2018年8月3日金曜日

論文「営業秘密の経済学 序論」

営業秘密に関する近年の論文で面白いものを見つけました。
「営業秘密の経済学 序論」です。
inpitのホームページから閲覧することができます。

この論文は、営業秘密と特許との差を分かりやすく説明されているもので、それらの経済的な効果も過去の研究結果を踏まえて説明されています。
営業秘密と特許との法的な違いよりも、経済的な違いをざっくりと理解する上で非常に参考になります。
また、「序論」とのことですので、これから「営業秘密の経済学」について引き続き発表されるのかと思います。続きが楽しみな論文です。

ここで、営業秘密化と特許化とを選択する上でのキーワードは、「公開」と「リバースエンジニアリング」でしょうか、本論文でもこれらの言葉が複数回表れています。
より具体的には、特許化は「公開」により技術が知られるリスクがあります。特許出願が特許査定を得るれないと、単に技術を公開しただけになります(公開によるメリットがあるとも考えられますが)。
一方、営業秘密化は、当然、特許のような公開制度はありませんが、自社製品の「リバースエンジニアリング」によって他者に当該技術が知られた場合に法的措置を取れないリスクがあります。

特許については、公開リスクや独占排他権の優位性等が広く理解されています。一方、営業秘密については、秘匿化の利点は理解されても、リバースエンジニアリングのリスクだけでなく。秘密管理性、有用性、非公知性の詳細についてまでは多くの方は理解されていないと思います。

参考:特許と営業秘密の違い


そして、本論文では「西村(2010)は、日本の企業が発明を特許化するか企業秘密とするか、という点についての実証分析をおこない、日本の企業はこの選択を戦略的におこなっているのではなく、基本的には特許化することを前提に研究開発を行い、特許化するのにうまく適合しないような発明については例外的に企業秘密として秘匿している、としている。」とも述べています(10頁左欄)

確かに、私も特許業界に10年以上おりますが、そのような印象を強く持ちます。
より具体的には、研究開発者や事業部ごとに年間の出願件数のノルマを与えている会社が多いかと思います。これは、発明は特許出願ありきという知財活動になりがちであり、秘匿化についてはほとんど考慮に入れられないと思われます。

私は、発明に対する管理方法として、特許化と営業秘密化は同等のもの、換言すると、両輪であり、特許と営業秘密との違いを十分に理解したうえで、技術情報の管理として経済的にベストである方を選択する、これが理想とする知財管理の一つではないかと思います?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月26日木曜日

韓国における営業秘密に対するタイムスタンプ利用

2010年の情報と少々古い情報ですが、韓国のKIM&CHANG法律事務所のNEWS LETTERに「韓国特許庁 営業秘密原本証明サービス導入」という記事を見つけました。
この記事には下記のような説明があります。

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これは「タイムスタンプ(time stamp)」という電子的技術を利用するもので、サ ービスを利用しようとする個人や企業は自主的にプログラムを利用して証明を受けたい電子文書から電子指紋(hash code)を抽出して、特許情報院へオンラインで提出する。特許情報院は提出された電子指紋に該当するタイムスタンプを発給し、後日検証が必要な場合、特許情報院が保存している電子指紋と発給されたタイムスタンプの比較によってその生成時点と原本かどうかを確認することになっている。
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韓国のこの営業秘密現本証明サービスは、要するに日本のタイムスタンプ保管サービスと同様のサービスのようです。
しかしながら、日本のタイムスタンプサービスは2017年3月開始ですから、韓国のサービスはそれよりも6年半ほど早いことになります。
また、韓国のサービスは同様のサービスでありながら、「営業秘密」を前面に持ち出していることが特徴的だと思います。韓国は営業秘密の漏えいに対して問題意識が高いようですので、その影響なのでしょうか。


さらに、韓国の「営業秘密原本証明サービス」に関する記事をJETROでも見つけました。


この記事によると、「企業の営業秘密を保護するために2010年11月に導入した営業秘密の原本証明サービスを1年9ヵ月間129社が利用し、累積登録件数が1万件を超えた」とのことです。サービスに対する需要が相当あったようです。
2年弱で累積登録件数が1万件超とのことですので、今現在では登録件数は数万件でしょうか。

さらに、上記記事には「個人や中小企業などでは、技術移転や取引を始める前に、起こり得る紛争に備えた安全措置としても活発にサービスを利用している。」ともあります。
起こり得る紛争とは、技術情報を他社(韓国では大企業でしょうか。)に開示した場合に、開示先に当該技術情報を不正に使用されることを指し示しているのだと思います。

このような場合、技術情報の開示元企業が自身が当該技術情報の保有を開始した時期をタイムスタンプで証明することにより、開示先企業が開示元企業からの情報開示後に当該技術情報を使用した可能性を主張できることになるかと思います。
一方、開示先企業がこれに対抗するためには、自身が当該技術情報を情報開示前から保有していたことを主張する必要があります。この主張のためにもタイムスタンプは利用できるでしょう。
また、他社に自社の技術情報を開示した後に、当該他社に当該技術情報に係る特許権を取得された場合であっても、まずは先使用権主張のための証拠にも用いることができます。先使用権を有していれば他社に特許権を取得されても、制限はあるものの当該技術情報の自社実施が可能となります。

