2017年12月25日月曜日

営業秘密と秘密保持契約(秘密保持義務)その2

前回のブログでは、原告が被告に攪拌造粒機の主要部分の製造を委託し、その図面等に関して秘密保持契約を原告と被告との間で締結していたものの、裁判所は、攪拌造粒機がリバースエンジニアリング可能であることを理由に図面は非公知性を満たさずに営業秘密性を否定し、さらに、秘密保持契約の内容からして「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」とも判断し、当該図面は秘密保持義務の対象でもないと判断したことを紹介しました。

ここで、本事件における秘密保持の条項(下記第35条)は、表現に微差があるものの、秘密保持義務の対象から除外する情報を定めた項目も含めて一般的なものと思われます。

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「第35条(秘密保持)
1)乙は,この基本契約ならびに個別契約の遂行上知り得た甲の技術上および業務上の秘密(以下,機密事項という。)を第三者に開示し,または漏洩してはならない。但し,次の各号のいずれかに該当するものは,この限りではない。
〔1〕乙が甲から開示を受けた際,既に乙が自ら所有していたもの。
〔2〕乙が甲から開示を受けた際,既に公知公用であったもの
〔3〕乙が甲から開示を受けた後に,甲乙それぞれの責によらないで公知または公用になったもの。
〔4〕乙が正当な権限を有する第三者から秘密保持の義務を伴わず入手したもの。
乙は,機密事項を甲より見積作成・委託・注文を受けた本業務遂行の目的のみに使用し,これ以外の目的には一切使用しない
(略)
乙は機密事項‥(略)‥を厳に秘密に保持し,本業務の遂行中はもとより,その完成後も甲の文章による承諾を得た者以外には,一切これを提供あるいは開示しない。
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そうすると、本事件のように、秘密保持契約を締結しても、実質的に意味をなさない契約も多数存在する可能性があるのではないでしょうか?
そうであるならば、上記のような一般的と思われる秘密保持の条項は見直す必要があるかと思います。しかしながら、一般的とされている条項そのものを修正するには抵抗を感じるとも思われます。


そこで、秘密保持契約に対して例外の例外を設けることが考えられます。すなわち、「秘密保持義務の対象から除外する情報」の例外です。
具体的には、本事件では、販売された攪拌粒製造機がリバースエンジニアリング可能であることをもって非公知性が失われているとされているため、秘密保持契約では例外の例外として、製品を特定して(本事件の例では攪拌流製造機)「製造販売した製品をリバースエンジニアリングすることで得られる情報は公知公用の情報とはみなさない。」とのような項目を設けることが考えられます。
また、秘密保持義務の対象を具体的に特定し(本事件の例では図面)、かつそれに対して、「製造販売した製品がリバースエンジニアリングされたとしても、図面に記載の情報が公知公用の情報となったとはみなさない」することも考えられます。


このように、本事件から学べることは、リバースエンジニアリングによって当該情報の営業秘密性どころか、秘密保持契約すら有効でないと裁判所が判断する可能性があるということです。
他社と秘密保持契約を締結する企業は、秘密保持契約に関係する製品等が公知となる可能性を十分に考慮し、秘密保持契約を結ぶ必要があるかと思います。
すくなくとも、「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」と判断されるような秘密保持契約は結ばないことを心掛け、「秘密保持義務の対象」>「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」と判断可能な秘密保持契約にする必要があります。

一方で、本事件のように自社の秘密情報を製造委託先に開示する必要がある場合、そもそも、自社製品の製造委託先を一社にせずに、例えば、部品毎に分けて複数社で製造させ、一つの外注先に自社製品の情報が集中しないようにする必要があるかと思います。

原告も、例えば、攪拌造粒機の容器、蓋、メインブレード、クロススクリュー及びそれらの周辺装置を複数社に分けて製造委託しておけば、今回のような事態には陥らなかったと思います。また、部品は製造委託するものの、最終組み立ては自社で行う等してもよかったのではないでしょうか。

自社製品の情報を守るために、また、本事件のように製造委託先がその後競合他社とならないように、このような措置を取っている企業は多いかと思います。
製造委託先を一社にする場合に比べて、管理コスト等は増加するかと思いますが、より確実に自社情報を守るためには必要な措置かと思いまます。


