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2018年7月12日木曜日

ー判例紹介ー ストロープワッフル事件 その1 ビジネスモデルを営業秘密とすること

今回はビジネスモデルに関する営業秘密の判例について紹介します。

この事件は、東京地裁平成25年3月25日判決の事件であり、原告は「被告らにおいて,オランダの伝統菓子であるストロープワッフルに関して原告らの考案したビジネスモデル等の営業上のノウハウを無断で使用して上記ワッフルの販売等をし,これにより原告らに損害を与えた」と主張したものです。

この事件は、上述のように新規なビジネスモデルを他者に開示したことによって生じた事件であり、この他者が当該ビジネスモデルと同様のビジネスを始めました。
このような事件は、多々ありそうな事件であり、また、どのような理由でどのような判決となるのか興味深いものだと思います。

事件の経緯は大まかには下記のとおりです。
①原告会社は、オランダの伝統的な焼き菓子であるストロープワッフル(薄地の2枚のワッフルの間にシロップを挟んだもの)を日本で販売することを企画。
②原告会社は、平成21年3月25日、被告会社Aとの間でフランチャイズシステムにより、ストロープワッフルの実演販売等を行う店舗を展開することを内容とするスイーツビジネス提携契約(以下「本件契約」という。)に関する協議を開始。
③原告会社は、同年7月6日、被告会社Aに対して本件契約に関する協議を終了する旨通知。
④被告会社O(平成21年8月20日設立)は、同年9月頃、株式会社Iとの間でストロープワッフルの販売に関する契約を締結。同年9月30日から同年11月3日まで、株式会社Iの新宿本店にストロープワッフルの実演販売を行う店舗を設置してその販売を行った。その後、被告Oは、ストロープワッフルの実演販売を行う店舗を設置してその販売を行った。

被告会社Oは、オランダのスイーツ輸入、製造、販売等を目的として、被告会社Aの代表取締役であった被告P3が代表取締役となって設立した会社です。

上記①から④の経緯からすると、被告会社は原告会社のストロープワッフルに関する本件ノウハウを知ったうえで、ストロープワッフルの製造販売を開始したと考えられます。
これは、原告にとってみると本件ノウハウの不正使用であると考えても当然かと思います。


ここで、裁判所の判断について先に結論を書きます。
なお、本事件は、原告も本事件のノウハウを営業秘密と明言していないせいか、裁判所も営業秘密の3要件(秘密管理性、有用性、非公知性)とは明示して判断を行っていませんが、実質的には3要件の判断をしていると思われます。

まず、裁判所は、原告会社が提案したビジネスモデルに対して一定の独自性を認めました。

しかし、裁判所は「ビジネスとしてのアイデアの域を超えるものではなく、それ自体が類似の製造・販売方法を実施することを許さないような形態のものであるとはいい難い」と判断しました。これは営業秘密でいうところの非公知性又は有用性の判断かと思われます。

また、裁判所は、被告の主張等を勘案して、ビジネスモデルとして有効性があると認めるに足りないと判断しています。これは営業秘密でいうところの有用性の判断かと思われます。

さらに、原告会社は、平成21年3月頃から、被告会社A、被告P2及び被告P3に対し、日本での事業展開に必要なストロープワッフルに関する全ての情報を説明し、その際に機密情報を開示し、使用を試み,利益を享受しないことに同意する旨の機密保持同意書(以下「本件機密保持同意書」という。)を示したと主張しました。
これに対し裁判所は、原告会社と被告会社A等との間における機密保持の同意についても認めませんでした。これは営業秘密でいうところの秘密管理性の判断かと思います。

このように、原告会社の主張はすべて認められなかったのですが、裁判所におけるこれらの判断は営業秘密と判断されるビジネスモデルを営業秘密として管理するにあたり基準となり得るものかもしれません。
裁判所の判断の具体的な内容は次回に。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年1月4日木曜日

営業秘密を裁判の証拠資料とすることは”使用”にあたるのか?

