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2022年7月18日月曜日

判例紹介:愛知製鋼磁気センサ事件の刑事事件判決(技術情報の抽象化・一般化)

愛知製鋼磁気センサ事件の刑事事件判決(名古屋地裁 令和4年3月18日判決 事件番号:平29(わ)427号)について紹介します。本事件は、被告人が無罪となった事件であり、比較的大きく報道された事件でもありました。本事件は、控訴されなかったため、被告人の無罪が確定しています。

本事件は、b株式会社(愛知製鋼株式会社)の元役員又は従業員であった被告人a,cがb社から示された情報を株式会社dの従業員eに対し、口頭及びホワイトボードに図示して説明することでb社の営業秘密を開示した、というものです。
なお、この情報とは、b社が保有する営業秘密であるワイヤ整列装置(1号機~3号機)の機能及び構造,同装置等を用いてアモルファスワイヤを基板上に整列させる工程に関する技術上の情報とされています。

ここで、検察官は、下記㋐から㋖までの工程(検察官主張工程)であるワイヤ整列工程を被告人がeに説明したと主張し、この㋐から㋖までの工程はb社が独自に開発・構成した一連一体の工程であって、b社の営業秘密である旨主張しました。
❝ワイヤ整列装置が
  ㋐ 引き出しチャッキングと呼ばれるつまみ部分(以下「チャック」という。)がアモルファスワイヤをつまみ,一定の張力を掛けながら基板上方で右方向に移動する
  ㋑ アモルファスワイヤに張力を掛けたまま仮固定する
  ㋒ 基板を固定した基板固定台座を上昇させ,仮固定したアモルファスワイヤを基準線として位置決め調整を行う
  ㋓ 基板固定台座を上昇させ,アモルファスワイヤを基板の溝及びガイドに挿入させ,基板固定治具に埋め込まれた磁石の磁力で仮止めする
  ㋔ 基板の左脇でアモルファスワイヤを機械切断する
  ㋕ 基板固定台座が下降し,次のアモルファスワイヤを挿入するために移動する
  ㋖ 以下㋐ないし㋕を機械的に繰り返す❞
これに対して、裁判所は下記のように、被告人両名がeに説明した情報のうち検察官主張工程に対応する部分は、アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるための工夫がそぎ落とされ、余りにも抽象化、一般化されすぎていて、bの営業秘密を開示したとはいえない、と判断しました。
❝本件打合せにおいて被告人両名がeに説明した情報は,アモルファスワイヤを基板上に整列させる工程に関するものではあるが,bの保有するワイヤ整列装置の構造や同装置を用いてアモルファスワイヤを基板上に整列させる工程とは,工程における重要なプロセスに関して大きく異なる部分がある。また,上記情報のうち検察官主張工程に対応する部分は,アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるための工夫がそぎ落とされ,余りにも抽象化,一般化されすぎていて,一連一体の工程として見ても,ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまり,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえないので,営業秘密の三要件(秘密管理性,有用性,非公知性)のうち,非公知性の要件を満たすとはいえない。したがって,被告人両名は,本件打合せにおいて,bの営業秘密を開示したとはいえない。❞

なお、上記の「大きく異なる部分」としては、以下のように挙げられています。
❝工程㋑に関して,bのワイヤ整列装置では,なるべくアモルファスワイヤに応力を加えないようにするために,基板の手前にシート磁石が埋め込まれた溝(「ガイド」)を設置したり,切断刃近くに磁石を設置したりしてワイヤの位置を保持し,チャック以外では,ワイヤになるべく触れずに挟圧しない方法が採られている(ただし,3号機では,「ワイヤロック」による挟圧はされている。)。
これに対し,被告人両名が説明した情報は,前記のとおり,まっすぐにぴんと張る程度に張力を掛けて引き出されたワイヤを2つの棒状のもので「仮押さえ」をするというものである。この工程は,ワイヤを基板の溝等に挿入して整列させる工程において,「ワイヤ引き出し」,「仮固定」,「切断」といった重要なプロセスに関するものである。❞
また、「一連一体の工程」とのように、例えば、複数の公知情報を組み合わせた場合であっても、その組み合わせに特段の作用効果等がある場合には、全体として非公知性又は有用性が有ると判断される場合があります。
これに関して裁判所は下記のように、検察官主張工程のうち工夫された工程について被告人が開示しておらず、これにより一連一体の工程として見ても、ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまる、として、非公知性を否定しています。
❝すなわち,被告人両名は,前記のとおり,アモルファスワイヤの特性を踏まえ,基板上にワイヤを精密に並べる上で重要になるはずのbのワイヤ整列装置に備わっている工夫に関する情報,例えば,位置決め調整におけるCCDカメラの活用,ワイヤ引き出し時(送り出し時)におけるモーターの回転方法,ワイヤの仮固定における「ガイド」等の機構,基板上の溝等に仮止めする際の磁石の配置,ワイヤがチャックに付着し続けないようにするための工夫等について,eに対して説明していない。
また,本件実開示情報は,アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるために重要となるはずの情報がそぎ落とされ,余りにも抽象化,一般化されすぎていて,一連一体の工程として見ても,ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまるので,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない。❞
以上のように、結論としては、被告人はb社(愛知製鋼)の営業秘密を開示していないので、無罪とされています。このような判断は裁判所が行うまでもなく、技術的な知見を十分に有しているであろう愛知製鋼も行えると思うのですが、なぜ、刑事事件化してしまったのか非常に疑問です。

この理由の一つに、愛知製鋼は営業秘密とした自社の情報(発明)を正確に特定できていなかったのではないかと思います。また、検察(逮捕に携わった警察)もこれを正確に特定できていなかったのではないでしょうか。現に、2017年の2月に逮捕されてから一審判決に至るまで5年もの月日を要しており、これは他の営業秘密侵害事件と比べても非常に長い期間です。営業秘密の特定が不十分であるがために、判決に至るまでの時間を要したとも思えます。
実際、発明を情報として特定することは慣れていないと難しいでしょう。本事件では、検察が「検察官主張工程」として営業秘密を特定していますが、その情報をどのような形態で愛知製鋼が保有していたのかが、少々判然としません。判決では、❝ワイヤ整列装置である1号機ないし3号機をクリーンルーム内に保管し,特定の認証カードを所持する者以外の立入りを制限する措置を講じていた❞、とありますが、これはワイヤ整列装置に対する秘密管理であり、果たして「検察官主張工程」の秘密管理でしょうか。ワイヤ整列装置どこに、どのような形態で「検察官主張工程」を管理していたのでしょうか?

