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2024年10月17日木曜日

判例紹介:プログラムの秘密管理性について

今回はプログラム(ソースコード)が営業秘密であると原告が主張した事件(大阪地裁令和 6年7月30日 事件番号:令2(ワ)1539号)についてです。
本事件は、原告の元従業員であった被告P2及び被告P2が代表者である被告会社に対して、原告の営業秘密である原告ソースコードを不正使用等したと原告が主張したものです。
なお、原告は、原告の元従業員であるP3が原告ソースコードを不正に取得し、被告会社は、かかる不正取得行為が介在したことを知って、若しくは重過失により知らないで原告ソースコードを取得し、これを使用して被告製品を製造・販売した、P3は、取得した原告ソースコードを不正の利益を得る目的で被告会社に開示した、と主張しています。

本事件について結論を先に述べると、原告ソースコードはその秘密管理性が認められずに営業秘密ではないとされ、原告の主張は認められませんでした。なお、被告等による原告ソースコードの使用自体も認められていません。
なお、原告ソースコード等の管理体制は以下のようなものであったと裁判所は認定しています。
エ 原告各ソフトウェアのプログラムのソースコード(このうち、平成23年12月当時のものが原告ソースコードである。)は、P3が在職していた当時、リリースされた製品のものは原告社内の共有サーバーに保存される一方、開発中の最新バージョンは担当者の社用パソコンに保存されるほか、定期的に共有サーバーにもバックアップとして保存されていたが、保存に関する明確なルールは存在せず、各従業員に割り当てられたユーザー名とパスワードをパソコンに入力してログインすれば、開発課の従業員に限らず、原告従業員(役員を含む。)全員がアクセス可能であった。また、従業員の退職時には、ソースコードは共有サーバーに保存し、パスワードも引き継いでいた。
オ 開発課の従業員は、原告製品の顧客先に出向いて作業をする際、必要に応じて、私有のノートパソコンに原告各ソフトウェアのソースコードをコピーして保存し、社外に持ち出すことがあった。その場合、当該従業員は、私有のノートパソコンに社用パソコンと同じユーザー名とパスワードを入力し、社内ネットワークにアクセスしていた。
ソースコードの上記社外持ち出しについては、禁止や許可に関する明確なルールは存在せず、P1が口頭で許可をしたことはあったものの、従業員個人に任せていたこともあり、P1が社外持ち出しの全てを把握していたわけではなかった。また、従業員が顧客先から帰社した際に、私有のノートパソコンからソースコードを削除するなどの措置については、原告としては特段の管理を行っていなかった。

このような管理体制に対して、以下のような理由から裁判所は「原告の従業員数が多くても15名程度であったことを考慮しても、社内での秘密管理はほとんどされていなかったに等しいといえる。」と判断しました。

(1)就業規則も含め保存に関する明確なルールは存在せず、原告従業員全員が、原告から割り当てられたユーザー名とパスワードをパソコンに入力してログインしさえすれば上記ソースコードにアクセス可能であった。
(2)開発中の最新バージョンは担当者の社用パソコンに保存されるほか、定期的に共有サーバーにバックアップされていたが、秘密管理の観点からの何らかの措置が定められていたとは認めるに足りない。
(3)アドミニストレーターのユーザー名及びパスワードが原告の社内で厳格に管理されていたとは認められない。
(4)ソースコードの社外持ち出しの禁止や許可に関する明確なルールは存在せず、従業員が顧客先から帰社した際に、私有のノートパソコンからソースコードを削除するなどの措置についても、原告として特段の管理を行っていなかった。
(5)原告代表者のP1は、原告を退職してから半年以上も経つP4に対し、原告各ソフトウェアについて電子メールで、ソースコードを保持していなければ対応が困難と考えられる質問をしていることから、原告各ソフトウェアのソースコードの退職後の保持をP1が少なくとも一定程度黙認していたと解される。

裁判所の判断のように、原告における原告ソースコードの管理体制は秘密管理の観点からは非常に杜撰といえるでしょう。個人的にはソースコードは秘密管理性が認められやすいと思っており、従業員が15名程度の企業であればその業務範囲も狭く、全従業員の認識も統一され易いため、比較的緩い秘密管理措置であってもその秘密管理性は認められる可能性が高いと思っています。
しかしながら、上記のような管理体制、特に(5)のような行為、すなわち退職者が原告ソースコードを保有していることが前提とされる行為は致命的であると思います。


なお、原告は「退職時には「退職後における秘密保持誓約書」のほか、ソースコードを秘密保持対象とする旨の「秘密情報確認書」も示されていた旨、また、パソコン内情報の社外持ち出し禁止などの就業規則の内容は平成23年4月に開かれた従業員説明会等で従業員に周知されていた旨」を主張しています。
しかしながら、裁判所は秘密保持誓約書による秘密管理性も認めていません。また、就業規則についても、就業規則案の説明はされたとしても、異論が示され従業員の了解を得られていないとして、就業規則による秘密管理措置も求められていません。

そもそも、従業員の退職時に秘密保持誓約書に署名させていても、従業規則に秘密管理規定が設けられたいたとしても、対象となる情報に対して適切な秘密管理措置がなされていなければ、これらは意味をなさないでしょう。
一方で、従業員が15人程度であれば、会社にとってどのような情報が重要であるかは、全従業員で統一が図れている可能性があります。そして、ソースコードは一般的には秘匿されるものであるため、杜撰な管理がなされておらず、就業規則等で秘密管理規定が定められていれば、ソースコードやソースコードが保存されているフォルダがパスワード管理される等していなくてもその秘密管理性は認められる可能性があると思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年8月21日水曜日

判例紹介:転職後に前職の顧客情報を取得しても違法行為とはならなかった事例

転職後に前職の顧客情報を取得しても違法行為ではないと裁判所が判断した事件(東京地裁令和2年6月11日判決 事件番号:平30(ワ)20111号)を紹介します。

本事件の被告は、AIU保険会社に研修生として入社し、同社の保険商品を勧誘や販売していたが退職し、AIU保険会社の紹介により原告に入社して損害保険の勧誘等の業務に携わり、原告を退職後に訴外会社に転職しています。
そして、原告は、被告が退職前に原告の営業秘密である本件顧客情報1,2を不正に持ち出して取得し、又は転職先において使用したとして被告を提訴しました。
なお、本件顧客情報1の各顧客はもともと被告がAIU時代に開拓した顧客である一方、本件子役情報2の各顧客はもともと原告の顧客であって被告が開拓した顧客ではないという違いがあります。
今回のブログでは、本件顧客情報1に対する違法性について記載します。

被告が原告の本件顧客情報1,2を取得した経緯は、被告が原告を退職した後に原告の従業員であったBから、LINEを通じて本件顧客情報1,2を写真で送ってもらったというものです。このBが被告に本件顧客情報1,2を送った趣旨は、被告が原告在籍時に担当していた顧客について、保険契約の満期が迫っていたにもかかわらず連絡がとれないことから、被告を問い詰めるためであったというものです。
そして被告は転職後に本件顧客情報1の顧客(株式会社C)との間でやり取りがあったようです。


このような事実のもと、裁判所は、本件顧客情報1を取得した被告に対する違法性について以下のように判断しています。
(イ) 本件顧客情報1の各顧客に対する営業行為等について
本件顧客情報1の各顧客はもともと被告がAIU時代に開拓した顧客であり,本件顧客情報2の各顧客と比べ,被告との結び付きは弱いとはいえないものであり,また,被告は,原告在籍時,本件顧客情報1の各顧客の連絡先を,原告から支給された携帯電話ではなく,被告の所有する携帯電話に登録し,同各顧客にはこの携帯電話の番号を教えて連絡をとり,通常の業務を行っていたものである。このことに,本件顧客情報1の顧客(株式会社C)が,保険契約の満期に際し,同社の方から被告に連絡をとっていることが認められること(被告の所有する携帯電話に連絡があったとしても不自然とはいえない。)などを併せ考慮すれば,本件顧客情報1の各顧客については,本件顧客情報2の各顧客と異なり,被告が,原告からの退職後も,本件顧客情報1の各顧客から直接連絡を受けるなどして本件顧客情報1記載の情報を把握し,同各顧客への営業を行ったことが合理的に推認され,被告が,本件顧客情報1を使用して各顧客に対して営業を行ったとは認めるに足りないというほかない。
・・・そして,本件顧客情報1の各顧客はもともと被告がAIU時代に開拓した顧客であり,本件顧客情報1の各顧客の連絡先も,被告の原告在籍時から,被告が退職時に返還した原告支給の携帯電話(これには本件顧客情報2の各顧客の連絡先が登録されていた。)ではなく,被告の所有する携帯電話に登録されて通常の業務が行われていたものである。これらを併せ考慮すれば,Bから被告に対する本件顧客情報1の送付については,本件顧客情報2の送付とは異なり,原告からの退職後,当該営業秘密を保有していなかった被告に対して改めて示したものでもなく,その違法性は必ずしも高いものとまではいえず,上記をもって,法2条1項7号に規定する目的での秘密開示行為や,秘密を守る法律上の義務に違反した秘密開示行為とまでは評価されないというほかなく,これらに係る被告の悪意重過失も認められない。
そうすると,被告において,原告からの退職後等において,Bから送られた本件顧客情報1については,その送付が不正開示行為であることを知りながら,これを取得し,その取得した本件顧客情報1を使用して,同各顧客に対して営業を行ったものということはできない。
このように裁判所は、被告が原告の本件顧客情報1を取得したこと、本件顧客情報1の顧客に対して営業したことを認めたものの、その営業活動は本件顧客情報1を使用したものでもなく、本件顧客情報1の取得について被告の悪意重過失も認められないとして、本件顧客情報1に対する被告の違法性を認めませんでした。

本裁判例のような事例はレアケースのようにも思えます。しかしながら、転職先において前職企業の営業秘密とされる顧客情報に含まれる顧客から個人的に連絡があり、この顧客に対して営業活動をすることもあるでしょう。
このような場合は営業秘密侵害なるのでしょうか?
本裁判例を鑑みると、営業秘密侵害とはならないでしょう。その理由は、転職者と顧客との個人的なつながりによって営業活動を行ったのであり、前職企業の営業秘密を使用した営業活動ではないためです。

このように、どのような行為が営業秘密侵害となるのか、正しく判断する必要があります。仮に上記のような場合において、前職の顧客から個人的に連絡があっても、前職の顧客リストにある顧客という理由でその後のつながりを拒否することは誤った判断となるでしょう。このような判断をしてしまうと、転職者自身も転職先企業にとっても、せっかくのビジネスチャンスを失うこととなります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年7月15日月曜日

他社の営業秘密の二次的な不正取得、不正使用、不正開示は何れも違法行為

他社の営業秘密を二次的に取得、例えば自社への転職者から前職企業の営業秘密を不正に取得等することが違法であることを規定した条文は、不正競争防止法第2条第1項第8号(民事的責任)や第21条第1項第3号(刑事的責任)です。
第2条第1項第8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
第21条第1項第3号
不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、前号若しくは次項第二号から第四号までの罪、第四項第二号の罪(前号の罪に当たる開示に係る部分に限る。)又は第五項第二号の罪に当たる開示によって営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示したとき。
上記下線を付しているように、第2条第1項第8号、第21条第1項第3号の何れも図利加害目的での営業秘密の取得、使用、開示が並列で規定されています。すなわち、転職者等から営業秘密を取得したけど、使用しなかったからOKとか他に開示しなかったからOKとかにはなりません。不正取得も不正使用も不正開示も同列で違法となります。

ここで、不正取得、不正使用、不正開示は具体的にどのような行為でしょうか。これを東京地裁令和6年2月26日判決(事件番号:令4(特わ)2148号)を参考にして考えます。
この事件は、かっぱ寿司の前社長が前職であるはま寿司の営業秘密を不正に持ち出した事件に関連して、カッパ社及びその社員(元商品部長)が刑事告訴されたものであり、カッパ社に対して罰金3000万円、元商品部長に対しては懲役2年6月(執行猶予4年)及び罰金100万円の判決(控訴中)となっています。

