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2024年4月15日月曜日

知財としての営業秘密の理解

知財といわれてまず思いつくものは、特許であり、次に商標、意匠、実用新案かと思います。しかしながら、営業秘密を知財として挙げる人はあまり多くないかもしれません。
この理由としてはいくつか考えられますが、まず、特許等の権利化は権利化業務といった「仕事」或いは「ビジネス」として確立していることにあるでしょう。そして、特許等の出願をより多くしようとする組織である特許庁や特許事務所といった存在が大きいと考えます。
すなわち、特許庁が旗振り役となり、企業に特許出願を促し、その依頼を特許事務所が受ける。これにより、特許庁は自身の存在意義を大きくし、特許事務所は利益を挙げることができます。そして、企業は、特許権を取得することにより、特許に係る技術を独占したり、他者にライセンスすることで間接的又は直接的に利益を得たり、年間の特許出願件数や保有している特許権数を自社の知財としてアピールします。
一方で、営業秘密に関しては、上記のような権利化業務という「仕事」や「ビジネス」は存在しません。さらに、特許庁や特許事務所が権利化は止めて営業秘密化しましょう、とのように旗振りを行うことも殆どありません(経済産業省等は営業秘密の理解を深める活動を行っています。)。当然ですが、企業が自社で保有している営業秘密の数をアピールすることもありません。

このような理由により、企業(知財部)は営業秘密を知財として認識し難いともいえるでしょう。しかしながら、実際にビジネスに用いられる特許権は全体の一割や二割ともいわれ、そもそも特許出願を行う目的がその数となっている企業も少なからずあります。その結果、特許出願がコストをかけて無駄な、下手をすると競合他社に利益をもたらす技術情報の開示を行っている可能性もあります。

一方で、営業秘密は、製品の詳細な技術情報、製品の製造方法、製品の組成であったり、実際に企業がビジネスに用いている情報である場合が多いのではないでしょうか。
このため、転職が一般的になっている昨今、営業秘密とする情報にはアクセス制限を行ったり、サーバ等へのアクセスログを取る等して、企業は営業秘密を転職者(転出者)が持ち出すことを防止又は持ち出しを検知しています。

ここで、情報を営業秘密とするためには、情報を特定したうえで、秘密管理性、有用性、非公知性を満たさなければなりません。
営業秘密とする情報が顧客情報や取引情報等の営業情報の場合では、このような営業情報が公知となっている可能性は低いので、秘密管理性を満たせば有用性及び非公知性も認められる可能性が高いです。
一方で、技術情報に関しては、特許公報や学術論文、雑誌、インターネット等によって既に公知となっている可能性もあります。また、自社の製品をリバースエンジニアリングすれば知り得る情報となる可能性もあります。このため、技術情報は秘密管理性を満たしていても、有用性や非公知性が認められない可能性があります。

従って、知財の立場からすると、技術情報が既に公知又は将来公知となるかを判断し、営業秘密にできるか否かを判断する必要があります。そして、現在は非公知であるもの、将来は公知となるよう技術情報であれば、特許出願するという選択肢も取り得ます。また、事業戦略の観点からも特許化又は営業秘密化の検討するべきでしょう。
このため知財としては、自社で創出した技術情報をどのような形式で知財とするかを判断するために、秘密管理性は当然のことながら、営業秘密としての有用性及び非公知性を理解しする必要があります。


ここまでが、自社で創出した営業秘密(技術情報)に関する考えです。次は、自社への転職者(転入者)が持ち込んだ技術情報に関してはどうでしょうか。

転入者が持ち込んだ技術情報は、前職企業の営業秘密である可能性があります。他社の営業秘密を許可なく使用した場合には不正競争防止法違反となり、民事的責任や刑事的責任を負う可能性があります。しかしながら、転入者が持ち込んだ情報であっても、営業秘密でなければ(特許権や著作権等の他の権利侵害がないならば)使用できます。

すなわち、転入者が自社に技術情報を持ち込んだ場合、当該技術情報が他社の営業秘密であるか否かの判断を自社で行う必要があります。例えば、転入者が持ち込んだ情報を全て他社の営業秘密として扱ってしまうと、本来使用できる情報を使用しないことになり、さらには、転入者の能力に足かせを与える可能性もあり、その結果、転入者は自社では能力を発揮できないと考え、他社に転職する可能性もあるでしょう。
一方で、転入者が持ち込んだ情報に対して営業秘密であるか否かの判断を行うことなく、自社で使用してしまうと、上記のように営業秘密侵害となり、自社に損害等を与える可能性があります。

では、転入者が持ち込んだ技術情報が営業秘密であるか否かの判断はどのようにすればよいのでしょうか。それは、第一には非公知性を判断することだと思います。
転入者が持ち込んだ技術情報が公知の情報であれば、それは営業秘密ではありません。このため、特許文献や学術論文等の調査を行うことで当該技術情報の非公知性を判断することが考えられます。そして、全く同じ情報が公知となっていなくても、特許でいうところの設計事項程度の違いであれば、有用性が無い可能性があります。有用性が無い技術情報も営業秘密ではないので使用可能です。
このような非公知性や有用性の判断は、知財(知財部)の得意とするところでしょうし、法務や技術者自身がこのような法的な判断を行うことは難しいと思います。

では、秘密管理性の判断はどうでしょうか。転入者が持ち込んだ技術情報が転入者の前職企業で秘密管理されていたか否かを客観的に判断することは非常に難しいと思います。仮に転入者が、前職企業において当該技術情報を秘密管理していなかったと説明したとしても、それが正しいか否かを判断することは想到難しいでしょう。
他にも、転入者が自身で創出(発明)した技術情報であるから使用することに問題ないとのような説明をすることも考えられます。これについても、法解釈の観点と共にその説明を客観的に判断できないという問題があります。
すなわち、転入者の説明をうのみにして転入者が持ち込んだ技術情報の営業秘密性を判断することには高いリスクがあります。

以上のように、技術情報については、その営業秘密性の判断について、法的な視点とと共に技術的な視点が当然必要となります。このため、技術情報の営業秘密性については、特許等と同様に知財としてあるかう必要があると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年3月17日日曜日

転職者による営業秘密の不正流出・流入まとめ

転職者による営業秘密の不正流出・流入を簡単にまとめます。


上記図の(A)のように転職者(転出者)は転職時に前職企業から営業秘密を不正に持ち出すことがあります。
転出者によって不正に持ち出される営業秘密には、在職中に仕事で使用するために前職企業から正当に開示された営業秘密だけに限らず、転出者自身にはアクセス権限がないものの何らかの方法で取得した営業秘密も含まれます。
このような営業秘密の不正な持ち出しは、サーバ等に保存されているデータに対して行われるアクセスログのチェックによって発覚することが多々あります。このため、近年ではアクセスログ管理を行っている企業は多く、自社の従業員等が退職を申し出た際や退職後等にアクセスログをチェックすることが広く行われているようです。また、アクセスログのチェックに付随してUSB等への外部記憶媒体にデータを保存する行為や、メールによってデータを送信する行為も転職者に対して行う企業は多いと思います。
このように、営業秘密の不正な持ち出しは、近年ではデジタルデータの持ち出しとなる場合が多いため、コンピュータシステムによってこれを検知することが可能な場合が多いでしょう。

一方で、自社への転職者(転入者)による前職企業の営業秘密の不正な持ち込みをコンピュータシステムによって検出することは難しいように思います。このため、転入者による不正な持ち込みは段階ごとに防止できる体制又は従業員の認識が必要となると考えます。

まず、図のB1のパターンです。このパターンは、転入者は前職企業の営業秘密を不正に持ち出しています。このため、転入者が前職企業の営業秘密を自社に持ち込むことを防止しなければなりません。この対策としては、転入者に対して、入社時に他社営業秘密の持ち込みを禁ずる誓約書を求めたり、他社営業秘密の不正な持ち出しは犯罪行為であること、仮に自社内でそのような行為が見つかった場合には警察に通報すること等の説明を行います。
ここで、転入者による営業秘密の不正な持ち込みを防止できれば、仮に転入者が営業秘密侵害で前職企業から刑事告訴等を受けたとしても、自社は転入者による営業秘密の不正な持ち出しの事実さえ知らないこととなるので、民事的責任や刑事的責任を負うことはないでしょう。しかしながら、転入者が刑事告訴を受けた場合には、自社が家宅捜索を受ける可能性もあるかもしれませんが、そうなったとしても、自社が不正行為を行っていないことが証明されることになるでしょう。

このような対策を行っても、転入者が自社内で前職企業の営業秘密を開示するかもしれません。この場合がパターンB2です。このような事態となり、仮に当該営業秘密を自社でさらに開示したり、使用したとすると、自社は営業秘密を侵害したこととなります。
ここで、転入者による営業秘密の開示先は、自社における既存の従業員であり、転入者が営業秘密を自社で開示したとすると、その事実を知る者は既存の従業員となります。そして、自社が侵害者とならないためには、当該従業員自身が転入者による更なる開示等を防ぐ必要があります。すなわち、当該従業員が当該営業秘密の出所を転入者から確認し、他の従業員へさらに開示しないように転入者に伝えると共に、上長や担当部署に報告する必要があるでしょう。
このためには、各従業員に対して営業秘密の不正使用は犯罪であることや、転入者が営業秘密を持ち込んだ場合における報告先を予め周知しておくことが必要です。報告先となる部署は例えば法務部や知的財産部等になるでしょう。
これにより、仮に転入者が不正に持ち込んだ他社の営業秘密が自社で開示されたとしても、当該営業秘密が自社内でさらに開示されたり、使用されることを防止できます。従って。パターンB2の場合は、自社で営業秘密が開示されたものの、自社でさらに開示や使用等をしていないので民事的責任や刑事的責任を負う可能性は低いと思います。

パターンB3は、転入者が不正に持ち込んだ営業秘密を自社内で使用等した場合です。この場合は、自社が他社営業秘密を不正に使用しているので、民事的責任又は刑事的責任を負うことになります。
パターンB3が自社にとって最悪な状況であるものの、例えば不正に持ち込まれた営業秘密が技術情報である場合には、知的財産部が侵害の拡大を抑制できる立場にあると思います。
このためには、技術開発部等で新規に開発された技術を、知的財産部が特許化の有無にかかわらず吸い上げ、管理する体制が必要です。このような体制は、特段新しいものでもなく、知的財産部の役割からすると当然とも考えられます。
そして、新規開発の技術の発明者が誰であるのか、その開発経緯を知的財産部が確認することで、新規な技術が他社営業秘密を用いているか否かを判断できるでしょう。
例えば、発明者が転職間もない従業員であった場合には、前職企業の営業秘密を使用していないかを確認する動機づけとなります。また、その開発経緯に不自然な点があれば、これも不正に持ち込まれた他社営業秘密を使用していないかを確認する動機づけとなります。
仮に、知的財産部で不正に持ち込まれた他社営業秘密の使用が確認された場合には、当然、この新規技術を用いた製品等の製造販売を停止させることになります。

このように、営業秘密の不正流入にはいくつかの段階(パターン)があると考えます。このため、夫々のパターンを想定した対応が可能となる体制(従業員教育)が必要でしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年10月5日木曜日

兼松の営業秘密流出事件 転職者による不正な営業秘密流入の抑制

先日、総合商社である兼松の元従業員が競合他社である双日に転職する際に、兼松の営業秘密を持ち出したとして逮捕されました。この事件は、今年の4月に双日に家宅捜索が入った事件であり、家宅捜索から約半年後の逮捕となっています。なお、この元従業員は、双日に家宅捜索が入った翌月には双日を懲戒解雇となっているようです。

