2026年9月16日水曜日

判例紹介:営業秘密の不正開示の例

営業秘密の侵害は営業秘密の不正使用だけでなく、不正な開示も含まれています。
では、営業秘密でいうところの開示とは具体的にはどのような行為でしょうか。
営業秘密の開示について、不正競争防止法 逐条解説には以下のように記載されています。
営業秘密の「開示」とは、営業秘密を第三者が知ることができる状態に置くことをいい、営業秘密を非公知性を失わないまま特定の者に知られる状態に置くことも含む。具体的には、営業秘密を口頭で伝えたり、営業秘密が記録された電子データを特定の第三者に送信したり、ホームページに営業秘密を掲載したりすることのほか、営業秘密が化体された有体物(営業秘密記録媒体等又は営業秘密が化体された物件(注4))の占有を移転することで他者に営業秘密を通知したりすることなどが考えられる。
上記のように開示とは「営業秘密を第三者が知ることができる状態に置くことをいい、営業秘密を非公知性を失わないまま特定の者に知られる状態に置くことも含む。」とあります。逐条解説には、この説明に続いて具体的な例が記載されていますが、開示とされる行為の範囲は非常に広いように思えます。

ここで開示行為を具体的に判断した裁判例として大阪地裁令和8年1月22日判決(事件番号:令6(ワ)5424号 ・ 令6(ワ)8059号)があります。
この事件において、原告は訪問看護事業の遂行にあたり、原告システムを利用して利用者情報や訪問看護サービスに必要な情報を一元的に管理し、本件マスタメンテ情報を登録していました。
被告A~C等は原告事業者で勤務していたものの、被告Bは被告A,Cと共に原告と同様の訪問介護サービス事業を行う会社(被告会社)を立ち上げ、原告を退職しています。
そして、原告は、被告Aの退職時にマスタメンテ情報を不正に取得等したと主張しています。
この主張に対して、マスタメンテ情報の営業秘密性及び被告Aによる不正取得(不競法2条1項4号違反)を認めました。


さらに、裁判所は以下のように、被告Aによるマスタメンテ情報の不正開示を認めました。
 イ 開示について
 前記前提事実に加えて、証拠(乙4、7、9、被告A本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告会社が令和6年4月から被告システムの利用契約を締結し、同月1日から訪問看護サービスの提供を開始した事実、被告会社が同年3月中に当初引継対象者との間で訪問看護サービスサービス利用契約を締結した事実、遅くとも同月末頃から被告システムへの入力が可能となり、当初引継対象者の情報として、少なくとも本件マスタメンテ情報の別紙2「第1」の「6」の「(1)医療保険、(2)高齢者受給者証、(3)高額療養費、(4)介護保険、(5)負担割合証、(6)公費」の項目に対応する情報が被告Aによって被告システムに登録された事実、・・・が、それぞれ認められる。
 これらの事実に加え、上記「(1)」ないし「(6)」の情報は、利用者IDや公的な資格に関する情報であって、被告会社が原告から引継ぎを受けた時点より半年以上前に取得された情報であったとしても、引き継いだ利用者の情報である以上、利用する余地は十分にあるというべきであることや、被告システムが利用するソフトウェア(iBow)において、別の事業所の情報を他の事業所に取り込むことは推奨されていないものの、取込みが自体は可能であること(甲14)を考慮すると、被告Aによって本件マスタメンテ情報の別紙2「第1」の「6」の「(1)」ないし「(6)」の情報が被告システムに登録されたと推認することができる。
 以上によれば、被告Aは、本件マスタメンテ情報の同「6」記載の情報のうち、上記「(1)」ないし「(6)」に係る情報を被告会社に開示したといえ、当該開示について、不正競争(不競法2条1項4号)が成立する。
このように、不正取得した営業秘密をコンピュータシステムに登録するような行為も営業秘密の不正開示になるようです。
コンピュータシステムにマスタメンテ情報を登録するだけでは開示に当たらないようにも思えますが、マスタメンテ情報をコンピュータシステムに登録することにより、第三者(本事件では被告会社の従業員)がマスタメンテ情報を知ることができるようになります。すなわち、営業秘密を第三者に実際に見せていなくても、第三者が見ることが可能な状態にすることが不正開示にあたり、営業秘密の侵害となります。

