2019年3月29日金曜日

営業秘密の不正取得を上司から指示された事件

いつかこういう事件が起きるのではないかと思っていましたが、やはり起きました。

・本日の一部報道について(株式会社No.1 リリース)
・他社の顧客情報不正取得疑い No.1取締役ら書類送検 (日経新聞)
・同業他社の顧客リストを不正コピー、会社役員ら2人を書類送検(TBS NEWS)
・M&A交渉先の秘密を不正取得容疑、男2人を書類送検(朝日新聞)
・他社顧客リスト複製で書類送検=不正競争防止法違反容疑で上場会社常務ら-警視庁(JIJI.COM)

この事件は、さほど大きくは報道されていないようですが、上司の指示に部下が従ったら、それが営業秘密の不正取得であり、上司と共に部下が書類送検されたという事件です。

具体的には、株式会社No.1がM&Aの交渉相手に顧客情報の提出を要求し、秘密保持契約及びコピーの禁止を約束したうえで取得したものの、紙媒体で渡された当該顧客情報を常務の指示で総務部長がコピーしたというものです。そして、このM&Aは流れています。
すなわち、常務が犯罪行為を総務部長に指示し、総務部長が実行したということです。

この事件は会社員にとって非常に恐ろしいことだと思います。
例えば、転職時にそれまで前職企業の営業秘密を持ち出す行為は、自身が主体的になって行う行為であるため自身が責任を負うことは当然です。

しかしながら、この事件ではどうでしょうか?
営業秘密の不正取得が犯罪行為であることを理解していない上司から、営業秘密の不正取得を指示された部下はどうすればいいのでしょうか?当該部下が不正取得が犯罪行為であることを理解している場合には、上司を説得するしかないでしょう。
しかしながら、この説得に応じず、発覚しなければ良いという考えの上司であったら?

以前のブログ記事でも取り上げたNEXCO中日本入札情報漏えい事件におけるY社役員Bも、「営業マンとして概算金額を聞き出すことは営業の一つだと考えている。」と供述しています。すなわち、この社役員Bは本来秘密であるはずの入札金額の取得を犯罪行為でありながら容認していたと考えられます。

また、営業秘密の不正取得が犯罪行為であることを知らない会社員は相当数いると思われます。このような場合は、もうどうしようもありませんね。本事件もそうであった可能性が考えられます。

このような事態に陥らないように、企業は営業秘密の不正取得は犯罪行為であることを、従業員に対して十分に理解させる必要があります。当然、社長や役員等もこのことを理解する必要があり、間違っても部下に対して営業秘密の不正取得を指示することがないようにしなければなりません。
自身と共に部下の人生を本当の意味で台無しにします。


本事件では被告は容疑を認めているとも報道されていますが、被告の所属会社のリリースによると「顧客リストをデューデリジェンスの目的として 複製したことは事実でございますが、営業秘密を不正に利用する目的はなく、本件が不正競争防止法違反に該 当するものではない。」と主張しています。
この主張はどうでしょうか?
不競法21条には刑事罰について規定されており、「不正の利益を得る目的、又はその保有者に損害を与える目的」で営業秘密を不正に取得した者が刑事責任を負います。

本事件では、結果的にM&Aには至っておらず、被告は不正の利益を得ていないとも考えられます。また、M&Aに至った場合はそれはお互いに合意しているので不正の利益を得たともいえないでしょう。
一方、この顧客リストをM&Aとは関係なく、被告自身が新たな顧客獲得のために使用する目的でコピーしたのであれば、「不正の利益を得る目的」となります。
しかしながら、被告である取締役は「顧客の査定をしたかった。量が多く、データ化した方がいいと思った」とも供述していますし、上記リリースによると「デューデリジェンスの目的」のためにコピーしたとも主張しています。このように、M&Aのための「顧客の査定」目的であれば、「不正の利益を得る目的」にはあたらず、不競法違反とはならないかもしれません。

しかしながら、そうであったとしてもM&Aの交渉先企業との秘密保持契約には違反しており、このような報道がなされているので、企業としての信用は落ちることになるでしょう。

一方、M&Aの交渉先企業の秘密保持契約はどうでしょうか?
日経新聞の報道によると「口頭で内容を複製しないよう注意した上で、顧客情報などが記載された書類を取締役に渡した。」とあります。
秘匿すべき情報を相手方に渡す際に注意事項を口頭で伝えるということは不十分過ぎないでしょうか。
新たに情報を相手方に渡す場合には、その都度、秘密発保持契約を書面で交わすべきです。法的には口頭であっても契約は成り立つのかもしれませんが、口頭による約束では言った言わないの争いになるかもしれません。
また、秘密保持契約を書面で交わすことによって営業秘密を取得した相手方に対して、契約遵守の意識をより強く与えることができますし、契約締結時にその場に在籍していなかった他の従業員に対しても契約内容を認識させることができます。
「口頭」だけで秘密保持を注意することは、たとえ相手方と信頼関係があったとしても行うべきではないと認識するべきです?

弁理士による営業秘密関連情報の発信