2024年10月17日木曜日

判例紹介:プログラムの秘密管理性について

今回はプログラム(ソースコード)が営業秘密であると原告が主張した事件(大阪地裁令和 6年7月30日 事件番号:令2(ワ)1539号)についてです。
本事件は、原告の元従業員であった被告P2及び被告P2が代表者である被告会社に対して、原告の営業秘密である原告ソースコードを不正使用等したと原告が主張したものです。
なお、原告は、原告の元従業員であるP3が原告ソースコードを不正に取得し、被告会社は、かかる不正取得行為が介在したことを知って、若しくは重過失により知らないで原告ソースコードを取得し、これを使用して被告製品を製造・販売した、P3は、取得した原告ソースコードを不正の利益を得る目的で被告会社に開示した、と主張しています。

本事件について結論を先に述べると、原告ソースコードはその秘密管理性が認められずに営業秘密ではないとされ、原告の主張は認められませんでした。なお、被告等による原告ソースコードの使用自体も認められていません。
なお、原告ソースコード等の管理体制は以下のようなものであったと裁判所は認定しています。
エ 原告各ソフトウェアのプログラムのソースコード(このうち、平成23年12月当時のものが原告ソースコードである。)は、P3が在職していた当時、リリースされた製品のものは原告社内の共有サーバーに保存される一方、開発中の最新バージョンは担当者の社用パソコンに保存されるほか、定期的に共有サーバーにもバックアップとして保存されていたが、保存に関する明確なルールは存在せず、各従業員に割り当てられたユーザー名とパスワードをパソコンに入力してログインすれば、開発課の従業員に限らず、原告従業員(役員を含む。)全員がアクセス可能であった。また、従業員の退職時には、ソースコードは共有サーバーに保存し、パスワードも引き継いでいた。
オ 開発課の従業員は、原告製品の顧客先に出向いて作業をする際、必要に応じて、私有のノートパソコンに原告各ソフトウェアのソースコードをコピーして保存し、社外に持ち出すことがあった。その場合、当該従業員は、私有のノートパソコンに社用パソコンと同じユーザー名とパスワードを入力し、社内ネットワークにアクセスしていた。
ソースコードの上記社外持ち出しについては、禁止や許可に関する明確なルールは存在せず、P1が口頭で許可をしたことはあったものの、従業員個人に任せていたこともあり、P1が社外持ち出しの全てを把握していたわけではなかった。また、従業員が顧客先から帰社した際に、私有のノートパソコンからソースコードを削除するなどの措置については、原告としては特段の管理を行っていなかった。

このような管理体制に対して、以下のような理由から裁判所は「原告の従業員数が多くても15名程度であったことを考慮しても、社内での秘密管理はほとんどされていなかったに等しいといえる。」と判断しました。

(1)就業規則も含め保存に関する明確なルールは存在せず、原告従業員全員が、原告から割り当てられたユーザー名とパスワードをパソコンに入力してログインしさえすれば上記ソースコードにアクセス可能であった。
(2)開発中の最新バージョンは担当者の社用パソコンに保存されるほか、定期的に共有サーバーにバックアップされていたが、秘密管理の観点からの何らかの措置が定められていたとは認めるに足りない。
(3)アドミニストレーターのユーザー名及びパスワードが原告の社内で厳格に管理されていたとは認められない。
(4)ソースコードの社外持ち出しの禁止や許可に関する明確なルールは存在せず、従業員が顧客先から帰社した際に、私有のノートパソコンからソースコードを削除するなどの措置についても、原告として特段の管理を行っていなかった。
(5)原告代表者のP1は、原告を退職してから半年以上も経つP4に対し、原告各ソフトウェアについて電子メールで、ソースコードを保持していなければ対応が困難と考えられる質問をしていることから、原告各ソフトウェアのソースコードの退職後の保持をP1が少なくとも一定程度黙認していたと解される。

裁判所の判断のように、原告における原告ソースコードの管理体制は秘密管理の観点からは非常に杜撰といえるでしょう。個人的にはソースコードは秘密管理性が認められやすいと思っており、従業員が15名程度の企業であればその業務範囲も狭く、全従業員の認識も統一され易いため、比較的緩い秘密管理措置であってもその秘密管理性は認められる可能性が高いと思っています。
しかしながら、上記のような管理体制、特に(5)のような行為、すなわち退職者が原告ソースコードを保有していることが前提とされる行為は致命的であると思います。


なお、原告は「退職時には「退職後における秘密保持誓約書」のほか、ソースコードを秘密保持対象とする旨の「秘密情報確認書」も示されていた旨、また、パソコン内情報の社外持ち出し禁止などの就業規則の内容は平成23年4月に開かれた従業員説明会等で従業員に周知されていた旨」を主張しています。
しかしながら、裁判所は秘密保持誓約書による秘密管理性も認めていません。また、就業規則についても、就業規則案の説明はされたとしても、異論が示され従業員の了解を得られていないとして、就業規則による秘密管理措置も求められていません。