知的財産については、その保有者は自身が有する情報(今回は営業秘密)の権利範囲を広く解釈しがちな傾向にあると思います。そのような傾向にあるにもかかわらず、さらに営業秘密とした技術情報を正確に特定しなかったために、このような結果になってしまったのではないかと思います。

なお、本事件は、例えば転職者が前職で開示された営業秘密に関連する技術情報を転職先等で話す場合についても参考になるかと思います。
前職の営業秘密をそのまま話すことは当然ダメですが、それに関連する技術情報については営業秘密に触れずに「抽象化、一般化」して話すことは問題ないということです。これは当然のことなのですが、本事件によって、前職に関連することを全く話してはいけない、ということではないということが示されたとも思えます。
企業が転職者から前職に関連する技術情報を聞く場合も同様かと思います。前職の営業秘密に関連する部分の説明は「抽象化、一般化」して話してもらうように、転職者を促すことで、不必要に他社の営業秘密を知ることを防止できるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年5月16日日曜日

退職者に対する秘密保持契約の理解は正しい?

最近、営業秘密侵害の刑事事件の増加に伴い、退職者に対する秘密保持契約の必要性に言及した報道も目に付くようになりました。
しかしながら、このような報道が営業秘密の秘密管理性を正しく理解したうえでなされているのか少々疑問に感じます。

具体的には、退職者と企業との間で秘密保持契約を交わしたからといって、企業が保有する情報に対する秘密管理性が認められるとも限りません。すなわち、秘密保持契約を企業と退職者とが交わしたとしても、それを持って、企業が保有する情報が営業秘密と認められるわけではありません。
一方で、退職者が企業との間で秘密保持契約を交わさなかったからといって、企業が保有している情報を退職者が自由に持ち出していい、というものでもありません。すなわち、秘密保持契約を企業と退職者とが交わさなかったとしても、それ持って、企業が保有する情報が営業秘密と認められ無いわけではありません。

私は、退職者と企業との間における秘密保持契約は企業が保有する営業秘密の秘密管理性を補強するに過ぎないものであり、対象となる情報に秘密管理措置を常日頃から行っていないと、当該秘密保持契約は意味をなさないと考えます。
一方で、秘密管理措置を常日頃から行っていれば、たとえ退職者との間で秘密保持契約を締結しなくても、当該情報を不正に持ち出した退職者に対して営業秘密侵害を問うことができます。

例えば、東京地裁平成30年9月27日判決(平成28年(ワ)26919号 ・ 平成28(ワ)39345号)があります。
本事件において被告A、Bは、まつ毛サロンを経営する原告の元従業員であり、退職後に同業他社のまつ毛サロンで勤務しています。原告は、被告A,Bが退職後の勤務先で原告から示された営業秘密(本件ノウハウ)を不正に利益を得る目的で使用又は開示しているとして、本件ノウハウの使用又は開示の差止め等を求めました。

この事件では、下記のように原告は退職する従業員に対して守秘義務についての誓約書を提出させています。そして、本事件の被告である元従業員もこの誓約書を提出しています。
また、原告は就業規則においても守秘義務を課していることを主張しています。
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原告は,就業規則において,本件ノウハウを含む会社の業務上の機密を他に漏らしてはならず,会社の許可なくマニュアル類等の重要物の複製や持ち出しを行ってはならないことや,退職時に守秘義務等について明記した誓約書を提出することなどを定めており,実際に,原告は,従業員が退職する際には,当該従業員に,本件ノウハウを含む原告の機密情報を一切漏らさない旨を誓約させ,退職する従業員にも秘密保持義務を負わせている。
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これに対して被告は下記のような主張を行っています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
秘密管理性の要件を満たすためには,その情報が営業秘密であることを第三者が認識できることが必要であると解される。
しかしながら,原告の就業規則においても,被告らが原告に対して退職時に提出した誓約書においても,本件ノウハウが業務上の機密又は機密情報に該当するか否かは定かではない。
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そして裁判所の判断は以下のとおりです。
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本件で,原告が営業秘密であると主張する本件ノウハウは,原告で施術されるまつ毛パーマ,アイブロウ及びまつ毛エクステンションの技術に関する情報であるところ,原告においては,同技術が蓄積されていて,従業員に対して,その技術を幅広くトレーニング等で伝えていたことが認められる。しかしながら,上記(1)イ及びカのとおり,それらの技術について,秘密であることを示す文書はなかったし,従業員が特定の技術を示されてそれが秘密であると告げられていたものではなく,また,その技術の一部といえる本件で原告が営業秘密であると主張する本件ノウハウについて,網羅的に記載された書面はなく,従業員もそれが秘密であると告げられていなかった。
・・・
 以上によれば,本件ノウハウについて,原告において秘密として管理するための合理的な措置が講じられていたとは直ちには認められない。また,まつ毛パーマ等に関する技術については一般的なものも含めて様々なものがあることも考慮すると,上記のような状況下で,被告らにおいて,本件ノウハウについて,秘密として管理されていることを認識することができたとは認められない。
そうすると,本件ノウハウは,「秘密として管理されている」(不競法2条6項)とはいえないから,その余の要件について判断するまでもなく,営業秘密には該当するということはできない。
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このように、たとえ企業が退職者との間で秘密保持契約(守秘義務契約)を交わしたとしても、そもそも企業が対象とする情報に対して秘密管理措置を行っていないと、当該秘密保持契約は何ら意味を成し得ません。これは、就業規則に記載されている守秘義務も同様です。
このことを企業は十分に理解して退職者と秘密保持契約を締結する必要があります。

では、何のために退職者と秘密保持契約を交わすのか?
その理由は、退職者に営業秘密の不正な持ち出しは違法であることを再認識させるためと考えるべきでしょう。最善の秘密保持契約では、退職者が知っているであろう企業秘密を特定できるように契約書に記し、それらが営業秘密であることを再認識させることです。

一方で、退職時に企業から秘密保持契約を求められなかったり、求められても拒否したからと知って、その退職者が在籍していた企業の情報を自由に持ち出すことが出来るわけではないことも理解できるでしょう。既に、営業秘密として管理されている情報は、たとえ秘密保持契約を交わしていなくても、不正に持ち出すことは違法となります。
従って、退職時に秘密保持契約を交わしていないことは、営業秘密を持ち出してよいことの理由にはなり得ません。

以上のように、営業秘密侵害の報道で言及されているような、退職者と企業との間における秘密保持契約の有無は営業秘密侵害において重要な要素ではありません。「退職者との間で秘密保持契約さえ交わせば安心」とのような認識を持っている企業は、今一度、営業秘密の要件を確認する必要があるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年3月22日月曜日

スマホ技術を転職先の中国企業へ漏えい、懲役2年の実刑判決。厳罰化の流れ?

