2017年10月25日水曜日

共同研究における学生による営業秘密の流出と新卒社員による営業秘密の流入

前回のブログ「大学等の公的研究機関における秘密情報の管理」では、学生による営業秘密の流出の可能性についても述べました。

大学と企業との共同研究等において、その大学の学生(学部、修士、博士)及びポスドクが他企業に就職した場合に、共同研究企業の営業秘密を流出させてしまう可能性があると考えられます。
さらに、営業秘密の流出の裏返しとして、学生等が就職した企業において、大学在籍時に取得した他企業の営業秘密を開示、使用する可能性も否めません。

では、どのような対策が必要か?
やはり学生に対する教育が必要かと思います。
多くの学生は、営業秘密の漏洩に対する法的リスク等の知識を十分に有しているとは思えません。
企業に勤めている従業員や役員ですら、そうなのですから・・・。

学生と企業との間で秘密保持契約を結ぶことや、学生から秘密情報を漏洩しない旨の誓約書を得ること等も考えられますが、「大学における秘密情報の保護ハンドブック」にも記載されているように、学生と企業との間で過度な秘密保持契約等を行っても無効となる可能性もあるようです。

また、学生との間で秘密保持契約を結ぶことは、学生に対して秘密保持を実行させるという効果がありますが、秘密保持契約を結ぶことで当該秘密情報を漏洩させた場合に民事的責任、具体的には損害賠償を負わせることもその目的だと思います。

しかしながら、秘密保持契約を結んだ学生が当該秘密情報を漏洩したとしても、企業側はその学生に対して訴訟等により民事的責任を本当に負わせるのでしょうか?

もし、秘密保持契約に基づいて秘密情報の漏洩を理由に学生に対して訴訟を提起し、そのことが報道等されたら、その企業は評判を落とすことになるでしょう。また、秘密情報の漏洩の賠償額は高額になるでしょうから、たとえ勝訴又は和解となっても、資力に乏しい学生に賠償金の支払い能力があるとは思えません。

そうすると、企業が学生との間で秘密保持契約等を行うことの意義があまりないかもしれません。秘密保持契約を行うことは、営業秘密の漏えいに対する抑止力となるかもしれませんが、そもそもその前提としても、学生に対する営業秘密の教育は必要かと思います。


ここで、学生に対する営業秘密に関する教育は、第一に大学側が主体となって行うべきでしょう。
しかしながら、大学による営業秘密の教育が不十分な場合には、企業が共同研究を行う研究室等を対象に営業秘密の教育を直接行うことも検討しては如何でしょうか。そのときに、その研究室における自社の秘密情報(営業秘密)の管理体制の確認等を行ってもよいかと思います。

さらに、新卒社員を入社させる場合にも注意が必要かと思います。
新卒社員が技術系の学生等であれば、在学中に競合他社との間での共同研究に携わっていた学生もいるかもしれません。
そのような新卒社員を介して競合他社の営業秘密が自社に流入する可能性も否めません。
このため、技術系の新卒社員に対して、在学中に他社との共同研究に携わっていたか否かを確認し、場合によっては他社の営業秘密を持ち込まない旨の誓約書を取ることが考えられます。


今後、産学連携による共同研究がより活発化するでしょうから、このように、企業は大学等からの営業秘密の流出、及び新卒採用時における他企業の営業秘密の流入防止を十分に検討する必要があるかと思います。

2017年10月23日月曜日

大学等の公的研究機関における秘密情報の管理

最近、 経済産業省が作成した「大学における秘密情報の保護ハンドブック」なるものを見つけました。
参考:経済産業省「「大学における秘密情報の保護ハンドブック」について

ちなみに、これは下記のガイドラインを全部改訂したものです。
営業秘密管理指針でもそうなのですが、全部改訂されると、過去のガイドラインに記載され、参考になるものもざっくりと削除される場合があります。そこで、過去のガイドラインも列挙します。

大学における営業秘密管理指針作成のためのガイドライン 平成16年
大学における営業秘密管理指針作成のためのガイドライン 平成18年5月改訂
大学における営業秘密管理指針作成のためのガイドライン 平成23年3月改訂

これは、大学だけではなく独立行政法人や国立研究開発法人等の公的な研究機関でも参考になるのではないでしょうか?

大学等での研究の前提として、学会や論文により発表することを前提としたものがほとんどであると思われます。
そういった意味では、最終的には営業秘密はあまり意識し得ないこととも言えます。
発表前の情報は営業秘密として管理すべきかとも思いますが。

しかしながら、近年、産学連携が活発になっていますので、共同研究を行っている企業の秘密情報(営業秘密)が大学等に持ち込まれると思われます。また、研究において企業と共同保有する秘密情報が新たに生じるかと思います。
このため、大学等における営業秘密管理としては、企業等との共同研究において企業等から開示された秘密情報の管理が課題の一つとなり得るかと思います。この課題については、基本的にコンタミの発生を防止するために他の情報と区別して管理する等、企業における営業秘密管理と同じ管理方法によって解決できるものかと思います。


一方で、大学等の公的な研究機関では、企業における秘密情報の管理とは視点が異なる事があるのではないでしょうか。

これに関して、「大学における営業秘密管理指針作成のためのガイドライン 平成23年3月改訂」の26ページに「一つの研究室が複数の企業と共同研究を行う場合には、各企業から受け取った情報間でコンタミネーション(情報の混入)が生じる可能性があることから、例えば、企業ごとに共同研究を行う場所を分けるなどの対応をとることが望ましい。」とあります。

公的な研究機関の研究室では、複数の企業と同時に共同研究を行う可能性があると思います。企業においても、同様の可能性はあるかと思いますが、公的な研究機関ではその割合は大きいのではないでしょうか。
このように、複数の企業と同時に共同研究を行う場合、その研究室では、複数の企業の秘密情報を同時に管理しなければなりません。

