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2022年9月26日月曜日

判例紹介:新規製品の開発・製造委託の取りやめ 宅配ボックス事件(有用性)

前回の判例紹介の続きです(東京地裁令和4年1月28日判決 事件番号:平30(ワ)33583号)。
この事件は、原告が被告から宅配ボックスの開発・製造の委託を受けたものの、被告が本件新製品の製造を原告に発注するのを取りやめ、原告の営業秘密である本件データを使用して被告製品を製造・譲渡したというものです。
この事件は、被告は原告の営業秘密である本件データを不正に使用したとして、原告による差し止めや損害賠償請求が認められました。

前回は本件データの秘密管理性についてでしたが、今回は有用性と非公知性についてです。
まず、本件データの有用性について、裁判所は下記のようにして認めており、この判断は至極妥当であると考えられます。
❝本件データは,前記(1)のとおり,本件新製品の最終試作品の製作のために原告が作成した3Dデータであり,3次元の空間における部品の構造(部品の長さ,形状,厚みなどの全ての構造)が詳細に記録され,本件データがあれば本件新製品の試作品を容易に製造することができるものであるから,原告の事業活動において有用な情報であり,有用性が認められる。❞
一方で、被告は❝本件データは,本来であれば被告製品の基となることが予定されていたものであるから,原告の事業活動において有用な情報であるとはいえない❞とのように主張したようです。しかしながら、裁判所は、以下のようにして被告の主張を認めませんでした。
❝本件データについて,被告製品の製造以外に用いることができないといった事情はうかがわれないから,被告製品の基となることが予定されていたことをもって原告の事業活動における有用性が否定されるとはいえない。❞
この裁判所の判断からすると、本件データが被告製品の製造にのみ用いるものであれば、有用性が否定されるとも解釈できます。1つの企業でしか用いることができないデータが存在するのか分かりませんが、そのようなデータは有用性が認められないということでしょうか。そのような理由で有用性が否定され得るのか、少々疑問に感じます。


また、被告は❝本件データの内容に技術的な特殊性及び革新性はなく,公知情報の組合せであって,予想外の特別に優れた作用効果を奏するものでもない❞とも主張したようです。しかしながら、これについても裁判所は、以下のようにして被告の主張を認めませんでした。
❝本件データは,具体的な試作品の作成が可能な程度に部品の構造や寸法が詳細に記録されたものであり,単にコンテナボックスに化粧板を取り付けることを記載したものではないから,本件データが公知情報の組合せにすぎないとはいえない。❞
この裁判所の判断も妥当なものと思われます。
しかしながら、上記判断では、本件データは❝部品の構造や寸法が詳細に記録されたもの❞であるから有用性を認めるとしており、仮に本件データが❝単にコンテナボックスに化粧板を取り付けることを記載したもの❞であれば有用性は認められないとも解釈できます。このことは、営業秘密が有用性を満たすか否かの判断において重要なことを示唆していると思われます。
すなわち、他の裁判例でもあったように、特許で言うところの進歩性が低い情報については有用性が認められない可能性を示唆しています。なお、原告は、被告の主張に対して❝有用性と特許制度における進歩性の概念とを混同したものであって,失当である❞とも主張しましたが、この原告の主張に対して裁判所は何ら述べていません。
また、被告の上記主張は非公知性としても述べられていますが、非公知性としても同様の判断で裁判所は被告の主張を認めませんでした。

さらに、被告は❝本件データには原告と被告が共同作成したものといえ,被告のアイデアが多分に含まれているから,原告にとっての有用性は非常に低い❞とも主張しました。これについても裁判所は、以下のようにして被告の主張を認めませんでした。
❝本件新製品の仕様等について原告と被告は打合せを繰り返したが,弁論の全趣旨によれば,本件データの作成自体は原告が単独で行ったものと認められるから,この点も本件データの有用性を否定するものとはいえない。❞
このように裁判所は、❝本件データの作成自体は原告が単独で行ったもの❞であるとして、被告の主張を認めませんでしたが、この判断はどうでしょうか。仮に、本件データを原告が被告と共に作成しても本件データの有用性は否定されないと思います。

なお、被告は❝本件データは樹脂製品及び宅配ボックスについての知識経験を豊富に有する被告の助言・監修の下で作成されたものであるから,原告と被告が共同作成したものといえ,被告のアイデアが多分に含まれている。❞とも主張しています。これに対して、原告は❝本件データの作成過程において,原告が被告の意向を踏まえてデータを作成することがあったとしても,その意向は抽象的な要望やアイデアにすぎなかった。❞とのように反論しているものの、本件データに被告のアイデアが含まれていることは否定していません。

このようなことから、被告は本件データを共同作成したことを有用性の有無で争うのではなく、本件データは原告と被告とが共同作成したものであるから、本件データの保有者には被告も含まれることで主張した方が良かったように思えます(この主張が認められる可能性は低いかもしれませんが)。もし、この主張が認められたら、本件データは原告と被告とが共同で保有しているので、被告も使用可能であり、被告による営業秘密侵害にはならない可能性があるのではないでしょうか。

ここで、発明については「具体的着想を示さず単に通常のテーマを与えた者又は発明の過程において単に一般的な助言・指導を与えた者」は発明者とはなりません。すなわち、原告と被告の共同作成を発明に当てはめると、被告が原告に抽象的なアイデアを与えただけでは発明者とはなり得ないでしょう。一方で、「提供した着想が新しい場合は、着想(提供)者は発明者」とされます。もし、被告が原告に与えたアイデアが新しい着想である場合には、被告は発明者となり得、当該発明に対して特許を受ける権利を有することとなります。

特許と営業秘密とを同様に考えることは必ずしも適切ではないと思います。しかしながら、原告が作成した本件データが、仮に被告が独自に着想した新規(非公知)のアイデアに基づいて図面とされているものであれば、本件データは被告のアイデア無くして作成できたものではありません。そうであれば、被告も本件データの保有者という主張も議論の余地があるのではないかと思います。
なお、仮に被告が本件データの保有者であると認められ、被告の営業秘密侵害が否定されたとしても、被告は原告に対して少なくとも本件データの作成費用の支払い義務はあるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年4月4日月曜日

判例紹介:治具図面漏洩事件(刑事事件)有用性

前回紹介した治具図面漏洩事件における有用性に対する裁判所の判断です。
本事件では、被告人が有罪となっているので、当該営業秘密の有用性についても裁判所は認めていますが、これに対して裁判所は有用性について少々突っ込んだ判断をしているとも思えます。

まず、本事件における営業秘密の有用性について、裁判所は以下のように事実認定をしています。
❝本件治具による研磨後のMTフェルールの測定方法は,・・・いったん本件治具に測定の基準となる設定をしてしまえば,後は,特段の技術も要さず,当該MTフェルールを本件治具の挿入穴に挿入するだけで,当該MTフェルールが長短一定の範囲内の長さであることを正確に測定することができ,その所要時間は,a社で従来行われていた工場顕微鏡による測定よりも大幅に短いものであったことが認められる。そして,本件治具を製造するための材料費が比較的廉価であった・・・
また,当該MTフェルールの長さを計測する方法としては,市販されているマイクロメータやノギスを用いる方法もあるが,それらによって,本件治具を使用した測定ほどに,特段の技術も要さず,短時間で正確に所期の測定ができるとは考え難い。また,MTフェルールを傷付けないための・・・ニゲアナのような特徴は,マイクロメータやノギスには見られない利点といえる。
そして,本件治具図面は,以上のような利点のある本件治具に係る設計情報を図面化したものであり,設計図面という性質上,本件治具をそのまま複数製造したり,改良を加えて製造したりすることを容易にする効用も有していたといえる。❞
これに対して、被告人の弁護人は、「予想外の特別に優れた作用効果」を生じさせないとしてその有用性を否定する主張を行いました。
技術情報を営業秘密とした場合に、当該営業秘密の有用性又は非公知性に「予想外の特別に優れた作用効果」を必要とする裁判例は幾つもあります。このため、適否は別として、弁護人がこのような主張をすることは当然でしょう。


これに対して裁判所は、下記のように有用性には「予想外の特別に優れた作用効果」は必要ないと判断しています。
❝不正競争防止法が営業秘密を保護する趣旨は,不正な競争を防止し,競争秩序を維持するため,正当に保有する情報によって占め得る競争上の有利な地位を保護することにあり,進歩性のある特別な情報を保護することにあるとはいえないから,当該情報が有用な技術上の情報といえるためには,必ずしもそれが「予想外の特別に優れた作用効果」を生じさせるものである必要はないというべきである❞
「予想外の特別に優れた作用効果」とは特許における進歩性の判断と同様とも思える判断であり、私個人としてもこのような判断が営業秘密に必要であるかは大変疑問に思っていました。この疑問に思う理由と同様のことを、上記記載の後に裁判所は下記のように判決文で述べています。
❝(そもそも何をもって「予想外」「特別に優れた」というのかが曖昧であり,その意味内容によっては,不正競争防止法が所期する営業秘密保護の範囲を不当に制限する可能性がある❞
今まで営業秘密の有用性に対して「予想外の特別に優れた作用効果」は必要であると判断された裁判例が多数ありますが、上記のようにその判断基準は曖昧であり、未だ明確な判断基準を示した裁判例はないと思います。なお、感覚的には有用性における「予想外の特別に優れた作用効果」が必要とした裁判例では、特許の進歩性と同様の判断基準としたようにも思えますが、それを明示した裁判例はありません。
また、特許と実用新案では要求される進歩性の程度が異なります。もし、営業秘密における有用性の判断基準が特許の進歩性と同様であると考えると、実用新案の進歩性の判断基準と異なる理由が必要でしょう。また、もしかしたら、営業秘密の有用性の判断基準は特許又は実用新案の進歩性の判断基準と異なるのかもしれません。
一方で、本事件における裁判所の判断のように不正競争防止法が営業秘密を保護する趣旨が「不正な競争を防止し,競争秩序を維持するため,正当に保有する情報によって占め得る競争上の有利な地位を保護すること」と考えると、やはり有用性の判断に「予想外の特別に優れた作用効果」は必要でないとすることが妥当であると思えます。


とはいえ、裁判所は、上記の後に下記のようにも述べています。これは、営業秘密の有用性に対して「予想外の特別に優れた作用効果」は不要であるとの立場であっても、本事件の営業秘密は「予想外の特別に優れた作用効果」を有しているとの認識であることを念のために明示したと思えます。
❝反面,後記(3)アのとおり,本件治具以外にこれと同じ性能を持ったMTフェルール用測定治具が実用品として存在しないことに照らせば,本件治具図面を「予想外」の情報と見る余地があろうし,前記アの利点に照らせば,本件治具図面を「特別に優れた」情報と見る余地もあろう)。❞
このように、本事件において、裁判所は今までの主流とも思える有用性に「予想外の特別に優れた作用効果」を必要とする判断を否定したことは、注目に値すると思えます。
すなわち、現時点において裁判所の判断として、有用性に「予想外の特別に優れた作用効果」を必要とする見解と、必要としない見解の2つがあることになります。今後、どちらの見解が主流となり得るのかは営業秘密の有用性判断において重要となるでしょう。

また、有用性について弁護人は、❝「限界ゲージ」という治具が本件治具よりも優れているから,本件治具図面は,有用性の要件を充たしていない❞とも主張しています。この主張はいささか苦し紛れとも思えますが、裁判所は下記のように判断しています。
❝ここで問題とされている「有用性」とは,本件治具図面という情報を保有する者と保有しない者との間で優位性の差異を生じさせ得る相対的な「有用性」を意味すると解されるから,他に機能等において優れた治具が存在するからといって,本件治具図面の有用性が直ちに失われるというものではない。❞
上記❝情報を保有する者と保有しない者との間で優位性の差異を生じさせ得る相対的な「有用性」を意味する❞とのような見解は、まさにその通りであると思います。たとえ、優れた他の情報が公知となっているからと言って、当該営業秘密の有用性が否定されるという絶対的なものではなく、上記のような相対的なものとして有用性は判断されるべきでしょう。

本事件は、刑事事件の地裁判決ではありますが、上記のように、今後の有用性の判断に何かしら影響を与えるかもしれない判断がなされている点において、非常に気になる判例でした。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年9月13日月曜日

ー判例紹介ー 独自開発に基づかない図面の非公知性、有用性

今回は、図面の非公知性及び有用性についてです。 企業が作成する図面には、自社で独自開発した技術を図面としたものや、自社で独自開発した技術でないものの自社で図面としたもの、様々なものがあるでしょう。
自社で独自開発した技術の図面は非公知性や有用性は認められ易いででしょうが、自社で独自開発ていない技術の図面はどうでしょうか?

