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2022年8月21日日曜日

判例紹介:「機密」の解釈 会社が従業員を解雇する場合

機密とは、一般的に、秘密管理性、有用性、非公知性の有無を判断しない広い概念を含む秘密情報を意味するかと思います。一方で、不正競争防止法違反における機密とは、営業秘密を意味し、秘密管理性、有用性、非公知性を満たす情報であるという解釈がなされています。では、実際に、不正競争防止法以外の争いにおいて「機密」の解釈は営業秘密とは異なるのでしょうか。

そこで、地位確認等請求事件において「機密」の解釈を争った裁判例(東京地裁令和4年1月28日判決 令元(ワ)23524号)を紹介します。本事件は、原告が被告による解雇は無効であるとして、労働契約上の地位確認等を求めた事件です。
なお、被告が原告を解雇した理由は下記であり、被告において生じた洗浄事故を起因としたものです。
❝原告は,対外的に開示され得ることを意図ないし認識した上で,本件伝達行為を行い,本件組合に対し,職務上知り得た本件居住者勤務先の従業員の本件マンション居住の事実,本件洗浄事故及びその後の経過の情報,本件居住者勤務先の従業員の言動,被告従業員の氏名や言動等を含む本件掲載事項を,事前に事実の確認をせず,また,会社の承認を受けることなく告げたものである。
原告は,本件洗浄事故の詳細な情報が本件組合のホームページに掲載されることも意図していたといえ,原告の意思に基づき,本件議案書が本件組合の第9回定期大会の議案として提出され,本件組合のホームページに掲載されたものと考えられる。また,本件議案書の提出及び本件掲載については,それらに記載された情報の伝播,伝達自体を目的とした行為と考えられる。
・・・
原告は,本件就業規則及び本件各誓約書に違反して,事前に事実の確認をせずに,会社の承認を受けることもなく,機密事項,会社の不利益となる事項及び個人情報を含む内容を本件組合に漏えいしたといえ,勤務先(契約先)又は顧客に対し業務上不当な行為を行い,故意又は過失により会社の名誉及び信用を傷つけたものである。❞

被告の就業規則には秘密保持義務として下記のような記載があります。
❝(服務心得)
第26条 社員は,次の各号を遵守しなければならない。
  (1)  会社の社員として,日常品位のある行動をとり,いやしくも会社の名を傷つける行為ならびに社員としての信用を失う行為をしてはならない。
 (10) 業務上知り得たことを他に発表する場合は予め会社の承認を受けなければならない。
 (11) 職務上知り得た機密情報,個人情報または会社及び勤務先(契約先)の不利益となる事項を,他に漏らさないこと。❞
また、原告が被告と交わした入社誓約書には下記の記載があります。
❝「下記事項に相違する場合又はこれを遵守できない場合は,採用取り消し解雇されても異議ありません。」(中略)
 「③ 業務上の機密・個人情報は,在職中はもとより退職後といえども一切漏えい致しません。」(後略)
 イ また,原告は,同日,被告宛ての「機密事項における誓約書」と題する書面(以下「本件機密事項誓約書」といい,本件入社誓約書と併せて「本件各誓約書」という。)に署名押印した。本件機密事項誓約書には,おおむね以下の内容が記載されていた。(乙2)
 「私は,貴社」(中略)「在職中および退職後も,下記の事項を遵守することを誓約いたします。」(中略)
「貴社在籍中に知り得た機密情報及び貴社の取得した個人情報(顧客情報のみならず従業員情報も含む)を一切漏らしません。」(後略)❞
そして、原告は、就業規則等における「機密」の解釈について以下のように主張しています。
❝懲戒事由については,労働者にとって予測可能性が必要であるから,本件就業規則上の懲戒事由に該当する「機密」とは,不正競争防止法2条6項の「営業秘密」の要件を充足するもの,「個人情報の漏えい」とは,個人情報保護法2条6項の「個人データ」の漏えいに該当するもの,「不利益となる事項の漏えい」「会社の名を傷つける行為ならびに社員として信用を失う行為」「会社の不利益となる行為」とは,名誉毀損や信用毀損として不法行為を構成し,違法性を有する場合に限られるべきである。❞
すなわち、原告は、「機密」の解釈を不正競争防止法でいうところの営業秘密等と同じように解釈するべきである、とのように主張しています。もし、「機密」をこのように解釈したならば、原告が漏えいした情報は「機密」ではない可能性が生じ、それにより被告による解雇は違法となる可能性があります。

