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2024年5月29日水曜日

信州大学による乳酸菌株の不法使用なのか?

先日、信州大学が企業から提供された乳酸菌株を不法に使用したとして提訴されたとの報道がありました。

・乳酸菌研究に自社のもろみを提供、契約外利用と信州大を提訴 長野市の「井上醸造」、長野地裁に (信濃毎日新聞デジタル)
・老舗味噌蔵が信大など提訴 「乳酸菌株を不法使用」 (長野朝日放送)
・「研究用に提供した乳酸菌株を不法に使用」老舗みそ蔵が信州大学と准教授を相手取り1000万円の損害賠償求め提訴「十分な説明がなくやむを得ず提訴」 (TBS NEWS DIG)
・<詳細> (有限会社井上醸造 リリース)

報道等からわかる経緯としては以下のようなものです。
①2013年に長野県のみそ製造会社である井上醸造がみそのサンプルを提供。
②信州大学の准教授がLD株と呼ばれる抗菌性が高い乳酸菌株を発見。
③商品化が持ち上がるものの、井上醸造は反対して撤退。「秘密情報は破棄」
④信州大学は高い抗菌性を持つPP165という乳酸菌株に関連する特許を出願(2016,2017年)。
⑤井上醸造は抗菌性の特徴や外部に委託した解析結果から、自社が提供した乳酸菌株だと主張。
⑥井上醸造が信州大学へ説明を求めるものの、十分な説明はない。
⑦井上醸造が信州大学と准教授に対して訴訟提起。

報道では2016年、2017年に特許出願したとのことですが、確かに信州大学が2016年に出願し、この出願を基礎として2017年に優先権主張が行われた特許出願であって、請求項にPP165の構成が含まれていたり、発酵調味料として味噌であることに言及したものがあります。この特許出願は、審査を経て補正の後に特許査定となっています。

さらに、井上醸造のリリースには下記のような記載があります。
信州大学に対しては、本訴訟提起に至るまで、再三にわたり、PP165株がLD株とは別の乳酸菌株と主張するのであれば、それがわかるよう説明してほしいと求めてきましたが、信州大学からは十分な説明はなく、信州大学の手元にあるはずの資料の開示もなされませんでした。しかも研究活動の不正に関する窓口への通報も行いましたが、それも門前払いされてしまったため、やむを得ず最終的判断を司法の場に委ねることといたしました。
上記リリースのように、信州大学は「PP165株がLD株とは別の乳酸菌株であること」を明確にすれば事足ります。報道によると「飯山市のみそ蔵から発見したもの」と説明したそうのので、当該「みそ蔵」を明確にし、この「みそ蔵」からも信州大学にサンプル提供を行ったとのことを証言してもらえば済むと思いますし、提訴される前に行うべきなのではと誰もが思うでしょう。


ここで、報道等から判然としないことは、秘密情報とされる物が何であるかということです。すなわち、秘密情報が井上醸造から提供されたサンプルである味噌なのか、この味噌から分離された乳酸菌株なのか、ということです。

おそらく、ここでいう秘密情報は乳酸菌株であると思います。しかしながら、仮に秘密情報が味噌であり、この味噌が信州大学への提供時に販売されているものだとすると、味噌そのものは公知であり、営業秘密とはなり得ないと思います。

一方で、秘密情報が乳酸菌株であるとすると、この乳酸菌株の発見は准教授によって行われたとのことですので、准教授も乳酸菌株の保有者となり得るのかもしれません。そうであれば、准教授はそもそも当該乳酸菌株を自由に使用できる立場である可能性があります。
このような知的財産の所有権に関することは、井上醸造との間における知的財産に関する契約書に記されているのではないでしょうか。
そうすると、契約において、乳酸菌株が破棄されるべき対象とされていたのかが重要となるでしょう。仮に破棄の対象が井上醸造が提供したサンプルと解釈され、乳酸菌株が破棄の対象とはなっていない場合には、准教授が当該乳酸菌株を使用することに問題がないとなるのかもしれません。また、仮に破棄の対象が発見した乳酸菌株そのものとされるものの、当該乳酸菌株に関する資料は破棄の対象に含まれていない場合には、当該資料を使用することに問題がないかもしれません。
いずれにせよ、研究により新たに発見した知的財産の取り扱いや、契約終了後に破棄するべき情報については、契約書を確認すればわかるはずです。

さらに、井上醸造のリリースには「研究活動の不正に関する窓口」に通報したものの、門前払いされたとあります。この「窓口」とは下記のものでしょう。

上記窓口における通報の対象には「捏造,改ざん,盗用,二重投稿,不適切なオーサーシップ,悪質な意図に基づく論文の不引用 など」とあります。実際に信州大学がどのような対応を行ったのかはわかりませんが、秘密情報の不正使用については、明確には通報の対象とはなっていないので、何ら対応しなかったということなのでしょうか。
しかしながら、営業秘密侵害は民事的責任だけでなく、刑事的責任も問われる違法行為であるため、本当に門前払いをしていたとあればその認識が甘く少々信じ難いことなのですが、その結果が今回の提訴なのでしょう。
また、上記のように、秘密情報が何であるのか、破棄の対象となっていた情報は何であるのかは、まずは井上醸造と信州大学との間の契約に基づいて対応するべきことは容易に理解できるはずなので、井上醸造から門前払いされたとリリースされるような対応はどのようなものだったのでしょうか。

このように、他社(今回は大学ですが)に自社の情報を正当に開示したものの、自社の思惑にないところで開示先が特許出願をしたというようなことは、知財関係者であれば少なからず耳にすることだと思います。
本提訴はまさにそのような事案が顕在化したものと思われ、裁判の行方が気になります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年5月20日月曜日

判例紹介:回転寿司チェーン店事件の元部長に対する刑事事件地裁判決(有用性)

前回紹介した、かっぱ寿司の前社長が前職であるはま寿司の営業秘密を不正に持ち出した事件に関連して、カッパ社及びその社員(元商品部長)が刑事告訴された地裁判決(東京地裁令和6年2月26日 事件番号:令4(特わ)2148号)の続きです。

本事件では被告人の弁護士は、はま寿司(F社)から転職してきた元社長がかっぱ寿司(被告会社)へ不正に持ち込んだ本件各データの有用性を否定するために以下のような主張を行っています。なお、元社長の裁判では、本件各データの秘密管理性、有用性、非公知性についての争いはなく、本件各データの営業秘密性が認められています。
①本件各データについて、いずれも、回転寿司業界においては、他社商品を参照する余地がない、仕入価格にも変動がある、F社において用いられる食材は連結親会社が仕入れており、その仕入価格が記載されていない。
②原価等情報データについて、原価を検討するに当たり必要な情報が記載されていない。
③仕入れ等情報データについて、仕入価格は規格等によって異なる、回転寿司業界において、仕入先は広く知られており、他社の仕入価格を基準に交渉することはできない。
すなわち、弁護士による主張は、本件各データはカッパ社の業務に用いることができないため有用性はない、とのような主張であると思われます。


上記の有用性に対する被告側の主張と同様の主張が被告側から行われることは稀にありますが、裁判所がこのような主張を認めた例はありません。本事件でも裁判所は以下のようにして被告側の主張を認めずに、本件各データは有用性があると判断しています。
しかしながら、有用性の要件については、当該情報が、営業秘密を保有する事業者の事業活動に使用・利用されているのであれば、基本的に営業秘密としての保護の必要性を肯定でき、当該情報が公序良俗に反するなど保護の相当性を欠くような場合でない限り充足され、当該情報を取得した者がそれを活用できるかどうかにより左右されない。このほか、被告会社の弁護人は、本件各データは被告会社にとっての有用性がないと主張するが、この主張は、その前提とする法解釈が採用できないものである上、被告会社内の一部の者において、実際に本件各データや、原価に関するF社との対照表が共有されたことと整合しない。被告会社の弁護人の主張は当を得ない。
本事件の特徴的なことは、被告会社内において本件各データを使用して作成されたデータが共有されています。仮に被告会社において本件各データを事業に用いることができないとするならば、本件各データの共有が行われるばずがありません。このため、本件各データが被告企業において共有してという事実が本件各データの有用性を被告会社自ら認めていることに違いないでしょう。

また、本事件では、元社長の有罪が既に確定しているので、ここで本件各データを営業秘密ではないとする判決はあり得ないようにも思えます。とはいえ、営業秘密を不正に持ち出した元社長と営業秘密が不正に持ち込まれた被告企業とのように立場が違っていても、裁判所における有用性の判断にブレがないことを確認できたという点では、弁護士の主張は意義のあるものとも思えます。

なお、弁護士は、本件各データに対する秘密管理性についても否定する主張を行っていますが、これも裁判所は認めていません。本件各データの非公知性については、さすがにこれを否定する主張はされませんでした。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年5月11日土曜日

判例紹介:回転寿司チェーン店事件の元部長に対する刑事事件地裁判決

本事件は、かっぱ寿司の前社長が前職であるはま寿司の営業秘密を不正に持ち出した事件に関連して、カッパ社及びその社員(元商品部長)が刑事告訴された地裁判決(東京地裁令和6年2月26日判決 事件番号:令4(特わ)2148号)です。
判決は、カッパ社に対して罰金3000万円、元商品部長に対しては懲役2年6月(執行猶予4年)及び罰金100万円ですが、控訴していますので確定ではありません。

この事件は、転職者だけでなく、転職先に在職していた従業員も営業秘密侵害で刑事告訴・起訴されて有罪となった事件であり、私が知る限りはじめての事件です(従業員が刑事告訴されても不起訴となった事件は過去にありました。)。

元商品部長(被告人B)は実際なにをしたのでしょうか。判決文では以下のように記載されています。なお、Cは、はま寿司から転職してきた元社長です。また、F社は、はま寿司です。
1 被告人Bの客観的行為
 ⑴ 証拠によれば、次の事実が認められる。
ア Cは、令和2年11月9日、被告人Bに対し、件名を「Jデータ」とし、本件各データを前記の各表題付きで添付した電子メールを送信した。被告人Bは、これを受信した後、同日、本件各データについて、自身が使用していた業務用パーソナルコンピュータに保存するとともに、その内容を確認した(判示第1柱書)。
イ 被告人Bは、同月25日、被告会社の当時の商品本部長H宛て及び商品本部商品部商品開発課長I宛てに、本件各データ等を添付した電子メールを送信した(判示第1の1及び2)。また、被告人Bは、Cの指示を受け、同年12月17日、本件各データを用いて、F社が提供する商品の原価と被告会社が提供する商品の原価とを比較したデータファイルを作成した上、Cに対し、これを添付した電子メールを送信し、さらに、同月21日、同データファイルについて、被告会社分につき物流費抜きの原価率を計上したものに更新した上、Cに対し、これを添付し、その分析をも加えた電子メールを送信した(判示第2)。
上記の行為により、裁判所は、被告人Bがパーソナルコンピュータに本件各データを保存した時点でF社の営業秘密を「取得」し、本件各データ等を添付した電子メールをH宛て及びI宛てに送信した時点でF社の営業秘密を「開示」し、原価等情報データを利用して比較を行ったデータファイルを作成した行為をF社の営業秘密を「使用」したと認定しています。

そして、被告人Bは下記不正競争防止法21条1項7号違反とされています。なお、下記不正競争防止法21条1項7号は、下記令和五年法律第五十一号による改正前のものです。
第二十一条 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
・・・
七 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、第二号若しくは前三号の罪又は第三項第二号の罪(第二号及び前三号の罪に当たる開示に係る部分に限る。)に当たる開示によって営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示した者
なお、F社の本件各データを不正に持ち込んだCは、下記不正競争防止法21条1項3号ロ等違反で有罪となっています(東京地裁令和5年5月31日 事件番号:令4(特わ)2148号)。
三 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得した者
・・・
ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。