先日、NISSHAの元従業員が転職先の中国企業へスマホ技術を漏えいした刑事事件の地裁判決が出ました。 

この判決は少々驚きでもあり、営業秘密の漏えい事件において厳罰化の流れを感じさせます。

下記の一覧表のように、営業秘密漏えいの刑事事件において執行猶予なしの懲役刑は3件(東芝半導体製造技術漏洩事件、ベネッセ個人情報流出事件、富士精工営業秘密流出事件)です。実際には、あと数件懲役刑となった例が有りますが、それらは顧客情報を持ち出し、詐欺等の他の犯罪にも利用したものであり、転職時等に持ち出した事件とは少々異なると考えています。


3件のうち、東芝半導体製造技術漏洩事件とベネッセ個人情報流出事件は、被害企業に与えた損害がとても大きかったために執行猶予がない懲役刑となったと思います。

また、富士精工営業秘密流出事件では、中国人技術者が中国企業への転職に伴い、富士精工の営業秘密を持ち出したという事件です。この事件では、当該営業秘密が中国企業で使用され、富士精工に損害を与えたという事実までは確認できていないようですが、実刑となっています。
この事件において裁判官は、「転職に有利と、私利私欲で経営の根幹にかかわるデータを不正に領得(りょうとく)。刑事責任は相当に重い」、「日本の技術が国際競争にさらされ、違法な海外流出を防ぐ意味でデータ保護の必要性は高い。アジア諸国の技術的台頭を背景に法改正された経緯に鑑みると、実刑はやむをえない」とのことです(2019年6月6日 朝日新聞「企業秘密の製品データ複製の罪 中国籍元社員に実刑判決」)。

そして、今回の事件では、中国企業へ営業秘密を漏えいしたものの、富士精工営業秘密流出事件と同様に被害企業に多大な損害を与えたということは報道からは伺えません。

これら4つの事件から、実刑となる可能性がある営業秘密の漏えい事件は、被害企業に多大な損害を与える場合と、外国へ技術情報を漏えいした場合と思われます。
特に外国への漏えいについては、平成27年の不正競争防止法改正において海外重罰が加えられたこと、また、昨今の海外への情報流出の懸念が影響しているのだと思います。

また、実刑判決となった4件の営業秘密漏えい事件のうち、3件が技術情報の漏えい事件です。これは、顧客情報よりも技術情報の方が、被害企業に与える損害が大きくなる可能性が高いためであると思われます。そして、外国企業において、日本企業の営業秘密としては顧客情報よりも技術情報の方が重要ということもあるでしょう。

今回の判決は、日本の”知的財産”である技術情報の海外流出に対する危機意識を裁判所も共有しているということなのでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2020年9月27日日曜日

刑事事件:ロボット情報不正取得事件

先日、元勤務先からロボット情報を不正に持ち出したとして、この元勤務先の元従業員が逮捕されました。近年、転職先で有利になる等の目的で行われるありがちな営業秘密流出事件です。

具体的には、報道によると「逮捕容疑は昨年8月20日、不正な利益を得る目的で会社のサーバーにアクセスし、営業秘密である産業用ロボットの設計図や生産ラインのレイアウト図など59点の情報をハードディスクにコピーして不正に取得したとしている。」(「ロボット情報不正取得疑い 勤務先から、41歳男逮捕」2020/09/24 産経新聞)とのことです。

なお、上記報道にもあるように元従業員は、「「データをコピーしたことに間違いはないが、不正な利益を得る目的ではない」と容疑を一部否認している。」とのことですが、「逮捕前の任意の調べに「(データを示せば)優遇されるのではないかと思った」と話したという。」との報道もあります(「ロボットの機密情報持ち出した疑い 転職した元社員逮捕」2020/09/24 朝日新聞)。
このように転職先で優遇されることを目的として、退職時に元勤務先の営業秘密を持ち出していたら、それを持って不正の目的となり、刑事事件となる可能性が高いです。
このような事実は、企業に勤める人は窃盗が犯罪であることと同様に、刑事事件化されて刑事罰を受ける可能性が有ることを理解すべきです。

また、他の報道によると元勤務先の取引先の情報も持ち出していたようです(「産業用ロボットデータ不正持ち出しで逮捕の男 取引先のデータも含まれていた」2020/09/25 CVCNEWS)。
これは、逮捕された元従業員の元勤務先は、営業秘密を持ち出された被害企業というだけでなく、他社に迷惑をかけた企業との立場にもなり得、信用を失いかねないことになります。
営業秘密の流出は、自社に関する情報の流出だけであれば、流出元の企業は被害企業となりますが、顧客情報等に代表されるような他社(他者)の情報が流出した場合には、当該他社(他者)に対しては加害企業とのような立場に立たされます。この典型例がベネッセ個人情報流出事件でしょう。


一方、元従業員の転職先企業は、どのような対応をしたのでしょうか?
これに関して報道によると「さらに転職先では逮捕容疑の59件を除くデータの一部について、紙の資料にして示したが、転職先は「同業他社のものはリスクがある」と提供を受けなかったという。」とあります(「ロボット情報持ち出し、転職先「リスクある」と利用断る」2020/09/25 朝日新聞)。

この転職先企業によるこの判断は適切以外の何物でもありません。
転職者が元勤務先の営業秘密を持ち出したとしても、それを自社(転職先企業)で開示させないことがベストですが、もし開示したとしても、その使用は不正競争防止法違反に該当することを理解し、その流入を組み止める必要があります。
このため、特に転職者が提供する情報については細心の注意を払うべきでしょう。
例えば、それまで自社では知り得ていなかった情報を自社で転職者が開示した場合には、その出所を確認するべきです。もし、その出所が転職者の元勤務先であれば、元勤務先の営業秘密の可能性が有ります。
このような意識を持たずに開示された営業秘密を使用して製品を製造販売した結果、刑事事件となり、当該製品の製造販売を中止した企業もあります

このように、転職者による営業秘密の持ち出しは、元勤務先にとっても損害を生じさせるだけでなく、その目的が転職先での使用であるので、転職先にも大きなリスク(営業秘密の流入リスク)を与えるものです。従って転職先企業は、転職者が元勤務先の営業秘密を持ち込まないように、例えば、入社決定時に元勤務先の営業秘密の持ち込みをしないように文章や口頭で説明し、また、入社後の研修等でも同様の説明をし、発覚した場合には元勤務先へ通告すると共に解雇することを予め説明することで、他社の営業秘密の流入を食い止める必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年9月7日月曜日

判例紹介:日本ペイントデータ流出事件の刑事事件判決 -他社の営業秘密流入リスクー

しばらく前に日本ペイントデータ流出事件の刑事事件判決(名古屋地裁令和2年3月27日 平28(わ)471号 ・ 平28(わ)662号)が出ていました。日本ペイントの営業秘密を持ち出したとされた被告人は、一審地裁判決では懲役2年6月(執行猶予3年)及び罰金120万円となっています。

この事件は、塗料の製造販売等を目的とする当時の日本ペイント株式会社(判決文ではa社)の子会社であるb株式会社の汎用技術部部長等として、被告人が商品開発等の業務に従事していました。そして、被告人は、a社の競合他社である菊水化学工業株式会社(判決文ではc社)にa社の営業秘密を漏えいし、自身もc社の取締役に就任したというものです。なお、被告人は、a社の元執行役員でもあったようです。


この刑事事件判決文は営業秘密を理解する上で参考になることがいくつかあり、今回は他社の営業秘密の流入リスクについて考えてみたいと思います。

まず、どのようにして被告人がc社に営業秘密を漏えいさせたのでしょうか?