以上の様に、企業は自社の秘密情報を他者に開示する場合は、その秘密情報が当該他社に意図しない形で使用されないように、また、使用された場合にその使用に対する責任を問えるように十分な対策を立てる必要があるかと思います。
そういった意味で、本事件は非常に参考になるのではないでしょうか。

2017年12月21日木曜日

営業秘密と秘密保持契約(秘密保持義務)その1

自社の営業秘密を他社に開示する場合、当然、秘密保持契約を結ぶことになるかと思います。
ここで、自社が営業秘密であると考える情報をどこまで秘密保持契約で守ることができるのでしょうか?さらに、秘密保持契約を結んだとしても、当該他社の経済活動をどこまで制限できるのでしょうか?
すなわち、秘密保持契約はどこまで有効なのでしょうか?最近よく分からなくなります。
ちなみに、私は秘密保持契約に関する業務の経験はないので、教科書的な知識しか持ち合わせておりません。実務経験に乏しいため分からないのかもしれませんが・・・。

関連するブログ記事:営業秘密と共に秘密保持義務も認められなかった事例

今回は、上記ブログ記事でも紹介した判例(攪拌造粒機事件:大阪地裁平成24年12月6日判決)をもとに秘密保持契約(秘密保持義務)について考えてみました。

この事件は、以下のような経緯がある事件です。なお、下線は私が付したものです。

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原告は、昭和54年ころから、被告に対し、原告が開発し、現在も製造、販売を続けている攪拌造粒機の主要部分(容器、蓋、メインブレード、クロススクリュー及びそれらの周辺装置)の製作を委託し、このような原告製品の製作委託関係は長らく続き、平成16年7月1日以降は本件基本契約下で継続していたが、平成21年8月31日をもって原告と被告との取引関係は終了した。
被告は、原告製品の製作を委託されていた期間中、原告が作成した原告製品に係る設計図面(以下「原告製品図面」という。)の開示を受け、これに基づいて原告製品を製造していた。
その後、被告は、平成21年9月30日、フロイント産業株式会社(以下「フロイント」という。)から、攪拌造粒機の製造委託を受けた。被告は、この製造委託のもと、別紙物件目録1記載の攪拌造粒機(以下「被告製品」という。)のうち、GM-MULTI(10/25/50)及びGM-10の試作品を製作してフロイントに納品し、フロイントは、平成22年6月30日から同年7月2日まで東京ビックサイトで開催された展示会において、上記試作品を出展した。
被告は、その後、フロイントからの委託を受けて被告製品を製造することとなったが、答弁書作成時(平成23年5月10日)までの間、フロイントは、平成23年4月に被告から納入を受けたGM-25を1台販売したのみである。
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要するに、原告は被告に攪拌造粒機の主要部分の製造を委託していたが、原告と被告との取引関係が終了した後、被告は独自に攪拌造粒機の製造・販売を開始し、原告にとって競合他社になったようです。
このことは原告にとってみたら、被告に攪拌造粒機の製造を長年委託し、その製造ノウハウを被告が得た後に被告が競合他社になったのですから、釈然としない思いはあるでしょう。気持ちはわかりますし、このような事例は多々あることかと思います。

なお、上記「本件基本契約」には、以下のような秘密保持の条項があります。
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「第35条(秘密保持)
1)乙は,この基本契約ならびに個別契約の遂行上知り得た甲の技術上および業務上の秘密(以下,機密事項という。)を第三者に開示し,または漏洩してはならない。但し,次の各号のいずれかに該当するものは,この限りではない。
〔1〕乙が甲から開示を受けた際,既に乙が自ら所有していたもの。
〔2〕乙が甲から開示を受けた際,既に公知公用であったもの
〔3〕乙が甲から開示を受けた後に,甲乙それぞれの責によらないで公知または公用になったもの。
〔4〕乙が正当な権限を有する第三者から秘密保持の義務を伴わず入手したもの。
乙は,機密事項を甲より見積作成・委託・注文を受けた本業務遂行の目的のみに使用し,これ以外の目的には一切使用しない
(略)
乙は機密事項‥(略)‥を厳に秘密に保持し,本業務の遂行中はもとより,その完成後も甲の文章による承諾を得た者以外には,一切これを提供あるいは開示しない。
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ちなみに、この事件は、不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為だけでなく、被告製品又はその構成部品を製造,販売することに対する特許権侵害、原告製品図面に係る複製権又は翻案権の侵害でも訴えていますが、その全てが認められていません。


