2025年1月29日水曜日

判例紹介:ノウハウの特定について

営業秘密が法的保護を受けるためにはその内容が特定されなければなりませんが、ノウハウが法的保護を受ける場合にもその特定は必要でしょうか。これに関する判断をした裁判例が東京地裁平成26年5月16日判決(事件番号:平24(ワ)29634号)です。

本事件は、スイス連邦在住の原告が被告会社であるヌーヴェルヴァーグジャポンとの間で契約を締結し、被告会社はこれに基づき原告から本件契約中に記載されている「Aノウハウ」及び商標につき日本における独占的使用を許諾されて直営サロン及びフランチャイズサロンを経営していたというものです。そして、ライセンス契約が終了した後も、被告会社が商標と「Aノウハウ」の使用を継続しているとして、民法709条に基づき「Aノウハウ」の不正使用により被った損害の賠償等を原告が被告会社に求めました。
このように、本事件は、不正競争防止法でいうところの営業秘密の不正使用に基づく賠償請求ではなく、民法709条に基づくものであるから「ノウハウ」の不正使用にあたる訴訟であると考えられます。

ここで、原告は「Aノウハウ」について以下のように主張しています。
イ 被告ヌーヴェルヴァーグジャポンは,「Aノウハウ」の内容が特定されていないと主張するが,「Aノウハウ」は,(1)A美容サロンの運営管理ノウハウと(2)Aヘアカット・ヘアドレッシングの技術ノウハウから成るところ,このAノウハウは,特許ノウハウと全く性格を異にし,それらは特許化できないものであり,特許や特許ノウハウにいう特定は不可能である。原告がいかにこの「Aノウハウ」を被告ヌーヴェルヴァーグジャポンらに伝授してきたか,その成果としてAフランチャイジーが繁栄したか,は原告自身の陳述書(甲30)にあるとおりである。
「特許」と「特許ノウハウ」との違いが何であるのかは不明ですが、原告自身が「特許や特許ノウハウに言う特定は不可能」であると認めています。さらに、原告は「Aノウハウ」が営業秘密ではないと自認しているためか、下記のような主張も行っています。
 (2) 秘密管理性について
美容のヘアドレッシング・カットの技術ノウハウは発案者が自ら公表するものであり,秘密に管理する性質のものでない。特許及びそのノウハウとは全く異なるものである。世界的に著名な原告が創案したヘアドレッシング・カットのテクニックは世界中に公表され,全世界でAの創案したカットテクニックとして認知されている。特許の対象となる技術のノウハウは秘密管理が原則で,ライセンス契約に基づきその開示に対しロイヤルティが支払われるものであるが,特許の対象とならないヘアドレッシング・カットのテクニックのノウハウは,その性質を全く異にするものである。

上記のような原告の主張に対して、裁判所は「3 争点(2)(被告ヌーヴェルヴァーグジャポンによる「Aノウハウ」の使用の有無)について」として以下のように判断しています。
(1) 原告は,原告の「Aノウハウ」を被告ヌーヴェルヴァーグジャポンが不正に使用していると主張して,民法709条に基づき損害賠償請求をするので,以下,この点について検討する。
技術上ないし営業上有用であり,秘密として管理されている非公知の情報につき,一定の場合にノウハウとして法的保護に値するものとして,その不正使用について不法行為責任を問うことが可能な場合があるとしても,原告の主張する「Aノウハウ」については,まず,その内容自体が明らかでない。
原告の主張内容は,「Aノウハウ」はエフィラージュカットにより体現される,エフィラージュカットが「Aノウハウ」であることは周知の事実である,エフィラージュカットの使用の継続は,「Aノウハウ」の使用の継続であるなどと主張した(原告第3準備書面〔平成25年7月2日付け〕)ところ,被告ヌーヴェルヴァーグジャポンがエフィラージュカットは美容業界において一般に使用されている用語である旨の書証を提出した後は,原告はエフィラージュカットのみが「Aノウハウ」であると主張しているのではない,「Aノウハウ」は,A美容サロンの運営管理ノウハウとAヘアカット・ヘアドレッシングの技術ノウハウから成るなどとする(原告第5準備書面〔平成25年9月30日付け〕)が,そこにおいても,A美容サロンの運営管理ノウハウとAヘアカット・ヘアドレッシングの技術ノウハウの具体的内容を明らかにしていない。原告は,被告ヌーヴェルヴァーグジャポンから,「Aノウハウ」として主張する具体的内容を明らかにするよう釈明を求められたにもかかわらず,これを明確にせず,また,被告ヌーヴェルヴァーグジャポンからの,原告の主張する「Aノウハウ」は,原告の感性のことであるから具体的内容が明らかにできないとする主張に対しても,有効な反論がされていない。
また,個々的に原告の主張する内容についてみても,まず,エフィラージュカットについては,前記1で認定したとおり,それ自体カット技法の一つとして一般に紹介されているものであり,公知の内容であるというほかない。さらに,A美容サロンの運営管理ノウハウ,Aヘアカット・ヘアドレッシングの技術ノウハウとする内容についても,具体的内容が明らかにされていない。
以上によれば,原告主張の「Aノウハウ」については,請求の前提となる具体的内容の特定を欠くものといわざるを得ない。
このように、裁判所は「ノウハウ」として法的保護を受ける場合であっても、その内容を特定しなければならない判断しています。これは、営業秘密として法的保護を受ける場合にその内容の特定が必要であることと同じと考えられます。その理由は「ノウハウ」の法的保護を受ける場合には、当該「ノウハウ」が非公知であるか否かを判断する必要があるためでしょう。非公知であるか否かは、公知の情報との比較が必要になりますが、そもそもその内容が特定されていなければ比較もできません。このことは営業秘密と同様です。

なお、本事件は「原告は,被告ヌーヴェルヴァーグジャポンのいかなる行為が「Aノウハウ」の不正使用に当たるのかについても具体的な主張をせず,上記1認定事実記載の内容を含む原告の陳述書(甲30)のほかには,証拠も提出しない。」とのように裁判所は判断し、棄却されています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信