2026年5月24日日曜日

判例紹介:営業秘密であると主張された作業実績管理表の有用性について

作業実績管理表といった営業情報の有用性を否定した裁判例(大阪地裁令和3年6月28日判決 事件番号:令2(ワ)1184号〔1〕 ・ 令2(ワ)1184号〔2〕)を紹介します。

本事件は、コンピューターに関するソフトウェアの企画や設計等を行う被告の従業員であった原告が、時間外労働を行ったとして雇用契約に基づく割増賃金等を被告に求めたものであり、反訴として被告が原告に対して営業秘密の無断持出しを主張しました。
原告は、対応日,対応時間(工数)などを記載した書式の書面(作業実績管理表)が営業秘密であるとしています。なお、本訴において、原告から作業実績管理表が証拠として提出されたことから、原告が無断でこれを持ち出したことが発覚し、それを受けて反訴を提起したと被告は主張しています。なお、本事件は、原告の主張が概ね認められています。

作業実績管理表には、会社名、労働者の氏名、就業場所、連絡先、プロジェクト名、請求時間(労働者が勤務した時間)、作業内容等又は出社時刻、退社時刻、休憩時間、実働時間、業務内容、会社名、労働者の氏名プロジェクトの名称等が記載されています。
この作業実績管理表の有用性に対して、被告は以下のように主張しました。
①作業工数が判明し、作業工数から開発費用がおよそ推定できる。
②商流及び取引関係情報が把握でき、上位の会社に直接営業をすることができる。
③どのような書式で作業を管理しているか把握できる。
④下請業者の作業内容や人手が足りているかを把握でき、下請業者に営業をかけることができる。

これに対して裁判所は、以下のように判断し、作業実績管理表の有用性を認めませんでした。
①については,作業実績管理表をみても,プロジェクトの名称や業務内容は抽象的な記載にとどまって,どのような業務を行っているのかが明らかになるとはいい難く,また,原告がどのような技術・能力を有しているのかも明らかになるとはいい難い。さらに,作業実績管理表をみても,原告以外に何名の者が当該プロジェクトに従事しているのかも明らかになるとはいい難い。以上からすれば,作業実績管理表を見たとしても,作業工数が判明するとはいい難く,ひいては,およそであれ開発費用を推定することも不可能ないし著しく困難であるというほかない。
②及び④については,作業実績管理表をみれば,確かに,契約関係にある会社名は明らかとなるとはいえるが,プロジェクトの内容や労働者の数等が明らかとならないことは上記説示のとおりである。そうすると,作業実績管理表をもって,上位の会社あるいは下請業者との営業における有意な情報が含まれているということはできない。
③については,作業実績管理表の書式は一般的な書式であって,特殊な管理方法が用いられているということはできない。
ウ 以上からすれば,結局のところ,作業実績管理表から明らかとなるのは,プロジェクトの名称等の抽象的な情報や,一人の労働者である原告が何時間労働したと申告しているかなどにとどまるというべきであり,財やサービスの生産・販売,研究開発,費用の節約,経営効率の改善等に役立つなど事業活動にとって有用な情報ということはできないから,その余の点について検討するまでもなく,作業実績管理表が営業秘密に該当するということはできない。
優れた効果が無いとして技術情報の有用性を認めなかった裁判例はいくつもありますが、営業情報というべき情報の有用性を否定した裁判例は多くないと思います。
作業実績管理表に対して裁判所は「プロジェクトの名称等の抽象的な情報や,一人の労働者である原告が何時間労働したと申告」とのような情報は、「財やサービスの生産・販売,研究開発,費用の節約,経営効率の改善等に役立つなど事業活動にとって有用な情報」ではないと判断しています。しかしながら、実際に被告会社ではこの情報を使用していたわけでしょうから、作業実績管理表は事業活動に有用な情報と言えるのではないかと思います。
本事件は、原告が時間外労働の割増賃金等を被告に求めた本訴の反訴であるという特殊性もあり、このような判断になったのでしょうか。

なお、原告は、時間外労働を行ったとして雇用契約に基づく割増賃金等を被告に求めることを目的として、作業実績管理表を持ち出したようです。ここで、不法行為として不正競争防止法2条1項7号には以下のように規定されています。
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
すなわち、訴訟の証拠として営業秘密を使用や開示する行為は、「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的」といえるでしょうか。訴訟の証拠として営業秘密を使用等する行為は、このような目的には含まれないのではないでしょうか。
そうであれば、作業実績管理表に営業秘密性が認められたとしても、原告の行為は被告の営業秘密侵害とはならないようにも思います。

また、裁判所は「作業実績管理表の書式は一般的な書式であって,特殊な管理方法が用いられているということはできない。」と述べています。これについては、有用性の観点よりも非公知性の観点から否定してもよいのではないかとも思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年4月22日水曜日

