不正競争防止法2条1項7号営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
7号が適用される場合とは、例えば会社から正当な業務のためにアクセス権限を与えられた従業員が転職先に営業秘密を持ち出す場合等が想定されます。なお、転職先で開示等する目的は不正の利益を得る目的とされます。
7号には「営業秘密を使用し、又は開示する行為」とあり、不正行為として「取得」は含まれていません。この理由は、従業員が正当な業務のために当該営業秘密を既に取得しているためです。このため、従業員が転職先で使用する意図を持っていても、単に取得したのみで転職先で開示等しなければ民事的責任は問われないようにも思えます。
しかしながら、実際には民事的責任が問われる可能性があります。例えば、大阪地裁平成29年10月19日判決(事件番号:平27(ワ)4169号)では、被告である元従業員は転職先で開示や使用をしていないものの、裁判所は原告による差し止め請求を以下のように認めています。
さらに本事件は、被告に対して弁護士費用相当額である500万円を原告に支払う等の判決となっています。なお、この事件は、被告によって控訴(大阪高裁平成30年5月11日判決、事件番号:平29(ネ)2772号)されましたが裁判所の判断が覆ることはありませんでした。本件電子データで特定される情報は,不正競争防止法上の営業秘密と認められ,また原告の開発課従業員としてYドライブのアクセス権を付与され本件電子データを示されていたといえる被告は,双和化成への転職を視野に入れ,原告に隠れて,これら本件電子データを本件USBメモリ及び本件外付けHDDに複製保存したものと認められるから,被告は,原告から示された本件電子データを原告の社外に持ち出した上,双和化成の業務において,同社に同データを開示し,そうでなくとも,同社において,原告在職時同様に日常業務の参考資料として同データを使用する目的があったものと認められる。したがって,原告から本件電子データにより営業秘密を示された被告は,不正の利益を得る目的で,これを双和化成に開示し,あるいは使用するおそれがあるといえるから,不正競争防止法2条1項7号の不正競争該当を前提に,同法3条1項に基づく開示,使用差止めの請求には理由がある。
このように、たとえ会社から正当に取得した営業秘密であっても、転職を視野に入れて持ち出した場合には、持ち出しただけで民事的責任を負う可能性があります。
では、刑事的責任はどうでしょうか。不正競争防止法21条2項1号には以下のように規定されています。
不正競争防止法21条2項次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の拘禁刑若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。一 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得したものイ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。ハ 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
一般的に、会社から営業秘密を正当に開示されたとしても、それを持ち出す場合には当該営業秘密をそのまま持ち出すかコピー等するでしょう。そうした場合には、上記のイ又はロに当たるかと思います。すなわち、民事的責任とは異なり、転職先等へ開示や使用等を目的とした営業秘密の持ち出し(領得)は刑事的責任を負うことが不競法で規定されています。なお、不競法21条2項1号は「領得」としかないため、実際に転職先で使用又は開示しない場合でも刑事罰の対象となります。なお、「領得」した営業秘密を「使用又は開示」した場合の刑事罰は不正競争防止法21条2項2号に規定されています。
ここで、実際に不競法21条2項1項ロが適用された裁判例として最高裁まで争われたものとして、 最高裁第二小法廷平成30年12月3日判決(事件番号:平30(あ)582号)があります。なお、この事件は、令和6年の不競法改正前の判決なので適用条文が21条1項3号になっています。
被告人は,勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に,勤務先の営業秘密である前記1の各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ,当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく,その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば,当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから,被告人には法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。
本事件では、被告人は領得した営業秘密を転職先で開示等していないものの、上記のように判断され、懲役1年(執行猶予3年)となっています。なお、本事件では、第一審(横浜地裁平成28年10月31日判決、事件番号:平26(わ)1529号)及び控訴審(東京高裁平成30年3月20日判決、事件番号:平28(う)2154号)でも同じ判決となっています。
このように、転職と共に前職企業の営業秘密を持ち出すと、たとえ当該営業秘密を転職先に開示又は使用しなかったとしても、民事的責任、刑事的責任を負う可能性があります。
弁理士による営業秘密関連情報の発信