営業秘密の侵害が特許権の侵害と同様であると考えると、大きな間違いを犯す可能性があります。
まず、特許権の侵害とはどのようなものでしょうか。
特許権の侵害の判断は、特許請求の範囲に記載された構成要件を基準として行われます。
まず、請求項を個々の構成要件に分説し、それぞれの技術的意味を特許請求の範囲の記載、明細書、図面および出願時の技術常識を踏まえて解釈します。
次に、被疑侵害製品又は方法(イ号製品等)と各構成要件とを対比し、イ号製品等に対して各構成要件が充足されているかを検討します。この際、すべての構成要件が充足されている場合には、いわゆる文言侵害が成立します。一方で構成要件のうち一つでも充足しないものがあれば、原則として文言侵害は成立しません。
例えば、請求項1がA、B、C、Dの構成を有している場合に、この構成要件A、B、C、Dの全てをイ号製品等が充足している必要があります。仮にイ号製品等が構成要件A、B、Cを含んでいるものの、構成要件Dを含んでいなければ、これは特許権の侵害とはなりません。
また、他社の特許権と同じ効果を有して製品であり、構成要件A、B、Cを満たしているものの、構成要件Dの代わりに他社の特許請求の範囲に含まれない構成Eに置き換えられていると、この製品は侵害品となりません。
このように、特許権の侵害の有無は、特許請求の範囲の構成に基づいて厳密に判断されます。このため、他社の特許権に係る技術範囲を回避し、似て非なる技術を実施することも場合によっては容易であったりします。
さらに、特許法には以下の条文があります。
第六十九条特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。
このことは、他社の特許権に係る技術であっても、営業目的で製品を製造・販売する目的ではなく、特許発明の内容を検証したり、改良技術の開発のために実験・分析を行ったりする行為は、原則として特許権侵害にはならないというものです。
一方で、営業秘密の侵害はどうでしょうか?ここでは、中途採用者が前職企業の営業秘密を不正に自社に持ち込んだ場合を想定します。
不正競争防止法の第2条第1項第8号は下記のように規定されています。
第二条第1項第八号その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
上記規定の末尾に「開示する行為」とあります。この開示とは、不正に取得した他社の営業秘密を誰もが閲覧可能なようにサーバに保存したり、社内においてメールで送信したりする行為です。営業秘密の不正行為には、使用だけでなく、このような開示行為も含まれます。この開示行為は、特許権の侵害にはありえないものです。
さらに、営業秘密の不正使用も特許権の侵害のように厳密に判断されるものではありません。不正取得した営業秘密を参考にする程度でも不正使用になる可能性があります(大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)。
例えば、特許権の侵害では、他社の特許権に係る技術を参考にして、特許権の技術範囲に含まれない異なる技術を新たに開発することは、特許権の侵害にはなりません。
しかしながら、他社からの不正取得した営業秘密を参考にして、異なる技術を新たに開発することは営業秘密侵害となる可能性があります。
このように、営業秘密侵害は、侵害とされる範囲が特許権侵害に比べて非常に広い可能性があります。この違いを理解せず、営業秘密侵害とされる範囲を特許権侵害と同様であると判断し、不正取得した営業秘密を開示や使用したりすると、取り返しのつかない事態になり得ます。
弁理士による営業秘密関連情報の発信


