<営業秘密関連ニュース>

2023年3月23日
・立花前党首、有罪確定へ NHK契約者情報を不正取得―最高裁(JIJI.COM)
・NHK契約者情報をネット投稿 立花元党首の上告を最高裁が棄却、有罪確定へ(産経新聞)
・旧NHK党・立花氏の有罪確定へ 脅迫やNHK契約情報の不正取得で(朝日新聞)
・立花孝志元党首、有罪確定へ NHK契約者情報を悪用(日本経済新聞)
・立花孝志前党首、有罪確定へ…最高裁が上告棄却(読売新聞)
2023年3月23日
・令和4年における生活経済事犯の検挙状況等について(警察庁生活安全局 生活経済対策管理官)
・営業秘密の持ち出し事件、過去最多の29件 22年、背景に転職増か(JIJI.com)
・営業秘密漏えい摘発 昨年29件で最多…企業の情報管理 厳格化(読売新聞)
・営業秘密の不正持ち出し、摘発過去最多 背景に進む人材の流動化(朝日新聞)
・営業秘密侵害事件、22年は最多29件摘発 警察庁まとめ(日本経済新聞)
・営業秘密侵害事件が最多 摘発29件、警察庁まとめ かっぱ寿司運営会社など(産経新聞)
・営業秘密侵害事件が最多 摘発29件、警察庁まとめ かっぱ寿司運営会社など(毎日新聞)
2023年3月6日
・当社に対する訴訟の和解、特別損失の計上 及び業績予想の修正に関するお知らせ (菊水化学リリース)
・菊水化学工業、日本ペイントHDと訴訟和解 特損3億円(日本経済新聞)

<お知らせ>

・パテント誌2023年1月号に、「知財戦略カスケードダウンによるオープン・クローズ戦略の実例検討」と題した論考が掲載されました。pdfで閲覧可能となしました。
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2022年2月6日日曜日

三菱電機 CC-Linkの普及から考える知財戦略(1)

オープンな産業用ネットワークとして三菱電機が開発したCC-Linkというものが広く普及しているようです。
このCC-Linkの普及のためにCC-Link協会が発足しており、そこにはCC-Linkを「オープンフィールドネットワークCC-Linkファミリー」と題して以下のように紹介しています。
❝1990年代に入り、工場の自動化への要求の高まりと、生産ラインの複雑化に伴い、様々な機器をつなぐための産業用ネットワークに対する需要が生まれました。そこで誕生したのが「CC-Link」であり、以後CC-Linkファミリーは3段階の進化を遂げてきました。2000年に「第1世代」としてシリアル通信ベースの「CC-Link」、また2008年には「第2世代」として業界1GbpsEthernetベースの「CC-Link IE」を仕様公開し、データ量の飛躍的な向上とフィールドレベルからコントローラレベルまでの適用領域拡大を実現しました。さらに市場からのスマート工場への要求の高まりに伴い、2018年には「第3世代」として、世界に先駆けてTSN(Time-Sensitive Networking)を採用した「CC-Link IE TSN」を仕様公開しました。❞
また、CC-Link協会の「国際標準化規格への対応」に記載されているように、CC-Linkは国際標準であるISO規格、IEC規格、又JIS規格等、様々な規格が認められており、標準化されています。
そして、企業がCC-Link協会にレギュラー会員以上で入会すると、パートナー会員規約にあるように、CC-Linkを使用した製品を開発、製造及び販売する権利を有することとなります。
❝「一般社団法人CC-Link協会」パートナー会員規約
1.規約の適用範囲及び変更
(1) 本規約は、会員が協会より「CC-Link ファミリー」技術(本規約第6条に定義されます。)を入手し、当該「CC-Link ファミリー」技術を使用する場合、又は当該「CC-Link ファミリー」技術を用いた「CC-Link ファミリー」の接続製品、開発ツール、推奨配線部品及び/又はツール(以下、これらを「対象製品」と称します。)を開発、製造、販売及び/又は使用する場合に適用されます。本規約では、「CC-Link IE」、「CC-LInk」、「CC-Link/Lt」、「 CC-Link Safety」を併せて「CC-Link ファミリー」と称します。・・・

6.会員が有する権利及び会員脱退後も継続して有する権利
(1) レギュラー会員以上(レギュラー、エグゼクティブ、ボード)の会員は、本条第2項乃至第5項の権利を行使して対象製品を階春、製造及び販売する権利を有します。
(2) 会員は、協会が会員向けに作成した『CC-Link ファミリー」仕様書』といいます。)の提供を、協会から無償で受ける権利を有します。
(3) 会員は、仕様書及び仕様書に関わる関連技術情報(・・・)を、本規約の条件に従って使用する権利(レジスタード会員においては、仕様書の供給を無償で受ける権利)を有します。なお、この権利には、会員から第三者への再使用許諾は含まれません。
・・・
(5) レギュラー会員以上の会員は、協会が製作する「CC-Link ファミリー」に関わるからログ、インターネットホームページ等に、事故が開発、製造及び又は販売する対象製品の名称や使用を無償で掲載できます。ただし、掲載の方法、範囲、期間等については協会の規定に従うものとします。
・・・❞
この規約には、会員はCC-Linkファミリー技術を用いた製品を販売する場合にはコンフォーマンステスト(適合性試験)を受けなければならないと定められています。このコンフォーマンステストは、CC-Linkを普及させるにあたり、会員企業が製造販売するCC-Link製品の信頼性の確保、すなわちCC-Linkのブランド維持のために必要なことでしょう。
❝7.会員が負うべき義務
(3) コンフォーマンステスト試験
① 会員は、「CC-Link ファミリー」技術を用いた「CC-Link ファミリー」接続製品及び/又は開発ツールを開発した場合、販売等により第三者による使用を開始する前に、協会が実施するコンフォーマンステストを受験し合格しなければなりません。
・・・❞
なお、CC-Link協会に入会するためには、法人であり、年会費等が必要になります。年会費はレギュラー会員で10万円、エグゼクティブ会員で20万円、ボード会員で100万円以上であり、それぞれの会員において年会費が高いほど、一製品当たりのコンフォーマンステスト料は安く又は無料となるので、CC-Linkファミリー技術を用いた製品を販売する法人にとってはさほど高い年会費ではないと思えます。


このように、CC-Link協会に入会した企業は、比較的低額と思える年会費等を支払えば、CC-Linkファミリー仕様書を入手でき、CC-Linkファミリー技術を用いた製品を製造、販売することが可能となります。
2021年12月末現在ではパートナー会員は4035社であり、現在も国内外で新規パートナーが増えており、このCC-Linkは国内だけでなく海外にも広く普及していることが分かります。

