2026年6月30日火曜日

営業秘密の流入ルートの違いによって侵害に違いがある?

自社に他社の営業秘密が流入するルートはいくつかあると思います。その一つが中途採用者が前職企業の営業秘密を不正に持ち込むというルートです。そして、中途採用者が持ち込んだ他社の営業秘密が自社で開示等されると、不正競争防止法第二条1項八号等違反になり営業秘密侵害であるとなります。
不正競争防止法第二条1項八号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
一方で、例えば取引先から自社へ競合他社の営業秘密を渡される場合というのも少なからずあります。これは取引先の担当者が他社の営業秘密に関する意識が相当に低く、深い意図なく若しくは良かれと思って渡してくる可能性があります。
渡し方は、唐突にメールに添付する形や、当該取引先に伺ったときに印刷物を渡されるという方法でしょうか。自社としては、取引先が渡してきたものであり、とりあえず受け取るという形になるかと思います。
このよう場合に、取引先から取得した他社の営業秘密を自社内で開示等すると、営業秘密侵害となるのでしょうか?

ここで、取引先から取得した営業秘密の侵害の有無について判断した裁判例(知財高裁平成30年1月15日判決 事件番号:平29(ネ)10076号、東京地裁平成29年7月12日判決、事件番号:平28(ワ)35978号)があります。

この事件は、原告(控訴人)の営業秘密である「配向膜用光学アライメント装置仕様書」(本件各文書)を被告(被控訴人)が不正に取得したとして、不競法2条1項8号違反を理由に使用や開示の差止等を求めたものです。 
本件各文書は、原告が台湾企業や中国企業と秘密保持契約を締結して開示したものであり、原告製品の製品概要、仕様等が記載されていると共に各丁に「CONFIDENTIAL」との記載があります。被告は、どのようにして本件各文書を入手したかは明らかにしていませんが、営業活動等の過程で入手したようです。
そして、本件各文書には、原告製品の情報と共にCONFIDENTIALとの表示があることから、被告はこれが原告の営業秘密であることが容易に理解できたとも言えるでしょう。


これに対し、裁判所は以下のように判断しています。
不競法2条1項8号所定の「重大な過失」とは,取引上要求される注意義務を尽くせば,容易に不正開示行為等が判明するにもかかわらず,その義務に違反する場合をいうものと解すべきである。被控訴人が,本件情報の記載された本件各文書を取得するに当たって,本件各文書の内容がそれを被控訴人が自社の製品に取り入れるなどした場合に控訴人に深刻な不利益を生じさせるようなものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務が発生することを根拠付ける要素の1つとなり得る。これに対し,本件各文書が通常の営業活動の中で取得されたものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務の発生を妨げる事実に該当すると解される。
よって,本件各文書の内容がそれを被控訴人が自社の製品に取り入れるなどした場合に控訴人に深刻な不利益を生じさせるようなものとは認められないこと,本件各文書が通常の営業活動の中で取得されたものであることは,被控訴人が不正開示行為等を重大な過失により知らなかったことと関係がないとはいえず,控訴人の主張は採用できない。
・・・被控訴人が,本件各文書を取得するに当たり,本件各文書のConfidentialの記載以外に,本件各文書の保有者から,本件情報を秘密情報として扱うように指示されたり,秘密保持契約の締結を求められたり,あるいは,報酬や利益と引換えに本件各文書を得たなど,本件情報が秘密情報であることを疑うべき事実があったことを認めるに足りる証拠はない。そうすると,本件各文書のConfidentialの記載のみをもって,被控訴人において,本件各文書の取得に当たって,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問い合わせるなどして調査確認すべき取引上の注意義務があったとまではいえないから,控訴人の主張は採用できない。
上記のことから、裁判所は本事件において営業活動で取得した他社の営業秘密の取り扱いについて、以下のように判断しています。
1.本件各文書が通常の営業活動の中で取得されたものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務の発生を妨げる事実に該当する。
2.本件各文書のCONFIDENTIALの記載のみをもって,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務があったとまではいえない。
3.本件各文書の内容がそれを被控訴人が自社の製品に取り入れるなどした場合に,控訴人に深刻な不利益を生じさせるようなものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務が発生することを根拠付ける要素となり得る。