前回のブログでは、原告と被告との間で特許権侵害訴訟がまず提起され、この証拠として被告(特許権侵害訴訟の原告)が原告(特許権侵害訴訟の被告)の営業秘密とする本件文書を提出した事件を紹介しました。
この事件では、裁判所は被告の行為は不競法2条1項8号違反ではないと判断していますが、営業秘密を裁判における証拠として提出することは、営業秘密の使用にあたるか否かの判断はされていません。

ここで、営業秘密を裁判の証拠として使用することに関した事件として、東京地裁平成27年3月27日判決の損害賠償請求事件があります。

この事件は、被告が原告らの業務上の機密(既に退職していたCほか数名の元従業員に係る「集計シート」である本件データ)を第三者に漏洩したとして、原告が労働契約上の機密保持義務違反による債務不履行に基づく損害賠償を求めたものです。
そして、別件訴訟として、原告らの従業員であったCらが、平成23年中に原告らに対して未払残業代の支払を求める訴え(別件訴訟)を提起し、この別件訴訟において、本件データをプリントアウトした書面がCらの労働時間に係る主張を根拠づける書証として提出されています。なお、本事件の被告も、平成24年6月2日に原告らに対して未払残業代の支払を求める訴えを提起しています。
すなわち、原告元従業員Cらの未払い残業代支払い訴訟のために、原告が営業秘密とする本件データを被告が開示したというものです。

本事件において、まず裁判所は「本件漏洩行為は,本件交付行為の部分も含めて,労働契約上の機密保持義務の適用を受けるものと解すべきである。」と判断し、上記本件データの秘密管理性、有用性、非公知性をすべて認めています。すなわち、裁判所も本件データが原告の営業秘密であることを認めています。

次に裁判所は、被告による漏洩行為が「原告会社の就業規則に違反する債務不履行行為」となり得るか否かを判断しています。
これについて、裁判所は漏洩行為を「漏洩とは,いまだその情報の内容を知らない第三者に情報を伝達することをいうところ,既にその情報を熟知する者に交付するものであっても,その者が提供した情報をさらにその情報の内容を知らない第三者に伝達することが当然に予定されているような場合には、漏洩したことになるというべきである。」と定義したうえで、「公開の法廷で行われる訴訟に利用することを前提とした情報の提供も,その情報の内容を知らない第三者に伝達することが当然に予定されている場合として,漏洩に当たるものというのが相当である。」とし、営業秘密を裁判の証拠とすることも「漏洩」にあたると判断しています。

そして、裁判所は「本件漏洩行為について違法性阻却事由があるか」として、違法性阻却事由を「機密保持義務を負う場合にその対象となる情報・秘密を開示したとしても,当該情報を開示することに正当な理由があり,かつ,当該情報の取得が社会通念上著しく相当性を欠く方法でされたものではない場合には,当該開示行為の違法性が阻却されるものと解すべき」とし、「被告による本件漏洩行為が正当行為であるとの主張は,理由がないことになる。」と判断しています。


なお、裁判所が本事件において「被告による本件漏洩行為が正当行為でない」とした理由は、以下のようなものです。
まず、被告は「原告らに対する別件訴訟を提起することを企図していたCから依頼されて本件漏洩行為を行ったのであり,Cの原告らに対する正当な権利の行使を補助するという正当な目的をもっていたことが違法性阻却事由の評価根拠事実となる」と主張していました。
これに対して、裁判所は「被告は,原告らを退職する前に,Cらを誘って原告らに対する残業代請求訴訟を提起することを企図し,その際の証拠とすべく,本件持出行為を行い,退職後に,Cらを誘って,残業代請求訴訟を提起することを決意させるとともに,本件交付行為を行ったことが推認されるのであり,そうであれば,Cからの依頼を受けて,その正当な権利行使を補助しようとして本件交付行為ないし本件漏洩行為を行ったとする被告主張のような事実はそもそも認められないことになる。」とし、上述のように「被告による本件漏洩行為が正当行為でない」としています。

このように被告は原告会社から営業秘密である本件データを持ち出し、別件訴訟の証拠として提出し、それを裁判所は漏洩行為であり、かつ違法性阻却事由もないと判断しました。
しかしながら、最終的に裁判所は、本漏洩行為による原告の損害はないと判断し、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却としています。