判決文によると、被告人はb社に在籍中、同社本社内において本件情報(a社の塗料である○○及び△△(本件各塗料)の原料及び配合量)が記載された商品設計書を取得して、これを基に本件各塗料の原料及び配合量の情報についての電磁的記録(○○に関するものを「完成配合表①」、△△に関するものを「完成配合表②」)を作成しました。

そして被告人は、c社において完成配合表①を基に作成した「●●:ホワイト」と題する書面(以下「推奨配合表①」という。)をc社の従業員Aらに手渡しました。さらに被告人は、完成配合表②を基に作成した「▲▲:ホワイト」と題する電磁的記録(以下「推奨配合表②」)を添付した電子メールをc社の従業員Bに送信しました。

なお、被告人はc社に配合表を提供する前に、自ら提案書を持参してc社に赴き、被告人がb社を退職して塗料ビジネスコンサルタントを始める予定であることを伝え、被告人とのコンサルタント契約の締結を持ち掛けていたとのことです。すなわち、当初、被告人はb社を退職した後にc社のコンサルタントとなるつもりだったようです。

そしてc社は被告人により開示された○○に係る情報を用いて塗料「●●」を,△△に係る情報を用いて塗料「▲▲」を,それぞれ開発製造して販売しました。
その結果、被告人はa社から営業秘密の領得等により刑事告訴され、c社はa社から民事訴訟を提起されています。さらに、報道によると「事件を受け、菊水化学は住宅向け塗料など一部製品については昨年3月から販売を中止している。」(Sankei Biz 2017.7.15「日本ペイントが菊水化学を提訴」)とのことです。

まさに、c社(菊水化学)は他社の営業秘密が流入したことにより、訴訟となり、自社製品の販売停止まで至っています。これが他社の営業秘密流入リスクの典型例です。


では、c社はどうするべきだったのでしょうか?
被告人からコンサルタント契約の打診を受けるまではいいでしょう。このようなことは、少なからずあることでしょうし、コンサルタント契約の打診だけでは営業秘密の開示を受けたことにはなりません。

一方、被告人から推奨配合表①,②を受け取ったことは非常に良くないことです。
この時点で、推奨配合表①,②には被告人の所属企業であったa社又はb社の営業秘密が含まれていることをc社は想定するべきでした。

具体的には、推奨配合表①は手渡しだったので、その場で被告人に返却するべきでした。
また、推奨配合表②はメールで送付されたので返すことはできません。そこで、このメールはc社内で不特定の従業員の目に触れないように管理したうえで、被告人にa社又はb社の営業秘密が含まれていないことを確認するべきでしょう。
もし、営業秘密が含まれていないと被告人が主張するのであれば、a社又はb社にそれが事実であるか否かを確認することの同意を被告人から得るべきでしょう。そこまでやれば、被告人の反応から営業秘密が含まれているか否かが分かりますし、もし、含まれているという確信があればa社又はb社へその事実を通知し、c社は被告人による営業秘密の領得には関与していないことを伝えるべきでしょう。
営業秘密の領得等は犯罪ですので、そのような犯罪行為があったことを被害企業に伝えることは当然の行為です。また、それにより、自社の潔白を被害企業に認識させることにもあるでしょう。

上記のことを考慮する必要があるにもかかわらず、被告人から受け取った情報をもとに、製品を製造販売するということは最も悪手であり、c社が当該製品の製造販売の停止にまで追い込まれることは当然でしょう。

ここで、被告人から推奨配合表①,②を受け取ったc社の従業員A,Bがどのような立場の人物であったかは判決文からは分かりません。技術開発を行う人物であったかもしれませんし、経営に携わる人物であったかもしれません。しかしながら、どのような立場の人物であったも、他社の営業秘密の流入リスクは認識し、対応できるようにしなけらばならないでしょう。

昨今、人材の流動性は高まっており、この流れは益々促進されるでしょう。さらに、SNS等により、個人間のやり取りも容易です。すなわち、自社に他社の営業秘密が流入するルートは会社の公の窓口(人事、転職サイト等)だけでなく、あらゆる可能性があります。
そうすると、全従業員が営業秘密についてある程度の理解を有する必要があります。
自社の営業秘密を漏えいすることが違法であるだけでなく、他社の営業秘密の使用が違法であることを正しく認識させる必要があります。
これを怠った結果がまさにc社の結果でしょう。

なお、c社はa社から民事訴訟を提起されています。提訴は2017年であり、営業秘密の民事訴訟は2年前後で一審判決がでる傾向があるので、すでに判決が出る頃かと思いますが出ていません。このため民事訴訟は既に和解している可能性もあるかと思います。c社は既に当該製品の製造販売を停止していますし、a社が納得する賠償金を支払うことに同意していれば、和解には至るでしょう。また、この刑事事件の判決文を見ると、c社が刑事事件に対して協力的であったとも思えます。
次回は、被告人がリバースエンジニアリングによる非公知性の喪失についても主張していますので、その点について検討したいと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年9月19日木曜日

ー判例紹介ー 営業秘密侵害、認められなかった言い訳

前回のブログでは、営業秘密の侵害と認められるためには不正の目的が必要であることを述べました。

では、転職等の際に営業秘密を持ち出した被告が、営業秘密を持ち出した理由を不正の目的ではないと主張した場合には、裁判所はどのように判断するのでしょうか。

その一例として、生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決)が挙げられます。 この事件は、原告が保有する営業秘密である本件生産菌(コエンザイムQ10)を被告が退職時に持ち出したというものです。
なお、被告は、原告企業を退職後に、被告企業の代表取締役となっています。被告企業は、きのこ類の輸出入,加工,販売,医薬品,医薬部外品,化粧品,試薬,診断薬,食料品,診断薬用酵素等の研究,開発,製造,販売,輸出入等を目的とする株式会社です。

そして、被告は、本件生産菌を持ち出した理由を、原告を退職する際,所持品等の整理を求められたため,記念に自分の研究対象物の一部である本件各物品を持ち帰ったものであり、不正の目的はなかった、とのように主張しています。

しかしながら、このような被告の主張に対して、裁判所は下記のように判断して被告の主張を認めませんでした。
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本件生産菌A,Bは,旭化成及び原告が長年にわたる研究開発によって取得した重要な事業用資産であり,それ自体が秘匿性の高い営業秘密であること,また,そのことは,原告の診断薬事業に長年関わってきた被告Cであれば当然認識していたはずであることからすれば,被告Cが持ち出した生産菌を原告を退職する際の記念として持ち帰ったとする被告Cの上記供述部分は,およそ不合理というほかない。かえって,上記のとおり,それ自体が営業秘密となる原告の重要な事業用資産である本件生産菌A,Bを原告に無断で持ち出したという行為自体からみて,被告Cには,それらを自己の利益を図るために利用する意図があったことがうかがわれるものといえる。
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さらに、裁判所は、下記のように生産菌を持ち出した後の行為も含めて不正の目的であると推認しています。 

