2025年5月18日日曜日

特許と営業秘密とノウハウの関係、それらの財産的価値

非公知の技術的アイデア(発明)は特許権等の権利化や営業秘密化という選択があります。
換言すると、権利化又は営業秘密化の対象となる技術的アイデア(発明)は元々が同じということになります。しかしながら、元々が同じであるにもかかわらず、どのような選択をするかにより、その保護範囲が変わります。

下記図はそのような関係を表したものです。
まず、技術的アイデアは従業員(発明者)の頭の中にあります。
このため、発明者の頭の中にある技術的アイデアを特定する必要があります。ここでいう特定とは、例えば、図面、グラフ、表、文章化等により、技術的アイデアを第三者が認識できる形態とすることです。より具体的には、従来技術と比較することで当該技術的アイデアが非公知であるか否かを第三者が判断できる程度に特定する必要があります。
この特定が行われると、技術的アイデアを示す図面、グラフ、文章化等の情報(技術情報)が得られることになります。

この技術情報がすでに保護の対象になり得ると考えられます。
具体的には、ノウハウとして保護の対象となるでしょう。ノウハウの保護とは、例えば、転職する従業員が当該ノウハウを不正に持ち出して転職先で使用した結果、前職企業に損害を与えた場合に前職企業が民法709条等に基づいて損害賠償請求を行うことです。
民法709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
しかしながら、ノウハウの保護としては損害賠償請求しか認められず、差止請求等は認められない可能性が高く、その保護範囲は非常に限定的であると思われます。

一方で、同じ技術的アイデア(ノウハウ)であっても、これに対して㊙マークやアクセス管理等の秘密管理措置を行うと営業秘密となります。営業秘密は、秘密の状態が保たれ、かつ非公知性を有している情報であれば、これの不正持ち出しや不正使用等に対する保護が半永久的に可能となります。しかしながら、営業秘密は独占権ではないので、他社が自社の営業秘密と同じ技術を独自に開発等して使用しても、当該他社は自社の営業秘密侵害とはなりません。

さらに、技術的アイデア(ノウハウ)を特許出願して特許権を取得すると、技術内容の公開という代償がありますが、独占権という強い権利を得ることができます。
しかしながら、特許出願を行うためには、特許請求の範囲や明細書等を作成して特許庁へ出願し、特許庁の審査を経て特許査定を得る必要があります。特許査定を得たとしても、登録費用や年金を支払わなければ特許権として維持されません。特許権は営業秘密とは異なり特許権者に独占権を生じさせますが、特許権の取得には手間とコストが必要となります。

このように、非公知の技術的アイデアは、それを特定するとまずノウハウとして保護が可能となります。さらに、特定したノウハウのに対して手間をかけて秘密管理措置を行うと営業秘密として保護され、さらに手間をかけるて特許権を取得すると独占権が得られます。
換言すると、技術的アイデアは、手間をかけるとより財産的価値が高まり、手間をかけなければ財産的価値は生じないといえるでしょう。

このように、技術的アイデアは、特定することにより、どのような保護を受ける形態とするかの選択が可能となります。この選択、特に権利化と営業秘密化は事業の利益の最大化を目的として選択することとなります。
弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年5月6日火曜日

令和6年の営業秘密侵害事犯の検挙状況

先日、警察庁生活安全局 生活経済対策管理官 編の「令和6年における生活経済事犯の検挙状況等について」が公表されました。
これには、商標権侵害事犯、著作権侵害事犯、不正競争防止法違反等の知的財産権侵害事犯も含む生活経済事犯の令和6年(2024年)の検挙状況等がまとめられています。

令和6年における営業秘密侵害事犯の検挙事件件数は、下記のグラフのように、令和4年をピークとすると昨年の令和5年よりもさらに少なくなっており、減少傾向にあるようにも思えます。


一方で、相談受理件数はどうでしょうか?
相談受理件数は下記グラフのように過去最多の79件となっていおり、増加傾向が維持されているように思えます。
このように、検挙事件数と相談受理件数の推移が近年では異なる傾向となっています。「令和6年における生活経済事犯の検挙状況等について」には、この理由について特段の言及はありませんが、これはどう考えるべきでしょうか?

想像でしかありませんが、この理由は警察における営業秘密の理解が深まってきた可能性が考えられます。すなわち、本来であれば営業秘密侵害として検挙するべきでない場合であっても検挙していた事件が近年になって減ってきているのかもしれません。検挙に対する起訴率が分かれば、本当にそうであるのかわかるのかもしれませんが、現状ではこの起訴率を知る術はないようです。

なお、検挙人数等は下記のとおりです。毎年のように、法人も検挙されています。
弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年4月23日水曜日

判例紹介:民事訴訟における営業秘密の不正な持ち出しの有無判断

営業秘密保有者から示された者による営業秘密の不正な持ち出しについて、刑事罰を課すためには「領得」(不法な取得)の要件が明示されています(不競法第21条第2項)。一方で、民事的責任を課すための不正競争の定義である第2条第1項第4号~10号では「領得」の要件は明示されていません。
今回紹介する判例(大阪地裁令和7年1月27日判決 事件番号:令5(ワ)9115号)は、「領得」の要件が明示されていない民事訴訟において被告が営業秘密を不正に持ち出したか否かについて判断したものです。