本事件では元商品部長(被告人B)が行った取得及び開示について以下のように裁判所は判断しています。
被告人Bが遅くともパーソナルコンピュータに本件各データを保存した時点で、F社の営業秘密を自己の管理下に置いており、これを「取得」したと認められ、また、被告人Bが、本件各データ等を添付した電子メールをH宛て及びI宛てに送信した時点で、F社の営業秘密を第三者に知られる状態に置いており、これを「開示」したと認められる。
このように、本事件では、転職者から受け取ったデータを自己の管理下に置くような行為が取得となると裁判所は判断しています。このため、単に転職者から営業秘密を見せられただけでは自己の管理下に置いたとは言えないと思われますので、取得とはならないのでしょう。
また、営業秘密を第三者に知られる状態とすることが開示となると裁判所は判断しています。上記Hや被告人Bの上司であり、上記Iは被告人Bの部下に当たる人物のようです。すなわち、第三者への開示とは、自社内での開示も含まれることとなります。


また、被告人Bが行った使用について以下のように裁判所は判断しています。
被告人Bが、原価等情報データを利用して上記の比較を行ったデータファイルを作成した行為は、本件各データ等に基づき、その使用目的に沿い、F社における商品の原価と被告会社におけるそれとを比較する資料として被告会社における商品の開発、販売等の参考に供され得る状態を作出しており、F社の営業秘密を「使用」したといえる。
上記のように「使用」とは、営業秘密をそのまま用いるだけでなく、参考にすることも含まれます。すなわち、営業秘密の不正使用の概念は非常に広い可能性があります。例えば、特許権でしたら、特許請求の範囲に記載の構成要件を全て充足するような実施をしなければ基本的には侵害とはなりません。このため、特許公報を参考にして特許請求の範囲に記載の技術範囲を回避するような技術開発を行うことは特許権の侵害にはあたりません。
一方で、他社営業秘密を入手し、他社営業秘密を参考にして他社営業秘密の技術範囲を回避するような技術開発を行うことは当該営業秘密の侵害になる可能性があります。

なお、営業秘密の不正取得、不正使用、不正開示の何れも、不正の利益を得る目的(図利加害目的)が要件となります。本事件において裁判所は図利加害目的を下記のように判断しています。
被告人Bは、本件各データがF社の営業秘密に当たることを認識して取得した上、その所掌事務でもあった商品開発等の検討をするため、これを所管する上司及び部下に本件各データを開示し、自らも原価を比較するため本件各データを使用したものである。競合他社が営業秘密としている原価、仕入れ等に関する情報を取得したり、これを利用して商品開発等に及んだりすることは、不正競争防止法又は公序良俗若しくは信義則に反することは明らかであって、被告人Bは、このような利用の可能性を十分に認識していたからこそ、本件各データを取得、開示、使用したと認められる。
ここで転職者から一方的に前職企業の営業秘密をメール等で送りつけられた場合には、営業秘密の不正取得となるようにも思えます。しかしながら、単に送り付けられただけでは送り先には図利加害目的があるとは思えないため、営業秘密の不正取得にはならないのではないでしょうか。
また、メールを受け取った人が他社の営業秘密が自社に不正流入したとして、例えば法務部や知的財産部にその旨を報告すると共に法務部や知的財産部に転送する行為は不正開示に相当するようにも思えます。しかしながら、この場合も図利加害目的ではないと思われ、営業費いつの不正開示には当たらないのではないでしょうか。

以上のように、他社の営業秘密が自社に流入した場合には、最新の注意をもって対応する必要があります。具体的には、まずは当該営業秘密が自社内で拡散するような行為は行ってはならず、最小限度の人員によって然るべき対応を行うべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年6月18日火曜日

判例紹介:営業秘密を不正に持ち出した転職者個人が負う賠償額

今回紹介する裁判例(東京地裁令和6年4月25日 事件番号:令5(ワ)70462号)は、転職時に営業秘密を不正に持ち出した事例であり、転職者個人が賠償額についてです。

転職者である被告は、平成28年3月に原告に入社し、原告において営業推進部長等の役職を務めていました。しかしながら、令和5年4月30日付けで、「機密情報を複製して社外に持ち出し、意図的に外部に流出させ、その行為が就業規則第42 条(機密保持)に抵触している」ことを処分理由として、原告から懲戒解雇されています。被告は原告から懲戒解雇されているので、おそらく退職金も支払われていないと思います。
なお、原告は、化粧品、健康食品、医薬部外品、日用品雑貨の企画、製造、販売等の事業を営み、米国で酸素系漂白剤「オキシクリーン」ブランドの商品(本件商品)等の製造販売を行うC&D社との間で、日本における本件商品の販売に関する販売代理店契約を結んでいます。

そして、被告は、原告の営業秘密である本件情報(本件商品の原価)を使用してプレゼンテーション資料を令和5年2月25日に作成し、26 日にAREEN 社のB氏に対し送付しました。被告は本件情報に対するアクセス権を有しており、被告は転職先としてAREEN社の内定を得ました。

裁判所は原告の本件情報の営業秘密性を認め、下記のように被告による本件使用行為及び本件開示行為について「不正の利益を得る目的」であると判断しています。
・・・本件プレゼン資料の作成及び開示の時点で被告がAREEN 社の内定を得ていなかった場合、同資料の内容に鑑みると、その作成等は被告の転職活動を有利に進めるために行われたものと理解される。他方、仮に被告が本件プレゼン資料の作成当時既にAREEN 社の内定を得ていたとしても、その時点では被告はいまだ原告の従業員であり、AREEN 社の被告に対する評価を更に高めることにより一層有利な条件で転職することを目的として、本件プレゼン資料の作成等が行われたものとみるのが相当である。
そうすると、本件使用行為及び本件開示行為について、被告は、少なくとも自己の転職活動を有利に進めることを目的としていたものといえることから、「不正の利益を得る目的」を有していたと認められる。これに反する被告の主張は採用できない。

また、裁判所は、被告による本件取得行為に係る故意も認め、その損害額について以下のように判断しています。
(1) 証拠(掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告の不正競争により、被告が取得した情報の解析のため、被告のUSB メモリのデータ復旧作業を実施し、その費用として合計24 万2000 円(税込)を支払ったこと(甲40)、C&D社に対し、本件に関する事実経緯及び再発防止策等についての報告を行ったこと(甲16)、本件に関し、弁護士に対し、合計2200 万円(内訳は事実関係の調査費用につき400 万円、警察署相談対応につき100 万円、訴訟対応につき1500 万円及び消費税200 万円)の支払を約し、令和5 年11 月末日までに合計1927 万3650 円を支払ったこと(甲41~43)が認められる。
また、C&D社に対する上記報告に伴い、原告は、C&D社との関係で、製品の原価情報という取引上重要な情報の管理体制等につき疑念を抱かせることとなり、その信用が損なわれたものとみるのが相当である。
(2) 上記認定事実を踏まえつつ、本件事案の性質・内容・緊急性、調査の経過、民事訴訟対応につき訴訟代理人弁護士に委任せざるを得なかったことその他本件に表れた一切の事情に鑑みれば、弁護士費用相当損害を含め合計300 万円(うち、信用毀損に係る損害額は100 万円)をもって、本件不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。これに反する原告の主張は採用できない。
本事件は、被告が原告の営業秘密を使用して作成した資料を第三者に送付したものの、それによる損害は認めていません。一方で、被告の行為に対する対応費用として1927 万3650 円を支払ったことは認めています。そして、最終的に裁判所は、原告の損害額として弁護士費用を含めた300万円を認めました。
すなわち、被告は原告の営業秘密を不正使用したことによって、懲戒解雇されたうえで、300万円を原告に支払う事態となりました。

他に被告が原告会社の営業秘密を不正に持ち出して転職したとして、原告会社が被告に損害賠償を求めた事件として、アルミナ繊維事件(大阪地裁平成29年10月19日判決 事件番号:平成27年(ワ)第4169号、大阪高裁平成30年5月11日 事件番号:平29(ネ)2772号)があります。この事件では、原告会社が被告に対して損害賠償として弁護士費用1,200万円を請求し、判決では弁護士費用相当の損害額として500万円が認められています。なお、アルミナ繊維事件でも、被告は原告会社を懲戒解雇となっており、退職金が支給されておりません。

また、原告が保有する営業秘密である本件生産菌(コエンザイムQ10)を被告が退職時に持ち出して、被告が設立した企業の代表取締役となった生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決 事件番号:平成18年(ワ)第29160号)では、被告による営業秘密の持ち出し等が原告の就業規則に記載されている原告に対する背信行為であるとして、裁判所が被告に対して原告拠出の退職金の一部(2239万6000円)の返還義務があるとしています。

このように、営業秘密の不正な持ち出したが発覚した場合には、懲戒解雇となって退職金が不支給となり、さらに数百万円の損害賠償を負う可能性や、退職金が支給されてもその後に返還義務を負う可能性があります。
このような可能性を考えると、転職時に営業秘密を不正に持ち出すことは、金銭的なリスクも相当高く、通常の転職によりこれを超えるリターンがあるとは考え難いので、”賢い”行為であるとは思えません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年4月15日月曜日

知財としての営業秘密の理解

知財といわれてまず思いつくものは、特許であり、次に商標、意匠、実用新案かと思います。しかしながら、営業秘密を知財として挙げる人はあまり多くないかもしれません。
この理由としてはいくつか考えられますが、まず、特許等の権利化は権利化業務といった「仕事」或いは「ビジネス」として確立していることにあるでしょう。そして、特許等の出願をより多くしようとする組織である特許庁や特許事務所といった存在が大きいと考えます。
すなわち、特許庁が旗振り役となり、企業に特許出願を促し、その依頼を特許事務所が受ける。これにより、特許庁は自身の存在意義を大きくし、特許事務所は利益を挙げることができます。そして、企業は、特許権を取得することにより、特許に係る技術を独占したり、他者にライセンスすることで間接的又は直接的に利益を得たり、年間の特許出願件数や保有している特許権数を自社の知財としてアピールします。
一方で、営業秘密に関しては、上記のような権利化業務という「仕事」や「ビジネス」は存在しません。さらに、特許庁や特許事務所が権利化は止めて営業秘密化しましょう、とのように旗振りを行うことも殆どありません(経済産業省等は営業秘密の理解を深める活動を行っています。)。当然ですが、企業が自社で保有している営業秘密の数をアピールすることもありません。

このような理由により、企業(知財部)は営業秘密を知財として認識し難いともいえるでしょう。しかしながら、実際にビジネスに用いられる特許権は全体の一割や二割ともいわれ、そもそも特許出願を行う目的がその数となっている企業も少なからずあります。その結果、特許出願がコストをかけて無駄な、下手をすると競合他社に利益をもたらす技術情報の開示を行っている可能性もあります。

一方で、営業秘密は、製品の詳細な技術情報、製品の製造方法、製品の組成であったり、実際に企業がビジネスに用いている情報である場合が多いのではないでしょうか。
このため、転職が一般的になっている昨今、営業秘密とする情報にはアクセス制限を行ったり、サーバ等へのアクセスログを取る等して、企業は営業秘密を転職者(転出者)が持ち出すことを防止又は持ち出しを検知しています。

ここで、情報を営業秘密とするためには、情報を特定したうえで、秘密管理性、有用性、非公知性を満たさなければなりません。
営業秘密とする情報が顧客情報や取引情報等の営業情報の場合では、このような営業情報が公知となっている可能性は低いので、秘密管理性を満たせば有用性及び非公知性も認められる可能性が高いです。
一方で、技術情報に関しては、特許公報や学術論文、雑誌、インターネット等によって既に公知となっている可能性もあります。また、自社の製品をリバースエンジニアリングすれば知り得る情報となる可能性もあります。このため、技術情報は秘密管理性を満たしていても、有用性や非公知性が認められない可能性があります。