そのような判断がなされた裁判例(名古屋高裁金沢支部令和 2年 5月20日  平30(ネ)81号)を今回は紹介します。 この事件は、クロス下地コーナー材事件(平成30年 4月11日 福井地裁 平26(ワ)140号)の控訴審判決です。

本事件は、原告が被告会社との間で基本契約を締結し、建築資材であるクロス下地コーナー材の製造を委託していたという経緯があります。 そして、被告会社は、かつて原告から上記基本契約に基づき開示を受け、又は原告の従業員からその守秘義務に違反するなどして開示を受けた原告の営業秘密に当たる技術情報等を用いて、同契約終了後、図利目的で、原告の製品と形状の類似した本件被告製品を製造等したというものです。
原審では、営業秘密の保有者である原告勝訴となり、3億2560万円の損害賠償や原告の営業秘密を用いたクロス下地コーナー材の差し止めが認められました。
これに対して被告が控訴しています。 すなわち、控訴審では、被告が控訴人であり、営業秘密の保有者である原告が被控訴人です。

控訴審では、被告訴人(一審原告)は「別紙対応関係一覧表に記載された被控訴人保有の金型及びサイジングの図面に化体された原判決別紙独自部分一覧表のb1ないしf5の独自部分に係る技術情報も,営業秘密に当たる。」と主張しています。
一方で被控訴人(一審被告)は、「被控訴人主張の独自部分は,被控訴人独自の技術ではなく,常識に基づいて当然に採用されるもので,営業秘密には当たらない(乙58,59参照)。」と主張しています。

これに対して、裁判所は以下のように判断し、被控訴人の主張を否定しました。
❝控訴人らは,被控訴人主張の独自部分については,被控訴人が独自に開発したものではない旨主張するところ,確かに,被控訴人主張の独自部分b1ないしf5(重複あり)については,その旨の記載が専門的な文献にもあること(乙59)に照らすと,原審における証人Jの証言及び意見書(甲90,92)中の被控訴人が独自に開発したものであるとの部分は直ちに採用することができず,被控訴人がこれらを独自に開発したとまでは認め難いものの,少なくとも本件原告製品を製造するために被控訴人によって開発された金型やサイジングであって,コーナー材の製造では,一般的には金型メーカーに発注して,各社がそれぞれ独自の金型及びサイジングを使用していること, 押出成形法に係る経験や製造ノウハウがあっても,金型及びサイジングを開発するノウハウを有していなければコーナー材を製造することはできないことからすると,被控訴人の金型及びサイジングの図面自体についても非公知性があり,有用性があるものとして,本件技術情報に関連付けられた金型及びサイジングの図面それ自体も営業秘密に該当するものと認められる。 ❞
上記のように、裁判所は被控訴人が主張する独自部分は被控訴人が独自に開発したものとは認めがたいと判断しています。
そうすると、被控訴人が営業秘密であると主張する図面の非公知性や有用性も認められないのではと思いますが、そうではなく、図面には金型及びサイジングを開発するノウハウが化体されているとして図面の営業秘密性を認めています。 すなわち、図面の上位概念である独自部分は公知であるが、この独自部分にある程度のノウハウが与えられた図面は非公知であり、有用性も認められるということでしょう。

」で論じた図面等の下位概念ほど有用性(又は非公知性)が認められやすいという考察と通じるものがあると思われます。 

ここで、技術情報の上位概念は営業秘密性が認められずに、下位概念の営業秘密性が認められた裁判例として、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決 平成26年(ネ)第10059号)があります。

この事件では、原告は接触角計算プログラムのアルゴリズムとソースコードについて営業秘密性を主張しました。 これに対して、上位概念であるアルゴリズムについて、裁判所は「原告アルゴリズムの内容の多くは,一般に知られた方法やそれに基づき容易に想起し得るもの,あるいは,格別の技術的な意義を有するとはいえない情報から構成されている」として、その有用性及び非公知性を認めませんでした。 
一方で、下位概念であるソースコードに対して、裁判所は有用性及ぶ非公知性を認め、その営業秘密性を認めました。

このように、同じ技術思想に基づく技術情報であっても図面やソースコードのような下位概念の方が営業秘密性を認められやすいという傾向にあるようです。 技術情報を営業秘密化する場合には、このことを十分に認識し、適切な情報を秘匿化するべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年12月27日日曜日

判例紹介:中古車オークションサイトのID及びパスワードの営業秘密性

本裁判例(東京地裁令和2年10月28日 令和元年(ワ)14136号)は、名刺管理ソフトで管理していた名刺情報、原告車両の在庫情報、中古車オークションサイトのID及びパスワードを、原告の元従業員で被告Aの上司であった被告Bに開示したとして、不競法2条1項4号、5号又は同項7号、8号所定の不正競争行為に該当し、原告との雇用契約に基づく秘密保持義務にも違反すると原告が主張したものです。

本事件では、名刺情報、在庫情報、並びにオークションサイトのID及びパスワードは、全て営業秘密性がないとされています。このうち、名刺情報及び在庫情報は秘密管理性がないというものであり、よくある裁判所の判断でした。
一方、オークションサイトのID及びパスワードに対する裁判所の判断は、下記のように秘密管理性及び有用性がないというものでした。

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ア 本件ID等情報は,中古車オークションであるアライオートオークションに参加するために必要となるID及びパスワードであり,同オークションのサイトにログインすることにより,中古車の売買の相場価格を知ることが可能となるところ,本件ID等情報そのものは,文字と数字等の組合せから成る文字列にすぎず,それ自体が事業活動に有用な情報であるということはできない。
これに対し,原告は,同オークションのサイトを閲覧することにより,中古車両の下取り価格等の参考情報を得ることができるので,本件ID等情報自体に情報としての有用性があると主張するが,上記判示のとおり,本件ID等情報は文字と数字等の組合せから成る文字列であるから,それ自体から原告の事業に有用な情報を読み取ることはできず,また,同情報を使用することによりアクセスすることができるのは,アライオートオークションのサイトにおいて表示され,その会員であれば見ることのできる情報であり,同情報が原告の保有する営業秘密であるということもできない。
イ また,仮に,本件ID等情報自体に有用性が認められるとしても,原告の主張によれば,同情報はこれを利用する必要のある従業員の間で共有されていたということであり,そうすると,原告においては,本件ID等情報についてアクセス制限措置は講じられておらず,業務上上記オークションのサイトにアクセスする必要のある従業員であれば,自由に本件ID等情報を利用することができたというべきである。
そうすると,原告の従業員等が,本件ID等情報が原告の営業秘密であると認識していたとは考え難く,原告の就業規則等に秘密保持条項があることも同結論を左右するものではない。
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個人的には、このような裁判所の判断はおかしいのではないかと思います。
そもそも、IDとパスワードは原告が「一般的に,一定の資格を有する会員のみに付与されるアライオートオークションにログインするためのID及びパスワードは,その性質上,外部に開示されることは想定されていない。」と主張しているように、外部に開示されるものではありません。
すなわち、一般的にIDとパスワードの組み合わせは秘密とするべきものであると誰しもが認識できるものであるため、IDとパスワードの組み合わせは、たとえ秘密管理措置が客観的に認められないとしても、その秘密管理性は認められてしかるべきではないでしょうか。

例えば、プログラムのソースコードに対して「本件ソースコードの管理は必ずしも厳密であったとはいえないが,このようなソフトウェア開発に携わる者の一般的理解として,本件ソースコードを正当な理由なく第三者に開示してはならないことは当然に認識していたものと考えられるから,本件ソースコードについて,その秘密管理性を一応肯定することができる」とする裁判所の判断もあります(「プログラムの営業秘密性に対する裁判所の判断」パテント Vol.72 No.8, p117-p126 (2019))。

このようなソースコードと同様の判断がIDとパスワードの組み合わせに対して行われてもよいのではないでしょうか?

また、「本件ID等情報そのものは,文字と数字等の組合せから成る文字列にすぎず,それ自体が事業活動に有用な情報であるということはできない。」とのような裁判所の判断もどうでしょう?
たしかに、ID等の情報そのものは文字列にすぎませんが、原告が主張するように、この文字列を入力することでオークションサイトにログインし、中古車両の下取り価格等の参考情報を得ることができます。さらに、ログインすることで、オークションに参加することもできるかと思います。そうすると、ID等は事業活動に有用な情報であるはずです。このような裁判所の判断は理解できません。
もし、ID等が文字列にすぎず有用性がないとなると、顧客情報に含まれる電話番号やメールアドレスといった数字や文字等の組み合わせからなる文字列も有用性がないということでしょうか。決してそうではないはずです。
そうすると、ID等の有用性を否定するという判断も理解しかねます。

なお、本事件は、被告が各種情報を持ち出していることは認められていますが、その行為が「不正の手段によるもの」とは認められす、また「不正の利益を得る目的」等でもなく、秘密保持義務違反でもないと裁判所は判断しています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年10月25日日曜日

情報の集合体に対する有用性判断

既知の情報は、営業秘密で言うところの非公知性を喪失しているため、営業秘密としては認められません。
一方で、既知の情報であってもそれが多数の集合体であれば、その集合体には非公知性と共に有用性が認められ営業秘密としての保護を受けられる可能性が有ります。その典型例が顧客情報でしょう。

しかしながら、分類、区別、加工等が行われていない単なる情報の集合体に対しては、営業秘密で言うところの有用性が認められない可能性が有ります。
例えば、東京地裁平成27年10月22日判決(平26(ワ)6372号)では、名刺帳の営業秘密性について、裁判所は以下のように判断しています。なお、本事件では、原告会社の元従業員が被告であり、この名刺帳を不正に持ち出したと原告会社は主張しています。

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本件名刺帳に収納された2639枚の名刺を集合体としてみた場合には非公知性を認める余地があるとしても,本件名刺帳は,上記認定事実によれば,被告Aが入手した名刺を会社別に分類して収納したにとどまるのであって,当該会社と原告の間の取引の有無による区別もなく,取引内容ないし今後の取引見込み等に関する記載もなく,また,古い名刺も含まれ,情報の更新もされていないものと解される(甲16参照)。これに加え,原告においては顧客リストが本件名刺帳とは別途作成されていたというのであるから,原告がその事業活動に有用な顧客に関する営業上の情報として管理していたのは上記顧客リストであったというべきである。そうすると,名刺帳について顧客名簿に類するような有用性を認め得る場合があるとしても,本件名刺帳については,有用性があると認めることはできない。
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このように裁判所は、情報の集合体には非公知性が認められるとしても、事業活動に利用可能な程度まで名刺を区別していたり、情報の追加や更新等がなされていなければ、有用性は認められないと判断しているようです。
一方で、原告会社が別途作成及び管理していた顧客リストについては、その有用性を認めていますが、被告はこの顧客リストは持ち出しておりません。


ちなみに、名刺そのものは一般的に入手が難しいものであり、そのものが非公知性を有しているとも考えられます。しかしながら、この裁判例では名刺の営業秘密性についても以下のように判断し、その営業秘密性を否定しています。

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原告は,本件名刺帳に収納された名刺に記載された情報が原告の営業秘密に当たる旨主張するが,名刺は他人に対して氏名,会社名,所属部署,連絡先等を知らせることを目的として交付されるものであるから,その性質上,これに記載された情報が非公知であると認めることはできない。
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以上のように、単なる情報の集合体であって、そのままでは利用価値がないようなものは、営業秘密としての有用性が認められない可能性が有ります。

