2023年5月7日日曜日

判例紹介:営業秘密の非公知性

営業秘密は秘密管理性、有用性、非公知性の三要件をすべて満たした情報ですが、裁判において非公知性が否定されることでその営業秘密性が否定される例はあまり多くありません。
今回紹介する裁判例(大阪地裁令和5年2月13日判決 事件番号:令3(ワ)6381号 ・ 令4(ワ)1721号)は、営業秘密の非公知性が否定されたものです。

本事件の原告は、有料職業紹介事業等を目的とする株式会社です。また被告は、医療及びヘルスケア関連人材の派遣、採用支援、評価、教育、研修等を目的とする株式会社です。
そして本事件では、被告が行った告知行為等が原告の営業上の信用を害するとして、原告が被告に対して、不競法2条1項21号違反を理由に提訴したものであり、この反訴として、被告が原告に対して営業秘密侵害を主張しました。このため、本事件では、営業秘密であると主張する情報の保有者は被告となります。
なお、本事件の判決としては、原告、被告両方の主張は棄却されています。

被告が営業秘密であると主張する情報は下記の5つです。

・情報①:被告の取引先医療機関の名称、その担当者及び部署名。
具体的には、被告の取引先医療機関である特定の病院が大阪府の病院を指すこと、同病院の担当者の実名、同病院の担当部署が総務・経理課であること
・情報②:特定の医療機関の手術状況。
具体的には、ある特定の整形外科・外科病院の金曜日案件(金曜日における人材紹介案件)において過去に複数の症例(一度の人材紹介で複数の手術を担当することとなる場合)があったこと
・情報③:特定の医療機関と被告との契約状況及び契約内容。
具体的には、被告とある特定の病院との間に契約関係があること、当該契約がプレミアムプラン(上位顧客向けの料金プラン)であること
・情報④:被告における契約の仕組みに関する情報。
具体的には、被告が提供する人材紹介サービスにおいて、連続した手術に関する人材募集をする場合に、1件目9時、2件目オンコールというように、時間指定で、オンコールの選択ができること
・情報⑤:紹介することを避けるべき医師に関する特定の医療機関の情報。
具体的には、ある特定の病院に紹介することを避けるべき医師4人の実名

これらの情報に対して、営業秘密の侵害者とされる原告は❝本件情報は、いずれも対象医療機関に対して直接確認すれば得られる情報であって、少なくとも非公知性の要件を欠いていることは明らかである。したがって、本件情報はいずれも営業秘密に当たらない。❞と主張しています。

原告による「営業秘密不正取得行為」に対して被告は、下記のように主張しています。なお、P1は、原告の取締役であり、P4は被告の従業員です。
❝P1は、日中の昼間の勤務時間中で、P4が被告の事業場において営業秘密に容易にアクセスすることができる状況下において、行動を監督する者がいない時間を狙って、同人に対し、スマートフォンという個人的な連絡ツールを用いて連絡をとることで、密かに本件情報を取得した。P4が、部外者であるP1に対し本件情報を提供する行為は、被告の就業規則に違反する行為であるところ、被告の元従業員であるP1は、そのことを容易に認識し得た。このような行為は、正常な経済活動を大きく逸脱した公序良俗に反するものであることは明らかである。したがって、本件取得等行為は、営業秘密不正取得行為に当たる。❞
これに対して、原告は、❝メッセージのやり取りという、一般に用いられるコミュニケーション手段を用いて、相手に対し平穏な形で質問を行って事実を確認する行為は、不正な手段とはいえない。❞として営業秘密不正取得行為を否認しています。
すなわち、原告は、被告が営業秘密であると主張する情報①~⑤を取得したことについては否認していないようです。

これら情報①~⑤の非公知性判断において、まず裁判所は営業秘密でいうところの非公知性である「公然と知られていない」状態を❝営業秘密保有者の管理下以外では一般的に入手することができない状態❞と定義しています。

そして裁判所は、情報①(被告の取引先医療機関の名称、その担当者及び部署名)、情報②(特定の医療機関の手術状況)、情報⑤(紹介することを避けるべき医師に関する特定の医療機関の情報)に対して❝主として特定の医療機関が保有する情報を被告が入手して管理しているにすぎないもの❞としてその非公知性を認めませんでした。

情報①,②,⑤に対する裁判所の判断は、上記の原告による❝本件情報は、いずれも対象医療機関に対して直接確認すれば得られる情報❞との主張を認めたようにも思えます。しかしながら、判決文には、実際に原告が対象医療機関に直接確認したとのような記載はなく、情報①~⑤が対象医療機関に確認すれば得られる情報であるかは実際には分からないように思えます。