従って、知財の立場からすると、技術情報が既に公知又は将来公知となるかを判断し、営業秘密にできるか否かを判断する必要があります。そして、現在は非公知であるもの、将来は公知となるよう技術情報であれば、特許出願するという選択肢も取り得ます。また、事業戦略の観点からも特許化又は営業秘密化の検討するべきでしょう。
このため知財としては、自社で創出した技術情報をどのような形式で知財とするかを判断するために、秘密管理性は当然のことながら、営業秘密としての有用性及び非公知性を理解しする必要があります。


ここまでが、自社で創出した営業秘密(技術情報)に関する考えです。次は、自社への転職者(転入者)が持ち込んだ技術情報に関してはどうでしょうか。

転入者が持ち込んだ技術情報は、前職企業の営業秘密である可能性があります。他社の営業秘密を許可なく使用した場合には不正競争防止法違反となり、民事的責任や刑事的責任を負う可能性があります。しかしながら、転入者が持ち込んだ情報であっても、営業秘密でなければ(特許権や著作権等の他の権利侵害がないならば)使用できます。

すなわち、転入者が自社に技術情報を持ち込んだ場合、当該技術情報が他社の営業秘密であるか否かの判断を自社で行う必要があります。例えば、転入者が持ち込んだ情報を全て他社の営業秘密として扱ってしまうと、本来使用できる情報を使用しないことになり、さらには、転入者の能力に足かせを与える可能性もあり、その結果、転入者は自社では能力を発揮できないと考え、他社に転職する可能性もあるでしょう。
一方で、転入者が持ち込んだ情報に対して営業秘密であるか否かの判断を行うことなく、自社で使用してしまうと、上記のように営業秘密侵害となり、自社に損害等を与える可能性があります。

では、転入者が持ち込んだ技術情報が営業秘密であるか否かの判断はどのようにすればよいのでしょうか。それは、第一には非公知性を判断することだと思います。
転入者が持ち込んだ技術情報が公知の情報であれば、それは営業秘密ではありません。このため、特許文献や学術論文等の調査を行うことで当該技術情報の非公知性を判断することが考えられます。そして、全く同じ情報が公知となっていなくても、特許でいうところの設計事項程度の違いであれば、有用性が無い可能性があります。有用性が無い技術情報も営業秘密ではないので使用可能です。
このような非公知性や有用性の判断は、知財(知財部)の得意とするところでしょうし、法務や技術者自身がこのような法的な判断を行うことは難しいと思います。

では、秘密管理性の判断はどうでしょうか。転入者が持ち込んだ技術情報が転入者の前職企業で秘密管理されていたか否かを客観的に判断することは非常に難しいと思います。仮に転入者が、前職企業において当該技術情報を秘密管理していなかったと説明したとしても、それが正しいか否かを判断することは想到難しいでしょう。
他にも、転入者が自身で創出(発明)した技術情報であるから使用することに問題ないとのような説明をすることも考えられます。これについても、法解釈の観点と共にその説明を客観的に判断できないという問題があります。
すなわち、転入者の説明をうのみにして転入者が持ち込んだ技術情報の営業秘密性を判断することには高いリスクがあります。

以上のように、技術情報については、その営業秘密性の判断について、法的な視点とと共に技術的な視点が当然必要となります。このため、技術情報の営業秘密性については、特許等と同様に知財としてあるかう必要があると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年2月28日水曜日

回転寿司チェーン店事件のはま寿司及び元部長に対する刑事事件判決

かっぱ寿司の前社長が前職であるはま寿司の営業秘密を不正に持ち出した事件について、カッパ社及びその社員(元商品部長)も刑事告訴されていましたが、これに対して地裁判決が先日ありました。


カッパ社に対しては罰金3000万円、元商品部長に対しては懲役2年6月(執行猶予4年)、罰金100万円という判決となっています。前社長に対しては、既に判決が出ており、懲役3年(執行猶予4年)、罰金200万円です。前社長の刑事罰は確定しているようですが、カッパ社と元商品部長に関しては控訴するかもしれません。

なお、転職者の前職企業の営業秘密が持ち込まれて使用等した企業(被告企業)に刑事罰が適用された事件は過去にもありました(自動包装機械事件)。この自動包装機械事件では、被告企業は1400万円の罰金刑となっています。


一方で、転職者の前職企業の営業秘密が持ち込まれた被告企業の社員が刑事罰を受けた事件は、私が知る限り初めての事件です。
本事件では、元商品部長が被告となっており、この元商品部長は、はま寿司から転職してきた前社長の指示に従い、はま寿司の営業秘密を使用等したとのことです。
確かに、元商品部長は、はま寿司の営業秘密であることを知って不正使用したのでしょうから刑事罰の対象となるでしょう。しかしながら、元商品部長は前社長の指示で不正使用を行っており、これを拒むと社内での立場が悪くなることは想像に難くはありません。そうすると、元商品部長による営業秘密の不正使用の是非について考えさせられます。

そもそも社員がこのような事態に陥ることは、企業として絶対に防がないといけないことだと思います。その意味でも、元商品部長が営業秘密の不正使用を行うという選択をしたことに対して、カッパ社にも責任があると思えます。

今後、転職はより一般的になり、他社の営業秘密が自社へ不正に持ち込まれる可能性は益々高くなります。
そして、転職者が上司となる可能性もあり、本事件のように上司が前職企業の営業秘密を持ち込む可能性もあるでしょう。また、転職してきた部下や同僚となった者が前職企業の営業秘密を不正に持ち込む可能性もあるでしょう。仮に、転職者によって開示された営業秘密を社員がそれと知って不正使用すると、本事件のようにこの社員が刑事責任を負うこととなります。

このような事態を防ぐためにも、企業は転職者を介した他社の営業秘密の流入を食い止め、仮に他社の営業秘密が流入したとしても社員がそれを使用しないようにしなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2024年2月20日火曜日

判例紹介:原告が被告を特許侵害で提訴、被告は原告が被告の営業秘密を特許化したとして反訴

今回紹介する裁判例(東京地裁令和5年3月7日 事件番号:令3(ワ)26762号)は、今後も起こりそうな事件です。
この裁判の概要としては、まず、原告(個人)が被告(三菱ケミカル株式会社、三菱ケミカルインフラテック株式会社)に対して特許権侵害(特許第6350985号)で提訴(本訴)したものの、被告が本件特許は原告の冒認出願によりされたとして反訴しました。

本事件の原告(特許権者(出願人)と発明者は同一の個人)は、昭和39年から平成12年1月15日まで、被告企業である三菱ケミカル(社名変更前の三菱レイヨン時に日東化学を承継)において勤務しており、中央研究所の研究部長を務めていたとのことです。そして原告は、退職から14年後の平成26年7月2日に本件特許の出願を行い、平成30年6月15日に設定登録を受けています。

本事件において被告は、以下のように、本件特許発明は日東化学の従業員が完成させた本件硬化剤発明とが同一であるとして、本件特許発明は特許を受ける権利を有しない者による出願であるとして反訴を行っています。
ア 本件特許発明は、日東化学の従業員であったBⅰ及びCⅰが平成3年10月に完成させたものである。
すなわち、Bⅰ及びCⅰは、GS硬化剤の開発に関し、平成3年10月度月報において、「エヌタイトGS」という銘柄の処方(以下、同処方により特定される硬化剤に係る発明を「本件硬化剤発明」という。)を完成させた。本件特許発明と本件硬化剤発明とは、一部の構成要件において形式的な相違があるものの、これらは、以下のとおり、いずれも実質的な相違点ではなく、両発明の同一性を損なうものではない。
・・・
イ 原告は、日東化学の研究所において、Bⅰ及びCⅰの上司に当たる地位にあり、両名が完成させた本件特許発明を同人らから直接又はその他の日東化学の書類や従業員を介して知得したにすぎず、本件特許発明の発明者ではない。そして、Bⅰ及びCⅰが完成させた本件特許発明に関する特許を受ける権利は、本件職務発明取扱規程に従って日東化学に承継されたのであり、原告がこれを譲り受けたことはない。
ウ 仮に本件特許発明と本件硬化剤発明が同一でないとしても、本件硬化剤発明をその範囲に含む本件特許発明は、本件硬化剤発明に関する日東化学の営業秘密(●(省略)●)を利用した発明であることは明らかである。これに対し、原告は、日東化学従業員として、就業規則及び本件誓約書に基づき、日東化学及び三菱レイヨンの営業秘密を退職後も自己の目的に利用したり第三者に開示したりしてはならない義務を負っていた。そのような原告が、被告らに権利を行使する目的で本件特許発明について特許出願をし、本件特許権を取得したことは、就業規則及び本件誓約書において禁じられた「自己の目的」への利用そのものである上、特許出願に伴う公開を通じた第三者への開示にも該当する。
このように、本件特許発明が本件硬化剤発明に関する日東化学の営業秘密を利用してされたものである以上、原告は、本件特許発明について、特許を受ける権利を有しない。また、原告の秘密保持義務違反によってされた利用発明である本件特許発明についての特許を受ける権利は、条理上、本件硬化剤発明に関する営業秘密の保有者であった日東化学、ひいてはその権利義務を承継した被告三菱ケミカルに帰属するというべきである。


しかしながら裁判所は、原告の本件特許発明と被告の営業秘密(本件硬化剤発明)とを対比してこれらが同一でないとしたうえで、本件特許は冒認出願ではない、として被告の主張を認めませんでした。

なお、被告は、原告が日東化学の研究所において、本件硬化剤発明を完成させたBⅰ及びCⅰの上司に当たる地位にあり、両名が完成させた本件硬化剤発明と同一の本件特許発明を知得したにすぎないと主張したものの、裁判所は、これも下記のように認めませんでした。
・・・原告は、遅くとも平成3年初め頃以降、日東化学の中央研究所の研究部長を務めており(前提事実(1)ア)、平成3年4月度月報及び同年10月度月報には、原告の姓を示す「Aⅰ」との印が押されていることが認められる(乙12、22)。そうすると、原告は、平成3年当時、Bⅰらによる本件硬化剤発明に係る報告内容を把握し得る立場にあったとはいえるが、本件硬化剤発明は、複数の含有物を異なる割合で混合するというものであるから、上記各月報を一瞥しただけでその内容を完全に記憶することは必ずしも容易ではないと考えられる。そして、本件証拠上、原告が、上記各月報を具体的にどのような態様で閲読したのかは明らかでなく、Bⅰらによる研究内容をどの程度具体的に把握していたのかも明らかではない。
したがって、原告が本件特許発明をBⅰらから知得したと認めることはできない。
また、被告は、本件特許発明は本件硬化剤発明に関する日東化学の営業秘密を利用した発明であるから、原告は本件特許発明について特許を受ける権利を有しないとも主張しました。しかしながら、裁判所はこの主張も以下のように認めませんでした。
・・・原告は、従前、日東化学及び三菱レイヨンにおいて、地盤安定化剤、床用石膏プラスター組成物の研究開発に携わっており、その過程で、自らが発明者又は研究従事者として、①珪酸ソーダ水溶液からなるA液と、石灰、Ⅱ型無水石膏及び界面活性剤の混合物の水性スラリーからなるB液とを混合した薬液を地盤中に注入して硬化させる地盤安定化法(甲17)、②フッ酸副生無水石膏に、苛性カリ(水酸化カリウム)、苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)、消石灰、炭酸カルシウム等のアルカリ性物質を添加して中和すること(乙48、49)、③●(省略)●といった、本件特許発明を構成する具体的な技術事項を把握するに至っていたと認められる。
しかし、上記①及び②に係る技術事項は、特許公報等により公開されているものであるし、本件証拠上、本件特許発明を構成するその余の技術事項が日東化学及び三菱レイヨンの営業秘密に属するものと認めることができないから、原告が、三菱レイヨンを退職した後に、公知の刊行物等を参照しつつ、日東化学及び三菱レイヨンの営業秘密に属しない技術事項を組み合わせるなどして本件特許発明を着想し、それを具体化して本件特許発明を完成することができたとしても、直ちに不自然であるとはいえない。
なお、原告による特許権侵害という主張は、被告の製品(GS硬化剤等)は本件特許の技術的範囲に属さないとして認められませんでした。このように、原告による本訴、被告による反訴は共に棄却されました。