ここで、本事件は地裁の判決ではありますが「機密保持義務を負う場合にその対象となる情報・秘密を開示したとしても,当該情報を開示することに正当な理由があり,かつ,当該情報の取得が社会通念上著しく相当性を欠く方法でされたものではない場合には,当該開示行為の違法性が阻却されるものと解すべき」というように、営業秘密を漏洩させたとしても、その違法性が阻却される場合を定義しています。これは営業秘密(秘密情報)の漏洩行為に対する重要な判断基準となり得るかもしれません。

なお、本事件では、被告の主張が事実でないとして違法性阻却事由が否定されていますが、もし、被告が主張しているように「原告らに対する別件訴訟を提起することを企図していたCから依頼されて本件漏洩行為を行った」のであれば、違法性阻却事由が認められたのでしょうか?それともそのような事実があったとしても認められないのでしょうか?
本事件では、違法性阻却事由の具体例が挙げられていないので、その具体例を今後知りたいところです。

2017年12月25日月曜日

営業秘密と秘密保持契約(秘密保持義務)その2

前回のブログでは、原告が被告に攪拌造粒機の主要部分の製造を委託し、その図面等に関して秘密保持契約を原告と被告との間で締結していたものの、裁判所は、攪拌造粒機がリバースエンジニアリング可能であることを理由に図面は非公知性を満たさずに営業秘密性を否定し、さらに、秘密保持契約の内容からして「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」とも判断し、当該図面は秘密保持義務の対象でもないと判断したことを紹介しました。

ここで、本事件における秘密保持の条項(下記第35条)は、表現に微差があるものの、秘密保持義務の対象から除外する情報を定めた項目も含めて一般的なものと思われます。

---------------------------------------------------------------------------------
「第35条(秘密保持)
1)乙は,この基本契約ならびに個別契約の遂行上知り得た甲の技術上および業務上の秘密(以下,機密事項という。)を第三者に開示し,または漏洩してはならない。但し,次の各号のいずれかに該当するものは,この限りではない。
〔1〕乙が甲から開示を受けた際,既に乙が自ら所有していたもの。
〔2〕乙が甲から開示を受けた際,既に公知公用であったもの
〔3〕乙が甲から開示を受けた後に,甲乙それぞれの責によらないで公知または公用になったもの。
〔4〕乙が正当な権限を有する第三者から秘密保持の義務を伴わず入手したもの。
乙は,機密事項を甲より見積作成・委託・注文を受けた本業務遂行の目的のみに使用し,これ以外の目的には一切使用しない
(略)
乙は機密事項‥(略)‥を厳に秘密に保持し,本業務の遂行中はもとより,その完成後も甲の文章による承諾を得た者以外には,一切これを提供あるいは開示しない。
---------------------------------------------------------------------------------

そうすると、本事件のように、秘密保持契約を締結しても、実質的に意味をなさない契約も多数存在する可能性があるのではないでしょうか?
そうであるならば、上記のような一般的と思われる秘密保持の条項は見直す必要があるかと思います。しかしながら、一般的とされている条項そのものを修正するには抵抗を感じるとも思われます。


そこで、秘密保持契約に対して例外の例外を設けることが考えられます。すなわち、「秘密保持義務の対象から除外する情報」の例外です。
具体的には、本事件では、販売された攪拌粒製造機がリバースエンジニアリング可能であることをもって非公知性が失われているとされているため、秘密保持契約では例外の例外として、製品を特定して(本事件の例では攪拌流製造機)「製造販売した製品をリバースエンジニアリングすることで得られる情報は公知公用の情報とはみなさない。」とのような項目を設けることが考えられます。
また、秘密保持義務の対象を具体的に特定し(本事件の例では図面)、かつそれに対して、「製造販売した製品がリバースエンジニアリングされたとしても、図面に記載の情報が公知公用の情報となったとはみなさない」することも考えられます。


