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2022年10月17日月曜日

退職時における秘密保持誓約書の効果

近年、自社の企業秘密(営業秘密)を持ち出さないように、退職者に対して秘密保持誓約書へのサインを求める企業が増え、世間一般として、これが奨励されているようにも思えます。
しかしながら、秘密保持誓約書にサインをしても営業秘密を持ち出す退職者もいることから、秘密保持誓約書へサインさせたからといって、自社の営業秘密を守れるとは限りません。また、秘密保持誓約書にサインをさせたからといって、自社が保有している情報が全て営業秘密になるわけではありません。

まず、秘密保持誓約書にサインをしても営業秘密を持ち出す退職者についてです。
このような退職者は、営業秘密に対する認識が甘いと考えられます。
すなわち、営業秘密を持ち出したとしても、それは今後の勉強のためであり、また、自身は転職先でも社長等の重要な役職者にはならないため、さほど問題ではないだとうとのような認識です。しかしながら、不正の利益を得る目的で営業秘密を持ち出したら刑事罰の対象になり得るので、役職には関係なく、また、転職時に持ち出したとなれば「不正の利益を得る目的」と判断される可能性が高いです。その結果、逮捕となり得ます。

ではこのような認識を改めさせるためにどうすればよいのか?
それは、秘密保税誓約書にサインを求める際に、退職時に営業秘密を持ち出すと刑事罰の対象となることを説明し、もし営業秘密の持ち出しがあった場合に、自社は刑事告訴を行うとのこと退職者に対して明確に示すことでしょう。また、退職者が既に営業秘密を持ち出しているのであれば、速やかにそのことを申し出ることも付け加えたほうが良いかと思います。
営業秘密を持ち出す人の多くは悪人ではなく、昨日まで一緒に仕事をしていた上司や部下又は同僚です。そして、営業秘密の持ち出しは自発的な行為です。そうであれば、営業秘密の持ち出しによって刑事罰の対象となることを明確に認識すると、ほとんどの人はそれを止めるでしょう。


さらに、秘密保持誓約書に実際にサインを行うか否かは退職者の自由であり、サインをしないからと言って退職できないわけではありません(就業規則等にサインを拒否した場合に退職金の減額等の規定が有れば、拒否し難いでしょうが。)。
しかしながら、サインをしなかったからといって、営業秘密を自由に持ち出せるわけではありません。営業秘密は秘密管理性、有用性、非公知性といった三要件の全てを満たす情報です。このような情報を退職時に持ち出すことは、秘密保持誓約書に対するサインの有無にかかわらず、刑事罰の対象となります。従って、退職時に前職企業から秘密保持誓約書を求められなくても、営業秘密の持ち出しは刑事罰の対象となります。

一方で、秘密保持誓約書にサインをさせたのだから自社の情報は全て営業秘密であると会社が認識していたら、それは会社側が営業秘密を理解していないことになります。
上記のように、営業秘密は三要件の全てを満たす情報です。このため、これら三要件を満たさない情報は営業秘密ではありません。秘密保持誓約書における秘密保持の対象が何であるかは実際の秘密保持誓約書の文言によるでしょうが、一般的な秘密保持誓約書であれば秘密保持の対象は不競法で規定される営業秘密となるでしょう。
そうであれば、上記三要件を満たさない情報を退職者が持ち出しても営業秘密の持ち出しとはなりません。このため、企業側は常日頃から自社の営業秘密とすべき情報がどのような情報であるかを認識し、当該情報が上記三要件を満たすようにしなければなりません。特に秘密管理性が不十分である場合が多々あるので、営業秘密としたければ当該情報の秘密管理性を満たすように管理するべきでしょう。
換言すると、退職者と秘密保持誓約書を交わしたということのみでは、情報の秘密管理性は認められる可能性は相当低いと考えられます。なお、従業員数が数人程度でどの情報が営業秘密であるかを全員が認識しているような場合は秘密保持誓約書のみで秘密管理性が認められる可能性はあると思いますが、これは例外的でしょう。
また、退職者に秘密保持誓約書を提示する際に、対象となる情報を慌てて秘密管理しても遅い可能性があります。もし退職者が既に当該情報を持ち出していた場合にはその後当該情報を秘密管理したとしても、持ち出した当該情報は営業秘密とはみなされない可能性があるためです。

以上のことから理解できることは、退職時の秘密保持誓約書は企業が自社の営業秘密を守るために重要な要素ではないということです。秘密保持誓約書の効果としては、退職者に営業秘密の持ち出しは不法行為であり、刑事罰の対象となることを認識させる機会を与える程度のものです。
すなわち、退職者は秘密保持誓約書の有無にかかわらず、営業秘密を持ち出してはなりませんし、企業は秘密保持誓約書の有無にかかわらず、営業秘密とする自社の情報を秘密管理等しなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年10月10日月曜日

かっぱ寿司の元社長による営業秘密漏えい事件(刑事事件)

先週からかっぱ寿司の社長による営業秘密の漏えい事件(刑事事件)が大きく報道されています。刑事事件としての営業秘密の漏えい事件は少なからず生じており、そのほとんどはニュース記事で少し取り合げられるだけで、大きく話題になることはありません。
かっぱ寿司の事件が大きく報道される背景としては、逮捕された社長が競合他社であるはま寿司の元取締役であり、かっぱ寿司とはま寿司は共に回転ずしチェーンとして多くの人に身近な存在であると共に、ライバル企業である、という背景があるためでしょう。

ここで、営業秘密の漏えいは”元従業員”が行う場合が多いと思われるかもしれませんが、部長以上の役職を持つ者が転職時に前職の営業秘密を持ち出す事件も多くあります。役職を有する者は多くの営業秘密に対するアクセス権限があるでしょうし、その営業秘密の有益性もよく理解しているでしょう。また、転職先でも好待遇の場合が多いでしょうから、転職先での成果をより求められるというプレッシャーも感じるでしょう。

例えば、日本ペイントデータ流出事件は、日本ペイントの元執行役員が競合他社である菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの営業秘密を持ち出しています。また、リフォーム事業流銃事件では、エディオンの元部長が転職先の上新電機に営業秘密(リフォームに関する商品仕入れ原価や粗利のデータ等)を漏えいしています。これらの事件では、共に執行猶予付きですが懲役刑となっています。
営業秘密の漏えい事件では、執行猶予が付く場合が多いですが、被害企業の損害が多い場合等には執行猶予がつかない場合もあります。本事件は、食材の原価や取引先の情報等が営業秘密のようであり、これらの情報が回転ずしチェーン店にとって重要であることは想像に難くありません。そうすると、はま寿司の損害が大きいと裁判所に判断され、元社長は執行猶予がつかない懲役刑となる可能性もあるかもしれません。

参考ブログページ


また、前社長は、不正に持ち出した営業秘密をかっぱ寿司社内で開示して、かっぱ寿司はそれを使用していたという疑いがあります。

ここで、営業秘密を不正に持ち出して他社に転職した者には、大きく分けて下記の2パターンがあると思います。
・第1パターン:営業秘密を持ち出したものの転職先等で開示しないパターン
・第2パターン:営業秘密を持ち出して転職先で開示しするパターン

第1パターンは、例えば、不正に持ち出した営業秘密を転職先で開示するきっかけが無かったのかもしれませんし、開示しなければ罪に問われないと思って開示しなかったのかもしれません。何れにせよ、不正に持ち出した者は罪に問われる可能性がありますが、持ち出された企業は実質的な損害は生じないでしょう。

第2パターンは、さらに2パターンに分かれるかと思います。
・第2パターンA:転職先企業が開示された他社の営業秘密を使用しない。
・第2パターンB:転職先企業が開示された他社の営業秘密を使用する。
第2パターンAは、転職先企業が営業秘密の流入リスクを理解している場合でしょう。営業秘密の流入リスクを理解していなければ、転職者が良い情報を持ってきてくれたと考え、第2パターンBとなるでしょう。
また、第2パターンAの場合は、転職先企業が営業秘密の漏えい元(転職者の前職企業)に問い合わせる場合もあり、そうすることで営業秘密の漏えいに自社が関与していないことを証明することにもなるでしょう。

一方、第2パターンBは、不正に持ち出された営業秘密を転職先が使用することになるので、この転職先も罪に問われる可能性があります。この場合、転職先企業は億単位の罰金刑となる可能性があり、当然、社会的信用も大きく失われるでしょう。
さらに、それだけに留まらず、被害企業から民事訴訟を提起され、損害賠償や当該営業秘密の使用差し止めを求められる可能性があります。損害賠償の額も億単位になる可能性がありますし、何より営業秘密の使用差し止めはその後の経営に大きな影響を与える可能性があります。

今後、被害企業であるはま寿司はかっぱ寿司に対して損害賠償及び営業秘密の使用差し止めを求めて民事訴訟を提起する可能性が相当高いと思われます。
報道によるとかっぱ寿司は、「はま寿司のデータと自社の商品を比較して、商品開発に利用する」等していたようです。そうすると、営業秘密の使用差し止めが裁判所によって認められた際には、当該商品は今後販売できない可能性もあるでしょう。また、はま寿司から持ち出された営業秘密には、はま寿司の取引先に関する情報も含まれていたようです。もし、この営業秘密を用いてかっぱ寿司が新たな取引先を開拓していたらどうなるのでしょうか?その取引先とは今後取引をしてはならないのでしょうか?不正に取得した営業秘密を使用してはならないとは、いったいどの範囲までのことになるのか私もよく分かりません。

このように、転職者によって転職先企業に営業秘密が持ち込まれ、転職先企業がそれを使用したとすると転職先企業が多大なる損害を被る可能性があります。
したがって、企業は営業秘密の漏えい(流出)リスクと共に流入リスクも意識しなければなりません。例えば、転職者が前職企業の社名等が表示された資料を開示したとすると、それは高い確率で不正に持ち込まれた営業秘密である可能性があります。このような場合には、当該情報を使用しないだけでなく、自社内で当該情報が広まらないように対応すると共に転職者から当該情報の入手経路を確認し、もし前職企業の営業秘密である場合には前職企業に問い合わせるべきでしょう。また、転職間もない転職者が自社で得たとは思えないような情報を開示した場合にも同様です。

このため、企業は転職者が転職間もない時期に開示する情報には特段の注意が必要であり、自社内で作成されたと思えない情報はその入手経路を確認しなければなりません。転職者が部下や同僚であれば、入手経路を確認し易いでしょうが、転職者が上長さらには社長であっても躊躇してはならないでしょう。
万が一、開示された情報が他社の営業秘密であり、それを使用すると自社が責任を負うことになるでしょうし、もしかしたら、自身も逮捕されるかもしれません。現に、本事件では、元社長だけでなく、かっぱ寿司の部長職の人物も逮捕されています。自社に営業秘密が不正に持ち込まれると、それを知って使用した場合には自身も逮捕される可能性を意識しなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年9月18日日曜日

判例紹介:新規製品の開発・製造委託の取りやめ 宅配ボックス事件(秘密管理性)

自社製品の開発・製造を他社に委託することは一般的に行われていることです。しかしながら、実際に製造・販売までに至らず、途中で取りやめになることも少なからずあるでしょう。
今回紹介する判例(東京地裁令和4年1月28日判決 事件番号:平30(ワ)33583号)は、そのような事例についてのものです。

本事件の概要は以下の通りです。
①平成29年5月8日頃に原告が被告から、被告が販売する樹脂製の新規の宅配ボックスの開発・供給の引き合いを受ける。
②初回ミーティング後に、本件新製品の企画が外部漏洩するおそれを極力なくすため、被告は原告に対して機密保持契約の締結を提案し、平成29年5月19日までにその契約書の雛形を電子メールに添付して送信した。その後、被告は被告の押印済みの機密保持契約書を原告に2部郵送し、原告の押印済みのものを1部返送するように依頼した。原告は、原告の押印済みの同年6月20日付けの機密保持契約書を1部保持している。
③平成29年9月4日に原告の従業員Aは、Mタイプの製品に係るCADシステムのデータである本件データ1を、同月7日にSタイプの製品に係るCADシステムのデータである本件データ2を、それぞれ被告の従業員Bに電子メールで送信した。
④平成29年7月から9月初めにかけて、被告作成のモックアップの試験が行われ、原告と被告との間で、納期、コスト、仕様等の点で意見の食い違いがあり、仕様変更を含めた本件新製品の製造に関する打合せが繰り返し行われた。
⑤平成29年9月18日に、原告は本件新製品の製造費用についての同月14日付けの見積書を電子メールに添付して送信した。原告と被告とは、本件新製品の組立てに要する費用を原告が負担するか否か等の条件面での意見が一致せず、被告は本件新製品の製造を原告に発注するのを取りやめることとし、原告と被告との間での本件新製品の開発プロジェクトは同月中に終了することとなった。
⑥平成29年10月9日に、原告は本件プロジェクトが終了したことを受けて、被告に対し,本件新製品の「設計費・機会損失額」として合計1699万2800円の支払を求める旨の見積書を電子メールに添付して送信するものの、「設計費・機会損失額」の支払義務の有無及び額については合意に至らなかった。
⑦少なくとも平成30年7月25日頃から令和2年3月末までの間、被告は、被告製品を製造し、被告製品の譲渡を行った。