ここで、不正競争防止法21条1項7号違反では「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で」とのように図利加害目的が要件となります。これについて、2016年発行の逐条解説 不正競争防止法のp.234には、下記のように記載されています。
② 要件
 (i)図利加害目的の係り方
本罪については、不正開示により営業秘密を取得した時点から違法性の認識が必要であると考えられるので、取得の時点及びその後の不正使用又は不正開示の時点の何れにおいても目的要件を満たさない限り、本罪は成立しない。
このように被告人Bの行為が違法であるとするためには、Cから受信した本件各データがF社の営業秘密であることを被告人Bが認識していた必要があります。しかしながら、被告会社の弁護人は「本件各データには「社外秘」等の表記はされていなかった」とも主張しており、この主張は被告人Bに違法性の認識がなかったことを主張しているのだと思います。これについて裁判所は以下のように判断しています。
2 被告人Bの故意及びCとの共謀
  ⑴ 被告人Bは、F社から転職して間がないCから、「Jデータ」とのF社の略称を使用した件名のメールを受信しており、かつ、添付に係る本件各データの表題は、「原価表」「J食材一覧……仕切値用」の文言を含むものであるから、そのメールの件名及び本件各データのファイル名自体からして、本件各データがF社の商品の原価、仕入れ等に関するデータであると容易に推知できたといえる。そして、被告人Bは、この受信の前後に、上司であるCから、本件各データを参考にするよう指示されており、その検討を約した後、本件各データをパーソナルコンピュータに保存し、その内容を確認していたのであるから、遅くとも、その保存、確認の時点までには、本件各データがF社の商品の原価、仕入れ等に関するものであることを認識したと認められる。また、このような内容に照らすと、F社がこれを秘密として取り扱うことは、F社の従業員に限らず、商品開発等に携わる者にとって容易に推知可能といえる。被告人Bの上司に当たる前記Hが、前記1⑴イの比較したデータファイルを閲覧して、被告人Bに対し、「これまずいよね。犯罪でしょ。」と言ったことも、このことを端的に表すものである。したがって、被告人Bにおいて、本件各データが営業秘密に該当するとの認識に欠けるところはない。
このように、裁判所は、F社の本件各データに秘密管理措置を示す表示がなかったものの、被告人Bは本件各データがF社の営業秘密であることを容易に推知可能であったと判断しています。
個人的には、この裁判所の判断は少々厳しいとも思えてしまいます。営業秘密に関する多くの裁判例では秘密管理措置が明確である必要があるとしているものの、本事件では秘密管理措置が明確でない本件各データに対して、被告人BがF社の営業秘密であることを「容易に推知」できたと認定しているためです。
例えば、企業の顧客情報は多くの人が当該企業にとって営業秘密であると「容易に推知」できると思いますが、当該顧客情報に対して秘密管理措置がなされていない場合には営業秘密とは認められません。ここでいう秘密管理措置とは、㊙マークを付したり、デジタルデータであればパスワード管理することです。このため、本事件では本件各データには㊙マーク等も付されていなかったことから、被告人Bが「容易に推知」できたと認定してもよいのか個人的には疑問に思えます。
しかしながら、本事件のように「容易に推知」できたとしなければ、転職者から取得した者(2次取得者)に対して不正競争防止法21条1項7号違反と言える場合は少なくなるようにも思えます。
また、判決文には「被告人Bの上司に当たる前記Hが、前記1⑴イの比較したデータファイルを閲覧して、被告人Bに対し、「これまずいよね。犯罪でしょ。」と言ったことも、このことを端的に表すものである。」ともあり、この証言によっても被告人Bが本件各データをF社の営業秘密であると認識できた、ということなのでしょう。

そして、裁判所は「商品開発等の検討をするため、これを所管する上司及び部下に本件各データを開示し、自らも原価を比較するため本件各データを使用」した被告人Bの行為が不正の利益を得る目的であるとしています。
これに対して、弁護人は「被告人BがCの指示を拒めなかった」ことを主張しましたが、裁判所は「このことは目的の認定に関わらない。」と判断しています。

上記「Cの指示を拒めなかった。」という被告人Bの証言は事実だと思います。社長の指示を拒めば被告人Bの立場が悪くなることはサラリーマンであれば容易に想像でき、本件各データがF社の生業秘密であると認識していても、被告人BはCの指示に従うという選択をしたのでしょう。しかしながら、これにより被告人Bまでもが営業秘密侵害で有罪判決を受けています。
では、被告人Bはどうすればよかったのでしょうか。考えられることは、被告人Bの上司であるHが「これまずいよね。犯罪でしょ。」と言ったことから、この上司であるHを介してCにF社の本件各データを使用等することが犯罪であることを伝え、社内の法務部や顧問弁護士と相談してF社にも伝えることが考えられます。
被告会社が自らF社にCが営業秘密を不正に持ち出したことを伝えることで、外形的には被告人Bや被告会社が違法行為をしていたとしても、F社に刑事告訴までされなかったかもしれません。

本事件のように、転職者が前職企業の営業秘密を不正に持ち出し、それを転職先で開示して転職先が使用することは、被告会社に限らず他の会社でも少なからずあると思います。そして、本事件のように転職先従業員が刑事罰を受けるという最悪な事態となることは今後もあるでしょう。
このため、各企業は、このような事態に陥らないようにする体制を整える必要があると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年3月17日日曜日

転職者による営業秘密の不正流出・流入まとめ

転職者による営業秘密の不正流出・流入を簡単にまとめます。


上記図の(A)のように転職者(転出者)は転職時に前職企業から営業秘密を不正に持ち出すことがあります。
転出者によって不正に持ち出される営業秘密には、在職中に仕事で使用するために前職企業から正当に開示された営業秘密だけに限らず、転出者自身にはアクセス権限がないものの何らかの方法で取得した営業秘密も含まれます。
このような営業秘密の不正な持ち出しは、サーバ等に保存されているデータに対して行われるアクセスログのチェックによって発覚することが多々あります。このため、近年ではアクセスログ管理を行っている企業は多く、自社の従業員等が退職を申し出た際や退職後等にアクセスログをチェックすることが広く行われているようです。また、アクセスログのチェックに付随してUSB等への外部記憶媒体にデータを保存する行為や、メールによってデータを送信する行為も転職者に対して行う企業は多いと思います。
このように、営業秘密の不正な持ち出しは、近年ではデジタルデータの持ち出しとなる場合が多いため、コンピュータシステムによってこれを検知することが可能な場合が多いでしょう。

一方で、自社への転職者(転入者)による前職企業の営業秘密の不正な持ち込みをコンピュータシステムによって検出することは難しいように思います。このため、転入者による不正な持ち込みは段階ごとに防止できる体制又は従業員の認識が必要となると考えます。

まず、図のB1のパターンです。このパターンは、転入者は前職企業の営業秘密を不正に持ち出しています。このため、転入者が前職企業の営業秘密を自社に持ち込むことを防止しなければなりません。この対策としては、転入者に対して、入社時に他社営業秘密の持ち込みを禁ずる誓約書を求めたり、他社営業秘密の不正な持ち出しは犯罪行為であること、仮に自社内でそのような行為が見つかった場合には警察に通報すること等の説明を行います。
ここで、転入者による営業秘密の不正な持ち込みを防止できれば、仮に転入者が営業秘密侵害で前職企業から刑事告訴等を受けたとしても、自社は転入者による営業秘密の不正な持ち出しの事実さえ知らないこととなるので、民事的責任や刑事的責任を負うことはないでしょう。しかしながら、転入者が刑事告訴を受けた場合には、自社が家宅捜索を受ける可能性もあるかもしれませんが、そうなったとしても、自社が不正行為を行っていないことが証明されることになるでしょう。

このような対策を行っても、転入者が自社内で前職企業の営業秘密を開示するかもしれません。この場合がパターンB2です。このような事態となり、仮に当該営業秘密を自社でさらに開示したり、使用したとすると、自社は営業秘密を侵害したこととなります。
ここで、転入者による営業秘密の開示先は、自社における既存の従業員であり、転入者が営業秘密を自社で開示したとすると、その事実を知る者は既存の従業員となります。そして、自社が侵害者とならないためには、当該従業員自身が転入者による更なる開示等を防ぐ必要があります。すなわち、当該従業員が当該営業秘密の出所を転入者から確認し、他の従業員へさらに開示しないように転入者に伝えると共に、上長や担当部署に報告する必要があるでしょう。
このためには、各従業員に対して営業秘密の不正使用は犯罪であることや、転入者が営業秘密を持ち込んだ場合における報告先を予め周知しておくことが必要です。報告先となる部署は例えば法務部や知的財産部等になるでしょう。
これにより、仮に転入者が不正に持ち込んだ他社の営業秘密が自社で開示されたとしても、当該営業秘密が自社内でさらに開示されたり、使用されることを防止できます。従って。パターンB2の場合は、自社で営業秘密が開示されたものの、自社でさらに開示や使用等をしていないので民事的責任や刑事的責任を負う可能性は低いと思います。

パターンB3は、転入者が不正に持ち込んだ営業秘密を自社内で使用等した場合です。この場合は、自社が他社営業秘密を不正に使用しているので、民事的責任又は刑事的責任を負うことになります。
パターンB3が自社にとって最悪な状況であるものの、例えば不正に持ち込まれた営業秘密が技術情報である場合には、知的財産部が侵害の拡大を抑制できる立場にあると思います。
このためには、技術開発部等で新規に開発された技術を、知的財産部が特許化の有無にかかわらず吸い上げ、管理する体制が必要です。このような体制は、特段新しいものでもなく、知的財産部の役割からすると当然とも考えられます。
そして、新規開発の技術の発明者が誰であるのか、その開発経緯を知的財産部が確認することで、新規な技術が他社営業秘密を用いているか否かを判断できるでしょう。
例えば、発明者が転職間もない従業員であった場合には、前職企業の営業秘密を使用していないかを確認する動機づけとなります。また、その開発経緯に不自然な点があれば、これも不正に持ち込まれた他社営業秘密を使用していないかを確認する動機づけとなります。
仮に、知的財産部で不正に持ち込まれた他社営業秘密の使用が確認された場合には、当然、この新規技術を用いた製品等の製造販売を停止させることになります。

このように、営業秘密の不正流入にはいくつかの段階(パターン)があると考えます。このため、夫々のパターンを想定した対応が可能となる体制(従業員教育)が必要でしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年12月26日火曜日

判例紹介:元勤務先企業の立場で秘密管理の認識が異なる?

所属している会社が従業員に秘密保持誓約書の提出を求める場合は少なからずあると思います。今回紹介する裁判例(東京地裁平成14年12月26日中間判決 東京地裁平成15年11月13日判決 事件番号:平12(ワ)22457号)は、そのような誓約書を提出しなかったことを持って被告が秘密管理性を否定する主張を行った事件です。

本事件は、原告会社及び被告会社共に一般労働者(人材)派遣事業等を主たる営業目的として設立された株式会社です。被告会社は、原告の取締役営業副本部長の地位にあった被告Bが設立して設立と同時に代表取締役に就任し、原告の取締役営業部長であった被告Aは被告会社営業部長に就任しています。
そして、原告会社は、原告の営業秘密である派遣労働者の雇用契約に関する情報及び派遣先の事業所に関する情報を、被告B及び被告Aが不正の目的で使用あるいは被告会社に開示したと主張しました。

本事件において、原告は被告は原告の各種情報の秘密管理性に対する否定において、原告が従業員に求めていた秘密保持の誓約書について下記のように主張しています。
エ 誓約書について
 原告会社は、従業員全員から誓約書を徴していたことをもって、秘密として管理していたことの根拠の一つとしているようであるが、甲61の誓約書の束に被告小野及び被告大湊のものがないことから、少なくとも被告小野ら両名が誓約書を提出していなかったことは明らかである。このように、従業員全員が誓約書を提出していたわけでないから、一部の従業員から誓約書を徴していたとしても、被告小野ら両名が当該情報を秘密と認識できた根拠とはならない。