一方で、三菱電機の立場からすると、元々自社で独自開発した技術を標準化し、CC-Link協会に入会した他社に教示するという行為は、三菱電機にとって競合他社を育てることになります。そうすると、CC-Linkは産業用ネットワークとして普及するでしょうが、三菱電機としてはCC-Linkを独自技術として守る場合に比べて、収益を挙げることに工夫が必要となるかと思えます。

そこで、三菱電機はCC-Linkを普及するにあたり、事業戦略(知財戦略)としてオープン・クローズ戦略を用いました。参照資料である「三菱電機のオープン&クローズ戦略における秘密情報管理について」と「三菱電機のオープン・クローズ戦略」にはCC-Linkに対するオープン・クローズ戦略が以下のように記載されています。
1)インターフェースに絞ったオープン化(パートナ獲得手段)
 ・CC-Link製品開発に必要なインターフェース技術に絞って公開
 ・標準必須特許として権利化(必要最小限、無償開放)
2)コア技術のブラックボックス化(他社差別化手段)
 ・使い易さや高信頼化等、付加価値技術を周辺特許として権利化
 ・マスタ/スレーブ局の制御等、内部コア技術は非公開
上記のように、CC-Linkの普及のために、オープン化する技術とクローズ化する技術がその目的に沿って明確に分けられています。

オープン化の目的はパートナ獲得であり、これがCC-Linkの普及を促します。実際にオープンにする技術はCC-Link協会に入会することで会員が入手する仕様書に記載されています。この仕様書で開示される技術には、三菱電機の特許権に係る技術も含まれていると考えられますが、これも無償開放としています。しかしながら、もしCC-Link協会の非会員がCC-Linkに係る技術を実施して製品の製造販売等を行った場合には、三菱電機は当該特許権を行使して侵害訴訟を提起するのでしょう。これにより、CC-Link協会の会員を守ることにもなり、かつCC-Linkのブランド維持にも貢献できます。

一方で、クローズ化の目的は自社製品の他社差別化であり、これにより三菱電機はCC-Linkから収益をあげます。換言すると、CC-Linkファミリー技術の全てが仕様書に記載されているわけではなく、最新の技術は三菱電機が特許権又は営業秘密としてクローズ化しているということになります。
また、CC-Lnk協会に入会したとしても、仕様書に記載されていない技術を実施し、当該技術が三菱電機の特許権の技術的範囲であれば、特許権侵害となります。
このクローズ化した技術によって、三菱電機はCC-Lnk製品に関して他社と差別化して収益を得ることとなります。なお、CC-Linkは三菱電機が開発した技術であることから、他社に比べてCC-Linkに精通しており、技術的に優位性を保ち続けることは他社に比べて相対的に容易ではないかと思います。そうすると、三菱電機は他社に比べて優位性の高い製品を製造・販売し、収益を保ち続けることができるかと思われます。

このように、三菱電機は営利目的を有する企業であるため、自社開発技術を普及させるだけでなく、その普及に伴い収益を挙げなければなりません。そのためにオープン・クローズ戦略を用いています。このため、どの様な技術をオープン化又はクローズ化するのか、どの様な技術を特許化又は秘匿化するのか、特許化の目的はオープン化又はクローズ化なのか?これを見極める必要があります。

ここで、上記参照資料の「三菱電機のオープン&クローズ戦略における秘密情報管理について」には、以下のような記載があります。
❝オープン技術とクローズ技術は近接している     
⇒ 事業戦略に基づく、両技術の明確な区分けが必要❞
上記のことを見誤ると、技術を普及させることができず収益も挙げることができない状態に陥ったり、技術は普及したものの収益を挙げることができない、とのような事態に陥りかねません。また、特許を取得したものの、その特許を何のために取得したのかが誰にも分からないということにもなります。

次回は、三菱電機によるCC-LInkの普及を知財戦略カスケードダウンに当てはめます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年1月23日日曜日

素材の請求項と当該素材を用いた製品の請求項を作成するメリット

特許請求の範囲を作成する場合、下記のような構成とすることはよくあります。特に、素材の発明ではこのような請求項の構成とすることは多々あるでしょう。
【請求項1】
  aからなるA。
【請求項2】
 請求項1のAを用いたB。
上記の例では、請求項1に特許性があれば請求項2も特許性があります。

では、この製品Aを特許権者から正当に購入した企業Xが製品Bを製造販売すると、それは侵害になるのでしょうか?当然、企業Xは請求項1に係る特許の侵害にはなりませんが、請求項2に係る特許の侵害となるでしょう。

よりイメージし易いように、下記のような特許請求の範囲を想定します。
【請求項1】
  aからなる繊維。
【請求項2】
 請求項1の繊維を用いた衣服。
上記特許権を繊維メーカーYが保有しているとします。
この繊維を当該繊維メーカーから直接又は商社を介して正当に購入した衣服メーカーXが当該繊維を用いて衣服を製造販売します。
そうすると、この衣服メーカーXは、特許権者から正当に繊維を購入したにもかかわらず、この繊維を用いた衣服を製造販売することで繊維メーカーYが有する特許権のうち請求項2の侵害となります。


ここで、このような請求項の構成はビジネスにおいても使い道があるかと思います。
例えば、素材を開発したものの、この素材の有効な利用方法が見いだせない場合等です。

再び繊維を例にすると、ベンチャー企業が新たな繊維を開発したものの、その用途開発を他社に委ねるというようなオープンイノベーションを実行する場合です。
ベンチャー企業が、上記のような繊維を用いた衣服の特許権を有していれば、オープンイノベーション先の衣服メーカーは安心感高くベンチャー企業と共に衣服の開発ができるでしょう。また、オープンイノベーション先となる衣服メーカーに当該請求項に対して専用実施権を設定してもよいでしょう。

すなわち、当該ベンチャー企業が販売する繊維を購入した第三者が当該繊維を用いた衣服の製造販売をした場合に、特許権の侵害であるため差し止め等ができます。これにより、ベンチャー企業は、上記衣服メーカーに安心感を与えて開発をまかせつつ、衣服の製造販売を目的としない第三者には当該繊維を販売することで、別途収益を挙げることができます。
さらに、衣服だけでなく、例えば、かばんや帽子等、繊維の利用が想定される製品毎に特許権を取得すれば、それぞれの製品毎に他社と共同開発し易くなります。