以上のような経緯があり、原告の営業秘密である本件データ1,2を使用して被告が被告製品を生産、譲渡及び譲渡のための展示を行ったことは、不正競争に該当するとして、原告が被告に対して差し止めや損害賠償を求めました。
この事件の結論からすると、被告による被告製品の生産等は、原告の営業秘密である本件データ1,2を不正に使用したとして、原告による差し止めや損害賠償請求(610万1962円)が認められました。


次に、本件データに対する秘密管理性、有用性、非公知性に対する裁判所の判断についてです。本事件は原告の勝訴となっているので、当然、これらはすべて裁判所によって認められています。

秘密管理性について、裁判所は「原告内部における秘密管理の状況」、「被告との関係における秘密管理の状況」という2つの視点から判断しています。

「原告内部における秘密管理の状況」について、裁判所は下記のことから本件データの秘密管理性を認めています。
①従業員に対して就業規則によって機密保持義務を課していた。
②技術的アクセス制限を含む社内ネットワークを構築していた。
③技術情報をサーバ上の所定のフォルダに保存し、アクセス制限を設けていた。
④本件データも技術部用のフォルダに保管されていた。

次に「被告との関係における秘密管理の状況」についてです。
ここで、本件データに対する「被告との関係における秘密管理」に対して、被告は2つの主張を行ったようです。
①被告は、原告から押印済みの本件機密保持契約書の返送を受けなかったとして、本件機密保持契約は締結されていないと主張。
②本件データには、これが営業秘密であることの記載や閲覧のためのパスワードの設定はされておらず、また、本件データを送付した電子メールの本文にも本件データが営業秘密である旨の記載はされていなかった。

①の機密保持契約についてですが、裁判所は以下のようにして原告と被告との間で機密保持契約は成立していたと判断しています。
❝本件プロジェクトが終了するまでに,被告から原告に対して本件機密保持契約書の返送がないと指摘したり,原告が被告に本件機密保持契約の締結に応じないとの態度をとったりしたとの事実を認めるに足りる証拠はない。したがって,本件機密保持契約は,遅くとも原告が保管する本件機密保持契約書(甲4)の作成日である平成29年6月20日頃までには成立していたものと認めるのが相当である。❞
②については、本件データには確かに営業秘密であることを示す措置は直接的に行われていませんでした。しかしながら、裁判所は、下記のように、原告と被告との間における本件データの秘密管理性を認めています。
❝原告と被告との間でやりとりされた本件新製品に関する企画書,図面,見積書等には秘密である旨が明示されているものとないものがあったところ,前記イ(ウ)のとおり,原告が被告に対して送付したモックアップ用の別の3Dデータについて,秘密である旨の表示がなくても,これを受領した被告従業員が秘密であることを前提とした行動を取っていたものである。そうすると,前記イ(エ)のとおり,本件データの送付の際にこれが秘密である旨が明示されていなかったことを考慮しても,本件データを受領した被告において,本件データが秘密として管理されていることは容易に認識可能であったというべきである。
なお、上記の「秘密である旨の表示がなくても,これを受領した被告従業員が秘密であることを前提とした行動を取っていた」とは、以下のような行動です。
3Dデータの送信の際に原告はこれらのデータが秘密である旨の表示はしていなかったが,同月27日に送信されたデータを受領した被告従業員Cは,同月29日,原告従業員のAに対し,「頂きました図面データですが,先日のお打ち合わせの際にご説明させて頂きましたIOT化に向け,センサーの組み込みや通信機器の設置場所の検討にあたり,パートナーに共有させて頂いても宜しいでしょうか?/先方とはNDAを締結済みです。」と尋ねる電子メールを送信した(甲6,8,13,乙20,21)。❞
すなわち、秘密であることの表示がない3Dデータに対して、被告従業員Cはそれが秘密であるとの認識のもとにパートナーと共有しているのであるから、この3Dデータと直接的に関係のある本件データに対しても秘密であることは認識できていた、とのように裁判所は判断しています。

営業秘密とする情報に秘密管理性を求める理由は、当該情報の保有者に無断で当該情報を持ち出したり、使用等すると不正競争行為となる、ということを当該情報に触れた者に予測させるためです。
そのように考えると、たとえ、本件データに直接的に秘密である旨の表示が無くても、原告から被告への本件データを送信前後における他のデータの秘密管理の状態を考慮して総合的に判断することは妥当であると思われます。
また、新規製品の開発・製造の委託においては、様々なデータが取引先との間で行われます。その場合に、一部のデータに対して秘密である旨の表示やパスワード管理等が不十分だからとして、当該データの秘密管理性が否定されてしまうと、それは営業秘密の保有者にとって不合理であるといえるでしょう。
とはいえ、やはり、このようなトラブルを未然に防止するためにも、自社の営業秘密を他社に開示する場合には、その秘密管理性が保たれるように十分な注意が必要です。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年6月6日月曜日

判例紹介:特許における公然実施と秘密保持との関係

今回は、特許権の侵害訴訟において、秘密保持義務の有無が争点の一つとなった裁判例(東京地裁令和3年10月29日 平31(ワ)7038号・平31(ワ)9618号)について紹介します。

本事件において、原告が被告に侵害されたとする特許権は、特許第5697067号(グラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材)の特許に係る特許権1、及び特許第5688669号(グラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材,これを含有するグラフェン分散液及びグラフェン複合体並びにこれを製造する方法)の特許に係る特許権2です。

特許権1の請求項1は下記の通りです。
❝【請求項1】
  菱面晶系黒鉛層(3R)と六方晶系黒鉛層(2H)とを有し、前記菱面晶系黒鉛層(3R)と前記六方晶系黒鉛層(2H)とのX線回折法による次の(式1)により定義される割合Rate(3R)が31%以上であることを特徴とするグラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材。
  Rate(3R)=P3/(P3+P4)×100・・・・(式1)
  ここで、
  P3は菱面晶系黒鉛層(3R)のX線回折法による(101)面のピーク強度
  P4は六方晶系黒鉛層(2H)のX線回折法による(101)面のピーク強度
である。❞
特許権2の請求項1は下記の通りです。
❝【請求項1】
  菱面晶系黒鉛層(3R)と六方晶系黒鉛層(2H)とを有し、前記菱面晶系黒鉛層(3R)と前記六方晶系黒鉛層(2H)とのX線回折法による次の(式1)により定義される割合Rate(3R)が40%以上であることを特徴とするグラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材。
  Rate(3R)=P3/(P3+P4)×100・・・・(式1)
  ここで、
  P3は菱面晶系黒鉛層(3R)のX線回折法による(101)面のピーク強度
  P4は六方晶系黒鉛層(2H)のX線回折法による(101)面のピーク強度
である。❞
上記請求項からも分かるように、本件発明は素材に関する発明であり、発明を実施した製品が販売等されても、一見して当該製品が各特許権に係る発明を実施したものであるか否かの判断が難しいものです。

そして裁判所は、被告の製品は本各発明の技術的範囲に属すると判断しています。
しかしながら、被告は、本件特許出願前から現在と同一の被告製品を製造販売しているから、本件各発明が公然実施されていたと主張しています。

これに対して、原告は下記のように主張しています。
❝ ア 公然実施の成立要件について
 公然実施とは,発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいう。したがって,明示的な秘密保持契約(秘密保持条項)がある場合はもちろんのこと,黙示ないし信義則上の秘密保持義務がある場合や,工場内等の狭い領域でしか認識できない場合には,公然実施は成立しない。
 また,実施品を外から見たり入手したりしても,発明の内容を知り得ない場合には,公然実施に該当しない。例えば,発明の実施品が市場において販売されたものの,実施品を分析してその構成ないし組成を知り得ない場合には公然実施には当たらない。
  イ 秘密保持義務について
 被告各製品などの黒鉛粉末製品は,いずれも企業同士で取引されるものであり,一般消費者に販売されるような市販品ではない。企業同士の取引では,通常,秘密保持契約を締結するか,基本契約等において秘密保持条項が設けられることは,周知の事実である。そして,原材料は製造業において営業秘密そのものであり,黒鉛製品のような原材料の売買契約等においては秘密保持条項が設けられている(甲A82)。取引当事者双方がこれにつき秘密保持義務を負わない場面は通常は想定できない。
 実際,原告と日本黒鉛工業が平成25年10月31日に締結した機密保持契約(甲A95)では,「受領者は,開示者の書面による承諾を事前に得ることなく,機密情報を分析または解析してはならない。また,機密情報の分析結果および解析結果も機密情報として取り扱うものとする。」(4条)と定められており,リバースエンジニアリングが禁じられていた。また,被告らは,本件訴訟において,多くの主張書面や書証の一部について,営業秘密であることを理由に閲覧等制限の申立てをしている。
 そうすると,被告ら,日本黒鉛ら及び中越黒鉛が本件特許出願前に本件各発明を実施した製品を製造販売していたとしても,取引の相手方は秘密保持義務を負っていたから,本件各発明が公然と実施されたとはいえない。
  ウ 本件各発明の実施能力について
 取引の相手方は,たとえ被告らから黒鉛製品を入手したとしても,X線回折法による測定及び解析を行わなければ,Rate(3R)を内容とする本件各発明の内容を知り得ないから,公然実施が成立するためには,X線回折法による測定及び解析ができる者でなければならない。
 しかし,企業が費用や労力,時間をかけてまで外部の専門機関に測定及び解析を依頼するには,相応の必要性の説明の下,社内の相応の決裁を受ける必要があり,そのような手続を経ることなく依頼することはないから,専門機関にX線回折法による測定及び解析を依頼する具体的可能性はなかったというべきである。
 したがって,第三者が被告ら,日本黒鉛ら及び中越黒鉛から本件各発明を実施した製品を取得したとしても,当該第三者は,本件各発明の構成ないし組成を知り得なかったから,本件各発明が公然と実施されたとはいえない。❞

しかしながら、裁判所はこのような原告の主張をいずれも認めませんでした。
まず、裁判所は、公然実施の判断基準を下記のように述べています。
❝ア 判断基準について
  法29条1項2号にいう「公然実施」とは,発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいい,本件各発明のような物の発明の場合には,商品が不特定多数の者に販売され,かつ,当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん,外部からそれを知ることができなくても,当業者がその商品を通常の方法で分解,分析することによって知ることができる場合も公然実施となると解するのが相当である。❞
そして、原告が主張する「実施品を分析してその構成ないし組成を知り得ない場合には公然実施には当たらない。」という点に関しては、以下のように判断しています。
❝本件特許出願当時,当業者は,物質の結晶構造を解明するためにX線回折法による測定をし,これにより得られた回折プロファイルを解析することによって,ピークの面積(積分強度)を算出することは可能であったから,上記製品を購入した当業者は,これを分析及び解析することにより,本件各発明の内容を知ることができたと認めるのが相当である。❞
これをもって裁判所は、本件各発明は、その特許出願前に日本国内において公然実施されたものであるがら、いずれも無効である、と判断しています。

また、原告が主張する秘密保持義務については、下記のように認定し、被告等への黙示又は信義則上の秘密保持義務の存在は認めていません。
❝証人Zは,日本黒鉛工業が黒鉛製品を販売するに当たり,購入者に対して当該製品の分析をしてはならないとか,分析した結果を第三者に口外してならないなどの条件を付したことはないと証言するところ,この証言内容に反する具体的な事情は見当たらない。また,被告ら,日本黒鉛ら及び中越黒鉛が,その全ての取引先との間で,黒鉛製品を分析してはならないことや分析結果を第三者に口外してはならないことを合意していたことをうかがわせる事情はない。❞
また、裁判所は、被告製品の販売等に関連する契約書には各々下記の記載があることを認めています。
・取引基本契約書(甲A82)の38条
甲および乙は,本契約および個別契約の履行により知り得た相手方の技術情報および営業上の秘密情報(目的物の評価・検討中に知り得た秘密情報を含む)を,本契約の有効期間中および本契約終了後3年間,秘密に保持し,相手方の書面による承諾を得ることなく第三者に開示または漏洩せず,また本契約および個別契約の履行の目的以外に使用しないものとする。
・機密保持契約書(甲A95)の3条1項
受領者は,開示者の書面による承諾を事前に得ることなく,機密情報を第三者に開示または漏洩してはならない。
・取引基本契約書(乙A123)の9条
甲および乙は,相互に取引関係を通じて知り得た相手方の業務上の機密を,相手方の書面による承諾を得ないで第三者に開示もしくは漏洩してはならない。

しかしながら、裁判所は各契約書に記載の「相手方の技術情報および営業上の秘密情報(目的物の評価・検討中に知り得た秘密情報を含む)」、「機密情報」及び「相手方の業務上の機密」に、購入した被告製品が含まれるかは明らかではなく、黒鉛製品をX線回折法による測定により得られた回折プロファイル、さらにはこれを解析して得た積分強度が秘密として管理されてきたことや有用な情報であることをうかがわせる事情は見当たらない、として、被告製品を分析することについて契約上の妨げがあったとはいえない、と判断しています。

このような裁判所の契約書に対する判断は、営業秘密侵害における秘密保持契約書に対する判断と同様であると思います(本事件は被告に秘密とする意思はなかったものですが)。すなわち、取引先との契約書において、秘密とする対象が明確でなく包括的な契約書によってはその秘密保持義務が認められ難いということです。換言すると、包括的な秘密保持契約のみを締結し、その後、恣意的に秘密保持の対象を定めようとしても、それは裁判において認められないということでしょう。

なお、もし被告製品に対して分析を禁して秘密保持義務を課すような契約が締結されて販売等されていたら、公然実施とは判断されない可能性があるのかもしれません。しかしながら、その場合であっても、少なくとも被告には先使用権が認められるでしょう。なお、本事件では、被告は先使用権についても主張していますが、裁判所は公然実施による無効理由があるとして、先使用権の判断は行っていません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年5月18日水曜日

ー判例紹介ー 商慣習及び信義則による秘密保持義務は認められるのか?

