そこで、地位確認等請求事件において「機密」の解釈を争った裁判例(東京地裁令和4年1月28日判決 令元(ワ)23524号)を紹介します。本事件は、原告が被告による解雇は無効であるとして、労働契約上の地位確認等を求めた事件です。
なお、被告が原告を解雇した理由は下記であり、被告において生じた洗浄事故を起因としたものです。
❝原告は,対外的に開示され得ることを意図ないし認識した上で,本件伝達行為を行い,本件組合に対し,職務上知り得た本件居住者勤務先の従業員の本件マンション居住の事実,本件洗浄事故及びその後の経過の情報,本件居住者勤務先の従業員の言動,被告従業員の氏名や言動等を含む本件掲載事項を,事前に事実の確認をせず,また,会社の承認を受けることなく告げたものである。原告は,本件洗浄事故の詳細な情報が本件組合のホームページに掲載されることも意図していたといえ,原告の意思に基づき,本件議案書が本件組合の第9回定期大会の議案として提出され,本件組合のホームページに掲載されたものと考えられる。また,本件議案書の提出及び本件掲載については,それらに記載された情報の伝播,伝達自体を目的とした行為と考えられる。・・・原告は,本件就業規則及び本件各誓約書に違反して,事前に事実の確認をせずに,会社の承認を受けることもなく,機密事項,会社の不利益となる事項及び個人情報を含む内容を本件組合に漏えいしたといえ,勤務先(契約先)又は顧客に対し業務上不当な行為を行い,故意又は過失により会社の名誉及び信用を傷つけたものである。❞
被告の就業規則には秘密保持義務として下記のような記載があります。
❝(服務心得)第26条 社員は,次の各号を遵守しなければならない。(1) 会社の社員として,日常品位のある行動をとり,いやしくも会社の名を傷つける行為ならびに社員としての信用を失う行為をしてはならない。(10) 業務上知り得たことを他に発表する場合は予め会社の承認を受けなければならない。(11) 職務上知り得た機密情報,個人情報または会社及び勤務先(契約先)の不利益となる事項を,他に漏らさないこと。❞
また、原告が被告と交わした入社誓約書には下記の記載があります。
❝「下記事項に相違する場合又はこれを遵守できない場合は,採用取り消し解雇されても異議ありません。」(中略)「③ 業務上の機密・個人情報は,在職中はもとより退職後といえども一切漏えい致しません。」(後略)イ また,原告は,同日,被告宛ての「機密事項における誓約書」と題する書面(以下「本件機密事項誓約書」といい,本件入社誓約書と併せて「本件各誓約書」という。)に署名押印した。本件機密事項誓約書には,おおむね以下の内容が記載されていた。(乙2)「私は,貴社」(中略)「在職中および退職後も,下記の事項を遵守することを誓約いたします。」(中略)「貴社在籍中に知り得た機密情報及び貴社の取得した個人情報(顧客情報のみならず従業員情報も含む)を一切漏らしません。」(後略)❞
そして、原告は、就業規則等における「機密」の解釈について以下のように主張しています。
❝懲戒事由については,労働者にとって予測可能性が必要であるから,本件就業規則上の懲戒事由に該当する「機密」とは,不正競争防止法2条6項の「営業秘密」の要件を充足するもの,「個人情報の漏えい」とは,個人情報保護法2条6項の「個人データ」の漏えいに該当するもの,「不利益となる事項の漏えい」「会社の名を傷つける行為ならびに社員として信用を失う行為」「会社の不利益となる行為」とは,名誉毀損や信用毀損として不法行為を構成し,違法性を有する場合に限られるべきである。❞
すなわち、原告は、「機密」の解釈を不正競争防止法でいうところの営業秘密等と同じように解釈するべきである、とのように主張しています。もし、「機密」をこのように解釈したならば、原告が漏えいした情報は「機密」ではない可能性が生じ、それにより被告による解雇は違法となる可能性があります。
これに対して裁判所は以下のようにして原告の主張を認めず、被告に不利益を与えることを認識できたとして、被告による原告の解雇は違法ではないとの判断を行っています。
❝本件機密事項誓約書には,「個人情報」について「(顧客情報のみならず従業員情報も含む)」と明記されており,その範囲につき原告主張の限定的な解釈を採用する根拠はない。また,前記ア及びイで述べたとおり,原告においても,本件マンションの居住者に関連する情報の保秘の重要性や,本件洗浄事故の経過等の公開による被告の不利益については容易に認識し得たものと考えられることに照らせば,原告の上記主張は採用し難い。❞
このように、裁判所は、地位確認等の請求においては「機密」の解釈を不正競争防止法違反のように限定的に解釈することを否定しました。とはいえ、下記のように原告が漏えいした情報について、その機密性の判断も行っています。
❝本件居住者勤務先について,その名称に加え,その従業員が本件マンションに居住する事実を記載した部分については,・・・被告の業務(建物の管理)にとって,当該建物の居住者に関する情報の保秘は必須の前提であり(前記認定事実(1)),この点は原告にとっても容易に理解可能であることに照らせば,上記の記載部分は,本件各誓約書にいう機密情報に該当するものというべきである。・・・本件業務委託元は,本件マンションの管理につき自ら公開しているものと認められ,その名称の表示自体は,本件各誓約書にいう機密情報に該当するものとはいえない。また,本件洗浄事故は,被告従業員の単純ミス(すすぎ忘れ)に起因する不祥事に過ぎず,業務の実施につき有益性を有する情報とはいえない。これに加え,被告の主張立証を前提としても,本件洗浄事故について,被告がその従業員に対して保秘を指示した形跡はないことを考慮すると,その後の経過に関する情報を含めて機密情報に該当するものとはいえない。❞
上記のように、建物の居住者に関する情報について、裁判所は営業秘密の三要件の判断を具体的に行うことなく、機密情報であると判断しています。一方で、本事件において裁判所は、本件業務委託元や本件洗浄事故に関する事項については、非公知性や有用性に類する判断を行っています。
このことから、裁判所が「機密」を営業秘密のように限定的に解釈しないといっても、営業秘密でいうところの、有用性と非公知性については判断される可能性が高いかと思います。すなわち、有用性又は非公知性を有しない情報は、会社が「機密」であると主張しても裁判において認められない可能性が有ります。
本事件においては、原告が「建物の居住者に関する情報」を漏えいしなければ、「機密」を漏えいしたことにはならなかった可能性もあったのではないでしょうか。
弁理士による営業秘密関連情報の発信