このように、前職企業を退職した従業員が、転職先等で前職企業における職務内容と同様の発明を行うことは当然あり得ることだと思います(本事件では特許権の権利者と発明者とが同一の個人であるため、原告が他企業に転職していないのかもしれませんが)。
そうすると、本事件のように前職企業は、転職した発明者が自社の営業秘密を持ち出して転職先で特許出願をしたのではないかという疑念が生じさせる可能性あるでしょう。特に特許出願の発明者は明確であるため、自社の元従業員が転職先企業で特許出願をしたか否かが容易に判断でき、かつ特許出願に係る技術内容が元従業員の職務内容と同様であるかも容易に判断できます。

すなわち、転職先企業は、転職してきた者(転入者)が前職企業の営業秘密に基づいて特許出願をしたのではないかと疑念を持たれる立場となります。万が一、前職企業の営業秘密に基づいて特許出願をしたとなれば、転職先企業による営業秘密侵害であり、民事的、刑事的責任を負う可能性が生じます。
転職先企業では、このような事態に陥ることは避けなければなりません。このため、転職先企業(の知財部)は、発明がどのようにしてなされたかの確認が必要となるでしょう。例えば、発明の着想から具体化までに至る資料(研究ノート)を確認し、当該発明が自社においてなされたことを確認することが必要です。特に、転入間もない従業員に対しては、前職企業の営業秘密が混在していないことを十分に確認するべきでしょう。
また、万が一、本事件のように前職企業から発明の成立過程について疑念を持たれた場合に反論できるように研究ノート等や各種データを保存する必要があるでしょう。

なお、不正競争防止法第6条では具体的態様の明示義務として、以下のように規定されています。
第六条 不正競争による営業上の利益の侵害に係る訴訟において、不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがあると主張する者が侵害の行為を組成したものとして主張する物又は方法の具体的態様を否認するときは、相手方は、自己の行為の具体的態様を明らかにしなければならない。ただし、相手方において明らかにすることができない相当の理由があるときは、この限りでない。
この規定によると、例えば、営業秘密の不正使用が疑われる製品や物の製造方法等において、営業秘密保有者は当該製品や製造方法等の具体的態様を明らかにすることを求めることができます。これにより、当該製品や製造方法等に自社の営業秘密が使用されているか否かが明確になることが期待されます。一方で、この規定は物や方法を対象としており、特許に係る発明の成立過程等を明らかにすることを求めることはできないと解されます。
しかしながら、上記のように、自社からの転職者が転職先等で自社の営業秘密を使用して特許出願等を行う可能性があることを鑑みると、特許に係る発明の成立過程を明らかにすることを求める規定が設けられても良いのではないかと思います。

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2023年12月20日水曜日

営業秘密の不正使用の範囲

営業秘密とする技術情報の不正使用として、例えば営業秘密が図面である場合に、当該図面に基づいて製品を製造するというような直接的な使用(直接使用)は分かり易いと思います。
また、営業秘密を参考として、当該営業秘密とされる技術情報の下位概念となるような製品を製造するような行為や当該技術情報を改良して使用する行為も不正使用(参考使用)と言えるでしょう。

ここで、参考使用の例として、大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)があります(リフォーム事業情報事件)。本事件は、家電小売り業のエディオン(原告)の元従業員(被告P1)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である上新電機(被告会社)へ持ち出した事件の民事訴訟です。この事件は刑事事件にもなっており、この元従業員は有罪判決となっています。

本事件では、リフォーム事業に係る複数の営業秘密が不正使用されたと判断されています。その中で、リフォーム事業に用いるシステムの情報も営業秘密(資料3-1~3-9)とされており、裁判所は、当該営業秘密を被告P1が不正に持ち出し、下記のようにして上新電機による不正使用もあったと判断しました。なお、HORPシステムはエディオンのリフォーム事業に関するシステムであり、JUMPシステムは上新電機のシステムです。
JUMPシステム開発の打合せの過程で被告会社からファンテックに対しHORP関連情報その他原告のHORPシステムに関する具体的な資料ないし情報が提供されたことがないこと,JUMPシステムの開発がそれ以前の被告会社のリフォーム事業の業務フローをおおむね踏襲しつつ,一元的な業務管理及び作業手順の標準化等の観点からリフォーム事業に特化した案件管理システムの開発として進められたものと見られること,作業の組織化,情報共有,進捗管理,顧客情報管理といったシステム導入効果は,市販のリフォーム事業向け案件管理システムでもうたわれていたこと,具体的な入力項目や操作方法といった詳細な事項は,既存のシステムとの連携や,社内の関連部署やメーカー,工事業者等の取引先との連携に関する従前の運用方法からの連続性等を考慮しなければならず,事業者ごとに異なり得ることなどに鑑みると,P4等被告会社の関係者が参考としたのは,資料3-1~3-9の各情報のうち,家電量販店としてリフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分が中心であったものと推察される。
上記下線部のように裁判所は、上新電機はエディオンのシステムに関する営業秘密を直接使用したのではなく、参考使用したと判断しているのだと思います。しかも、「案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」、すなわち当該営業秘密の上位概念にあたる部分を参考にした、という裁判所の判断と解されます。


一方で、大阪地裁平成25年7月16日判決(事件番号:平成23年(ワ)第8221号)であるFull Function事件では、リフォーム事業情報事件における不正使用とは異なる判断が裁判所によって行われているようにも思えます。
本事件は、ソースコード(原告ソフトウェア)が営業秘密とされ、被告が原告ソフトウェアを原告退職後も所持していたとのことです。そして、被告による原告ソフトウェアの不正使用について、裁判所は以下のようにして認めませんでした。
(1)原告は,本件争点につき,主張によると,被告は,本件ソースコードそのものを「使用」したものではなく,ソースコードに表現されるロジック(データベース上の情報の選択,処理,出力の各手順)を,被告らにおいて解釈し,被告ソフトウェアの開発にあたって参照したことをもって,「使用」に当たるとし,このような使用行為を可能ならしめるものとして,被告P1及び被告P2による,「ロジック」の開示があったものと主張する。
(2)しかし、上記2に説示したとおり,本件において営業秘密として保護されるのは,本件ソースコードそれ自体であるから,例えば,これをそのまま複製した場合や,異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合などが「使用」に該当するものというべきである。原告が主張する使用とは,ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化,一般化された情報の使用をいうものにすぎず,不正競争防止法2条1項7号にいう「使用」には該当しないと言わざるを得ない。
上記のように裁判所は、営業秘密であるソースコードを「そのまま複製した場合や,異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合などが「使用」に該当する」とのように述べ、「ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化,一般化された情報の使用」は不正使用ではないと判断しているようです。
このように、「ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化,一般化された情報の使用」は不正使用ではないとする判断は、リフォーム事業情報事件とは真逆の判断のようにも思えます。

ここで、営業秘密を「抽象化、一般化」した情報は、凡そ公知の情報であり、そもそもが営業秘密とはなり得ない情報であるとも思われます。このため、リフォーム事業情報事件において被告が不正使用したされる「リフォーム事業を展開するための案件管理システムの設計思想その他理念的・抽象的というべき部分」がどのような情報であるかは不明ですが、仮に公知の情報と言える内容であれば、リフォーム事業情報事件における裁判所の判断は、誤りであるようにも思えます。
このように、営業秘密の上位概念を参考にする場合には、参考にする内容が公知の情報となっている可能性が高いと思われ、そのような使用をも不正使用とすることは適切でないと考えます。

なお、Full Function事件において裁判所は、下記のようにも判断しています。
(3)原告は,原告ソフトウェアがdbMagic,被告ソフトウェアがVB2008と,全く異なる開発環境で開発されていることから,本件ソースコード自体の複製や機械的翻訳については主張せず,本件仕様書(乙1)に,本件ソースコードの内容と一致する部分が多いことから,被告P2らにおいて,本件ソースコード自体を参照し,原告ソフトウェアにおけるプログラムの処理方法等を読み取って,これに基づいて被告ソフトウェアを開発した事実が認められる旨を主張する。
しかしながら,前述のとおり,企業の販売,生産等を管理する業務用ソフトウェアにおいて,機能や処理手順において共通する面は多いと考えられるし,原告ソフトウェアの前提となるエコー・システムや原告ソフトウェアの実行環境における操作画面は公にされている。また,被告P2は,長年原告ソフトウェアの開発に従事しており,その過程で得られた企業の販売等を管理するソフトウェアの内部構造に関する知識や経験自体を,被告ソフトウェアの開発に利用することが禁じられていると解すべき理由は,本件では認められない。
このような裁判所の判断は非常に重要でしょう。
仮に、従業員等が業務の過程で得た一般的な知識や経験自体も営業秘密であり、これらを転職先等で使用することを営業秘密の不正使用であるとすると、従業員にとって転職を躊躇させる一因となります。このため、営業秘密の不正使用の範囲を必要以上に拡大して解釈されることは抑制されるべきと考えます。
また、他社との共同研究開発等において他社から営業秘密を開示された場合に、当該営業秘密から知り得た技術情報を「一般化、抽象化」した情報(参考情報)を使用することが営業秘密の使用とされると、例えば共同研究開発終了後に自社で参考情報を使用した研究・開発を行うことを躊躇する事態になりかねません。
これらの点からも、リフォーム事業情報事件における裁判所の判断よりも、Full Function事件における裁判所の判断の方が適切ではないかと思います。

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2023年9月27日水曜日

判例紹介:名刺データと顧客情報の違い

先日、下記日経新聞の記事に詳述されているように、元所属企業の名刺データの管理システムにログインするためのID、パスワードを転職先で開示したとして、元所属企業の社員が逮捕されました。しかし、逮捕理由は、営業秘密侵害ではなく、個人情報保護法違反とのことです。


上記記事によると、名刺データが営業秘密に該当しない可能性があるためとのことです。
”警視庁は今回、情報が営業秘密に該当しないと判断した。名刺は第三者に渡すことが前提で、記載された情報が非公知性の要件を満たす可能性が低いなどとみた。”
確かに、確かに名刺そのものは営業秘密とされない可能性が高いです。
例えば、東京地裁平成27年10月22日判決(平26(ワ)6372号)では、元従業員が転職先に名刺帳を持ち出したとして、元従業員を被告として被告の元所属先企業が原告となり、民事訴訟を起こしました。
これに対して裁判所は下記のように判断しています。
”本件名刺帳に収納された2639枚の名刺を集合体としてみた場合には非公知性を認める余地があるとしても,本件名刺帳は,上記認定事実によれば,被告Aが入手した名刺を会社別に分類して収納したにとどまるのであって,当該会社と原告の間の取引の有無による区別もなく,取引内容ないし今後の取引見込み等に関する記載もなく,また,古い名刺も含まれ,情報の更新もされていないものと解される(甲16参照)。これに加え,原告においては顧客リストが本件名刺帳とは別途作成されていたというのであるから,原告がその事業活動に有用な顧客に関する営業上の情報として管理していたのは上記顧客リストであったというべきである。そうすると,名刺帳について顧客名簿に類するような有用性を認め得る場合があるとしても,本件名刺帳については,有用性があると認めることはできない。

この裁判例では、名刺の単なる集合、すなわち分類や更新もされていない名刺帳には営業秘密でいうところの有用性がないと判断しています。名刺の集合のなかには、顧客(又は顧客見込み)の情報が含まれているでしょうが、分類等されていない限り第三者から誰が顧客なのかは判別できず、企業活動に利用できるかと問われると単なる名刺の集合で難しいでしょう。この裁判例では名刺帳ですが、名刺に記載の内容をデータ化した場合であっても同様でしょう。
また、今回の事件の記事では、非公知性が否定される可能性を懸念していますが、名刺の単なる集合に有用性がないと判断するか、非公知性がないと判断するかに本質的な違いが無いと思います。なお、上記裁判例でも、下記のように名刺そのものには非公知がないとも指摘しています。
”原告は,本件名刺帳に収納された名刺に記載された情報が原告の営業秘密に当たる旨主張するが,名刺は他人に対して氏名,会社名,所属部署,連絡先等を知らせることを目的として交付されるものであるから,その性質上,これに記載された情報が非公知であると認めることはできない。”
一方、顧客情報は、単なる名刺の集合とは異なり、文字通り企業の顧客(又は顧客見込み)の情報であり、企業として収益の要ともいえ、その有用性が否定されるものではありません。このように、営業秘密の視点からは、顧客情報と名刺の集合とでは少なくとも有用性に大きな違いがあると思われます。

とはいえ、今回の事件のように、営業秘密ではなくても、名刺データを転職先等で開示すると違法となる可能性があるようです(今回の事件は、不正ログインのような気もしますが。)。このため、転職時における名刺データの取り扱いは注意が必要でしょう。

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2023年8月15日火曜日

判例紹介:公知の情報の寄せ集めは営業秘密になるか?