では、技術情報でもある実験結果の生データはどうなるのでしょうか?
一般的に生データを処理することで実験結果が判断されます。すなわち、生データそのものだけでは、例えば不要なデータが含まれている等して実験結果を判断することができない場合があり、事業活動に有用とは言えないかもしれません。
また、ビッグデータと呼ばれる情報はどうなのでしょうか?
たとえば、多数の自動車の走行履歴は、それから分類や区別等の処理が行われることで、事業活動に有用なデータが抽出されるものでしょう。

このように、多数の情報の集合体であっても、処理(加工)後では事業活動に有用と判断されても、処理(加工)前では事業に有用でないと判断されてしまう余地があるようにも思えます。
しかしながら、処理(加工)前の情報の集合体であれば、それを処理(加工)することで有用な情報にすることができます。そうであれば、情報の集合体であって非公知であれば、その有用性が認められてもよい気がします。

結局、当該情報の集合体がどのようなものなのか、どのような利用価値があるのかによって、すなわちケースバイケースで判断が変わるとは思いますが、今後、このようなことが争われる可能性もあるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年8月23日日曜日

営業秘密の特定について 特許庁オープンイノベーションポータルサイトから

特許庁がオープンイノベーションポータルサイトを開設しました。
このオープンイノベーションポータルサイトでは、オープンイノベーションを行うにあたり必要な各種契約書のモデルを開示しています。
このモデル契約書は、オープンイノベーションによってノウハウ(営業秘密)を相手方に開示する場合等に参考になるかと思います。このブログでもオープンイノベーションについて取り上げることが有りますが、オープンイノベーションに限らず、取引先に営業秘密を開示することによって、開示先が営業秘密の目的外使用等を行い、裁判に発展することがあります。そのようなことを未然に防ぐためにも、営業秘密の開示先となる相手方との契約書は大変重要になります。

ここで、営業秘密を開示するために相手方と秘密保持契約を締結する際には、秘密保持の対象とする技術を特定する必要があります。秘密保持の対象を特定しないまま、相手方に営業秘密を開示すると、開示した内容のうちどれが秘密保持の対象であるかを相手方が認識できない可能性が有ります。そうすると、当該営業秘密を相手方が目的外使用したとしても、秘密保持の対象が特定されていないことにより、不法行為とは認められない可能性があります。
このため、秘密保持の対象を特定することは非常に重要です。なお、秘密保持の対象を特定することは、取引先だけでなく従業員に対しても需要なことであり、営業秘密管理の基本といえるでしょう。

この点について、モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)の10ページには以下のような記載があります。
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秘密保持契約締結前に自社が保有していた秘密情報のうち特に重要なものだけでも秘密保持契約の別紙において明確に定めておくことが考えられる。
 ・ これにより、自社の重要な情報を確実に秘密情報として特定できるとともに、上記リスクを回避することができる。なお、秘密保持契約の別紙において定義をする際には、弁理士に対して、特許請求の範囲を記載する要領で作成を依頼することも考えられよう。
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上記下線で示したように、営業秘密を特許請求の範囲を記載する要領で作成することが推奨されています。今までも、営業秘密を特定する場合には、特許請求の範囲のような記載が提案されていましたが、行政による推奨は初めてではないでしょうか。また、その作成を弁理士に依頼することまで言及しています。これは、弁理士の仕事の幅を広げることになるので、我々にとっては好ましい一言でしょう。


「特許請求の範囲」を記載する要領とはいえ、やはり営業秘密を特定するにあたっては3要件を理解する必要があります。
このうち、「秘密管理性」については他社への営業秘密の開示であるので、秘密保持契約がその役割を担うことになるので、営業秘密の特定という点ではさほど強く意識することはないでしょう。一方、「有用性」と「非公知性」については技術情報を営業秘密とする上では、意識する必要があるかと思います。

まず、有用性に関しては、有用性が満たされる程度に技術情報を特定する必要があります。すなわち、あまりにも漠然とした技術情報で営業秘密を特定すると、その有用性に疑義が生じます。特に、その構成から有用性、換言すると効果が理解し難い化学等の分野では、技術情報をどのように特定するかが重要になるかと思います。

また、製品が販売されることによって、それまで営業秘密であった技術情報の「非公知性」が失われることになるかもしれません。すなわち、当該製品のリバースエンジニアリングによって当該技術情報の非公知性が失われる可能性があります。このため、製品化によって非公知性が失われる技術情報と、製品化しても非公知性が失われない技術情報は分けて特定するほうがいいでしょう。
その理由は、一般的な秘密保持契約において、秘密保持の対象となる情報は公知となるとその対象から外れるためです。このモデル契約書にも下記のような条項があり、下記⑤がそれにあたるでしょう。

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2前項の定めにかかわらず、受領者が書面によってその根拠を立証できる場合 に限り、以下の情報は秘密情報の対象外とするものとする。 
① 開示等を受けたときに既に保有していた情報 
② 開示等を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した 情報 
③ 開示等を受けた後、相手方から開示等を受けた情報に関係なく独自に取得 し、または創出した情報 
④ 開示等を受けたときに既に公知であった情報 
⑤ 開示等を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報
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もし、非公知性が失われた技術情報と非公知性が失われていない技術情報とを同じ項目で混在させて特定した場合、当該項目が秘密保持の対象となったか否かが不明確となり、トラブルの元になる可能性があります。このため、営業秘密とする技術情報が、製品化により公知となるか否かの把握は重要な作業であると考えます。

オープンイノベーションは、自社にない技術や自社だけでは開拓できない市場を手に入れるチャンスであるため、今後、より高い事業効率を求めるために広まることは間違いないでしょう。
しかしながら、自社の営業秘密(ノウハウ)の相手方への開示は高いリスクを伴う行為です。そのようなリスクをいかに低減するのか、また、営業秘密として守ることができる技術情報と守ることができない技術情報を明確にするためにも営業秘密の特定は重要な作業となります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年4月3日金曜日

日本ペイントデータ流出事件(刑事事件)の地裁判決

以前から気になっていた事件である日本ペイントデータ流出事件の地裁判決がでました。
判決では、被告に対して懲役2年6月、執行猶予3年、罰金120万円の有罪判決でした。被告側は控訴するとのことですので、これで確定ではありません。


本事件は、日本ペイントの元執行役員が菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの塗料の原料や配合等を示す情報を持ち出し、菊水化学で開示・使用したとする事件です。日本ペイントはこの元執行役員を刑事告訴(2016年)し、菊水化学と元執行役員に対して民事訴訟を提起(2017年)しています。

この刑事事件では、被告である元執行役員は、無罪を争っていました。報道からは、おそらく秘密管理性、有用性、非公知性の全てを争っていたと思われます。また、菊水化学も被告側の立場にたっていたようです。民事訴訟でも争っているので、当然のことかと思います。


ここで、秘密管理性の有無については判断が比較的容易かと思われ、起訴されているのでこれを被告側が覆すことは難しいのではないかと思います。

一方、有用性と非公知性はどうでしょうか。これらは完全に技術論になるかと思います。
この点、毎日新聞の上記記事では裁判所が「特許公報や分析で原料や配合量を特定することは容易ではない」と判断したとあります。
また、同様に日経新聞の上記記事では「弁護側はこれまでの公判で、データが特許公報に記載されている公知の事実だったと主張。」や「検察側は「特許公報を読んでも具体的な配合の情報までは特定できない」と反論。」とあります。
被告は特許公報等によって有用性や非公知性を否定する主張を行ったようです。

ここで、営業秘密の刑事事件において、技術情報を営業秘密とした場合の有用性や非公知性を本格的に争った事件はこれ以外にないかもしれません。そういった意味でもこの判決には非常に興味があります。
果たして、裁判所の判断に民事事件とは異なる部分があるのか否か、また、被告側はどのような論理展開を行ったのか等、参考になることは多いかと思います。

特に、特許公報に基づいて被告側はその営業秘密性を否定しています。民事事件でも特許公報に基づいて営業秘密性を否定する主張はさほど多くはありません。

また、毎日新聞の記事では、「特許公報や分析」で原料や配合量を特定することは容易ではないとあります。この点に関して、日経新聞では裁判所の判断が多少詳細に「特許公報などから原料をすべて特定するには相当な労力と時間が必要」とのように記載されています。この日経新聞の記事からすると、被告は原告製品のリバースエンジニアリングによってその非公知性を否定したのかもしれません。もしそうだとすると、用いた分析方法についても被告側は主張しているはずです。

本事件の判決文が公開されれば被告側がどのような主張を行い、それに対して検察がどのような反論を行い、裁判所がどのように判断したかは判決文を見るまで詳細には分かりません。
刑事事件の判決文は、営業秘密侵害事件であっても公開されないものもあるようです。
しかしながら、本事件は今後も非常に参考になる判決であろうと思われますので、ぜひ公開されてほしいところです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年2月22日土曜日

知財管理誌に論文が掲載されました。

知財管理誌の2020年2月号に私が寄稿した論文「技術情報が有する効果に基づく裁判所の営業秘密性判断」が掲載されました。

リンク:知財管理 2020年2月号 目次

この内容は、このブログでも度々書いていた、技術情報に優れた効果等がないとして営業秘密としての有用性(非公知性)が認められなかった裁判例等をまとめたものです。
このことは、特許の進歩性と類似する考えであり、まさに弁理士の得意分野に直結するかと思います。

一方で、営業秘密は経済的な効果もその有用性として当然に認められ得ます。そうすると、技術情報の有用性を主張するパターンとしては、技術的な効果と経済的な効果の2種類が想定されます。
では、裁判においてはどのような技術情報に対して、どちらの効果を主張するべきでしょうか。また、どのような効果を主張するかを想定することで、技術情報をどのように特定するかも変わってくるかもしれません。
そのようなことを下記の図を用いて説明しています。

なお、この論文のpdfは、約一月後に日本知的財産協会のホームページで公開されます。しかしながら、協会の会員にならないとホームページからダウンロードすることができません。そこで、このブログでも一月後にpdfをダウンロードできるようにします。

また、本号では、粕川先生による「中国タイムスタンプの状況と日本国内の証拠確保について」との論文も掲載されています。
タイムスタンプは、自社で何時から開発を行っていたのか、また、先使用権の主張の準備等において利用している企業も多くあるようです。
そして、中国でも技術開発等を行ったり、中国国内で営業秘密管理を行う場合もあるでしょう。この論文によって中国におけるタイムスタンプの現状を知ることができるのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年6月5日水曜日

ー判例紹介ー 営業秘密(技術情報)の一部に公知の情報が含まれている場合

営業秘密の三要件である非公知性、これは顧客情報や他社との取引情報等の営業情報を営業秘密とする場合に考慮する程度は低いでしょう。顧客情報や他社との取引情報等は自社でのみ管理するものであり、秘密管理性が満たされていれば通常、社外で公知となっている可能性はほぼないと考えられるからです。

しかしながら、技術情報を営業秘密とする場合には全く異なります。例えば特許公開公報では相当数の技術情報が公知となっています。また、その他の様々な文献でも技術情報は公知となっています。
このため、自社で管理している技術情報の秘密管理性が満たされている場合であっても、当該技術情報の非公知性が満たされているとは限りません。

また、自社開発の技術といってもその内容は公知の情報も多く含まれています。公知情報の組み合わせが新しかったり、当該技術を構成する情報の一部に非公知の情報が含まれるといった感じです。新しい技術といっても、当該技術を構成する情報が全て非公知のものはこの世に存在しないといっても過言ではないでしょう。

では、公知の情報“も”含まれる技術情報が非公知となるボーダーはどのようなものでしょうか?そのような視点で今回紹介する裁判例は、クロス下地コーナー材事件(平成30年 4月11日 福井地裁 平26(ワ)140号)です。

本事件は、原告が被告会社との間で基本契約を締結し、建築資材であるクロス下地コーナー材の製造を委託していたという経緯があります。そして、被告会社は、かつて原告から上記基本契約に基づき開示を受け、又は原告の従業員からその守秘義務に違反するなどして開示を受けた原告の営業秘密に当たる技術情報等を用いて、同契約終了後、図利目的で、原告の製品と形状の類似した本件被告製品を製造等したというものです。