このように、本事件から学べることは、リバースエンジニアリングによって当該情報の営業秘密性どころか、秘密保持契約すら有効でないと裁判所が判断する可能性があるということです。
他社と秘密保持契約を締結する企業は、秘密保持契約に関係する製品等が公知となる可能性を十分に考慮し、秘密保持契約を結ぶ必要があるかと思います。
すくなくとも、「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」と判断されるような秘密保持契約は結ばないことを心掛け、「秘密保持義務の対象」>「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」と判断可能な秘密保持契約にする必要があります。

一方で、本事件のように自社の秘密情報を製造委託先に開示する必要がある場合、そもそも、自社製品の製造委託先を一社にせずに、例えば、部品毎に分けて複数社で製造させ、一つの外注先に自社製品の情報が集中しないようにする必要があるかと思います。

原告も、例えば、攪拌造粒機の容器、蓋、メインブレード、クロススクリュー及びそれらの周辺装置を複数社に分けて製造委託しておけば、今回のような事態には陥らなかったと思います。また、部品は製造委託するものの、最終組み立ては自社で行う等してもよかったのではないでしょうか。

自社製品の情報を守るために、また、本事件のように製造委託先がその後競合他社とならないように、このような措置を取っている企業は多いかと思います。
製造委託先を一社にする場合に比べて、管理コスト等は増加するかと思いますが、より確実に自社情報を守るためには必要な措置かと思いまます。


以上の様に、企業は自社の秘密情報を他者に開示する場合は、その秘密情報が当該他社に意図しない形で使用されないように、また、使用された場合にその使用に対する責任を問えるように十分な対策を立てる必要があるかと思います。
そういった意味で、本事件は非常に参考になるのではないでしょうか。

2017年12月21日木曜日

営業秘密と秘密保持契約(秘密保持義務)その1

自社の営業秘密を他社に開示する場合、当然、秘密保持契約を結ぶことになるかと思います。
ここで、自社が営業秘密であると考える情報をどこまで秘密保持契約で守ることができるのでしょうか?さらに、秘密保持契約を結んだとしても、当該他社の経済活動をどこまで制限できるのでしょうか?
すなわち、秘密保持契約はどこまで有効なのでしょうか?最近よく分からなくなります。
ちなみに、私は秘密保持契約に関する業務の経験はないので、教科書的な知識しか持ち合わせておりません。実務経験に乏しいため分からないのかもしれませんが・・・。

関連するブログ記事:営業秘密と共に秘密保持義務も認められなかった事例

今回は、上記ブログ記事でも紹介した判例(攪拌造粒機事件:大阪地裁平成24年12月6日判決)をもとに秘密保持契約(秘密保持義務)について考えてみました。

この事件は、以下のような経緯がある事件です。なお、下線は私が付したものです。

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原告は、昭和54年ころから、被告に対し、原告が開発し、現在も製造、販売を続けている攪拌造粒機の主要部分(容器、蓋、メインブレード、クロススクリュー及びそれらの周辺装置)の製作を委託し、このような原告製品の製作委託関係は長らく続き、平成16年7月1日以降は本件基本契約下で継続していたが、平成21年8月31日をもって原告と被告との取引関係は終了した。
被告は、原告製品の製作を委託されていた期間中、原告が作成した原告製品に係る設計図面(以下「原告製品図面」という。)の開示を受け、これに基づいて原告製品を製造していた。
その後、被告は、平成21年9月30日、フロイント産業株式会社(以下「フロイント」という。)から、攪拌造粒機の製造委託を受けた。被告は、この製造委託のもと、別紙物件目録1記載の攪拌造粒機(以下「被告製品」という。)のうち、GM-MULTI(10/25/50)及びGM-10の試作品を製作してフロイントに納品し、フロイントは、平成22年6月30日から同年7月2日まで東京ビックサイトで開催された展示会において、上記試作品を出展した。
被告は、その後、フロイントからの委託を受けて被告製品を製造することとなったが、答弁書作成時(平成23年5月10日)までの間、フロイントは、平成23年4月に被告から納入を受けたGM-25を1台販売したのみである。
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要するに、原告は被告に攪拌造粒機の主要部分の製造を委託していたが、原告と被告との取引関係が終了した後、被告は独自に攪拌造粒機の製造・販売を開始し、原告にとって競合他社になったようです。
このことは原告にとってみたら、被告に攪拌造粒機の製造を長年委託し、その製造ノウハウを被告が得た後に被告が競合他社になったのですから、釈然としない思いはあるでしょう。気持ちはわかりますし、このような事例は多々あることかと思います。