このように、素材の特許権を取得する場合に、その後のビジネス展開を考慮して特許請求の範囲を作成することは当然ですし、補正により新たに特許請求の範囲に加えることができるように予め実施形態に想定される用途を記載してもよいでしょう。
重要なことは、自社のビジネス(事業)に基づいて特許出願を行うことであり、そのためにどのような特許を取得することがベストであるかを考えるということです。上記のことはその一例にすぎません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年12月5日日曜日

光触媒市場の成長と粗悪品排除のための規格化から考える知財戦略(その2)

前回のブログ記事で説明したTOTOの戦略もあり光触媒市場は成長したのですが、やはり粗悪品が発生しました。

ここで、特許の視点からすると、粗悪品の発生は技術を公開する特許出願もその原因の一つとも思われます。
前回のブログ記事で説明したように、TOTOは網羅的な特許出願によって超親水性の光触媒に関する多くの技術を公開しました。おそらく他社もTOTOに対抗するために多くの特許出願を行ったことでしょう。そうすると、第三者は、特許公開公報等を参考にして超親水性の光触媒を製造するための知識を得ることができます。
さらに、数値限定の特許権であれば、当該特許権に係る技術的範囲を比較的容易に回避することができ、それにより特許権に係る超親水性の光触媒の性能に近い製品を製造できる可能性が有ります。このようなことは、網羅的な特許出願がまねくデメリットとなります。

例えば、出願日が平成9年12月10日であり、超親水性光触媒に関するTOTOの特許第4011705号の請求項1は下記のとおりです。
【請求項1】
  基材と、表面層とを少なくとも有してなる、前記表面層が親水性でかつ自己浄化能を備えてなる、表面に時折雨が降り注ぐ環境において大気中の窒素酸化物、アンモニア、および/または二酸化硫黄を削減するために用いられる複合材であって、
  前記表面層が、
  成分(i)光の照射を受けると触媒として機能する光触媒と、
  成分(ii)A1、ZnO、SrO、BaO、MgO、CaO、RbO、NaO、およびKOからなる群から選択される少なくとも一の金属酸化物と
  成分(iii)SiO、ZrO、GeO、およびThOからなる群から選択される少なくとも一の金属酸化物と、
  成分(iv)AgおよびCuからなる群から選択される少なくとも一の抗菌性を発揮する金属と
を含んでなり、
  前記成分(iv)が前記(i)の光触媒に担持されてなり、前記成分(iv)の重量をc、前記(i)の光触媒の重量をbと表したとき、c/bが0.00001~0.05である、複合材。
上記特許権の技術的範囲を回避しつつ親水性のある光触媒機能を有する複合材を製造しようとしたら、成分(i)から成分(iv)は上記特許権と同じとし、例えばc/bを0.051とすればよいのです。これにより、親水性の程度は当該特許権の技術的範囲の複合材よりも悪いかもしれませんが、TOTOの特許権を回避しつつ、親水性のある複合材を製造できるでしょう。

このように、数値限定で発明を特定した特許権の技術範囲を回避して製品を製造等することは比較的容易ではないかと思います。その結果、粗悪品が市場に流通し、当該市場の信頼感を毀損する場合もあるでしょう。

そこで、粗悪品を排除することを目的として、TOTOを含む複数社によって光触媒のセルフクリーニング機能の存在を確認するための試験方法が規格化されました(参照:江藤学「標準化ビジネス戦略大全」日本経済新聞出版社 p.341 )。
例えば、日本工業規格 JISでは、JISR1701~JISR1711に光触媒に関する試験方法等の規格が定められています。

ここで、規格化するにあたり、特許がその障害となる可能性があります。いくら規格化したとしても、規格の中に他社の特許権が含まれている場合には、多くの企業はこの規格の使用を躊躇するどでしょう。さらに、複数社の協力で規格をまとめるのであれば、そもそも規格をまとめることが困難となる可能性があります。
そこで、TOTO等は規格中に存在する特許を無償開放したとのことです(参照:江藤学「標準化ビジネス戦略大全」日本経済新聞出版社 p.341 )。

例えば、日本工業規格 JIS R1703-2:2014として、「ファインセラミックス− 光触媒材料のセルフクリーニング性能試験方法− 第2部:湿式分解性能」といったものがあります。この規格のまえがきには下記の記載があります。
❝この規格に従うことは,次に示す特許権及び出願公開後の特許出願の使用に該当するおそれがあるので,留意すること。 
− 発明の名称 光触媒活性の測定方法及び光触媒活性評価フィルム 
− 設定の登録年月日 2003年7月11日  
− 発明の名称 光触媒活性の測定方法およびその装置 
− 設定の登録年月日 2001年11月2日❞
すなわち、当該規格に従うためには、この二つの特許権に係る発明を実施することになります。この2つの特許権は、1つ目が特許第3449046号(権利者:TOTO株式会社 )であり、2つ目が特許第3247857号(権利者:宇部エクシモ株式会社等)です。

規格に含まれる特許権を無償開放することにより、当該規格を誰もが使用して、規格に従った光触媒の製品を製造販売でき、粗悪品の排除につながったのでしょう。なお、上記2つの特許権は規格化に伴いその権利が放棄されたわけではなく、権利は維持されていました。

このように、知財は、事業動向や事業環境に応じて柔軟に変化させるべきと考えます。
その考え方が、下記のような、発明に対して秘匿化、権利化、自由技術化の何れか1つを選択する三方一選択の継時変化です。

今回の例では、自社による製品の製造販売の他にも、特許権をライセンスすることで市場の拡大と事業利益を得ることを事業戦略・戦術としていましたが、その後、粗悪品を排除するために敢えて特許権を無償化して評価方法を規格化しました。
これは、特許権のライセンス(クローズ)からその一部ですが自由技術化に変化させたことになります。
もし、ここで、ライセンスビジネスにこだわってしまうと、評価方法の規格化は達成できなかったかもしれません。その結果、粗悪品の流通を阻止できなくななり、市場そのものが失われたかもしれません。

このように、特許出願等により多くの技術を公開すると、技術分野によっては粗悪品の流通によって市場の信頼性が損なわれる可能性があります。もし、そのようなことが想定される場合には、光触媒市場が試験方法を規格化しすることで粗悪品を排除したように、対応策を考える必要があるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年11月28日日曜日

光触媒市場の成長と粗悪品排除のための規格化から考える知財戦略(その1)

新しい技術分野の事業を起こして市場が拡大すると、他社による粗悪品があらわれることでその市場そのものの信頼性が揺らぐ場合もあるかと思います。
今回は、そのような事例である光触媒(主にTOTO)の知財戦略について考えてみようと思います。