そして、裁判所は原告会社の派遣スタッフ名簿と被告会社の派遣スタッフ名簿との記載内容について以下のように認めています。
これらを比較すると、まず、被告会社の別紙「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」は、4頁からなり、被告会社への登録順に第1頁~第3頁に各頁62名、第4頁に34名の合計220名の派遣スタッフの氏名等が記載されているところ、このうち原告会社の名簿にも登録されていた者は、第1頁に47名、第2頁に22名、第3頁に5名(第4頁は0名)の合計74名である。このように、始めに近い頁ほど重複者が多い、すなわち被告会社に初期に登録した者ほど重複が多いのは、被告会社が設立当初は、原告会社に登録していた派遣スタッフを移籍ないし重複登録させることで自己の派遣スタッフを集め、その後事業の進展とともに、徐々に原告会社と関わりのない新たな派遣スタッフを募集したためと認められる。
また、上記によれば、被告会社の派遣先の事業所は全部で26社であるところ、うち原告会社の派遣先と重複しているものは23社に及んでいる。
さらに、裁判所は、原告による「派遣スタッフ及び派遣先の事業所の情報」の秘密管理性について、コンピュータによる管理とスタッフカード(帳簿)による管理の両方に対して、その秘密管理性を認め、被告が主張する誓約書については以下のように判断しました。
なお、被告B及び被告Aは、誓約書を差し入れていないが、他の従業員との間に秘密保持契約を締結した当時、被告Bら両名は既に取締役であったためにたまたま誓約書を差し入れていないというにすぎず、上記情報の重要さについては一般の従業員以上に知悉していたというべきであるから、このことをもって秘密として管理されていないとはいえない。
このように、営業秘密とする情報に対する秘密管理措置が適切であれば、秘密保持の誓約書等を提出しなかったからといって、非提出者に対する秘密の認識が否定されることはありません。さらに、本事件では、原告会社に所属していたときの被告A,Bの役職も考慮にいれて裁判所は判断しているようです。
なお、本事件では、被告らは各自6269万円の損害金を原告に支払え、という判決となっています。

本事件からわかることは、秘密保持の誓約書等の提出の有無にかかわらず、営業秘密とする情報の秘密管理措置の実態を鑑みて、当該情報の秘密管理性が判断されるということです。
すなわち、会社が従業員に対して秘密保持の誓約書等を提出させていたとしても、秘密管理措置が適切でなければ当該情報の秘密管理性は認められません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年12月20日水曜日

営業秘密の不正使用の範囲

営業秘密とする技術情報の不正使用として、例えば営業秘密が図面である場合に、当該図面に基づいて製品を製造するというような直接的な使用(直接使用)は分かり易いと思います。
また、営業秘密を参考として、当該営業秘密とされる技術情報の下位概念となるような製品を製造するような行為や当該技術情報を改良して使用する行為も不正使用(参考使用)と言えるでしょう。

ここで、参考使用の例として、大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)があります(リフォーム事業情報事件)。本事件は、家電小売り業のエディオン(原告)の元従業員(被告P1)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である上新電機(被告会社)へ持ち出した事件の民事訴訟です。この事件は刑事事件にもなっており、この元従業員は有罪判決となっています。

本事件では、リフォーム事業に係る複数の営業秘密が不正使用されたと判断されています。その中で、リフォーム事業に用いるシステムの情報も営業秘密(資料3-1~3-9)とされており、裁判所は、当該営業秘密を被告P1が不正に持ち出し、下記のようにして上新電機による不正使用もあったと判断しました。なお、HORPシステムはエディオンのリフォーム事業に関するシステムであり、JUMPシステムは上新電機のシステムです。
JUMPシステム開発の打合せの過程で被告会社からファンテックに対しHORP関連情報その他原告のHORPシステムに関する具体的な資料ないし情報が提供されたことがないこと,JUMPシステムの開発がそれ以前の被告会社のリフォーム事業の業務フローをおおむね踏襲しつつ,一元的な業務管理及び作業手順の標準化等の観点からリフォーム事業に特化した案件管理システムの開発として進められたものと見られること,作業の組織化,情報共有,進捗管理,顧客情報管理といったシステム導入効果は,市販のリフォーム事業向け案件管理システムでもうたわれていたこと,具体的な入力項目や操作方法といった詳細な事項は,既存のシステムとの連携や,社内の関連部署やメーカー,工事業者等の取引先との連携に関する従前の運用方法からの連続性等を考慮しなければならず,事業者ごとに異なり得ることなどに鑑みると,P4等被告会社の関係者が参考としたのは,資料3-1~3-9の各情報のうち,家電量販店としてリフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分が中心であったものと推察される。
上記下線部のように裁判所は、上新電機はエディオンのシステムに関する営業秘密を直接使用したのではなく、参考使用したと判断しているのだと思います。しかも、「案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」、すなわち当該営業秘密の上位概念にあたる部分を参考にした、という裁判所の判断と解されます。


一方で、大阪地裁平成25年7月16日判決(事件番号:平成23年(ワ)第8221号)であるFull Function事件では、リフォーム事業情報事件における不正使用とは異なる判断が裁判所によって行われているようにも思えます。
本事件は、ソースコード(原告ソフトウェア)が営業秘密とされ、被告が原告ソフトウェアを原告退職後も所持していたとのことです。そして、被告による原告ソフトウェアの不正使用について、裁判所は以下のようにして認めませんでした。
(1)原告は,本件争点につき,主張によると,被告は,本件ソースコードそのものを「使用」したものではなく,ソースコードに表現されるロジック(データベース上の情報の選択,処理,出力の各手順)を,被告らにおいて解釈し,被告ソフトウェアの開発にあたって参照したことをもって,「使用」に当たるとし,このような使用行為を可能ならしめるものとして,被告P1及び被告P2による,「ロジック」の開示があったものと主張する。
(2)しかし、上記2に説示したとおり,本件において営業秘密として保護されるのは,本件ソースコードそれ自体であるから,例えば,これをそのまま複製した場合や,異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合などが「使用」に該当するものというべきである。原告が主張する使用とは,ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化,一般化された情報の使用をいうものにすぎず,不正競争防止法2条1項7号にいう「使用」には該当しないと言わざるを得ない。
上記のように裁判所は、営業秘密であるソースコードを「そのまま複製した場合や,異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合などが「使用」に該当する」とのように述べ、「ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化,一般化された情報の使用」は不正使用ではないと判断しているようです。
このように、「ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化,一般化された情報の使用」は不正使用ではないとする判断は、リフォーム事業情報事件とは真逆の判断のようにも思えます。

ここで、営業秘密を「抽象化、一般化」した情報は、凡そ公知の情報であり、そもそもが営業秘密とはなり得ない情報であるとも思われます。このため、リフォーム事業情報事件において被告が不正使用したされる「リフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」がどのような情報であるかは不明ですが、仮に公知の情報と言える内容であれば、リフォーム事業情報事件における裁判所の判断は、誤りであるようにも思えます。
このように、営業秘密の上位概念を参考にする場合には、参考にする内容が公知の情報となっている可能性が高いと思われ、そのような使用をも不正使用とすることは適切でないと考えます。

なお、Full Function事件において裁判所は、下記のようにも判断しています。
(3)原告は,原告ソフトウェアがdbMagic,被告ソフトウェアがVB2008と,全く異なる開発環境で開発されていることから,本件ソースコード自体の複製や機械的翻訳については主張せず,本件仕様書(乙1)に,本件ソースコードの内容と一致する部分が多いことから,被告P2らにおいて,本件ソースコード自体を参照し,原告ソフトウェアにおけるプログラムの処理方法等を読み取って,これに基づいて被告ソフトウェアを開発した事実が認められる旨を主張する。
しかしながら,前述のとおり,企業の販売,生産等を管理する業務用ソフトウェアにおいて,機能や処理手順において共通する面は多いと考えられるし,原告ソフトウェアの前提となるエコー・システムや原告ソフトウェアの実行環境における操作画面は公にされている。また,被告P2は,長年原告ソフトウェアの開発に従事しており,その過程で得られた企業の販売等を管理するソフトウェアの内部構造に関する知識や経験自体を,被告ソフトウェアの開発に利用することが禁じられていると解すべき理由は,本件では認められない。
このような裁判所の判断は非常に重要でしょう。
仮に、従業員等が業務の過程で得た一般的な知識や経験自体も営業秘密であり、これらを転職先等で使用することを営業秘密の不正使用であるとすると、従業員にとって転職を躊躇させる一因となります。このため、営業秘密の不正使用の範囲を必要以上に拡大して解釈されることは抑制されるべきと考えます。
また、他社との共同研究開発等において他社から営業秘密を開示された場合に、当該営業秘密から知り得た技術情報を「一般化、抽象化」した情報(参考情報)を使用することが営業秘密の使用とされると、例えば共同研究開発終了後に自社で参考情報を使用した研究・開発を行うことを躊躇する事態になりかねません。
これらの点からも、リフォーム事業情報事件における裁判所の判断よりも、Full Function事件における裁判所の判断の方が適切ではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年9月6日水曜日

他社営業秘密を持ち出した人の雇用リスク

営業秘密の不正流出の目的の一つに転職先で使用するというものがあります。
このブログでも度々、営業秘密の流入リスク(侵害リスク)について取り上げていますが、この流入リスクを負う立場は転職先企業です。そして、転職者(転入者)による営業秘密の流入リスクは近年、流出リスクと共に顕在化してきています。

先日も、地方航空会社であるオリエンタルエアブリッジの元従業員が航空会社であるトキエアへ転職する際に、保安対策に関する営業秘密を持ち出したとして書類送検されました。

・退職者による社内情報のデータ持ち出しについて(オリエンタルエアブリッジ株式会社 リリース)
・航空保安情報持ち出し疑い ORC元社員を書類送検 長崎県警(毎日新聞)
・航空保安情報、持ち出し容疑 ORC元管理職を書類送検(朝日新聞)
・航空保安情報持ち出し疑い 元管理職を書類送検、長崎(産経新聞)
・航空保安情報を持ち出しか 元ORC管理職を書類送検(日本経済新聞)
・オリエンタルエアの航空保安情報を持ち出しか、元管理職を書類送検…新規参入トキエアに入社(読売新聞)

この事件では、トキエアへの営業秘密の開示及び使用は認められなかったとのことですが、上記の読売新聞の報道によると「男が作成に関与したトキエアの安全管理規程も作り直された」とのことです。
本事件についてトキエアの関与はなく、トキエアには当該営業秘密が開示されなかったとのことですから、トキエアは安全管理規定を作り直す必要はないようにも思えます。
とはいえ、トキエアとしては、営業秘密を不正に持ち出した人物が作成に関与した安全管理規定を使い続けることに不安感があり、このために安全管理規定を作り直したということなのでしょうか。


この例のように、前職企業の営業秘密を持ち出した転職者(転入者)が自社で当該営業秘密を開示しなくても、当該転職者が自社で関与していた業務についての見直し、やり直しを行うという判断をする企業もあるようです。

なお、営業秘密を持ち出した人物は、上記読売新聞の報道によると、オリエンタルエアブリッジでは「安全管理や安全に関する社内教育などを担当する安全推進室の管理職」であり、トキエアでも「安全推進室の管理職」となっていたようです。
仮に、この人物がトキエアにおいて営業秘密を開示していたならば、部下である元来の従業員もトキエアの営業秘密であると認識したうえで、当該営業秘密を使用して安全管理規定を作成した可能性があります。もし、そのような事態に陥れば、上記従業員も刑事罰を受ける可能性があります。

このような可能性を鑑みると、企業としては、転職者が自社において前職企業の営業秘密を開示、使用することを確実に防止する必要があります。特に、転職者が自社において管理職等となり、部下を持つ立場であれば、なおのことであると考えます。

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2023年7月11日火曜日

不競法2条1項8号における「取得」や「使用」とは?その2

前回のブログでは、どのようか行為が不競法2条1項8号違反(営業秘密の転得者による不正取得・使用等)となるのかについて、大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)を参考にして考えました。今回はその続きです。

本事件は、家電小売り業のエディオン(原告)の元従業員(被告P1)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である上新電機(被告会社)へ持ち出した事件の民事訴訟です。この事件は刑事事件にもなっており、この元従業員は有罪判決となっています。
本事件では、被告が原告から持ち出した営業秘密は複数あり、それぞれについて被告による不正な開示・使用(不競法2条1項7号違反)、被告会社による不正な開示・使用(不競法2条1項8号違反)が裁判所によって判断されています。