なお、上記「本件基本契約」には、以下のような秘密保持の条項があります。
---------------------------------------------------------------------------------
「第35条(秘密保持)
1)乙は,この基本契約ならびに個別契約の遂行上知り得た甲の技術上および業務上の秘密(以下,機密事項という。)を第三者に開示し,または漏洩してはならない。但し,次の各号のいずれかに該当するものは,この限りではない。
〔1〕乙が甲から開示を受けた際,既に乙が自ら所有していたもの。
〔2〕乙が甲から開示を受けた際,既に公知公用であったもの
〔3〕乙が甲から開示を受けた後に,甲乙それぞれの責によらないで公知または公用になったもの。
〔4〕乙が正当な権限を有する第三者から秘密保持の義務を伴わず入手したもの。
乙は,機密事項を甲より見積作成・委託・注文を受けた本業務遂行の目的のみに使用し,これ以外の目的には一切使用しない
(略)
乙は機密事項‥(略)‥を厳に秘密に保持し,本業務の遂行中はもとより,その完成後も甲の文章による承諾を得た者以外には,一切これを提供あるいは開示しない。
---------------------------------------------------------------------------------

ちなみに、この事件は、不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為だけでなく、被告製品又はその構成部品を製造,販売することに対する特許権侵害、原告製品図面に係る複製権又は翻案権の侵害でも訴えていますが、その全てが認められていません。


本事件に対する裁判所による営業秘密性の判断ですが、裁判所は、まず、非公知性を判断しています。

すなわち、原告は、原告製品図面に記載された原告主張ノウハウが、営業秘密に該当する旨主張しました。
しかし、裁判所は、「原告主張ノウハウは、別紙ノウハウ一覧表記載のとおり、いずれも原告製品の形状・寸法・構造に関する事項で、原告製品の現物から実測可能なものばかりである。そして、このような形状・寸法・構造を備えた原告製品は、被告がフロイントから攪拌造粒機の製造委託を受けた平成21年9月30日よりも前から、顧客に特段の守秘義務を課すことなく、長期間にわたって販売されており,さらには中古市場でも流通している(乙3,乙5の1~3,乙7)。そのため,原告主張ノウハウは,被告がフロイントからの製造委託を受ける前から,いずれも公然と知られていたというべきであり、「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)には該当しないといえる。」 とし、非公知性を否定しています。
ちなみに、裁判所は「原告主張ノウハウは、いずれも原告製品の形状・寸法・構造に帰するものばかりであり、それらを知るために特別の技術等が必要とされるわけでもないのであるから、原告製品が守秘義務を課すことなく顧客に販売され、市場に流通したことをもって、公知になったと見るほかない。」とも言及しています。
このように、裁判所は、原告製品は所謂リバースエンジニアリンが可能であることを理由に、原告製品図面を営業秘密とは認めないことになりました。

では、秘密保持義務違反はどうでしょうか?

これについて、裁判所は以下のようにして秘密保持義務違反を否定しています。
本条における秘密保持義務の対象については、公知のものが明示で除外されている(本件基本契約35条1項〔2〕及び〔3〕)。そして、被告は、原告の「技術上および業務上の秘密」(本件基本契約35条1項本文)について秘密保持義務を負うと規定されているが,その文言に加え、被告の負う秘密保持義務が本件基本契約期間中のみならず、契約終了後5年間継続すること(本件基本契約47条2項)に照らせば、原告が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様、原告が秘密管理しており、かつ、生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である。 このように本件基本契約上の秘密保持義務についても、非公知で有用性のある情報のみが対象といえるため、前記4で論じたことがそのまま当てはまるところ、被告に上記秘密保持義務違反は認められないというべきであり、原告の上記主張は採用できない。」と判断しています。
すなわち、裁判所は、本事件において「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」と判断しているようです。


