<営業秘密関連ニュース>

2023年12月7日
・患者の個人情報持ち出し 相沢病院の元職員に有罪判決「病院の信用を損なわせる悪質な行為」(日テレNEWS)
・松本 患者情報を不正に持ち出した罪 病院の元職員に有罪判決(NHK)
・患者の個人情報持ち出し…転職先に勧誘、紹介料得る 相澤病院元職員に執行猶予付き有罪(FNNプライムオンライン)
・相沢病院の患者情報漏えい事件、元職員被告に有罪判決 長野地裁松本支部(信濃毎日新聞デジタル)
・相澤病院からデータ持ち出した元職員に有罪判決(長野朝日放送)
2023年12月6日
・ホンダ、従業員逮捕は事実-アルプスA元社員かは明らかにせず (Bloomberg)
・逮捕の中国籍男はホンダ社員 自動車データ持ち出し容疑 (産経新聞)
・逮捕の男はホンダ社員、警視庁 自動車データ持ち出し容疑 (47NEWS)
2023年12月5日
・退職した元従業員の逮捕について(アルプスアルパイン株式会社)
・営業秘密持ち出し疑い、元社員逮捕 大手アルプスアルパインから(毎日新聞)
・営業秘密の設計データ持ち出し容疑 元社員の中国籍男逮捕―自動車関連先端技術・警視庁(JIJI.COM)
・電子部品大手からデータ持ち出し 営業秘密領得の疑いで男逮捕(47NEWS)
・中国籍の男、営業秘密の設計データ持ち出し 警視庁公安部が容疑で逮捕(産経新聞)
・アルプスアルパイン元社員を逮捕 データ不正持ち出し容疑で公安部(朝日新聞)
・営業秘密持ち出し疑い、ホンダへ転職 中国籍の男を逮捕(日本経済新聞)
・アルプスAの元従業員、不正競争防止法違反の容疑で逮捕(Bloomberg)
・営業秘密の設計データ持ち出した疑い、中国籍の男を逮捕…転職先の大手自動車メーカーで利用か(読売新聞)

2023年11月27日月曜日

秘密管理性の判断基準を低くしてもよいのでは?

今回は個人的な意見なので、営業秘密を理解するうえであまり参考にはなりません。

営業秘密は、秘密管理性、有用性、非公知性の三要件を満たした情報です(不正競争防止法第2条第6項)。訴訟となった場合には営業秘密であると主張した情報であっても、その秘密管理性が認められないとして、裁判所によって当該情報の営業秘密性が認められない場合が多々あります。

この秘密管理性の程度としては、例えば、営業秘密管理指針では下記のように説明されています。
秘密管理性要件が満たされるためには、営業秘密保有企業の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要がある。
すなわち、営業秘密とする情報に対しては、㊙マークを付したり、パスワード管理等を行うことにより、当該情報が秘密であることを従業員等に明確に示す必要があるとされています。そして、裁判所における秘密管理性の判断もこれと同様となっています。

しかしながら、秘密管理性に対するこのような判断基準は妥当なのでしょうか。
例えば、一般的に企業の顧客情報等は秘密とされる情報であると多くの人は認識しているかと思います。特に、顧客情報として管理されている個人情報はなおさらのことでしょう。また、自社サービス等の料金表も公にしていない情報であれば一般的に秘密とされる情報と認識されるでしょう。
ところが、このような情報であっても上記のような秘密管理措置がなされていない情報は営業秘密として認められません。このため、秘密管理措置が認められない情報を持ち出して転職等したとしても、不正競争防止法で定められた責任を負うことはありません。

例えば、サロン顧客名簿事件(知財高裁令和元年8月7日判決 平成31年(ネ)10016号)では、裁判所は「前記前提事実のとおり,被控訴人は,退職後,控訴人従業員から,顧客2名の顧客カルテの施術履歴が記載された裏面部分を撮影した写真を送信させた(施術履歴の入手)」とのように、まつげエクステサロンを営む控訴人(一審原告)から被控訴人(一審被告)が顧客カルテの施術履歴を持ち出したことを裁判所は認めながらも、当該顧客カルテの秘密管理性を認めなかったため、控訴人の損害賠償請求も差し止め請求も認められませんでした。