多くの技術情報が様々な媒体で公開されているため、技術情報に係る営業秘密は顧客情報等の営業情報とは異なり、有用性や非公知性が否定される場合があります。例えば、公開されている技術情報を寄せ集めた情報であるとして、原告が営業秘密であると主張する技術情報の非公知性が裁判所によって認められなかった例があります。
今回は、裁判所によってそのような判断がなされた事件(東京地裁令和4年8月9日(事件番号:令3(ワ)9317号))を紹介します。この事件は原告によって控訴(知財高裁令和5年2月21日(事件番号:令4(ネ)10088号))されましたが、地裁判決は覆っていません。

本事件の概要は、原告の従業員であって後に被告会社に移籍したBが原告に在籍中に本件データのファイルのうちスライド2枚目ないし8枚目の部分を作成し、Bが被告会社に移籍した後、被告ら作成データのファイルのうちスライド7枚目ないし13枚目の部分を作成し、被告Aに対し、被告ら作成データを含むファイルを電子メールで送信したというものです。なお、被告Aは原告の元代表取締役であり、代表取締役を辞任した後に被告会社を設立しています。
なお、原告が営業秘密であると主張する本件データの内容は、AI技術を用いた自動会話プログラムである「AIチャットボット」につき、「機能一覧」、「非機能一覧」、「画面イメージ」等をまとめたものです。
この本件データについて被告は以下のように主張しています。
❝Bは、AIに関する知識を余り有していなかったことから、AIに関する議論のたたき台として、本件データを作成したところ、その内容は、ウェブで公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めたものにすぎず、AIに関する初歩的な情報にすぎないものであった。❞

このような本件データについて一審裁判所は以下のように判断しており、まず、以下のようにして裁判所は本件データの秘密管理性を認めていません。
❝そして、本件データは、シェアポイントにおける「07.Team」フォルダ内の「AI」フォルダにおいて、「chatbot 要件_追加_20171002.pptx」というファイル名で格納されていたところ、Bは、そもそも「AI」フォルダにアクセス権限や閲覧制限を個別に設定せず、本件データにも個別のパスワードを設定しなかったため、原告の役職員の全員が本件データを閲覧でき、しかも、「07.Team」フォルダに保存された資料に関するルール(ただし、下位フォルダを作成したり削除したりするにはIT担当の従業員への依頼を要するというルールを除く。)は格別存在しなかったことが認められる。のみならず、本件データには、「機密情報」、「confidential」という記載がないため、客観的にみて、本件データにアクセスした者において当該情報が秘密情報であることを認識できなかったことが認められる。❞
そして、本件データに対して、一審裁判所は被告の主張を認め、以下のように❝そもそも秘密情報として管理されるべきものではなかった❞とも認定しています。なお下記は、判決文において上記秘密管理性の判断の前に記載されていました。
❝そこで検討すると、前記認定事実によれば、本件データの内容は、ウェブで公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めたものにすぎず、AIに関する初歩的な情報にすぎないものであり、そもそも秘密情報として管理されるべきものではなかったことが認められる。❞
このような判断は、秘密管理性ではなく、非公知性又は有用性の判断に該当するのではないかと思います。これに関して、控訴審である知財高裁では、原判決が下記のように改められ、本件データは非公知性も認められないことが明確にされました。
❝ (8) 原判決30頁の17行目の「本件データの」から同頁21行目の「られる。」までを「本件データは、AIについての特段の知識を有していなかったAが、インターネット上に公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めて作成したものであって、その内容はAIに関する公知かつ初歩的な情報であるから、不正競争防止法2条6項の「公然と知られていないもの」に当たらない。」と改め、その末尾で改行する。❞
ここで上述のように、様々な技術情報が各種技術文献、特許公開公報、インターネット等で無数に公開されています。公開されている技術情報を寄せ集めてまとめた情報は、当該技術に詳しくない者や企業にとっては実際に有用であると思われます。しかしながら、営業秘密としては公知の情報を寄せ集めたに過ぎないため、このような情報は有用であったとしても非公知ではないと判断される可能性が高いと考えられます。
以上のように、技術情報を営業秘密として管理する場合には、非公知性の有無も重要な判断材料となります。このため、裁判所で非公知性がないと判断される可能性のある技術情報がどのような情報であるかは正しく認識する必要があります。

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2023年6月19日月曜日

営業秘密侵害はどこから刑事的責任を負うのか。

前回のブログでは、営業秘密に関する民事的責任として、営業秘密を不正に持ち出しただけでは使用や開示を行わないと損害賠償責任は負わない可能性が高いものの、当該営業秘密の使用や開示をしてはならないという差止請求の対象になる可能性があることを書きました。

では、営業秘密に関する刑事的責任はどうでしょうか。民事的責任と同様に使用や開示を行わない限り責任は生じないのでしょうか。
ここで、には営業秘密の刑事的責任について規定されてる不正競争防止法第21条1項1号~4号は以下の通りです。
第二十一条 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、詐欺等行為(人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為をいう。次号において同じ。)又は管理侵害行為(財物の窃取、施設への侵入、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の営業秘密保有者の管理を害する行為をいう。次号において同じ。)により、営業秘密を取得した者
二 詐欺等行為又は管理侵害行為により取得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、使用し、又は開示した者
三 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得した者
イ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。
ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
ハ 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
四 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、その営業秘密の管理に係る任務に背いて前号イからハまでに掲げる方法により領得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、使用し、又は開示した者
・・・
不競法第21条3項,4項は、正当に営業秘密を示された者(企業から業務遂行のために営業秘密を渡された者)が営業秘密侵害罪に問われる場合が規定されています。すなわち、この規定は、転職者が前職企業の営業秘密を持ち出した場合に適用される可能性があります。
具体的には、3項には不正の利益を得る目的や損害を与える目的(図利加害目的)で営業秘密を領得した場合が営業秘密侵害罪であるとされ、その領得には横領や複製の作成、消去したように見せる、ことであると規定されています。
また、4項には領得した営業秘密を図利加害目的的で使用又は開示することが、営業秘密侵害罪であると規定されています。

このように、営業秘密の刑事的責任では図利加害目的のある「領得」と「使用又は開示」とが明確に分かれており、営業秘密保有者に図利加害目的で領得(持ち出)しただけでも刑事罰を受ける可能性があります。


実際にこのような事例は多々あり、最高裁まで争った事件(最高裁平成30年12月3日 事件番号:平30(あ)582号)もあります。この事件は、日産の元従業員が他の自動車メーカーへ転職するにあたって、日産の営業秘密を持ち出した事件であり、他の自動車メーカーへの当該営業秘密の開示は認められなかった事件です。
具体的には、被告人は、転職が決まった後に多量の営業秘密(データファイル)を私物のハードディスクに複製しています。この行為について、裁判所は以下のように判断し、「不正の利益を得る目的」があったとして、懲役1年(執行猶予3年)の刑となっています。
❝・・・被告人は,勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に,勤務先の営業秘密である前記1の各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ,当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく,その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば,当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから,被告人には法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。❞
このように、転職前に正当な目的無く営業秘密を持ち出すと転職先で開示又は使用するという図利加害目的である判断され、刑事罰を受ける可能性があります。

さらに、不正競争防止法第21条1項7号には下記のように、不正に開示された営業秘密を他者が使用又は開示することが営業秘密侵害であると規定されています。
七 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、第二号若しくは前三号の罪又は第三項第二号の罪(第二号及び前三号の罪に当たる開示に係る部分に限る。)に当たる開示によって営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示した者
すなわち、営業秘密を前職企業から不正に持ち出した転職者(転入者)が、前職企業等の他社の営業秘密を転職先で開示し、この情報が他社の営業秘密であるとの認識のもとで転職先企業の従業員が使用等すると、当該従業員も刑事罰を受ける可能性があります。

この7号が適用された事件としては、東京高裁令和 4年2月17日(事件番号:令3(う)1407号)があります。この事件は、a社の取締役であった被告人Y1がa社の営業秘密である測定治具等の設計図面を領得して、中国会社の代表者である被告人Y2に開示して被告人Y2はこれを使用したというものです。
判決は、被告人Y2が懲役1年及び罰金60万円、被告人Y1が懲役1年4か月及び罰金80万円となっており、共に執行猶予はありません。

このように、営業秘密を領得しただけでも刑事罰が課される可能性があり、さらに、領得した者から開示された営業秘密を使用等した者も刑事罰を受ける可能性があります。

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2023年6月7日水曜日

営業秘密侵害はどこから民事的責任を負うのか。

営業秘密の侵害、特に転職時に前職企業の営業秘密を持ち出した場合には、どこから法的責任を問われるのでしょうか。
まず、民事的責任についてですが、不正競争防止法第2条第1項第7号には以下のように規定されています。
不正競争防止法 第2条第1項第7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
上記規定によると、営業秘密を不正に持ち出したとしても、それを使用や開示しなければ民事的には責任を負わないようにも思えます。

一方で、営業秘密を持ち出された被侵害者は、下記のように差止請求権と共に損害賠償が認められています。すなわち、営業秘密の侵害者は、民事的責任として、損害賠償と差し止めを負うことになります。
不正競争防止法 第3条(差止請求権)
不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
不正競争防止法 第4条(損害賠償)
故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、第十五条の規定により同条に規定する権利が消滅した後にその営業秘密又は限定提供データを使用する行為によって生じた損害については、この限りでない。
上記規定によると、損害賠償は❝他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する❞とあります。従って、仮に転職者が前職企業の営業秘密を不正に持ち出しても前職企業に損害が生じていない場合には、転職者は損害賠償の責任はないということになります。損害の発生は、例えば、不正に持ち出された営業秘密が使用されることで生じると考えられますので、上記の第2条第1項第7号からも想像しやすいと思えます。

一方、差止請求は❝不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者❞に認められています。すなわち、差止請求権は損害の発生とは関係なく、しかも❝侵害されるおそれ❞がある場合に生じることになります。
この❝侵害されるおそれ❞とはどのような状態をいうのでしょうか。不正に持ち出した営業秘密を使用や開示した状態も含まれることは理解できますが、果たしてそのような状態だけでしょうか。


ここで、参考になる裁判例がアルミナ繊維事件(大阪地裁平成29年10月19日判決 事件番号:平成27年(ワ)第4169号)です。
本事件は、原告が元従業員であった被告に対し、被告は原告から示されていたアルミナ繊維に関する技術情報等を持ち出し、これを転職先の競業会社で開示又は使用するおそれがあると主張したものです。本事件の被告は、原告の元従業員のみであり、転職先である競業会社は被告とされていません。なお、元従業員が当該技術情報を転職先に使用又は開示したという事実は確認されていません。

