2026年10月29日木曜日

判例紹介:競合他社から正当に受け取った営業秘密とするプログラムについて

今回紹介する裁判例は、他社の営業秘密とされるプログラムの使用の有無についての裁判例(東京地裁令和 8年5月27日判決 事件番号:令2(ワ)32989号)です。

本事件は、原告会社と被告会社とは競合関係にあり、原告会社が営業秘密とする情報を被告会社が取引先を通じて取得したというものです。裁判に至るまでの経緯は以下です。
なお、下記にある本件SDK及びソケッツSDKは、いずれもAndroid端末向けの本件アプリに組み込まれ、本件アプリに同期歌詞表示機能を付加するためのプログラムです。

(1)  原告は、平成25年3月から平成27年12月にかけて、取引先であるレコチョクに対し、本件SDKを順次納品した。
(2) レコチョクが被告にレコチョクの基幹システムの開発を委託し、同システムに連携した形で原告から同期歌詞データの提供を受けることを検討していたことから、原告は平成25年7月13日、被告に対して本件SDKに係る仕様書を交付した。
(3) レコチョクは、平成25年12月18日頃、原告との間でデータ提供契約を締結し、本件SDKを組み込んだ本件アプリ及び原告が作成した同期歌詞データを利用した音楽配信サービスの提供を開始した。
(4) 本件データ提供契約は、レコチョクが原告から同期歌詞データの提供を受ける必要はなくなったとの理由で本件データ提供契約の終了を申し出たことから、平成30年3月31日をもって終了した。
(5) 被告は、ソケッツSDKを作成してレコチョクに対してソケッツSDKを納品し、レコチョクは、遅くとも平成29年12月頃から令和7年3月31日まで、ソケッツSDKを組み込んだ本件アプリ及びソケッツから提供された同期歌詞データを利用して音楽配信サービスを提供した。

このように、レコチョクは、原告が納品した本件SDKを組み込んだ本件アプリ等によって音楽配信サービスを行っていたものの、その後原告との締約を終了し、被告が納品したソケッツSDKを組み込んだ本件アプリ等によって音楽配信サービスを開始しています。
そして、この過程で、原告は被告に本件SDKに係る仕様書を交付しています。原告は、この本件SDKが営業秘密であり、被告が本件SDKを参照してソケッツSDKを製作し、レコチョクに対してソケッツSDKを納品した行為が営業秘密侵害であると主張しています。
なお、本事件において原告は被告による著作権侵害も主張しましたが、認められていません。

本事件において裁判所は、原告が主張する営業秘密侵害に対して、本件SDKが営業秘密であるか否かを判断していない代わりに、本件SDKとソケッツSDKとの共通する部分を比較することで、被告による本件SDKの使用等の有無を判断しています。
裁判所の判断は以下の通りです。以下の本件対象部分1及び2とは、本件SDKとソケッツSDKとの比較箇所です。
・・・本件対象部分1及び2における両ソースコードのプログラム構造や記載が共通する部分(ポイント1ないし6及びポイント⑴ないし⑺)は、いずれも書籍やウェブサイトに多数の記載例が掲載されているような一般的な手法を組み合わせたありふれた記載であって、本件SDKを参照しなければ作成できないようなものではないから、ソケッツSDKと本件SDKにおいて共通するプログラム構造や記載に係る情報が有用であるということはできない。
そして、本件SDKのクラス数は56個であるのに対し、ソケッツSDKのクラス数は39個であり(同イ(ア)及びウ(ア))、原告が対比しているのはそれらのうち各2個のクラスにとどまり、本件対象部分1におけるSpAppInfoのソースコードは89行であって、AppInfoのソースコードのうち約44%は記載が相違し(同エ(ア)b)、本件対象部分2におけるSpXmlParserのソースコードは56行であって、XmlParserのソースコードのうち約30%は記載が相違している(同エ(イ)b)。そうすると、本件SDK及びソケッツSDKの全体の行数は不明であるものの、本件SDKとソケッツSDKのソースコード全体に対して、ソースコードの記載が共通する部分の分量は、極めて限定的である。
以上のとおり、ソケッツSDKと本件SDKにおいて共通するプログラム構造や記載に係る情報が有用であるとはいえず、共通するプログラムの記載部分も極めて限定的であることからすれば、仮にソケッツSDKが営業秘密であり、被告がソケッツSDKを制作した際に本件SDKを参照した可能性を否定できないとしても、被告の行為が営業秘密の使用又は開示(不競法2条1項7号)に当たると評価することはできない。
以上のように、裁判所は、原告の本件SDKが営業秘密であるか否かにかかわらず、また、被告による本件SDKの参照の有無にかかわらず、本件SDKと被告のソケッツSDKとが共通する部分は一般的なものであり「有用」ではない、として被告による営業秘密侵害を認めませんでした。

