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2023年9月14日木曜日

判例紹介:営業秘密としての技術情報の特定(認められない例)

技術情報を営業秘密として特定するためには、図や表、プログラム、特許請求の範囲と同様の記載、とのように様々な形態があり得ます。しかしながら、特定は形態でもよいわけではなく、やはり営業秘密とする技術情報の内容が客観的に判断可能な形態で特定する必要があります。

ここで、技術情報の特定が認められなかった裁判例として大阪地裁令和5年7月3日判決(事件番号:令2(ワ)12387号)があります。
この事件では、UCN(波長が600オングストロームより長い、極端に低いエネルギーの中性子であって、その低いエネルギー故に容器の中に閉じ込められる性質を有するもの(Ultra Cold Neutron))に関する装置を、原告が営業秘密と主張しています。

本事件において、まず原告は以下のように営業秘密の特定について述べています。
❝本件は、本件情報が化体した本件物件につき、その使用、開示の差止め等を求める事案であり、本件物件が社会通念上他の有体物から識別できる程度に特定できていればよく、必ずしも、営業秘密に当たる技術上の情報そのものの記載まで求められるものではない。原告らは、別紙物件目録において、社会通念上他の有体物から識別できる程度にまで本件物件を特定している。❞
そして、原告は営業秘密を下記のように主張しています。
❝本件情報の具体的内容は、本件物件の外部形状、内部構造及びその機能を発揮させるため組み上げられた各部の装置や機器(以下「構成部品」という。)を含む仕組み自体であり、形状及び構造にあっては、本件物件全体及び各構成部品の形状、寸法、加工及び組立てに関する情報である❞

このような原告の主張(営業秘密とする技術情報の特定)に対して、裁判所は以下のように判断し、原告の主張を認めませんでした。
❝しかし、かかる記述は情報の属性を極めて抽象的に述べたものにすぎず、具体的な技術思想や技術的意義を含む情報の具体的内容を読み解くことは全く不可能であり、ひいては公知の情報との対比(有用性、非公知性)や、管理態様(秘密管理性)を観念することができず、営業秘密の要件を備えるかどうかを判断することができない。
したがって、原告らの主張によってはそもそも本件情報が営業秘密に当たるとすることはできず、その主張は失当に帰する。原告らは先例からこのような特定で十分であるとするが、上記のとおり、営業秘密に該当するかどうかの判断ができない以上、原告らの主張は採用することができない。❞
ここで、客観的に特定できる技術情報がどのようなものであるかが上記で示されていると思います。
すなわち、「具体的な技術思想や技術的意義を含む情報の具体的内容を読み解くことが可能」なように技術情報を特定する必要はあります。
たとえば、図面やソースコード、材料の配合比率等は、具体的な内容を読み解くことができる典型でしょう。しかしながら、技術情報を上位概念にするほど、抽象的となり、具体的な内容を読み取くことができないものになり可能性があります。

そして、具体的な内容を読み解くことを必要とする理由は、「公知の情報との対比(有用性、非公知性)」、「管理態様(秘密管理性)を観念する」ことを可能とするためです。
すなわち、営業秘密の三要件を判断可能な程度に技術情報は特定されないといけません。そして、本事件のように営業秘密の特定ができていないとして、原告敗訴となる事例が少なからずあり、秘匿化する情報の特定は何より大事です。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年7月18日月曜日

判例紹介:愛知製鋼磁気センサ事件の刑事事件判決(技術情報の抽象化・一般化)

愛知製鋼磁気センサ事件の刑事事件判決(名古屋地裁 令和4年3月18日判決 事件番号:平29(わ)427号)について紹介します。本事件は、被告人が無罪となった事件であり、比較的大きく報道された事件でもありました。本事件は、控訴されなかったため、被告人の無罪が確定しています。

本事件は、b株式会社(愛知製鋼株式会社)の元役員又は従業員であった被告人a,cがb社から示された情報を株式会社dの従業員eに対し、口頭及びホワイトボードに図示して説明することでb社の営業秘密を開示した、というものです。
なお、この情報とは、b社が保有する営業秘密であるワイヤ整列装置(1号機~3号機)の機能及び構造,同装置等を用いてアモルファスワイヤを基板上に整列させる工程に関する技術上の情報とされています。

ここで、検察官は、下記㋐から㋖までの工程(検察官主張工程)であるワイヤ整列工程を被告人がeに説明したと主張し、この㋐から㋖までの工程はb社が独自に開発・構成した一連一体の工程であって、b社の営業秘密である旨主張しました。
❝ワイヤ整列装置が
  ㋐ 引き出しチャッキングと呼ばれるつまみ部分(以下「チャック」という。)がアモルファスワイヤをつまみ,一定の張力を掛けながら基板上方で右方向に移動する
  ㋑ アモルファスワイヤに張力を掛けたまま仮固定する
  ㋒ 基板を固定した基板固定台座を上昇させ,仮固定したアモルファスワイヤを基準線として位置決め調整を行う
  ㋓ 基板固定台座を上昇させ,アモルファスワイヤを基板の溝及びガイドに挿入させ,基板固定治具に埋め込まれた磁石の磁力で仮止めする
  ㋔ 基板の左脇でアモルファスワイヤを機械切断する
  ㋕ 基板固定台座が下降し,次のアモルファスワイヤを挿入するために移動する
  ㋖ 以下㋐ないし㋕を機械的に繰り返す❞
これに対して、裁判所は下記のように、被告人両名がeに説明した情報のうち検察官主張工程に対応する部分は、アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるための工夫がそぎ落とされ、余りにも抽象化、一般化されすぎていて、bの営業秘密を開示したとはいえない、と判断しました。
❝本件打合せにおいて被告人両名がeに説明した情報は,アモルファスワイヤを基板上に整列させる工程に関するものではあるが,bの保有するワイヤ整列装置の構造や同装置を用いてアモルファスワイヤを基板上に整列させる工程とは,工程における重要なプロセスに関して大きく異なる部分がある。また,上記情報のうち検察官主張工程に対応する部分は,アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるための工夫がそぎ落とされ,余りにも抽象化,一般化されすぎていて,一連一体の工程として見ても,ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまり,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえないので,営業秘密の三要件(秘密管理性,有用性,非公知性)のうち,非公知性の要件を満たすとはいえない。したがって,被告人両名は,本件打合せにおいて,bの営業秘密を開示したとはいえない。❞