判例紹介:顧客に提示する書類等の営業秘密性

今回は顧客に提示する書類等の営業秘密性について判断した裁判例(大阪地裁令和6年12月19日判決 事件番号:令5(ワ)12731号)を紹介します。

本事件の原告は太陽光パネルや蓄電池の販売を業とする株式会社です。被告は原告の元従業員であり、令和5年3月31日に原告を退職し、その後原告の競合他社に転職しています。
そして、被告は、令和5年7月2日頃、営業活動を行った顧客P3に「現場調査依頼書」の上部(氏名、生年月日、住所、電話番号等)を記入してもらった上でその提出を受け、その頃、本件顧客に対し、「P3様邸経済効果シミュレーション」の用紙を用いて、太陽光パネル及び蓄電池設置の経済効果や費用等について説明を行っています。
そして、原告は、「現場調査依頼書」及び「シミュレーションシート」のフォーマット(本件情報2,3)が原告の営業秘密であると主張しています。

これに対し、裁判所は以下のように判断しています。
ア 秘密管理性について
被告の原告在籍当時における「現場調査依頼書」及び「シミュレーションシート」の管理状況を明らかにする証拠はない(原告自身、上記の管理状況を裏付けるものとした甲第9号証の写真につき、被告の原告在籍当時のものではない旨述べている。)。
また、仮に、被告の原告在籍当時も甲第9号証の写真と同様の状況であって、上記の棚に注意書きの書面が掲示されていたとしても、上記の棚はいわゆる開放棚であり、書類が棚板の上にむき出しの状態で置かれていて、施錠管理等はされていない上、営業担当者のみならず、原告の従業員であれば誰でもアクセス可能であったことがうかがわれる(営業担当者のみがアクセスできる場所に設置されていたことを認めるに足りる証拠はない。)。加えて、原告が主張するような、棚に備え置かれた資料の数を管理する措置が講じられていたことも認めるに足りない。
しかも、「現場調査依頼書」(甲2の1)には「(お客様控)」との記載があり、「シミュレーションシート」(甲2の2)は、営業担当者の顧客に対する説明の際、トークだけでなく視覚的にも原告のサービスを分かりやすく認識させ、顧客を誘引することができるものであることからすると、これらの書面は、顧客(契約締結に至った者に限らない。)の手元に残ることが予定されたものであると認められる。また、これらの書面の内容について秘密にすることを顧客に求めているとは認められない。
以上のことからすると、被告が原告に在籍していた当時、原告において、本件情報2及び本件情報3につき、当該情報に接した者が秘密として管理されていることを認識し得る程度に秘密として管理していたと認めることはできない。

上記のように裁判所は、本件情報2,3の秘密管理性を認めていません。具体的には、「現場調査依頼書」及び「シミュレーションシート」が棚に保管されていたとしても、施錠管理はされておらず、誰でもアクセス可能であったという理由です。

さらに、「現場調査依頼書」や「シミュレーションシート」は顧客の手元に残ったり、顧客に見せていたという理由により秘密管理性が認められませんでした。
営業秘密は、社内での秘密管理よりも、社外の顧客に開示等した場合の秘密管理の方がより厳密に判断されています。すなわち、顧客等に対する秘密保持契約の有無です。顧客に対して秘密保持契約を締結せずに開示等した場合には、社内で秘密管理していたとしても当該情報の秘密管理性が認められなくなる可能性があります。
本事件では、社内での秘密管理性、社外に対する秘密管理性の両方が認められていないことになります。

なお、本事件では「現場調査依頼書」及び「シミュレーションシート」の内容は何れも一般的なものであること、上記のように顧客の手元に残ることが予定されていたものであるとして、非公知性も認められていません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年4月14日火曜日

令和7年の営業秘密侵害事犯の検挙状況

先日、警察庁生活安全局 生活経済対策管理官 編の「令和7年における生活経済事犯の検挙状況等について」が公表されました。これには、商標権侵害事犯、著作権侵害事犯、不正競争防止法違反等の知的財産権侵害事犯も含む生活経済事犯の令和7年(2025年)の検挙状況等がまとめられています。

令和7年における営業秘密侵害事犯の検挙事件件数は、過去最多の38件となっています。令和5,6年は前年に比べて減少していましたが、令和7は令和6年に比べて大幅に増加しています。
この報告においても「営業秘密侵害事犯としては、転職・独立時に営業秘密に関する情報を持ち出す事犯が多くみられる。」とあり、この傾向は今後変わることはないのではないかと思います。


一方で、相談受理件数は令和7年よりも少なくなっていますが、大きな減少ではなく高止まりとなっています。


なお、検挙人数等は下記のとおりです。
令和7年は検挙法人数が「6」であり、この数は前年に比べて3倍になっています。この理由は、営業秘密を不正に取得した企業に対する処罰感情を有する被害企業が多くなっている可能性が考えられます。
仮にこの検挙法人が転職者の転職先企業であるとすると、他社営業秘密の不正流入リスクがより高まっているともいえます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信