裁判所が本件SDKの営業秘密性を判断しなかった理由は、先に著作権法違反について判断していたためとも思われます。しかしながら、本件SDKはプログラムであり一般的には公知とされない情報であるため、本件SDKの仕様書が秘密保持契約を締結して原告から被告へ開示されていれば、本件SDKが営業秘密となる可能性は相当高いと思われます。
この点に関して原告は以下のように主張しています。
本件SDKは、音楽配信事業者が効率的に同期歌詞データを配信することを目的として原告が開発したプログラムであり、原告の取締役以上の役職者及び秘密保持契約を締結した従業員しかアクセスできない社内NAS内で管理されている。また、原告は、同期歌詞データの利用許諾契約又は秘密保持契約を締結した音楽配信事業者にしか本件SDKを開示しておらず、仕様書等に「Confidential」と表示している。
したがって、本件SDKは、秘密として管理されている事業活動に有用な技術上の情報であって、公然と知られていないものであるから、営業秘密(不競法2条6項)に該当する。
しかしながら、原告は被告との間で秘密保持契約を締結して本件SDKを開示したとは主張していないことから、原告は被告との間で秘密保持契約は締結されなかったのでしょうか?仮に秘密保持契約を締結せずに、原告が被告に本件SDKの仕様書を開示していた場合には、たとえ原告社内において営業秘密として管理していても、原告は被告に対して本件SDKの仕様書を営業秘密として開示していないと判断される可能性もあります。
一方で、原告が被告に対して使用目的等を明確に限定したうえで、本件SDKの仕様書を開示した場合でも、裁判所は同じ判断をしたでしょうか?
また、本件SDKの仕様書はレコチョクにも開示されているかと思います。仮にレコチョクから被告に本件SDKの仕様書が開示された場合でも、裁判所は同じ判断をしたでしょうか?
本事件のように、他社に自社の営業秘密を開示する場合には、秘密保持契約は必須であり、その有無によって裁判所の判断が大きく変わる可能性もあるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年10月13日火曜日

判例紹介:システムを実現するためのプログラム等に関する営業秘密の帰属について

営業秘密は誰のものなのか?すなわち営業秘密の帰属に関する争いはまれにあります。特に、営業秘密とされる情報を作成した従業員が当該営業秘密を不正に持ち出した場合です。このような争いでは、たとえ従業員が当該営業秘密を作成しても、その従業員は当該営業秘密を自由に使用等できないという裁判所の判断となっています。
今回の事件は営業秘密の帰属も争った事件(大阪地裁令和8年7月28日判決 事件番号:令6(ワ)6912号)です。

本事件において原告は、情報処理システム開発の計画作成、コンピュータおよび付属品の販売等を行い、ランドリーパック等のサービスを提供している株式会社です。営業秘密とされる原告の情報(本件情報)は、ランドリーパック等に関するものです。
被告は、令和4年4月30日まで原告に勤務していた原告の元従業員です。
なお、原告はA(訴外)によって立ち上げられた会社であり、被告が原告に入社した後、A、D(訴外)及び被告の3人で、ランドリーパック等を含むクリーニング業者向けのシステム開発等を行っていました。Aは原告の代表取締役を務めていましたが、令和4年4月14日に原告の代表取締役を退任し、取締役を辞任しています。

