2025年4月14日月曜日

転職者による前職の営業秘密の流入防止と流入時の対応

営業秘密のリスクとして流出リスクと流入リスクがあります。流出リスクと流入リスクは共に転職者によってもたらされる可能性があります。
すなわち、流出リスクは、自社からの転職者(退職者)が他社への転職時に自社の営業秘密を不正に持ち出すことであり、流入リスクは、自社への転職者(転入者)が前職の営業秘密を不正に持ち込むことです。

ここで、営業秘密の流入リスクの対策として、自社への転職者に対して前職の営業秘密を満ち込まないことの誓約書(不正流入防止誓約書)を求める企業も少なからずあるようです。
この誓約書を拒む転職者は存在するとは考え難く、全ての転職者がサインをするでしょう。そして、仮に既に前職の営業秘密を不正に持ち出した転職者に対しては、当該営業秘密を自社へ持ち込むことを躊躇させることになるかと思います。しかしながら、この誓約書にサインしたとしても、前職の営業秘密を自社に不正に持ち込む転職者が存在する可能性があります。そして、実際に当該転職者が前職の営業秘密を自社に持ち込んでしまったら、どうするべきでしょうか。

まず、前提として、他社の営業秘密を不正に使用等することは違法行為(犯罪)であるということを自社の従業員や経営層が認識する必要があります。仮にこのような認識が無い場合に、転職者が前職の営業秘密を自社内で不正に開示すると、それが自社内で拡散し、使用されることになるでしょう。その結果、自社が営業秘密侵害により民事的責任又は刑事的責任を負うだけでなく、それを使用した従業員も民事的責任又は刑事的責任を負いかねません。
一方で、自社の従業員や経営層が上記の認識を持っていれば、他社営業秘密の拡散等を防止できるでしょう。

具体的には、転職者から他社営業秘密を開示された従業員は、速やかに上司等に報告します。このとき、上司等にメールでその内容を報告したり、他社営業秘密であるデータをメールに添付することは避けるべきでしょう。
その理由は、そのような行為が意図せず自社内での当該他社営業秘密の拡散を招くためです。もし、cc等で複数人にメールを送ることを常としている従業員である場合、一度のメールで複数人に拡散させる可能性もあります。
このため、他社営業秘密を開示された従業員等は口頭で上司等に報告するべきでしょう。また、報告を受けた上司等は、営業秘密の担当部署に速やかに報告します。この担当部署は、法務部又は知的財産部となるかと思います。


そして、担当部署は、報告した従業員及び転職者から他社営業秘密を受け取り、厳重にアクセス管理されたサーバ等に保管します。当該他社営業秘密が紙媒体等でしたら、キャビネット等に鍵をかけて保管します。さらに、従業員がメールで他社営業秘密を受け取っていた場合には、当該メールを担当部署立ち合いのもとで削除します。これにより、自社内で他社営業秘密が拡散することを防止します。

そして、転職者が持ち込んだ他社営業秘密が真に営業秘密であるかの判断を行う必要があります。
具体的には、他社営業秘密と考えられる情報が非公知性を満たしているかを判断します。仮に転職者が持ち込んだ情報が公知である場合には、営業秘密ではないので自社でも自由に使うことができます。また、公知である場合には、転職者による当該情報の持ち込みは誓約書に反する行為ではないので(必ずしも望ましい行為ではないですが)、処罰の対象とはならないでしょう。
この判断は、自社内で行うのではなく、特許事務所や法律事務所に依頼するべきでしょう。仮に自社内で判断を行った結果、それが非公知性を満たしていたら、当該他社営業秘密の内容を詳細に知る者が自社内に存在することになります。その場合、他社営業秘密の保有企業から当該他社営業秘密の不正開示や不正使用の疑いを掛けられかねません。
なお、転職者が「当該情報は前職で秘密管理されていなかったので、営業秘密ではない」と主張する可能性もあります。しかしながら、この主張が真実であるか否かを客観的に調べる術はありません。このため、このような転職者の主張を真に受けてはいけません。営業秘密であるか否かは、客観的な判断が可能である非公知性の有無で判断する必要があります。

一方で、転職者が持ち込んだ情報が真に非公知、すなわち真に営業秘密である場合には、誓約書に反したとして当該転職者を解雇等します。また、転職者の前職は、既に当該営業秘密が不正に持ち出されたことを検知している可能性もあります。このため自社がこの不正な持ち出しに関与しておらず、自社内での不使用等を主張するためにも、前職に対して通知することの検討も必要でしょう。

他社営業秘密の不正使用は刑事的責任も負う可能性がある犯罪であるため、万が一自社に他社営業秘密が不正に持ち込まれた場合には、このように細心の注意を払って対応するべきです。
このためにも、自社の従業員に対して、営業秘密の不正流出はもちろん、不正使用等も違法行為であることを周知し、かつ他社営業秘密が不正流入した場合の対応策も事前に準備する必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信