今回は、取引先に対する商慣習及び信義則による秘密保持義務について争った判例(東京地裁令和3年12月23日判決 令元(ワ)18374号)を紹介します。

本事件の原告と被告(被告ベアー等)との関係は以下のとおりです。なお、被告は他にもいますが、今回紹介する内容については直接的な関係はないので省略します。

・原告及び被告は平成23年8月5日に、被告が原告に対し鎖骨骨折の治療に用いるチタン製のインプラント(以下「鎖骨プレート」という。)を販売することとして、鎖骨プレートの取引を開始した。
・原告は、訴外メディカルネクスト社が販売していたリングピンの後発医療機器として「JSピン」と名付けた骨治療用のリングピンを製造販売することについて、平成26年7月31日に厚生労働大臣の承認を受け、被告はJSピンを製造して原告に供給し、原告は同年9月以降、JSピンを医療機関等に販売した。
・被告は、平成29年に自らが製造販売元となってリングピンを製造販売することとし、同年5月8日,その製造販売について厚生労働大臣の承認を受け、同年6月から「STRピン」と名付けた各被告商品を含むその製造や販売を開始した。
・被告は、平成30年6月29日,原告に対して本件鎖骨プレート契約を更新しない旨の申出をし、本件鎖骨プレート契約は同年8月4日に期間満了により終了した。原告と被告は、その後も鎖骨プレートについて現金で決済する取引を継続したが、原告は平成30年11月30日に被告ベアーとの間の鎖骨プレートの取引を中止した。

このような経緯があり、原告は以下のように主張しました。
❝被告は,商慣習及び信義則により原告との間で秘密保持義務を負っているにもかかわらず,原告と取引関係にあった際に知り得た原告の営業秘密である各原告商品に係る製品情報を利用して,各被告商品を製造販売し,原告の取引を妨害した。❞
これに対して裁判所は判断は以下のとおりです。
まず、裁判所は以下のように被告はJSピンの共同開発者であると認定しています。
❝当初のJSピンから各原告商品への変更は原告が得た情報を契機とするものであるが,被告は,各原告商品の形態の開発について,自ら費用,労力等を負担したといえるのであって,各原告商品について,少なくとも共同開発者であったというべきである。❞
そして、裁判所は、被告が共同開発者であると認定したうえで、以下のように原告の主張を認めませんでした。
❝被告は,各原告商品について少なくとも共同開発者の立場にあったものであり,自ら費用と労力を負担して行った上記の開発に基づいて,各被告商品を製造販売しているにすぎないといえる(前記3)し,上記の開発における秘密の保持やその後の製造販売等について,原告と被告ベアーとの間に特段の合意はなかった(前記1⑸)。したがって,被告が,原告の営業秘密である各原告商品に係る製品情報を利用して各被告商品を製造販売しているとは認められないし,原告の取引を違法に妨害しているとは認められない。❞

このように裁判所は、原告と被告との間で特段の合意はなかったとし、原告が主張するような、商慣習及び信義則による秘密保持義務を認めませんでした。


本事件と同様に秘密保持契約を締結しなかったものの、商慣習や信義則といったことに基づいて被告に秘密保持義務があると原告が主張した事件は既にあります。

例えば、上記参考論文にも記載している金型技術情報事件(知財高裁平成 27 年 5 月 27 日判決 事件番号:平成 27 年(ネ)第 10015 号,東京地裁平成 26 年 12 月19 日判決 事件番号:平成 25 年(ワ)第 26310 号)において、原告(控訴人)は以下のように陳述書で主張しています。
❝控訴人の取引する業界では,お互いにそれぞれの有する技術ノウハウを尊重しており,契約の成約時に秘密保持契約を締結していること,成約までの過程で技術資料の交換を行うことはあるが,その際,いちいち秘密保持契約を締結するわけにはいかないため,成約時に契約すること,その間は当事者同士が互いに秘密を守ってきている❞
しかしながら、このような主張に対して裁判所は下記のようにその秘密管理性を否定しています。
❝陳述書の記載は,本件において,控訴人が被控訴人に開示した技術情報について,これに接する者が営業秘密であることが認識できるような措置を講じていたとか,これに接する者を限定していたなど,上記情報が具体的に秘密として管理されている実体があることを裏付けるものではない。❞
このような判断は、今回紹介した事件と同様の判断であり、営業秘密における秘密管理性においては、商慣習や信義則による秘密保持義務といったものは認められないことが分かります。
すなわち、取引先に対する秘密保持義務は、秘密保持契約等による客観的に判断が合意が必要です。この秘密保持契約に関しても、秘密保持の対象となる情報が何であるかが特定できていない包括的な内容であれば、その秘密保持義務の対象となる情報が狭く判断される可能性が有り(秘密保持義務の対象が実質的に営業秘密の範囲内となる)、注意が必要かと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年8月22日日曜日

判例紹介:他社に業務委託して顧客にサービスを提供する場合(秘密保持契約)

自社のサービスを他社に業務委託し、当該他社を介して顧客に提供するという事業形態も多々あるかと思います。今回は、そのような形態の営業秘密に関する裁判例(令和3年3月26日東京地裁判決 平成31年(ワ)4521号)を紹介します。

本事件の原告会社は、経営者を対象に「すごい会議」と称する会議の手法を用いたコンサルティング業務を行うこと等を目的として原告Aによって設立されました。原告Aは、原告会社の設立前に株式会社すごい会議を設立し、すごい会議の手法を用いて経営者に対してコンサルティング業務を行っていましたが、原告会社がこれを引き継いだという経緯があります。また、原告A及びすごい会議社の従業員であるCは、社外のマネジメントコーチがいなくても,社内会議において社員だけですごい会議が運用できるようにするため,本件各ノウハウを含むすごい会議の手順等を記載した「すごい計画作成キット」と題するマニュアルを制作しました。

一方で被告Bは、すごい会議社との間で「すごい会議ライセンシング契約書」と題する書面を取り交わし、すごい会議のマネジメントコーチとしての業務委託を行いましたが、同業務委託はその後終了しています。そして、被告Bは「中小企業が使いやすく,日本が本来持っている組織力を引き出す会議のやり方がないか」との考えから、侍会議の手法を開発し、被告ヴァンガード社を設立して侍会議のワークショップを行うセミナー事業や侍会議を行うファシリテーターの育成研修を行う研修事業を開始しました。

上記のような経緯のもと、本件ノウハウは原告会社が保有する営業秘密に当たり、被告Bは本件各ノウハウを被告らが提供する会議運営手法に関するコンサルティングサービス等に使用し、被告会社らに開示して不競法2条1項7号が規定する不正競争を行った等として、原告が被告に対して訴訟を提起しました。

ここで、原告は本件ノウハウの秘密管理性を下記のように主張しています。
❝原告会社は,本件各ノウハウを,限られたライセンシー及びライセンシーが認めるマネジメントコーチにしか開示していない。そして,原告会社は,被告Bを含む全てのライセンシー及びライセンシーが認めるマネジメントコーチとの間でライセンス契約を締結しているところ,当該契約に係る契約書(以下「本件ライセンス契約書」という。)の18条により,本件各ノウハウについて,ライセンシー側に守秘義務を課している。
さらに,原告会社は,マネジメントコーチに対し,顧客にすごい会議のコンサルティングサービスを提供する際に「費用と条件に関する合意書」(以下「本件合意書」という。)を取り交わすよう指導している。そして,本件合意書には「全ての会議内容は厳格に秘密扱いといたします。必要に応じて,クライアント様の間で,秘密保持契約を交わすことも可能です」との条項があるから,原告会社は,マネジメントコーチが顧客と本件合意書を取り交わすことを通じて,当該顧客から,本件各ノウハウを含む全ての会議の内容を厳格に秘密扱いにすることの約束を取り付けていることになる。❞
この原告の主張のとおりであれば、原告は秘密保持契約を締結して被告に本件ノウハウを開示しているので、本件ノウハウは秘密管理性を満たしているようにも思えます。しかしながら、裁判所はこの主張に対して以下のように判断しました。
❝・・・,すごい会議社が被告Bとの間で取り交わした「すごい会議ライセンシング契約書」(甲14)において,「乙(被告B)または甲(すごい会議社)が本契約を履行する上で,知るにいたった秘密情報を,乙及び甲は,秘密情報の開示者の了解なしに第三者に開示することはできない。」などとする条項はあるものの(18条),具体的にいかなる情報が「秘密情報」に該当するかについての記載は見当たらない。そうすると,上記契約書の存在は,すごい会議社や原告会社がマネジメントコーチに対して本件各ノウハウを秘密と扱うよう求めていたことの根拠にはなり得ないというべきである。
また,・・・,「費用と条件に関する合意書」(甲18)においては,原告会社が指摘するとおりの条項が含まれるものの,本件各ノウハウが秘密として管理されていることを具体的に指摘する内容の記載は見当たらない。かえって,原告会社が指摘する上記条項は,「会議内容」を秘密扱いとすること及び「秘密保持契約を交わすことも可能」であることという記載に照らし,すごい会議を指導するマネジメントコーチが顧客側の情報を秘密として扱うことを約するものであると解釈するのが自然である。そうすると,上記合意書の存在は,原告会社がマネジメントコーチを通じて顧客に対し本件各ノウハウを秘密と扱うよう求めていたことの根拠にはなり得ないというべきである。❞
このように、裁判所は、①「ライセンシング契約書」では秘密保持の対象がどのような情報であるのかが特定されていないこと、②「費用と条件に関する合意書」では秘密保持の対象が本件ノウハウではないとして、原告主張の秘密管理性を認めませんでした。

特に①については、秘密保持契約等において、その対象が何であるかを明確に特定する必要があることは、従業員に対する就業規則の秘密保持条項等でも指摘されていたことです。取引先(本件では業務委託先)と締結する場合でも、秘密保持契約において何がその対象となるのかを特定する必要があります。包括的な秘密保持契約では万が一の場合に何ら意味を成さない可能性があります。


さらに、本件ノウハウの秘密管理性について裁判所は以下のようにも判断しています。
❝・・・本件各ノウハウは,原告会社が顧客に提供する商品そのものというべきものであって,原告会社の上記サービスに係る顧客であれば,何人でも接することができる性質の情報である。しかも,本件各ノウハウは,会議の進め方に関するノウハウであるから,その性質上,原告会社の担当者,原告会社から業務委託を受けたマネジメントマネジャー及びすごい会議についての指導を直接受けた者のみならず,原告会社によるコンサルティングサービスの提供を受けた顧客が実施する会議に参加する者に対し,広く使用されることが当然の前提とされる情報である。そうすると,本件各ノウハウは,不特定多数の者が接することが可能であり,かつ,接することが予定された性質の情報であるといえる。しかるに,本件全証拠によっても,原告会社と顧客等との間に秘密保持契約を締結するなど,原告会社において,本件各ノウハウにアクセスすることができる者の範囲やアクセスの方法を制限する措置を講じているといった事実は認められない

❝原告ワークブックは,本件各ノウハウを記載した媒体の一つであるところ,前記前提事実(3)のとおり,そもそも,原告ワークブックは,社外のマネジメントコーチがいなくても,すごい会議を導入した会社の従業員だけで,すごい会議を進行できるようにするという目的で作成されたものであるから,会議に参加する従業員に広く共有されることが前提とされたものといえる。そして,原告ワークブックにおいて,そこに記載されたノウハウが秘密として管理されていることを示す記載は見当たらない。❞ 

このように、本件ノウハウについて、顧客に対して秘密保持契約を求めたり、原告会社内において秘密管理していたという事実もないと裁判所は判断しています。本件ノウハウは社内での秘密管理性が認められないので、業務委託先との関係においても秘密管理性が認められないことは当然のことでしょう。

本事件は、原告の業務委託先が当該委託業務の経験を生かして原告の競合となったため、原告にとっては納得しがたい気持ちはあるでしょう。しかしながら、このようなことは想定されることです。
そのため、自社のサービスのうち、どの様な情報が核心部分であるのか?、その核心部分は秘匿化できるのか?、秘匿化するのであれば情報をどのように特定するのか?、当該情報に触れる者に対して確実に秘密保持契約を締結できるのか?、このようなことを熟考してビジネス展開を行うべきでしょう。その過程で、状況によっては他社に対する業務委託は断念し、自社だけでビジネス展開を行うという決断に至るかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年5月16日日曜日

退職者に対する秘密保持契約の理解は正しい?