これに対して裁判所は以下のようにして原告の主張を認めず、被告に不利益を与えることを認識できたとして、被告による原告の解雇は違法ではないとの判断を行っています。
❝本件機密事項誓約書には,「個人情報」について「(顧客情報のみならず従業員情報も含む)」と明記されており,その範囲につき原告主張の限定的な解釈を採用する根拠はない。また,前記ア及びイで述べたとおり,原告においても,本件マンションの居住者に関連する情報の保秘の重要性や,本件洗浄事故の経過等の公開による被告の不利益については容易に認識し得たものと考えられることに照らせば,原告の上記主張は採用し難い。❞
このように、裁判所は、地位確認等の請求においては「機密」の解釈を不正競争防止法違反のように限定的に解釈することを否定しました。とはいえ、下記のように原告が漏えいした情報について、その機密性の判断も行っています。
❝本件居住者勤務先について,その名称に加え,その従業員が本件マンションに居住する事実を記載した部分については,・・・被告の業務(建物の管理)にとって,当該建物の居住者に関する情報の保秘は必須の前提であり(前記認定事実(1)),この点は原告にとっても容易に理解可能であることに照らせば,上記の記載部分は,本件各誓約書にいう機密情報に該当するものというべきである。
・・・
本件業務委託元は,本件マンションの管理につき自ら公開しているものと認められ,その名称の表示自体は,本件各誓約書にいう機密情報に該当するものとはいえない。
また,本件洗浄事故は,被告従業員の単純ミス(すすぎ忘れ)に起因する不祥事に過ぎず,業務の実施につき有益性を有する情報とはいえない。これに加え,被告の主張立証を前提としても,本件洗浄事故について,被告がその従業員に対して保秘を指示した形跡はないことを考慮すると,その後の経過に関する情報を含めて機密情報に該当するものとはいえない。❞
上記のように、建物の居住者に関する情報について、裁判所は営業秘密の三要件の判断を具体的に行うことなく、機密情報であると判断しています。一方で、本事件において裁判所は、本件業務委託元や本件洗浄事故に関する事項については、非公知性や有用性に類する判断を行っています。
このことから、裁判所が「機密」を営業秘密のように限定的に解釈しないといっても、営業秘密でいうところの、有用性と非公知性については判断される可能性が高いかと思います。すなわち、有用性又は非公知性を有しない情報は、会社が「機密」であると主張しても裁判において認められない可能性が有ります。
本事件においては、原告が「建物の居住者に関する情報」を漏えいしなければ、「機密」を漏えいしたことにはならなかった可能性もあったのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年4月4日日曜日

IPA発表の「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020」と警察庁発表の資料

先日、IPA(情報処理推進機構)から「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020」が発表されました。この前回の調査は2017年に発表されたものであり、3年を経て新たに発表されたものです。

この調査で私が気にしているものは営業秘密の漏えいルートに関するアンケートです。
2020の実態調査では下記のような結果となっており、IPAでは「情報漏えいルートでは「誤操作、誤認等」が21.2%と前回調査に比べ約半減。その一方で「中途退職者」による漏えいは前回より増加し36.3%と最多(報告書P28)。 」とのように述べています。


「「誤操作、誤認等」が21.2%と前回調査に比べ約半減。」とありますが、私はちょっと違うのではないかと思います。
この「誤操作、誤認等」に対応する前回調査のアンケート項目は「現職従業員等のミスによる漏えい」です。そして今回調査では「現職従業員等のルール不徹底による漏えい」がアンケート項目に新設されました。
すなわち、前回調査のアンケート項目「現職従業員等のミスによる漏えい」が「誤操作、誤認等」と「ルール不徹底」の2つに分かれたのではないでしょうか?この2つの割合いを合算すると40.7%であり、前回調査の「ミスによる漏えい」43.8%とほぼ同じであす。