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平成16年10月ころに本件生産菌A,Bを原告社内から持ち出した前後の被告Cの行動をみると,被告Cは,上記持ち出し直前の平成16年9月ころ,マイナス80℃の冷却性能を有する本件冷凍庫を購入していること,原告社内から持ち出した本件各物品を本件冷凍庫に入れて保管していること,その後,本件冷凍庫の置き場所は何度か変わっているものの,本件各物品については,平成18年4月27日に大仁警察署に任意提出するまで,本件冷凍庫に入れた状態のまま継続して冷凍保存していることが認められるのであり(前記(1)ウ),これらの事実によれば,被告Cが本件各物品を持ち出す前から持ち出した生産菌を長期間保存し,それらを自己の利益を図るために利用する意図を有していたことを推認することができる。
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このように、被告が不正の目的でないと主張しても、裁判所は被告の行為を総合的に判断して不正の目的の有無を判断することになります。


また、刑事事件でも、不正の目的でないことを被告が主張した事件(最高裁平成30年12月3日 平30(あ)582号)があります。

この事件において、被告は、被告によるデータの複製は記念写真の回収を目的としたものであって、いずれも被告人に転職先等で直接的又は間接的に参考にするなどといった目的はなかった、とのように主張しました。なお、被告は、営業秘密の保有企業である勤務先会社の退職後、勤務先会社の競合企業に転職しています。

被告の上記主張に対して裁判所は「「宴会写真」フォルダを除く3フォルダには,それぞれ商品企画の初期段階の業務情報,各種調査資料,役員提案資料等が保存されており,Aの自動車開発に関わる企画業務の初期段階から販売直前までの全ての工程が網羅されていた。」とのように事実認定をし、下記のようにして記念写真の回収目的であることを否定しました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
4フォルダの中に「宴会写真」フォルダ在中の写真等,所論がいう記念写真となり得る画像データが含まれているものの,その数は全体の中ではごく一部で,自動車の商品企画等に関するデータファイルの数が相当多数を占める上,被告人は2日前の同月25日にも同じ4フォルダの複製を試みるなど,4フォルダ全体の複製にこだわり,記念写真となり得る画像データを選別しようとしていないことに照らし,前記1(2)の複製の作成が記念写真の回収のみを目的としたものとみることはできない。
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なお、この事件において被告は、記念写真の回収であるとの主張と共に、業務関係データの整理を目的であるとの主張も行いましたが、この主張も裁判所は認めませんでした。

これらの事件による裁判所の判断から、営業秘密を持ち出して転職等した場合には、不正の目的でないとするよほど合理的な理由が無い限り、不正の目的であると判断(推認)されるのではないでしょうか。すなわち、転職等するときに営業秘密を持ち出し、それが発覚した場合には、言い逃れは相当難しいと思えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年9月12日木曜日

営業秘密の侵害とは?特許権侵害との違い

営業秘密の侵害とは具体的にどのようなものでしょうか。ここでは、技術情報を営業秘密とした場合を例にしますが、営業情報を営業秘密とした場合も基本的には同じと考えられます。

まず、比較のために特許侵害について説明します。特許法68条に特許権の効力として以下のように規定されています。
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特許法六十八条 
特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。ただし、その特許権について専用実施権を設定したときは、専用実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については、この限りでない。
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すなわち、特許権者等でないものが、他人の特許発明を業として実施したら、当該特許権の侵害となります。
具体的には特許権の侵害とは、他人の特許権に係る請求項を構成する要件を全て充足するように実施することをいいます(文言侵害)。
特許権侵害には文言侵害だけでなく、均等侵害や間接侵害という侵害の形態もありますが、基本的には上述のように請求項に記載の技術を実施した場合に侵害であるとされ、権利者は侵害者に対して差し止めや損害賠償を請求できます。
なお、特許権侵害では、下記で説明するような不正の目的とのような要件は必要ありません。


では、営業秘密の場合はどうでしょうか?
営業秘密は不正競争防止法2条1項4号から10号で規定されています。
従業員が転職等する場合に営業秘密を持ち出すことを想定した7号では以下のように規定されています。
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不正競争防止法2条1項7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
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7号からわかるように、単に営業秘密を持ち出すだけでは、営業秘密の侵害とはなりません。「不正の利益を得る目的」等のような不正の目的が営業秘密侵害の要件として必要となります。そして、不正の目的を持って営業秘密を使用又は開示した場合に、営業秘密侵害となります。
では、元従業員によって自社の営業秘密が転職先で使用される可能性があるにもかかわらず、未だ転職先で開示も使用もされていない場合には、元従業員の元所属企業は何もできないのでしょうか?

このような事例が、大阪地裁平成29年10月19日判決(平成27年(ワ)第4169号)のアルミナ繊維事件です。

本事件は、原告が元従業員であった被告に対し、被告は原告から示されていたアルミナ繊維に関する技術情報等を持ち出し、これを転職先の競業会社で開示又は使用するおそれがあると主張したものです。本事件の被告は、元従業員のみであり、転職先である競業会社は被告とされていません。そして、元従業員が当該技術情報を転職先に使用又は開示したという事実は確認されていないようです。

しかしながら、裁判所は下記のように判断し、原告による差し止め請求と損害賠償請求を認めました。
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被告は,双和化成への転職を視野に入れ,これら本件電子データを双和化成に持ち込んで使用するための準備行為として,原告に隠れて,それら電子データを本件USBメモリ及び本件外付けHDDに複製保存したものと優に推認され,また双和化成においても,そのことの認識がありながら原告を懲戒解雇されて間もない被告との一定の関係を持つようになったことも推認されるから,被告は,原告から示された本件電子データを原告の社外に持ち出した上,少なくとも,これを双和化成に開示し,さらには使用するおそれが十分あると認められる。
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すなわち、未だ営業秘密を使用又は開示していなくても、そのおそれがあれば、差し止め等は認められる可能性があるようです。

なお、原告の損害賠償請求も認められていますが、未だ当該営業秘密は使用されてないので、損害額は弁護士費用等となります。しかしながら、本事件では、当該損害額として500万円が認められました。この額は、個人に対するものとしては相当な金額と思われます。

このように、競合他社への転職時に元所属企業の営業秘密を持ち出すだけで、差し止めはもとより、損害賠償の責を負う可能性があります。このことは、転職を行う会社員にとっては非常に気を付けないといけないことである一方、転職元企業にとっては営業秘密が転職先で使用又は開示される前でも差し止めが認められる可能性があるという事例であり、重要な知見を与えるものであると考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年5月14日火曜日