最近、営業秘密侵害の刑事事件の増加に伴い、退職者に対する秘密保持契約の必要性に言及した報道も目に付くようになりました。
しかしながら、このような報道が営業秘密の秘密管理性を正しく理解したうえでなされているのか少々疑問に感じます。

具体的には、退職者と企業との間で秘密保持契約を交わしたからといって、企業が保有する情報に対する秘密管理性が認められるとも限りません。すなわち、秘密保持契約を企業と退職者とが交わしたとしても、それを持って、企業が保有する情報が営業秘密と認められるわけではありません。
一方で、退職者が企業との間で秘密保持契約を交わさなかったからといって、企業が保有している情報を退職者が自由に持ち出していい、というものでもありません。すなわち、秘密保持契約を企業と退職者とが交わさなかったとしても、それ持って、企業が保有する情報が営業秘密と認められ無いわけではありません。

私は、退職者と企業との間における秘密保持契約は企業が保有する営業秘密の秘密管理性を補強するに過ぎないものであり、対象となる情報に秘密管理措置を常日頃から行っていないと、当該秘密保持契約は意味をなさないと考えます。
一方で、秘密管理措置を常日頃から行っていれば、たとえ退職者との間で秘密保持契約を締結しなくても、当該情報を不正に持ち出した退職者に対して営業秘密侵害を問うことができます。

例えば、東京地裁平成30年9月27日判決(平成28年(ワ)26919号 ・ 平成28(ワ)39345号)があります。
本事件において被告A、Bは、まつ毛サロンを経営する原告の元従業員であり、退職後に同業他社のまつ毛サロンで勤務しています。原告は、被告A,Bが退職後の勤務先で原告から示された営業秘密(本件ノウハウ)を不正に利益を得る目的で使用又は開示しているとして、本件ノウハウの使用又は開示の差止め等を求めました。

この事件では、下記のように原告は退職する従業員に対して守秘義務についての誓約書を提出させています。そして、本事件の被告である元従業員もこの誓約書を提出しています。
また、原告は就業規則においても守秘義務を課していることを主張しています。
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原告は,就業規則において,本件ノウハウを含む会社の業務上の機密を他に漏らしてはならず,会社の許可なくマニュアル類等の重要物の複製や持ち出しを行ってはならないことや,退職時に守秘義務等について明記した誓約書を提出することなどを定めており,実際に,原告は,従業員が退職する際には,当該従業員に,本件ノウハウを含む原告の機密情報を一切漏らさない旨を誓約させ,退職する従業員にも秘密保持義務を負わせている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

これに対して被告は下記のような主張を行っています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
秘密管理性の要件を満たすためには,その情報が営業秘密であることを第三者が認識できることが必要であると解される。
しかしながら,原告の就業規則においても,被告らが原告に対して退職時に提出した誓約書においても,本件ノウハウが業務上の機密又は機密情報に該当するか否かは定かではない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そして裁判所の判断は以下のとおりです。
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本件で,原告が営業秘密であると主張する本件ノウハウは,原告で施術されるまつ毛パーマ,アイブロウ及びまつ毛エクステンションの技術に関する情報であるところ,原告においては,同技術が蓄積されていて,従業員に対して,その技術を幅広くトレーニング等で伝えていたことが認められる。しかしながら,上記(1)イ及びカのとおり,それらの技術について,秘密であることを示す文書はなかったし,従業員が特定の技術を示されてそれが秘密であると告げられていたものではなく,また,その技術の一部といえる本件で原告が営業秘密であると主張する本件ノウハウについて,網羅的に記載された書面はなく,従業員もそれが秘密であると告げられていなかった。
・・・
 以上によれば,本件ノウハウについて,原告において秘密として管理するための合理的な措置が講じられていたとは直ちには認められない。また,まつ毛パーマ等に関する技術については一般的なものも含めて様々なものがあることも考慮すると,上記のような状況下で,被告らにおいて,本件ノウハウについて,秘密として管理されていることを認識することができたとは認められない。
そうすると,本件ノウハウは,「秘密として管理されている」(不競法2条6項)とはいえないから,その余の要件について判断するまでもなく,営業秘密には該当するということはできない。
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このように、たとえ企業が退職者との間で秘密保持契約(守秘義務契約)を交わしたとしても、そもそも企業が対象とする情報に対して秘密管理措置を行っていないと、当該秘密保持契約は何ら意味を成し得ません。これは、就業規則に記載されている守秘義務も同様です。
このことを企業は十分に理解して退職者と秘密保持契約を締結する必要があります。

では、何のために退職者と秘密保持契約を交わすのか?
その理由は、退職者に営業秘密の不正な持ち出しは違法であることを再認識させるためと考えるべきでしょう。最善の秘密保持契約では、退職者が知っているであろう企業秘密を特定できるように契約書に記し、それらが営業秘密であることを再認識させることです。

一方で、退職時に企業から秘密保持契約を求められなかったり、求められても拒否したからと知って、その退職者が在籍していた企業の情報を自由に持ち出すことが出来るわけではないことも理解できるでしょう。既に、営業秘密として管理されている情報は、たとえ秘密保持契約を交わしていなくても、不正に持ち出すことは違法となります。
従って、退職時に秘密保持契約を交わしていないことは、営業秘密を持ち出してよいことの理由にはなり得ません。

以上のように、営業秘密侵害の報道で言及されているような、退職者と企業との間における秘密保持契約の有無は営業秘密侵害において重要な要素ではありません。「退職者との間で秘密保持契約さえ交わせば安心」とのような認識を持っている企業は、今一度、営業秘密の要件を確認する必要があるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年1月13日水曜日

<ソフトバンク技術情報流出事件>

今年最初のブログです。
今年もよろしくおねがいします。

昨日から大きく報道されている、ソフトバンクの元従業員が楽天モバイルに転職する際に5Gの基地局等に関する技術情報を持ち出したとする事件です。ソフトバンクの従業員がロシアの元外交官に営業秘密を漏えいしていた事件からちょうど1年(最初の報道は2020年1月25日)のタイミングでこの事件です。

今回の事件は、競争が激しいモバイル業界、さらにこれから普及する5Gに関する技術情報の漏えいということもあって、他の営業秘密漏えい事件に比べて大きく報道されているように思えます。しかしながら、事件の態様は転職時における他の営業秘密漏えい事件と何ら変わりはありません。
とはいえ、多数の報道がなされると、それにより事件に関する詳細な情報も得られやすくなります。

報道から知り得る事件の概要は以下の通りかと思います。
1.ソフトバンクの元従業員は2019年12月31日にソフトバンクを退職し、2020年1月1日に楽天モバイルへ転職。
2.元従業員は転職直前の12月31日まで社外の自宅PCからソフトバンクのサーバーにアクセスし、フリーメールによって自身に営業秘密(計170点?)を送信。
3.元従業員は転職する際に秘密保持契約にサインをしていた。
4.ソフトバンクは2020年2月ごろに営業秘密の持ち出しに気づく。
5.楽天モバイルのPCに持ち出した営業秘密が保存されていた。
6.楽天モバイルはソフトバンクの営業秘密の使用を否定。
7.ソフトバンクは楽天モバイルと元従業員に対して民事訴訟を提起予定。

「2」に関して、社外からソフトバンクのサーバーにアクセスしフリーメールによって営業秘密を送信していることから、元従業員は、営業秘密の持ち出しを行った当事者の特定を阻害したかったのかとも思います。このことを鑑みると、元従業員は、自身の行為が程度の差はあるものの、犯罪行為であるという認識があったのかもしれません。

また、元従業員は転職直前まで営業秘密の持ち出しを行っています。これに関しては意図的だったのかもしれません。
一般的に、転職する際には希望する転職日から少なくとも1ヶ月、多くは2、3ヶ月前に退職届を出すでしょう。
そして、ある程度の営業秘密管理を行っている企業は、退職届が提出された時点で営業秘密の不正な持ち出しがないかをアクセスログによって確認し、もし、何かあれば転職希望者に事情を聴き、それが不正な行為であれば解雇も含んだ処分を行うでしょう。
しかしながら、営業秘密の持ち出しを転職前のギリギリに行えば、自身が在籍中に営業秘密の持ち出しは発覚しません。ただ、その後にもアクセスログの確認は行うでしょうから、転職後には発覚するでしょうが。

このような従業員の転職に伴う営業秘密の不正な持ち出しを防止するためには、退職届が提出された段階で当該従業員のアクセスログを確認すると共に、当該従業員のアクセス権を解除する必要があるでしょう。このアクセス権の解除により、当該従業員の残務や引継ぎの効率が落ちるでしょうが、営業秘密を持ち出されるよりはマシです。
ソフトバンクのプレスリリースでは再発防止策として「退職予定者の業務用情報端末によるアクセス権限の停止や利用の制限の強化」とあります。これは上記のよなことを意識した結果でしょう。


また「3」に関してですが、退職時の秘密保持契約は秘密管理性を立証するための補完的なものにしかすぎず、本質的なものではありません。
退職者が秘密保持契約にサインしたとしても、適切に秘密管理されていない情報は営業秘密ではないので、このような情報を退職者が持ち出しても営業秘密の漏えいを問えません。
なお、当該秘密保持契約において、秘密保持の対象となる情報が退職者が容易に認識可能な程度に特定されていれば、当該秘密保持契約によって秘密管理性が認められ得るとも考えられます。しかしながら、退職時の秘密保持契約は多くの場合、包括的なものであり、対象となる情報を特定している場合は多くないでしょう。
企業は、退職時の秘密保持契約がどのようなものであり、営業秘密に対してどのような効力を有するものであるかを認識する必要があります。

一方で、退職者が秘密保持契約へのサインを拒否して情報を持ち出したとしても、当該情報が適切に秘密管理されていれば、退職者に対して営業秘密の漏えいを問うことができますすなわち、退職時における秘密保持契約の締結の有無にかかわらず、秘密管理されている情報を不正に持ち出すと営業秘密の漏えいになります。このことは、企業で働く人全てが認識するべきことです。

また、ソフトバンクのプレスリリースには上記で触れたように再発防止策が記載されています。
しかしながら、この再発防止策には少々違和感があります。
今回の事件は、営業秘密の漏えいに関する刑事事件です。しかしながら、プレスリリースによると、今までソフトバックが実施してきたことは「全社員に対して定期的に秘密保持契約の締結やセキュリティー研修など」であり、再発防止策としての施策は、「情報資産管理の再強化、アクセス権限、セキュリティー研修、監視システムの導入」であり、この中には営業秘密の文言はありません。

私はこのブログで度々記載していますが、営業秘密の不正な漏えいを防止するには、まず、営業秘密の漏えいが犯罪であり、禁固刑も現実にあり得ることを全役員及び全従業員に認識させることだと思っています。
未だ、営業秘密の漏えいは良くないことかもしれないという認識程度の人は多く、犯罪であり、禁固刑を受けた人もいること自体を知らない人のほうが多いかと思います。
営業秘密の漏えいが犯罪であることを認識していれば、多くの人は転職程度でこのようなリスクが高い犯罪を犯さないでしょう。現に本事件で逮捕された元従業員もニュースで名前が挙げられ、顔写真等も報道されています。

ソフトバンクは営業秘密の漏えいが犯罪であることを認識させるような研修を行っていたのかもしれません。しかしながら、このような短期間に2人もの逮捕者を出すということは、営業秘密の漏えいが犯罪であるとの認識を十分に与えることができていないのではないでしょうか?