なお、上記の「大きく異なる部分」としては、以下のように挙げられています。
❝工程㋑に関して,bのワイヤ整列装置では,なるべくアモルファスワイヤに応力を加えないようにするために,基板の手前にシート磁石が埋め込まれた溝(「ガイド」)を設置したり,切断刃近くに磁石を設置したりしてワイヤの位置を保持し,チャック以外では,ワイヤになるべく触れずに挟圧しない方法が採られている(ただし,3号機では,「ワイヤロック」による挟圧はされている。)。
これに対し,被告人両名が説明した情報は,前記のとおり,まっすぐにぴんと張る程度に張力を掛けて引き出されたワイヤを2つの棒状のもので「仮押さえ」をするというものである。この工程は,ワイヤを基板の溝等に挿入して整列させる工程において,「ワイヤ引き出し」,「仮固定」,「切断」といった重要なプロセスに関するものである。❞
また、「一連一体の工程」とのように、例えば、複数の公知情報を組み合わせた場合であっても、その組み合わせに特段の作用効果等がある場合には、全体として非公知性又は有用性が有ると判断される場合があります。
これに関して裁判所は下記のように、検察官主張工程のうち工夫された工程について被告人が開示しておらず、これにより一連一体の工程として見ても、ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまる、として、非公知性を否定しています。
❝すなわち,被告人両名は,前記のとおり,アモルファスワイヤの特性を踏まえ,基板上にワイヤを精密に並べる上で重要になるはずのbのワイヤ整列装置に備わっている工夫に関する情報,例えば,位置決め調整におけるCCDカメラの活用,ワイヤ引き出し時(送り出し時)におけるモーターの回転方法,ワイヤの仮固定における「ガイド」等の機構,基板上の溝等に仮止めする際の磁石の配置,ワイヤがチャックに付着し続けないようにするための工夫等について,eに対して説明していない。
また,本件実開示情報は,アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるために重要となるはずの情報がそぎ落とされ,余りにも抽象化,一般化されすぎていて,一連一体の工程として見ても,ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまるので,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない。❞
以上のように、結論としては、被告人はb社(愛知製鋼)の営業秘密を開示していないので、無罪とされています。このような判断は裁判所が行うまでもなく、技術的な知見を十分に有しているであろう愛知製鋼も行えると思うのですが、なぜ、刑事事件化してしまったのか非常に疑問です。

この理由の一つに、愛知製鋼は営業秘密とした自社の情報(発明)を正確に特定できていなかったのではないかと思います。また、検察(逮捕に携わった警察)もこれを正確に特定できていなかったのではないでしょうか。現に、2017年の2月に逮捕されてから一審判決に至るまで5年もの月日を要しており、これは他の営業秘密侵害事件と比べても非常に長い期間です。営業秘密の特定が不十分であるがために、判決に至るまでの時間を要したとも思えます。
実際、発明を情報として特定することは慣れていないと難しいでしょう。本事件では、検察が「検察官主張工程」として営業秘密を特定していますが、その情報をどのような形態で愛知製鋼が保有していたのかが、少々判然としません。判決では、❝ワイヤ整列装置である1号機ないし3号機をクリーンルーム内に保管し,特定の認証カードを所持する者以外の立入りを制限する措置を講じていた❞、とありますが、これはワイヤ整列装置に対する秘密管理であり、果たして「検察官主張工程」の秘密管理でしょうか。ワイヤ整列装置どこに、どのような形態で「検察官主張工程」を管理していたのでしょうか?

知的財産については、その保有者は自身が有する情報(今回は営業秘密)の権利範囲を広く解釈しがちな傾向にあると思います。そのような傾向にあるにもかかわらず、さらに営業秘密とした技術情報を正確に特定しなかったために、このような結果になってしまったのではないかと思います。

なお、本事件は、例えば転職者が前職で開示された営業秘密に関連する技術情報を転職先等で話す場合についても参考になるかと思います。
前職の営業秘密をそのまま話すことは当然ダメですが、それに関連する技術情報については営業秘密に触れずに「抽象化、一般化」して話すことは問題ないということです。これは当然のことなのですが、本事件によって、前職に関連することを全く話してはいけない、ということではないということが示されたとも思えます。
企業が転職者から前職に関連する技術情報を聞く場合も同様かと思います。前職の営業秘密に関連する部分の説明は「抽象化、一般化」して話してもらうように、転職者を促すことで、不必要に他社の営業秘密を知ることを防止できるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年8月22日日曜日

判例紹介:他社に業務委託して顧客にサービスを提供する場合(秘密保持契約)

自社のサービスを他社に業務委託し、当該他社を介して顧客に提供するという事業形態も多々あるかと思います。今回は、そのような形態の営業秘密に関する裁判例(令和3年3月26日東京地裁判決 平成31年(ワ)4521号)を紹介します。

本事件の原告会社は、経営者を対象に「すごい会議」と称する会議の手法を用いたコンサルティング業務を行うこと等を目的として原告Aによって設立されました。原告Aは、原告会社の設立前に株式会社すごい会議を設立し、すごい会議の手法を用いて経営者に対してコンサルティング業務を行っていましたが、原告会社がこれを引き継いだという経緯があります。また、原告A及びすごい会議社の従業員であるCは、社外のマネジメントコーチがいなくても,社内会議において社員だけですごい会議が運用できるようにするため,本件各ノウハウを含むすごい会議の手順等を記載した「すごい計画作成キット」と題するマニュアルを制作しました。

一方で被告Bは、すごい会議社との間で「すごい会議ライセンシング契約書」と題する書面を取り交わし、すごい会議のマネジメントコーチとしての業務委託を行いましたが、同業務委託はその後終了しています。そして、被告Bは「中小企業が使いやすく,日本が本来持っている組織力を引き出す会議のやり方がないか」との考えから、侍会議の手法を開発し、被告ヴァンガード社を設立して侍会議のワークショップを行うセミナー事業や侍会議を行うファシリテーターの育成研修を行う研修事業を開始しました。

上記のような経緯のもと、本件ノウハウは原告会社が保有する営業秘密に当たり、被告Bは本件各ノウハウを被告らが提供する会議運営手法に関するコンサルティングサービス等に使用し、被告会社らに開示して不競法2条1項7号が規定する不正競争を行った等として、原告が被告に対して訴訟を提起しました。

ここで、原告は本件ノウハウの秘密管理性を下記のように主張しています。
❝原告会社は,本件各ノウハウを,限られたライセンシー及びライセンシーが認めるマネジメントコーチにしか開示していない。そして,原告会社は,被告Bを含む全てのライセンシー及びライセンシーが認めるマネジメントコーチとの間でライセンス契約を締結しているところ,当該契約に係る契約書(以下「本件ライセンス契約書」という。)の18条により,本件各ノウハウについて,ライセンシー側に守秘義務を課している。
さらに,原告会社は,マネジメントコーチに対し,顧客にすごい会議のコンサルティングサービスを提供する際に「費用と条件に関する合意書」(以下「本件合意書」という。)を取り交わすよう指導している。そして,本件合意書には「全ての会議内容は厳格に秘密扱いといたします。必要に応じて,クライアント様の間で,秘密保持契約を交わすことも可能です」との条項があるから,原告会社は,マネジメントコーチが顧客と本件合意書を取り交わすことを通じて,当該顧客から,本件各ノウハウを含む全ての会議の内容を厳格に秘密扱いにすることの約束を取り付けていることになる。❞
この原告の主張のとおりであれば、原告は秘密保持契約を締結して被告に本件ノウハウを開示しているので、本件ノウハウは秘密管理性を満たしているようにも思えます。しかしながら、裁判所はこの主張に対して以下のように判断しました。
❝・・・,すごい会議社が被告Bとの間で取り交わした「すごい会議ライセンシング契約書」(甲14)において,「乙(被告B)または甲(すごい会議社)が本契約を履行する上で,知るにいたった秘密情報を,乙及び甲は,秘密情報の開示者の了解なしに第三者に開示することはできない。」などとする条項はあるものの(18条),具体的にいかなる情報が「秘密情報」に該当するかについての記載は見当たらない。そうすると,上記契約書の存在は,すごい会議社や原告会社がマネジメントコーチに対して本件各ノウハウを秘密と扱うよう求めていたことの根拠にはなり得ないというべきである。
また,・・・,「費用と条件に関する合意書」(甲18)においては,原告会社が指摘するとおりの条項が含まれるものの,本件各ノウハウが秘密として管理されていることを具体的に指摘する内容の記載は見当たらない。かえって,原告会社が指摘する上記条項は,「会議内容」を秘密扱いとすること及び「秘密保持契約を交わすことも可能」であることという記載に照らし,すごい会議を指導するマネジメントコーチが顧客側の情報を秘密として扱うことを約するものであると解釈するのが自然である。そうすると,上記合意書の存在は,原告会社がマネジメントコーチを通じて顧客に対し本件各ノウハウを秘密と扱うよう求めていたことの根拠にはなり得ないというべきである。❞
このように、裁判所は、①「ライセンシング契約書」では秘密保持の対象がどのような情報であるのかが特定されていないこと、②「費用と条件に関する合意書」では秘密保持の対象が本件ノウハウではないとして、原告主張の秘密管理性を認めませんでした。