この様な状況では、その研究室は、秘密情報の管理を相当意識して行わないと、コンタミを引き起こす可能性があります。
最悪の場合、ある企業との共同研究において研究室を介して他企業の秘密情報が混入し、その結果、ある企業へ他企業の秘密情報がその共同研究の成果と共に混入(流入)し、コンタミが生じます。
そして、コンタミが生じた企業は、他企業から秘密情報の流入について警告を受ける可能性があります。もし、コンタミが生じた企業が既にこの研究成果と共に他企業の秘密情報を用いた製品等を製造・販売していたら、その製造・販売も停止しなければならないかもしれません。
その結果、その研究室又は研究機関に対して、刑事事件に至らないまでも、秘密保持義務違反等に基づいてこれらの企業から責任を追及される可能性も考えられます。

このような事態に陥らないように、当該研究室では、共同研究を行っている企業ごとに、データのアクセス管理を徹底し、実験内容等も関係しない研究者(学生)等に可能な限り開示しないようにしないといけません。

しかしながら、大学であれば、学生に対する教育機関という側面もあるため、研究内容や情報を関係しない学生に対して全く開示しない、とはできないかもしれません。
このため、研究室内で開示可能な情報と開示できない情報との区別を明確につけ、それに沿って学生に対する教育等を行うべきかと思います。

学生は、そのほとんどは大学を卒業し、場合によっては研究室で共同研究を行っていた企業の競合他社へ就職するかもしれません。そのときに、その学生が競合他社へ共同研究を行っていた企業の営業秘密を持ち込む可能性は否定できません。そのリスクをどのようにして解消するかが当然課題となります。

さらに、教授や指導教官等も、共同研究を行っている企業の秘密情報を知り得る立場にあります。そして、複数の企業とで共同研究を行っている場合、教授等は、学生に対する指導や研究方針等の立案において、自身の頭の中にある他の企業の秘密情報を不用意に開示しないように常に心掛ける必要があります。
データを示す等しなくても、口頭で話すことも秘密情報(営業秘密)の開示にあたり、その結果、コンタミを生じさせる可能性があるからです。

このように、大学等の公的な研究機関は、秘密情報(営業秘密)の管理について十分な理解と高い意識を最も必要とする組織の一つであると考えられます。

また、研究者にとって秘密情報の管理は、自身の仕事の本質的なものではないため、疎かにしがちかもしれません。しかしながら、共同研究を行っている企業の秘密情報を漏洩させてしまうと、その責任を問われる事態に陥る可能性があります。このため、自信を守るという意味でも、秘密情報の管理は適切に行うべきと考えます。

2017年10月20日金曜日

OSG製品設計データ持ち出し事件

新たな営業秘密流出事件の報道が昨日ありました。

2017年10月19日 JIJI.COM「営業秘密持ち出し容疑=切削工具最大手のOSG元社員を逮捕-愛知県警」
2017年10月19日 NHKニュース「大手工具メーカー元社員 秘密情報漏えいの疑いで逮捕」
2017年10月19日 中日新聞「SG元社員、情報漏えいか 中国人に先端技術、愛知県警が逮捕」
2017年10月19日 毎日新聞「情報持ち出しOSG元社員逮捕 「中国人に提供」と供述」
2017年10月19日 毎日新聞「<愛知県警>設計情報持ち出し容疑 元オーエスジー社員逮捕」
2017年10月19日 朝日新聞「オーエスジーの元社員、営業秘密を持ち出した容疑で逮捕」

工具メーカーであるOSGが製造している“タップ”の図面等を元従業員が持ち出したようです。
しかも、報道によると競合他社に勤めている中国人にです。そして、対価を得ていたとも。


今回の事件で注目すべきは、不競法の平成27年法改正によって改正された刑事罰の適用を受けそうな事件であるということです。

例えば、不競法21条3項の海外重課、元従業員は中国人に営業秘密を開示したようなので、「日本国外において使用する目的」又は「相手方に日本国外において使用する目的である情を知って」である場合には、10年以下の懲役・3000万円以下の罰金となる可能性があります。海外重課でない場合、日本国内での開示や仕様にとどまる場合は、、10年以下の懲役・2000万円以下の罰金です。

さらに、元従業員は、対価を得ていた可能性があるので、不競法21条10項で規定されている「当該犯罪行為により得た財産又は当該犯罪行為の報酬とし て得た財産の没収」 が適用されるかもしれません。

また、毎日新聞の報道を参照すると、内部調査により発覚し、6月27日に懲戒解雇、8月1日に刑事告訴のようです。
すなわち、元従業員は、在職中に競合他社の中国人に営業秘密を漏洩しており、OSGはそのことを突き止め、懲戒解雇したのちに刑事告訴したようです。近年において、在職中に営業秘密を金銭目的で競合他社へ漏洩するという事件は少ないように思えます。

OSGは元従業員の行動が怪しいと感じ、アクセスログ等から営業秘密の漏洩を突き止めたようです。
OSGが営業秘密の漏洩を突き止めたということは、OSGにおいて営業秘密の漏洩に対する対応が適切だっということでしょう。

残念なことは、そのような対応がしてあったにもかかわらず、おそらく元従業員への教育が十分でなかったために、漏洩を許してしまったことでしょうか。
元従業員も、刑事罰の適用、海外重課、没収規定、さらにはOSGによる営業秘密管理の態様を知っていれば、このような営業秘密の漏洩を犯さなかったのではないかと思います。
リスクが高すぎて、リターンがありませんからね。よほどの理由がない限りやらないと思います。