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2024年7月15日月曜日

他社の営業秘密の二次的な不正取得、不正使用、不正開示は何れも違法行為

他社の営業秘密を二次的に取得、例えば自社への転職者から前職企業の営業秘密を不正に取得等することが違法であることを規定した条文は、不正競争防止法第2条第1項第8号(民事的責任)や第21条第1項第3号(刑事的責任)です。
第2条第1項第8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
第21条第1項第3号
不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、前号若しくは次項第二号から第四号までの罪、第四項第二号の罪(前号の罪に当たる開示に係る部分に限る。)又は第五項第二号の罪に当たる開示によって営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示したとき。
上記下線を付しているように、第2条第1項第8号、第21条第1項第3号の何れも図利加害目的での営業秘密の取得、使用、開示が並列で規定されています。すなわち、転職者等から営業秘密を取得したけど、使用しなかったからOKとか他に開示しなかったからOKとかにはなりません。不正取得も不正使用も不正開示も同列で違法となります。

ここで、不正取得、不正使用、不正開示は具体的にどのような行為でしょうか。これを東京地裁令和6年2月26日判決(事件番号:令4(特わ)2148号)を参考にして考えます。
この事件は、かっぱ寿司の前社長が前職であるはま寿司の営業秘密を不正に持ち出した事件に関連して、カッパ社及びその社員(元商品部長)が刑事告訴されたものであり、カッパ社に対して罰金3000万円、元商品部長に対しては懲役2年6月(執行猶予4年)及び罰金100万円の判決(控訴中)となっています。

本事件では元商品部長(被告人B)が行った取得及び開示について以下のように裁判所は判断しています。
被告人Bが遅くともパーソナルコンピュータに本件各データを保存した時点で、F社の営業秘密を自己の管理下に置いており、これを「取得」したと認められ、また、被告人Bが、本件各データ等を添付した電子メールをH宛て及びI宛てに送信した時点で、F社の営業秘密を第三者に知られる状態に置いており、これを「開示」したと認められる。
このように、本事件では、転職者から受け取ったデータを自己の管理下に置くような行為が取得となると裁判所は判断しています。このため、単に転職者から営業秘密を見せられただけでは自己の管理下に置いたとは言えないと思われますので、取得とはならないのでしょう。
また、営業秘密を第三者に知られる状態とすることが開示となると裁判所は判断しています。上記Hや被告人Bの上司であり、上記Iは被告人Bの部下に当たる人物のようです。すなわち、第三者への開示とは、自社内での開示も含まれることとなります。


また、被告人Bが行った使用について以下のように裁判所は判断しています。
被告人Bが、原価等情報データを利用して上記の比較を行ったデータファイルを作成した行為は、本件各データ等に基づき、その使用目的に沿い、F社における商品の原価と被告会社におけるそれとを比較する資料として被告会社における商品の開発、販売等の参考に供され得る状態を作出しており、F社の営業秘密を「使用」したといえる。
上記のように「使用」とは、営業秘密をそのまま用いるだけでなく、参考にすることも含まれます。すなわち、営業秘密の不正使用の概念は非常に広い可能性があります。例えば、特許権でしたら、特許請求の範囲に記載の構成要件を全て充足するような実施をしなければ基本的には侵害とはなりません。このため、特許公報を参考にして特許請求の範囲に記載の技術範囲を回避するような技術開発を行うことは特許権の侵害にはあたりません。
一方で、他社営業秘密を入手し、他社営業秘密を参考にして他社営業秘密の技術範囲を回避するような技術開発を行うことは当該営業秘密の侵害になる可能性があります。

なお、営業秘密の不正取得、不正使用、不正開示の何れも、不正の利益を得る目的(図利加害目的)が要件となります。本事件において裁判所は図利加害目的を下記のように判断しています。
被告人Bは、本件各データがF社の営業秘密に当たることを認識して取得した上、その所掌事務でもあった商品開発等の検討をするため、これを所管する上司及び部下に本件各データを開示し、自らも原価を比較するため本件各データを使用したものである。競合他社が営業秘密としている原価、仕入れ等に関する情報を取得したり、これを利用して商品開発等に及んだりすることは、不正競争防止法又は公序良俗若しくは信義則に反することは明らかであって、被告人Bは、このような利用の可能性を十分に認識していたからこそ、本件各データを取得、開示、使用したと認められる。
ここで転職者から一方的に前職企業の営業秘密をメール等で送りつけられた場合には、営業秘密の不正取得となるようにも思えます。しかしながら、単に送り付けられただけでは送り先には図利加害目的があるとは思えないため、営業秘密の不正取得にはならないのではないでしょうか。
また、メールを受け取った人が他社の営業秘密が自社に不正流入したとして、例えば法務部や知的財産部にその旨を報告すると共に法務部や知的財産部に転送する行為は不正開示に相当するようにも思えます。しかしながら、この場合も図利加害目的ではないと思われ、営業費いつの不正開示には当たらないのではないでしょうか。

以上のように、他社の営業秘密が自社に流入した場合には、最新の注意をもって対応する必要があります。具体的には、まずは当該営業秘密が自社内で拡散するような行為は行ってはならず、最小限度の人員によって然るべき対応を行うべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年6月10日月曜日

判例紹介:「営業秘密」と「重大な機密」の違い

「営業秘密」には「企業秘密」や「機密」といったような意味が似通った文言があります。
これらの文言の大きな違いは「営業秘密」は不正競争防止法第2条第6項で規定されている一方、「企業秘密」や「機密」という文言は法的には何ら規定されていないということでしょう。

今回紹介する裁判例(東京地裁令和5年5月24日 事件番号:令3(ワ)5200号)は、被告会社の経理部長代理であった原告が被告会社の営業秘密(本件持出データ)を複製、漏洩したこと等を理由として、自宅待機の後に懲戒解雇され、賞与や退職金を支給されなかったこと等に関し、原告が被告会社に対して自宅待機中の賃金や退職金等を請求したものです。すなわち、原告が被告会社の情報を持ち出しています。

本事件は、営業秘密や機密の解釈に関して、下記の被告会社の就業規則60条4項7号、60条3項1号の該当性について争っています。
就業規則60条
 次の各号のいずれかに該当する場合は、諭旨解雇または懲戒解雇に処する。
3項 情報管理および関連機器に関する違反    
 1号 機密保持義務に違反し、会社の重大な機密を社外に漏らしたとき、あるいは漏らそうとしたとき、または自社および他社の重大な機密を不正に入手したとき
4項 風紀・秩序維持に関する違反
 7号 刑法その他、刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかになったとき
まず、就業規則60条4項7号の該当性について、被告会社は以下のように主張しています。
本件持出データには営業秘密が含まれており、原告がBに提供する又は転職先での手元資料とする目的でこれを複製したことは不正競争防止法の刑事罰の対象となる行為であるから、本件持出行為は同号に該当する。
これに対して原告は以下のように主張しています。
仮に本件持出データに被告が主張するデータが含まれていたとしても、当該データに秘密管理性、有用性がない以上は不正競争防止法の定める営業秘密とはいえず、本件データの複製は犯罪を構成しない。よって、本件持出行為は同号に該当しない。
そして就業規則60条4項7号に該当するためには、原告が持ち出した本件データがそもそも営業秘密でなければならないでしょう。このため、裁判所は本件データのを営業秘密性(秘密管理性)を判断することで、就業規則60条4項7号に該当性について以下のように判断しています。
本件データである約8000件のファイルは、経理部のフォルダ内に設けられたサブフォルダ内に一定の分類基準に従って配置されていたところ・・・、当該サブフォルダ又は分類基準において、「社外秘」などの表題が付けられて秘密情報である旨が表示されて管理されていたものはない(乙4。ファイルにパスワードが設定されていたものはあるが(乙4[34])、同一フォルダ内にパスワードが記載されたファイルが存在しており、このような管理状態では秘密情報である旨が表示されているとは評価できない。また、事業収支計画書(乙26の2)の右上に小さく【社外秘】との表示があったことが認められるが、事業収支計画書は約8000件のファイルの中のごく一部に雑然と配置されており、当該表示もファイルを開かないと分からないものであるから、当該表示があるとしても、8000件以上のファイルが存在する経理部フォルダの中で明確に秘密情報である旨が表示されて管理されていたとは評価できない。)。
被告は、情報の名称及び内容自体から営業秘密であることが認識可能である旨主張するが、本件データの一覧(乙4)によっても、どの情報が秘密情報であるのかを認識することができない以上は、秘密情報であることを認識し得る程度に管理されているとはいえない。被告は、他にも①フォルダへのアクセス制限の存在、②情報持出の制限の周知、③被告社内、経理財務部への入室制限措置、④業務用端末へのパスワード設定等の事情、⑤原告自身が作成したフォルダの中から複製するファイルを選別しており、持ち出し自体がいけないことであることを認識していたことを主張するものの、上記判断を左右しない。
以上によれば、本件データについては、秘密管理性を満たすとはいえないから、その中に営業秘密が含まれているとはいえない。したがって、本件持出行為が就業規則60条4項7号に該当するとはいえない。
このように裁判所は、本件データに対して秘密管理性の判断を行い、本件データは秘密管理性を満たさないことから本件データは営業秘密が含まれていないと判断しています。そして、本件データが営業秘密でないことから、原告による本件データの持ち出しは「刑法その他、刑罰法規の各規定に違反する行為」ではないため、本件持出行為が就業規則60条4項7号に該当しないと裁判所は判断してます。
確かに、原告が持ち出した本件データが営業秘密でなければ、不正競争防止法の刑事罰(21条)に規定されているような違法行為ではないため、就業規則60条4項7号に該当しないという裁判所の判断は妥当でしょう。


では、「会社の重大な機密を社外に漏らしたとき」とある60条3項1号の該当性についてはどうでしょうか。原告は「「重大な機密」とは営業秘密と同義に解すべきであり、本件持出データが営業秘密に該当しない以上は、当該データは会社の「重大な機密」に該当しない。」とのように主張しています。

一方で、被告会社は以下のように主張しています。
同号にいう「重大な機密」とは、会社にとって重要であり、かつ、守秘義務を負わない者に開示することが予定されていない情報を意味することは一義的に明白であり、本件持出データはそのような情報であるから、同号の「重大な機密」に該当する。原告は、Bに対し、継続的に社内の情報を漏らし、本件持出行為後も社内の情報を提供していたのであるから、原告は機密保持義務に違反し、会社の重大な機密を漏らそうとしていたといえる。よって、本件持出行為は同号に該当する。
これに対して裁判所は以下のように判断しています。
原告は、「重大な機密」の定義がない以上は、これを不正競争防止法の営業秘密と同義と解すべきである等と主張するが、不正競争防止法の営業秘密については刑事罰も含めた規制がされているため、その範囲は限定的に解すべきであるのに対し、従業員が就業規則により又は雇用契約上の付随義務として負っている秘密保持義務の対象となる秘密に関しては、そこまで限定的に解する必要はない。本件持出データの内容は被告の事業にとって極めて重要な情報を含んでいたことからすると、「重大な機密」の定義が何かを問題にすることなく、当該データは同号に定める「重大な機密」に該当するといえるのであって、そのように解したとしても懲戒事由の明定が要求される趣旨には反しないし、労働契約法7条の合理性を肯定できるというべきである。
原告は、Bは守秘義務を負っており、被告の不利益にデータを活用するおそれがないとも主張するが、Bは、単に前の社長に過ぎず、当時被告との間で顧問契約等を締結していたわけではないから、業務に関する相談を受ける立場にはなく、また原告もBに相談することについて上司に確認をしていないのであるから(原告本人[26、27]、証人C[9])、社外に漏洩したことに変わりはなく、上記判断を左右しない。
上記のように、裁判所は「重大な機密」の解釈を「営業秘密」と同じとしておらず、「重大な機密」は「事業にとって極めて重要な情報」とのように広く解釈していると考えられます。
そもそも、企業が保有しているデータの多くは秘密管理されていません。にもかかわらず、就業規則にある「重大な機密」や「機密データ」を営業秘密と同じように解釈してしまうと、企業が保有するデータを従業員が許可なく持ち出したとしても、その行為のほとんどは何ら咎められないことになってしまうでしょう。さらにいうと、被告会社は、原告に対する処分を営業秘密侵害に基づくものではなく、就業規則違反に基づくものとしているので「重大な機密」を「営業秘密」と解釈する必要性はないと思えます。
一方で、上述のように就業規則60条4項7号の該当性については「刑罰法規の各規定に違反する行為」とあるので、被告会社が保有する本件データの営業秘密性は判断されて然るべきでしょう。このように、同じ就業規則に含まれる規定であっても、就業規則違反とするデータの解釈は異なって当然かと思います。

なお、本事件は、「原告に懲戒解雇に相当する事由があったのであるから、被告が、原告は経理財務の管理者として根本的な資質を欠いており、会社に対して貢献したと認められないと判断し、賞与を支給しなかったことは不法行為を構成するとはいえない。」として原告の請求を全て棄却しています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年5月29日水曜日

信州大学による乳酸菌株の不法使用なのか?