特に①については、秘密保持契約等において、その対象が何であるかを明確に特定する必要があることは、従業員に対する就業規則の秘密保持条項等でも指摘されていたことです。取引先(本件では業務委託先)と締結する場合でも、秘密保持契約において何がその対象となるのかを特定する必要があります。包括的な秘密保持契約では万が一の場合に何ら意味を成さない可能性があります。


さらに、本件ノウハウの秘密管理性について裁判所は以下のようにも判断しています。
❝・・・本件各ノウハウは,原告会社が顧客に提供する商品そのものというべきものであって,原告会社の上記サービスに係る顧客であれば,何人でも接することができる性質の情報である。しかも,本件各ノウハウは,会議の進め方に関するノウハウであるから,その性質上,原告会社の担当者,原告会社から業務委託を受けたマネジメントマネジャー及びすごい会議についての指導を直接受けた者のみならず,原告会社によるコンサルティングサービスの提供を受けた顧客が実施する会議に参加する者に対し,広く使用されることが当然の前提とされる情報である。そうすると,本件各ノウハウは,不特定多数の者が接することが可能であり,かつ,接することが予定された性質の情報であるといえる。しかるに,本件全証拠によっても,原告会社と顧客等との間に秘密保持契約を締結するなど,原告会社において,本件各ノウハウにアクセスすることができる者の範囲やアクセスの方法を制限する措置を講じているといった事実は認められない

❝原告ワークブックは,本件各ノウハウを記載した媒体の一つであるところ,前記前提事実(3)のとおり,そもそも,原告ワークブックは,社外のマネジメントコーチがいなくても,すごい会議を導入した会社の従業員だけで,すごい会議を進行できるようにするという目的で作成されたものであるから,会議に参加する従業員に広く共有されることが前提とされたものといえる。そして,原告ワークブックにおいて,そこに記載されたノウハウが秘密として管理されていることを示す記載は見当たらない。❞ 

このように、本件ノウハウについて、顧客に対して秘密保持契約を求めたり、原告会社内において秘密管理していたという事実もないと裁判所は判断しています。本件ノウハウは社内での秘密管理性が認められないので、業務委託先との関係においても秘密管理性が認められないことは当然のことでしょう。

本事件は、原告の業務委託先が当該委託業務の経験を生かして原告の競合となったため、原告にとっては納得しがたい気持ちはあるでしょう。しかしながら、このようなことは想定されることです。
そのため、自社のサービスのうち、どの様な情報が核心部分であるのか?、その核心部分は秘匿化できるのか?、秘匿化するのであれば情報をどのように特定するのか?、当該情報に触れる者に対して確実に秘密保持契約を締結できるのか?、このようなことを熟考してビジネス展開を行うべきでしょう。その過程で、状況によっては他社に対する業務委託は断念し、自社だけでビジネス展開を行うという決断に至るかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年8月1日日曜日

発明を営業秘密として特定する方法

発明を営業秘密とする場合には、当該発明の特定が必要です。例えば、図面やプログラムのソースコードは、多くはデジタルデータとして記述されているので、あらためて特定に関して意識する必要が無いかもしれません。
しかしながら、発明は技術思想であるため、何らかの形で第三者に理解できるように特定しないといけないでしょう。そもそも、発明を特定しないと秘密管理性、有用性、非公知性も客観的に判断することができません。なお、営業秘密が特定されていないとして棄却(原告敗訴)となった判例には例えば以下のようなものがあります(❝ ❞内は裁判所の判断です)。

(1)セルフィール事件 
  (大阪地裁令和2年3月26日判決 平30(ワ)6183号等)  
❝本件特許の特許公報記載のものを除くセルフィールの成分,成分の含有割合及びそのバランスであると主張するものの,その具体的内容は明らかにしない。この程度の特定では,当該情報の有用性その他「営業秘密」の要件の有無や,当該情報と原告が取得等したとされる情報との同一性等を判断することは不可能又は著しく困難である。❞
(2)小型USBフラッシュメモリ事件
  (知財高裁平成23年11月28日判決 平成23年(ネ)第10033号)
❝そうした寸法・形状での小型化を達成する部品配列・回路構成等との関係でもそれら各要素が両立する事実及びその方法を伝える情報として、全てが組み合わさった情報とはどのような情報なのか不明であり、営業秘密としての特定性を欠くといわざるを得ない。❞
(3)錫合金組成事件
  (大阪地裁平成28年7月21日判決 平成26年(ワ)第11151号等)
❝原告らは、本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても、特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから、本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし、その場合には、営業秘密として保護されるべきは製造方法であって、容易に分析できる合金組成ではないから、原告らの上記主張は採用できない(なお、前記のとおり原告らは、本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。❞
上記(1)、(2)の事件は、原告が営業秘密であると主張する技術情報が何であるかが特定されていないと裁判所に判断された事件です。
一方で(3)の事件は原告が主張する技術的な効果は、原告が主張する技術情報では得られない効果であり、当該効果を主張するのであれば異なる技術情報(製造方法)を営業秘密として特定するべきであったと裁判所に判断されたものです。すなわち、原告は営業秘密として主張する技術情報を間違っており、本来守るべき技術情報を適切に特定できなかったことを示しています。


では、どのような方法で営業秘密を特定することが好ましいのでしょうか?
不正競争防止法では、営業秘密の特定方法については言及されていません。基本的には第三者(従業員等)が営業秘密であることを認識できるように特定できれば、どのような方法で特定されてもよいと思います。

しかしながら、発明を特定するのであれば、特許でいうところの請求の範囲と同じような形態で特定することが好ましいでしょう。その理由は、現在に至るまで発明を客観的に理解する方法として膨大な知見が得られている方法であり、また、特許侵害の裁判においてもその解釈手法は確立されているためです。
❝そこで、秘密保持契約締結前に自社が保有していた秘密情報のうち特に重要なものだけでも秘密保持契約の別紙において明確に定めておくことが考えられる。 これにより、自社の重要な情報を確実に秘密情報として特定できるとともに、上記リスクを回避することができる。なお、秘密保持契約の別紙において定義をする際には、弁理士に対して、特許請求の範囲を記載する要領で作成を依頼することも考えられよう。
なお、特許請求の範囲と同様の形態で営業秘密とする発明を特定するのであれば、上位概念から下位概念へ段階的に発明を特定することになります。
段階的な発明の特定は、単に営業秘密を特定するだけでなく、発明の重要度を関連付けることができるでしょう。すなわち、上位概念よりも下位概念の方が発明としてより具体的、換言すると実際に製品化する形態に近くなり、第三者による模倣がより容易になるでしょう。
そうであれば、例えば下記のように、営業活動等において先方に開示可能なランク付けにそのまま適用できるかと思います。
・項目1(請求項1)は顧客候補には開示可能。
・項目2(請求項2)は秘密保持契約締結後に開示可能。
・項目3(請求項3)は顧客にも開示不可。
これにより、顧客に開示してもよい技術情報、顧客であっても開示してはいけない技術情報が明確になり、技術情報の不要な開示を防止できるかと思います。