そして、このように不正開示された営業秘密を事業に使用することも侵害行為となり、これは個人だけの違法行為ではなく、下記のように会社による違法行為となる可能性があります。このため、本事件では被告Aだけでなく、被告Aが務めている被告企業の営業秘密侵害もも裁判所によって認められました。
 (3) 被告会社の不正競争の成否について
 上記の認定事実及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は、被告Aによる被告システムへの登録という方法によって本件マスタメンテ情報の上記「6」の「(1)」ないし「(6)」の情報の開示を受け、令和6年4月から、被告システムを用いて、同情報に係る利用者である当初引継対象者に対する訪問看護サービスの提供を開始し、上記情報を業務に使用したことが認められる。そして、被告会社の事業が被告A及び被告Bを中心として開始されたこと(乙9)ことからすれば、被告会社は、被告Aによる上記情報の不正取得行為が介在したことを知って、上記情報を使用したといえる。
 以上によれば、被告会社の上記情報の使用について、不正競争(不競法2条1項5号)が成立する。
弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年8月31日月曜日

営業秘密視点で中途採用者にしてはいけないこと

企業が中途採用者に期待することの一つに即戦力でしょう。その中には、前職企業で培った知識、技能、経験も含まれるかと思います。しかしながら、中途採用者の前職企業の営業秘密までも自社で使用等することは違法行為になります。
このため、中途採用者に対して、前職企業の営業秘密を聞き出そうとすることは避けなければなりません。

中途採用者に前職企業の営業秘密を聞き出すパターンは、以下の2つがあるかともいます。
パターン1:採用面接時に聞き出す。
パターン2:採用後に聞き出す。
パターン1は採用前ですが、採用面接時に面接官が求職者に対して前職又は現職の営業秘密を聞き出そうとする場合もあるでしょう。

ここで、中途採用者から聞き出すのであれば、前職企業からデータのコピー等を行うのではないため、営業秘密侵害には当たらないと考える人もいるかもしれません。
これに関して下記のように、中途採用者が自身が知っている前職企業の営業秘密を転職先に口頭で伝える行為は、不正競争防止法第21条第2項第1号でいうところの営業秘密を「領得」したことにはならないため、刑事罰の対象にはならない可能性があります。
2 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の拘禁刑若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得したもの
・・・
一方で、不正競争防止法第2条第1項第7号には、不正競争行為として以下のように定義されています。ここには「領得」が要件に含まれていないため、口頭で営業秘密を不正に開示すること、さらには、それを使用等すること(不競法2条1項8号)は民事的責任を負う可能性があります。
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為


しかしながら、自社の従業員が中途採用者に対して前職企業の営業秘密を聞き出そうとしたことにより、中途採用者が前職企業の営業秘密を口頭でのみ伝えるだけでなく、実際に前職企業の営業秘密を不正に持ち出す可能性があります。

例えば、採用面接時に求職者に対して営業秘密を聞き出そうとした結果、求職者は採用を確実にしてもらうことを目的として、営業秘密を不正に持ち出す可能性があります。求職者が退職していない場合には現職企業の営業秘密をコピー等して持ち出す、採用担当者等にメールで送るかもしれません。
また、採用後に前職企業の営業秘密を中途採用者から聞き出そうとした結果、中途採用者は前職企業の元同僚を通じて営業秘密を取得するかもしれませんし、前職企業のサーバに不正アクセスすることで営業秘密を取得するかもしれません。
このような場合には、営業秘密を不正に持ち出すことになるので刑事罰の対象になります。