一方で、IPAが述べているように、中途退職者による漏えいは前回が28.6%であったものが今回は36.3%とのように増加しています。これは実際に中途退職者による漏えいがそのものが増加したのか、企業側の認識が高まったのかは判然としません。しかしながら、数値としては増加していることは事実です。

さらに注目したい結果は、国内の取引先や共同研究先を経由した(第三者への)漏えい」が前回の11.4%から2.7%へ大幅に減少したということです。
これに関連して、近年、大企業等が優越的地位を利用して中小企業等の知的財産の開示を強要するといったことに対する懸念を経済産業省や公正取引委員会が示し、報告書を作成したり、最近では「スタートアップとの事業連携に関する指針」を発表したりしています。
「国内の取引先や共同研究先を経由した(第三者への)漏えい」の減少は、こういった行政の活動の結果として表れているのではないかと思います。

また、「契約満了後又は中途退職した契約社員等による漏えい」も前回の4.8%から1.8%へ大幅に減少しています。契約社員等には企業が直接雇用した人の他に派遣社員も含まれるのではないかと思います。減少の理由は、契約社員等に与えるアクセス権限を減らしたことが考えられます。また、派遣社員に対しては、派遣会社による派遣先企業の営業秘密漏えい防止等の教育活動があるのかもしれません。

次に、警察庁生活安全局から「令和2年における生活経済事犯の検挙状況等について」が発表されました。
これによると、営業秘密侵害事犯の検挙事件数の推移は下記のとおりであり、絶対数としては少ないものの増加傾向にあります。
また、相談受理件数の推移は前年に比べて減少しています。



相談受理件数が減少している理由は分かりませんが、営業秘密の漏えいそのものが減少しているとは思えませんので、企業側が相談を行うことを躊躇するような理由があるのかもしれません。
企業にとっては、営業秘密の漏えいを刑事告訴することについてメリットがないと考え、警察対応等で本来の業務が滞ると考える場合もあるでしょうし、刑事告訴により広く報道がされる可能性もあり、それを良しとしない考えもあるでしょう。
一方で、刑事告訴することにより、警察が証拠収集をするので、民事訴訟において警察が収集した証拠を使用するという考えもあります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年3月14日日曜日

営業秘密侵害における民事訴訟の損害賠償額

営業秘密を侵害した個人は、刑事責任や民事責任を負うことになります。
刑事責任は、侵害者が刑事罰を受けることになります。
下記が過去にあった刑事罰の一例です。
営業秘密の侵害では、そのほとんどの懲役刑に執行猶予がついています。
しかしながら、中には執行猶予がない懲役刑が課される場合もあります。


上記のように刑事責任は懲役刑や罰金刑が課される可能性が有ります。
一方、民事責任はどのようなものでしょうか?
民事責任は、当該侵害によって営業秘密の保有者(保有企業)に与えた損害の賠償や、持ち出した営業秘密の使用又は開示をしてはならないという差し止め、持ち出した営業秘密の廃棄等です。このうち、個人が現実に負うものは損害賠償でしょう。

では、損害賠償はどのくらいになる場合があるのでしょうか?
それはケースバイケースですが、中には相当高額になる場合もあります。
その理由は、営業秘密が不正使用されたことにより、当該営業秘密の保有企業が受ける損害が莫大なものになる場合があるからです。
以下に、個人が負った損害額のいくつかを紹介します。

(1)500万円 
アルミナ繊維事件
大阪地裁平成29年10月19日判決(平成27年(ワ)第4169号)

本事件は、原告企業の元従業員であった被告が原告企業の営業秘密であるアルミナ繊維に関する技術情報等を持ち出し、これを転職先の競業会社で開示又は使用するおそれがあるとして原告企業が訴訟を提起したものです。
本事件では、原告企業は営業秘密の使用等による損害を主張していませんが、弁護士費用等として1200万円を損害額として主張し、このうち500万円の損害が認められました。