原告は、プラスチック製のコーナー材を製造するための金型、サイジング等の製造装置を開発・設計・製作しており、それらを稼動させて製品を製造するためのノウハウたる技術情報を有している企業です。そして、原告製品に係る技術情報である本件技術情報は、製品ごとに作成される成型指導書に記載されており、成形指導書は、金型図面及びサイジング図面とともに、原告の技術部事務所内のロッカー内に保管されていたと原告は主張しています。
そして、原告は、コーナー材の製造において金型及びサイジングは本件技術情報と密接不可分のものであり、原告において金型図面やサイジング図面及びそれらの電子データは秘密として管理されていたことを考慮すると、原告の元従業員らが上記金型図面等を不正に持ち出し、守秘義務に違反するなどして、これを被告会社に開示したものと考えられると主張しています。



一方、被告は、本件技術情報のうち、●●●はサイジングの冷却機能を維持するために当然に行われることであるから、いずれも非公知性はないと主張しました。 これに対して、裁判所は以下のように判断しています。

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確かに,証拠(乙18~22,31,36,38,39)によれば,被告らの指摘する技術情報は,当該情報を独立に取り出して一般的な技術情報として見た場合,それ自体としては,市販されている書籍等から知り得るものであると認められる。
しかしながら,前記(1)に認定したとおり,原告の成形指導書には,原料名,製造装置の図面,●●●製品ごとに具体的な数値や内容が記載されているところ,このような個別具体的な情報が書籍等から一般に知り得るものと認めるに足りる証拠はない上に,これらの複数の情報が全体として一つの製造ノウハウを形成しているといえることは既に説示したとおりであるから,部分的に見れば書籍等から知り得る技術情報が含まれているとしても,そのことをもって直ちに非公知性が否定されるものではない。
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このように、裁判所は被告の主張である原告の成型指導書には部分的に書籍等から知り得る情報が含まれていると認めています。
しかしながら、裁判所は、以下の2点から非公知性が否定されるものではないと判断しました。
⓵●●●製品ごとに具体的な数値や内容が記載されているところ,このような個別具体的な情報が書籍等から一般に知り得るものではないこと。
⓶複数の情報が全体として一つの製造ノウハウを形成していること。

この判決から、例え、営業秘密に公知技術が一部含まれているとしても、それをもって非公知性が否定されるものではないことが分かります。
 特に、私が注目したいことは、上記⓶です。このように公知となっている情報であっても、複数の情報が全体として一つの製造ノウハウを形成している場合には、非公知性は失われないとする判断は非常に重要だと考えます。

なお、この「複数の情報が全体として一つの製造ノウハウを形成している」ということは、営業秘密の有用性の判断にも密接に関連していると考えます。
ここで、本事件において裁判所は有用性について以下の様に判断しています。

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本件コーナー材のような異形押出成形法による製品の製造は,難度の高い技術を要し,同製品のメーカーは独自に成形ノウハウを見いだしており,成形指導書に記載される製造に必要な装置や運転条件その他の各種情報は有機的に関連・連動し全体として一つの製造ノウハウを形成しているといえるところ,本件技術情報は,製品ごとに製造方法に関する特徴的な部分を抽出・整理したものということができるから,全体として,原告におけるコーナー材の製造販売の事業活動に有用な技術上の情報であると推認するのが相当である。
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このように、原告の製造ノウハウは他にない独自の成形ノウハウであるからこそ、原告における事業活動に有用であると裁判所は判断しています。
すなわち、複数の情報の集合が営業秘密であると原告が主張しても、その集合に独自のノウハウというものがないのであれば、営業秘密としての有用性が否定して営業秘密としては認められないことになるでしょう。

もし、原告が主張する複数の情報の集合の有用性を裁判所が認めない場合には、原告はその集まりが独自のノウハウを示すものであり、全体として原告自身の事業活動に有用であることを客観的に示す必要があります。


弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年5月29日水曜日

ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とする場合の効果の主張

今回は、技術情報を営業秘密として主張したものの、予測される効果を超える効果が確認できないとされて非公知性が否定された事件について紹介します。なお、この事件では、原告は複数の情報の組み合わせが営業秘密であると主張しています。

この事件は、平成30年3月29日判決の高性能多核種除去設備事件(東京地裁 平成26年(ワ)29490号)です。

本事件は、原告が東京電力福島第一原発において高性能多核種除去設備による放射性物質汚染水浄化事業に従事している被告に対し、〔1〕被告は原告との間のパートナーシップ契約に基づき、福島第一原発における放射能汚染水からの多核種除去に関する事業について原告と共同して従事すべき義務を負っているにもかかわらず、同義務に違反し、原告を関与させずに高性能多核種除去設備に係る事業を受注し、同事業に従事しているほか、上記パートナーシップ契約に違反して第三者から技術情報を受領したり、上記パートナーシップ契約又は原告若しくはその関連会社との間の秘密保持契約に違反して原告の秘密を第三者に開示したりしたなどと主張したものです。
そして、原告は、被告に対して、上記事業において原告から開示された営業秘密を不正に使用し、また、当該営業秘密を第三者に対して不正に開示したと主張しました。

このように、原告と被告は、パートナーの関係にあったようです。

そして原告は、RINXモデル及びそれを構成する際に依拠した各種技術情報であり,Purolite Core Technologyと総称されている技術情報が原告情報であり、営業秘密であると主張しています。

そして、この営業秘密は、福島第一原発の汚染水対策として行う事業において整備の対象となる高性能多核種除去設備である「高性能ALPS」の設計に被告が使用したと原告は主張しました。
ここで、裁判所はこの営業秘密の3要件のうち非公知性についてのみ判断し、「本件訴訟において情報として特定されている情報は,いずれも,平成23年9月までに公然と知られていた情報であった。」と判断すると共に、各情報の組み合わせについて下記のように判断しました。

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上記各情報は,汚染水処理における各種の考慮要素に関わるものであって,汚染水処理において,当然に各情報を組み合わせて使用するものであり,それらを組み合わせて使用することに困難があるとは認められない。また,上記各情報を組み合わせたことによって,組合せによって予測される効果を超える効果が出る場合には,その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない情報であるとされることがあるとしても,上記各情報の組合せについて上記のような効果を認めるに足りる証拠はない。したがって,これらの情報を組み合せた情報が公然と知られていなかった情報であるとはいえない。
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さらに、原告は下記の〔1〕、〔2〕のことから原告情報は非公知性の要件を満たすと主張しました。
 〔1〕原告情報の各技術要素が個々としては公知であったとしても,福島第一原発における多核種除去の目的を達成するためのまとまった解決策として有機的に機能する各技術要素の組合せや集積が公知であったことはない。
 〔2〕試行錯誤を経れば入手することができる技術情報であっても,入手するにはそれ相応の労力,費用,時間がかかる等の事情があり,当該情報に財産的価値が認められる場合には非公知というべきであり,被告は,原告情報を使用することにより,技術情報の収集や選別,分析等に係る労力等を大幅に節約することができた。

しかしながら、この主張に対しても裁判所は「これらの情報を組み合わせることにより予測される効果を超える効果が生じるものであることを認めるに足りる証拠はないから,これらの情報を組み合わせた情報が公然と知られていなかった情報であるとはいえない。」と判断しました。

このような判断は、他の裁判例でも見られるものです。すなわち、営業秘密とする技術情報に対して、原告主張の効果は客観的に判断できなければならないというものです。例えば下記の記事で紹介している裁判例でも同様の判断がなされています。なお、裁判例によっては、このような優れた効果の判断を非公知性ではなく有用性として判断しているものもあります。

過去ブログ記事
技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3

一方で、本事件では裁判所は、公知の情報であっても「組合せによって予測される効果を超える効果が出る場合には、その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない情報であるとされることがある」とも判示しています。
これは技術情報を営業秘密とする場合に、重要な知見であると思われます。公知の情報の組み合わせは、一見、営業秘密となり得ないとも考えがちです。特に技術に詳しい人ならそのように考える傾向が強いかもしれません。また、このような組み合わせは特許化し難いものです。
しかしながら、この組み合わせの効果が予測を超えるものであり、その効果を客観的に示めすことができるのであれば、営業秘密として管理すべき情報であると考えるべきかと思います。

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2019年3月21日木曜日

ー判例紹介ー 営業秘密の有用性は誰を基準に判断するべきでしょうか?

営業秘密とする情報の有用性を判断する場合、有用性は誰を基準に判断するべきでしょうか?営業秘密の保有者でしょうか?それとも当該情報を入手した者(不正取得者)でしょうか?

そのようなことを判断していると思える裁判例がありました。
それは、平成26年8月20日名古屋地裁の判決(名古屋地方裁判所平成24年(わ)第843号)です。 この事件は民事事件でなく刑事事件であり、所謂ヤマザキマザック事件です。

この事件は、ヤマザキマザックの営業担当従業員(中国人)が営業秘密(工作機械の製造に利用される図面情報を記した各ファイル)を売却目的で取得し、知人を介して売却先を探したものです。そして、最高裁まで争ったものの、懲役2年(執行猶予4年)、罰金50万円、ハードディスク1個の没収という判決となっています。
なお、以下に紹介する有用性に対する判断は高裁(名古屋高等裁判所平成26年(う)第327号)でも地裁の判断に誤りはないとされています。

本事件の地裁において、被告人弁護人は「有用性を肯定するには,その情報が不正に第三者に取得されることにより,当該企業に被害が生ずる蓋然性が存することが必要である」と述べたうえで、本件営業秘密の有用性を否定するために以下のように主張しています。

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本件工作機械の主軸を構成する部品には社外製品もあり,それらの部品の入手や主要部分の設置,稼働に不可欠な当該メーカーの協力を得ることは不可能であること,また,本件各ファイルに本件HD内の他のファイルを合わせても,全ては揃っておらず,組立の非常に難しい部品もあることなどから,本件各ファイルは,それだけでは模倣品の製作を容易にするものではなく,その流出によってq2に損害を与えるようなものでもないので,有用性はない
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要するに、弁護人は、本件工作機械の図面情報が第三者の手に渡ったとしても、当該図面情報に基づいて本件工作機械を製作できずq2(ヤマザキマザック)に損害を与えることがないので、本件各ファイルには有用性はないと述べています。
すなわち、弁護人は、不正取得者である第三者を有用性の判断主体であると述べていると思われます。



このように、第三者にとって価値のない情報は営業秘密としての有用性がないという解釈もありそうな気がします。
しかしながら、やはりというか当然というか、そのような解釈は成り立たず、裁判所は以下のように判断しています。

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本件各ファイルは,そこにq2が実験等のコストを掛けて得た高度な技術上のノウハウが含まれ,q2の事業活動にとってその競争力を高めるという効果を持つ有益な情報であるから,有用性の要件はそのことだけをもって充足され,そのような情報を不正に取得した者がそれを具体的にどのように利用できるかにかかわらないというべきである。弁護人の上記主張は失当である。
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なお、高裁では「情報を取得する第三者において当該情報を実際に役立てられるかどうかが判断の要素」とはならないと述べています。

このように、営業秘密の有用性はその保有者にとって有用であるか否かが判断基準となると考えられます。

しかしながら、裁判所は「q2の事業活動にとってその競争力を高めるという効果を持つ有益な情報」であるから、本件ファイルに有用性があるとも判断しています。すなわち、裏を返すと、競争力を高めるという効果を持たない情報には有用性がないとなります。
とうことは、営業秘密保有者がいかに自社にとって有用であるかを主張しても、それが客観的に見て競争力を高める効果を持たいのであれば、その有用性を否定されると考えられますし、実際に民事訴訟ではそのように判断された裁判例も多々あります。

すなわち、営業秘密としての有用性の判断の要素は、営業秘密保有者の経済的な競争力を高めることができるか否ということになりそうです。
例えば、技術情報であれば、営業秘密保有者が従来技術に比べて素晴らしい効果を有すると主張しても、客観的に見てそのような効果がない場合には「競争力を高める」ことにはならないために有用性はないという判断になるかと思われます。
そして、技術情報の有用性は図面やソースコード、具体的な製造方法のように、使用すると製品の製造に直結するような情報は有用性が認められやすい一方、より上位概念、換言すると抽象的な技術思想になり具体性が欠けるほどその有用性は認められ難い、すなわち特許における進歩性の判断と同様の判断になる傾向があると考えられます。