ここで、私が疑問に思うことは、秘密保持義務の対象は「非公知で有用性のある情報のみ」であるため、原告製品が守秘義務を課すことなく顧客に販売されていることを理由として、原告製品図面は秘密保持義務の対象ですらない、と裁判所が判断していることです。

すなわち、顧客に守秘義務を課すことなく流通させた製品の図面に記載されたノウハウは、営業秘密性がないどころか、秘密保持義務の対象にすらならない可能性があるということでしょうか?(本事件では営業秘密を図面であると主張せずに、図面に記載されたノウハウとしていることが少々気に掛かりますが・・・。)
また、その製品が中古市場で流通するようなものであるならば、たとえ顧客に守秘義務を課したとしてもやはり非公知性は失われることになるので、守秘義務にどこまで意味があるものか分かりません。守秘義務を課した顧客が製品を中古市場に売ったとして、顧客に対して守秘義務違反をどこまで追求できるでしょうか?

このように、上記事件から読み取れる私の解釈が正しければ、 リバースエンジニアリングが可能な機械部品のような製品の図面(図面に記載されたノウハウ)はそもそも秘密として守れない可能性が高いということでしょうか?なんだか釈然としません。

確かに、リバースエンジニアリングが可能であることを理由に営業秘密としての非公知性が否定された判決はこの事件の他にもありますが、秘密保持義務の対象にすらならないとする裁判所の判断は果たして正しいのでしょうか?

このような裁判所の判断が趨勢であるならば、製品の製造委託のために他社へ図面を開示する場合にその図面に対する秘密保持契約を結んだとしても、市場に流通している製品であるならば、その秘密保持契約は意味をなさず、当該他社はその図面を用いて自由に当該製品を自由に製造販売することができる可能性があるということでしょうか?


そもそも、裁判所による「原告が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様、原告が秘密管理しており、かつ、生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である。」との判断、すなわち、「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」との判断は妥当なものなのでしょうか?

一般的に、不正競争防止法で定義されている営業秘密は、法的な定義のない機密事項や企業秘密といったものに比べて狭い概念のものです。
この原告は、被告との間で秘密保持契約を結ぶにあたり、その対象が「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」のものという認識があったのでしょうか?おそらくそこまでの認識はなかったと思います。また、被告も同様ではないでしょうか?
そうであるならば、裁判所は、秘密保持義務の対象を「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」のものよりも広く解釈し、そのうえで、被告の行為が秘密保持義務違反であったか否かを判断しても良かったのではないかと思います。

とはいうものの、秘密保持の条項(上記「第35条」)を素直に解釈すると、「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」との裁判所の判断も当然のこととも思われます。

では、どうすればいいのでしょうか?

2017年9月27日水曜日

営業秘密と共に秘密保持義務も認められなかった事例

裁判において当該情報が営業秘密に該当しないとされ、さらにその秘密保持義務違反も認められなかった事例があります。

これは、大阪地裁平成24年12月6日判決(大阪地方裁判所平成23年(ワ)第2283号)です。
この事件は、被告が訴外フロイントから攪拌造粒機の製造委託を受け、これを製造・販売した製品が原告の特許権を侵害していると共に、被告製品には、原告から被告に示された原告製品図面中の営業秘密が被告からフロイントに不正に開示された上、使用されていると、原告が主張しているものです。

