2020年12月27日日曜日

判例紹介:中古車オークションサイトのID及びパスワードの営業秘密性

本裁判例(東京地裁令和2年10月28日 令和元年(ワ)14136号)は、名刺管理ソフトで管理していた名刺情報、原告車両の在庫情報、中古車オークションサイトのID及びパスワードを、原告の元従業員で被告Aの上司であった被告Bに開示したとして、不競法2条1項4号、5号又は同項7号、8号所定の不正競争行為に該当し、原告との雇用契約に基づく秘密保持義務にも違反すると原告が主張したものです。

本事件では、名刺情報、在庫情報、並びにオークションサイトのID及びパスワードは、全て営業秘密性がないとされています。このうち、名刺情報及び在庫情報は秘密管理性がないというものであり、よくある裁判所の判断でした。
一方、オークションサイトのID及びパスワードに対する裁判所の判断は、下記のように秘密管理性及び有用性がないというものでした。

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ア 本件ID等情報は,中古車オークションであるアライオートオークションに参加するために必要となるID及びパスワードであり,同オークションのサイトにログインすることにより,中古車の売買の相場価格を知ることが可能となるところ,本件ID等情報そのものは,文字と数字等の組合せから成る文字列にすぎず,それ自体が事業活動に有用な情報であるということはできない。
これに対し,原告は,同オークションのサイトを閲覧することにより,中古車両の下取り価格等の参考情報を得ることができるので,本件ID等情報自体に情報としての有用性があると主張するが,上記判示のとおり,本件ID等情報は文字と数字等の組合せから成る文字列であるから,それ自体から原告の事業に有用な情報を読み取ることはできず,また,同情報を使用することによりアクセスすることができるのは,アライオートオークションのサイトにおいて表示され,その会員であれば見ることのできる情報であり,同情報が原告の保有する営業秘密であるということもできない。
イ また,仮に,本件ID等情報自体に有用性が認められるとしても,原告の主張によれば,同情報はこれを利用する必要のある従業員の間で共有されていたということであり,そうすると,原告においては,本件ID等情報についてアクセス制限措置は講じられておらず,業務上上記オークションのサイトにアクセスする必要のある従業員であれば,自由に本件ID等情報を利用することができたというべきである。
そうすると,原告の従業員等が,本件ID等情報が原告の営業秘密であると認識していたとは考え難く,原告の就業規則等に秘密保持条項があることも同結論を左右するものではない。
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個人的には、このような裁判所の判断はおかしいのではないかと思います。
そもそも、IDとパスワードは原告が「一般的に,一定の資格を有する会員のみに付与されるアライオートオークションにログインするためのID及びパスワードは,その性質上,外部に開示されることは想定されていない。」と主張しているように、外部に開示されるものではありません。
すなわち、一般的にIDとパスワードの組み合わせは秘密とするべきものであると誰しもが認識できるものであるため、IDとパスワードの組み合わせは、たとえ秘密管理措置が客観的に認められないとしても、その秘密管理性は認められてしかるべきではないでしょうか。

例えば、プログラムのソースコードに対して「本件ソースコードの管理は必ずしも厳密であったとはいえないが,このようなソフトウェア開発に携わる者の一般的理解として,本件ソースコードを正当な理由なく第三者に開示してはならないことは当然に認識していたものと考えられるから,本件ソースコードについて,その秘密管理性を一応肯定することができる」とする裁判所の判断もあります(「プログラムの営業秘密性に対する裁判所の判断」パテント Vol.72 No.8, p117-p126 (2019))。

このようなソースコードと同様の判断がIDとパスワードの組み合わせに対して行われてもよいのではないでしょうか?