また、下記の報道で気になることがありました。

その内容は「別の大手携帯電話会社の幹部は『うわさは聞いていた』としたうえで、『事業の拡大で技術者の確保が難しくなってきており、社員が他社に流出しないように配慮が必要だ』と語った。」というものです。
上記の”うわさ”とは、文脈からすると本事件のことと思いますが、これが事実ならば、ソフトバンクから楽天モバイルへの営業秘密の漏えいを競合他社が知っていたことになります。これも情報漏えいに他ならないでしょう。多くの場合、事件性の高い情報漏えいに関しては、漏えい元企業、漏えい先企業の何れでも公になり難いように少人数で対応に当たると思います。
にもかかわらず、当事者でない競合他社がこの事件を“うわさ”として知っていたのであれば、うわさの出どころの企業(ソフトバック又は楽天モバイル)の情報管理が甘すぎると思いますが、大丈夫でしょうか?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年10月11日日曜日

秘密保持契約を締結して営業秘密を開示する場合

昨日は無事、大阪発明協会主催の研修「技術情報を営業秘密として守るための 実務と事例研究」を終えることができました。
参加してくださった皆様ありがとうございました。

この研修でも説明したのですが、秘密保持契約を締結して秘匿化情報を取引先に開示したものの、裁判所においてこの秘匿化情報は営業秘密ではないと判断された裁判例がいくつかあります。

参考ブログ:

昨今、オープンイノベーションの広がりもあり、秘密保持契約の重要性はますます高まるでしょう。
そして、秘密保持契約を締結して秘匿化情報を開示することは、相手方が当該情報を目的外使用等した場合に不正競争防止法違反と秘密保持義務違反の2つで責任を負わせることができます。

すなわち、秘匿化情報が営業秘密と認められれば、相手方は不競法違反と共に秘密保持義務違反となり、たとえ、秘匿化情報が営業秘密と認められなくても、秘密保持義務違反となる可能性が有ります。
ここで、「可能性が有る」としている理由は、当該秘匿化情報が営業秘密と認められない場合には同時に当該秘匿化情報が秘密保持義務の対象ではないとして秘密保持義務違反にもならない場合が有るためです。



具体的には、秘匿化情報がすでに公知の情報となっていた場合です。例えば、秘密保持契約を締結して開示した秘匿化情報を使用した製品が販売され、この製品をリバースエンジニアリングすることで当該秘匿化情報が公知となった場合や、秘密保持契約を締結する前に既に秘匿化情報が公知となっている場合です。
一般的な秘密保持契約では、例外規定として、公知となった情報等は秘密保持義務の対象としないことが規定されていますので、上記のような秘匿化情報は公知であるため秘密保持の対象とはみなされないことになります。

従って、秘密保持契約を締結して秘匿化情報を相手方に開示する場合には、当該秘匿化情報が真に営業秘密足り得るか否かを正しく判断する必要があります。この判断を間違えると、相手方との間で不要な争いが生じる可能性が有ります。

しかしながら、自社製品のリバースエンジニアリングによって公知となる可能性が有る場合には、当該自社製品のリバースエンジニアリングを禁止する等を含む守秘義務契約を製品の販売先と締結することで非公知性を保つことができるかもしれません。このような守秘義務契約は、当該製品の販売先がが不特定の消費者である場合には難しいでしょうが、販売先が限られた企業等であれば可能かと思います。

例えば、攪拌造粒装置事件(大阪地裁平成24年12月6日判決 平成23年(ワ)第2283号)では、原告製品がリバースエンジニアリング可能であるとして、原告主張のノウハウの非公知性は喪失していると裁判所は判断しています。
その理由として「原告主張ノウハウは,いずれも原告製品の形状・寸法・構造に関する事項で,原告製品の現物から実測可能なものばかりである。そして,原告製品は,被告がフロイントから攪拌造粒機の製造委託を受けたときよりも前から,顧客に特段の守秘義務を課すことなく,長期間にわたって販売されており,さらには中古市場でも流通している。」や「原告主張ノウハウは,いずれも原告製品の形状・寸法・構造に帰するものばかりであり,それらを知るために特別の技術等が必要とされるわけでもないのであるから,原告製品が守秘義務を課すことなく顧客に販売され,市場に流通したことをもって,公知になったと見るほかない。」とのように、「顧客に守秘義務を課すことなく製品を販売」していることを挙げています。
とすれば、「顧客に守秘義務を課して製品を販売」した場合には、たとえ製品をリバースエンジニアリングすることでノウハウを知り得るとしても、営業秘密で言うところの非公知性は保たれていると判断される可能性が有るかと思います。

以上のように、秘密保持契約を締結したからといって安心できるものではありません。秘密保持の対象としたつもりの情報が真にその対象となり得るのかを、契約締結前に十分に検討する必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年6月18日木曜日

新興企業やフリーランスの保護のための提言

先日、「新興企業の知的財産権保護を 大手による無断活用防止―自民提言案」とのニュースがありました。
これは、昨年、公正取引委員会がまとめた「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」を受けてのものだと思われます。
あらためて、この実態調査報告書を読むと、取引先が優越的地位を濫用して営業秘密やノウハウを取得する実態が書かれています。


ここで、営業秘密を取引先に開示する場合には、秘密保持契約を締結することが必須ですが、取引先が秘密保持契約の締結を拒んだり、片務的な秘密保持契約の締結を強要されたり、と様々です。

このような実態調査報告書には記載がないものの、営業秘密の裁判例からあり得そうな例を一つ。
まず秘密保持契約には秘密保持の対象から除外する情報を定めた規定が設けられることが一般的です。たとえば、以下のようなものです。(参照:【参考資料】秘密情報の保護ハンドブック ~企業価値向上にむけて~

① 開示を受け又は知得したときに既に保有していた情報
② 開示を受け又は知得した後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報③ 開示を受け又は知得した後、相手方から開示を受けた情報に関係なく独自に取得し、又は創出した情報
④ 開示を受け又は知得したときに既に公知であった情報 
⑤ 開示を受け又は知得した後、自己の責めに帰さない事由により公知となった情報

そして営業秘密の裁判例として、攪拌造粒機事件(大阪地裁平成24年12月6日判決 事件番号:平成23年(ワ)第2283号) や皮膚バリア粘着プレート事件(東京地裁令和2年3月19日判決 事件番号:平成20年(ワ)23860号) では、原告が営業秘密であると主張した情報が公知であった(上記④)と裁判所によって認定され、その営業秘密性及び被告が当該情報の使用したとしても秘密保持契約違反ではないと判断されました。

すなわち、たとえ、秘密保持契約を締結して開示された情報であっても、公知の情報であれば開示先に秘密保持義務はなく、取引先(開示先)は自由に使用してもよいということです。これは、このような除外規定が設けられた秘密保持契約を締結すると当然のことだと思われます。


しかしながら、そもそも、公知の情報とは何でしょうか?
この「公知」の判断は、特許で言うところの「新規性」の判断とも類似していると思われ、案外難しいかもしれません。
開示した営業秘密と全く同じ情報が記載された資料を取引先が提示した場合には、自社の営業秘密が公知となっていることを認めざる負えません。
しかしながら、全く同じではなく若干違う資料を提示した場合にはどうでしょうか?若干違うものの、当業者であれば同じ解釈できると主張された場合にはどうでしょうか?
また、複数の資料を提示され、この複数の資料の組合せが開示した営業秘密と同じであると主張された場合にはどうでしょうか?

ここで、技術情報は特許公開公報、論文、及びインターネット上の情報等様々なものが溢れかえっています。自社が営業秘密と考えている情報も、特許検索等により調査(先行技術調査)すると全く同じでなくても同様の資料が見つかるかもしれません。
取引先は、開示された営業秘密を自由に使用することを目的として、先行技術調査によって開示された営業秘密を公知であると主張する可能性もあるでしょう。

公知であるか否か微妙な場合には、口先による説明力の問題です。
これがうまい人は、実際には公知でなくても、公知であると説明できるでしょう。こういうことがうまい職種は、やはり弁理士や技術系の弁護士、企業の知財部の人達でしょう。
そして、大企業になるほど、これらの人を使うことができます。一方で、中小企業やベンチャーになるほど、これらの人との繋がりが薄い傾向にあるでしょう。
そうすると、中小、ベンチャー企業は秘密保持契約を締結して営業秘密を大企業に開示しても、その後、除外規定を持ち出されて自由に使用されるリスクがあります。一方で、公知であることの主張は、優越的地位の濫用とは認められないでしょう。

では、このような事態に陥った場合にはどうするべきでしょうか?
そのためには、まず「公知」とはどのようなことを指すのかを理解する必要があります。
そして、開示先が上記のようなことを主張した場合に、対応可能な人物を予め見つけておくことも必要でしょう。
昨今、オープンイノベーションという言葉も広く浸透し、自社の営業秘密を他社に開示する場面もあるでしょう。そのとき、秘密保持契約を締結したからと言って必ずしも安心できるものではありません。開示した営業秘密が取引先に目的外で使用されることもある程度想定して、秘密保持契約を締結する必要があります。そして、開示先が不当と思われる要求をしてきた場合には、営業秘密の開示を行わない、そもそもの取引を行わない、という決断も必要ではないでしょうか。

ところで、この提言は自民党の競争政策調査会は行い、記事には「明らか」になったとありますが、ネットを探しても自民党のホームページを探しても見つからない。
せっかく良い提言を行っているのだから、積極的に公開するべきでしょう。
IT、IT、言うのであれば、まずはこういうところからも行うべきでは?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年5月28日木曜日

-判例紹介ー 取引先に営業秘密を開示したものの、その非公知性が否定された裁判例 その2

前回紹介した、取引先と秘密保持契約を締結して情報を開示したものの、その情報は営業秘密ではないとされた裁判例(東京地裁 令和2年3月19日 平成20年(ワ)23860号)の続きです。
本事件において原告は、シリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの粘着面の原材料として「 東レ(株) DOW CORNING MG7-9850 A剤・B剤 」を用いることを営業秘密であると主張しました。しかしながら、裁判所は当該情報について営業秘密性を認めませんでした。

一方で原告は、さらに、被告が被告製品のPMDA申請に際してシリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの端部を丸みを帯びた形状とするという情報を開示した行為が本件秘密保持義務違反に該当するとも主しました。
確かに、秘密保持契約を締結していれば、秘密保持の対象とする情報が営業秘密でなくても、秘密保持契約に違反した使用をしていれば民事的責任を問えるでしょう。しかしながら、これについても下記のように裁判所は認めませんでした。

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皮膚バリア粘着プレートの原材料にシリコーンゲルを用いるという情報が,本件契約前の交渉段階から既に公知の情報であったことは上記(第4の1)認定のとおりである。また,その端部を丸みを帯びた形状とするという点も,絆創膏などの代表的な皮膚保護剤や原告製品に先行して販売されていたシリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの形状からも明らかなように,その端部は角張った形状か丸みを帯びた形状の製品が多く(公知の事実及び前記認定事実1(1),シカケアの説明文書においても角を丸くした形でシカケアを切って手術痕等に貼付する方法が説明されていること(前記認定事実1(1)ア)などに照らすと,皮膚バリア粘着プレートの端部を丸みを帯びた形状とするという情報は,本件契約前の交渉段階から既に公知の情報(本件契約の契約書第9条③の4)といえる。そうすると,原告が指摘する情報は,いずれも「相手方の技術上及び取引上の情報」(同契約書第9条①②)に該当するとは認められない。
―――――――――――――――――――――――――――


ここで、原告と被告とが締結した秘密保持契約は下記のものです。

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第9条(秘密保持義務) 甲(原告)と乙(被告)は、事前に相手方の書面による承諾を得なければ、次の情報を第三者に開示または漏洩してはならない。   
① 本件契約及び個別契約の締結前に行われた交渉の段階において、図面・仕様書・資料・材料・型・設備・見積依頼・口頭の説明、その他により知り得た相手方の技術上及び取引上の情報。   
② 前項のほか、本件契約及び個別契約により知り得た相手方の技術上及び取引上の情報   
③ 前項の規定は、次の各号に定める情報には適用しない。 
 1 相手方から知り得た時点で,既に保有している情報 
 2 独自に開発した情報 
 3 秘密保持義務を負うことはなく,第三者から正当に入手した情報 
 4 公知になった情報
 ―――――――――――――――――――――――――――

すなわち、裁判所は、秘密保持契約にも「公知となった情報」は秘密保持を適用しないとの規定が設けられているために、公知であるとして営業秘密と認められなかった情報も、秘密保持の対象とはならないと判断しました。

このような事例は、本事件だけではありません。以前に紹介した攪拌造粒機事件があります。
この事件では原告が被告に攪拌造粒機の製造を委託し、秘密保持契約を締結して図面を被告に開示したものの、委託契約が終了した後に被告が当該図面を使用して攪拌造粒機を製造販売したというものです。この事件では、原告製品は所謂リバースエンジニアリンが可能でり非公知性を喪失していることを理由に、裁判所は原告製品図面を営業秘密とは認めませんでした。
そして、原告は、被告による秘密保持契約違反も主張しましたが、この秘密保持契約も公知となった情報を秘密保持の対象から除外する規定が設けられていたために、認められませんでした。

このように、秘密保持契約を締結していても、公知となった情報は秘密保持の対象から除外する等の規定が設けられていれば、非公知性が喪失しているとして営業秘密と認められなかった情報は、秘密保持の対象からも除外されることになります。

これは、特別なことではなく、上記のような除外規定が設けられていれば当然のことです。
今回紹介した事件では、原告は既に非公知性を失っている情報であるにもかかわらず、当該情報が営業秘密のみならず、被告との間で締結した秘密保持の対象になると考えていました。その結果、不要な争いとなってしまいました。
このようなことから、自社が秘密と考える情報は、秘密保持の対象となり得るのかを十分に検討し、相手先と契約を締結する必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年5月22日金曜日

-判例紹介ー 取引先に営業秘密を開示したものの、その非公知性が否定された裁判例

今回は、取引先と秘密保持契約を締結して情報を開示したものの、その情報は営業秘密ではないとされた裁判例(東京地裁 令和2年3月19日 平成20年(ワ)23860号)について紹介します。