以上のように、発明を営業秘密として特定するためには、特許請求の範囲と同様に特定することが最も好ましいと思います。また、このことを弁理士の業務として広めることによって、弁理士の仕事の幅が確実に広がることになるでしょう。そのためには、弁理士も営業秘密に浮いてより深い理解が必要かと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年5月30日日曜日

発明を営業秘密として秘匿化する方法

営業秘密としての秘密管理性を満たす前提として、そもそも営業秘密とする情報の特定が必要です。営業秘密の特定の方法は法的に定められておらず、どのような第三者が認識できる態様であればどのような形態であってもよいでしょう。

では、発明を営業秘密として秘匿化するためにはどのような形態が望ましいのでしょうか?
ここで、特許庁オープンイノベーションポータルサイト モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)の10ページには以下のような記載があります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
秘密保持契約締結前に自社が保有していた秘密情報のうち特に重要なものだけでも秘密保持契約の別紙において明確に定めておくことが考えられる。
 ・ これにより、自社の重要な情報を確実に秘密情報として特定できるとともに、上記リスクを回避することができる。なお、秘密保持契約の別紙において定義をする際には、弁理士に対して、特許請求の範囲を記載する要領で作成を依頼することも考えられよう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

上記のように、発明を営業秘密とする場合には、特許請求の範囲と同様の形態で特定することが望ましいと思われます。
では、営業秘密を特許請求の範囲と同様の形態で特定することのメリットにはなんでしょうか?もちろん、知財として慣れ親しんだ形式であるということもありますが、それ以外にも下記のようなメリットが考えられます。
なお、ここで挙げるメリットは私だけでなく、他の弁理士先生、弁護士先生の意見も含まれており、私自身もなるほどと思ったことです。先生方、助言ありがとうございました。


① 裁判官の理解が容易となる。
営業秘密の侵害訴訟ではまず営業秘密の特定が行われます。しかしながら、営業秘密を保有している原告側が営業秘密として提示した情報が要領を得なかったりすると、営業秘密の特定そのものに裁判所は時間と労力を要することになります。これは原告にとって望ましいことではないでしょう。そこで、特許請求の範囲と同様の形態で営業秘密を特定することで、営業秘密の特定が容易となり、さらに、被告が実際に侵害しているか否か(例えば当該営業秘密を使用したか否か)の判定も特許侵害訴訟と同様に裁判所は行えばよく、裁判所は特許侵害訴訟の経験を生かすことができます。これもやはり原告にとって訴訟の行方を予想し易くなるので、メリットとなるでしょう。 

② 特許出願が容易となる。
例えば、当該営業秘密を創出した従業員が競合他社に転職する可能性もあります。そうした場合、当該従業員を介して営業秘密が転職先に漏洩する可能性もあります。これは営業秘密侵害となるのですが、従業員がデータを持ち出さずに自身の記憶のみから転職先に教えたり、また、当該営業秘密が製品の製造方法であったりすると、当該営業秘密の漏えいを認識できない可能性があります。
このような場合、営業秘密としていた技術情報を特許出願して権利化することで、転職先企業に対する営業秘密に係る技術の使用を防止することが考えられます。このような判断をした場合、営業秘密を特許請求の範囲と同様に特定し、かつ予め実施形態も作成しておくと、容易に特許出願が可能となります。もし、このような準備を行わずに、当該従業員が退職届を出した後に、慌てて特許出願を行なおうとしても、特許出願そのものが遅れたり、当該従業員の協力を十分に得られない可能性もあるでしょう。

③ 営業秘密の共有が容易
営業秘密を特許請求の範囲と同様の記載とすることで、営業秘密の技術的範囲が特許と同様の解釈となるので、営業秘密の共有が容易となります。また、技術を段階的に特定する従属項も作成することで、営業秘密を他社等に開示する場合にどの段階までならば開示可能であるかの認識も共有できます。例えば、請求項1は秘密保持契約なしで顧客(顧客候補)に開示可能。請求項2は秘密保持契約ありで開示可能。請求項3は開示不可。とのように定めることが出来るでしょう。これにより、例えば、営業部の人たちが顧客に対する情報開示を誤ることもなく、また、必要な情報を適切に開示できることになります。

④ ディスカバリへの対応
米国の訴訟では証拠開示手続きであるディスカバリ制度があることは広く知られています。このディスカバリを行うにあたり、自社の営業秘密を不必要に開示しないように注意しなければなりません。しかしながら、自社における営業秘密の管理が不十分であると、本来開示義務のない営業秘密を誤って開示する可能性があります。そこで、営業秘密を特許請求の範囲と同様の記載とすることで当該営業秘密を容易に特定できるので、営業秘密を誤って開示することを防止できます。

以上のように、発明を営業秘密として秘匿化するにあたり、知財として慣れ親しんだ形態である特許請求の範囲や明細書のような形態で特定することはメリットが多いでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2020年8月23日日曜日

営業秘密の特定について 特許庁オープンイノベーションポータルサイトから

特許庁がオープンイノベーションポータルサイトを開設しました。
このオープンイノベーションポータルサイトでは、オープンイノベーションを行うにあたり必要な各種契約書のモデルを開示しています。
このモデル契約書は、オープンイノベーションによってノウハウ(営業秘密)を相手方に開示する場合等に参考になるかと思います。このブログでもオープンイノベーションについて取り上げることが有りますが、オープンイノベーションに限らず、取引先に営業秘密を開示することによって、開示先が営業秘密の目的外使用等を行い、裁判に発展することがあります。そのようなことを未然に防ぐためにも、営業秘密の開示先となる相手方との契約書は大変重要になります。

ここで、営業秘密を開示するために相手方と秘密保持契約を締結する際には、秘密保持の対象とする技術を特定する必要があります。秘密保持の対象を特定しないまま、相手方に営業秘密を開示すると、開示した内容のうちどれが秘密保持の対象であるかを相手方が認識できない可能性が有ります。そうすると、当該営業秘密を相手方が目的外使用したとしても、秘密保持の対象が特定されていないことにより、不法行為とは認められない可能性があります。
このため、秘密保持の対象を特定することは非常に重要です。なお、秘密保持の対象を特定することは、取引先だけでなく従業員に対しても需要なことであり、営業秘密管理の基本といえるでしょう。

この点について、モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)の10ページには以下のような記載があります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
秘密保持契約締結前に自社が保有していた秘密情報のうち特に重要なものだけでも秘密保持契約の別紙において明確に定めておくことが考えられる。
 ・ これにより、自社の重要な情報を確実に秘密情報として特定できるとともに、上記リスクを回避することができる。なお、秘密保持契約の別紙において定義をする際には、弁理士に対して、特許請求の範囲を記載する要領で作成を依頼することも考えられよう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
上記下線で示したように、営業秘密を特許請求の範囲を記載する要領で作成することが推奨されています。今までも、営業秘密を特定する場合には、特許請求の範囲のような記載が提案されていましたが、行政による推奨は初めてではないでしょうか。また、その作成を弁理士に依頼することまで言及しています。これは、弁理士の仕事の幅を広げることになるので、我々にとっては好ましい一言でしょう。


「特許請求の範囲」を記載する要領とはいえ、やはり営業秘密を特定するにあたっては3要件を理解する必要があります。
このうち、「秘密管理性」については他社への営業秘密の開示であるので、秘密保持契約がその役割を担うことになるので、営業秘密の特定という点ではさほど強く意識することはないでしょう。一方、「有用性」と「非公知性」については技術情報を営業秘密とする上では、意識する必要があるかと思います。