営業秘密に関する幾つかの判決では、このように、当該情報が公知であるか否かが実際に確認されなくても、公知であるという蓋然性が高いと判断した場合には、当該情報が公知であると判断されています(例えば、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)。
上記錫合金組成事件では、錫合金の組成が営業秘密と主張される情報であったため、リバースエンジニアリングすれば誰もがその組成を知ることができるでしょう。このため、この組成の非公知性は認められませんでした。
一方、本事件の情報①,②,⑤は、特定の医療機関も保有しているとしても、この医療機関が誰にでも当該情報を開示しなければ公知と言えないようにも思えます。特に、情報⑤(紹介することを避けるべき医師に関する特定の医療機関の情報)は誰にでも開示してもらえるのでしょうか。


さらに、裁判所は、情報③(特定の医療機関と被告との契約状況及び契約内容),④(被告における契約の仕組みに関する情報)に対して❝その性質上、契約の相手方に対し開示されることが予定された情報であって、被告の管理下のみに属する情報ではなく、被告が、契約の相手方との間で、当該情報についての秘密保持契約等を締結するなどして、その開示等を禁止していたことをうかがわせる証拠もない。❞としてその非公知性を認めませんでした。

この情報③,④の契約内容に関する情報に対して、裁判所は契約の相手方との間で秘密保持契約等を締結しておらず、契約の内容は当該相手方も管理しているのでこの契約内容は公知である、とのように判断していることになるかと思います。
一般的には、他社との契約内容は公知としない情報であるかと思います。とはいえ、契約当事者の少なくとも一方が当該契約内容を公知にして欲しくない場合には、当該契約に対しても相手方に秘密保持義務を課すことをします。このため、秘密保持義務を課すことなく締結した契約内容は何れか又は両方の契約当事者から開示される可能性はあるとも言えるでしょう。

ここで、営業秘密に関する裁判において、他社に開示した情報は当該他社との間で秘密保持契約等を締結しないとその秘密管理性はほぼ認められません。そうすると、他社との間で締結した契約内容も当該契約に対して秘密保持契約を締結しないと、営業秘密でいうところの秘密ではなく、当該契約内容は他社の管理下にもあるため公知であるとの判断になるということでしょう。
しかしながら、他社との契約内容を無関係な第三者に開示する企業等は実際には略存在しないと思います。もしかすると、被告と契約を締結した相手方は、被告との間で秘密保持契約を締結していないものの当該契約内容を自社内では秘密管理しているかもしれません。仮にそうであれば、当該契約内容は被告が自ら開示しない限り、公知とはならないとも思えます。
それにもかかわらず、当該契約が秘密保持契約無しに締結されたという理由で、実際に公知となったか否かにかかわらず、当該契約内容が公知であるとする裁判所の判断はやはり疑問に感じます。

なお、被告は、当該情報の秘密管理性及び有用性については以下のように主張しています。
❝ (1) 秘密管理性が認められること
 本件情報は、「アネナビ管理画面」というシステムに保存されていたところ、同システムへのアクセス権限が与えられていたのは、被告の全従業員約621名のうちP4を含むわずか十数名程度に限られており、それらの限られた従業員にはID及びパスワードが発行され、当該ID等がなければ同システムにアクセスできない仕組みになっていた。
  (2) 有用性が認められること
 本件情報は、被告の顧客奪取に繋がる情報(情報①、③、④)、対象の医療機関に対して先回りをした営業をすることが可能となる情報(情報②)、顧客のニーズに合ったサービスを提供することが可能となる情報(情報⑤)である。❞
これに対して原告は下記のように反論しているものの、実質的に非公知性についての反論であり、秘密管理性、有用性について反論はしていないと思われます。
❝本件情報は、いずれも対象医療機関に対して直接確認すれば得られる情報であって、少なくとも非公知性の要件を欠いていることは明らかである。したがって、本件情報はいずれも営業秘密に当たらない。❞
そして、裁判所は、当該情報の秘密管理性及び有用性について下記のように判断しています。
❝ (2) 以上から、本件情報は、非公知性を欠く上、秘密管理性や有用性についても的確な立証を欠くから、「営業秘密」に当たらず、これを前提とする被告の主張は理由がない。❞
本事件におけるこのような裁判所の判断は妥当でしょうか?
被告人は、秘密管理性についてID及びパスワード管理されているシステムによって本件情報の管理を行っていると主張しています。このような秘密管理の態様は一般的とも思われ、被告人の秘密管理性を否定し得る証拠が無ければ(原告は秘密管理性を否定する主張は実質行なっていません。)、本件情報に対する秘密管理性は認められてもよいかと個人的には思います。
また、有用性についても裁判所は❝的確な立証を欠く❞と認定していますが、逆に、本件情報についてどのような立証を行なえば❝適格❞なのでしょうか?
一見すると、本事件の被告による有用性の主張は簡素なものですが、営業秘密性が認められた他の裁判例における営業秘密保有者の有用性の主張と比較しても、妥当なものだと思います。

このように、本事件の裁判所の判断は疑問を感じるものでした。

弁理士による営業秘密関連情報の発信