前回のブログでは、不競法2条1項8号違反における「取得」について述べましたが、今回は「使用」についてです。
まず、工料表の価格と思われる資料1-5に対して、下記のようにして裁判所は、被告P1については不競法2条1項7号が認められる、と裁判所は判断しています。
❝被告P1は,P3に対し,「EDION 工料表」及び「エディオンの内装リフォーム価格表」を送付したことが認められる。P3は,被告会社ビジネス開発大阪営業所長であったところ,同営業所はパッケージリフォーム商品の工事見積りを担当する部署であること(甲81の2)を踏まえると,被告P1は,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発に当たり,原告の工事料金を意識して積極的に活用していたことがうかがわれる。このことと,被告P1がP3に対して送付した「EDION 工料表」は資料1-5であること(被告P1本人)に鑑みると,被告P1が被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等に当たりこれを参考としていたことが合理的に推認される。❞
そして、裁判所は、下記のようにして、被告会社は資料1-5の情報につき被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等に当たってこれを使用していたと判断しています。
❝被告P1は,P3に対し,工事費売価は「EDION 工料表の価格」で設定してあるとしつつ,工事費原価は仮の数値を入れているとしてP3による設定を求めている(甲86の1)。また,別の機会に,P3は,「エディオンの内装リフォーム価格用」記載の価格での運用を求める被告P1に対し,「内装工事の工事価格は,柔軟に変更してまいります。」と回答している。こうした被告P1とP3のやり取りからは,両者(スマートライフ推進部とビジネス開発大阪営業所)のやり取りを通じて被告会社のパッケージリフォーム商品の工事価格が決定されていたことがうかがわれる。
そうすると,資料1-5の情報につき,被告会社は,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等に当たってこれを使用していたものといえる。また,上記メールのやり取りの内容から,被告P1の示す工料表が原告のものであることはP3も当然に認識し得ることに鑑みると,被告会社は,被告P1の開示した資料1-5の情報が原告の営業秘密であることを知り又は重大な過失によりこれを知らないで取得し,使用したものと認められる。
このように、被告会社は、資料1-5に対して分かりやすい態様で不正使用を行っていたようです。


次に、システムの情報である資料3-1~3-9についてです。
まず、原告は、リフォーム事業において「House System Operation Reform Program」システム(HORPシステム)を使用し、被告会社はリフォーム事業において「Joshinreform Unify Management Program」システム(JUMPシステム)を使用しています。
そして、資料3-1~3-9は被告P1が取得していると裁判所は認め、以下のことから、被告P1は被告会社にこれらの情報を開示したと判断しています。
❝また,市販のリフォーム事業向け案件管理システムが建築業者等向けであるのに対し,HORPシステムの情報は,原告と同じく家電量販店としてリフォーム事業を展開する被告会社にとって,自社のシステム開発に当たり参考となるといえる。
さらに,被告P1は,転職後に転職先でリフォーム事業に使用する意図で原告データサーバ上の情報を取得したと見られることに鑑みると,被告P1がHORPシステムに関する知識経験を有することを踏まえても,手持ちのHORPシステムに関する資料をJUMPシステムの開発に当たり開発関係者に開示しない理由はない。現に,平成26年4月頃,被告P1は,P4に対し,HORPシステムの業務全体フロー(甲82)を示し,JUMPシステムの業務全体フロー(別紙6)を作成させているし,他の原告のリフォーム事業に関する資料を被告会社従業員に示すなどしている。しかも,被告P1は,取引先に対するメール(甲25)において,「100満ボルト,エディオンにて試行錯誤しながら辿り着いた一つのビジネスモデルを,今回は更にグレードアップさせ,スピードアップさせて最短でカタチにしてゆきます。」,「HORPシステムと同じ考えの基,それ以上のオペレーションシステムの開発…等ご協力いただく内容が沢山あります」などと,HORPシステムと同様のシステムの開発に強い意欲を示していた。
こうした事情等に鑑みると,被告P1は,被告会社スマートライフ推進部でJUMP システムの開発に当たる中心的メンバーであるP4に対し,資料3-1~3-9を示し,JUMPシステム開発の参考に供したことが合理的に推認される。
そして、裁判所は、以下の理由から、被告P1から開示された資料3-1~3-9を被告会社は使用したと判断しています。
❝JUMPシステム開発の打合せの過程で被告会社からファンテックに対しHORP関連情報その他原告のHORPシステムに関する具体的な資料ないし情報が提供されたことがないこと,JUMPシステムの開発がそれ以前の被告会社のリフォーム事業の業務フローをおおむね踏襲しつつ,一元的な業務管理及び作業手順の標準化等の観点からリフォーム事業に特化した案件管理システムの開発として進められたものと見られること,作業の組織化,情報共有,進捗管理,顧客情報管理といったシステム導入効果は,市販のリフォーム事業向け案件管理システムでもうたわれていたこと,具体的な入力項目や操作方法といった詳細な事項は,既存のシステムとの連携や,社内の関連部署やメーカー,工事業者等の取引先との連携に関する従前の運用方法からの連続性等を考慮しなければならず,事業者ごとに異なり得ることなどに鑑みると,P4等被告会社の関係者が参考としたのは,資料3-1~3-9の各情報のうち,家電量販店としてリフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分が中心であったものと推察される。
上記で特徴的だと感じることは、被告会社のJUMPシステムの開発を委託していたシステム開発業者であるファンテックに原告のHORPシステムの関連情報が提供されていないにも関わらず、被告会社は「家電量販店としてリフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」を参考にしたと推察して、資料3-1~3-9を被告会社が使用したと裁判所が判断したことです。

ここで、特許権侵害においては、他者の特許権に係る請求項の構成要件を全て充足する態様で実施しなければ、基本的には侵害となりません。一方で、営業秘密侵害は、上記のように、他者の営業秘密を全て充足するような使用態様でなくても、参考にするだけでも侵害とみなされます。しかも、本事件では「システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」を参考にしただけでも営業秘密の使用と判断されています。
すなわち、本事件を鑑みると、営業秘密の使用とみなされる範囲は特許権と比較してとても広い可能性があります。従って、万が一、自社に他社の営業秘密が不正に流入したとしても、当該営業秘密を決して参考程度にでも閲覧することなく、さらには自社内で拡散することがないようにしなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年7月4日火曜日

不競法2条1項8号における「取得」や「使用」とは?その1

不正競争防止法第2条1項8号は下記のように規定されており、例えば、自社への転職者(転入者)が前職企業の営業秘密を自社で開示して、それを自社で使用した場合に不正競争防止法違反であるとして適用されます。
不正競争防止法第2条1項8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
では、具体的にどのような行為がこの不競法2条1項8号違反となるのでしょうか。これについて、大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)を参考にして考えます。
本事件は、家電小売り業のエディオン(原告)の元従業員(被告P1)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である上新電機(被告会社)へ持ち出した事件の民事訴訟です。この事件は刑事事件にもなっており、この元従業員は有罪判決となっています。
本事件は、被告が原告から持ち出した営業秘密は複数あり、それぞれについて被告による不正な開示・使用(不競法2条1項7号違反)、被告会社による不正な開示・使用(不競法2条1項8号違反)が裁判所によって判断されています。

まず、原告の営業秘密である資料1-1について、以下のように被告P1の不正使用・開示行為があったと裁判所は判断しています。なお、資料1-1の内容は閲覧制限により具体的にはわかりませんが、原告の標準構成明細というものに含まれる情報であると思われます。また、下記P4は原告の従業員です。
❝(ア) 前記(1)ウ(エ)のとおり,被告P1は,被告会社において,パッケージリフォーム商品の商品開発や仕入交渉等を単独で担当するとともに,原告の標準構成明細を使用して本件比較表及びこれに添付された標準構成明細を作成し,これをP4等に示した。また,被告P1は,原告の標準構成明細の書式を使用して被告会社の標準構成明細のテンプレート(別紙2「営業秘密目録」資料1-1-2)を作成した(前記ウ(オ))。当該テンプレートは,原告の標準構成明細の書式とかなりの程度類似する上,その備考欄上部の記載は,これが原告の標準構成明細の書式をもとに作成されたことをうかがわせる。
被告P1も,当該テンプレート作成に当たり表としては原告の標準構成明細を使用したことを認めている(被告P1本人)。
これらの事情に加え,被告P1がP1HDD に原告の標準構成明細のデータを保存していること(前記ア(イ))に鑑みると,被告P1は,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発に当たり,その仕入価格,粗利率,粗利金額の設定のため原告の標準構成明細記載の原告の仕入価格等の情報を参考にしていたことが合理的に推認される。また,被告P1は,被告会社の標準構成明細の書式作成に当たり,原告の標準構成明細の書式を使用したことが認められる。・・・
以上より,被告P1による資料1-1の情報の使用及び同情報に基づき作成された資料1-1-2の情報の使用は,不正競争(不競法2条1項7号)に当たる。❞

そして、被告会社に対して、裁判所は下記のように資料1-1の情報について、被告会社は営業秘密不正開示行為があることを知り又は少なくとも重大な過失によって知らずに取得したと認めました。
❝(イ) 前記(1)ウ(エ)及び(1)エのとおり,被告会社共有フォルダ内に原告の標準構成明細のデータが保存されており,同フォルダを通じてP4及びP8がこれに含まれるデータを業務上使用する USBメモリに保存している。しかも,そのフォルダ名から,当該データが,本来は被告会社にあるはずのない原告のデータであることは容易に理解し得る。
これらの事情を総合的に考慮すると,被告会社は,資料1-1の情報につき,営業秘密不正開示行為があることを知り又は少なくとも重大な過失によって知らずに,これを取得したものと認められる。すなわち,被告会社による資料1-1の情報の取得は,不正競争(不競法2条1項8号)に当たる。❞
なお、前記(1)ウ(エ)及び(1)エは、下記です。
❝(1)  関連する事実
・・・
ウ 被告P1の被告会社入社と被告会社のJUMPシステム開発等
・・・
 (エ)被告P1は,被告会社入社後,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発及び仕入交渉等を単独で担当するようになった。・・・
被告P1は,その頃,本件比較表を,当時パッケージリフォーム商品の仕入を担当していたP4を含む被告会社従業員に示した上で,被告会社の粗利額,粗利率が低いことについて厳しい口調で叱責した。その際,P4は,被告P1からそのデータをもらい受け,業務上使用する資料等を記録する自己のUSB メモリに保存した。また,本件比較表及び関連資料である上記標準構成明細のデータ(「JE構成明細比較.xls」)は,被告会社共有フォルダの「Edion」フォルダ内に保存されたことにより,被告会社スマートライフ推進部所属の従業員であれば閲覧可能な状態に置かれた。
・・・
エ 被告会社共有フォルダに保存されたデータ
被告会社共有フォルダには,「Edion」という名称のフォルダが存在する。同フォルダには,「(旧)商品作り」,「1P1」,「110218 エディオン様マスター」等のフォルダが存在する。このうち,「(旧)商品作り」には,「J-E 構成明細比較.xls」のファイルがあるほか,標準構成明細,プランニングチェックシート等のデータが保存されている。
スマートライフ推進部の従業員は,上記「Edion」フォルダの存在を認識しており,同フォルダ内のデータを閲覧するのみならず,前記のとおり,P4やP8は,同フォルダ内のデータを自己が使用するUSB メモリに保存していた。❞
すなわち、原告の営業秘密を被告P1から受け取った被告会社従業員P4やP8が「Edion」という名称のフォルダを作成し、そこに原告であるエディオンの営業秘密を保存したという行為に対して、被告会社は不競法2条1項8号違反であると判断されたことになります。

確かに、不競法2条1項8号には「取得」も不競法違反として含まれています。このため、転入者が転職先企業において前職の営業秘密を開示した段階で、当該転職先企業はこの営業秘密を否が応でも取得したこととになり、不競法違反の可能性が生じます。これは転職先企業において非常に厳しい状況であり、このような状況に陥ることは避けなければなりません。