(2)1815万円(被告会社と被告個人とでの連帯)
リフォーム事業情報流出事件
大阪地裁令和2年10月1日判決(平成28年(ワ)4029号)

本事件は、家電小売り業の原告の元従業員(被告個人)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である被告会社へ持ち出したというものです。
損害額の内訳は、営業秘密の使用が1500万円、本事件に関する調査に関する外部委託費用が150万円、弁護士費用が165万円、合計で1815万円です。被告会社と被告個人との連帯で支払い義務がありますので、半額ずつ支払うのでしょうか。
なお、本事件は元従業員に対して刑事告訴もされており、この被告個人は上記一覧表のように有罪判決(懲役2年 執行猶予3年 罰金100万円)となっています。また、被告個人は刑事事件の起訴時において無職となっており、起訴時には既に被告会社には在籍していなかったようです。


(3)2239万6000円 
生産菌製造ノウハウ事件
東京地裁平成22年4月28日判決(平成18年(ワ)第29160号)

本事件は、原告が保有する営業秘密である本件生産菌(コエンザイムQ10)を被告が退職時に持ち出したというものです。なお、被告は、原告企業を退職後に、被告企業(被告が設立)の代表取締役となっています。
上記金額は、原告企業の就業規則に「会社は,退職者が在職中に行った背信行為が発覚した場合,あるいは退職者が退職後に会社の機密漏洩等の背信行為を行った場合,すでに支給した退職金・退職年金を返還させ,以後の退職年金の不支給または減額の措置をとることができる。」と規定されていることを根拠としています。
すなわち、被告による営業秘密の持ち出し等が原告に対する背信行為であり、退職金の一部の返還義務があるとされました。
そして、原告は、被告に対して退職金として2495万1148円(原告拠出分2239万6000円及び被告C積立分255万5148円)を支給したことから、被告は、原告拠出分2239万6000円の返還義務が生じ、退職金のほとんどを失うことになりました。


(4)10億2300万円 新日鉄営業秘密流出事件
知財高裁令和2年1月31日判決(令和元年(ネ)10044号)

本事件は、新日鉄が保有する電磁鋼板の技術情報を韓国のPOSCOに不正に開示したとして、新日鉄の元従業員に対して新日鉄が民事訴訟を提起したものです。
本事件に関連して新日鉄とPOSCOとの間で和解が成立しており、和解金が300億円とも言われています。この和解金からして、新日鉄が負った損害は莫大な金額であったのでしょう。
当然、その責任は営業秘密を持ち出した個人にもあります。電磁鋼板の営業秘密を持ち出した元従業員は複数いたようであり、その多くは新日鉄との間で和解を成立させて判決にまで至っていなかったようですが、本事件では判決にまで至り、地裁でも10億円、高裁でも10億円の損害額を被告個人が負うことになりました。

営業秘密の不正な持ち出しは、転職時や起業時に生じ易く、営業秘密の不正な持ち出しが違法であることを認識していないと行ってしまう可能性が有ります。
このため、営業秘密の不正な持ち出し、使用、開示は、上記のように刑事責任や民事責任を負う可能性が有ることを認識する必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2018年8月13日月曜日

技術情報の複数の管理手法

技術情報の管理、あまり使われない表現かもしれませんが、私は理想的には下記3つの手法を技術情報の管理と考えます。

①特許化
②秘匿化
③放置管理

なお、放置管理とは、特許化、秘匿化の何れも選択されなかった技術情報をその後、その技術内容及び放置管理に至った経緯を含めて確認できるように管理”をすることです。放置管理は、文字通り何ら管理しないというものではありません。
また、さらに細分化すると「権利化を伴わない公知化」というものもあるかと思います。例えば自社の技術力アピールのためにホームページ上で技術情報を公開するといったものです。しかしながらこのような手法を選択する場合は少ないと思いますので割愛します。

そして、上記①~③は同列のものであり、例えば特許化ありきで特許化しないから②又は③というものではないと考えます。

しかしながら、実際には多くの企業は「①特許化」を視点において技術情報の管理を行っているのではないでしょうか。この理由の一つとしては、技術者や事業部等又は知財部に出願件数のノルマを課す等することで、技術開発を促すことにもあるかと思われ、さらに特許出願件数を安定して行うためにも大変有効な手段かと思います。