そしてこのような場合において、果たして中途採用者等だけの責任と言えるでしょうか?
中途採用者等から営業秘密を聞き出そうとした従業員も、中途採用者に営業秘密の不正な持ち出しを指示したとして共犯となる可能性もあるかと思います。また、自社も両罰規定により刑事罰を受ける可能性もあります。
このような事態に陥らないためにも、中途採用者等から情報を得る場合には十分な注意が必要となります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年8月16日日曜日

営業秘密の2つの特徴

営業秘密は下記のように二つの特徴があると思います。
特徴1:営業秘密の不正開示や不正使用等は刑事罰を伴う不法行為であるという特徴。
特徴2:特に技術情報は知的財産であるという特徴。

特徴1は、ビジネスに携わる人であれば必ず知る必要があります。
過去には競合企業の営業秘密を取得することが好ましいとしていたかもしれませんが、現在では不正競争防止法によって、他社の営業秘密を取得し、開示や使用すると拘禁刑が課される犯罪行為となる可能性があります。 さらに、営業秘密を不正使用した者にも刑事罰が課される可能性があります。たとえ上司の指示により仕事の一貫として行ったとしてもです。
なお、このような法律の存在は家庭ではもちろん、学校でも教えてもらうことはほぼないでしょう。そうすると、営業秘密侵害はビジネス上のリスクとして企業が自社の従業員等に周知する必要があります。

また、企業も自社の営業秘密の不正流出だけでなく、自社への他社の営業秘密の不正流入も意識する必要があります。仮に自社が他社の営業秘密を侵害すると、自社が刑事罰を受けるだけでなく、上記のように自社の従業員が刑事罰を受ける可能性があります。
このため、企業は、自社の営業秘密が不正に持ち出されないように管理したり、他社の営業秘密が自社に不正に流入することを防止する必要があります。


一方で、営業秘密は特徴2のように知的財産としての側面もあります。
技術情報を営業秘密とする理由は、自社で創出した新規な技術を他社に知られないようにするためです。これは、技術を公開することを前提とした特許権を取得することとは相反することになります。
ここで、技術情報を営業秘密にし続けるためには、非公知性という要件が必要です。しかしながら、従業員等が不注意により自ら営業秘密であるはずの技術情報を公知にしてしまう場合があります(不注意による営業秘密の開示は犯罪行為にはなりません。)。
たとえば、秘密としているはずの技術情報を営業活動や工場見学等で他社に話してしまったり、ホームページで公開してしまったり、同様の技術開発を行っていた他部門が特許出願をしてしまう行為です。そして、公知となった情報を再び非公知にすることはできません。
このため、技術情報を営業秘密とし続けるためには、非公知性を保つ管理が非常に重要となります。

この非公知性を保つ管理は、特徴1のような自社の営業秘密が不正に持ち出されないように管理することとは異なります。非公知性を保つ管理のためには、当該営業秘密に関係のある従業員にその内容を認識、理解してもらい、かつ営業秘密として保つためには非公知性を満たし続けないといけないことも認識してもらう必要があります。

しかしながら、例えば、取り引き先の営業の最中に自社の独自技術をアピールするがあまり、営業秘密を取引先に話してしまったり、取引先からの誘導に乗ってしまい、営業秘密をつい話してしまう可能性もあるでしょう。このような事態を避けるためには、例えば、取引先との会話の想定を行い、何を話したり見せたりしてよいのか、何を話したり見せたりしてはいけないのかを予め決めておくべきかと思います。
一方で、このような非公知性を保つための活動にどこまで時間と労力を使うのかという課題も生じます。
例えば、近年は転職が一般的であり中途採用者が多く入社します。技術系や営業系の中途採用者に自社の営業秘密とする技術情報を逐一理解、認識してもらうのか?果たしてそれは現実的なのか?
営業秘密の管理において、そのような課題も出てくるのではないでしょうか?

このように、営業秘密の管理は案外難しいのではないかと思います。
そうであれば、技術の公開という代償があるものの、営業秘密に比べて管理が楽であろう特許権を取得するという判断もあるのではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信