2019年10月12日土曜日

ー判例紹介ー 営業秘密は管理している従業員にも帰属するのか?

特許法では特許を受ける権利等、その帰属が法的に定められていますが、営業秘密の帰属については不正競争防止法において定められていません。
営業秘密の帰属について争った裁判は多くはなく、本ブログでは下記の2件を紹介しています。

過去のブログ記事 
ー判例紹介ー 営業情報に係る営業秘密の帰属 ー判例紹介ー 
ー判例紹介ー 技術情報に係る営業秘密の帰属

今回紹介する営業秘密の帰属に関する裁判例は、知財高裁平成24年7月4日判決(平成23年(ネ)第10084号等、第一審:東京地裁平成23年11月8日判決 平21(ワ)24860号 )です。

この事件は、原告の営業社員であった被告A及び同Bが原告らの営業秘密である顧客情報を取得し、被告Aが原告を退職した後に設立した投資用マンションの賃貸管理等を業とする被告会社で、上記顧客情報を使用して原告らの顧客に連絡し、原告らの営業上の信用を害する虚偽の事実を告知するとともに,図利加害目的で賃貸管理の委託先を原告から被告に変更するよう勧誘して賃貸管理委託契約を締結したとするものです。

そして、原告の元従業員である被告は、「原告の従業員は原告から全ての営業先の連絡先を得ていたわけではなく、その営業活動も従業員独自の経済的負担においてされていたのであって、終身雇用制が崩壊したといわれる昨今、業務上知り得た取引先に関する情報が全て元勤務先に帰属すると解することは、職業選択の自由を著しく制限するものである。よって、原告の顧客情報は原告並びにその従業員であった被告の共有であると解するのが相当である。 」とのように主張しています。なお、原告の従業員の経済的負担は、一審判決文を確認すると、営業社員が営業活動に用いる携帯電話の料金等のようです。


これに対して、裁判所は以下のように判断しています。

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1審原告の従業員は,いずれも本件顧客情報の一部を1審原告の業務を遂行する上で取得したものである・・・。また,その業務遂行に当たって独自の経済的負担があったからといって,1審原告の従業員は,直ちに本件顧客情報の帰属主体となるものではないし,1審原告らの事業内容及びそこにおける本件顧客情報の重要性に照らすと,本件において1審原告の従業員が業務上知り得た情報が1審原告らのみに帰属したとしても,憲法の規定を踏まえた私法秩序に照らして1審原告の従業員の職業選択の自由を看過し難い程度に著しく制限するものとまでは評価できない。
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このように裁判所は、本件顧客情報は業務を追行する上で取得したものであるから、その帰属は原告にあるとしています。これに対しては、被告の経済的負担については考慮されませんでした。
また、被告が主張していた職業選択の自由を制限するという主張については、本件顧客情報が原告にとって重要であるとし、顧客情報が原告に帰属するとしても、被告の職業選択の自由を制限するとは評価できないとしています。

すなわち、従業員による顧客情報の取得は、所属企業の指示に基づく業務の一環として行っているものであり、所属企業にとっても非常に重要なものであるため、その帰属は所属企業にあるということでしょう。
そして、営業秘密が会社に帰属するか否かの判断の基準は、「業務上取得した情報」でしょうか。

一方で、特許権となり得る発明のような技術情報を営業秘密とする場合には、その帰属は会社だけでなく、当該発明を行った従業員にも帰属するという考えもあります。確かに発明は、従業員によって創出されたものであり、「業務上取得した情報」というには不適当であるとも思われます。

営業秘密は、不正競争防止法では技術情報と営業情報とでは特段の区別がなされていませんが、実態としては考え方が異なるものではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年9月27日金曜日

日本の特許出願件数と企業の研究開発費の推移

毎年更新している日本の特許出願件数と企業の研究開発費の推移を表したグラフです。
 新たに平成30年の特許出願件数と平成29年の研究開発費とを加えました。
研究開発費は、「我が国の産業技術に関する研究開発活動の動向 -主要指標と調査データ-」から得たものです。

このグラフからわかるように、特許出願件数は相変わらず微減です。数年後には年間30万件を切るでしょう。一方で、研究開発費は近年において微増減を繰り返しています。

このような傾向は今後大きく変わることはないでしょうから、結局、特許出願されずに秘匿化される技術情報をしっかり守りましょう、という結論になりますね。

また、最近では企業における情報の秘匿化に対する意識も高くなっているようにも感じます。
そうすると、秘匿化に対する意識の低い企業は、意識の高い企業に比べて相対的に弱体化することになるでしょう。本来自社で秘匿化するべき情報が、他社に漏洩して使用される可能性が高まるためです。

特に特許出願件数を絞っている企業は、相対的に秘匿化すべき技術情報の数が増加しているはずでしょうから、そのような技術の管理手法を真剣に考えるべきではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年9月19日木曜日