先日、信州大学が企業から提供された乳酸菌株を不法に使用したとして提訴されたとの報道がありました。

・乳酸菌研究に自社のもろみを提供、契約外利用と信州大を提訴 長野市の「井上醸造」、長野地裁に (信濃毎日新聞デジタル)
・老舗味噌蔵が信大など提訴 「乳酸菌株を不法使用」 (長野朝日放送)
・「研究用に提供した乳酸菌株を不法に使用」老舗みそ蔵が信州大学と准教授を相手取り1000万円の損害賠償求め提訴「十分な説明がなくやむを得ず提訴」 (TBS NEWS DIG)
・<詳細> (有限会社井上醸造 リリース)

報道等からわかる経緯としては以下のようなものです。
①2013年に長野県のみそ製造会社である井上醸造がみそのサンプルを提供。
②信州大学の准教授がLD株と呼ばれる抗菌性が高い乳酸菌株を発見。
③商品化が持ち上がるものの、井上醸造は反対して撤退。「秘密情報は破棄」
④信州大学は高い抗菌性を持つPP165という乳酸菌株に関連する特許を出願(2016,2017年)。
⑤井上醸造は抗菌性の特徴や外部に委託した解析結果から、自社が提供した乳酸菌株だと主張。
⑥井上醸造が信州大学へ説明を求めるものの、十分な説明はない。
⑦井上醸造が信州大学と准教授に対して訴訟提起。

報道では2016年、2017年に特許出願したとのことですが、確かに信州大学が2016年に出願し、この出願を基礎として2017年に優先権主張が行われた特許出願であって、請求項にPP165の構成が含まれていたり、発酵調味料として味噌であることに言及したものがあります。この特許出願は、審査を経て補正の後に特許査定となっています。

さらに、井上醸造のリリースには下記のような記載があります。
信州大学に対しては、本訴訟提起に至るまで、再三にわたり、PP165株がLD株とは別の乳酸菌株と主張するのであれば、それがわかるよう説明してほしいと求めてきましたが、信州大学からは十分な説明はなく、信州大学の手元にあるはずの資料の開示もなされませんでした。しかも研究活動の不正に関する窓口への通報も行いましたが、それも門前払いされてしまったため、やむを得ず最終的判断を司法の場に委ねることといたしました。
上記リリースのように、信州大学は「PP165株がLD株とは別の乳酸菌株であること」を明確にすれば事足ります。報道によると「飯山市のみそ蔵から発見したもの」と説明したそうのので、当該「みそ蔵」を明確にし、この「みそ蔵」からも信州大学にサンプル提供を行ったとのことを証言してもらえば済むと思いますし、提訴される前に行うべきなのではと誰もが思うでしょう。


ここで、報道等から判然としないことは、秘密情報とされる物が何であるかということです。すなわち、秘密情報が井上醸造から提供されたサンプルである味噌なのか、この味噌から分離された乳酸菌株なのか、ということです。

おそらく、ここでいう秘密情報は乳酸菌株であると思います。しかしながら、仮に秘密情報が味噌であり、この味噌が信州大学への提供時に販売されているものだとすると、味噌そのものは公知であり、営業秘密とはなり得ないと思います。

一方で、秘密情報が乳酸菌株であるとすると、この乳酸菌株の発見は准教授によって行われたとのことですので、准教授も乳酸菌株の保有者となり得るのかもしれません。そうであれば、准教授はそもそも当該乳酸菌株を自由に使用できる立場である可能性があります。
このような知的財産の所有権に関することは、井上醸造との間における知的財産に関する契約書に記されているのではないでしょうか。
そうすると、契約において、乳酸菌株が破棄されるべき対象とされていたのかが重要となるでしょう。仮に破棄の対象が井上醸造が提供したサンプルと解釈され、乳酸菌株が破棄の対象とはなっていない場合には、准教授が当該乳酸菌株を使用することに問題がないとなるのかもしれません。また、仮に破棄の対象が発見した乳酸菌株そのものとされるものの、当該乳酸菌株に関する資料は破棄の対象に含まれていない場合には、当該資料を使用することに問題がないかもしれません。
いずれにせよ、研究により新たに発見した知的財産の取り扱いや、契約終了後に破棄するべき情報については、契約書を確認すればわかるはずです。

さらに、井上醸造のリリースには「研究活動の不正に関する窓口」に通報したものの、門前払いされたとあります。この「窓口」とは下記のものでしょう。

上記窓口における通報の対象には「捏造,改ざん,盗用,二重投稿,不適切なオーサーシップ,悪質な意図に基づく論文の不引用 など」とあります。実際に信州大学がどのような対応を行ったのかはわかりませんが、秘密情報の不正使用については、明確には通報の対象とはなっていないので、何ら対応しなかったということなのでしょうか。
しかしながら、営業秘密侵害は民事的責任だけでなく、刑事的責任も問われる違法行為であるため、本当に門前払いをしていたとあればその認識が甘く少々信じ難いことなのですが、その結果が今回の提訴なのでしょう。
また、上記のように、秘密情報が何であるのか、破棄の対象となっていた情報は何であるのかは、まずは井上醸造と信州大学との間の契約に基づいて対応するべきことは容易に理解できるはずなので、井上醸造から門前払いされたとリリースされるような対応はどのようなものだったのでしょうか。

このように、他社(今回は大学ですが)に自社の情報を正当に開示したものの、自社の思惑にないところで開示先が特許出願をしたというようなことは、知財関係者であれば少なからず耳にすることだと思います。
本提訴はまさにそのような事案が顕在化したものと思われ、裁判の行方が気になります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年3月31日日曜日

判例紹介:営業秘密の特定について

本ブログでは、営業秘密の特定について度々述べています。
訴訟において営業秘密の特定ができていないと、秘密管理性、有用性、非公知性についても裁判所は判断できないことになります。このため、営業秘密侵害を主張する場合には、営業秘密であるとする情報の特定が第一に重要となります。

今回紹介する裁判例(東京地裁令和6年2月19日判決、事件番号:令4(ワ)70057号)は、「服のパターン」が営業秘密であると原告が主張した事件です。被告は、原告の元従業員であり、原告を退職後にSNSを利用して被告製品を含む被告の製品やその展覧会の宣伝等をしています。

本事件では、原告は営業秘密とする服のパターンとして、原告の製品の品名、品番等を示しています。このような原告による営業秘密の特定に対して、裁判所は以下のように判断しています。
原告は、一般的に服のパターンがアパレル事業において重要な情報である旨を主張するものの、本件パターンについては、別紙営業秘密目録各記載のとおり、原告の製品の品名、品番等を摘示するにとどまり、本件パターンそのものの具体的な内容、形状等については具体的に主張せず、これに関する証拠も提出しない。このため、本件パターンに係る情報の具体的な内容等は不明というほかなく、そうである以上、これが、事業活動において有用性のある技術上又は営業上の情報であるとも、公然と知られていない情報であるともいえない。

原告と原告の元従業員であった被告との間では、「原告の製品の品名、品番等」でもお互いに服のパターンを認識できるのではないかと思います。しかしながら、裁判所は「原告の製品の品名、品番等」では服のパターンを認識することはできません。

なぜ、営業秘密の特定が必要なのかということを考えると、営業秘密の特定がなされていないと秘密管理性、有用性、非公知性の判断を客観的に行うことができないためです。
特に服のパターンは、所謂図面のようなものであるため技術情報とも言えます。このため、公知の情報との対比によって有用性及び非公知性を判断する必要もあります。そうすると、服のパターンが特定できなければ、公知の情報との対比は全くできません。

さらに、被告は「そもそも、服のパターンは縫製を解けば再現することができることから、非公知性の要件を充足しない。」とも主張しています。これは、原告が主張する服のパターンを用いて製造販売された服をリバースエンジニアリングすることで、当該服のパターンと同じ情報が容易に得られれば、当該服のパターンは既に公知になっている、という主張です。営業秘密の特定ができないと、このような被告の主張に反論することもなく、訴訟が棄却されます。

以上のように、自身が主張する営業秘密を特定しなければ、営業秘密侵害は100%認められることはありません。なお、本事件では「原告の製品の品名、品番等」は特定できるので、これに対応する「服のパターン」の特定は容易であると思えるのですが・・・。なぜ、その「服のパターン」を裁判において示さなかったのかはわかりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2024年3月25日月曜日

判例紹介:「営業秘密を示された」とは?

不正競争防止法第2条第1項第7号には営業秘密の不正行為として下記のように規定されています。
不正競争防止法第2条第1項第7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
では、営業秘密が「示された」場合とは、どのような場合でしょうか。そのことが争点となった裁判例(大阪高裁令和6年2月9日判決、事件番号:令5(ネ)1657号)を紹介します。

本事件は、被控訴人(原審被告)に所属する研究者が控訴人(原審原告)となっており、控訴人は振興会の科学研究費助成事業により交付される科研費を用いてするUCN(超冷中性子)の研究に従事していました。そして、控訴人らは、同研究において製作し、被控訴人に寄付した本件物件(UCN源)を被控訴人が使用等することは控訴人らが本件物件について有する営業秘密侵害であるとして提起しました。

より具体的には、被控訴人が控訴人らの寄付を受け入れたことにより、本件物件の所有権を取得するものの、本件物件に化体する本件情報に関する権利は控訴人らに帰属したままであり、被控訴人は本件情報に関し、控訴人らに対して信義則上の秘密保持義務を負うものというべきであるものの、被控訴人は本件物件の管理目的を超えて、本件物件を第三者との共同研究の用に供している、というものです。
なお、原審では、控訴人らの主張する営業秘密が特定されていないから請求(訴訟物)は特定されておらず本件訴えが不適法であるして棄却されています。また、裁判所は、被控訴人の秘密保持義務も認めませんでした。

本事件(高裁)では上記のように、「被控訴人が営業秘密を示されたのか」についてが争点となっています。
まず、控訴人が被控訴人に寄付した本件物件(UCN源)の本件情報(控訴人主張の営業秘密)ついて、控訴人は「本件物件の外部形状、内部構造及びその機能を発揮させるため組み上げられた各部の装置や機器(構成部品)を含む仕組み自体であり、形状及び構造にあっては、本件物件全体及び各構成部品の形状、寸法、加工及び組立てに関する情報」であると主張しています。
さらに、この本件情報に対して控訴人は、「本件物件の外観を見ただけでは解析が不可能であり、控訴人らの関与なしにはこれを取得できないため非公知性は維持されている」とも主張しています。


これに対して裁判所は、以下のように判断しています。
確かに、本件情報が控訴人ら主張のような技術情報であるなら、本件物件2のうちHe-Ⅱ冷凍器は被控訴人が管理し、その余の本件物件は第三者が管理しているものの、本来の目的である実験等に利用されているだけであって、控訴人ら主張の本件情報を得るための詳細な分解検討等がなされたわけではない以上(科研費で購入された本件物件につき、その可能性も考え難い。)、控訴人らの関与なしにはこれを取得できないとされる本件情報(本件物件の外部形状、内部構造及びその機能を発揮させるため組み上げられた各部の装置や機器を含む仕組み自体、あるいは本件物件全体及び上記各構成部品の形状、寸法、加工及び組立てに関する情報)は、なおこの被控訴人を含む第三者によっても知られていないと考えられる。そして、そうであれば、本件情報が営業秘密としての特定が不十分であることはさておき、その非公知性はなお維持されていることを否定できないというべきである。
しかし、そうであれば、被控訴人が本件物件の寄付を受け、これらをその管理下においたとしても、それだけでは本件情報を知ることができないということになるから、争点(3)ウにおける被控訴人が本件物件の寄付を受けることで、これにより、あるいはその際、営業秘密たる本件情報を示された旨をいう控訴人らの主張する事実は認める余地がないということになる。なお、控訴人らが被控訴人に対して本件物件の引渡しのほかに本件情報を開示したとの事実は主張立証されていないことはもとより、これをうかがわせる事実はない。また、控訴人らの主張に従う限り、本件物件を実験等に利用したとしても、そのことで本件物件の構造等にかかわる本件情報を知ることができないはずであるから、被控訴人は現時点においてもなお本件情報を「示された」とも認められないということになる。
裁判所の判断を要約すると、下記のようなことと理解できます。
①被控訴人が主張するように、本件情報は本件物件(UCN源)の仕組みや構成部品の形状、寸法、加工及び組立てに関する情報であるため、本件物件が被控訴人の管理下にあるとしても、非公知性は維持されている。
②本件情報の非公知性は維持されているため、本件物件を管理している被控訴人であっても本件情報を知ることはできないし、他に本件情報が被控訴人に開示された事実はない。
③被控訴人は本件情報を知らないため、被控訴人が本件物件を寄付され、使用していても被控訴人に本件情報を「示された」とは認められない。