本事件において、原告と被告は、平成27年10月8日に原告が被告に対して皮膚バリア粘着プレートの製造を委託することなどを定めた製造委託契約(以下「本件契約」という。)を締結しました。
この本件契約の契約書第9条には以下の記載があります。

第9条(秘密保持義務)
甲(原告)と乙(被告)は、事前に相手方の書面による承諾を得なければ、次の情報を第三者に開示または漏洩してはならない。  
① 本件契約及び個別契約の締結前に行われた交渉の段階において、図面・仕様書・資料・材料・型・設備・見積依頼・口頭の説明、その他により知り得た相手方の技術上及び取引上の情報。   
② 前項のほか、本件契約及び個別契約により知り得た相手方の技術上及び取引上の情報  
③ 前項の規定は、次の各号に定める情報には適用しない。
    1 相手方から知り得た時点で,既に保有している情報
    2 独自に開発した情報
    3 秘密保持義務を負うことはなく,第三者から正当に入手した情報
    4 公知になった情報

そして、原告は、平成27年11月17日に独立行政法人医薬品医療機器総合機構に対し、皮膚バリア粘着プレート「マムズケア(Mom’s Care)」の一種で、帝王切開用の「マムズケア 16(Mom’s Care 16)」(以下「原告製品」という。)について、医療機器製造販売届(以下「PMDA申請」という。)をしました。また、被告も、平成27年12月28日に被告製品のPMDA申請をしました。

原告は、平成28年1月18日に被告に対し、東レ・ダウコーニング社(訴外東レ)が製造・販売する、粘着面の原材料として記載されている「DOW CORNING MG7-9850 A剤・B剤」(本件東レ製品)を原告製品の粘着面に用いることを提案し、原告と被告は原告製品について、原材料として粘着面に原告が支給する本件東レ製品を使用し、非粘着面に「Mom’s シリコーン」を使用することを合意しました。

なお、原告製品は、皮膚に接する粘着性のあるシリコーン面と、粘着性のない面からなる伸縮性に富んだシリコーンシートであり、帝王切開手術専用の皮膚バリア粘着プレートであり、原告製品は、帝王切開手術の手術痕に貼付することにより皮膚バリアとして外部からの刺激等を和らげるとともに、手術痕が瘢痕やケロイドになるのを予防するものです。

原告は平成28年2月24日から現在に至るまで原告製品を販売し、被告は平成28年2月22日から同年6月20日までの間、本件契約に基づいて原告製品を製造して原告に納品したものの、本件契約は平成28年10月8日に終了しました。

そして、被告は、遅くとも平成29年12月1日には被告製品の販売を開始しました。この被告製品は、粘着性のあるシリコーン面と粘着性のないシリコーン面からなる伸縮性のあるシリコーンシートであり、切開手術、腹腔鏡手術の手術痕などの皮膚部位を保護し、手術痕が肥厚性瘢痕やケロイドになるのを防止する皮膚バリア粘着プレートであり、その粘着面には本件東レ製品が用いられています。



このような経緯の元、本事件において原告は、シリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの粘着面の原材料として「 東レ(株) DOW CORNING MG7-9850 A剤・B剤 」を用いることを営業秘密であると主張しました。
そして、原告は、帝王切開手術の手術痕の保護に適したシリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートという原告のアイディアを被告が模倣し、原告製品のPMDA申請から約1か月後に、原告に何らの説明もなく被告製品のPMDA申請をしただけでなく、平成28年8月以降、本件東レ製品を用いて原告製品と同じ形状・サイズの被告製品を製造・販売したことが、被告が「不正の利益を得る目的」(不正競争防止法2条1項7号)をもって本件情報を使用したと主張しました。

 これに対して裁判所は、以下のようにして原告主張の営業秘密の非公知性を否定しました。「手術痕や傷痕を保護するためのシリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートが本件契約の数年以上前から複数の会社から製造,販売されていたこと,シリコーンソフトスキン粘着剤の粘着技術が遅くとも平成元年頃からは傷の治療に用いられていたこと,シリコーンソフトスキン粘着剤である本件東レ製品が遅くとも平成20年12月頃には販売され,同時期に発行された業界雑誌において製品の特性等も踏まえて紹介されていたことのほか,訴外東レが,本件東レ製品について,瘢痕治療を含む皮膚への付着を対象とする製品であること及び日本国内だけでなく海外にも広く供給することが可能であることなどを自社のウェブサイトにおいて紹介していることが認められる。
 (2)  以上によれば,シリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの粘着面に本件東レ製品を用いることができるという情報は,平成27年7月までには,広く知られていた情報であったといえる。本件東レ製品はそのような用途で用いられる汎用品であるから,少なくとも,原告が,原告製品の製造等を依頼するためにエフシートを持参して被告を訪問した平成27年7月16日時点において,シリコーンゲルを用いた皮膚バリア粘着プレートの粘着面の材料として本件東レ製品を用いるという本件情報が非公知の情報であったとは認められない。

一方、原告は、本件東レ製品は医療用に開発された特殊素材の製品で、医療品への使用用途以外にはメーカーに卸してもらえない製品であり、一般に市場に出回っている原材料ではないと主張しました。しかしながら、これに対しても裁判所は、本件東レ製品を使用するのに一定の手続を要したとしてもそれは本件情報の非公知性に影響しないと判断しました。

このように、本事件では、原告が営業秘密であると主張する情報に対する非公知性が否定され、当該情報は営業秘密ではないとされました。
これにより、原告と被告とで締結した秘密保持契約の対象となる情報から、当該情報が除外されることとなります。

次回に続きます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年4月3日金曜日

日本ペイントデータ流出事件(刑事事件)の地裁判決

以前から気になっていた事件である日本ペイントデータ流出事件の地裁判決がでました。
判決では、被告に対して懲役2年6月、執行猶予3年、罰金120万円の有罪判決でした。被告側は控訴するとのことですので、これで確定ではありません。


本事件は、日本ペイントの元執行役員が菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの塗料の原料や配合等を示す情報を持ち出し、菊水化学で開示・使用したとする事件です。日本ペイントはこの元執行役員を刑事告訴(2016年)し、菊水化学と元執行役員に対して民事訴訟を提起(2017年)しています。

この刑事事件では、被告である元執行役員は、無罪を争っていました。報道からは、おそらく秘密管理性、有用性、非公知性の全てを争っていたと思われます。また、菊水化学も被告側の立場にたっていたようです。民事訴訟でも争っているので、当然のことかと思います。


ここで、秘密管理性の有無については判断が比較的容易かと思われ、起訴されているのでこれを被告側が覆すことは難しいのではないかと思います。

一方、有用性と非公知性はどうでしょうか。これらは完全に技術論になるかと思います。
この点、毎日新聞の上記記事では裁判所が「特許公報や分析で原料や配合量を特定することは容易ではない」と判断したとあります。
また、同様に日経新聞の上記記事では「弁護側はこれまでの公判で、データが特許公報に記載されている公知の事実だったと主張。」や「検察側は「特許公報を読んでも具体的な配合の情報までは特定できない」と反論。」とあります。
被告は特許公報等によって有用性や非公知性を否定する主張を行ったようです。

ここで、営業秘密の刑事事件において、技術情報を営業秘密とした場合の有用性や非公知性を本格的に争った事件はこれ以外にないかもしれません。そういった意味でもこの判決には非常に興味があります。
果たして、裁判所の判断に民事事件とは異なる部分があるのか否か、また、被告側はどのような論理展開を行ったのか等、参考になることは多いかと思います。

特に、特許公報に基づいて被告側はその営業秘密性を否定しています。民事事件でも特許公報に基づいて営業秘密性を否定する主張はさほど多くはありません。

また、毎日新聞の記事では、「特許公報や分析」で原料や配合量を特定することは容易ではないとあります。この点に関して、日経新聞では裁判所の判断が多少詳細に「特許公報などから原料をすべて特定するには相当な労力と時間が必要」とのように記載されています。この日経新聞の記事からすると、被告は原告製品のリバースエンジニアリングによってその非公知性を否定したのかもしれません。もしそうだとすると、用いた分析方法についても被告側は主張しているはずです。

本事件の判決文が公開されれば被告側がどのような主張を行い、それに対して検察がどのような反論を行い、裁判所がどのように判断したかは判決文を見るまで詳細には分かりません。
刑事事件の判決文は、営業秘密侵害事件であっても公開されないものもあるようです。
しかしながら、本事件は今後も非常に参考になる判決であろうと思われますので、ぜひ公開されてほしいところです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年2月15日土曜日

ソフトバンク事件の報道や本質的なことについて

ソフトバンクの機密情報が元従業員によってロシア側に漏洩された事件について、比較的大きく報道されていること、いわゆるスパイ事件の様相もあり、いくつか特集記事のようなものも掲載されています。

確かに、ソフトバンクの機密情報がロシアの外交官に漏洩していたという事件は、幾つもある機密情報の漏洩事件の中において、インパクトがある事件です。しかしながら、スパイ防止法といった法律のない日本において、この事件は不正競争防止法の営業秘密侵害罪であり、「ロシアに情報が漏洩」したことが犯罪とされたわけではありません。

本質的には、今まで幾つもあった営業秘密侵害事件と何ら変わりません。すなわち、漏洩された情報が秘密管理性、有用性、非公知性を有した営業秘密であって、不正の目的を持って開示等されたことを持って、事件化されたものです。
今回の事件を特集した記事において、この点を述べているものがほとんどないことが少々気になります

すなわち、今回の事件は、ソフトバンクから流出した情報に、営業秘密が含まれていたから事件化することが可能となったものです。この事件は、ソフトバンクが察知したのか、公安当局が察知したのかは分かりませんが、元従業員が営業秘密にアクセスし、その情報をロシア側に渡したことで逮捕に至ったものであり、もし、営業秘密とされない情報だけを漏洩させていたのであれば、事件化には至りません。


ここで、「営業秘密とされない情報」とは何でしょうか?上述の、秘密管理性、有用性、非公知性を満たさない情報です。そして、このブログを度々ご覧になられる方は分かるかと思いますが、そもそも特定されている情報です。情報が特定されていないと、当然、秘密管理もできませんし、有用性、非公知性の判断を客観的に行うこともできません。しかしながら、情報は特定されていなくても、従業員が記憶している断片的な情報として漏洩される可能性もあります。

このように、特定されていない情報、秘密管理されていない情報は、まず、営業秘密となり得ません。そのような情報に対して、従業員によって漏洩された、企業スパイだ、と訴えても、営業秘密侵害とは認められません。実際にそのように判断された裁判例は幾つもあります。
裏を返すと、営業秘密とされていない情報は、基本的には、誰でも自由に開示したり、使用したりすることができます。今回の事件も、もしかしたら、本来漏洩されたくない情報であったにもかかわらず、その情報が特定されていない、秘密管理から漏れていた等の理由により、事件化できなかったものもあったかもしれません。

なお、営業秘密でない情報の開示・使用を制限させたいならば、秘密保持義務を相手方に課す必要があります。それが就業規則であったり、他社との秘密保税契約であったりします。
しかしながら、秘密保持義務違反は、民事的責任を負わせることはできるものの、刑事的責任を負わせることはできません。また、その条項によっては秘密保持義務を課す情報の範囲が実質的に営業秘密とされる情報の範囲と同じになってしまい、あまり意味のないものとなる可能性もあり、秘密保持契約等で情報を守ろうとすることは相当の注意が必要です。

このように、もし自社から情報が漏洩したとしても、企業スパイというイメージだけで事件化はされません。どのような企業情報がその対象となるかを理解しないと、自社の情報を守ることはできません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年1月25日土曜日

オープンイノベーションや他社等との共同研究・開発のリスク

一昔前までは、知財戦略と言えば、単に特許出願することを指していたかもしれません。
しかしながら、今の時代、技術開発において自社開発だけでなく、オープン・クローズ戦略、オープンイノベーション、産学連携、異業種連携等、様々な形態・選択肢が考えられ、さらに、他社の特許出願戦略も考慮して、敢えて権利化せずに公知化することや秘匿化することを深く考える必要があるでしょう。

ここで、オープンイノベーションや産学連携等の共同研究・開発等では、他社等に自社の技術を積極的に開示したり、共同研究・開発により共有となる技術情報が現れます。このとき必ず相手方と交わされるものが秘密保持契約でしょう。
では、情報を開示する相手方や共同研究・開発先と秘密保持契約を締結すれば、自社が秘匿したい情報は守れるのでしょうか?

当然ながら、決してそのようなことはなく、相手方が不注意又は意図して秘密保持義務のある情報を開示や使用した利する可能性があります。
また、共同研究・開発の相手方が大学等の研究機関であれば、論文や学会発表等により、積極的に公開することを希望するでしょう。そのような相手に対して、秘密保持契約を締結しようとしても、秘密保持期限等で合意が難しく、うまくいかないことは容易に想像できます。


さらに、海外の企業や研究機関との共同研究・開発等を行う場合も今後多くなるでしょう。 その相手方によっては「秘密」という概念が希薄な国もありますし、公的な研究機関を装っていても、その国の軍と密接な関係を有している機関もあるようです。 そのような相手方に秘密保持義務を課したところで意味はあるのでしょうか?