本事件は、障害児通所支援事業等を行う原告の元従業員であった被告が発達障害の生徒を対象とする塾サービスを開始し、その際に原告の営業秘密である顧客情報を使用したというものです。なお、この他にも原告は被告による競業避止義務違反等も主張しています。

まず、原告は被告による営業秘密(本件情報)の不正使用を以下のように主張しています。
6 争点6(本件情報が営業秘密であって、被告らがこれを不正に持ち出し使用したか)について
 【原告の主張】
(1) 本件情報の秘密管理性
原告は、雇用契約書上、本件情報のような顧客情報について退職後も含めた守秘義務を負わせ、就業規則67条においても、正当な理由なく開示したり、利用目的の範囲を超えて使用したりすることを禁止していた。また、原告は、このような本件情報について、原告が用意した鍵付きの書庫で保管し、持出しを禁止し、その旨、従業員に指示していた。さらに、放課後等デイサービスの従業員又は管理者は、法令上、正当な理由なく、業務上知り得た障害児又はその家族の秘密を漏らしてはならないことが定められている。
よって、本件情報は営業秘密に該当するものとして管理されていた。
(2) 被告らによる使用等
被告らは、最終の出勤日であった令和4年7月31日に、本件情報を持ち出し、これを用いて原告を利用する児童又はその保護者に対し、被告事業へ転塾するよう働きかけるなど、不正の利益を得る目的で本件情報を持ち出し、使用した。
一方で、被告は下記のように本件情報の持ち出しを否定しており、原告から転塾した児童に対しても本件情報の使用を否定しています。
【被告らの主張】
(1) 本件情報の秘密管理性を争う。
原告は、本件情報やこれに関連する書面の作成の有無や保管方法に加え、個別支援計画書の保管場所、現金の保管場所等の日常的な業務体制すら把握しておらず、原告は、本件情報を秘密として管理していなかった。
(2) 被告らは、本件情報を使用していない。
被告らは、本件情報を持ち出していないし、これを被告事業のために使用もしていない。被告事業の塾に転塾した児童もいるが、これは、いずれも、自らの意思によるものや、通学の便宜等を踏まえてのものであり、被告らが本件情報を使用して勧誘等をしたからではない。

これら原告と被告との主張に対して、裁判所は以下のように判断しています。
5 争点6(本件情報が営業秘密であって、被告らがこれを不正に持ち出し使用したか)について
本件情報が営業秘密(不正競争防止法2条6項)に当たるかどうかはともかく、本件において、被告らが本件情報を持ち出したことを認めるに足りる証拠はない。
原告は、被告らの最終出勤日の時点で、本件情報が見当たらなかったことや、原告を利用した児童の一部が被告事業に通塾したこと等を指摘するが、本件情報が見当たらなかったと認めるに足りる証拠はないし(むしろ、真実そうであるなら原告の管理不十分というほかない。)、マーブル北野田校を利用した児童の一部が被告事業に通塾したことは、被告らが当該児童と面識があることからすると本件情報の持出しに関わらず生じ得ることであって、本件情報の持出しや利用を推認させることにはならない。
以上の次第で、争点6に関する原告の主張は理由がない。
本裁判において原告は、被告が本件情報を不正に持ち出したこと、被告が本件情報を不正に使用したことを客観的に証明できていないことから、上記の裁判所の判断は妥当であると思われます。

この事件から理解できることは、自社の営業秘密等の秘密管理措置を適切に行う必要があることです。何時誰が当該営業秘密にアクセスしたかが明確に分かるように営業秘密は管理されなければなりません。
例えば、デジタルデータ化した営業秘密をサーバに保管してアクセスログを管理する、紙媒体であれば鍵付きのキャビネット等に保管して施錠管理して閲覧する場合には記帳する等です。
しかしながら、本事件において原告はこのような秘密管理措置を行っていなかったようです。

一方で、不正に持ち出した手法等が必ずしも明確でなくても、不正使用を証明できれば民事的責任を問うことが可能かもしれません。
例えば営業秘密が顧客情報の場合、退職者(転職者等)が顧客情報に記載されている多数の顧客に対して直接営業を行った場合等です。このような場合、例えば転職者の人的な繋がりを超えた多数の顧客に対して、退職者が営業を行ったことが証明できれば、当該顧客情報の不正使用が推認される可能性があります。具体的には、顧客情報の保有企業に対して「退職者から営業電話等があった。」とのように複数の顧客から問い合わせがあった場合には不正使用が推認される可能性があります。

本事件において仮に被告が顧客情報である本件情報を不正に持ち出して使用したのであれば、原告の顧客である児童や保護者からこのような問い合わせがなされたでしょう。しかしながら、そのような事実も主張されていないことからも、被告による本件情報の不正使用はなかったと思われます。

なお、本事件は、被告らが原告在職中に被告事業のウェブサイトを開設する等の準備行為を行い、有給休暇期間中に被告事業の開始に至っていることから、少なくとも雇用契約において信義則上負う競業避止義務には違反したと、裁判所は判断し、原告には1万7160円の損害が生じたことを認めています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信