さらに、被告は、原告の標準構成明細の書式を使用して被告会社の標準構成明細のテンプレートである資料1-1-2を作成して、被告会社従業員P3にメールしています。しかしながら、これについて裁判所は、下記のように被告会社の不競法違反に認めていません。
❝他方,被告P1は,被告会社において,その在籍中は被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等を単独で担当していたものであり,その際に使用する標準構成明細も,原告の標準構成明細のデータ及び原告在籍中の被告P1の経験に基づき,他の被告会社従業員の関与のないままに作成されたものとうかがわれる。そうすると,被告会社における標準構成明細(甲86,87)について,被告会社が,被告P1の営業秘密不正開示行為により作成されたものと知っていたこと又は知らないことにつき重大な過失があると認めるに足りる証拠はない。
したがって,資料1-1-2の情報については,被告会社の行為は,不正競争(2条1項8号)に当たらない。これに反する原告の主張は採用できない。❞
資料1-1-2について、被告会社の不競法違反が否定された要因として「被告P1以外の被告会社従業員の関与がなく、原告の営業秘密を使用したこと被告会社が知ることもできなかった」ことにあるのでしょう。すなわち、すでに被告会社従業員であるものの転入者である被告P1が独自に作成した資料を被告会社で開示しても、被告会社は不競法違反にならないようです。
従って、本事件において、仮に被告P1が原告の営業秘密である情報1-1を被告会社で開示することなく、自身が独自に資料1-1-2を作成して、それを被告会社が使用しても被告会社は不競法違反にならないと思われます(原告から被告会社へ警告等がされた後も使用し続けたら、不競法2条1項8号違反となる可能性はあると思います)。

次回につづきます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年5月17日水曜日

営業秘密の流入リスク(知財リスク)

営業秘密の不正な持ち出し(不正流出)は以前からありましたが、近年それが転職に伴うものであることが多くなるにつれて、企業の関心度も高まっているように思えます。

企業における営業秘密の不正流出に対する対策としては以下のようなものがあるでしょう。
このような措置のうち、複数を行っている企業は多いかと思います。
 ①就業規則への秘密保持条項の規定
 ②就業規則とは別に秘密管理規定の策定
 ③営業秘密に関する研修
 ④アクセス権限管理
 ⑤アクセス履歴
 ⑥転職者への秘密保持誓約
しかしながら、上記のような対策を行っても、前職企業の営業秘密を持ち出す転職者は存在します。このような転職者が営業秘密を持ち出す理由は、ただ一つ、転職先企業で開示・使用するためです。

ところで、転職者から前職企業の営業秘密を開示された企業は、その営業秘密を自由に使用してもよいのでしょうか。当然、そのようなわけはありません。
例えば、営業秘密の不正競争を規定した不正競争防止法2条1項8号では以下のようにして、転職者等によって不正に持ち出された営業秘密であることを知って、他者(転職先企業等)が使用等することが不正であると規定しています。
"不正競争防止法2条1項8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為"
また、刑事罰が規定されている不競法21条1項7号にも、同様の規定があります。

すなわち、転職者が前職企業から持ち出した営業秘密を転職先企業で開示し、転職先企業が当該営業秘密を使用すると、転職先企業やその従業員等が民事的責任、刑事的責任を負う可能性が有ります。より具体的には、民事的責任としては損害賠償及び差し止め等であり、刑事的責任としては罰金や従業員には懲役刑の可能性もあります。

以下の表は、日本企業間の転職に伴う営業秘密の流入事例です。


この表のように、既に億単位の損害賠償になった事例もあり、営業秘密の流入は特許権等の侵害と同様に知財リスクと考える必要があると思われます。実際に、転職者からの営業秘密の流入をリスクとして捉え、それを使用しないという正しい選択を行っている企業もあります。

なお、他社の営業秘密を侵害してしまった場合には、当然、その営業秘密の使用等の停止も求められます。ここで、特許権であれば、特許権の存続期間が終了した後には、元侵害者であったとしても当該特許権に係る技術の自由な実施が可能となります。

一方で、営業秘密には存続期間という概念がありません。したがって、営業秘密の侵害者は、その営業秘密の使用停止が何時まで続くのかはわかりません。すなわち、他社の営業秘密を用いて製造した製品等の製造販売は何時まで続くのかが不明確です。営業秘密はその情報が公知になれば、営業秘密ではなくなるため、公知になるまで待つしかなく、実質的に永久に当該製品の製造販売ができないかもしれません。
また、特許権はその技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められるため、その外縁が明確です。しかしながら、営業秘密の技術的範囲の外縁はどうでしょうか。例えば、侵害した営業秘密に非公知の新たな技術的な課題も含まれていたら、この課題を解決するための技術手段の開発もできないかもしれません。
このように、営業秘密の侵害によって営業秘密の使用停止となった場合には、停止となる期間や技術的範囲が良く分からず、侵害企業は過剰な対応を取らざる負えなくなるかもしれません。

さらに、特許権侵害とは異なり、営業秘密の侵害は刑事罰となる可能性があります。このため、侵害企業に罰金が科される可能性があります。
さらに、加害企業の従業員(営業秘密を持ち込んだ転職者とな異なる従業員)が刑事罰を受ける可能性すらあります。例えば、不正に持ち込まれた営業秘密をそれが他社の営業秘密と知って使用等した従業員が特定されれば、当該従業員は刑事罰を受けるかもしれません。
このように従業員が最悪の事態となることを防止するためにも、営業秘密の流入は避けなければなりません。

そこで、他社の営業秘密の不正流入を防止するためには、以下の措置が考えられます。
 ①自社への転職者に対する注意喚起
 (前職企業の営業秘密を持ち込んではいけないことを転職者に説明)
 ②社員研修
 (不正流入が疑われる他社の営業秘密の不使用を周知)
 ③社内相談制度
 (営業秘密の不正流入疑いを認知した場合に相談)
 ④知財活動を介した不正流入検知
 (新規開発技術の開発経緯から営業秘密の不正流入を検知)

以上のように、転職者による営業秘密の不正流出とセットで不正流入が生じる可能性があります。この不正入流を防止することは知財リスクの観点から非常に重要なことです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年3月12日日曜日

日本ペイントデータ流出事件の民事訴訟(和解)

日本ペイントの元執行役員が菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの営業秘密を持ち出して菊水化学で開示・使用した事件があり、日本ペイントは元執行役員を刑事告訴し、菊水化学と元執行役員に対して民事訴訟を起こしていました。
先日、この民事訴訟について、日本ペイントと菊水化学との間で和解が成立したとのことです。これに関する費用として、和解金を含む訴訟費用3億7200万円(372 百万円)が菊水化学の特別損失として計上されています。
なお、刑事事件の被告である日本ペイント元執行役員は、持ち出したデータの営業秘密性を高裁まで争いましたが、懲役2年6月、執行猶予3年、罰金120万円の判決となっています。

<参考ニュース>
・菊水化学工業、日本ペイントHDと訴訟和解 特損3億円(日本経済新聞)
<参考ページ>
日本ペイントデータ流出事件(過去の営業秘密流出事件)

日本ペイントと菊水化学との民事訴訟において、どの様な主張が行われたのかは当然分かりませんが、刑事事件の結果もあるので、菊水化学が日本ペイントから持ち出されたデータの営業秘密性を否定することは難しいでしょう。
また、日本ペイントは、菊水化学による不正競争防止法2条1項8号違反を主張したのではないかと思います。
不正競争防止法2条1項8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
上記8号に照らし合わせると、菊水化学が「営業秘密不正開示行為であることを知って」日本ペイントの営業秘密を使用等したとは思えないので、菊水化学が「重大な過失」を有していたか否かが争点になったのかと想像されます。


ここで、この事件の経緯は刑事事件判決(名古屋地裁令和2年3月27日 平28(わ)471号 ・ 平28(わ)662号)によると、以下の通りです。なお、下記の被告人は、日本ペイントの元取締役です。

(1) 被告人は、昭和53年にa社(日本ペイント)に入社し、平成22年3月にa社を退職し、同年4月に同社の子会社であるb社に転籍。
(2) 被告人は、平成25年2月12日に辞表を提出し、同年3月15日に同社を退職。
(3) 被告人は、b社に在籍中、同社本社内において,システムにアクセスして本件情報が記載された商品設計書を取得し、これを基に本件各塗料の原料及び配合量の情報についての完成配合表①、完成配合表②を作成。
(4)  被告人は、平成25年2月にc社(菊水化学)から同社の取締役への就任の打診を受け、同年4月にc社に入社して同年6月に同社の取締役に就任。
(5)  被告人は、同年4月頃にc社において、完成配合表①を基に作成した推奨配合表①をc社の従業員Aらに手渡す。
(6)  被告人は、同年8月2日に完成配合表②を基に作成した推奨配合表②を添付した電子メールをc社の従業員Bに送信。
(7)  c社は、被告人により開示された情報を用いて塗料X、塗料Yをそれぞれ開発製造して販売。

上記経緯から、菊水化学へ転職してきた日本ペイントの元取締役は、転職後に時間を置かず推奨配合表を菊水化学の従業員らに渡しています。元取締役は、菊水化学において取締役という役職でもあり、自身が短期間に菊水化学内で研究開発を行って、菊水化学での業務として推奨配合表を作成したとは考えられません。
そうすると、菊水化学は、この推奨配合表が日本ペイントから持ち出された情報に基づいて作成されたのではないか、ということを想像できるのではないでしょうか。そうであれば、菊水化学に重過失が有ったと考えられるのかと思います(営業秘密侵害においてどのような場合に「重過失」となるのか判例が少ないため、定かではありません。)。
おそらく、このようなやり取りがあり、その結果、菊水化学が金銭を日本ペイントに支払うという和解が成立したのではないかと思います。

菊水化学は、訴訟費用として和解金を含む3億7200万円を計上しています。訴訟費用とありますが、おそらくこの金額のほとんど、すなわち3億円以上が和解金かと思われます。
これにより、菊水化学は、2022 年4月1日~2023 年3月 31 日における個別業績予想を583百万円かた395百万円に下方修正していることから、上記和解金が菊水化学の業績に少なからず影響を与えていることが分かります。また、菊水化学は、和解金の支払いだけでなく、推奨配合表等の廃棄等も行っているかと思います。
なお、菊水化学は、当該推奨配合表を用いたと思われる製品の製造販売を2017年3月の段階で停止しているようです。

このように、本事件は、営業秘密の流入リスクが顕在化した例といえるでしょう。
ここで、気になることがあります。
このような他社の営業秘密の流入に対する影響はいつまで続くのかということです。
特許権であれば、特許権の存続期間が過ぎると誰でも当該特許権に係る発明を実施可能となります。しかしながら、営業秘密には存続期間という概念はありません。

日本ペイントから持ち出されたデータは非常に有益なものなのでしょう。だからこそ、日本ペイントの元取締役は菊水化学への転職時に持ち出し、菊水化学も使用したのだと思われます。このため、菊水化学は同様の製品を再び製造販売したいと思うかもしれません。これが仮に特許権の侵害であれば、当該特許権の存続期間の経過後であれば、侵害した製品と同様の製品を製造販売しても問題はありません。
一方で営業秘密に関しても、流入した他社の営業秘密を使用せずに独自に開発すれば問題はありません。しかしながら、他社の営業秘密が自社に流入した場合には、当該他社の営業秘密を使用していないことを証明可能とする必要があるでしょう。
そのためには、まず、他社の営業秘密を使用した製品を製造した技術者を同様の製品の開発に携わらないようにするべきでしょう。当該技術者が当該他社の営業秘密を記憶している可能性があるからです。
そして、当該他社の営業秘密を使用せずに製品の開発を行ったことを証明できる各種データや資料を会社が存続している限り、残す必要があるかもしれません。
さらに、そもそも、同様の製品を製造販売するきっかけが当該他社の営業秘密とは無関係であることの証明も必要かもしれません。特許権の侵害は、特許請求の範囲で判断することができます。しかしながら、営業秘密の使用は、営業秘密から得られる情報そのものだけなのでしょうか。仮に、流入した営業秘密が、非公知の技術的な課題を解消するためのものである場合には、当該課題も営業秘密と捉えることができるかもしれません。流入した営業秘密に新たな課題を示す内容が明確に含まれていたらなおのことです。