まず、光触媒関連産業の全体動向として、「平成21年度特許出願技術動向調査報告書 光触媒 (要約版)平成22年4月 特許庁」のp. 54には下記のように記載されています。
❝光触媒は、1990年代前半になって蛍光灯等の微弱光でも有機物を分解することが見出され、同時に酸化チタンの薄膜コーティング技術が開発されたことにより、室内用抗菌タイルが開発された。1990年代後半には、酸化チタンの光励起親水化効果が、自動車ミラー、交通標識の防曇機能付与に極めて有効であることが見出された。また、光触媒による汚染物質の酸化分解機能と雨水等による洗い落としの複合効果としてセルフクリーニングが注目を集め、この分野における研究開発、事業化が加速した。❞
さらに、上記調査報告書のp.63における下記記載のように、日本は光触媒の特許権を多数取得しています。
❝光触媒の重要な2つの性質である光酸化力と超親水性のうち、超親水性についてはわが国のTOTOが基本特許・重要特許を押さえている。TOTOは、国内外の企業 90社以上に対して、基本特許・重要特許のライセンス供与を実施している。❞
以下では、TOTOの知財戦略が記載されている"オープンイノベーションによるプラットフォーム技術の育成 ー光触媒超親水性技術のビジネス展開のケースー"を参考にして、超親水性光触媒を発見したTOTOの知財戦略を知財戦略カスケードダウンに当てはめます。

<事業>
事業目的:
 光触媒を用いた製品の普及
事業戦略:
 TOTO研究者が発見した光触媒超親水性現象は下記の機能を有しており、この機能は広範囲なものであるため潜在的市場まで含めて機会を最大限活用する。
  ①水滴が残らない(流滴性)
  ②曇らない(防曇性)
  ③汚水で汚れが落ちる(セルフクリーニング性)
  ④水洗いで汚れがすぐ落ちる(易水洗性)
事業戦術:
 ・自社によるタイルビジネス、フィルムビジネスに超親水性の光触媒を使用。
 ・超親水性の光触媒に関する特許権を他社へライセンス。(技術を公開してビジネスパートナーを募り、共同開発により新規分野を開拓)

<知財>
知財目的:
 他社にラインセンスを行うための特許権の取得。
知財戦略:
 超親水性の光触媒に関する技術に対して、パテントマップを作成して網羅的に出願。
知財戦術:
 パテントマップに基づいて網羅的に特許出願を実行(2007年発表の上記論文によると特許出願件数450件)

このようにTOTOの知財戦略・戦術として、他社へのラインセンスを目的として、超親水性の光触媒に関する技術を網羅的に特許出願しています。また、その権利内容は技術的な特性から具体的な物質名や数値を含むものも多いようなので、技術を秘匿化するということもあまりなかったのでしょう。

TOTOのように自社開発技術について網羅的に特許出願するという企業は少なからずあるでしょう。網羅的な特許出願を行う場合も、その目的を明確にする必要があると思います。上記例においてTOTOは、"潜在的市場まで含めて機会を最大限活用する”という事業戦略のために”技術を公開して他社へライセンスする”という事業戦術を立案し、この事業戦術を知財目的として、網羅的な特許出願という知財戦略・戦術となります。
一方で、このような目的無く網羅的に特許出願すると、他社への牽制力というメリットよりも技術開示というデメリットの方が大きくなる可能性もあるでしょう。

なお、TOTOによるライセンス契約は2011年には国内81社、海外19社にまでなったとのことです。(参照:我が国ベンチャー企業・大学はイノベーションを起こせるか?~『戦後日本のイノベーション100選』と大学発イノベーションの芽~ 光触媒のイノベーション Innovation of Photocatalysis p.6の"TOTOの光触媒展開の経緯")
また、このライセンスには、”1業種につき1社だけが光触媒を利用した製品を販売できる”(参照:江藤学「標準化ビジネス戦略大全」日本経済新聞出版社 p.212 )という条件があったようです。この条件は、同様の製品を複数社が製造販売することで価格競争が生じることを防ぐ目的であろうと思われます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2020年8月30日日曜日

自社技術の公知性管理

自社技術の公知性管理、分かるような分からないタイトルです。
何を言いたいかといいますと、自社技術は何が公知となっているか、換言すると営業秘密でいうところの非公知性を保っている自社技術は何かを正確に把握することです。

案外これを正確に把握している企業は多くはないのでしょうか?
その理由は、自社製品のリバースエンジニアリングによって、自社技術の何が公知となっているかを判断することは難しいと思われるからです。

ここで、特許出願を行う場合、製品化により新規性が失われるので製品化の前に特許出願を行うことが一般的です。そして、特許出願から一年半後に特許公開公報という形で特許出願に係る技術情報は公知となので、特許出願では自社技術の何が公知となっているかは一目瞭然です。

では、営業秘密として管理されている技術情報はどうでしょうか?
営業秘密として管理している技術情報が公知となったか否かも、主に当該技術情報を用いた製品の販売の有無に依存します。このため、自社製品のリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の判断基準の理解が必要不可欠となります。


この技術情報の非公知性判断を誤ると、既に公知となっている技術情報であるにもかかわらず、そのような技術情報を秘密であると扱い、その後の判断を誤る可能性が有ります。

例えば、秘密保持契約を締結して他社に開示した技術情報(ノウハウ)です。既に非公知性を失っているにも関わらず、非公知性を有していると誤って判断して開示し、当該技術情報を当該他社が目的外利用したとして裁判を提起した挙句に敗訴してしまうとか・・・。

また、逆の場合もあるでしょう。
本来、営業秘密としての非公知性を喪失していないにもかかわらず、自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性を喪失していると誤った判断を行い、秘密保持契約を締結しないままに当該技術情報を開示してしまうとか・・・。

私は2年前に「リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断と自社製品の営業秘密管理の考察」という形で、リバースエンジニアリングによる非公知性喪失をまとめました。そこで分かったきたことは、機械構造に関する技術情報は自社製品のリバースエンジニアリングにより非公知性が喪失していると判断され易いことです。その理由は「計測すれば比較的簡易にわかる」とうことです。

また、合金の組成に関しても分析により非公知性が喪失していると判断された裁判例がありました。しかしながら、物質の組成に関する裁判所の非公知性判断は未だ多くはありません。このため、どのような物質の組成が製品化のリバースエンジニアリングにより非公知性を喪失するか否かは、裁判所の判断からは一律には分かりません。
そうすると、やはり自社でその判断を行う必要があるでしょう。少ない裁判例を拠り所とするものの、当該物質に対する分析手法を理解し、その分析手法によって非公知性を喪失しているといえるか否かを判断する必要があるでしょう。