また、「本件ID等情報そのものは,文字と数字等の組合せから成る文字列にすぎず,それ自体が事業活動に有用な情報であるということはできない。」とのような裁判所の判断もどうでしょう?
たしかに、ID等の情報そのものは文字列にすぎませんが、原告が主張するように、この文字列を入力することでオークションサイトにログインし、中古車両の下取り価格等の参考情報を得ることができます。さらに、ログインすることで、オークションに参加することもできるかと思います。そうすると、ID等は事業活動に有用な情報であるはずです。このような裁判所の判断は理解できません。
もし、ID等が文字列にすぎず有用性がないとなると、顧客情報に含まれる電話番号やメールアドレスといった数字や文字等の組み合わせからなる文字列も有用性がないということでしょうか。決してそうではないはずです。
そうすると、ID等の有用性を否定するという判断も理解しかねます。

なお、本事件は、被告が各種情報を持ち出していることは認められていますが、その行為が「不正の手段によるもの」とは認められす、また「不正の利益を得る目的」等でもなく、秘密保持義務違反でもないと裁判所は判断しています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年12月21日月曜日

パテント誌に寄稿した論文「取引先への営業秘密開示と秘密保持契約」が掲載されました

パテント誌(2020年12月号)に寄稿した論文「取引先への営業秘密開示と秘密保持契約」が掲載されました。

この論文は、営業秘密を取引先に開示する際の秘密保持契約の重要性と共に、秘密保持契約を締結したとしても非公知性を満たしていない情報は秘密保持義務の対象とならない場合があることを裁判例を参照して説明しています。
技術情報は取引先に開示する場合もあり、さらに非公知性が問われる可能性も営業情報に比べて高いため、本論文に記載のような事項は技術情報を営業秘密とする場合に重要なことであると考えます。

ところで、私が今までに寄稿した論文は以下の通りです。

・「取引先への営業秘密開示と秘密保持契約」パテント誌 Vol.73 No.12, p83-p95 (2020)
「技術情報が有する効果に基づく裁判所の営業秘密性判断」知財管理 Vol.70 No.2, p159-p169 (2020)
「プログラムの営業秘密性に対する裁判所の判断」パテント Vol.72 No.8, p117-p126 (2019)
「リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断と自社製品の営業秘密管理の考察」知財管理 Vol.68 No.12, p1670-p1680 (2018)
「技術情報に係る営業秘密に対する秘密管理性の認定について」パテント Vol.71 No.6, p74-p83 (2018)
「営業秘密における有用性と非公知性について」パテント Vol.70 No.4, p112-p122 (2017)


上記6本の論文によって技術情報を営業秘密とする場合の秘密管理性、有用性、非公知性に関する留意点はほぼ網羅したのではないかと思います。
次はこれらのまとめて書籍化したいと思っています。
書籍化についてはしばらく前から考えており多少は進めていますが、やはり大変ですね。
完全に手が止まっています。

一方、最近ブログでも書いている知財戦略・知財戦術について、これは論文としてまとめたいと考えています。こちらのほうは、営業秘密を加味した知財戦略であり、いわゆる三位一体をどのように実現するかという具体例の一つになり得ると考えています。
最近は営業秘密の三要件(秘密管理性、有用性、非公知性)だけではビジネス展開は難しいと考え始めており、知財戦略も絡めると興味を持つ人も増えるのではないかと思っています。果たしてどうなることやら。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年12月13日日曜日

判例紹介:特許権ラインセンスと共に開示した技術情報について

今回は、特許権を他社にライセンスすると共に当該特許権に係る製品を製造するために開示した技術情報の取り扱いについての裁判例(大阪地裁令和1年10月3日判決(平成28年(ワ)3928号))です。

被告は、原告のトランスに係る特許権のライセンス(本件各基本契約)をノウハウ(本件技術情報)の開示と共に受けました。そして、被告は、特許権が消滅したため本件各基本契約は終了し、本件技術情報にはWBトランスを分解すれば誰でも知り得る情報しか含まれておらず、すでに公知であることを理由にロイヤルティの支払を拒む旨を原告に通告しました。