・当社元社員の逮捕について(双日株式会社 リリース)
・元従業員の逮捕について(兼松株式会社 リリース)
・逮捕の双日元社員「弱い立場の派遣社員を利用」 うそつき秘密入手か(朝日新聞)
・双日元社員逮捕 営業秘密侵害疑い、DX・転職増でリスク(日本経済新聞)
・双日「組織的関与、把握ない」 元社員逮捕受けコメント(産経新聞)
・「双日」元社員を逮捕、前の勤務先「兼松」から営業秘密を不正持ち出しか…元同僚のID使う(読売新聞)
・双日の30代元社員を逮捕 前職の営業秘密を持ちだした疑い(毎日新聞)

報道によると、兼松の元従業員は退職直前の6月に3万7000にも及ぶファイルをダウンロードして不正に取得したようです。

ここで、どのようにして企業が営業秘密の不正取得を知り得るのか?との質問を受ける場合があります。これについては、多くの企業はデータに対するアクセスログ管理を行っていますので、自社の従業員が退職を申し出た際に過去数か月のアクセスログを確認し、不必要と思われるデータに当該従業員がアクセスしていないかを調べることで不正な持ち出しの有無を検知します。例えば、今回の事件のように、退職を申し出る直前の短期間に多量のデータをダウンロードしている形跡があると、営業秘密の不正な持ち出しの可能性が疑われます。
このため、アクセスログ管理を適切に行っている企業は、退職者が営業秘密を不正に持ち出しているか否かを比較的早期に検知できます。過去には退職を申し出た従業員が実際に退職するまでの間に、営業秘密の不正な持ち出しを検知し、懲戒解雇とした事例もあるようです。
今回の事件では、3万7000ものデータをダウンロードしており、通常業務でこの量のデータをダウンロードするとは考え難いため、転職に伴う不正な持ち出しであると判断できたでしょう。

さらに、元従業員は兼松の元同僚(派遣社員)からIDとパスワードを聞き出して、退職後にも兼松の営業秘密を不正に持ち出したようです。この元同僚は、元従業員に頼まれただけであり、不正の目的等は無かったと思われるので刑事罰を受けることは無いと思います。しかしながら、兼松で使用しているIDとパスワードを外部に漏らしたということは、兼松の規則に反する行為でしょうから、兼松から何らかの処分を受ける、若しくはすでに受けていると思われます。


一方、双日についてですが、兼松の元従業員に営業秘密を不正に取得することを指示していたり、双日社内で当該営業秘密が開示・使用されたりしなければ、特段の責任はありません。双日社内での営業秘密の開示・使用等の有無はこれから明確になるでしょう。

また、双日は本事件に関するリリースを発表しています。このリリースの中には、以下のような記載があります。
”特に、情報管理に関しては、キャリア入社社員に対して、前職で業務上知り得た機密情報を当社に持ち込まないことについて明記した誓約書を入社時に差入させるなどの未然防止および社員の教育と啓蒙に努めてまいりました。”
上記のように"前職で業務上知り得た機密情報を当社に持ち込まないことについて明記した誓約書"を転職者に求めることは非常に重要だと思います。この誓約書により、自社が他社の営業秘密を持ち込むことを良しとしない、という意思表示にもなりますし、もし転職者が前職の営業秘密を持ち出していても、自社で開示や使用することを抑止できる可能性があります。
ここで、自社への転職者による前職企業の営業秘密の持ち出しを防止することは困難です。この営業秘密の不正な持ち出しは前職企業内での行為であり、持ち出しを行ったときには、転職者は未だ前職企業の従業員であるためです。
しかしながら、仮に転職者が前職企業の営業秘密を持ち出したとしても、当該営業秘密が自社で開示や使用されなければ、自社が責任を問われることはありません。このため、上記のような誓約書を入社前に求めることが重要となります。仮に、前職企業の営業秘密を転職者が持ち出したとしても、誓約書によって当該行為が不法行為であると転職者に認識させ、転職先である自社で開示や使用することを食い止めることができる可能性があるためです。

このように、転職者に対する他社営業秘密の持ち出しを禁ずる誓約書、さらには自社従業員に対する他社営業秘密を開示・使用しない旨の教育等は、他社営業秘密が自社に不正に流入することを防止するために重要なこととなります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2023年8月29日火曜日

判例紹介:情報を持ち出さない旨の合意の解釈

前回のブログで紹介した事件(東京地裁令和4年8月9日(事件番号:令3(ワ)9317号))、知財高裁令和5年2月21日(事件番号:令4(ネ)10088号))続きです。

この事件は、原告の従業員であって後に被告会社に移籍したBが原告在籍中に本件データのファイルのスライドの一部を作成し、Bが被告会社に移籍した後、被告ら作成データのファイルのスライドの一部を作成し、被告Aに対して被告ら作成データを含むファイルを電子メールで送信したというものです。なお、被告Aは原告の元代表取締役であり、代表取締役を辞任した後に被告会社を設立しています。
本事件の結論は、原告が主張する情報は営業秘密ではないと地裁によって判断され、原告の主張は全て棄却され、知財高裁でも覆ることはありませんでした。

今回は、本事件において原告と被告との間で締結していた合意書についてです。
本事件では、原告の元代表取締役である被告Aは、原告会社に在籍している時に下記5項を含む合意書を原告Cとの間で締結していました。この合意書において乙は被告Aであり、甲が原告Cとなります。
❝5.乙はGSPの資産(ソフトウェアを含む)、顧客リスト、その他営業上・経営上の資産、情報を持ち出さないこと。❞
上記5項の合意があると、被告Aが原告の情報に基づく作成データを入手したことは5項違反のようにも思えます。


しかしながら、裁判所は、この5項について❝本件合意書5項にいう「情報」とは、本件経過及び当事者双方の合理的意思を踏まえると(原告C21頁)、営業秘密又はこれに準ずる情報をいうものと解するのが相当である。❞とし、以下のように被告の5項違反を否定しています。
❝本件データは営業秘密に該当するものではなく、本件データと実質的に同一である被告ら作成データも営業秘密に該当するものとはいえず、その内容に照らし、有用性が極めて低い情報であるといえる。そして、上記認定事実によれば、その他の情報についても、単なる電子メールのやり取りにとどまるものなど、その内容に照らし、被告ら作成データと同様に原告の営業秘密又はこれに準ずるものに該当することを認めるに足りない。のみならず、被告Aが原告から情報(甲5の1ないし6の情報)を取得したとしても、上記情報の性質や内容等に照らし、これによって原告に損害が生じたことを認めるに足りず、これを裏付ける的確な証拠もない。
以上の諸事情を総合すれば、被告Aが指示して原告から情報(甲5の1ないし6の情報)を取得したとしても、当該情報が営業秘密又はこれに準ずる情報に当たらないから、本件合意書5項に違反すると認めることはできない。❞
このような裁判所の判断に対して、知財高裁において原告は以下のように主張しました。
❝原判決は、同項の「情報」について「営業秘密又はこれに準ずる情報」を意味するものと限定的に解釈したが、これを裏付ける証拠のうち、「営業秘密又はこれに準ずる情報」という具体的な表現が出てくるのは、原審における控訴人代表者Bに対する裁判長からの誘導的かつ抽象的な補充尋問のみであることからして、上記限定解釈は根拠を欠く。❞
すなわち、原告は5項でいうところの「情報」は営業秘密に限らず、自社で作成等された全ての情報を含むものであると、との主張を行っているのでしょう。
これに対して知財高裁は、下記のように原告の主張を認めませんでした。なお、下記のBは原告(控訴人)の代表者です。
❝原審の控訴人代表者尋問におけるやりとりをみると、Bが、5項の「情報」について「経営上有益なもの」を持ち出さないという趣旨である旨述べたことを踏まえて、原審裁判長が、「要するに営業秘密又はそれに準ずるような情報という趣旨」かを確認したところ、Bが「おっしゃるとおり」と回答したのであるから、B自身が「経営上有益なもの」に限定する意思を有していたのであり、原審裁判長による誘導などされていない。❞
ここで、原告の主張するように5項の「情報」が「営業秘密又はこれに準ずる情報」に限定解釈されなかったどうなったのでしょうか?被告Aが原告から情報を取得したのであれば、被告Aは当然に5項違反となり得るかと思います。そうすると、当該情報は、営業秘密ではないため差し止めは認められずとも、損害賠償は認められるのでしょうか。
しかしながら、裁判官は一審において❝被告Aが原告から情報(甲5の1ないし6の情報)を取得したとしても、上記情報の性質や内容等に照らし、これによって原告に損害が生じたことを認めるに足りず、これを裏付ける的確な証拠もない。❞とも認定しています。そうすると、当該「情報」が営業秘密であるなしにかかわらず、原告の損害は認められないことになるのでしょうか。

上記5項のような情報管理の規定において「情報」はできるだけ広い概念として定義される場合もあるかと思います。そうすることで、自社から持ち出された情報が秘密管理性を満たさず営業秘密でなくとも、持ち出した者に対して損害賠償が可能なようにも思えます。
しかしながら、そのように「情報」を定義しても本事件の裁判所の判断を鑑みると、当該情報に有用性や非公知性がないとしたら、自社に損害はない、すなわち当該情報には保護する価値がないと判断される可能性が高いのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年6月7日水曜日

営業秘密侵害はどこから民事的責任を負うのか。

営業秘密の侵害、特に転職時に前職企業の営業秘密を持ち出した場合には、どこから法的責任を問われるのでしょうか。
まず、民事的責任についてですが、不正競争防止法第2条第1項第7号には以下のように規定されています。
不正競争防止法 第2条第1項第7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
上記規定によると、営業秘密を不正に持ち出したとしても、それを使用や開示しなければ民事的には責任を負わないようにも思えます。

一方で、営業秘密を持ち出された被侵害者は、下記のように差止請求権と共に損害賠償が認められています。すなわち、営業秘密の侵害者は、民事的責任として、損害賠償と差し止めを負うことになります。
不正競争防止法 第3条(差止請求権)
不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
不正競争防止法 第4条(損害賠償)
故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、第十五条の規定により同条に規定する権利が消滅した後にその営業秘密又は限定提供データを使用する行為によって生じた損害については、この限りでない。
上記規定によると、損害賠償は❝他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する❞とあります。従って、仮に転職者が前職企業の営業秘密を不正に持ち出しても前職企業に損害が生じていない場合には、転職者は損害賠償の責任はないということになります。損害の発生は、例えば、不正に持ち出された営業秘密が使用されることで生じると考えられますので、上記の第2条第1項第7号からも想像しやすいと思えます。

一方、差止請求は❝不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者❞に認められています。すなわち、差止請求権は損害の発生とは関係なく、しかも❝侵害されるおそれ❞がある場合に生じることになります。
この❝侵害されるおそれ❞とはどのような状態をいうのでしょうか。不正に持ち出した営業秘密を使用や開示した状態も含まれることは理解できますが、果たしてそのような状態だけでしょうか。


ここで、参考になる裁判例がアルミナ繊維事件(大阪地裁平成29年10月19日判決 事件番号:平成27年(ワ)第4169号)です。
本事件は、原告が元従業員であった被告に対し、被告は原告から示されていたアルミナ繊維に関する技術情報等を持ち出し、これを転職先の競業会社で開示又は使用するおそれがあると主張したものです。本事件の被告は、原告の元従業員のみであり、転職先である競業会社は被告とされていません。なお、元従業員が当該技術情報を転職先に使用又は開示したという事実は確認されていません。