なお、裁判所は、本件物件の引渡しのみで本件情報を示された、すなわち「営業秘密を示された」ことが肯定されるというのなら、被控訴人は秘密保持義務を負わないため、本件情報は既に非公知性が失われたことになって営業秘密の要件が充足されない、とも述べています。

上記の裁判所の判断は妥当であると思われますが、このような営業秘密に関するトラブルは想定し得ることでしょう。
例えば、企業間における共同研究開発において、共同研究開発先が独自開発した装置を借りて実験等を行う場合に、当該装置の内部構造に対して秘密保持義務を課されており、その後、借りた側が同様の装置を製造等した場合です。
このような場合、貸した側は営業秘密侵害を主張したくなりますが、借りた側は当該装置を「営業秘密を示された」ことにはなりませんので、当然、営業秘密侵害とはなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2024年2月20日火曜日

判例紹介:原告が被告を特許侵害で提訴、被告は原告が被告の営業秘密を特許化したとして反訴

今回紹介する裁判例(東京地裁令和5年3月7日 事件番号:令3(ワ)26762号)は、今後も起こりそうな事件です。
この裁判の概要としては、まず、原告(個人)が被告(三菱ケミカル株式会社、三菱ケミカルインフラテック株式会社)に対して特許権侵害(特許第6350985号)で提訴(本訴)したものの、被告が本件特許は原告の冒認出願によりされたとして反訴しました。

本事件の原告(特許権者(出願人)と発明者は同一の個人)は、昭和39年から平成12年1月15日まで、被告企業である三菱ケミカル(社名変更前の三菱レイヨン時に日東化学を承継)において勤務しており、中央研究所の研究部長を務めていたとのことです。そして原告は、退職から14年後の平成26年7月2日に本件特許の出願を行い、平成30年6月15日に設定登録を受けています。

本事件において被告は、以下のように、本件特許発明は日東化学の従業員が完成させた本件硬化剤発明とが同一であるとして、本件特許発明は特許を受ける権利を有しない者による出願であるとして反訴を行っています。
ア 本件特許発明は、日東化学の従業員であったBⅰ及びCⅰが平成3年10月に完成させたものである。
すなわち、Bⅰ及びCⅰは、GS硬化剤の開発に関し、平成3年10月度月報において、「エヌタイトGS」という銘柄の処方(以下、同処方により特定される硬化剤に係る発明を「本件硬化剤発明」という。)を完成させた。本件特許発明と本件硬化剤発明とは、一部の構成要件において形式的な相違があるものの、これらは、以下のとおり、いずれも実質的な相違点ではなく、両発明の同一性を損なうものではない。
・・・
イ 原告は、日東化学の研究所において、Bⅰ及びCⅰの上司に当たる地位にあり、両名が完成させた本件特許発明を同人らから直接又はその他の日東化学の書類や従業員を介して知得したにすぎず、本件特許発明の発明者ではない。そして、Bⅰ及びCⅰが完成させた本件特許発明に関する特許を受ける権利は、本件職務発明取扱規程に従って日東化学に承継されたのであり、原告がこれを譲り受けたことはない。
ウ 仮に本件特許発明と本件硬化剤発明が同一でないとしても、本件硬化剤発明をその範囲に含む本件特許発明は、本件硬化剤発明に関する日東化学の営業秘密(●(省略)●)を利用した発明であることは明らかである。これに対し、原告は、日東化学従業員として、就業規則及び本件誓約書に基づき、日東化学及び三菱レイヨンの営業秘密を退職後も自己の目的に利用したり第三者に開示したりしてはならない義務を負っていた。そのような原告が、被告らに権利を行使する目的で本件特許発明について特許出願をし、本件特許権を取得したことは、就業規則及び本件誓約書において禁じられた「自己の目的」への利用そのものである上、特許出願に伴う公開を通じた第三者への開示にも該当する。
このように、本件特許発明が本件硬化剤発明に関する日東化学の営業秘密を利用してされたものである以上、原告は、本件特許発明について、特許を受ける権利を有しない。また、原告の秘密保持義務違反によってされた利用発明である本件特許発明についての特許を受ける権利は、条理上、本件硬化剤発明に関する営業秘密の保有者であった日東化学、ひいてはその権利義務を承継した被告三菱ケミカルに帰属するというべきである。


しかしながら裁判所は、原告の本件特許発明と被告の営業秘密(本件硬化剤発明)とを対比してこれらが同一でないとしたうえで、本件特許は冒認出願ではない、として被告の主張を認めませんでした。

なお、被告は、原告が日東化学の研究所において、本件硬化剤発明を完成させたBⅰ及びCⅰの上司に当たる地位にあり、両名が完成させた本件硬化剤発明と同一の本件特許発明を知得したにすぎないと主張したものの、裁判所は、これも下記のように認めませんでした。
・・・原告は、遅くとも平成3年初め頃以降、日東化学の中央研究所の研究部長を務めており(前提事実(1)ア)、平成3年4月度月報及び同年10月度月報には、原告の姓を示す「Aⅰ」との印が押されていることが認められる(乙12、22)。そうすると、原告は、平成3年当時、Bⅰらによる本件硬化剤発明に係る報告内容を把握し得る立場にあったとはいえるが、本件硬化剤発明は、複数の含有物を異なる割合で混合するというものであるから、上記各月報を一瞥しただけでその内容を完全に記憶することは必ずしも容易ではないと考えられる。そして、本件証拠上、原告が、上記各月報を具体的にどのような態様で閲読したのかは明らかでなく、Bⅰらによる研究内容をどの程度具体的に把握していたのかも明らかではない。
したがって、原告が本件特許発明をBⅰらから知得したと認めることはできない。
また、被告は、本件特許発明は本件硬化剤発明に関する日東化学の営業秘密を利用した発明であるから、原告は本件特許発明について特許を受ける権利を有しないとも主張しました。しかしながら、裁判所はこの主張も以下のように認めませんでした。
・・・原告は、従前、日東化学及び三菱レイヨンにおいて、地盤安定化剤、床用石膏プラスター組成物の研究開発に携わっており、その過程で、自らが発明者又は研究従事者として、①珪酸ソーダ水溶液からなるA液と、石灰、Ⅱ型無水石膏及び界面活性剤の混合物の水性スラリーからなるB液とを混合した薬液を地盤中に注入して硬化させる地盤安定化法(甲17)、②フッ酸副生無水石膏に、苛性カリ(水酸化カリウム)、苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)、消石灰、炭酸カルシウム等のアルカリ性物質を添加して中和すること(乙48、49)、③●(省略)●といった、本件特許発明を構成する具体的な技術事項を把握するに至っていたと認められる。
しかし、上記①及び②に係る技術事項は、特許公報等により公開されているものであるし、本件証拠上、本件特許発明を構成するその余の技術事項が日東化学及び三菱レイヨンの営業秘密に属するものと認めることができないから、原告が、三菱レイヨンを退職した後に、公知の刊行物等を参照しつつ、日東化学及び三菱レイヨンの営業秘密に属しない技術事項を組み合わせるなどして本件特許発明を着想し、それを具体化して本件特許発明を完成することができたとしても、直ちに不自然であるとはいえない。
なお、原告による特許権侵害という主張は、被告の製品(GS硬化剤等)は本件特許の技術的範囲に属さないとして認められませんでした。このように、原告による本訴、被告による反訴は共に棄却されました。

このように、前職企業を退職した従業員が、転職先等で前職企業における職務内容と同様の発明を行うことは当然あり得ることだと思います(本事件では特許権の権利者と発明者とが同一の個人であるため、原告が他企業に転職していないのかもしれませんが)。
そうすると、本事件のように前職企業は、転職した発明者が自社の営業秘密を持ち出して転職先で特許出願をしたのではないかという疑念が生じさせる可能性あるでしょう。特に特許出願の発明者は明確であるため、自社の元従業員が転職先企業で特許出願をしたか否かが容易に判断でき、かつ特許出願に係る技術内容が元従業員の職務内容と同様であるかも容易に判断できます。

すなわち、転職先企業は、転職してきた者(転入者)が前職企業の営業秘密に基づいて特許出願をしたのではないかと疑念を持たれる立場となります。万が一、前職企業の営業秘密に基づいて特許出願をしたとなれば、転職先企業による営業秘密侵害であり、民事的、刑事的責任を負う可能性が生じます。
転職先企業では、このような事態に陥ることは避けなければなりません。このため、転職先企業(の知財部)は、発明がどのようにしてなされたかの確認が必要となるでしょう。例えば、発明の着想から具体化までに至る資料(研究ノート)を確認し、当該発明が自社においてなされたことを確認することが必要です。特に、転入間もない従業員に対しては、前職企業の営業秘密が混在していないことを十分に確認するべきでしょう。
また、万が一、本事件のように前職企業から発明の成立過程について疑念を持たれた場合に反論できるように研究ノート等や各種データを保存する必要があるでしょう。

なお、不正競争防止法第6条では具体的態様の明示義務として、以下のように規定されています。
第六条 不正競争による営業上の利益の侵害に係る訴訟において、不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがあると主張する者が侵害の行為を組成したものとして主張する物又は方法の具体的態様を否認するときは、相手方は、自己の行為の具体的態様を明らかにしなければならない。ただし、相手方において明らかにすることができない相当の理由があるときは、この限りでない。
この規定によると、例えば、営業秘密の不正使用が疑われる製品や物の製造方法等において、営業秘密保有者は当該製品や製造方法等の具体的態様を明らかにすることを求めることができます。これにより、当該製品や製造方法等に自社の営業秘密が使用されているか否かが明確になることが期待されます。一方で、この規定は物や方法を対象としており、特許に係る発明の成立過程等を明らかにすることを求めることはできないと解されます。
しかしながら、上記のように、自社からの転職者が転職先等で自社の営業秘密を使用して特許出願等を行う可能性があることを鑑みると、特許に係る発明の成立過程を明らかにすることを求める規定が設けられても良いのではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2024年1月18日木曜日

判例紹介:従業員が会社に秘密保持誓約書を提出しなくても秘密管理性が認められた事例

所属している会社から秘密保持誓約書の提出を求められる場合があるかと思いますが、秘密保持誓約書を提出しなければ、会社の営業秘密を持ち出しても大丈夫なのでしょうか。
東京地裁平成14年12月26日中間判決(事件番号:平12(ワ)22457号)はこのような事例について争った裁判例です。

本事件は、人材派遣事業等を行う原告会社の元従業員であった被告A及びBが人材派遣事業等を行う被告会社を設立し、被告A及びBが原告の営業秘密である派遣スタッフ及び派遣先事業所に関する情報を被告会社に不正に開示したというものです。なお,被告A及びBは各々、原告会社の取締役営業副部長、原告会社の取締役営業部長でした。