このようなことを考えると、他社の営業秘密が流入した場合、その後に当該他社の営業秘密の使用を疑われそうな製品を開発することに躊躇することになります。その結果、自社はビジネスチャンスを失うことになるかもしれません。
営業秘密には存続期間の概念がないこと、営業秘密の使用の範囲が良く分からない、もしかすると非常に広い範囲なのかもしれない、とのようなことを考慮すると、営業秘密侵害は特許権侵害よりもその影響は大きいのかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年2月28日火曜日

かっぱ寿司営業秘密事件について

はま寿司の元取締役から転職したかっぱ寿司の元社長が、はま寿司の取引情報等の営業秘密を不正に持ち出して、かっぱ寿司で開示、使用したとして不正競争防止法違反(営業秘密侵害)で逮捕された事件について、初公判が始まっています。

この事件は、かっぱ寿司の元社長の公判と、かっぱ寿司の運営会社であるカッパ・クリエイト社及びかっぱ寿司の元商品部長との公判は分けて行われているようです。公判では、かっぱ寿司の元社長は営業秘密侵害について認めている一方で、運営会社及び商品部長は無罪を主張しているとのことです。

ここで、報道では有名企業の社長が取締役であった前職ライバル企業から営業秘密を不正に持ち出したとして、大きく報道されています。しかしながら、取締役等の役職者が営業秘密を不正に持ち出し、他社に転職したり、独立することはさほど珍しくはありません。従業員に比べて役職者は、営業秘密に対するアクセス権限も多く有しているでしょうし、転職先等で成果を挙げることに対するプレッシャーはより大きいでしょうから、役職者ほど営業秘密を不正に持ち出す可能性が高いことは容易に想像できます。

一方で、本事件で特徴的なことは、営業秘密の開示先企業及びその従業員(元商品部長)も罪に問われていることにあります。開示先企業が罪に問われることは、今回が初めてではありませんが、多くはありません。(過去には2000万円の罰金を科された企業もあります。)
また、開示先企業の従業員(元商品部長)が逮捕されることは過去にありましたが、私の知る限り不起訴となっています。仮に、開示先企業の従業員が有罪となれば、初めてのことかもしれません。


しかしながら、この元部長に関しては非常に気の毒に思います。元部長は、公判において 元社長からの指示であったと証言しているようで、これは偽らざる本心でしょう。
元社長からはま寿司の情報を渡され、この情報に基づいて資料を作成するように指示された場合、元部長はこれを断れるでしょうか。断るとしたら、「元社長の行為は営業秘密侵害であり、刑事告訴の対象となる。」とのように元部長は元社長に進言しなければなりません。果たして、不正競争防止法に詳しくないであろう人が、それを言えるでしょうか。また、言った場合にどのようになるでしょうか。このようなことを部下に言われたら、結果を早期に出したい元社長は不愉快に感じ、元部長を退職に追い込んだかもしれません。すくなくとも、元社長との関係性は悪化することが想像されます。
すなわち、起訴された元部長は実質的に選択肢が無かったとも思われます。仮に、元社長がかっぱ寿司に転職して来なければ、この元部長は逮捕・起訴されることもなく、今も何事もなくかっぱ寿司で働いていたことでしょう。

このようなことは、誰の身にも生じる可能性が有ります。すなわち、上司がライバル企業から転職してきて、このライバル企業の情報を渡された部下となる可能性が誰にでも有るということです。上司の指示通りにライバル企業の情報に基づいて仕事を行うと、営業秘密侵害罪で逮捕される可能性が有ります。一方、上司の指示を断ると、最悪、退職に追い込まれるかもしれません。このような部下は、どちらを選択しても悪い方にしか進めません。

このような事態を防ぐことができるのは、やはり自身が所属する企業しかありません。すなわち、転職してきた者に対して、前職企業等の営業秘密を持ち込ませないということです。これに対しては、例えば、入社時に営業秘密の不正な持ち込みは刑事罰又は民事的責任を負うことを説明しつつ、誓約書にサインを求めることが考えられます。
しかしながら、それでも営業秘密を持ち込む者がいるかもしれません。そのために、従業員自身が営業秘密の不正使用は違法であることを正しく認識し、仮に他社の営業秘密の持ち込みを発見した場合には、法務部門やコンプライアンス部門に報告し、当該営業秘密の使用を防止する枠組みを作るべきでしょう。
これにより、もし、ライバル企業から転職したきた上司が部下にライバル企業の営業秘密を開示した場合には、当該部下が法務部門等に報告することで、当該部下が営業秘密侵害となるような行為を行うことを未然に防止できます。

また、このような報告を受けた法務部門は、当該営業秘密が持ち出された事実を転職者の元所属先企業に報告すべきでしょう。これは、結果的に、自社が当該営業秘密を不正使用していないという主張をし易くなり、自社が刑事及び民事的責任を負うことの防止となり、自社を守ることになります。

営業秘密に対して、自社の営業秘密の漏えい対策を行う企業は多くありますが、他社から自社に営業秘密が持込まれることへの対策を行っている企業は多くないように思えます。
しかしながら、かっぱ寿司のような事態が生じている現在、営業秘密の不正な持ち込みに対する対応を行わないと、自社の従業員が不幸にも逮捕されたり、自社そのものが責任を問われる可能性が生じる可能性が有ります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年2月19日日曜日

訴訟で提出した営業秘密は不正行為となるのか?

訴訟において原告又は被告が相手方の営業秘密を証拠等として提出する場合があるかもしれません。このような行為は不正競争行為となるのでしょうか。

今回紹介する裁判例(東京地裁令和4年3月25日判決 事件番号:令3(ワ)11861号)は、別件訴訟において、被告が原告との打合せに際して提供を受けた書類を書証(別件書証)として提出した行為が、不正競争防止法上の不正競争行為等であるとして原告が訴訟を提起したものです。
別件書証には、新規開業資金シミュレーションと題する書面(本件シミュレーション)が含まれていました。そして、原告は別件訴訟において、本件シミュレーションの部分に記載された情報が不正競争防止法上の営業秘密に該当するとして、上記部分につき民事訴訟法92条1項の閲覧等制限の申立てを行っていました。
なお、別件訴訟は、原告が被告に対して解決金として70万円を支払う内容の調停が成立しています。

本件訴訟において原告は、下記①~⑤の不正行為であると主張していますが、結論からすると、裁判所はすべて認めませんでした。
①不正競争防止法上の営業秘密の不正な開示
②個人情報保護法上の目的外使用
③第三者提供の制限違反
④プライバシーの侵害
⑤本件業務委託上の守秘義務違反


まず、「①不正競争防止法上の営業秘密の不正な開示」について裁判所は下記のように判断しています。
❝ (1) 前記1(1)のとおり、別件訴訟においては、被告が委託業務を完了したか否かに関わる事情として、被告が原告に対して電気容量増設の必要性について説明したか否か等の当事者双方のやり取りの状況が問題とされていたところ、被告は、原告との一連のやり取りの経緯について主張した上で、原告から電気容量につき情報提供を受けた内容を含むものとして別件書証を提出したものと認められる(提出行為1)。そして、当事者双方のやり取りについて正確性を担保しつつ主張立証する観点からすると、被告が原告から情報提供を受けた内容に関する書証を提出することは、別件訴訟における訴訟活動として一定の必要性や合理性を有するものと認められる。
 (2) 原告は、提出行為1について、不正競争防止法上の営業秘密の不正な開示に当たると主張する。
 しかし、仮に別件書証に含まれる本件シミュレーションが不正競争防止法上の営業秘密に該当したとしても、上記(1)のとおり、提出行為1は、別件訴訟の追行のために行われたものであって、訴訟活動として一定の必要性や合理性が認められるから、被告に不正の利益を得る目的や原告に損害を加える目的があったとは認められない。
したがって、提出行為1が不正競争防止法上の営業秘密の不正な開示に当たるということはできない。❞

上記②,④,⑤についても、裁判所は同様に「別件訴訟の追行のために行われたものである」や「本件訴訟における訴訟活動として一定の必要性や合理性を有するもの」として不正開示を認めませんでした。

なお「③第三者提供の制限違反」について、原告は「被告が提出行為1に際して閲覧等制限の申立てをすべきであったのに、これを行わなかったことが被告の業務上の過失に当たる」とも主張しています。
これについて裁判所は、閲覧制限は、当事者の申立てにより裁判所が決定をすることができるとされるにとどまっており、攻撃防御方法の提出者が閲覧等制限の申立てをすべき義務を負うと解することはできない、として原告の主張を認めませんでした。

以上のような裁判所の判断は、当然かと思います。仮に、訴訟において相手方の営業秘密とされる情報を提出したことが「不正」となると、訴訟そのものを断念しなければならない可能性が生じます。

なお、過去の裁判例では、特許侵害訴訟で原告が提出した証拠(被告の営業秘密)について、原告による当該証拠の入手が「重大な過失」があったとして、特許侵害訴訟の被告が原告となり、特許侵害訴訟の原告を被告として営業秘密の不正取得であるとして提訴したものがありました(知財高裁平成30年1月15日判決 平成29年(ネ)第10076号)。
しかしながら、この訴訟において、原告は特許侵害訴訟で原告の営業秘密を開示した被告の行為に対して「不正な開示」とは主張していません。やはり、この原告も被告が特許侵害訴訟で原告の営業秘密を開示した行為は、不正な行為でないと考えていたからでしょう。

このように、他社の営業秘密であっても、それが自社(自身)の訴訟の追行のために行われたものである場合には、営業秘密の不正開示等とはならない可能性が高いと考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年11月23日水曜日

判例紹介:営業秘密の不正使用の一例 宅配ボックス事件

営業秘密を所属企業から正当に取得したり、取引先から正当に取得しても、当該営業秘密を「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示」した場合には、当該営業秘密の侵害とされます(不正競争防止法2条1項6号,7号)。
では、この「不正の利益を得る目的」とは具体的にどういう行為でしょうか。

その例として、宅配ボックス事件を挙げます。この事件は、原告が被告から宅配ボックスの開発・製造の委託を受けたものの、被告が本件新製品の製造を原告に発注するのを取りやめ、原告の営業秘密である本件データを使用して被告製品を製造・譲渡したというものです。
参考ブログ記事:

宅配ボックス事件は、上記ブログで紹介したように、原告が被告に開示した宅配ボックスの3Dデータが営業秘密であると裁判所が認めました。
そして、原告は下記のように被告による本件データを使用して被告製品を製造したことが不競法2条1項7号の不正競争に該当すると主張しました。
❝本件データと被告製品の製造に用いられた図面データ(以下,・・・「実機図面データ」という。)を対比すると,以下のとおり,多くの点で寸法・形状がほとんど一致しており,被告によりその細部が修正されたり,情報が追加されたりしているものの,基本構造はそのまま維持されているものであるから,本件データと実機図面データとの同一性は損なわれていない。このように,被告製品の形状は,本件データが表現する形状をほぼそのまま再現したものであり,本件データと被告製品の製造との間には十分な因果関係があるから,被告製品の製造は本件データの「使用」に該当する。
・・・ 
被告は,本件プロジェクトのビジネス性評価の過程でモックアップ品の製作・評価のみを目的として,原告から本件データを受領したものであり,原告・被告間でのビジネスの可能性がなくなり,その検討が終了した後に,被告が自身の製品の開発,製造に本件データを使用,利用することは,上記目的を逸脱するものであって,被告に費用の削減等の不正な利益をもたらし,また,原告が樹脂製宅配ボックスの製品を市場に出す可能性ないしは利益を侵食するものである。なお,本件プロジェクトが終了した後に,本件データの利用権を被告に許諾するかどうかは原告の自由であり,原告はそのような許諾をしていない。
被告は,あえて,本件データを受領した目的を逸脱し,本件データを使用した被告製品の製造を行い,利益を上げているのであるから,被告による本件データの使用に「不正の利益を得る目的」又は「その営業秘密保有者に損害を加える目的」があることは明らかである。❞