これに対して裁判所は下記のような理由から原告の差止請求を認めました。
❝被告は,双和化成への転職を視野に入れ,これら本件電子データを双和化成に持ち込んで使用するための準備行為として,原告に隠れて,それら電子データを本件USBメモリ及び本件外付けHDDに複製保存したものと優に推認され,また双和化成においても,そのことの認識がありながら原告を懲戒解雇されて間もない被告との一定の関係を持つようになったことも推認されるから,被告は,原告から示された本件電子データを原告の社外に持ち出した上,少なくとも,これを双和化成に開示し,さらには使用するおそれが十分あると認められる。❞
また、本事件の原告は、被告に対して損害賠償として弁護士費用1,200万円を請求しましたが、判決では弁護士費用相当の損害額として500万円が認められています。
このように、営業秘密を不正に持ち出した後の状況にもよるかと思いますが、営業秘密を不正に持ち出したことをもって、❝侵害されるおそれ❞があるとして差止請求が認められ、その弁護士費用相当の損害賠償が認められる可能性があります。

なお、被告の転職先企業は本事件では被告とされていませんが、本事件に先立ち証拠保全を受けています。証拠保全の目的は、被告の転職先企業で営業秘密の使用又は開示が行われたことを示す証拠を得ることでしょうが、本事件の判決文を見る限り、そのような事実はなかったようです。しかしながら、被告の転職先企業は実際に証拠保全を受けたことには変わりはないため、被告の転職先企業も、被告による前職企業の営業秘密の持ち出し行為に対して、少なからず影響を受けたことになります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年5月30日火曜日

判例紹介:有用性は誰にとって有用なのか

営業秘密の三要件として秘密管理性、有用性、非公知性があります。この有用性について、誰にとって有用であるかを争った裁判例(5G情報漏洩事件(東京地裁令和4年12月9日 事件番号:令3(特わ)129号))を紹介します。
本事件は、刑事事件であり、被告がA社から転職するにあたり、A社の営業秘密を不正に持ち出して同業他社であるB社に就職したというものであり、被告は懲役2年(執行猶予4年)及び罰金100万円となっています。なお、被告が持ち出した営業秘密である本件ファイル①は下記のものです。
❝本件ファイル①は、全国各地約16万箇所のAの基地局の位置情報(緯度・経度)、各基地局で使用されている周波数帯、各基地局に至る回線の種別及び回線の月額料金等の情報、マイグレーションに関する検討結果のほか、4Gから5Gへの切り換えに係る対応を計画していた基地局の情報を一覧表形式で取りまとめたエクセルファイル❞
上記営業秘密に対して弁護人は、下記のようにして本件ファイル①の有用性を否定しています。
❝弁護人は、携帯電話事業者が抱える事情等は様々で、これを反映して各社が整備しているネットワークの構成や無線機器等も異なり、5G化対応に係る計画も異なることから、他社がAの基地局や周波数帯に係る情報及び5G化に係る情報を流用して自社の通信サービスを向上させることはできないこと、Aのマイグレーションの検討状況は、Aのネットワーク構成や契約状況を前提とするもので、他社の事業活動に何ら役立つものではないことなどから、本件ファイル①に含まれる情報は他社には利用価値がなく、有用性は認められないなどと主張する。❞
すなわち、弁護人は、本件ファイル①は被告の元勤務先であるA社の事業活動でしか役立たないものであるから、有用性はないと主張しています。


これに対して、裁判所は下記のように判断しています。
❝しかし、当該情報が、営業秘密保有企業の事業活動に使用・利用されているのであれば、基本的に営業秘密としての保護の必要性を肯定でき、当該情報が反社会的な行為に係る情報であり保護の相当性を欠くような場合でない限り、有用性の要件は充足されるものと考えられるのであって、この点は当該情報を取得した者がそれを有効に活用できるかどうかにより左右されない。その意味で、本件ファイル①の有用性に関し、それに含まれる情報が他の携帯電話事業者の事業活動に役立つものではないことを理由に有用性を否定する弁護人の主張には、当を得ないものがある。❞
このような裁判所の判断は当然のものでしょう。特に❝当該情報を取得した者がそれを有効に活用できるかどうかにより左右されない。❞という点に言及した判断は今までには無かったと思われます。なお、本事件は、他の営業秘密もありますが、これに対しても同様の判断がなされています。

本事件と同様の主張をした被告が事件として、宅配ボックス事件((横浜地裁令和3年7月7日判決 事件番号:平30(わ)1931号 ・ 平31(わ)57号))があります。
この事件は、原告が被告から宅配ボックスの開発・製造の委託を受けたものの、被告が本件新製品の製造を原告に発注するのを取りやめ、原告の営業秘密である本件データを使用して被告製品を製造・譲渡したというものであり、原告が勝訴しています。

宅配ボックス事件において、被告は❝本件データは,本来であれば被告製品の基となることが予定されていたものであるから,原告の事業活動において有用な情報であるとはいえない❞とのように主張しました。これに対して、裁判所は被告の主張を認めずに、当該営業秘密の有用性を認める判断を行いました。

このように、5G情報漏洩事件では、営業秘密保有企業の事業活動でしか用いないので有用性はない、と主張した一方で、宅配ボックス事件では、被告企業の事業活動でしか用いないので有用性はない、と主張したことになり、夫々の被告は同様の主張を異なる視点から行っているものの、裁判所はこれらの主張を認めませんでした。
したがって、営業秘密とされる情報の有用性を否定するために、当該情報が特定の企業でのみ使用されるといった主張を行っても、その主張が認められる可能性は相当に低いと思われます。そもそも、営業秘密を不正に持ち出した者は、当該情報が有用であると認識しているので持ち出しているのでしょうから、このような主張が認めらないことは当然とも思えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年5月17日水曜日

営業秘密の流入リスク(知財リスク)

営業秘密の不正な持ち出し(不正流出)は以前からありましたが、近年それが転職に伴うものであることが多くなるにつれて、企業の関心度も高まっているように思えます。

企業における営業秘密の不正流出に対する対策としては以下のようなものがあるでしょう。
このような措置のうち、複数を行っている企業は多いかと思います。
 ①就業規則への秘密保持条項の規定
 ②就業規則とは別に秘密管理規定の策定
 ③営業秘密に関する研修
 ④アクセス権限管理
 ⑤アクセス履歴
 ⑥転職者への秘密保持誓約
しかしながら、上記のような対策を行っても、前職企業の営業秘密を持ち出す転職者は存在します。このような転職者が営業秘密を持ち出す理由は、ただ一つ、転職先企業で開示・使用するためです。

ところで、転職者から前職企業の営業秘密を開示された企業は、その営業秘密を自由に使用してもよいのでしょうか。当然、そのようなわけはありません。
例えば、営業秘密の不正競争を規定した不正競争防止法2条1項8号では以下のようにして、転職者等によって不正に持ち出された営業秘密であることを知って、他者(転職先企業等)が使用等することが不正であると規定しています。
"不正競争防止法2条1項8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為"
また、刑事罰が規定されている不競法21条1項7号にも、同様の規定があります。

すなわち、転職者が前職企業から持ち出した営業秘密を転職先企業で開示し、転職先企業が当該営業秘密を使用すると、転職先企業やその従業員等が民事的責任、刑事的責任を負う可能性が有ります。より具体的には、民事的責任としては損害賠償及び差し止め等であり、刑事的責任としては罰金や従業員には懲役刑の可能性もあります。

以下の表は、日本企業間の転職に伴う営業秘密の流入事例です。


この表のように、既に億単位の損害賠償になった事例もあり、営業秘密の流入は特許権等の侵害と同様に知財リスクと考える必要があると思われます。実際に、転職者からの営業秘密の流入をリスクとして捉え、それを使用しないという正しい選択を行っている企業もあります。

なお、他社の営業秘密を侵害してしまった場合には、当然、その営業秘密の使用等の停止も求められます。ここで、特許権であれば、特許権の存続期間が終了した後には、元侵害者であったとしても当該特許権に係る技術の自由な実施が可能となります。

一方で、営業秘密には存続期間という概念がありません。したがって、営業秘密の侵害者は、その営業秘密の使用停止が何時まで続くのかはわかりません。すなわち、他社の営業秘密を用いて製造した製品等の製造販売は何時まで続くのかが不明確です。営業秘密はその情報が公知になれば、営業秘密ではなくなるため、公知になるまで待つしかなく、実質的に永久に当該製品の製造販売ができないかもしれません。
また、特許権はその技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められるため、その外縁が明確です。しかしながら、営業秘密の技術的範囲の外縁はどうでしょうか。例えば、侵害した営業秘密に非公知の新たな技術的な課題も含まれていたら、この課題を解決するための技術手段の開発もできないかもしれません。
このように、営業秘密の侵害によって営業秘密の使用停止となった場合には、停止となる期間や技術的範囲が良く分からず、侵害企業は過剰な対応を取らざる負えなくなるかもしれません。

さらに、特許権侵害とは異なり、営業秘密の侵害は刑事罰となる可能性があります。このため、侵害企業に罰金が科される可能性があります。
さらに、加害企業の従業員(営業秘密を持ち込んだ転職者とな異なる従業員)が刑事罰を受ける可能性すらあります。例えば、不正に持ち込まれた営業秘密をそれが他社の営業秘密と知って使用等した従業員が特定されれば、当該従業員は刑事罰を受けるかもしれません。
このように従業員が最悪の事態となることを防止するためにも、営業秘密の流入は避けなければなりません。

そこで、他社の営業秘密の不正流入を防止するためには、以下の措置が考えられます。
 ①自社への転職者に対する注意喚起
 (前職企業の営業秘密を持ち込んではいけないことを転職者に説明)
 ②社員研修
 (不正流入が疑われる他社の営業秘密の不使用を周知)
 ③社内相談制度
 (営業秘密の不正流入疑いを認知した場合に相談)
 ④知財活動を介した不正流入検知
 (新規開発技術の開発経緯から営業秘密の不正流入を検知)

以上のように、転職者による営業秘密の不正流出とセットで不正流入が生じる可能性があります。この不正入流を防止することは知財リスクの観点から非常に重要なことです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年3月28日火曜日

営業秘密刑事事件数の推移

先日、警察庁生活安全局から「令和4年における生活経済事犯の検挙状況等について」が公表されました。

これによると、営業秘密侵害事犯の検挙事件数は昨年度29件であり、他の事件に比べると数は少ないものの、過去最多であり下記グラフのように右肩上がりに増加しています。
これは、転職等による人材流動が増加していることに伴うと考えられますが、企業も営業秘密の不正な持ち出しは犯罪であるという認識が高まり、不正な持ち出しを監視するシステム構築が進み、不正な持ち出しの発見が多くなっていると想像されます。



営業秘密の侵害事件が報道されると、被害企業の情報管理体制等を問題視する傾向があるように思えますが、それは間違いと考えています。当然、営業秘密の不正な持ち出しが全く無いことが理想ですが、それでも持ち出す人は必ず存在します。これに対して、情報管理体制が適切であるからこそ、営業秘密の不正な持ち出しを発見できているとも考えられるためです。

一番良くないことは、営業秘密の不正な持ち出しを発見する体制が整っておらず、営業秘密を持ち出されているにもかかわらず、それを発見できないことです。そのような企業は、「自社からの営業秘密の流出はない」とのような誤った認識を持つことになります。

また、下記は主な営業秘密流出事件の判決の一覧です。

一昔前は、顧客情報等の販売を目的とした営業秘密の流出が多かったようにも思えます。典型例としては、携帯電話の加入者情報でしょう。近年では、このような販売等を目的とした営業秘密の流出少なくなっているようです。この理由は、販売目的とした営業秘密の流出は、直接的な金銭の授受があるため、犯罪意識を高く感じるためかもしれません。