本事件に対する裁判所による営業秘密性の判断ですが、裁判所は、まず、非公知性を判断しています。

すなわち、原告は、原告製品図面に記載された原告主張ノウハウが、営業秘密に該当する旨主張しました。
しかし、裁判所は、「原告主張ノウハウは、別紙ノウハウ一覧表記載のとおり、いずれも原告製品の形状・寸法・構造に関する事項で、原告製品の現物から実測可能なものばかりである。そして、このような形状・寸法・構造を備えた原告製品は、被告がフロイントから攪拌造粒機の製造委託を受けた平成21年9月30日よりも前から、顧客に特段の守秘義務を課すことなく、長期間にわたって販売されており,さらには中古市場でも流通している(乙3,乙5の1~3,乙7)。そのため,原告主張ノウハウは,被告がフロイントからの製造委託を受ける前から,いずれも公然と知られていたというべきであり、「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)には該当しないといえる。」 とし、非公知性を否定しています。
ちなみに、裁判所は「原告主張ノウハウは、いずれも原告製品の形状・寸法・構造に帰するものばかりであり、それらを知るために特別の技術等が必要とされるわけでもないのであるから、原告製品が守秘義務を課すことなく顧客に販売され、市場に流通したことをもって、公知になったと見るほかない。」とも言及しています。
このように、裁判所は、原告製品は所謂リバースエンジニアリンが可能であることを理由に、原告製品図面を営業秘密とは認めないことになりました。

では、秘密保持義務違反はどうでしょうか?

これについて、裁判所は以下のようにして秘密保持義務違反を否定しています。
本条における秘密保持義務の対象については、公知のものが明示で除外されている(本件基本契約35条1項〔2〕及び〔3〕)。そして、被告は、原告の「技術上および業務上の秘密」(本件基本契約35条1項本文)について秘密保持義務を負うと規定されているが,その文言に加え、被告の負う秘密保持義務が本件基本契約期間中のみならず、契約終了後5年間継続すること(本件基本契約47条2項)に照らせば、原告が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様、原告が秘密管理しており、かつ、生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である。 このように本件基本契約上の秘密保持義務についても、非公知で有用性のある情報のみが対象といえるため、前記4で論じたことがそのまま当てはまるところ、被告に上記秘密保持義務違反は認められないというべきであり、原告の上記主張は採用できない。」と判断しています。
すなわち、裁判所は、本事件において「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」と判断しているようです。


ここで、私が疑問に思うことは、秘密保持義務の対象は「非公知で有用性のある情報のみ」であるため、原告製品が守秘義務を課すことなく顧客に販売されていることを理由として、原告製品図面は秘密保持義務の対象ですらない、と裁判所が判断していることです。

すなわち、顧客に守秘義務を課すことなく流通させた製品の図面に記載されたノウハウは、営業秘密性がないどころか、秘密保持義務の対象にすらならない可能性があるということでしょうか?(本事件では営業秘密を図面であると主張せずに、図面に記載されたノウハウとしていることが少々気に掛かりますが・・・。)
また、その製品が中古市場で流通するようなものであるならば、たとえ顧客に守秘義務を課したとしてもやはり非公知性は失われることになるので、守秘義務にどこまで意味があるものか分かりません。守秘義務を課した顧客が製品を中古市場に売ったとして、顧客に対して守秘義務違反をどこまで追求できるでしょうか?

このように、上記事件から読み取れる私の解釈が正しければ、 リバースエンジニアリングが可能な機械部品のような製品の図面(図面に記載されたノウハウ)はそもそも秘密として守れない可能性が高いということでしょうか?なんだか釈然としません。

確かに、リバースエンジニアリングが可能であることを理由に営業秘密としての非公知性が否定された判決はこの事件の他にもありますが、秘密保持義務の対象にすらならないとする裁判所の判断は果たして正しいのでしょうか?

このような裁判所の判断が趨勢であるならば、製品の製造委託のために他社へ図面を開示する場合にその図面に対する秘密保持契約を結んだとしても、市場に流通している製品であるならば、その秘密保持契約は意味をなさず、当該他社はその図面を用いて自由に当該製品を自由に製造販売することができる可能性があるということでしょうか?


