2019年12月29日日曜日

営業秘密の帰属に対する行政の考え

営業秘密の帰属に対する行政の考えを窺える書籍や資料は複数有ります。

そのうち、最も古い書籍は、1990年発行の「通商産業省(現経済産業省)知的財産政策室監修 営業秘密ー逐条解説 改正不正競争防止法ー」かと思います。1990年(平成2年)から不正競争防止法において営業秘密の民事的保護が規定されましたのでは、この書籍は、営業秘密の立法者の考えそのものとも言えるかと思います。

まず、本書の87ページの”一「保有者ヨリ示サレタル営業秘密」”には「本号は本源的保有者から営業秘密を示された者の不正行為を規定したものであり、本源的保有者自身の行為は本号の対象とはならない。」とし、「例えば企業に所属する従業員が職務上営業秘密を開発した場合に、当該営業秘密の本源的保有者は企業と従業員のいずれにかるのか、即ちいずれに帰属するのかという点が問題となる。」とのように帰属について問題提起しています。

そして、これに対して本書では「個々の営業秘密の性格、当該営業秘密の作成に際しての発案者や従業員の貢献度等、作成がなされる状況に応じてその帰属を判断することになるものと考えられる。」とし、下記のように例示しています。

「例えば企業Aで働く従業員Bが自ら営業秘密を開発しそれがBに帰属する場合にはAから示された営業秘密ではないため、Bが転職して競業企業Cにおいて当該営業秘密を使用したり開示したりする場合であっても、本号に掲げる不正行為には該当しない。・・・契約によってBからAに帰属を移した営業秘密をBが転職して競業企業Cにおいて利用したり開示したりする行為は、本号の適用を受けないとしても債務不履行責任を負うことは当然である。」(下線は筆者による。)

すなわち、本書では、営業秘密が従業員Bに帰属する場合には当該営業秘密を他社等に開示しても不競法2条1項7号違反にはならない、一方で、帰属を企業に移していたら債務不履行となる、と解釈しているようです。

なお、本書の93ページの注意書き(4)には「営業秘密の帰属については、①企画、発案したのは誰か、②営業秘密作成の際の資金、資材の提供者は誰か、③営業秘密作成の際の当該従業員の貢献度等の要因を勘案しながら、判断することが適切であると考えられる。」とありますが、具体的にこれらの要因をどのように勘案するかの記載はありません。


次に、挙げる書籍は、1991年発行の通商産業省知的財産政策室監 「営業秘密ガイドライン」です。これは、上記「逐条解説」から1年後に発行されています。
この27ページには、質問事例として「得意先を開拓した営業担当者が転職した後に前のお客のところへ営業に行ってもよいか」というものがあげられており、これに対して下記のように回答されています。
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もし、あなたの顧客開拓が前の会社の具体的な指示で、担当範囲を決めて行われたようなものであるならば、その顧客のリストは、会社のものとなり、会社から「示された」営業秘密になるかもしれません。この場合は、そのリストを会社が秘密として管理していれば、本法の対象となるかもしれせん。
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また、本書の69、70、83、84ページには、「逐条解説」と同様に帰属が問題となることが記載されると共に、その判断として「逐条解説」の93ページの注意書きにある3つの要因があげられているものの、「逐条解説」に記載されていたような、営業秘密が従業員に帰属する場合の事例の記載はありません。
すなわち、「ガイドライン」では「逐条解説」に比べて、営業秘密が従業員帰属となる可能性についてトーンダウンしているようにも思えます。

さらに、近年になって公表された経済産業省経済産業政策局 知的財産政策室 編著の発行2003年1月30日(2011年12月1日改訂)「営業秘密管理指針」(旧営業秘密管理指針)の15ページには、以下のようにあります。


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営業秘密の管理主体は、事業者であることが前提である(第2 条第1 項第7 号)ため、その情報の創作者が誰であるかを問わず、事業者が当該情報を秘密として管理している場合には「営業秘密」になる可能性がある。
・・・
c) 従業者等が、在職中に創作した情報であっても、その情報を事業者が営業秘密として管理している場合には、その不正な使用行為又は開示行為は処罰や差止めの対象となり得る
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上記c)は、逐条解説に記載されていたような、営業秘密が従業員帰属となる可能性を真っ向から否定すると思われる解説です。

そして、平成27年1月28日発行(最終改訂:平成31年1月23日) の「営業秘密管理指針」には、営業秘密の帰属についての記載がなくなりました。なお、経済産業省経済産業政策局 知的財産政策室 編著 第3版 2018年9月1日 「秘密情報の保護ハンドブック ~企業価値向上に向けて~ 」にも営業秘密の帰属に関する解説はないようです。

このように、営業秘密の帰属に関する行政の考えは、以下のように変化しています。

1.営業秘密の帰属の問題提起:発明は従業員帰属とする説
2.営業秘密の帰属の問題提起をしつつ、発明を従業員帰属とする説はなくなり、従業員が作成した顧客リストであってもそれを会社帰属とする説
3.営業秘密の帰属の問題提起もなく、営業秘密は会社帰属とする説
4.営業秘密の帰属について解説なし

このように行政の考えは変化しており、営業秘密の帰属について一貫した考えは示されていません。


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