-判例紹介- 自社のビジネスに応じた知財戦略の必要性

今回紹介する判例(東京地裁平成31年3月19日判決 平成29年(ワ)27298号)は、自社のビジネスを考慮した適切な知財戦略の必要性を考えさせられるものです。

本事件の原告は、鍵の販売・取付け・修理等を業とする株式会社です。また、被告会社は、ウェブ広告、鍵の修理・交換を業とする株式会社であり、被告Aは被告会社の代表取締役であり、被告B及び被告Cは原告の元従業員です。

なお、本事件は、営業秘密侵害の他に、(1)被告らが原告が所有する工具等を違法に持ち出した行為、(2)被告Aが原告の従業員を違法に引き抜いて被告会社に転職させた行為、(3)競業避止義務違反、に基づく損害賠償請求等がなされています。このうち、(1)に基づく損害賠償請求は認められたものの、(2),(3)は認められませんでした。 この請求原因から分かるように、本事件は原告の元従業員が原告を退職した後に、原告の競合となったことに端を発するものです。営業秘密侵害訴訟ではよくあるパターンですね。

本事件において原告は、グンマジの開錠方法に関する情報(本件情報①~⑤)及びグンマジの構造・部材に関する情報(本件情報⑥~⑪)が営業秘密であると主張しています。グンマジとは、鍵を解錠するために用いる特殊工具のようです。

そして、裁判所は原告主張の営業秘密に対して、以下のように判断しています。

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原告は本件講座において,受講生に対して本件情報①~⑤を含むグンマジの解錠技術を教えていた。そして,受講生に対して本件情報①~⑤が秘密であると告げていたことを認めるに足りる証拠はない。また,原告は,受講生に対してグンマジを使わせ,さらに主に受講生や元受講生に対し,グンマジを販売しており,その購入者は,グンマジの外形的な構造,大きさ,部品の構成を当然に知ることができ,これらについての情報である本件情報⑥~⑪を知ることができた。原告が,原告の従業員でないそのような受講生や元受講生の購入者に対して本件情報⑥~⑪を含むグンマジの構造・部材に関する情報が秘密であると告げていたことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,本件情報はいずれも「秘密として管理されている」とも「公然と知られていない」(不正競争防止法2条6項)ともいえないから,その余の要件について判断するまでもなく,営業秘密に該当するとはいえない。
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このように、原告は、グンマジの解錠技術を講座において受講生に教えており、グンマジも販売していたとのことです。これは裁判所の判断のように秘密管理されたものでもなく、非公知性もすでに失われています。

なお、原告は、オフィシャルブログにおいて、本件講座においてグンマジによる開錠方法を教えていることやグンマジを販売していること等を紹介していることが認められました。なお、原告は、本件講座ではグンマジによる開錠方法を教えてはいないし、グンマジを販売していた事実もなく、原告のブログの上記各記事は、ブログの作成担当者であったKが誤って作成して公開したものであると主張ましたが、この主張は認められませんでした。このオフィシャルブログでは、工具にはモザイクがかけられ、どのような工具であるかは講座の受講生以外にはわからないようにしていたようです。


ここで、原告のビジネスを守るための適切な知財戦略とは何だったのでしょうか?
この判例からまず理解できることは、原告が保有するグンマジの解錠技術やグンマジの構造を営業秘密とすることは適切ではなかったということです。
上述のように、自社の講座でその内容を公知としているからです。これは、ある種のオープン戦略ともいえるでしょう。自社で講座を開いて、サービスの供給を拡大し、それにより需要を喚起していると考えられます。需要が喚起されると、自社への依頼も相対的に増加するという考えもあるのではないでしょうか。

このため、原告会社は、グンマジの解錠技術を講座で不特定の者に教える一方で、その技術を守りたいのであれば解錠技術に関する特許を取得するべきだったでしょう。また、グンマジの構造がオリジナルのものであれば、その構造の特許又は実用新案を取得するべきだったでしょう。
そうすれば、講座を受けた人が同じ解錠技術を使用する場合には、ライセンス許諾が必要となり、ライセンス収入を得ることも可能になるでしょう。また、従業員が独立する場合も同様であり、当然、ライセンスを与えないという判断も可能です。

一方、グンマジの解錠技術や構造が特許でいうところの新規性、進歩性を有していない場合には当該技術等は特許等で守ることはできません。その場合には、積極的な広告等により、自社の知名度を上げてブランド化することも考えられます。その過程で商標を取得することも必要でしょう。

このように、自社のビジネスに適した知財戦略は必要であり、それに応じて情報(技術)の営業秘密化又は特許化等を選択するべきです。

なお、本事件のように、従業員が退職することで競業避止義務違反と共に営業秘密侵害も併合して訴訟を起こす場合が散見されます。しかしながら、このような訴訟では、原告が主張する営業秘密侵害は多くの場合が苦し紛れの主張のように感じられ、裁判所において認められた場合がほとんどないかと思います。企業はこのようなことにならないように常に自社の保有情報(技術)、換言すると自社の強みはなんであるかを理解し、適切に守る必要があります。

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2018年11月7日水曜日

ボンバルディアと三菱航空機との事件から考えること

先日、ボンバルディアに在籍していた複数(92人?)の従業員を三菱航空機が採用し、それに伴いボンバルディアが開発した航空機の型式証明等に関する機密情報を不法に取得したとして、ボンバルディアが三菱航空機等をアメリカ、シアトルの連邦地裁に提訴したとの報道がありました。

日本企業が特許権の侵害によって外国企業から提訴される例は多々ありますが、機密情報の不正取得で提訴されることは少ないことだと思います。

本事件は、背景に三菱航空機が開発しているMRJが度重なる納期の延期を経ているものの、納入間近になっていることがあるかと思います。ボンバルディアにとって三菱航空機は小型航空機のライバル企業となりえる企業ですから、米国での型式証明の取得を阻止又は延期させることができればそれに越したことはない、という背景が見え隠れします。

とはいえ、三菱航空機側もボンバルディアに疑われるようなことがあったということでしょう。「技術者らはボンバルディア離職前に重要データを私用メールに送るなどし、機密情報を不当に漏らしたとしている。」との報道もあります。(朝日新聞:https://www.asahi.com/articles/ASLBQ30T8LBQUHBI00D.html)


ライバル企業から多量に若しくは一部門の従業員を丸ごと自社で採用するということはまれにあることかと思います。このような場合、ライバル企業も元従業員が他企業に転職したことは比較的簡単に知り得ることになるでしょう。
そして、ライバル企業の元従業員を多量に採用する企業の目的は、ライバル企業のノウハウや経験を有する人材を採用して、自社の技術開発等を促進させることかと思います。このような場合、当該ライバル企業の営業秘密が不正に持ち出される可能性は非常に高いのではないでしょうか?

