件とは下記の通りです。
①秘密として管理されていること(秘密管理性)
②事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)
③公然と知られていないこと(非公知性)

なお、本記事は、私がパテントに寄稿した「営業秘密における有用性と非公知性について」(パテントvol.70 No.4,p112-p122(2017) を一部抜粋したものを含みます。

営業秘密管理指針では「当該営業秘密が一般的に知られた状態となっていない状態、又は容易に知ることができない状態」とされています。そして、この非公知性とは、特許法における新規性とは異なり、守秘義務の無い他者が当該営業秘密を知っても、又は独自に同様の情報を取得しても秘密状態を維持していれば非公知であるとされます。
さらに、営業秘密管理指針では「当該情報が実は外国の刊行物に過去に記載されていたような状況であっても、当該情報の管理地においてその事実が知られておらず、その取得に時間的・資金的に相当のコストを要する場合には、非公知性はなお認められうる。」とされています。

一方、特許における新規性では、その取得に時間的・資金的に相当のコストを要しても得ることができる刊行物等に記載されていたら新規性は失われるとされます。このように、営業秘密における非公知性の要件は、特許における新規性の要件とは若干異なるものです。


ここで、技術情報に特有と考えられる非公知性の判断として、既に市場に出回った製品をリバースエンジニアリング可能なことによって、非公知性が失われたか否かの検討が行われる場合があります。なお、一般的に、リバースエンジニアリングそのものに違法性があるとは解されません。
そして、争いとなる技術情報が、リバースエンジニアリングによって非公知性を失っていると裁判所によって判断されると営業秘密性が認められないことになります。

リバースエンジニアリングが可能であったとして非公知性の有無を争った事例としては、例えば、セラミックコンデンサー事件(大阪地判平成15年2月27日判決)、光通風雨戸事件(知財高裁平成23年7月21日判決)、攪拌造粒裝置事件(大阪地裁平成24年12月6日判決)、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)があります。

このうち、セラミックコンデンサー事件は非公知性が認められ、光通風雨戸事件、攪拌造粒裝置事件、及び錫合金組成事件はリバースエンジニアリングによって非公知性が認められないとされています。

セラミックコンデンサー事件は、電子データの非公知性を争った事例であり、情報の量や専門性を考えみて、たとえリバースエンジニアリンを行ってとしても、費用が多額となり、長期間を必要とするような場合は、営業秘密とされる情報が市場に出回っていたとしてもそれは非公知性を失わない、と判断していると解されます。

一方、光通風雨戸事件、攪拌造粒裝置事件は機械構造に関するものであり、たとえ、原告が製品の形状・寸法・構造等を積極的に公知としていなくても、それらが特別の技術等が必要とせず一般的に用いられる容易な技術的手段を用いれば製品自体から得られるような情報であれば、営業秘密としての非公知性を失っているとされます。
なお、光通風雨戸事件は営業秘密関連の事件では数少ない知財高裁の判決ですので、影響力はそれなりに高いと思います。

さらに、錫合金組成事件は錫合金の組成に関するものであり、「鉛フリーの錫合金について・・・、錫合金を製造する事業者においては、錫合金で使用されている添加成分についておおよその見当を付けることができるといえる。」とまず認定し、そのうえで、ICP発光分光分析法は安価であるとして、リバースエンジニアリングにより原告が有する情報は非公知性を欠くとしています。

このように、技術分野によってもリバースエンジニアリングが可能であるとして非公知性を失うか否かの判断が分かれるようです。
次回は、これらの裁判所による判断に対しての私見を記載したいと思います。