なお、原告は、被告に対し、原告が開発した製品やその部品等の製作を委託しており、その際、原告と被告は、取引基本契約書を交わし、本件基本契約には以下のような条項がありました。
---------------------------------------------------------------------------------
第35条(秘密保持)
1)乙は,この基本契約ならびに個別契約の遂行上知り得た甲の技術上および業務上の秘密(以下,機密事項という。)を第三者に開示し,または漏洩してはならない。但し,次の各号のいずれかに該当するものは,この限りではない。
〔1〕乙が甲から開示を受けた際,既に乙が自ら所有していたもの。
〔2〕乙が甲から開示を受けた際,既に公知公用であったもの
〔3〕乙が甲から開示を受けた後に,甲乙それぞれの責によらないで公知または公用になったもの。
〔4〕乙が正当な権限を有する第三者から秘密保持の義務を伴わず入手したもの。
2)乙は,機密事項を甲より見積作成・委託・注文を受けた本業務遂行の目的のみに使用し,これ以外の目的には一切使用しない。
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この秘密保持契約について、営業秘密に関係しそうな項目は、〔2〕,〔3〕でしょうか。しかし、〔2〕,〔3〕について、秘密保持契約には通常含まれている項目あると考えられます。


本事件において原告は、原告製品図面が営業秘密であると主張していますが、裁判所は原告製品図面は営業秘密ではないと判断しています。
さらに、原告は、被告が原告製品図面を訴外フロイントに開示したことが、秘密保持義務に違反すると主張しています。
これに対して、裁判所は下記のように判断し、秘密保持義務違反であることも否定しています。

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5 争点4(本件基本契約上の秘密保持義務違反)について
 原告は,被告が原告製品図面をフロイントに開示したとした上,そのことが,本件基本契約35条の規定する秘密保持義務に違反するものである旨主張する。
 そこで検討するに,まず本条における秘密保持義務の対象については,公知のものが明示で除外されている(本件基本契約35条1項〔2〕及び〔3〕)。そして,被告は,原告の「技術上および業務上の秘密」(本件基本契約35条1項本文)について秘密保持義務を負うと規定されているが,その文言に加え,被告の負う秘密保持義務が本件基本契約期間中のみならず,契約終了後5年間継続すること(本件基本契約47条2項)に照らせば,原告が秘密とするものを一律に対象とするものではなく,不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様,原告が秘密管理しており,かつ,生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である。
 このように本件基本契約上の秘密保持義務についても,非公知で有用性のある情報のみが対象といえるため,前記4で論じたことがそのまま当てはまるところ,被告に上記秘密保持義務違反は認められないというべきであり,原告の上記主張は採用できない。
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上記裁判所の判断は、原告製品図面が営業秘密と認められないのであれば、営業秘密の要件(有用性、非公知性)と同様の要件である上記本件基本契約からすると、当然に原告製品図面も秘密保持義務の対象とはならないとのことのようです。
本件基本契約35条1項〔2〕及び〔3〕が営業秘密の定義(非公知性、有用性)と同じであるとすることに少々疑問はありますが・・・。

このように本事件では、本件基本契約35条1項〔2〕及び〔3〕等を含む秘密保持義務契約を原告と被告とが結んでいたがために、原告製品図面が営業秘密と認められないことに引きずられ、原告製品図面の開示も秘密保持義務違反とは認められないことになりました。

まさに、原告にとっては泣きっ面にハチであり、秘密保持契約がその意味をなさない状態となったわけです。

この事件を鑑みると、契約書、特に秘密保持契約において、秘密保持の対象とする情報(以下「秘密保持対象情報」といいます。)を相手方に提供する側は、秘密保持契約において秘密保持対象情報を営業秘密として捉えられないようにする必要性を感じます。

もし、秘密保持対象情報=営業秘密とすると、上記判決のように、当該情報が営業秘密でないとされると、たとえ相手方が秘密保持対象情報を開示しても、それが不法行為であるとは認められないことになってしまいます。

ではどうすればいいのか?
単純には、上記〔2〕,〔3〕のような項目を契約に加えないことかと思います。
しかしながら、秘密保持契約の参考書等には、秘密保持の例外として、当然のようにこのような項目を加えることが記載されているんですよね・・・。

それが無理な場合は、決して漏えいされたくない情報に関しては、それを明確に特定し、その情報に関しては上記〔2〕,〔3〕の例外から除外するといったような工夫が必要ではないでしょうか。
一番重要なことは、秘密保持対象情報が漏洩された場合に、この秘密保持対象情報が営業秘密ではないとされても、秘密保持契約に基づいて不法行為が認められるようにすることかと思います。