まず、裁判所は、派遣スタッフ及び派遣先事業所に関する情報が原告会社においてコンピュータとスタッフカード(帳簿)によって管理されており,その両方において下記のように秘密管理性を認めました。
本件においては,上記ア(ア)~(ウ)に認定のとおり,派遣スタッフ及び派遣先の事業所の情報が様々な形態で存在するが,このうち,上記情報のコンピュータにおける管理状況は,ア(ア)に認定したように,秘密であることの認識及びアクセス制限のいずれの点でも,秘密管理性の要件を満たすものと認められる。・・・
これらのスタッフカードについては,利用の必要のある都度,コーディネータあるいは営業課員により複写機でコピーが作成されて,営業課員がこれを持ち歩くこともあったというのであるが,これらのコピーの作成とその利用は,スタッフカードのうちの数名分について一時的に行うものであって,・・・,業務の必要上やむを得ない利用形態と認めることができる。また,営業課員が自分の手帳等に自己の担当する派遣スタッフや派遣先事業所に関する情報を転記して携帯していたことも認められるが,・・・,その必要上やむを得ない利用形態と認められる。他方,前記ア(エ)において認定したとおり,原告会社では,派遣スタッフや派遣先事業所の情報の重要性やこれらを漏洩してはならないことを研修等を通じて従業員に周知させていたうえ,該当部署の従業員一般との間に秘密保持契約を締結して秘密の保持に留意していたものである。

一方で被告A及びBは、原告会社から求められた秘密保持誓約書を提出していませんでした。このため、被告A及びBは、原告会社が一部の従業員から秘密保持誓約書を徴していたとしても、派遣スタッフ及び派遣先事業所に関する情報を秘密と認識できた根拠とはならない、とのように主張しました。被告A及びBが秘密保持誓約書を提出しなかった点に関して、裁判所は下記のように判断しました。
なお,被告B及び被告Aは,誓約書を差し入れていないが,他の従業員との間に秘密保持契約を締結した当時,被告Bら両名は既に取締役であったためにたまたま誓約書を差し入れていないというにすぎず,上記情報の重要さについては一般の従業員以上に知悉していたというべきであるから,このことをもって秘密として管理されていないとはいえない。
そして裁判所は、原告会社が保有する営業秘密を被告A及びBが使用して被告会社に開示した行為、及び被告会社が被告A及びBから各情報の開示を受け、これを取得して使用した行為はいずれも不正競争行為に該当すると判断しました。

本事件では、被告A及びBが秘密保持誓約書を提出していなかったものの、原告会社に所属していたときの被告A及びBの役職(取締役営業副部長又は取締役営業部長)も考慮にいれて、被告A及びBは原告会社が保有する派遣スタッフ等に関する情報が秘密であると認識できたと裁判所は判断しています。

このように,営業秘密とする情報に対する秘密管理措置が適切であれば,秘密保持誓約書を提出しなかったことをもって秘密の認識が否定されることはないと考えられます。一方で、下記のブログ記事で紹介したように、秘密保持誓約書の提出を拒否しても、会社が情報の秘密管理をしていなければ、当然、当該情報は営業秘密とは認められません。すなわち、情報の秘密管理性は、当該情報に対する秘密管理措置の実態に基づいて判断され、秘密保持誓約書のみをもって秘密管理性が認められる可能性は低いでしょう。


弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2024年1月8日月曜日

昨年末に報じられた営業秘密侵害事件(刑事事件)

昨年末には、下記のように営業秘密侵害事件(刑事事件)に関連する報道がいくつかありました。

・回転寿司チェーン店事件

かっぱ寿司の前社長が前職であるはま寿司の営業秘密を不正に持ち出した事件について、カッパ社及びその従業員も刑事告訴されていましたが、これに対して検察側の求刑が12月22日にありました。なお、前社長の有罪は既に確定しています。

そして、求刑から5日後の27日にはま寿司は、カッパ社や前社長に対して5億円の損害賠償等を求める民事訴訟を行いました。

これは、刑事告訴によりカッパ社が有罪となる可能性が高いと見通したタイミングで民事訴訟を提起したのだと思います。
カッパ社が有罪となると、持ち出された営業秘密をカッパ社が不正使用したことが認められたということになります。そうすると、民事訴訟では、実質的に損害論のみとなり、はま寿司にとって民事訴訟の負担は小さくなり、かつ民事訴訟でも勝訴する可能性は高くなります。
このように、刑事告訴を行い、その後に民事訴訟という流れは営業秘密の侵害事件においてよく用いられる手法のようです。

・航空保安情報事件

この事件は、航空会社であるオリエンタルブリッジ(ORC)の元管理職がトキエアに転職する際に、ORCの保安対策に関する情報を持ち出したというものです。この元従業員は、昨年の8月に書類送検されたものの、「起訴するに足りる証拠がないため」として不起訴となりました。

「起訴するに足りる証拠がない」とは具体的にどのようなことなのか報道からは分かりません。しかしながら、書類送検されたときに元管理職は「次の会社の業務に役立つかもしれないと思い、持ち出した」と証言していることから、当該情報の持ち出しはあったのでしょう。また、上記読売新聞の報道によると、「こうした秘匿性の高い情報を閲覧できる社員は限られていたが、男は立場上、閲覧に必要なパスワードを知っていたという。」とあることから、当該情報は秘密管理性を満たしていた可能性があります。
それにも関わらず、「起訴するに足りる証拠がない」ということは、当該情報は非公知性を満たしていなかった、すなわち誰にでも容易に入手できる情報であったのかもしれません。
仮にそうであったとすると、非公知の情報と公知の情報とが混在して秘密管理されていることとなり、営業秘密管理として問題のある管理方法であった可能性があります。


また、上記読売新聞の報道によると、トキエアは転職者は管理職扱いであったものの、降格処分とし、さらに、トキエア内での当該情報の開示がなかったものの、転職者が作成に関与したトキエアの安全管理規定を作り直したとのことです。
ここで、トキエアによるこのような対応は正しかったのでしょうか。そもそも、トキエア内での当該情報の開示がなかったのであれば、安全管理規定の作り直しは過剰な対応であったと思えます。さらにトキエアは、この転職者を降格処分としていますが、書類送検の段階でそのような処分を行うことは果たして適切だったのでしょうか。

実際、営業秘密侵害の刑事事件は、逮捕や書類送検されても不起訴となる場合が多々あります。不起訴となる理由は公開されませんのでわかりませんが、持ち出したとされる情報がそもそも営業秘密ではない可能性もありますし、持ち出し又は使用そのものが不法行為でない場合もあります。また、転職者も営業秘密に対する理解が不十分であることが多々あるため、「営業秘密を不正に持ち出した」とのような証言を行う可能性があります。しかし、このような証言を行ったとしても、不起訴となる可能性もあります。
このため、逮捕や書類送検の段階で転職者に対する処分を行うことについては、相当の熟慮が必要であると思います。

・車載電装機器事件

この事件は、アルプスアルパインの元従業員であって、ホンダに転職して中国籍の会社員がアルプスアルパインの車載電装機器に関する営業秘密を不正に持ち出したというものです。

本事件の捜査は警視庁公安部が行っています。
営業秘密侵害事件において警視庁公安部が捜査する場合とは、おそらく中国、ロシア、北朝鮮等の外国政府が関与している事件であると思われます。
警視庁公安部が捜査した事件としては、中国籍の研究員が産総研から営業秘密を漏洩させた事件や、ソフトバンクの5G基地局に関する情報をロシア外交官に漏洩させた事件があります。

このような事件を捜査している警視庁公安部が、アルプスアルパインからの情報漏洩に関する本事件も捜査しているということは、本事件も単なる転職者が前職企業の営業秘密を持ち出したという事件ではないのかもしれません。すなわち、ホンダも被害企業の立場であり、アルプスアルパインだけでなくホンダの営業秘密も持ち出され、海外に流出しているのかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年12月26日火曜日

判例紹介:元勤務先企業の立場で秘密管理の認識が異なる?

所属している会社が従業員に秘密保持誓約書の提出を求める場合は少なからずあると思います。今回紹介する裁判例(東京地裁平成14年12月26日中間判決 東京地裁平成15年11月13日判決 事件番号:平12(ワ)22457号)は、そのような誓約書を提出しなかったことを持って被告が秘密管理性を否定する主張を行った事件です。

本事件は、原告会社及び被告会社共に一般労働者(人材)派遣事業等を主たる営業目的として設立された株式会社です。被告会社は、原告の取締役営業副本部長の地位にあった被告Bが設立して設立と同時に代表取締役に就任し、原告の取締役営業部長であった被告Aは被告会社営業部長に就任しています。
そして、原告会社は、原告の営業秘密である派遣労働者の雇用契約に関する情報及び派遣先の事業所に関する情報を、被告B及び被告Aが不正の目的で使用あるいは被告会社に開示したと主張しました。

本事件において、原告は被告は原告の各種情報の秘密管理性に対する否定において、原告が従業員に求めていた秘密保持の誓約書について下記のように主張しています。
エ 誓約書について
 原告会社は、従業員全員から誓約書を徴していたことをもって、秘密として管理していたことの根拠の一つとしているようであるが、甲61の誓約書の束に被告小野及び被告大湊のものがないことから、少なくとも被告小野ら両名が誓約書を提出していなかったことは明らかである。このように、従業員全員が誓約書を提出していたわけでないから、一部の従業員から誓約書を徴していたとしても、被告小野ら両名が当該情報を秘密と認識できた根拠とはならない。

そして、裁判所は原告会社の派遣スタッフ名簿と被告会社の派遣スタッフ名簿との記載内容について以下のように認めています。
これらを比較すると、まず、被告会社の別紙「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」は、4頁からなり、被告会社への登録順に第1頁~第3頁に各頁62名、第4頁に34名の合計220名の派遣スタッフの氏名等が記載されているところ、このうち原告会社の名簿にも登録されていた者は、第1頁に47名、第2頁に22名、第3頁に5名(第4頁は0名)の合計74名である。このように、始めに近い頁ほど重複者が多い、すなわち被告会社に初期に登録した者ほど重複が多いのは、被告会社が設立当初は、原告会社に登録していた派遣スタッフを移籍ないし重複登録させることで自己の派遣スタッフを集め、その後事業の進展とともに、徐々に原告会社と関わりのない新たな派遣スタッフを募集したためと認められる。
また、上記によれば、被告会社の派遣先の事業所は全部で26社であるところ、うち原告会社の派遣先と重複しているものは23社に及んでいる。
さらに、裁判所は、原告による「派遣スタッフ及び派遣先の事業所の情報」の秘密管理性について、コンピュータによる管理とスタッフカード(帳簿)による管理の両方に対して、その秘密管理性を認め、被告が主張する誓約書については以下のように判断しました。
なお、被告B及び被告Aは、誓約書を差し入れていないが、他の従業員との間に秘密保持契約を締結した当時、被告Bら両名は既に取締役であったためにたまたま誓約書を差し入れていないというにすぎず、上記情報の重要さについては一般の従業員以上に知悉していたというべきであるから、このことをもって秘密として管理されていないとはいえない。
このように、営業秘密とする情報に対する秘密管理措置が適切であれば、秘密保持の誓約書等を提出しなかったからといって、非提出者に対する秘密の認識が否定されることはありません。さらに、本事件では、原告会社に所属していたときの被告A,Bの役職も考慮にいれて裁判所は判断しているようです。
なお、本事件では、被告らは各自6269万円の損害金を原告に支払え、という判決となっています。

本事件からわかることは、秘密保持の誓約書等の提出の有無にかかわらず、営業秘密とする情報の秘密管理措置の実態を鑑みて、当該情報の秘密管理性が判断されるということです。
すなわち、会社が従業員に対して秘密保持の誓約書等を提出させていたとしても、秘密管理措置が適切でなければ当該情報の秘密管理性は認められません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年12月20日水曜日

営業秘密の不正使用の範囲

営業秘密とする技術情報の不正使用として、例えば営業秘密が図面である場合に、当該図面に基づいて製品を製造するというような直接的な使用(直接使用)は分かり易いと思います。
また、営業秘密を参考として、当該営業秘密とされる技術情報の下位概念となるような製品を製造するような行為や当該技術情報を改良して使用する行為も不正使用(参考使用)と言えるでしょう。

ここで、参考使用の例として、大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)があります(リフォーム事業情報事件)。本事件は、家電小売り業のエディオン(原告)の元従業員(被告P1)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である上新電機(被告会社)へ持ち出した事件の民事訴訟です。この事件は刑事事件にもなっており、この元従業員は有罪判決となっています。