ここで、日本において同様の事件がありました。2015年の自動包装機械事件です。

参考:過去の営業秘密流出事件

この事件は、原告企業の元従業員4人が競合他社である被告企業へ営業秘密(自動包装機の設計図)を持ち出して転職したものであり、被告企業の刑事責任も問われました。そして、被告企業は、営業秘密の取得に関与したとして、罰金1400万円の刑事罰を受けています。営業秘密侵害事件において、被告企業も刑事罰を受けた例は未だこの事件のみのようです。

ライバル企業から一時に複数の従業員を採用(引き抜き)することは違法ではないと考えられますが、採用された複数の元従業員も自分たちが採用された理由は分かっており、何が期待されるか、さらには早期に結果を出さないといけないというプレッシャーも感じるかと思います。
このような場合、ライバル企業の営業秘密を持ち出す可能性も高くなるかもしれません。
すなわち、ライバル企業から一時に複数の従業員を採用する企業は、当該ライバル企業の営業秘密が持ち込まれないように細心の注意を取る必要があるでしょう。
採用側の企業が求めてもいいことは、ライバル企業の元従業員達の経験や能力のみであり、ライバル企業の営業秘密ではないことを理解するべきです。間違ってもライバル企業の営業秘密の持ち出しを要求してはいけません。

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2018年2月8日木曜日

秘密情報を持ち出して転職しようとする従業員を懲戒解雇にすることは適切なのか?

近年、従業員が所属企業に対して退職の意思を伝えた後に、所属企業がこの従業員のパソコン等のアクセスログを調べて、営業秘密等の情報を持ち出していないかをチェックすることが行われています。

そして、実際に営業秘密の持ち出しが確認された場合には、就業規則等に基づいて懲戒解雇とする場合があります。

アルミナ繊維営業秘密事件(大阪地裁平成29年10月19日判決)もそのような事例です。
この判決文には、被告である原告の元従業員が懲戒解雇となるまでの経緯が以下のように記されています。
「(ア)被告は,平成25年5月22日,原告に対し,同年6月末をもって退職したい旨の意向を伝えるとともに,同月12日から同月28日までの有給休暇の取得を申し出た。
(イ)原告は,同年5月23日,被告の退職後の予定を聴取するため,被告と面談の機会を持った。その当時,原告は,被告が双和化成を含む原告の競業会社に転職することを危惧し,退職後の予定を被告に問いただしたりしていたが,被告は,退職後はしばらく無職ですごす予定であるなどと回答した。
(ウ)原告は,同年6月4日,原告訴訟代理人の土門高志弁護士の立合の上で,再度,被告に退職後に競業会社に転職する可能性も含めて,その予定を聴取した。また,同弁護士においては,被告に対し,競業避止義務等を内容とする誓約書に改めて署名するよう説得したが,被告は署名しなかった。
(エ)原告は,同月10日,被告に対し,さらに面談の機会を求め,その面談において,被告の退職申出の後,原告において進めていた調査により,被告が同年5月4日に本件外付けHDDを,被告業務用端末PCに接続したことが判明していることを指摘した。被告は,原告から疑われている作業は,原告退職のための整理作業であるとの説明をしていたが,原告から指摘された本件外付けHDDを接続した事実については知らないと答えた。
(オ)原告は,以上の経緯を踏まえ,被告による電子データの複製・持出行為等を理由として,同年6月29日付で被告を懲戒解雇処分とし,退職金も一切支給しなかった。

この事件では、結局、被告は原告の競合他社である双和化成に転職し、判決では原告の主張が認められ、被告に対する損害賠償請求が認められています。

アルミナ繊維営業秘密事件の他にも、刑事告訴に至った<日産モーターショー情報流出事件>も同様のようです。報道によると日産の元従業員は、退職を日産に告げた後に、日産の調査で営業秘密の持ち出しが確認され、懲戒解雇にされましたが、中国の自動車メーカーに転職しました。
参考:過去の営業秘密流出事件


上記事件だけでなく、営業秘密の持ち出しを理由に従業員を懲戒解雇し、その後に競合他社に転職された事例は実際には少なからずあるかと思います。
そして、上記事件のように、従業員は懲戒解雇されたとしても、結局、営業秘密を持ち出して競合他社に転職してしまいます。

いや、懲戒解雇されたことにより、所属企業に対する負い目が無くなるでしょうし、会社員が懲戒解雇されるということは非常に重いことであるため、事情を分かっているであろう競合他社以外に行く当てはなくなるかと思います。このため、懲戒解雇された元従業員は、確実に営業秘密を持ち出して競合他社へ転職するでしょう。

ここで、アルミナ繊維営業秘密事件において、原告は被告に対して、競合他社である双和化成に転職されることを危惧して、被告と複数回の面談を行っています。このことを鑑みると、被告は原告企業にとって優秀な人材であったのでしょう。
さらに、 判決文には「被告は,現在,原告と競合する双和化成の施設内で勤務しており,14畳程度の研究スペースを,賃料をまったく負担せずに無償で使用できるという利益提供を受けている」とあります。すなわち、双和化成も被告を厚遇しているようであり(他にも厚遇していると思われる記載があります。)、被告は転職先にとっても相当に優秀な人物なのでしょう。

また、日産モーターショー情報流出事件における日産元従業員は名前で検索すると、インタビュー記事のウェブサイトがあるほどの人物だったようです。

だからこそ、就業している企業の営業秘密へのアクセス権をも有し、厚遇を受けての他社への転職も可能なのだと思います。

では、このような従業員に対して、秘密情報を持ち出していることを理由に懲戒解雇するという判断は適切だったのでしょうか?
上述したように、懲戒解雇すると、ほぼ確実に自社の営業秘密を持って、競合他社に転職すると考えられます。このように営業秘密を既に持ち出し、かつ転職先を決めている従業員に対して、営業秘密を持ち出したことを理由とした懲戒解雇はこの営業秘密の漏えいの防止にはならないと考えられます。

では、営業秘密を既に持ち出し、かつ転職先を決めている従業員に対して、企業はどうすればよいのか?非常に難しいですね。

可能ならば、転職を思いとどまらせることでしょうか。転職の理由を解消させることで、転職を思いとどまるかもしれません。
考えられることは、待遇の向上でしょう。優秀な人材を引き留めるためには重要かと思います。
しかし、営業秘密の持ち出しを“人質”にして待遇向上の交渉が行われることは、企業としては不本意かとも思います。もし、それで待遇が向上し、それが社内に広まった場合には、他の従業員も同じことをしかねません。

現実的な方法として考えられることは、営業秘密の漏えいは法的責任を負うことの説明かと思います。
離職者に対して営業秘密の持ち出しは、民事的責任だけでなく、刑事的責任も負う可能性があることを十分に説明することです。

この説明においては、上述のアルミナ繊維営業秘密事件、日産モーターショー情報流出事件等の事例を挙げて、弁護士等の専門家同席のうえで実際に民事訴訟、刑事告訴の準備があることを説明しては如何でしょうか。
上記事件において各企業がそこまでの説明を行ったかは不明ですが、このような説明を受けると、多くの人は営業秘密の持ち出しに尻込みするかと思います。

