2021年4月25日日曜日

アサヒビールの生ジョッキ缶から考える知財戦略(3 最終回)

前々回はアサヒビールの生ジョッキ缶から考える知財戦略(1)です。

<パターン3:生ジョッキ缶市場を拡大する目的で、缶内面の凹凸等を特許出願>

ここまでは、”生ジョッキ缶の市場独占”を事業戦術として選択する場合を想定しました。
一方、自社だけでは生ジョッキ缶市場の拡大が難しいと考え、他社に生ジョッキ缶市場の参入を促すことで市場の拡大を図ることを事業戦術とする可能性もあるでしょう。市場拡大によって他社との競争が発生しますが、他社に対して自社の優位性を保つことで、市場独占よりも大きな売り上げの増加を狙います。これがパターン3です。

以下にパターン3における事業目的・戦術・戦略、これに基づく知財目的・戦略・戦術を記します。

・事業
目的:新規な製品により缶ビールの販売増
戦略:缶ビールでありながら、生ビールのような泡立ちを生じさせる製品の販売
戦術:フルオープン缶により沸きでるような泡立ちを再現
   泡立ちの原理(缶内面の凹凸)を公開することで技術力アピール
   他社の市場参入を促し、生ジョッキ缶市場の拡大     

・知財
目的:他社の市場参入を促し、生ジョッキ缶市場の拡大
戦略:技術を公開しつつ、自社の優位性を保てる技術は特許権を取得
戦術:自由技術(フルオープン缶の形状、炭酸ガス圧の数値範囲)
   権利化缶内面の凹凸の優位性を保てる数値範囲
他社の参入を促して市場を拡大するためには、知財戦略として発明の”自由技術化”が選択されるでしょう。自由技術化は、換言すると権利化を伴わない技術の開示です。
技術の開示は、経営方針に記載されているような開示やホームページによる開示、自社が発行する技術文献による開示があります。また、特許出願による開示もあります。

特許出願は特許権を取得するために行うものですが、特許請求の範囲の技術的範囲に含まれない技術は他社が自由に実施可能な技術となります。そうすると、自社製品が優位性を保てる技術に対して特許権を取得する一方で、他社が当該製品を製造可能な程度の技術は権利取得しないという選択もあります。
これにより、他社による当該製品の市場参入を促す一方で、自社製品の優位性を保つ技術を権利化して他社製品との差別化を行い、市場拡大による自社利益の最大化に貢献できると考えられます。

これを生ジョッキ缶に当てはめるて考えます。
まず、フルオープン缶の形状は、生ジョッキ缶に必須の形状であると考えられます。これを権利化してしまうと、他社は生ジョッキ缶市場へ参入し難くなるため、権利化は行わずに自由技術化とします。

そして、特許出願によりアサヒビールは自社が他社に対して優位性を保てると考える”缶内面の凹凸の数値範囲”、具体的にはより効果的に泡立ちを発生させることができる数値範囲で特許権を取得することを目指します。
一方で、特許請求の範囲に含まれない数値範囲、すなわちそれなりに泡立たせることができる凹凸の数値範囲は自由技術とし、他社による生ジョッキ缶の市場参入を促します。また、炭酸ガス圧や凹凸を形成するための塗料の組成や焼き付けに関する技術も開示し、より他社が実施し易いようにすることも考えられます。

以上のように、新規な製品カテゴリ(新ジャンル)であれば、敢えて技術情報の一部(他社の市場参入を促す技術情報)を自由技術化することで市場の拡大を図ることが考えられるでしょう。そして、拡大した市場の中で優位性を保てる技術を権利化することで、当該市場に占めるシェアを大きくし、その結果、市場を独占する場合よりも大きな利益を得ることを目指すという知財戦術も考えられます。

なお、このような発明の自由技術化は市場の拡大に役立つと考えられる一方で、他社が自社よりも良い製品を販売することで、自社のシェアが大きくならず、結果的に市場を独占した場合よりも利益が小さくなる可能性も想定されます。このため、自社の技術力及びブランド力等も鑑みて、市場独占又は市場拡大を選択することになるかと思います。


<まとめ>

本ブログではアサヒビールの生ジョッキ缶に対して、市場独占のための特許化、市場独占のための秘匿化、市場拡大のための自由技術化と特許化、とのように3パターンの知財戦術を検討しました。

ここで、発明を特許出願して独占排他権を得ることができれば、事業に対して非常に有益です。しかしながら、特許出願は技術を公開することになるので公開リスクがあります。もし、安易な特許出願を行うと他社に技術を教えることになり、事業戦術(知財目的)とは異なった結果を招く可能性もあります。

一方で、発明を秘密にすることも十分な検討が必要です。自社製品をリバースエンジニアリングすることで容易に知り得る技術は実質的に秘密にできません。また、他社が比較的容易に思い付きそうな発明は他社に特許権を取得される可能性があります。そのような発明に対しては秘匿化よりも特許化のほうが良いでしょう。

さらに、自由技術化は発明を世に広めるためには良いですが、自社開発技術を他社に自由に使用させることになるので、最も慎重になる必要があります。なお、自由技術化にしても、権利を取得したうえで、権利行使を行わないことを宣言することで実質的に自由技術化することもできます。

このように、発明を知財として扱う場合には、権利化、秘匿化、又は自由技術化の3種類しか選択肢はありませんが、その選択を事業に基づいて適切に決定するというものが、このブログで提案している知財戦略カスケードダウンです。

ここで、生ジョッキ缶に対する知財戦略・戦術としては、個人的にはパターン2のようなものが適しているのではないかと思います。
アサヒビールの生ジョッキ缶は話題性も高く、すぐに販売中止となるような人気です。おそらく、アサヒビール以外の他社も生ジョッキ缶と同様の製品の販売を目指すことになるでしょう。
その場合、既にアサヒビールが開示している缶内面の凹凸等の技術情報や、今後発行される特許公開公報で開示される技術情報は最も参考になる資料となります。
ところが、特許権は審査を経て取得されるものですので、既述のように最終的にどのような権利を得ることが出来るのかわかりません。そのため取得した特許権が思ったような技術的範囲とならない可能性もあります。

一方で、生ジョッキ缶の凹凸に関する情報を秘匿化しても、遅かれ早かれ他社も同じ技術に達する可能性は高いと思いますが、販売までにそれ相応の時間を要すると思います。このため、他社が同様の製品を販売するまでの間に、”生ジョッキ缶=アサヒビール”とのようなイメージを消費者に植え付け、自社製品の優位性を高めた状態にし、他社が参入したとしても高いシェアを維持するという戦術が取れると思います。
すなわち、生ジョッキ缶で高い利益を維持することを目的として、”技術的優位性”から”ブランド優位性”に知財戦略・戦術を変化させる時間的余裕を得ることができるでしょう。

以上のようにアサヒビールの生ジョッキ缶は、技術的にも興味深いものであり、缶ビールの新しいジャンルとも捉えることができる面白い題材であるので、このブログで提案している知財戦略カスケードダウンに当てはめて検討してみました。
アサヒビールの生ジョッキ缶に対する知財戦略・戦術が一体どのようなものであるのかはわかりませんが、今後、特許公開公報が発行されることで、どのような技術の権利化を狙っているのかが分かり、生ジョッキ缶に対する知財戦略・戦術を理解できるかもしれません。また、他社が生ジョッキ缶と同様の製品を製造販売するか否か、それに特許がどのような影響を与えているのかも分かるでしょう。

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