本事件では、リフォーム事業に係る複数の営業秘密が不正使用されたと判断されています。その中で、リフォーム事業に用いるシステムの情報も営業秘密(資料3-1~3-9)とされており、裁判所は、当該営業秘密を被告P1が不正に持ち出し、下記のようにして上新電機による不正使用もあったと判断しました。なお、HORPシステムはエディオンのリフォーム事業に関するシステムであり、JUMPシステムは上新電機のシステムです。
JUMPシステム開発の打合せの過程で被告会社からファンテックに対しHORP関連情報その他原告のHORPシステムに関する具体的な資料ないし情報が提供されたことがないこと,JUMPシステムの開発がそれ以前の被告会社のリフォーム事業の業務フローをおおむね踏襲しつつ,一元的な業務管理及び作業手順の標準化等の観点からリフォーム事業に特化した案件管理システムの開発として進められたものと見られること,作業の組織化,情報共有,進捗管理,顧客情報管理といったシステム導入効果は,市販のリフォーム事業向け案件管理システムでもうたわれていたこと,具体的な入力項目や操作方法といった詳細な事項は,既存のシステムとの連携や,社内の関連部署やメーカー,工事業者等の取引先との連携に関する従前の運用方法からの連続性等を考慮しなければならず,事業者ごとに異なり得ることなどに鑑みると,P4等被告会社の関係者が参考としたのは,資料3-1~3-9の各情報のうち,家電量販店としてリフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分が中心であったものと推察される。
上記下線部のように裁判所は、上新電機はエディオンのシステムに関する営業秘密を直接使用したのではなく、参考使用したと判断しているのだと思います。しかも、「案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」、すなわち当該営業秘密の上位概念にあたる部分を参考にした、という裁判所の判断と解されます。


一方で、大阪地裁平成25年7月16日判決(事件番号:平成23年(ワ)第8221号)であるFull Function事件では、リフォーム事業情報事件における不正使用とは異なる判断が裁判所によって行われているようにも思えます。
本事件は、ソースコード(原告ソフトウェア)が営業秘密とされ、被告が原告ソフトウェアを原告退職後も所持していたとのことです。そして、被告による原告ソフトウェアの不正使用について、裁判所は以下のようにして認めませんでした。
(1)原告は,本件争点につき,主張によると,被告は,本件ソースコードそのものを「使用」したものではなく,ソースコードに表現されるロジック(データベース上の情報の選択,処理,出力の各手順)を,被告らにおいて解釈し,被告ソフトウェアの開発にあたって参照したことをもって,「使用」に当たるとし,このような使用行為を可能ならしめるものとして,被告P1及び被告P2による,「ロジック」の開示があったものと主張する。
(2)しかし、上記2に説示したとおり,本件において営業秘密として保護されるのは,本件ソースコードそれ自体であるから,例えば,これをそのまま複製した場合や,異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合などが「使用」に該当するものというべきである。原告が主張する使用とは,ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化,一般化された情報の使用をいうものにすぎず,不正競争防止法2条1項7号にいう「使用」には該当しないと言わざるを得ない。
上記のように裁判所は、営業秘密であるソースコードを「そのまま複製した場合や,異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合などが「使用」に該当する」とのように述べ、「ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化,一般化された情報の使用」は不正使用ではないと判断しているようです。
このように、「ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化,一般化された情報の使用」は不正使用ではないとする判断は、リフォーム事業情報事件とは真逆の判断のようにも思えます。

ここで、営業秘密を「抽象化、一般化」した情報は、凡そ公知の情報であり、そもそもが営業秘密とはなり得ない情報であるとも思われます。このため、リフォーム事業情報事件において被告が不正使用したされる「リフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」がどのような情報であるかは不明ですが、仮に公知の情報と言える内容であれば、リフォーム事業情報事件における裁判所の判断は、誤りであるようにも思えます。
このように、営業秘密の上位概念を参考にする場合には、参考にする内容が公知の情報となっている可能性が高いと思われ、そのような使用をも不正使用とすることは適切でないと考えます。

なお、Full Function事件において裁判所は、下記のようにも判断しています。
(3)原告は,原告ソフトウェアがdbMagic,被告ソフトウェアがVB2008と,全く異なる開発環境で開発されていることから,本件ソースコード自体の複製や機械的翻訳については主張せず,本件仕様書(乙1)に,本件ソースコードの内容と一致する部分が多いことから,被告P2らにおいて,本件ソースコード自体を参照し,原告ソフトウェアにおけるプログラムの処理方法等を読み取って,これに基づいて被告ソフトウェアを開発した事実が認められる旨を主張する。
しかしながら,前述のとおり,企業の販売,生産等を管理する業務用ソフトウェアにおいて,機能や処理手順において共通する面は多いと考えられるし,原告ソフトウェアの前提となるエコー・システムや原告ソフトウェアの実行環境における操作画面は公にされている。また,被告P2は,長年原告ソフトウェアの開発に従事しており,その過程で得られた企業の販売等を管理するソフトウェアの内部構造に関する知識や経験自体を,被告ソフトウェアの開発に利用することが禁じられていると解すべき理由は,本件では認められない。
このような裁判所の判断は非常に重要でしょう。
仮に、従業員等が業務の過程で得た一般的な知識や経験自体も営業秘密であり、これらを転職先等で使用することを営業秘密の不正使用であるとすると、従業員にとって転職を躊躇させる一因となります。このため、営業秘密の不正使用の範囲を必要以上に拡大して解釈されることは抑制されるべきと考えます。
また、他社との共同研究開発等において他社から営業秘密を開示された場合に、当該営業秘密から知り得た技術情報を「一般化、抽象化」した情報(参考情報)を使用することが営業秘密の使用とされると、例えば共同研究開発終了後に自社で参考情報を使用した研究・開発を行うことを躊躇する事態になりかねません。
これらの点からも、リフォーム事業情報事件における裁判所の判断よりも、Full Function事件における裁判所の判断の方が適切ではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年12月10日日曜日

秘密管理性の判断基準が低い情報(ソースコード)

前回のブログでは、営業秘密における秘密管理性の判断基準を緩和してもよいのではという個人的な意見を述べました。とはいえ、実際には秘密管理性の判断が緩いと思える裁判例も存在します。

・Full Function事件
(大阪地裁平成25年7月16日判決 平成23年(ワ)第8221号)
この事件は、原告の元従業員であった被告P1及び被告P2が原告の営業秘密である本件ソースコード等を被告会社に対し開示し、被告会社が製造するソフトウェアの開発に使用等したと原告が主張しました。

そして、本件ソースコードに対する原告主張の秘密管理措置は以下のようなものです。
(ア)保管場所
本件ソースコードの保管場所である原告の開発用サーバには,開発担当者のみがアクセスできるようになっており,従業員ごとにID,パスワードが設定されていた。
(イ)従業員の秘密保持義務
原告の就業規則には秘密保持条項が設けられ(甲2),同就業規則は従業員に周知されていた。
(ウ)原告の情報管理体制
原告は,従業員個人所有のパソコンへのデータコピー禁止,電子メールの監視,ファイルサーバでのデータの一元管理などの措置を執っていた。
(エ)秘密であることの表示について
本件ソースコード自体に秘密であることの表示はされていなかったが,ソフトウェア開発に携わる者であれば,ソースコードを秘密にすることは常識である。
(オ)顧客に対する関係について
原告ソフトウェアの顧客の環境にdbMagicの開発環境及び本件ソースコードが保存されることはあるが,その場合,顧客には開示されないパスワード設定がされていた。
 なお,原告ソフトウェアの以前のバージョン(V8)で,パスワードが設定されないものもあったが,その場合も,大多数の顧客が閲覧可能な状態であったことはない。
上記(エ)で原告自ら主張しているように、本件ソースコード自体に秘密であることの表示はされていませんでした。(オ)に関しては、原告と顧客との関係なので、これが原告と従業員との間における本件ソースコードに対する秘密管理措置となりえるかは微妙なところです。このため、原告は(ア)~(オ)のような秘密管理措置を主張していますが、(ア)と(イ)が本件ソースコードに対する実質的な秘密管理措置とも思われ、そうであれば本件ソースコードに対する秘密管理措置の程度は低いと考えられます。


このような原告主張の秘密管理措置に対して裁判所は、下記のようにソースコードの一般的な認識を示したうえで、ソースコードに対する秘密管理措置を認めました。
一般に,商用ソフトウェアにおいては,コンパイルした実行形式のみを配布したり,ソースコードを顧客の稼働環境に納品しても,これを開示しない措置をとったりすることが多く,原告も,少なくとも原告ソフトウェアのバージョン9以降について,このような措置をとっていたものと認められる。そうして,このような販売形態を取っているソフトウェアの開発においては,通常,開発者にとって,ソースコードは営業秘密に該当すると認識されていると考えられる。
前記1に認定したところによれば,本件ソースコードの管理は必ずしも厳密であったとはいえないが,このようなソフトウェア開発に携わる者の一般的理解として,本件ソースコードを正当な理由なく第三者に開示してはならないことは当然に認識していたものと考えられるから,本件ソースコードについて,その秘密管理性を一応肯定することができる
このように、本事件では、ソースコードは一般的に営業秘密に該当するという原告の主張を認める形で、裁判所は、本件ソースコードの管理は必ずしも厳密ではないとしつつも、本件ソースコードの秘密管理性を認めました。

一方で、本事件は顧客情報についても争われています。顧客情報の秘密管理措置に対して原告は下記のように主張しています。
(ア)保管場所
本件顧客情報は,原告のサーバの販売管理システム上の情報であり,従業員ごとにID及びパスワードを設定していた。
(イ)従業員の秘密保持義務
原告の就業規則には秘密保持条項が設けられ(甲2),同就業規則は従業員に周知されていた。
(ウ)原告の情報管理体制
原告は,従業員個人所有のパソコンへのデータコピー禁止,電子メールの監視,ファイルサーバでのデータの一元管理などの措置を執っていた。
上記(ア)~(ウ)は、本件ソースコードの秘密管理措置と同じであり、本件顧客情報と本件ソースコードの秘密管理措置との違いは、本件ソースコードの(エ)、(オ)がないことです。これに対して、裁判所は、下記のようにして本件顧客情報の秘密管理性を認めませんでした。
本件全証拠をみても,原告主張にかかる原告の販売管理システムについて,秘密の管理に関する具体的機能,内容,運用方法(どの職種の従業員にいかなる権限を付与しているのか等)を明らかにする的確な証拠はなく,結局,具体的な秘密管理の方法は不明であったといわざるを得ない。
このように、同じような秘密管理措置を行っていても、ソースコードの秘密管理性は認められる一方で、顧客情報の秘密管理性は認められないという裁判所の判断となっています。この理由は、❝開発者にとって,ソースコードは営業秘密に該当すると認識されていると考えられる。❞からのようです。一方で、顧客情報に対しては、営業秘密に該当すると認識はされていないとの裁判所の判断なのでしょう。

なお、本事件では、本件ソースコードの営業秘密性は裁判所において認められたものの、被告による使用は認められず、被告らが本件ソースコードを開示,使用して不正競争行為を行ったとは認定されませんでした。

また、本事件と同様に、ソースコードの一般的な認識として❝ソフトウェアのソースコードは,一般に非公開とされているもの。❞と認定した裁判例として、大阪地裁平成28年11月22日判決(事件番号:平成25年(ワ)第11642号)もあります。

このように、ソースコードに対しては、❝ソースコードである❞という理由によりその秘密管理性を認めた裁判例があります。これは例外とも思え、Full Function事件では、ソースコードと同様の秘密管理を行っていた顧客情報の秘密管理性は認められていません。
個人的には、積極的に公開しない限り、顧客情報も一般的には秘密とされる情報であると思うのですが、顧客情報の秘密管理措置が認められない理由は判然としません。しかしながら、ソースコードのように❝一般的❞な認識によって秘密管理措置が認められる情報が存在するのであれば、ソースコードと同様に秘密管理措置が認められる情報(例えば顧客情報や非公知の技術情報等)の幅が広げられてもよいのでは無いかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年11月20日月曜日

判例紹介:クレープミックス液の配合比率の有用性

顧客情報や取引先情報、経営情報等の営業情報は、一般的に何らかの雑誌等に記載されるものではなく非公知の場合が多いため、有用性も認められ易い情報です。
一方、営業秘密とする技術情報の有用性判断は、個人的には難しいところもあると思っています。様々な技術情報は、技術雑誌、特許文献、インターネットの情報等にも記載されており、それとの対比によって判断されるものであるためです。