すなわち、通常の営業活動において取得した営業秘密かもしれない他社の情報であっても、CONFIDENTIALとのような記載程度では注意義務の程度は低く、取得したとしても大きな問題はないとの判断のようです。一方で、当該情報を実施すると当該他社に深刻な不利益を生じさせる可能性が有る場合には要注意のようです。

このように、営業活動によって他社の営業秘密を取得した場合は、中途採用者が前職の営業秘密を持ち込んだ場合とは違い、注意義務がかなり低いようです。すなわち、中途採用者が前職の営業秘密を持ち込むことに対しては注意義務が相当高いと言えるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年6月16日火曜日

特許に係る技術の「実施」と営業秘密の「使用」の違い

他社が保有する特許権の侵害と他社の営業秘密の侵害とは似て非なるものです。
営業秘密の侵害が特許権の侵害と同様であると考えると、大きな間違いを犯す可能性があります。

まず、特許権の侵害とはどのようなものでしょうか。
特許権の侵害の判断は、特許請求の範囲に記載された構成要件を基準として行われます。
まず、請求項を個々の構成要件に分説し、それぞれの技術的意味を特許請求の範囲の記載、明細書、図面および出願時の技術常識を踏まえて解釈します。
次に、被疑侵害製品又は方法(イ号製品等)と各構成要件とを対比し、イ号製品等に対して各構成要件が充足されているかを検討します。この際、すべての構成要件が充足されている場合には、いわゆる文言侵害が成立します。一方で構成要件のうち一つでも充足しないものがあれば、原則として文言侵害は成立しません。

例えば、請求項1がA、B、C、Dの構成を有している場合に、この構成要件A、B、C、Dの全てをイ号製品等が充足している必要があります。仮にイ号製品等が構成要件A、B、Cを含んでいるものの、構成要件Dを含んでいなければ、これは特許権の侵害とはなりません。
また、他社の特許権と同じ効果を有して製品であり、構成要件A、B、Cを満たしているものの、構成要件Dの代わりに他社の特許請求の範囲に含まれない構成Eに置き換えられていると、この製品は侵害品となりません。

このように、特許権の侵害の有無は、特許請求の範囲の構成に基づいて厳密に判断されます。このため、他社の特許権に係る技術範囲を回避し、似て非なる技術を実施することも場合によっては容易であったりします。

さらに、特許法には以下の条文があります。
第六十九条
特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。
このことは、他社の特許権に係る技術であっても、営業目的で製品を製造・販売する目的ではなく、特許発明の内容を検証したり、改良技術の開発のために実験・分析を行ったりする行為は、原則として特許権侵害にはならないというものです。


一方で、営業秘密の侵害はどうでしょうか?ここでは、中途採用者が前職企業の営業秘密を不正に自社に持ち込んだ場合を想定します。
不正競争防止法の第2条第1項第8号は下記のように規定されています。
第二条第1項第八号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
上記規定の末尾に「開示する行為」とあります。この開示とは、不正に取得した他社の営業秘密を誰もが閲覧可能なようにサーバに保存したり、社内においてメールで送信したりする行為です。営業秘密の不正行為には、使用だけでなく、このような開示行為も含まれます。この開示行為は、特許権の侵害にはありえないものです。

さらに、営業秘密の不正使用も特許権の侵害のように厳密に判断されるものではありません。不正取得した営業秘密を参考にする程度でも不正使用になる可能性があります(大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)。
例えば、特許権の侵害では、他社の特許権に係る技術を参考にして、特許権の技術範囲に含まれない異なる技術を新たに開発することは、特許権の侵害にはなりません。
しかしながら、他社からの不正取得した営業秘密を参考にして、異なる技術を新たに開発することは営業秘密侵害となる可能性があります。

このように、営業秘密侵害は、侵害とされる範囲が特許権侵害に比べて非常に広い可能性があります。この違いを理解せず、営業秘密侵害とされる範囲を特許権侵害と同様であると判断し、不正取得した営業秘密を開示や使用したりすると、取り返しのつかない事態になり得ます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年5月31日日曜日

判例紹介:意匠出願の「公然知られた」と出願前に取引先に送付したパンフレット

意匠や特許の出願前に取引先に出願に係る意匠等を開示する場合があります。そのような場合には、形式的には公然知られたものとなっています。一方で、開示先が秘密保持義務を有していれば公然知られたとはなっていないと考えられます。