そもそも、裁判所による「原告が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様、原告が秘密管理しており、かつ、生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である。」との判断、すなわち、「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」との判断は妥当なものなのでしょうか?

一般的に、不正競争防止法で定義されている営業秘密は、法的な定義のない機密事項や企業秘密といったものに比べて狭い概念のものです。
この原告は、被告との間で秘密保持契約を結ぶにあたり、その対象が「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」のものという認識があったのでしょうか?おそらくそこまでの認識はなかったと思います。また、被告も同様ではないでしょうか?
そうであるならば、裁判所は、秘密保持義務の対象を「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」のものよりも広く解釈し、そのうえで、被告の行為が秘密保持義務違反であったか否かを判断しても良かったのではないかと思います。

とはいうものの、秘密保持の条項(上記「第35条」)を素直に解釈すると、「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」との裁判所の判断も当然のこととも思われます。

では、どうすればいいのでしょうか?

2017年12月18日月曜日

佐賀銀行事件の刑事事件判決

佐賀銀行から営業秘密である顧客情報が元行員によって流出された事件がありました。

ブログ
佐賀銀行の営業秘密流出事件
過去の営業秘密流出事件 <佐川銀行営業秘密流出事件(2016年)>

ニュース
2017年10月16日 毎日新聞「佐賀銀侵入:共謀の元行員に懲役6年 福岡地裁判決」
2017年10月16日 産経WEST「佐賀銀行の元行員に懲役6年 支店の現金窃盗事件で共犯者に情報提供、福岡地裁判決」

この事件において営業秘密を流出させた元行員の刑事事件判決が10月16日に言い渡されました。
判決は懲役6年でした。
営業秘密の流出も関係する刑事事件としては、最も重い判決かと思います。

しかしながら、上記ブログ記事等をご覧いただければ分かるように、そもそもこの事件は、いわゆる営業秘密流出事件とは少々異なっており、窃盗団が絡んだ事件でした。
このため、量刑の理由が下記のように多岐に渡っており、懲役6年というのも、当然、営業秘密の流出だけのものではないと考えられえます。

(量刑の理由)
〔1〕同銀行の顧客名簿を第三者に不正に交付し(第1【不正競争防止法違反】)
〔2〕共犯者と共謀し,金庫破りの目的で勤務先の銀行の支店に侵入し(第2【建造物侵入】)
〔3〕顧客から預かった現金を横領し(第3【横領】)
〔4〕共犯者と共謀し,社員寮の同僚の部屋から別の支店の鍵等を盗み(第4【住居侵入,窃盗】)
〔5〕それらを利用して同支店に侵入して現金を盗んだ(第5【建造物侵入,窃盗】)


判決文では「量刑を検討する上で中心となる〔5〕の建造物侵入,窃盗は,もとより被害額が5430万円と相当に高額な重大事案である。」と述べられています。なお、営業秘密に関しては「〔1〕の不正競争防止法違反も,被害銀行で最も厳格に管理されていた顧客情報のうち,預金額が1億円以上の顧客らの情報を〔2〕と〔5〕の共犯者に流出させており,悪用の危険性は高かったといえる。現に預金を引上げた顧客もいる。」と述べられています。

ここで、佐賀銀行事件における営業秘密の流出は、営業秘密の売買を目的としたり、転職に伴い営業秘密を持ち出すといった経済犯罪的なものではなく、窃盗に使用する目的であり、その目的がより凶悪犯罪に近いものかと思います。
すなわち、営業秘密の流出は、要件を満たせば当たり前かと思いますが、このような凶悪犯罪にも適用されるような行為であるということでしょう。

一方で、逆のパターンもあるかもしれません。
例えば、前職企業で返還義務のある営業秘密とされる社内資料を借りていたにもかかわらず、転職の際にそれを返還することなく、転職先企業に持ち込むんだような場合、窃盗罪でも刑事告訴される可能性もあるのではないでしょうか?

今回の事件から学べることは、このような事件でも不競法が適用されたことによって、営業秘密の流出が増々犯罪行為として認識され易くなるということかもしれません。
例えば、社内セミナー等において、営業秘密の流出が窃盗団のような犯罪にも要件を満たせば適用されるような行為であることを説明することで、従業員の方に営業秘密を流出させることが犯罪であることをより強く認識してもらえるかもしれません。