今回紹介する東京地判平成14年10月1日判決(事件番号:平成13(ワ)7445)では、クレープミックス液の配合等の有用性について争われています。
本事件において原告は、原告が使用するマニュアルの部分に記載されたクレープミックス液の材料及び配合比率は原告の「営業秘密」に該当するところ、被告Aが原告会社在職当時に原告から示された上記営業秘密を、不正の利益を得る目的で被告ライトクロスの主宰するフランチャイズチェーンにおいてマニュアルに記載して使用していると主張しています。

そして、原告は営業秘密とする情報の内容を下記のように主張しています。
クレープミックス液の材料及びその配合割合(すなわち原告配合)そのものが原告の営業秘密であり、とりわけ粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccである点、牛乳と水を1対1の割合で配合した点、及び、調味料としてリキュールを配合した点などが他に見られない特徴である

なお、この配合による効果として「独自の質感、食感、味わいを出しつつ、焼き上がったクレープが冷めても美味しさが失われることなく、また、冷めてから折り曲げてもクレープパテが切れることなく中に具を包むことを可能にしている」 を原告は主張しています。

これに対して裁判所は、上記情報の営業秘密性について以下のように判断しています。
原告提出の証拠(甲3ないし25)によっても、クレープミックス液の主たる材料として、ミックス粉、卵、牛乳ないし水(あるいはその両方)を用いることは公知であると認められる上に、原告が原告配合の特徴であると主張する上記の諸点も、同配合が営業秘密であることを根拠付けるものと認めるには足りない。すなわち、〈1〉粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccである点、〈2〉牛乳と水の配合割合が1対1である点、及び、〈3〉調味料としてリキュールを配合した点については、本件で提出された全証拠によっても、これらの点がクレープの品質を有意に向上させることの個別の立証がされていないばかりか、これら諸点を兼ね備えることで、クレープの品質が有意に向上することの立証もされていない。

より具体的には、裁判所は下記のように判断しています。
〈1〉の点について:このような配合割合は、一般にホットケーキより薄目で、食感がクレープに比較的近いと思われるパンケーキにおいては珍しくない。
〈2〉の点について:原告は、この配合割合が製造コストを一定の線に保ちつつ、冷めても味の落ちない食感の良いクレープを製造するために最適な配合である旨主張するものの、牛乳と水を1対1の割合で混ぜたからといって、それがクレープの品質にとって、どのように、どの程度有用であるのかは、証拠上一切明らかでない。
〈3〉の点について:ケーキ等の焼き菓子類の原料に香料としてリキュール類を加えることがあることは、料理法として広く知られたものである。リキュールを特定の種類のものに限定しておらず、1キログラムの粉に対してキャップ1/2程度の量のリキュールを加えるとすることについては、これが原告配合における独創であり、また、当該配合比率をとることによって、できあがったクレープの食感ないし風味にどのような効果を生ずるものかは、証拠上全く明らかではない。

さらに、〈1〉、〈2〉については、下記のようにも判断されています。
上記〈1〉、〈2〉の点については、むしろ証拠(乙9、乙16の2、乙17の2、乙22、乙23及び乙28)に照らせば、被告が主張するとおり、焼き上がったクレープの品質は、主としてミックス粉自体の成分・配合によって決定されるものであって、粉に対する水分(牛乳及び水)の量や、牛乳と水の配合割合も、個別の粉の成分との関係を離れて一般的に成立するような普遍的なレシピが存在し得るものではないと認められる。すなわち、乙17(日清製粉(株)首都圏営業部作成の平成13年6月20日付け比較検査結果報告書)によれば、異なる4種類の粉(ミックス粉3種類、小麦粉1種類)を用いて、いずれも原告配合に従ってクレープを製造したところ、粘度を示すcps値(水をゼロとして、数値が高いほど、粘度が強いことを示す。)がすべて異なり、食感、風味、焼色もすべて異なったことが認められる。
本事件では、原告が営業秘密であると主張している情報について、主として、その効果が明らかでないとしてその有用性が認められていないと考えられます。確かに、原告が主張している情報は、一般的なレシピの範囲を超えるものでは無いように思えます。
さらに、営業秘密とする情報の特定も十分ではないようにも思えます。例えば、ミックス粉の種類、リキュールの種類が特定されていません。もしかすると、ミックス粉やリキュールの種類を適切に特定すると、原告の主張する効果が表れて営業秘密として認められたのかもしれません。
このように、技術情報を営業秘密として管理するのであれば、その効果が発揮される程度に技術情報を特定する必要があります。そうしないと、営業秘密としての有用性が認められル可能性は低いと思われますし、公知の情報との差異も認められ難いでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年10月30日月曜日

公知の情報の組み合わせの営業秘密性

営業秘密は、秘密管理性、有用性、及び非公知性の三要件を全て満たした情報であり、たとえ秘密管理性を満たした情報であっても、公知の情報は営業秘密とはなり得ません。一方で、複数の公知の情報の組み合わせの非公知性が認められて営業秘密となり得るかは、裁判所の判断が分かれる可能性がありそうです。

まずは、塗料配合情報流出事件の刑事事件判決(名古屋地裁令和2年3月27日、事件番号:平28(わ)471号 ・ 平28(わ)662号)での裁判所の判断です。この事件は、塗料の製造販売等を目的とする当時の日本ペイント株式会社の子会社の汎用技術部部長等として、被告人が商品開発等の業務に従事していました。そして、被告人は、日本ペイント社の競合他社である菊水化学工業株式会社に営業秘密(塗料の原料の配合)を漏えいし、自身も同社の取締役に就任したというものです。この被告人は、懲役2年6月(執行猶予3年)及び罰金120万円となっています。

本事件において被告人の弁護人は、「本件各塗料の原料の情報は特許公報等の刊行物から容易に推測が可能であるので,非公知性が失われている」と主張しました。
しかしながら、裁判所は、下記のように弁護人の主張を認めませんでした。
・・・本件各塗料の配合情報に含まれる原料は,特許公報等の刊行物に掲載されているものの,一つの刊行物に配合情報としてその全てが掲載されているわけではなく,関連する多数の刊行物を検索した上,複数の刊行物の情報を組み合わせて初めて本件各塗料の配合情報に含まれる原料を推測することができるにすぎない。また,刊行物に掲載されている複数の原料のうちどの原料が本件各塗料の配合情報を構成するかを推測することには相応の困難がある。そうすると,特許公報等の刊行物の情報から本件各塗料に含まれる原料を全て特定することは不可能でないにしても相当な労力と時間を要するといえる。したがって,特許公報等の刊行物に本件各塗料の原料の情報が記載されているからといって,本件配合情報の非公知性は失われない。

一方で、東京地裁平成30年3月29日判決(事件番号:平成26年(ワ)29490号)の高性能多核種除去設備事件では、裁判所は一見、日本ペイントデータ流出事件とは逆の判断をしているように思えます。
上記各情報は,汚染水処理における各種の考慮要素に関わるものであって,汚染水処理において,当然に各情報を組み合わせて使用するものであり,それらを組み合わせて使用することに困難があるとは認められない。また,上記各情報を組み合わせたことによって,組合せによって予測される効果を超える効果が出る場合には,その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない情報であるとされることがあるとしても,上記各情報の組合せについて上記のような効果を認めるに足りる証拠はない。したがって,これらの情報を組み合せた情報が公然と知られていなかった情報であるとはいえない。
また、AI技術を用いた自動会話プログラムをまとめた情報を営業秘密とした東京地裁令和4年8月9日判決(事件番号:令3(ワ)9317号))でも、当該情報に対して「平成29年前後の公知の情報を寄せ集めたものにすぎず、AIに関する初歩的な情報にすぎないものであり、そもそも秘密情報として管理されるべきものではなかったことが認められる。」と裁判所によって判断されています。
この事件は、原告によって控訴(知財高裁令和5年2月21日(事件番号:令4(ネ)10088号)されていますが、下記のように控訴審ではより明確に非公知性が否定されています。
(8) 原判決30頁の17行目の「本件データの」から同頁21行目の「られる。」までを「本件データは、AIについての特段の知識を有していなかったAが、インターネット上に公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めて作成したものであって、その内容はAIに関する公知かつ初歩的な情報であるから、不正競争防止法2条6項の「公然と知られていないもの」に当たらない。」と改め、その末尾で改行する。
以上のように、複数の公知の情報の組み合わせの非公知性が認められるか否かは裁判所の判断が分かれるているようにも思えます。より具体的には、非公知性が認められる場合とは、高性能多核種除去設備事件で示されているように「その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない」場合と考えられます。

ここで、塗料配合情報流出事件では「複数の刊行物の情報を組み合わせて初めて本件各塗料の配合情報に含まれる原料を推測することができるにすぎない。」として配合情報の非公知性を認めていますが、仮に、このような配合情報に非公知性がないとすると、物の配合情報はほとんどが営業秘密ではなくなってしまい、企業にとって不合理な不合理な判断となり得るでしょう。
一方で、労力と時間を要せずにインターネットの検索や文献調査等によって集めた情報は、誰でも取得できるものと言え、そのような情報にまで営業秘密としての保護価値を与えてしまうことも適切ではないと思えます。
そうすると、上記のように「その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない」ことを非公知性の判断基準とすることは妥当であると思われます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年10月16日月曜日

判例紹介:取引先との間の秘密保持契約による秘密情報の特定

自社の営業秘密を取引先等に開示する場合、秘密保持契約を締結するかと思います。その秘密保持契約には、秘密保持の対象となる情報の特定方法が規定されている場合も多いでしょう。この特定を行わないまま開示した情報の取り扱いはどのようになるのでしょうか。

このような判決がなされた裁判例が大阪地裁令和5年8月24日判決(令3(ワ)11898号)であり、本事件は、原告が被告との間で販売代理店契約を締結し、原告が被告に対し契約保証金300万円を支払ったものの、その後、本件代理店契約を解除したにもかかわらず、代理店契約終了時に返還が予定されている被告からの上記保証金の返還がないと原告が主張したものです。これに対して、被告は、原告が被告の営業秘密を不正使用したので、これが原告の被告に対する契約保証金返還債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしました。

ここで、被告と原告とは下記のような秘密保持契約を締結していました。
2条(秘密情報)1項
本契約において、「秘密情報」とは、本契約の有効期間中に、本検討に関して相手方から提供または開示された技術上または営業上の情報および資料(この情報および資料にはサンプル、製造図面、分析検証データ、報告書等およびノウハウを含む。以下、同じ。)のうち、次の各号に定めるものをいう。
(1) 電子的記録媒体、書面その他有体物…または電子メール…にて開示または提供され、当該有体物および当該電子メールに秘密である旨が明示されているもの。
(2) 口頭で開示された情報の中で、秘密情報である旨が開示者により開示時に明示され、かつ、開示日より30日以内に、その開示内容を書面化し、秘密情報である旨を表示したうえで、開示者より受領者に送付または届けられたもの。
上記(2)のように、本秘密保持契約では「口頭で開示された情報の中で、秘密情報である旨が開示者により開示時に明示され、かつ、開示日より30日以内に、その開示内容を書面化し、秘密情報である旨を表示したうえで、開示者より受領者に送付または届けられたもの。」が秘密情報として特定されると規定されています。

しかしながら、被告は、下記のように秘密情報の特定を行っていないことを認めつつ、原告は秘密保持義務違反等があると主張しました。
被告は、本件秘密保持契約書2条1項に従った秘密情報の特定をしていないが、本件各情報が被告の秘密情報であることは、被告と原告との間で当然の前提とされていた。
ところが、原告は、被告製品の図面等の被告の秘密情報を用いて模倣し、被告製品と同種の油化炭化装置である「パイロリナジー」(以下「原告製品」という。)を製造して、令和4年3月1日から販売している(乙17、18)。
したがって、原告には、本件各契約に基づく秘密保持義務、善管注意義務ないし秘密情報の目的外使用禁止義務に違反した債務不履行がある。
これに対して裁判所は、秘密保持契約の規定に従い、下記のように被告の主張を認めませんでした。
本件秘密保持契約における「秘密情報」というためには、本件秘密保持契約書2条1項に定めるとおり、契約有効期間中に相手方から提供又は開示された情報及び資料であって、開示又は提供された有体物及び電子メールに秘密である旨が明示されているもの、もしくは、口頭で開示された情報の中で、秘密情報である旨が開示者により開示時に明示され、かつ、開示日より30日以内に、その開示内容を書面化し、秘密情報である旨を表示したうえで、開示者より受領者に送付又は届けられたものであることを要すると解される。
しかし、被告が本件秘密保持契約に基づき秘密が保持されるべき秘密情報である旨主張する本件各情報について、同項に従った特定が行われていないことは当事者間に争いがないから、本件各情報は、本件秘密保持契約における「秘密情報」には当たらず、原告が本件秘密保持契約に基づく秘密保持義務、善管注意義務(本件秘密保持契約書3条)、及び、秘密情報の目的外使用禁止義務(同4条)を負うことはないというべきである。