そして、その結果に応じて当該技術情報を営業秘密として管理するか否か?それとも製品化の前に特許出願をするのか?あるいは、敢えて自由技術化して他社の使用を促して市場拡大を目指すのか?何が適切な技術情報管理であるか考えどころです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年8月23日日曜日

営業秘密の特定について 特許庁オープンイノベーションポータルサイトから

特許庁がオープンイノベーションポータルサイトを開設しました。
このオープンイノベーションポータルサイトでは、オープンイノベーションを行うにあたり必要な各種契約書のモデルを開示しています。
このモデル契約書は、オープンイノベーションによってノウハウ(営業秘密)を相手方に開示する場合等に参考になるかと思います。このブログでもオープンイノベーションについて取り上げることが有りますが、オープンイノベーションに限らず、取引先に営業秘密を開示することによって、開示先が営業秘密の目的外使用等を行い、裁判に発展することがあります。そのようなことを未然に防ぐためにも、営業秘密の開示先となる相手方との契約書は大変重要になります。

ここで、営業秘密を開示するために相手方と秘密保持契約を締結する際には、秘密保持の対象とする技術を特定する必要があります。秘密保持の対象を特定しないまま、相手方に営業秘密を開示すると、開示した内容のうちどれが秘密保持の対象であるかを相手方が認識できない可能性が有ります。そうすると、当該営業秘密を相手方が目的外使用したとしても、秘密保持の対象が特定されていないことにより、不法行為とは認められない可能性があります。
このため、秘密保持の対象を特定することは非常に重要です。なお、秘密保持の対象を特定することは、取引先だけでなく従業員に対しても需要なことであり、営業秘密管理の基本といえるでしょう。

この点について、モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)の10ページには以下のような記載があります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
秘密保持契約締結前に自社が保有していた秘密情報のうち特に重要なものだけでも秘密保持契約の別紙において明確に定めておくことが考えられる。
 ・ これにより、自社の重要な情報を確実に秘密情報として特定できるとともに、上記リスクを回避することができる。なお、秘密保持契約の別紙において定義をする際には、弁理士に対して、特許請求の範囲を記載する要領で作成を依頼することも考えられよう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
上記下線で示したように、営業秘密を特許請求の範囲を記載する要領で作成することが推奨されています。今までも、営業秘密を特定する場合には、特許請求の範囲のような記載が提案されていましたが、行政による推奨は初めてではないでしょうか。また、その作成を弁理士に依頼することまで言及しています。これは、弁理士の仕事の幅を広げることになるので、我々にとっては好ましい一言でしょう。


「特許請求の範囲」を記載する要領とはいえ、やはり営業秘密を特定するにあたっては3要件を理解する必要があります。
このうち、「秘密管理性」については他社への営業秘密の開示であるので、秘密保持契約がその役割を担うことになるので、営業秘密の特定という点ではさほど強く意識することはないでしょう。一方、「有用性」と「非公知性」については技術情報を営業秘密とする上では、意識する必要があるかと思います。

まず、有用性に関しては、有用性が満たされる程度に技術情報を特定する必要があります。すなわち、あまりにも漠然とした技術情報で営業秘密を特定すると、その有用性に疑義が生じます。特に、その構成から有用性、換言すると効果が理解し難い化学等の分野では、技術情報をどのように特定するかが重要になるかと思います。

また、製品が販売されることによって、それまで営業秘密であった技術情報の「非公知性」が失われることになるかもしれません。すなわち、当該製品のリバースエンジニアリングによって当該技術情報の非公知性が失われる可能性があります。このため、製品化によって非公知性が失われる技術情報と、製品化しても非公知性が失われない技術情報は分けて特定するほうがいいでしょう。
その理由は、一般的な秘密保持契約において、秘密保持の対象となる情報は公知となるとその対象から外れるためです。このモデル契約書にも下記のような条項があり、下記⑤がそれにあたるでしょう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2前項の定めにかかわらず、受領者が書面によってその根拠を立証できる場合 に限り、以下の情報は秘密情報の対象外とするものとする。 
① 開示等を受けたときに既に保有していた情報 
② 開示等を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した 情報 
③ 開示等を受けた後、相手方から開示等を受けた情報に関係なく独自に取得 し、または創出した情報 
④ 開示等を受けたときに既に公知であった情報 
⑤ 開示等を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報
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もし、非公知性が失われた技術情報と非公知性が失われていない技術情報とを同じ項目で混在させて特定した場合、当該項目が秘密保持の対象となったか否かが不明確となり、トラブルの元になる可能性があります。このため、営業秘密とする技術情報が、製品化により公知となるか否かの把握は重要な作業であると考えます。

オープンイノベーションは、自社にない技術や自社だけでは開拓できない市場を手に入れるチャンスであるため、今後、より高い事業効率を求めるために広まることは間違いないでしょう。
しかしながら、自社の営業秘密(ノウハウ)の相手方への開示は高いリスクを伴う行為です。そのようなリスクをいかに低減するのか、また、営業秘密として守ることができる技術情報と守ることができない技術情報を明確にするためにも営業秘密の特定は重要な作業となります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年6月18日木曜日

新興企業やフリーランスの保護のための提言

先日、「新興企業の知的財産権保護を 大手による無断活用防止―自民提言案」とのニュースがありました。
これは、昨年、公正取引委員会がまとめた「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」を受けてのものだと思われます。
あらためて、この実態調査報告書を読むと、取引先が優越的地位を濫用して営業秘密やノウハウを取得する実態が書かれています。


ここで、営業秘密を取引先に開示する場合には、秘密保持契約を締結することが必須ですが、取引先が秘密保持契約の締結を拒んだり、片務的な秘密保持契約の締結を強要されたり、と様々です。

このような実態調査報告書には記載がないものの、営業秘密の裁判例からあり得そうな例を一つ。
まず秘密保持契約には秘密保持の対象から除外する情報を定めた規定が設けられることが一般的です。たとえば、以下のようなものです。(参照:【参考資料】秘密情報の保護ハンドブック ~企業価値向上にむけて~

① 開示を受け又は知得したときに既に保有していた情報
② 開示を受け又は知得した後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報③ 開示を受け又は知得した後、相手方から開示を受けた情報に関係なく独自に取得し、又は創出した情報
④ 開示を受け又は知得したときに既に公知であった情報 
⑤ 開示を受け又は知得した後、自己の責めに帰さない事由により公知となった情報