まず、有用性に関しては、有用性が満たされる程度に技術情報を特定する必要があります。すなわち、あまりにも漠然とした技術情報で営業秘密を特定すると、その有用性に疑義が生じます。特に、その構成から有用性、換言すると効果が理解し難い化学等の分野では、技術情報をどのように特定するかが重要になるかと思います。

また、製品が販売されることによって、それまで営業秘密であった技術情報の「非公知性」が失われることになるかもしれません。すなわち、当該製品のリバースエンジニアリングによって当該技術情報の非公知性が失われる可能性があります。このため、製品化によって非公知性が失われる技術情報と、製品化しても非公知性が失われない技術情報は分けて特定するほうがいいでしょう。
その理由は、一般的な秘密保持契約において、秘密保持の対象となる情報は公知となるとその対象から外れるためです。このモデル契約書にも下記のような条項があり、下記⑤がそれにあたるでしょう。

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2前項の定めにかかわらず、受領者が書面によってその根拠を立証できる場合 に限り、以下の情報は秘密情報の対象外とするものとする。 
① 開示等を受けたときに既に保有していた情報 
② 開示等を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した 情報 
③ 開示等を受けた後、相手方から開示等を受けた情報に関係なく独自に取得 し、または創出した情報 
④ 開示等を受けたときに既に公知であった情報 
⑤ 開示等を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

もし、非公知性が失われた技術情報と非公知性が失われていない技術情報とを同じ項目で混在させて特定した場合、当該項目が秘密保持の対象となったか否かが不明確となり、トラブルの元になる可能性があります。このため、営業秘密とする技術情報が、製品化により公知となるか否かの把握は重要な作業であると考えます。

オープンイノベーションは、自社にない技術や自社だけでは開拓できない市場を手に入れるチャンスであるため、今後、より高い事業効率を求めるために広まることは間違いないでしょう。
しかしながら、自社の営業秘密(ノウハウ)の相手方への開示は高いリスクを伴う行為です。そのようなリスクをいかに低減するのか、また、営業秘密として守ることができる技術情報と守ることができない技術情報を明確にするためにも営業秘密の特定は重要な作業となります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年7月30日木曜日

判例紹介:営業秘密(技術情報)の特定について

本ブログでは、度々、営業秘密はまずその特定が重要であることを述べてきました。
特に、技術情報を営業秘密とする場合において、当該技術情報が特定されていないと、秘密管理性、有用性、非公知性の判断が裁判所が行うことなく、原告(営業秘密が侵害されたと主張する者)が敗訴する場合が散見されます。

今回紹介する裁判例(大阪地裁令和2年3月26日判決 平30(ワ)6183号 ・ 平30(ワ)9966号)もそのようなものです。


本事件は、原告は被告との間でOEM販売契約を結んでいましたが、原告は被告に対して同契約の解除に伴う原状回復請求権に基づき、支払い済み代金の一部の返還等を求めたものです。これに対し、被告は反訴として特許権の侵害や不競法に基づく損害賠償を求めました。すなわち、本事件は、被告が原告による営業秘密の不正使用等を主張しています。


被告は、自身の保有する営業秘密として「本件OEM契約では,「製品に関する技術情報」についての秘密保持が規定され,第三者への秘密漏洩を禁止し(16条),被告の同意なき成分分析も禁止されている(15条)。セルフィールの成分,成分の含有割合及びそのバランス(ただし,本件特許の特許公報記載のものを除く。)は上記情報に当たる。」とのように主張しています。


なお、セルフィールは、天然土壌由来の無機化合物(鉄化合物,アルミニウム化合物,カリウム化合物,チタン化合物)を含有する無色透明・無臭の水溶液です。
そして、原告は、被告から本件OEM契約に基づきセルフィールを購入し、これを繊維関連の顧客に原液のまま販売したり、繊維に加工するために必要な調合を施した水溶液を販売したり、セルフィールを使用して原告が加工した繊維製品を第三者に販売したりしていたようです。



このような被告の営業秘密に対する主張に対して、裁判所は以下のように判断しています。
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被告は,営業秘密の内容として,本件特許の特許公報記載のものを除くセルフィールの成分,成分の含有割合及びそのバランスであると主張するものの,その具体的内容は明らかにしない。この程度の特定では,当該情報の有用性その他「営業秘密」の要件の有無や,当該情報と原告が取得等したとされる情報との同一性等を判断することは不可能又は著しく困難である。その意味で,被告の主張は,不正取得等されたという情報の特定の点で十分とはいえない。したがって,被告主張の情報が営業秘密に該当するとは認められない。
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被告としては、特許公報にセルフィールの成分が公開されているため、セルフィールの成分が営業秘密であると主張しても、非公知性を満たさないと判断されるであろうから、「特許公報記載のものを除く」セルフィールの成分が営業秘密であると主張したのだと思われます。
このような主張は、やや苦し紛れにも思えますが、やはりこの程度の主張では営業秘密の具体的内容は明らかにされていない、との裁判所の判断は妥当であると思われます。

この裁判例のように、営業秘密はその具体的な内容は特定されなければなりません。換言すると、具体的な内容が特定されていない情報は、営業秘密とはなり得ません。
情報を営業秘密とする場合には、このことを常に念頭に置き、当該情報の具体的な内容が特定できているかを意識する必要があるでしょう。
弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年2月15日土曜日

ソフトバンク事件の報道や本質的なことについて

ソフトバンクの機密情報が元従業員によってロシア側に漏洩された事件について、比較的大きく報道されていること、いわゆるスパイ事件の様相もあり、いくつか特集記事のようなものも掲載されています。

確かに、ソフトバンクの機密情報がロシアの外交官に漏洩していたという事件は、幾つもある機密情報の漏洩事件の中において、インパクトがある事件です。しかしながら、スパイ防止法といった法律のない日本において、この事件は不正競争防止法の営業秘密侵害罪であり、「ロシアに情報が漏洩」したことが犯罪とされたわけではありません。

本質的には、今まで幾つもあった営業秘密侵害事件と何ら変わりません。すなわち、漏洩された情報が秘密管理性、有用性、非公知性を有した営業秘密であって、不正の目的を持って開示等されたことを持って、事件化されたものです。
今回の事件を特集した記事において、この点を述べているものがほとんどないことが少々気になります

すなわち、今回の事件は、ソフトバンクから流出した情報に、営業秘密が含まれていたから事件化することが可能となったものです。この事件は、ソフトバンクが察知したのか、公安当局が察知したのかは分かりませんが、元従業員が営業秘密にアクセスし、その情報をロシア側に渡したことで逮捕に至ったものであり、もし、営業秘密とされない情報だけを漏洩させていたのであれば、事件化には至りません。


ここで、「営業秘密とされない情報」とは何でしょうか?上述の、秘密管理性、有用性、非公知性を満たさない情報です。そして、このブログを度々ご覧になられる方は分かるかと思いますが、そもそも特定されている情報です。情報が特定されていないと、当然、秘密管理もできませんし、有用性、非公知性の判断を客観的に行うこともできません。しかしながら、情報は特定されていなくても、従業員が記憶している断片的な情報として漏洩される可能性もあります。

このように、特定されていない情報、秘密管理されていない情報は、まず、営業秘密となり得ません。そのような情報に対して、従業員によって漏洩された、企業スパイだ、と訴えても、営業秘密侵害とは認められません。実際にそのように判断された裁判例は幾つもあります。
裏を返すと、営業秘密とされていない情報は、基本的には、誰でも自由に開示したり、使用したりすることができます。今回の事件も、もしかしたら、本来漏洩されたくない情報であったにもかかわらず、その情報が特定されていない、秘密管理から漏れていた等の理由により、事件化できなかったものもあったかもしれません。