このように、秘密保持契約を締結したからと言って安心できるものでは決してなく、相手方と情報を共有したのであれば、その情報は漏えいする可能性は確実にあります。そのため秘密保持契約は、情報漏えいを抑制するに過ぎないと考えます。

すなわち、本当に秘密するべき情報は、他社等に開示や共有するべきではありません。
そもそも自社が秘密にしたい技術についての共同研究・開発等は行うべきではないでしょうし、共同研究・開発等をする対象も技術漏えいが生じても許容できる範囲内とするべきです。

従って、共同研究・開発等は、秘匿すべき情報が漏えいするリスクを許容できる範囲内で行うべき、すなわち、共同研究等がビジネスにもたらす利益と情報漏洩がもたらす不利益とを天秤にかけて判断するべきでしょう。

また、基礎技術開発であれば、その基礎技術までは共同研究・開発したとしても、その後の、ビジネスに直結する応用技術に関しては自社開発(独自開発)で行う、というような選択も当然にあります。
さらに、最終的に欲しい技術が複数の技術を統合したものであれば、この複数の技術を別々の相手方と共同研究・開発、又はこの一部を共同研究・開発し、これらを統合した最終的な技術は自社開発するということも考えられるでしょう。

このように、本当に秘匿化するべき技術は、他社に漏洩しないことを第一として、共同研究・開発等を推進するべきかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年12月5日木曜日

営業秘密に関する従業員(発明者)との秘密保持契約

従業員が発明を創出した場合には、企業は特許出願を検討するかと思います。
一方で、特許出願は特許化の有無にかかわらず公開されるため、発明の内容によっては秘密管理を行うことで秘匿化を選択する企業も多いでしょう。

ここで、発明者が創出した発明を営業秘密とした場合、その帰属が問題になります。
まだ、明確にはなっていませんが、もし、発明者が自身が創出した発明に係る営業秘密を持ち出して他社に転職した場合等であっても、この行為は不正競争防止法2条1項7号違反にはならない可能性があります。

また、当該発明を使用等した転職先企業に対して不正競争防止法2条1項8号又は9号違反の責を負わせるためには、上記発明者による転職先企業への発明の開示が「秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為」等でなければなりません。

発明者による転職先企業への発明の開示等を確実に「秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為」するためには、当該発明者と発明者の所属企業との間で秘密保持契約を結ぶことが好ましいでしょう。

また、多くの就業規則において秘密保持の条項が設けられています。このため、この就業規則によって従業員は秘密保持義務が存在し、2条1項8号等でいうところの「秘密を守る法律上の義務」を有しているとも解されます。


しかしながら、就業規則による秘密保持義務は退職した従業員に対して、どの程度有効なのでしょうか?

就業規則における一般的な秘密保持の条項は下記のようなものかと思います。
「会社の内外を問わず、在職中、又は退職若しくは解雇によりその資格を失った後も、 会社の秘密情報を、不正に開示したり、不正に使用したりしないこと。」
参考:経済産業省 秘密情報の保護ハンドブック 「参考資料2 各種契約書等の参考例」 

このような就業規則における秘密保持の条項において、一般的には、下記のような例外規定は設けられません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
① 開示を受けたときに既に保有していた情報
② 開示を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報
③ 開示を受けた後、相手方から開示を受けた情報に関係なく独自に取得し、又は創出し た情報
④ 開示を受けたときに既に公知であった情報
⑤ 開示を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

このため、就業規則における秘密保持義務は包括的であり、非常に広範囲な情報、換言すれば、既に公知となっている情報や、従業員が企業から示される前から知っていた情報であってもその対象となり得てしまうでしょう。
また、就業規則における秘密保持条項では、取引先等と締結されるような一般的な秘密保持契約で設けられている有効期限の条項もないでしょう。このため、発明者は、発明を行った企業を退職した後に、いつまで秘密保持義務があるのか定かではありません。
このようなことから、営業秘密とした発明を創出した発明者に対して、就業規則における秘密保持条項が「秘密を守る法律上の義務」としての機能を果たすのか個人的には疑問を感じます。

そのようなこともあり、発明者が自身の発明が企業にとって営業秘密であることを確実に認識させるためには、個別に秘密保持契約を結ぶことがより好ましいと考えられます。
この際、秘密保持の対象となる発明(技術情報)の内容を明確に特定し、上記例外規定も設けるべきでしょう。

また、当該秘密保持契約の有効期限は無期限としても良いかもしれません。
一般的には、リバースエンジニアイング等によって当該情報が公知化(陳腐化)する時期を考慮して、有効期限を定めるべきとの考えも多いようです。しかしながら、有効期限を定めると、有効期限が経過した時点から当該情報を自由に開示、使用してよいことになります。
これでは、これでは企業側に不利益が生じる可能性があるので、秘密保持義務を無期限とする方が当然好ましいでしょう。一方で、秘密保持義務を無期限とするような契約は無効とされるリスクもあるようです。
しかしながら、有効期限を定めないことに合理的な理由があればその契約は認められるのではないでしょうか。すなわち、企業は発明に相当する営業秘密に関しては、その重要性から無期限に渡って秘密とすることに合理的な理由があると考えられ、さらに、上記のような例外規定を定めることで、秘密保持義務が失われる場合を明確に規定することで、有効期限を定めないことに対する合理性をさらに高めるとも考えられます。

さらに、企業と従業員との間の力関係に基づいて、従業員に無理やり秘密保持契約を結ばせたと解釈させることを防止するためにも、秘匿化する発明であっても、企業は発明者に対して報奨金等のインセンティブを与えるべきかと思います。

なお、秘密保持契約を従業員の退職時に結ぶという考えもあるかと思いますが、退職時に秘密保持契約の締結を企業側が申し出ても、必ずしも従業員が秘密保持契約に応じるとも限りません。そういったことを回避するためにも、企業が従業員にインセンティブを与える際に秘密保持契約の締結をセットとすることで、秘密保持契約の締結がスムーズに進むのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年11月21日木曜日

ー判例紹介ー 特許権のライセンスとノウハウ開示

特許権者が他者に実施許諾する場合、当該特許公報に記載の内容だけでは実施が難しい場合には、実施に必要なノウハウもライセンシーに開示します。
実施許諾した特許権が存続期間満了等により消滅した場合には、ライセンス契約も終了するわけですが、開示したノウハウはどうなるのでしょうか?

そのようなことを争った事件が、大阪地裁令和元年10月3日判決(平28(ワ)3928号9)です。

本事件は、川鉄電設(訴外)が被告らと締結したトランス事業に係る特許権のライセンスに関する基本契約についての契約上の地位を川鉄電設から原告が承継しました。そして、原告は、被告らの債務不履行を理由に本件各基本契約を解除したとして、被告らに対して各基本契約解除前に発生していたロイヤルティ支払義務の履行と、被告らが各基本契約の解除後においても原告から被告らに対して開示した本件技術情報を使用して変圧器を製造、販売していることは不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為に当たるとして、被告らの製品の製造、販売の差止め及び廃棄を求めたものです。

本事件において原告は「本件各特許権はその内容が公知になったとしても,それだけでは実用に耐えるトランスを設計・製造することができない「ノウハウの主要部以外の部分」を特許化したものであり、本件各基本契約は特許化されずに秘匿された、トランスを設計・製造するために必須のノウハウを対象とするノウハウ実施許諾契約である。」と主張しています。
そのうえで、原告は「本件各基本契約はノウハウライセンス契約であり,ランニングロイヤルティ等はノウハウの使用許諾の対価であって,本件各特許権の消滅によっては影響されない。」と主張しました。

これに対して、裁判所は「本件各基本契約の中心となるのは本件各特許権の実施許諾であり、本件技術情報の提供はこれに付随するものというべきであるから,ランニングロイヤルティの支払も本件各特許権の実施許諾に対する対価と位置づけられるべきであり、これを本件技術情報の提供に対する対価と考えることはできない。」とのように判断しました。
そして、裁判所は「被告らの原告に対する本件各基本契約に基づくロイヤルティの支払義務は,本件各特許権が消滅した平成27年3月31日をもって消滅したと解すべきであり,同年4月1日以降に被告らがWBトランスを製造,販売したことに対するランニングロイヤルティの支払請求は,理由がないというべきである。」と判断しました。


なお、上記のような結論が得られているものの、本件各基本契約には、被告らの債務不履行による解約の場合を含め、契約終了後は本件技術情報を使用してはならず、WBトランスを製造、販売してはならない旨の条項が存在することもあり、裁判所は「被告らがWBトランスを製造,販売することは不正競争行為に当たるか。」についても判断しています。

これに対して、裁判所は、本件技術情報は一定の有用性を有していると認めているものの(秘密管理性については、明示するまでもなく当該基本契約に基づいて認められると思われます。)、非公知性について「本件技術情報のうち,川鉄電設及び原告が作成したパンフレット(甲57,乙3)に記載されている数値は,当初から営業秘密性がないものと認められるし,既に検討したとおり,被告らが製造したWBトランスが市場に出回った後は,リバースエンジニアリングにより取得し得る数値については,公知になったというべきである。」として認めておりません。

これをもって裁判所は「本件技術情報は,前記パンフレットの記載により,あるいは被告らがWBトランスを製造,販売したことによって公知となっており,営業秘密性は失われているというべきであるから,本件基本契約が終了(原告の主張では平成27年11月26日)した後にWBトランスを製造,販売することが,営業秘密の使用にあたるとする原告の主張は採用できず,不正競争行為に当たるとしてその差止め等を求める原告の請求は理由がない。」と判断しました。

このような裁判所の判断は、妥当なものであると考えられます。
すなわち、特許権をライセンスすると共にノウハウも開示する場合には、ノウハウに対して秘密保持義務を課したとしても特許権の消滅に伴い、当該ノウハウも自由に使用可能となる可能性を考慮する必要があるでしょう。
特に、当該ノウハウを使用した製品がリバースエンジニアリングされることによって、当該ノウハウの非公知性が失われるような可能性がある場合には要注意です。


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年11月1日金曜日

ー判例紹介ー ノウハウ管理と就業規則

今回は、就業規則の定めによるノウハウ(営業秘密)の漏えい防止について、前回までとは異なる別の裁判例を紹介します。

この裁判例は、東京地裁平成30年9月27日判決(平成28年(ワ)26919号 ・ 平成28(ワ)39345号)です。

本事件は、原告が経営するまつ毛サロン(原告店舗)で勤務していた被告A及びBが原告を退職した後に勤務しているまつ毛サロン(被告店舗)で、原告から示された営業秘密(本件ノウハウ)を不正に利益を得る目的で使用又は開示していることを理由として、原告が被告らに対し不正競争防止法2条1項7号及び3条1項に基づき上記ノウハウの使用又は開示の差止め等を求めたものです。

なお、原告が主張する本件ノウハウは、原告店舗で施術されるまつ毛パーマ、アイブロウ及びまつ毛エクステンションの技術に関する情報です。
そして、原告は、ノウハウに対する秘密管理性を以下のように主張しています。
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原告は,就業規則において,本件ノウハウを含む会社の業務上の機密を他に漏らしてはならず,会社の許可なくマニュアル類等の重要物の複製や持ち出しを行ってはならないことや,退職時に守秘義務等について明記した誓約書を提出することなどを定めており,実際に,原告は,従業員が退職する際には,当該従業員に,本件ノウハウを含む原告の機密情報を一切漏らさない旨を誓約させ,退職する従業員にも秘密保持義務を負わせている。 また,原告は,従業員に対し,顧客に施術内容を説明するときであっても本件ノウハウに言及しないよう指導していた。
さらに,本件ノウハウは,習得に長い時間と多大な労力を要するものであり,原告と競業他社との差別化を可能にする経営の根幹をなす情報である。このような本件ノウハウの性質からすれば,本件ノウハウが競業他社によって使用され,又は第三者に開示された場合に,原告に甚大な不利益が生じることは,本件ノウハウを知る者であれば当然認識している。実際に,原告は従業員を採用する際に,当該従業員に対し,原告において技術を取得して将来は他のサロンで施術をするなどといった目的を有していないことを確認しており,他のまつ毛サロンで本件ノウハウを使用又は開示することは許されない旨が従業員に明確に示されている。
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ここで、元従業員は、退職後であっても元所属企業の就業規則で定められている秘密保持義務を負うのか?という議論が一応あります。就業規則は、現従業員に対する規則であり、元従業員は退職後にはその義務を負うことはないという考えもあるためです。