一方で、上記のような施術履歴も個人情報であり、自由に持ち出してよいものではなく、「一般的に秘密とされる情報」とのように考える人が多いかと思います。また、被控訴人は退職後に当該施術履歴を入手したわけですから、ビジネス的に重要な情報であると認識していたとも考えられます。
また、同様に例えば取引先から提出された見積もりや料金表等も一般的には秘密とされる情報と考えられ、このような情報を他の取引先に開示等することは妥当ではないと考える人も多いでしょう。また、自社開発した化学製品の組成等も、企業が自ら公知にしていなければ一般的には秘密とされる情報でしょう。
しかしながら、現在の不正競争防止法では、上記のように営業秘密としての秘密管理性を満たすためには「営業秘密保有企業の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示される」必要があり、仮にこのような秘密管理措置が取られていなければ、当該企業に許可なく持ち出したり、開示しても不正競争防止法違反とはなりません。

ところが、多くの企業、特に規模の大きい企業は無数の情報が常に発生し、そのような情報の全てを精査して「秘密管理措置」を行うことは難しいでしょう。また、作成途中の情報に関しては、秘密管理の対象にならず、秘密管理措置も行われていない場合も多いかと思います。
その結果、本来は営業秘密とするべき情報が秘密管理の対象から漏れ、退職者等によって許可なく外部に持ち出されている可能性があります。そして、退職者等によって許可なく外部に持ち出されれた情報の存在を検知しても、秘密管理措置がなされていないために、何ら対応できないということもあるでしょう。


ここで、上記のように秘密管理措置が比較的厳密に判断される理由として、営業秘密の不正な持ち出し等は民事的責任だけでなく、刑事的責任も負う可能性が考慮されているからだと思います。すなわち、民事的責任は主に損害賠償や差し止めであるものの、刑事的責任は禁固刑となり得る可能性もあり、また、メディア等によって不正に持ち出し等した者の個人名が明らかにされることで社会的制裁を受ける可能性があり、刑事的責任は民事的責任よりも重いものとなり得ます。
このように、営業秘密の不正な持ち出し等は刑事的責任も負う可能性があるため、営業秘密とする情報は従業員等が明確に認識できなければならない、ということです。
一方で、企業にとっては、不正取得等した者に対して刑事罰が与えられるよりも、当該営業秘密の使用差し止めや当該営業秘密の不正使用による損害賠償等の方が重要とも考えられます。

そこで、上記のことを鑑みると、民事的責任を負う場合における営業秘密の秘密管理性の判断基準を緩和してする一方で、刑事的責任を負う場合における営業秘密の秘密管理性の判断基準を現在のとしてもよいのではないかと思います。もっというと、不正競争防止法において、民事的責任を負う営業秘密と刑事的責任を負う営業秘密とを区別する規定を設けてもよいのではないかと思います。
これにより、秘密管理措置が甘いものの「一般的には秘密とされる情報」を許可なく持ち出し等した者は民事的責任を負う一方で、刑事的責任は負わないこととなります。その結果、企業にとって自社が秘密としたい情報が守られる範囲も広くなります。
一方で、不正な持ち出し等が行われた場合により重い責任である刑事罰の適用をも視野に入れた営業秘密に関しては、従業員等に対して明確な秘密管理措置を行う、ということになります。

仮に営業秘密の秘密管理性を上記のような判断基準とすると、営業秘密性の判断において非公知性が相対的に重要になるかと思います。すなわち従業員等にとっては、非公知の自社情報等を許可なく持ち出したり使用等してはいけない、という一般的に秘密とされる情報の考え方がそのまま不正競争防止法における営業秘密の概念となり得ます。このような考え方は、現在のように秘密管理性を重視した営業秘密の概念よりも、理解しやすい概念のようにも思えます。

上記のように、「一般的には秘密とされる情報」まで営業秘密の概念を広げると、「一般的」の解釈が議論となるでしょう。また、営業秘密の開示が先従業員の場合と取引先の場合とでは「一般的」の解釈が異なるかもしれません。仮に取引先に開示した情報であり、かつ非公知の情報のほとんど営業秘密になり得るとしたら、情報の開示先企業は取引先等から開示された情報に対して必要以上に神経を尖らせる必要が生じるかもしれません。
このように「一般的には秘密とされる情報」まで営業秘密の概念を広げることで、その解釈が争点となり得ますが、現在の不正競争防止法における営業秘密に対する秘密管理性の判断基準が未だ厳しい一方で、情報の持ち出しが容易である現状を考慮すると、「営業秘密」の概念を広げる必要があると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年11月20日月曜日

判例紹介:クレープミックス液の配合比率の有用性

顧客情報や取引先情報、経営情報等の営業情報は、一般的に何らかの雑誌等に記載されるものではなく非公知の場合が多いため、有用性も認められ易い情報です。
一方、営業秘密とする技術情報の有用性判断は、個人的には難しいところもあると思っています。様々な技術情報は、技術雑誌、特許文献、インターネットの情報等にも記載されており、それとの対比によって判断されるものであるためです。

