前回のブログ記事に引き続き「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例を紹介します。
2件目は接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)です。
これも高裁まで争われた事件であり、近年の判決でもあるので、注意するべきものかと思います。
なお、裁判所において、非公知性の判断で有用性のような判断を行う場合があるようです。本判決もそのような判断がなされていますが、ここでは有用性の判断として取り扱います。
本事件は、原告(被控訴人)の従業員であった被告X(控訴人X)が、業務上の機密を保持すべき義務に違反して、被控訴人の機密である原告ソースコードや原告アルゴリズムを被告(控訴人)ニックに開示、漏洩したものです。
本事件では、原告ソースコードと原告アルゴリズムのうち、原告ソースコードについては営業秘密性が認められましたが、原告アルゴリズムは営業秘密性が認められませんでした。
原告は、この原告アルゴリズムの有用性について次のように主張しています。
「原告アルゴリズムも,接触角計測機器の精度の向上を実現するため,被控訴人が長年の試行錯誤の上に確立したノウハウであって,原告各製品の製造,販売に不可欠な技術情報であるから,これらは,被控訴人の事業活動に有用な技術情報である。一般に,画像解析のためのプログラム制作に当たっては,画像の輪郭をどのような方法で検出するか,測定結果の正確性をどのように担保,検証するか,測定解析スピードを可能な限りアップさせるにはどうしたらよいかなど,複数の視点から,開発機器の特殊性を踏まえ,繰り返し実験を行うなど試行錯誤の末,適切なアルゴリズムを確立する必要がある。かかるアルゴリズム(例えば2値化のアルゴリズム)の善し悪しによって,製品の測定精度が大きく左右されるから,原告アルゴリズム自体が被控訴人にとって貴重な知的財産であるということができる。」
そして、この原告アルゴリズムに対して、裁判所は「原告アルゴリズムの内容は,本件ハンドブックに記載されているか,あるいは,記載されている事項から容易に導き出すことができる事項である。」と判断しています。
この本件ハンドブックは、原告の研究開発部開発課が営業担当者向けに作成したものであり、その冒頭「はじめに」には、「この資料は主にお客様と接することの多い営業担当向けに、測定解析統合システムソフトウェアFAMASの概念から機能概要までをまとめたものです。取扱説明書に記述されている内容もありますが、中には当社のノウハウ的な要素も含まれていますので、この資料は「社外秘」とさせていただきます。出張の際などにいつもお持ちいただくことで何かのお役に立てれば幸いです。~研究開発部 開発課 X~」と記載されており、表紙中央部には,「CONFIDENTIAL」と大きく印字されており、各ページの上部欄外には「【社外秘】」と小さく印字されています。
このように、原告アルゴリズムが記載されているとされる本件ハンドブックは、一見、秘密管理がされているようにも思えます。
しかしながら、裁判所は「本件ハンドブックは,被控訴人の研究開発部開発課が,営業担当者向けに,顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため,携帯用として作成したものであること,接触角の解析方法として,θ/2法や接線法は,公知の原理であるところ,被控訴人においては,画像処理パラメータを公開することにより,試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っていたことが認められ,これらの事実に照らせば,プログラムのソースコードの記述を離れた原告アルゴリズム自体が,被控訴人において,秘密として管理されていたものということはできない。」として、その秘密管理性を否定しています。
そして、裁判所は、原告接触角計算(液滴法)プログラムにおける具体的な手順(アルゴリズム)について、(a)閾値自動計算(b)針先検出(c)液滴検出(d)端点検出(e)頂点検出(f)θ/2法計算(g)接線法用3点検出(h)接線法計算のように項目分けし、その技術内容を検討したうえで、それぞれについて「一般的」であるとし、「特別なものでない」として非公知性(有用性)を認めませんでした。
そして、裁判所は非公知性について最終的に以下のように判断しています。
「原告アルゴリズムの内容の多くは,一般に知られた方法やそれに基づき容易に想起し得るもの,あるいは,格別の技術的な意義を有するとはいえない情報から構成されているといわざるを得ないことに加え,一部ノウハウといい得る情報が含まれているとしても,そもそも,前記(ア)bのとおり,被控訴人は画像処理パラメータを公開することにより,試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っており,原告アルゴリズムを,営業担当者向けに,顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため携帯用として作成した本件ハンドブックに記載していたのであるから,被控訴人の営業担当者がその顧客に説明したことによって,公知のものとなっていたと推認することができる。」
上記下線部分は、特許の審査における進歩性のような判断と同様であると思われます。
しかしながら、本判決において疑問に感じることは、各項目の技術について一般的(公知)であるとしているものの、その根拠となる文献等は挙げていなことです。
また、(a)閾値自動計算(b)針先検出(c)液滴検出(d)端点検出(e)頂点検出(f)θ/2法計算(g)接線法用3点検出(h)接線法計算の組み合わせにより、原告アルゴリズムは構成されていると思われますが、この組み合わせについて裁判所は特に言及していないように思えます。
この事件が、仮に特許の審査であるならば、進歩性を主張するうえで、上記組み合わせが容易でないこと等を主張するかと思いますが・・・。
原告も原告アルゴリズムの有用性について「一般に,画像解析のためのプログラム制作に当たっては,画像の輪郭をどのような方法で検出するか,測定結果の正確性をどのように担保,検証するか,測定解析スピードを可能な限りアップさせるにはどうしたらよいかなど,複数の視点から,開発機器の特殊性を踏まえ,繰り返し実験を行うなど試行錯誤の末,適切なアルゴリズムを確立する必要がある。」とのように述べていますし・・・。
ちなみに、営業秘密管理指針には「「営業秘密」とは、様々な知見を組み合わせて一つの情報を構成 していることが通常であるが、ある情報の断片が様々な刊行物に掲載され ており、その断片を集めてきた場合、当該営業秘密たる情報に近い情報が 再構成され得るからといって、そのことをもって直ちに非公知性が否定さ れるわけではない。なぜなら、その断片に反する情報等も複数あり得る中、 どの情報をどう組み合わせるかといったこと自体に有用性があり営業秘 密たり得るからである。複数の情報の総体としての情報については、組み 合わせの容易性、取得に要する時間や資金等のコスト等を考慮し、保有者 の管理下以外で一般的に入手できるかどうかによって判断することになる。 」ともありますが、本判決では原告アルゴリズムについて上記下線ほどの検討はなされていないと思われます。
この事件では、技術情報の営業秘密の有用性及び非公知性に対する裁判所の判断について、感覚的なものが先行しているのかなと感じます。非公知性をいうのであれば、文献等が挙げられるべきではないでしょうか?
また、原告が営業秘密と主張する技術情報が、公知の情報の組み合わせであっても、非公知性又は有用性の検討は丹念に行われるべきでないでしょうか?
例えば、営業秘密であっても、顧客情報は複数の顧客の氏名や連絡先等の組み合わせによって、その有用性や非公知性が認められていると思われます。しかしながら、今や、多くの人や企業の連絡先等はどこかで公知となっているのではないでしょうか?
このようなことを鑑みると、本事件の原告アルゴリズムに対する有用性(非公知性)の判断は厳しいものではないかと思います。
知財活動としては特許出願等の権利化のみではなく技術の営業秘密化(秘匿化)も意識しなければなりません。 このブログでは営業秘密を理解するために、民事事件の裁判例や刑事事件等を中心に情報発信を行っています。
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