なお、営業秘密でない情報の開示・使用を制限させたいならば、秘密保持義務を相手方に課す必要があります。それが就業規則であったり、他社との秘密保税契約であったりします。
しかしながら、秘密保持義務違反は、民事的責任を負わせることはできるものの、刑事的責任を負わせることはできません。また、その条項によっては秘密保持義務を課す情報の範囲が実質的に営業秘密とされる情報の範囲と同じになってしまい、あまり意味のないものとなる可能性もあり、秘密保持契約等で情報を守ろうとすることは相当の注意が必要です。

このように、もし自社から情報が漏洩したとしても、企業スパイというイメージだけで事件化はされません。どのような企業情報がその対象となるかを理解しないと、自社の情報を守ることはできません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年12月5日木曜日

営業秘密に関する従業員(発明者)との秘密保持契約

従業員が発明を創出した場合には、企業は特許出願を検討するかと思います。
一方で、特許出願は特許化の有無にかかわらず公開されるため、発明の内容によっては秘密管理を行うことで秘匿化を選択する企業も多いでしょう。

ここで、発明者が創出した発明を営業秘密とした場合、その帰属が問題になります。
まだ、明確にはなっていませんが、もし、発明者が自身が創出した発明に係る営業秘密を持ち出して他社に転職した場合等であっても、この行為は不正競争防止法2条1項7号違反にはならない可能性があります。

また、当該発明を使用等した転職先企業に対して不正競争防止法2条1項8号又は9号違反の責を負わせるためには、上記発明者による転職先企業への発明の開示が「秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為」等でなければなりません。

発明者による転職先企業への発明の開示等を確実に「秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為」するためには、当該発明者と発明者の所属企業との間で秘密保持契約を結ぶことが好ましいでしょう。

また、多くの就業規則において秘密保持の条項が設けられています。このため、この就業規則によって従業員は秘密保持義務が存在し、2条1項8号等でいうところの「秘密を守る法律上の義務」を有しているとも解されます。


しかしながら、就業規則による秘密保持義務は退職した従業員に対して、どの程度有効なのでしょうか?

就業規則における一般的な秘密保持の条項は下記のようなものかと思います。
「会社の内外を問わず、在職中、又は退職若しくは解雇によりその資格を失った後も、 会社の秘密情報を、不正に開示したり、不正に使用したりしないこと。」
参考:経済産業省 秘密情報の保護ハンドブック 「参考資料2 各種契約書等の参考例」 

このような就業規則における秘密保持の条項において、一般的には、下記のような例外規定は設けられません。
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① 開示を受けたときに既に保有していた情報
② 開示を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報
③ 開示を受けた後、相手方から開示を受けた情報に関係なく独自に取得し、又は創出し た情報
④ 開示を受けたときに既に公知であった情報
⑤ 開示を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報
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このため、就業規則における秘密保持義務は包括的であり、非常に広範囲な情報、換言すれば、既に公知となっている情報や、従業員が企業から示される前から知っていた情報であってもその対象となり得てしまうでしょう。
また、就業規則における秘密保持条項では、取引先等と締結されるような一般的な秘密保持契約で設けられている有効期限の条項もないでしょう。このため、発明者は、発明を行った企業を退職した後に、いつまで秘密保持義務があるのか定かではありません。
このようなことから、営業秘密とした発明を創出した発明者に対して、就業規則における秘密保持条項が「秘密を守る法律上の義務」としての機能を果たすのか個人的には疑問を感じます。

そのようなこともあり、発明者が自身の発明が企業にとって営業秘密であることを確実に認識させるためには、個別に秘密保持契約を結ぶことがより好ましいと考えられます。
この際、秘密保持の対象となる発明(技術情報)の内容を明確に特定し、上記例外規定も設けるべきでしょう。

また、当該秘密保持契約の有効期限は無期限としても良いかもしれません。
一般的には、リバースエンジニアイング等によって当該情報が公知化(陳腐化)する時期を考慮して、有効期限を定めるべきとの考えも多いようです。しかしながら、有効期限を定めると、有効期限が経過した時点から当該情報を自由に開示、使用してよいことになります。
これでは、これでは企業側に不利益が生じる可能性があるので、秘密保持義務を無期限とする方が当然好ましいでしょう。一方で、秘密保持義務を無期限とするような契約は無効とされるリスクもあるようです。
しかしながら、有効期限を定めないことに合理的な理由があればその契約は認められるのではないでしょうか。すなわち、企業は発明に相当する営業秘密に関しては、その重要性から無期限に渡って秘密とすることに合理的な理由があると考えられ、さらに、上記のような例外規定を定めることで、秘密保持義務が失われる場合を明確に規定することで、有効期限を定めないことに対する合理性をさらに高めるとも考えられます。

さらに、企業と従業員との間の力関係に基づいて、従業員に無理やり秘密保持契約を結ばせたと解釈させることを防止するためにも、秘匿化する発明であっても、企業は発明者に対して報奨金等のインセンティブを与えるべきかと思います。

なお、秘密保持契約を従業員の退職時に結ぶという考えもあるかと思いますが、退職時に秘密保持契約の締結を企業側が申し出ても、必ずしも従業員が秘密保持契約に応じるとも限りません。そういったことを回避するためにも、企業が従業員にインセンティブを与える際に秘密保持契約の締結をセットとすることで、秘密保持契約の締結がスムーズに進むのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年7月12日金曜日

ー判例紹介ー 営業秘密の知得ルートと不法行為との関係

前回紹介したニット製品事件(大阪地裁平成30年6月21日判決(平30(ネ)1745号))の続きです。前回は、営業秘密ではないとされた情報を他者が使用した場合に、一般不法行為と判断され得るかについて述べましたが、今回は営業秘密の知得ルートについてです。

なお、本事件は、ニット製品の卸売業者である原告会社がニット製品の製造販売業者である被告に対し訴訟を提起した事件(本訴事件)の反訴事件です。このため、被告が営業秘密の保有者であり、原告が被告の営業秘密を使用したとされる立場にあります。
そして、本事件は、被告から開示されたニット製品の製造方法(被告の営業秘密)を、原告が利用して下請けにニット製品を製造させたことが不正行為であると被告が主張しています。

ここで、被告が営業秘密であると主張する本件製造方法の情報は、下記①~③に大別できると裁判所は判断しています。
①使用する抄繊糸に関する情報
②編み方・洗い方・染め方といった具体的な製造工程に関する情報
③製造された製品の取扱方法に関する情報

このうち、①使用する抄繊糸に関する情報は、さらに下記のように細分化できると判断されています。
・「1 原糸」の「(1)メーカー」,「(2)商品名」,「(3)性能」
・「2 組成内容等」
・「3 撚糸」の「(1)撚糸企業」, 「(2)撚糸方法」,「(3)撚糸構成」
・「4 効果」

そして、裁判所は「1原糸」の「(3) 性能」、「2組成内容等」(原糸を除く)及び「4 効果」の情報について、被告が製造した和紙混ニット製品の商品下げ札に表示されている組成内容及び性能であるとして、非公知性を欠くと判断しました。
また、「3撚糸」の「(2) 撚糸方法」及び「(3) 撚糸構成」の情報のうち、「(2) 撚糸方法」の情報について、裁判所は、一般的な撚糸の方法であるところ、撚糸企業において被告が製造した和紙混ニット製品を分析すれば、その製品が「(2) 撚糸方法」の撚糸方法により、「(3) 撚糸構成」の撚糸構成をとったものであることが判明すると認められる(証人被告専務41ページ)ため、非公知性を欠くと判断しました。