一方で、近年では上記のように転職先で開示・使用することを目的とした営業秘密の流出が多くなっています。これには、直接的な金銭の授受は発生しませんし、場合によっては自分が作成した、自分が業務に用いていた、という意識があり、モラルとしては良くないけれど犯罪ではない、という誤った認識があるのかもしれません。

さらに、転職時の流出ということもあいまって、近年では技術情報の流出も多くなっているようにも思えます。これは知財の観点からすると、転職者が前職企業の技術情報を持ち込んだ結果、違法に流入した他社技術と自社技術とが混在する可能性があります。もし、このような状況に陥って他社の営業秘密侵害となり、差し止めとなると特許権の侵害よりも困ったことになります。
特許権の侵害でしたら、当該特許の存続期間が経過するとそれまで侵害であっても、その後は自由に実施できます。しかしながら、営業秘密には存続期間の概念がありません。そうすると、差し止めの状態が何時まで続くのか分かりません。
このような、営業秘密の流入リスクは、今後顕在化してくるでしょう。そうならないためにも、営業秘密の流出・流入には細心の注意を払う必要があります。

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2022年10月17日月曜日

退職時における秘密保持誓約書の効果

近年、自社の企業秘密(営業秘密)を持ち出さないように、退職者に対して秘密保持誓約書へのサインを求める企業が増え、世間一般として、これが奨励されているようにも思えます。
しかしながら、秘密保持誓約書にサインをしても営業秘密を持ち出す退職者もいることから、秘密保持誓約書へサインさせたからといって、自社の営業秘密を守れるとは限りません。また、秘密保持誓約書にサインをさせたからといって、自社が保有している情報が全て営業秘密になるわけではありません。

まず、秘密保持誓約書にサインをしても営業秘密を持ち出す退職者についてです。
このような退職者は、営業秘密に対する認識が甘いと考えられます。
すなわち、営業秘密を持ち出したとしても、それは今後の勉強のためであり、また、自身は転職先でも社長等の重要な役職者にはならないため、さほど問題ではないだとうとのような認識です。しかしながら、不正の利益を得る目的で営業秘密を持ち出したら刑事罰の対象になり得るので、役職には関係なく、また、転職時に持ち出したとなれば「不正の利益を得る目的」と判断される可能性が高いです。その結果、逮捕となり得ます。

ではこのような認識を改めさせるためにどうすればよいのか?
それは、秘密保税誓約書にサインを求める際に、退職時に営業秘密を持ち出すと刑事罰の対象となることを説明し、もし営業秘密の持ち出しがあった場合に、自社は刑事告訴を行うとのこと退職者に対して明確に示すことでしょう。また、退職者が既に営業秘密を持ち出しているのであれば、速やかにそのことを申し出ることも付け加えたほうが良いかと思います。
営業秘密を持ち出す人の多くは悪人ではなく、昨日まで一緒に仕事をしていた上司や部下又は同僚です。そして、営業秘密の持ち出しは自発的な行為です。そうであれば、営業秘密の持ち出しによって刑事罰の対象となることを明確に認識すると、ほとんどの人はそれを止めるでしょう。


さらに、秘密保持誓約書に実際にサインを行うか否かは退職者の自由であり、サインをしないからと言って退職できないわけではありません(就業規則等にサインを拒否した場合に退職金の減額等の規定が有れば、拒否し難いでしょうが。)。
しかしながら、サインをしなかったからといって、営業秘密を自由に持ち出せるわけではありません。営業秘密は秘密管理性、有用性、非公知性といった三要件の全てを満たす情報です。このような情報を退職時に持ち出すことは、秘密保持誓約書に対するサインの有無にかかわらず、刑事罰の対象となります。従って、退職時に前職企業から秘密保持誓約書を求められなくても、営業秘密の持ち出しは刑事罰の対象となります。

一方で、秘密保持誓約書にサインをさせたのだから自社の情報は全て営業秘密であると会社が認識していたら、それは会社側が営業秘密を理解していないことになります。
上記のように、営業秘密は三要件の全てを満たす情報です。このため、これら三要件を満たさない情報は営業秘密ではありません。秘密保持誓約書における秘密保持の対象が何であるかは実際の秘密保持誓約書の文言によるでしょうが、一般的な秘密保持誓約書であれば秘密保持の対象は不競法で規定される営業秘密となるでしょう。
そうであれば、上記三要件を満たさない情報を退職者が持ち出しても営業秘密の持ち出しとはなりません。このため、企業側は常日頃から自社の営業秘密とすべき情報がどのような情報であるかを認識し、当該情報が上記三要件を満たすようにしなければなりません。特に秘密管理性が不十分である場合が多々あるので、営業秘密としたければ当該情報の秘密管理性を満たすように管理するべきでしょう。
換言すると、退職者と秘密保持誓約書を交わしたということのみでは、情報の秘密管理性は認められる可能性は相当低いと考えられます。なお、従業員数が数人程度でどの情報が営業秘密であるかを全員が認識しているような場合は秘密保持誓約書のみで秘密管理性が認められる可能性はあると思いますが、これは例外的でしょう。
また、退職者に秘密保持誓約書を提示する際に、対象となる情報を慌てて秘密管理しても遅い可能性があります。もし退職者が既に当該情報を持ち出していた場合にはその後当該情報を秘密管理したとしても、持ち出した当該情報は営業秘密とはみなされない可能性があるためです。

以上のことから理解できることは、退職時の秘密保持誓約書は企業が自社の営業秘密を守るために重要な要素ではないということです。秘密保持誓約書の効果としては、退職者に営業秘密の持ち出しは不法行為であり、刑事罰の対象となることを認識させる機会を与える程度のものです。
すなわち、退職者は秘密保持誓約書の有無にかかわらず、営業秘密を持ち出してはなりませんし、企業は秘密保持誓約書の有無にかかわらず、営業秘密とする自社の情報を秘密管理等しなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年10月10日月曜日

かっぱ寿司の元社長による営業秘密漏えい事件(刑事事件)

先週からかっぱ寿司の社長による営業秘密の漏えい事件(刑事事件)が大きく報道されています。刑事事件としての営業秘密の漏えい事件は少なからず生じており、そのほとんどはニュース記事で少し取り合げられるだけで、大きく話題になることはありません。
かっぱ寿司の事件が大きく報道される背景としては、逮捕された社長が競合他社であるはま寿司の元取締役であり、かっぱ寿司とはま寿司は共に回転ずしチェーンとして多くの人に身近な存在であると共に、ライバル企業である、という背景があるためでしょう。

ここで、営業秘密の漏えいは”元従業員”が行う場合が多いと思われるかもしれませんが、部長以上の役職を持つ者が転職時に前職の営業秘密を持ち出す事件も多くあります。役職を有する者は多くの営業秘密に対するアクセス権限があるでしょうし、その営業秘密の有益性もよく理解しているでしょう。また、転職先でも好待遇の場合が多いでしょうから、転職先での成果をより求められるというプレッシャーも感じるでしょう。

例えば、日本ペイントデータ流出事件は、日本ペイントの元執行役員が競合他社である菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの営業秘密を持ち出しています。また、リフォーム事業流銃事件では、エディオンの元部長が転職先の上新電機に営業秘密(リフォームに関する商品仕入れ原価や粗利のデータ等)を漏えいしています。これらの事件では、共に執行猶予付きですが懲役刑となっています。
営業秘密の漏えい事件では、執行猶予が付く場合が多いですが、被害企業の損害が多い場合等には執行猶予がつかない場合もあります。本事件は、食材の原価や取引先の情報等が営業秘密のようであり、これらの情報が回転ずしチェーン店にとって重要であることは想像に難くありません。そうすると、はま寿司の損害が大きいと裁判所に判断され、元社長は執行猶予がつかない懲役刑となる可能性もあるかもしれません。

参考ブログページ


また、前社長は、不正に持ち出した営業秘密をかっぱ寿司社内で開示して、かっぱ寿司はそれを使用していたという疑いがあります。

ここで、営業秘密を不正に持ち出して他社に転職した者には、大きく分けて下記の2パターンがあると思います。
・第1パターン:営業秘密を持ち出したものの転職先等で開示しないパターン
・第2パターン:営業秘密を持ち出して転職先で開示しするパターン

第1パターンは、例えば、不正に持ち出した営業秘密を転職先で開示するきっかけが無かったのかもしれませんし、開示しなければ罪に問われないと思って開示しなかったのかもしれません。何れにせよ、不正に持ち出した者は罪に問われる可能性がありますが、持ち出された企業は実質的な損害は生じないでしょう。

第2パターンは、さらに2パターンに分かれるかと思います。
・第2パターンA:転職先企業が開示された他社の営業秘密を使用しない。
・第2パターンB:転職先企業が開示された他社の営業秘密を使用する。
第2パターンAは、転職先企業が営業秘密の流入リスクを理解している場合でしょう。営業秘密の流入リスクを理解していなければ、転職者が良い情報を持ってきてくれたと考え、第2パターンBとなるでしょう。
また、第2パターンAの場合は、転職先企業が営業秘密の漏えい元(転職者の前職企業)に問い合わせる場合もあり、そうすることで営業秘密の漏えいに自社が関与していないことを証明することにもなるでしょう。

一方、第2パターンBは、不正に持ち出された営業秘密を転職先が使用することになるので、この転職先も罪に問われる可能性があります。この場合、転職先企業は億単位の罰金刑となる可能性があり、当然、社会的信用も大きく失われるでしょう。
さらに、それだけに留まらず、被害企業から民事訴訟を提起され、損害賠償や当該営業秘密の使用差し止めを求められる可能性があります。損害賠償の額も億単位になる可能性がありますし、何より営業秘密の使用差し止めはその後の経営に大きな影響を与える可能性があります。

今後、被害企業であるはま寿司はかっぱ寿司に対して損害賠償及び営業秘密の使用差し止めを求めて民事訴訟を提起する可能性が相当高いと思われます。
報道によるとかっぱ寿司は、「はま寿司のデータと自社の商品を比較して、商品開発に利用する」等していたようです。そうすると、営業秘密の使用差し止めが裁判所によって認められた際には、当該商品は今後販売できない可能性もあるでしょう。また、はま寿司から持ち出された営業秘密には、はま寿司の取引先に関する情報も含まれていたようです。もし、この営業秘密を用いてかっぱ寿司が新たな取引先を開拓していたらどうなるのでしょうか?その取引先とは今後取引をしてはならないのでしょうか?不正に取得した営業秘密を使用してはならないとは、いったいどの範囲までのことになるのか私もよく分かりません。

このように、転職者によって転職先企業に営業秘密が持ち込まれ、転職先企業がそれを使用したとすると転職先企業が多大なる損害を被る可能性があります。
したがって、企業は営業秘密の漏えい(流出)リスクと共に流入リスクも意識しなければなりません。例えば、転職者が前職企業の社名等が表示された資料を開示したとすると、それは高い確率で不正に持ち込まれた営業秘密である可能性があります。このような場合には、当該情報を使用しないだけでなく、自社内で当該情報が広まらないように対応すると共に転職者から当該情報の入手経路を確認し、もし前職企業の営業秘密である場合には前職企業に問い合わせるべきでしょう。また、転職間もない転職者が自社で得たとは思えないような情報を開示した場合にも同様です。

このため、企業は転職者が転職間もない時期に開示する情報には特段の注意が必要であり、自社内で作成されたと思えない情報はその入手経路を確認しなければなりません。転職者が部下や同僚であれば、入手経路を確認し易いでしょうが、転職者が上長さらには社長であっても躊躇してはならないでしょう。
万が一、開示された情報が他社の営業秘密であり、それを使用すると自社が責任を負うことになるでしょうし、もしかしたら、自身も逮捕されるかもしれません。現に、本事件では、元社長だけでなく、かっぱ寿司の部長職の人物も逮捕されています。自社に営業秘密が不正に持ち込まれると、それを知って使用した場合には自身も逮捕される可能性を意識しなければなりません。

