2025年2月13日木曜日

不競法2条1項7号では営業秘密の取得行為は違法ではない?

不正競争防止法2条1項7号は営業秘密侵害に対する民事的責任を定めた条文の一つであり、下記のように規定されています。
不正競争防止法2条1項7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
7号が適用される場合とは、例えば会社から正当な業務のためにアクセス権限を与えられた従業員が転職先に営業秘密を持ち出す場合等が想定されます。なお、転職先で開示等する目的は不正の利益を得る目的とされます。
7号には「営業秘密を使用し、又は開示する行為」とあり、不正行為として「取得」は含まれていません。この理由は、従業員が正当な業務のために当該営業秘密を既に取得しているためです。このため、従業員が転職先で使用する意図を持っていても、単に取得したのみで転職先で開示等しなければ民事的責任は問われないようにも思えます。

しかしながら、実際には民事的責任が問われる可能性があります。例えば、大阪地裁平成29年10月19日判決(事件番号:平27(ワ)4169号)では、被告である元従業員は転職先で開示や使用をしていないものの、裁判所は原告による差し止め請求を以下のように認めています。
本件電子データで特定される情報は,不正競争防止法上の営業秘密と認められ,また原告の開発課従業員としてYドライブのアクセス権を付与され本件電子データを示されていたといえる被告は,双和化成への転職を視野に入れ,原告に隠れて,これら本件電子データを本件USBメモリ及び本件外付けHDDに複製保存したものと認められるから,被告は,原告から示された本件電子データを原告の社外に持ち出した上,双和化成の業務において,同社に同データを開示し,そうでなくとも,同社において,原告在職時同様に日常業務の参考資料として同データを使用する目的があったものと認められる。
したがって,原告から本件電子データにより営業秘密を示された被告は,不正の利益を得る目的で,これを双和化成に開示し,あるいは使用するおそれがあるといえるから,不正競争防止法2条1項7号の不正競争該当を前提に,同法3条1項に基づく開示,使用差止めの請求には理由がある。
さらに本事件は、被告に対して弁護士費用相当額である500万円を原告に支払う等の判決となっています。なお、この事件は、被告によって控訴(大阪高裁平成30年5月11日判決、事件番号:平29(ネ)2772号)されましたが裁判所の判断が覆ることはありませんでした。
このように、たとえ会社から正当に取得した営業秘密であっても、転職を視野に入れて持ち出した場合には、持ち出しただけで民事的責任を負う可能性があります。


では、刑事的責任はどうでしょうか。不正競争防止法21条2項1号には以下のように規定されています。
不正競争防止法21条2項
次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の拘禁刑若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得したもの
イ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。
ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
ハ 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
一般的に、会社から営業秘密を正当に開示されたとしても、それを持ち出す場合には当該営業秘密をそのまま持ち出すかコピー等するでしょう。そうした場合には、上記のイ又はロに当たるかと思います。すなわち、民事的責任とは異なり、転職先等へ開示や使用等を目的とした営業秘密の持ち出し(領得)は刑事的責任を負うことが不競法で規定されています。なお、不競法21条2項1号は「領得」としかないため、実際に転職先で使用又は開示しない場合でも刑事罰の対象となります。なお、「領得」した営業秘密を「使用又は開示」した場合の刑事罰は不正競争防止法21条2項2号に規定されています。

ここで、実際に不競法21条2項1項ロが適用された裁判例として最高裁まで争われたものとして、 最高裁第二小法廷平成30年12月3日判決(事件番号:平30(あ)582号)があります。なお、この事件は、令和6年の不競法改正前の判決なので適用条文が21条1項3号になっています。
被告人は,勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に,勤務先の営業秘密である前記1の各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ,当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく,その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば,当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから,被告人には法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。
本事件では、被告人は領得した営業秘密を転職先で開示等していないものの、上記のように判断され、懲役1年(執行猶予3年)となっています。なお、本事件では、第一審(横浜地裁平成28年10月31日判決、事件番号:平26(わ)1529号)及び控訴審(東京高裁平成30年3月20日判決、事件番号:平28(う)2154号)でも同じ判決となっています。

このように、転職と共に前職企業の営業秘密を持ち出すと、たとえ当該営業秘密を転職先に開示又は使用しなかったとしても、民事的責任、刑事的責任を負う可能性があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年1月29日水曜日

判例紹介:ノウハウの特定について

営業秘密が法的保護を受けるためにはその内容が特定されなければなりませんが、ノウハウが法的保護を受ける場合にもその特定は必要でしょうか。これに関する判断をした裁判例が東京地裁平成26年5月16日判決(事件番号:平24(ワ)29634号)です。

本事件は、スイス連邦在住の原告が被告会社であるヌーヴェルヴァーグジャポンとの間で契約を締結し、被告会社はこれに基づき原告から本件契約中に記載されている「Aノウハウ」及び商標につき日本における独占的使用を許諾されて直営サロン及びフランチャイズサロンを経営していたというものです。そして、ライセンス契約が終了した後も、被告会社が商標と「Aノウハウ」の使用を継続しているとして、民法709条に基づき「Aノウハウ」の不正使用により被った損害の賠償等を原告が被告会社に求めました。
このように、本事件は、不正競争防止法でいうところの営業秘密の不正使用に基づく賠償請求ではなく、民法709条に基づくものであるから「ノウハウ」の不正使用にあたる訴訟であると考えられます。