また、被告は、上記秘密保持契約とは別途締結した代理店契約書24条に原告が違反する、とも主張しました。なお、代理店契約書24条は下記のとおりです。
1 甲(被告)または乙(原告)は、お互いに本契約における取引等で得た事項を第三者に漏洩してはならない。
2 甲は乙に提供する「本製品」製造の技術ノウハウと知識を日本において、乙に提供することと使用させることを保証する。乙は自身で甲の提供する「契約製品」製造の技術ノウハウと知識を使用する。乙は該当技術ノウハウ或いは知識或いは設備を第三者に提供してはならない。
しかしながら、これについても裁判所は、下記のように被告が主張する代理店契約書24条に基づく原告の秘密保持義務違反を認めませんでした。
原告と被告とは、本件代理店契約を締結するに伴い、それに先立って本件秘密保持契約を締結したものであるから(乙19、証人P1、同P2)、本件代理店契約書24条にいう「秘密」は、本件秘密保持契約における「秘密情報」と同様に解するのが契約当事者の合理的意思に合致するというべきである。
前記(2)のとおり、本件各情報は本件秘密保持契約における「秘密情報」に当たるとは認められないから、本件代理店契約書24条の秘密保持義務の対象となる「秘密」に当たるともいえない。
したがって、原告に同条に基づく秘密保持義務違反があるとの被告の主張は採用できない。
また、被告は「本件各情報が被告の秘密情報であることは、被告と原告との間で当然の前提とされていた」と主張していますが、裁判所はこれも認めませんでした。

さらに、被告が自身の営業秘密であると主張した本件各情報についても、「本件各情報につき、被告による管理の意思が客観的に認識可能であったとは認められない。」等の理由から、その営業秘密性が認められませんでした。

以上のように、取引先に自社の情報(営業秘密)を開示する場合には、秘密保持契約に規定されている営業秘密の特定方法に沿った方法で行わないと、相手方との間で当該情報が営業秘密であるとは認められません。これは、相手方との間で締結した契約書に定めれていることであるため、当然のことでしょう。
また、相手方に開示する情報が営業秘密であると主張するのであれば、当該情報が自社においても秘密管理しなければなりません。

このように、取引先との間で秘密保持契約を締結したからといって、取引先に開示した情報が営業秘密であると認められるものではなく、契約に沿った特定や管理を適切に行う必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2023年9月14日木曜日

判例紹介:営業秘密としての技術情報の特定(認められない例)

技術情報を営業秘密として特定するためには、図や表、プログラム、特許請求の範囲と同様の記載、とのように様々な形態があり得ます。しかしながら、特定は形態でもよいわけではなく、やはり営業秘密とする技術情報の内容が客観的に判断可能な形態で特定する必要があります。

ここで、技術情報の特定が認められなかった裁判例として大阪地裁令和5年7月3日判決(事件番号:令2(ワ)12387号)があります。
この事件では、UCN(波長が600オングストロームより長い、極端に低いエネルギーの中性子であって、その低いエネルギー故に容器の中に閉じ込められる性質を有するもの(Ultra Cold Neutron))に関する装置を、原告が営業秘密と主張しています。

本事件において、まず原告は以下のように営業秘密の特定について述べています。
❝本件は、本件情報が化体した本件物件につき、その使用、開示の差止め等を求める事案であり、本件物件が社会通念上他の有体物から識別できる程度に特定できていればよく、必ずしも、営業秘密に当たる技術上の情報そのものの記載まで求められるものではない。原告らは、別紙物件目録において、社会通念上他の有体物から識別できる程度にまで本件物件を特定している。❞
そして、原告は営業秘密を下記のように主張しています。
❝本件情報の具体的内容は、本件物件の外部形状、内部構造及びその機能を発揮させるため組み上げられた各部の装置や機器(以下「構成部品」という。)を含む仕組み自体であり、形状及び構造にあっては、本件物件全体及び各構成部品の形状、寸法、加工及び組立てに関する情報である❞

このような原告の主張(営業秘密とする技術情報の特定)に対して、裁判所は以下のように判断し、原告の主張を認めませんでした。
❝しかし、かかる記述は情報の属性を極めて抽象的に述べたものにすぎず、具体的な技術思想や技術的意義を含む情報の具体的内容を読み解くことは全く不可能であり、ひいては公知の情報との対比(有用性、非公知性)や、管理態様(秘密管理性)を観念することができず、営業秘密の要件を備えるかどうかを判断することができない。
したがって、原告らの主張によってはそもそも本件情報が営業秘密に当たるとすることはできず、その主張は失当に帰する。原告らは先例からこのような特定で十分であるとするが、上記のとおり、営業秘密に該当するかどうかの判断ができない以上、原告らの主張は採用することができない。❞
ここで、客観的に特定できる技術情報がどのようなものであるかが上記で示されていると思います。
すなわち、「具体的な技術思想や技術的意義を含む情報の具体的内容を読み解くことが可能」なように技術情報を特定する必要はあります。
たとえば、図面やソースコード、材料の配合比率等は、具体的な内容を読み解くことができる典型でしょう。しかしながら、技術情報を上位概念にするほど、抽象的となり、具体的な内容を読み取くことができないものになり可能性があります。

そして、具体的な内容を読み解くことを必要とする理由は、「公知の情報との対比(有用性、非公知性)」、「管理態様(秘密管理性)を観念する」ことを可能とするためです。
すなわち、営業秘密の三要件を判断可能な程度に技術情報は特定されないといけません。そして、本事件のように営業秘密の特定ができていないとして、原告敗訴となる事例が少なからずあり、秘匿化する情報の特定は何より大事です。

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2023年8月15日火曜日

判例紹介:公知の情報の寄せ集めは営業秘密になるか?

多くの技術情報が様々な媒体で公開されているため、技術情報に係る営業秘密は顧客情報等の営業情報とは異なり、有用性や非公知性が否定される場合があります。例えば、公開されている技術情報を寄せ集めた情報であるとして、原告が営業秘密であると主張する技術情報の非公知性が裁判所によって認められなかった例があります。
今回は、裁判所によってそのような判断がなされた事件(東京地裁令和4年8月9日(事件番号:令3(ワ)9317号))を紹介します。この事件は原告によって控訴(知財高裁令和5年2月21日(事件番号:令4(ネ)10088号))されましたが、地裁判決は覆っていません。

本事件の概要は、原告の従業員であって後に被告会社に移籍したBが原告に在籍中に本件データのファイルのうちスライド2枚目ないし8枚目の部分を作成し、Bが被告会社に移籍した後、被告ら作成データのファイルのうちスライド7枚目ないし13枚目の部分を作成し、被告Aに対し、被告ら作成データを含むファイルを電子メールで送信したというものです。なお、被告Aは原告の元代表取締役であり、代表取締役を辞任した後に被告会社を設立しています。
なお、原告が営業秘密であると主張する本件データの内容は、AI技術を用いた自動会話プログラムである「AIチャットボット」につき、「機能一覧」、「非機能一覧」、「画面イメージ」等をまとめたものです。
この本件データについて被告は以下のように主張しています。
❝Bは、AIに関する知識を余り有していなかったことから、AIに関する議論のたたき台として、本件データを作成したところ、その内容は、ウェブで公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めたものにすぎず、AIに関する初歩的な情報にすぎないものであった。❞

このような本件データについて一審裁判所は以下のように判断しており、まず、以下のようにして裁判所は本件データの秘密管理性を認めていません。
❝そして、本件データは、シェアポイントにおける「07.Team」フォルダ内の「AI」フォルダにおいて、「chatbot 要件_追加_20171002.pptx」というファイル名で格納されていたところ、Bは、そもそも「AI」フォルダにアクセス権限や閲覧制限を個別に設定せず、本件データにも個別のパスワードを設定しなかったため、原告の役職員の全員が本件データを閲覧でき、しかも、「07.Team」フォルダに保存された資料に関するルール(ただし、下位フォルダを作成したり削除したりするにはIT担当の従業員への依頼を要するというルールを除く。)は格別存在しなかったことが認められる。のみならず、本件データには、「機密情報」、「confidential」という記載がないため、客観的にみて、本件データにアクセスした者において当該情報が秘密情報であることを認識できなかったことが認められる。❞
そして、本件データに対して、一審裁判所は被告の主張を認め、以下のように❝そもそも秘密情報として管理されるべきものではなかった❞とも認定しています。なお下記は、判決文において上記秘密管理性の判断の前に記載されていました。
❝そこで検討すると、前記認定事実によれば、本件データの内容は、ウェブで公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めたものにすぎず、AIに関する初歩的な情報にすぎないものであり、そもそも秘密情報として管理されるべきものではなかったことが認められる。❞
このような判断は、秘密管理性ではなく、非公知性又は有用性の判断に該当するのではないかと思います。これに関して、控訴審である知財高裁では、原判決が下記のように改められ、本件データは非公知性も認められないことが明確にされました。
❝ (8) 原判決30頁の17行目の「本件データの」から同頁21行目の「られる。」までを「本件データは、AIについての特段の知識を有していなかったAが、インターネット上に公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めて作成したものであって、その内容はAIに関する公知かつ初歩的な情報であるから、不正競争防止法2条6項の「公然と知られていないもの」に当たらない。」と改め、その末尾で改行する。❞
ここで上述のように、様々な技術情報が各種技術文献、特許公開公報、インターネット等で無数に公開されています。公開されている技術情報を寄せ集めてまとめた情報は、当該技術に詳しくない者や企業にとっては実際に有用であると思われます。しかしながら、営業秘密としては公知の情報を寄せ集めたに過ぎないため、このような情報は有用であったとしても非公知ではないと判断される可能性が高いと考えられます。
以上のように、技術情報を営業秘密として管理する場合には、非公知性の有無も重要な判断材料となります。このため、裁判所で非公知性がないと判断される可能性のある技術情報がどのような情報であるかは正しく認識する必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年7月11日火曜日

不競法2条1項8号における「取得」や「使用」とは?その2

前回のブログでは、どのようか行為が不競法2条1項8号違反(営業秘密の転得者による不正取得・使用等)となるのかについて、大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)を参考にして考えました。今回はその続きです。

本事件は、家電小売り業のエディオン(原告)の元従業員(被告P1)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である上新電機(被告会社)へ持ち出した事件の民事訴訟です。この事件は刑事事件にもなっており、この元従業員は有罪判決となっています。
本事件では、被告が原告から持ち出した営業秘密は複数あり、それぞれについて被告による不正な開示・使用(不競法2条1項7号違反)、被告会社による不正な開示・使用(不競法2条1項8号違反)が裁判所によって判断されています。

前回のブログでは、不競法2条1項8号違反における「取得」について述べましたが、今回は「使用」についてです。
まず、工料表の価格と思われる資料1-5に対して、下記のようにして裁判所は、被告P1については不競法2条1項7号が認められる、と裁判所は判断しています。
❝被告P1は,P3に対し,「EDION 工料表」及び「エディオンの内装リフォーム価格表」を送付したことが認められる。P3は,被告会社ビジネス開発大阪営業所長であったところ,同営業所はパッケージリフォーム商品の工事見積りを担当する部署であること(甲81の2)を踏まえると,被告P1は,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発に当たり,原告の工事料金を意識して積極的に活用していたことがうかがわれる。このことと,被告P1がP3に対して送付した「EDION 工料表」は資料1-5であること(被告P1本人)に鑑みると,被告P1が被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等に当たりこれを参考としていたことが合理的に推認される。❞
そして、裁判所は、下記のようにして、被告会社は資料1-5の情報につき被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等に当たってこれを使用していたと判断しています。
❝被告P1は,P3に対し,工事費売価は「EDION 工料表の価格」で設定してあるとしつつ,工事費原価は仮の数値を入れているとしてP3による設定を求めている(甲86の1)。また,別の機会に,P3は,「エディオンの内装リフォーム価格用」記載の価格での運用を求める被告P1に対し,「内装工事の工事価格は,柔軟に変更してまいります。」と回答している。こうした被告P1とP3のやり取りからは,両者(スマートライフ推進部とビジネス開発大阪営業所)のやり取りを通じて被告会社のパッケージリフォーム商品の工事価格が決定されていたことがうかがわれる。
そうすると,資料1-5の情報につき,被告会社は,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等に当たってこれを使用していたものといえる。また,上記メールのやり取りの内容から,被告P1の示す工料表が原告のものであることはP3も当然に認識し得ることに鑑みると,被告会社は,被告P1の開示した資料1-5の情報が原告の営業秘密であることを知り又は重大な過失によりこれを知らないで取得し,使用したものと認められる。
このように、被告会社は、資料1-5に対して分かりやすい態様で不正使用を行っていたようです。