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2022年7月18日月曜日

判例紹介:愛知製鋼磁気センサ事件の刑事事件判決(技術情報の抽象化・一般化)

愛知製鋼磁気センサ事件の刑事事件判決(名古屋地裁 令和4年3月18日判決 事件番号:平29(わ)427号)について紹介します。本事件は、被告人が無罪となった事件であり、比較的大きく報道された事件でもありました。本事件は、控訴されなかったため、被告人の無罪が確定しています。

本事件は、b株式会社(愛知製鋼株式会社)の元役員又は従業員であった被告人a,cがb社から示された情報を株式会社dの従業員eに対し、口頭及びホワイトボードに図示して説明することでb社の営業秘密を開示した、というものです。
なお、この情報とは、b社が保有する営業秘密であるワイヤ整列装置(1号機~3号機)の機能及び構造,同装置等を用いてアモルファスワイヤを基板上に整列させる工程に関する技術上の情報とされています。

ここで、検察官は、下記㋐から㋖までの工程(検察官主張工程)であるワイヤ整列工程を被告人がeに説明したと主張し、この㋐から㋖までの工程はb社が独自に開発・構成した一連一体の工程であって、b社の営業秘密である旨主張しました。
❝ワイヤ整列装置が
  ㋐ 引き出しチャッキングと呼ばれるつまみ部分(以下「チャック」という。)がアモルファスワイヤをつまみ,一定の張力を掛けながら基板上方で右方向に移動する
  ㋑ アモルファスワイヤに張力を掛けたまま仮固定する
  ㋒ 基板を固定した基板固定台座を上昇させ,仮固定したアモルファスワイヤを基準線として位置決め調整を行う
  ㋓ 基板固定台座を上昇させ,アモルファスワイヤを基板の溝及びガイドに挿入させ,基板固定治具に埋め込まれた磁石の磁力で仮止めする
  ㋔ 基板の左脇でアモルファスワイヤを機械切断する
  ㋕ 基板固定台座が下降し,次のアモルファスワイヤを挿入するために移動する
  ㋖ 以下㋐ないし㋕を機械的に繰り返す❞
これに対して、裁判所は下記のように、被告人両名がeに説明した情報のうち検察官主張工程に対応する部分は、アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるための工夫がそぎ落とされ、余りにも抽象化、一般化されすぎていて、bの営業秘密を開示したとはいえない、と判断しました。
❝本件打合せにおいて被告人両名がeに説明した情報は,アモルファスワイヤを基板上に整列させる工程に関するものではあるが,bの保有するワイヤ整列装置の構造や同装置を用いてアモルファスワイヤを基板上に整列させる工程とは,工程における重要なプロセスに関して大きく異なる部分がある。また,上記情報のうち検察官主張工程に対応する部分は,アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるための工夫がそぎ落とされ,余りにも抽象化,一般化されすぎていて,一連一体の工程として見ても,ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまり,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえないので,営業秘密の三要件(秘密管理性,有用性,非公知性)のうち,非公知性の要件を満たすとはいえない。したがって,被告人両名は,本件打合せにおいて,bの営業秘密を開示したとはいえない。❞

なお、上記の「大きく異なる部分」としては、以下のように挙げられています。
❝工程㋑に関して,bのワイヤ整列装置では,なるべくアモルファスワイヤに応力を加えないようにするために,基板の手前にシート磁石が埋め込まれた溝(「ガイド」)を設置したり,切断刃近くに磁石を設置したりしてワイヤの位置を保持し,チャック以外では,ワイヤになるべく触れずに挟圧しない方法が採られている(ただし,3号機では,「ワイヤロック」による挟圧はされている。)。
これに対し,被告人両名が説明した情報は,前記のとおり,まっすぐにぴんと張る程度に張力を掛けて引き出されたワイヤを2つの棒状のもので「仮押さえ」をするというものである。この工程は,ワイヤを基板の溝等に挿入して整列させる工程において,「ワイヤ引き出し」,「仮固定」,「切断」といった重要なプロセスに関するものである。❞
また、「一連一体の工程」とのように、例えば、複数の公知情報を組み合わせた場合であっても、その組み合わせに特段の作用効果等がある場合には、全体として非公知性又は有用性が有ると判断される場合があります。
これに関して裁判所は下記のように、検察官主張工程のうち工夫された工程について被告人が開示しておらず、これにより一連一体の工程として見ても、ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまる、として、非公知性を否定しています。
❝すなわち,被告人両名は,前記のとおり,アモルファスワイヤの特性を踏まえ,基板上にワイヤを精密に並べる上で重要になるはずのbのワイヤ整列装置に備わっている工夫に関する情報,例えば,位置決め調整におけるCCDカメラの活用,ワイヤ引き出し時(送り出し時)におけるモーターの回転方法,ワイヤの仮固定における「ガイド」等の機構,基板上の溝等に仮止めする際の磁石の配置,ワイヤがチャックに付着し続けないようにするための工夫等について,eに対して説明していない。
また,本件実開示情報は,アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるために重要となるはずの情報がそぎ落とされ,余りにも抽象化,一般化されすぎていて,一連一体の工程として見ても,ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまるので,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない。❞
以上のように、結論としては、被告人はb社(愛知製鋼)の営業秘密を開示していないので、無罪とされています。このような判断は裁判所が行うまでもなく、技術的な知見を十分に有しているであろう愛知製鋼も行えると思うのですが、なぜ、刑事事件化してしまったのか非常に疑問です。

この理由の一つに、愛知製鋼は営業秘密とした自社の情報(発明)を正確に特定できていなかったのではないかと思います。また、検察(逮捕に携わった警察)もこれを正確に特定できていなかったのではないでしょうか。現に、2017年の2月に逮捕されてから一審判決に至るまで5年もの月日を要しており、これは他の営業秘密侵害事件と比べても非常に長い期間です。営業秘密の特定が不十分であるがために、判決に至るまでの時間を要したとも思えます。
実際、発明を情報として特定することは慣れていないと難しいでしょう。本事件では、検察が「検察官主張工程」として営業秘密を特定していますが、その情報をどのような形態で愛知製鋼が保有していたのかが、少々判然としません。判決では、❝ワイヤ整列装置である1号機ないし3号機をクリーンルーム内に保管し,特定の認証カードを所持する者以外の立入りを制限する措置を講じていた❞、とありますが、これはワイヤ整列装置に対する秘密管理であり、果たして「検察官主張工程」の秘密管理でしょうか。ワイヤ整列装置どこに、どのような形態で「検察官主張工程」を管理していたのでしょうか?

知的財産については、その保有者は自身が有する情報(今回は営業秘密)の権利範囲を広く解釈しがちな傾向にあると思います。そのような傾向にあるにもかかわらず、さらに営業秘密とした技術情報を正確に特定しなかったために、このような結果になってしまったのではないかと思います。

なお、本事件は、例えば転職者が前職で開示された営業秘密に関連する技術情報を転職先等で話す場合についても参考になるかと思います。
前職の営業秘密をそのまま話すことは当然ダメですが、それに関連する技術情報については営業秘密に触れずに「抽象化、一般化」して話すことは問題ないということです。これは当然のことなのですが、本事件によって、前職に関連することを全く話してはいけない、ということではないということが示されたとも思えます。
企業が転職者から前職に関連する技術情報を聞く場合も同様かと思います。前職の営業秘密に関連する部分の説明は「抽象化、一般化」して話してもらうように、転職者を促すことで、不必要に他社の営業秘密を知ることを防止できるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年3月26日土曜日

判例紹介:治具図面漏洩事件(刑事事件) 秘密管理性

今回紹介する判例は、刑事事件に関するものです。
営業秘密侵害の刑事事件では、その多くにおいて被告人が営業秘密の不正取得等を認め、裁判の争点は量刑であることが多いのですが、被告人が持ち出した情報の営業秘密性等を争う場合もあります。

今回はそのような判例(横浜地裁令和3年7月7日判決 事件番号:平30(わ)1931号 ・ 平31(わ)57号)であり被告人の弁護人は当該情報は不正競争防止法2条6項所定の営業秘密に該当しないと主張しています。
本事件は下記のように報道された事件であり、全国的にはさほど大きく報道されなかったものの、光ファイバーに関する治具図面が中華人民共和国で使用する目的で不正に持ち出されたものです。
本事件の判決は有罪であり、被告人Y1が懲役1年4か月及び罰金80万円、被告人Y2が懲役1年及び罰金60万円とされ、執行猶予が3年となっています。

本事件は、被告人Y1が図面の記載の複製を作成し、被告人Y2にこれを開示したこと、被告人Y2がこれを取得して日本国外で使用したことについては争いがないとされています。なお、被告人Y1は、電気通信機器の製造及び販売等を業とするa社(被害企業)の取締役として光通信部品の設計販売等を統括管理し、a社の営業秘密である測定治具等の設計画面を示されています。また、被告人Y2は、b社の代表者として、光通信部品等の販売を業とするものです。

まず、本事件において営業秘密とされる治具図面に記載の本件治具の構造は、下記のようなものです。なお、MTフェルールとは、光通信において光ファイバーを接続するための装置であるMPOコネクタを構成する樹脂製の部品とのことです。
❝本件治具の構造は,市販のダイヤルゲージの軸部分の先端に測定子を取り付けた上,軸部分及び測定子に筒状のアダプタを被せるというものであった。本件治具による測定方法は,MTフェルールをアダプタ底面の挿入穴に差し込み,これを測定子に接触させて移動させ,その移動範囲をダイヤルゲージに表示させて,MTフェルールの長さを測定するというものであった。本件治具によって100分の1ミリメートル単位の長さが測定できた。❞
そして、この図面の管理状況として下記が挙げられています。
(ア)「設計・開発管理規定」により、治具図面を含む製造図面を顧客へ提出することは禁止。同社の各種管理規定については、社内のウェブサイトに最新版が掲載されており、社員であれば閲覧が可能。
(イ)従業員就業規則において「会社,取引先等の秘密,機密性のある情報,顧客情報,企画案,ノウハウ,データー,ID,パスワード及び会社の不利益となる事項を第三者に開示,漏洩,提供しないこと」とされていた。本社1階事務室には、従業員就業規則のコピーが置かれており、社員であれば閲覧が可能。
(ウ)平成24年10月13日に開かれた事業運営会議において、企業防衛のため社員との機密保持契約を締結することとされ、同会議メンバー等が機密保持誓約書に署名押印して提出。被告人Y1も秘密保持誓約書に署名押印して提出。
(エ)平成27年4月7日付け通知書により、機密保持の観点から、図面、仕様書等の裏紙使用は即日禁止され、それらの書類は裁断して廃棄又は溶融業者に処分を依頼することとされた。

上記のような管理状況では、治具図面そのものにマル秘マーク等を付す等の管理がされておらず、治具図面に対する秘密管理が十分、すなわち客観的に秘密であることが認識可能なような管理状況であったのかについて疑義が生じます。


しかしながら、裁判所は下記のようにその秘密管理性を認めています。
❝a社は,平成28年4月1日の時点で本社役員5名,本社従業員33名とする規模の会社であったところ(甲2。なお,本社以外にも日本国内に複数の工場があったが,本社の規模を考えると,各工場で本件治具図面に類する技術上の情報に接し得る社員は限定的であったと推認される),会社の規模がその程度であったことを踏まえれば,本件当時,同社の役員及び従業員にとって,前記第2の3(3)ウで見た各施策により,同社が本件治具図面について秘密管理意思を有していることは,客観的に十分に認識可能であったものと認められる。❞
このように、裁判所は治具図面の秘密管理性について、a社の規模が小さいことから上記のような管理状況でも客観的に認識可能であったと判断したようです。
このような、会社規模が小さいことが秘密管理性の判断に影響を与えた民事訴訟の裁判例として、婦人靴木型事件(東京地裁平成26年(ワ)第1397号(平成29年2月9日判決))があります。