これに対して裁判所は下記のような理由から原告の差止請求を認めました。
❝被告は,双和化成への転職を視野に入れ,これら本件電子データを双和化成に持ち込んで使用するための準備行為として,原告に隠れて,それら電子データを本件USBメモリ及び本件外付けHDDに複製保存したものと優に推認され,また双和化成においても,そのことの認識がありながら原告を懲戒解雇されて間もない被告との一定の関係を持つようになったことも推認されるから,被告は,原告から示された本件電子データを原告の社外に持ち出した上,少なくとも,これを双和化成に開示し,さらには使用するおそれが十分あると認められる。❞
また、本事件の原告は、被告に対して損害賠償として弁護士費用1,200万円を請求しましたが、判決では弁護士費用相当の損害額として500万円が認められています。
このように、営業秘密を不正に持ち出した後の状況にもよるかと思いますが、営業秘密を不正に持ち出したことをもって、❝侵害されるおそれ❞があるとして差止請求が認められ、その弁護士費用相当の損害賠償が認められる可能性があります。

なお、被告の転職先企業は本事件では被告とされていませんが、本事件に先立ち証拠保全を受けています。証拠保全の目的は、被告の転職先企業で営業秘密の使用又は開示が行われたことを示す証拠を得ることでしょうが、本事件の判決文を見る限り、そのような事実はなかったようです。しかしながら、被告の転職先企業は実際に証拠保全を受けたことには変わりはないため、被告の転職先企業も、被告による前職企業の営業秘密の持ち出し行為に対して、少なからず影響を受けたことになります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年5月17日水曜日

営業秘密の流入リスク(知財リスク)

営業秘密の不正な持ち出し(不正流出)は以前からありましたが、近年それが転職に伴うものであることが多くなるにつれて、企業の関心度も高まっているように思えます。

企業における営業秘密の不正流出に対する対策としては以下のようなものがあるでしょう。
このような措置のうち、複数を行っている企業は多いかと思います。
 ①就業規則への秘密保持条項の規定
 ②就業規則とは別に秘密管理規定の策定
 ③営業秘密に関する研修
 ④アクセス権限管理
 ⑤アクセス履歴
 ⑥転職者への秘密保持誓約
しかしながら、上記のような対策を行っても、前職企業の営業秘密を持ち出す転職者は存在します。このような転職者が営業秘密を持ち出す理由は、ただ一つ、転職先企業で開示・使用するためです。

ところで、転職者から前職企業の営業秘密を開示された企業は、その営業秘密を自由に使用してもよいのでしょうか。当然、そのようなわけはありません。
例えば、営業秘密の不正競争を規定した不正競争防止法2条1項8号では以下のようにして、転職者等によって不正に持ち出された営業秘密であることを知って、他者(転職先企業等)が使用等することが不正であると規定しています。
"不正競争防止法2条1項8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為"
また、刑事罰が規定されている不競法21条1項7号にも、同様の規定があります。

すなわち、転職者が前職企業から持ち出した営業秘密を転職先企業で開示し、転職先企業が当該営業秘密を使用すると、転職先企業やその従業員等が民事的責任、刑事的責任を負う可能性が有ります。より具体的には、民事的責任としては損害賠償及び差し止め等であり、刑事的責任としては罰金や従業員には懲役刑の可能性もあります。

以下の表は、日本企業間の転職に伴う営業秘密の流入事例です。


この表のように、既に億単位の損害賠償になった事例もあり、営業秘密の流入は特許権等の侵害と同様に知財リスクと考える必要があると思われます。実際に、転職者からの営業秘密の流入をリスクとして捉え、それを使用しないという正しい選択を行っている企業もあります。

なお、他社の営業秘密を侵害してしまった場合には、当然、その営業秘密の使用等の停止も求められます。ここで、特許権であれば、特許権の存続期間が終了した後には、元侵害者であったとしても当該特許権に係る技術の自由な実施が可能となります。

一方で、営業秘密には存続期間という概念がありません。したがって、営業秘密の侵害者は、その営業秘密の使用停止が何時まで続くのかはわかりません。すなわち、他社の営業秘密を用いて製造した製品等の製造販売は何時まで続くのかが不明確です。営業秘密はその情報が公知になれば、営業秘密ではなくなるため、公知になるまで待つしかなく、実質的に永久に当該製品の製造販売ができないかもしれません。
また、特許権はその技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められるため、その外縁が明確です。しかしながら、営業秘密の技術的範囲の外縁はどうでしょうか。例えば、侵害した営業秘密に非公知の新たな技術的な課題も含まれていたら、この課題を解決するための技術手段の開発もできないかもしれません。
このように、営業秘密の侵害によって営業秘密の使用停止となった場合には、停止となる期間や技術的範囲が良く分からず、侵害企業は過剰な対応を取らざる負えなくなるかもしれません。

さらに、特許権侵害とは異なり、営業秘密の侵害は刑事罰となる可能性があります。このため、侵害企業に罰金が科される可能性があります。
さらに、加害企業の従業員(営業秘密を持ち込んだ転職者とな異なる従業員)が刑事罰を受ける可能性すらあります。例えば、不正に持ち込まれた営業秘密をそれが他社の営業秘密と知って使用等した従業員が特定されれば、当該従業員は刑事罰を受けるかもしれません。
このように従業員が最悪の事態となることを防止するためにも、営業秘密の流入は避けなければなりません。

そこで、他社の営業秘密の不正流入を防止するためには、以下の措置が考えられます。
 ①自社への転職者に対する注意喚起
 (前職企業の営業秘密を持ち込んではいけないことを転職者に説明)
 ②社員研修
 (不正流入が疑われる他社の営業秘密の不使用を周知)
 ③社内相談制度
 (営業秘密の不正流入疑いを認知した場合に相談)
 ④知財活動を介した不正流入検知
 (新規開発技術の開発経緯から営業秘密の不正流入を検知)

以上のように、転職者による営業秘密の不正流出とセットで不正流入が生じる可能性があります。この不正入流を防止することは知財リスクの観点から非常に重要なことです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年7月18日月曜日

判例紹介:愛知製鋼磁気センサ事件の刑事事件判決(技術情報の抽象化・一般化)

愛知製鋼磁気センサ事件の刑事事件判決(名古屋地裁 令和4年3月18日判決 事件番号:平29(わ)427号)について紹介します。本事件は、被告人が無罪となった事件であり、比較的大きく報道された事件でもありました。本事件は、控訴されなかったため、被告人の無罪が確定しています。

本事件は、b株式会社(愛知製鋼株式会社)の元役員又は従業員であった被告人a,cがb社から示された情報を株式会社dの従業員eに対し、口頭及びホワイトボードに図示して説明することでb社の営業秘密を開示した、というものです。
なお、この情報とは、b社が保有する営業秘密であるワイヤ整列装置(1号機~3号機)の機能及び構造,同装置等を用いてアモルファスワイヤを基板上に整列させる工程に関する技術上の情報とされています。

ここで、検察官は、下記㋐から㋖までの工程(検察官主張工程)であるワイヤ整列工程を被告人がeに説明したと主張し、この㋐から㋖までの工程はb社が独自に開発・構成した一連一体の工程であって、b社の営業秘密である旨主張しました。
❝ワイヤ整列装置が
  ㋐ 引き出しチャッキングと呼ばれるつまみ部分(以下「チャック」という。)がアモルファスワイヤをつまみ,一定の張力を掛けながら基板上方で右方向に移動する
  ㋑ アモルファスワイヤに張力を掛けたまま仮固定する
  ㋒ 基板を固定した基板固定台座を上昇させ,仮固定したアモルファスワイヤを基準線として位置決め調整を行う
  ㋓ 基板固定台座を上昇させ,アモルファスワイヤを基板の溝及びガイドに挿入させ,基板固定治具に埋め込まれた磁石の磁力で仮止めする
  ㋔ 基板の左脇でアモルファスワイヤを機械切断する
  ㋕ 基板固定台座が下降し,次のアモルファスワイヤを挿入するために移動する
  ㋖ 以下㋐ないし㋕を機械的に繰り返す❞
これに対して、裁判所は下記のように、被告人両名がeに説明した情報のうち検察官主張工程に対応する部分は、アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるための工夫がそぎ落とされ、余りにも抽象化、一般化されすぎていて、bの営業秘密を開示したとはいえない、と判断しました。
❝本件打合せにおいて被告人両名がeに説明した情報は,アモルファスワイヤを基板上に整列させる工程に関するものではあるが,bの保有するワイヤ整列装置の構造や同装置を用いてアモルファスワイヤを基板上に整列させる工程とは,工程における重要なプロセスに関して大きく異なる部分がある。また,上記情報のうち検察官主張工程に対応する部分は,アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるための工夫がそぎ落とされ,余りにも抽象化,一般化されすぎていて,一連一体の工程として見ても,ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまり,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえないので,営業秘密の三要件(秘密管理性,有用性,非公知性)のうち,非公知性の要件を満たすとはいえない。したがって,被告人両名は,本件打合せにおいて,bの営業秘密を開示したとはいえない。❞

なお、上記の「大きく異なる部分」としては、以下のように挙げられています。
❝工程㋑に関して,bのワイヤ整列装置では,なるべくアモルファスワイヤに応力を加えないようにするために,基板の手前にシート磁石が埋め込まれた溝(「ガイド」)を設置したり,切断刃近くに磁石を設置したりしてワイヤの位置を保持し,チャック以外では,ワイヤになるべく触れずに挟圧しない方法が採られている(ただし,3号機では,「ワイヤロック」による挟圧はされている。)。
これに対し,被告人両名が説明した情報は,前記のとおり,まっすぐにぴんと張る程度に張力を掛けて引き出されたワイヤを2つの棒状のもので「仮押さえ」をするというものである。この工程は,ワイヤを基板の溝等に挿入して整列させる工程において,「ワイヤ引き出し」,「仮固定」,「切断」といった重要なプロセスに関するものである。❞
また、「一連一体の工程」とのように、例えば、複数の公知情報を組み合わせた場合であっても、その組み合わせに特段の作用効果等がある場合には、全体として非公知性又は有用性が有ると判断される場合があります。
これに関して裁判所は下記のように、検察官主張工程のうち工夫された工程について被告人が開示しておらず、これにより一連一体の工程として見ても、ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまる、として、非公知性を否定しています。
❝すなわち,被告人両名は,前記のとおり,アモルファスワイヤの特性を踏まえ,基板上にワイヤを精密に並べる上で重要になるはずのbのワイヤ整列装置に備わっている工夫に関する情報,例えば,位置決め調整におけるCCDカメラの活用,ワイヤ引き出し時(送り出し時)におけるモーターの回転方法,ワイヤの仮固定における「ガイド」等の機構,基板上の溝等に仮止めする際の磁石の配置,ワイヤがチャックに付着し続けないようにするための工夫等について,eに対して説明していない。
また,本件実開示情報は,アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるために重要となるはずの情報がそぎ落とされ,余りにも抽象化,一般化されすぎていて,一連一体の工程として見ても,ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまるので,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない。❞
以上のように、結論としては、被告人はb社(愛知製鋼)の営業秘密を開示していないので、無罪とされています。このような判断は裁判所が行うまでもなく、技術的な知見を十分に有しているであろう愛知製鋼も行えると思うのですが、なぜ、刑事事件化してしまったのか非常に疑問です。

この理由の一つに、愛知製鋼は営業秘密とした自社の情報(発明)を正確に特定できていなかったのではないかと思います。また、検察(逮捕に携わった警察)もこれを正確に特定できていなかったのではないでしょうか。現に、2017年の2月に逮捕されてから一審判決に至るまで5年もの月日を要しており、これは他の営業秘密侵害事件と比べても非常に長い期間です。営業秘密の特定が不十分であるがために、判決に至るまでの時間を要したとも思えます。
実際、発明を情報として特定することは慣れていないと難しいでしょう。本事件では、検察が「検察官主張工程」として営業秘密を特定していますが、その情報をどのような形態で愛知製鋼が保有していたのかが、少々判然としません。判決では、❝ワイヤ整列装置である1号機ないし3号機をクリーンルーム内に保管し,特定の認証カードを所持する者以外の立入りを制限する措置を講じていた❞、とありますが、これはワイヤ整列装置に対する秘密管理であり、果たして「検察官主張工程」の秘密管理でしょうか。ワイヤ整列装置どこに、どのような形態で「検察官主張工程」を管理していたのでしょうか?