そして営業秘密の裁判例として、攪拌造粒機事件(大阪地裁平成24年12月6日判決 事件番号:平成23年(ワ)第2283号) や皮膚バリア粘着プレート事件(東京地裁令和2年3月19日判決 事件番号:平成20年(ワ)23860号) では、原告が営業秘密であると主張した情報が公知であった(上記④)と裁判所によって認定され、その営業秘密性及び被告が当該情報の使用したとしても秘密保持契約違反ではないと判断されました。

すなわち、たとえ、秘密保持契約を締結して開示された情報であっても、公知の情報であれば開示先に秘密保持義務はなく、取引先(開示先)は自由に使用してもよいということです。これは、このような除外規定が設けられた秘密保持契約を締結すると当然のことだと思われます。


しかしながら、そもそも、公知の情報とは何でしょうか?
この「公知」の判断は、特許で言うところの「新規性」の判断とも類似していると思われ、案外難しいかもしれません。
開示した営業秘密と全く同じ情報が記載された資料を取引先が提示した場合には、自社の営業秘密が公知となっていることを認めざる負えません。
しかしながら、全く同じではなく若干違う資料を提示した場合にはどうでしょうか?若干違うものの、当業者であれば同じ解釈できると主張された場合にはどうでしょうか?
また、複数の資料を提示され、この複数の資料の組合せが開示した営業秘密と同じであると主張された場合にはどうでしょうか?

ここで、技術情報は特許公開公報、論文、及びインターネット上の情報等様々なものが溢れかえっています。自社が営業秘密と考えている情報も、特許検索等により調査(先行技術調査)すると全く同じでなくても同様の資料が見つかるかもしれません。
取引先は、開示された営業秘密を自由に使用することを目的として、先行技術調査によって開示された営業秘密を公知であると主張する可能性もあるでしょう。

公知であるか否か微妙な場合には、口先による説明力の問題です。
これがうまい人は、実際には公知でなくても、公知であると説明できるでしょう。こういうことがうまい職種は、やはり弁理士や技術系の弁護士、企業の知財部の人達でしょう。
そして、大企業になるほど、これらの人を使うことができます。一方で、中小企業やベンチャーになるほど、これらの人との繋がりが薄い傾向にあるでしょう。
そうすると、中小、ベンチャー企業は秘密保持契約を締結して営業秘密を大企業に開示しても、その後、除外規定を持ち出されて自由に使用されるリスクがあります。一方で、公知であることの主張は、優越的地位の濫用とは認められないでしょう。

では、このような事態に陥った場合にはどうするべきでしょうか?
そのためには、まず「公知」とはどのようなことを指すのかを理解する必要があります。
そして、開示先が上記のようなことを主張した場合に、対応可能な人物を予め見つけておくことも必要でしょう。
昨今、オープンイノベーションという言葉も広く浸透し、自社の営業秘密を他社に開示する場面もあるでしょう。そのとき、秘密保持契約を締結したからと言って必ずしも安心できるものではありません。開示した営業秘密が取引先に目的外で使用されることもある程度想定して、秘密保持契約を締結する必要があります。そして、開示先が不当と思われる要求をしてきた場合には、営業秘密の開示を行わない、そもそもの取引を行わない、という決断も必要ではないでしょうか。

ところで、この提言は自民党の競争政策調査会は行い、記事には「明らか」になったとありますが、ネットを探しても自民党のホームページを探しても見つからない。
せっかく良い提言を行っているのだから、積極的に公開するべきでしょう。
IT、IT、言うのであれば、まずはこういうところからも行うべきでは?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年12月5日水曜日

営業秘密について非常に参考になる論文

営業秘密について非常に参考になる論文がありました。
インターネットでも公開されているものですので、興味のある方はぜひご覧ください。
シリーズとなっていますが、夫々のページ数も多くないものの営業秘密、特に技術情報の営業秘密についての考え方がわかるかと思います。

トレードシークレット(営業秘密)の有効な保護と活用のための戦略①
トレードシークレット(営業秘密)の有効な保護と活用のための戦略②
トレードシークレット(営業秘密)―機密保持契約のリスクと活用法
営業秘密を有効に保護するための NDAの特殊条項の戦略的活用法

なお、これらの論文は、2003年、2004年に執筆されたものであり、営業秘密に関連するものとしては古いものになるかと思います。
しかしながら、リバースエンジニアリングと営業秘密の関係、また他社の営業秘密が自社技術と混ざり合うコンタミネーションにも触れられており、営業秘密に関する実務的な留意点が一通り記載されており、ほとんど古さを感じさせません。

ここで、コンタミネーションに関しては、意識が低い企業がほとんどかと思います。
しかしながら、オープンイノベーションが広がりつつある昨今、このコンタミに係るリスクは認識する必要があります。
この認識が低いと、他社から情報の開示を受けたものの協力関係には至らず、当該情報に関する分野のビジネスを自社独自で始めたところ、当該他社から訴訟を提起されるというような事態に陥る可能性があります。
このような事態を割く得るために、情報を他社に開示する側は、協力関係が築けない場合も意識しつつ、段階的な情報開示を行い、情報を他社から開示される側も、必要以上の情報を取得しないように意識するべきかと思います。

特に、オープンイノベーションの場合には協力関係を構築する可能性のある他社と自社で同様の秘匿技術を有している可能性があります。このような場合において協力関係に至らなかった結果、上記のような訴訟等に発展するかもしれません。このような事態を避けるためにも、自社が他社から情報開示を受ける場合、その内容を精査すると共に自社も同様の技術を有している場合にはそのことを他社に開示する等も必要かと思います。
そのようなこともこの論文には記載されています。


さらに、営業秘密を意識したNDAについて記載されている論文は、オープンイノベーションとも絡んで特に意義のあるものでしょう。

特に論文「営業秘密を有効に保護するための NDAの特殊条項の戦略的活用法 」のまとめには「通り一遍のNDAの雛型をすべての案件に使用するのでは不十分である。」との記載があります。
裁判例を読んでいても原告と被告との間で締結されているNDAは、ほぼ“雛型”のままであろうと思われるものが多くあります。そして、例えば、NDAで秘密保持の対象とする情報が何であるかをより明確にすれば訴訟に至らなかったのではないか、すなわち、被告が当該営業秘密の使用等を行わなたかった可能性もあるのではないかと思われる事件もあります。
逆に雛型にとどまらず、案件ごとに適切なNDAを締結していれば、秘密保持の対象がより明確になり訴訟に至るような事態になりにくいのか漏れません。
訴訟となれば、原告、被告共に良いことはありません。訴訟による費用や労力を要することになり、実際にはどちらが勝とうとどちらにもメリットと呼べるものは生じない場合がほとんどでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年9月19日水曜日