今回紹介する東京地判平成14年10月1日判決(事件番号:平成13(ワ)7445)では、クレープミックス液の配合等の有用性について争われています。
本事件において原告は、原告が使用するマニュアルの部分に記載されたクレープミックス液の材料及び配合比率は原告の「営業秘密」に該当するところ、被告Aが原告会社在職当時に原告から示された上記営業秘密を、不正の利益を得る目的で被告ライトクロスの主宰するフランチャイズチェーンにおいてマニュアルに記載して使用していると主張しています。

そして、原告は営業秘密とする情報の内容を下記のように主張しています。
クレープミックス液の材料及びその配合割合(すなわち原告配合)そのものが原告の営業秘密であり、とりわけ粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccである点、牛乳と水を1対1の割合で配合した点、及び、調味料としてリキュールを配合した点などが他に見られない特徴である

なお、この配合による効果として「独自の質感、食感、味わいを出しつつ、焼き上がったクレープが冷めても美味しさが失われることなく、また、冷めてから折り曲げてもクレープパテが切れることなく中に具を包むことを可能にしている」 を原告は主張しています。

これに対して裁判所は、上記情報の営業秘密性について以下のように判断しています。
原告提出の証拠(甲3ないし25)によっても、クレープミックス液の主たる材料として、ミックス粉、卵、牛乳ないし水(あるいはその両方)を用いることは公知であると認められる上に、原告が原告配合の特徴であると主張する上記の諸点も、同配合が営業秘密であることを根拠付けるものと認めるには足りない。すなわち、〈1〉粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccである点、〈2〉牛乳と水の配合割合が1対1である点、及び、〈3〉調味料としてリキュールを配合した点については、本件で提出された全証拠によっても、これらの点がクレープの品質を有意に向上させることの個別の立証がされていないばかりか、これら諸点を兼ね備えることで、クレープの品質が有意に向上することの立証もされていない。

より具体的には、裁判所は下記のように判断しています。
〈1〉の点について:このような配合割合は、一般にホットケーキより薄目で、食感がクレープに比較的近いと思われるパンケーキにおいては珍しくない。
〈2〉の点について:原告は、この配合割合が製造コストを一定の線に保ちつつ、冷めても味の落ちない食感の良いクレープを製造するために最適な配合である旨主張するものの、牛乳と水を1対1の割合で混ぜたからといって、それがクレープの品質にとって、どのように、どの程度有用であるのかは、証拠上一切明らかでない。
〈3〉の点について:ケーキ等の焼き菓子類の原料に香料としてリキュール類を加えることがあることは、料理法として広く知られたものである。リキュールを特定の種類のものに限定しておらず、1キログラムの粉に対してキャップ1/2程度の量のリキュールを加えるとすることについては、これが原告配合における独創であり、また、当該配合比率をとることによって、できあがったクレープの食感ないし風味にどのような効果を生ずるものかは、証拠上全く明らかではない。

さらに、〈1〉、〈2〉については、下記のようにも判断されています。
上記〈1〉、〈2〉の点については、むしろ証拠(乙9、乙16の2、乙17の2、乙22、乙23及び乙28)に照らせば、被告が主張するとおり、焼き上がったクレープの品質は、主としてミックス粉自体の成分・配合によって決定されるものであって、粉に対する水分(牛乳及び水)の量や、牛乳と水の配合割合も、個別の粉の成分との関係を離れて一般的に成立するような普遍的なレシピが存在し得るものではないと認められる。すなわち、乙17(日清製粉(株)首都圏営業部作成の平成13年6月20日付け比較検査結果報告書)によれば、異なる4種類の粉(ミックス粉3種類、小麦粉1種類)を用いて、いずれも原告配合に従ってクレープを製造したところ、粘度を示すcps値(水をゼロとして、数値が高いほど、粘度が強いことを示す。)がすべて異なり、食感、風味、焼色もすべて異なったことが認められる。
本事件では、原告が営業秘密であると主張している情報について、主として、その効果が明らかでないとしてその有用性が認められていないと考えられます。確かに、原告が主張している情報は、一般的なレシピの範囲を超えるものでは無いように思えます。
さらに、営業秘密とする情報の特定も十分ではないようにも思えます。例えば、ミックス粉の種類、リキュールの種類が特定されていません。もしかすると、ミックス粉やリキュールの種類を適切に特定すると、原告の主張する効果が表れて営業秘密として認められたのかもしれません。
このように、技術情報を営業秘密として管理するのであれば、その効果が発揮される程度に技術情報を特定する必要があります。そうしないと、営業秘密としての有用性が認められル可能性は低いと思われますし、公知の情報との差異も認められ難いでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年11月9日木曜日

