2025年7月23日水曜日

判例紹介:営業秘密が格納されているサーバーへのアクセスID

今回紹介する裁判例は、第一審の判決が第二審(知財高裁)で覆ったものです。第一審では、営業秘密の保有者である原告の請求は全て棄却されましたが、第二審ではこれが覆っています。

本事件の原告は、インターネットの利用による競馬情報の提供等を目的とする株式会社(平成10年6月25日設立)であり、競馬の勝ち馬を数値で予想する「指数」を算出し、顧客に対し、インターネット上で同指数を掲載した競馬新聞を提供しています。
被告会社は、インターネットの利用による各種情報の提供等を目的とする株式会社(平成18年2月20日設立)であり、登記簿上設立から令和元年7月30日まで原告と本店所在地が同一であり、原告と同様、競馬の勝ち馬を数値で予想する「指数」を算出し、顧客に対し、インターネット上で同指数を掲載した競馬新聞を提供しています。
また、被告Y1は、原告の元従業員兼被告会社の代表者であり、被告Y2は、原告の元従業員でした。被告Y1及び被告Y2は、原告に在職する一方、本件パソコン等を使用して、被告会社の提供する競馬新聞での発行業務に従事していたが、令和元年10月27日深夜から同月28日未明までに本件パソコン等を持ち出し、原告を退職した上、その後も、被告会社の提供する競馬新聞の発行を継続したとのことです。

原告の主張は、被告らが共謀の上、被告Y1及び被告Y2において、原告の営業秘密である本件情報が記録された本件パソコン等を事務所から持ち出し、不正の利益を得る目的で本件情報を使用するなどした行為が、不正競争行為(営業秘密不正取得行為・図利加害目的使用行為、不競法2条1項4号又は7号)に該当するというものです。

この主張に対して、第一審では、「被告会社が、原告に属する本件情報の全部又は一部を本件パソコン及び本件サーバー上のハードディスクに保存していたとは認められないことはもとより、被告P1らが本件パソコンその他の私物を持ち出した前後を通じ、被告らが本件情報を使用等していたものとは認めるに足りない。」と判断し、原告の請求を棄却しています。
なお、第一審では、どのような情報が営業秘密であるのか、そして、営業秘密とする情報の秘密管理性等について、裁判所は明確には判断していません。

一方で第二審では、本件情報1~4は以下のものとのように営業秘密が明確になりました。
本件情報1:IDM 指数作成プログラム及び指数作成手法
本件情報2:デジタル競馬新聞作成システムプログラム
本件情報3:IDM 構成要素データ
本件情報4:顧客管理名簿

本件情報1、3は、レース結果における考慮要素に係るデータを数値化した点数を計算要素とし、原告独自のロジックとデータとプログラムに基づき競走馬及びレースごとの総合得点を算出して数値化し、これを前提に、開催されるレースの条件も勘案した補正等を加えて予想値となる数値を IDM 指数(IDM 結果値)として算出するものだそうです。原告は、これに基づき、原告独自のレース予想値として、IDM 予想値を原告が発行するインターネットによる競馬新聞に掲載しているとのことです。


これらの本件情報1~3の管理については以下のように裁判所は認定しています。
ウ 原告においては、競馬レースの結果を従業員全員で入力するため、本件情報1~3等を含むプログラムやデータベースから成る原告のシステムについては、従業員全員がアクセスすることができるようになっているが、原告の競馬新聞や競馬データサービスの根幹をなすため社外秘となっている。また、これらは、原告社内のコンピュータ及びサーバー並びにクラウドに格納され、① 社内 ID 及びパスワードを入力しないとアクセスすることができず、② 退職者がいる場合には、一斉にパスワードが変更されている。(甲83、原審証人B)
上記の「社外秘」とはどのような形態で示されているのかが判決文からは不明でした。また、被告は第一審において「原告が従業員にID及びパスワードを付与していたことは認めるが、原告は、全従業員に対し、同一のIDとパスワードを付与していたから、従業員は簡単に本件情報にアクセスすることができた。」とのように主張し、その秘密管理性を否定しています。
第二審において裁判所は、本件情報の秘密管理性を以下のように判断しています。
本件情報1及び3は、「社外秘」とされて原告社内のコンピュータ等に格納され、業務の必要から従業員全員がアクセスすることができるが、社内 ID 及びパスワードの入力を必要とし、退職者がいる場合には一斉にパスワードが変更されるのであるから、「秘密として管理され」かつ「公然と知られていないもの」(不競法2条6項。秘密管理性、非公然性)に該当する。よって、本件情報1及び3は、原告の営業秘密に該当するというべきである。
なお、裁判所は、本件情報2、4も本件情報1、3と同様の情報管理措置がされていたことが推認されるとしています。

本事件の秘密管理性に対する裁判所の判断は比較的緩いようにも思えます。
まず、本件情報1~3に対して「社外秘」となっていると裁判所は認定していますが、上記のように、「社外秘」の具体的な表示態様等がよくわかりません。
また、サーバーへアクセスるためのIDとパスワードは、全従業員に対して同一であるとのことです。このようなアクセス管理は、秘密管理措置として認められ難いと思います。一方で、原告において退職者がいる場合には一斉にパスワードが変更されていたとのことなので、このことを裁判所は原告の秘密管理措置として認めた可能性があります。
さらに、本件情報2、4も本件情報1、3と同様の情報管理措置がされていたことが「推認」されるとしており、本件情報2、4に対する秘密管理措置の判断も甘いように思えます。

このような判断を裁判所が行った理由には、被告らが本件情報1~4が営業秘密であるということを認識していたという裁判所の心象が強かったのではないかと思います。このため、秘密管理性の判断が比較的緩くなったのではないかと思います。
今後もこのような秘密管理性の判断が比較的緩くなる可能性もあるのではないかと考えます。

なお、本事件は、被告らは、令和元年9月及び10月における利益隠蔽に係る共同不法行為、並びに、ハイブリッド競馬新聞に関し、同年11月以降の営業秘密の使用に係る不競法違反行為により、原告に生じた損害について賠償責任を負うことになるとし、総額、1億5039万9456円の損害賠償が認められています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信