ここで、原告は「Aノウハウ」について以下のように主張しています。
イ 被告ヌーヴェルヴァーグジャポンは,「Aノウハウ」の内容が特定されていないと主張するが,「Aノウハウ」は,(1)A美容サロンの運営管理ノウハウと(2)Aヘアカット・ヘアドレッシングの技術ノウハウから成るところ,このAノウハウは,特許ノウハウと全く性格を異にし,それらは特許化できないものであり,特許や特許ノウハウにいう特定は不可能である。原告がいかにこの「Aノウハウ」を被告ヌーヴェルヴァーグジャポンらに伝授してきたか,その成果としてAフランチャイジーが繁栄したか,は原告自身の陳述書(甲30)にあるとおりである。
「特許」と「特許ノウハウ」との違いが何であるのかは不明ですが、原告自身が「特許や特許ノウハウに言う特定は不可能」であると認めています。さらに、原告は「Aノウハウ」が営業秘密ではないと自認しているためか、下記のような主張も行っています。
 (2) 秘密管理性について
美容のヘアドレッシング・カットの技術ノウハウは発案者が自ら公表するものであり,秘密に管理する性質のものでない。特許及びそのノウハウとは全く異なるものである。世界的に著名な原告が創案したヘアドレッシング・カットのテクニックは世界中に公表され,全世界でAの創案したカットテクニックとして認知されている。特許の対象となる技術のノウハウは秘密管理が原則で,ライセンス契約に基づきその開示に対しロイヤルティが支払われるものであるが,特許の対象とならないヘアドレッシング・カットのテクニックのノウハウは,その性質を全く異にするものである。

上記のような原告の主張に対して、裁判所は「3 争点(2)(被告ヌーヴェルヴァーグジャポンによる「Aノウハウ」の使用の有無)について」として以下のように判断しています。
(1) 原告は,原告の「Aノウハウ」を被告ヌーヴェルヴァーグジャポンが不正に使用していると主張して,民法709条に基づき損害賠償請求をするので,以下,この点について検討する。
技術上ないし営業上有用であり,秘密として管理されている非公知の情報につき,一定の場合にノウハウとして法的保護に値するものとして,その不正使用について不法行為責任を問うことが可能な場合があるとしても,原告の主張する「Aノウハウ」については,まず,その内容自体が明らかでない。
原告の主張内容は,「Aノウハウ」はエフィラージュカットにより体現される,エフィラージュカットが「Aノウハウ」であることは周知の事実である,エフィラージュカットの使用の継続は,「Aノウハウ」の使用の継続であるなどと主張した(原告第3準備書面〔平成25年7月2日付け〕)ところ,被告ヌーヴェルヴァーグジャポンがエフィラージュカットは美容業界において一般に使用されている用語である旨の書証を提出した後は,原告はエフィラージュカットのみが「Aノウハウ」であると主張しているのではない,「Aノウハウ」は,A美容サロンの運営管理ノウハウとAヘアカット・ヘアドレッシングの技術ノウハウから成るなどとする(原告第5準備書面〔平成25年9月30日付け〕)が,そこにおいても,A美容サロンの運営管理ノウハウとAヘアカット・ヘアドレッシングの技術ノウハウの具体的内容を明らかにしていない。原告は,被告ヌーヴェルヴァーグジャポンから,「Aノウハウ」として主張する具体的内容を明らかにするよう釈明を求められたにもかかわらず,これを明確にせず,また,被告ヌーヴェルヴァーグジャポンからの,原告の主張する「Aノウハウ」は,原告の感性のことであるから具体的内容が明らかにできないとする主張に対しても,有効な反論がされていない。
また,個々的に原告の主張する内容についてみても,まず,エフィラージュカットについては,前記1で認定したとおり,それ自体カット技法の一つとして一般に紹介されているものであり,公知の内容であるというほかない。さらに,A美容サロンの運営管理ノウハウ,Aヘアカット・ヘアドレッシングの技術ノウハウとする内容についても,具体的内容が明らかにされていない。
以上によれば,原告主張の「Aノウハウ」については,請求の前提となる具体的内容の特定を欠くものといわざるを得ない。
このように、裁判所は「ノウハウ」として法的保護を受ける場合であっても、その内容を特定しなければならない判断しています。これは、営業秘密として法的保護を受ける場合にその内容の特定が必要であることと同じと考えられます。その理由は「ノウハウ」の法的保護を受ける場合には、当該「ノウハウ」が非公知であるか否かを判断する必要があるためでしょう。非公知であるか否かは、公知の情報との比較が必要になりますが、そもそもその内容が特定されていなければ比較もできません。このことは営業秘密と同様です。

