2022年4月25日月曜日

ダイキン工業の冷媒R32から考える知財戦略(1)

今回はダイキン工業による冷媒R32(HFC-32)の知財戦略について下記の参考資料に基づいて検討します。

ダイキン工業は冷媒R32に関する特許を無償開放(オープン化)する知財戦略を取っています。冷媒R32は、オゾン層を破壊しない、温暖化への影響を大きく削減できる等、従来の冷媒であるR410Aよりも環境負荷の小さい冷媒とのことです。

参考資料:ダイキン工業のリリース
参考資料:特許庁

そもそも、ダイキン工業が冷媒R32に関する特許開放した理由には下記の2つあったようです。
(1)「微燃」の規格化
冷媒R32は微燃性であり、当時のISO規格では「可燃」に分類されてしまい、「可燃」は高い安全性レベルを求められることから、ISO規格に新たに「微燃」の分類を設ける。
(2)技術独占に対する懸念
ダイキン工業が冷媒R32を特許で独占することにより、冷媒R32以外の冷媒の普及が拡大する可能性がある。

そこで、ダイキン工業は以下のように段階的に冷媒R32の特許を無償開放しています。

2011年 冷媒R32を用いた空調機の製造や販売に関する93件の特許を新興国に対して無償開放。先進国においては「相互権利不行使契約」を締結することを条件に無償開放。新興国及び先進国共にダイキン工業との契約が必要。
2012年 ダイキン工業が冷媒R32を使用した家庭用空調機を世界で初めて発売。
2014年 ISO規格に「微燃」分類を個うめる改正が承認。
2015年 冷媒R32のさらなる普及拡大を目的として、全世界で特許の無償開放。
2019年 93件に含まれていない2011年以降に出願した冷媒R32に関する特許を無償開放。ダイキン工業との契約不要でダイキン工業は「HFC-32(R32)単体冷媒を用いた空調機の製造や販売にまつわる特許の権利不行使の誓約」(以下「権利不行使の誓約」といいます。)を宣言。
2021年 権利不行使の誓約に対して新たに123件の特許を追加。合計約300件の特許が権利不行使の誓約の対象となる。

一方で、ダイキン工業は冷媒32に関する特許を無償開放したため、この特許からは直接的又は間接的な利益を得ることはできません。
しかしながら、下記のようにダイキン工業は他社との差別化技術を有し、この差別化技術によって利益を得ることができると判断し、特許の開放を選択しています。
❝・・・同社の知財戦略として、特許の開放(=オープン戦略)が注目されているが、同社は、省エネ技術や快適性・信頼性を高める技術など、海保下特許以外にも数多くの差別化技術を保有しており、これらの特許(クローズ戦略を支える特許)により競争力を十分維持できるとの判断から特許開放に踏み切った・・・。❞
すなわち、ダイキン工業は、環境負荷の低い冷媒R32を特許の無償開放により世界に普及させる一方で、冷媒R32を用いたエアコンの差別化技術は他にあることから、この差別化技術に基づいて利益を創出できます。そして、冷媒R32を用いたエアコンが広く普及すると、ダイキン工業製のエアコンの販売台数も伸び、利益を増加できるということなのでしょう。


実際に、冷媒R32の特許無償開放の結果、全世界で冷媒R32が普及し、世界での冷媒R32を用いたエアコンの販売台数は下記のように伸びていることが分かります。
2017年3月 世界52ヵ国で1,000万台(他社も含むと2,700万台)
2018年12月 世界60ヵ国で1,700万台以上(他社も含むと6,800万台)

なお、上記数値に基づいて算出した、冷媒R32を用いたエアコンの販売台数におけるダイキン工業の世界シェアは下記となります。

2017年3月 37%
2018年12月 25%
2020年12月 20%
2021年6月 21%

ダイキン工業における空調機・エアコン業界の世界市場シェア(売上高ベース)は10%(参考:ディールラボ)であり、販売台数と直接的な比較はできませんが、冷媒R32を用いたエアコンの販売台数におけるダイキン工業のシェアは当初に比べて減少しているものの、高い状態を保っているといえるのではないでしょうか。

ここで、冷媒R32の特許の無償開放は、2011年の時点ではダイキン工業との契約が必要でしたが、2019年の無償開放では契約が不要となり、ダイキン工業及び他社にとって手続きの煩雑さがなくなりました。
しかしながら、ダイキン工業は、完全に無条件で特許を無償開放しているわけではありません。ダイキン工業は、「権利不行使の誓約」において下記のような防御的取消の規定を設けています。
❝第4条 防御的取消
ダイキンは、HFC-32関連機器の技術革新を促すために本誓約を行ないます。この目的および第三者が本誓約を濫用する可能性を回避する目的から、ダイキン関係者は、ある個人または法主体(その関連会社や代理人を含みます)が以下の行為を行なう場合、その個人または法主体に対し、本誓約を取消す権利(以下、「防御的取消」といいます。)を留保します。 
(a) ダイキン関係者によってまたはダイキン関係者のために開発、使用、輸入、製造、販売の申出、販売、または流通されたHFC-32関連機器に対して特許侵害を理由としてまたは理由の一部として訴訟またはその他の手続を開始した場合、
(b) 誓約特許の有効性または権利行使可能性を、訴訟、異議申立、当事者系レビュー手続(IPR)、または、その他の手続において争った場合、
(c) (a)(b)に定める訴訟または手続に経済的利害を有している場合、
(d) (a)(b)に定める訴訟または手続の開始や遂行に対して自発的な支援を提供した場合(但し、かかる支援が召喚状または管轄権を有する当局の拘束力ある命令によって要請された場合を除きます)、
(e) (a)(b)に定める手続や異議申立の開始について書面で警告した場合、または
(f) (a)に定める権利行使がなされた特許を過去に所有していたか、支配していた場合。 
ダイキン関係者が本条に基づき本誓約を取消した場合、かかる取消により本誓約は遡及して無効となり、本誓約が当初よりその第三者には適用されていなかったのと同一の効果を有するものとします。・・・❞
すなわち、この防御的取消は、例えば、他社がダイキン工業に対して特許権侵害を主張してきた場合に、当該他社に対して権利不行使の誓約に含まれる特許権の不行使を取り消すということです。ダイキン工業は、万が一他社の特許を侵害した場合に備えて、この防御的取消の規定を設けており、「権利不行使の誓約」に含まれる特許権を利用する他社は実質的にクロスラインセンスを結んでいることになるかと思います。

特許を無償開放する場合に、完全に無条件とするのではなく、何らかの条件を設定することは他社のオープンクローズ戦略でも行われています。
そもそも、完全に無条件とするのであれば、特許権を放棄した方が特許権の維持費等の観点からも好ましいでしょう。無償開放するものの特許権を放棄しないことで、他社に対して権利行使の余地を残すことができます。
なお、この条件は、当然、過度なものであってはなりません。他社が無償開放される特許権を実施することをためらうような条件では、そもそもの技術の普及という目的を達成できないからです。このため、条件は、他社が認容できる必要最小限とする必要があります。

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