これに対して原告は、被告らは本件技術情報に対するロイヤルティの支払義務を負っているのに、ロイヤルティの支払を予め拒絶しているとして催告を経ず、被告らの債務不履行を理由に本件各基本契約を解除した旨を主張し、ランニングロイヤルティの不払いその他本件各基本契約の債務不履行があったと主張しています。

具体的には原告は、本件技術情報である技術資料中に、トランスの製作品を用いて計測した実測値が記載されており、「WBトランスの設計作業において,最低限,①一次巻数,②二次巻数(一次巻数に特定の数値を乗じた数値),③一次巻線径,④二次巻線径を算出する必要があるところ,これらは,原告から開示された数値(本件技術資料中,電気設計一覧表及び電気設計書に記載。)がなければ被告らにおいて算出することができない」と主張しました。


これに対して裁判所は、以下のように判断しました。
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本件技術資料中の電気設計一覧表及び電気設計書において開示された数値は,試作品における実測値にすぎず,被告らにおいても,独自に計測・算出したり,製造元に問い合わせて確認したり,WBトランスの完成品を用いて測定したりすることが可能であったものであるから,原告からの開示がなければWBトランスの設計・製造が不可能であったものとはいえない。
・・・
コイルボビン及びWBトランスの外径寸法や重量は,パンフレットを参照したり,WBトランスの完成品を測定したりすることにより容易に得られる値である(甲57,乙3)。
巻線計画等についても,原告から開示された数値によらなくても,被告らにおいて,使用するコイルボビンの凹状溝の幅と,選択した銅線の径から巻数を算出し,上記のとおり算出された一次巻数及び二次巻数まで,整列巻で巻き回していくことは可能であると考えられる。
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そして、裁判所は以下のように「まとめ」ています。
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(イ) ・・・、本件技術情報の開示を受けなければWBトランスを製造することができないといった事情までは認められず,本件技術情報がWBトランスの製造に必須であることを前提に,本件各基本契約の性質を考えることはできない。
(ウ) また,本件技術情報に記載された数値は,物理的に測定したり,計算によって求めることができるものと考えられるから,WBトランスが市場に出回り,リバースエンジニアリングを行って計測等ができるようになった段階で,公知になるといわざるを得ない。
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このように、裁判所は、特許権のライセンスと共に原告から被告に開示された技術情報は、既に公知である又は製品をリバースエンジニアリングによって知り得る情報であるとして、その営業秘密性を認めず、これにより原告の主張を認めませんでした。

一方で、裁判所は下記のようなことも述べています。
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本件各特許権の明細書等を参照し,流通に置かれたWBトランスに対するリバースエンジニアリングを行ってもなお解明することができず,原告よりその開示を受けない限り,WBトランスの製造はできないというようなノウハウが,本件技術情報に含まれていると認めるべき証拠は提出されていない。
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すなわち、製品のリバースエンジニアリングによってもノウハウが非公知性を喪失せず、当該ノウハウを用いないと製造できないようなノウハウは、特許権が消滅しても保護の対象となり、ロイヤリティの対象となる、ということでしょう。

一般的に、特許権をライセンスする際には、当該特許権に係る製品の製造のためのノウハウも開示することが多いかと思います。
その際、ライセンシーは、開示されたノウハウが一体どのような性質の情報であるのか?もしかしたら、特許権が消滅した後でも、ライセンサーがノウハウに対して継続的にロイヤリティーの支払いを求める可能性が有る情報であるか否かを見極める必要があるかと思います。

また、ライセンサーも同様です。自身が開示するノウハウがどのような性質のものであるかを見極めなければならないでしう。さらに、特許出願の明細書に記載の内容も重要です。特許性が有りそうだからとして、本来開示する必要がない情報(例えば従属項となるような情報)までも開示するよりも、営業秘密として管理する方がよい場合もあるでしょう。技術情報を特許出願をすると公開されるので、再び秘匿化はできません。この認識は強く持つ必要があるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信