なお、本事件は「原告は,被告ヌーヴェルヴァーグジャポンのいかなる行為が「Aノウハウ」の不正使用に当たるのかについても具体的な主張をせず,上記1認定事実記載の内容を含む原告の陳述書(甲30)のほかには,証拠も提出しない。」とのように裁判所は判断し、棄却されています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年1月19日日曜日

判例紹介:転職者が持ち込んだ営業秘密を自社が使用したと判断された事件

転職者から持ち込まれた他社営業秘密を自社で使用して民事的責任を負う場合は、不競法第2条第1項第8号にある「その営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得」という要件が満たされた場合です。
この要件の判断がなされた事件が大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)の事件です。

本事件は、家電小売り業の株式会社エディオンの元部長経験者であるP1がリフォーム事業に関する商品仕入れ原価や粗利のデータ等の営業秘密を転職先であり競合他社である上新電機株式会社へ持ち出したものです。P1は、転職先である上新電機においてスマートライフ推進部部長等として、リフォーム関連商品の販売企画等の業務に従事しました。そして、P1はエディオンによって刑事告訴されその結果、懲役2年(執行猶予3年)、罰金100万円の有罪判決が確定しています。

また、P1が転職した上新電機は、P1から開示されたエディオンの営業秘密をリフォーム事業のために使用しました。このため、エディオンは、上新電機及びP1に対して民事訴訟を提起し、当該営業秘密の使用差止及び損害賠償を求めました。この結果、上新電気社による不競法第2条第1項第8号違反が認められ、当該営業秘密の一部の使用差し止め及び1815万円の損害賠償等が認められました。

上新電機による営業秘密侵害が認められるためには、上記のように不競法第2条第1項第8号にあるように、「その営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得」という要件を満たす必要があります。なお,P1が持ち込んだエディオンの営業秘密(本件各情報)には㊙マーク等が直接的に付されていなかったようです。


上記要件に対して、裁判所は以下のように判断しています。
イ 被告P1による本件各情報の被告会社に対する開示と被告会社による取得
(ア) 被告P1による開示
被告会社の共有データサーバ内のネットワークフォルダ(以下「被告会社共有フォルダ」という。)には,本件各情報のデータが保存されていた。被告P1がP1HDDを被告会社貸与パソコンに接続していたこと,被告会社共有フォルダにデータが保存された資料が大量であることなどからうかがわれるように,被告P1は,被告会社に対し,P1HDDに保存された全てのデータを被告会社共有フォルダに移すことにより,本件各情報を開示した。・・・
(イ) 被告会社による本件各情報の取得
被告会社は,被告P1が原告においてリフォーム事業に従事していたことを十分認識した上で,被告会社自らリフォーム事業を広く展開するに当たり,被告P1のリフォーム事業における知識経験を利用しようとしてその採用を決定し,その採用から間もない平成26年2月に,リフォーム事業を担当する部署としてスマートライフ推進部を設置し,被告P1をその部長とした。
また,被告会社共有フォルダには,●●本件各情報が多数保存されていたところ,上記スマートライフ推進部に所属する被告P1以外の被告会社従業員もその存在を認識しており,実際に部内の会議で資料として使用されることもあった。また,被告会社共有フォルダ上の本件各情報は,これらの従業員のほか,被告会社本社で勤務する従業員は,他の部署の者でも閲覧可能な状態に置かれていた。
被告会社共有フォルダに保存された本件各情報に含まれる●●は,その性質上,社外への開示が一切許されない情報であって,原告と競業関係にある被告会社は,これらの情報を見た時点で,被告P1が原告に対する秘密保持義務等に違反してそれらを被告会社に開示していることを容易に理解できたものであり,現に,被告P1から本件各情報に含まれる情報等を開示された被告会社従業員は,そのように理解した。
以上のような事情から理解されるように,被告会社は,被告P1の開示によって本件各情報を取得したところ,その際,被告P1による本件各情報の不正取得行為が介在したこともしくは被告P1による本件各情報の開示が不正開示行為であることを知り,又は重大な過失によりこれを知らないで,本件各情報を取得したものである。
上記の裁判所の判断によると、上新電機内ではP1が持ち込んだエディオンの営業秘密を上新電気の従業員がエディオン社の営業秘密として認識し、使用していたとのことです。このことは、他社営業秘密の不正使用の法的責任が上新電機の従業員に対して問われる行為であり、場合によっては上新電機の従業員が刑事罰を受ける可能性があったということでしょう。

なお、エディオン社は上新電機も刑事告訴したようですが、理由は定かではないものの上新電機は起訴猶予処分となっています。ここで、エディオンがP1を刑事告訴した時期が2014年8月であることを鑑みると、それと同時期にエディオンは上新電機を刑事告訴したと考えられます。すなわち、起訴猶予処分は、現在から10年以上前における検察の判断であり、現在の感覚に比べて営業秘密侵害に対する検察の認識が甘かったのかもしれません。
仮に、カッパ社が有罪判決のような現在の感覚で検察が判断すれば、上新電機は起訴猶予処分とはならずに起訴されて有罪判決となった可能性もあります。さらに、エディオンが上新電機の従業員も刑事告訴した場合には、上新電機の従業員も有罪判決となった可能性もあったでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信