このようなタイムスタンプを用いた営業秘密管理は、特別なことではなく、当然どの企業でも簡単にできます。
営業秘密管理には、何時からその情報を保有していたのかという証明のために、日付の特定も重要かと思います。特に他社に自社の技術情報を開示する場合や他社の技術情報の開示を受ける場合には、タイムスタンプを利用することを検討されては如何でしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月23日月曜日

オープンイノベーションと秘匿化技術の開示、NDAの重要性

近年、「オープン&クローズ戦略」や「オープンイノベーション」という文言がもてはやされ話題になっています。

オープンイノベーションの定義については、人ぞれぞれかと思いますが、ざっくりとした私の理解では「他社等との共同開発や協力関係により自社だけではなし得なかったビジネス展開を進める」といったものです。一般的には、自社のみで技術開発等を行う自前主義(クローズドイノベーション)の対極に位置する考えとされています。

また経済産業省を中心として、オープンイノベーションに関する色々な資料が公開されています。下記に一部をリンクしますが、他にも多々あります。

NEDO:オープンイノベーション白書(第二版掲載 2018年6月)
経済産業省:オープンイノベーションと知財の管理・契約リスクに関する啓発パンフレットを公表しました(公表日 2018年6月)
経済産業省:「事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携のための手引き(初版)」をとりまとめました(公表日 平成29年5月18日)
近畿経済産業局:中小・ベンチャー企業のためのオープン・イノベーション ハンドブック(最終更新日:平成28年4月15日)


ここで、前回までのブログ記事で紹介したストロープワッフル事件ももしかしたら、オープンイノベーションを期待して原告が被告と提携関係を結ぼうとしたのかもしれません。

過去ブログ記事
-判例紹介- ストロープワッフル事件 その1 ビジネスモデルを営業秘密とすること 
-判例紹介- ストロープワッフル事件 その2 ビジネスモデルを営業秘密とすること

この事件では、原告はストロープワッフルの実演販売に十分な経験を有していなかったようですから、被告を取り込むことでこのストロープワッフルの実演販売をビジネスとして成功させようという目論見があったのではないかと想像します。
しかしながら、原告は被告との提携関係を結べず、逆に被告にストロープワッフルの実演販売のビジネス化の機会を与えただけになりました。

この事件において原告の決定的な失敗は、原告と被告との間の交渉段階において秘密保持契約(NDA)を締結していなかったことだと考えます。この事件ではたとえNDAを締結しても、原告のノウハウは有用性・非公知性を満たさず、営業秘密としての不正競争防止法による法的保護は受けられない可能性が高いかと思います。
しかしながら、締結するNDAの内容にもよりますが、原告と被告との間でNDAを締結することで、被告が実施したストロープワッフルの実演販売に対してNDAの契約不履行で民事的責任を負わせることが可能だったかもしれません。

上記事件のように、オープンイノベーションを行うにあたり、特に技術情報に関しては自社の秘匿化技術(ノウハウ)を他社に開示せざる負えない状態になることが多いかと思います。
これは当然のことと考えられ、オープンイノベーションにより新たな技術を導入したい企業にとって、この新たな技術は公知でない他社のノウハウである可能性が非常に高いからです。もし、必要な技術が公知技術であれば、オープンイノベーションをするまでもなく自社開発が可能でしょうから。
また、新たな技術を導入したい企業も、上記事件のように、オープンイノベーションにより協力関係を築く他社に自社の秘匿化技術を開示しなければならない可能性が有るかと思います。

このように、オープンイノベーションには他社に対して自社の秘匿化技術の開示が必要な場面があり、これは企業にとって非常にリスクの高いことかと思います。

しかしながら、オープンイノベーションを説明している資料には、情報開示リスクの視点がやや欠けているものが多いかと思います。
これに関して、上記の近畿経済産業局の中小・ベンチャー企業のためのオープン・イノベーション ハンドブックには情報開示リスクへの対応策が詳細に記載されています。すなわち、オープンイノベーションにおける秘密保持契約(NDA)の重要性についてです。また、経済産業省のオープンイノベーションと知財の管理・契約リスクに関する啓発パンフレットを公表しましたにもわかりやすく記載されています。

以上のように、オープンイノベーションを行うにあたり秘匿化技術の開示に関する意識が十分でないと、オープンイノベーションに関する交渉決裂後や終了後に他社に自社のノウハウを使用されるという思いもよらなかった事態に陥る可能性が考えられます。
このため、オープンイノベーションにおけるNDAの重要性を理解し、かつ必要以上に相手方に秘匿化ノウハウを開示しないことを心掛けるべきかと思います。

また、重要な自社技術については、特許権を取得することも当然に考慮しなければなりません。特許権を有していれば、相手方が許諾無く実施した場合には、NDAの締結に関係なく侵害となります。
特許権の取得のためには技術を公開する必要がありますので、公開する技術内容、すなわち特許出願明細書に記載する技術内容を十分に検討する必要があります。公開したくない技術は秘匿化です。

新たな技術を自社開発した場合、それをどのように管理するのか、具体的には特許出願するのか、秘匿化するのか、それとも何もしないのか、これらを当該技術を使用する場面を想像しながら常に選択する必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信