第2条第1項第7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
この条文を素直に解釈すると、不正の利益を得る目的等のために使用等してはいけない営業秘密は、「営業秘密保有者(会社)から示された営業秘密(情報)」ということになります。そうすると、自身が作成して会社に示した情報は会社から示された情報ではないので、不正使用の対象とはならないという解釈もあるでしょう。
例えば、業務として従業員が創作した発明は、外形的には従業員から会社に示すものであり、会社から発明を捜索した従業員に示された情報ではありません。
また、発明は、従業員から会社に示されるまで、外形的には会社は当該発明を秘密管理することはできません。
上記秘密管理の件については、前回のブログ記事で紹介した刑事事件判決(東京地裁令和7年2月25日判決 事件番号:令5(特わ)1278号)では、「産総研法及び規則は、産総研職員に対し、職務上得られた秘密に関する守秘義務を定め、成果物規程は、全ての研究成果物等について秘密保持義務を定め、各職員において研究成果物等を秘密として厳重に管理すべきこと、公表したり第三者に提供したりする場合には産総研の承認が必要であることなどを明記している。」として、㊙マーク等のない発明に関しても産総研による秘密管理措置が認められています。
一方で、 「営業秘密を保有者から示された」については、秘密管理性とは直接的な関係はなく、秘密管理性を満たしたからと言って「営業秘密を保有者から示された」との要件を満たすものではありません。
上記事件では、営業秘密(本件ノウハウ)は、被告人が創作したものではなく、被告人が受入責任者となって契約職員として産総研で雇用されたDから被告人に対してメールで提供されているものの、産総研には報告されていません。したがって、外形的には、被告人は本件ノウハウを産総研から示された者にはなりません。
これに対して、裁判所は以下のように判断しています。
・・・一般に、営業秘密に当たる研究成果物等は産総研との雇用契約に基づき適用される成果物規程により原始的に産総研に帰属するから、当該研究成果物等の発生を職務上認識していればその職員は「営業秘密を保有者から示された者」に当たる・・・
上記裁判所の判断によると、「成果物規程により原始的に産総研に帰属」とあるので、この成果物規定がどのようなものであるかが気になるところです。判決文によると、成果物規定(研究成果物取扱規定)では下記のような記載があるようです。
研究成果物等取扱規程(以下「成果物規程」という。)3条1項で「研究成果物等」を「論文、報告等としてまとめられるもの」(同項1号)、「研究によって又は研究を行う過程で得られたデータ、試薬、試料、実験動物、化学物質、菌株、試作品、実験装置及びソフトウェア」(同項2号)等と定義しており、研究成果物等は「特段の登録等を必要とせず、発生した段階で研究成果物等として取り扱う」(4条)、「職員等によって研究所において職務上得られた研究成果物等は、特段の定めのない限り、研究所に帰属する」(5条1項)ものとしていた。
そして裁判所は本件ノウハウの「帰属」について下記のように判断しています。
これらの定めの目的・趣旨によれば、成果物規程5条1項は産総研に帰属する研究成果物等の範囲に産総研の施設で行われたものに限るとの場所的限定を付したとは考えられないから、兼業等が許されない限り、産総研の職員が職務上の研究により得た研究成果物等は基本的に産総研に帰属すると解される。殊に、産総研の施設及び機器を用いて行った研究は、目的外使用禁止の上記規程と相まって、職員等によって職務上得られた研究成果物等に例外なく該当することになると考えられる。そして、当該研究成果物等は発生した時点で当然に産総研に帰属するから、産総研職員が職務上得た研究成果物等が当該職員に帰属する余地はないといえる。以上の前提に従えば、本件ノウハウは、被告人の研究業務を補助するために産総研に雇用された契約職員であるDが被告人に提供したものであるから、Dの産総研における研究によって職務上得られた研究成果物等であると通常は考えられる。
このように、裁判所は、研究成果物が産総研に帰属することは被告人も認識していたはずであるから、研究成果物が創作された時点で当該研究成果物は産総研から被告人に示されたことになる、と判断しているようです。すなわち、裁判所は、「営業秘密を保有者から示された」を実際に「示された」か否かで判断するのではなく、規定等による産総研での取り決めに基づいて「帰属」と共に判断していると考えられます。
このように判断しないと、業務として発明を創出しても会社(上記判例では産総研)に報告しなければ、当該発明は会社から示されたものとはならず自由に使用できることとなるため、妥当とも考えられるでしょう。
しかしながら、このような判断を可能とするためには、会社は上記成果物規定のような規定を予め作成し、研修等によってそれを従業員に認知させる必要があると思えます。仮に、上記成果物規定のような取り決めもなく、研究成果物が会社の帰属となるという研修を従業員に対して行っていなければ、従業員が職務として創出した発明を会社に報告せずに他社等で使用してもそれは営業秘密侵害とはならない可能性もあるでしょう。
弁理士による営業秘密関連情報の発信