知的財産については、その保有者は自身が有する情報(今回は営業秘密)の権利範囲を広く解釈しがちな傾向にあると思います。そのような傾向にあるにもかかわらず、さらに営業秘密とした技術情報を正確に特定しなかったために、このような結果になってしまったのではないかと思います。

なお、本事件は、例えば転職者が前職で開示された営業秘密に関連する技術情報を転職先等で話す場合についても参考になるかと思います。
前職の営業秘密をそのまま話すことは当然ダメですが、それに関連する技術情報については営業秘密に触れずに「抽象化、一般化」して話すことは問題ないということです。これは当然のことなのですが、本事件によって、前職に関連することを全く話してはいけない、ということではないということが示されたとも思えます。
企業が転職者から前職に関連する技術情報を聞く場合も同様かと思います。前職の営業秘密に関連する部分の説明は「抽象化、一般化」して話してもらうように、転職者を促すことで、不必要に他社の営業秘密を知ることを防止できるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年5月16日日曜日

退職者に対する秘密保持契約の理解は正しい?

最近、営業秘密侵害の刑事事件の増加に伴い、退職者に対する秘密保持契約の必要性に言及した報道も目に付くようになりました。
しかしながら、このような報道が営業秘密の秘密管理性を正しく理解したうえでなされているのか少々疑問に感じます。

具体的には、退職者と企業との間で秘密保持契約を交わしたからといって、企業が保有する情報に対する秘密管理性が認められるとも限りません。すなわち、秘密保持契約を企業と退職者とが交わしたとしても、それを持って、企業が保有する情報が営業秘密と認められるわけではありません。
一方で、退職者が企業との間で秘密保持契約を交わさなかったからといって、企業が保有している情報を退職者が自由に持ち出していい、というものでもありません。すなわち、秘密保持契約を企業と退職者とが交わさなかったとしても、それ持って、企業が保有する情報が営業秘密と認められ無いわけではありません。

私は、退職者と企業との間における秘密保持契約は企業が保有する営業秘密の秘密管理性を補強するに過ぎないものであり、対象となる情報に秘密管理措置を常日頃から行っていないと、当該秘密保持契約は意味をなさないと考えます。
一方で、秘密管理措置を常日頃から行っていれば、たとえ退職者との間で秘密保持契約を締結しなくても、当該情報を不正に持ち出した退職者に対して営業秘密侵害を問うことができます。

例えば、東京地裁平成30年9月27日判決(平成28年(ワ)26919号 ・ 平成28(ワ)39345号)があります。
本事件において被告A、Bは、まつ毛サロンを経営する原告の元従業員であり、退職後に同業他社のまつ毛サロンで勤務しています。原告は、被告A,Bが退職後の勤務先で原告から示された営業秘密(本件ノウハウ)を不正に利益を得る目的で使用又は開示しているとして、本件ノウハウの使用又は開示の差止め等を求めました。

この事件では、下記のように原告は退職する従業員に対して守秘義務についての誓約書を提出させています。そして、本事件の被告である元従業員もこの誓約書を提出しています。
また、原告は就業規則においても守秘義務を課していることを主張しています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
原告は,就業規則において,本件ノウハウを含む会社の業務上の機密を他に漏らしてはならず,会社の許可なくマニュアル類等の重要物の複製や持ち出しを行ってはならないことや,退職時に守秘義務等について明記した誓約書を提出することなどを定めており,実際に,原告は,従業員が退職する際には,当該従業員に,本件ノウハウを含む原告の機密情報を一切漏らさない旨を誓約させ,退職する従業員にも秘密保持義務を負わせている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

これに対して被告は下記のような主張を行っています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
秘密管理性の要件を満たすためには,その情報が営業秘密であることを第三者が認識できることが必要であると解される。
しかしながら,原告の就業規則においても,被告らが原告に対して退職時に提出した誓約書においても,本件ノウハウが業務上の機密又は機密情報に該当するか否かは定かではない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そして裁判所の判断は以下のとおりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本件で,原告が営業秘密であると主張する本件ノウハウは,原告で施術されるまつ毛パーマ,アイブロウ及びまつ毛エクステンションの技術に関する情報であるところ,原告においては,同技術が蓄積されていて,従業員に対して,その技術を幅広くトレーニング等で伝えていたことが認められる。しかしながら,上記(1)イ及びカのとおり,それらの技術について,秘密であることを示す文書はなかったし,従業員が特定の技術を示されてそれが秘密であると告げられていたものではなく,また,その技術の一部といえる本件で原告が営業秘密であると主張する本件ノウハウについて,網羅的に記載された書面はなく,従業員もそれが秘密であると告げられていなかった。
・・・
 以上によれば,本件ノウハウについて,原告において秘密として管理するための合理的な措置が講じられていたとは直ちには認められない。また,まつ毛パーマ等に関する技術については一般的なものも含めて様々なものがあることも考慮すると,上記のような状況下で,被告らにおいて,本件ノウハウについて,秘密として管理されていることを認識することができたとは認められない。
そうすると,本件ノウハウは,「秘密として管理されている」(不競法2条6項)とはいえないから,その余の要件について判断するまでもなく,営業秘密には該当するということはできない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

このように、たとえ企業が退職者との間で秘密保持契約(守秘義務契約)を交わしたとしても、そもそも企業が対象とする情報に対して秘密管理措置を行っていないと、当該秘密保持契約は何ら意味を成し得ません。これは、就業規則に記載されている守秘義務も同様です。
このことを企業は十分に理解して退職者と秘密保持契約を締結する必要があります。

では、何のために退職者と秘密保持契約を交わすのか?
その理由は、退職者に営業秘密の不正な持ち出しは違法であることを再認識させるためと考えるべきでしょう。最善の秘密保持契約では、退職者が知っているであろう企業秘密を特定できるように契約書に記し、それらが営業秘密であることを再認識させることです。

一方で、退職時に企業から秘密保持契約を求められなかったり、求められても拒否したからと知って、その退職者が在籍していた企業の情報を自由に持ち出すことが出来るわけではないことも理解できるでしょう。既に、営業秘密として管理されている情報は、たとえ秘密保持契約を交わしていなくても、不正に持ち出すことは違法となります。
従って、退職時に秘密保持契約を交わしていないことは、営業秘密を持ち出してよいことの理由にはなり得ません。

以上のように、営業秘密侵害の報道で言及されているような、退職者と企業との間における秘密保持契約の有無は営業秘密侵害において重要な要素ではありません。「退職者との間で秘密保持契約さえ交わせば安心」とのような認識を持っている企業は、今一度、営業秘密の要件を確認する必要があるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年3月22日月曜日

スマホ技術を転職先の中国企業へ漏えい、懲役2年の実刑判決。厳罰化の流れ?

先日、NISSHAの元従業員が転職先の中国企業へスマホ技術を漏えいした刑事事件の地裁判決が出ました。 

この判決は少々驚きでもあり、営業秘密の漏えい事件において厳罰化の流れを感じさせます。

下記の一覧表のように、営業秘密漏えいの刑事事件において執行猶予なしの懲役刑は3件(東芝半導体製造技術漏洩事件、ベネッセ個人情報流出事件、富士精工営業秘密流出事件)です。実際には、あと数件懲役刑となった例が有りますが、それらは顧客情報を持ち出し、詐欺等の他の犯罪にも利用したものであり、転職時等に持ち出した事件とは少々異なると考えています。


3件のうち、東芝半導体製造技術漏洩事件とベネッセ個人情報流出事件は、被害企業に与えた損害がとても大きかったために執行猶予がない懲役刑となったと思います。

また、富士精工営業秘密流出事件では、中国人技術者が中国企業への転職に伴い、富士精工の営業秘密を持ち出したという事件です。この事件では、当該営業秘密が中国企業で使用され、富士精工に損害を与えたという事実までは確認できていないようですが、実刑となっています。
この事件において裁判官は、「転職に有利と、私利私欲で経営の根幹にかかわるデータを不正に領得(りょうとく)。刑事責任は相当に重い」、「日本の技術が国際競争にさらされ、違法な海外流出を防ぐ意味でデータ保護の必要性は高い。アジア諸国の技術的台頭を背景に法改正された経緯に鑑みると、実刑はやむをえない」とのことです(2019年6月6日 朝日新聞「企業秘密の製品データ複製の罪 中国籍元社員に実刑判決」)。

そして、今回の事件では、中国企業へ営業秘密を漏えいしたものの、富士精工営業秘密流出事件と同様に被害企業に多大な損害を与えたということは報道からは伺えません。

これら4つの事件から、実刑となる可能性がある営業秘密の漏えい事件は、被害企業に多大な損害を与える場合と、外国へ技術情報を漏えいした場合と思われます。
特に外国への漏えいについては、平成27年の不正競争防止法改正において海外重罰が加えられたこと、また、昨今の海外への情報流出の懸念が影響しているのだと思います。

また、実刑判決となった4件の営業秘密漏えい事件のうち、3件が技術情報の漏えい事件です。これは、顧客情報よりも技術情報の方が、被害企業に与える損害が大きくなる可能性が高いためであると思われます。そして、外国企業において、日本企業の営業秘密としては顧客情報よりも技術情報の方が重要ということもあるでしょう。

今回の判決は、日本の”知的財産”である技術情報の海外流出に対する危機意識を裁判所も共有しているということなのでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2020年9月27日日曜日

刑事事件:ロボット情報不正取得事件

先日、元勤務先からロボット情報を不正に持ち出したとして、この元勤務先の元従業員が逮捕されました。近年、転職先で有利になる等の目的で行われるありがちな営業秘密流出事件です。

具体的には、報道によると「逮捕容疑は昨年8月20日、不正な利益を得る目的で会社のサーバーにアクセスし、営業秘密である産業用ロボットの設計図や生産ラインのレイアウト図など59点の情報をハードディスクにコピーして不正に取得したとしている。」(「ロボット情報不正取得疑い 勤務先から、41歳男逮捕」2020/09/24 産経新聞)とのことです。

なお、上記報道にもあるように元従業員は、「「データをコピーしたことに間違いはないが、不正な利益を得る目的ではない」と容疑を一部否認している。」とのことですが、「逮捕前の任意の調べに「(データを示せば)優遇されるのではないかと思った」と話したという。」との報道もあります(「ロボットの機密情報持ち出した疑い 転職した元社員逮捕」2020/09/24 朝日新聞)。
このように転職先で優遇されることを目的として、退職時に元勤務先の営業秘密を持ち出していたら、それを持って不正の目的となり、刑事事件となる可能性が高いです。
このような事実は、企業に勤める人は窃盗が犯罪であることと同様に、刑事事件化されて刑事罰を受ける可能性が有ることを理解すべきです。

また、他の報道によると元勤務先の取引先の情報も持ち出していたようです(「産業用ロボットデータ不正持ち出しで逮捕の男 取引先のデータも含まれていた」2020/09/25 CVCNEWS)。
これは、逮捕された元従業員の元勤務先は、営業秘密を持ち出された被害企業というだけでなく、他社に迷惑をかけた企業との立場にもなり得、信用を失いかねないことになります。
営業秘密の流出は、自社に関する情報の流出だけであれば、流出元の企業は被害企業となりますが、顧客情報等に代表されるような他社(他者)の情報が流出した場合には、当該他社(他者)に対しては加害企業とのような立場に立たされます。この典型例がベネッセ個人情報流出事件でしょう。


一方、元従業員の転職先企業は、どのような対応をしたのでしょうか?
これに関して報道によると「さらに転職先では逮捕容疑の59件を除くデータの一部について、紙の資料にして示したが、転職先は「同業他社のものはリスクがある」と提供を受けなかったという。」とあります(「ロボット情報持ち出し、転職先「リスクある」と利用断る」2020/09/25 朝日新聞)。