判決によると、被告自身が営業秘密の不正開示等に直接関与したのではなく、サーバーの原告のアカウントIDを原告のメールアドレスからS社のメールアドレスに変更し、変更後のアカウントIDとパスワードをS社に提供するという方法により、本件情報をS社が利用できるようにした、というもののようです。本件情報はS社及びT社によって使用されており、このS社及びT社の代表者であるBとAとは懇意の関係であり、取引関係もあったとのことです。
上記のような被告の行為は、A、S社及びT社の不法行為を故意により幇助したものと認められ、被告は原告に対して141万円の損害賠償という判決となっています。

この事件において被告は、ランドリーパック等に係る本件情報は原告ではなくA及びDに帰属するものであったと主張しています。
これに対して裁判所は以下のように、被告の主張を認めませんでした。
仮にランドリーパック等の事業がAやDらを中心に立ち上げられたものだとしても、前記認定事実(2)のとおり、あくまで法人である原告の事業として実施されてきたものと認められるところ、本件情報が原告ではなく、Aなどに帰属するということはできないし、Aが原告の代表取締役を退任して取締役を辞任する際に、Aが本件情報を持ち出してS社やT社に提供することについて、原告とAと間で何らかの合意がされたり、当該意思決定について原告の内部で正当な意思決定手続が採られたりしたことを認めるに足りる証拠は存在しないから、被告の主張は採用できない。
なお、前記認定事実(2)とは「原告は、令和3年9月の時点で、T社に対して、ランドリーパックのシステムを利用したサービス提供を許諾していた。同月30日付けの原告からT社への請求書によれば、上記利用許諾に伴って、T社に対して支払われていた金額は、サーバー代等のほか、ランドリーパックアプリ名目での月額1万円、ランドリーパックによる売上げの5%に当たる3万3669円(いずれも税別)であった。」というものです。


ここで、営業秘密である本件情報には以下のものが含まれることが裁判所によって認定されています。
・本件情報1:ランドリーパック等のシステムが稼働するために必要なクラウド環境設定情報及び同クラウドに環境にアクセスするためのパスワード等の接続情報
・本件情報2:原告の提供していたランドリーパック等のシステムを実現するためのプログラム及び設定ファイル
・本件情報3:ランドリーパック等を利用している会社や同会社からサービスの提供を受けている顧客に関する情報や売上げに関する情報

まず、本件情報1であるクラウド環境設定情報やパスワード等の情報はそもそもA等に帰属するものではなく、顧客情報や売上げに関する情報である本件情報3もA等に帰属するというものではないでしょう。

一方で、本件情報2はランドリーパック等のシステムを実現するためのプログラムが含まれています。このプログラムは、上記のようにA、D及び被告の3人で作成したものであると思われます。そして、Aは原告を立ち上げた人物であることを鑑みると、このプログラムの作成を主導していたとも考えられます。また、本件情報2の非公知性は認められていることからも、このプログラムは少なくともオリジナル性があり、発明となり得る技術思想も含まれている可能性があります。そうであれば、感覚的に、本件情報2は原告に帰属すると共にAにも帰属するとも思えてしまします。

また、発明は人が行うものであるため、発明を創出した人物が会社に「示す」ものであり、会社から発明を創出した人物に「示された」ものではありません。このため、営業秘密の侵害を規定した不正競争防止法2条1項7号に当てはまらないという考えもあります。
不正競争防止法2条1項7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
そうすると、発明者が退職後に当該発明に係る情報を使用しても前職企業との間で契約違反となっても不競法違反となることはないという解釈もあります(これは帰属とは異なる議論かもしれません)。
この点に関して、原告は「Aは、前記情報奪取行為を行った当時は原告の代表者として本件サーバーに正当にアクセスできる立場にあったのであるから、「示された」営業秘密に該当し、また、第三者であるS社に不正な利益を得させる目的や原告に対して不当な損害を加える目的があったといえることから、図利加害目的で行われたといえる。」とも主張しましたが、原告が主張する「示された」について裁判所は直接的な判断していません。

以上のようなことから本裁判において裁判所はもうすこし丁寧に「帰属」又は「示された」について判示しても良かったのではないかと思います。
しかしながら、本事件は、発明に該当する可能性もある営業秘密について、裁判所が判断した数少ない事例になるかと思いますし、Aの帰属を認めなかった裁判所の判断は現在の社会情勢において妥当なのではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年9月30日水曜日