ー判例紹介ー 生春巻き製造機事件 事業協力期待先へのノウハウ開示

今回紹介する裁判例は、生春巻き製造機事件(知財高裁平成30年11月2日判決平成30年(ネ)第1317号 大阪地裁平成30年4月24日判決平成29年(ワ)第1443号)です。

本事件の被告会社は、取引先(訴外)から生春巻きを製造するよう求められました。そこで、被告会社は、原告会社に対して生春巻きの製造工場の見学を依頼しました。
これを受け、原告会社は、生春巻きの製造工程を見学させ、製造方法を説明し、工場内の写真撮影も許可しました。

その後、原告会社は、被告会社が九州における原告会社の協力工場として取引をすることに向けての話を進めようとしましたが、被告会社は、原告会社の提案する内容での契約に応じませんでした。被告会社はその後、直ちに取引先の求めで生春巻きを製造することをしませんでしたが、しばらく後に、生春巻きを製造し、関西圏の大手スーパーに卸しました。

本事件において原告会社は、生春巻きを大量に安定的に生産するためライン上で全工程を行うとともに、通常は水で戻すライスペーパーを、状況に応じた適切な温度の湯で戻すという生春巻きの製造方法が営業秘密であり、当該営業秘密を被告会社が不正取得等した主張しています。


これに対して、裁判所は以下のように判断し、その営業秘密性を否定しました。


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原告は,被告が協力工場となることを見学の条件とし,被告がこれを承諾したように主張するが,原告代表者の陳述書には,工場見学前に協力工場になることの条件を承諾した旨の記載がないだけでなく、「私はもうすっかり協力工場になってくれるものと信じていました。」との記載があり,結局,協力工場になることが確定的でない状態で原告工場の見学をさせたことを自認する内容になっている。なお,その後,被告代表者は,協力工場となることに対して積極的方向で回答をしたことは優に認められるが,それをもって事業者間での法的拘束力のある合意と評価できない。
〔1〕見学で得られる技術情報について秘密管理に関する合意は原告と被告間でなされなかったばかりか,原告代表者からその旨の求めもなされなかったこと,〔2〕原告のウェブサイトには,原告工場内で商品を生産している状況を説明している写真が掲載されており,その中には生春巻きをラインで製造している様子が分かる写真も含まれている。原告において,その主張に係る営業秘密の管理が十分なされていなかったことが推認できる。
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すなわち、裁判所は上記〔1〕,〔2〕に基づいて原告が開示したノウハウの秘密管理性を否定しています。また、〔2〕に関しては非公知性も失われていることを示しています。

この判例は、原告会社が流通若しくは新市場におけるイノベーションを他社に求めた結果生じたことといえるでしょう。また、原告会社は被告会社に対してオープンイノベーションを期待したとも考えられます。

本判例のように自社のノウハウを他社に開示する場合、下記のことが重要です。
(1)協力関係の可能性を見極めてから自社ノウハウを開示。
(2)他社に自社ノウハウを開示する場合には確実に秘密保持契約を締結。

上記(1),(2)は言うまでもなく、当たり前のことかとも思われます。
しかしながら、提携期待先に対して前のめりになりすぎると、秘密保持契約を締結することなく必要以上にノウハウを開示する可能性が考えらえます。
また、ノウハウ開示は一人でも可能であり、権限を持っている立場の人物が行うことができます。すなわち、ノウハウ秘匿に対する認識が低い人物が、不適切に他社にノウハウ開示を行ってしまえば、取り返しのつかないことになりえます。

また、本判例からは、以下のことも秘密管理には重要であることを示唆しています。
(3)自社のノウハウ開示状態の把握、開示状態は適正か?
現在、自社のノウハウはホームページ等で簡単に開示できます。これは自社の技術力をアピールするうえで重要な起業活動でしょう。しかしながら、一体どのような情報を何時どこで開示しているかを正確に認識しなければなりません。
これができていれば、ノウハウを開示しているにもかかわらず当該ノウハウは営業秘密であると誤った主張に基づく訴訟を回避できるはずです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月23日月曜日

オープンイノベーションと秘匿化技術の開示、NDAの重要性

近年、「オープン&クローズ戦略」や「オープンイノベーション」という文言がもてはやされ話題になっています。

オープンイノベーションの定義については、人ぞれぞれかと思いますが、ざっくりとした私の理解では「他社等との共同開発や協力関係により自社だけではなし得なかったビジネス展開を進める」といったものです。一般的には、自社のみで技術開発等を行う自前主義(クローズドイノベーション)の対極に位置する考えとされています。

また経済産業省を中心として、オープンイノベーションに関する色々な資料が公開されています。下記に一部をリンクしますが、他にも多々あります。

NEDO:オープンイノベーション白書(第二版掲載 2018年6月)
経済産業省:オープンイノベーションと知財の管理・契約リスクに関する啓発パンフレットを公表しました(公表日 2018年6月)
経済産業省:「事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携のための手引き(初版)」をとりまとめました(公表日 平成29年5月18日)
近畿経済産業局:中小・ベンチャー企業のためのオープン・イノベーション ハンドブック(最終更新日:平成28年4月15日)


ここで、前回までのブログ記事で紹介したストロープワッフル事件ももしかしたら、オープンイノベーションを期待して原告が被告と提携関係を結ぼうとしたのかもしれません。

過去ブログ記事
-判例紹介- ストロープワッフル事件 その1 ビジネスモデルを営業秘密とすること 
-判例紹介- ストロープワッフル事件 その2 ビジネスモデルを営業秘密とすること

この事件では、原告はストロープワッフルの実演販売に十分な経験を有していなかったようですから、被告を取り込むことでこのストロープワッフルの実演販売をビジネスとして成功させようという目論見があったのではないかと想像します。
しかしながら、原告は被告との提携関係を結べず、逆に被告にストロープワッフルの実演販売のビジネス化の機会を与えただけになりました。