この転職先企業によるこの判断は適切以外の何物でもありません。
転職者が元勤務先の営業秘密を持ち出したとしても、それを自社(転職先企業)で開示させないことがベストですが、もし開示したとしても、その使用は不正競争防止法違反に該当することを理解し、その流入を組み止める必要があります。
このため、特に転職者が提供する情報については細心の注意を払うべきでしょう。
例えば、それまで自社では知り得ていなかった情報を自社で転職者が開示した場合には、その出所を確認するべきです。もし、その出所が転職者の元勤務先であれば、元勤務先の営業秘密の可能性が有ります。
このような意識を持たずに開示された営業秘密を使用して製品を製造販売した結果、刑事事件となり、当該製品の製造販売を中止した企業もあります

このように、転職者による営業秘密の持ち出しは、元勤務先にとっても損害を生じさせるだけでなく、その目的が転職先での使用であるので、転職先にも大きなリスク(営業秘密の流入リスク)を与えるものです。従って転職先企業は、転職者が元勤務先の営業秘密を持ち込まないように、例えば、入社決定時に元勤務先の営業秘密の持ち込みをしないように文章や口頭で説明し、また、入社後の研修等でも同様の説明をし、発覚した場合には元勤務先へ通告すると共に解雇することを予め説明することで、他社の営業秘密の流入を食い止める必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年9月7日月曜日

判例紹介:日本ペイントデータ流出事件の刑事事件判決 -他社の営業秘密流入リスクー

しばらく前に日本ペイントデータ流出事件の刑事事件判決(名古屋地裁令和2年3月27日 平28(わ)471号 ・ 平28(わ)662号)が出ていました。日本ペイントの営業秘密を持ち出したとされた被告人は、一審地裁判決では懲役2年6月(執行猶予3年)及び罰金120万円となっています。

この事件は、塗料の製造販売等を目的とする当時の日本ペイント株式会社(判決文ではa社)の子会社であるb株式会社の汎用技術部部長等として、被告人が商品開発等の業務に従事していました。そして、被告人は、a社の競合他社である菊水化学工業株式会社(判決文ではc社)にa社の営業秘密を漏えいし、自身もc社の取締役に就任したというものです。なお、被告人は、a社の元執行役員でもあったようです。


この刑事事件判決文は営業秘密を理解する上で参考になることがいくつかあり、今回は他社の営業秘密の流入リスクについて考えてみたいと思います。

まず、どのようにして被告人がc社に営業秘密を漏えいさせたのでしょうか?

判決文によると、被告人はb社に在籍中、同社本社内において本件情報(a社の塗料である○○及び△△(本件各塗料)の原料及び配合量)が記載された商品設計書を取得して、これを基に本件各塗料の原料及び配合量の情報についての電磁的記録(○○に関するものを「完成配合表①」、△△に関するものを「完成配合表②」)を作成しました。

そして被告人は、c社において完成配合表①を基に作成した「●●:ホワイト」と題する書面(以下「推奨配合表①」という。)をc社の従業員Aらに手渡しました。さらに被告人は、完成配合表②を基に作成した「▲▲:ホワイト」と題する電磁的記録(以下「推奨配合表②」)を添付した電子メールをc社の従業員Bに送信しました。

なお、被告人はc社に配合表を提供する前に、自ら提案書を持参してc社に赴き、被告人がb社を退職して塗料ビジネスコンサルタントを始める予定であることを伝え、被告人とのコンサルタント契約の締結を持ち掛けていたとのことです。すなわち、当初、被告人はb社を退職した後にc社のコンサルタントとなるつもりだったようです。

そしてc社は被告人により開示された○○に係る情報を用いて塗料「●●」を,△△に係る情報を用いて塗料「▲▲」を,それぞれ開発製造して販売しました。
その結果、被告人はa社から営業秘密の領得等により刑事告訴され、c社はa社から民事訴訟を提起されています。さらに、報道によると「事件を受け、菊水化学は住宅向け塗料など一部製品については昨年3月から販売を中止している。」(Sankei Biz 2017.7.15「日本ペイントが菊水化学を提訴」)とのことです。

まさに、c社(菊水化学)は他社の営業秘密が流入したことにより、訴訟となり、自社製品の販売停止まで至っています。これが他社の営業秘密流入リスクの典型例です。


では、c社はどうするべきだったのでしょうか?
被告人からコンサルタント契約の打診を受けるまではいいでしょう。このようなことは、少なからずあることでしょうし、コンサルタント契約の打診だけでは営業秘密の開示を受けたことにはなりません。

一方、被告人から推奨配合表①,②を受け取ったことは非常に良くないことです。
この時点で、推奨配合表①,②には被告人の所属企業であったa社又はb社の営業秘密が含まれていることをc社は想定するべきでした。

具体的には、推奨配合表①は手渡しだったので、その場で被告人に返却するべきでした。
また、推奨配合表②はメールで送付されたので返すことはできません。そこで、このメールはc社内で不特定の従業員の目に触れないように管理したうえで、被告人にa社又はb社の営業秘密が含まれていないことを確認するべきでしょう。
もし、営業秘密が含まれていないと被告人が主張するのであれば、a社又はb社にそれが事実であるか否かを確認することの同意を被告人から得るべきでしょう。そこまでやれば、被告人の反応から営業秘密が含まれているか否かが分かりますし、もし、含まれているという確信があればa社又はb社へその事実を通知し、c社は被告人による営業秘密の領得には関与していないことを伝えるべきでしょう。
営業秘密の領得等は犯罪ですので、そのような犯罪行為があったことを被害企業に伝えることは当然の行為です。また、それにより、自社の潔白を被害企業に認識させることにもあるでしょう。

上記のことを考慮する必要があるにもかかわらず、被告人から受け取った情報をもとに、製品を製造販売するということは最も悪手であり、c社が当該製品の製造販売の停止にまで追い込まれることは当然でしょう。

ここで、被告人から推奨配合表①,②を受け取ったc社の従業員A,Bがどのような立場の人物であったかは判決文からは分かりません。技術開発を行う人物であったかもしれませんし、経営に携わる人物であったかもしれません。しかしながら、どのような立場の人物であったも、他社の営業秘密の流入リスクは認識し、対応できるようにしなけらばならないでしょう。

昨今、人材の流動性は高まっており、この流れは益々促進されるでしょう。さらに、SNS等により、個人間のやり取りも容易です。すなわち、自社に他社の営業秘密が流入するルートは会社の公の窓口(人事、転職サイト等)だけでなく、あらゆる可能性があります。
そうすると、全従業員が営業秘密についてある程度の理解を有する必要があります。
自社の営業秘密を漏えいすることが違法であるだけでなく、他社の営業秘密の使用が違法であることを正しく認識させる必要があります。
これを怠った結果がまさにc社の結果でしょう。

なお、c社はa社から民事訴訟を提起されています。提訴は2017年であり、営業秘密の民事訴訟は2年前後で一審判決がでる傾向があるので、すでに判決が出る頃かと思いますが出ていません。このため民事訴訟は既に和解している可能性もあるかと思います。c社は既に当該製品の製造販売を停止していますし、a社が納得する賠償金を支払うことに同意していれば、和解には至るでしょう。また、この刑事事件の判決文を見ると、c社が刑事事件に対して協力的であったとも思えます。
次回は、被告人がリバースエンジニアリングによる非公知性の喪失についても主張していますので、その点について検討したいと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年9月19日木曜日

ー判例紹介ー 営業秘密侵害、認められなかった言い訳

前回のブログでは、営業秘密の侵害と認められるためには不正の目的が必要であることを述べました。

では、転職等の際に営業秘密を持ち出した被告が、営業秘密を持ち出した理由を不正の目的ではないと主張した場合には、裁判所はどのように判断するのでしょうか。

その一例として、生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決)が挙げられます。 この事件は、原告が保有する営業秘密である本件生産菌(コエンザイムQ10)を被告が退職時に持ち出したというものです。
なお、被告は、原告企業を退職後に、被告企業の代表取締役となっています。被告企業は、きのこ類の輸出入,加工,販売,医薬品,医薬部外品,化粧品,試薬,診断薬,食料品,診断薬用酵素等の研究,開発,製造,販売,輸出入等を目的とする株式会社です。

そして、被告は、本件生産菌を持ち出した理由を、原告を退職する際,所持品等の整理を求められたため,記念に自分の研究対象物の一部である本件各物品を持ち帰ったものであり、不正の目的はなかった、とのように主張しています。

しかしながら、このような被告の主張に対して、裁判所は下記のように判断して被告の主張を認めませんでした。
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本件生産菌A,Bは,旭化成及び原告が長年にわたる研究開発によって取得した重要な事業用資産であり,それ自体が秘匿性の高い営業秘密であること,また,そのことは,原告の診断薬事業に長年関わってきた被告Cであれば当然認識していたはずであることからすれば,被告Cが持ち出した生産菌を原告を退職する際の記念として持ち帰ったとする被告Cの上記供述部分は,およそ不合理というほかない。かえって,上記のとおり,それ自体が営業秘密となる原告の重要な事業用資産である本件生産菌A,Bを原告に無断で持ち出したという行為自体からみて,被告Cには,それらを自己の利益を図るために利用する意図があったことがうかがわれるものといえる。
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さらに、裁判所は、下記のように生産菌を持ち出した後の行為も含めて不正の目的であると推認しています。 

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平成16年10月ころに本件生産菌A,Bを原告社内から持ち出した前後の被告Cの行動をみると,被告Cは,上記持ち出し直前の平成16年9月ころ,マイナス80℃の冷却性能を有する本件冷凍庫を購入していること,原告社内から持ち出した本件各物品を本件冷凍庫に入れて保管していること,その後,本件冷凍庫の置き場所は何度か変わっているものの,本件各物品については,平成18年4月27日に大仁警察署に任意提出するまで,本件冷凍庫に入れた状態のまま継続して冷凍保存していることが認められるのであり(前記(1)ウ),これらの事実によれば,被告Cが本件各物品を持ち出す前から持ち出した生産菌を長期間保存し,それらを自己の利益を図るために利用する意図を有していたことを推認することができる。
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このように、被告が不正の目的でないと主張しても、裁判所は被告の行為を総合的に判断して不正の目的の有無を判断することになります。


また、刑事事件でも、不正の目的でないことを被告が主張した事件(最高裁平成30年12月3日 平30(あ)582号)があります。

この事件において、被告は、被告によるデータの複製は記念写真の回収を目的としたものであって、いずれも被告人に転職先等で直接的又は間接的に参考にするなどといった目的はなかった、とのように主張しました。なお、被告は、営業秘密の保有企業である勤務先会社の退職後、勤務先会社の競合企業に転職しています。

被告の上記主張に対して裁判所は「「宴会写真」フォルダを除く3フォルダには,それぞれ商品企画の初期段階の業務情報,各種調査資料,役員提案資料等が保存されており,Aの自動車開発に関わる企画業務の初期段階から販売直前までの全ての工程が網羅されていた。」とのように事実認定をし、下記のようにして記念写真の回収目的であることを否定しました。

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4フォルダの中に「宴会写真」フォルダ在中の写真等,所論がいう記念写真となり得る画像データが含まれているものの,その数は全体の中ではごく一部で,自動車の商品企画等に関するデータファイルの数が相当多数を占める上,被告人は2日前の同月25日にも同じ4フォルダの複製を試みるなど,4フォルダ全体の複製にこだわり,記念写真となり得る画像データを選別しようとしていないことに照らし,前記1(2)の複製の作成が記念写真の回収のみを目的としたものとみることはできない。
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なお、この事件において被告は、記念写真の回収であるとの主張と共に、業務関係データの整理を目的であるとの主張も行いましたが、この主張も裁判所は認めませんでした。

これらの事件による裁判所の判断から、営業秘密を持ち出して転職等した場合には、不正の目的でないとするよほど合理的な理由が無い限り、不正の目的であると判断(推認)されるのではないでしょうか。すなわち、転職等するときに営業秘密を持ち出し、それが発覚した場合には、言い逃れは相当難しいと思えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信