これに対して、例えば、東京地裁平成28年12月26日判決(平成26年(ワ)22016号)で下記のように判示しているように、元従業員は退職後であっても就業規則で定められた秘密保持義務を負うという考えが一般的です。
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本件秘密保持義務条項は,原告を退職した後の秘密保持義務について明示的に規定していないが,原告を退職した後に同義務が効力を失うのでは同義務を設けた趣旨が没却されること,本件各文書が原告の従業員としての職務を行う目的で交付されており,その目的が終了した際には本件各文書に含まれる情報も含めて外部に漏えいしないことが当然に予定されていることからすると,本件秘密保持義務条項の合理的解釈により,被告は,原告を退職した後も原告に対し,本件秘密保持義務を負う。
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本事件に戻り、上記原告の主張に対して、裁判所は以下のように判断しました。
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原告が営業秘密であると主張する本件ノウハウは,原告で施術されるまつ毛パーマ,アイブロウ及びまつ毛エクステンションの技術に関する情報であるところ,原告においては,同技術が蓄積されていて,従業員に対して,その技術を幅広くトレーニング等で伝えていたことが認められる。しかしながら,上記(1)イ及びカのとおり,それらの技術について,秘密であることを示す文書はなかったし,従業員が特定の技術を示されてそれが秘密であると告げられていたものではなく,また,その技術の一部といえる本件で原告が営業秘密であると主張する本件ノウハウについて,網羅的に記載された書面はなく,従業員もそれが秘密であると告げられていなかった。 ・・・
以上によれば,本件ノウハウについて,原告において秘密として管理するための合理的な措置が講じられていたとは直ちには認められない。また,まつ毛パーマ等に関する技術については一般的なものも含めて様々なものがあることも考慮すると,上記のような状況下で,被告らにおいて,本件ノウハウについて,秘密として管理されていることを認識することができたとは認められない。
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すなわち、原告は、自社が営業秘密とする本件ノウハウを特定し、かつそれを従業員が認識できるような態様で秘密管理していなかったので、たとえ、就業規則に秘密保持義務の規定があったとしても、元従業員は当該本件ノウハウが秘密であると認識できなかったということです。

このような裁判所の判断は、珍しいものではなく、非常に多数あります。本ブログでも類似の裁判例はすでに紹介しているかと思います。

さらに、本事件では「まつ毛パーマ等に関する技術については一般的なものも含めて様々なものがあることも考慮すると」と裁判所は述べています。
確かに、本件ノウハウには、原告が主張するように競業他社との差別化を可能とするまつ毛パーマに関する非公知のノウハウ(独自技術)も含まれていた可能性もあります。
しかしながら、裁判所が述べているように、まつ毛パーマ等に関する技術は様々なものがあり、その多くが公知の技術でしょう。そうだとすると、非公知のノウハウを明確に特定して秘密管理を行わないと、従業員は当該技術が何となくノウハウだと感じても、明確にどの技術(工程)がノウハウであるかを認識できなくて当然かと思います。

このように、自社のノウハウを営業秘密であると主張するためには、当該ノウハウの特定を確実に行い、それを秘密管理しなければなりません。
大多数の企業には、就業規則があり、定型文のように秘密保持義務が規定されているかと思います。しかしながら、営業秘密の観点では、このような就業規則における秘密保持義務は秘密管理性に対する 補完又は補強とはなり得ても、情報の特定がなされ、合理的な態様で秘密管理が行われていないと営業秘密性は認められない可能性が相当高いと思われます。
営業秘密を主張するためには、営業秘密とする情報の特定と具体的な秘密管理が何よりも大事です。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年8月30日金曜日

営業秘密と秘密情報との違い

営業秘密という文言と似たような文言として、秘密情報等があります。
この違いとして営業秘密は、不正競争防止法2条6項に規定されているように、秘密管理性、有用性、及び非公知性の三要件を全て満たしたものである一方、秘密情報にはこのような法的な定義はありません。

過去のブログ記事:ノウハウ、言葉の定義

すなわち、営業秘密よりも秘密情報等の方が概念的に広いものとなります。
例えば、営業秘密については非公知性が必要とされますが、秘密情報は非公知性が不要とも考えられます。
また、営業秘密は有用性の要件も必要とされていますが、この目的は、公序良俗に反する内容の情報(脱税や有害物質の垂れ流し等の反社会的な情報)など、秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報を営業秘密の範囲から除外することです。しかしながら、秘密情報は、このような要件も必要とされていません(反社会的な情報が秘密情報として実際に法的に保護されるか疑問ですが。)。
秘密管理性についてはどうでしょう。秘密情報というからには、ある程度の秘密管理性も秘密情報としての要件には含まれるかと思いますが、その判断は営業秘密ほど厳しくないと思われます。

では、どのような情報が営業秘密ではなく、秘密情報となり得るでしょうか?
例えば、一般的に知られているビジネスであるものの、自社では初めて行うようなビジネスの情報等がそれにあたるかと思います。
このようなビジネスの情報自体は一般的に知られているため非公知性がないと判断される可能性が高いものの、自社として競合他社には当該ビジネスを行うことを事前に知られたくない情報ともなり得、そのような場合には秘密情報にあたるでしょう。


また、営業秘密と秘密情報との大きな違いとしては、その法的効果が全く異なります。

まず、営業秘密は三要件を満たした情報であり不正競争防止法で保護され、その法的効果が秘密情報に比べて非常に強くなります。

例えば、営業秘密の不正使用や不正開示と認められれば、差し止め請求や当該営業秘密を取得等した第三者に対しても営業秘密侵害(不競法2条1稿5号、6号、8号、9号)の責を負わせることが可能となります。すなわち、当該第三者に対して、差し止めや損害賠償請求を求めることができます。このことは、もし企業から情報が流出した場合には、非常に有用な効力となり得ます。
さらに、不正競争防止法に基づいて、営業秘密の不正使用や不正開示等に対する刑事的責任を負わせることができます。

一方、秘密情報の不正使用や不正開示は、不正競争防止法の適用範囲ではなく、民法による不法行為となります。学説等によると、秘密情報の不正使用に対しても損害賠償だけでなく、差し止めも可能のようですが、当該秘密情報を取得した第三者に対しては何ら請求することはできません。すなわち、営業秘密と異なり、秘密情報は流出すると流出の拡大を止めることができないかもしれません。
さらに、秘密情報の不正使用等に対して刑事的責任を負わせることもできません。

ここで、裁判において、当該情報が営業秘密と認定されなかった場合には、当該情報は秘密情報であるとして秘密保持義務違反で戦うという戦略もあり得るかと思います。しかしながら、この場合には、秘密保持義務契約の内容が重要となります。

下記ブログ記事で紹介した裁判例は、このような事案であり、営業秘密であると原告が主張した技術情報は非公知性を喪失していると裁判所によって判断され、さらに裁判所は「秘密保持義務についても,非公知で有用性のある情報のみが対象といえる」と判断し、営業秘密と認められなかった当該情報は秘密保持契約の対象となる情報でもないとされました。

過去のブログ記事:営業秘密と共に秘密保持義務も認められなかった事例

すなわち、当該情報が営業秘密と認定されなかった場合に、秘密保持契約の対象とする秘密情報であると認定されるようにするには、「秘密保持契約の対象とする情報 ≠ 営業秘密」と解釈されるように契約書で定める必要があります。

しかしながら、このような契約書を作成することは難しいかもしれません。例えば、秘密情報の適用範囲が広く解釈されるような契約書にすると、包括的すぎるとしてその契約書自体の効力が認められないかもしれません。
そうすると、秘密保持の対象とする情報を、個々に特定し、それぞれに対して秘密保持義務を有するとのような契約とするべきでしょう。このように考えると、秘密保持の対象とする情報の特定が営業秘密と同様に重要となるかと思われます。

以上のように、営業秘密と秘密情報とは大きな違いがあり、その法的な効果も異なります。情報管理を行う際には、この違いを明確に認識するべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年7月12日金曜日

ー判例紹介ー 営業秘密の知得ルートと不法行為との関係

前回紹介したニット製品事件(大阪地裁平成30年6月21日判決(平30(ネ)1745号))の続きです。前回は、営業秘密ではないとされた情報を他者が使用した場合に、一般不法行為と判断され得るかについて述べましたが、今回は営業秘密の知得ルートについてです。

なお、本事件は、ニット製品の卸売業者である原告会社がニット製品の製造販売業者である被告に対し訴訟を提起した事件(本訴事件)の反訴事件です。このため、被告が営業秘密の保有者であり、原告が被告の営業秘密を使用したとされる立場にあります。
そして、本事件は、被告から開示されたニット製品の製造方法(被告の営業秘密)を、原告が利用して下請けにニット製品を製造させたことが不正行為であると被告が主張しています。

ここで、被告が営業秘密であると主張する本件製造方法の情報は、下記①~③に大別できると裁判所は判断しています。
①使用する抄繊糸に関する情報
②編み方・洗い方・染め方といった具体的な製造工程に関する情報
③製造された製品の取扱方法に関する情報

このうち、①使用する抄繊糸に関する情報は、さらに下記のように細分化できると判断されています。
・「1 原糸」の「(1)メーカー」,「(2)商品名」,「(3)性能」
・「2 組成内容等」
・「3 撚糸」の「(1)撚糸企業」, 「(2)撚糸方法」,「(3)撚糸構成」
・「4 効果」

そして、裁判所は「1原糸」の「(3) 性能」、「2組成内容等」(原糸を除く)及び「4 効果」の情報について、被告が製造した和紙混ニット製品の商品下げ札に表示されている組成内容及び性能であるとして、非公知性を欠くと判断しました。
また、「3撚糸」の「(2) 撚糸方法」及び「(3) 撚糸構成」の情報のうち、「(2) 撚糸方法」の情報について、裁判所は、一般的な撚糸の方法であるところ、撚糸企業において被告が製造した和紙混ニット製品を分析すれば、その製品が「(2) 撚糸方法」の撚糸方法により、「(3) 撚糸構成」の撚糸構成をとったものであることが判明すると認められる(証人被告専務41ページ)ため、非公知性を欠くと判断しました。

次に、「1原糸」の「(1) メーカー」及び「(2) 商品名」並びに「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」の情報についてです。
まず、当事者間に争いのない事実として、下記①、②があります。
①原告会社が下請けに製造させた和紙混ニット製品には、同情報のうち「1原糸」の「(1) メーカー」製の「(2) 商品名」のものを用いて「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」が撚糸したものが使用されていること。
②和紙糸を調達したのが、被告が上記和紙糸を開発する際に「1原糸」の「(1) メーカー」製の「(2) 商品名」の存在を教えたP4が取締役を務めるイシハラであること。

また、イシハラのP4は、和紙糸が「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」が撚糸したものであるという情報も知っていたと認められ、原告会社が下請けに製造させた和紙混ニット製品に用いた糸はイシハラに調達を依頼したものであると認められています。

このような事実から裁判所は下記のように判断しました。
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原告会社が下請けに製造させた和紙混ニット製品に,イシハラが調達した「1原糸」の「(1) メーカー」製の「(2) 商品名」のものを用いて「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」が撚糸したものが使用されているからといって,原告会社において,被告から示された上記情報が使用されたとは認められない。したがって,仮に,上記情報に営業秘密該当性が認められたとしても,その不正使用行為があったとは認められない。
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本事件の原告会社、被告、イシハラ、原告会社の下請けにおける情報や和紙糸の流れを図案化すると下記のようになります。
図のように、イシハラから原告会社と被告とに同じ情報が渡されています。そして、原告会社は、和紙糸をイシハラを通じて下請けに供給し、この和紙糸を使用して下請けにニット製品を製造させています。
従って、被告が営業秘密と主張する情報は、原告会社も被告以外から知得しており、このことをもって裁判所は「原告会社において,被告から示された上記情報が使用されたとは認められない。」と判断しています。

以上のことから、他者の営業秘密を当該他社から開示されたとしても、別のルートで同じ情報を知得した場合には、当該情報を使用しても不競法違反とはならないという理解になるでしょう。

ここで、本事件では営業秘密を被告から原告企業へ開示するにあたり、秘密保持契約(NDA)を締結していた事実は認められませんでした。

営業秘密を他者に開示する場合には秘密保持契約は必須ですが、秘密保持契約は何のために行うのでしょうか?
当然、その目的は、営業秘密を第三者に開示したり、目的外使用を防ぐことにありますが、秘密保持の対象が何であるかを明確にすることで、事後の紛争を回避することにあるかと思います。

ここで、一般的な秘密保持契約では、秘密保持の対象外として下記のような条項を設けるかと思います。

① 開示を受けたときに既に保有していた情報
② 開示を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報
③ 開示を受けた後、相手方から開示を受けた情報に関係なく独自に取得し、又は創出した 情報
④ 開示を受けたときに既に公知であった情報
⑤ 開示を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報

参考:秘密情報の保護ハンドブック 参考資料2 各種契約書等の参考例

本事件では、被告が営業秘密であると主張する情報を、被告も原告会社も同一人物(同一会社)から取得していたようですので、上記例外の①又は②、③に該当するのではないでしょうか?
もし、適切な秘密保持契約を互いに締結していたならば、当該営業秘密が秘密保持の対象外であることが互いに理解でき、不要の争い(訴訟)を避けれたのではないかと思います。
弁理士による営業秘密関連情報の発信