この事件において原告の決定的な失敗は、原告と被告との間の交渉段階において秘密保持契約(NDA)を締結していなかったことだと考えます。この事件ではたとえNDAを締結しても、原告のノウハウは有用性・非公知性を満たさず、営業秘密としての不正競争防止法による法的保護は受けられない可能性が高いかと思います。
しかしながら、締結するNDAの内容にもよりますが、原告と被告との間でNDAを締結することで、被告が実施したストロープワッフルの実演販売に対してNDAの契約不履行で民事的責任を負わせることが可能だったかもしれません。

上記事件のように、オープンイノベーションを行うにあたり、特に技術情報に関しては自社の秘匿化技術(ノウハウ)を他社に開示せざる負えない状態になることが多いかと思います。
これは当然のことと考えられ、オープンイノベーションにより新たな技術を導入したい企業にとって、この新たな技術は公知でない他社のノウハウである可能性が非常に高いからです。もし、必要な技術が公知技術であれば、オープンイノベーションをするまでもなく自社開発が可能でしょうから。
また、新たな技術を導入したい企業も、上記事件のように、オープンイノベーションにより協力関係を築く他社に自社の秘匿化技術を開示しなければならない可能性が有るかと思います。

このように、オープンイノベーションには他社に対して自社の秘匿化技術の開示が必要な場面があり、これは企業にとって非常にリスクの高いことかと思います。

しかしながら、オープンイノベーションを説明している資料には、情報開示リスクの視点がやや欠けているものが多いかと思います。
これに関して、上記の近畿経済産業局の中小・ベンチャー企業のためのオープン・イノベーション ハンドブックには情報開示リスクへの対応策が詳細に記載されています。すなわち、オープンイノベーションにおける秘密保持契約(NDA)の重要性についてです。また、経済産業省のオープンイノベーションと知財の管理・契約リスクに関する啓発パンフレットを公表しましたにもわかりやすく記載されています。

以上のように、オープンイノベーションを行うにあたり秘匿化技術の開示に関する意識が十分でないと、オープンイノベーションに関する交渉決裂後や終了後に他社に自社のノウハウを使用されるという思いもよらなかった事態に陥る可能性が考えられます。
このため、オープンイノベーションにおけるNDAの重要性を理解し、かつ必要以上に相手方に秘匿化ノウハウを開示しないことを心掛けるべきかと思います。

また、重要な自社技術については、特許権を取得することも当然に考慮しなければなりません。特許権を有していれば、相手方が許諾無く実施した場合には、NDAの締結に関係なく侵害となります。
特許権の取得のためには技術を公開する必要がありますので、公開する技術内容、すなわち特許出願明細書に記載する技術内容を十分に検討する必要があります。公開したくない技術は秘匿化です。

新たな技術を自社開発した場合、それをどのように管理するのか、具体的には特許出願するのか、秘匿化するのか、それとも何もしないのか、これらを当該技術を使用する場面を想像しながら常に選択する必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月12日木曜日

ー判例紹介ー ストロープワッフル事件 その1 ビジネスモデルを営業秘密とすること

今回はビジネスモデルに関する営業秘密の判例について紹介します。

この事件は、東京地裁平成25年3月25日判決の事件であり、原告は「被告らにおいて,オランダの伝統菓子であるストロープワッフルに関して原告らの考案したビジネスモデル等の営業上のノウハウを無断で使用して上記ワッフルの販売等をし,これにより原告らに損害を与えた」と主張したものです。

この事件は、上述のように新規なビジネスモデルを他者に開示したことによって生じた事件であり、この他者が当該ビジネスモデルと同様のビジネスを始めました。
このような事件は、多々ありそうな事件であり、また、どのような理由でどのような判決となるのか興味深いものだと思います。

事件の経緯は大まかには下記のとおりです。
①原告会社は、オランダの伝統的な焼き菓子であるストロープワッフル(薄地の2枚のワッフルの間にシロップを挟んだもの)を日本で販売することを企画。
②原告会社は、平成21年3月25日、被告会社Aとの間でフランチャイズシステムにより、ストロープワッフルの実演販売等を行う店舗を展開することを内容とするスイーツビジネス提携契約(以下「本件契約」という。)に関する協議を開始。
③原告会社は、同年7月6日、被告会社Aに対して本件契約に関する協議を終了する旨通知。
④被告会社O(平成21年8月20日設立)は、同年9月頃、株式会社Iとの間でストロープワッフルの販売に関する契約を締結。同年9月30日から同年11月3日まで、株式会社Iの新宿本店にストロープワッフルの実演販売を行う店舗を設置してその販売を行った。その後、被告Oは、ストロープワッフルの実演販売を行う店舗を設置してその販売を行った。

被告会社Oは、オランダのスイーツ輸入、製造、販売等を目的として、被告会社Aの代表取締役であった被告P3が代表取締役となって設立した会社です。

上記①から④の経緯からすると、被告会社は原告会社のストロープワッフルに関する本件ノウハウを知ったうえで、ストロープワッフルの製造販売を開始したと考えられます。
これは、原告にとってみると本件ノウハウの不正使用であると考えても当然かと思います。


ここで、裁判所の判断について先に結論を書きます。
なお、本事件は、原告も本事件のノウハウを営業秘密と明言していないせいか、裁判所も営業秘密の3要件(秘密管理性、有用性、非公知性)とは明示して判断を行っていませんが、実質的には3要件の判断をしていると思われます。

まず、裁判所は、原告会社が提案したビジネスモデルに対して一定の独自性を認めました。

しかし、裁判所は「ビジネスとしてのアイデアの域を超えるものではなく、それ自体が類似の製造・販売方法を実施することを許さないような形態のものであるとはいい難い」と判断しました。これは営業秘密でいうところの非公知性又は有用性の判断かと思われます。

また、裁判所は、被告の主張等を勘案して、ビジネスモデルとして有効性があると認めるに足りないと判断しています。これは営業秘密でいうところの有用性の判断かと思われます。

さらに、原告会社は、平成21年3月頃から、被告会社A、被告P2及び被告P3に対し、日本での事業展開に必要なストロープワッフルに関する全ての情報を説明し、その際に機密情報を開示し、使用を試み,利益を享受しないことに同意する旨の機密保持同意書(以下「本件機密保持同意書」という。)を示したと主張しました。
これに対し裁判所は、原告会社と被告会社A等との間における機密保持の同意についても認めませんでした。これは営業秘密でいうところの秘密管理性の判断かと思います。

このように、原告会社の主張はすべて認められなかったのですが、裁判所におけるこれらの判断は営業秘密と判断されるビジネスモデルを営業秘密として管理するにあたり基準となり得るものかもしれません。
裁判所の判断の具体的な内容は次回に。

弁理士による営業秘密関連情報の発信