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2018年7月19日木曜日

ー判例紹介ー ストロープワッフル事件 その2 ビジネスモデルを営業秘密とすること

前回の「-判例紹介- ストロープワッフル事件 その1」の続きです。
今回の記事は少々長いと思われる方もいらっしょあるかもしれませんが、この裁判例は「知的財産とは何か?」そのようなことを考えさせられる判例かと思われます。

この事件(東京地裁平成25年3月25日判決)において、原告は「被告らにおいて,オランダの伝統菓子であるストロープワッフルに関して原告らの考案したビジネスモデル等の営業上のノウハウを無断で使用して上記ワッフルの販売等をし,これにより原告らに損害を与えた」と主張しています。
確かに、前回のブログでも経緯を記載したように、被告は原告のビジネスモデルを参考にしてストロープワッフルの実演販売を開始したと思われます。


今回のブログでは本事件における裁判所の判断を具体的に説明します。

上記原告の主張に対して裁判所は、原告会社が提案したビジネスモデルに対して一定の独自性を認めました。
そのうえで、裁判所は「本件ノウハウ等については,被告らとの関係において,原告らの主張するようなビジネスモデル等としての権利性を認めることはできない。」と判断しています。


具体的には、裁判所はまず「原告らの主張するビジネスモデルは,オランダで昔から受け継がれているストロープワッフルの屋台,店頭での製造販売方法であること,オランダ本場のストロープワッフルを焼きたてで提供するという販売形態自体も,平成21年4月当時,既に神戸在住のオランダ人が店舗を構えて行っていたことがうかがわれるところであって,生地,シロップ等の原材料の取扱方法,使用量等についても,オランダにおける伝統的な製法に基づくものといわざるを得ないものであり,」とのように本件ノウハウの非公知性を否定しています。


裁判所はこれに続いて「また,被告P2及び被告P3が,平成21年8月頃,オランダに現地調査に行った際にも,一定のノウハウを習得していることが認められる。」とのように認定し、「そうすると,オランダで一般的に行われている製造・販売方法について,日本において事業として展開することに一定の独自性があるとしても,ビジネスとしてのアイデアの域を超えるものではなく,それ自体が類似の製造・販売方法を実施することを許さないような形態のものであるとはいい難い。」と判断しています。


さらに裁判所は「原告らは,被告P2及び被告P3との提携のための協議を打ち切った後,他の会社等との間でストロープワッフルの実演販売についての協議を行ったものの,合意に至って事業が展開されるには至らなかったことが認められるところであり,被告P2も原告らのビジネスモデルについて,実現可能性に疑問を呈していること(乙3,被告P2本人)などに照らすと,ビジネスモデルとして有効性があると認めるに足りないといわざるを得ず,本件ノウハウ等に従うことによって均質な製造販売と収益性のある店舗の開設及び運営が可能となるとする原告らの主張も採用することができない。」と判断しています。

この裁判所の判断は、営業秘密の有用性の判断に該当するかと思われます。そして、この裁判所の判断で興味深いところは、上記下線のように“原告主張の本件ノウハウはビジネスモデルとして有効ではない”と認定しているところです。
営業秘密の有用性の判断(本事件では本件ノウハウを営業秘密とは明言していません。)として、このように“ビジネスとしての成否”を基準とした判断は多くないと思われます。

このように、裁判所は、原告主張の本件ノウハウについて一定の独自性を認めましたが、有用性及び非公知性は認めていないと解されます。
すなわち、本件ノウハウは独自なものではあるが、知的財産として保護するには相当ではないと判断していると思われます。
これは知的財産を考えるうえで、重要なことでしょう。「独自のアイデア≠保護価値のあるもの」ではないということです。
「独自のアイデア=保護価値のあるもの」とするためには、独自のアイデアにさらに“何か”を付加しなければなりません。その判断基準が不正競争防止法の営業秘密では有用性及び非公知性であり、特許では新規性及び進歩性になります。

ちなみに、特許においてもビジネスでの成功は進歩性の判断に影響を及ぼします。
具体的には、特許・実用新案審査基準の第2節進歩性の末尾に以下の基準が記載されているように、商業的成功を進歩性を肯定する事情としています。


―――――――――――――――――――――
審査官は、商業的成功、長い間その実現が望まれていたこと等の事情を、進歩性が肯定される方向に働く事情があることを推認するのに役立つ二次的な指標として参酌することができる。ただし、審査官は、出願人の主張、立証 により、この事情が請求項に係る発明の技術的特徴に基づくものであり、販売技術、宣伝等、それ以外の原因に基づくものではないとの心証を得た場合に限って、この参酌をすることができる。
―――――――――――――――――――――

さらに、原告会社は、被告会社等との間で本件ノウハウ等に関する秘密保持の合意が成立したとも主張しました。
これに対して裁判所は「原告P1が,プランタン銀座との交渉において,プランタン銀座の担当者に対して本件機密保持同意書を交付し,原告会社が提案した情報はいずれも原告会社の機密情報であり,原告会社の同意なく使用してはならないこと等を説明したこと,その際,被告P2及び被告P3も同席していたことが認められるものの,原告P1が,被告アチムないし被告P3,被告P2との協議の中で,同被告らに対して本件機密保持同意書を交付ないし説明したことや,同被告らがこれを了承したことを認めるに足りる証拠はなく,原告会社と同被告らとの間で,上記合意が成立したと認めることはできない。」と判断し、原告が主張する被告との秘密保持の合意、すなわち秘密管理性も否定しました。

ここで、重要と思われることは、取引において秘密保持はその対象者と確実に合意しなければならないということです。
確かに被告は、プランタン銀座の担当者と原告との間で交わされた秘密保持合意の場に同席したのであるから、被告も本件ノウハウに対する原告の秘密管理意思を認識し得たとも考えられます。
一方で、原告はプランタン銀座との間で秘密保持合意を行ったにもかかわらず、被告との間では秘密保持合意を行いませんでした。そうすると、原告は、被告に対しては本件ノウハウを秘密とする意思はなかったとも考えられます。
このような曖昧な状態を回避するためにも、秘密保持契約はその対象者との間で確実に行う必要があります。

以上のように、本事件はビジネスモデルを営業秘密管理する場合における秘密管理性、有用性、非公知性の判断について色々参考になる事件かと思います。

なお、このようなビジネスモデルを特許等で守ることができないかを弁理士としては考えたいところです。
しかしながら、製造方法については裁判所が「生地,シロップ等の原材料の取扱方法,使用量等についても,オランダにおける伝統的な製法に基づくものといわざるを得ない」と判断しています。このことから、当該製造方法は特許でいうところの新規性・進歩性が無いと考えられ、製造方法の特許化は難しいと考えられます。

そうすると、ストロープワッフルの実演販売に用いるマークを作り、当該マークを商標登録することでブランドとして当該ビジネスを守ることも検討する余地があるかと思います。しかしながら、そもそも本事件では判決文を読む限り、原告のビジネスモデルが有効でないようですので、ブランド化云々以前の問題であるとも思えます。

思うに、原告はストロープワッフルの実演販売に係るビジネスモデルを被告に開示したタイミングが早すぎたのではないでしょうか?
どの様な経緯で原告と被告とがビジネス提携契約の交渉に至ったのか不明ですが、原告はストロープワッフルの実演販売に係るビジネスモデルを構築し、当該ビジネスモデルにある程度の目途が立った時点で被告と交渉し、秘密保持契約を締結するべきだったのではないかと思います。
それにより、例え被告が当該ビジネスモデルと同様の事業を勝手に行ったとしても、当該ビジネスモデルが営業秘密として認められた可能性があったのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月12日木曜日

ー判例紹介ー ストロープワッフル事件 その1 ビジネスモデルを営業秘密とすること

今回はビジネスモデルに関する営業秘密の判例について紹介します。

この事件は、東京地裁平成25年3月25日判決の事件であり、原告は「被告らにおいて,オランダの伝統菓子であるストロープワッフルに関して原告らの考案したビジネスモデル等の営業上のノウハウを無断で使用して上記ワッフルの販売等をし,これにより原告らに損害を与えた」と主張したものです。

この事件は、上述のように新規なビジネスモデルを他者に開示したことによって生じた事件であり、この他者が当該ビジネスモデルと同様のビジネスを始めました。
このような事件は、多々ありそうな事件であり、また、どのような理由でどのような判決となるのか興味深いものだと思います。

事件の経緯は大まかには下記のとおりです。
①原告会社は、オランダの伝統的な焼き菓子であるストロープワッフル(薄地の2枚のワッフルの間にシロップを挟んだもの)を日本で販売することを企画。
②原告会社は、平成21年3月25日、被告会社Aとの間でフランチャイズシステムにより、ストロープワッフルの実演販売等を行う店舗を展開することを内容とするスイーツビジネス提携契約(以下「本件契約」という。)に関する協議を開始。
③原告会社は、同年7月6日、被告会社Aに対して本件契約に関する協議を終了する旨通知。
④被告会社O(平成21年8月20日設立)は、同年9月頃、株式会社Iとの間でストロープワッフルの販売に関する契約を締結。同年9月30日から同年11月3日まで、株式会社Iの新宿本店にストロープワッフルの実演販売を行う店舗を設置してその販売を行った。その後、被告Oは、ストロープワッフルの実演販売を行う店舗を設置してその販売を行った。

被告会社Oは、オランダのスイーツ輸入、製造、販売等を目的として、被告会社Aの代表取締役であった被告P3が代表取締役となって設立した会社です。

上記①から④の経緯からすると、被告会社は原告会社のストロープワッフルに関する本件ノウハウを知ったうえで、ストロープワッフルの製造販売を開始したと考えられます。
これは、原告にとってみると本件ノウハウの不正使用であると考えても当然かと思います。


ここで、裁判所の判断について先に結論を書きます。
なお、本事件は、原告も本事件のノウハウを営業秘密と明言していないせいか、裁判所も営業秘密の3要件(秘密管理性、有用性、非公知性)とは明示して判断を行っていませんが、実質的には3要件の判断をしていると思われます。

まず、裁判所は、原告会社が提案したビジネスモデルに対して一定の独自性を認めました。

しかし、裁判所は「ビジネスとしてのアイデアの域を超えるものではなく、それ自体が類似の製造・販売方法を実施することを許さないような形態のものであるとはいい難い」と判断しました。これは営業秘密でいうところの非公知性又は有用性の判断かと思われます。

また、裁判所は、被告の主張等を勘案して、ビジネスモデルとして有効性があると認めるに足りないと判断しています。これは営業秘密でいうところの有用性の判断かと思われます。

さらに、原告会社は、平成21年3月頃から、被告会社A、被告P2及び被告P3に対し、日本での事業展開に必要なストロープワッフルに関する全ての情報を説明し、その際に機密情報を開示し、使用を試み,利益を享受しないことに同意する旨の機密保持同意書(以下「本件機密保持同意書」という。)を示したと主張しました。
これに対し裁判所は、原告会社と被告会社A等との間における機密保持の同意についても認めませんでした。これは営業秘密でいうところの秘密管理性の判断かと思います。

このように、原告会社の主張はすべて認められなかったのですが、裁判所におけるこれらの判断は営業秘密と判断されるビジネスモデルを営業秘密として管理するにあたり基準となり得るものかもしれません。
裁判所の判断の具体的な内容は次回に。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年3月15日木曜日

技術情報を営業秘密とした場合の有用性判断 まとめ

過去数回にわたって、技術情報を営業秘密とした場合における裁判所の有用性判断についての判例を紹介しました。
今回は現時点でのまとめを。

過去のブログ記事
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その1
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その2
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その4
・技術情報を営業秘密とした場合に有用性が有るとされた判例