次に、システムの情報である資料3-1~3-9についてです。
まず、原告は、リフォーム事業において「House System Operation Reform Program」システム(HORPシステム)を使用し、被告会社はリフォーム事業において「Joshinreform Unify Management Program」システム(JUMPシステム)を使用しています。
そして、資料3-1~3-9は被告P1が取得していると裁判所は認め、以下のことから、被告P1は被告会社にこれらの情報を開示したと判断しています。
❝また,市販のリフォーム事業向け案件管理システムが建築業者等向けであるのに対し,HORPシステムの情報は,原告と同じく家電量販店としてリフォーム事業を展開する被告会社にとって,自社のシステム開発に当たり参考となるといえる。
さらに,被告P1は,転職後に転職先でリフォーム事業に使用する意図で原告データサーバ上の情報を取得したと見られることに鑑みると,被告P1がHORPシステムに関する知識経験を有することを踏まえても,手持ちのHORPシステムに関する資料をJUMPシステムの開発に当たり開発関係者に開示しない理由はない。現に,平成26年4月頃,被告P1は,P4に対し,HORPシステムの業務全体フロー(甲82)を示し,JUMPシステムの業務全体フロー(別紙6)を作成させているし,他の原告のリフォーム事業に関する資料を被告会社従業員に示すなどしている。しかも,被告P1は,取引先に対するメール(甲25)において,「100満ボルト,エディオンにて試行錯誤しながら辿り着いた一つのビジネスモデルを,今回は更にグレードアップさせ,スピードアップさせて最短でカタチにしてゆきます。」,「HORPシステムと同じ考えの基,それ以上のオペレーションシステムの開発…等ご協力いただく内容が沢山あります」などと,HORPシステムと同様のシステムの開発に強い意欲を示していた。
こうした事情等に鑑みると,被告P1は,被告会社スマートライフ推進部でJUMP システムの開発に当たる中心的メンバーであるP4に対し,資料3-1~3-9を示し,JUMPシステム開発の参考に供したことが合理的に推認される。
そして、裁判所は、以下の理由から、被告P1から開示された資料3-1~3-9を被告会社は使用したと判断しています。
❝JUMPシステム開発の打合せの過程で被告会社からファンテックに対しHORP関連情報その他原告のHORPシステムに関する具体的な資料ないし情報が提供されたことがないこと,JUMPシステムの開発がそれ以前の被告会社のリフォーム事業の業務フローをおおむね踏襲しつつ,一元的な業務管理及び作業手順の標準化等の観点からリフォーム事業に特化した案件管理システムの開発として進められたものと見られること,作業の組織化,情報共有,進捗管理,顧客情報管理といったシステム導入効果は,市販のリフォーム事業向け案件管理システムでもうたわれていたこと,具体的な入力項目や操作方法といった詳細な事項は,既存のシステムとの連携や,社内の関連部署やメーカー,工事業者等の取引先との連携に関する従前の運用方法からの連続性等を考慮しなければならず,事業者ごとに異なり得ることなどに鑑みると,P4等被告会社の関係者が参考としたのは,資料3-1~3-9の各情報のうち,家電量販店としてリフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分が中心であったものと推察される。
上記で特徴的だと感じることは、被告会社のJUMPシステムの開発を委託していたシステム開発業者であるファンテックに原告のHORPシステムの関連情報が提供されていないにも関わらず、被告会社は「家電量販店としてリフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」を参考にしたと推察して、資料3-1~3-9を被告会社が使用したと裁判所が判断したことです。

ここで、特許権侵害においては、他者の特許権に係る請求項の構成要件を全て充足する態様で実施しなければ、基本的には侵害となりません。一方で、営業秘密侵害は、上記のように、他者の営業秘密を全て充足するような使用態様でなくても、参考にするだけでも侵害とみなされます。しかも、本事件では「システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」を参考にしただけでも営業秘密の使用と判断されています。
すなわち、本事件を鑑みると、営業秘密の使用とみなされる範囲は特許権と比較してとても広い可能性があります。従って、万が一、自社に他社の営業秘密が不正に流入したとしても、当該営業秘密を決して参考程度にでも閲覧することなく、さらには自社内で拡散することがないようにしなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年7月4日火曜日

不競法2条1項8号における「取得」や「使用」とは?その1

不正競争防止法第2条1項8号は下記のように規定されており、例えば、自社への転職者(転入者)が前職企業の営業秘密を自社で開示して、それを自社で使用した場合に不正競争防止法違反であるとして適用されます。
不正競争防止法第2条1項8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
では、具体的にどのような行為がこの不競法2条1項8号違反となるのでしょうか。これについて、大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)を参考にして考えます。
本事件は、家電小売り業のエディオン(原告)の元従業員(被告P1)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である上新電機(被告会社)へ持ち出した事件の民事訴訟です。この事件は刑事事件にもなっており、この元従業員は有罪判決となっています。
本事件は、被告が原告から持ち出した営業秘密は複数あり、それぞれについて被告による不正な開示・使用(不競法2条1項7号違反)、被告会社による不正な開示・使用(不競法2条1項8号違反)が裁判所によって判断されています。

まず、原告の営業秘密である資料1-1について、以下のように被告P1の不正使用・開示行為があったと裁判所は判断しています。なお、資料1-1の内容は閲覧制限により具体的にはわかりませんが、原告の標準構成明細というものに含まれる情報であると思われます。また、下記P4は原告の従業員です。
❝(ア) 前記(1)ウ(エ)のとおり,被告P1は,被告会社において,パッケージリフォーム商品の商品開発や仕入交渉等を単独で担当するとともに,原告の標準構成明細を使用して本件比較表及びこれに添付された標準構成明細を作成し,これをP4等に示した。また,被告P1は,原告の標準構成明細の書式を使用して被告会社の標準構成明細のテンプレート(別紙2「営業秘密目録」資料1-1-2)を作成した(前記ウ(オ))。当該テンプレートは,原告の標準構成明細の書式とかなりの程度類似する上,その備考欄上部の記載は,これが原告の標準構成明細の書式をもとに作成されたことをうかがわせる。
被告P1も,当該テンプレート作成に当たり表としては原告の標準構成明細を使用したことを認めている(被告P1本人)。
これらの事情に加え,被告P1がP1HDD に原告の標準構成明細のデータを保存していること(前記ア(イ))に鑑みると,被告P1は,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発に当たり,その仕入価格,粗利率,粗利金額の設定のため原告の標準構成明細記載の原告の仕入価格等の情報を参考にしていたことが合理的に推認される。また,被告P1は,被告会社の標準構成明細の書式作成に当たり,原告の標準構成明細の書式を使用したことが認められる。・・・
以上より,被告P1による資料1-1の情報の使用及び同情報に基づき作成された資料1-1-2の情報の使用は,不正競争(不競法2条1項7号)に当たる。❞

そして、被告会社に対して、裁判所は下記のように資料1-1の情報について、被告会社は営業秘密不正開示行為があることを知り又は少なくとも重大な過失によって知らずに取得したと認めました。
❝(イ) 前記(1)ウ(エ)及び(1)エのとおり,被告会社共有フォルダ内に原告の標準構成明細のデータが保存されており,同フォルダを通じてP4及びP8がこれに含まれるデータを業務上使用する USBメモリに保存している。しかも,そのフォルダ名から,当該データが,本来は被告会社にあるはずのない原告のデータであることは容易に理解し得る。
これらの事情を総合的に考慮すると,被告会社は,資料1-1の情報につき,営業秘密不正開示行為があることを知り又は少なくとも重大な過失によって知らずに,これを取得したものと認められる。すなわち,被告会社による資料1-1の情報の取得は,不正競争(不競法2条1項8号)に当たる。❞
なお、前記(1)ウ(エ)及び(1)エは、下記です。
❝(1)  関連する事実
・・・
ウ 被告P1の被告会社入社と被告会社のJUMPシステム開発等
・・・
 (エ)被告P1は,被告会社入社後,被告会社のパッケージリフォーム商品の開発及び仕入交渉等を単独で担当するようになった。・・・
被告P1は,その頃,本件比較表を,当時パッケージリフォーム商品の仕入を担当していたP4を含む被告会社従業員に示した上で,被告会社の粗利額,粗利率が低いことについて厳しい口調で叱責した。その際,P4は,被告P1からそのデータをもらい受け,業務上使用する資料等を記録する自己のUSB メモリに保存した。また,本件比較表及び関連資料である上記標準構成明細のデータ(「JE構成明細比較.xls」)は,被告会社共有フォルダの「Edion」フォルダ内に保存されたことにより,被告会社スマートライフ推進部所属の従業員であれば閲覧可能な状態に置かれた。
・・・
エ 被告会社共有フォルダに保存されたデータ
被告会社共有フォルダには,「Edion」という名称のフォルダが存在する。同フォルダには,「(旧)商品作り」,「1P1」,「110218 エディオン様マスター」等のフォルダが存在する。このうち,「(旧)商品作り」には,「J-E 構成明細比較.xls」のファイルがあるほか,標準構成明細,プランニングチェックシート等のデータが保存されている。
スマートライフ推進部の従業員は,上記「Edion」フォルダの存在を認識しており,同フォルダ内のデータを閲覧するのみならず,前記のとおり,P4やP8は,同フォルダ内のデータを自己が使用するUSB メモリに保存していた。❞
すなわち、原告の営業秘密を被告P1から受け取った被告会社従業員P4やP8が「Edion」という名称のフォルダを作成し、そこに原告であるエディオンの営業秘密を保存したという行為に対して、被告会社は不競法2条1項8号違反であると判断されたことになります。

確かに、不競法2条1項8号には「取得」も不競法違反として含まれています。このため、転入者が転職先企業において前職の営業秘密を開示した段階で、当該転職先企業はこの営業秘密を否が応でも取得したこととになり、不競法違反の可能性が生じます。これは転職先企業において非常に厳しい状況であり、このような状況に陥ることは避けなければなりません。

さらに、被告は、原告の標準構成明細の書式を使用して被告会社の標準構成明細のテンプレートである資料1-1-2を作成して、被告会社従業員P3にメールしています。しかしながら、これについて裁判所は、下記のように被告会社の不競法違反に認めていません。
❝他方,被告P1は,被告会社において,その在籍中は被告会社のパッケージリフォーム商品の開発等を単独で担当していたものであり,その際に使用する標準構成明細も,原告の標準構成明細のデータ及び原告在籍中の被告P1の経験に基づき,他の被告会社従業員の関与のないままに作成されたものとうかがわれる。そうすると,被告会社における標準構成明細(甲86,87)について,被告会社が,被告P1の営業秘密不正開示行為により作成されたものと知っていたこと又は知らないことにつき重大な過失があると認めるに足りる証拠はない。
したがって,資料1-1-2の情報については,被告会社の行為は,不正競争(2条1項8号)に当たらない。これに反する原告の主張は採用できない。❞
資料1-1-2について、被告会社の不競法違反が否定された要因として「被告P1以外の被告会社従業員の関与がなく、原告の営業秘密を使用したこと被告会社が知ることもできなかった」ことにあるのでしょう。すなわち、すでに被告会社従業員であるものの転入者である被告P1が独自に作成した資料を被告会社で開示しても、被告会社は不競法違反にならないようです。
従って、本事件において、仮に被告P1が原告の営業秘密である情報1-1を被告会社で開示することなく、自身が独自に資料1-1-2を作成して、それを被告会社が使用しても被告会社は不競法違反にならないと思われます(原告から被告会社へ警告等がされた後も使用し続けたら、不競法2条1項8号違反となる可能性はあると思います)。

次回につづきます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信