一方で、被告は以下のように、実機図面データについて、本件データにおける基本構造はそのまま維持していることは認めつつ、本件データの使用及び不正の目的を否認しています。
❝実機図面データについて,被告が本件データに基づきこれに変更を加えて作成したこと,本件データから細部が修正されたり,情報が追加されたりしているが,基本構造はそのまま維持されていることは認める。
しかしながら,以下に対比するとおり,本件データと実機図面データとの間には,製品の形状及び寸法において,様々な変更及び追加が存在しており,本件データと実機図面データとの間の同一性は完全に失われている。したがって,被告製品の製造は本件データに基づいて行われたものではなく,本件データの「使用」には該当しない。
・・・
本件データは,本件プロジェクトのビジネス性評価の過程でモックアップ品の製作・評価のみを目的として作成されたものではない。本件データは最終的に被告製品を量産することを目指す過程で,強度等の試験を行うための試作品製造に用いられたものであって,被告製品の量産のために行われたものであり,モックアップ品の作成も被告製品の量産のための過程の一つにすぎない。
本件データは,被告製品の設計データであり,本件プロジェクトの遂行を目的として提供されたものであり,実際に本件プロジェクトの遂行に使用することは,情報を委託された目的に沿った問題のない使用である。
直感的に、被告の主張は無理があるのではないかと思えます。これに対して、裁判所は以下のようにして原告の主張を認め、被告の本件データの使用は不競法違反であると判断しました。なお、下記は本件データ1と実機図面データ1に関する判断ですが、本件データ2と実機図面データ2も同様です。
❝本件データ1と実機図面データ1とは,本体,扉,鍵カバー,側板,天板及びヒンジの各パーツからなるという基本構造が同じであり,後記(イ)の被告が指摘する相違点を除けば,各パーツの寸法及び形状においても概ね一致しているということができ,被告は,本件データ1に基づいて,これと実質的に同一の実機図面データ1を作成したものということができる。したがって,被告が実機図面データ1に基づいて被告製品1を製造することは,本件データ1の「使用」に該当するというべきである。❞
さらに、裁判所は不正の利益を得る目的について以下のように判断しています。
❝被告は,モックアップの作成も被告製品の量産のための過程の一つにすぎず,本件データは被告製品の設計データであり,本件プロジェクトの遂行を目的として提供されたものであるから,これを本件プロジェクトの遂行に使用することは,情報を委託された目的に沿った問題のない使用であると主張する。しかしながら,前記1(10)のとおり,本件新製品のモックアップは被告が製作することが合意されていたものの,証拠(乙28,29,39,40)によれば,本件データが送付された当時において,本件新製品の各部品の製造は原告において行うことが予定されていたと認められるから,本件データを被告が被告製品の製造に使用することについては本件データの使用目的の範囲内であるとはいえない。
 また,前記1(14)のとおり,本件プロジェクトの終了後,原告と被告との間では「設計費・機会損失額」名目での被告の支払義務の有無及び額について合意に至っておらず,原告が本件データを用いた製品の製造を被告に許諾したとの事実を認めるに足りる証拠もない。
以上のように、本事件における不正の利益を得る目的での営業秘密の使用は分かり易いものです。
仮に、取引先から製品の製造・販売の委託を受けたもののそれが取りやめになり、支払いが全くないにもかかわらず、製品データを取引先に勝手に使われることが不正でないとなると、ビジネスの根底が崩れてしまいます。このため、裁判所の判断は当然であると思います。

しかしながら、このような事例は、発注者と受注者との力関係により、少なからずあると思われます。例えば、受注者である中小企業が発注者である大企業に自社の知的財産を勝手に使われるということも少なからずあるようです。
営業秘密の観点から気を付けなければならないのは、受注者となる企業です。もし、本事件と同様のことを行っていたら、営業秘密侵害罪となる可能性があります。営業秘密侵害は民事だけでなく、刑事事件にもなり得ます。もし、自身が当事者であり、取引先の営業秘密であるデータを勝手に使用する許可を部下に与えたりしたら、自身が刑事罰を受ける可能性もあります。
ちなみに、本事件は、当該製品の生産等の差し止め、製品の破棄、そして610万1962円の損害賠償を求められました。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年10月10日月曜日

かっぱ寿司の元社長による営業秘密漏えい事件(刑事事件)

先週からかっぱ寿司の社長による営業秘密の漏えい事件(刑事事件)が大きく報道されています。刑事事件としての営業秘密の漏えい事件は少なからず生じており、そのほとんどはニュース記事で少し取り合げられるだけで、大きく話題になることはありません。
かっぱ寿司の事件が大きく報道される背景としては、逮捕された社長が競合他社であるはま寿司の元取締役であり、かっぱ寿司とはま寿司は共に回転ずしチェーンとして多くの人に身近な存在であると共に、ライバル企業である、という背景があるためでしょう。

ここで、営業秘密の漏えいは”元従業員”が行う場合が多いと思われるかもしれませんが、部長以上の役職を持つ者が転職時に前職の営業秘密を持ち出す事件も多くあります。役職を有する者は多くの営業秘密に対するアクセス権限があるでしょうし、その営業秘密の有益性もよく理解しているでしょう。また、転職先でも好待遇の場合が多いでしょうから、転職先での成果をより求められるというプレッシャーも感じるでしょう。

例えば、日本ペイントデータ流出事件は、日本ペイントの元執行役員が競合他社である菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの営業秘密を持ち出しています。また、リフォーム事業流銃事件では、エディオンの元部長が転職先の上新電機に営業秘密(リフォームに関する商品仕入れ原価や粗利のデータ等)を漏えいしています。これらの事件では、共に執行猶予付きですが懲役刑となっています。
営業秘密の漏えい事件では、執行猶予が付く場合が多いですが、被害企業の損害が多い場合等には執行猶予がつかない場合もあります。本事件は、食材の原価や取引先の情報等が営業秘密のようであり、これらの情報が回転ずしチェーン店にとって重要であることは想像に難くありません。そうすると、はま寿司の損害が大きいと裁判所に判断され、元社長は執行猶予がつかない懲役刑となる可能性もあるかもしれません。

参考ブログページ


また、前社長は、不正に持ち出した営業秘密をかっぱ寿司社内で開示して、かっぱ寿司はそれを使用していたという疑いがあります。

ここで、営業秘密を不正に持ち出して他社に転職した者には、大きく分けて下記の2パターンがあると思います。
・第1パターン:営業秘密を持ち出したものの転職先等で開示しないパターン
・第2パターン:営業秘密を持ち出して転職先で開示しするパターン

第1パターンは、例えば、不正に持ち出した営業秘密を転職先で開示するきっかけが無かったのかもしれませんし、開示しなければ罪に問われないと思って開示しなかったのかもしれません。何れにせよ、不正に持ち出した者は罪に問われる可能性がありますが、持ち出された企業は実質的な損害は生じないでしょう。

第2パターンは、さらに2パターンに分かれるかと思います。
・第2パターンA:転職先企業が開示された他社の営業秘密を使用しない。
・第2パターンB:転職先企業が開示された他社の営業秘密を使用する。
第2パターンAは、転職先企業が営業秘密の流入リスクを理解している場合でしょう。営業秘密の流入リスクを理解していなければ、転職者が良い情報を持ってきてくれたと考え、第2パターンBとなるでしょう。
また、第2パターンAの場合は、転職先企業が営業秘密の漏えい元(転職者の前職企業)に問い合わせる場合もあり、そうすることで営業秘密の漏えいに自社が関与していないことを証明することにもなるでしょう。

一方、第2パターンBは、不正に持ち出された営業秘密を転職先が使用することになるので、この転職先も罪に問われる可能性があります。この場合、転職先企業は億単位の罰金刑となる可能性があり、当然、社会的信用も大きく失われるでしょう。
さらに、それだけに留まらず、被害企業から民事訴訟を提起され、損害賠償や当該営業秘密の使用差し止めを求められる可能性があります。損害賠償の額も億単位になる可能性がありますし、何より営業秘密の使用差し止めはその後の経営に大きな影響を与える可能性があります。

今後、被害企業であるはま寿司はかっぱ寿司に対して損害賠償及び営業秘密の使用差し止めを求めて民事訴訟を提起する可能性が相当高いと思われます。
報道によるとかっぱ寿司は、「はま寿司のデータと自社の商品を比較して、商品開発に利用する」等していたようです。そうすると、営業秘密の使用差し止めが裁判所によって認められた際には、当該商品は今後販売できない可能性もあるでしょう。また、はま寿司から持ち出された営業秘密には、はま寿司の取引先に関する情報も含まれていたようです。もし、この営業秘密を用いてかっぱ寿司が新たな取引先を開拓していたらどうなるのでしょうか?その取引先とは今後取引をしてはならないのでしょうか?不正に取得した営業秘密を使用してはならないとは、いったいどの範囲までのことになるのか私もよく分かりません。

このように、転職者によって転職先企業に営業秘密が持ち込まれ、転職先企業がそれを使用したとすると転職先企業が多大なる損害を被る可能性があります。
したがって、企業は営業秘密の漏えい(流出)リスクと共に流入リスクも意識しなければなりません。例えば、転職者が前職企業の社名等が表示された資料を開示したとすると、それは高い確率で不正に持ち込まれた営業秘密である可能性があります。このような場合には、当該情報を使用しないだけでなく、自社内で当該情報が広まらないように対応すると共に転職者から当該情報の入手経路を確認し、もし前職企業の営業秘密である場合には前職企業に問い合わせるべきでしょう。また、転職間もない転職者が自社で得たとは思えないような情報を開示した場合にも同様です。

このため、企業は転職者が転職間もない時期に開示する情報には特段の注意が必要であり、自社内で作成されたと思えない情報はその入手経路を確認しなければなりません。転職者が部下や同僚であれば、入手経路を確認し易いでしょうが、転職者が上長さらには社長であっても躊躇してはならないでしょう。
万が一、開示された情報が他社の営業秘密であり、それを使用すると自社が責任を負うことになるでしょうし、もしかしたら、自身も逮捕されるかもしれません。現に、本事件では、元社長だけでなく、かっぱ寿司の部長職の人物も逮捕されています。自社に営業秘密が不正に持ち込まれると、それを知って使用した場合には自身も逮捕される可能性を意識しなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年1月16日日曜日

判例紹介:勝手に持ち出された装置に使用されている営業秘密の不正取得について

今回紹介する裁判例は、2WAY対応型酸素チェンバーの制御装置を原告の納入先から被告会社(原告の元代理店)が原告に連絡することなく持ち出した、というものです(東京地裁令和3年9月29日判決 平30年(ワ)3526号)。

具体的には、原告及び被告会社はいずれも2WAY対応型酸素チャンバー(高気圧,低気圧両方のいずれにも対応する酸素チャンバー)を製造・販売等し、競合関係にあります。
そして、原告の主な主張は、被告会社及び原告の元従業員で被告会社の従業員である被告Yに対し、被告らは共同して、原告が取引先に納入した原告製の2WAY対応型酸素チャンバーから、営業秘密であるパラメータに係るデータ(以下「本件データ」という。)を内蔵する制御装置等を取り外して持ち出し、競合製品の製造過程で同データを外注先に開示した、というものです。

本事件の前提事実は以下のとおりです。

・平成22年11月1日 原告と被告会社は、原告が高気圧酸素チャンバーシステムを製造して被告会社に供給し、被告会社が販売代理店としてこれを日本国内で販売する販売代理店契約を締結。
・平成24年10月頃 三重県のフットサルクラブから酸素チャンバーの購入連絡が有り、被告会社従業員と原告代表者が当クラブを往訪。平成24年10月5日に本件クラブは酸素チャンバーの購入申込書を作成して被告会社にファックスで送信し、その後、申込みに係る酸素チャンバーが同クラブに納入される。

なお、本件の酸素チャンバーは、装置本体に加え、その動作を制御するための制御装置、電磁弁ボックス及びケーブルから構成されます。原告製の酸素チャンバーの制御装置においては、通常、その動作を制御するためのデータを修正することができないようにロックするための加工が施されていますが、本件クラブに納入した制御装置は本件クラブの要望を踏まえてロックを外し、作動条件を自由に設定することが可能な状態にされていたとのことです。
なお、制御装置に記録されているデータは、気圧の上限・下限,加圧(減圧)に要する時間、チャンバー内を一定の気圧に保っている時間、排気時間及び動作の繰返しの回数等を内容とし、これらの数値に基づいて酸素チャンバー内の気圧を昇降させるためのものです。