この事件では、営業秘密である婦人靴の木型(本件オリジナル木型)が持ち出された原告会社は、取締役二名と従業員三、四名という規模の会社です。そして、裁判所は本件オリジナル木型の秘密管理性を下記のように認めました。
❝〔1〕原告においては,従業員から,原告に関する一切の「機密」について漏洩しない旨の誓約書を徴するとともに,就業規則で「会社の営業秘密その他の機密情報を本来の目的以外に利用し,又は他に漏らし,あるいは私的に利用しないこと」や「許可なく職務以外の目的で会社の情報等を使用しないこと」を定めていたこと,〔2〕コンフォートシューズの木型を取り扱う業界においては,本件オリジナル木型及びそのマスター木型のような木型が生命線ともいうべき重要な価値を有することが認識されており,本件オリジナル木型と同様の設計情報が化体されたマスター木型については,中田靴木型に保管させて厳重に管理されていたこと,〔3〕原告においては,通常,マスター木型や本件オリジナル木型について従業員が取り扱えないようにされていたことを指摘することができる。これらの事実に照らすと,本件設計情報については,原告の従業員は原告の秘密情報であると認識していたものであり,取引先製造受託業者もその旨認識し得たものであると認められるとともに,上記〔1〕の誓約書所定の「機密」及び就業規則所定の「営業秘密その他の機密情報」に該当するものとみられ,原告において上記〔1〕の措置がとられていたことは秘密管理措置に当たるといえる。❞
本事件はにおいて裁判所は、誓約書及び就業規則といった程度の秘密管理措置に基づいて本件オリジナル木型の秘密管理性を認めています。この理由は、原告の業務が婦人靴の製造であるように非常に限られた業務範囲であることや、原告企業が従業員三、四名の小規模な企業であったためと思われます。

このように、企業規模が小さい場合には、営業秘密とする情報等(本事件では図面)に直接的に秘密管理意思が示されていなくても、その他の措置によってその秘密管理性が認められる可能性があると思われます。すなわち、規模の大きな企業に比べて、不十分と思われる程度の秘密管理体制であっても、営業秘密で言うところの秘密管理性が認められる可能性があります。

なお、本事件では被告人Y1がa社の取締役であったことも秘密管理性の判断に影響を与えていると思われます。この点について、裁判所は下記のように判断しています。
❝被告人Y1は,本件治具の設計・製造に主導的に関与していた上,本件当時,a社の取締役の立場にあり,既に機密保持誓約書にも署名押印してこれを提出していたのであるから,本件領得行為及び本件開示行為の際,前記1で見た本件治具図面に係る秘密管理性,有用性及び非公知性を基礎付ける事実関係の核心部分については,当然に認識,理解していたものと認められるのであって,本件治具図面が営業秘密に該当することを認識していたことは明らかである。❞
このような判断はあってしかるべきだと思います。営業秘密の不正な持ち出しは、従業員だけでなく役員等が行う場合も多くあります。企業の役員等は営業秘密に触れる機会も多いでしょうし、それが営業秘密であることは従業員よりも強く認識しているでしょう。そうであれば、営業秘密の不正な持ち出しについて、その役職が影響を与えることは妥当であると思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年3月7日月曜日

判例紹介:副業で生じ得る営業秘密トラブル

企業において副業が認められつつありますが、副業を認める場合に懸念される事項の一つに営業秘密の流出があります。今回紹介する裁判例は、そのようなトラブルに関するものであり、大阪地裁令2(ワ)3481号(令和4年1月20日判決)です。なお、本裁判は、原告の主張は認められず、被告による営業秘密の不正取得はなかったという判決となっています。

本事件において、被告P1は原告の元従業員であると共に、被告会社(被告ゴトウ)の代表者でもあります。そして、原告は建築工事等を目的とする株式会社であり、被告会社は建築・土木一式工事の設計,施工及び監理等を目的とする株式会社です。すなわち、原告と被告会社とは同業です。なお、被告P1の主張によると”被告P1の原告入社以前から被告ゴトウは存在し、原告も被告P1が被告会社の立場で活動することを許容していた。”とのことです。

そして原告は、元従業員である被告P1が不正の手段により原告の営業秘密である原告の見積情報を取得し、被告P1が代表者である被告会社に開示し、被告会社がこれを使用したことが不競法違反に当たる、とのように主張しています。

より具体的に、原告は、下記のように主張しています。
❝ (ア)被告P1の行為について
 被告P1は,原告に対する背任行為によって本件見積書を取得したものであり,これは不正の手段により営業秘密を取得する行為に該当する。また,被告P1が不正取得行為によって取得した本件見積書に基づいて被告ゴトウは原告の許可なく利用して自身の見積書を作成したのであるから,この点に係る被告P1の行為は,不正に取得した営業秘密を使用又は開示する行為に該当する(法2条1項4号)。・・・
 (イ)被告ゴトウの行為について
 被告ゴトウは,その代表者である被告P1が原告の作成した本件見積書を不正に取得したことを知りながらそれを取得し,被告ゴトウが受注しその利益を図る目的で,本件見積書記載の情報を利用して被告ゴトウ名義の見積書を作成し,注文者に提出した。これは,営業秘密について,その不正取得行為が介在したことを知ってこれを取得し,取得した営業秘密を使用する行為に該当する(法2条1項5号)。・・・❞
このような原告の主張に対して被告は下記のように反論しています。
❝被告P1の原告入社以前から被告ゴトウは存在し,原告も,被告P1が被告ゴトウの立場で活動することを許容していた。したがって,原告の元請が入札して落札できなかった工事に関し,その後,落札した業者からの依頼で被告ゴトウが受注しても何ら違法ではない。
被告P1は,原告の顧客情報,見積情報を不正に取得しておらず,営業秘密の不正取得をしていない。また,被告ゴトウは,本件見積書の情報を使用(営業・受注)しておらず,発注者からの情報や公開されている入札情報等を基に活動しただけである。❞
被告の反論から分かるように、被告P1が代表者である被告会社は、原告が落札できなかった工事をその後、落札業者からの依頼で受注したようです。そして、原告が営業秘密であると主張する本件見積書を原告代表者が作成し、被告P1にそのデータを送信したとのことです。
このような、事情を鑑みると、原告が落札できなかった仕事を原告の見積書を使用して被告が受注した、とのように原告が考えることも理解できなくはありません。なお、被告P1はその後、原告から解雇されたようです。


しかしながら、裁判所は原告の主張を認めませんでした。
その理由として、本件見積書に対して秘密管理性が認められないため、本件見積書は営業秘密でないとのことです。具体的に、裁判所は下記のように判断しています。
❝これを本件見積書記載の情報について見るに,前記各認定事実のとおり,本件見積書には営業秘密である旨の表示がなく,そのデータにはパスワード等のアクセス制限措置が施されていなかった。また,原告において,業務上の秘密保持に関する就業規則の規定はなく,被告P1との間で見積書の内容に関する秘密保持契約等も締結等していなかった。原告は,発注者との間においても見積書の内容に関する秘密保持契約を締結していなかった。さらに,原告は,見積書記載の情報が営業秘密であることなどの注意喚起も,その取扱いに関する研修等の教育的措置も行っていなかった。本件見積書のデータ管理の点でも,原告は,見積書の使用後にデータを西脇支社のコンピュータから削除するよう指示しなかった。❞
これは、原告が本件見積書に対して、「秘密管理の意思が客観的に認識可能」な態様で管理されていなかったということです。
また、原告は「本件見積書記載の情報につき,原告代表者が一元的に管理し,その了承がなければ従業員や外部業者に対して明らかにされないから,秘密として管理されていた」とも主張しています。この主張を原告が行うということは、原告も本件見積書の秘密管理性が乏しいということを認識していたのでしょう。しかしながら、このような主張も当然裁判所には認められませんでした。
そして、裁判所は、被告P1による本件見積書のデータの取得は不正の手段でもなく、被告会社による本件見積書の不正使用も認められないとのように判断しています。

以上のことから、原告の主張は棄却されたのですが、このようなトラブルは副業が広まると生じるトラブルの典型例であると思われます。(被告P1にとっては原告での就業が副業であったのかもしれませんが。)
そもそも、被告P1が原告の同業他社の代表者であることを鑑みると、見積書という自社の活動にとって重要なデータを原告が被告P1に送信するという行為は好ましくないでしょう。また、被告P1も自身が被告会社の代表であるという立場から、そのようなデータを受け取るべきではなかったのでしょう。もし、原告と被告P1との間で本件見積書のデータの送受信が無ければ、このような裁判には至らなかったはずです。

企業は、従業員に副業を認めるのであれば、もしくは自社を副業先とすることを認めるのであれば、当該従業員の他の就業先との関係で自社の流出が懸念される営業秘密のに関しては当該従業員が取得できないようにするべきでしょう。また、当該従業員も他の就業先との関係で取得してはいけない営業秘密を認識し、もしそのような営業秘密に取得する可能性があれば、申し出るべきでしょう。
副業を認めるのであれば、このようなトラブルを未然に防ぐために企業と従業員共に、営業秘密に対する認識を十分に持つ必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年7月4日日曜日

判例紹介:メールの営業秘密性

今回は、取引先との間で交わされたメールの営業秘密性について判断された東京地裁令和3年2月26日判決(令元(ワ)25455号)を紹介します。

この事件において、被告Aは原告の元従業員であって、原告退職後に被告会社に就職しています。この被告会社は原告の取引先でもあり、原告は被告会社から特注台車等の注文を受け、これを商社である大連浩達(中国企業)から仕入れて納入していました。
被告Aは原告の従業員として特注台車等の仕入業務を担当しており、被告会社を退職後に山栄工業の取締役に就任し、その後平成30年8月8日に被告会社に入社しています。
原告は、山栄工業との間で業務委託契約を締結し、山栄工業に対して被告会社に納入する特注台車等の仕入業務を委託するようになりましたが、同業務の委託は平成30年3月31日に終了しました。一方、被告会社は、平成30年7月ごろに特注台車等を大連浩達から直接仕入れるようになりました。
このように、被告Aが被告会社に入社するタイミングで被告会社は原告との取引を終了し、特注台車を大連浩達を直接仕入れるようになりました。

このような経緯のもと原告は「被告Aが原告を退職した後に被告会社に就職し,本件各商品の仕入価格である本件価格情報を不正に取得及び開示等したことが、不正競争行為にあたる」として訴訟を提起しています。