判例紹介:「営業秘密の不正使用」という虚偽の流布

今回紹介する裁判例(東京地裁令和5年3月23日判決 事件番号:令3(ワ)7624号)は、被告が取引先等に対して原告会社が被告の製品を模倣した製品を販売するという虚偽の事実を流布したとして、原告が被告に謝罪広告文の掲載や損害賠償を請求したものです。

原告会社は、被告の取締役であった原告Bが代表取締役を務め、硬度計等の工業用試験機の開発、販売等をおこなっており、被告とは競争関係にあります。そして、原告会社は、自社製品のラインナップの一部として台湾企業であるKYF社から同社製品の硬度計を輸入販売しようとしていたところ、被告が原告に対して警告文を送りました。
警告文の内容は、KYF社が違法にコピーした被告の硬度計と酷似の硬度計の輸入販売を行うことは不正競争防止法に違反するとのようなものです。
さらに、被告は、1000社を下らない取引先に対して「上記の様な事情・経緯をご賢察の上、今後Bより取引の依頼等ございましたら、何卒適切にご対処頂きますよう、切にお願いする次第です。」とのような文章を電子メールに添付して送付しました。

そして、被告は、本裁判において下記のように主張しましたが、被告の主張を裁判所は認めることなく原告が勝訴し、被告に対して原告会社への770万円の支払い等を命じています。
KYF社製の硬度計は、被告がKYF社に示した営業秘密である被告製品情報を使用して製造された物であるから、不正の利益を得る目的等によりこれを使用したKYF社による製造行為は不競法2条1項7号の不正競争に当たり、原告会社がKYF社製の硬度計を輸入する行為は同項10号の不正競争に当たる。本件文書はこの事実を摘示したものであり、虚偽の事実の流布には当たらない。
なお、裁判所は「原告会社が輸入販売しようとしたKYF社の製品が被告製品情報を使用して製造された物であると認めるに足りる証拠はない。」とのように不法行為が確認されなかったことを明確に述べています。


そもそも他社が自社の営業秘密を不正に使用しているとの文章を取引先に送付することに意味があるのか疑問に思います。
このような文章が送付された取引先は、本当に営業秘密が不正使用されたことを確認することはできません。どのような技術情報が営業秘密であるかを知る術がないからです。また、仮に営業秘密とする技術情報を取引先が知った時点で、当該技術情報は公知となり営業秘密ではなくなります。そのような事態は営業秘密の保有企業が最も望まない事態でしょう。そして、本事件のように、虚偽の流布となれば自社が大きな損害を負うこととなります。

また、本事件では、被告が主張する被告製品情報の秘密管理性も認められていません。被告は、被告製品の秘密管理性について複数の主張を行っていますが、その全てが裁判所によって否定されています。
そのなかで、被告が定めた秘密区分規定に基づく主張があります。それに基づく被告の主張は以下のようなものです。
被告は、社内文書に関する秘密区分規定(以下「被告規定」という。)において、技術的ノウハウを具体的に示したものは社長の許可なく社外に提示してはならない秘密に当たると定めている。被告製品情報1は、成文化こそされていないが、技術的ノウハウに相当する情報であるから、被告規定に照らし、被告製品情報1が秘密として管理されていることは被告従業員にとって明らかであった。
これに対して、裁判所は「被告が被告規定を従業員に周知していたことを示す的確な証拠は見当たらない。」と認定したうえで、下記のようにも述べています。
仮に被告が被告規定を従業員に周知していたとしても、証拠(乙14)によれば、被告規定の適用範囲が「当社で発行および受領する文書」に限られること(1項)、社外秘扱いの対象となる情報は「技術的ノウハウを具体的に示したもの」であること(2項2)が明記されている。そうすると、成文化されていない調整方法である被告製品情報1は、これに当たらないこととなる。そのため、被告製品情報1については、これに接した被告従業員が被告規定に照らして秘密として管理されていると認識できたとはいえない。
裁判所が述べているように、企業が従業員に対して規定(就業規則等)を定め、その中でどのような情報を秘密とするかを定めているのであれば、企業はそれを守らなければなりません。そうしないと、裁判所が述べているように従業員が秘密として管理されていることを認識できないためです。
企業が就業規則等の規定を無視して、所定の情報を一方的に営業秘密であると主張することは本事件のように認められることはないため、企業が就業規則等の定めに従って秘密管理を行う必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信