旭化成の営業秘密侵害事件(刑事事件)

先日、旭化成の営業秘密を中国企業に流出させたとして、旭化成の元従業員(66歳)が逮捕されました。


この事件の時系列をまとめると以下のようになります。
2018年11月末   
 旭化成を退職
 (潜在性硬化剤に関わる営業秘密の製造データが入ったHDDを持ち出し)
 →名古屋市内の化学メーカー等複数企業に再就職
2024年8月
 名古屋市内のメーカーが情報漏えいを愛知県警に相談
2024年9月13日
 中国の山東聖泉新材料股份有限公司に旭化成の営業秘密をメールで送信
2025年4月
 容疑者の自宅を家宅捜索(旭化成の営業秘密侵害が発覚)
2026年9月17日
 容疑者を逮捕

この事件は、容疑者が所属していた複数のメーカーの営業秘密を不正に持ち出していた可能性があり、容疑者は営業秘密の不正取得や不正開示が犯罪であるという意識が相当低いように思えます。
また、容疑者は旭化成の営業秘密を2018年に取得し、2024年に中国企業に不正開示しています。一般的には、退職と共に営業秘密を不正取得した場合には、転職後に間もなく営業秘密を転職先に不正開示します。すなわち、不正取得と不正開示との間が数年の開きがあることはあまりないように思えます。
もしかしたら、容疑者は所属企業を退職する度に所属企業の営業秘密を不正に持ち出していたのかもしれません。そして、何らかの機会があれば、持ち出した営業秘密を他社に引き渡すつもりだったのでしょうか。

さらに、容疑者によって営業秘密を持ち出された企業が愛知県警に相談して、愛知県警が容疑者宅を家宅捜索した結果、旭化成の営業秘密が中国企業に流出したことが発覚したとのことです。すなわち、それまで旭化成は容疑者によって営業秘密を持ち出されたことを認識していなかったようです。容疑者は退職時に返却すべきHDDを持ち出していたようですが、何も気付けなかったということは2018年当時において旭化成での機器の管理にも疑問が生じます。

なお、今回の事件は、旭化成とは異なる企業が愛知県警に相談したことをきっかけに発覚して逮捕されています。そうすると、愛知県警に相談した企業の相談案件はどのようになったのでしょうか。家宅捜索までしているので、この容疑者が何らかの情報を不正に持ち出している可能性は高かったようにも思えますが、家宅捜索から既に一年半ほど過ぎています。持ち出した情報が秘密管理性等の要件を満たしていなかったのでしょうか?


ここで、容疑者による旭化成の営業秘密の持ち出し(領得)は、営業秘密が記憶されたHDDを返還しなかったことのようなので、不正競争防止法第21条第2項第1号イに該当すると思われます。
(不正競争防止法 第二十一条)
2 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の拘禁刑若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得したもの
イ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。
そして、不正競争防止法違反罪(営業秘密侵害罪)の法定刑は十年以下の拘禁刑であるため、刑事訴訟法上の公訴時効は7年となります。容疑者による旭化成の営業秘密の持ち出し(領得)が2018年11月であるならば、「領得罪」単体については2025年11月頃に7年が経過し、時効が完成している可能性があります。

一方で、不正競争防止法第21条第2項第2号では、示された営業秘密を不正に「使用・開示」する行為を領得とは別の独立した犯罪として規定しています(本事件では営業秘密を日本国外である中国企業に開示しているので、不正競争防止法第21条第5項(海外重罰)に該当する可能性もあるかと思います。)。
(不正競争防止法 第二十一条)
2 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の拘禁刑若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
二 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、その営業秘密の管理に係る任務に背いて前号イからハまでに掲げる方法により領得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、使用し、又は開示したもの
したがって、仮に2018年における営業秘密の「領得」が時効となっていたとしても、2024年9月13日における中国企業への「不正開示」行為自体が新たな犯罪を構成しており、その時効(7年)は未だ過ぎていません。

このように、営業秘密侵害罪は「領得」、「使用」、「開示」等の侵害態様ごとに犯罪が成立するため、「領得」の時効が過ぎたからといって「開示・使用」は時効とならない場合があるので、注意が必要です。

弁理士による営業秘密関連情報の発信