本事件では、本件価格情報の秘密管理性が争点の一つとなっています。
これに対して原告は下記のように主張しています。
(1) 本件価格情報は,原告代表者と被告Aとの間でのみ,メールを通じて共有されていた。他の従業員は,これにアクセスする権限を有しておらず,実際上も,原告代表者と被告A以外に本件価格情報を閲覧する者はいなかった。このように,原告においては,実質的には原告代表者と被告Aのみが稼働していたことを考慮すると,これでも十分な秘密管理がされていたということができる。
(2) 原告は,前記前提事実(3)のとおり,被告A及び山栄工業に対し,雇用契約や本件業務委託契約において,本件価格情報を含む営業情報を秘密として保持することを約束させていた。本件価格情報は,原告の優位性,競争力の根幹をなし,その利益の多寡を決する重要な要因となるものであるから,これが同各契約に定められた秘密保持義務の対象に当たることは客観的に認識可能であり,被告Aも十分に認識していた。
(3) 本件価格情報は,本件各商品の通関業務等を委任されていた三洋運輸株式会社にも開示されていたが,同社は,通関業法19条の守秘義務を負う通関業者である。また,原告は,仕入先である大連浩達に対しても,本件価格情報を他に開示することを許していなかった。
一方、被告らは下記のように反論しています。
(1) 本件価格情報は,被告Aの個人的なメールアカウントと原告のメールアカウントとの間でやりとりされていたが,メールで受送信した本件価格情報には何らのアクセス制限措置は講じられておらず,原告は,これを他の雑多なメールと渾然一体にサーバに保管していたと思われる。
また,原告は,被告Aの退職時に,本件価格情報が含まれたメールの削除を求めておらず,被告Aの退職後においても,同情報が利用されないような措置を講じなかった。
本件価格情報が原告代表者と被告Aとの間でのみ共有されていたとしても,それは,それ以外に原告の業務に従事する従業員がいなかった結果にすぎない。
(2) 原告は,前記前提事実(3)の雇用契約等における秘密保持義務の存在を指摘するが,それらは契約期間内の守秘義務を合意したものにすぎない。契約期間終了後においても同様の秘密保持義務を課すのであれば,その旨が同契約等に明記されていてしかるべきであるが,そのような定めは存在しない。
(3) 本件価格情報は,三洋運輸株式会社や大連浩達にも知られているはずの情報であるが,原告がこれらの会社と秘密保持の合意をしていたことを示す証拠は提出されていない。
このように、本事件では、原告と被告Aとの間でやりとりされたメールの秘密管理性について主な争点となっています。
なお、被告Aは個人的なメールアカウントを用いて原告とやり取りしていたようです。その理由は、被告Aが原告に在籍していた当時、一年のうちほとんどを中国に滞在し、特注台車等の仕入れ等の業務に従事していたためのようです。被告Aの個人のメールアドレスは大連浩達からのインボイスの送付にも利用され、メールの送受信に被告A個人のメールアドレスを使用することは原告代表者も認識し、容認していたとのことです。

上記の原告、被告の主張に対して裁判所は以下のように判断しました。
(1) 原告は,・・・本件価格情報にアクセスしていたのが原告代表者と被告Aのみであったとの事実は,他の従業員が本件顧客情報にアクセスする機会や必要性がなかったことを意味するにすぎず,そのことをもって,原告において本件価格情報が秘密として管理されたと評価することはできない。
また,前記1(2)のとおり,本件価格情報の含まれる大連浩達からのインボイス等は,被告A個人のメールアドレス宛てに送付され,同被告の個人用のパソコンなどに他のメールと混然一体のものとして保管されていたものと認められるところ,本件価格情報が被告Aの私的なメールと分別され,これにアクセス制限がかけられていたと認めるに足りる証拠はない。
さらに,被告Aから原告代表者に送付されたメールは,パスワードの設定された原告代表者のパソコン内に保存されていたものと考えられるが,業務に使用するパソコンにログイン用のパスワードを設定するのは,パソコンを操作する際の通常の手順にすぎず,そのことをもって,パソコン内の全情報が秘密管理されていたということはできない。
(2) 原告は,・・・原告と被告Aとの間の雇用契約及び本件業務委託契約における秘密保持義務条項においては,秘密保持の対象となる「業務上の原告の秘密」は具体的に特定されておらず,原告代表者が被告Aに本件顧客情報が同契約の定める秘密保持義務の対象となる旨を告知したことなどを示す証拠も存在しない。
かえって,前記1(4)のとおり,被告Aが原告を退職した時及び本件業務委託契約の終了時,原告代表者が被告Aに対して本件価格情報を含むメールの削除を求めたことはないものと認められ,これによれば,原告において,本件顧客情報が秘密であると認識されていたということはできない。
このように裁判所は、原告のメールに対する秘密管理性の主張を認めませんでした。確かに、原告は被告のメールに対して秘密管理措置を取っていたとは思えず、裁判所の判断は妥当であると思います。なお、パソコンに設定されているログイン用のパスワードは本裁判例に限らず、秘密管理措置として認められる可能性は低いと思われます。

また、被告が個人的なメールアカウントを使用していたにもかかわらず、原告が退職時にメールの削除を求めなかったということも大きな判断要素にも思えます。
この事実は、原告は被告Aとのメールを秘密にするべきものと強く認識していなかったということでしょう。原告がそのような認識であれば、従業員であった被告Aも同様の認識を持って当然だと思います。それを退職後に、営業秘密であると原告が主張しても、その主張は認められないでしょう。
なお、本事件では、被告による被告会社への情報の使用や開示も認められませんでした。

ここで、本事件の被告Aはいわゆるリモートワークで原告の仕事を行っていたことになります。コロナ禍の現在、リモートワークは珍しいことではありません。場合によっては従業員個人のメールアドレスを用いて業務を行う人もいるのではないでしょうか。また、そうでなくとも、個人のメールアドレスに会社のメールを転送したり、個人のパソコンにインストールしているメールソフトで会社のメールを送受信できるようにしている場合も多いのではないでしょうか。そのような従業員が退職すると、業務に用いたメールが従業員個人のパソコンに残ったままとなります。

やはり、このような状態は企業としては好ましくありません。当然、そのようなメールから情報が漏えいする可能性もあります。これを防止するためには、やはり退職時にメールの削除を要請することは情報漏えいの防止、及び秘密管理措置の視点からも重要となるでしょう。

また、リモートワークが広く行われている現在、メールだけでなく、ZOOMやスカイプ等のコミュニケーションツールを使っている企業は多いかと思います。
しかしながら、企業がアカウント管理を適切に行っていないと、従業員の退職後にやり取りが個人のパソコンで閲覧可能となります。これも情報漏えいを生じかねません。企業は、業務としてコミュニケーションツールを使用している従業員のアカウントを把握し、退職時には当該アカウントを停止する等の措置を講じるべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年3月22日月曜日

スマホ技術を転職先の中国企業へ漏えい、懲役2年の実刑判決。厳罰化の流れ?

先日、NISSHAの元従業員が転職先の中国企業へスマホ技術を漏えいした刑事事件の地裁判決が出ました。 

この判決は少々驚きでもあり、営業秘密の漏えい事件において厳罰化の流れを感じさせます。

下記の一覧表のように、営業秘密漏えいの刑事事件において執行猶予なしの懲役刑は3件(東芝半導体製造技術漏洩事件、ベネッセ個人情報流出事件、富士精工営業秘密流出事件)です。実際には、あと数件懲役刑となった例が有りますが、それらは顧客情報を持ち出し、詐欺等の他の犯罪にも利用したものであり、転職時等に持ち出した事件とは少々異なると考えています。


3件のうち、東芝半導体製造技術漏洩事件とベネッセ個人情報流出事件は、被害企業に与えた損害がとても大きかったために執行猶予がない懲役刑となったと思います。

また、富士精工営業秘密流出事件では、中国人技術者が中国企業への転職に伴い、富士精工の営業秘密を持ち出したという事件です。この事件では、当該営業秘密が中国企業で使用され、富士精工に損害を与えたという事実までは確認できていないようですが、実刑となっています。
この事件において裁判官は、「転職に有利と、私利私欲で経営の根幹にかかわるデータを不正に領得(りょうとく)。刑事責任は相当に重い」、「日本の技術が国際競争にさらされ、違法な海外流出を防ぐ意味でデータ保護の必要性は高い。アジア諸国の技術的台頭を背景に法改正された経緯に鑑みると、実刑はやむをえない」とのことです(2019年6月6日 朝日新聞「企業秘密の製品データ複製の罪 中国籍元社員に実刑判決」)。

そして、今回の事件では、中国企業へ営業秘密を漏えいしたものの、富士精工営業秘密流出事件と同様に被害企業に多大な損害を与えたということは報道からは伺えません。

これら4つの事件から、実刑となる可能性がある営業秘密の漏えい事件は、被害企業に多大な損害を与える場合と、外国へ技術情報を漏えいした場合と思われます。
特に外国への漏えいについては、平成27年の不正競争防止法改正において海外重罰が加えられたこと、また、昨今の海外への情報流出の懸念が影響しているのだと思います。

また、実刑判決となった4件の営業秘密漏えい事件のうち、3件が技術情報の漏えい事件です。これは、顧客情報よりも技術情報の方が、被害企業に与える損害が大きくなる可能性が高いためであると思われます。そして、外国企業において、日本企業の営業秘密としては顧客情報よりも技術情報の方が重要ということもあるでしょう。

今回の判決は、日本の”知的財産”である技術情報の海外流出に対する危機意識を裁判所も共有しているということなのでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2020年10月19日月曜日

刑事事件:導電性微粒子情報流出事件

先週報道された積水化学工業の元従業員が営業秘密(スマートフォンのタッチパネルに用いられる導電性微粒子の製造工程に関する技術情報)を中国企業に流出させ刑事告訴された事件についてです。

この事件で話題になったことは、元従業員が積水化学に在職中にSNSを通じて中国企業と通じ、情報を流出させていたということです。ちなみに、このSNSはLinkedInとのことです(SankeiBiz 迫る中国の産業スパイ 手段は多様化、取引先装いSNSで接触か)。
また、元従業員は、情報流出が発覚した後に解雇されており、中国企業(営業秘密の柳州先企業であるかは不明)に転職したようです。

上記報道によると「元社員も「潮社側から何か情報を引き出せないか」などと考えて、」とあり、また、NHKの報道(情報漏えい疑いで書類送検)によると「自分の研究が評価されていなかった。情報を渡す代わりに中国の会社の情報を入手して新たな製品を開発し、上司や会社を見返したかった」と供述しているようです。
このように元従業員は、営業秘密を中国企業へ提供する替わりに、この中国企業が有する情報を取得することが目的だったようです。

この目的は、2重の危険性を有しています。一つは、自社の営業秘密を他社に流出させることであり、もう一つは、他社の営業秘密を自社に流入させることです。
今回の事件は、元従業員は中国企業から情報を取得することはできなかったようですが、もし、元従業員が中国企業から情報を取得し、それを積水化学内で使用等していたら面倒なことになったかもしれません。

もし、このようなことが起きると、積水化学自体が不正競争防止法2条1項8号又は9号違反となる可能性が有るからです。2条1項8号又は9号は、他社の営業秘密について不正開示行為があったことを知って又は重大な過失により知らないで使用等する行為であり、主に営業秘密が流入した企業等がその対象となります。


しばらく前は、他社が保有する情報を取得することは”良し”とされていたかもしれません。
実際、不正競争防止法で営業秘密侵害が規定されたのは、平成2年であり、このときは刑事罰は導入されていません。刑事罰が規定されたのはさらに近年の平成15年です。
このため、営業秘密の侵害によって刑事罰を受ける可能性を認識していない会社員も多くいるでしょう。もし、そのような人が上司であったら、未だに他社の営業秘密を取得することを“良し”と考え、そのような指示を部下に与えている人がいるかもしれません。

しかしながら、他社の営業秘密を取得し、それを自社で開示や使用することは営業秘密侵害となるため、結果的に自社に損害を与える可能性が有ります。
このような事実を企業も従業員も認識し、誤った行動をとらないようにしなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年9月27日日曜日

刑事事件:ロボット情報不正取得事件

先日、元勤務先からロボット情報を不正に持ち出したとして、この元勤務先の元従業員が逮捕されました。近年、転職先で有利になる等の目的で行われるありがちな営業秘密流出事件です。