まず、有用性の判断について、田村義之 著, 不正競争法概説〔第2版〕(2003 有斐閣)には「秘密管理体制を突破しようとする者はその秘密に価値があると信じているがためにそのような行為に及ぶのである。いずれにせよ秘密管理網を突破する行為が奨励されてしかるべきではないのであるから、このような行為が行われているのに、それほど有用な情報ではないという理由で、法的保護を否定する必要はないであろう。」と記載されており、私はこの田村先生の考えが最も納得できます。

しかしながら、この書籍は2003年に発行のものであり、営業秘密に関する書籍としては少々古く、その後、裁判によって有用性の判断が幾つもなされています。
そして、上記ブログ記事で紹介したように、技術情報を営業秘密とした場合には「優れた作用効果」が無い等のように、あたかも特許の進歩性と同様の判断がなされていると思われる判決もあります。

すなわち、裁判における有用性の判断としては、「それほど有用な情報ではないという理由で、法的保護を否定する必要はないであろう。」ということはなく、特に技術情報に関しては作用効果を奏するものでなければ、有用性が認められない可能性があります。


ここで、技術情報を営業秘密とした場合に有用性が否定されるパターンは、複数あると思われます。

〇パターン1
発熱セメント体事件(大阪地裁平成20年11月4日判決)における「本件情報1は,炭素を均一に混合するという点を除いて,乙23公報により平成15年10月当時において既に公知であったものであり,炭素を均一に混合するという点についても,有用な技術情報とはいい難いことからすれば,不正競争防止法2条6項にいう「事業活動に有用な技術上の情報であって,公然と知られていないもの」ということはできず,同項にいう「営業秘密」に該当するとは認められない」との判断や、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)「原告アルゴリズムの内容の多くは,一般に知られた方法やそれに基づき容易に想起し得るもの,あるいは,格別の技術的な意義を有するとはいえない情報から構成されているといわざるを得ない」との判断のように、特許公報等の公知の技術情報と比較してその有用性を否定するパターンです。
まさに、特許における進歩性の判断と同様の判断基準との考えられます。
なお、このパターンは、営業秘密の非公知性の判断とされる場合もあるようです。

〇パターン2
営業秘密と主張する技術情報の特定が不十分である場合には有用性が認められにくいとも思われます。当たり前かもしれませんが・・・。
例えば、小型USBフラッシュメモリ事件(知財高裁平成23年11月28日判決)では「控訴人が提供したとするLEDの搭載の可否,搭載位置,光線の方向及びLEDの実装に関する情報は,被控訴人から提案された選択肢及び条件を満たすために適宜控訴人において部品や搭載位置を選択したものであって,その内容は,当業者が通常の創意工夫の範囲内で検討する設計的事項にすぎないものと認められる」(下線は筆者による。)と裁判所は判断すると共に、「「そうした寸法・形状での小型化を達成する部品配列・回路構成等との関係でもそれら各要素が両立する事実及びその方法を伝える情報として,全てが組み合わさ」った情報とはどのような情報なのか不明であり,営業秘密としての特定性を欠くといわざるを得ない。」とも述べています。

また、発熱セメント体事件でも、「乙23発明において,セメントに炭素を混合することが開示されている以上,炭素を混合するに当たり,偏りのないよう均一に混合するというのは,当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項にすぎない。また,上記相違点に係る情報には炭素を均一に混合するための特別な方法が具体的に開示されているわけでもない。したがって,単に均一に混合するという上記相違点に係る情報は,それだけでは到底技術的に有用な情報とは認め難い。」と判断されています。

さらに、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)では「原告ら代表者は,陳述書(甲20)において,本件合金の有用性を説明するが,本件合金がその説明に係る効果を有することは,客観的に確認されるべきものであり,関係者の陳述のみによって直ちにそれを認めることはできない。」と判断されています。このように、裁判所は 営業秘密とする技術情報の効果は客観的に確認されるべきものであるとしています。

このパターン2は、営業秘密とする技術が上位概念である場合に、生じやすいかもしれません。また、特定が比較的難しい化学系の技術の場合にも生じやすいかもしれません。


一方で、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)における原告ソースコード、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)における靴の木型、PCプラント事件(知財高裁平成23年9月27日判決)や半導体封止機械装置事件(福岡地裁平成14年12月24日判決)のように特定の装置の図面のように、営業秘密とする技術情報が明確に特定できている場合はその有用性が認められ易いとも思われます。

以上のことから、技術情報を営業秘密とする場合の有用性に関する留意事項は、「公知技術に比べて優れた作用効果を客観的に確認できる程度に明確となるように、営業秘密とする技術情報を特定する。」ということでしょうか。
これは当たり前のこととも思われますが、実際には有用性が認められない判決が多数あるので、このことを意識しなければ裁判で勝てる営業秘密管理とはならないのかと思います。

ここで、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)で裁判所は「原告らは,本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても,特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから,本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし,その場合には,営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではないから,原告らの上記主張は採用できない(なお,前記のとおり原告らは,本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。」と判断しています。
上記下線は、営業秘密として特定される技術情報に対して、非常に重要な示唆であると思われます。営業秘密とする技術情報の特定が誤っていたら、本来、不正競争防止法で守られるべき情報が守られないことになります。
従って、どの技術情報を営業秘密として管理し、その技術情報は客観的に作用効果を確認できるものであるかを十分に検討する必要があるかと思います。

2018年3月8日木曜日

技術情報を営業秘密とした場合に有用性が有るとされた判例

前回までのブログでは「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例を紹介しましたが、今回は有用性があると判断された判例を紹介します。

過去のブログ記事
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その1
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その2
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その4

有用性についてそれを認める場合、裁判所の判断理由は以下のようにあっさりしています。

例えば、PCプラント事件(知財高裁平成23年9月27日判決)では下記のように裁判所は判断しています。下記の「前記(1)の認定事実」とは「営業秘密性に関する認定事実」であり、「ア.PC樹脂の製造技術等」や「イ.本件図面図表の管理状況」です。
「ア 有用性及び非公知性
前記(1)の認定事実によれば,本件図面図表に記載された本件情報は,原告及び出光石化が独自に開発したPC樹脂の製造技術に基づいて設計された,出光石化千葉工場第1PCプラントのP&ID,PFD及び機器図に係る情報であって,同PCプラントの具体的な設計情報であり,同PCプラントの運転,管理等にも不可欠な技術情報であるから,原告及び承継前の出光石化のPC樹脂の製造事業に「有用な技術上の情報」であることは明らかである。」
なお、本事件において被告は本件情報について、秘密管理性について否定する主張を行いましたが、有用性及び非公知性を否定する主張はしていません。

また、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)では下記のように裁判所は判断しています。
「(イ)有用性,非公知性
原告プログラムは,理化学機器の開発,製造及び販売等を業とする被控訴人にとって,その売上げの大きな部分を占める接触角計に用いる専用のソフトウエアであるから,そのソースコードは,被控訴人の事業活動に有用な技術上の情報であり,また,公然と知られてないものである。」
なお、本事件において被告は原告プログラムについて、秘密管理性及び非公知性について否定する主張を行いましたが、有用性を否定する主張はしていません。


また、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)では下記のように裁判所は判断しています。本事件では、靴の設計情報を含む木型を営業秘密であると原告は主張してます。また、下記の「前記1(1)」とは原告の業務及び木型の管理等の状況に関する事実です。
「前記1(1)で認定した事実によると,本件設計情報については,コンフォートシューズの製造に有用なものであることは明らかであるから,本件設計情報は,生産方法その他の事業活動に有用な技術上の情報であったということができる。」
なお、本事件において被告は「木型の作成自体は容易に行うことができる以上,木型に基づき靴を大量生産できるとする点は,有用性の根拠とならないし,他に,本件設計情報に有用性があるとする根拠はない。」と主張していましたが、認められませんでした。

さらに、半導体封止機械装置事件(福岡地裁平成14年12月24日判決)では、 原告が営業秘密とする設計図に対して、被告は上記3件に比べてそれなりに有用性を否定する主張をしているものの、下記のようにその主張を否定して有用性を認めています。
「本件営業秘密は,原告××の長年の技術的な蓄積の成果であることは容易に推認でき,顧客から詳細な仕様を指定されることがあったとしても,なお原告××が試行錯誤を繰り返して得られたノウハウの集積であると評価できる。しかも,後記認定のとおり,被告○○が本件営業秘密を不正に取得・使用している事実からすると,半導体全自動封止機械装置,封止用金型及びコンバージョンの生産,販売及び研究開発並びに原告××の経営効率に役立つ価値を持つ情報すなわち有用な情報であると認められ,これを覆すに足りる証拠はない。  被告○○は,別紙営業秘密目録2第一三項の「油路の配置,油路の口径違い」に関し,プランジャーの油圧フローティングのオリジナルを現在のアピックヤマダ,当時のヤマダ製作所が,1982年頃から採用し,原告××が採用したのは,その後2,3年後であること,現在,住友,シンガポールのASAなどもプランジャーブロックにおいて油圧を使用している旨主張するところ,半導体全自動封止機械装置という複雑な機械の設計図にあっては,その一部に公知技術が使われていたとしても,必要な動作,機能を持たせるため,部品には試行錯誤,実験等が繰り返されてできあがった寸法や角度といったものが集約されているものであって,これが技術ノウハウとして秘密管理されていれば営業秘密として不正競争防止法上の保護対象となるものであり,被告○○主張の事実が認められたとしても,そのことによって,不正競争防止法2条4項の営業秘密に当たらないといえるものではなく,まして営業秘密として特定していないということもできない。」

以上のように、今回は営業秘密としての有用性が認められた技術情報について紹介しました。
有用性が認められた事件では、認められなかった事件に比べて、設計図やソースコードのように営業秘密とする技術情報が明確に特定されているかと思います。
また、明確に特定できている技術情報は、特許的な考えでいうところの最も下位概念にあたるものであり、特許公報等にも記載されていない内容かと思います。そのため、被告は有用性又は非公知性を否定するために、公知の情報等を証拠として提出することが困難であったと考えられます。

一方で、有用性が認められなかった事件では、原告が営業秘密と主張する情報が明確でない場合が多いと思えます。 営業秘密とする技術情報が明確でないために、原告もその有用性について十分に説明できず、裁判所はその有用性を否定せざる負えないのかもしれません。

2018年3月5日月曜日

技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その4

前回のブログ記事に引き続き「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例を紹介します。

過去のブログ記事
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その1
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その2
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3

4件目は発熱セメント体事件(大阪地裁平成20年11月4日判決)です。
この事件では、被告らの代表者であるYが平成15年10月ころに、原告が電気技師として雇用していたP2を石巻まで呼ぶなどして同人から本件各情報を聞き出し、Yは原告が同年12月15日にP2を技術指導として被告高橋屋根工業株式会社に出張させた際にも、P2から本件各情報を聞き出したというものです。 そして、P2は原告の従業員として本件各情報を外部に漏洩しない義務を負う立場であったにもかかわらず、被告らに対し本件各情報(発熱セメント体に係る本件情報1~7)を不正に開示したと原告は主張しています。

そして、本件情報1に対して裁判所は「本件情報1は,炭素を均一に混合するという点を除いて,乙23公報により平成15年10月当時において既に公知であったものであり,炭素を均一に混合するという点についても,有用な技術情報とはいい難いことからすれば,不正競争防止法2条6項にいう「事業活動に有用な技術上の情報であって,公然と知られていないもの」ということはできず,同項にいう「営業秘密」に該当するとは認められない」とのようにその有用性、非公知性を否定しています。
この乙23公報は、特開2000-110106号公報(公開日:平成12年4月18日)であり、出願人は原告とは異なる者です。 なお、乙23公報の発明の名称は融雪道路および融雪道路用構造材です。