次に、「1原糸」の「(1) メーカー」及び「(2) 商品名」並びに「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」の情報についてです。
まず、当事者間に争いのない事実として、下記①、②があります。
①原告会社が下請けに製造させた和紙混ニット製品には、同情報のうち「1原糸」の「(1) メーカー」製の「(2) 商品名」のものを用いて「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」が撚糸したものが使用されていること。
②和紙糸を調達したのが、被告が上記和紙糸を開発する際に「1原糸」の「(1) メーカー」製の「(2) 商品名」の存在を教えたP4が取締役を務めるイシハラであること。

また、イシハラのP4は、和紙糸が「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」が撚糸したものであるという情報も知っていたと認められ、原告会社が下請けに製造させた和紙混ニット製品に用いた糸はイシハラに調達を依頼したものであると認められています。

このような事実から裁判所は下記のように判断しました。
---------------------
原告会社が下請けに製造させた和紙混ニット製品に,イシハラが調達した「1原糸」の「(1) メーカー」製の「(2) 商品名」のものを用いて「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」が撚糸したものが使用されているからといって,原告会社において,被告から示された上記情報が使用されたとは認められない。したがって,仮に,上記情報に営業秘密該当性が認められたとしても,その不正使用行為があったとは認められない。
---------------------

本事件の原告会社、被告、イシハラ、原告会社の下請けにおける情報や和紙糸の流れを図案化すると下記のようになります。
図のように、イシハラから原告会社と被告とに同じ情報が渡されています。そして、原告会社は、和紙糸をイシハラを通じて下請けに供給し、この和紙糸を使用して下請けにニット製品を製造させています。
従って、被告が営業秘密と主張する情報は、原告会社も被告以外から知得しており、このことをもって裁判所は「原告会社において,被告から示された上記情報が使用されたとは認められない。」と判断しています。

以上のことから、他者の営業秘密を当該他社から開示されたとしても、別のルートで同じ情報を知得した場合には、当該情報を使用しても不競法違反とはならないという理解になるでしょう。

ここで、本事件では営業秘密を被告から原告企業へ開示するにあたり、秘密保持契約(NDA)を締結していた事実は認められませんでした。

営業秘密を他者に開示する場合には秘密保持契約は必須ですが、秘密保持契約は何のために行うのでしょうか?
当然、その目的は、営業秘密を第三者に開示したり、目的外使用を防ぐことにありますが、秘密保持の対象が何であるかを明確にすることで、事後の紛争を回避することにあるかと思います。

ここで、一般的な秘密保持契約では、秘密保持の対象外として下記のような条項を設けるかと思います。

① 開示を受けたときに既に保有していた情報
② 開示を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報
③ 開示を受けた後、相手方から開示を受けた情報に関係なく独自に取得し、又は創出した 情報
④ 開示を受けたときに既に公知であった情報
⑤ 開示を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報

参考:秘密情報の保護ハンドブック 参考資料2 各種契約書等の参考例

本事件では、被告が営業秘密であると主張する情報を、被告も原告会社も同一人物(同一会社)から取得していたようですので、上記例外の①又は②、③に該当するのではないでしょうか?
もし、適切な秘密保持契約を互いに締結していたならば、当該営業秘密が秘密保持の対象外であることが互いに理解でき、不要の争い(訴訟)を避けれたのではないかと思います。
弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2018年10月19日金曜日

何を営業秘密とするのか?

企業の知財関係の方と営業秘密について少々踏み込んでする話をすると、見えてくることがあります。それは、情報の秘密管理云々の前に、どのような情報を営業秘密として管理するのかが定まっていない場合があるということです。

知財関係の方と話をするので、営業秘密として管理する対象は技術情報(ノウハウ)ですが、いったいどのような技術情報を秘密管理するのか?ということが明確でない企業が多いようです。

また、企業の在り方によっても営業秘密管理するべき技術情報が異なってくるようです。
例えば、人材の流動性が高い企業や業界ほど、自社のノウハウの漏洩を厳しく管理すべきかというと、必ずしもそうではないのかもしれません。


例えば、経験のある良い人材が自社へ入社することを期待し、また、人材が自社から他社へ移ることも許容している企業にとっては、情報管理を厳しくすることは人材の流入にとってよくないと考えるかもしれません。すなわち、情報管理が厳しいということが逆に悪評となり、良い人材の流入が滞るかもしれません。
このような企業は、自社独自のノウハウに対して必要最低限の秘密管理を行う一方、例えば自社の収益には直結しないようなノウハウの流出は許容するという選択もあり得るでしょう。

一方、自社開発のノウハウの流出を最大限防止したいという企業(例えば競業他社との競争が激しく人材の流動性も高くない業界等?)は、自社開発のノウハウであれば、既に公知となっている可能性も考えられるノウハウをも秘密管理するという選択もあり得るでしょう。

さらに、自社内で創出された情報をどのレベルから営業秘密管理するのかということも大事です。
例えば、新規なビジネスモデルかもしれない漠然とした情報はどうするのか?もし、そのような情報が重要であれば、内容を特定した文章等を作成し、秘密管理するべきでしょう。
一方で、漠然としすぎており、海の物とも山の物とも分からないものは、特定も難しく営業秘密管理ができないかもしれません。そういう情報は、社外に漏れることを許容して何もしないという選択もあり得ます。

従って、企業としては、どのような情報を営業秘密管理するのかという大まかな基準を策定するべきかと思います。
そうしないと、情報に対する営業秘密管理の有無は担当者個人が有する基準に委ねられ、本来ならば営業秘密管理するべき情報が当該管理から外れたり、本来ならば営業秘密管理が不要な情報が当該管理をさせていたりするかもしれません。
もし、他の情報が適切に営業秘密管理されていたとしても、当該管理から外れた情報は営業秘密とは認められません。また、不要な情報を営業秘密管理するということは、当該情報の特定等に要するコストや作業等の無駄が生じることになります。

このように、営業秘密の特定とはとかく面倒なものです。
果たしてどのように行うべきか、また行えるのか?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年4月13日金曜日

技術情報を営業秘密として特定する方法、特許明細書のような形式で良いの?

技術情報を営業秘密として特定する方法は色々あります。図面等がその代表例かと思いますが、営業秘密としての特定が可能であればその形式は問われません。

・参考ブログ記事:ー判例から考えるー どのような技術情報を営業秘密とできるのか?