また、特許出願は技術情報の管理という視点からすると、企業にとってとても容易な手法であるとも思えます。
特許出願後は審査請求、中間処理、特許査定後は年金の支払い、これらは所定のコストさえ支払えば代理させている特許事務所が管理してくれ、逐次クライアント企業に報告してくれます。
このように技術情報を特許化することは、企業にとって独占排他権を得るというメリットの他に技術情報の管理が容易であるというメリットも大きいかと思います。


しかしながら、技術情報の特許化は公開という多大なるリスクがあります。すなわち、特許出願は公報によって全て公開されます。
このため、他社の公報から技術情報を知得し、自社の技術とすることが行われています。
これは他社の特許権を実施しない限り違法なことではありません。
このため、侵害の特定が困難な技術、例えば一般には公にならない工場等でのみしか実施しない技術情報等は特許出願を行わないという選択、すなわち秘匿化が広く取られています。

では、このような企業が秘匿した技術情報はどのように管理されているのでしょうか?
例えば、営業秘密の三要件を満たすように管理されているでしょうか?
それとも、だれでもアクセス可能なサーバ上のフォルダ又はキャビネットの中、さらには従業員が使用しているパソコンの中に保存されたままとなっているのではないでしょうか?
技術情報の特許出願ありきの考えではこのような管理に陥り、万が一の場合に法的に争っても負ける事態となりかねないと思われます。

さらに、特許出願しないさらに自社実施もしない技術は、誰も管理せずに放置されたままとなるでしょう。このようなことは企業が労力とコストをかけたに技術もかかわらず、忘れ去られることになり得ます。

以上のようなことが特許出願ありきの技術情報管理で陥るかもしれない事態です。すなわち、特許化ありきの管理では、特許出願しない技術情報に対する意識が非常に低くなってしまうため、秘匿化、放置管理に対する対応が不十分なものになります。

一方で、①特許出願と②秘匿化、③放置管理を同列に考えることでこのような事態を防げるかもしれません。
すなわち、技術情報を特許化ありきではなく、秘匿化と放置管理もその管理手法の一つとして積極的に“活用”することです。

このためには、秘匿化と放置管理の手法を企業ごとに確立する必要があります。
秘匿化であるならば、まず秘密管理性ですが、どのように秘密管理を実行するのか?これは情報の種類によっても異なるかもしれません。工場等で使用している技術情報もあるでしょう。製品に用いられている技術情報もあるでしょう。色々な人が日々の業務で使用している技術情報もあるでしょう。

また、秘匿化された技術情報が他社により公知となったか否かの確認もするべきかもしれません。公知となった技術情報を何時までも秘密管理していると、秘密管理の形骸化を招き、他の技術情報の秘密管理性に影響を与えるかもしれません。
さらに、放置管理するのであれば、放置管理された情報をどこの部署が管理するのか?知財部なのか?技術開発を行った事業部なのか?というようにルールを決めなくてはなりません。
このようなことを企業は管理の手間を考慮しつつ決定する必要があるかと思います。直感的に特許化の方が管理が容易ですね。

また、①~③のうちどの管理手法を取るかという点に関しては、例えば技術情報の公開可否を最初の基準として検討し、公開可能であれば特許化又は放置管理の何れかとのように考えることもできるでしょう。公開不可の判断ならば秘匿化です。公開可能でありかつ独占排他権を得たいのであれば、特許化です。
また、秘匿化の判断には特にリバースエンジニアリングによる公知化の可能性を考慮しなければなりません。当該技術情報を製品に用いる場合、この製品をリバースエンジニアリングすることで容易に知ることができれば営業秘密でいうところの非公知性を満たしません。
そうであるならば、秘匿化よりも特許化の方がよいとの判断もあり得ます。また、製品化までは秘匿化し、製品が市場にでると同時に特許出願を行うという選択もあり得ます。
さらに、秘匿化、放置管理については、例えば半年ごとに当該技術情報の価値を考慮し、特許化の判断を行うという作業もあるでしょう。