上記のように裁判所は、「炭素を均一に混合するという点を除いて」とのように本件情報1と乙23公報との相違点を認めています。しかしながら、この相違点については下記のようにして有用性がないと判断しています。
「原告は,発熱部は炭素を所定割合均一に混合しているので,遠赤外線を放射し,その遠赤外線は表面層を通過して雪を溶かしやすくすると主張する。しかしながら,炭素を均一に混合していることと,遠赤外線を放射することを因果的に裏付ける証拠はない。また,仮にこのような効果があるとしても,乙23発明において,セメントに炭素を混合することが開示されている以上,炭素を混合するに当たり,偏りのないよう均一に混合するというのは,当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項にすぎない。また,上記相違点に係る情報には炭素を均一に混合するための特別な方法が具体的に開示されているわけでもない。したがって,単に均一に混合するという上記相違点に係る情報は,それだけでは到底技術的に有用な情報とは認め難い。」
上記判断は、特許でいうところの進歩性の判断に類するとも思われます。一方で、原告による本件情報1の作用効果の説明が裁判において不十分であったために、このような判断になったとも考えられます。
何れにせよ、本事件では、被告が特許公報を用いて原告が営業秘密とする技術情報の有用性、非公知性を否定しています。
すなわち、技術情報を営業秘密とする場合には、特許公報に記載の技術と対比して有用性、非公知性を主張できるものである必要があります。

また、他の本件情報2~7に対してもその有用性を裁判所は否定しています。全てをここで記載するのも煩雑ですので、これらのうち代表的と思われるものを記載します。
「(4)本件情報5の営業秘密該当性  
原告は,「融雪板が4個の端子を有するのがよいこと」(本件情報5)をもって「営業秘密」に該当すると主張し,その有用性として,実用的に複数の融雪板を並置することができると主張する。しかし,端子の数を4個にすることと融雪板を並置できることとの関連性は不明であり,他に端子の数を4個にすることによる特段の作用効果は主張されていない。そもそも,端子を何個にするかは,融雪板をどの程度の大きさにするのかとの関係において,当業者の通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択される設計的事項にすぎないというべきである。
・・・
(5)本件情報6の営業秘密該当性  
原告は,「融雪板の適切な具体的な寸法が,一辺が約30cmがよいこと」をもって「営業秘密」に該当すると主張し,その有用性として,ハンドリングしやすい実用的な融雪板とすることができると主張する。しかし,融雪板をどのような寸法にするかは,まさに当業者の通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択される設計的事項にすぎないというべきであり,一辺が30cmであることについて,特段の作用効果も認められない。
・・・
本件各情報を全体としてみても、上記のとおりそれぞれ公知か又は有用性を欠く情報を単に寄せ集めただけのものであり,これらの情報が組み合わせられることにより予測外の特別に優れた作用効果を奏するとも認められない(そのような主張立証もない。)。したがって,本件各情報が全体としてみた場合に独自の有用性があるものとして営業秘密性が肯定されるものでもないというべきである。 」

このように、本事件において裁判所は、原告が営業秘密として主張する技術情報に対して、特許公報を引例としてその有用性や非公知性を否定しています。当然とも思われますが、このことは重要な知見であるとも考えられます。
すなわち、裁判所における有用性や非公知性の判断に特許公報が影響を与えるということです。特許公報は、膨大な数存在し、そこから多種多様な技術情報が公知となっており、日々その数を増しています。したがって、技術情報を営業秘密とする場合には、一般的に知られている情報だけでなく、特許公報を検索して公知となっているか否か、また、有用性を主張できるほどの作用効果があるか否かを判断する必要があると考えられます。

また、裁判所は、特に引例を挙げることものなく、「当業者の通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択される設計的事項にすぎない」や「予測外の特別に優れた作用効果を奏するとも認められない」としてその有用性や非公知性を否定しています。これは果たして適切なのでしょうか?
一方で、原告も、当該技術情報の作用効果を十分に説明できなかったようであり、そのことが裁判所の判断に与えているようです。

2018年2月26日月曜日

技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3

前回のブログ記事に引き続き「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例を紹介します。
3件目は錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)です。

この事件では、被告らはかつて原告会社の従業員であり、被告らは原告に勤務していた平成22年10月頃から大阪市に工房を設置し、「P10」との名称を使用するなどして錫製品の製造販売等を行い、原告会社を退職した後も錫製品の製造販売等をしているというものです。
原告は、原告らが開発した錫合金(本件合金)の組成が営業秘密に該当すると主張しています。

なお、この事件は、有用性についてだけでなく、リバースエンジニアリングやどのような技術情報を営業秘密として管理するべきか、ということについて知見を与えてくれる事件であり、非常に参考になる事件であると私は考えています。

そして、本事件において原告は以下のように有用性を主張しています。
「従前,錫製品には鉛が含まれていたが,食品,添加物等の規格基準が改正され,容器等の鉛の含有量を●(省略)●未満にしなければならないと変更されたため,鉛レス合金を開発する必要が生じた。そこで,原告会社の昭和56年以降の基礎研究に基づき,原告組合は,平成19年以降,鉛レス合金の開発を行った。合金は,温度,成分の割合等によって液体,固体の状態が異なり,温度,割合,状態の関係を一つずつ実験する必要があり,・・・,●(省略)●から成る鉛レスの本件合金を開発した。
このようにして開発された本件合金を使用すると,鉛の含有率が●(省略)●以下であっても,錫の切削性が失われず,加工,鋳造が容易になり,従来と同じく伝統的な技術による加工が可能となるから,本件合金は,特殊な伝統技術を用いた錫器製造の根幹をなす。
したがって,本件合金は,錫器の製造に有用な技術上の情報に当たる。 」


一方、裁判所は、以下のようにして本件合金の有用性を否定しています。
「原告らは,本件合金を使用すると,鉛の含有率が●(省略)●以下であっても,錫の切削性が失われず,加工,鋳造が容易になる旨主張する。
しかし,本件合金がそのような効果を有することを認めるに足りる証拠はない。
原告らは,本件合金の開発経緯について,多くのテストと会議を重ねたとして鉛レス地金開発事業地金研究会議の議事録(甲8)及びそのテスト結果の一部(甲34)を提出し,また,多額の開発資金を投じた証拠(甲5,6,24)を提出する。しかし,証拠として提出された上記議事録では,テスト結果の部分は開示されておらず,また,上記テスト結果の一部(甲34)のみでは,地金テストの結果が持つ意味は明らかでなく,多額の投下資金を投じたからといって直ちに本件合金に上記の効果があると認めることもできない。原告製品が本件合金を用いて製造されているとしても,そのことから直ちに別紙記載の一定の成分組成と一定の配合範囲から成る本件合金が原告ら主張の効果を有すると認めることもできない。
また,原告ら代表者は,陳述書(甲20)において,本件合金の有用性を説明するが,本件合金がその説明に係る効果を有することは,客観的に確認されるべきものであり,関係者の陳述のみによって直ちにそれを認めることはできない。
結局,原告らは,本件合金の技術上の有用性について,これを認めるに足りる証拠を提出していないといわざるを得ず,本件合金について営業秘密としての有用性を認めることはできない。 」
すなわち、本判決では、原告が営業秘密であると主張する本件合金の効果は、原告の主観だけでは認められず、客観的に確認できなければならないとされています。

しかし、この判決で疑問に思うことは、客観的に確認できる効果とは何でしょうか?
例えば、顧客情報であっても、その顧客情報を他社が用いたとしても新たな顧客獲得ができない可能性もあるかと思います。そのような場合は、有用性が認められるような効果が無いとも判断され可能かとも思いますが、顧客情報に関しては秘密管理性、非公知性が認められれば、有用性も必然的に認められるようです。(本判決では、リバースエンジニアリングによって公知性が失われているとして、本件合金の非公知性も認められていません。)
そうすると、技術情報と営業情報とでその判断に差があるようにも思えてしまいます。
また、技術者が主観的に効果があると考えるものの、客観的にはその効果が未だ認められていない未完成の技術は、その有用性が認められず、営業秘密とされないのでしょうか?

このようなことを考えると、技術情報を営業秘密とした場合に、その有用性に客観的な効果を求めることに疑問を感じますが、本事件のように客観的な効果を求める判決が出ていることは留意すべきかと思います。
すなわち、技術情報を営業秘密として管理する場合には、その効果を客観的に説明可能なようにするべきかと思います。

特に、化学系の技術情報に関しては、その内容から当業者が当然に認識し得る作用効果が分からない技術も多いかと思います。そうであるならば、化学系の技術情報の管理において、裁判において作用効果を認めさせるためのデータ等も管理すべきかと思います。
しかしながら、そこまですると、技術情報の営業秘密管理が特許出願と同様の視点で行う必要が生じ、果たしてそれが法が求める「営業秘密」としての管理であるのか、少々疑問が生じてきます。

2018年2月22日木曜日

技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その2

前回のブログ記事に引き続き「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例を紹介します。

2件目は接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)です。
これも高裁まで争われた事件であり、近年の判決でもあるので、注意するべきものかと思います。
なお、裁判所において、非公知性の判断で有用性のような判断を行う場合があるようです。本判決もそのような判断がなされていますが、ここでは有用性の判断として取り扱います。


本事件は、原告(被控訴人)の従業員であった被告X(控訴人X)が、業務上の機密を保持すべき義務に違反して、被控訴人の機密である原告ソースコードや原告アルゴリズムを被告(控訴人)ニックに開示、漏洩したものです。
本事件では、原告ソースコードと原告アルゴリズムのうち、原告ソースコードについては営業秘密性が認められましたが、原告アルゴリズムは営業秘密性が認められませんでした。

原告は、この原告アルゴリズムの有用性について次のように主張しています。
「原告アルゴリズムも,接触角計測機器の精度の向上を実現するため,被控訴人が長年の試行錯誤の上に確立したノウハウであって,原告各製品の製造,販売に不可欠な技術情報であるから,これらは,被控訴人の事業活動に有用な技術情報である。一般に,画像解析のためのプログラム制作に当たっては,画像の輪郭をどのような方法で検出するか,測定結果の正確性をどのように担保,検証するか,測定解析スピードを可能な限りアップさせるにはどうしたらよいかなど,複数の視点から,開発機器の特殊性を踏まえ,繰り返し実験を行うなど試行錯誤の末,適切なアルゴリズムを確立する必要がある。かかるアルゴリズム(例えば2値化のアルゴリズム)の善し悪しによって,製品の測定精度が大きく左右されるから,原告アルゴリズム自体が被控訴人にとって貴重な知的財産であるということができる。」


そして、この原告アルゴリズムに対して、裁判所は「原告アルゴリズムの内容は,本件ハンドブックに記載されているか,あるいは,記載されている事項から容易に導き出すことができる事項である。」と判断しています。
この本件ハンドブックは、原告の研究開発部開発課が営業担当者向けに作成したものであり、その冒頭「はじめに」には、「この資料は主にお客様と接することの多い営業担当向けに、測定解析統合システムソフトウェアFAMASの概念から機能概要までをまとめたものです。取扱説明書に記述されている内容もありますが、中には当社のノウハウ的な要素も含まれていますので、この資料は「社外秘」とさせていただきます。出張の際などにいつもお持ちいただくことで何かのお役に立てれば幸いです。~研究開発部 開発課 X~」と記載されており、表紙中央部には,「CONFIDENTIAL」と大きく印字されており、各ページの上部欄外には「【社外秘】」と小さく印字されています。
このように、原告アルゴリズムが記載されているとされる本件ハンドブックは、一見、秘密管理がされているようにも思えます。

しかしながら、裁判所は「本件ハンドブックは,被控訴人の研究開発部開発課が,営業担当者向けに,顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため,携帯用として作成したものであること,接触角の解析方法として,θ/2法や接線法は,公知の原理であるところ,被控訴人においては,画像処理パラメータを公開することにより,試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っていたことが認められ,これらの事実に照らせば,プログラムのソースコードの記述を離れた原告アルゴリズム自体が,被控訴人において,秘密として管理されていたものということはできない。」として、その秘密管理性を否定しています。

そして、裁判所は、原告接触角計算(液滴法)プログラムにおける具体的な手順(アルゴリズム)について、(a)閾値自動計算(b)針先検出(c)液滴検出(d)端点検出(e)頂点検出(f)θ/2法計算(g)接線法用3点検出(h)接線法計算のように項目分けし、その技術内容を検討したうえで、それぞれについて「一般的」であるとし、「特別なものでない」として非公知性(有用性)を認めませんでした。