本事件は、意匠に係る物品を瓦とする意匠権の無効審決の取消訴訟(知財高裁令和5年8月10日 事件番号:令5(行ケ)10007号)に関するものです。なお、本件の意匠出願は、特許出願の一部を分割して出願変更したものです。
本事件では、原告である意匠権者が意匠出願の前に被告に対して、本件意匠に相当する部分の意匠(引用意匠)の写真等が掲載されたパンフレットを電子メールで交付していました。
そして、無効審決において、本件意匠は意匠登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠である引用意匠(本件パンフレット等に掲載された意匠)に類似するとして無効とされました。
これに対して原告は、パンフレットを渡された被告には秘密保持義務があったので、意匠が公然知られた意匠に該当するとはいえないと反論しました。

これに対して、裁判所はまず以下のように述べています。
(1) ある意匠が他の者に知られた場合であっても、当該者が当該意匠について秘密保持義務を負うと認められるときは、当該意匠は、いまだ意匠法3条1項1号にいう「公然知られた意匠」に該当するものではない。もっとも、当該者が当該意匠について秘密保持義務を負うといえるためには、必ずしも秘密保持義務の発生の根拠となる契約が存在することまでは必要とされず、当該者とその相手方との関係、当該者において知るに至った事項の性質及び内容等に照らし、当該者が当該意匠について秘密にすることを社会通念上求められる状況にあり、当該者がそのことを認識することができれば、当該者は、当該意匠について秘密保持義務を負うものと解するのが相当である。

そして裁判所は、以下の事実に基づいて、原告の主張を認めませんでした。すなわち、パンフレットを送付された被告には秘密保持義務はなく、本件意匠は被告にパンフレットを送付したときに公然知られたものとなり、本件意匠は無効であると判断されました。

・本件パンフレット等には、引用意匠が開発中のものであるなどの記載や本件パンフレット等が秘密情報を含むものであることを示す「部外秘」などの記載がない。
・パンフレットを添付した本件メール(平成29年2月16日送信)にも、引用意匠や本件パンフレット等を秘密扱いにするよう求めるなどする記載がない。
・原告らの各代表者から、被告の代表取締役の一人であるDが説明会(平成29年2月19日開催)において引用意匠等を公開するように依頼されていた。(意匠の原出願日は平成29年6月16日、説明会での公開は新規性喪失の例外の適用を受けていた。)

本事件は、意匠出願の出願前に取引先に開示した資料がパンフレットであったことも需要な点ではないかと思います。パンフレットは、一般的に不特定の人に配られるものです。そのようなパンフレットを秘密であるとの記載もせずに被告に渡した後に、秘密保持義務があったとするのは少々無理があるのではないかと思います。被告は以下のようにも主張しており、このような被告の主張は妥当ではないかと思います。
ア 本件パンフレット等は、その内容に照らし、「設計図面」や「装置そのもの」に該当するものではない。また、本件パンフレットには、秘密情報を含む旨の「部外秘」などの記載はない。本件パンフレットに記載された広告文言によると、本件パンフレットは、単なる広告用のチラシにすぎず、「設計図面」や「装置そのもの」に準ずるような客観的にみて営業秘密であることが明らかな公開の対象物であるということはできない。
そうすると、本件パンフレット等につき、これらが客観的にみて営業秘密であることが明らかであるということはできない。
また、被告は「本件パンフレット等は、本件発表に際して全く必要のないものであった。」とも主張しています。これに関して現代ではEメール等を使用して、情報の送受信を容易に行うことができます。このため、他社が必ずしも必要又は要求していない情報も一方的に容易に送ることができます。しかしながら、不要な情報を他社に送ったという事実をなかったことにはできません。
本事件では、被告が必要なかったと述べているパンフレットを被告に送らなければ、出願前に「公然知られた」ことにはならなかったのであり、換言すると、必要とする所に必要な情報を送り、必要としない所には情報を送らない、という情報管理が適切に行えなかったともいえます。

本事件のように、良かれと思ってのことでしょうが、自社の非公知の情報を取引先に不必要に送ったり、自社で取得した他社の非公知の情報までも取引先に送る人は現実に存在します。そのような行為は本事件のように自社の権利を失う損害を与えるような、自社にとって高いリスクのある行為となり得、注意が必要です。

弁理士による営業秘密関連情報の発信