ー判例紹介ー 営業秘密侵害、認められなかった言い訳

前回のブログでは、営業秘密の侵害と認められるためには不正の目的が必要であることを述べました。

では、転職等の際に営業秘密を持ち出した被告が、営業秘密を持ち出した理由を不正の目的ではないと主張した場合には、裁判所はどのように判断するのでしょうか。

その一例として、生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決)が挙げられます。 この事件は、原告が保有する営業秘密である本件生産菌(コエンザイムQ10)を被告が退職時に持ち出したというものです。
なお、被告は、原告企業を退職後に、被告企業の代表取締役となっています。被告企業は、きのこ類の輸出入,加工,販売,医薬品,医薬部外品,化粧品,試薬,診断薬,食料品,診断薬用酵素等の研究,開発,製造,販売,輸出入等を目的とする株式会社です。

そして、被告は、本件生産菌を持ち出した理由を、原告を退職する際,所持品等の整理を求められたため,記念に自分の研究対象物の一部である本件各物品を持ち帰ったものであり、不正の目的はなかった、とのように主張しています。

しかしながら、このような被告の主張に対して、裁判所は下記のように判断して被告の主張を認めませんでした。
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本件生産菌A,Bは,旭化成及び原告が長年にわたる研究開発によって取得した重要な事業用資産であり,それ自体が秘匿性の高い営業秘密であること,また,そのことは,原告の診断薬事業に長年関わってきた被告Cであれば当然認識していたはずであることからすれば,被告Cが持ち出した生産菌を原告を退職する際の記念として持ち帰ったとする被告Cの上記供述部分は,およそ不合理というほかない。かえって,上記のとおり,それ自体が営業秘密となる原告の重要な事業用資産である本件生産菌A,Bを原告に無断で持ち出したという行為自体からみて,被告Cには,それらを自己の利益を図るために利用する意図があったことがうかがわれるものといえる。
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さらに、裁判所は、下記のように生産菌を持ち出した後の行為も含めて不正の目的であると推認しています。 

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平成16年10月ころに本件生産菌A,Bを原告社内から持ち出した前後の被告Cの行動をみると,被告Cは,上記持ち出し直前の平成16年9月ころ,マイナス80℃の冷却性能を有する本件冷凍庫を購入していること,原告社内から持ち出した本件各物品を本件冷凍庫に入れて保管していること,その後,本件冷凍庫の置き場所は何度か変わっているものの,本件各物品については,平成18年4月27日に大仁警察署に任意提出するまで,本件冷凍庫に入れた状態のまま継続して冷凍保存していることが認められるのであり(前記(1)ウ),これらの事実によれば,被告Cが本件各物品を持ち出す前から持ち出した生産菌を長期間保存し,それらを自己の利益を図るために利用する意図を有していたことを推認することができる。
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このように、被告が不正の目的でないと主張しても、裁判所は被告の行為を総合的に判断して不正の目的の有無を判断することになります。


また、刑事事件でも、不正の目的でないことを被告が主張した事件(最高裁平成30年12月3日 平30(あ)582号)があります。

この事件において、被告は、被告によるデータの複製は記念写真の回収を目的としたものであって、いずれも被告人に転職先等で直接的又は間接的に参考にするなどといった目的はなかった、とのように主張しました。なお、被告は、営業秘密の保有企業である勤務先会社の退職後、勤務先会社の競合企業に転職しています。

被告の上記主張に対して裁判所は「「宴会写真」フォルダを除く3フォルダには,それぞれ商品企画の初期段階の業務情報,各種調査資料,役員提案資料等が保存されており,Aの自動車開発に関わる企画業務の初期段階から販売直前までの全ての工程が網羅されていた。」とのように事実認定をし、下記のようにして記念写真の回収目的であることを否定しました。

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4フォルダの中に「宴会写真」フォルダ在中の写真等,所論がいう記念写真となり得る画像データが含まれているものの,その数は全体の中ではごく一部で,自動車の商品企画等に関するデータファイルの数が相当多数を占める上,被告人は2日前の同月25日にも同じ4フォルダの複製を試みるなど,4フォルダ全体の複製にこだわり,記念写真となり得る画像データを選別しようとしていないことに照らし,前記1(2)の複製の作成が記念写真の回収のみを目的としたものとみることはできない。
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なお、この事件において被告は、記念写真の回収であるとの主張と共に、業務関係データの整理を目的であるとの主張も行いましたが、この主張も裁判所は認めませんでした。

これらの事件による裁判所の判断から、営業秘密を持ち出して転職等した場合には、不正の目的でないとするよほど合理的な理由が無い限り、不正の目的であると判断(推認)されるのではないでしょうか。すなわち、転職等するときに営業秘密を持ち出し、それが発覚した場合には、言い逃れは相当難しいと思えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信