以上、色々書き並べましたが、技術情報に対する管理として①特許化、②秘匿化、③放置管理をを同列に考えることで、知財活動がより充実したものになるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年8月9日木曜日

ノウハウ、言葉の定義

過去のブログ記事でも書いたように、「営業秘密」という文言は不正競争防止法第2条第6項で法的に定義があります。
すなわち、秘密管理性、有用性、非公知性の三要件を全て満たす情報が営業秘密となります。
しかしながら、似たような言葉で、ノウハウ、企業秘密、秘密情報等は法的な定義がありません。このため、その解釈は人それぞれかと思います。

参考過去ブログ記事
どの様な情報が秘匿化できるノウハウとなり得るのか?
ノウハウと特許との関係を図案化

以前のブログで私はノウハウや営業秘密の関係を下記図1のように考えていることを述べました。
企業が有するノウハウの一部が営業秘密という考えです。ノウハウの中には、秘密管理性等の上記三要件を満たさない情報もあり得ると考えたためです。


図1

しかしながら、ノウハウについて上記図のような考えが特に一般的といえるものではないようですね。

ノウハウとは下記図2のように営業秘密のさらに下位概念に当たるという考えがあることを、先日ある企業の知財部の方とお話して認識しました。

図2

上記図のようなノウハウと営業秘密との関係では、ノウハウは営業秘密の一部であり、実際に事業に使用され、利益に貢献するものという考えです。確かに、営業秘密の中には、事業に使用していないものや利益に貢献しないものも含まれる可能性があります。
このような考えでは、ノウハウは営業秘密の一部となりますし、ノウハウの定義は図2のほうが一般的なのかもしれません。
図1と図2どちらの解釈が一般的なのでしょうか?非常に知りたいところです。

ノウハウの一般的な認識を知りたいのは当然なのですが、この記事で一番言いたいことは、言葉の定義に対しては共通認識を持つべき、という当たり前のことです。
定義が明確でない言葉は、人それぞれの解釈があって当然です。
今回のようにノウハウの定義は図1又は図2の何れの解釈でも正解だと思います。
法的な定義の無い言葉ですから。
しかしながら、少なくとも同じ企業内において、言葉の定義に対して共通認識を持たないと、議論が噛み合わなかったり、誤解を生じたりします。

特に、秘匿するノウハウに関しては今後、特許と同様に発明者にインセンティブを与える企業が多くなるでしょうし、このような制度の検討を開始している企業もあるでしょう。
この際、初めに言葉の定義を明確にすることが肝要かと思います。

なお、営業秘密は法的にその定義が定められています。そして、三要件の解釈も裁判例から明確になりつつあります。すなわち、営業秘密は、一般的な共通認識を得やすい言葉です。
そこで、各企業は、営業秘密という言葉の意味を基準として、ノウハウ等、法的に定義が定められていない他の言葉の定義を定めては如何でしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年6月7日木曜日

ノウハウと特許との関係を図案化

以前のブログにおいてノウハウとノウハウではない情報とを図案化しましたが、今回はこれに特許の要素を加えてみました。

参考過去ブログ記事:どの様な情報が秘匿化できるノウハウとなり得るのか?


上記図のように、公開済みの特許(特許公報、公開特許公報)は、誰でも見ることができるため、企業が有する“ノウハウ”ではなく一般知識であるとも考えられます。(特許権をノウハウと考えることもできるかと思いますが、ここではノウハウとは考えません。)
特許出願された技術は公報によって公知化されますが権利化されれば、当該特許権の権利者は独占排他権を有するため、たとえ公開されたとしても権利者以外は実施できませんし、もし権利者以外が実施した場合には損害賠償請求や差止等の民事的責任を負わせることができます。

ところが、特許権は、基本的に出願から20年が経過するとその権利は消滅します。また、国への年金の支払いを止めた場合も特許権は消滅します。
特許権が消滅すると、当該技術は誰でも自由に実施できる技術(自由技術)となります。