そもそも、従業員の退職時に秘密保持誓約書に署名させていても、従業規則に秘密管理規定が設けられたいたとしても、対象となる情報に対して適切な秘密管理措置がなされていなければ、これらは意味をなさないでしょう。
一方で、従業員が15人程度であれば、会社にとってどのような情報が重要であるかは、全従業員で統一が図れている可能性があります。そして、ソースコードは一般的には秘匿されるものであるため、杜撰な管理がなされておらず、就業規則等で秘密管理規定が定められていれば、ソースコードやソースコードが保存されているフォルダがパスワード管理される等していなくてもその秘密管理性は認められる可能性があると思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年10月8日火曜日

判例紹介:有用性について

前回紹介した裁判例(東京地裁令和4年12月26日判決 事件番号:令2(ワ)20153号 ・ 令3(ワ)31095号)では、原告が営業秘密であると主張した情報(本件データファイル)に対して裁判所は秘密管理性を否定しました。しかしながら、裁判所は当該情報の有用性及び非公知性は認めています。

なお、本事件は、被告会社に対して懲戒解雇された原告が当該懲戒解雇は違法かつ無効であると主張したものです。原告が被告会社を懲戒解雇となって理由の一つに機密保持違反があり、営業秘密の保有者は被告会社となります。

そして、原告は、被告会社が営業秘密であると主張する本件データファイルに対して、以下のようにその有用性を否定する主張を行いました。特に下記(イ)では、持ち出したデータファイルについて転職先では利用できないものであるから、営業秘密としての有用性が無い、と主張していると考えられます。
(ア) 本件Excelファイルは、原告が担当していたトウモロコシのデリバリー業務について、Excel関数を利用して、トウモロコシの買い付け数量とそれらの客先への売数量のバランスを常時把握するために原告が作成したファイルであり、特段、機密性の高いものではなく、有用性はない。
(イ) 本件詳細主張ファイル群を含む、本件デスクトップフォルダ内のデータの大部分は、原告が、平成27年度から平成30年度までの麦・油糧種子課在籍時に作成保存したものである。これらのデータファイルは、情報の鮮度からしても有用性は認められず、転職先へ持ち込む意味のないものである。また、本件詳細主張ファイル群の中には、原告が平成29年から令和元年頃までリーダーとして担当していた生産性改革のプロジェクトに関するものも含まれるが、これも相当に古い情報であって有用性はなく、日系企業と社内制度や体質が全く異なる外資系の転職先へ持ち込む意味もないものである。

これに対して裁判所は、有用性について以下のように判断しています。
 (1) 有用性及び非公知性について
ア 本件デスクトップファイル群のうち、本件詳細主張ファイル群は、連番2178記載のファイルを除き、別紙5「本件詳細主張ファイル一覧」の「内容」欄記載の特徴があるところ(別紙略)、これらにつき原告は具体的な反論をしていないことからすれば、上記各ファイルについては、①飼料・穀物トレードに関する取引先との契約内容に関する情報、②投資検討案件の検討段階又は投資決定案件の社内決定プロセスに関する情報、③現在交渉継続中の案件に関する情報、④被告会社の特定重要商品の内容及び規模に関する情報、⑤食糧部門領域全商品に関するトレードノウハウ及びリスク管理ノウハウに関する情報又は⑥被告会社の保有株式に関する情報等を含むものであって、いずれも、事業活動にとって有用な情報であり、不特定の者が公然と知り得る状態になかった情報であったと認めることができる。もっとも、本件デスクトップファイル群のうち、本件詳細主張ファイル群以外のものについては、有用性及び非公知性があったと認めるに足りる証拠はない。
イ 原告は、本件デスクトップフォルダ内のデータの大部分が、平成27年度から平成30年度までの間に作成保存されたものであり、転職先企業にとって重要な情報でないことを理由に有用性がないと主張するが、前記アで説示した本件詳細主張ファイル群の特徴からすれば、仮に、作成時期が上記原告の主張する時期であったとしても、本件アップロード行為時点で有用性が失われているということはできない。また、有用性が認められるためには、客観的に企業の事業活動にとって有用であれば足り、原告の転職先の企業における利用可能性は問題にならないと解するべきであり、原告の上記主張は採用することができない。
裁判所は、特に下線部で示しているように、「有用性が認められるためには、客観的に企業の事業活動にとって有用であれば足り、原告の転職先の企業における利用可能性は問題にならない」と述べています。

このように、営業秘密(情報)を持ち出した側が、当該情報の有用性を否定するために、転職先で利用できない等のような主張を行う事例がいくつかあります。

しかしながら、このような有用性を否定する主張はまず認められないと考えられます。その理由は、有用性の概念は基本的に広いものであり上記のように「客観的に企業の事業活動にとって有用である」というもののためです。このため、企業で創出される情報は、違法性のある情報等でなければ、基本的に有用性を有していると考えられます。なお、技術情報については、特許でいうところの進歩性と同様の判断を裁判所が行い、その有用性を否定する裁判例もあります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年9月28日土曜日