具体的には、報道によると「逮捕容疑は昨年8月20日、不正な利益を得る目的で会社のサーバーにアクセスし、営業秘密である産業用ロボットの設計図や生産ラインのレイアウト図など59点の情報をハードディスクにコピーして不正に取得したとしている。」(「ロボット情報不正取得疑い 勤務先から、41歳男逮捕」2020/09/24 産経新聞)とのことです。

なお、上記報道にもあるように元従業員は、「「データをコピーしたことに間違いはないが、不正な利益を得る目的ではない」と容疑を一部否認している。」とのことですが、「逮捕前の任意の調べに「(データを示せば)優遇されるのではないかと思った」と話したという。」との報道もあります(「ロボットの機密情報持ち出した疑い 転職した元社員逮捕」2020/09/24 朝日新聞)。
このように転職先で優遇されることを目的として、退職時に元勤務先の営業秘密を持ち出していたら、それを持って不正の目的となり、刑事事件となる可能性が高いです。
このような事実は、企業に勤める人は窃盗が犯罪であることと同様に、刑事事件化されて刑事罰を受ける可能性が有ることを理解すべきです。

また、他の報道によると元勤務先の取引先の情報も持ち出していたようです(「産業用ロボットデータ不正持ち出しで逮捕の男 取引先のデータも含まれていた」2020/09/25 CVCNEWS)。
これは、逮捕された元従業員の元勤務先は、営業秘密を持ち出された被害企業というだけでなく、他社に迷惑をかけた企業との立場にもなり得、信用を失いかねないことになります。
営業秘密の流出は、自社に関する情報の流出だけであれば、流出元の企業は被害企業となりますが、顧客情報等に代表されるような他社(他者)の情報が流出した場合には、当該他社(他者)に対しては加害企業とのような立場に立たされます。この典型例がベネッセ個人情報流出事件でしょう。


一方、元従業員の転職先企業は、どのような対応をしたのでしょうか?
これに関して報道によると「さらに転職先では逮捕容疑の59件を除くデータの一部について、紙の資料にして示したが、転職先は「同業他社のものはリスクがある」と提供を受けなかったという。」とあります(「ロボット情報持ち出し、転職先「リスクある」と利用断る」2020/09/25 朝日新聞)。

この転職先企業によるこの判断は適切以外の何物でもありません。
転職者が元勤務先の営業秘密を持ち出したとしても、それを自社(転職先企業)で開示させないことがベストですが、もし開示したとしても、その使用は不正競争防止法違反に該当することを理解し、その流入を組み止める必要があります。
このため、特に転職者が提供する情報については細心の注意を払うべきでしょう。
例えば、それまで自社では知り得ていなかった情報を自社で転職者が開示した場合には、その出所を確認するべきです。もし、その出所が転職者の元勤務先であれば、元勤務先の営業秘密の可能性が有ります。
このような意識を持たずに開示された営業秘密を使用して製品を製造販売した結果、刑事事件となり、当該製品の製造販売を中止した企業もあります

このように、転職者による営業秘密の持ち出しは、元勤務先にとっても損害を生じさせるだけでなく、その目的が転職先での使用であるので、転職先にも大きなリスク(営業秘密の流入リスク)を与えるものです。従って転職先企業は、転職者が元勤務先の営業秘密を持ち込まないように、例えば、入社決定時に元勤務先の営業秘密の持ち込みをしないように文章や口頭で説明し、また、入社後の研修等でも同様の説明をし、発覚した場合には元勤務先へ通告すると共に解雇することを予め説明することで、他社の営業秘密の流入を食い止める必要があります。

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2020年6月18日木曜日

新興企業やフリーランスの保護のための提言

先日、「新興企業の知的財産権保護を 大手による無断活用防止―自民提言案」とのニュースがありました。
これは、昨年、公正取引委員会がまとめた「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」を受けてのものだと思われます。
あらためて、この実態調査報告書を読むと、取引先が優越的地位を濫用して営業秘密やノウハウを取得する実態が書かれています。


ここで、営業秘密を取引先に開示する場合には、秘密保持契約を締結することが必須ですが、取引先が秘密保持契約の締結を拒んだり、片務的な秘密保持契約の締結を強要されたり、と様々です。

このような実態調査報告書には記載がないものの、営業秘密の裁判例からあり得そうな例を一つ。
まず秘密保持契約には秘密保持の対象から除外する情報を定めた規定が設けられることが一般的です。たとえば、以下のようなものです。(参照:【参考資料】秘密情報の保護ハンドブック ~企業価値向上にむけて~

① 開示を受け又は知得したときに既に保有していた情報
② 開示を受け又は知得した後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報③ 開示を受け又は知得した後、相手方から開示を受けた情報に関係なく独自に取得し、又は創出した情報
④ 開示を受け又は知得したときに既に公知であった情報 
⑤ 開示を受け又は知得した後、自己の責めに帰さない事由により公知となった情報

そして営業秘密の裁判例として、攪拌造粒機事件(大阪地裁平成24年12月6日判決 事件番号:平成23年(ワ)第2283号) や皮膚バリア粘着プレート事件(東京地裁令和2年3月19日判決 事件番号:平成20年(ワ)23860号) では、原告が営業秘密であると主張した情報が公知であった(上記④)と裁判所によって認定され、その営業秘密性及び被告が当該情報の使用したとしても秘密保持契約違反ではないと判断されました。

すなわち、たとえ、秘密保持契約を締結して開示された情報であっても、公知の情報であれば開示先に秘密保持義務はなく、取引先(開示先)は自由に使用してもよいということです。これは、このような除外規定が設けられた秘密保持契約を締結すると当然のことだと思われます。


しかしながら、そもそも、公知の情報とは何でしょうか?
この「公知」の判断は、特許で言うところの「新規性」の判断とも類似していると思われ、案外難しいかもしれません。
開示した営業秘密と全く同じ情報が記載された資料を取引先が提示した場合には、自社の営業秘密が公知となっていることを認めざる負えません。
しかしながら、全く同じではなく若干違う資料を提示した場合にはどうでしょうか?若干違うものの、当業者であれば同じ解釈できると主張された場合にはどうでしょうか?
また、複数の資料を提示され、この複数の資料の組合せが開示した営業秘密と同じであると主張された場合にはどうでしょうか?

ここで、技術情報は特許公開公報、論文、及びインターネット上の情報等様々なものが溢れかえっています。自社が営業秘密と考えている情報も、特許検索等により調査(先行技術調査)すると全く同じでなくても同様の資料が見つかるかもしれません。
取引先は、開示された営業秘密を自由に使用することを目的として、先行技術調査によって開示された営業秘密を公知であると主張する可能性もあるでしょう。

公知であるか否か微妙な場合には、口先による説明力の問題です。
これがうまい人は、実際には公知でなくても、公知であると説明できるでしょう。こういうことがうまい職種は、やはり弁理士や技術系の弁護士、企業の知財部の人達でしょう。
そして、大企業になるほど、これらの人を使うことができます。一方で、中小企業やベンチャーになるほど、これらの人との繋がりが薄い傾向にあるでしょう。
そうすると、中小、ベンチャー企業は秘密保持契約を締結して営業秘密を大企業に開示しても、その後、除外規定を持ち出されて自由に使用されるリスクがあります。一方で、公知であることの主張は、優越的地位の濫用とは認められないでしょう。

では、このような事態に陥った場合にはどうするべきでしょうか?
そのためには、まず「公知」とはどのようなことを指すのかを理解する必要があります。
そして、開示先が上記のようなことを主張した場合に、対応可能な人物を予め見つけておくことも必要でしょう。
昨今、オープンイノベーションという言葉も広く浸透し、自社の営業秘密を他社に開示する場面もあるでしょう。そのとき、秘密保持契約を締結したからと言って必ずしも安心できるものではありません。開示した営業秘密が取引先に目的外で使用されることもある程度想定して、秘密保持契約を締結する必要があります。そして、開示先が不当と思われる要求をしてきた場合には、営業秘密の開示を行わない、そもそもの取引を行わない、という決断も必要ではないでしょうか。

ところで、この提言は自民党の競争政策調査会は行い、記事には「明らか」になったとありますが、ネットを探しても自民党のホームページを探しても見つからない。
せっかく良い提言を行っているのだから、積極的に公開するべきでしょう。
IT、IT、言うのであれば、まずはこういうところからも行うべきでは?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年2月29日土曜日

パチンコ出玉情報漏えい事件

先日、パチンコチェーン店の元従業員がパチンコの出玉情報を不正に入手して4人の客に漏洩したとして、逮捕・略式起訴され罰金50万円となった刑事事件が報道されました。なお、4人の客は不起訴となっています。

・パチンコ出玉情報を客に教える 元店長に罰金50万円(日テレNEWS24)
・パチンコ出玉情報を客に教える 元店長に罰金50万円(北日本放送)
・ノースランド、パチスロ設定漏洩の元店長を懲戒解雇(P-WORLD)
・設定情報を不正取得、パチンコ店の元店長ら5人逮捕(チューリップテレビ)
・パチンコ情報、不正流出 容疑で元店長ら5人逮捕 県警 /富山(毎日新聞)

私はパチンコをやらないので出玉情報そのものを知らないのですが、出玉情報とは報道によると「高い確率で玉が出る配置図」とのことです。
確かに、その配置図を入手できればパチンコで勝つ可能性が高くなりそうであり、一般的には秘密にしたい情報だとも思えます。ただ、この出玉情報を公開しているパチンコ店もあるようです。公開の目的はやはり集客なのでしょう。

このような出玉情報は、有用性と非公知性は一般的に満たしていると思われ、罰金刑となっているので当然、当該出玉情報は秘密管理されていた情報となります。

そして、パチンコ店の店長であった元従業員は、サーバーへアクセスして出玉情報を取得したとのことです。元従業員は店長であったので当然、アクセス権限を有していたことでしょう。また、一部報道によると、元従業員は3年前から出玉情報を不正取得し、その被害額は数千万円にもなるようです。


ここで、本事件の教訓は、営業秘密性を満たした情報はそれを不正取得等された場合に法的措置をとることができるのであって、漏洩防止そのものには直結しないということです。
本事件は、パチンコ店の店長が情報漏洩を行っています。一般的に、店長は情報漏洩を防止する立場にいるはずです。しかしながら、このように所属企業の管理職が情報漏洩を行う場合が多々あります。であれば、企業は、そのようなことも想定して営業秘密管理をしないといけないのでしょう。

とはいえ、それは非常に難しいですよね。
店長が出玉情報を取得(確認)することは当然ですし、それを例えばプリントアウトすることもさほど不自然ではないでしょう。プリントアウト不可なら、人目を避けて出玉情報を表示している画面をカメラ撮影することもできるでしょう。
また、サーバーでアクセス管理したとしても、日常業務で出玉情報にアクセスするでしょうから不正検知に役立たないかもしれません。

本事件は、損害額が数千万円の可能性があるようですので、高確率に設定されているパチンコ台で不自然なほど多くの出玉数があり、それに企業側が気が付いて店長による情報漏洩に辿り着いたのではないでしょうか?

では、どうするべきだったのでしょうか?
パチンコ店におけるパチンコ台の管理や設定方法を私は理解していないので勝手な想像ですが、出玉情報を店舗で管理する必要があったのか?もし、かならずしも店舗で管理する必要がないのであれば、本部で管理することもできたのではないか?
店舗での管理が必要な場合には、出玉情報を閲覧する場合には必ず2人以上で閲覧するというルールを設ける、というようなことも考えられるのではないでしょうか?
しかしながら、このような管理は、作業効率が悪く非現実的かもしれません。

とはいえ、営業秘密が漏洩した場合における損害を考えた場合には、そのような管理も必要なのかもしれません。
このような実際の事件を検討することで、自社の営業秘密管理が果たして適切であるのかを見直すきっかけになると思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信