一方で、ノウハウは独占排他権はありません。
従って、同じノウハウを他者が実施していても、基本的にはそれを止めさせたり、損害賠償を請求することはできません。
例外的に、自社のノウハウを秘密保持契約を締結して他者に開示した場合に、当該他社が秘密保持契約に反する行為を行った場合に、契約不履行による損害賠償等の民事的責任を請求できます。さらに、営業秘密であれば、その開示や使用が不法行為であると不正競争防止法に基づいて民事的責任や刑事的責任を負わせることができます。

ところが、ノウハウを秘匿化し続けると、当該ノウハウを他者が真似することはできないため、実質的に当該技術の独占状態を保つことができます。当然、期限の縛りはありません。これがノウハウの秘匿化の最大のメリットです。

しかしながら、ノウハウを秘匿化しても、当該ノウハウが他者の特許権の技術的範囲内のものであれば当然、当該他者の特許権を侵害していることになります。
基本的に、秘匿化されたノウハウは他者に知られることはないので、例えそれが他者の特許権を侵害していたとしてもそれを追及されることはありません。
とは言っても、どこで当該ノウハウが漏れるか分かりません。そのため、秘匿化したノウハウについて先使用権主張の準備を行う企業が近年多くなってきています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年5月28日月曜日

どの様な情報が秘匿化できるノウハウとなり得るのか?

企業が有する技術のうち、なにが秘匿化できるノウハウなのか?
「ノウハウとするべき情報とそうではない情報との切り分けが難しい」と考えている人もいるかと思います。
また、そもそも自社には秘匿化する情報はないと言い切ってしまう人も言います。
本来ノウハウを管理すべき人がそのように考えてしまうと、自社の情報を守るという思考に至らず当該企業においてノウハウ管理が全くできなくなってしまうかと思います。
そうなると、知らず知らずのうちに、自社のノウハウが外部に持ち出され、他社で使用されることになる可能性がありますし、既にそうなっているかもしれません。

なお、ここでは、特許出願した技術情報は秘匿化できるノウハウとは考えません。
特許出願は公開されるので、秘密にできないからです。しかしながら、特許出願してもそれが公開されるまでは当該情報はノウハウとなり得ます。

下記図は、従業員自身が有している情報のうち、ノウハウとノウハウでない情報とを、私の理解の元で図案化したものです。


そもそもノウハウとならない情報とは何でしょうか?
それは公知の情報、例えばインターネットや教科書、雑誌、論文等ですでに公知となっている一般的な知識であったり、自社だけでなく他社でも取得可能な技能や培うことができる一般的な技能であったりします。
一般的な技能とは、例えば、我々弁理士であれば明細書の作成技能、営業部員であれば営業を行ううえで一般的に取得可能な技能、溶接技術者であれば取得可能な一般的な溶接技能でしょうか。
このような従業員が有している一般的な知識や技能はノウハウとして秘匿することはできないでしょう。また、従業員の知識・技能が優れていたとしても、それが一般的な知識・技能の範囲内であれば、それに対して企業は秘匿可能なノウハウと主張することはできないでしょう。

一方、ノウハウとは、上記の裏返しであり、他社では取得できずに自社だけで取得可能な知識や技能となります。このような情報は企業として秘匿する価値のある情報となり得るでしょう。
すなわち、ノウハウとならない情報とノウハウとなる情報は、「自社のみで取得可能な知識や技能」か否かという基準で切り分けることができるかと思います。そして、ノウハウとなる情報の一部又は全部を必要に応じて企業は秘匿するべきでしょう。

さらに、ノウハウのうち、秘密管理性、有用性、非公知性を満たす情報が不正競争防止法で保護の対象となる営業秘密です。

つまり、ノウハウ>営業秘密であり、営業秘密と認められなくてもノウハウとはなり得ます。
例えば、公知の技術情報との差異が非常に小さく、営業秘密でいうところの有用性又は非公知性が認められない技術情報であっても、その情報を保有している企業がノウハウであると主張すばノウハウでしょう。そして、営業秘密と認められないノウハウであっても、従業員や取引会社との間で適正な秘密保持契約を結んでいれば、それに違反した者に対して契約不履行の民事責任を負わせることが可能になるかと思います。