判例紹介:不適切な秘密管理措置

営業秘密に関する裁判において、秘密管理性の有無が争点になることは多々あり、情報に対する秘密管理措置が適切でないとして当該情報の営業秘密性を裁判所が否定することは多々あります。
今回紹介する裁判例は(東京地裁令和4年12月26日判決 事件番号:令2(ワ)20153号 ・ 令3(ワ)31095号)は営業秘密と主張される情報が他の一般的な情報に埋もれた状態で保存されているとして、その秘密管理性が否定された事件です。

本事件は、被告会社に対して懲戒解雇された原告が当該懲戒解雇は違法かつ無効であると主張したものです。原告が被告会社を懲戒解雇となって理由の一つに機密保持違反があり、営業秘密の保有者は被告会社となります。

なお、原告は、被告社内システム内の原告の仮想デスクトップ領域に保存されていた、データファイル合計3325個(本件デスクトップファイル群)が入った「01_Main」フォルダ(本件デスクトップフォルダ)及びBoxの飼料原料課のフォルダの下位フォルダに保管されていたExcelファイルである「20_荷捌CORN.xlsx」(本件Excelファイル)を、Google Driveの原告のアカウント領域にアップロードしていました。これらデータのアップロードが、転職先に持ち出すのではないかとして被告会社から問題視され、懲戒解雇となりました。

本事件ではこれらデータの秘密管理性が争われ、裁判所は、以下のように被告会社において秘密管理措置がとられていることを一応は認めています。
被告社内システム及びBoxに保存された情報にアクセスする場合、ユーザーID及びパスワードによる認証が必要とされており、社外からのアクセスが制限されているほか、Box内の各フォルダについては、さらに、所属部署ごとのアクセス権限が設定されるという、物理的ないし論理的な秘密管理措置がとられている。

しかしながら、被告がアップロードしたデータについては以下のようにして、裁判所はその秘密管理性を否定しています。なお、当該データについてその有用性及び非公知性を裁判所は認めています。
・・・本件データファイル等は、ファイル数が合計3326個に及ぶものであるにもかかわらず、有用性及び非公知性があると認められる本件詳細主張ファイル群のファイル数は136個に留まり、原告が本件デスクトップフォルダに保存していた情報のうち、大部分は一般情報であって、その中に、それと比較して相当に少量の有用性及び非公知性がある対象情報が含まれる状況にあったと認めることができる。そして、デスクトップ領域のみならず、被告社内システム及びBoxの中で、有用性及び非公知性がある情報を一般情報と区別して保存すべき規範は存在しなかったことからすると、上記原告による情報の保存方法が、他の従業員のものと比して特異なものではなかったことが推認される。
そうすると、被告社内システム及びBox内に保存されている情報に含まれている対象情報は、量的に大部分を占める一般情報に、いわば埋もれてしまっている状態で保存されているのが常態であり、被告会社の従業員において、個々の対象情報が秘密であって、一般情報とは異なる取扱いをすべきであると容易に認識することはできなかったというべきである。したがって、前記被告会社のとっていた秘密管理措置では、対象情報が一般情報から合理的に区分されているということはできないから、本件データファイル等については、秘密管理性を認めることはできない。
このように、裁判所は、原告がアップロードしたデータは非常に多数であるものの、有用性及び非公知性のあるデータはその中において少数であるため、原告は有用性及び非公知性のあるデータを認識できるように管理はしてはいなかった、そして、被告会社のシステムでも有用性及び非公知性がある情報を一般情報と区別して保存すべき規範は存在しなかった、として当該データの秘密管理性を否定しました。

なお、被告会社は「従業員が、フォルダ内に営業秘密は一切ないとの認識を持つことの方が不自然であり、営業秘密が含まれていることをフォルダ単位で認識することは容易である」とも主張しましたが、この主張を裁判所は認めませんでした。

本事件の被告会社におけるデータの管理状態は、システム等へのアクセス管理がなされていても、秘密管理の形骸化となっており、秘密管理性が認められ難いということでしょう。このような事態を防ぐためには、有用性及び非公知性のあるデータは専用のフォルダに保存し、秘密管理措置を行うことが必要となります。しかしながら、会社の従業員は多数のデータを扱っており、従業員各々が管理するフォルダでそのような管理まで行うことは現実的には難しいかと思います。
一方で、秘密管理がずさんなデータは自由に持ち出してもよいわけではありません。たとえ、営業秘密と認められないデータであっても、当該データを許可なく持ち出すことが就業規則等で禁止されていれば、会社からペナルティを受ける可能性があります。
実際に、本事件において裁判所は上記のように当該データの秘密管理性を否定したものの、「原告によるデータのアップロードについて「業務上の理由」がなく、原告自身又は被告会社以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことを合理的に推認でき、被告会社の就業規則違反である」として、懲戒解雇は違法かつ無効であるとの原告の主張は認めませんでした。

弁理士による営業秘密関連情報の発信