しかしながら、営業秘密が実際に持ち出されてしまったら、民事訴訟を行おうが刑事告訴しようが、持ち出された企業側の負けではないでしょうか?
本来、秘密にしたい情報が流出したわけであり、その事実は覆らないのですから・・・。

2017年10月30日月曜日

転職者から他社の営業秘密を取得すること

私は弁理士や異業種の方と交流する席で、よく営業秘密の話をします。
これにより、営業秘密の話題には多くの人が興味を持っていることが分かる一方、
多くの人が営業秘密について十分に理解していないことも分かります。

営業秘密は、言葉としては多くの人が聞いたことがあるでしょうが、それを満たすための3要件や刑事罰の規定等、専門的なことが深く関わってくるため、多くの人が十分に理解していないことは当然のことだと思います。
だからこそ、ビジネスチャンスがあるのだと思うのですが。

営業秘密について話すと時々驚かれること、それは「転職者が前職の営業秘密を転職先に持ち込んではいけない」ということです。
すなわち、競合他社から転職者を受け入れるということの目的に一つには、その競合他社が保有している秘密情報を取得することもあるのではないかということです。

確かに、そのような目的意識を持つ企業もあるでしょう。
その結果、刑事事件になり転職者の受け入れ企業も刑事罰の対象となった事件が、「過去の営業秘密流出事件」にも挙げている<自動包装機械事件(2015年)>です。

この事件は、被告企業が、競合他社の元従業員4人を転職者として受け入れ、この競合他社の営業秘密を持ち出させた事件です。
この事件は、元従業員4人が逮捕されて全員が執行猶予付きであるものの懲役刑及び罰金刑が確定しています。また、この被告企業も1400万円の罰金刑が言い渡されています。
そして、この転職者と転職先企業である被告企業は、競合他社から民事訴訟も起こされています。


一昔前(不競法で営業秘密の刑事罰が規定された平成15年以前)であるならば、転職先企業が転職者に対して、前職企業の営業秘密を持ち込ませるようなことは少なからずあったと思います。
しかしながら、現在では転職者を介した不正な営業秘密の取得は、その転職者だけではなく、転職先企業も民事的責任及び刑事的責任を追及されることになります。

このように、企業は、転職者を介して競合他社の営業秘密を取得するという目的を持ってはいけません。もし、そのような目的も持っている企業があるならば、即刻やめるべきです。

その一方で注意が必要なことは、取得してはいけないものは「営業秘密」であって、「営業秘密」ではない、転職者が有している技術や知識、経験は、転職先企業が取得してもよいし、当然、転職者も転職先で開示・使用してもよいということです。

このために、転職者は、自身が知っている前職企業の営業秘密を正しく把握し、それを転職先で開示・使用しないことを心掛ける一方で、自身が取得している情報等のうち、何が前職企業の営業秘密でないかも正しく認識する必要があります。

また、転職先企業は、転職者の前職企業の営業秘密を開示・使用しないことに注意を払い、間違っても前職企業の営業秘密の開示・使用を求めてはいけません。もし、転職者が転職先企業からそのようなことを求められたら、それが犯罪であることを転職先企業に説明し、絶対に開示等してはいけません。万が一、転職先企業の求めに応じて転職者が、前職企業の営業秘密を開示等すると、逮捕される可能性もあるかもしれないからです。

以上のように、一昔前と現在とでは、営業秘密に対する考え方、法整備が異なっています。
このことを転職者と企業は正しく認識すべきであると思います。それが結果的に、転職者自身や転職先企業自身を営業秘密に関するトラブルから守ることになります。

2017年8月9日水曜日

営業秘密の流入出を恐れると転職できない??

私が営業秘密に興味を持ちだしたころ、営業秘密の流入出をおそれると転職できないのではないかと、問われたことがあります。

①転職者は、自身の知識や経験が前職の会社の営業秘密である可能性を恐れ、転職先で前職と同様の仕事ができないのではないか?
②企業側は、転職者の知識や経験が前職の会社の営業秘密である可能性を恐れ、転職者に前職と同様の仕事をさせられないのではないか?

そのころは、もしかしたら、営業秘密の保護はそういう側面もあるのではないかと思いましたが、今では、それは適当ではないと考えています。

そもそも、営業秘密は、秘密管理性、有用性、非公知性の3要件を満たすものです。
これを満たさない情報は、営業秘密としての保護は受けられません。
ここで、①に関しては、前職の会社が営業秘密の管理を適正に行っていれば、転職者は前職の営業秘密が何であるのかを認識できるので、転職者はその営業秘密を転職先で開示しなければいいだけです。
すなわち、転職者は、自身の能力と前職の営業秘密とを峻別できるので、前職の営業秘密を転職先で開示、使用することはないと考えられます。
ちなみに、転職者が前職で身に付けた通常の知識や経験は、そもそも非公知性を有していないと考えられ、営業秘密には該当しないと考えられます。
もし、前職の会社が、転職者の知識や経験のうち非公知性及び有用性を満たす「何か」を営業秘密としたいのであれば、それを営業秘密として管理して転職者に認識させる必要があります。

裏を返すと、企業は守りたい情報を営業秘密として管理しないと、守りたい情報を転職者に自由に持っていかれることになります。また、従業員に対して、営業秘密を理解してもらわないと、理解が不十分な転職者に営業秘密を持っていかれ、不要な争いを招きかねません。
例えば、営業秘密の理解が不十分な従業員は、もしかすると、その営業秘密であっても「自身が開発した技術に関するものであるから持ち出しても良い」と考え、転職時に持ち出すかもしれません。


一方、②に関しては、こちらの方が懸念が大きいかもしれません。転職者が営業秘密を十分に理解していたら、前職の営業秘密を持ち込むことはないでしょう。しかしながら、転職者が営業秘密を理解していない場合には、前職の営業秘密を転職先に持ち込む可能性があります。
これを防ぐためには、転職者に対して、転職直後に前職の営業秘密を持ち込まないとの誓約書に署名を求める、営業秘密を理解していないようであるならば転職直後に営業秘密に関する教育を行う等を行うことが考えられます。
なお、規模の大きい企業に限ることかもしれませんが、転職してしばらくの間(例えば数か月)、転職者を前職の職務とは関係ない部署に配属させ、その後本来従事してほしい職務(前職の職務と関係ある職務)に配属させるところもあるようです。これは、時間を置くことで、万が一前職の営業秘密が持ち込まれたとしても、既に非公知性を失っている等の状態となっていることを期待してのことだと思います。

あらためて思うこと、それは「営業秘密」が何であるかを個々が正しく認識することだと思います。
「営業秘密」=「会社が所有している情報(企業情報)」ではありません。
「営業秘密」=「秘密管理性、有用性、非公知性を備える情報」です。
企業は営業秘密に関する認識を正しく持ち、「自社から流出してはいけない情報」と「他社から流入してはいけない情報」とを峻別することで、離職者や転職者にも対応できるかと思います。