換言すると、企業が自社のノウハウであると漠然と考えていても、営業秘密の要件も満たさず、持出しを禁止する規定や契約を従業員等と結ぶこともしていなければ、当該企業はノウハウの持ち出しは自由であると暗に認めていることになり、実際にノウハウを持ち出されても法的責任を負わせることはできません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2017年5月14日日曜日

営業秘密とは? 基本のキ

たまにニュース等で「営業秘密の漏えい」という言葉を聞いたことがある人も多いと思います。

では、 そもそも営業秘密とは何でしょう?
営業秘密とは、不正競争防止法第2条第6項において下記のように規定されています。
・秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。

まず、「技術上又は営業上の情報」とは何でしょうか。
具体的には製品の設計図・製法、顧客名簿、販売マニュアル、仕入先リスト等(*1)です。ざっくりというと、他社に知られたくないと思われる情報は、営業秘密になり得ると考えられます。
なお、製品の設計図や製法等の技術に関する情報を技術情報、顧客名簿、販売マニュアル、仕入先リスト等の経営に関する情報を経営情報又は営業情報と言ったりします。

そして、営業秘密は、下記3つの要件を満たすものです。
①秘密として管理されていること(秘密管理性)
②事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)
③公然と知られていないこと(非公知性)
すなわち、企業から情報が漏えいされたとしても、この3つの要件が一つでも欠けていたら、それは営業秘密とは認められず、漏えいさせた人物に対して、民事、刑事で訴えてとしても求められないことになります。

上記3つの要件のうち、最も重要とされているものが、①秘密管理性です。
民事訴訟においても、まず、裁判所によって当該情報の秘密管理性の有無が判断され、秘密管理性がないとされると、有用性や非公知性を判断することなく、当該情報は営業秘密ではないとされます。

しかしながら、3つの要件よりも重要なこと、それは漏えいされたとする情報を特定することです。
あたりまえですね、“何”が漏えいしたのかを特定しなければ、 上記3つの要件の判断をすることすらできません。
ところが、民事訴訟において、この“何”が漏えいしたのかを特定することなく、訴訟に臨む原告が少なからずいます。このような場合、裁判所は3つの要件を特定することもなく、漏えいされたとする情報が特定できないとして、原告の訴えを棄却します。

なぜ、原告はこのような状態で訴訟を起こすのでしょう?
おそらく、例えば以下のようなロジックでしょうか。

自社の元従業員が競合他社へ転職した。
          ↓
この競合他社が自社と同じような事業を始めた。
          ↓
ならば、元従業員が上記事業の「何らかの情報」を自社から持ち出したに違いない。
          ↓
持ち出された「何らかの情報」は、きっと事業に関するあの情報やこの情報だろう。
          ↓
うーん、ケシカラン!!訴えてやる!!
          ↓
で、裁判になっても、原告は「何らかの情報」を説明できない・・・

こうならないためにも、常日頃から、自社にとって外部に漏らされたくない情報を正しく特定し、秘密管理を行う必要があります。

次回からは、営業秘密に関する3つの要件等について書いてみたいと思います。
 
(1)経済産業省 知的財産政策室編 逐条解説 不正競争防止法 p.42(2016年)


2017年5月11日木曜日

営業秘密について

昨今、企業の情報管理の一つとして、営業秘密が取り沙汰されることが多くなりました。

例えば、東芝からSKハイニックスへの半導体メモリに関する技術情報の流出や、ベネッセからの顧客情報の流出等が挙げられます。
いずれの事件も営業秘密を流出させた者は、執行猶予なしの実刑判決を受けています。
また、このほかにも、企業から営業秘密を流出させた結果、執行猶予付きの実刑判決を受けた者も既に複数人います。
このように、営業秘密の漏えいは犯罪行為であることが明確です。

しかしながら、この事実を知らない人も多数いるのではないでしょうか。
また、企業側も営業秘密の理解が不十分であり、何をどのように守るべきか明確でない企業も多いのではないでしょうか。

そこで、このブログにおいて、営業秘密に関する理解を深めてもらうべく、営業秘密に関する情報等を定期的に発信しようと思います。