また、企業は発明であるものの特許出願を選択せずに、営業秘密として秘匿する場合もあります。そのような場合には、特許明細書と同様の形式で技術情報を特定する案もあります。確かに、特許明細書と同様の形式で技術情報を特定すれば、特許出願になれている知財部担当者にも親和性が高く管理し易いでしょうし、何よりもその後に特許出願を行う可能性があるのであれば、特許出願も容易です。

では、本当に特許明細書と同様の形式で技術情報を特定することが好ましいのでしょうか?
私は、秘匿化のために特許明細書と同様の形式で技術情報を特定することに関して、かならずしも好ましくないと思います。

まず、技術情報を営業秘密とするためには、秘密管理性を満たさなければなりません。
ここで、接触角計算プログラム事件 (知財高裁平成28年4月27日,一審:東京地裁平成26年4月24日判決等)が参考になるかと思います。
本事件は知財高裁でも争われたので影響力はそれなりに高いかと思います。まず、接触角計算プログラム事件において原告(被控訴人)が営業秘密と主張する原告アルゴリズムは、表紙中央部に「CONFIDENTIAL」と大きく印字され,各ページの上部欄外には「【社外秘】」と小さく印字された本件ハンドブックに記載されたいました。

しかしながら、裁判所は「本件ハンドブックは,被控訴人の研究開発部開発課が,営業担当者向けに,顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため,携帯用として作成したものであること,接触角の解析方法として,θ/2法や接線法は,公知の原理であるところ,被控訴人においては,画像処理パラメータを公開することにより,試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っていたことが認められ,これらの事実に照らせば,プログラムのソースコードの記述を離れた原告アルゴリズム自体が,被控訴人において,秘密として管理されていたものということはできない。」と判断し、原告アルゴリズムの秘密管理性を否定しています。

すなわち、秘密管理意思が認識できるような表記がされていたとしても、当該情報に公知情報と秘密情報とが混在していた場合には秘密管理性が認められない可能性があると解されます。換言すると、上記判例における本件ハンドブックのような秘密管理措置は、秘密管理措置の形骸化ともいえるでしょう。

・参考ブログ記事:技術情報を営業秘密とする場合に留意したい秘密管理措置


では、特許明細書はどうでしょうか?
そもそも特許明細書は、公知技術と発明とを意識して分けて記載する形式ではありません。それどころか、当業者が実施可能なように実施形態を記載しなければならないため、公知技術をある程度記載する必要があります。また、特許請求の範囲も一般的には公知技術が含まれるものであり、拒絶理由通知を受けた後に補正によって新規性・進歩性を有する技術内容に限定していくものです。

すなわち、特許明細書は発明と公知技術とが混在して記載されるものであり、何が新規性・進歩性のある発明なのかは審査を経て明確になるものです。従って、営業秘密とする技術情報を特許明細書のような形式で記載することは、裁判において秘密管理性・非公知性が認められない可能性も生じるかと思います。

そこで、技術情報を営業秘密として管理する手法として以下のものを考えます。なお、以下では営業秘密とする技術情報を「秘密情報」といいます。

1.公知情報と秘密情報は明確に分ける。
  秘密情報が客観的に何であるか認識できるように。←公知技術調査が重要
  秘密情報の作用効果を客観的に主張できるようにも記載(特に化学系)。

2.公知情報は必要最小限
  そもそも社内文書なので第三者が実施可能なように公知情報を記載する必要もない。

3.秘密情報は細分化して記載(箇条書きや項目分け)
  公知となった秘密情報を秘密解除し易いように。

4.社内用語を用いて秘密情報を特定
  社内文章であるため、社内で把握できればよいはず。
  万が一漏えいしたとしても、第三者による把握を多少なりとも難しくする。

上記1~4の手法で営業秘密とする技術情報を特定すると、特許明細書の形式とは異なるものになるかと思います。特に、営業秘密とする技術情報は、特許明細書とは異なり、当業者に実施可能なように特定する必要もありません。なお、上記1~4の特定の仕方は、文章や図、グラフを用いた紙媒体や電子媒体になるかと思います。

さらに、このようにして特定した秘密情報に対して下記の管理を継続して行うことがベストでしょう。

A.自社による秘密情報の開示状況の把握
B.定期的な公知情報の調査

管理A,Bを行うことで、公知となった秘密情報を秘密管理から解除します。具体的には、上記3の細分化して記載された秘密情報のうち公知となった秘密情報に対して、取り消し線を引くといった作業でしょうか。このとき、秘密解除した日付も記録しておくことが肝心かと思います。これによって公知となった秘密情報の秘密管理措置の形骸化を防止します。
すなわち、営業秘密として管理する技術情報に対しては、理想的にはその公知状態に応じて秘密管理から除外する等の“メンテナンス”が必要であると考えます。このメンテナンスを怠ると、接触角プログラム事件のように本来秘密情報であるはずの技術情報の秘密管理性までも認められない事態となり得るかと思います。

http://www.営業秘密ラボ.com/
弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年4月5日木曜日

ー判例から考えるー どのような技術情報を営業秘密とできるのか?

本ブログでも度々書いていますが、営業秘密(不正競争防止法2条6項)はそれが何であるか明確に特定される必要があります。
もし、営業秘密が特定されていないと訴訟を提起しても、裁判所において秘密管理性、有用性、及び非公知性の判断がなされないまま棄却されてしまします。
当然のことかと思われますが、このような判決は相当数存在します。
そもそも、技術情報が特定できなければ、それを秘密管理することもできないはずです。

営業秘密とされる情報は、どのような情報であればよいのでしょうか?
技術情報は例えば、生産方法、設計図、実験データ等が営業秘密となり得、営業情報は例えば、顧客名簿、販売マニュアル、仕入れ先リスト等が営業秘密となり得ます。

なお、技術者が雇用中に習得したものの、他の企業に勤務していても得られたであろう一般的知識や技能は、従業員の職業選択の自由を不当に制限することにもなり得ることから営業秘密とはなり得ません。

そして、営業秘密とされた情報は、一般的に、デジタルデータや紙媒体等に化体されるかと思われます。


では、営業秘密として特定される情報はデジタルデータや紙媒体でなければならないのでしょうか?決してそのようなことはなく、営業秘密とされる情報が化体したものとして、デジタルデータや紙媒体以外の物も裁判所は認めています。

例えば、生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決)では、コエンザイムQ10の生産菌に対して、それ自体が原告において秘密として管理されていた原告のコエンザイムQ10の製造に有用な技術上の情報であって、公然と知られていないものと認められるから、原告が保有する「営業秘密」に当たるものと認められると判断しています。
また、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)では、婦人靴の木型(本件オリジナル木型)に化体された靴の設計情報(形状・寸法)が営業秘密として認められています。

このように、特に技術情報に関しては、紙媒体やデジタルデータだけでなく、具体的な“物”を営業秘密としてもよいのです。

しかしながら、どのような情報を営業秘密として管理するかの選択は非常に重要です。

ここで、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)で裁判所は「原告らは,本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても,特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから,本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし,その場合には,営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではないから,原告らの上記主張は採用できない(なお,前記のとおり原告らは,本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。」(下線は筆者による)と判断しています。

錫合金組成事件では、錫合金(本件合金)の成分及び配合比率が営業秘密であると原告は主張していました。しかしながら、本件合金の成分及び配合比率は本件合金を使用した錫製品からリバースエンジニアリング可能であり、これにより非公知性を失っていると裁判所は判断しています。
すなわち、リバースエンジニアリングによって公知となる情報を秘密管理しても、営業秘密としては認められません。
そして、裁判所は「営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではない」との述べています。このことからすると、もし、製造方法を営業秘密としていたら、原告は勝訴した可能性もあったのではないでしょうか?ちなみに、本判決文では、原告が製造方法は営業秘密として主張していない、との文言が念を押すように複数個所に見られます。

特許出願では技術を多面的に見て様々な態様での特許取得を目指します。技術情報を営業秘密とする場合も同様であり、技術を多面的に見てどのような態様の技術情報を営業秘密として管理するのかを判断する必要があります。その判断を誤ると、裁判において勝てる営業秘密とはなり得ません。

また、リバースエンジニアリングによって公知となる技術は、営業秘密となり得ません。
であるならば、そのような技術を守りたいのであれば特許出願や意匠出願を行うべきでしょう。

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弁理士による営業秘密関連情報の発信