そして、裁判所は非公知性について最終的に以下のように判断しています。
「原告アルゴリズムの内容の多くは,一般に知られた方法やそれに基づき容易に想起し得るもの,あるいは,格別の技術的な意義を有するとはいえない情報から構成されているといわざるを得ないことに加え,一部ノウハウといい得る情報が含まれているとしても,そもそも,前記(ア)bのとおり,被控訴人は画像処理パラメータを公開することにより,試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っており,原告アルゴリズムを,営業担当者向けに,顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため携帯用として作成した本件ハンドブックに記載していたのであるから,被控訴人の営業担当者がその顧客に説明したことによって,公知のものとなっていたと推認することができる。」
上記下線部分は、特許の審査における進歩性のような判断と同様であると思われます。

しかしながら、本判決において疑問に感じることは、各項目の技術について一般的(公知)であるとしているものの、その根拠となる文献等は挙げていなことです。
また、(a)閾値自動計算(b)針先検出(c)液滴検出(d)端点検出(e)頂点検出(f)θ/2法計算(g)接線法用3点検出(h)接線法計算の組み合わせにより、原告アルゴリズムは構成されていると思われますが、この組み合わせについて裁判所は特に言及していないように思えます。
この事件が、仮に特許の審査であるならば、進歩性を主張するうえで、上記組み合わせが容易でないこと等を主張するかと思いますが・・・。
原告も原告アルゴリズムの有用性について「一般に,画像解析のためのプログラム制作に当たっては,画像の輪郭をどのような方法で検出するか,測定結果の正確性をどのように担保,検証するか,測定解析スピードを可能な限りアップさせるにはどうしたらよいかなど,複数の視点から,開発機器の特殊性を踏まえ,繰り返し実験を行うなど試行錯誤の末,適切なアルゴリズムを確立する必要がある。」とのように述べていますし・・・。

ちなみに、営業秘密管理指針には「「営業秘密」とは、様々な知見を組み合わせて一つの情報を構成 していることが通常であるが、ある情報の断片が様々な刊行物に掲載され ており、その断片を集めてきた場合、当該営業秘密たる情報に近い情報が 再構成され得るからといって、そのことをもって直ちに非公知性が否定さ れるわけではない。なぜなら、その断片に反する情報等も複数あり得る中、 どの情報をどう組み合わせるかといったこと自体に有用性があり営業秘 密たり得るからである。複数の情報の総体としての情報については、組み 合わせの容易性、取得に要する時間や資金等のコスト等を考慮し、保有者 の管理下以外で一般的に入手できるかどうかによって判断することになる。 」ともありますが、本判決では原告アルゴリズムについて上記下線ほどの検討はなされていないと思われます。

この事件では、技術情報の営業秘密の有用性及び非公知性に対する裁判所の判断について、感覚的なものが先行しているのかなと感じます。非公知性をいうのであれば、文献等が挙げられるべきではないでしょうか?

また、原告が営業秘密と主張する技術情報が、公知の情報の組み合わせであっても、非公知性又は有用性の検討は丹念に行われるべきでないでしょうか?
例えば、営業秘密であっても、顧客情報は複数の顧客の氏名や連絡先等の組み合わせによって、その有用性や非公知性が認められていると思われます。しかしながら、今や、多くの人や企業の連絡先等はどこかで公知となっているのではないでしょうか?

このようなことを鑑みると、本事件の原告アルゴリズムに対する有用性(非公知性)の判断は厳しいものではないかと思います。

2018年2月19日月曜日

技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その1

「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例が既にいくつかありますので、それを数回に分けて紹介したいと思います。
過去のブログ記事でもすでに紹介した判例もあるかと思いますが、あらためて紹介したいと思います。

まず、1つ目の判例です。
これは、小型USBフラッシュメモリ事件(知財高裁平成23年11月28日判決)であり、高裁まで争った事件です。 一審において原告の請求は全て棄却され、原告が控訴しています。
この事件は、被告(日本メーカー)が、原告(台湾メーカー)に対して通常サイズのUSBフラッシュメモリの製造委託及び小型USBフラッシュメモリの製造委の可能性について打診し、被告と原告らとの間で小型USBフラッシュメモリに搭載するフラッシュメモリの規格寸法やそれに応じた本体寸法の策定、LEDの搭載等について,メール等によって協議が進められたが、原告らと被告との協議が打ち切られたものです。 そして、その後、被告が原告から提供された情報(営業秘密)を用いて製品を台湾にある会社に製造委託して製造させ、これを輸入して、販売したので、この行為が営業秘密の不正利用であると原告が主張しているものです。
ビジネスの世界ではありそうな話です。
なお、原告と被告との間では、秘密保持契約は締結されていなかったようです。

この事件では、営業秘密に関する争点(不競法2条1項7号該当性)以外にも、形態模倣(不競法2条1項3号該当性)等の争点がありましたが、ここでは営業秘密に関する争点のみを紹介します。


本事件は、原告が複数の情報について、営業秘密性を主張していますが、そのどれもが認められていません。
そして、高裁において裁判所は以下のように判断しています。
「控訴人は,LEDに関する情報について,小型化を実現する寸法・形状との関係で「当該寸法・形状とLED搭載が両立する事実及びその方法」を伝える情報として,また, そうした寸法・形状での小型化を達成する部品配列・回路構成等との関係でもそれら各要素が両立する事実及びその方法を伝える情報として,全てが組み合わさることによって,そのまま商品化を可能にする技術情報として有用性を獲得すると主張する。
・・・ 控訴人が提供したとするLEDの搭載の可否,搭載位置,光線の方向及びLEDの実装に関する情報は,被控訴人から提案された選択肢及び条件を満たすために適宜控訴人において部品や搭載位置を選択したものであって,その内容は,当業者が通常の創意工夫の範囲内で検討する設計的事項にすぎないものと認められるから,控訴人の上記主張は採用することができない。 」

上記下線で示した部分は、特許の審査における進歩性を否定する場合の表現と同様かと思います。すなわち、当該判決から「当業者が通常の創意工夫の範囲内で検討する設計的事項」と判断される技術情報はその有用性が認められないと解されます。

なお、上記カッコ書きで示した参照部分の「・・・」において、裁判所は「「そうした寸法・形状での小型化を達成する部品配列・回路構成等との関係でもそれら各要素が両立する事実及びその方法を伝える情報として,全てが組み合わさ」った情報とはどのような情報なのか不明であり,営業秘密としての特定性を欠くといわざるを得ない。」とも判断しています。
このように、原告は、営業秘密とする技術情報の特定が十分でないところがあったようです。
具体的には、一審判決では「別紙データ目録7-1につき,原告は,当初,これを営業秘密として主張していたが,当該図面は,USB2.0の規格を記載した公知のもの(・・・)ではないかとの裁判所の指摘を受けて,当該主張を撤回した(当裁判所に顕著な事実)。このことや,営業秘密の不正使用の主張が,訴訟提起後,約1年半を経過して主張され,かつ,以後,原告において営業秘密を特定することに相当の審理期間を要したという本件訴訟の経過にかんがみると,原告の営業秘密に関する主張は十分な検討を経ることなくされたことがうかがわれる。」とのようにも裁判所から指摘されてもいます。
上記の指摘からは、原告による営業秘密に関する主張に対する裁判所の心象が非常に悪いことが伺われます。

そして、裁判所は、原告が主張する技術情報に対する秘密管理性の判断も特に行っておりません。主として有用性等の判断のみによって正業秘密性を否定しています。
以上のことからも、原告による営業秘密の特定が十分でないことも、裁判所による有用性の判断に影響を与えているのではないかと思われます。

2018年1月29日月曜日

営業秘密の有用性に「予想外に優れた作用効果」を必要とする裁判所の判断について

営業秘密の有用性、特に技術情報に係る有用性の判断において、裁判所が「予想外に優れた作用効果」は無いとして当該技術情報の有用性を否定する判断を行う場合があることを過去のブログ記事で紹介しています。

参考ブログ記事
営業秘密の有用性判断の主体は?特許の進歩性判断との対比
営業秘密の有用性判断の主体は?続き
営業秘密の有用性に関して、種々の文献の記載
営業秘密の有用性判断の分類

上記「営業秘密の有用性に関して、種々の文献の記載」で挙げた文献のうち、<小野昌延, 松村信夫 著,新・不正競争防止法概説〔第2版〕>には、「「それぞれが公知か又は有用性を欠く情報を単に寄せ集めただけのものであり、これらの情報が組み合わせられることにより予想外の特別に優れた作用効果を奏するとは認められない」として、有用性を否定した判決も存在する(大阪地判平成20年11月4日判時2041号132頁〔融雪板構造事件〕)。ただ、このような情報まで有用性がないとして営業秘密として保護を否定してよいかは問題である。」と記載されていたり、<TMI総合法律事務所 編,Q&A営業秘密をめぐる実務論点>には「上記大阪地判平成20・11・4は、組み合わせにより「選択発明と同視し得る新規な技術的知見」や「予想外の特別に優れた作用効果」というやや高いハードルを課しているようにも見受けられる。」と記載されているように、有用性の判断として「優れた作用効果」を求める裁判所の判断に疑義を有しているような文献もあります。

さらに、田村義之 著, 不正競争法概説〔第2版〕に「秘密管理体制を突破しようとする者はその秘密に価値があると信じているがためにそのような行為に及ぶのである。いずれにせよ秘密管理網を突破する行為が奨励されてしかるべきではないのであるから、このような行為が行われているのに、それほど有用な情報ではないという理由で、法的保護を否定する必要はないであろう。」と記載されており、私としては田村先生の考えが最も納得できます。



ここで、営業秘密は、秘密管理性、有用性、非公知性を要件としており、この3要件をみたした情報を法的な保護の対象に値するとしています。
そして、有用性の判断として、犯罪の手口や脱税の方法、反社会的な行為と等は、公序良俗に反する内容の情報は法的な保護の対象に値しないとして、有用性、すなわち営業秘密性は認められません。
また、取締役のゴシップや不祥事等のスキャンダル等も経済的な価値が無いとして有用性が認められません。
これらは当然のことと思われますが、もし、このような情報も有用性を認めてしまうと、公序良俗に反する情報や経済的な価値が無い情報を漏えいさせた人等に対して、民事的な責任だけでなく、刑事的な責任を負わせる可能性があり、そのようなことは甚だ不当であるからと考えられます。

次に、技術情報に係る営業秘密の有用性について「優れた作用効果」を求めた裁判所は、なぜこのような結論に至ったのかを考えてみました。まず、「優れた作用効果」は何と比較してのことなのでしょうか?それは、既に公知となっている技術情報との比較でしょう。

すなわち、公知の技術情報に対して優れた作用効果が無い情報は、経済的な価値が無いと裁判所は判断しているわけです。
そして、もし、優れた作用効果がない情報にも有用性を認めてしまうと、それを漏えいさせた人等に対して、民事的な責任や刑事的な責任を負わせることになり、そのようなことは甚だ不当である、との考えが裁判所にはあるのではないかと想像します。

さらに、公知の技術情報に比較して「優れた作用効果」の無い技術情報は、そもそも本来何人も使用可能な情報であるとも考えられます。
そうであるにもかかわらず、ある企業がこの情報を秘密として管理し、それを持ち出した人に法的な責任を負わせることは不当であるとも考えられます。そもそも自由に使えるはず情報のはずですから。
このように考えると、技術情報に係る営業秘密の有用性に「優れた作用効果」を求めることも多少は納得できる気がします。

私は、上述のように田村先生の見解が一番納得できるのですが、やはり、近年、営業秘密の漏えいに関する刑事罰も重くなり、さらに、損害賠償や差し止め等が企業活動や個人に与える影響を考えると、技術情報に係る営業秘密に対してはある程度の「優れた作用効果」がその要件に含まれるという裁判所の判断は継続されるのではないかと思います。

そうであるならば、技術情報を営業秘密として管理する企業は、そのような判断がなされることを考慮して、どのような技術情報を営業秘密とするのかを判断するべきかと思います。
また、このような判断を行うことにより、企業は、真に営業秘密として管理するべき技術情報を見出すことができるのではないでしょうか?