平成28年11月18日 被告会社は原告製の酸素チャンバーの仕入れを終了。
平成28年12月頃 被告会社は酸素チャンバーの製造を新たな事業として開始。
・平成29年3月21日 被告会社は、訴外電機株式会社に対し、酸素チャンバー用の制御装置の開発、製造を依頼。訴外電機株式会社は依頼に基づいて制御装置の設計を開始し、同年6月26日「2WAY酸素ルーム制御盤」に関する図面の表紙を作成して被告会社に提出。なお、この訴外電気株式会社は、原告の制御装置も製造しています。
・平成29年7月20日 被告会社は福井県にあるBから酸素チャンバーを535万円で購入する旨の注文を受けた。被告会社は同年10月4日までにBに対し酸素チャンバーを納品。同日、被告会社のウェブサイトにその旨を酸素チャンバーの写真付きで掲載。被告会社は、平成29年10月13日までに被告会社のウェブサイトに同年7月9日時点には掲載されていなかった2WAY対応型酸素チャンバーの広告の掲載を開始した。

平成29年9月1日 被告会社取締役及び被告Y等が本件クラブを訪れ、同クラブの代表者に検査・点検目的であることを告げ、同月2日午前0時20分から同時24分までの間に、同クラブに設置されている本件酸素チャンバーから本件制御装置等を取り外して持ち出す。
・平成29年9月11日頃 同クラブの代表者が原告代表者に本件制御装置等の返却予定について電話で問い合わせたところ、原告がその持ち出しに関与していないことが判明。このため、被告会社に対して弁護士を通じて本件制御装置等の返還を求める。
・平成29年9月17日 被告会社は本件クラブに対し、検査・点検をすることなく本件制御装置等を返還。しかし、その後、本件酸素チャンバーには低圧モードが正常に機能しない不具合が生じた。このため、同クラブは、原告にその修理を依頼し、同年11月頃までの間に、原告において修理を行った。

上記前提事実からすると、被告は原告の代理店であったものの、被告自身が酸素チャンバーの製造販売を開始し、何らかの理由によって原告製造の酸素チャンバーの制御装置等を納入先から原告には無許可で持ち出した、とのことです。
そして、制御装置は通常であればロックがされていますが、持ち出した制御装置はロックが元々解除されていた、とのことなので、原告が被告に対して営業秘密であるデータの不正取得を疑うことは当然であるとも思われます。


次に裁判所の判断です。まずは、原告が主張する本件データの営業秘密該当性についてです。裁判所は以下の理由により秘密管理性を認めました。
①原告製の酸素チャンバーは、その出荷前に制御装置内の特定の箇所をジャンパー線で接続し導通させることにより、本件データ等を読み出せないようロックがかけられており、それ以降、原告社内でこれにアクセスできるのは原告代表者のほか限られた人数の役員等であった。
②原告の従業員には就業規則第5条(5)により守秘義務を課せられていた。
③原告は本件データを含む制御装置一式の製作を委託していた電機会社との間で機密保持契約を締結しており、本件データは同契約第1条の「秘密情報」に該当すると考えられる。
④原告製の酸素チャンバーの販売代理店であった被告会社も本件データの変更は自由にできなかった。
⑤原告製の酸素チャンバーを購入した顧客も本件データにアクセスすることはできなかった。

また、有用性及び非公知性についても、本件データは原告製の酸素チャンバーを制御する上で必須の情報であり、いずれの製造業者においても酸素チャンバーを制御するためにかかるデータの設定が必要であるとしても、その内容は製造業者ごとに異なり得るものである、として認めました。

このように、裁判所は、原告の本件データを営業秘密であるとして認めました。
また、裁判所は、被告による製造装置の持ち出しについても「死亡事故を契機とした検査・点検のため本件制御装置等を持ち出したとの被告らの主張は不自然で採用し難い」、さらに「被告らは,本件制御装置等の部材の取外し等は行っていないと主張するが,同装置等を本件クラブに返還した後,本件酸素チャンバーに不具合が生じていることからすると,被告らが同装置等を保管中に何らかの作為を加えた可能性も否定できない。」とし、「被告らが本件制御装置等を持ち出した理由はその検査・点検以外の点にあったのではないかとの疑念を払拭できない」と述べています。

さらに、裁判所は下記のようにも認定しています。
❝被告会社製の酸素チャンバーの上記開発経緯に照らすと,本件持出し行為の行われた同年9月1日の時点において,被告会社製の酸素チャンバーの制御装置や同装置に格納されるデータの開発が一定程度進められていたと考えられるものの,被告らが被告製品の独自開発の根拠として提出する共立電機作成に係る同年6月26日付け図面(乙2)は,図面の表紙にすぎず,制御装置等の図面は証拠として提出されておらず,同装置に格納するデータが独自に開発・作成されていたことを客観的に示す証拠もない。
そうすると,本件持出し行為当時,被告会社に本件データを取得する必要がなかったということはできない。❞
そして、被告による制御装置の持ち出しについて「本件制御装置等を持ち出した目的がその検査・点検にあったとの被告らの主張は不自然・不合理で採用し難く,その真の目的は他の点にあったのではないかとも考えられるところである。」と判断しています。

以上のことからすると、被告による原告の営業秘密の不正取得等が認められるようにも思えます。しかしながら、裁判所は、被告による営業秘密の不正取得を認めませんでした。

この理由は「被告らが本件制御装置等を保管していた間,本件制御装置に対していかなる作業又は操作を行ったかは証拠上明らかではない。」、「原告は,被告会社が本件データを使用して,酸素チャンバーを製造したと主張するが,被告会社製の酸素チャンバーの開発・製造に当たり,本件データが使用されたことを客観的に示す証拠はない。」というものです。
そして、裁判所は「被告らが本件データを取得し,また,被告会社が取得した本件データを使用して酸素チャンバーを製造したとの事実を認めるに足りる証拠はないので,本件持出し行為が不競法2条1項4号の不正競争行為に該当するとの原告主張は理由がない。」とのように結論付けました。

以上のように、被告が原告の代理店を止め、自社で酸素チャンバーの製造販売を開始した後に、原告に知らせることなく元の販売先から制御装置を持ち出した、という行為は主観的にはその制御装置でしか得られない何らかの情報を取得する目的ではないかとも思えます。
しかしながら、その情報が営業秘密であるならば、当該営業秘密を取得したということが認められる”直接的な証拠”が必要です。本事件は、そのような直接的な証拠が何ら存在しないために、原告の訴えは棄却となりました。

営業秘密の不正取得に対する訴えは、まずは①営業秘密とする情報の特定、次に②当該情報の営業秘密性というハードルを越え、さらに③当該営業秘密が不正取得又は使用されたということも立証しなければなりません。
このように、営業秘密の不正取得に対する訴訟は、原告に立証責任がある要件が多く、被告の行為が怪しくても勝訴に至ることができない場合もあるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年12月22日水曜日

窃盗罪と営業秘密不正取得の違い

窃盗罪と営業秘密不正取得とは、どのように違うのでしょうか。まず、窃盗罪は刑法235条において下記のように規定されています。
第235条
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
誰でも容易に理解できる内容であり、他人の財物を窃取したら刑事罰の対象となります。
しかしながら、営業秘密の不正取得は窃盗罪の対象にならない場合がほとんどです。その場合とは、営業秘密である情報(紙媒体、デジタルデータ)をコピーしたり、デジタルデータをメール等で送信したりする場合です。このような場合は、他人の財物である営業秘密はその他人の元にそのままあるので、窃取したことにはなりません。

ここで、不正競争防止法における営業秘密に関する規定の変遷について簡単に説明します。
営業秘密に係る不正行為については、平成2年法改正により初めて民事的保護が規定されました。その後、平成15年法改正によって営業秘密の刑事的保護が規定され、平成17年法改正によって営業秘密の刑事的保護が強化されました。その後、複数回の法改正によって、刑罰が引き上げられる等の営業秘密の保護強化がなされました。
このように、営業秘密は民事的な保護が不正競争防止法において平成2年に規定され、刑事的保護に至っては平成15年法改正によって初めて規定されました。このように、営業秘密は、特許権等の他の知的財産権に関する規定に比べて、近年になってようやく保護規定が整備されています。

なお、平成15年の法改正前は、営業秘密それ自体を直接保護する刑事規定は存在しておらず、営業秘密の不正取得及び開示等については、窃盗・業務上横領・背任等の規定が適用されていました。すなわち、営業秘密の不正取得は、窃盗等の規定では対応できないため、不正競争防止法において新たに規定されたものです。

営業秘密の不正取得に対する刑罰は不正競争防止法の第21条において下記のように規定されています。
第21条 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、詐欺等行為(人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為をいう。次号において同じ。)又は管理侵害行為(財物の窃取、施設への侵入、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の営業秘密保有者の管理を害する行為をいう。次号において同じ。)により、営業秘密を取得した者
二 詐欺等行為又は管理侵害行為により取得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、使用し、又は開示した者
三 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得した者
 イ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。
 ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
 ハ 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
・・・

上記は一部であり、第九項まで続きます。一見して、営業秘密不正取得で刑事告訴するには面倒な印象があります。しかしながら、営業秘密の不正取得者と営業秘密保有者との関係性から、どの項を適用すればよいのか自ずと明確になるでしょう。


営業秘密について厄介な事項は、下記の不正競争防止法2条6項に規定されているる秘密管理性、有用性、非公知性(営業秘密の3要件)の認定です。

2条6項
この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
この3要件を全て満たさない情報は営業秘密と認定はされません。特に、裁判において秘密管理性を満たしていないとしてその営業秘密性が否定される場合が多数あります。このため、自社の情報が持ち出されたとしても、当該情報が秘密管理性の要件を満たしていない場合には営業秘密の不正取得で刑事又は民事で訴えることができません。

一方で、持ち出された情報がデジタルデータ等ではなく紙媒体のような”物品”の場合には、上記3要件の判断が不要な窃盗罪が適用できます。実際に下記ニュースにあるように最近でも顧客情報の持ち出しに対して窃盗罪で逮捕された事例があります。

上記事件では、元社員が顧客リスト(おそらく紙媒体)の窃盗したとあり、この顧客リストは一般的には営業秘密であるのだと思います。しかしながら、三要件を満たす必要がある営業秘密不正取得で刑事告訴するよりも、より立証が容易な窃盗罪で刑事告訴したのだと思います。

ここで、窃盗罪の刑事罰は”10年以下の懲役又は50万円以下の罰金”です。一方で、営業秘密不正取得は、”十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金”です。この2つは、懲役刑の上限は同じですが、罰金刑の上限は大きな差があります。
営業秘密不正取得では、多くの場合、懲役刑には執行猶予が付きますが、罰金は数十万円から200万円ぐらいとなります。すなわち、営業秘密不正取得によって刑事罰を受けると窃盗罪の罰金の上限を超える罰金刑が課される可能性が高いことになります。このため、営業秘密不正取得として刑事告訴されるよりも、窃盗罪で刑事告訴される方が被告人にとっては自ずと刑が軽くなり、ラッキーということになります。
このような状況は果たして良いのかという疑問が少なからず生じます。

なお、顧客情報等の営業情報は、その秘密管理性が認められると有用性及び非公知性も認められる可能性が高いです。その理由は、顧客情報は一般的に公開するものではないためです。
一方で、技術情報に関してはその秘密管理性が認められたとしても、有用性や非公知性は認められない可能性があります。この理由は、非常に多数の技術情報が特許公開公報等や論文等で既に公開されており、既知の技術情報に基づいて秘匿化している技術情報の有用性や非公知性が否定される可能性があるためです。
このように、技術情報は営業情報に比べて、営業秘密性のハードルがより高くなります。

以上のことからも、不正競争防止法で規定されている営業秘密をより使い易くするためには、この営業秘密の3要件の認定ハードルをより低くする必要があるのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信